3話目
音咲なずなは、命の危険に晒されたにも関わらず、深夜の散歩を続けていた。
散歩コースも変更することなく、相変わらず薄暗く人気の無い、危うい場所ばかり通っている。
なぜ、そんな危険を冒すのかというと、音咲には犯行を止めたいという思惑があるからだ。目撃してしまった惨劇、あれには音咲の知り合いが関わっていた。
だから放っておけないのである。
人死にが出ているのだから、警察に任せるのが道理である。当然、音咲も惨い殺人を目の当たりにしてしまった直後に、交番へと駆け込んだ。
見たことを有りの儘に話したのだが、いつも不在がちの駐在巡査は
「袖、捲くってみろ」
と冷めた態度で言った。
話があまりに現実離れしていたので、覚醒剤でもやっているのかと疑われたようである。散々調べられた後、
「お前、歳は?、こんな時間に何してる?」
と、話が本筋からどんどん外れてしまったので、音咲は隙をみて逃げ出してしまった。まともに取り合ってくれなかったのである。
翌日、テレビで殺人事件のニュースが流れ、殺された、あの男の顔写真が出ていた。
名前は中路二郎、切断されていたとか体の欠損が激しかったなどの、殺害の詳細に関しては報じられていなかった。
おそらく警察が犯人だけが知り得る情報として利用するつもりなのだろう。
寒空の下、音咲は冷えた指先を暖めるため両手をポケットに突っ込んだ。
音咲の散歩時の装いはジャージである。今着ているジャージは、以前着ていたジャージと別物である。
事件に出会した時のジャージは音咲のお気に入りであったのだが、飛来してきた凶器によって再起不能にされてしまった。痛恨の極みである。
そしてあの時、音咲は更なる悲劇に襲われていた。
音咲はジャージの下に学校の制服を着ていたのである。制服の下にジャージではなく、ジャージの下に制服である。
あの日、洗濯の関係で適当な防寒着が見当たらなかった。
そこで音咲は苦肉の策として制服の着用を思いついたのである。
しかし制服を晒してしまうと人目を引いてしまう。夜更けなら尚更だ。
そこで音咲はジャージの下に着込むことによって制服を隠すという手段をとったのであった。
ジャージが犠牲になってくれたおかげで、制服への被害は少なくて済んだのだが、それでもあちこち切れてしまった。
どうしようかと悩んだが、どうしようもないのでハンガーに掛けて寝た。
翌朝、起きると驚くべきことに制服は綺麗に修繕されていた。
目を凝らして見なければ損傷部がわからないほどの妙技である。早起きした婆ちゃんが、ちくちくと裁縫して繕ってくれたのだ。音咲は婆ちゃんに深く感謝した。
音咲の婆ちゃんは今年齢九十二歳になる。
正確には婆ちゃんではなくてひいひい婆ちゃんなのだが、毎回毎回、ひいひい言うのは面倒なので音咲は婆ちゃんと呼んでいる。
テツという高尚な名を有し、粋な玉葱ヘアースタイルをしている。髪の中に暗器を仕込んでいるのだ、と本人は言っている。
腰は大分曲がってしまったが、溌剌としており家の事を一手に担っている。
音咲はこのテツ婆ちゃんと二人暮らしであった。
音咲は携帯電話の液晶を点灯させて時間を確認した。そろそろ帰らなければならない。
この時間、婆ちゃんは既に就寝している。だからといって夜中中、好き勝手やっていいという訳ではないのだ。
「明日はもう少し、北側を回ってみよう。心にやましいことのある人間は、北へ向かうって聞いたことがあるからな」
異変に遭遇することは無かった。今日は空振りである。途中、確実とまでは言えないが面識のある人物を見掛けたので、追いかけたのだが結局見失ってしまった。
その日、音咲が事件に出会す事は無かったが、別の場所で事件が発生し被害者が出た。
犯行の手口が似ていたことより、中路二郎を殺害したのと同一犯である可能性が高いと警察は推測、殺人事件は連続殺人事件の様相を呈してきる。
警察は市民に夜間の外出を控えるよう警告を発した。
この事件でも警察は犯行の仔細を発表しなかったが、現場を目撃した市民が、その悲惨な有様をネット上の掲示板に書き込んだ。
それによると被害者の遺体は、惨たらしく折畳まれていたということである。
音咲が荒城と連れ立って歩いていると、生徒会室の前で一人の女子生徒がぽつねんと立っているのを見つけた。物憂げな雰囲気を漂わせている。
「あれ、夜空ちゃんじゃない。何してんだろ、おーい!、夜空ちゃん!」
音咲が手を振り、声を掛けると、女子生徒はそれに気付き、表情を僅かに明るくさせて近づいてきた。
彼女の名前は海凪夜空、八重高の一年生だ。
名字は違うのだが、会長である本堂夜香とは血の繋がった、実の姉妹である。
住んでいる家も違う。おそらく妹の方が養子に出されたのであろうと推測できるが、姉も妹も、このことに関して話したがらないので詳しい理由は不明である。
二人とも美人であるのだが顔立ちはあまり似ていない。姉が凛としているのに対して、妹は愛らしく和やかである。
髪型も姉はスーパーロングだが、妹は耳下ぐらいまでのショートである。ただ髪質は全く同じで流麗なストレートの黒髪であった。
「音咲先輩、荒城先輩、こんにちはです」
夜空は二人にぺこりと頭を下げた。そんなちょっとした仕草にも愛嬌を感じさせる。
「生徒会に何か用?」
荒城が尋ねると夜空は左手に持っていた無地の紙袋を胸元の高さにまで持ち上げた。
「落し物を拾いまして・・・届けに来たんです」
八重高では落し物の管理は生徒会の仕事ではない。持ってきてはいけないという訳ではないのだが、担任の先生や職員室に直接提出するのが一般的である。
夜空も一年生ではあるが、この高校に入学して半年以上経過しているのだから、それを知らないということはないだろう。
では、なぜ敢えて生徒会室に持ってきたのだろうか。
「そう、それはご苦労さん。生徒会室に誰もいなかった?」
「ええと、姉さんが入っていくのをお見かけしたのですが・・・そのう・・・」
夜空は言葉を濁し、俯いてしまった。
夜空がわざわざ生徒会室に落し物を届けた理由、それは姉である夜香と接触を持つためであった。
姉妹の関係ははっきりいって上手くいっていない。大分不協和音を立てている。
夜香は決して無情な人間ではない。敵対勢力に冷然と立ち向かうことはあるが、基本的に他者とは朗らかな態度で接している。
しかし夜空に対してだけは冷淡であり、時には手厳しく撥ねつけてしまうのであった。
周りの人達がやきもきしてしまうほどである。
それでも夜空は健気に、少しでも姉との距離を近づけようと、何かと理由を作っては会いに来ていた。
「もう声はかけたのかい?、まさか締め出されたんじゃあ」
「いえっ、まだです。まだ何もしてません」
慌てて夜空は顔と手を左右に振って否定した。
「その・・・また素っ気無くされた時の心の準備がなかなか出来なくて・・・、しっかりしておかないと泣いてしまいそうですから・・・」
しんみりと夜空は俯いてしまう。
夜空につられて、音咲も荒城も浮かない表情となる。沈んだ空気を晴らすようにしてパチンと音咲が両手を大きく打ち鳴らした。
「よし、では我々が一肌脱ごうではないか。なあ、荒城」
「そうだな、一肌とは言わず、二肌三肌と脱いで、人体模型張りに体内晒してやろう」
「では、夜空ちゃん。まず、持ってきてくれた落し物を拝見させておくれ」
「あっ、はい、これです」
夜空は紙袋の中から輪っか状の物を取り出した。ベルトのようであるがサイズは小さい。
「ペット用の首輪です。この紙袋に入って昇降口に落ちてました」
音咲と荒城は夜空の手に乗っている首輪をまじまじと見詰める。
「どう思う?、音咲」
「まず我々が明らかにしなければならないのは、これが本当にペット用なのか、それとも人間用なのかということだな」
「なるほど、流石だ。常人とは着眼点が違う」
夜空はいきなり二人の会話に付いていけなくなった。
「人間用?、人間は首輪なんかしないと思うんですけど」
音咲は、くくっと意味深な笑みを漏らす。
「愛い奴よの、夜空ちゃん。今日日の人類はある種のプレイ時に首輪を着用するのだ」
「人もまたペット足り得るため、人とペットに境は無い、故にペット用と人間用に区別すること自体が無意味という考え方もあるが、今回それは置いておこう。どうだ、音咲、判ったか?」
「いい仕事をしている。素材も合成ではなく本皮のようだ。だが決め手に欠ける」
「ならば最後の手段として、アレしかないな」
「ああ、アレしかない」
ニヤリとした音咲と荒城の視線が交錯し、二人は同時に夜空を見た。
「夜空ちゃん、これを付けてみてくれ」
「ええっ!」
素っ頓狂な声を夜空が発した。
「付けるんですか?、私が?、首輪を?」
「人が実際に装着してみる。もはやそれしか判断する方法がないのだ。これは必要なことなんだ。頼む。我々の太い首では残念ながら着けられない。何よりもそれではつまらない。華奢な夜空ちゃんにお願いするしかないのだ」
夜空は素直な子である。先輩二人から熱心に頼み込まれて、断ることが出来なかった。
「先輩達の仰りたいことがまったく理解できませんが、そうしないと話が先に進まないというなら・・・・わかりました。やります」
しぶしぶと夜空は首輪の金具を外し、項に掛かる髪を除けてベルトを首に回す。
音咲と荒城の二人は真面目な表情で眉間に皺を寄せながら夜空の仕草に見入っていた。
首輪は着けた後だけでなく、着けるまでの過程にも味わいがあるのだ。
「なんだろう、この気持ち」
夜空の頬が徐々に朱に染まっていく。
夜空は正体不明の気持ちに苛まれていた。確かに異様なことではあると思うが、なぜ首輪を自らつけるという行為で、体がもやもやとしてくるのだろうか。
恥ずかしいからという理由だけでは無いような気がする。
今の夜空には理解不能であった。
「無意識にエロスを放出している。・・・・恐るべし夜空ちゃん!」
険しい顔付で音咲は、下らないことを真剣に呟いている。
「・・・・出来ました」
夜空は目線を下げて、男二人を意識しないようにする。その仕草がまた、男心を擽ってくる。
音咲と荒城は言葉も無く、微動だにせず、眼に有りっ丈の力を込めてじっと凝視していた。そのまま、数分が経過する。
「・・・・もう耐えられないです」
もじもじとしながら、夜空が小声で呟くと、男二人は大きく息を吐いた。
「はい!、夜空ちゃんの首輪姿、頂きましたと!、俺の脳内ギャラリーに追加」
「うむ、後ほど閲覧モードで愉しむとしよう」
画像は脳細胞に焼き付けるのが粋な男のやり方である。デジカメで撮るのは無粋だ。
なぜなら、データとしての画像は年月が経過しても変化しないが、脳細胞の画像は時間が経てば経つほど美化されていくのである。
さらに妄想力を逞しくすれば、その内容をより過激化できるのであった。
「さて、夜空ちゃんを十分にからかって堪能したから、そろそろ本題にはいりますか」
弄ばれていたことに気付き、唖然としている夜空を尻目に二人は話を進めていく。
「一応、生徒会室は部外者立ち入り禁止だから、夜空ちゃんをそのまま入れてしまうのは不味いか」
機密情報保護のため、役員しか生徒会室には入れない規則になっている。
たまに反乱分子から、如何わしいことをやっているに違いないと、指摘されたりするのだが、正にその通りなので、御明察!、と答えるしかない。
「そうなると会長に出てきてもらうしかないのだが、おそらく口で言っても、忙しいとか言って拒否するんだろうな」
「だろうな、止む無し、強行手段に訴えるとするか」
「そうと決まれば早速」
音咲と荒城は体勢を低くし、足音を忍ばせて生徒会室の扉に近づいていく。
「ちょっ!、ちょっと待ってください!。まだ私、コレ着けっぱなしです」
慌てて夜空は首輪を外そうとしたが上手くいかず、悪戦苦闘している。
音咲は扉に嵌め込まれているガラス枠から中をそっと覗き、会長の位置を確認した。
「よし、アパム!、弾持って来い!」
アパム呼ばわりされた荒城がポケットから何かを取り出して、音咲に手渡す。
それは精巧に昆虫を模したゴム製の玩具であった。百足や蜘蛛などの様々な種類の玩具が一握りほどもある。
音咲は扉を少しだけ開けて、手際よく中にそれを放り込むと閉めて、そそくさと退散していく。
にわかに室内が騒がしくなる。
ガタガタッガタガタッと机や椅子が転倒する音が聞こえた後、生徒会室の扉が勢いよく開き、夜香が姿を現した。
夜香は肩で荒く息を吐いており、髪も乱れていた。
常に身に纏っている整然とした雰囲気が崩れている。
夜香は胆力があり、滅多なことでは動じないのだが、虫だけは駄目だった。
ワシャワシャと蠢く足が特に駄目で、怖気が走るそうである。傍に寄ると体が硬直し、震えが来て、呼吸が苦しくなるそうだ。
六脚虫で、その有様なのだから百足などの足の多い虫になると視界が歪み、現実感を失うそうである。
芋虫や毛虫系になるとさらにあの外観も加わってくる。
もはや耐え難いので夜香は芋虫や毛虫を、エイリアンやプレデター、ガチャピンやムックのような空想上のモンスターであるとし、現実には存在しないと自分に言い聞かせて、日々生きているとのことであった。
生徒会室から出てきた夜香は剣呑な視線を廊下に走らす。
夜空と、物陰にこそこそ隠れようとしていた音咲・荒城を捕捉する。
つかつかと男二人に歩み寄り、荒城を殴り、音咲をより強く殴った。
ダメージに耐え切れず、音咲が膝を着く。
「この出力の違いは一体!?」
「主犯格の方が、罪は重いのよ」
二人で悪戯をするとなぜか常に問答無用で、音咲の方が首謀者扱いされてしまう。
夜香の中で音咲はそういう位置付けになっているようだ。
男二人を懲らしめた後、乱れた髪を手櫛で整えながら夜香は夜空に向き直り、その姿を注視する。
夜空は、姉が自分の首元を見ていることに気付いた。首輪を見ているのだ。あたふたと両手で隠す。
「それ、チョーカーなの?、その・・・どう見ても犬の首輪よ、変だわ。ファッションだとしても止めた方がいいわ」
「違うんです、これは落し物で・・・これを届けようと思って来たんです」
「じゃあ、なんで着けてるのよ」
「それは・・・その・・・」
夜香は、夜空の身に何があったのか、皆まで聞かずとも、おおよその察しがついた。
怒りのオーラで周囲の空間を揺らめかせながら、目を細めて男二人の方を睨む。
「私の妹になんて真似させるのよ」
「誤解です!。夜空ちゃんが自分で着けてみたいって言ったんです!」
音咲は即座に夜空を売った。
「会長、音咲は嘘を付いている。彼が嫌がる彼女に無理矢理付けさせたんです。俺は一生懸命止めたのに!」
即行で今度は音咲が荒城に売られてしまった。
「これが自業自得というものか!」
音咲は夜香の鋭い肘打ちで目蓋の上を切られそうになった。
「堪忍してください、そこを深く切られるとドクターストップがかかって試合が続行出来なくなっちゃう!」
命乞いも空しく、音咲はやられてしまった。
「衛生兵~!、衛生兵~!」
悶着が終ると夜香は腕を組み、夜空と対面した。
「それで?」
と、愛想の無い口調で告げた。
姉の威圧的な態度に夜空は言葉を紡げず、閉口してしまった。
「まさか落し物だけなの?、それだけでここに来たの?」
姉の妹を見る目が冷たくなっていく。夜空は耐えられず少しだけ身を引いた。
「何度も言っているでしょ、大した用事でも無いのに、何かと理由を付けて会いに来るのは止めてって」
声を荒げている訳でもないのに、夜空は夜香の言葉に打ち据えられていた。
いつもならこれで会話は強制終了となるのだが、今日の夜空は違った。少しだけ粘った。
「私、姉さんに聞きたいことがあるんです」
夜空は顔をグッと持ち上げて夜香と視線を合わせた。
音咲と荒城は拳を握り、がんばれと心の中で夜空にエールを送る。
「・・・何よ」
「その・・・あの・・・最近、何か変わったことはありませんか?」
意気込んでいた割には、なんとも曖昧な質問であった。
しかし問われた時、夜香はほんの一瞬だけ、逃れるように視線を夜空から逸らした。それから大きく嘆息した。
「要領を得ないわね、私は忙しいの。失礼させてもらうわ」
夜香は背を向けた。
夜空はそれ以上、声をかけることが出来なかった。俯き、悄然としてしまう。
去り行く夜香を音咲は追いかけ、前に回り込み針路を塞いだ。
「会長、毎回思っていたのですが、今日は言わせてもらいます。姉妹の間の詳しい事情は知りませんが、会長は妹さんに対してあんまりです。仮に落し物を届けに来たのが他の一年生なら、きっと会長は笑顔を浮かべて感謝の一つでも言ったはずです」
「・・・・・」
「自分は会長が妹さんのことを嫌っているとは思えません。もしそうなら先ほどみたいに自分が妹さんに悪戯したからといって本気では怒らないはずです。妹さんのことが大切だから怒ったのでしょ?、なのに、どうして会長は妹さんに辛く当たるのですか?」
音咲の問いかけに、夜香は瞼を伏せた。その表情はいらついているというより、辛そうであった。
「・・・・怖いのよ、私はあの子が怖いの」
それだけ言い残すと、夜香は生徒会室に戻らず、どこかに行ってしまった。
音咲は、なんだよ~、俺が会長責めてるみたいじゃんかよ~、似合わないシビアな役をやっちまったよ~と、ぼやきながら夜空の傍に戻ってきた。
「ごめんね、夜空ちゃん。力になれなくて」
音咲は荒城と二人して詫びた。
「いいえ、とんでもないです」
夜空は全力で両の手の平を振って否定した。
「姉さん、『私の妹』って言ってくれました」
それは首輪を着けた夜空の姿に、夜香が怒りを露にした時のセリフであった。
「あの言葉が姉さんの口から聞けただけで、とても嬉しかったです。お二人のおかげです。ありがとうございました」
儚く微笑んで、夜空は深々と頭を下げた。
落し物を生徒会に預けて、夜空も去っていく。
「何とかならんものかねー、あの姉妹」
残された音咲と荒城は互いに肩を竦ませる。
そんな二人の前に新たなる人物が颯爽と立ちはだかった。
それはオオノトモハルの乱の首魁、大野友春その人であった。
「往来の場である廊下で騒ぐとは感心しないな、生徒の手本たる生徒会役員のやることではない」
挨拶すら無く、大野は会っていきなり生徒会非難を始めた。
「貴様、いつから見ていた」
「君たちが嫌がる下級生に、無理矢理首輪を着けさせていたところからだ」
「えっ、そんなに前から居たの?。くっ、抜かった。不味い奴に、不味いところを見られてしまった」
「生徒会は悪ふざけが過ぎる、特に君たち二人は酷い。周囲に害悪を撒き散らしている」
「なんて言い草だ。我らと貴様は入学当初、そこそこ仲がよかったはずなのに」
一年生の頃、音咲・荒城・大野の三人は同じクラスだったのである。
「時は流れ、立場は変わったのだ。私と君たちは道を違え、そしてその道はぶつかり合った」
「さびしいこと言うじゃないか。ふっ、よかろう」
音咲が一歩前に出て傲然と言い放つ。
「次の全校集会を待つまでも無い。貴様など、この私が今この場で論破してくれる」
受けて立つと言わんばかりに、大野は人差し指を音咲の鼻先に突きつけた。
「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する。現生徒会も然りだ。本堂会長の功績は認める。だが彼女の役目はもはや終ったのだ。既に、その存在に意義は無く、正義もまた無い。すぐに権力の座から退くべきである。さもないと会長の名は汚名となって八重高の歴史に記されることになるだろう」
権力を欲しいままに振舞う夜香生徒会と民主的で公平な自治を唱える大野勢力、どちらに正義があるのかといえば、間違いなく我ではなく、向こうの方であった。
「我らが生徒会を悪の組織みたいに言うな!、そうすると会長は悪の女幹部だとでもいうのか。チィィッ!、表現があまりにも適切で反論が出来ぬ!」
音咲は自分で言った言葉に自分が論破されてしまった。
まだ始まったばかりで、論戦の体にすらなっていないのに、早くも敗色濃厚である。
しかし大野は話を打ち切るように踵を返して背を向けた。
「ここで君たちを倒しても手に入るのはつまらぬ自己満足だけだ。この場は見逃してやろう」
大野は悠々とした足取りで去っていく。不意に、その歩みが止まり、肩越しに振り向く。
「一つ言い忘れていた。本堂会長に関してだ。間もなく、その座を譲るといっても、今はまだ八重高の代表なのだから、素行には注意してもらいたい」
大野の話によると、先頃、家族と車で遠出をした時、自宅に戻る時間が夜遅くになってしまったのだが、その時、夜の街を徘徊している夜香を車の窓から目撃したそうである。
「高校生があのような時間帯に出歩くなど、以ての外だ。最近は凶悪な事件が起き、警察から夜間の外出を控えるようにと警告が出ているのに」
「ふん、貴様に言われずとも知っている」
鼻を鳴らし、音咲はそっぽを向く。
「だったら、即刻、あのようなことは止めるように言うべきだ」
大野の後ろ姿は遠退いていった。
その後ろ姿が見えなくなると音咲の体がぐらつき、廊下の壁に寄りかかった。そのままずるずると滑り落ち、へたり込んでしまった。
「音咲!」
荒城が駆け寄って来る。
「なぜだ音咲?、なぜこんな無謀な戦いを挑んだ?、勝ち目が無いのは分かっていたはずだぞ」
荒城の訴えに、音咲は虚無的な笑みを返す。
「・・・・男にはな、負けると分かっていても戦わなければならない時があるんだよ」
悲しそうな顔をして荒城が首を左右に振る。
「音咲のその、『やらなくてもいい時に、負けると分かっている戦いをしてしまうスピリット』って、いらないよね」
夜香生徒会は大野という強敵を前にし、さらにそれに対抗するのが、おちゃらけた二人組みであるため、滅亡に向って一直線状態であった。




