11話目
在校生の中から殺人者が出てしまったことで、八重高は騒然としていた。
緊急集会が行われ、校長から要領の得ない説明があり、校門前には報道陣が大挙して押し寄せた。
荒城と大して親しくも無かった生徒が、知った風な口振りで、インタービューに答えている。
生徒会も活動を自粛している。本堂会長が、卒業するまでに、また何か面白いことをやろうという計画があったのだが、これではお流れになるだろう。
大人しく、漫然と過すしかないようである。
音咲は一人、生徒会に居た。両手を後頭部で組み、椅子の背凭れに寄り掛かって、天井をぼんやりと見上げている。
「は~、つまらん」
一つ溜め息を吐き、音咲はぼやく。
「荒城がいなくなっちゃったから、つまんない~」
音咲は椅子を傾けて、ぐらぐらと揺れていた。その動きが、唐突に止まった。音咲は鋭く、生徒会室の扉を睨み付ける。外から気配を感じたのだ。
「何奴!、誰か、槍もてぇ~い!」
「わわっ!?、命だけはご勘弁を。私です、海凪です!」
「夜空ちゃんか・・・・、しかし知り合いと言えども、スパイには死あるのみ!」
「わ、私スパイなんかじゃないです!」
「スパイに限って、そう言うのだ。聞く耳持たぬ、問答無用!」
「そんな、一体どうすればいいんです」
「・・・・スパイは抹殺するが、通り掛りの愛玩動物ならば見逃す」
夜空はこれまでの経験から音咲が、何を求めているのかを察した。
「・・・・にゃ、にゃ~ん」
「はい、ありがとうございます。好い鳴声でした。どうぞ、中へ入ってください」
音咲は、無造作に扉を開けた。
「えっ?、勝手に入ってしまっていいんですか?、私部外者ですけど」
「いいよ別に。生徒会は休止状態だし、今は俺一人しかいないから」
音咲は夜空を生徒会室に招き入れ、椅子を勧めた。
「で、どうだい?、お姉ちゃんとは?、上手くいっているかい?」
音咲の問いに夜空は、気恥ずかしさと困惑の入り混じった、微妙な笑みを浮かべる。
「その節は、姉妹ともども本当にお世話になりました。いくら感謝しても足りないくらいです」
「いいっていいって、そんなに畏まらなくても。俺も美味しい思いを夜空ちゃんにさせてもらったから」
「?、私、先輩の喜ぶような事、何かしましたでしょうか?」
「夜空ちゃんを、辱めさせてもらったじゃないですか」
夜空は、きょとんとして小首を傾げた。
「?、一体なんのことですか?」
本気で分からないようである。どうやら夜空はあの記憶を、封じ込めてしまったようだ。
夜空は偶に、心を閉じたり、記憶を封じたりするのだが、これまで音咲はこれを単なる洒落の一種だと思っていた。
しかし例の件が解決した後に聞いた所によると、これは菊本の存在による精神的ストレスから、自分を守る為に使えるようになった、とのことであった。
その話を聞いて音咲は思わず、背景重っ!?、と呻いてしまった。
お医者さんに相談した方がいいのでは、と尋ねてみたが、ある程度は自分で自由に出来るので、そこまでの必要は無いです。私、適応性に富んでいるんです、と夜空は朗らかに言っていた。
「もしまだお姉ちゃんの態度に問題があるようなら言ってよ。俺が責任を持って調教しておくから。おっと、今の言葉は公的文書から削除しておいてくれよ、でないと俺が会長の手で公的に削除されちゃうからね」
夜空は困惑の色を深め、歯切れの悪い返事を返してくる。
「問題はあるのですが・・・その・・・姉さんがといいますか・・・私がといいますか」
丁度その時、夜香が扉を開けて生徒会室に入ってきた。
姉の姿に夜空はビクッと震えた。夜行もまた、妹を見てビクッとしている。
生徒会室の空気が急速に張り詰めていくのを音咲は肌で感じた。場が変に重くなっていく。夜香も夜空も明らかに緊張していた。
どこかぎこちない動作で、夜香は自分の定位置にしている席に座った。
腰を下ろした夜香に、いつもの女傑然とした振舞いは皆無であり、忙しなく黒髪を繰り返し撫で付け、弄っている。
夜空も夜空で頭を垂れて膝の上で指をモジモジさせていた。
姉妹はお互いを意識し過ぎであった。生徒会室が居た堪れない空間に変貌している。まったく会話が無い。
この場は音咲が、助け舟を出すべきであった。
だが、音咲のサドッ気が、姉妹に対する精神的加虐といえるこの状況に悦楽を見出して、トキめいてしまったため、彼は傍観を決め込んでしまった。
ようやく夜香が咳払いをし、意を決して夜空に話しかけた。
「夜空」
「!、はっ、はい!」
「・・・・え~と・・・・何しに来たの?」
夜香の問いは親しい間柄であれば、軽口または一種の冗談となるが、そうでなければ単なる嫌味としかならない。
「すっ、すいませんでした!、失礼します!」
そそくさと夜空は生徒会室から出て行ってしまう。敵前から逃亡するようであった。
夜空の居なくなった席を見詰めながら、音咲が夜香に尋ねる。
「なんか・・・・一段と酷くなっていませんか?」
姉妹の仲は有り有りと悪化していた。唯一、改善しているのは、夜香が妹を呼称する時に、『あなた』ではなく『夜空』と名前で呼ぶようになったぐらいである。
夜香は頭を抱えて項垂れている。
「問題が解決すれば、後は自動的に仲良くなると思っていたのに・・・、おかしい、こんなはずじゃないのに・・・一体どうして・・・何が悪いの・・・」
ハッとして夜香は顔を上げる。
「わかった!、きっと私と夜空の間に妖怪がいるのよ。ビートたけしとタモリの間に存在するという伝説の妖怪『ギクシャク』が!」
「いませんて、そんなの」
夜香は再び落胆する。
「夜空・・・・、私の事いらないって『姉捨て山』に捨てたりしないかしら」
姉捨て山、日本昔話に出てくる山で、お殿様の命令により不要になった姉を捨てに行く山である、らしい。
「・・・・いっそのこと、襲ってしまおうかしら」
夜香の目はマジだった。これは本当にやりかねない。夜空に忠告しておく必要がありそうである。姉から求められても、操をあげてはいけない、と。
「会長、妹のことになると、まったくの駄目人間になりますねぇ。しっかりしてください。頭の中が、ろくでもないことになっていますよ」
すがるような目で夜香は音咲を見る。
「音咲君、私、夜空とどう接していいのか分からないのよ。ねぇ、どうすればいいと思う?」
「兄弟のいない自分に、アドバイスを求めないでくださいよ」
そうは言いながらも音咲は、とりあえず考えてみる。
「そうだ、グーグルで検索してみたらどうですか?、キーワードは『妹』『接し方』『殺し合いしちゃった☆』の三つで」
夜香の表情に影が差す。珍しくカチンと来たらしい。
「そういえば音咲君、例の件に関して私はまだ、君に感謝の気持ちを表してなかったわね。今から謝意を伝えるから、ちょっと立ってもらってもいいかしら」
「?、はい」
言われるがままに立ち上がった音咲の背後に夜香が音も無く、すぅーと移動する。
そして急に襲い掛った。
夜香は両手の指を音咲の五指の間に組み付かせて握り、乳房は潰れるほど音咲の背中に押し付け、下腹部も腰の辺りに躙り寄せてくる。太腿は内側から音咲の足に巻きつける。
物凄い密着度である。
音咲は、まるでアメーバに捕食されているような気分を味わった。
全身から夜香の心地好い感触が伝わってきて、音咲は思わず身震いしてしまう。
夜香は鼻先を音咲の項に埋め、思い切り深呼吸をした。音咲は実に生暖かい体験をする。
「す~は~す~は~・・・・たまらん」
「ちょっと会長!、す~は~す~は~やらないで!。妹さんに対する鬱屈した気持ちを自分で晴らさないで頂きたい!」
十分音咲を堪能した夜香は乱れた制服と髪を整えながら、何事も無かったように、しれっとして席へと戻る。そして、
「あ~、夜空の事も、また抱き締めたい~」
と声を上げて、机に突っ伏した。
音咲は襟元を直しながら自分の席に戻る。二人して制服を直すなんて、なんだか行為の後みたいだ。
「他の人と接するように、いつも道理にしていれば、何の問題もなく睦まじくできると思うんですが。どうして会長は夜空ちゃんの前では自然体でいられないんでしょうかね?」
音咲の質問に、夜香は少し照れを浮かべて答える。
「それは『愛』があるからよ」
「じゅあ、何で自分とは普通に接しているんですか?」
夜香は真顔で答えた。
「それは『愛』が無いからよ」
「わ~っ!、予想通りだけど、かなし~」
「付き合う時にも言ったけど、君と私の関係は『愛』ではなく『義』なのよ」
最初はそれで構わなかったが、最近音咲は、そのことが物足りなく感じるようになってきている。
夜香は腕を組み、難しい表情をして、妹と仲良くなれる策がないか、考え込んでいる。その表情が唐突に輝いた。名案を思いついたようである。
「プレゼントをしましょう」
「プレゼントですか、いい考えですね。それで何をあげようというのですか?」
「この生徒会を権力ごとプレゼントするわ」
「ええっ!?」
音咲は思わず飛び上がった。
「権力を肉親に譲るって、それって世襲ってことじゃないですか。世襲なんて、まさに君主制のすることですよ。間違いなく叩かれますって、周囲から非難囂囂になりますって」
「困難を乗り越えた分だけ、プレゼントの価値も高まるというものよ。さあ、そうと決まれば、早速活動開始よ。この計画を進めれば、音咲君に言うように、多くの反乱分子が騒ぎ出すわ、大野君も再起を図ってくるでしょう。だから頼んだわよ、音咲君、心優しきドSよ。私たち姉妹の命運は、君の双肩にかかっているのだからね」
夜香は音咲に向けて一つウインクをする。どうやらお姉ちゃんは妹のことで頭が一杯になり、周りが見えなくなっているようであった。
しかし会長が決めてしまったからには副会長として従うしかない。夜香が卒業するまで、どうやら、もう一波乱起こりそうである。
音咲としては、学校生活が充実し、楽しくなるので、むしろ望ましい事ではあるのだが。
おしまい




