なあ。人間が火だるまになる音をきいたことがあるか?
「近道しようなんて言うんじゃなかったな」
卓哉はそう言って、あがったバッテリーに一瞥くれて、ボンネットを閉じた。
振り向くと、木立のあいだを満たす夜闇。そこから下は崖のような斜面があり、そのふもとから水の流れる音がきこえてきた。
恭一は運転席に背をまっすぐにして座ったまま、目を閉じている。
卓哉は助手席に戻って、ドアを閉めた。
「寝てんのか?」
「起きてるよ」
恭一は瞼をあけた。
「ここ、どこかわかるか?」
「わかんね」
「どーする?」
「とりあえず、車で待とう」
「なにを?」
「パトカーとか近所の農家の車とか」
卓哉はため息をつき、首をふった。
「実は」と、恭一。「さっき、スマホがつながった。JAFに連絡がついたけど、着くのは明日の午前になりそう」
「なんだ、それを先に言えよ」
「なあ」
「なんだよ?」
「ウィンドウ下げてくれ」
「なんで?」
「川の音がききたいんだ」
「ポエマーか?」
「そうじゃない。どうしてもききたくないなら、別にいい」
卓哉はパワーウィンドウを下げた。川の水がざあざあと鳴っている。
「親父たちが子どもだったころは」と、恭一。「車のウィンドウは手回しハンドルで開けたり閉じたりしたらしい」
「テレビは白黒か?」
「いや。カラー。でも、すげえ質が悪くて、映像がぶれてたらしい」
「ふうん」
「なんか、退屈だよな」
「寝ろよ」
「なあ」
「なんだよ」
「人間が火だるまになる音をきいたことがあるか?」
「なんだ、そりゃ?」
「そのままの意味だよ」
「きいたことあるわけねえだろ」
「だよな。おれもきいたことない」
川はざあざあと流れている。斜面の下の暗がりで。
「蓑踊りってきいたことがあるか?」
と、恭一がたずねた。
「知らん。阿波踊りの親戚か?」
「火をつけるんだよ」
「なに?」
「蓑に」
「それ、祭りか?」
「拷問だよ」
「なに?」
「拷問。江戸時代、反抗的な農民や年貢が足りない農民に、蓑ってわかるだろ、藁でつくって雪とか雨をよけるやつ、あれを何枚も着せて、火をつけるんだよ。そうしたら、農民は熱くて死になくないから死に物狂いで火を消そうとして地面のまわりをのたうちまわる。それを踊りって呼んで、蓑踊りなんだ」
「江戸時代の農民に生まれなくてよかったよ」
「おれの家、古いじゃん」
「そうだったっけ」
「代官ではないけど、それを補佐する庄屋みたいな家だったらしいんだよ。でさ、ご先祖さまもやったわけ。蓑踊り」
「マジか?」
「うん。でさ、ご先祖さまはちょっとクソ野郎なところがあって、川のそばでやるんだよ。蓑に火をつけて、川まで逃げ切れば、許してやったんだ。それで何人か一度に蓑に火をつけるんだけど、必ず蓑踊り同士がぶつかって地面をのたうち回って、焼け死ぬんだよ。誰も、川につけない。なんでだと思う?」
「知らねえよ」
「川の流れる音にそっくりなんだよ」
ざあざあ。
「たくさんの藁が熱い空気にめくれながら一度に燃え上がる音が」
「だから?」
「だから、燃えながらお互いのことを音できいて、川だと勘違いしてぶつかり合うんだって」




