悪役令嬢が婚約破棄されたらチートスキル「ATM」を思い出したのでお城が吹き飛ぶ話
思いついたので書いてみました。
「ヴィオレッタ・フォン・アッシェンバッハ! 貴様との婚約は破棄させてもらう!」
夜会の喧騒がぴたりと止んだ。
シャンデリアの光が一斉にこちらを向き、貴族たちの視線が突き刺さる。ざわ…ざわ…と漣のような囁きが広間に広がっていく。
「まあ、あのヴィオレッタ様が……」
「やはりという感じですわね」
「ヒロインのリリィ様に、あんな酷いことを……」
クスクス、クスクス。
私——ヴィオレッタ・フォン・アッシェンバッハ公爵令嬢は、目の前で勝ち誇った顔をしているレオンハルト王子を、ただ静かに見つめていた。
(……あれ?)
(なんか、この状況、知ってる気がする)
ぐらり、と視界が揺れた。
頭の奥で、なにかが弾ける。フラッシュバックする見覚えのない記憶。狭いワンルーム。深夜のコンビニ。スマホの画面に光る『悪役令嬢に転生したけどATMチートで人生イージーモード!』という小説のタイトル。そして——
(——思い出した)
(私、転生者だ)
(そしてこの世界、私が前世で読んでた小説の世界だ……!)
「ヴィオレッタ! 何とか言ったらどうだ!」
王子が苛立ったように声を荒げる。隣に寄り添うヒロイン・リリィが、可憐な瞳に涙を浮かべてこちらを見ていた。か弱く、儚げに。
(ふふ……ふふふ)
私は思わず笑みをこぼした。
(そうよ、私には——あるじゃない)
(チートスキル【ATM】が!)
前世で読んだあの小説の主人公——つまり私——には、転生時に女神から授けられた最強のスキルがあった。その名も【ATM】。発動すれば無限にお金が出てくる、文字通りのキャッシュディスペンサー。
考えてみてほしい。お金は力だ。お金があれば人を雇える。土地が買える。情報が買える。最終的には国だって買える。これほどのチートが他にあるだろうか? いやない。
王子に婚約破棄された? 上等だ。
国外追放? どうぞどうぞ。
私は無限の財力で隣国に渡り、商会を立ち上げ、財を築き、いずれこの国を経済的に屈服させて、王子が地に頭をこすりつけて謝罪する日を——
「お黙りなさい、レオンハルト様」
ぴしゃり、と私は扇を閉じた。
広間が静まり返る。
「婚約破棄、結構ですわ。けれど、これだけは申し上げておきますわね」
私はゆっくりと右手を持ち上げた。指を、ぱちん、と鳴らす。
「私には——チートスキル【ATM】がございますの」
「……は?」
王子が間の抜けた声を出した。
「ATM……? 何だそれは?」
「ふふ、教えて差し上げる義理はございませんわ」
私は微笑んだ。完璧な、悪役令嬢の微笑みで。
(出でよ、ATM——!)
心の中で念じる。前世の小説では、確かこのフレーズで発動するはずだった。掌に黄金の魔法陣が浮かび、そこから金貨がじゃらじゃらと——
ゴゥン。
何か、重い物が、私の右肩に乗った。
「……?」
冷たい。固い。金属の感触。
私はゆっくりと、自分の右肩を見た。
そこには、見たこともない、黒くて長い、筒状の——
(……えっ?)
(これ、何?)
(お金、出てくるところは……?)
困惑する私の視界の中で、その筒状の物体の側面に、小さく刻印された文字が見えた。
『 Anti- Tank Missile 』
(……あんち)
(たんく)
(みさいる……?)
ピーッ。ピーッ。ピーッ。
何かのカウントダウンのような音が、肩のそれから鳴り始めた。
「な、なんだあれは!?」「魔導具か!?」「衛兵! 衛兵を!」
広間がざわめく。王子が顔を引きつらせて後退する。リリィが悲鳴を上げる。
(待って)
(待って待って待って)
(これ、なんかおかしくない?)
(私のチートスキル、こんなんだったっけ……?)
ピーッ ピーッ ピーッ ピーッ ピピピピピピ——
「ヴィ、ヴィオレッタ! き、貴様、何をする気だ!?」
王子の震える声が遠くに聞こえる。
私は、ようやく、ぼんやりと、ひとつの可能性に思い至った。
(まさか……)
(ATMって、)
(キャッシュディスペンサーじゃ、ない……?)
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!
——閃光。
——爆風。
——崩落。
王城が、消えた。
正確には、王城の正面ホール、玉座の間、それに連なる東翼と西翼の半分、ついでに庭園の薔薇園と厩舎と兵舎の一部が、跡形もなく消し飛んだ。後に残ったのは、巨大なクレーターと、もうもうと立ち上る黒煙、そして奇跡的に無傷で立ち尽くす、ドレス姿の私だけだった。
「……」
「……」
「……あら」
私は瓦礫の山を見渡し、ぱさぱさと頭に積もった灰を払った。
ドレスの裾が焦げている。髪が爆風で乱れている。耳がキーンとしている。
そして目の前には、王城が、ない。
「……えっと」
私は呆然と呟いた。
「これ……手数料、いくらかしら……?」
遠くの方で、レオンハルト王子が瓦礫の下から這い出てきて、ぼろぼろの正装で、震えながらこちらを指差していた。
「ば、ばば、化け物! 悪魔! 国家転覆罪だ! 衛兵! 衛兵——!」
衛兵はいなかった。兵舎ごと吹き飛んでいたからである。
ヒロインのリリィは泡を吹いて気絶していた。
居合わせた貴族たちは、一人残らず腰を抜かして地面に座り込み、誰一人として動けないでいた。
私は、もう一度、自分の右肩を見た。
黒い筒は、煙を上げながら、まだそこにあった。側面の刻印が、改めて目に入る。
『Anti-Tank Missile』
(……Tank)
(タンク)
(……戦車?)
(……対、戦車、ミサイル?)
頭の中で、ゆっくりと、点と点が繋がっていく。
A・T・M。
エー、ティー、エム。
それは、確かに、ATMだった。
ただし、私が思っていたATMでは、断じて、なかった。
「……女神様」
私は、空を見上げた。
爆発で穴の空いた屋根の向こうに、青い空が見えた。
「……女神様、これ、説明が、ちょっと、足りなくなかったですか?」
返事はなかった。
代わりに、肩のATMが、もう一発、リロード完了の音を鳴らした。
ガチャ、っと。
「……」
「……ま、いっか」
私は微笑んだ。
完璧な、悪役令嬢の、微笑みで。
「ねえ、レオンハルト様? もう一度だけ、聞いてもよろしくて?」
瓦礫の中で青ざめる王子に、私は優しく囁きかけた。
「——婚約破棄、まだ、本気でなさいますの?」
その日、王国の歴史書には、こう記された。
『建国以来初、悪役令嬢による武力行使による逆プロポーズが成立した日』、と。
いやあどう考えても死刑でしょ。




