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悪役令嬢が婚約破棄されたらチートスキル「ATM」を思い出したのでお城が吹き飛ぶ話

作者: simopo
掲載日:2026/05/09

思いついたので書いてみました。

 「ヴィオレッタ・フォン・アッシェンバッハ! 貴様との婚約は破棄させてもらう!」


 夜会の喧騒がぴたりと止んだ。

 シャンデリアの光が一斉にこちらを向き、貴族たちの視線が突き刺さる。ざわ…ざわ…と漣のような囁きが広間に広がっていく。


 「まあ、あのヴィオレッタ様が……」


 「やはりという感じですわね」

 「ヒロインのリリィ様に、あんな酷いことを……」


 クスクス、クスクス。

 私——ヴィオレッタ・フォン・アッシェンバッハ公爵令嬢は、目の前で勝ち誇った顔をしているレオンハルト王子を、ただ静かに見つめていた。


 (……あれ?)


 (なんか、この状況、知ってる気がする)


 ぐらり、と視界が揺れた。

 頭の奥で、なにかが弾ける。フラッシュバックする見覚えのない記憶。狭いワンルーム。深夜のコンビニ。スマホの画面に光る『悪役令嬢に転生したけどATMチートで人生イージーモード!』という小説のタイトル。そして——


 (——思い出した)


 (私、転生者だ)


 (そしてこの世界、私が前世で読んでた小説の世界だ……!)


 「ヴィオレッタ! 何とか言ったらどうだ!」


 王子が苛立ったように声を荒げる。隣に寄り添うヒロイン・リリィが、可憐な瞳に涙を浮かべてこちらを見ていた。か弱く、儚げに。


 (ふふ……ふふふ)


 私は思わず笑みをこぼした。


 (そうよ、私には——あるじゃない)


 (チートスキル【ATM】が!)


 前世で読んだあの小説の主人公——つまり私——には、転生時に女神から授けられた最強のスキルがあった。その名も【ATM】。発動すれば無限にお金が出てくる、文字通りのキャッシュディスペンサー。

 考えてみてほしい。お金は力だ。お金があれば人を雇える。土地が買える。情報が買える。最終的には国だって買える。これほどのチートが他にあるだろうか? いやない。

 王子に婚約破棄された? 上等だ。

 国外追放? どうぞどうぞ。

 私は無限の財力で隣国に渡り、商会を立ち上げ、財を築き、いずれこの国を経済的に屈服させて、王子が地に頭をこすりつけて謝罪する日を——


 「お黙りなさい、レオンハルト様」


 ぴしゃり、と私は扇を閉じた。

 広間が静まり返る。

 「婚約破棄、結構ですわ。けれど、これだけは申し上げておきますわね」

私はゆっくりと右手を持ち上げた。指を、ぱちん、と鳴らす。


 「私には——チートスキル【ATM】がございますの」


 「……は?」


 王子が間の抜けた声を出した。


 「ATM……? 何だそれは?」


 「ふふ、教えて差し上げる義理はございませんわ」


 私は微笑んだ。完璧な、悪役令嬢の微笑みで。

 

(出でよ、ATM——!)


 心の中で念じる。前世の小説では、確かこのフレーズで発動するはずだった。掌に黄金の魔法陣が浮かび、そこから金貨がじゃらじゃらと——

ゴゥン。

何か、重い物が、私の右肩に乗った。


 「……?」


 冷たい。固い。金属の感触。

 私はゆっくりと、自分の右肩を見た。

 そこには、見たこともない、黒くて長い、筒状の——


 (……えっ?)


 (これ、何?)


 (お金、出てくるところは……?)


 困惑する私の視界の中で、その筒状の物体の側面に、小さく刻印された文字が見えた。


 『 Anti- Tank Missile 』


 (……あんち)


 (たんく)


 (みさいる……?)


 ピーッ。ピーッ。ピーッ。

 何かのカウントダウンのような音が、肩のそれから鳴り始めた。


 「な、なんだあれは!?」「魔導具か!?」「衛兵! 衛兵を!」


 広間がざわめく。王子が顔を引きつらせて後退する。リリィが悲鳴を上げる。


 (待って)


 (待って待って待って)


 (これ、なんかおかしくない?)


 (私のチートスキル、こんなんだったっけ……?)


 ピーッ ピーッ ピーッ ピーッ ピピピピピピ——


 「ヴィ、ヴィオレッタ! き、貴様、何をする気だ!?」


 王子の震える声が遠くに聞こえる。

 私は、ようやく、ぼんやりと、ひとつの可能性に思い至った。


 (まさか……)


 (ATMって、)


 (キャッシュディスペンサーじゃ、ない……?)


 ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!

 ——閃光。

 ——爆風。

 ——崩落。

 王城が、消えた。

 正確には、王城の正面ホール、玉座の間、それに連なる東翼と西翼の半分、ついでに庭園の薔薇園と厩舎と兵舎の一部が、跡形もなく消し飛んだ。後に残ったのは、巨大なクレーターと、もうもうと立ち上る黒煙、そして奇跡的に無傷で立ち尽くす、ドレス姿の私だけだった。


 「……」


 「……」


 「……あら」


 私は瓦礫の山を見渡し、ぱさぱさと頭に積もった灰を払った。

 ドレスの裾が焦げている。髪が爆風で乱れている。耳がキーンとしている。

 そして目の前には、王城が、ない。


 「……えっと」


 私は呆然と呟いた。


 「これ……手数料、いくらかしら……?」


 遠くの方で、レオンハルト王子が瓦礫の下から這い出てきて、ぼろぼろの正装で、震えながらこちらを指差していた。


 「ば、ばば、化け物! 悪魔! 国家転覆罪だ! 衛兵! 衛兵——!」


 衛兵はいなかった。兵舎ごと吹き飛んでいたからである。

 ヒロインのリリィは泡を吹いて気絶していた。

 居合わせた貴族たちは、一人残らず腰を抜かして地面に座り込み、誰一人として動けないでいた。

 私は、もう一度、自分の右肩を見た。

 黒い筒は、煙を上げながら、まだそこにあった。側面の刻印が、改めて目に入る。


 『Anti-Tank Missile』


 (……Tank)


 (タンク)


 (……戦車?)


 (……対、戦車、ミサイル?)


 頭の中で、ゆっくりと、点と点が繋がっていく。

 A・T・M。

 エー、ティー、エム。

 それは、確かに、ATMだった。

 ただし、私が思っていたATMでは、断じて、なかった。


 「……女神様」


 私は、空を見上げた。

 爆発で穴の空いた屋根の向こうに、青い空が見えた。


 「……女神様、これ、説明が、ちょっと、足りなくなかったですか?」


 返事はなかった。

 代わりに、肩のATMが、もう一発、リロード完了の音を鳴らした。

 ガチャ、っと。


 「……」


 「……ま、いっか」


 私は微笑んだ。

 完璧な、悪役令嬢の、微笑みで。


 「ねえ、レオンハルト様? もう一度だけ、聞いてもよろしくて?」


 瓦礫の中で青ざめる王子に、私は優しく囁きかけた。


 「——婚約破棄、まだ、本気でなさいますの?」


 その日、王国の歴史書には、こう記された。


 『建国以来初、悪役令嬢による武力行使による逆プロポーズが成立した日』、と。


いやあどう考えても死刑でしょ。

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