拒絶の断奏(スタッカート)
闇の霧が晴れた遊園地の中央で、ヴィクターは一人、背を向けて立っていた。
足元には粉々に砕け散った「記憶の欠片」が、光の塵となって消えゆくところだった。
「ヴィクター……無事なの?」
ロゼアが声をかけるが、彼はすぐには振り向かない。その肩が微かに上下し、荒い呼吸を整えているのが遠目にもわかった。やがて、彼はゆっくりとこちらを向いた。その顔には、先ほどの激情など微塵も感じさせない、いつもの冷徹な仮面が張り付いている。
「……五分だ」
「え?」
「私がこの場のノイズをねじ伏せるのにかかった時間だ。貴様らが無様に立ち尽くしていたせいで、余計な手間がかかった」
彼は歩み寄ると、ミリルの手元に奪い取っていたタクトを乱暴に放り投げた。ミリルはそれを慌てて受け止めるが、ヴィクターと視線を合わせることができない。先ほど手首を掴まれた時の、あの焼けるような熱さがまだ肌に残っている。
「ミリル。さっきの失態、どう説明する。闇の音に同調するなど、指揮者として以前の問題だ」
「ごめ、んなさい……私、私……っ」
ミリルの瞳には涙が溜まり、声は今にも消え入りそうに震えていた。
「……あの音が、すごく悲しくて……。どうにかしなきゃって思ったのに、体が、動かなくなって……」
「言い訳は聞かん。貴様が『ノイズ』に呑まれれば、隣にいるロゼアもろとも破滅していた。自覚しろ、お前の弱さは、他人を殺す武器になるのだと」
「ちょっと、言い過ぎだよヴィクター! ミリルだって必死に——」
ロゼアが食ってかかろうとしたが、ヴィクターの冷ややかな眼光に言葉が詰まった。だが、彼女は引き下がらなかった。彼女が見たのは、怒るヴィクターではなく、震えるヴィクターだったからだ。
「……ねえ、ヴィクター。どうしてそんなに怖がってるの?」
その問いに、ヴィクターの眉が微かに動いた。
「あたしたちを突き飛ばしたとき、あんたの手、震えてた。……まるで、誰かがいなくなるのを怖がってるみたいに」
一瞬、現場に鋭い沈黙が流れた。ヴィクターの口角が、自嘲気味に僅かに上がる。
「……フン、想像力が豊かだな。私が恐れているのは、無能な教え子のせいで私の経歴に傷がつくことだけだ」
彼はそれ以上何も言わせないように背を向けると、長いコートを翻して歩き出した。
「戻るぞ。……ミリル、帰ったら基礎練習を倍に増やせ。その濁った音を完全に叩き出すまで、寝ることは許さん」
夕闇に溶けていくヴィクターの背中を見つめながら、ミリルは溢れた涙を乱暴に拭い、自分のタクトを強く握りしめた。ヴィクターが隠そうとした「怯え」と、路地裏でレオンが囁いた「ノイズの力」。
二つの異なる「音」が、彼女の心の中で不協和音を奏で始めていた。




