不穏な間奏曲(インターメッツォ)
人間界での温かな日々……そんな毎日がいつまでも続くかのように思えた。
ある日の午後、ロゼアとミリルは一階の楽器店で、誰に聴かせるでもない連弾を楽しんでいた。ロゼアが弾く跳ねるような高音に、ミリルがそっと柔らかな和音を添える。二人の音色は、店内に差し込む木漏れ日のようにキラキラと輝いていた。
「……ふん。やはり、王家の教育などこの程度か」
背後から突き刺さるような低い声がして、二人の指が止まった。振り返ると、いつの間にか戻っていたヴィクターが、入り口で腕を組み、二人を冷たく射抜いていた。
「ヴィクター! おかえり! 聴いてよ、あたしたち——」
「聴くに堪えん。貴様らが奏でているのは、ただの自己満足だ」
ロゼアの明るい声を、ヴィクターの拒絶が真っ向から切り裂く。彼は迷いのない足取りで二人に歩み寄ると、ミリルの震える指先を冷ややかに一瞥した。
「いつまで、ごっこ遊びを続けるつもりだ。……いいか、不完全な優しさは、時に毒になる。ミリル、特にお前だ。そんな芯のない不協和音では、守るべきものさえ壊すことになるぞ」
ヴィクターはそれだけ言い捨てると、重い足音を響かせて階上へと消えていった。
静まり返った店内に、ロゼアの憤慨した声が響く。
「なによ、もう! ねえミリル、あんなの気にしなくていいよ。ちょっと外で気分転換しよ!」
「……ごめんね、ロゼアちゃん。先に行ってて。私、少しだけここで風に当たっていくね」
ロゼアは心配そうに一度振り返ったが、いつものミリルの内気な様子だと思い、明るく手を振って店を飛び出していった。
一人取り残されたミリルは、楽器店の裏口を開けて外に出た。そこは、隣の建物との隙間に挟まれた、昼間でも陽が差さない狭い路地裏だった。湿った空気のなか、不意に地響きのような「低音」がミリルの鼓膜を震わせた。
「……いい音色だ。自分を偽り、他者の旋律に合わせようと必死な……美しく歪んだ音だ」
冷ややかな声と共に、暗がりから一人の男——レオンが姿を現した。
「眩しすぎる光のそばで、お前は自分の音を殺し続けているな。……お前の内にあるその不快なノイズこそが、世界を支配する力になり得るというのに」
レオンが残した謎めいた言葉と、重低音の余韻。戻ってきたロゼアの明るい声に、ミリルは無理に微笑みを返したが、その心には確実に、闇の種が蒔かれていた。




