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Memorial Symponia〜メモリアル・シンフォニア〜  作者: 桜庭つむぎ


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黄金色の至福旋律(アリア)

ヴィクターから与えられた拠点は、街外れにある古い楽器店の二階だった。人間界での生活が始まって数日。二人は、少しずつこの世界の「お気に入り」を見つけ始めていた。

「ねえミリル、見て! この『まぐかっぷ』っていうの、すっごく可愛くない? ミリルのは銀色で、あたしのは赤!」

ロゼアが雑貨屋で見つけてきたマグカップを机に並べる。

「うん、可愛いね。お揃いなんだ……ふふ、ありがとう、ロゼアちゃん」

ミリルは銀色のカップを、宝物に触れるような手つきでそっと撫でた。

「でしょ? ほら、せっかくお揃いなんだから、あたしが特製のココアを出してあげる! いでよ、とろける甘美の旋律メロディ!」

ロゼアがチェリーレッドのタクトを勢いよく振ると、カップの中に魔法のココアが注がれていく。……が、ロゼアの魔法はいつも少しだけ勢いが良すぎた。

「あわわっ、止まって! 溢れるー!」

「ロゼアちゃん、ストップ、ストップだよぅ!」

結局、机の上には茶色い水たまりができてしまった。

「もう、ロゼアちゃんの魔法は大雑把なんだから。……はい、拭くよ」

「へへ、ごめんごめん。でも、味は自信あるんだから!」

ふきんで机を拭きながら、二人は顔を見合わせ、どちらからともなく「あはは!」と笑い声を上げた。

「……あ、そうだ。ロゼアちゃん、これ見て。お隣のおばあさんにいただいたの。『ぷりん』っていうんだって」

ミリルが冷蔵庫から出してきたのは、プルプルと震える黄金色のスイーツだった。

「なになに、これ! 宝石みたいじゃん! 早速食べてみようよ」

二人は並んで座り、銀のスプーンを手に取った。一口食べた瞬間、二人の目がキラキラと輝きだす。

「……んん〜っ!! なにこれ、すっごく滑らか! 魔法の雲を食べてるみたい!」

「本当……! 幸せな味がするね。ねえ、これ……自分たちでも作れるようにならないかな? あたしたちの魔法を合わせれば、もっとすごいのができるかも!」

「えっ、また魔法? ……うーん、さっきのココアみたいにならない?」

心配そうなミリルを余所に、ロゼアはもうタクトを構えている。

「大丈夫だって! ミリルが『滑らかさ』の旋律を刻んで、あたしが『甘さと輝き』のメロディを乗せるの。ね? いけるよ!」

「……うん、やってみる。ロゼアちゃんと一緒なら出来る気がする」

二人はタクトを重ねるように掲げた。

「「いでよ、至福の黄金旋律プリン・シンフォニア!!」」

赤と銀の光が部屋の中に渦巻き、テーブルの上に現れたのは——。

巨大でプルプルとした、机いっぱいの「黄金色のプリンの山」だった。

「ちょっと欲張りすぎちゃったかな!」

「あはは! でも、これ……崩すの勿体ないくらい綺麗だよ」

ミリルが指先でそっと触れると、山は「ぷるん」と可愛らしい音を立てて震えた。

その音に、二人はまた顔を見合わせて笑い転げる。

窓から差し込む午後の光が、黄金色の山と二人の笑顔を優しく包み込む。

それは、魔法よりも温かい、二人だけの特別な日常の音色だった。



第三章:追憶の小夜曲セレナーデ

楽器店の一階は、木の匂いと、時が止まったような静寂に満ちていた。ヴィクターが不在の間、二人は店番と、古い楽器の手入れを任されていた。

「ミリル、このバイオリン、すっごくいい音がするよ! 魔法をかけてないのに、触るだけでドキドキする……」

ロゼアは棚に並んだ古い木製楽器を、柔らかな布で丁寧に拭きながら目を輝かせている。

「人間界の人は、こうやって一つひとつの楽器を大切にして、自分の『音』を作っていくんだね……。あ、このピアノも、鍵盤を叩くと優しい音がするよ」

ミリルもまた、埃を被ったピアノをそっと撫でる。魔界の魔法楽器とは違い、奏でる人の心を映し出すような不完全で温かな響き。二人は、人間界の音楽が持つ不思議な魅力に、すっかり夢中になっていた。

その時、カランコロンとドアのベルが鳴った。

「こんにちは。……あら、今日は可愛い店員さんたちがいるのね」

入ってきたのは、先日プリンをくれたお隣のおばあさんだった。その手には、色褪せた小さな木製のオルゴールが握られている。

「これ、ずっと昔に主人からもらった大切なものなんだけど……。急に音が鳴らなくなっちゃって。もし直せそうなら、お願いできないかしら?」

おばあさんが寂しそうに微笑む。ミリルはそのオルゴールを受け取ると、中に溜まった「悲しい沈黙」を感じ取った。

「……やってみます。大切にお預かりしますね」

おばさんが帰った後、二人は作業台にオルゴールを置いた。蓋を開けても、ゼンマイを巻いても、一音も響かない。

「ねえロゼアちゃん。これ、機械が壊れてるんじゃなくて、オルゴールの中にあった『想い出の音』が眠っちゃってるみたい」

「そっか……。ただ直すんじゃなくて、あたしたちが『呼び起こして』あげなきゃいけないんだね」

二人は顔を見合わせ、そっとタクトを構えた。

「ミリル、準備はいい? あの時みたいに、一緒に奏でよう!」

「……うん。ロゼアちゃんと一緒なら、出来る気がする」

二人のタクトが、小さなオルゴールを包み込むように重なる。


「「目覚めよ、追憶の小夜曲セレナーデ!」」

赤と銀の光が、止まった歯車に吸い込まれていく。ミリルが歯車の軋みを優しくなだめる音を紡ぎ、ロゼアがそこに温かな光の旋律を吹き込んだ。

すると、止まっていた銀の円筒シリンダーがゆっくりと回り始める。

——ポーン、ポロロン……。

澄んだ一音が響いた瞬間、二人の脳裏に、知らないはずの光景が溢れ出した。

それは、雨宿りをする若い男女の照れくさそうな笑顔。

不器用そうに手渡される、リボンのついた小さな箱。

やがて、シワの刻まれた二つの手が、このオルゴールを真ん中にして重なり合う穏やかな午後。

何十年という月日の中に積み重なった、ささやかで、けれどかけがえのない「愛されている記憶」が、温かな旋律となって二人の心を震わせた。

「……っ、これ……」

ミリルは思わず胸元を押さえた。流れ込んできた記憶があまりに温かくて、目尻が熱くなる。

「すごいね、ミリル。この小さな箱の中に、こんなにたくさんの『大好き』が詰まってたんだ……」

ロゼアもまた、奏でられる音色を愛おしそうに聴き入っていた。

翌日、直ったオルゴールを受け取ったおばあさんは、蓋から流れる音を聞いた瞬間に、顔を覆って泣き出してしまった。

「ありがとう……。あの方と一緒にいるみたいな、本当に優しい音。……不思議ね、忘れていたはずの若い頃の記憶まで、全部思い出せそうだわ」

おばあさんを見送った後、ミリルは自分の銀色のタクトをじっと見つめた。

「……ロゼアちゃん。人間界の『音』って、こんなに温かくて、深いんだね。魔法なんかより、ずっと強い想いがこもってる……」

「そうだね! あたしたちも、あんな風に誰かの心を温められる音を、もっとたくさん集めていこうよ!」

誇らしげに笑うロゼアの横顔を見ながら、ミリルは強く心に誓った。

この温かな世界を守りたい。ロゼアと一緒に、ずっとこの優しいアンサンブルの中にいたい、と。

この時の二人はまだ、そんな純粋な願いが、やがて残酷な不協和音へと変わっていくことを、知る由もなかった。

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