絵本 ローズ姫物語
作 マルタン・ヴェルディエ
訳 翡翠
絵 アヴニエル・テラスィエ
愛しのローズ姫へ.あなたに捧げます.
我が友,シェニオール ローズ姫は喜んでくれるかな?
時は18世紀後半.
海に囲まれた、小さな王国に
美しい王女が生まれました。
まるで太陽に祝福されたかのようなブロンドの髪を持つ王女の誕生に,国中が歓喜しました.
王女は,国王の父と,妃である母,年の離れた兄,そして召使いたちからのたくさんの愛情を受けて,すくすくと育ちます.
そんな沢山の愛情を,目一杯に受けて育った王女が14歳になるころには,見るものが思わず恋に落ちてしまうほど美しい女性へと成長していきました.
その頃には,毎日、王女に、たくさんの青年たちからの釣や贈り物が届くようになりました.
とても大きな国の第一王子,ある国の静士団長,ある国一のお金持ち,とても美しい青年.
大量の宝石のプレゼント,細かい刺繍の施されたドレス.
王女の美しさを裏め称える分厚い手紙.
どんなに素晴らしい贈り物にも,どんなに身分の高い青年にも,王女は見向きもしません.
そんな王女に国王は少し困りつつも,父親としては少しホッとしてもいました.
それから,数年の月日が立ち,王女が更に美しくなった頃.
王女は,まるでカメリア《つばき》の花が落ちるように,なんの前触れもなく,ある日突然。
恋に落ちました.
その相手は,見目麗しいわけでも,どこかの身分の高い貴族でもありません.
王宮の庭に掃除に来る,ただのみすぼらしい,どこにでもいる青年でした.
王女がその青年に気づいたのは,ほんの偶然でした.
ある日,大好きな薔薇の花を庭に摘みに行こうとした時,たまたま,庭にいる青年を見かけます.
落ちた薔薇の花弁を,箒ではき,袋に詰める.
淡々とその行動を繰り返す青年の瞳はまるで薔薇自体を憎むように,歪んでいて,なぜか,王女の記憶に残りました.
また別の日,王女はまた青年を見つけます.
青年は,自分の昼食の残りなのか,パンのかけらを小鳥たちに分けていました.
その瞳は,バラを見つめていた時とは違い,とても優しく輝いていて,そんな青年に,
王女は,自分でも気づかないうちに恋に落ちていました.
青年について王女が知っていることは,ほとんどありません.
毎週,月曜日と金曜日の正午ごろに掃除に来ていること.
パンと動物が好きなこと.
丁寧に掃除をする几帳面な性格だということ.
そして,薔薇の花が嫌いなこと.
王女は,青年と結ばれたいわけではありませんでした.
望んでいないわけではありませんが,王女は自分の王族という立場を理解していた.
王族である王女と爵位も持たない青年が結ばれることは,万が一にもあり得ない.
そのことを王女は,誰よりもわかっていました.
だから王女は,僅かな期待も持たないように,青年に話しかけることはありませんでした.
ただ,お城の自分の部屋から,遠くから,庭で掃除をしている青年の姿をただ,ただ,見つめていました.
王女はそれだけで,幸せでした.
それだけで幸せなんだと自分自身に言い聞かせました.
贅沢は望んではいけない,と.
何度も何度も,心の中で,そう繰り返しました.……
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