27 手合わせの申し込み
ラファエル王太子殿下とのデートという名の茶番に、お手本のようなお断りのお手紙を出し。
お父様とのチェスや、マティルド様とのお茶会をし。
勉学や、商会の経営に勤しみ。
そんな、これ以上ないほど充実した週末を謳歌いたしました。
お陰様で今朝はこれ以上ないほど爽快な気分で目覚められましたわ。
「うぉっ」
足取り軽く学園の回廊の角を曲がったところで、ひどく驚いたような声とともに何かが勢いよくぶつかってまいりました。
あまりにも突然のことで避けることすらできず、結果倒れこそしなかったもののよろけるという無様な姿を晒してしまいましたわ。
あぁ、なんてお恥ずかしいこと。
赤面しそうになった顔をプライドと意志の力で操り、無表情を取り繕いましたわ。
「ごめんあそばせ、お怪我はございませんこと?」
公爵令嬢としての品位も示せましたし、謝罪すればもう完璧ですわねっ。
数秒待っても何のお返事もございませんでしたので心配になり、相手の方のお顔をのぞき込みましたわ。
そして、不覚にも息を止めてしまいましたの。
「⋯⋯ど、どうなさいましたの⋯⋯?」
涙の伝う頬と、濡れて光る灰色の瞳。
彼の表情はどう見ても明るいものではなくて。
いえ、それはもはや「絶望」という題が似合いそうな、それはそれは悲壮なものでしたわ。
「ご令、嬢⋯⋯」
北欧系の訛りのある、ややたどたどしい発音。
真っ白な肌に、彫りが深く力強い顔立ち。
我が国の貴族社会において魅力的とされている繊細な容姿とは明らかに違うものの、人工的ではない、自然そのものといった美しさ。
あぁ⋯⋯この方はおそらく――。
「私と、手合わせを、してください」
思考が追いつかず、数秒フリーズしてしまいましたわ。
「⋯⋯あの、今、なんとおっしゃいましたの⋯⋯?」
次の瞬間、彼は勢いよく立ち上がられましたわ。
「ですから、私との、手合わせを、お願いしたいのです!」
頭が痛いですわぁ⋯⋯。
わたくし、これからしばらくこの方のサポートをしなくてはなりませんの?
打算ありきだったとはいえ、さすがに判断を間違えてしまったかもしれませんわねぇ⋯⋯。
わたくしはため息をこらえ、扇子を口元で広げましたわ。
「わたくしの姿をご覧になってわかりませんこと? わたくし、れっきとした貴族令嬢ですの」
「ですが、先程の、身のこなし。相当な実力者だと、見受けられるので」
「あの程度、ただの嗜みですわ」
「ご令嬢、」
納得していない様子の彼の声と表情に、わたくしは扇子をたたみ、背筋を伸ばしましたわ。
「はっきりと申し上げますわね。お断り申し上げますわ」
その流れで一度瞳を伏せ、取り繕った優雅な微笑みを浮かべましたわ。
「約束がございますので失礼いたしますわね」
完璧な礼を披露し、わたくしは足音高くその場を去りましたわ。
――なぜでしょう。
すれ違いざまに見た、彼の抜け落ちた表情が⋯⋯妙に脳裏に焼き付いておりました。
29, 06, 2025




