スタジオ・デスボイス
おわあ、こんばんは。
保健室の件があってから、郁子と薬子の距離は一歩縮まった。
もともと仲はいいが、お昼休みも一緒に過ごすようになった。
周囲からは、もう付き合っちゃえよ!とかいう声も聞こえてくる。
まあ普通に考えてもう付き合っちゃってるといって過言ではない。
なんならそう遠くない未来には同棲しているヴィジョンまで
郁子の頭には、はっきり浮かんでいた。もう結婚しちゃえよ!
「ねえ郁子、いつものカラオケも楽しいんだけどね。
たまにはスタジオに行ってみない?私、ドラム得意なんだよ。」
「え、そうなの?意外ー。クラシック好きで
ピアノ弾けるのは知ってたけど、ドラムもできたんだ。
ふーん。私もたまーにベースにはおさわりするよ。
でも全然練習してないからへたっぴだよ。それでもいい?」
「なんだ、郁子も楽器やるんなら話は早いじゃん。
歌だけでもよかったんだけど、それならベースは持参して。」
「うん。じゃあ今日はそれでいこ。薬子のドラム楽しみー。」
二人はスタジオに到着する。薬子はドラムセットに着席する。
君子豹変する、ならぬ聖女豹変するといったところだろうか。
薬子はドラムを叩くときは、人格が切り替わるタイプだった。
歌うときや運動するときのあのでたらめなリズム感はなんだったのか。
複雑な変拍子などを、軽々と叩き出すドラム・マシーンと化していた。
「え、ちょっとなになに。なんなのそれ反則でしょ。
私、全然ついていけないんですけど。どうすんのこれ。」
「もー。なんでもいいから郁子も合わせてくれたらそれでいいんだよ。
ベースに自信がなかったら、歌だけでもいいよ。歌いたいように歌ってみて。」
そんなこと言われてもなー。とりあえずベースをびよーんびよーんする。
うーん。これだけじゃ、やっぱりさみしいな。でも歌うっていってもな。
何を歌えばいいのかな。あれか。薬子への想いでいいのか。
即興で作詞はハードル高いからとりあえずスキャットでいっか。
よし、やってやんよ。よく聴けよこれが、私の魂の叫び!
「おぎゃああああああああああああああああああああああああ!
おぎゃあああああああああああああああああああああああああ!
ほんぎゃああああああああああああああああああああああああ!」
「え、なになに?郁子って生まれたての赤ちゃんだったのー?
よくわかんないけどなんか楽しいね。じゃあ、このまま続けよう!」
バブみを感じてオギャりたい。その一心で出てきた歌声であった。
「いやー、今日は楽しかったね。あんな声出したのたぶん
生まれたて以来だよ私。でもさ、せっかくバンドやるんなら
やっぱりスリーピースじゃないとさ、さみしい感じしない?」
「でも、うちらって基本、二人ぼっちだよね。
メンバー増やすにしても、私は心当たりないけど。
郁子はあるの?あるなら呼んでもいいんじゃない。」
「うーん。ギター弾ける子は確かうちのクラスにも何人かいたけど。
でもドラム、ベース、ギターって組み合わせもありきたりだし、
せっかくやるんなら、なんかもっと意外性があってもいいよね。
あ、そうだ。紅葉先生ってなんか古楽器とかもできるらしいよ。」
「そうなんだ。じゃあ二人で先生にお願いしてみようか。
私もハープシコードの音色なんかはけっこう好きなんだよ。
バンド名はどうする?郁子が決めちゃっていいよ。」
「それなー。まあスリーピースだし、薬子ってメタルとか
プログレ好きなんでしょ?じゃあ、ケルベロスとかでいいんじゃね?」
「私たちって一応、敬虔なクリスチャンって建前じゃなかった?
なんでよりによって地獄の番犬なの。先生に叱られないかなー。
でも、郁子がそうしたいんならそれでいいよ。それでいこう。」
「いや、紅葉先生だって昔はけっこうヤンチャしてたらしいし。
釘バットとか…おっとなんでもない。とにかくきっと大丈夫だよ。」
こうして、のちに伝説になりかねないバンド、
ケルベロスが結成されることになったのだった。
イメソンは、相対性理論「ケルベロス」。
そのまんまでございまーす。
https://youtu.be/hLMJXH8TMJg?si=_lUSGeRV6wETCLjJ