ナイトにならないと
どうしてこうなった。
聖女とは何か?
郁子は未だに明確な定義を与えられるほどには
それについて深く理解できたわけではなかった。
しかし、
聖女とは誰か?
これについては一つの答えを得ることができた。
「そう、私にとっては薬子が聖女だったんだね。
じゃあ、薬子にとっての私って何なんだろうね。
私も聖女なの?それもおかしな感じがする。うーん。」
そんなことを考えながら、郁子は体育の授業に向かう。
郁子は群れない。
自分が最強だと理解しているからだ…じゃなかった、
休み時間は音楽を聴いているからだ。
社交性は人並にあるが、必要以上の社交はしない。
薬子も同じようなタイプで、休み時間は
だいたいブルーバックスなどを読んでいた。
今日の体育は、格技場で行われる柔道である。
ペアを組んで技を掛け合ったりするのだが、
こういうときにも普段は群れない二人は
お互いにとって最も都合のいい相手だった。
「薬子!お前どーせぼっちなんだろ?俺と一緒にやらないか!」
「郁子だって似たようなもんでしょ。いいよ。組んであげる。」
郁子は格闘技を正式に学んだことはなかったのだが、運動神経はいい方だ。
中学時代には女バスをしていて、チームを地元の大会にて優勝に導いている。
アグレッシブでオフェンシブな唯我独尊プレイスタイルで、
身長が低いわけではないが機敏でトリッキーな動きが得意。
相手チームからは獰猛な小動物と呼ばれて恐れられていた。
薬子はそもそも運動に向いた体型をしていない。
中学時代には卓球部に所属してはいたのだが、
あちこち揺れる豊満ボディに相手が動揺したときくらいしか
リードすることができず、あまりいい成績は残せなかった。
そういう二人なので、ペアを組んでもほとんど
郁子が薬子を一方的にぶん投げることになる。
でも、そういう力関係でも二人は楽しかった。
郁子は簡単な技なら一目見ればだいたいマスターできるので、
授業の進行がゆっくりだとやることがなくなってすぐに飽きる。
だからつい教わってもいない巴投げで薬子を投げ飛ばしてしまった。
「ちょっと!ひどいよ郁子。手加減してくれてるのはわかるけど、
いきなりそんなよくわかんない技かけられたらびっくりするよ。
もっと優しくして。」
郁子は激しく動揺した。そんなつもりはなかったし、
こう言われたことでなんか新しい扉を開いてしまった。
新しい何かが、俺の。中で目覚める。世界は回る。
そっか。私にとっての薬子が聖女なら、
薬子にとっての私は、聖女を守り抜く
聖なる騎士じゃなきゃいけないんだ。
ナイトにならないと、なんちゃって!
「ごっめーん!どっか痛いとこない?
見して見して。俺がペロペロしてやんよ!」
「もー。いいよそういうの。ここでやることじゃないでしょ。」
「ん?じゃあどこでならやることなんだい?教えてごらんよ。」
「もー。わかったよ。許してあげるからそういうのはまた今度ね。」
なんかよくわかんないままノリで百合の騎士が爆誕したのだった。
なんだこれ。二人の明日は、この物語の明日はどこに向かうんだ!
郁子の奇妙な冒険は、まだまだ続きそうである。
本文中に一節を引用したイメージソングは
イエローモンキー「SPARK」でございます。
https://youtu.be/YIaghOy-HJU?si=9ixpB3KHno3fhexM
べリグッ、だいぶいーけそうじゃーん。