第一話 砂漠の世界にやってきた
まだかなぁ、早くおわらないかなぁ、はやく砂漠に行きたいよ。
砂漠に行くお金を作るため、ちんちんを売ること決めた裸物は麻酔が効いた虚ろな意識の中でひらすらに手術の終わりを待ち望んだ。 手足の感覚が無い、何も聞こえない、見えない。 なんにも匂わない。
全ての感覚が無い分、砂漠へのワクワクの気持ちがだけが裸物の心をじっくりと満たしていく。
突然目の前が真っ赤になった。 鳥取砂丘で真昼間から瞼の裏を眺めて日向ぼっこしてるときの景色だ。
無くなっていた体の感覚が急に戻ってきた。 慣れ親しんだ柔らかくて温かい、大好きな砂の感触を感じる。 それなのに鳥取砂丘よりずっと暑い。 息を吸うたびに喉を熱い空気が通っていくのを感じる。
さっきまで手術台の上で横になっていたはず。 不思議に思った裸物はゆっくりと目を開ける。
「んーー? うおぉ!?」
目を開けると今度は視界が真っ白になった。 びっくりした裸物は跳ねるように起き上がり、あたりを見渡す。
「さ、砂漠!?」
裸物の周りには茶色一色の景色が広がっていた。 馴染みある鳥取砂丘によく似た景色だった。 だけどそれよりもうんと広く、地平線の果てまで岩、草木一つ無い砂砂漠が広がっていた。 高低差のある砂丘からは風に吹かれた砂が、海の波のように流れていく。 裸物は一目でここが自分の知る鳥取砂丘ではないことを知る。
「お、おおぉ……」
裸物は震えた声を出しながら、砂を手のひらいっぱいに掴む。 指の隙間さらさらと流れていく砂は、鳥取砂丘のよりずっと軽く、熱かった。 裸物は手で顔を覆いながら空を見る。 雲一つない綺麗な青空には、まばゆい光を放つ太陽があった。
「お、おおおぉ……」
裸物の体がぶるぶると震えはじめる。 飛行機事故が無ければ行けてた筈の本場の砂漠。 ずっとずっと憧れて、夢見てきた本当の砂漠。 そんな砂漠にいま立っている。 嘘のようなホントの事に、裸物の高ぶる気持ちは大爆発寸前だった。
風に飛ばされてきた砂が、裸物のほっぺを叩く。 その瞬間、裸物の中で何かがプチっと切れた感覚がした。 震える肩を鎮めながら、両の手をはちきれんばかりに上へ伸ばす。 カラカラに乾燥した空気をおもいっきり吸い込み胸を膨らませる。 あふれんばかりの興奮を胸に貯め、そして裸物は叫んだ。
「うおおおおお! 砂漠だあぁぁーー!」
裸物は全力でジャンプする。 そのまま背中から砂の地面に飛び込む。 地面は予想よりも硬く、背中に鈍い痛みがはしる。 裸物は周囲の砂を巻き込みながら砂丘を滑り落ちていく。 興奮絶好調の裸物はもう高笑いをあげることしかできなかった。 何回も砂の地面を転げまわり、砂の感触を味わう。 靴や服に。鼻に口に入り込む砂が最高に気持ちよかった。 砂の上で陸に上がった魚のようにひたすら暴れ遊んだ。
「ハァ、ハァ……最高だね!」
興奮している裸物の赤ら顔は笑顔いっぱいだ。
裸物は砂が溜まり重くなった靴を脱ぎ捨てた。 靴下もはいてない足は真っ黒に汚れて砂だらけになっていた。 立ち上がると足の裏に砂の柔らかい感触を感じてキャッキャッとはしゃぐ。
そうしてはしゃいで一時間が経ったころ、裸物は地面から妙な振動を感るのに気づいた。 振動だけではない。 耳を澄ますと遠くから風の音につられて変な音が聞こえた。 言葉で表すと「ポーポー」と。
裸物はその正体を確かめるべく、緩やかな砂丘をよじ登り、音の聞こえる方向を見る。 音の正体に気づいた裸物は驚きの声を上げる。
「な、なんじゃあれーー!?」
なんと音の正体は、巨大な鉄の船だった。 黒い煙をまき散らしながら船が砂砂漠の上を走っていたのだ。 甲板らしき所からは大小様々な大きさの煙突が伸びており、軍艦のようにも見える。 丸い船底の左右にはオールのような巨大な鉄の棒が沢山伸びており、オールのようなその棒は砂を漕ぐように力強く動き鉄の船を動かしていた。 その姿はまるで砂の上を泳いでいるようだった。
海の上ならともかく、砂の上を走る船なんて聞いたことがない。 物知りな父からも、そんな話は一度も聞いたことが無かった。
「おーい! おーい! まってよーおーい!」
いてもたってもいられず裸物は元気に手を振りながら船に駆け寄る。 当然聞こえるはずもなく次第に船は離れていく。 小さくなっていく船をみて裸物は鼻息を荒くする。
「おお……よ、よーし!」
何としてもあの砂漠を泳ぐ鉄の船の正体が知りたかった。 学校で習ったこともない、父の話でも聞いたことがない、砂漠を泳ぐ鉄の船。 砂の上には船が通った跡がくっきりと残っていた。 何としても追いついて、あの船に乗ってみたい。 裸足はその気持ち一心で跡を辿りながら広大な砂漠を走り出した。
――――――
裸足が鉄の船を追い走り出すこと約一時間。 ぜぇぜぇと荒い息を吐く裸足の足は生まれたての小鹿のようにガクガクに震えていた。
なんか変だ。 と裸物は思った。
体力には自信があった。すごく自信があった。 学校に通ってた頃も100メートル走ではいつも一位だっし、気合を入れれば一日中走っていられる自信があった。 それなのに思うように体が動かない。 ついに裸物は立っていられず膝をついてしまう。 その瞬間、一気に体の力が抜けて地面に倒れこんでしまった。
体からは滝のように汗が流れている。
初めての環境に強い日差し。動きずらい砂漠の足場、傾斜の激しい砂丘の連なり。 それらは裸物の体力をあっという間に奪い去ってしまっていた。
「ハァ、ハァ……あ、熱いよ……」
力を使い果たし、地面に寝転がることしかできない裸物。 それでも砂漠の日差しは容赦なく裸物を照らし続ける。 涼まろうにも日陰なんてどこにもない、あるのは地平線までずっと続く砂砂漠。 鉄の船の足跡も風に吹かれていつの間にか消えていた。
「うぅ……頭がぐらぐらする」
絶え絶えの体に鞭をうちなんとか半身を起こす。 すると、突然視界が真っ黒になって気を失いそうになった。 すぐに意識を戻した裸物は自分の頬をひっぱたく。
お、おぉ……今、目ん玉が動いた……
意図しない身体の反応に驚く裸物。 気合は十分、興奮は人生で一番高まっている。 それなのに体がついていかない。 頭の中に水がいっぱい入ったようにグラグラして、痛い。 喉が渇く。 たまらず体中の汗を舐めるが全く喉にしみない。
このままだと間違いなく死んでしまう。 人間の体の仕組みなんて全く分からない裸物だが本能がそう言っていた。 だけど絶対に死ね訳にはいかない。 裸物は唇を強く噛む。 せっかく念願の砂漠にこれたのに、砂漠のさの字も楽しんでないのに死ぬなんて絶対に嫌だった。 それに鉄の船だって、まだなんも知れてない。
そう思う裸物だが急に強い眠けが襲ってきた。 必死に叫んで抗おうとするも、次第に声が出なくなる。 もう体からは汗一滴も流れなくなっていた。
風の音とは明らかに違う、妙な音が聞こえてきた。 だが今の裸物にはそちらへ頭を動かすことも視線を向ける力も残っていなかった。
「大丈夫!? うわっ、すごい匂いだ!」
もんもんとする意識の中、声が聞こえた。 助けて……心の中でそう唱えながら裸物は気を失う。