婚約破棄した王子の元には
クリスマスそろそろかと思ったら出来た
「テレーゼ。今すぐ出てこい」
冬の時期に生徒たちの友好を深めるためのささやかなパーティが学園であるのだが、まさかそんなささやかな楽しみをいきなり舞台に上がってマイクを司会から奪って壊す輩がいるとは思わなかったなとパーティーの給仕のバイトをしながらヨハネスは呆れていた。
(なんでこんな時にやらかすのかね~。好感度下がってるし)
目を凝らすと、言い出した人物……この国の王子なのが信じられないけど、彼に向けていた生徒達からの好感度が下がっているのが見える。
ヨハネスは転生者特典として好感度と善行度が見える目を貰っていた。だから、件の王子が好感度を低迷しているのも善行度が辛うじて保たれているのもしっかり見える。
だけど、それも今日までだろう。
「なんの御用でしょうか?」
呼ばれたテレーゼ・モラリス公爵令嬢が貴族令嬢らしい優雅なお辞儀をして王子の前に立つと、ほぉとどこからか溜息が聞こえてくる。
「お前との婚約を破棄する!!」
王子が前世で言うドヤ顔で宣言した途端、低空飛行していた好感度がストップ値にまで落ちていた。
(まあ、当然か)
テレーゼ・モラリス公爵令嬢は男女ともに人気のある人物でわずかに嫉妬こそ持たれるが善行度も高い淑女の鑑だ。
この(残念)王子の婚約者という立場に嫉妬をしている人も同情するレベルだったりするのも大きいだろう。
この残念王子のためにありとあらゆるフォローをして回ってきたモラリス公爵令嬢を嫉む事も出来ないのだから。
「――わたくしが何かしたでしょうか?」
それなのにいきなりの破棄宣言で怒ってもいいのに怒らず冷静に問い掛ける。
「お前が、ガーネットを虐めたからだ」
「あ~ん。フィリップ怖かった~」
「もう大丈夫だぞ」
実はずっとそばに居たロリータファッションに身を包んだ派手な宝石をたくさん飾っている少女が王子に抱き付くと王子が鼻の下を伸ばして抱きしめている。
(何この茶番)
呆れてものも言えない。虐めた内容がどんなものか知らないけど、王子と公爵令嬢の婚約を破棄するものだったのか疑問だし、どう見ても婚約者がいたのに浮気していたのがもろバレだ。
「お前はガーネットが男爵令嬢だといちいち口煩く」
「相応しくないと扇子で叩かれました!!」
(あっ、嘘だ)
善行度がしゃべっているうちにどんどん減っていく。悪事を働いているとか嘘ついている時に現れる現象だ。
ちなみに嘘は嘘でも嘘は方便の場合は減っていかない。嘘の内容によっては逆に善行度が上がっていく事もあるのでそういうものなんだなと察している。
「お前はガーネットの物を壊し」
王子の善行度が一気に減った。
「私のドレスを破り捨て」
男爵令嬢の善行度も下がっていった。
「僕が代わりを用意しなかったらどうなっていたのか」
大幅に二人の善行度が減ったな。これはあれだ。ドレスを破ったり物を壊したのは当人たちで、国民の血税でそのド派手なドレスを購入したってことか。
周りも察したんだろうな。好感度がだだ下がりだ。
(このまま放置しても構わないけど、時期が悪かったな)
ささやかな冬を楽しむ催し物。何年も続いているその催し物のクライマックスには。
―――サンタが現れる。
しゅっ
会場を照らしていた光が一瞬ですべて消える。
「なっ、何……」
「きゃあっ!!」
動揺して、慌てているのは今年初めて参加した一年生。
全く動じていないのは一度体験済みの二年生以上。そして、どんな事態でも動じずに冷静に対応できる土壇場に強い逸材。
仲間が魔法で消した蝋燭の火。
俺と同じ魔法を持っている仲間が動くのを横目に俺もまた動き出す。
この会場に集まっている者たちの好感度と善行度に相応しい贈り物を届けるために――。
『そちらの世界にはクリスマスといういい子にしていたらプレゼントが来るお祭りがあるじゃろ』
『実際には親が渡しているけどな』
死んですぐにこの世界の神に話しかけられた。
『そうなのか。そのお祭りを聞いた時に素晴らしいお祭りだと感動したものなんだが』
『………』
『儂は儂の世界の民の行いにご褒美を与えたい』
そのためにクリスマスを知っているそっちの世界で不遇な死に方をした善良な存在をスカウトしていると告げて転生特典を与えた。
(断ることは出来たけど、転生特典が良かったので了承した)
『引き受けたら転生特典としていくつかの能力と元の世界でやり残したことを叶えよう』
『なら、俺の心臓を妹に提供してくれるか? アメリカに行かなくても手術できるように』
俺の死因は過労死だった。心臓に欠陥のある妹の臓器提供を待つには日本よりアメリカの方がいいと思って渡米のための資金を稼いでいたのだ。
『ああ、手術費も君の保険と君の会社から出る様にしよう。明らかにブラックだったからね』
その言葉に安堵した。もう妹は苦しまないのかと。そこら辺のアフターフォローもするという言葉を信じて転生をした。
暗闇の中、王子と男爵令嬢の元に近付く。俺が一番近かったのでこの二人にとっておきの贈り物を渡す。
そして、モラリス公爵令嬢の元にも――。
仲間全員贈り物を配り終わり、元の給仕係の仕事に戻った瞬間蝋燭の火は再び灯り、
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「なっ、何だこれはっ!!」
男爵令嬢と王子の悲鳴が会場に響き渡る。二年生らは経験済みだから驚かないが一年生は王子たちを見てどう反応すればいいのか戸惑っているのが見える。
王子と男爵令嬢が身に着けていた物らはすべてぼろぼろに崩れていく。男爵令嬢などほとんど下着同然だ。
……僅かに見えている肌に赤い跡があるのはいろいろ気になるが、まあそういうことだろう。王子にも同じような跡があるし。
まあ、悲鳴を上げている面々を会場の人らはすぐに気にしなくなる。
「”サンタ”の粋な計らいだ」
王子と男爵令嬢以外には彼らの善行。好感度に相応しい彼らの欲している物を贈り物として届けられる。
そして、モラリス公爵令嬢の元には、
「ありがとうございます……」
王子の妃になるからずっと我慢していた庭いじりのセットがそっと工具箱に入れられて渡されている。
嬉しそうに微笑むモラリス公爵令嬢にこっちもあげてよかったなと嬉しくなっているうちに先ほどの騒ぎを忘れたようにまた盛り上がっていく会場。
「――少しいいかしら」
飲み物でも取りに来たのかと思っていたらモラリス公爵令嬢に捕まってしまった。
「サンタと呼ばれる存在が現れるのは聞いていました」
「そ、そうですか……」
「サンタの贈り物をもらい、喜ぶものと怒り出すもの。そして、貴方方のように微笑ましげに見ている人もいます」
「ああ、そうですか……」
微笑ましげに見ている。うん。自覚ある。
「この催しものの給仕のバイトはほぼ毎年変わっていません。そう考えるとおのずと思うのです」
じっと見てくる真っすぐな瞳。
「貴方方が”サンタ”だと、ああ惚けないでください。匂いで分かりましたから」
「えっ⁉」
とっさに匂いを確かめてしまった。臭かったかと。
「そこで反応したら自分だと言っているものですよ」
モラリス公爵令嬢の言葉がはったりだったのを気付いて恥ずかしくなる。
「………がっかりしましたか」
こんなモブに。
「がっかり?」
意味が分からないという感じで首を傾げる様が可愛らしかった。先ほどの淑女の鑑から年相応に見える。
「しませんよ。ずっと会いたかったので」
嬉しそうに微笑んで、
「サンタさん。本当の名前を教えてください」
手を伸ばして問い掛けてくる。
(あっ……)
昔同じような……。
ああ。思い出した。サンタの力を初めて使う時に名前を聞かれた。その時サンタと告げたけど。まさか、
「あの時の……」
思わず呟くと、モラリス公爵令嬢は俺の手を掴んで、
「今度は誤魔化されません。きちんと名前を教えてください」
とどこか楽しそうに言われたのだった。
王子と男爵令嬢は身に着けている物を外すと元の綺麗な状態のドレスや飾りに戻ります。二人が身に着けているとぼろぼろになる仕様です