エピローグ
「4年もの間、本当によく頑張ってくれました。正直、ラスくん演じるラスターナさんの働きはわたくしの予想以上で…度々驚かされましたし、何度も助けてもらいました。本当にありがとう」
クソ、こんな言葉に喜んでんじゃねぇよ。俺はこの女の策略に巻き込まれただけで、こんな想いは、不毛で、邪魔なだけなのだから。
「約束通り、成功報酬として10億ペールの小切手を用意致しました。受け取ってくださいな」
「……あぁ」
より悪役っぽくなるからと、わざと普段から多用しているらしい過剰なお嬢様言葉も、もう聞けなくなるのかと思うとなぜか寂寥感が胸を巣食う。計画を練って悪巧みする時や、1人ニヤついて満足そうにしている時なんかは特に饒舌になるから、うざいうるさいと毛嫌いしていたくせに。
これを受け取ったら、彼女との時間は終わってしまうのか。そう思うと、あれだけ夢見た10億ペールという大金も、見た目通りただの紙切れのように思えてしまう。
全てが終わった今でさえ、俺に隠したままの秘密なんか、この女はまだいくらでも握っているのだろう。
最初から最後まで全てを手の平の上で転がされてるのに、それが彼女だと思えば、一向に不快な気分にならないのは、どうしてか。
あぁ、そうだ。答えなんてとうに分かっているくせに、感傷的になるなんてらしくない。散々この女のフォロー役に回らされて、性格まで腑抜けちまったか?
全身全霊で己の望みを掴みに行った彼女のように。
俺がずっとずっと欲しかったものに、手を伸ばせ。
「……っつーことで。ラスターナはもう用済みだから。これからは"俺"の好きなようにやらせてもらう。覚悟しろよ、イェリーベル」
世の中の多くを思い通りに動かせる彼女に、それでも予想外の未来を与えたくなるのは、一体何故か。
それに気づいて尚、素直にお利口な振りをして諦めるほど、俺は元来大人しい質ではないのだ。
「ひとまず、何かと忙しい貴女と共に時間を過ごすには、1日あたり一体いくら必要になるのですか?教えてください。いくらでもご用意致しますよ、我が月」
群青色に煌めく銀水色は、まさに夜の湖に浮かぶ月。
淡くも鮮烈な、眩しいその光に当てられた羽虫は、決して手に入らないものなのに、それでも尚、望んでしまうのです。
社交界で身についた修飾言葉も、本心となれば恥ずかしくて伝えられやしない。せいぜい、丁寧な言葉と仕草を真似るのが限界だ。こんな俺はいつまで経っても貴公子にはなれないんだろうけれど。
不敵な彼女に似合わない、その間抜けな表情を引き出したのが自分なのだと思うと、堪らなく嬉しくなってしまうのだ。
きっとこの後、衝撃を飲み込んだ彼女は、照れることも落ちることもなく、ただ鈴を転がすような声で無邪気に笑い出すのだろう。
今はまだ、それでいい。
たとえ彼女に一生敵わないとしても。たとえ彼女に一生手の平の上で踊らされようとも。貴女がくれたステップを踏んで、喜んで舞って見せよう。
そうしていつか、彼女に適う相手になるために、一生をかけて、挑み続けるのだ。
そんな予言めいた言葉は、酷く滑稽で、酷く心躍るもので――
"ダメですわっ!全くダメダメです!なんですの、その相手を嘲笑うようなニヒルな笑みはっ!ラスターナさんは悲劇の深窓令嬢でしてよ!?もっと儚く!もっとたおやかに!"
そう何度もスパルタ指導を受け、長らく封印されていた俺の表情筋を動かし、久方ぶりに心の底から嗤った――
最後までお読みいただき、ありがとうございました!