えぇ、全て完璧に、わたくしの計画通りですわ。
「おぉ〜っほっほっほっ!!!!婚約破棄ゲットですわぁぁぁああああ!!!!!!」
「……おい。化けの皮剥がれてんぞ、セイジョサマ」
今日は、あの婚約破棄騒動から2日後。俺とイェリーベルは、くだんの件の当事者として王宮に招集されていた。先程、その会談が終わったところだ。
「いいじゃないのっ!!私の長年の悲願と、あなたの4年間の努力が無事に実を結んだのよっ!!!しかも、王家側に頭空っぽ第三王子の教育不十分を認めさせただけでなく、シルターナ家への賠償として多額の資金とウェンス金山の所有権、それからなんと政治面での政策優遇措置までもぎ取れるなんてっ!えぇ、全て完璧に、わたくしの計画通りですわ」
「……そこまで計画内だったのかよ…引くわーー……」
通された部屋には、第3王子の親である現国王と王妃、そして、まもなく次の王位を継ぐとされている王太子に、騎士団長を務める第2王子まで揃って着席していた。その眩いオーラ、というよりキンキラリンに飾り立てられた豪勢な服の輝きに目がしばしばして、暗く落ち込んだ表情を保つのに苦労した。
しかし、たとえ王族と高位貴族の重鎮が集っていたとしても、この部屋は彼女にとっては“最後の仕上げのショー"が行われる舞台に過ぎなかったのである。
彼女の姿が目に入れば、より意識が引き締まった。これから"イェリーベル・シルターナ"が何をしても何を言っても、自分はそれに傷つき、ひどく憔悴したか弱い令嬢を演じなければならないのだ。集中を欠いては、後でどんな報復を受けるかわからない。
「……きっと、わたくしに至らないところがあったのです……殿下を怒らせた挙句、婚約破棄をされるなんて……淑女として情けないばかりですわ……それに…一方的に殿下から好意を向けられただけで、ラスターナさんは何も悪いことをしていないのに、まるで……まるでわたくしから殿下を奪ったかように悪く言われているそうで……心優しい彼女のことを思うと、辛くて胸が張り裂けそうなのです……どうか、陛下。彼女は、何にも悪くないのです。罰するのなら、殿下の愛を獲得するに至らなかった、この不甲斐ないわたくしだけを罰してくださいませ……」
彼女は開口一番、自然な淀みをちょいちょい挟みながら、見事に震える声でそう言い切った。ついでにハラハラと透き通る涙を流しながら。
殿下がラスターナに惚れるよう仕向け、さらにはイェリーベルがラスターナを虐めているという噂を自ら流し、そして最後には偽物の証拠さえタイミングを見計らって与えることで、卒業パーティーでの婚約破棄騒動をお膳立てした張本人のくせに。
とんだ茶番である。
「なんと……まるで聖女のような慈悲深さだ……あの愚息はなんと愚かなことをしたのだろうか。王位を継がせる必要もなく、遅くにできた息子だからと、無責任に可愛がってしまった我々が全て、悪いのだ……そなたが自分を責める必要は一切ないのだよ、イェリーベル嬢。そして、ラスターナ嬢も……君たちは、ただ愚息の横暴な振る舞いに振り回された被害者だ。愚息が大変、申し訳ないことをした……本当に、申し訳ない……」
巻き込まれた被害者同士、身を寄せるように抱きしめあっているからこそ、見えた。涙を流しながら必死に上がりそうになる口角を押さえている、そのひくついた顔が。
こんな女が聖女だなんて、世も末だ。まんまと騙されている国の重鎮たちを見ていると、この国の未来まで心配になってくる。
結局、第3王子とイェリーベルの婚約は全面的に王家側の過失により破棄され、彼女の愛するシルターナ領には多額の恩恵がもたらされた。4年前から、いや、何年前からこの計画を練っていたのかと考え始めると、心の底から恐ろしい。
「……はぁ。ほんと、やっと解放されたわぁ……」
「本当にな……地獄のような4年間だった……」
ほんの数年前まで、しがないEクラス冒険者のひとりであったはずなのに、何故こんなことに巻き込まれているのか――
「ふふっ。わたくしもあなたも、やっと自由を手に入れたのね」
金と自由があればそれで良かった。良かったはずなのに。何故、今更その言葉に痛みを覚えるのか。自分でももうよく分からない。
「さぁ〜て、ラスくん。お待ちかねのお時間ですわよ」
3年半ぶりに呼ばれたその名前に、ドクンと胸が鳴った。
タイトル回収です。