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あなたは最大の敵であり、最強の味方ですわ。



 


ヒラヒラのレースとリボンが付いた真っピンクのドレスを着て、視界に入れたくもない第3王子に気に入られるよう媚びを売りつつ、血反吐を吐く思いで甘い言葉を吐き続ける毎日は、正真正銘地獄の日々だった。


"ラスターナ・ヘイリーン"は、今から起こす騒動のせいで、手のひらを返したように冷たくなった人間たちの悪意に傷つき、その心労により屋敷に引きこもりがちになって、数年後には病を拗らせて死んでしまうらしい。仮にも数年名乗っていた令嬢が死ぬ予定だと聞かされても、なんの感慨も湧かなかった。寧ろせいせいする。

 

 イェリーベルから指導され、無駄にセンスがあると褒められていたメイク技術でかなり顔の印象を変えていたし、最近は背も伸びてきた。これから先の人生において、上流階級のやつらと関わるつもりは一切ないし、今後一切髪を伸ばすこともこんな服を着ることもない。だから、万が一にもバレることはないとは思うが、それでも国を騙したことを考えると、10億ペールでも割に合わないのではと思って来る。


俺の人生を一夜にしてギャンブルに押し上げた全ての原因は、そう。深い群青の髪を一括りにし、銀と水色をした意志の強そうな瞳を持つ、この女である。



出会った初日に、当時の自分の身長ほどまで積み重なった教材を手渡され、次会うまでに全ての内容を頭に入れておくよう指示された。基本的な読み書きしか出来なかったのに、2週間かけて何とか全てを読み終わったその日に、まさに見計らったかのようなタイミングでまた彼女が現れた。前回よりさらに分厚さが増した、山ほどある教材を抱えて。


 そうして、それから半年間は、ただひたすらその繰り返しだった。読んで理解しては解いて。読んで解いては覚えて。案外、辛い辛いと言いながらも、新しい知識を吸収していくことは楽しかった。


毎日酒を飲んでは暴力を振るう父にも、めったに家に帰ってこない母にも早々に見切りをつけ、家とも呼べない牢獄を飛び出したのは、9歳の時。それから、身分もツテも知識も何も無いまま、危険が伴う分割りもいい冒険者になってみたは良いものの。淡々と依頼をこなす日々は酷く無気力だった。あの日彼女と出会わなければ、ただ不満と不安だけを募らせ、腐っていただろうと思う。


世界を広げてくれた彼女には、感謝している。


しかし、文句と愚痴と抗議も山ほどある。



山ほどあるが、やっぱり1番言いたいことは、4年前に交わされた契約書についてだ。契約書の最初の文には、「イェリーベル・シルターナと共に学院に入学し、イェリーベル・シルターナの指示に従い、学生生活を送ること」とあった。その一文を読んだとき、「貴族さえ入ることが難しいっていう学院に入れるとは思えない」と言ったのだが、「1年あればわたくしが完璧に育て上げてみせますわ」と自信満々な彼女を見て、どうなっても知らないからな、とブツブツ文句を言いながら署名し、血印まで押した。そこまではいい。その時はまだ、学院生しか入れない全寮制の学校らしいから、お嬢様は生活でこき使える便利な小間使いが欲しいんだろう、と思っていた。


 それが、どれほど安易な考えだったか。


半年後。ある程度知識が身について、勉強もより一層楽しくなってきた時期に。次は何を教えてくれるのかと期待に胸を膨らませていたところに。


 渡されたのは、ドレスだった。


 小ぶりなリボンとヒラヒラするレースがたくさんついた、真っピンクのドレス。



俺は今でも、あの日のことを夢に見る。



「契約にこんなことは書かれていなかった…!詐欺だッ!契約違反だッ!このペテン師めッ…!!!」と喚き叫ぶ俺に向かって、「"わたくしの指示に従い、学院生活を送ること"ときちんと明記されていますわよ。ほら、ここ。よく見なさって」と微笑みながら、問答無用で無理矢理ドレスを着せ、上流階級に馴染めるようにと初日に伸ばすよう指示されていた髪の毛を緩くハーフアップに結い、そして、ヒールのある靴まで履かせられた挙句――

 


「……ふふっ。あらやだ、想像以上にお似合いですこと。さすがはわたくしが育て上げたラスターナさんですわね。淡いピンク色のドレスが、黄金の髪と太陽のように煌めく瞳を引き立たせていて、とっても可愛らしい仕上がりですわ」

 

「似合ってねぇ!似合ってねぇから!なんだそのクソみたいな気持ちわりぃ褒め言葉はッ!ふざけんじゃねぇ、俺は何としても認めないからな…!ってか、ラスターナって、誰だよ…!!!」


「ラスターナはもちろん、貴女のお名前ですわ。半年前に事故で両親を亡くし、その両親の友人であった心優しき伯爵夫婦に養子として引き取られた、悲劇の男爵令嬢、ラスターナ・ヘイリーンさん。社交界は今、貴女の話題で持ち切りでしてよ?」


「なっ、俺が、令嬢……!?小間使いでも従者でもなく、お前のお友達として学院に通えってか…!?冗談じゃないッ…!俺はそんな馬鹿みたいな貴族のお遊戯のために、半年間も血のにじむ努力をして……」


 

「いいえ。貴女はわたくしのお友達なんかじゃない。"イェリーベル・シルターナ"の最大の敵であり、"わたくし"の最強の味方ですわ」


 

相変わらず意味不明な言葉を、どこまでも正しい真実かのように宣った。


 最大の敵であり、最強の味方。そんな矛盾が本当に成り立つだなんて、計画の一端を聞かされた時でさえまるで想像できなかった。

 

だというのに。この女は昔から変わらず、徹底した秘密主義を貫き、ムカつくくらいに偉そうで、そしてどこまでも真っ直ぐだ。抗議も反抗も拒否も幾らだってしたいが、別の想いがそれらを凌駕してしまいそうになるのは、きっと静かに煮えたぎった氷のような瞳のせいだろう。

 


「さぁ〜て、ラスターナさん。準備はよろしくて?わたくしたちふたりの、最後の舞台が開幕しますわよ」

 


ほら、今だって。



とても今から婚約破棄される女とは思えない、不敵に笑うその瞳に見つめられただけで


最後に言いたかった文句のひとつさえ、何にも出てこなくなるのだから。

 


 


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