あなたの4年間は、おいくらかしら?
「いつもご依頼ありがとうございます。して、今回はどんなご内容で?」
「金の髪にオレンジ色の瞳を持った10歳前後の子供が最近入ったでしょう?その子が欲しいの。期間は4年ほど。金額は、前払い分だけでもいつもの5倍払うわ。成功報酬はもちろんもっとね。依頼内容は聞かないで、お願い出来る?」
「……はぁ。ほんと、お嬢は情報収集が抜かりないですね。まぁ、こちらとしてもそれに何度も助けられておりますし、お嬢のお願いだから聞きますけど……本来は、ギルド全体への依頼内容の開示が義務付けられてるんですからね?」
「ふふっ。えぇ、分かっているわ。いつも我儘を聞いてくれてありがとう、ギルド長」
「へいへい。連れてくるんで、少々お持ちくださいね」
そう言って、大柄な男は渋々といった様子をわざと醸し出しながら部屋を出ていった。
まるで人身売買のやり取りみたいって?
いいえ、まさか。ここは街1番の規模を持つギルドのVIPルームよ。わたくしは決して犯罪には手を染めないし、もしもうちの領内で人身売買なんてことをしやがる奴が居たら、死あるのみよね。
ついでに、最近の街の様子で気になることは無いか、しっかり情報収集もしていこう、とツラツラ考えていると――
「お嬢。連れてきましたよ。合ってます?」
ギルド長が扉を開けて、オーダー通りの子を引き入れてきた。うん、今は薄汚れているけれど、やはり磨けば光るダイアモンドよ。この子に決めたわ。
「あなた、年はいくつ?」
「10」
まぁ!この部屋で初対面の方にこんなに無愛想な対応をされたのは初めて。みんな私と会話を続けるうちに段々慣れた対応をしてくるんだけど、それにしても、VIPルームに居る客に媚びを売らないなんてなかなかできる事じゃない。その根性、より一層気に入った。
「ギルド長、わたくしの無理を聞いて頂き、誠にありがとう存じます。今後とも是非、良きお付き合いをさせて頂きたいものですわ」
「へへっ。お嬢のお嬢様言葉ほどゾッとするものはないぜ。良かったなぁ、お前。この先一生遊んで暮らせるほどの金が入ってくるぞ。せいぜい頑張れよ」
ギルド長は、そう言ってその子の頭を掻き回したあと、ひとりさっさと部屋を出ていった。やはり、どこまでも空気の読める男だ。
さぁ、商談を始めようか。
「報酬は言い値でいいわ。あなたの4年間は、おいくらかしら?」
◇◇◇
「あなたの4年間は、おいくらかしら?」
ギルド長に半ば問答無用で連れて来られたVIPルームに居たのは、いかにも訳ありといった、平民に成りすました貴族の女だった。恐らく、年は2つか3つくらいしか変わらない。そんな女が、なぜ4年間も底辺冒険者を雇いたいのかは分からないが、貴族のすることなんてたかが知れている。将来的に性奴隷にでもさせられるのだろう。そう、己の未来に絶望し、投げやりになって法外な値段をふっかけた。
「1億ペール」
つもりだった。
「了解しましたわ」
「……はっ!?」
「あら、そんなに驚くことかしら?」
驚くも何もない。怒らせて向こうから断って来たら上々だと思って答えたのに……
1億ベールは、Cクラス冒険者の平均年収の約10倍もの値段だ。一生遊んで暮らせるというギルド長の言葉は、誇張でもなんでもなかったらしい。
うそだろ……?そんな上手い話、ある訳がない……
一体、自分のどこにそんな価値があるってんだ。
「信じてなさそうね……でも、これは成功報酬よ。途中で投げ出されては困るからね。仕事内容はあなたが書類にサインした後にしか話せないし、知った後も他言無用よ。あぁ、でも、4年間の衣食住は必ずわたくしが保証するから、そこは安心してしていていいわ。この書類の通りにあなたが任務をこなせたら、4年後、あなたが言った値段の10倍を払いましょう」
「なっ…!10倍だと…!?!?」
「10億くらい安いものよ。だってこれは、わたくしの命が懸かった賭けなのだから」
実は、この計画を立案する前から、わたくしには結構な量の個人財産があった。領地運営でわたくしが提案した政策が成功すれば、その成果としてお給料兼お小遣いをかなりの額貰っているのだ。まぁ、我儘を言って成人前に領地運営に携わらせてもらっている分、損が出た場合もきちんとわたくしの貯蓄から差し引かれてしまうのだけれど。
そして、計画を実行に移すまでの2年の間に、順調に資産を増やして来た。
いつの日かあの男と結婚し、わたくしの大切な領地の爵位まで継がせるだなんて、そんなふざけた未来をぶち壊してやるために。
女性はお金など稼ぐものでは無いという理解不能な風習が蔓延るこの貴族社会で、必死に働いてお金をかき集めて来たのだ。正直、10億は痛いけれど、今こそ見栄を張ってでもこのお金を使うべき時――
だって、こんなに理想を叶えてくれそうな子は、きっとこの先二度と現れないでしょう?
「おい…命がけって、どれほど危険なことをさせるつもりなんだ……こんなEクラス冒険者の弱っちい子供より、もっと腕のある奴に頼んだ方がいいんじゃないか…?」
「あらまぁ、意外と優しいのね」
疑い深く、依頼内容について探っているだけなのに、優しいだと?この女は、金銭感覚も思考回路もバグっているらしい。その正体も目的も、まるで見当がつかない。
「ふふっ。わたくしが革命を起こすとでも思ってる?あなたはなんの心配もしなくていいわ。依頼遂行中の衣食住は国一番の水準で揃えるつもりだし、ここだけの話、任務内容には最高峰の教育を受けることも含まれているのよ。あなたにとっても、またと無い良い機会でしょう?」
「……」
そりゃそうだ。高水準の衣食住に最高峰の教育までついて、成功報酬10億ペールなんて。いい条件すぎて、怪しい匂いがぷんぷんする。絶対、この女は重大な何かを隠しているのだ。それも、きっと一般庶民には想像もできないような、デカイ何かを――
「まぁ、あなたがこのチャンスを棒に振るというのなら、今回のお話はまた別の方に…」
「やるッ…!!」
しまった…!つい、金に目がくらんで返事をしてしまった……!!
どうしようどうしようと顔を青くして慌てまくっていたせいで、その時女の口角がニッと上がっていたことに、全く気が付ついていなかった――
それが運の尽きだ。
「良いお返事が頂けて嬉しいわ。わたくしの名前はイェリーベル・シルターナ。あなたの依頼主であり、協力者であり、そして、華麗なる共犯者よ」
「…っ!」
まさか、まさかまさかまさか。そんな名前が飛び出てくるだなんて、1秒前の自分は微塵も思っていなかったのだ。
ありとあらゆる商業が賑わう、この国で最も豊かな楽園都市、シルターナ領。この地を治める公爵家の娘が、まさかこんなギルドに居るだなんて、誰が想像出来るだろう――
差し出された傷一つない白い手を眺めながら、この依頼を引き受けてしまったことを、ただひたすら後悔していた――