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 無事二年に進級できたニナだが、イライラしていることが増えた。というのも、二年になると徐々に貴族としての教養やマナーの授業が増えてくる。一年の時になるべく勉学を詰め込み、二年と三年で貴族としてどこに出しても恥ずかしくないよう教育する。上位貴族はこのような授業を受ける必要が無いので試験さえ合格すれば自由参加だ。一方、下級貴族は田舎が領地の者が多く、垢ぬけていないので、ほぼ強制参加である。


 勿論、ニナは強制参加。


「ぬーー! 何で魔法師団入るニナさんが貴族の勉強しなきゃいけないの!?」


 ニナが貴族教育以外の単位を全て取得していればサボっても大丈夫だが、そうでは無いので授業を受けなければいけないのだ。ちなみに今はダンスの授業。学科合同授業だ。学年の敷地にある練習用の小さなダンスホールで行われている。


「ニナ、我慢して、終わったらご褒美をあげるから……」


 相手を務めつつ諫めるのはエリス。ニナの為にダンスの男性パートをマスターした。


「ご褒美いらないから、もうダンスしたくない!」


 エリスの手を離しニナが床に座り込む。彼女は足は速いのだが、リズムよく体を動かすことができない。何度やっても下手なまま、だから楽しくない。


 最近、ニナは少し我が儘というかストレスで幼児退行を起こしているようだった。エリスの言うことも聞かないことが増えた。


「無理にやらなくていいぞ、シェンテ。当然単位はやらんが。進級できずにクライスと離れ離れになってもいいなら、授業を放棄するといい」


 教師の一言にムッとするニナ。


「エリス、私置いていく……?」

「……留年する訳にはいかないの……ごめんなさい」

「ぬーーーー!!」


 頬を膨らませて涙目になるニナの下に、銀に光る魔法陣が現れる。エリスが見たことが無いほど、精緻な紋様の魔法陣だった。

 次の瞬間、轟音とともにダンスホールの壁が吹き飛んだ。瓦礫がガラガラと音を立てて落下する。


「破壊魔法……!? おい、シェンテ!」


 教師が怒鳴るが、ニナはぷくーと頬を膨らませたまま、そっぽを向いた。


「イライラしたら勝手に発動するだけだもん!」


 確かに、無詠唱魔法を扱う者は強い感情により魔法の暴発させることがある。


 その時、爆散させた壁際に人が集まり、ざわつく。負傷者がいるようだ。エリスが駆け寄り、負傷者の傷を確認して回復魔法の呪文を唱え始める。


 ──大事になったらニナが罰せられてしまう……!


 エリスはそんな想いで必死だったが、ニナは大した怪我でない生徒にエリスが駆け寄ったのが気に入らなかったようで、


「ニナさん悪く無いもん!」


 などと叫んでいた。


 以降、ニナは嫌な授業の時にたびたび破壊魔法を使うようになった。その度に巻き込まれた負傷者を治癒するエリスは、薬学科で救いの女神と呼ばれていたこともあってか、癒しの女神とも呼ばれるようになる。





 ニナの前に一枚の紙が置かれている。請求書である。


「私お金持ってない」


 そもそも仕送りでも払える額ではない。立て続けに校舎を爆散させたので、修繕費がすごいことになっている。貴族の屋敷が一軒建つ額になっていた。


「これは、シェンテ男爵に連絡して払ってもらいなさい、ということでしょうね」

「えっ」


 ニナは青褪めてぷるぷる震えだす。エリスがどうしたのか問う。


「おかーさん……お金に厳しい。怒るとすごい怖い」


 おかーさんとはシェンテ男爵夫人、つまりはニナの養母である。とても明るい快活なご婦人だという噂しか知らないエリスだが、ニナの怯えっぷりから怒ると怖いというのは事実だと察する。


「ねえ、ニナ。この修繕費、私が立て替えてあげるわ」

「えっ」


 実家から金だけはふんだんに与えられているエリスにとって払えない額ではないし、いつも元気で自由奔放なニナがここまで怯えるのを放って置けない。


「ニナが魔法師団で偉くなって、沢山お金を稼いだ時に返してくれたらいいから」

「でも……」


 いつものご褒美のお菓子や昼食を奢ってもらうのとは額が違い過ぎる。流石のニナも気が引けたのだ。


「私たちは卒業したら、離れ離れになるでしょう? ニナは辺境に配属だから」

「……? うん」


 何の話か分からずに首を傾げるニナ。


「だけど、ニナが魔法師団で幹部になれば、中央にもどれるわ」


 幹部クラスには長距離転移できる国宝級魔導具の使用権限がある為、常に戦場近くに居なくてよいのだ。


「だから、約束して、ニナ。いつでも中央で私と会える立場になることを」

「エリス……」


 卒業後もエリスは友達でいてくれると知って嬉しくなったニナが涙ぐむ。手でごしごし涙を拭って、まっすぐにエリスを見詰める。


「わかった。約束する。絶対偉くなる」


 エリスは微笑み、ニナの頭を優しくなでた。





 二年になってからは再び朝起きれなくなりだしたニナ。夜にベッドに入っても全く眠れないのだという。鎮静効果のある紅茶など、思い付く限りの睡眠導入方法を試したが無駄であった。


 エリスは試しに、子供の頃母が歌ってくれた子守歌を披露した。数分でニナはすやすや眠ってしまった。これで夜寝かしつけることができると安心した。


 現在、場所は中庭。たまには食堂ではなくテイクアウトできる物を外で食べることにした日だった。食後、ニナに膝枕してあげて子守歌を歌った。


 ──眠れるか試しただけだからすぐ起こすべきだけど、ここまですやすや眠っているニナを起こすのは可哀想ね。


 予鈴が鳴るまではこのまま眠らせてあげることにする。




 そんな二人を遠くから目撃し、衝撃を受けた者がいた。

 彼は第四王子リーゲル・アルルイェル・イスカータ。エリスの婚約者であるヴェインの異母弟だ。


 リーゲルは同じ正妃の母を持つ第一王子アルテオを生涯にわたって支えると決めている。故に、第二王子の婚約者であるエリスと親しくは無い。

 だが、何度か顔を合わせたことはあった。その時のエリスは、感情を表に出さない冷静な、正に『氷花の君』と呼ばれるに相応しい印象だった。人を寄せ付けない、というより人が触れてはならないと感じさせる高貴な美しさ。


 その彼女が温かな微笑みで、小さな少女に膝枕をしている。少女を見詰める彼女の瞳は慈愛に満ちていて、頭を撫でる手つきはとても優しい。


 ──見間違いか? エリス様があんな表情をなさるなんて。というか、膝枕されているのはニナ・シェンテか?


 足を止めて呆然と突っ立ているリーゲルを不審に思った同級生が声を掛ける。


「どうされました、殿下」

「……い、いえ。エリス様とニナ嬢が一緒にいるので驚いていました」

「ああ、殿下は法学科だから知りませんでしたか。どういう訳かクライス様がニナ・シェンテの面倒を見ているのですよ」


 法学科は学年別の敷地ではなく、学園中心部に学年合同校舎があるのだ。生徒同士で学年関係なく議論を交わす為だ。リーゲルは昼食を毎回そこの食堂で摂っていた。貴族教育の授業も試験だけ受けて不参加のリーゲルはニナとエリスの関係を知らなかった。


「それは、何というか……大丈夫なのでしょうか」


 ──第二王子の婚約者であるエリス様が、ニナ嬢に近づくのは何か目的があるのでは無いか……。


 少し思案するリーゲルに苦笑しつつ同級生は答える。


「まあ、誰もが最初はそう思うでしょうね。実際学園上層部にも報告されてはいるようです。しかし、見て下さい、クライス様の表情を。あの氷花の君と言われた彼女が、あのような穏やかな表情を浮かべている」

「そ、そうですね……」

「裏があっては、あのような顔ができる訳も無い」


 同級生は尊いものを見るように、眩しそうに、目を細めた。それでも少し納得できないリーゲルに同級生が付け加える。


「知っていますか? エリス様は女神と呼ばれているのですよ」

「女神ですか」

「最初は何故か薬学科の連中が救いの女神と崇めていたのですが、ニナ嬢の破壊魔法に巻き込まれた負傷者を癒す様子から癒しの女神という呼称も加わり、問題児の保護者役を投げ出さずに続けることから慈愛の女神とも」


 同級生は礼をして、「それにしても救いの女神とは何なのか……まあ、薬学科は変な奴が多いからな」と呟きながら去っていった。


 ──女神か、確かにエリス様は子供の頃から美しかったが、最近はその美しさに磨きがかかって神々しさすら感じる。……しかし、今ニナ嬢に向ける微笑みは暖かくて、優しくて、親しみやすくて……なんだか可愛らし……。


 そこで少し恥ずかしくなり、思考を元に戻す。


 ──そもそも、アルテオ兄上が私に何も言ってこないということは、今の所問題無いと判断されているのだ。僕がどうこう考えても仕方がない。


 そう思って、リーゲルも立ち去ろうとするのだが、何故かエリスから目線が外せない。そのまま予鈴が鳴るまで立ち尽くしていた。





 いつものようにエリスとニナが食堂で昼食を摂っていると、珍しい来客があった。淡い空色の髪に金の瞳、柔和な顔立ちの美少年。第四王子リーゲルだ。


「お久しぶりです、エリス様」

「殿下、どうなさったのですか」


 リーゲルは法学科だ。わざわざ中心部から学年校舎の食堂に来るのも不思議だし、エリスに話しかけてきたのも入学して初めてのことだ。


「いつも法学科の食堂では飽きて来るので、たまにはこちらで昼食をと思いまして。何かお勧めはありますか」

「ええと……」


 二人が会話している傍でニナは白いパンにかぶりついたまま眉間に皺を寄せていた。そして唸り声をあげる。


「ヴー」

「こら、ニナ威嚇しないの。こちらは第四王子殿下よ」


 失礼のないようにね、と目配せするがニナは反応しない。


「すみません、殿下。ニナは平民出身で、少し変わった性格をしていて……」

「ええ、知っていますよ。ニナ嬢は有名人ですからね。初めましてニナ嬢、リーゲルと申します」

「シャー」


 ニナが再び威嚇する。

 エリスは母の愛猫ルーを思い出した。彼は長い毛が毛玉になりやすいのでブラシをしなければならないのだが、ブラシが大嫌いでいつもブラシ中シャーシャー言っていた。今のニナととても似ている。つい思い出し笑いをしてしまうエリス。


「エリス様?」

「! すみません、殿下」


 深く頭を下げるエリスをリーゲルが止める。


「かまいません。では、僕も昼食をとってこようかな」


 リーゲルが去ったところで、エリスがニナに注意する。


「ニナ、駄目よ。私もさすがに王族に対する不敬は庇えないの」

「ヴー、でもー、おとーさんに似てた」

「シェンテ男爵? 苦手だったの?」

「うー、違うけど……」


 ニナはリーゲルのエリスに対する視線が気に入らなかった。愛妻家のシェンテ男爵が妻へ向ける眼差しに似ていたのだ。しかし、上手く説明できない。


 ニナがもごもご口籠っていると、リーゲルが昼食を乗せたトレイを持って戻ってきた。


「特に知り合いもいないので、ご一緒しても?」

「え、ええ、どうぞ」


 エリスが隣に着席を促すが、ニナがギーと睨む。リーゲルは苦笑しながら一つ間を開けて席に着く。


「威嚇は駄目よ、ニナ」

「ニナ嬢は警戒心が強いですねえ」

「がるる」


 エリスとリーゲルが会話しながら食事を進めている間、ニナはずっと不機嫌なままだった。


「ニナ嬢は私の妹の幼い頃に似ていますね」


 リーゲルには異母妹にユーピカという王女がいる。両親から甘やかされている末の姫だ。


「ユーピカも自由奔放で元気な子でした。今は随分大人しくなりましたが、昔は随分手を焼かされたものです」

「まあ……」

「ぐるる」


 自分が子供っぽいとわかっているニナだが、改めて指摘されると腹が立った。


「だから、私も誰かの面倒を見るというのは慣れています。エリス様が少し疲れてしまった時などは是非僕に相談して下さい」


 ニナは机をてしてし叩き始める。


「ぐぎー、私か? 私のことを言っているのか? エリスが私の面倒見るの疲れたらお前が私の面倒見るってことか? お前なんか必要ないやい」

「こら、ニナ……」


 ニナを諫めてから、エリスはリーゲルに向き直り、


「殿下、申し出は有難いのですが、私はニナの面倒を見ている訳ではありません。友人として共に過ごしているだけです。ですから、疲れるなどということは……」

「……そう、ですね。気分を害してしまってすみません。なんというか……ああ、もう回りくどく言うのは止めましょう。エリス様とニナ嬢が、昔の僕とユーピカに見えてしまって懐かしくなっただけなのです。それでつい、お二人に声をかけてしまった」


 リーゲルが困ったように笑う。


「もう近づきません。安心していいですよ、ニナ嬢」


 リーゲルが席を立つ。

 エリスはその諦めたような顔に既視感を感じた。そう、鏡で何年もこの顔を見てきた。ニナに会うまでの自分だ。


 ──リーゲル殿下とユーピカ殿下が共に過ごせたのは政治的なことがわからない幼い頃だけ。現在は、それぞれ立場があって以前のような関係ではいられないのだわ。だからリーゲル殿下は懐かしくなって私たちに……分かるわ。私も仲睦まじい母娘をみると、どうしようもなく寂しくなるもの。


 このままリーゲルが去るのを見過ごせなかった。


「待って下さい。殿下さえよろしければ、お暇な時にでもニナと接してあげてください」

「ふぁああああん?」


 思わぬエリスからの裏切りに気の抜けた音がニナの口から洩れる。


「しかし……」

「ニナは人見知りなので、将来魔法師団でやっていけるか心配なのです。今のうちに少しでも改善できたらと」


 ニナはエリスに好意を寄せて近づく男を威嚇しているだけである。それに気づかないエリスはニナを人見知りだと思っている。


「そうですか、僕がお役に立てるのであれば……」

「はい。是非お願いします」


 ニコニコと微笑み合う二人。

 一方ニナは、納得いかない。リーゲルの眼は完全にエリスが目当てだといっている。自分をダシにしてエリスに近づこうとしている。気に入らないが、エリスが上機嫌なので嫌だと言い出せないニナだった。





 ニナの為にお菓子作りを始めたエリスだが、物を作るという行為に楽しさ感じ始めていた。そして、お菓子だけでなく料理も挑戦してみることにした。

 学園の中央図書館で料理の本を読み込み、知り合いの調理人ルークに料理の基本を教えてもらうと、あっという間に人並み以上の物を作れるようになった。ルークの長い自慢話に付き合わされるのが鬱陶しくて早く上達したとも言える。


「今日はお弁当を作ってきたの。中庭で食べましょうか」

「わーい」


 中庭の通路でバスケットを受け取ったニナはそれを頭上に掲げ、その場でくるくる回る。そこへリーゲルが通りがかった。


「おや、これからお二人に会いに食堂に向かおうと思っていたのですが、今日はここで昼食を?」

「ええ」


 微笑んで答えるエリスの横でニナが威嚇する。


「ヴー」

「こら、ニナ威嚇してはいけません」


 注意されたニナは不満げだ。おもむろにバスケットをリーゲルの方へ向ける。


「ぬー、エリスの手作り弁当だぞー。羨ましかろー」


 バスケットの蓋をぱかりと開けて中を見せる。色とりどりのサンドイッチが収まっていた。


「エリス様の、手料理……!?」


 衝撃を受けて一瞬真顔になるリーゲル。すぐにいつもの微笑みに戻る。


「とてもいい香りがしますね。ご相伴に預かってもよろしいでしょうか」


 ニナがフフンと鼻を鳴らす。


「おまえのぶんねーから」

「こら、ニナ、口が悪いわ。でも、すみません殿下。このような物を殿下に差し上げる訳にはいきません」


 王族に質素な手料理など食べさせて口に合わなかった場合、気を使わせてしまうことを想像して恐縮するエリス。


「立場上、人の温かみを感じられる料理を口にする機会が少ないので、一切れでも頂けると嬉しいのですが」


 食い下がるリーゲルにエリスはどうしたものかと考える。


「おい、お前、エリス困らせんな。もしお前が今日ハライタおこしたり、最悪死んだりしたら、エリスの料理のせいだっていわれるかもしれないだろー。王子ならそんくらい考えろよ」


 これはニナの言う通りであった。原因がなんであれ、疑われるのが普段と異なる行動だ。今回初めてエリスの手料理を口にしてから何かが起これば、まずエリスが毒を盛ったと疑われる。ニナは外見も言動も幼いが、時折、その場の誰よりも冷静に物事をはかれる上、身分を気にせずズバッと発言できる。


「そう、ですね。考えがいたらず、すみませんでした」


 リーゲルが頭を下げようとする。慌ててエリスが止める。だが、ニナは満足気に頷いている。


「わかればよろしい」

「こら、ニナ……」


 注意しつつも、ニナに助けられてホッとしたエリスだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ニナとエリスの関係が周囲に受け入れられてるの好きです
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