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へっぽこ勇者の現代冒険譚  作者: 結城ケイスケ
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願い

「なぜじゃ、なぜじゃ」

老魔法使いのぶつぶつとつぶやく声だけが部屋にこだまする。

失望させてしまったことが申し訳なくて、なんとか弁解を試みる。


「いや、でも、ほら、小説とかだと、いざという時に力が覚醒したりして。僕も魔王と戦えば力が目覚めるかもしれないし。

「かもしれないなどという甘い予測で子供を戦場には連れていけん。」

老人は厳しい口調のままだ。

「いや、ほら、もしかしたらもう能力が覚醒してるかも?こういうのってステータスとかみれたりするんだっけか。」

そう言って空に向かって手を振ってみたり「ステータス」などと唱えてみたりするが特に何も起こらない。

老人はおかしなものをみるような目でこちらを見ていた。


さすがに心が折れてくる。

僕は現実世界だけじゃなく、物語みたいな世界に行っても結局負け組なんだ。

そう思ってうなだれていると彼が優しく語りかけてきた。


「勇者殿よ、そなたが身も知らぬエレスタイン王国のために力を尽くそうと思ってくれておることはよくわかった。それは非常にありがたいことだ。確かに我らの期待が大きすぎたのかもしれん。たとえ伝説の勇者ほどの力はなくともそなたの力があれば魔王も倒せるのかもしれん。そこで一度、わしと手合わせをしてもらえんじゃじゃろうか?」


そういうと老人はローブを投げ捨て、身軽な姿となる。麻の半そでシャツからのぞく腕はたくましく、この魔法使いがよく鍛えられていることを示していた。

お互いに向かい合う。


視線が正面からぶつかり合う。次の瞬間、老人の拳が顔面に迫っていた。

思わず頭を抱えてうずくまる。完全服従の屈辱的なポーズ。

そしてそれは今まで人生で僕が何度もとってきたポーズでもあった。


「やはりな。」

恐る恐る見上げた僕の目を見る彼の視線は悲しみと憐れみが混じっていた。

「そなたには戦闘の経験すらなかろう。そのようなものを死地に向かわせるわけにはいかんよ。そなたはまだ若い。これから先の未来がある。」

そういうと老人は杖を広い、床に魔法陣を描き始める。


「待ってください。これからどうするんですか?」

僕はしゃがみこんだ姿勢のまま、縋りつくように声をあげた。

「元の世界に帰るよ。たとえ待っているのが滅びの運命だとしても、我らはそれに立ち向かわねばならん。誇りを失って生きることはできんからな。」


老人の言葉は僕の胸に重く突き刺さった。

僕は今まで何度誇りを捨てて生き延びることを選んできたのだろう。

もはや保つべき誇りなど一切残っていないのかもしれない。


「あの、もうすこしだけ待ってくれませんか。もう少ししたら能力が覚醒するかもしれないし・・・。」

自信がなくて最後の方はしりすぼみになってしまう。

老人はいぶかしげな目でこちらをみた。


「気持ちはありがたいがこちらには時間を無駄にする余裕はない。それになぜそなたがそれほどまでに必死になるのじゃ?そなたには関係のない話だろうに。」

「関係なくないです。僕は今までの人生で誰にも必要とされず、ただ生きてきました。でも、だから、勇者として救ってくれって言われたときにすごくうれしかったんです。僕も誰かの役に立てるんだって。誰かのヒーローになれるんだって。確かに僕に力はないし、弱虫だし、負け組かもしれないけど、僕だって勇者になりたいんです。こんな自分を変えたいんです。」


完全に自分勝手な理由かもしれない。世界を救いたいとかじゃなくて、自分を変えたい。それは僕の本心だった。

「確かに僕なんかに時間を割くのは無駄かもしれないです。迷惑かけるだけかもしれないです。でも、少しでも可能性があるなら頑張りたいんです。あきらめたくないんです。」


僕の必死の訴えが響いたのか、老人は魔法陣を描く手を止め、悩ましげに髭をもてあそび始めた。

「うーむ。そなたの気持ちはよくわかった。じゃがの・・・。」


やっぱりだめか。やっぱり僕はヒーローなんかになれやしないんだ。

そう思うと悲しくなってきて、思わず目に涙が浮かんできた。

「すみません。」

慌てて袖で乱暴に目をぬぐう。


「よし、わかった。」

彼は突然大きな声を出した。

「わしは1ヶ月でそなたを鍛える。その間に2人転移の術も完成させる。じゃが、1ヶ月経ってもそなたの野力が覚醒しなければわしは一人で国に戻る。それでどうじゃろう、勇者殿?」

「はい、それでいいです。ありがとうございます。お願いします。」

そう言って僕は深々と頭を下げた。老人が僕の気持ちをわかってくれたこと、そして何より、こんな僕をまだ勇者として扱ってくれることがうれしかった。


「わしの鍛錬は厳しいぞ。やめたくなったらいつでも言え。」

そう言って老人は笑う。さっぱりとした明るい笑顔だった。

「望むところです。」

僕は強い決意をにじませて力強く答えた。


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