03 この店の本、全部買ってください
カオリは最近、悩んでいた。毎日のように来る客がいるのである。
別に、常連客がいるのは、この店にとっていいことだとは思う。ただ、その常連客が
――。
「ハイ、ミス・カオリ。今日のあなたも実に美しい・・・・・・!」
「ありがとうございます」
カオリは引きつった笑顔で、接客した。差し出されたのは、商品の本ではなく・・・・・・、
婚姻届だった。
「あの、前にも言いましたよね。毎日プロポーズされるのは困るって」
「ああ、あなたの言葉は、一言一句、毎日日記に記録しているよ。代々後世に伝えるためにね」
男は、一ヶ月前にこの店に来た。化粧の濃い女を連れて。しかし、カオリを一目見ると、女から離れ、カオリにいきなり結婚を申し込んだのである。
「それに、今日も明日もあさっても、私はこの店の立派な客だ。ほら、今日はこれを買いたい」
そう言って差し出されたのは、この店で一番高い本だった。
「・・・・・・58万になります」
「現金で払おう」
「あの、ちゃんと読んでるんですよね?」
「ああ、もちろん。寝る前にね」
――その本を読んだら、伝説の魔人が召喚されてしまい、就寝どころではなくなるんだけど。
カオリは心の中で毒づきながら、札束を受け取った。
「あの、なんで私なんですか? あなたなら、引く手あまたでしょう」
「いいことを聞いてくれたね。さすがあなただ」
そう言えば、この男の名前をまだ聞いてなかったな、とカオリは思った。どうでもよすぎて、聞いていなかったのだ。
金髪碧眼の男は、自分の胸に右手を当てて言った。
「実は、目が紫色の女性といつか結婚しなければ、若くして死ぬ呪いを掛けられていてね……」
「ありがとうございましたさっさと出ていけ」
もっとマシな嘘はつけなかったのか。
「ああ、どうすればあなたは私に振り向いてくれるんだい?」
カオリの両手を握り、男はまっすぐ彼女を見つめた。
手汗が気持ち悪い、とカオリは不快だった。
ため息をついて、カオリは口を開いた。
「わかりました。どうしてもというなら、結婚してあげます」
「本当かい!?」
男は目を輝かせた。
カオリは、ニッコリと魅力的な笑顔を浮かべて言った。
「ただし、条件があります」
「どんな条件でも飲もう」
「この店の本を、全部買って下さい」
「……は?」
男の笑顔が崩れた。
「私と結婚してくださるのでしょう? それが条件です」
男は冷や汗を流しながらぎこちない笑顔を浮かべて言った。
「……いいだろう。あなたと結婚するためなら、そんな条件は、取るに足らない。ただ、しばらく時間をくれ」
「どうぞ。結婚式が楽しみです」
皮肉たっぷりに、カオリは答えた。
これで当分、静かに過ごせる。
カオリは、そう思っていた。
|(続く)
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見切り発車で連載していてすいません。