08 無銭
この物語はフィクションです。
―― 黒 ――
「さて、家に帰るにしても問題が発生してしまった。」
「はい……。」
玉麗は、手で体を隠したままの体勢らしい。
「え? 何? 何?」
シロは意味がわからず不思議そうにしている。
俺は玉麗に背中を向けたまましばらく考え、シロに玉麗の服を用意させることにした。
幸い、帰路の途中には満福飯店のある街がある。
シロの好きな最短距離を移動しなければの話だが。
金はあっただろうか……?
俺は金のありそうな所を、ごそごそと色々探るが糸屑しか出てこない。
――やはり無い。
「シロ、金持ってるか?」
「無い!」
当然だ。俺も無いのだから。
「玉麗は?」
「ありません……。」
俺は普段から金を必要としない生活ばかりを送っているせいで、金を持ち歩く習慣が無い。
ついでに言えば蓄えることもしていないので、家にもはした金程度しかない。
シロも同様で、お使いの時以外は持ち歩いていない様だった。
玉麗も妖としてこんな所に住んでいる位だ。金に縁なんぞあろうはずが無い。
物々交換するにも今日は編笠以外は何も持って来ていない。
無い無い尽くしだ。
周辺で獣を狩るのも手だが、時間がかかりそうだ。
仕方ない。満福飯店の女将に頼むか。
普段から多めに金を渡しているし、服くらいは譲ってくれるだろう。
「シロ、飯店の女将に頼んで玉麗の服をもらって来てくれ。」
「らじゃ!」
シロは威勢良く返事をすると即座に駆け出して行った。
良し。
細かいことを何も伝えていないが、阿吽の呼吸というやつだな。
流石だ。
――大丈夫だよな?
――――――
シロにとっては、震山に戻ることを考えれば、近場の街へ行くことは隣家に挨拶に行く程度のものである。
大して時間も掛からずに、目的地の満福飯店に到着する。
どうやら昼に備えてまだ準備中のようで、店内に客の姿は無い。
「女将さーん!」
「あ、ランちゃん! どうしたの?」
店内の掃除を嫌々ながらしていた看板娘のマオが、箒を投げ捨てて笑顔で駆け寄る。
「マオちゃん、女将さん呼んで~。」
「わかった~。」
マオは店の奥へぱたぱたと駆けて行く。
すると直ぐに、女将が手拭いで手を拭きながら現れた。
「あら、ランちゃんじゃないか。お使いから日も経たないのに珍しいね。」
店主は昼の仕込みをしているのか、厨房からは威勢の良い物音が聞こえている。
「あのね! 女将さんの服が欲しいの!」
シロは常に単刀直入だ。
「そりゃまたどうして?」
「黒ちゃまに言われたの!」
シロは簡潔に答える。
「え!! 本当に?!」
女将は動揺を隠せない様子だ。
「うん。」
シロは女将の動揺に理解が及ばないため、きょとんとしている。
「な、何に使うつもりか知らないけど、お兄さんがそう言うなら仕方ないね……/ / / 」
しょうがないという素振りだが、女将は顔を赤らめて満更でも無さそうにしている。
「ババアが着るんだって!」
「……ババア?」
シロの簡潔な回答に、女将は怪訝な顔をする。
「ババアがね、襤褸しかなくて困ってるみたい。黒ちゃまがボクに代わりにもらってこいって。」
ここで初めて要件の詳細が出る。
「何だい。それならそうと言っとくれよ。あたしゃてっきり……ンン、何でもないよ。」
女将はほっとしつつも、少し残念そうな気配を出したが、シロに覚られまいと咳払いする。
「ババアってことは年寄りなんだろう? ウチの婆さんの服があったから持ってくるよ。」
女将が気を利かせてくれるが、シロにとってそれは些細な違いでしかない。
「やったー! ありがとー!」
女将が店の裏手にある自宅から服を上下一式持ってくる。
「ほら、持っていきな。寸法は大丈夫かい?」
シロは、如何にも年寄りが着そうな服を広げて丈の長さを確認する。
服の持ち主は女将と然程体格が変わらなかったようで、玉麗が着る分には問題が無さそうだ。
「おっけー。大丈夫!」
笑顔になったシロだったが、黒達との会話を思い出し、先立つ物が無いことに思い至る。
「……お金ないけど、いーい?」
少し不安そうに尋ねるシロ。
「構わないさ。困っているんだろ? それに、これはあたしが着るにはまだまだ早い。」
女将は気にするなと、シロに微笑んだ。
「女将さん、ありがとー!」
こうして――若干の行き違いはあるものの、シロは無事にお使いを達成したのだった。
―― 黒 ――
「ただいまー!」
シロは服を持って、直ぐに帰って来た。
「おかえり。」
「おかえりなさい。」
良し。
流石だ。優秀じゃないか。
靴は無い様だが仕方ない。
「えらいぞ、シロ。」
俺が褒めると、いつものように頭を突き出してきたシロを軽く撫でる。
横で玉麗が物欲しそうな顔をしていることに気づく。
女の考えることはよくわからんが、早く服をよこせということか?
早速、玉麗を見ないようにして服を渡すと、何故か微妙な雰囲気を出していた。
「ありがとう……ございます。」
育ちがいいみたいだから、ど田舎の服は合わないんだろうな。
あるだけマシだ。贅沢は言えない。
飯店の女将には、今度お礼をしないとな。
思案を巡らせている間に、玉麗が着替えを済ませて洞窟から出てきた。
やはり、少し微妙な顔をしている。
「では、出発だ。」
俺が促す。
「れっつごー!」
シロが陽気に声をあげる。
「はい……れつ? ごう?」
玉麗は二人に応え、そしてシロの言葉の意味を考えている。
深く考えても、特に意味のないことだがな。
その後ちらりと洞窟に目をやると、何かを決意したような顔をし、洞窟に背を向けて歩き出した。
「因みに、どちらへ帰られるのですか?」
「震山だ。」
「なるほど~……って、滅茶苦茶遠いではないですか!」
「そうでもない。」
「近い近い!」
あとは『真っ直ぐ帰る』だけだ。
当然、我々の帰路に道は無い。
「あ、あの……道はこちらでは?」
玉麗は不安そうに麓へ下りる山道のある方向を指差す。
「こっちのほうが早いよ!」
笑顔のシロが指差す方向には、崖と森しかない。
玉麗は俺に助けを求めるような視線を送ってくる。
悪いが……諦めてくれ。
「大丈夫だ。ついて行けばいい。」
俺がそう言うと、玉麗は引きつった笑顔を浮かべていた。
―― 玉麗 ――
服が無いという(私にとっての)大問題は簡単に解決した。
黒殿が"ラン"殿に指示して、近隣の街から服をもらって来たのだ。
彼女は出掛けてから大して時間もかからない内に帰って来た。
黒殿に頭を撫でられて嬉しそうにしている。
私も優しく撫でて欲しい……。
はっ! いけないいけない。
――よく見ると、ラン殿の手の上にある服はどう見ても年寄りが着る服だ。
深い臙脂色がなんとも年寄りくさい。
そういえばこの辺りは紅花の産地でもあった記憶。
あの橙色の花からこれだけ深い色合いが出せるのだから不思議なものだ。
私が現実逃避をしていると――
「着替えて来い。」
黒殿は相変わらず、私に背中を向けたままで、器用に服を渡して来た。
――贅沢は言えないが、これを着たらそれこそババアではないか。
暗に「お前はババア」と言われているのでは……?
――駄目だ。
恩人の好意を疑う等、あってはならない。
私は頭を切り替えて服を受け取ると、洞窟に戻って手早く着替えた。
寸法には問題が無さそうだ。年寄りが楽に着れるように、ゆったりとした作りだから。
やはり、この服は年寄り向けだ。
二人の所へ戻るが、特に反応は無い。
良かった。
「似合っている」と言われたらどうしようかと思った。
「良し。では、出発だ。」
黒殿の出発の合図で、ついに洞窟を離れる時が来た。
「れっつごー!」
ラン殿の言葉は時々意味がわからない。
私は洞窟へ振り向く。
名残惜しくは無い。
私は、妖であった頃の住処に決別する。
驚くことに、これから震山へ帰るという。
箱入り娘ではあったが、地理ぐらいは知っている。
丸一日はかかる距離を近いと二人は言う。
凡人とは感覚が違う。
だが、これから私はそんな二人について行くことを決めたのだ。
そう、ついて行きたい。
ついて行きたいが――そちらには森と崖しかない。
堪らず私は方向の確認をする。
長いようで短い期間だったが、この小さな山はほぼ全て把握している。
二人が進む先に道が無いことぐらいは知っている。
「こっちのほうが早いよ!」
何度も言うようだが、ラン殿が指差す方向に道は無い。
私はもう一人に救いを求める。
「大丈夫だ。ついて行けばいい。」
何故、視線を逸らすのです……?
私は苦難の道を行くことになるのだろう。
――この道無き道のように。