04 変化
この物語はフィクションです。
飲酒・グロテスクな表現等が含まれています。
―― 玉麗 ――
――華国。
東洋に位置する巨大国家である。首都は洛都。
龍の化身とも言われる皇帝による絶対君主制で、その下に政務を執り仕切る四王がいる。
地方は諸侯王と呼ばれる者達が治めており、更にその下に諸侯と呼ばれる豪族が各都市を治めている。
華国は東西貿易の一大中心地であり、文化が花開いている。
私、関玉麗は武官として名高い諸侯王『関興越』の娘として地方都市、東山で生まれ育った。
都から皇帝陛下が行幸で東山を訪れた際に父が歓待し、そこで見初められた私は女官として後宮に入内することとなった。
華やかな都の街並み、煌びやかな皇城とは対照的に、陰湿な宮中。
育った環境とは勝手が違う中、私なりに必死で毎日を過ごした。
他の貴族の娘である女官達からの嫌がらせも日常茶飯事だったが、へこたれなかった。
皇帝陛下は田舎育ちで武官の娘という毛色の異なる私をいたく気に入ったらしく、あれよあれよという間に側妃、第四夫人となることが決まった。
女官達の手のひら返しにも戸惑ったが、待っていたのは更なる環境の変化だ。
何せ、仕事に没頭していればいいだけの女官務めとは違う。
作法から何からを、優しくも厳しい第二夫人から叩き込まれた。
他の側妃達とはあまり仲良くは出来なかった。
私の少し前に側妃となった第三夫人からは特に嫌われていたらしく、表立ってはわからないように嫌がらせを受けていた……らしい。
私は育ちの悪さからか、抜けているところがあったらしく、嫌がらせを理解出来ていなかったのだ。
そんな私の態度が余計に嫌われることになった。
皇帝陛下はいつも優しく、何かにつけて私を気遣ってくれた。
私には皇帝陛下と第二夫人だけが癒しだった。
それが第三夫人の更なる怒りを買うということも知らずに。
――梅の花が満開のあの日。
私は第三夫人からお茶に誘われた。
周囲が止めるのも聞かずに、先達に礼を失してはならぬと無理に参加を決めた。
そう、周囲は知っていたのだ。
第三夫人の、私への並々ならぬ憎悪を。
幸いにも茶会は無事に終わり、皆が安堵する。
私は、皆が第三夫人を誤解しているのだと笑った。
――異変は茶会から三日後に起こる。
夜半に高熱にうなされ、猛烈な腹痛を覚えた私は、寝台から降りようとして倒れた。
人を呼ぼうにも声が出ない。
絞り出すように声を出しても、何故か嗄れた声しか出ない。
そして気付く。
自身の手が――老人のようになっていることに。
そこからの記憶は途切れ途切れだ。
毎日のように嫌がらせをしていた女官が、私を見て悲鳴を上げている。
私は――いつの間にか持っていた鉈で――女官の頭を――割った。まるで西瓜のようだ。
私は――走っている。
あの広い皇城を――
――見た顔がある。
私を嫌う――女。
私は――鉈を――振り上げる。
――失敗した。
私の体には――槍が刺さっている。
いつの間にか――護衛の兵士達に囲まれている。
槍を鉈で斬り払い――私は――逃げた。
そこからは、ほとんど覚えていない。
あの白い少女に何度も問いかけられるまで、何も。
――――――
――川辺にはシロの姿があった。
彼女は最近気になる老婆に魚を届けるために、毎日魚を獲りに来ているのだ。
「いるいる!」
シロは魚影を確認すると満面の笑みを浮かべる。
だが、シロは釣竿も網も持っていない。
あるのは足下に置かれた笹のみ。
「よーし!」
シロは両拳を握り締めて気合いを入れる。
そして、おもむろに足下にあった岩をあり得ないほどの怪力で軽々と抱え上げた。
シロの体格を遥かに越える岩を持ち上げるだけの力が、一体この小さく貧弱な体のどこにあるのか。
シロは川中の岩に狙いを定めると、力任せに投げつける。
「よいしょー!」
小さな体から生まれたとは思えない程の猛烈な勢いで打ちつけた岩は轟音と共に砕け、川中の岩は派手に水飛沫を上げた。
周囲には地響きが轟き、驚いた鳥達が慌てて飛び立つ。
水飛沫が収まるのを、シロはびしょ濡れになりながら待っている。
「ふぃーっしゅ!」
シロは川面にぐったりとしてぷかぷか浮かぶ魚達の姿を見て、両手を突き上げ謎の雄叫びを上げて歓喜した。
「わははーい! 今日も大漁だ! ババア喜ぶぞー!」
――――――
「やっほー! ババア!」
(……。)
「……ババア?」
(……。)
「どうしたの? お腹痛いの?」
(……。)
「お魚飽きちゃった?」
(……。)
「元気無いね……。」
(……。)
「また来るね! お魚置いておくね!」
(……。)
―― 山姥 ――
洞窟の入り口からランの気配がする。
ランが今日も魚を持って来たようだ。
「ババア、ご飯食べないと元気出ないよ?」
ランが心配そうに私の顔を覗き込む。
私はそれに目を合わせることもせず、座り込んで洞窟の壁だけをずっと見ている。
ランは私の側から離れる様子を見せない。
(……私はもう何もせずに一人で死にたい。)
(だから放っておいてくれ。)
私はランを外の方へ押しやる。
「死んじゃダメだよ!」
ランは急に、いつもの能天気さとはかけ離れた悲壮な顔をする。
(……。)
私は少し驚いたが、どうにもならないことを再び思い出し、ランに背を向けた。
ランが立ち上がる気配がする。
「黒ちゃま連れてくるから! 待ってて!」
そう言ってランが立ち去ると、洞窟に再び静寂が戻った。
―― 黒 ――
シロは酒席でババアの話をしてからというもの、毎日のようにババアの所に行っているらしい。
今日、ババアに鉈で襲われた。
今日はババアと追いかけっこをした。
ババアはかくれんぼが下手。
ババアは魚が大好物。
ババアが魚を美味しそうに生で食べてた。
俺は、会ったことも無いババアの嫌がる顔を想像せずにはいられなかった。
シロは好奇心の塊だ。
シロに一度興味を持たれたら、延々と付き合わされる羽目になる。
ババアとやらが何者かは知らないが、御愁傷様というやつだ。
それから数日ほどした頃だろうか。シロの元気が目に見えて減っているようだった。
大方、シロに辟易したババアに拒絶でもされたのだろう。
いつものことだ。
放っておけば他に興味が移って、また元気になるはずだ。
と、考えていた。
しかし、どうやら今回は違ったようだ。
山を出かけてすぐに、思い詰めた顔をして急いで戻って来たと思ったら「黒ちゃま! ババアを助けて!」ときた。
俺は面食らったが、とりあえず「わかった。」とだけ返事すると、シロの顔がぱっと明るくなった。
だが、珍しいこともあるもんだ。
拒絶されて尚、シロにそこまで興味を持たれるとは、俺もババアとやらに興味が湧いてきた。
何をどう助けてほしいのかは知らないが、一度会ってみるか。
俺は湯吞みに入った酒を飲み干し、納屋へ向かう。
久方ぶりの外出に、埃まみれになっていた竹製の編笠を取り出した。
これは俺のお気に入りで、外に出る時には欠かせない物だ。
……外に出ること自体が、ほぼ無いということは伏せておく。
外で軽く埃を払うと、もうもうと埃が周囲に立ちこめる。
シロが「うわー!」と声を上げているが、何故か楽しそうだ。
相当長い間放っておいたのでかなり汚れていたが、いくら払ってもきりがないので気にせず被ることにした。
さて、ババアとやらの面を拝みに行くか。