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白と黒  作者: 不易
第一幕
2/30

01 飯店

この物語はフィクションです。


飲酒表現等が含まれています。

――ランが逃走して向かう先は行き付けの店、満福飯店マンプクはんてんである。

 とはいえ、彼女は食事をしに行く訳ではない。


 程なくして店が見えてくる。

 今日も旅人や行商人達で繫盛はんじょうしているようだ。


 昼食を食べに来た客達は、店先でランの姿を見て、ぎょっとする。


――ランの姿を一言で表せば『全身白づくめ』。


 (そで)(すそ)も短い動きやすそうな服は、金糸きんし刺繍ししゅうや飾りが入っている部分を除けば――上下共に白。くつまで白。

 透き通りそうな白い肌も目を引くが、何より異質なのは真っ白な髪である。

 お団子頭で多少は隠れていたが、本人にそれらを隠すつもりは一切ない。


 この国では死を連想させる色である白は不吉の象徴だ。

 ランのように好んで白に身を包む者は少ないため、周囲からはかなり浮いた存在だ。


 高価な物には見えないものの、赤い石が付いた金属製の装飾品を全身に身に付けているのも幼い見た目から言えば、これもまた不自然である。


 ランは店の前で道に絵を描き、一人遊びをする少女を見つけて破顔はがんする。



「マ~オちゃん!」


「あっ! ランちゃん! 久しぶり!」



 マオと呼ばれた少女は、花が咲いたような笑顔をランに向けた。



「はーい、久しぶりいー」



 駆け寄るマオへ、ランも笑顔を返す。

 二人の年格好としかっこうは近いが、マオの方が少し幼く背も低い。



「おっ! ランちゃん、いらっしゃい! いつものお使いかい?」

 


 少女達が仲良く挨拶をしていると、出てきたのはドジョウのような口髭を生やした短髪で体格のいい店主だ。

 童顔どうがんを気にしているようで、似合わない髭を無理に生やしているらしい。



「はろ~! たいしょー。『いつものアレ』、出来てる?」



 ランは親指と人差し指で湯呑ゆのみを持つような仕草をする。



「そろそろ来る頃だと思ってたぜ。丁度仕上がったのがある」


「さすがたいしょー。これ、お代ね」



 ランは袋に入った少なくない(がく)金子(きんす)を渡す。

 その金額は、薬店で今日の薬を売った額の半分以上を占めている。



「毎度!」



 店主は袋を受け取ると、歯を見せて笑う。



「ねえねえ、ランちゃん! 今日は遊べるんでしょ?」



 マオが期待を込めた眼差しをランに送る。



「いえ~す。今日はお使いだけだから、後は時間あるよ!」


「やったー!」



 マオは大層喜んで、ランの手を取って踊りだした。



「たいしょー。"アレ"、帰りにお願いね!」



 ランはマオと踊りながら、店主に用件を伝える。



「あいよ!」



 店主は、そんな二人に苦笑しながら片手を上げて了承し、店に戻った。



「マオ? お片付けは終わったの?」



 代わりに店から顔を出したのは満福飯店の女将おかみだ。



「おかみさん、はろ~!」



 挨拶を返すランは、未だにマオと踊っている。



「あら、ランちゃん。いらっしゃい。いつものお使い?」


「うん、そうだよ」



 女将は整った顔立ちで健康的。女性にしては少し背が高い。



「えらいわねえ。マオも遊んでばかりいないで、たまには自分からお店を手伝いな」



 女将がたしなめるように言うと、マオは踊りを中断して強い否定の感情をあらわにする。



「や! ランちゃんと遊ぶもん!」



 マオは腕を組んで、ぷいと顔を背けた。



「この子は! いい子にしてないと山姥やまんばが来るよ!」



 女将も、じゃじゃ馬娘には手を焼いているようで、耳慣れない単語が出て来る。



「山姥なんて怖くないもん!」



 マオは耳にたこが出来るほど聞かされているのか、またかと言わんばかりに意地を張っている。



「や……ババア?」



 ランは初めて耳にした言葉に目を輝かせ、俄然がぜん興味が湧いている様子だ。



「そんなこと言っていいのお? 昨日も山から追いかけられた旅人が出たってのに……」



 みやこの噂話で盛り上がっていた客達は、女将の口から出た山姥の話を各々で始めた。



「山姥って、あれか? 山に入った人を見るとなたを振り回して襲って来るっていう……」


「ああ、何でも恐ろしい見た目で呪詛じゅそを吐くとさ。動きもトンでもなく素早いらしい」


「川の近くは特に危ないようだぜ」


「聞いた話だが、討伐に向かった部隊もやられちまったとか」


「おれは、名うての剣侠けんきょうが返り討ちにされたと聞いたぜ?」


「くわばらくわばら……」


「実はここだけの話、山姥は都を騒がせた――」



 山姥の話題には事欠かないようで、客達は口々にそれぞれで噂話を続けている。



「おかみさん! ババアの話、ほんと?」



 ランはワクワクした様子で女将に尋ねた。



「ババ…ああ、本当さ。いつの間にか近くの山に棲み付いたらしくてねえ……ほら、近くには大きな街道もあるだろう? 物騒だからって回り道をする人も増えてね。商売あがったりさ」



 女将はお手上げといった感じで話す。



「そっか」



 ランは何やら考え事をしているが、山姥に興味を示しているのは一目瞭然だ。



「ランちゃんも危ないから、あの山には絶対近付かないようにね」



 女将は心から心配している様子でランに言った。



「らじゃ。マオちゃん、遊びに行こ!」


「行こー!」



 ランはマオの手を引くと、共に駆け出した。



「遅くなる前に戻っておいでよー!」



 女将は走り去る二人に声を掛けると、二人は振り返りながら大きく返事をする。



「「はーい!」」





「――んじゃ、そろそろ帰るね」



 数刻後、ランはマオとひとしきり遊び、飯店に戻って来ていた。



「ランちゃん、また遊びに来てね……」



 淋しそうなマオに、ランは笑顔で「うん」と返す。



「お兄さんにもよろしくな」


「帰り道に気をつけるんだよ」



 飯店の仕事も落ち着いたため、店主と女将の二人はランの見送りに出てきていた。



「らじゃ!」



 ランは額にびしりと手をかざす。



(相変わらず変な言葉を使う子だなあ……)



 店主達はランの容姿には慣れてきていたが、独特の言葉遣いには未だに面食らうことが多かった。


 ランは帰宅に備えて荷造りをしている。


 用意されたのは「いつものアレ」と呼ばれた巨大なかめ

 横には()()()()と『酒』と書かれている。


 ランは慣れた手付きで背負子しょいこに荷物を載せていく。

 背負子には巨大な酒甕さかがめの他、様々な生活雑貨が(なわ)でくくりつけられ、相当な大荷物になってしまっている。



「ランちゃん、こいつも持って行きな。お兄さんの好きな、ウチの特製漬物だよ///」



 女将はほほを染めて、どこか照れくさそうに漬物の入ったつぼを差し出す。



「やった! さんきゅ~」



 ランは本当に嬉しそうに壺を受け取ると、抱きかかえて喜んだ。



「……お兄さんによろしくね」


「らじゃ」



 小声でランに耳打ちする女将の迫真の表情に、ランもつられて顔をキリリと引き締めた。



「おめえ、なんで顔赤くしてやがんだ?」



 店主は女将の様子をいぶかしむ。



「な、何だっていいじゃないか!」



 女将は少し慌てて、怒ったように取りつくろう。



「おかしなやつだな」



 店主は、そんな女将の様子に小さくため息をいた。



「よいしょ」



 ランは酒が入った特注の酒甕やその他諸々を載せた背負子を軽々と背負う。


 以前に店主が同じことをして腰を痛めた経緯がある。

 店主はランの様子を見るだけで脂汗(あぶらあせ)が出るのを感じていた。



「ばいばーい!」



 ランは荷物の重さを全く感じさせずに、元気良く手を振る。



「またね……」



 マオは半べそで小さく手を振った。


 店主達は手を振りながら、そんな二人の様子を微笑ましく見守る。


 互いに手を振って別れの挨拶を済ませたことで、ランは帰路へと就いた。

 後ろから見れば大きな甕が歩いているようにしか見えない。



「相変わらず、すげえ力だな……」


「ほんと、力持ちよねぇ」



 ランの怪力ぶりに、二人は半ば呆れにも似た顔をしながら感心する。



「なんせ、『あの山』に住んでるくらいだからな」


震山シンザンねぇ……虎がうようよしてるんでしょ? 行くだけでも遠いし、心配だわ」



――震山。周辺では類を見ない高山で、頂上付近はよく雲や霧に覆われている。

 山々が震山を囲むようにして絶景を織り成す景勝地としても知られるが――頂上までの道程は非常に険しく、桟道は非常に危険なことでも有名だ。



「ああ、震山の黒虎な。美しく珍しい毛並み目当てで山の奥深くに入った狩人が帰ってこない……なんて話はよく聞く。とはいえ兄妹が住んでいるのは山の(ふもと)らしいから大丈夫なんじゃないか?」


「だと、いいんだけど」



 夫婦が店先で話しこんでいると、先ほどから様子を窺っていた上機嫌な年かさの酔客すいかくが近付いて来る。

 近所に住む、馴染(なじ)みの客の一人だ。



「よう、大将。さっきのあれ、酒だろ? ぜってえ酒だろ? 店に出してるのと香りが違うんじゃねえか? 俺っちには分かるんだぜえ?」



 店主は、ため息を吐く。



「酒は酒だが、売り物じゃないし、店に出すような物じゃない」


「そうさ、飲めたもんじゃないよ」



 店主夫婦は酒に目がない客の悪癖あくへきに苦笑いしながら、やんわりと断る。



「へっ、そう言わずに一杯くれよ~?」


「だめだだめだ」


「なっ、そう言わずに~」



 粘る酔客の酒に対する執念を知る店主は、諦めたといった様子でまた、ため息を吐いた。



「やれやれ、どうなっても知らんぞ」


「そうこなくっちゃな!」


「アンタ、やめときなって」



 店主は「いいから」と女将をなだめると、店の奥へと消えた。


 マオは「知らないよ~?」と、いたずらっぽい笑顔をしている。


 酔客は酒に対する自信からか、ニヤニヤとしている。


――しばらくすると、店主が酒の入った湯呑みを持って戻って来た。



「へへ、あんがとさん。こいつあ不思議な香りだな? さてさて、なんの酒やら――」



 酔客は待ちきれず、湯呑みに注がれた酒を一気にあおる。



「あっ、せめて水でうすめないと――」



 青い顔をした女将の忠告も間に合わず、酔客は酒を口に含んだ瞬間、派手に噴き出した。



「ぶへぇっ! な、なんだこりゃあ!」



 マオは予想通りだったのが嬉しいのか、腹を抱えて笑っている。



「あの子の兄は薬師くすしでな。この酒は薬酒やくしゅなんだ。特別な薬草がてんこ盛りで酒精がバカみたいにきついし、口に入れたが最後、口が爆発したように感じるんだ」



 店主は口元で、ぱっと手を広げてみせる。



「ついでに薬草のせいで苦くて味も良くないときたもんさ。香りはいいんだけどさ……正直な話、水で薄めても飲めたもんじゃないよ」



 女将は苦笑いだ。


 酔客はせたまま、うらみがましい目で店主と女将を見る。



「ゴホッ、ゴホッ……これ、大将が作っているのかい?」


「まさか。ウチの酒蔵さかぐらで熟成させているだけだ。仕込みが最初から全部終わった甕をいくつか預かっている」


「そんなもの、てめえの家でやりゃいいだろうに」


「気温の問題? だそうだ。ウチの蔵が丁度いいんだと」


「場所代としては、かなりの金をもらっているからね。ウチとしては上客なのさ」



 女将は指で金を表現しながら、嬉しそうににっかりと笑う。



「あんたなら、ひょっとしたら飲めるんじゃないかと思ったが――やっぱり無理だったな! はっはっは!」



 店主はこれまでこらえていた笑いを爆発させる。



「ちぇっ! 飲み直しだ! ひでえ目にあっちまった……」



 酔客はへそを曲げながら飯店へと入る。


 店主達は「やれやれ」と酔客の背中を追って店に戻った。



――実際にはラン達にとっては薬酒ではなく、嗜好品としての飲用なのだが、店主夫婦にはそういった考えも及ばないほどの味だったのである。

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