閨指南
「そうですね……人肌恋しい季節になってきましたね」
そう艶然と呟いて、秋田さんはゆるりと笑った。
あれ?何かおかしな雰囲気になって……きません?!
「あ、あの」
「銀髪、触ってみますか?」
そういうと、秋田さんは頭巾を外して、髻を解いた。
さらりと長い銀糸が肩まで垂れる。
「秋田さま、あの私誤解してたらすごく恥ずかしいのですけれど……」
「何ですか?」
秋田さんは私の手を取り、自分の髪に触れさせる。
意味がわからない。これは何かの儀式なのだろうか。低俗な私にはエロしか頭に浮かばない。
「このような事は少しその……」
「恐ろしいですか?」
秋田さんはいつの間にか身を寄せて来ており、すごく至近距離で私の顔を見つめる。
「と、言うか、その……」
「それとも」
一瞬、近さに耐えられず、視線を逸らした時だった。
唇にふわっと、柔らかい感触を感じた。
「淫りがましいですか?」
そう、秋田さんは私の唇に……キスをした!!!
☆★☆
ガタッガタタッと、私は勢いよく壁際へ後ずさった。
何してくれてるの、このイケメン痴漢?!
「秋田さまっ?!」
「すみません、驚かせてしまいましたね」
そう言いながらも、銀髪野郎は手際良く、私の腰ひもを解きにかかる。
ダメだろ!?これ、アウトだろう?!犯罪です、イケメンだけど、これ絶対犯罪です!!!
「いけません!このような事は!!」
「名前」
「は?」
「気に入って下さいましたか?かぐや姫」
唖然とする私をよそに、秋田は私の着物に手をかける。
益々言っている意味がわからない。かぐや姫の名前が欲しかったらいう事を聞けと、そう言っているのか。
それならば、のどから出が出るほど欲しい。しかし、これでは脅迫では?
「大丈夫、力を抜いて」
抜けるか!馬鹿!
私はやみくもに手足をばたつかせる。
秋田は顔に似合わず怪力で、私の両手を頭上で封じた。
大声を出したいけれど、おばあちゃん達は離れた対屋だ。しかも、変な拒否り方をして臍を曲げられたら、かぐや姫の命名がなかったことになる。
「ご、後生です。無体はおやめになって下さい」
多分、普通の娘ならこういうであろう口調で怯えたふりをして頼んでみた。
「恥じらう姿が初々しい……これはいじらしく誘っていると理解してよろしいかな?」
色白の秋田がほんのり頬を染めて熱っぽい眼差しを向ける。逆効果だった!!
すでに私の前身ごろは大きく肌蹴られ、巻きスカートのような裳も大きく広げられている。
「ちょ……!!」
「少女の身体とは思えない。私は普段青くまだ硬い果実を御相手する事が多いのですが、いやいやどうして」
秋田は脇腹を撫で上げ、何かをたしかめるように上半身を触りまくった。全身がぞっと粟立つ。
そして、先ほどから気になっているのは、動くたびにふわりと漂う甘い香り。
これはなんだろう。
なんだか、気持ちがふわふわしてくる。抗う手に力が入らない。指先から少しずつ力が抜ける気がする。もしかして……これはマズい類の香ではないか。
「ああ、効いてきましたね。何、初めてでは苦しかろうと、少し力の抜ける香りを朝服に炊きしめてきました」
はじ……めて……?
初めてとは私のこと? 女子高生ですがやんちゃな生活を送っており、ぶっちゃけ処女ではありません……。
言いたいけれど、頭が朦朧としてうまく言葉にならない。
秋田は自らも服を脱ぎ、その朝服を私の頭の横に置いた。甘い匂いが一層強く香る。
華奢だけれど骨太の秋田の体躯が私の股を割って覆いかぶさる。縫いとめられていた手は放されているけれど、何だか抗う気持ちが起きてこない。
すると唐突に秋田が言った。
「怖がることはありません。私は初めての乙女に慣れていますからね」
今、何と? 初めて?
「ああ、その中でも貴方は飲み込みが早い。すでに身体が高みに向かっているのがわかりますか」
秋田の艶然と見下ろす笑みに不穏な空気を感じる。割と筋肉質の秋田の半裸をぼんやり眺めながら、言われた意味を考える。
意志に反して身体が反応しているのはわかるけれど、初めてとか乙女とか私に縁の無い単語を発する、その意味がわからない。
秋田の言い分だとまるで私が何も知らない若い生娘のようだ。
私は18歳だが、まあそこそこ自由な生活を過ごしてきた。年より確かに若く見えるけれど、そこそこリア充だったし、いや、むしろちょっとヤンチャな青春時代を過ごしてきたし、何も知らない女子中学生ではない。
混乱してまとまらない私の考えを中断させるように、秋田の手は私の身体を這いまわる。
「大丈夫。優しくします」
そう秋田は艶っぽく耳元で囁いてから、私の首筋に顔をうずめた。ゾワリとした感覚に思わず半身がよじれる。頭がふらふらする。拒否する気持ちは完全に薄れてきた。これは絶対なぞの香の力だ。
「本当にかわいらしい。このまま正式に妻にしたいくらいだ」
何て言ったらいいかもはやわからない。素直に感じていいのか、抗うべきか。
この時代はわりと恋と性に奔放だ。私も別に彼氏がいるわけでもないし、これがこの世界での求婚の一種なのも知っている。
だけど、こんな訳のわからない形で迫られているのは、さすがに良心の端に引っ掛かる。
そう。そうだ。
なんで、私は初対面の男にこんな事をされているのだ。この時代では当たり前で挨拶レベルの行為でも、私の時代ではありえない――!!
「や……やめてくださいっ!」
私は朦朧とする頭を力いっぱい振ってから、もう一度、両手で強く秋田の頭を押した。しかし、華奢に見えた秋田の身体は思ったより筋肉質だったらしい。私の力ではビクともしない。無駄な抵抗を続ける私に秋田は上気した顔で不思議そうに尋ねる。
「大丈夫ですよ。翁様より練習のお代は頂いております。私の方こそ、このような美しい姫に褥の心得を授けられるとは光栄です。普段はここまで致しかねるのですが……かぐや姫であるあなたも良いと言ってくれるのならばもう少しだけ――」
……今、何と?
理解しがたいことをいくつか言ったぞ。
爺さんから何のお金をもらっているだと?!
褥の心得……って、エッチの練習ってこと?! 爺さん、何頼んじゃっているの???
しかも、しかも、今さり気に爆弾発言したよね? 誰がかぐや姫だって??!! 私のこと、かぐや姫って呼んだよね??!!
混乱する私に秋田が整った顔を寄せ、あろうことか耳を噛む。
そして低い声で囁くように呟く。
「翁はかぐや姫は清純で閨事に全く疎い、と言っておりましたが、あなたは今すぐにでも公達を魅了できる身体と色香をお持ちだ。これほど魅力的な姫だとは……。ああ、あなたを地位があるだけの老獪に食い貪られるのが口惜しい。かぐや姫、どうでしょう。私の妻になって下さいませんか」
「かぐや姫、もう堪え切れません。お願いです。私の妻になると、そして私の熱い想いを受け入れると、そう言って下さいませんか」
秋田は美しい瞳に蠱惑の笑みを浮かべながらながら懇願する。
細い銀髪が額に張りついて、妖艶な色香を醸している。それに対して何か抗う言葉を……と思っても、香の効力かうまく口がまわらない。
――このままけっこん?
しても……い……か……
朦朧とした頭に邪な感情がよぎる。
「かぐや姫、どうか――」
もう一度、『かぐや姫』と呼ばれた。私はその瞬間はっと我にかえった。
――私はかぐや姫じゃない。
どこかで、なにか間違えている。
こんなことをしている場合ではない。
本格的に服を脱がしにきている秋田はだいぶ興奮している。息遣いが荒い。
私は横目で唐柄の花瓶の存在を確認した。ギリギリ手の届く範囲だ。
そして、目いっぱい手を伸ばしその冷たく重い焼き物に手を触れる。
そのあとはよく覚えていない。
多分私は、片手で懸命に掴んだそれを彼の脳天へ力いっぱい振り下ろしたのだった。