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タイムスリップ確定

 明くる朝。

 私たちは爺さんの家からほど近い、小高い山の上にやってきていた。

 昨夜は暗闇で道に迷った。ここがどこだか確認しなければならない。

 この高台に上って眼下に広がる街並みを眺めようと――

 したのだが、一体ここはどこなんだ?!


「お爺さん!!なんで、家も人も建物も無いのよ?!」

「そんな事を言われても」


 見渡す限りの山、木、木、山、竹、竹。ぽつりぽつりと小屋が見られるほか、視界いっぱいにのどかな緑が広がっている。ちょっと引くぐらいの田舎。コンビニひとつない。いわゆる原風景だ。


「ねえ?!ここらへんにうちのお父さんの病院と住むはずだったアパートがあるはずなんだけど?!」

「そんな事を言われても」


 そう、眼下に広がる景色だけではない。自らが今立っているこの場所もおかしい。

 大きな病院が何年も前から建っているはずなのに、ここはどう見ても更地だ。うさぎが原っぱを横切っていく。

 なんだか嫌な予感がする。


「もしかして……。ア……アレですか。アレじゃないですか……?」

「そんな事を言われても」


 もう、返答もめんどくさそうにしているお爺さんの姿を改めて確認する。

 昨日と同じ薄汚れた着物に藁の草履。頭には帽子じゃなくて、変な形の頭巾をしている。

 ここに来るまでに会った人たちもそうだった。

 大人は簡単な着物だし、子供に至っては貫頭衣ともいえる粗末な装いをしていた。

 道は舗装されておらず電柱一本ない。

 そうだ。間違いない。これは――――


「タ・イ・ム・ス・リ・ッ・プ、だーーーー!!!!」


 うおおおおーーーーー、と、私は天を仰ぎながら叫んだ。

 その勢いに、お爺さんはびくっと体を強張らせ、訝しげな目つきで私を見た。やべーヤツに会ってしまった。そんな後悔と不信感がにじみ出ている表情だ。

 私は少しずつ後ろずさるお爺さんの両肩をがっちり掴んで強く揺さぶった。


「ねえ、お爺さん!!今何年、何月、何日??!!」

「ええと、暦はあまり読まないが庚子の年、酉月の朔日くらいじゃ」


 うん!!さっぱりわかんないけど、すっげー昔の夏っていうのはわかった!!だってここらへん、超暑いもん!!

 そう言えば、お父さんが昔の干支は何だかと何だかを組み合わせて何十通りもあるとか言ってた、そう、その暦を使い始めたのは確か、


「1300年以上前から……」


 …………。

 来たよ、コレ。

 ずばり縄文時代以上、昭和前っていうのは確実だな。

 ……。

 まずい。結局いつだか、さっぱりわかってない! お父さんの話、もっと真剣に聞いておくんだった……! この急場において時代認識が幼稚園児レベルな件!!

 気を取り直して(今にも逃げ出しそうな)お爺さんの袖をがっちり掴んで更に尋ねる。


「お爺さん、お爺さんの名前は!?」

讃岐さぬきみやつこ……竹取りのおきなと呼ばれておる」


 その名前を聞いた瞬間、期せずしてこの時代がいつか判明した。

 今は奈良飛鳥時代。

 そう、竹取物語の舞台である。




 ☆★☆



「で?! 何?! お爺さん、まだかぐや姫は育ててないワケ?!」


 私はワクワクしながらお爺さんの肩を叩いた。

 小さい頃から『かぐや姫発祥の町』で暮らしている私には、『かぐや姫 竹取物語』のキーワードでこの時代の様子がいくらかわかる。幼稚園の頃からその伝説や背景はいくらか聞かされているのだ。竹取りの翁は、もちろんかぐや姫を保護(?)する主要登場人物。

 伝承通りいくと、お爺さんはこれからかぐや姫を育てて大金持ちになるのだ。


「何の事だかさっぱり……」


 お爺さんはあいかわらず不安げな目つきだが、逃げるのは諦めたらしい。と、いうか、私にさっきから片腕をホールドされているから逃げられない。


「ばっかだなぁ~。早く竹切りに行った方がいいよ、マジで! 贅沢できるから」


 わたしがキャハハと笑いながら背中をバンバン叩くと、お爺さんは苦笑いしながら目を泳がせた。そして、そのまま私と少しでも離れようとじりじりと後ろずさる。私を変人認定しているのは明らかだ。なので、私はもう一度がっちりと腕を掴んだ。ここで逃げられる訳にはいかない。このお爺さんは痴漢ではあるが、一応、この世界で私にとって数少ない知人でおそらく金蔓だ。

 そう、タイムスリップなんていうアメージングな体験をして興奮していたが、冷静に考えると困った事態に陥っている。これからの生活を真剣に考えなくてはならない。帰れなくなってしまったのだから、家へ。


「お父さん、どうしてるかな……」


 入院を控えた父を想う。体調は大丈夫だろうか。急激に病状は進んでないだろうか。

 私がしようとしていた洗濯や身の回りの世話はどうなったのかも気になる。私がいなければ面会に行く人だっていない。

 考えれば考えるほど、実は絶望的な状況だと気づく――。

 

 私は黙り込み、シリアスな現実を自覚し始めた。

 

 興奮したり、落ち込んだり。

 急にコロコロと機嫌をかえる私をお爺さんは持て余したのだろうか。

 遠慮がちに


「……まあ、家に帰って飯でも食えばいい」


 と、私の肩を叩く。

 そういえば最後に食べたのはいつだったか。育ちざかりの女子高生。こんな時でも腹は減る。

 とりあえず腹ごなしをしてからこれからのことを考えよう。


 私がもう腕をつかまなくてもお爺さんは逃げなかった。

 私たちはとぼとぼ、おばあちゃんと菊が待つ家へと帰って行ったのだった。




 ☆★☆



 昼飯の膳を前にして、私の頭の中で、チーンと終了のベルが鳴った。

 食事のあまりの質素さに言葉もなく、ただ黙って固まる私におばあちゃんが言った。


「遠慮なんてしなくてもいいんだよ。沢山食べなさい」


 目の前には川魚の焼き物とご飯一杯。以上。

 現在っ子の私には質的にも量的にも厳しいメニューだ。

 しかしお爺さんが傍らで


「いやー。客人がくると飯が豪勢でいいなあ」


 と、機嫌良く笑っている。「白米なんて久しぶりだ」と。

 菊もお腹が空いていたらしく(相変わらず一言も言葉は発しないけれど)、すごい勢いでご飯を掻きこんでいる。


「娘さんも食べな。お腹が減っているだろうに」


 おばあちゃんは優しい笑顔で私に焼き魚を勧めた。


「おばあちゃんの分は?」

「私は……お腹空いてないから」


 隣でお爺さんが「すまん!3匹しか手に入らなかった!!」と、そのうちの一匹をもしゃもしゃ噛みしめながら言った。


「おばあちゃん、半分こにしよう」

「私は」

「いいから」


 うちのお父さんもいつも私においしいものを譲ってくれていた。これほどじゃなかったけれど、我が家の家計も厳しかったし食事も質素だった。お父さんは料理が苦手だったけれど、けっこう食事は作ってくれて、いつも「食べろ、食べろ」って自分のお皿からおかずをくれたっけ。


 焼き魚をへたくそな手つきで半分にしている私を、おばあちゃんは優しい目で見つめた。そして、静かにこう言った。


「あんたたち、行くところがないならうちに居ればいい」


 隣で聞いていたお爺さんが、ぶぼっと飯を吹いた。


「おい!そんな余裕うちには」

女子おなご二人くらい大丈夫だよ。物騒な世の中だ。行くところが決まるまで、いくらでもうちにおればええ」


 私は穏やかにほほ笑むおばあちゃんと、無言無表情の菊を交互に見た。

 確かに今は他に身を寄せるところはない。

 私だけじゃない。菊も結局なにも喋らないので、行き場所はない。

 この先どうしたら、そして、どこへ行ったらいいかなんてわからない。

 おばあちゃんの提案はとてもありがたくて縋りたい気持ちになった。

 しかし、こんな貧乏なお年寄りに安易に世話になる訳にもいかない。

 しばらく考えた後、私は言った。


「……ちょっと待ってて。私にいい考えがある」








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