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おばけ峠

 通称『おばけ峠』。

 誰がそう名付けたかは知らない。地元では昔からそう呼ばれていた。

 高地に続く坂道は鬱蒼とした竹林に囲まれており、街灯ひとつない暗い道だ。

 ガードレールはあるものの細い車幅とカーブが続き、普段は事故も頻発している。

 気味悪い雰囲気のその道は「幽霊がでる」ともっぱらの噂だ。肝試しスポットとしてテレビで特集されたこともある。

 新しいアパートはこの峠の上にある。お父さんの病院もその近くだ。


「幽霊なんて怖くないけどね……」


 お父さんが幽霊になってそばにいてくれたらどれだけ嬉しいかと思う。


 私は買ったばかりの軽自動車に段ボール箱をつめ、おばけ峠をゆっくり走っていた。

 夕暮れ時だが辺りはまだ明るい……はずだった。

 なんだろう。周囲はライトなしでは視界が確保できない暗さ。いつの間にこんな状況に。

 折り重なるように生える竹がトンネルの如く道の周囲を黒く覆っている。こいつのせいかもしれない。


「邪魔だなあ。竹なんて切ってよ……」


 呟いてみたが、この竹あってこその『かぐや姫の町』なので、そうそう伐採などしないだろう。

 曲がりくねった道路を目を凝らしながら運転していく。

 竹葉の間からのぞく雲行きが怪しい。遠くで雷鳴も聞こえ始めた。

 雨になる前にアパートにたどり着かなくては。

 私は軽くアクセルを踏み込み、車のスピードを上げていった。




 ――――何か聞こえた気がした。




 唐突だが。

 今、一人で運転中なのだが、確かに何か聞こえたのだ。

 …………。

 いつしか振り出した大粒の雨が屋根ルーフを打ち始め、激しさを増す雨音が車全体を包んでいる。 けれども、その音に混じって微かに、だか、はっきり声が聞こえたのだ。


 そう、人の悲鳴が――――。




 


「……いっ……いやぁ~、働き過ぎて疲れたね、全く。早くおうちに帰ろうっ!」


 聞こえなかったと思いこみ、無視する作戦を決行する私。

 しかし……


『きゃーーっ!!』

『ぐふっ……ううぅ……』

 

 ビクンッと肩を震わせる。

 やはり間違いない。

 女性の悲鳴やら、男性のうめき声やら、とにかく沢山のただならぬ声が雨に混じって聞こえる。

 そう、それは、どこからかと言うと、

 ……絶対誰もいないはずの、真っ暗な竹林の方から。



「ぎ……ぎゃーーーーーっっっっ!!!!!!!!」


 つんざくばかりの悲鳴を轟かせ、私は号泣しながら思いっきりアクセルを踏み込んだ。


「ごめんなさい!!ごめんなさい!!幽霊いないと思っててごめんなさいっ!!!」


 ハンドルを握る手が大きく震える。

 息もできないほど、超怖い!!

 何が怖いって、こんなに力いっぱいスピードを上げているのに、幽霊の声が自分に纏わりついて離れないのが怖い!!!

 もう、その気味悪いうめき声は竹林から聞こえるのか、車中から聞こえるのか判別できなかった。

 耳元で感じるその悲鳴は、だんだん大きくなってくる気が……!

 しかも謎の声は、『ザクッぐええ』とか、『ひぃぃズバッ』とか、まるで時代劇で人が切られるような効果音を伴っていて、恐怖はマックスに達した。


「なななななななんなななななんなの………っ」


 センターラインをはみ出さないように必死にハンドルを握る。全身冷たい汗でびっしょりだ。

 雨は更に強くなり、ウィンドウを激しく打ってくる。ワイパーを操作したいけれど、怖くて手が動かない。

 何がっ!何が起こっているの?!私の周りで!!

 周囲を確認したいけど、バックミラーに血まみれの人でも映っているのなら、私は確実に漏らしてしまう……!

 ねえ?!どうしたらいいの?!ねえっ??!!



 すると、混乱の極地の私を、一人ぽつねんと置いて行くように、声がピタリと止んだ。 

 あ……あれ……?


 窓の外は依然暗いまま。車全体に降り注いでいる雨音だけが車中に響いている。

 私は荒く乱れた呼吸を落ち着けながら、恐る恐るスピードを落とした。


「な……何だったの……?」


 呆然としながらも、何とかハンドルは握っている。

 車は一応無事に走っているが、より一層強くなる雨滴が視界を歪ませる。

 一呼吸おいて、ワイパーのスイッチを入れたその瞬間、



『助けてっ!』



 流れ落ちる水滴を拭ったフロントガラスに、人の手がべたりと張りついた……!!!!!



「ぎゃーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」



 慌ててブレーキを踏もうとして違和感に気づく。

 ない!ブレーキがない!!そんな訳あるか……!?と、足元を見て再び凍る。

 ないのは……私の足だった。

 ホットパンツの下に伸びているはずの脚……腿から下の脚が、すっかり消えてなくなっている…………っ!





 ――――漏らしたのが先か、ガードレールを突き破ったのが先か憶えていない。

 私は衝撃と共に、道路脇の竹林に突っ込んだ。

 そして、そのまま車もろとも、崖をものすごい勢いで転がり落ちていったのだった。






 激しい衝撃と回転する視界は一瞬にして収まった。

 私は潰れかけた軽自動車の中で、天地逆の格好で屋根にへばりついていた。

 ああ、シートベルトしていればよかった……。

 曲がったドアは開かないので、割れた窓ガラスから這う格好で外へ出る。

 怪我はないようだ。


「最悪だ……車、買ったばかりなのに……」


 私は大きく曲がった車体を前にして呟いた。

 もはや怖いのは幽霊ではない。修理代の請求書だ。


「仕方がない。人を轢かなかっただけ良しとするか」


 長い髪を掻きむしりながら、やれやれ、とため息を吐く。

 すると、


「人とはワシの事かのう」


 突然の一言に振り返ると同時に、背後から伸びる二本の腕。誰かに……抱きしめられた……!!

 てか、耳元で荒い息遣いがっっ!!キャミソールごしに気持ちの悪い体温を感じるっっ!!


女子おなごが裸で何をしておるのじゃ」

「何をしてるかは、お前の方だ!!!」


 私はその場で即座にかがみこんだ。するりと束縛から逃れると、そのまま振り向きざまに痴漢の顔の真ん中に拳をめり込ませる。

 やんちゃ友達が言っていた。襲われたらまず鼻柱にパンチしてひるませろ。急所を狙うのはそれからだ、と。


「え、ええと、パンチの後はち○こ、ち○こ……」

「ぐぶっ……!いたいけな老人に何て無体を……!」


 動揺しながらもトドメをさそうと、一心に目の前の股間を凝視する。すると「勘弁してくれ!」「悪かった!」と懇願するよぼよぼ声が耳に入る。

 我に返り、拳一発で地面に沈ませた痴漢をよくみる。

 両手で顔を押さえているのは、私より小さなお爺さんだった。


「……ちょっと。エロじじい。女子高生に何してくれてんの」


 女子高生でなくても痴漢は立派な犯罪だ。

 私は割とギャルっぽい見た目だからあまり痴漢にあったことはない。痴漢はおとなしい格好の子に目をつけると油断していた。この爺さん、こんな暗い竹林でなにをしようと企んでいたのか。


「ちょっと待て! ワシは倒れているお前を助け起こそうとしたしただけじゃ!」

「もうろくジジイ!! 私はもともと立ってただろ!!!」


 とりあえず、もう一発鉄拳をお見舞いする。


「ぐべっ……裸で女子が立っていたら、そりゃこのじじいでも」


 言い掛けたジジイに、もう一度渾身の一撃を与えた。

 ジジイは涙と鼻血を流しながら、遠い目で下草に横たわる。

 哀れだけれど、痴漢に容赦はしない。


 私はため息をついて空を見上げた。

 いつの間にか雨はやみ、頭上には綺麗な星空が広がっていた。もう夜か。

 車を振り返ると、助手席にあったバッグはぺしゃんこ。スマホは死んでいる。

 バックドアから引っ越しの段ボール箱が無傷で外に投げ出されているけれど、その中には少しの衣類と生活雑貨しか入っていない。助けを呼ぶ道具やライフハックに役立ちそうな物は皆無だ。

 ……まいったな。

 私は途方に暮れた。


「お爺さん、あなたのうちどこ?」

「は?」

「あなたのうちに連れてけって言ってんの! その様子だと、どうせスマホなんて持ってないでしょう?! 痴漢行為を見逃してあげるから、電話くらい貸しなさいよ!!」


 痴漢のお爺さんは汚れた着物を着ており、今時珍しいもんぺ姿だった。 

 とてもじゃないけれど、スマホのような文明の力を持っているようには思えない。

 とりあえずJAFか保険会社を呼ぶために固定電話を借りよう。


「デンワ……なんの暗号じゃ」

「うるさい。しらばっくれるなら警察呼びます」


 じいさんは訝しげな目で私を見ながら、傍らに置いてあった大きな籠を背負った。

 自宅に案内する気になったらしい。しぶしぶだけど。

 私は無事だった段ボール箱の中身一つ分をじいさんの籠に入れ、そのまま一緒に歩き出した。


 ――――本当最低。何て一日だ。

 ため息をつきながら山道を歩く。

 ホットパンツの素足は蚊に刺されまくっている。色白の方なので、痕が残るだろう。本当に最悪だ。

 あまりの暑さに汗が流れ落ちる。長い髪がうっとおしい。


「ちょっと待って」


 先を行く爺さんに声をかけて、私は立ち止まった。

 腕にかけていたゴムで手早く髪を括る。


「これでよし。行こうか」


 そう言って歩き出そうとした時、草むらからただならぬ気配を感じた。

 間髪いれず振り返る。

 また痴漢か?! と、闇の先を凝視するとそこには――――

 そこには、オカッパ頭の少女が血まみれで立っていた。


「ぎゃーーーーーー!!!!!!!」




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