【6:車椅子の男は、知識が豊富】
木製の扉を開けてキャティの家に入ると、そこは居間のようなスペースだった。
テーブルやソファが置いてある。
しかし周りにはびっしりと天井までの大きな本棚があり、見たこともない難しそうな本が山ほど並んでいる。
正面には大きな書斎デスクがあり、その上にもたくさんの本や書類が山積みになっている。
その机の奥から、木製の車椅子に乗ったキャティの兄、ジグリアットがするすると俺に近づいてきた。
「やあアディ。久しぶり」
「久しぶりジグ。お元気そうで」
そうは言ったものの。
ジグリットの顔は以前と同じく青白く、キャティと同じ赤い髪もボサボサに伸び放題。
ジグリットは孤児院に居た時から本の虫で、いつも青白い顔をしていた。
これが彼の普通で、特に体調が悪いわけではないのだろう。
「兄さん、これ見て」
キャティは俺が接着した剣と腕を、ジグリットの目の前に示した。
「これが……何か?」
「剣も私の肘も、アディが【接着スキル】でくっつけてくれたのだけど……」
「そうなのか? つなぎ目とか、全然わからないな」
ジグリットは剣とキャティの肘を、代わる代わるマジマジと見ている。
「パワーアップしてる気がするんだ」
「パワー……アップ?」
「そう。そんなことがあるの?」
「ふーむ……ちょっと待ってくれ」
ジグリットの車椅子は彼が何もしないのに、すぅーっと移動して一つの本棚の前で止まった。
驚きだ。
ジグリットは座ったまま、背の高い本棚を見上げる。
「ん……あれかな?」
「あ、ジグ。俺が取ろうか?」
「いや、大丈夫だ」
上の方の棚から一冊の分厚い本が、すっと飛び出して、ゆっくりと降りてきた。
ジグリットは片手でそれをパッと掴むと、パラパラっとページをめくる。
「あっ、ジグすげ〜っ!」
「兄さんは魔法を使って、自分の身の回りのことはほとんど自分でできるから大丈夫」
「まあ日常生活には支障はないな。でも攻撃魔法や強化魔法はさっぱりだから、キャティと共に戦うことはできない役立たずだ」
「兄さん珍しい。いつもはそんな謙遜なんて言わないのに」
「ああ。今日はアディというお客様が居るからな。他所行きの態度だ」
確かにジグリットは一年前に孤児院を出るまでも、勉強熱心でプライドの高い人だった。
ジグリットは本のページをさらに何度かパラパラとめくって、さっと眺めてから顔を上げた。
「お待たせ。アディもキャティも座りたまえ」
ジグリットの前の椅子に、俺たちも腰掛けた。
「まず、アディの持つ【接着スキル】だが、非常にレアなようだ。だから確かな文献もない」
「そ、そうなんだ。まあ、物の修理にしか役だない、超地味なスキルだけどなーあはは」
「いや、そうでもないぞアディ。確かに接着をすることで、その対象物の能力が上がるという記述がある」
「マジか!?」
「ああ。しかも何度も接着を繰り返すことで、どんどん能力が上がるようだ」
──そうなんだ。
「俺のスキルにそんな効果があるなんて、全然気づかなかった」
「まあアディがいつも接着してたのは、椅子とか棚だったからな。能力がアップすると言っても、元々その物に存在しない能力が付加されるわけではない。つまり椅子の脚を何度も接着したところで、椅子が走り出すわけではないんだ」
「あ、なるほど」
俺はこの接着というスキルが、あまりにしょぼくて恥ずかしかった。
だから孤児院で道具修理する以外は、ほとんど使わないようにしてきた。
だから今まで、そんな効果に気づかなかったのだろう。
「だけど剣なら攻撃力、魔術師のロッドなら魔力、盾なら防御力。そういうものは強化される」
「あ……」
パーティメンバーの武器は、何度か俺が接着した。
ということは……
もしかして彼らの武器は、かなり性能強化されているということか。
「キャティ。この石を左手で握り潰してみてくれ」
「えっ……?」
ジグリットはテーブルの上にある、拳大の石をキャティに渡した。
キャティは腕に筋を立てて石をぐっと握りしめるが、びくともしない。
「うーん……無理」
「じゃあ右手は?」
キャティは石を右手に持ち替えて、握る。
──バゴォン!
信じられないことに……
そんな音を立てて、石は粉々に砕け散った。