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パキラ


ユビシロン戦終了後。チーム雰囲気は以前とは違って明るく和気あいあいとしていた。デイトナら2軍から来た選手もチームに溶け込めてきているようで、特にデイトナの周りには人が集まりあのプレーに対しての賞賛や弄りなどが行われていた。

その光景を見た俺は、なにも考えずにただただ楽しんで野球をしていた頃を思い出し、懐かしさと共に世界やプロと素人の違いはあるが、みんな心は昔と変わらない野球少年なんだなぁと感じる。

そんな明るい空気の中で1人暗い人が別室にいた。監督室に籠りみんなが帰るのを待つパキラだった。

そんなパキラと話すために俺はチームのみんなとは分かれ監督室はと向かう。パキラは今日の試合もそれまでの2試合も別人のように様子がおかしかった。そして采配を振るったのは実質俺だ。それじゃあ今回のこの大元の作戦の意味がなくなってしまう。

そんな風に考えていたら監督室に着いた。

「パキラ!」

そう大声で呼びながらドアを開けると驚きもせず椅子に座って俯いているパキラがいた。

「パキラ……?」

部屋に入りながらもう一度呼んでみるとようやく気付いたようで

「あぁ……明日の作戦の話かな?それなら予定通りのままでいいと思うよ。早く帰ってゆっくり休んでよ」

これはかなり精神的に来ているんだとすぐにわかる。

ちゃんと俺なしでも采配してもらえるよう話に来たのだが、これは想定していた状況とは違い戸惑う。

「他に話があってきたんだけど、どうして自分からはなにもしようとしないだ?ようやく監督らしい事ができるじゃないか」

その言葉が引き金になったのかパキラは強く机に手を置きながら立ち上がる。

「私だって……私だってちゃんと監督らしく監督の仕事をしたい。采配も振るいたい。でも怖いの……せっかくあなたがチャンスをくれた。助けてくれた。でも、失敗したらもうチャンスはなくて私はこのままなの!だからなににも臆さずどんどん動いて成功して、成果を出してチームを変えていくあなたが羨ましい。でも私は疲れきったピッチャーすら代えるのが怖い。動くのが怖いの。私のせいでまたチームが悪い方へ変わるのが怖いのよ」

今までの想いが爆発したかのように叫び、涙を流すパキラ。

「俺も怖いさ。まだこの世界に来て1ヶ月と少し。なにもわからないし未だに1軍で出られる未来も見えず制球に苦しんでいる。でも、悲しんでいるパキラを見ていたら今の状況を変えてあげたくなった。野球は楽しいものだと思い出させてあげたかったんだ。エゴだしワガママだし自己満足なだけなのかもしれない。でも、そう思うだけで動き出せたんだ。今日の試合のデイトナのプレーも運が良かっただけで、最初はしまったと思った。だが、そのミスも経験しないと進まない。成功だけじゃ成長はしないんだよ。最後は選手個人次第だから気楽にってシュンに言われたんだ。この言葉のおかげで俺は積極的に動くことを決めた。そして選手を信じると決めたんだ。でも、たまには失敗するだろう。そのためにこっちはフォローの準備をしておくんだ。これが信頼関係でありチームプレーなんだと思っている。信頼があってこそのチームプレーなんだよ」

勢いに任せて思った事をそのまま長々と話してしまったがパキラはちゃんと聞いてくれた。

「信頼って……私はなにもしていない中で最初から信頼もされずずっと苦しい思いをしてきた。それで信頼なんて無理だよ」

「言い分はわかるさ。でも、みんなも変わり始めた。そしたらパキラも変わらなくちゃ元に戻るだけだよ」

自分の考えが正しいかはわからない。でも正しいと思っている考えで説得するしかない。言葉でぶつかるしかないんだ。

「私……変われるかな」

「ああ変われるさ。そんな気弱なパキラより、寝坊した俺をひっぱ叩いて起こすパキラの方が元気があって強気でいいと思うぞ」

「そんな事もあったわね」

そう言いながら涙を拭きハニカムパキラ。これでチームもパキラも変われて5連勝せずに当初の目的は達成されたが、1度公言した目標は達成しておきたいところ。

「明日も勝ってそのまま連勝で連戦を終わるぞ。そのためにはパキラ自身がちゃんと考えを持って指示を出してくれよな」

そう言いながら心機一転の握手をしたがバチッ静電気のような感覚がするもパキラはなにも感じなかったようで首を傾げる。それを見て俺の気のせいだったのかなと思い、部屋に入った時とは真逆の空気の中で作戦を練り直すことになった。


2人で寝落ちしたようでパキラはソファーで、俺はテーブルに突っ伏して寝ていた。先に目覚めたがまだ時間も早かったので他の部屋から毛布を持ってきてパキラにかけてから退出する。

そして家に帰ってひとっ風呂浴びて2度寝しようと考えながら帰るのであった。


そう思っていたのだが現実は甘くなく、今日はデーゲームだったため2度寝などする暇なく寝不足の中、寮の食堂でいつも通りの大盛り朝ご飯を食べていた。

すると周りに2軍の選手が数人やってきた。

「今年は1軍の選手たちが反発して選手の入れ替えはないらしいと聞いてたんだが、デイトナ達は1軍に呼ばれたしこの3連戦では活躍もしているけど方針は変わったのか?俺達にもチャンスはあるのか?」

よく見たらこの間の俺が見た試合に出ていたモチベーションの低そうな選手達だった。話を聞いたのか試合を見たのかは知らないが、自分達にも1軍で活躍できるチャンスがあるのかもしれないという希望が出てきたのだ。確かめてみたくなる気持ちもわかる。

「そうっすね。力のある選手ならチャンスを貰えるんじゃないっすか?それじゃあ俺は1軍の方を手伝いに行かなきゃなんで。1軍にいけるよう練習頑張ってください」

と適当に言い立ち去る。やる気を出させようと生意気なやつっぽく言ってみたが後で怒られないといいなぁ。などと自ら不安材料を増やした事を後悔しながら一旦帰宅した。

荷物を取り球場へと向かう。ポーターで移動すると転移室にパキラが居た。出迎えなんて珍しいなぁと思いつつ見ていたらなんか少しよそよそしく感じた。

「毛布ありがと。それともうみんな練習し始めてるから早く来て。相談のある選手もいるらしいの」

よそよそしく感じたのは気のせいじゃなさそうだと思えるくらいの素っ気なさで言われる。そのまま一緒に選手たちのところへ向かう。

着いてから話を聞いてみると昨日のデイトナとクヒトの連携を見て、自分たちもあのような準備をしておきたいらしく、想定される状況やその対処の方法を相談された。基本的には本人たちの提案を肯定したり少し改善してもらう形にし、いい形の自主性や協調性を伸ばしていこうと思う。って俺完全にコーチや監督側の人間になってないか?俺も選手なんだし1軍に来れた時の事を考えて控えていかなきゃなぁ。


そんないい空気の中でチホック・ポックとの試合が始まった。

パキラもさっきのよそよそしさも素っ気なさもなくなりピリッとした様子で控え選手たちもバチバチと臨戦態勢に入っている。

そんな中で今日先発の2軍から上がってきたベテラン左腕の長谷川は上々の立ち上がりで相手打線を抑えていた。彼の特徴は変化球でゴロを打たせる事で、持ち味の存分に発揮した投球に守備陣もノリノリでゴロを捌いている。

とはいえあまりにもノリノリ過ぎて守備陣のプレーが少し雑にも感じた。変に調子に乗っているとエラーするから注意しとかなきゃかなと考えていると守備から戻ってきた選手にパキラが

「そんな浮き足立っているとエラーするわよ。気をつけて丁寧にプレーしなさい」

と注意した。すると選手たちの空気も変わりピリッとしたいい緊張感に包まれる。

そして裏の攻撃が始まる。ヨシっと小さく呟き1番のデイトナが打席に入る。するとパキラはいきなりセーフティーバントのサインを出す。

それを見たデイトナは動揺した様子もなく淡々と、昨日とは比べようもないくらい綺麗なセーフティーバントをした。そして即盗塁のサインを出す。それに応えきっちりとデイトナも盗塁を決めノーアウト2塁というチャンスが出来上がる。

相手も初回からこんなに動いてくるとは思っていなかったらしく動揺を誘い初回から3得点する事ができた。

昨日の夜の事があったとはいえ、なんか様子がおかしいなと思いパキラの肩を叩きながら話しかける。するとまた静電気のような感覚がしたがまた気のせいなのだろうとスルーし話す。

「昨日あんなことがあったとはいえ、どうして初回からこんなに動いたの?」

素直に聞いてみた。すると

「このピッチャーには前回の対戦で初回の攻撃をしっかり抑えられて、そのままの勢いで完封負けをしたのよ。その嫌なイメージがあったから初回からガンガン行って嫌なイメージを払拭したかったって事ね。ついでに昨夜の試合後にデイトナは様々なバントの練習をしてたらしくその成果を見たかったのもあったわね」

デイトナが練習していたという俺の知らない情報まで入っているようで驚いた。しっかり理由のあった行動だと知れて一安心し今日の試合はこのまま口出しせず見ていてもいいかもしれないと思った。

そのまま試合は進み7回から先発の長谷川を代えるなど、俺が考えるような采配から俺の考えを超えるような采配を見せてくれた。

危なげなく試合は5対0と完封勝ちした。試合が終わりパキラとハイタッチをするとバチバチバチと大きく電気が走った。

パキラを見るとどこかの戦闘民族のように髪が少し逆立っている。

何事かと思ったが、突然ベンチ裏からシュンがやってきて

「これは属性魔力の覚醒だね。属性は雷。効果は加速が主で体内の電気信号を速めて思考速度や身体の動きを速くする事ができるんだ。だが、それ相応の反動があり、身体を速く動かそうにも身体自体は強化されないため、それに耐えられる身体の強度が必要だったり脳を速く動かして計算が速くなったりするが、脳への栄養補給を怠ってはいけなく糖分などを取りながらではないと急激に思考力が落ちたりする。今は属性魔力が覚醒したばかりで暴走しているみたいだね」

そう説明をしながら、ダウンコートをパキラに被せる。するとバチバチバチとまた大きい音がしてパキラは椅子に座り込む。

被せられたダウンコートを肩まで降ろして

「ありがとうございます。ただ他のやり方があったんじゃないですか?」

少しむくれながらパキラは言う。全身に静電気の時のような痛みが走った影響で魔力の暴走は止まったようで髪も一応戻っている。

「あはははは。ごめんね。中継を見ていたら属性魔力覚醒してるなぁと思ったんだけど、周りは誰も気付いていなさそうだから急いで向かわなきゃって来てみたら暴走してたからダウンコート借りてくるくらいしかできなかったよ」

「そう言いながら楽しんでましたよね絶対」

そうやって言い訳するシュンと文句を言うパキラを見て仲がいいんだなぁと思いつつ少し嫉妬していた。

「試合開始前後辺りからみんな似たような空気になってたりしなかった?」

そう聞かれ、思えばみんなピリッとしてたなぁと思い肯定する。すると

「雷属性は覚醒した時に付近に魔力を放出して自分の周りにまで影響が出ちゃうんだよね。だから覚醒した時はわかりやすいみたいだけど、それを考える余裕もない試合中で、しかもその魔力の影響で余計に試合に集中させられてたら気付けないかぁ」

そう言われたが自分はピリッとしていたどころか観客気分でリラックスしながら試合を見ていた気がしたがどうでもいいかと流す。

「パキラはとりあえず魔力消費も大きいだろうしチームドクターに診てもらってきたら?選手たちは早く帰る支度してね。俺はこいつと話があるから」

と俺と肩を組みながら言う。このままなにを話すのかわからず少し不安になりながらベンチ裏への一緒に向かう。適当に廊下で立ち止まり話が始まる。

「真面目な話をするが、雷属性の能力には身体能力を上げる効果のあるが、思考速度を上げる事が今の彼女の中で1番の使い方だ。だが、思考速度が上がるだけで情報は自分で入れなきゃいけない。俺も2軍の選手や2軍での対戦相手の情報をまとめて渡すからお前もこの前まとめたユビシロンとポックの資料を渡してあげてくれ。そして今の空気なら大丈夫だろうが、しっかり1軍の選手たちともコミュニケーションを取って各選手を最善の使い方をできるようにしておくといいと伝えておいてくれ。まだ経験値が足らないが、この先色んな試合展開や選手の起用を経験していけば必ずいい監督になれるはずだ。て、事で俺はもう眠さが限界だから帰るわ。あとはよろしく〜」

そう言い残しあくびをしながら立ち去ってしまった。そんな自由さに振り回される事へ慣れてきた自分に呆れながら監督室へと向かう。

やれやれと思いながらドアを開けるとそこにはユニフォームから私服へと着替えている最中のパキラがいた。

「あ、これはわざとじゃなくて事故で……そもそも更衣室が男女別々であるのに監督室で着替えてるなんて思わなくて」

そうやってドアを開けたまま、あたふたと言い訳をしていると

「最低。早くドア閉めろ」

そう言いながらダウンコートを投げつけてきた。ダウンコートに帯電されていたらしく全身が痛くなりつつ頭の中にはダウンコートを投げる時の蔑んだ顔と華奢で綺麗な下着姿のパキラが焼き付いていたのだった。

そしてそのまま身体が痺れて動けずにいると勢いよくドアが開けられ、俺は倒される。

「そのまま馬鹿みたいに立ってたの?はぁ〜いいから早く起き上がって来なさい。なんかしら私に用があるんでしょ」

そう言いながら手を差し出してくれたのでありがたく掴まらせてもらった。怒りを越えて呆れてくれたようで滞りなく伝言を伝え、明日2チームの自分の集めた資料を渡すと伝え帰宅した。


翌日になるとシュンが1軍のスコアラーたちに情報をまとめておくように言ったらしく慌ただしい様子だった。

元々まとめてあったデータもあるのだが、より詳しい物にするべく過去のものや他チームの監督たちの前の職業時のことなど試合外の事まで調べ個人の思考や性格までデータとして活用する予定らしい。

まずは今日も対戦するポックの情報を今すぐに用意できる情報だけだが、徹夜でまとめた物をパキラが読んでいる。熟読していたようで俺が来た事に気付いていなかったようで、そっと俺のまとめた物も置いておいたがこれは必要なのだろうか。自分で調べた方が頭に入るからって理由と聞いて渡されるまでの時間すら惜しかったから自分で調べたがシュンに聞いた話の方が断然詳しくかかれており為になったのは実感している。一応その時に聞いた話も書いてあるから役に立てばいいなと思いながら1軍の選手たちに混ざって自分の練習をする。

ここ数日ほとんどできていなかったから久しぶりの感じがした。

エースの宮田が次の登板日に向けて調整しているのを見てさすがの投球で感心しながら自分もあんな風になりたいと思った。

端っこの邪魔にならないところで壁あてをする。やはり制球がいまいち上手くいかない。すると調整を終えた宮田がやってきて

「制球に苦しんでいるの?元の世界では沢山練習した結果細かい制球ができる力を手に入れていたんだろうけど、この世界に来て1からする事になったんだから、レベル1になった気持ちで最初からエクストラスキルを使おうとせずひのきのぼうで頑張ればいいんじゃないかな」

ごめん。よくわからない。最初はアドバイスに来てくれたんだって嬉しかったけど、例えが分からなさすぎてわからない。とりあえず最初から完璧を目指さずコツコツと頑張れって事なのかな?と自分で強引に納得させた。

後々話を聞くと宮田はゲーム好きらしくそれを例えに出す事が多いらしいが例えが下手で相手を混乱させるらしい。でも世話好きでいい人らしく人望もあるようで、ちょっと変わった人だけどいいエースなのだろう。

ということで、これからは細かくコントロールしようとせずがむしゃらに投げ込む事にしていこうと練習の方向を変える事に決めた。


そして試合開始の時間になり今日も特に意見を出さずに見守っていこうと決めた俺だったが、チームが変わったような動きをするラスティに対してポックが対応もできずに手のひらの上で転がされている様を見せつけられた。ポックもようやくの思いでなんとか8回に1点返したが結果は4対1とラスティの勝利で試合は終わった。

その翌日の試合も似たような感じで勝利しポックに対して3タテを決め、チームも4連勝となった。


見どころもなくあっさり終わったポック戦だったが相手も10位のチームであり決して強くはないので勝って兜の緒を締める気持ちで次のユビシロン戦に挑む。

気になるのが試合日程で、ホーム9連戦はともかくこんな短期間にユビシロンと当たるのはどうなのかとも思う。

この世界では1リーグ12チームありそれが2リーグある。年間156試合(その内24試合は交流戦)であり1チーム辺り12試合しか当たらないのであるが、ユビシロンとの試合はその中の半分この連戦の中で消費される事となる。しかもホームとビジターが半々になるため、今シーズンはもうユビシロンとはこちらの本拠地では戦わないということだ。

そんな感じで試合日程の決め方が気になりながらユビシロンが昨日までの3連戦をどんな風に戦ってきたのか調べてみた。すると対戦相手は6位と格上だったがユビシロンも好調ですぐ後ろを追いかけ、順位が入れ替わるのではという状況だったのだが、ラスティに負け越して流れが変わったのか3タテされていた。今日は4連勝中のラスティと4連敗中のユビシロンという対照的なチームの試合ということになるらしい。


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