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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第十九章 援軍来たりなば、第二十章 中米の第三勢力

「こいつはいいな!」


 司令室に集まり広げられた布を見上げる。

 デザインに四苦八苦していたのだが攻略作戦に間に合わせる為に完成させたのだった。


 黒地なのが特徴で白に抜かれた四ッ星がクァトロを表現している。もちろん黒はオルテガ政権の汚さをイメージしているわけだ。


「気に入っていただけて幸いです、これで却下なら少佐に金がかかりすぎだと小突かれてしまいます」


 ハラウィ大尉が軽口を叩く一任していたのでひとまず終了を告げる。


 これを軍旗として戦うわけだから責任は重大で下手な真似は出来ない。


「一度で染め抜き出来るため簡単に生産可能になっています。必要なら変更もいたしましょう」


 いかにも支援要員らしい着眼点にオズワルト少佐の思考が窺える、きっと素材も丈夫な割には安価なのだろう。


「部隊番号でも入れますか?」


 ふーむと考えて中尉が呟く、旗に何かを追加するのはこのあたりの地域では常識なのだろうか?


「するとシリアルナンバーみたく全て違う番号にか?」


 島が不思議に思い確認する。ニカラグア将校以外は疑問であったが二人は何を言っているのかとの表情を浮かべる。


「そうです、そうしなければ誰の旗かわからないですよ」


 旗は個人の持ち物なのだとの認識が伝わる、ほぅと感嘆が漏れた。


 そうだ、と思い出してデスクにしまってあったあの旗を取り出して広げる。


「おやサンディニスタ解放運動旗じゃありませんか中佐」


 懐かしいものを見たとの感じで軽く答える。

 旗を広げきったとろこで少佐の顔色が変わる。


「司令旗じゃないですか! ……これはパストラ司令官からの贈り物ですね、昔は自分もこの旗の下で戦ったものです。しかし紛失したと聞きましたが持ってらっしゃったんですね」


 みなが珍しいものを見るようにジロジロと視線を送る。


 ――ちょっと待てこれは老婆から貰った品だぞ!?


「少佐、パストラ閣下の令夫人は現在ご一緒に暮らしているのだろうか?」


「いえ大分前にですが行方不明になられてしまいました。孫娘の赤子と共にです、もし生きていれば二十歳位になっているはずです。それが何か?」


 ――はやとちりはいかん、そんな偶然があるわけがない!


 話が変な方向に行ってしまっているのため焦りが出てくる。


「何故行方不明になったのだろうか」


「解放運動真っ只中で疎開なさっていたのですが、司令官に危険が及んでいた為に隠れて暮らして貰っていたのです。そのうち連絡がとれなくなり閣下も死んだものと諦めてしまいました」


 ――司令官襲撃事件のことか、一番の苦痛は自身への攻撃ではなく愛する者を失う悲しみだからな。


 妻のことを思い出してしんみりとしてしまう。


「閣下の安全が確保されたら解決していたわけか……」


「結果的にはそうですが今となっては。しかしそんな話を突然どうなされました?」


 明らかに逸脱した内容に疑問が沸き起こる、かといって誰も非難することはないが。


「ちょっとね、知っておきたかった部分があったのさ」


 島の様子がいつもと違うのを敏感に感じ取ったロマノフスキーが代わりに話を進める。


「攻略先はチナンデガ市だ大尉地図を」


 ハラウィが自ら作成したチナンデガの平面図を広げる。


「チナンデガは太平洋沿いニカラグア北部の港湾都市だ、チョルチカから最寄りの都市でもある。最初に攻略するには適当な場所となるだろう」


 とは言えこの街は海軍も駐留しているために戦力的には大きい。

 湾には多国の艦艇が立ち寄っており湾自体もニカラグア、ホンジュラス、エルサルバドルの共同地域になっている。

 つまりは艦艇が戦闘行為を行えない政治的国際地域であり、駐留海軍は戦いになると公海上へ真っ先に避難するのが考えられる。


 周辺の集落に浸透しつつ情勢が有利に傾けば一気に市街地に乗り込む構えである。


「チナンデガ東に強力な反米集落がある、そこを制圧するのが初期目標だ」


 先任上級曹長が地図上のポイントを示す。


「ここがその集落です、周りは平坦な森林地帯でこれといった地形上の注意はありません。首都から送り込まれた要員が武装して指導しているため、この要員を排除するのが必須事項でしょう」


 全てが全てを排除する必要がないのを説明し、指導員の名前や写真などを別途準備してあると付け加える。


 島もロマノフスキーもそこまで指示していなかったがそこはグロックの経験からの行動である。


 正副の指導員が合計三人居りこれが政権支持を誘導している。


「この地域だけが目標ならば暗殺でも構いはしないが、より大きな目的のために敢えて正面攻撃を仕掛ける。中佐、配備の割り振りをお願いします」


 ある程度場を整えて島が落ち着いたあたりで主導権を返還する。


「俺が直接指揮を執る、A中隊をロマノフスキー大尉、B中隊をハラウィ大尉に任せる、グロック先任上級曹長はB中隊付、プレトリアス上級曹長はA中隊付とする。ロドリゲス中尉は護衛小隊と共に指揮所に、チョルチカはオズワルト少佐が留守を頼む」


 グロックにハラウィ大尉を補佐させて経験不足を補わせるようしておく、主攻撃をロマノフスキーの中隊に行わせてB中隊は増援足止めに専念させるつもりである。

 成功を体験させて野戦に慣れさせる必要があるために暫くは戦闘の第二線に配備する。


「コントラと言えばアメリカ空軍とセットと言うくらいに共同攻撃をしていましたが、今回はどうなのでしょうか?」


 昔を振り返りオズワルトが確認する。


「アメリカ軍には事前に攻撃を通知しておく、だがその支援は期待するな。兵らにも独力でことを達成すると示せ」


 初めから他力本願で戦うようでは先が覚束無くなる。

 アメリカ軍は切り札であるべきなのだ。


 チョルチカからチナンデガまでの距離は十数キロでしかない、手を伸ばせば届くような場所にある。

 集落は街から五キロも離れていない場所に存在する、これを前進基地に出来るならばチナンデガを攻撃するときにかなり条件が違ってくる。

 その反面で集落を護るために街から増援が出て来るかは微妙なところであった。

 それが囮で誘導させられたとなれば責任問題になるからである、一方で集落が陥落したならば都市の責任者としては地方の担当者に全てを被せて切り捨てるだけでよい。


「政権では中堅以下の小者でしかありませんが、この地方周辺への影響力は確実に存在しています、駆逐するだけでなく身柄を拘束するか排除するかが必須でしょう」


 逃すなと先任上級曹長が特に指摘を行う。そのためには三人を相手にする専従追跡者を用意すべきだとの考えに至る。


「ロマノフスキー大尉、分隊を三つ用意して三人を捕り逃すな」


「それ専門の目的を与えて必ず達成いたします」


 意図を正しく理解して請け負う。


「ハラウィ大尉、作戦中に敵の増援が現れないように要撃と攪乱だ」


「市との間に陣取り足止めを行います、また同時多発な襲撃に見せかけるよう陽動を行います」


 まずは上出来な答えを返してきた、あとは現場での裁量をいかにしてふるうかである。


「中尉、護衛小隊は総予備でもある相応の準備を」


「武装ジープ隊を待機させて不利な側に増援します」


 わかりきったことでも皆の前で確認を怠らない、忘れていたではすまされないのだ。


「他に何かあるだろうか?」


 面々を見渡して落ち度がないかを指摘させる。

 遠慮がちに少佐が手を挙げて発言を求めた。


「医師団を一時的にチョルチカと前線指揮所に引き戻し、負傷者の治療に備えたいと思います。それに付随して輸送トラックと平積み搬送車を待機させて後送を行わせるように。看護師も召集しておくべきかと」


「少佐の言うとおりだ、手当てを受けるのが早ければ復帰も早い、手配をしてもらおう」


 却下されたらとドキドキしていたようだが実に適切な助言である、生きるか死ぬかだけでなくその間に身をおかれた者を失念してしまっていた。

 ――これが後方勤務の考え方か、確かに職務を分離しておくべきだな。


 少し待ったが更なる指摘も無いために一旦解散する、実行の日時は直前に知らせることにした。


 ――やらねばならないのが二つ出来たな。


 軽く体を動かして走る準備をすると勢いよく司令部を飛び出していった。

 部屋にこもることが増えたために運動量が減るのは仕方ないが、それにつられて体力が落ちるのは危機的状況である。

 幸い体力増進に比べたら維持ならば随分と手短に出来るもので、朝晩のランニングだけでも充分手応えを感じられている。


 路地の露天商を、あの婆さんを捜すが見付からない。


 近くで商売している者たちに尋ねても最近は姿を見ないと口をそろえて答える。

 あの一件が効いたのだろうクァトロとダオの名前で顔を覚えられてしまった、好意的な集団なので蔑ろにも出来ないが島が前面に出るのは控えるべきと判断しているだけに悩ましい。


 ――だがこれだけは他人任せに出来ん!


 記憶を頼りに自宅への道を探してさ迷う。

 何度か似たような別れ道を繰り返して歩きなおしてようやく目的の家を見付ける。


 ――あった!


 家のそばで見覚えがある女性の姿が目に入る。


「やあミランダ、お婆さんはいるかい?」


「ダオさん! はい居りますお待ちください」


 いうが早いか家へと駆け込んでゆく。中からあの老婆が現れて頭を垂れ、招かれて前と同じ場所に通される。


「いきなり押し掛けて申し訳ない」


 最初に突然の来訪を謝罪する。


「良いのですよ、こんな年寄りを訪ねてきてくれて嬉しく思います」


 にこやかに迎え入れてあのジュースを差しだしてくる。


「表情も穏やかになり良かったわ」


 年長者にはやはりかなわないなと笑いを浮かべて有り難く飲み物に口を付ける。


「不躾で重ね重ね申し訳ないですが、あなたはもしかしてパストラ夫人ではないでしょうか?」


 駆け引きもなくそう尋ねる、そうではないと言うならば引き下がるつもりだ、自分が干渉すべきことではない。


「はい、その通りです。もっともどのパストラかはわかりませんよ」


「エデン・パストラ氏の令夫人の」


 ゆっくりとしかし確実に頷く。

 ――うむ!


 素直にそれを認めたのだから様々聞きたいことはあるのだが、何を聞くべきか躊躇してしまう。


「ダオさん、私が答えることであなたの気持ちが整理されるならば遠慮なくどうぞ」


 心を見透かすかのように島に話しかける。


「ではお言葉に甘えてお聞かせいただきたい。パストラ氏が夫人のことを亡くなったと思っておられるのをご存知ですか?」


 ことの核心をはっきりと知っておきたいが為に最も聞き辛い内容を真っ先に問う。


「ええそうだろうとは聞き及んでおります。なにぶん直接聞いたわけではないので」


「何か連絡を取れないわけでもおありでしょうか?」


 あるのはわかっているがそれが何故かを知らなくてはならない。


「あの人は大事を成し遂げる方です。成就するまでは隠れて過ごしなさいと私に仰いました」


 革命は成功したがその後に誤った道に国が進んでしまった、そしてパストラ司令官は大統領選挙に乗り出したが惨敗して引退したのだ。


「ではその言い付けを守ってこんなにも長く?」


「それだけではありませんわ。大事を成すと言ったならばそれを成して頂きたい。途中で諦めるような方に嫁いだ覚えはありません、もしそのまま果てるならばそれもまた人生でしょう」


 ――そうか夫人は司令官に対して怒って居られるわけか、国を正すまでは戻らないと。


「最後に一つだけ確認があります。パストラ氏が国を正すために立ち上がるようならば、ご協力いただけますか?」


「それがあの方と私の約束でもあります。それが出来ない甲斐性なしならば私の目が曇っていたのでしょう」


 何とも苛烈な夫人だと感じながらも未来の道筋が一つ見えてきた。

 チャモロではなくパストラを大統領候補に担ぎ出すという。


 有利な点はたった一つだけ、オルテガもサモアもチャモロも失敗した、だがパストラは未知数である。

 ニカラグアの民の記憶にまだパストラが居るうちに仕掛けるべきなのだ。


 ――アメリカはイエスと承知してくれるかだが、親米政権ならば上手く付き合ってくれるだろう。


「そうその表情よ、私があの方に見たのはそんな表情。遠くを、成功をのみ信じて道を切り開いていくようなね」


「自分はただの未熟者です、パストラ司令官と比べられるほどの者じゃ決してありません」


 それまでずっと姿を隠していたミランダが現れる。


「ミランダ、あなたまで私の意地についてくる必要はありません。ダオさん、お願いがあります、この娘をお側に置いて使ってやってはもらえませんか?」


「え、ミランダを?」


 どうしてそんな話になるのか全く流れが読めずに面食らってしまう。


「老婆一人どうなろうと構いはしません、ですが娘には未来があります。私は男を見る目だけはあるつもりです、もっとも時間が掛かりすぎてシワシワになってしまいましたけどね。なんなら妻にしてもらっても構いませんよ、ダオさんならば文句ありませんわ」


 ほほほと笑う傍らでミランダが顔を朱くする。


「ミランダには自分じゃもったいないですよ。承知しました大切に預からせていただきます」


 パストラ司令官に対するもう一つの希望としてリスクを分散させるのは悪くない一手といえる。


「ミランダでは名前で気付かれる可能性があるな、悪いが何か偽名を使ってはくれないだろうか」


「嘘も方便ね、オリビアと名乗って小間使いなさい」


 こくりと頷いて承知する。


 例によって島は司令部に戻ると先任上級曹長のところを訪れると説明もなく命令する。


「オリビアだ、リリアンの下ででも働かせてくれ」


「ダコール」


 彼もまた何も聞かずに受け入れる。

 一つおかしかったのは荒くれ者は海千山千なんでもこいのグロックでも若い娘は不得手といったところだろうか。

 殴るわけにも怒鳴るわけにもいかない為扱いに困る姿を度々目撃する。


 ――いずれパストラ司令官のところを再度訪問するとして、まずは目の前のことから片付けるとしようか。


 似合いもしないハンチングにサングラスをかけてタバコをくわえて鏡を見る。

 ――ピエロ丸出しだな!


 あまりにも情け無い姿に感動すら覚えてしまう。

 変装しようと組み合わせてみたが逮捕してくれと言わんばかりに不審である。


 考え直して短パンにランニング姿になり付け髭を外す、これならば誰も気にとめまい。

 司令部から出て行くまでにあいつは誰だと言わんばかりの視線に晒されてようやく抜け出す。


 ――基地内でわからないようなら誰にもわかるまい。


 駆け足でアメリカ軍基地にと向かい門衛にイーリヤだと告げるが明らかに目つきが疑っている。

 兵が司令室と交信して許可がでたのだが、後ろから二人の兵士がくっついてくる。


 ――俺だって逆の立場ならそうするだろうな!


 不審者を連行しているようにすら見える姿は端から見てどうなんだろうと考えて笑ってしまった。


 部屋に通されるも暫く大佐は現れずにかなり待たされる。


 一時間ほど待たされてから扉が開きジョンソン大佐が笑いながら入ってくる。


「ナイスジョークだイーリヤ中佐」


「ピエロ姿とどちらにするか迷ったんですがお褒めいただき光栄です」


 軽口で切り返して和やかな雰囲気を作り出す。

 壁際に立っていた兵士がようやく島に敬礼した。


「いやいや兵士を欺くほどに徹底したのは正解だよ。スパイが常に見張っているからな、何かあったと勘ぐられてしまう」


 気がきかないやつらだと部下を叱りつけてコーヒーを用意させる。


「この地で唯一有り難いのは旨いコーヒーが飲めること位だよ」


「確かにこの出来映えには最初ど肝を抜かれました、何でも本物は素晴らしいと」


 特に語らずに暫し一時を楽しむ、ふと思い出したかのように席を立ち、

「四日もしたら今度はビールで乾杯といきたいものです」

 そう言い帰路の案内を兵にと依頼する。


「バドワイザーをグロスで幾つか用意しておこう」


 業者を経由して司令部にとそれが届くのは少しばかり先になる。

 特にどうこう質問もなく互いを信頼して勝利を疑わなかった。


「陽の当たる場所はまだ先になるでしょうが、ビールの数杯位は勘弁してもらいましょう」


 すっと敬礼すると島は部屋を立ち去るのであった。



 ――随分と立派なものだ。


 司令室にやってきたロシア軍の顧問を一目見て惚れ惚れしてしまった。


「申告します。ロシア軍コーカサス東部軍管区所属ジューコフ少佐ただいま着任しました」


 筋骨逞しい体に白い肌が見慣れない、中米には居ないような大柄な人物で軍人といえば彼のようなものだろうと頷ける。


「ニカラグア軍司令官のオルテガ中将だ。着任を承認する」


 少し不自然だがスペイン語を勉強してきたようで意思の疎通が可能であることを確認した。

 随員が二名いるがそちらは口を開こうとはせずに直立不動で身構えている。


「閣下、何なりとご命令下さい。ロシアはニカラグアを友邦として遇するものであります」


 無味乾燥の言葉ではあるが儀礼を欠いてはならない、軍や国家などというものは馬鹿らしいことの積み重ねの上に出来ているものなのだから。


「ジューコフ少佐、貴官らの言葉をありがたく思う。私より大統領閣下に具に報告させてもらう」


 聞き取りやすいように幾分かゆっくりと喋り少佐の表情を観察する。


 理解できたようで光栄ですと答えが返ってきた、楽にしたまえと雰囲気を和らげて話を続ける。


「ところで少佐、今までの専門は?」


 空軍の指導者ならばそれに従事させる必要がある。

 事前に聞かされたのは名前と階級くらいなもので不親切極まりなかった。


「歩兵科でしたが基地戦隊司令として空軍も指揮しておりました」


 ――ニカラグアにうってつけと言うわけか。


「そうかそれは心強い限りだ。明日からこのビルの司令部にきてもらいたい、総合的見地からの適切な助言に期待する」


 軍事顧問として無難な扱いを提示する。


「ダー、他の軍事顧問は戦闘機の担当なので空軍に送りますが自分はこちらに」


 格闘はともかくとして戦略的にどのような能力を示してくれるのか、毒にも薬にもならないならまたそれも構わないと達観してしまう。

 ロシア人の特徴として祖国防衛には力を発揮するというのがあったがそれ以外で大層な結果を出した試しをオルテガは知らなかった。


「そうだホンジュラスに、我が国の北だがそこにゲリラ戦を仕掛けて来るだろう勢力が居る、君ならどう対処する?」


 何かの参考になるだろうと思い出した課題を一つ投げ掛けてみる。


「敵の勢力規模は?」

「凡そ四百」

「敵の目的は?」

「政府の転覆だろうな」

「こちらの利用可能な手勢は?」

「一個連隊としよう」


 現在部下に与えている条件と同じ条件にして答えを考えさせてみる。


「その勢力に部下を送り込みます、徴募をしたり志願を受け付けたりはしているでしょう」


「まあしているだろうな、一人や二人は潜り込める余地はあるだろう」


 簡単に結果を想定してみて仮定の話を進める。


「敵の本拠地を報告させてそれを一気に叩きます」


「隣国だから越境攻撃にあたるが」


「向こうが先に越境攻撃してきたのでそれを追撃してそうなったと。結果がどうあれ壊滅に陥れるのはわけありません」


 いかにも大国然としたやり方に唸る、ロシアの周辺国相手ならば確かにそれで壊滅させてしまい後に政治的圧力をかけてしまえばお仕舞いだろう。


「参考にさせてもらおう」


「他にご質問は?」


「いや無い」


「それでは失礼いたします閣下」


 少佐が敬礼すると直立不動でいた二人もスイッチが入ったかのように動き出して敬礼する。

 何とも好きにはなれないが三名を見送る。


「大佐と通信を繋げ、現段階の報告をさせるんだ」


 自らの部下がどのようにしているかが気にかかり呼び出させる。

 二分としないうちに通信機から声が聞こえてくる。


「急なお呼びだしいかがいたしましたか?」


「大佐、報告をしたまえ君の計画をだ」


 何か不機嫌そうな声に対して本能的に防衛をしなければと警鐘が鳴り響いた。


「現在連隊本部をチナンデガに設置しチョルチカ方面の偵察を行っております。クァトロ勢力を発見次第拠点の捜索に移ります」


 途中どうとでも解釈可能な言葉を織り込み司令官の反応を探る。


「どのように拠点の捜索をするつもりかね」


 ――閣下は越境攻撃を許可なくするなと仰られたが独断で行えと暗に示しているのだろうか?


 オルテガの言葉の裏を探ろうと考えを巡らせる。


「構成員を追跡し監視します」


「もし構成員の姿がなく奴らが拠点を移っていたらどうする?」


 可能性が無いわけではないがカリブ海側にクァトロが勢力を移すメリットがはっきりしない。


「奴らは拠点を移動するのも活動するのも困難でしょう。しかし我等の移動は素早く乱れぬ活動が可能です、もし移っていたら墓穴を掘るも同然です」


 堂々と正論を述べるもオルテガが今一つ良い反応を見せない。


 ――何かの言葉を待っているようだが何を聞きたがっている!? 見付けることが出来ないのを危惧しておられるようだが……


「それにもし見つからねばクァトロと称したとして二等市民を処分してしまえばよいこと」


「敵を作るわけか!?」


 確かにそれならば失敗することはなくなる、少なくともそう主張は出来る。


 部下にもしっかりと押せる奴がいるではないか、ウンベルトは溜飲を下げた。


「大佐の言葉を聞いて安心した、健闘を祈る」


「激励ありがとうございます!」


 大佐は通信が向こうから切断されるまで緊張の面持ちで待っていた、プツンと音が聞こえるとほっとして胸を撫で下ろす。


「保証が欲しくなったのでしょう大佐殿、言葉にしておき事実を後から固めましょう」


 隣で少佐がお気の毒ですと労ってくる。


「しかし急にどうしたやら、大統領閣下からの叱責でもあったのか」


「あれでしょうロシアからの軍事顧問、奴らに煙を吹きかけられた口でしょう」


 そう言えばそろそろ着任する日だったなとカレンダーを確認した。

 元々司令部に居たためにそのあたりの情報は一通り聞いている。


「すると俺はロシアの使いっぱしりか?」


「自分は更にその手下ですか、やることは変わりませんよ」


 それもそうだなと二人はビルから外を眺める。

 チナンデガの港に様々な艦艇が出入りしている、その中にトリコロールの旗があり鮮やかに存在感を示していた。


 太陽が地平線から頭を出し始めた、小高い丘に林立する緑に囲まれ偽装した野戦陣地に短くアフリカーンズ語で無線連絡が交わされる。


 上級曹長が中隊に配属されているために伍長が指揮所に詰めていた。


「A中隊、指揮所、目標確認一キロ地点に待機」


「B中隊、指揮所、指定地域に展開完了」


 伍長が島に準備が整ったと報告する。

 ロドリゲスが機械化部隊にエンジン点火をして待機するよう命令した。


 臨戦態勢が整う、それはクァトロだけでなくアメリカ空軍機も演習との名目で武装待機を行っていた。


「始めろ」


 何かテストでもさせるかのように簡潔に作戦開始を宣言する。


 ロマノフスキーの中隊が一斉に集落に侵入を始めた、音を立てずに早足で接近する。

 早朝の比較的過ごしやすい気温だというのに喉が渇いて仕方がない。


 何度実戦を経験しても撃ち合いを始めるまでの緊張感には馴れることがなかった。


 甲高い発砲音が耳に入る、どこかで射撃が行われたようだ。


 無線封鎖を解いて奇襲から強襲へと戦術を切り替える。


 反撃がある場所には十倍する弾丸を撃ち返し、建物に拠って戦う敵がいたら建物ごと吹き飛ばした。


「目標確認するも抵抗したため射殺」


 突入部隊から一人目の顛末が報告される、すぐさま降伏するような奴がこのような場所に配されることもなかろうと黙って聞き流す。


 派手な戦いになりチナンデガへ増援を要請する通信が発せられた。

 当直士官は顔をしかめて警備隊のうち準備が整った中隊から順次増援すると返信する。


「B中隊、指揮所、チナンデガから敵増援中隊が派遣される模様」


 指揮所で座ったまま動きを見せない中佐が進捗状況を確認する。


「目標二名がまだ見つかっておりません、機械化部隊を増援しますか?」


 ――まだ始まったばかりだ現有の手勢で対処させよう。


「伍長、B中隊に命令だ、敵増援を要撃せよ」


 命令を復唱しすぐに中隊へと命令を伝える。


 市と集落の中間に陣取った中隊に要撃命令が下ると地図を指して先任上級曹長が助言する。


「迂回せずに向かうにはこの二本の道路を使うしかありません。障害物と小さな戦力を第一線に置いて妨害させましょう」


「何故全力で撃退しない?」


 意図が理解出来ずに説明を求める。


「障害を突破出来ないとなれば敵は迂回路を利用するでしょう。そうなれば全てを塞ぐことは出来ずに兵力不足に陥ります」


 グロックが丁寧に順を追って説明するとその先を大尉が制する。


「突破に気を良くした敵を誘い込み最後に通せんぼと」


 グロックは目を閉じてそれ以上は口を出さない。


「小隊長に逃げながら戦うように命令だ、伍長らには詳細も説明してやれ」


 レバノンから引き連れてきた兵にそれを担当させようと割り振る。

 あれこれと考えて思い付いた内容を先任上級曹長にと披露してみる。


「最後尾にキャンプファイアーでも用意してみたらどうかな、生枝込みのやつを」


「結構ですな」


 小さく何度も頷いて有効であることを後押しする。


「それと時期をみて集落の側を装って退却を叫んだりは?」


 頑張っているところに退却の報が聞こえてしまうと取り残されまいと逃げ出して崩壊することがある。


「それも有効でしょう。気になる戦術は次々と試してみるのも良いでしょう」


 実戦を訓練の場として活用するのを推奨する。

 余程の不味い内容でなければ止めるつもりは全くなかった、感覚で行動するのが野戦将校には必要なのだ。


 先ほど出した命令をすぐに改めるのも全く悪くない、戦闘は生き物であり常に変化し続けているからである。

 朝令暮改は戦術的には全くもって正しいとすら言える、一つ命令にこだわり続ける方が状況を悪化させやすい。


 グロックは自らの責務がもはや目先の仕事ではないことを承知している、将校らに経験を伝えて少しでも判断材料を提供する、それを求められているのだと。


 集落のあちこちで散発的な戦いが続いていた。

 不利とみて抵抗を断念したり逃げ出すものは放置している、倒すべきは目標の三人なのだ。


「第二小隊、中隊指揮所、南西の一角が激しい抵抗を行っています、増援を要請します」


 ロマノフスキーのところに援軍要請が舞い込んできた、今の所あの二人がまだ見つかっていない、ならばその抵抗が激しい箇所に立てこもっている可能性が高い。


「予備分隊を一つ向かわせるんだ」


 手元にある半数を派遣して目標の有無を確認させる。

 もしそこに二人が居るならば専従分隊を向かわせるつもりである。


「第三小隊、中隊指揮所、東部より別の敵が攻撃してきました、増援を増援を求めます」


 苦い顔をして戦況を噛み締める、新手がどの程度の規模か判然としないが少数であれと祈ったところでそうなるわけでもない。


「本部指揮所に増援要請だ、東より敵の新手が出現、快速部隊による一撃を求む!」


 どこかが崩壊しそうになったら支えなければならない為に分隊を温存することにした。


「中佐、ロマノフスキー大尉より援軍要請です。東部より新手が出現、快速部隊による一撃を求めています」


「新手が東から? これといった集落は無かったはずだが、パトロール部隊でも急行したのかも知れんな。中尉、武装ジープで援護を」


 隣でやり取りを聞いていたロドリゲスが近くで待機している車両へと駆け寄る。


「曹長、A中隊の東に敵だ規模は不明、行って蹴散らしてこい」


 外人部隊出身の曹長はようやく出番がきたと笑みを浮かべて指揮下にある四台の車両に出撃を命じる。

 機銃が一つ据え付けられており給弾する担当とが一組、運転手と班長も一組で四人がジープに搭乗している。


 煙が立ち上る東端を目安に少し膨らんで進路をとるとあちこちに小銃を持った敵兵が居るのが見える。

 車両を停止させて機銃で側面から射撃を加える、完全な不意打ちになり敵が一気に崩れ落ちた。


 射撃元に気付くも射程が違い手も足もでないまま伏せて前進を続けるか窪みに逃げ込むしかなかった。


「機械化部隊、指揮所、敵を釘付けにしてます!」


 曹長からフランス語で報告があげられる。


 戦場が膠着状態に陥る、これといった新しい報告が聞こえなくなる。


 東部の部隊が窮地から脱したために目標の捜索に力が入る。

 指揮官らが焦りを見せてはいけないとばかりに普段大した吸わないタバコに火をつけてふかす。


 ロマノフスキーの指揮所についに待っていた報告が入ってきた、目標の二人が確認されたという。

 南西の抗戦地域に居て頑強に防戦を展開している。


「中隊指揮所、中隊、専従分隊並びに手透きの部隊は南西の第二小隊長に従い総攻撃を行え!」


 力のこもった命令が下される、手元にいる最後の分隊も投入して勝負を挑む。

 交戦している箇所を徐々に退かせて戦線を縮小し南西部の進捗をじっと待つ。


 続々と集まるクァトロ兵だがどうしても防衛ラインを抜くことが出来ない、長引きすぎるとチナンデガの増援がやってきてしまう。


「誰かが突撃をかけねば!」


 大尉がそう口にするのをプレトリアスが耳にする。


「大尉、自分が突撃します、分隊を一つお預け下さい」


 隣にいる黒い肌の上級曹長が志願する、初戦で彼を失うわけにはいかない。


「お前に死なれたら困るぞ」

「自分はこの作戦が成功しなければ困ります」


 じっと彼は大尉を見詰めて微動だにしない、ロマノフスキーは顔をしかめて通信機を手に取ると小隊長に通告する。


「中隊指揮所、第二小隊、上級曹長を突撃分隊の分隊長に臨時任用する、いいか見殺しにするなよ!」


 一方的にそう怒鳴ると上級曹長が持っていた通信機を兵に持たせる。


「命令だ、こんなとこでくたばっている暇はない、敵を叩き潰して酒盛りをするから元気に帰ってこい!」


「了解です!」


 待機している武装ジープに乗り込み先を急がせる。


「なるほど確かに指揮官も楽じゃないな……」


 島の苦労を身をもって体験し、ついつい独り言を漏らしてしまう。

 後は引き上げをどうするか、考えはそちらに向いていくのであった。


 後方からジープが一台小隊に接近する、警戒していたがボンネットに四ツ星の黒旗がかけられているので味方だと識別した。

 兵が中層の建物が並ぶ一角を包囲している、それを指揮しているのは現地人将校で一昔前に少尉で除隊した中年であった。


「プレトリアス上級曹長です、分隊を一つお借りします」

 英語混ざりのスペイン語で何とか申告すると分隊を率いている上等兵を探す。

 自らが勇敢だと島に説明したあの男を。


 右翼の包囲部隊に他と同じ様に並べられている分隊を抜き出すと整列させて主旨を説明する。

 多少スペイン語が不自由でも間違いないような短い説明である。


「俺が突撃する、お前たち付いてこい!」


 上等兵が命令を復唱し白い歯を覗かせる。


 三階の建物が相互を支援するように建っており、その死角を補うようにサイロのような塔が近くに設置されている。

 周辺をぐるりと偵察して隙がないのを確認すると簡単な作戦をたてる。


「発煙手榴弾をあの一角に投擲し援護制圧射撃を行い煙に紛れて突入だ、生きていたら一階級死んだら二階級昇進させてやる!」


 上級曹長の命令を小隊長から通達する。

 突入分隊は予備マガジンを集めて手榴弾を二つ余分にぶら下げる。


 準備が整ったのを確認すると発煙手榴弾を投擲する。

 それを合図に周辺部隊から苛烈な制圧射撃が加えられた。


「突入!」


 あらんかぎりの声を張り上げて自ら先頭に立ち煙の中を突き進む。

 目を細めて息を止め数十メートルを走破すると窓ガラスを突き破り一階に乱入し狙いをつけずに銃を乱射した。


 後続が飛び込んでくると上等兵を先頭に廊下へと支配地域を広げてゆく。

 部屋内を確認せずに片っ端から手榴弾を放り込んでは廊下に伏せて逃げ出してくる敵を撃ち抜く。


 三階では階段を巡る攻防が行われていたが、既に一階と二階がクァトロ兵で埋まり隣の棟との相互支援は不可能になっていた。


 かなり遅れて小隊長が総攻撃を命じると一斉に兵が突入し抵抗虚しく拠点はついに陥落を迎えるのであった。


「突撃分隊、中隊指揮所、目標を一名射殺、一名確保」


 その報告にロマノフスキーは拳を握り締めた。


「中隊はこれより退却する、A地点より脱出せよ」


 フランス語で散っている中隊を当初の取り決めに従い北西から抜け出すよう命令する。

 こうしておきB中隊と同じ道を行けたら被害は少ないと。


 次いで本部にも報告を上げる、上級曹長が居ないために自らがロシア語で。


「A中隊、指揮所、目標を達成、A地点より離脱開始」


 ロシア語に困惑していた通信兵から通信機を受け取り島が自ら返事をする。


「指揮所、了解」


 各所から入っていた情報を統合して最善と思われる命令を立て続けに下してゆく。


「中尉、東部に送った機械化部隊を引き戻し、手元の残りを撤退援護に向かわせるんだ、君が直接指揮を」


「殿はお任せを。野郎共出番だ!」

 声を張り上げて待機中の車両に飛び乗ると西を目指して出撃してゆく。


「B中隊へ、撤退を開始するC地点を目指せ」


 自身の中隊を中心にして北西から時計回りにABCと単純に割り振った方角で指示を出す、間違えないように簡単にするにこしたことはない。


「チョルチカの支援部隊を国境際まで進出させろ、重傷者を引き下げさせるんだ」


 何人出たかはわからないが限界動員しておけば余れば余ったで構わない。

 戦闘に巻き込まれないように注意するよう付け加える、特に指摘しておかなければ何かが起きたときに判断に迷う者が混ざってくる。


 軍曹に指揮所を畳むように命令して自らは装甲指揮車両に移る、多数の通信機が備えられており移動司令部として活躍が期待される、もちろんアメリカ製品が殆どを占めているのは説明するまでもない。


 指揮所を移す少し手前に東部へと行っていた四台が戻ってきた。


「帰着しましたので本部の指揮下に入ります」


 大分すっきりしたような表情でマリー曹長が報告する。


「一方的すぎたか、次はもっと困難な役割を任せるよ」


「中佐殿の采配に期待しておきましょう」


 ニヤリと笑って手のひらを外側に敬礼する、外人部隊出身者の敬礼である。

 軍曹の号令で指揮所が北へと移動を始める、支援部隊と合流するために。


市との中間地点、B中隊は多数の増援を足止めして渋滞を引き起こさせていた。

 いよいよ最後の防衛ラインといったところで指揮所から撤退を命令される。


「上手く行ったか、よし先任上級曹長撤退命令だ。退き口に火を放ってバリケードを置き土産にしてやれ」


「ダコール」


 後備小隊にまず負傷者を集めさせて先行するようにと命じる、第二線の位置に瓦礫を築き上げて木材を山にし油をまいて準備させる、交戦中の部隊には全て整ってから撤退を伝えた。

 撤退命令が下されると手榴弾を一斉に投擲し制圧射撃を加えながら左右交互に少しずつ下がってゆく。


 第二線まで退却してくると全員を収容してから隙間にあれこれと投げ込み着火する。

 勢い良く火柱が上がるのを見て部隊は北東へ向けて歩き出した。


 途中でロドリゲスの機械化部隊と出会うと殿を任せて粛々と進んでいった。


 遠くで機銃の発砲音が聞こえてくる、バリケードを除去した勤勉な追撃部隊が待ち伏せにあって不幸を一身に引き受けたに違いないと同情する。


 ハラウィ大尉かふと部下達の顔を眺めると、戦いの前に緊張していた者達が口元に笑みを浮かべているのをみて何故かほっとしてしまった。



 オルテガ司令官は不機嫌であった。

 チナンデガに駐屯していた大佐に対してではなく増援がたどり着くまで耐えられなかった集落に対してである。


 現地の部隊などというのは攻撃されたら本隊が来るまで意地悪く籠もって戦うだけでよい、それなのにたったの半日すら保たずに陥落したというではないか。

 しかも責任を追及しようと思ったら正副の三人とも抗戦して死亡したらしく、足りなかったのは気合いではなく実力だったと苦汁を舐めさせられたのだ。


「戦時の交信記録をお聞きになられますか?」


 秘書官にそう提案されて「ああ」と答えると思い出したかのように軍事顧問を呼び出す。彼に名案を出させようと。


 すぐに階下より少佐が上がってくる。


「閣下、チナンデガの件でしょうか」


 司令室であらましを耳にしたのだろうか、少佐の方から話題にする。


「うむどうやらクァトロのやつらが動き始めたようだ、少佐にも感想を聞きたくてな」


 控えめに表現し大事ではないとの態度をとる。


 同じく司令室から幕僚らがやってきて交信記録をスピーカーで公開する。

 集落に残されていた傍受記録とチナンデガまで届いた電波を両方通して確認する。


「中隊が二つに指揮所、ホンジュラス側に支援部隊が存在しているようです」


 事前に解読を進めてきたようで参謀大佐が判明している部分を説明する。


「短距離無線ではスペイン語とフランス語が使われていますが、長距離無線ではロシア語と不明な言語が使われております。ドイツ語ではないようですが類似している部分が聞き取れました」


 言語を担当する士官がいるがマイナーな言葉まで理解しているわけではない、手に余ったために特定には至らなかった。

 チナンデガの部隊から機械化部隊を目撃したのも付け加えられる。


 集落で戦場掃除をしているが敵の死体が一つも見あたらなかったと報告される。

 これは敵が有利に戦いを運んだ証拠で味方を収容する余裕があったと判断出来る。


「他に何かないのか」


 オルテガが幕僚に意見を促すが材料不足でこれ以上は出てこなかった、そこで顧問に同じ様に尋ねてみた。


「中隊の短距離無線でスペイン語が使われ上級曹長を分隊長にするとあります、小隊長はスペイン語しか喋らない現地の者の可能性があります。しかし上級曹長が転出してから長距離無線が不明言語からロシア語に切り替わりました、つまり中隊の上級曹長がこの言語の使用者なのでしょう、一人しか操れない為に仕方なくです。その貴重な下士官を突撃任務に使わねばならない程に奴らは人材が不足しているのではないでしょうか」


 そう指摘されてからもう一度記録を聞いてみると確かにそうなっていた。


「なるほど顧問の言うとおりだな、他に気付いたことはないかね」


「この集落にいる中隊長はロシア語がネイティヴです、スペイン語はあまり上手くないのでは? それゆえにロシア語圏からの傭兵と推測されます」


 長距離無線のスペイン語はそれを使って生まれ育った者が発するものとは少し違っていた。


「そのようだな」


 少佐の意見に一々もっともと納得して幕僚の低能がと心で毒づく。


「ところが長距離無線の指揮所、こちらの交信ですが不明言語からロシア語になると人物が切り替わります。この人物はロシア語がネイティヴではありません、つまりロシア語も貴重な言語と推測されます。そこへきてフランス語となれば、傭兵を寄せ集めた集団ではないかと推察しました」


 幕僚らが交信記録からそこまで考えることが出来るものかと感心するが、司令官が睨むので目を合わせずに前を向いて気付かないふりをしていた。


「傭兵を中心として現地人で部隊を作ったわけか。厄介だなあちらには無線傍受されてもこちらはそれを理解出来ないでは」


 特に不明言語が何なのかを調べねばなるまい、そう考えたが自ら口にしてそんなことまで命じるわけにはいかずにイライラしながら幕僚からの進言を待った。


 ――まだ他にも使っていない言語があるやもしれんな!


 そう思ったが常任で各地に派遣させられるほど軍にストックがあるわけではない。


「閣下、不明言語の特定を部署に命じておきます。それとフランス語とロシア語がわかる者をチナンデガの部隊に派遣しておきます」


 イライラしている司令官に参謀がそう進言した。


「そうしてくれたまえ」


 ようやく気付いたようで口にしたので承認する。

 戦力としては中隊を三つ位しか有していないだろうことを推測しているので心配ないが、あちこちに刺さるようにゲリラ戦をされたらたまらんと悩みを抱える。


 事実コントラとの戦いはその半分以上がゲリラ戦であった。

 正規戦になればアメリカ空軍が飛んでくるのでどちらが楽なわけでもないが。


「少佐ならばどうやって対処するかね、地方の防戦についてだが」


 クァトロ攻撃については先日納得いく内容を聞いていた、こんかいはより限定した防戦について意見を求める。


「閣下がお求めなのは地域そのものですか、それとも要員の存在ですか?」

「地域だ」


 地方の要員などいくらでもいると見栄を張って即答する。


「交信記録より敵の狙いは司令要員なのは明白です。声高に政府支持を訴える人物を囮にして敵を待ち伏せし一撃を加えてみてはいかがでしょう」


 あちこちに伏兵するわけにはいかないから要員のうち何カ所かは見捨てることになるだろう。

 だが兵力を集中しなければ勝てない、それは証明されていた。


 チナンデガからの増援はバラバラにだが中隊が四つ出撃していた、しかし敵は中隊一つで戦い足止めしまんまと逃げおおせた、つまり実力の差がそれだけあると示されている。

 そんな相手を待ち伏せたとはいえ同数か少し多い位で戦っても取り逃がしてしまう。

 時間がたてば地域を多々喪失するのは明白で、囮をつかい早めの時期に決戦に持ち込むのが重要と言えた。


 もし作戦を実行するならばチナンデガに居る大佐に命令しようとオルテガは決めていた、ここにいる幕僚らに任せていたらいつまでたっても解決しないとはっきりしたからである。


「宜しければ小官もチナンデガに向かいましょうか、ロシア語担当として」


 葛藤を見抜いてそう申し出る。


「そうしてもらえるかな。だが決して前線には出ないでくれたまえ、君は大切な預かりものだからな」


 ダーと答えたジューコフは無いと思っていた実戦が目の前に舞い込んできて気分が高揚するのであった。


 その日ばかりは作戦の成功を祝って大いに盛り上がっていた。

 司令部にトラックでどこからともなくバドワイザーが運ばれてきて祝賀は頂点を迎える。


 中隊が二つ交戦して死亡が七名、復帰不能な重傷者三名という結果にまずは納得であった、外人部隊やレバノン兵らが欠けることがなかったからである。


 しかし騒いでばかりは居られなかった、中尉から報告があげられてくる。


「マナグアで動きがありました。ロシアから軍事顧問が数名やってきています」


「ロシアだって? 随分と遠くからご苦労なことだ」


 かくいう自分達も中東やらフランスからやってきているのだが。

 軍事顧問となるとまさか無能を送り込むわけもなく、これから何かしらの障害になってくるだろう。


「一人以外は空軍兵で戦闘機の教官だそうですが、顧問団長の少佐は陸軍指導です」


 ――嫌な組み合わせだ、陸兵の為に空軍を顎で使えるわけか。


 同じ階級が並列しているなら互いに気を使ったり牽制したりで連携はスムーズにはいかないことが多い、だが片方が優位ならば渋々でも従わざるを得ないために話は違ってくる。


「報告があがってきたということはマグアナに食い込めたか?」


 ふと出所が気になり尋ねてみる。


「少し古い情報を高く売りつけた感じがします、ですが無いよりはましでしょう」


 そうとわかっているならばそのように扱えば問題ない、同意を告げて続報を待つようにと話を打ち切った。


 チャモロの勢力とも連絡をつけることが出来るようになったが当初ほどそちらには力を入れなくなっていた、パストラをとの頭があったからであるが完全に断ち切るにまでは至ってもいない。


 結局据え置きのままにクァトロを強く示すのを中期目標にと決めたのだ。


 ――パストラ司令官と面会し可能ならば同行してもらえないだろうか。


 中尉が立ち去ったあとに考えを広げにかかったがすぐに中断した、上官をおくわけにはいかないから別の組織を名乗らせる必要が出てくるからであった。

 仮に名誉職やら政治部門のみと枠を決めたとしても上手く行かないのが目に見えていた。


 月日が流れて越境攻撃が運用の一つとして根付く、各方面への働きかけも増えてきた。


 集落を攻撃する側は慣れてしまっていたのかも知れない。

 周辺を偵察して変わりがなければ集落へと攻撃を仕掛けていた。


 異常なしの報告に違和感は感じられなかった、前進すると突如通ってきた道に敵の部隊が現れ攻撃するでもなく道に居座ったのである。


 ――退路を絶たれた?


 ロマノフスキーの胸を嫌な予感が過ぎる、直後に前衛部隊から通信が入ってきた。


「B中隊、指揮所、北東部及び南東部より敵出現、交戦開始」


 その時後方の道に現れた部隊からも射撃が行われる。

 ――攻撃開始の合図があったに違いない!


 誰か統括指揮者がいることを直感する。


「第二哨戒部隊、指揮所、南部西部より敵出現、敵多数の為撤退の許可を!」

「大尉、右手からも敵襲です!」


 同時多発な報告に自らが罠に嵌ったことを理解した。

 どうしたらよいかを瞬時に判断して矢継ぎ早に命令を下す。


「哨戒部隊は全て引き上げさせろ、B中隊を後退させて本部と相互支援の位置に、機械化部隊は本部の中心に入れ! 上級曹長、中佐に大至急援軍要請だ!」


 全滅するわけにはいかないと生き残りの為に如何にするか、それだけに専念することにした。


 ――中佐ならば絶対に助けにきてくれる、こんなところで崩壊させられてたまるか!


 あれから何度か集落の反米司令を潰しに出撃していた。

 初回のみで島は司令部にずっと詰めているために当然ロマノフスキーをトップとして部隊を繰り出す。


 六度目の出撃でついに転機が訪れた、攻撃部隊が多数の敵に待ち伏せされて脱出が困難になったと緊急通信が入ってきたのだ。


 チョルチカから南東にあるオコタル市周辺の集落を攻撃中に退路を断つように回り込む敵の部隊が現れて包囲されていると。


 至急残っていた将校や司令部要員を召集する。

 後方司令のオズワルトに留守を任せて島自ら部隊を率いて救援にあたると宣言した。


「事務方でも訓練済ならば部隊に組み込め、先任上級曹長に編成を一任する」


 いつものように余計なことを言わずに引き受ける。 武装ジープ分隊も一つ残っていた為に動員をかける。


「今度ばかりはジョンソン大佐の援護が必要だろう」


 今まで使っていなかった切り札を出すときがやってきてしまった、躊躇している時ではないと秘匿回線を開かせる。


 衛星通信なのでそうそう簡単には傍受されず、アメリカの管轄下にあるためそれに割り込もうと勇気を出すものも少ない。

 二回とコールされずに通信が繋がる。


「イーリヤ中佐だ、ジョンソン大佐殿を」


 はい、と短く答えて大佐のオフィスへと繋げる。

 この回線を使うこと自体が緊急なので余計なやりとりをしない。


「私だ」


「大佐、イーリヤ中佐です。オコタル市方面に空軍の支援を要請します」


 前置きもなしに要件のみを告げる。


「解った、必要な十分前にもう一度連絡しろ」


「了解、協力に感謝します」


 何度も直接会って話をしているために通信は短かった、十分とは飛来する為の時間ではなく殆どが上昇するための時間である。

 戦闘機は戦闘高度に達するまでにそこそこ暇がかかるものなのだと聞いたことがあった。


 司令室から出ると広場に百名程の兵士が集まっていた、攻撃に参加出来なかった負傷者や事務員も混ざっての総数である。


 グロックが黙ってトラック類を集めて待機させている、過剰定員は間違いないが一刻も早く戦場付近にたどり着くためには目を瞑ることにした。


「これより味方の撤退を援護するために出撃する、各員乗車せよ!」


 中佐が号令をかけると軍曹らが急げと背中を叩く。

 装甲指揮車両は島専用であったので残されていた、それに乗り込むと機械化部隊に先導を命じる。


 戦闘中に負傷して療養中であった曹長が、味方の一大事と聞いてベッドから飛び出してきて先任上級曹長に出撃を申し出た。

 グロックもこれを許可して左腕を包帯で首に吊ったままジープへと乗り込んでいる。


 指揮車両では仲間の状況を可能な限り知るべく乗員全員がヘッドフォンをつけて神経を集中させている。

 だが入ってくる情報はどれもこれも劣勢を示すものばかりであった。


 兎にも角にも近くへとやってくると兵を下車させてトラックを後方へと下げる、運転手を事務員と交代させて部隊を四つに分けて並べる。


「退路を塞いでいる敵を攻撃するより反対へ突き抜けた方が良いと思うが、先任上級曹長の考えはどうだ」


 一番崩したいところこそ備えも厚いと相場は決まっている。

 簡単な地図を指して南西への脱出を果たしてから西へ抜ける道を検討させる。


「もし自分が包囲を敷くならばどのようにするかを考えてみて下さい。退路を絶つ部隊が厚いのは間違いありません、ですが他は薄く備えていたとしても予備を宛てて補強してしまうでしょう」


 禅問答のような答えを返されてしまい戸惑うが余計な小細工は要らないものだと解釈する。


「厚い部隊を食い破って合流の後に脱出……か。ならばぶつかる瞬間が鍵だな」


 最も厚い部隊を率いる隊長としては真っ先に増援など求めては能力を問われかねない、無理だと判断したときにようやく要請するだろう。

 だから無理だと感じた瞬間手遅れな状況を作り出せればよい。


 考えをまとめて短距離無線を用意して島自ら発信する。


「指揮車両、指揮所、私だ無事か」


 傍受を考えてアラビア語を初めて利用する、ロマノフスキーが近くに居なくてもハラウィかプレトリアスが近くに居るだろうと。


「指揮所、フラットの隣人ですが何とかまだ生きています」


 指揮車両は一台のみなので島だと特定でき、フラットの隣人はロマノフスキーだと島には解った。


「十五分後に退路を遮断している部隊に攻撃を仕掛ける、脱出の準備を整えておけ、どでかい花火が降ってくるぞ」


「それは楽しみです、同士討ちにご注意下さいどろまみれでして」


「帰ったらピカピカにしたらいい、男前が台無しになるからな」


 通信を切断すると無事なことに一安心してからグロックに命じる。


「俺からの合図で左右幅百メートルで眼前に赤、正面二十メートルに緑の発煙手榴弾を投擲させるんだ」


「ダコール」


 意図を把握して部下に発煙手榴弾を三個ずつ用意させて位置につかせる。


 衛星電話を使い短く要請を伝える、今回は繋がった瞬間に「今だ頼む」と喋ると了解が返ってきた。


 先任上級曹長の采配で二列縦隊の突撃分隊が形成され、その後方には守備支援分隊が待機している。

 指揮車両側には攻撃部隊が護衛を兼ねて配備されていた。


 ――もうすぐ来る!


 指揮車両に英語で通信が入ってくる。


「ベビードッグ、パトロールに入る」


 それは頭文字が編成を表していた、爆弾を積んだ四機編成がやってくるのを意味している。

 島が視線を送ると先任上級曹長から合図が送られ発煙手榴弾が投擲された。

 それを見て地上からも発信する。


「バドワイザー、赤から緑の方向百メートルから五百メートルへ頼む」


 一分後に地上攻撃機が爆音と共に飛来する、アメリカを象徴する星が機体下部からも確認出来た。

 赤と緑の煙が立ち上る左右百メートルの幅に四機が蜂矢編成で突入し方向を固定する。


 一機から等間隔で落下するよう電子制御された爆弾が二ダースずつ投下される。

 爆弾は落下中に更に小さな爆弾に別れて一発で短水路プール一面をカバー出来る面積に破壊をもたらした。


「攻撃開始!」


 空爆で大混乱に陥っているニカラグア軍を更に恐怖へ陥れるべく突撃を命令する。


 指揮車両から突入していく分隊が見えたが数が少ない、護衛を減らしてでも突き崩すべきだとそれも投入し傷口を広げさせる。


 時を同じくしてロマノフスキーも突撃を命令していた。

 盛んに軍旗を打ち立て味方に攻撃されないように注意しながら無理矢理に防衛ラインを踏み越えてゆく。


 空爆を受けた上に前後から挟撃された方はもう大変な状態であった。

 中隊長は独力での対抗を諦めて大佐へと増援要請を行った。

 その間にも圧迫を受けて戦線が食い破られていく。


 温存してあった武装ジープが包囲の内側から勢いよく敵中へと突入してゆく、砲身が焼け付く位に機銃を連射して反撃を許さないようにと。

 遅れてそれについていく歩兵も狙いをつけずに弾数で勝負を挑む。


 こうなってくると最早守る側は頭を引っ込めて地面に伏せるだけで精一杯になる。

 弾切れを起こすまで大人しく時間が過ぎるのを待っているだけであった。


「大佐、退路遮断に向かった中隊がアメリカ軍からの空爆を受けて敵の増援からも攻撃を受けています、更に包囲の内側からも敵が殺到して戦線が崩壊しつつあります!」


 チナンデガで部隊を整えたフェルナンド大佐はようやく網に掛かった獲物が、逃げだそうともがくのを冷淡な笑みをうっすら浮かべて楽しんでみていた。

 ところが発煙が上がり程なく地上攻撃機が飛来して爆撃をするのを見て驚いた。


 今の今までアメリカはなりを潜めて協調したことがなかったからである。

 それゆえクァトロはアメリカの支持を得ていないと判断して作戦を練ってきたのだ。


 空爆の上に後方からも部隊が現れて攻撃を加えたのだから中隊長にどなるわけにもいかない。

 予備を送って包囲を続けるか追撃するか、回り込んで別の防衛ラインを設置するかが頭に浮かぶ。


「少佐ならどうする?」


 焦らずに最善の道を導き出すために意見を求める。

 もし少佐が満足いく答えを出したならば自身の考えなどすぐに放棄するつもりだ。


「充分被害を与えたので無理に押し留める必要もないかと。つかず離れず半包囲追撃で被害を増大させては?」


 自分がやられたらもっとも嫌な内容を勧めてくる、勝ち戦を逆転されないように退却を行わせるのも有効だろう。


 しかし追撃するにしても徒歩だけでは引き離されてしまうのがオチだ。

 迂回して待ち伏せる部隊も追加しようと考える。


「良いだろう少佐の意見を採用する。遮断している中隊は戦いながら道をあけさせて以後は追撃を行うようにさせろ。予備中隊は西へ急行させて五キロほど先で待ち伏せさせておくんだ」


 無理のない命令に納得して中隊へと指示を繋げる。

 成功したらしたで良く、失敗したら大佐の判断だと責任を逃れることが出来るように中隊には大佐の命令だと強調して伝えることにした。


 もし大佐が昇進して前線部隊から外れるならば、少佐が中佐に昇格して部隊を引き継ぐのが順当な人事となるだろう、つまり大佐の功績は自らのためでもあるので熱心に進言だけは考えることにしていた。


 爆撃で瓦礫の山が出現した地域は混戦に陥っていた。

 各部の指揮系統が被害を受けてその場での散発的な抗戦が主軸になってしまっている。


 戦いつつ後退との命令が届いたときも、どちらに向けて後退してよいのか解らずに戦場を右往左往してしまう有り様である。


 クァトロ兵が死地から脱出しようとそこに入り込むと俄かに白兵戦が行われる、そうなってくると下士官に任用されている外人部隊出身者の独壇場であった。


 分隊長が鬼神の如き強さを発揮すると兵も勇気を得て敵に襲いかかる、こうなれば戦いは数ではなく気迫の比較になってくる。


 逃走に必死だったはずの敗軍に士気が満ちてくると、道を開けるために左右に散った敵を横目に通り抜けるではなく正面に捉えて駆逐しだしたのだ。

 戦場では考えられないようなことが起こる、敵が敗走を始めて追撃してくる味方の部隊に逃げ込み大混乱を伝播させた。


 黒い軍旗を掲げて攻撃群を率いたロマノフスキーが指揮車両を見付けて合流を果たす。


「中佐、してやられました敵はこちらが出てくるのを待ち伏せていたようです」


 全身汚れてはいたが傷はなかったようで大尉を見て安心する。


「見抜けなかったのは俺のミスだよすまない。しかし負けたにしちゃやけに意気があがっているようだが?」


 もっと消え入りそうな顔をした集団がやってくると思っていたのだが、どれもこれも戦意に満ちているので不思議がる。


「それが撤退を遮っていたやつらと白兵戦になり曹長らが戦うのを見て盛り上がっちまったようです」


「白兵戦か!」


 ――それで敵が散り散りになり味方の部隊に逃げ込んだわけか。もう一撃加えてやることは出来ないだろうか?

 空爆要請を再度出したら出撃してくれるか……


「大尉、部隊を再編成して負傷者を集めて迎えにこさせるんだ」


「再編成ですって!?」


 後ろを振り返りいきりたつ兵をみてもしかしたらやれるかもとロマノフスキーも感じる。


 衛星電話を再度繋げて大佐に直接交渉しようと呼び出してもらう。


「イーリヤ中佐です、大佐再出撃は可能でしょうか?」


「可能だ。脱出に失敗したか?」


 もしそうならば何か考えねばならないと問う。


「成功しました。ですが士気が上がっているので敵を蹴散らしてやろうかと」


「逆撃か! ここで攻めっ気を出すとは俺もお前も同類だな、良かろう二十分で上空に行かせる」


「期待を裏切らないよう全力を尽くします!」


 慌ただしく兵を整理している姿を横に地域の作戦図を確認する。


 ――どう考えても指揮所はここ以外はおかないだろうな。


 島は行ったことはないが士官学校の布陣教科あたりで問題を作るならば初級に分類されるだろう地形なのだ。


 双眼鏡で丘になっている場所を覗き込むと何か小さなものが多数蠢いているのがわかる。


 指揮車両のスピーカーをオンにして兵等に直接呼びかける。


「諸君、私はクァトロ司令のイーリヤ中佐だ。包囲を破られた敵は今混乱している。これより敵の本陣に速やかなる一撃を加えてから帰路につく。土産話の一つも無ければ意中の彼女が振り向いてくれないぞ!」


 真剣な顔をしていた兵が最後に爆笑する。これにより自分達が守りではなく攻めの立場であったことを思い出した。

 将校らに丘を示して宣言する。


「あの部分に布陣している敵を踏み抜いて東から反時計周りで帰還する、やられっぱなしで終わるわけにはいかんぞ!」


 勢いがついたロマノフスキー直属の中隊を先頭にして丘へと迫る、中央に武装ジープを置いて近付こうとする敵兵を威嚇して進路を遮らせないようにと弾丸をばらまく。


 開けた道を増援に来た島が率いていた支援部隊で守備して中尉が指揮を担当する。


 ハラウィ大尉は直進せずに未だに混乱中の包囲部隊に攻撃を加えながら遅れて進む。


 ――思ったより本陣が手薄じゃないか?


 退路を待ち伏せようと大佐が功名心で動かしてしまった予備兵が埋めるべき穴にすっぽりとロマノフスキーがはまってしまったのだ。


 丘への道を踏み出したあたりでローターの回転する音が後方から聞こえてくる。


「只今ピザの配達中」


 恐らく大佐の幕僚が搭乗しているのだろう、陽気な感じで通信を入れてくる。

 腹にチェーンガンをぶら下げ、左右にロケットポッドを抱えた戦闘ヘリが四機で上空を遊弋する。


「丘の上のお宅で腹ペコにして待っている奴らがいる、景気よくご馳走してやってくれ」


 相手に合わせて目標を指定する。

 先頭のヘリが丘へと向かうと残りもそれに従う、十秒とせずに尾をひいてロケットが発射される。

 敵の陣地に容赦なく着弾すると派手に破片を撒き散らして被害を与えてゆく。


 上空で旋回しながらチェーンガンで大粒の雨を降らせると次なる獲物を見付けてクァトロ部隊の東部に迫る一団にロケットを打ち込む。


「こいつは凄い威力だな!」


 丘の陣地が火災を起こして混乱する、そこへ先頭の分隊が射撃を加えながら肉迫した。

 耐える気が元からあったのか無かったのか、敵が陣地を放棄して丘を下っていった。


 高地を占拠すると一休みして後続を通過させる。

 指揮車両が丘へ到達したところでハラウィ大尉の部隊にも集合を命令する。


「指揮車両、B中隊、丘を越えて撤退をする続け」


 相変わらず不明言語扱いされているアフリカーンズ語で堂々と平文を利用して交信を行う。


「B中隊、指揮車両、粘着質の部隊がいて距離を取れません」


「機械化部隊に援護させる」


 武装ジープを統括している曹長に命じる。


「ハラウィ大尉の撤退を援護するんだ」


 四台の部隊を二つとも引き連れて左腕を吊り下げたままの曹長が車を走らせる。

 一旦西側に大きく迂回して射線が被らないように注意して機銃を撃ち込んだ。


 制圧射撃が開始されるとタイミングを合わせて一斉射撃を行い足早に離脱してゆく。

 動きを眺めていた戦闘ヘリが置き土産に有らん限りの弾丸を降らせてチョルチカへと帰って行く。


 丘の緩やかな中腹を渡りクァトロの後備部隊も戦場から姿を消してしまう。

 ニカラグア軍は包囲殲滅に失敗したが司令要員を守りきり、敵を撃退して勝利を収めたと大々的にアピールすることになった。

 一方でクァトロでは全滅の危機を救ってくれたイーリヤ中佐とアメリカ軍に対する評価が爆発的に上がっていた。


 この司令が出撃したらイコール負けないとの図式は大切で、必ず勝てると踏んだ戦闘では島が参戦するようにしていくことになる。

 人数や装備で負けることはあっても気持ちで負けるわけにはいかないのだ。


 一つ嬉しい追加情報としては、ニカラグア軍が出した待ち伏せの予備中隊、あれが指揮所の窮地に際して緊急帰還を試みたところ、現地の住民に移動妨害をされていたと聞かされたことである。

 勝ちに乗じて味方するのではなく、不利な時に味方してくれる者は真に頼ることができる。


 次の段階に進むべき時がきたと誰に言われるでもなく感じる島であった。


 彼は憂鬱であった。耳に入る報告はどれもこれも不都合ばかりで、唯一まともなのがクァトロを撃退したとの報告だけであった。

 それとて包囲を破られ指揮所を蹂躙されているため、実質的には敗戦ではないかと思える程である。


 だからといっていつまでも隠し続けるわけにもいかないので今日はそれを白状しようと諦めて党本部にやってきていた。


 重い足取りで党首執務室へと踏み入れる。


「大統領閣下、定期報告に参りました」


 声を絞り出して今日の機嫌が良いことを祈る。


「ウンベルト、私に何か言わねばならないことがありそうだな」


 ――最悪だ、もう観念するしかないな。


 目を細めて何を言い出すのかを身構えている、別口から情報が入ったのか別件で不機嫌なのかまでは解らないがこれから少しの間は精神衛生上よくないことが起きると双方が覚悟を決める。


「クァトロ勢力が南部に飛び火していた理由が判明致しました。基本的には北部とは別の火種でして、その主軸恐らくはエデン・パストラでありましょう」


 かつての味方が今は敵対している、よく聞く話である。

 サンディニスタ解放運動の時には肩を並べて歩いたこともあった。


「そのパストラが何故クァトロに肩入れを?」


「大方昔の夢が忘れられなかった、そんなところでしょう。監視をつけていますが本人に動きは全くありません、拘束しましょうか?」


 独断で動いて失敗を追及されたらたまらないと判断を預ける。

 何ら法的な根拠がない逮捕をするべきか否かを考える。


「何かそれらしい動きがあってからにするんだ、クァトロが無くなれば隠棲してしまうだろう。肝心な報告を聞こうか」


 流石に大統領はアメリカ軍機が攻撃してきた情報を得ているだろうとの視点で少しだけ内容を修正して報告する、少しだけだとウンベルトは心に真実を抑え込む。


「はっ。対クァトロ部隊を特定集落に貼り付けて待ち伏せを行いました。包囲攻撃に成功しましたがアメリカ軍機が飛来して包囲を破り逃げられてしまいました。かなりの被害を与えたのは確かです」


「対空武器を供与されているはずだがね」


 心臓に言葉が刺さるが動揺を悟られないように返答する。


「供与が遅れてチナンデガの部隊に着いたのが昨日でして、作戦には間に合いませんでした」


 ――あの時にすぐ返事を伝えていたら間に合ったかも知れんな。だがカルロスとの買い物を優先したから一日遅れてしまった……


 誰一人として知らない事情を闇に葬り去る、同時に大佐には悪いことをしたなと謝罪する。


「それならば仕方ないな、だが次は同じ言い訳は通用しないぞ」


「それは重々承知しております。クァトロの司令部編成が明らかになっていております。少ない要員のようなので一度欠けたら力を失うでしょう」


 継続戦闘能力は高くはない、そこははっきりと認識していた。

 交信記録からの推察でも裏付けられているので攻めるならばそこだと考えている。


「我が方とて取り替えがきくほどに優秀な人材が余っているとは思えんな。ならばその点は五分と五分だ、数を生かして事を運ぶんだ」


 解釈の仕方次第でどちらともとれる内容の小言を頂く。

 これだけでも既にどっと疲れてしまっていたがもう一つ報告しなければならないことがあった。


「奴らですが生大麻を買い集めているようです。丸ごと買い取るので集落がなびき始めております」


「生大麻を? 使い道はあるだろうが……だが何故お前がそれを知り得たんだ」


 こう質問されるのはわかっていたので黙っていたのだが、あちこちで集落が離反しだしたのを報告しないわけにはいかなくなってしまった。


「軍で医療用マリファナにと集めていて気付きました」


 何とも歯切れが悪い言い方にもっと裏があるのを瞬時に見抜く。


「ウンベルト、お前が少しくらい小遣い稼ぎをするのを咎めるつもりはない。だが国あってのお前だということを忘れるな。以上だ下がれ」


 必要以上に畏まってようやくそこを退室する。

 海外へと密輸して莫大な非合法資金を得ていた彼だが、これを境に違う方法をさがすことになったようである。




 傷を癒やし欠員を補充するためにクァトロは戦闘行為を暫し停止することにした。


 兵の中でも功績をあげ適性を示した者を下士官に引き上げて戦力の最適化をはかる。

 生大麻を買い取る作業は継続して行われる、差額が利益を産み出すためディレクターとして活動資金を再度要求することはなかった。

 それだけではなく近隣住民からの寄付や現政権に敵対している匿名勢力からの資金援助があった。


 オズワルト少佐の根回しが功を奏した部分が見受けられる、やはり人にはそれぞれ得意とする場があると感心させられた。


 ミランダもリリアンも頑張って働いていた、手が空いたら負傷者の看護に雑用まで買って出ている。

 集団が仲間から家族のような雰囲気になっている一面すら見られた。


 多くの場合それはプラスに働くが、稀に判断を誤ることがある。そこだけを注意しておけば歓迎すべき状態と言えるだろう。


 ――外に出て動くなら今しかないな。


 島は自分にしか出来ない問題を判断すべき時期だと考え、再びコスタリカへと飛ぶことを決意した。


 司令室に要員を召集する。

 怪我を抱えながらも出撃し的確な指揮を行ったベルギー人の外人部隊曹長を少尉に昇格させて機械化部隊を拡張し、四台の機械化分隊を四つ置いて機械化歩兵小隊を作ることを宣言する。


「異存があるものは居るか?」


 上級曹長と先任上級曹長の頭越しに将校になってしまうために直接顔を見ないが二人に問い掛けていた。

 誰一人として異存を唱えない為その場でマリー少尉が誕生する。


 先任上級曹長は将校に上がるつもりは全くなく、上級曹長は島の判断にノンと言ったことがない。


「いくつかの集落がクァトロに好意的になってきている。子弟を送ってきたり、資金寄付をしたりと形は様々ではあるが支持を示してきている。我々は次の段階に進むべき時が来た、勢力として仰ぐべき旗印を担ぐべき時が」


 何か意見があるものが居たらと少し間を置いて皆を見る。

 しかし微動だにしないため言葉を続けた。


「当初親米勢力としてチャモロの甥をそうしようと考えていた。だが一度失敗した過去がある自由連合を担ぐわけにはいかない。王家復活もノン、サンディニスタもノンだ。そうなると選択肢は一つしか残らない」


 一人ずつ目を見て反応を確かめるが意外な顔をしているものは居ない。


「我々はコマンダンテゼロこと、パストラ司令官を次期大統領にと望むものとする」


 そう断言してやるべき事を諮る。


「各自が思うところを述べてもらいたい」


 部隊にとって必要な何かを補完しようと知恵を出させる。

 口火を切ったのはハラウィ大尉であった。


「パストラ氏の暫定的な立場を決めなければなりません。ニカラグア評議会議長でもなんで構いませんが、クァトロとは別の立ち位置にいるべきでしょう」


 島も考えたことがあるように、同じ道を歩みはしても同じ集団になってはいけない。

 パストラ氏には自前のメンバーを用意して貰わねばならないだろう。


「パストラ氏が立つならばニカラグアにいたら身の危険があるでしょう。コスタリカへと避難して貰うなどが必要では?」


 直接的な被害を与えかねないためにロマノフスキーが言うことももっともである。


「かつてサンディニスタ解放運動に携わっていた司令官がそれに反する大義名分が必要では?」


 形から入ろうとする少佐に冷ややかな反論が飛ぶ。


「現状を体験したら語らなくてもわかりそうなものでは? こりゃ一般論ですよ」


「手法はさて置き最終的な決着のつけかたを司令にお尋ねしたい。中佐はどのようにパストラ氏が権力の座につくことをお望みでしょう」


 先任上級曹長が年長者らしく問題を先延ばしにして場の収拾を行った。

 中尉に嫌そうな視線を向けていた少佐も気になる内容だけに島に向き直る。


「大統領の国外追放、または外遊による状態での国民投票だ」


 国民投票自体はすぐでなくとも構わないが民主的な手段を必ず経由させるべきなのは譲れなかった。


「しかしそうなるとパストラ司令官の、まあ運営経費とでもいいますか、それが莫大になると思われますが」


 来るだろうと待ちかまえていた懸念に答えを出す。


「それはマイアミやロサンゼルスあたりから引き出したいところだね。民は贅沢がしたいわけじゃない、真っ当に働く為に仕事があり、家族と安全に暮らしたい。ささやかな願いが一番強いと俺は感じているんだがどうだろうか」


「否定はしません。望むところと意気込む輩が多数派なのは事実でしょう」


 ズバズバと自身の思うところを口にする、ロドリゲス中尉の本領はそこにあるのだろう。

 マイアミと口にしても意味がわからなかったのはプレトリアスだけであった。


 かの地には一昔前にニカラグアから逃げ出した有力者が避難して起居している地なのだ。

 今一度の繁栄を夢見る手合いだって一人や二人ではないなず。


「パストラ氏の持ち味は長年の下積み生活と無欲な部分だろう、今のニカラグアに必要な要件は実に簡素だよ」


 国家を私物化した王家、それを駆逐して革命をおこしはしたが汚職にまみれて贅沢を極めた政権、国民に選ばれながら国民を無視するような政治。

 民が求めているのは至極当然な欠かせない部分を管理するだけの機構としての国、そしてそのトップを戴きたいとの想いが強い。


「ハラウィ大尉、マイアミへ飛んで同調者を選別するんだ、軍曹と必要なら兵を連れていけ」


「英語を必要とするわけですが、スペイン語もですね。承知しました」


 レバノンの有力者なのが幸いすることもあるだろうとの淡い見込みもあるにはあった。


「先任上級曹長、集落に調略を仕掛けて基盤を拡大させるんだ」


 この繊細で困難な役目に将校を宛てなくて済むのは人材の面で非常に助かった。

 自身で行うよりも好結果が見込めるのは彼だけである。


「少佐は人的規模の拡大だ、クァトロの勢力を倍増させる。上級曹長は新規参入の兵を訓練するんだ」


 二人ともそれが自らの役割だと理解しておりはっきりと了解を示す。


「自分はどうしましょう中佐、まさか留守番とは言わないでしょうね」


 そうではないと知っていながら中尉は島へと詰め寄る。


「留守番を割り当てられるほど手があまってなくてね、中尉は俺と一緒にコスタリカ組だ」


 そこからパストラ司令官にことの次第を話して立ち上がってもらう、肝心要の部署だよと焚きつける。


「喜んでコスタリカへ。当局の襲撃すら見込まれます、少々兵を連れて行きましょう」


 彼がそう言うようにニカラグア南部はクァトロ勢力を支持しているためきっと司令官も監視されてるに違いない。

 島等が接触しようものなら難癖つけて拘束しにくることが考えられる。


「穏便に済むとは思えんからな、だからとあまり多数動かしたら情報漏れもしかねんな」


 敵とてクァトロの要員を調べて大きな動きがないかを監視しているだろう。

 程度の差があったとしても司令が動けば何かあると勘ぐるのは予想に易い。


「中佐、前に話した替え玉ですが、ここで利用してみませんか?」


 背格好が似ている者を部屋に詰めて居る風を装わせる、一日だけでも不在が誤魔化せるならば効果ありと言うわけだ。


「大尉に任せるよ」


 発案者が実行まで面倒をみるようにとの流れを設ける、功績の横取りを防ぐ意味合いも多少含まれてはいる。


「もしパストラ司令官が拒否なさったらいかがなさいますか?」


 オズワルトが根幹を成す部分に疑問を投げ掛ける。


「司令官は必ず立つ、俺はそう信じている」


「申し上げ難いのですが、パストラ司令官は家族を失い気持ちがどこまで保たれていかれるか……」


 老人が余生を強く生きるには希望を欲しがる、少なくとも支えてくれる決定的な何かが必要だとの見解を示す。


「俺の根拠を示そう。先任上級曹長、オリビアを連れてこい」


 その意味は誰一人わからなかったがグロックは何故と聞くことなく彼女を連れて部屋に戻ってきた。


「あの、何か御用でしょうか?」


 流れがさっぱりわからずに連れられてきたミランダが集まっている首脳陣を見回す。


「中佐、何故下働きのオリビアを?」


 少佐が更なる疑問を説明するように求める。


「オリビアもう偽名を使う必要はない、皆に自己紹介しなさい」


 島にそう言われて雰囲気から何となく自らの立場を悟った。


「今まで騙してきてごめんなさい。私はミランダ・パストラ。エデン・パストラの孫です」


 流石に皆が驚きの表情を表す。先任上級曹長だけは納得の色合いがやや濃かったが。


「ミランダ嬢!? あの小さかったのがこんなに……」


 赤子の頃を知っていた少佐がまじまじと見詰めてしまいミランダが恥ずかしそうに俯く。


「いやしかしどこで彼女を?」


 当然の質問が当たり前のように半ば無意識に口をつく。

 視線が島へと集まる。


「パストラ夫人からお預かりしたのさ、旦那の尻を叩いて、やることをやって早く迎えに来なさいと伝えるために」


「ふっ、夫人が生きておられる!?」


 またまた驚かされてオズワルトが声を上げる、皆は夫人の話より少佐の反応に驚いてしまった。


「中佐は何でも飛び出すびっくり箱を持っているようですな」


 ロマノフスキーが参った参ったと豪快に笑い出す。


「なぁにあちらが俺を見付けてくれただけさ」


 努力して探してきたとかそんな苦労話があるわけではないのでサラッと答えてしまう。


 島がデスクからサンディニスタ解放運動旗を取り出す。


「これを俺にくれたのはパストラ夫人なんだよ」


「……そんな前から接触を……」


 信じられないと少佐が声を失う。

 ――驚きすぎじゃないか? 喜びが少ないようだが。


 少し違和感を覚えたが話を進める。


「もしパストラ氏がこれでも立ち上がらないならば仕方ない、そうなってから別の方法を考えるよ」


 そうは言っても何かの案があるわけではなかった、それ程までに確信を抱いていたわけでもなかったが、不安はこれっぽっちも無かった。


「そうと決まれば出立準備をしちまいましょう、お嬢ちゃんもだ。爺さんにあったら今までの分の小遣いをせびってやれ!」


 全体方針が決まり司令室には気合いが満ちてゆくのであった。


 チナンデガの駐屯地で優雅に午後の一時を過ごしている男がいた。

 ロシアより遥々やってきていたジューコフ少佐である。

 彼はコーカサス方面のロシアにしてはやや南の地域からの派遣である。


 ソ連邦が崩壊してからも全てが変わったかと言えばそうでもない。

 集団防衛団体であるワルシャワ条約機構はさほどかわらずにロシア軍が周辺に駐屯して地域の軍を指揮下に置いて目を光らせていた。


 コーカサスは三つの軍管に分けられており、南西部、中部、東部を担当していた。

 中でも東部は面積的に広くウイグルの西側までが割り振られている。


 建て前としては連邦国家は独立したのだが、経済的軍事的な関係から本当の独立にはまだまだといったところである。


 わざわざそのようなところからニカラグアくんだりまでやってきたには理由がある。

 長らく大尉であったジューコフに少佐への昇進と引換で権限が皆無に等しい外国へ赴任との打診があったからなのだ。


 司令部からは二年で呼び戻すと約束され赴任を了承した。


 ロシア軍司令部としては厄介者であるジューコフをどこでもよいから遠くに飛ばしたかったのである。

 軍の背景を利用してコーカサス東でかなりムチャを繰り返してきており、その都度相手国を黙らせてきている。


 本人はそうとは知らずに二年でどこかの基地司令か副司令になれると時がたつのを楽しみにしていた。

 実際ニカラグアでもわざわざ地方へと異動を具申して気楽に過ごしている。


 今日も交信記録を耳にしてクァトロの内情を探るべくデスクでゆっくりと聞き流していた。


 そんな男の眉がピクリと動く、クァトロの指揮官にロマノフスキー大尉なる人物が居てウズベキスタン出身と言うではないか。

 もう六年かそのくらい前にそんな名前の少尉と衝突して抹殺したことを思い出したのだ。


 死体をみたわけではないがウズベキスタン軍から死亡通知がもたらされていたのである。


「こんな異国の地方でロマノフスキーとは、俺はよっぽど縁があるらしいな」


 同名の大尉に興味を持ったのでニカラグア軍に調査を命令する。

 そんな権限があるわけでもないが兵は言われたようにそれについて調査を実行した。


 幾日か過ぎてそんな命令をすっかり忘れていたところで報告が上がってきた。

 ご苦労様と言うわけでもなく資料をひったくると目を通す。


 ――なになに、ロマノフスキー大尉三十代前半の巨漢、実戦部隊の長でありサウジアラビアからホンジュラスへ入国の履歴あり。


 イスラム教徒国家であるサウジアラビアからやってきたことに意外性を感じた。

 ウズベキスタン人でもロシア系にイスラム教徒は少ない、つまりはその入国ルートは偽装の為に使われた可能性が極めて高い。


 しかし交信記録では一度だけこの男がアラビア語を喋った形跡があった。

 フラットの隣人と……だからあり得なくはない、しっくりとはこないが。


 読み進めるとフランス語でレジオンと出てきたところである。


 レジオン、つまりは外人部隊。そこに所属したならば多様な言語がフランス語を起点に繋がるわけである。


 もう一度交信記録の履歴を漁る。

 記号化したり整理されて誰がどの言語を使っていたかを一覧表にしてある。


 首脳陣はフランス語が共通語ではないだろうかと見て取れる、スペイン語がネイティブな奴を現地採用したとするならば全員がフランス語理解者だとあたりをつける。

 つまりその部隊の組み合わせをスペイン語抜きにして予想を踏まえて並べてみる。


 ――きっとこれに違いない! いやだがしかし、こうなると司令とロマノフスキーは五カ国語以上を理解することになってしまうが……


 それもまたあり得なくはないが前提にするには厳しい条件だと自覚する、断定するには首を傾げたくなった。

 もっと詳しく調べてみねばなるまいと考えてからはっとする。


 ――俺はそんな役目を受けたわけではなかったな、一つ誰かを前に押し出すとするか。


 そう言えばクァトロを追っている部隊が基地に戻ってきているはずだと思い出して重い腰をあげることにするのであった。


 コスタリカからニカラグアへの越境を再び行う。

 地続きというのはフリーパスに似通った結果を生み出してしまうようだ。


 今回は随員が車二台分になってしまったので隠密行動には厳しいものがある。

 そう遠くない未来にトラブルがやってくるだろうから早めに解決しなければならない。


 釣り堀は今日も営業しており釣り人もちらほらと姿が見えた。


 ゾロゾロと向かうではなく兵士一人とミランダだけを連れて小屋へと向かう。


「お久しぶりイーリヤです」


 片手をあげてパストラに向かって挨拶を行う。


「お前さんがわざわざやってきたということは何か大事があったのだな、まあ中に入るとよい」


 兵士を見張りに残してミランダを連れて小屋にと入る。


「何じゃ今日は彼女連れか?」


「そう見えますか? 俺とじゃ離れすぎてる気がしますが」


 とは言え十歳位ならばそんなこともないかと思い直す。


「まあいいわい。それでどうしたのかね」


 アイスコーヒーは日本の文化なのだろうか暑くても常にホットでコーヒーが出てくる。


「はい、クァトロは今後ニカラグアの次期大統領候補にパストラ氏、あなたを推すことに決めたため挨拶に参りました」


 しれっとそんな重大なことを語る島に軽い不快感を表す。


「儂はそんなことは聞いてもいないし考えてもない。他をあたったらどうじゃ」


 にべなくそう答えられてしまう。


「いえそうは行きません、立ち上がるのはあなたの為でもあるからです。ニカラグアの未来を背負い国を正すよう尽力するならば、あなたが一番欲するものが手にはいるでしょう」


 やけに力が入っているのが感じられたが空回りとはこのことだろうか。


「儂は何も欲しくはないよ、大統領にもなりたくない。ただ余生を平和に暮らしたいだけじゃ」


 そう頭を左右にゆっくりと振ってコーヒーを口にする。


 島はポケットから指輪を出してテーブルに置く。


「儂がやった指輪じゃな、そっちのはお前さんが持っていたものか」


「はい、こちらの指輪をよくご覧になってください」


 怪訝に思うも手にとってじっくりと調べる、しかしパストラにはよく判別出来なかった。


「目が悪くなってな、この指輪がどうかしたのかね」


「そちらはパストラ司令官、あなたにお渡し致します。預かってきたものですので」


「誰からじゃね、今更こんなものを必要とはせんよ」


 そう、今更なと呟く。

 島に促されてミランダが口を開く。


「それは私のお祖母様からですわお祖父様」


「君のお祖母さんは何故儂にこれを渡そうと思ったのかね?」


 見ず知らずの若い女性にゆっくりと優しく尋ねる。


「お祖母様は仰りました、あの方は必ずニカラグアを正すために立ち上がりますいつの日か必ずです。と、それまで隠れて待てとのお言い付けをずっと守ってらっしゃいました――」


 パストラは指輪をもう一度しげしげと見つめ視線をゆっくりとミランダに移す。


「お祖父様初めまして、ミランダ・パストラです」


 唖然として手にしていたコーヒーカップを取り落とす、テーブルに茶色の液体が流れた。


「ミ、ミランダ……孫娘のミランダか!?」


「はい、お祖父様」


 にっこりと微笑み頷く。椅子から立ち上がりふらふらとミランダへと歩み寄り優しく抱き締める。


「ミランダ……ミランダ……あいつは、あいつの最期はどうであった?」


「お祖母様はまだご健在ですわ。そんなこと言ったら怒られますよ」


 彼女は少し困った顔でそう注意する、パストラの表情に驚きと喜びが入り乱れる。


「夫人は仰いました、あなたは必ず国を正すために立ち上がると。もし再度その意志を示すならばそれを支えたいとも」


 挑戦的な視線を送りパストラの意志を引きだそうとする。


「もしそうしないと言ったら?」


「夫人はミランダと二人で暮らすと。ついでに甲斐性なしに嫁いだ自分の男を見る目が悪かったと仰るでしょうね」


「あいつらしいわい……」


 ――落ちた!


 パストラの感情の変化を感じ取った島は思考を次の段階にと移す。


「ニカラグアはたった今から危険になりました。パストラ司令官にはコスタリカへと移っていただければと」


「イーリヤ中佐、儂は今まで貴官を見くびっておったようじゃな。よかろう、移動の手配を」


 往年の覇気を徐々に取り戻してきたようで目つきに鋭さが常在しだす。


「車を用意してあります司令官。ですが自分はクァトロの司令、同行はコスタリカまででその後はホンジュラスへと帰還させていただきます」


 言葉の意味を正しく理解してパストラがその判断を支持する。


「儂と中佐とは対等な同盟者と言うわけじゃな、結構だ見捨てられないよう努力しよう」


 小屋を出ると釣り人にと言葉を投げ掛ける。


「ちょろっと出かけてくるでな、釣り堀は休業じゃ」


 釣り竿糸を垂らしていた者たちが何事かと振り返る、パストラの隣に島が居るのを見て数名が近づいてくる。


「どこにお出掛けで?」


「コスタリカじゃ」


 パストラと島の顔の間を視線がいったりきたりする。


「青春よ再びですか。もう釣り竿は必要ありませんな」


 男たちが手にしていた釣り竿を足元に置く。


「こんな場所で釣り糸垂らして老衰するよりかはいくらかマシな未来でしょう」


 パストラが溜め息をついて車を確かめる。


「中佐、二台では足りないようだ、少し待ってくれ裏から車を出してこさせる」


 比較的若い男がどこかへとかけてゆく。


「司令官、彼らは?」


「夢が忘れられない困ったやつらじゃよ」


 肩をすくめてそう釣り人達を一言で表す。


 ――司令官は要員を手元に残していたのか、食えない爺さんだな!


「さあオルテガの手下が来る前に脱出しましょう」


 兵に先導させて南へと車を走らせる。

 そう望もうと望むまいと三台連なって走る車というのは目立つもので、国境ぎりぎりで検問所が設けられてしまっていた。


「さて気付かれたのかのぅ」


「余程の愚鈍な警備司令でなければ何かあると考えるでしょうね」


 検問所には警備兵が四人と指揮官が一人、後方にも同数が見受けられる。


 ――強行突破をやってやれないわけではないが、さてどうしたものか。


 車を止めて島が思考を巡らせる、三台になってしまい動きが重くなっているのがネックだ。


 隣の車から一人降りてきて窓を叩く。


「あの検問所の指揮官は近所のガキだ、通すように話をつけてくるよ」


 簡単に事情を説明して釣り人(正確ではないが紹介もされてはいない為)が一人歩いてゆく。

 検問所に向かい後方から指揮官ががやってくると声をかけて少しやり取りをして何かを手渡して戻ってくる。


「話はついた通って良いとさ」


「エンリケ、一体何を渡したんじゃ?」


 パストラが金を渡したのなら補填してやろうと尋ねる。


「鍵ですよ家の。あいつのところは最近結婚したばかりでしてね、どうせ戻るには時間がかかるからって家を貸してやったわけです」


「はっは、そう言えば新婚じゃったかの、親と同居を解消するには適当な理由が出来てありがたいわけか」


 長いこと住んでいたら当然顔見知りが出来てくる。

 詳しい検問内容は解らないがパストラが指名手配されるには早すぎるために堂々とそれを通り過ぎた。


 エンリケご一行様はコスタリカでコーヒー農園を買い付けに出掛けるとの名目で、労働者を引き連れての移動を認められたらしい。

 確かに体力はありそうだと口元を綻ばせる。


「紹介を忘れておったな、あいつはエンリケ、エンリケ・オズワルトじゃ。夢見がちなのは家系なんじゃろ」


 ――そう言えば少佐が弟が南部に住んでいると言っていたな、まさかパストラの所にいたとは。

 コスタリカへと入ると近くの警察署を探して駆け込む。


 パストラがちょっと政治亡命したいんじゃと軽く話しかけると係員が意味を解さずにお待ちくださいと上司に相談に下がる。


「それでは司令官、自分達はここまでで」


「うむあいつに伝えてはくれんかね、長らくすまなかったと」


「それはご自身の口からどうぞ。事情はミランダが説明するでしょう」


 彼女を見るとはっきりとわかるように頷いた。


「儂は幸せ者じゃな、負けっぱなしで人生終わりと思っておったら最後の最後に逆転勝負を挑めるとは」


「戦場では最後に立っていた者が勝者です。一同、コマンダンテゼロに敬礼!」


 島に習いロドリゲス以下三名の兵士がパストラに敬礼する。

 警察署の中で注目を集めたが気にしなかった。


「うむ、コマンダンテクァトロに敬礼」


 パストラが島に対して返礼するとエンリケらも揃って敬礼する。

 ざわつく衆人の中を胸を張り出て行くクァトロの面々であった。

 その日ダニエルは荒れていた。あれだけ注意して監視させていたパストラが突如姿を消したと報告を受けた翌日、中米共同通信がコスタリカでパストラが政治亡命を行い受け入れられたと報道されたからである。


 ただ移住するだけならそのような報道はしない。

 彼はコスタリカでサンディニスタ政権を批判しだしたのだ。


「ウンベルトはまだ来ないのか!」


 秘書官がとばっちりを受けるが司令官は未だに姿を表さない。

 警備軍司令部にと確認の電話をかけても視察に出掛けたまま戻っていないと返答があるのみである。


 有り体に言えばウンベルトは逃げたのだ、誰かが先に怒りの的になってから顔をだすつもりなのだろう。


 苛つきが増してきてついにダニエルが受話器を手にする。

 無駄と感じていながら情報部に自ら連絡をつける。


「局長を出せ、私だ」


 事務員が慌てて局長の姿を探すが居ないためにその場の最高責任者にと繋ぐ。


「審議官のマドラスです」


「局長も不在か、どいつもこいつも! 審議官君でよい、すぐにパストラの身辺調査報告を行いたまえ」


 まくしたてるような勢いで指示を与える、命令系統もなにもあったものではない。


「大統領閣下の緊急命令として拝領いたします。一両日中には一報をいれさせていただきます」


 納得のいく対応にダニエルの気が少し落ち着く。


「マドラス審議官、君の手腕に期待しているよ。報告次第では私の手元にと異動させようじゃないか」


 昇進をちらつかせてやる気を起こさせようとするのはウンベルトと似ているところがある。


「ありがとうございます。必ずやご満足いただけますよう努力致します」


「うむ、それと局長が帰ってきたら私に連絡するように伝えておけ」


 一方的に受話器を置いて話を打ち切る。


 ――パストラだけなら何ということはない、だがコントラがまとめて奴を支持したら厄介になるぞ!


 政権の打倒は敵の敵は味方という図式でも成り立つ、その後の空席を埋める争いはまた別物なのだとオルテガは身を持って知っていた、いや知りすぎていたのだった。


 ロドリゲスが島へと捕虜からの情報を報告しているとこへたまたま書類を提出しにきたロマノフスキーが出くわした。


「それで奴が知っていたのはチナンデガに対クァトロ連隊の本部が置かれたことと、チナンデガの陸軍司令部にロシア語担当として軍事顧問のジューコフ少佐が赴任してきているってことだけでした」


「なんだってジューコフだ?」


 二人の会話を不意に遮って声をあげてしまう。

 普段は決してそのようなことをしない大尉だけに島ですら唖然として顔を見つめてしまった。


「大尉、ジューコフ少佐とやらを知っているのか?」


 出るべくして出た疑問を率直に尋ねる、知らないと言うならそれでも構わないが。


「多分……」

「多分?」


 これまた珍しいもの言いに首を傾げる。


「確信はありませんが自分を殺した男かも知れません。当時中尉だったので少佐ならば順当なところです」


 ロドリゲスには自分を殺したの意味がわからずに怪訝な表情を浮かべる。


 ――そうかロマノフスキーが揉めたロシア軍の相手か!


 六年前程には国を捨てて脱出していたので確かに少佐ならば妥当なところだと納得できる。


「中尉、ロシアの軍事顧問だが元の所属や軍歴まではわからんか?」


「コーカサス東部所属のようですがそれ以上は不明です」


 コーカサス東部にはカスピ海を中心にカザフスタンやウズベキスタン、アルメニア、アゼルバイジャンなどがあるため気配濃厚となる。


「大尉、そいつの顔は覚えているか?」


「ダー。もし本人なら手の内を推測しやすくなります」


 ――復讐を狙う可能性もあるにはあるが、もし俺が逆の立場なら止めたってきかんだろうな。


「ロドリゲス、早急にジューコフ少佐の顔写真を入手するんだ」


「スィン、朝に食べたバナナの数まで調べ上げてやりますよ」


 本当ににそこまで指示しそうな勢いで了解する。


 何か考え事をしているような一面を見て取れたため告げる。


「ロマノフスキー、ジューコフに復讐するなとは言わんが一人で突っ走るのはいかんぞ」


「……わかりました」


「心配するな俺が必ず復讐出来る場を作ってやる、その時まで楽しみは取っておけ。許して貰えるなら俺がやりたいくらいだ」


 本心でもあったために真面目な顔でさらっと述べる、友の敵は自らの敵である。


「中佐といえどもこの獲物だけは譲れません。その時が来るのを心待ちにさせていただきます」


 納得した顔に戻ったため島も大きく頷く、どのようにして場を作るのかまた別の問題が出てくるが、その場で納得させるのが重要なのだ。

 大尉が部屋を出るのに続いて中尉も立ち去る。


 ――軍事顧問か。そうそう前には出てこまい、だがあちらがロマノフスキーの名前を聞いたらどうだろうか?


 自身が軍事顧問をしていた時も大抵は司令部にと詰めていたのでジューコフもそうだろうと考える。

 何せ他国からの将校であり直属の手下などたかが数が知れている。


 ではどういった場面ならば前線に足を運ぶかを考えてみる。


 ――命令があれば出ざるを得ないが命令系統としては首都の司令官直属だろうからこの目は無いな。では自発的に前に出る理由を考えてみるか。

 自身が利益または不利益を被るならば動機として発生する。彼が得る利益はなんだろうか? 金か名誉かはたまた権限か。外国で権限を求めはしないだろう、ロシアより逼迫した国で求めうる金も然りだ、ならば残るは一つだ。

 不利益の場合は後方に居るとより身の危険を感じる、つまりは司令部に爆撃予定の情報でもあれば理由をつけて視察でもなんでもと逃げ出すだろう。


 考えをまとめてメモにと書き出してみる、幾つか下準備が必要だと仕事を割り振る先を想像し思考を中断する。

 別のことを挟んでから再度考えたら案外良い思い付きが出て来るためであった。


 パストラ司令官がコスタリカで盛んにサンディニスタ政権を政治攻撃していた。

 夫人がその姿を見てホンジュラスから出国したのも最近である。


 失ってしまい二度と戻らないと思ってた妻と息子の忘れ形見を回復してパストラは二十年近い時をも取り戻したかのように精力的に振る舞う。


 かつての部下も彼を慕い参集してきているらしい。

 活動資金を得るためにアメリカへと飛んだハラウィ大尉も悪くない手応えだったと報告してきいている。


 報道の会見の中でパストラはクァトロについても触れていた。

 彼らはニカラグアの希望に光をあてるために現れた戦士だと。

 特に島のことをコマンダンテクァトロと表したので話題になっていた。

 かつてのコマンダンテゼロのように国を憂いて活動をしている、この報道を見ている国民は協力してもらいたい、そうまで支持を断言していたのだ。


 ――この返礼も何かしらやらねばならんな。

 さりとてはっきりとクァトロがパストラだけを支持するのは危険であった、本人に伝えるのは別として組織がそう公表するのは控えるべきである。

 オルテガだけでなくチャモロも妨害に回る可能性が出て来るためだ。


 敵を作らずにオルテガを失脚させて親米の勝ち馬に乗じることが傭兵としての最大目標であり、親密になったからとパストラを推すのとはまた別の話である。

 肝要なのは結果であり、そこに行くまでのプロセスには変更があっても認められる、通る道筋部分でのことだけなのだから。


「また誤報というわけにもいかんからな」


 前回とは違って特定の誰かを引っかけるわけではないので、それを見聞きして勘違いされるほうが怖い。

 何せ失敗は許されない、レバノンのように長いこと小競り合いをしているわけではなく、今まさに一発勝負を仕掛けようかとのところでミスは命取りになってしまう。


 一息ついて窓から外を眺める。後勤の兵等があれこれと動き回っていた。

 傷を癒すために暫く大々的な作戦行動は控えていた、そろそろ大きな戦果を出さねばならない時がきていると感じるのであった。


 ふと思い付いた為に少佐の執務室へと足を運ぶ。

 整理整頓された部屋は司令室と呼ぶよりは事務所の方がはるかにしっくりとくるのではないかと感じる。


「少佐、ちょっといいかな」


「はい中佐」


 ペンを止めて書類をまとめると島のところへと歩み寄る。


「忙しいところ悪いが一つ頼まれてくれ。クァトロ軍旗、これのナンバー入りを五枚生産して欲しい」


「お安い御用です。一から五まででよろしいでしょうか?」


 いつ頃出来上がるかまで即答可能な仕事にわざわざ中佐が直接きたことを不思議に思い尋ねる。


「何か別のことも絡んでますね?」


「ははっ、大分わかってきたな少佐。ナンバーはこれにしてくれ」


 メモを渡され首を傾げる、それがどのような意味を含んでいるか吟味する欠番を作るとの理由を。

 中佐から何かの意思表示なのだろうか。

 だとしたら少佐である己はどのような振る舞いをするのが良いかなど頭の中を渦巻く。


「まあとにかく頼んだよ。それとリリアンだが――」


 名前を出されると考えが中断されて頭が娘のことで一杯になってしまう。


「な、なんでしょうか?」


「中々みどころがある、雑用から外し食品管理だけでなく物資管理の責任を持たせてやりたい、どうだろうか」


 親の影響だろうか手際の良さが光る、もっと幅広い権限を持たせて試してみたい気になったのだ。


「あれに務まるでしょうか? ご迷惑をお掛けしてしまいそうで」


「もし余りに逸脱してしまうようならばストップをかけてやればいいさ。案外俺達が考えている線より既に上にいるかもしれんぞ」


 笑いながらそう可能性を諭してみる。


「それでは試しにやらせてみます。詳細は先任上級曹長と打ち合わせます」


 ――こうみるとただの父親だな、いずれ俺もそうなるんだろうか?


 三十を目前にした自分の未来を想像するが、どうにも平和に暮らしているとは思えなかった。


 短パンにランニング姿になった島は地面で少し転がり汚れをつけると例によってアメリカ軍基地の正門へと掛けていった。


 門衛にきつくとめられてまた時間を食っては面白くないめ、部屋に連れられて行くと同時に大佐のグラスだとすぐに報告をするように威圧的に命令する。

 グラス、日本語ならば草にあたる隠語は、市民に溶け込む密偵の類を表す単語として利用されている。


 今度は半分程の待ち時間でジョンソン大佐が現れた。


「今日もナイスガイだな中佐」


「何ならご一緒にいかがですか? 大佐ならきっと自分より似合いますよ」


「そうしたいが火曜日は土塗れになるなとカミさんの言いつけでね」


 敬礼の後に握手を交わして椅子へと座る、そしてすぐにコーヒーが差し出された。


「大佐、いよいよチナンデガに攻撃を仕掛けようと思います」


「ふむ、そうか」


 武力で、医療で、政治宣伝に経済、あらゆる方面からチナンデガ周辺の集落を削ぎ落として防壁を排除してきた。


 人々はオルテガ政権を支持するのに懐疑的になり、司令要員に命を尽くすことも減っていた。

 都市部ではクァトロの活動を受け入れ、政権の押し付けを拒むように風向きが変化している。


 国際港の外国人居留地でもこの活動が話題にあがっており、今後どのように推移するかが酒の肴になっていた。


 軍部は現状をひた隠しにすべく流言飛語を厳しく規制し、自らの首を締めるかのような行為を繰り返している。


「そこでチナンデガの軍施設に爆撃を要請させていただきます。しかも相手に情報漏れする形で」


 ただ要請されるだけならば関心も何も無いのだが、わざわざ漏れるようにとのあたりに興味を惹かれる。


「さて次は何を企んでいる、俺にだけこっそりと教えてもバチはあたるまい」


 身を乗り出してそう挑みかかる。


「ロシアの軍事顧問を戦場にいぶりだしてやろうかと思いまして」


 そうヒントを与えて反応を確かめる。


「軍事顧問を? そいつが前線に出ても部隊が強化されるだけだな。するとそいつ自体が目的なわけだ」


 流石にその先までは説明なくは解するわけもないので付け加える。


「実は副長の因縁の相手でして、彼の手で決着をつけさせる為に場を整えてやろうかと」


 大佐がそれを聞いて膝を叩くと乾いた音が響いた。


「良いだろう、中佐は戦だけでなく軍人が何たるかをよくよく理解している! ものは相談なんだが、任務が終わったら俺の下にこないか? こんなに気が合う奴は珍しい、上には必ず了承を取り付ける」


 島が申し出に目を白黒させてしまう。


「高い評価をいただき恐縮です。目的を達成して命がまだあったなら是非お願いしましょう」


「言ったな中佐、よーし必ず任務を達成させるんだこれは未来の上官命令だぞ」


 承知しましたと笑みを見せる。

 島にしてもこの大佐と波長があっているため悪い気は全くしなかった、むしろ認めてもらえて素直に嬉しい気持ちが強かった。


「では前日にまた連絡させていただきます」


 去り際に大佐が呼び止めて一言投げ掛ける。


「もし副長がそれで戦死してしまったら中佐はどう思う?」


 戦場なのだから不意に命を落とすこともあれば、全力で戦い敗北することもあるだろう。

 くるりと振り返り大佐の目を見て断言する。


「ジュ ネ ルグレット リェン」


 言葉を残して部屋を出て行ってしまった。

 記録係の兵士が言葉を解さずに困った顔をする。


「大佐殿、今のは何と記録いたしましょう?」


 やりとりをレコーダーではなくメモで残していた為にペンが止まってしまった。

 無論レコーダーは別に使用されているが単純に言葉がわからないのだ。


「それでも俺は後悔しない、だ。ますますもってあいつは戦士だよ」


 どうしてフランス語を理解していることを中佐が気付いていたかはわからないが、一度そう決めたなら確かに後悔はすべきではないと大佐もよく理解していた。


 司令部に戻ると上級曹長を呼び出す、それは兵を使い直接的に何かをするつもりなのだというのがわかる。


「上級曹長に特に指示がある。チナンデガ攻略戦を近々行う、その際にロマノフスキー大尉が危機に陥る場面が一度ならずあるはずだ。如何なる手段を用いてもこれを護れ」


 意味するところが何かはわからなかったが彼にはそんなことは関係なかった。


「我が命に替えても大尉をお守り致します」


「いや待て大尉の替わりにお前に死なれたら意味がない、大尉を護りプレトリアスも生き残れ」


 ハードルをより高く設定するような口調で彼の身を案じる。

 プレトリアスも自分がロマノフスキーと対等だと言われて感動する。


「そう心掛けます。専従班を直属させて常時注意を払うよう致します」


「結構だ。チナンデガだけでなく、ニカラグアに対する作戦企画は目的ではあっても最終目的ではない。未来はまだまだ広がるからな。上級曹長、一緒に歩もうじゃないか」


「喜んでお供させていただきます。司令を閣下と呼べる日を楽しみにしておきます」


 黒い顔に白い歯が輝く、人種は関係なく信頼や友情は築かれるものだなと心に染みる。


「三十にもなっていない小僧に沢山求めちゃいかんぞ。だが努力はしようじゃないか」


 十年後になったとしてもまだまだ若年なのは変わらないために気楽に待つよと答えて退室させる。


 さてと、と首をコキコキ鳴らしてグロックを呼び出す。

 別に待っていたわけでもないだろうはずがやけに早くに現れた。


「中佐殿のご指名がありそうだと待機しておりました」


 たまたま用事があって近くに居ただけなんだろうが、本当にそうかも知れないと思えてしまうのが恐ろしい。


「ほう、ならば内容を当ててもらおうか、ビール一ダースを賭けようじゃないか」


 サラサラとメモに一筆して伏せる、変更は出来ないよう公平に。


「なに簡単な推理ですよ。中佐がアメリカ軍基地に行って帰り、少佐や上級曹長に命令をだしたなら自分にもこう言うでしょう、集落に扇動をかけろと」


 事も無げにそう説明して、いかがですか、と反応を促す。

 仮に違ったとしても別の命令を出しづらい雰囲気になってしまった。


「俺はただ酒を配りたい気分だったんだよ。決行日に蜂起や同調をするよう調略してもらいたい、サボタージュだって歓迎だ」


 言うは容易いが人を動かすのは大変なことである、しかも何ら保証も面識もないものほど困難なのは周知の理である。


「どのような約束まで行いましょう」


 敢えてぼかして質問して島に頭を使わせてくる、こんなところは昔から変わらない。


「チナンデガの代表を一人、新政府に推薦してやろう。首尾よく成功の暁ではあるが、今の俺にはこれくらいしか出してやれるものがない」


 口約束の最たるものだなと自らを嫌悪してしまう。


「連中だって他人事じゃないです、それで充分すぎる内容でしょう。他には何かございませんか」


 少し考えてみたが同時に仕事を割り振るべきではないと判断し、ハラウィ大尉を呼ぶようにとだけ言って話を打ち切った。

 ゆるりとした動作で敬礼すると足音をたてて去っていった。


 外出していたためにハラウィ大尉が出頭してきたのは一時間ほどたってからであった。

 その間に低く重なっていた書類にじっくりと目を通して部隊の把握に力を注ぐ。


「ハラウィ大尉出頭いたしました」


 グロックにはついさっき呼ばれたたのだろう、特に遅くなったなどの理由を告げずに眼前に立つ。


「大尉、チナンデガの攻略を行う。作戦全体の立案を頼むよ、アメリカからの空爆は了承を得ているから織り込んでくれ」


 普段はロマノフスキーが担当している部分を、しかも最も重要な時に任せられた為に気持ちが遅れてしまう。


「自分でよろしいのでしょうか?」


「ああワリーフがやらなくて他の誰がやるんだ? お前は十年二十年先にレバノンで軍の要職に就くことが決まっている、ここで一つ勝手を掴むのも悪くないだろう」


 それが義兄の配慮であるのを感じ取る、役割を充てるまでが情でその先は間違いようもない責務だというのも理解する。

 今までとてぼーっと過ごしてきたわけではない、そう己の自信を奮起させる。


「必ず期待に応えてみせます。ですが失敗した時には容赦なく切り捨てて下さい」


「――そうするよ。俺の判断で何百の人の命を左右する、そこに情念を挟む余地はない」


 きっぱりと言い切りながらもそうなった時に果たして可能かどうかは島にもわからなかった。

 しかし情けをかけられて嬉しくはないだろうことは痛いほどにわかる、むしろ本人には嫌われるかも知れない、それでもスラヤを失ってしまったファードにワリーフまでとはとても言えそうに無い。


「話は変わりますがマイアミの富豪巡りをしたときに協力的な男に出会いました。見た目はどこにでもいる壮年なんですが、これが中々のものです」


 こうまで誉めるからには接触を勧めているのと同義である、作戦前に時間がとれるかは怪しいが無碍に却下も出来ない。


「そいつは朗報だ、味方は多いに越したことはないからな」


「今度紹介します。あちらからホンジュラスにとくる用事があるそうですから。正確にはニカラグアの在郷人の支援に、ですが」


 やってくると言うならば会うのもそうそう難しくはない、ハラウィ大尉の面目も立つ。


「わかった。作戦よろしく頼むよ」


 そう締め括り手配忘れがないかを再度チェックする。

 ――機械化小隊の視察をしておくか。


 全く気にかけていなかったが少尉に任せてそのままというわけにもいかない。



 破壊工作の対象にされないよう特別にフェンスを二重に設けてロケットや手榴弾などの攻撃から避けさせていた。

 更に周辺を警備区域と訓練区域にするなどして人目が必ずあるようにして護らせている。


 ――外人部隊出身者だけに安定感は抜群なわけだ。


 基地外周を走っている機械化小隊に自らも混ざって少尉の隣で伴走しだす。


「おや中佐殿、運動不足ですか」


 ベルギー人の彼がそう茶化してくる。


「そうならない為に一緒に走ろうかと思ってね。ペースが低いんじゃないか?」


 少尉にけしかけると、そいつはいかんですな、とピッチを上げた。

 隊員はそれでも必死になってついてこようと頑張る、見上げた心意気だ。


「お前たち頭でかなわないのに体力でまで中佐に負けたら承知せんぞ!」


 そうはっぱをかけて更に速度をあげる。

 中距離走のような感じだろうか、歯を食いしばって皆がついてくる。

 島がマリーに目配せをする、徐々にペースを下げて足を止める。


 休憩だと言い放ちその場にと腰を下ろす。

 あちこちで息を切らせて俯いているので悪いなと思い声をかけてやる。


「お前たちマリー少尉のいたずらによくついてきた、今夜俺のおごりでビール一杯ずつつけといていいぞ!」


 へたばっていた兵士が歓喜の声をあげる、仕方のないやつらである。


「で、中佐殿はどのような御用で?」


 凝り固まった権威主義者からは遠く離れたスタンスの島だからか親しげに話し掛ける。


「何のことはない部下が優秀すぎて仕事が無くなったからふらふらしてるだけだよ」


「それは大変ですな。こんなときこそ司令は奥の手の一つや二つ増やしてみちゃいかがですか」


 ――確かにありだな、そいつを真剣に考えてみよう。


 島の表情が変わったために言い過ぎたかと一瞬心配になってしまう。


「参考になった、奥の手か……そうかそうだな……」


 根が真面目なのだろうとマリーが笑う。


「まあ響きが格好いいじゃありませんか」


 ご大層に考え込むようなことじゃないと付け加える。

 だがしかしもう一手との考えが気に入った為にマリーに礼を言って去っていくのだった。


 ――味方の動きは任せるとして、敵の中に手駒を作ったり局外に食指をのばしたりは出来ないだろうか。

 特定の状況でのみでよいから劇的な変化をもたらす何かを。

 逆転まではいかなくとも不利を帳消しにしたり、損害の停滞を見込めるようなものを。

 敵への命令系統を一本入手して惑わせる、このあたりが妥当なラインじゃないか?

 どうやってその枝を付けるか、そこを検討してみよう。


 顎に手を当てて思案顔で自室へと戻る。

 どうしたのかなと視線を送る者が随分といたに違いない。


 軍事的な能力は並だが気転が利く者、前に上級曹長がそう評価した者がいるのを思い出した。


 リストからチェックされたそいつを掘り起こして司令室へと呼び出す。


 当人は何を叱責されるのか戦々恐々で出頭する。

 ホンジュラス人である上等兵、戦闘では功績をあげられずに他の同期の中で唯一伍長に昇進していない。


「コロラド上等兵参りました」


 態度で文句を付けられないようにと気を張って申告する。


「上等兵に質問がある。ニカラグア裏社会の存在を知っているか?」


 何をどう答えるべきか判断がつかないため話を合わせて先へと進める。


「多少ならば、主に麻薬販売、誘拐、強盗などの犯罪者集団でしょうか?」


 当たらずとも遠からずだと頷く。


「そんなところだ。そいつらと連絡を取りたい、だがクァトロから直接繋がるわけにはいかない、この意味がわかるか?」


 自発的に任務を行わせようと迂遠な表現をしてみる。


 ――汚い仕事をさせようって腹か。軍務じゃ無理でもそれなら俺にだって自信はある!


「条件を教えてください」


「クァトロから除名、一時金の預託、成功したら金か地位かを約束しよう」


 はっきりと言い切って含ませるような真似はしない。

 結果に対する責任は果たすつもりなのだ。


「失敗したら?」


「裏社会の闇に飲み込まれてしまうだけだろうな」


 人知れず屍を晒すことになるのは目に見えている。


「良いでしょうクァトロに入るまでは人扱いされなかった俺でも使い道があったと素直に受け取ります。成功したら地位を要求で」


 何かを企むような目つきではなく勝負をかける目であるのを認める。


「では契約は成立だ。目的を指示するそれは――」


 他に声が漏れないようにと耳元で囁く、それを聞いて納得したのかコロラドが口角を少し吊り上げる。


「やってみましょう。サインはスペイン語で緊急警備指令とでもしましょうか」

 警備軍なのか警備隊なのか曖昧なところが憎い。


「そうしよう。当座の資金だ追加はリリアンにでも持たせるよ、男よりかわいい娘の方が良いだろう?」


「そいつは言えてますね」


 デスクから紙幣の束を取り出して握らせる、持ち逃げされたらされたで諦めがつく位でしかないが現地ではまとまった金額である。


「では除名する。理由は伍長への昇進がなされずに待遇に不満とでもしとくか」


「口論の末に中佐の怒りを買って出奔と。ちょっとお借りしますよ」


 デスクにあった陶器の器を手にして床にと叩き付けて早口のスペイン語で何かをまくしたてて扉を蹴りつけて飛び出してゆく。


 ――なかなか迫真の演技で結構なことだ。


 時を隔てずにロマノフスキーがやってきて何事かと質問してくる。


「コロラド上等兵が待遇に不満だと騒いで出て行ったよ。一人だけ上等兵のままで同期は伍長だ! ってね」


 説明してから軽くウインクをして反応を窺う。


 こいつは何かあるなとロマノフスキーが察する。


 他の者も司令室に集まってきて状況を把握しようとする。

 ロマノフスキーが静まれと発して説明を代行した。


「コロラド上等兵が上官に暴行を働いた、やつは除名だ。次に顔を見せても基地には入れるなよ、余所で見掛けても一切構うな!」


 一様に大尉を見てから中佐へと視線を移すが、島は全く反応を見せない為にその説明で了承して自室へと去ってゆく。

 ロマノフスキーだけが残されて向き直る。


「その時がやってきたら説明いただきましょう中佐」


「君が副長でありがたい限りだよ、ご苦労」


 それでは失礼と敬礼して大尉も部屋を立ち去る。

 付き合いの年月がそうさせた、中々の連携と評価されて良いだろう。

 ――余計な仕事を作るのも案外楽しいものだな。


 サンディニスタ解放運動党の本部ビルは俄かに慌ただしさを増していた。

 パストラの精力的な活動に刺激されたのだろう、自由連合も反政府の発言を繰り返しオルテガ政権の退陣を声高に叫び始めたのである。


 そもそも野党などというのはいつでもそうなのだが、今までと勢いが違っていた。


 コスタリカからの活動を黙ってみていたら言い分を認めたことに成りかねないため、ことあるごとに違う切り口で政権に抗議を起こしているのだ。


「次の報告はなんだ」


 不機嫌丸出しで秘書官に予定を確認する。


「マドラス審議官がパストラの調査報告を行う予定です」


 ああそいつか、と名前を思い出す。

 今更身辺調査をきいたところで何の役にたつのやら。


 事務服を着た抜け目なさそうな男が書類片手に入室してくる。


「マドラス審議官です。閣下の緊急指令の最終報告にあがりました」


「ご苦労だ。何か新しいことはわかったかね」


 無いならさっさと出ていけと言わんばかりに突き放したような口調になる。


「はい幾つか。亡命時にパストラは十名程度の数で警察署に逃げ込んだようです。そこでクァトロと接触していた模様です」


「やつらの手引きで逃亡したのか」


 妥当なところだなと納得する。



「注目すべきところはコマンダンテクァトロと呼ばれる人物がここに存在していたことです。かの人物は東洋人の若者で、三十代になってもいない青年だったとか」


「イーリヤ中佐が二十代の若者だって? しかもそれが東洋人だと。その報告は正確なのかね審議官」


 そんな馬鹿な話があるかと疑ってかかる。

 かくも上手く国を騒がせている敵のボスが若僧なわけがない。


「後に明らかになればご納得いただけるものと確信しております。次にパストラに夫人が付き添うようになりました」


「やつの妻は十年以上前に死んでいるはずだが、色付いて再婚したのか?」


 有名になって若い女が寄ってきたのならば醜聞の類で好ましい。


「それが永らく行方不明だった夫人が見付かったそうです。その喜びは相当なものだったようで」


 ――もしかしてそれが奴を張り切らせているのか?


「事実にしろ作り話にしろパストラに影響を与えているのは間違いないだろうな。他には」


 こいつならまだ何か調べているはずだと思えて先を促す。


「孫娘のミランダというのも現れたようです。彼女は警察署でも目撃されています」


「すると夫人も孫娘もクァトロが保護していたと? 一体イーリヤ中佐とは何者なのだ……」


 不気味な相手に風変わりな興味が沸いてきた。


「パストラの周りにはサンディニスタ解放運動当時のメンバーが少なからず集まっているようです。私が調べられた内容はここまでです」


 浅く頭を垂れて書類一式を秘書官にと手渡す。


「マドラス審議官よく調べた、引き続き命令を与える。イーリヤ中佐について調査するんだ、軍も使ってよろしい協力させよう」


「ははっ、承知いたしました」


 今度は深く礼をして畏まり執務室を退出する。


 ――ウンベルトは何をやっているやら。


 一向に鎮圧されない状況に憂いを覚えて弟の顔を思い浮かべるのであった。


 チナンデガ市攻略のために司令部要員が召集された。

 今回からマリー少尉もこれに参加する。


 ロマノフスキーが島をちらりと窺うと小さく首を縦に動かしたため口火を切る。


「クァトロは全力を以てしてチナンデガ市そのものを攻略する。まずは作戦の概要を大尉から説明する」


 中央にあるテーブルに拡大された市街地の地図が広げられる。


「チナンデガ市には県庁が存在しています、その中に市庁も統合されており政治的な最重要目標はこれになります」


 市の中心部西よりを指揮棒で指して場所を示す、海岸側が見渡せる場所に最初建てられたのだろう。


「チナンデガ軍の司令部は港付近、これは海軍が管轄していて陸軍は北よりのこちら、駐屯司令部があるので重要目標は陸軍のものになります」


 海軍は船に乗って避難してしまうのが通例と言える。

 理由は単純で明快である、陸で戦う術を持たない上に海軍兵は補充が効かない精鋭であり消耗させるべきではないと軍令が出されているからである。

 船乗りに航空機を渡しても宝の持ち腐れになるように、陸兵に船だけ残されても困る現実がそこにある。

 もし万が一、船を略奪されでもしたら目も当てられない。


「警察署はこれ、テレビ局がここ、ラジオ局がそちらでこれらは一定期間占拠するか使用不能にするかで構わないでしょう。問題は野戦連隊が一つ駐屯していることです」


 前に包囲の罠を仕掛けてきた奴らだと強調する。


「駐屯地にいつでも待機しているわけじゃないですからね、近隣に訓練にでも出ていたら遊撃隊のような扱いになっちまいます」


 中尉が表すようにどこにいるか解らない相手は厄介極まりない。


「連隊とは言うけど中隊が五つの戦力ですな」


 諜報により規模が明らかになっていた、より大きな部隊を呼称するのは連隊長が大佐か中佐ということなのだろう。

 一方でクァトロには野戦中隊が三つ、機械化小隊が一つあり、特徴として衛生小隊が五つも置かれていた、規模から言えば一つが適当なのだがグリーンベレー作戦の兼ね合いからである。


「正面切っての戦争で街を占領するわけではなく、意地悪く政権の面子に泥を塗るために嫌がらせをするだけだからな」


 双方の戦力差が大きいのを気にしないようにとロマノフスキーが口を挟む。

 守備側はいつどこを攻めてくるか解らない相手を二十四時間警戒しなければならない、それに比べて攻撃側はねらった場所を一時だけ攻めたらそれで事足りる、五倍や十倍の差があったとしてもどちらが有利かは明白である。


 大尉に促されて先任上級曹長が口を開く。


「市民や周辺集落の民兵が同時に蜂起するように誘い水をかけてあります。ふたを開けてみないと結果がどうなるかは全くわかりませんが」


 同調者が皆無でも作戦に影響は無いためプラスアルファとしての報告だと解釈する。


「海岸沿いだけに意志をはっきり伝えておかねばならんな。放送局を占拠したらミスキート族の自治を推奨する旨を示しておけ」


 島が局外の配慮を指示するために割って入る、今までミスキート族については話題に上がったことがなかったために。


「そうなると自分が放送局占拠担当になりますか」


 言語担当が少佐か中尉しか居ないために後者が自然と割り当てにはまる。


「中佐、配備の割り振りをお願いします」


 概要説明を終えたためにロマノフスキーが進行する。


「A中隊はロマノフスキー大尉とプレトリアス上級曹長、B中隊はハラウィ大尉とグロック先任上級曹長、C中隊はロドリゲス中尉、機械化小隊はマリー少尉だ。俺は本部をC中隊に置く、チョルチカは少佐が留守を頼む」


 兵数が増したためにC中隊を増設し中尉に指揮を託した。

 荷が勝ちすぎては不味いために島が司令部を同じくして見守ることにする。


「ではC中隊が放送局の占拠を。アメリカ軍の空爆は今回ありますか?」


 大尉が重要な部分を確認する、無いわけがないのだが肯定を求める。


「ある。陸軍司令部を空爆で破壊する予定だよ」


 そうなると残るは政庁の占拠になるわけだが、ロマノフスキーが担当しようとしたところハラウィが先に名乗りを上げてしまう。


「政庁はB中隊が担当します」


 島が頷いた為にA中隊があぶれてしまった。

 何か役割を見つけようと一考するもこれといった目標が野戦連隊しか残っていない。


「するとA中隊は遊撃を?」


 最大の戦闘力を持った中隊を戦いが起こるか不明な遊撃任務で待機させる不満を露わにする。

 常に主力として戦ってきた経験もあれば自負の念も手伝って珍しく非難するような口調が混ざる。


「大尉、それはだな陸軍司令部に爆撃情報が事前に漏洩するからだよ」


「……事前に漏洩?」


 意味が分からずに言葉を繰り返してしまう。


「司令部に居る将校がその情報を得たとしたら君ならどうする?」


 そう投げ掛けられて立場を逆にして考えてみる。


「司令部から離れますね」

「どこへ?」

「手近な味方か近隣の拠点へ」


 そう答えてはっとする。チナンデガにいる野戦連隊はクァトロに対決するための部隊であるはずで司令部の将校はそこへは退避しない。

 だがロシア語担当、つまりは対クァトロのために派遣されているはずの軍事顧問はどうだろうか、真っ先に尻尾を巻いて逃げるのではなく野戦連隊に入り込み対決を求めるのでは?


「起こるかわからんがね、一個中隊対一個連隊だ、いくら短時間だけとはいえ厳しい戦いになるのは免れん。いっそ乱戦になったほうが被害だけでいえば少ないかも知れんな」


 ニヤリと笑い大尉へ視線を投げかける、何なら攪乱だけで本格戦闘は無しでも良いと提示してみる。


「そう言うことならば話は別です。A中隊は喜んで遊撃待機させていただきましょう」


 何をどう納得したのかわかったのは当事者達と中尉だけであった。

 かと言って異論が出るわけでもなく細部へと進行される。


「放送局を占拠したらどのような海賊放送をしましょう?」


 中尉が面白がって派手なものを要求する。


「オルテガ政府がチナンデガを放棄したとまず放送するんだ」


 それが事実かどうかなどこの際あまり関係なかった。

 軍を押しのけてその放送を実行出来たという事実を認識さえさせることが出来たなら成功である。


「詳細内容は小官にお任せを」


 畏まってわざわざ慇懃無礼な感じで申し出て皆の笑いを誘う。


「一任しよう」


 政庁の方は重要である。

 短時間で従う人間とそうでない人間をふるいにかけなければならない。


「役人の選別に何か名案はないでしょうか?」


 ハラウィ大尉がその方法に頭を悩ませる。

 間違って味方寄りの人物を排除してしまわないように気を配らねばならない。


 島が皆に意見を求めるとマリー少尉が手を挙げて発言する。


「ある程度の人数に区切って政権支持者側の人物を指名させてみては?」


 誰もが状況を察したら自分はクァトロ支持と述べるだろうが、他人の運命に対してはどうだろうか。


「面白いな、六人組みにして三人以上が政権支持者だと告発したら処分しよう」


 中には誤りも混ざるだろうが半数以上がそう指摘するならばまず信用してよい。

 どちらでもないならばそれはそれで良いのだ。


「そのように選別します」


 野戦連隊についての対処方を少し論じる必要があった。

 指揮所からの命令が無ければ烏合の衆なのは前の戦闘により証明されている、いかにして指揮不能に陥れるか、これは野戦司令部に軍事顧問が逃げ込むのを想定するのと関連している。


「野戦司令部に少数の工作員が入り込み騒ぎを起こしては?」

「空爆で集中的に攻撃を加えてそれどころではなくさせるとか」

「通信機が使用不能ならばどうなるでしょう」


 各自が思い付きを口にするがいかに達成させるかを考えると簡単ではないことがわかる。

 屋外とは違い航空機からの攻撃は身を潜めてじっとしていたら避けられてしまう。

 離散集合が困難な部分をこそ利点と見なすならば、やはり通信について掘り下げたいところであった。


「野戦連隊司令部の位置把握と通信遮断方について集中的な意見を求める」


 島が焦点を絞っての指示を出す、もし適当な手段が無ければ別の方法を考えなければならなくなる。


「千人近い兵士がその近くに居るわけだから、物資の流通先を見極める形で探ることはできないでしょうか?」


 それが人がいない郊外ならばまた違うだろうが、都市部では微妙なところである。

 要員から支持が得られないために次の意見を待った。


「兵士を買収しては?」


 その兵士がどの部隊に所属しているかを確かめ、尚且つ買収に応じるかどうかを見極めるには時間と労力が必要だろう。


「地方の小役人相手に中央政府命令だと一方的に伝えたりはいかがでしょうか?」

「例えば?」


 島が脈ありだと上級曹長の考えを促す。


「国税局調査が入るから居場所の回答をさせる、通知などでも」


 ――軍以外の線からならば公務員の一人扱いになるかも知れんな……実際に何か告訴でもされたら連絡位はするだろう、軍を通じるかどうかだが。


「ニカラグアでは司法は独立している?」


 不意に島が一見無関係そうな質問をだれとなく向ける。


「はい司法は行政権から切り離されています。最高裁判所が司法権を持っております」


 オズワルトがそのように表す。

 後はその仕事ぶりが早いか遅いかである。


「執行速度はどんなものか?」


「明日できることは今日しないといった有り様です中佐」


 処置なしと肩をすくめる、そんな気がしないこともなかったがそれならそれで考えもあった。


「裁判所への呼び出し通知をフェルナンド大佐宛てに偽造して、ポストマンに少し握らせて至急配達させれば現在地を調べるだろう、親展を赤字でスタンプしてやってね、受取サインも必須さ」


「問い合わせされてもすぐには答えがわからないわけですか」


 ロマノフスキーが逆手にとった発想に唸る、連隊が不在なら不在で作戦は成功率が跳ね上がるため貴重な情報となるだろう。

 毎日何百人規模であちこち走り回っているポストマン達の目を利用する腹積もりなのだ。


 個人的な通知を裁判所からポストマンが携えてきたら疑いを持つものは極めて少ないだろう。

 ましてや上官のプライベートなものを目にして厄介ごとに首をわざわざ突っ込みたがる者もいまい。


 相変わらず先任上級曹長は自ら何かを進言することは少ない。

 ――隠居にはまだ早いだろうに。だがその姿勢がありがたい。


「他に何か意見はないか?」


 作戦を有利にさせるためなら予算を割り振るつもりで更に案を求める。


「市民への呼び掛けを、チナンデガの軍司令部や政庁にですが、作戦時にイタズラ電話を掛けさせて回線をパンクさせてみては?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべてハラウィ大尉が口にする、無線は使えるが固定電話が一時的に使用不能になるのはこちらに影響はなくともあちらにはある。


「面白いな大尉、街宣車でも協力者でもアルバイトを雇っても容易に出来そうだ」


 やられたらはた迷惑だと笑いが漏れるが実際にサイバーテロのような効果は受けた側にしか恐ろしさがわからないものだ。


「よしこのくらいにしておこうか。大尉の案を採用する、計画を後に提出してもらう」


 ――各自があれこれと自由な発想を行える雰囲気を大切にしよう。


 島は自身の力のみに限界があるのを承知して他人を如何様に使うか、まさにその点について可能性を求めてみたくなっていた。

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