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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第五部 第十七章 ホンジュラス後方基地、第十八章 ニカラグア浸透作戦






 テグシガルパ空港はホンジュラスの首都に作られた立派な空港でその資本はアメリカからの援助が多くを占めていた。

 バナナの名産地として世界に流通する三割がホンジュラス産なのは言うまでもない。


 この地に降り立った二人はその足でホテルテグシガルパへと入る。

 チェックインをバラバラに済ませると時差を克服するために部屋で睡眠をとることにする。

 体調が整ったところで指定された場所でエージェントと接触を図った。


 昼間からビールを注文して喫茶店で一服する、俄かにテーブルが埋まってきて相席を頼まれるがホンジュラスにはその習慣は存在しない。


「ミスターディレクター」


 そう一言断り着席する。ディレクターとは監督官の意味で任務の統括者つまりは島中佐を指している。


「ミスターラカージョ、あなたも一杯いかがですか」


 一人だけ飲まないのも不自然なために注文する。

 本来はホンジュラスもスペイン語圏ではあるが英語を利用する、旅行者を演じるために。


「ディレクターに顔繋ぎをするように命じられました」


 現地の高官や協力者を紹介するための役割を彼が担っているようだ。


「よろしく頼むよ、ちなみにこちらだけでなくあちらもかな」


 ニカラグアと呼ばずにあちらと表現する。


「はい、暫くお付き合いさせていただきます」


 容貌やプロフィールは説明を受けていたようだがそれより先は島らのことを知らされていないらしく手探りで対応しているのがわかる。


「それはアシスタントとして組み込んでいいのかな、それともポインターか」


「アシスタントディレクターといったところで、何でも申し付け下さい」


 現地人の便利な手駒として与えられたラカージョは四十過ぎのメスチソで外見だけではスラムに座っていそうな貧相な男に思える。

 だがその実はアメリカの中米地域での有力なエージェントだから驚きである。


「なるほどでは早速最初の仕事がある、このソーセージを一緒にやっつけてくれ」


 皿を二つ注文したらやたらと山盛りで出てきて辟易しているところであった、ラカージョは笑いながら席に着いた人数分の皿盛りで出されることを説明してくれた。


 ホテルに戻ると詳細の打ち合わせを始める。

 長期滞在に武装組織を整える意味からホンジュラス政府と軍や治安警察の一部に了解を得ておきたい。


「国防相に話しは通っていますので、軍管司令と警察署長に会っておきましょう」


「チョルチカの南軍管とチョルチカ署長になるな」


 ニカラグアと隣接する地域の大西洋側、そこに拠点を構える腹積もりである。

 近くで部隊を整えておき越境浸透してニカラグアでの勢力を拡大してゆく方針だ。


「数日中に面会出来るように準備します」


「それとだここに本部要員が十数人やってくる、チョルチカ入りの前日と前々日の宿泊の手配を」


 自分達のように時差の調整が必要だろうと二日みておく、車もいるだろうがそれは自分で買い付けることにする、何もかも他人任せでは落とし穴に気付かない時がでてしまうためである。


「個室の数はいくつ必要でしょうか」


 そうして将校の数を把握しておくつもりなのだ。


「三部屋、相部屋を十部屋で」


 チョルチカの拠点は長期借り上げか買い上げ出来る場所が良いだろうと考え不動産屋が存在するなら探させるよう指示を出しておく。

 胸から十ドル札を取り出してラカージョのポケットへねじ込む。


「報酬は充分いただいていますので」


 そう言って返そうとするのを制する。


「あって困ることもないだろう、とっておくと良い」


 そういうことならありがたくと礼をして部屋を出て行く。


「さて俺達は足を見つけに出かけるとするか」


 あたりを走る車の多くはアメリカ産でたまに日本のものが見掛けられた。

 走っているなら売っている場所もあるだろうとタクシーで近くの中古車販売店へと乗り付ける。


 ナンバーはついているが古いものばかりが並んでいた、不良品が混ざっている可能性も高いだろう。


「何かお探しでしょうか?」


 店主らしき中年男が愛想良くやってくる。


「オープンなジープ系の車両を探してるんだが、程度が良く修理用パーツが手にはいるのを数台求めている」


 金になりそうだと直感した店主はまず並んでいる車を見せ、不足は販売店仲間を紹介すると申し出る。


「それもよいがバラバラに交渉するのも面倒だ、店主がまとめて仕入れてくれないか俺がそれを買い上げる。利益は乗せて構わないから整備はしっかりと頼みたい」


 仕入れたはよいが売れなければ大変なために躊躇する。

 ここもスーダンのように物価はひたすら安い、そのためドルの購買力には恐るべき力があった。

 旅行者小切手の綴りを見せて支払い能力を示す。


「そう言うことならば喜んで。オズワルト商会のオズワルトと申します」


 島は財布に残っていた名刺を一枚差し出す。


「ホンダです、程度の良い車を集められたら整備や追加注文でまた利用させてもらいましょう」


 警備会社の代表となっている名刺に納得したが、本社がフランスになっているのが気になる。


「フランスの方で?」


「資本はね。この地区は私が代表なんだ、よろしく頼むよ」


 外国資本は国内企業よりはるかに安全なことを身を持って知っているオズワルトは快く引き受ける。

 何よりも現金に等しい旅行者小切手をちらつかせるような危険行為をするのは武力に自信がある証拠と解釈した。


 ラカージョが政府の息がかかっているホテルを用意してくれたのでそちらへと移る。

 バラバラに入国して全員が揃ったところで手狭ではあるが一同を部屋にと集めた。


 将校と曹長にはイスをあてがい他は起立して序列通りに並ぶ。

 特にロマノフスキー大尉は皆とは反対向きに座り指揮者としてアピールする。


 遅れて隣の部屋から島が現れると全員が起立敬礼する。


「皆よく集まってくれた礼を言う。私は島中佐だ部隊ではイーリヤ(スペイン語で島の意味)と呼称する、此度の計画を取り仕切る司令だ。副長、各位の紹介を」


「副長のロマノフスキー大尉だ、よろしく頼む。そちら事務長のハラウィ大尉、兵営責任者のグロック先任上級曹長、プレトリアス上級曹長が司令部の面々になる」


 除隊階級を呼称に充てるのが一般的ではあるが規模の拡大を見込んで引き上げている。


「二人の外人部隊伍長を曹長に、外人部隊兵を軍曹に、レバノン兵を伍長に昇格させ現地人による部隊を立ち上げるものとする」


 私設軍での呼称だけに正当性などを指摘することはなかった。

 装備は拠点に移ってから支給するとして解散した。


 司令部面々が部屋に残っている。

 何か言いたそうにしているグロックの視線に気付く。


「グロック先任上級曹長、どうかしましたか」


 島が敬語で話しかけたためにハラウィ大尉とプレトリアス上級曹長がおや? と不思議そうな顔をする。

 年上ではあるが軍隊ではそれは無関係なのだ。


「随分と立派になったものだと思いまして。老骨に身の置き場を作ってくれたことに感謝いたします中佐殿」


「兵が居ないとこではシーマで構いませんよ」


 首を振ってそうはいかないと拒否する。

 ロマノフスキーが二人の関係を説明する。


「先任上級曹長は中佐の教官で軍に招いた張本人なんだ、かく言う自分の教官でもあったが」


 そう説明されると改めて二人は敬意を表す。


「グロック先任上級曹長、ハラウィ大尉です。島中佐の義理の弟にあたります、以後よろしくお願いします」


「するとハラウィ大臣のご子息で? 勿体無いお言葉ありがとうございます。ハウプトマン中佐はお元気でしたか? 彼が自分の直属の上官でありました」


「なんとハウプトマン中佐が? 自分の上官でもあります先任上級曹長殿」


 ハラウィだけでなくプレトリアスまでが無関係ではなかったことに人事の妙を感じた。

 ――なるほどシーマは良い軍人になったものだ。


「ところで先任上級曹長、スペイン語は?」


「理解しております。長いこと外人部隊にいたせいか荒っぽい言葉ですが」


 確かにあそこにいたなら覚えそうなものだ。


 ――日本語を理解するのも貴重といえるしな。


「上級曹長はどうだ?」


「自分は理解しません。フランス語、英語、アラビア語、アフリカーンズ語のみです」


「上出来だよ、だが覚える努力をすると良い知っていて命が助かることもある」


 強要はしないがそれとなく諭しておく、必要なのは誰が何を担当可能かを把握しておくことなのだ。


「中佐、ミスキート語を理解する人物を司令部に入れる必要があります」


 ロマノフスキーが現地語の欠落を指摘する。


「その通りだ一人は最低必要になるが二人は欲しいところだ。当面の目標は組織の運営基盤を固める部分なのでこれだと思う人物がいたら報告して欲しい」


 アテがあるわけではないが心配もしていなかった。何せホンジュラスもニカラグアも不況真っ只中で失業者の山なのだ。

 特に軍縮を受けて解雇された軍人が巷に溢れているので、それらのうちから使えるものを拾うつもりである。


 軍人とは一般社会からの集まりではあるが、職業軍人は一般社会には馴染まないのもまた世界共通であった。


 各自がトレーニングに地理風習の把握、言語の習得に力を入れる中で島とロマノフスキーはホンジュラス軍の高官と面会することが出来た。

 南管区の司令は大佐で国防相の承認があるならば協力しようと返事が貰えた、警察署長も変わらぬ態度である。

 州知事からも行政面で可能な限り便宜をはかると約束され、外交による国同士の力関係をまざまざと見せつけられてしまう。


 軍から民間へ払い下げの形をとり携帯武装を入手し拠点を南へと移動させる。

 宿営の警備や維持のために先任上級曹長が酒場へと繰り出し手足となる下士官を採用すべく動き出す。

 元より徴募担当をしていたこともあり、経験者や将来性を備えた者まで幅広く連れてきた。


 その中でもメスチソの元ニカラグア軍ロドリゲス中尉はオルテガ政権になり慌てて逃げ出してきた人物であった。


「ちょっと派手に暴れすぎました」

 そう簡単に言い訳していたが反オルテガの要人警護をしたりチャモロの支持をしたりと部隊の方針と合致していたので司令部に入れることにした。


 オズワルト商会から車両が納品されるとすぐに武装させる。

 輸送用にトラックも探させると向こうも気を良くして商工会で用立てる何かがあれば仲介すると申し出る。

 それならばと日用品や食料品を注文して納品させる。


 互いに利益が出るようにと品を値切らずに入れさせると大喜びして雑用の為に使ってくださいと娘を差しだしてきた。

 混血こそが美しさの秘訣だと聞いたことがあったが確かにエキゾチックな雰囲気をまとっていた。


 不況になれば自ずと不要なものを買わなくなり、我慢すれば済むようなことには金を使わなくなる。

 嗜好品や贅沢品がないのは問題ないが医療の分野にそれが及ぶのが貧困といえる。


 島は周辺地域の医者に声をかけて数名を部隊で雇うことにする。


「ほうグリーンベレー作戦ですか中佐」


 司令部であれこれ考えていたところで医師を雇用したのを聞きつけた先任上級曹長が声をかけてくる。


「ああその通り白いケピ帽の医者でも気にはしないだろう」


 グリーンベレーとはアメリカの特殊部隊のことでいわゆるAチームが末端と接触する。

 緑のベレー帽を被っているためそのまま名前になったのだ。

 Aチームとは大尉を頂点とする実働部隊で将校と下士官のみで構成されている。

 複数のAチームを束ねて後方支援するのが少佐のBチームになる。

 地域全体のバックアップが中佐や大佐のCチームで作戦地域そのものの選定作業やチーム編成を担当している。


 このグリーンベレーが敵性地域で活動するにあたり、まず医療チームを派遣して無償で治療を行い信任を得るところから始めるのである。

 それが根付けば歓迎され、次に教育最後に仕事を与える流れになる。無論仕事とはチームの支援で兵士として採用するところまで行けば成功である。


 地域住民が味方になれば有形無形の支援が手に入り最後は支配者を駆逐して独立を経て正規軍が求めに応じて保護を行う。

 島の任務はこの状態に持って行くまでである。


 政権に反対する民衆を支援して大統領が辞任、追放、亡命などを行い統治を諦めたらアメリカの勝ちなのだ。


「確かに仰有る通り、ですがそこに一工夫を加えてはいかがでしょうか」


 どういう意味だとグロックを凝視する。


「相互の差を開くにはこちらがプラスになるのと敵がマイナスになるのと両方が使えるということです」


「なるほど足を引っ張るのもまた作戦なわけか。悲しいかなこれは戦争だってわけだ」


 グロックは目を閉じてそれ以上は語らなかった、意見はもっともな内容で一介の将校ならばこんな思いもしなくて良かっただろう、しかし島はいまや司令として嫌なことをわかっていても命令しなければならなかった。


「ニカラグア北で反米が強い地域の集落を調査しておいてくれ」


「ダコール」


 一言だけ残し司令室を立ち去っていった。

 一時間ほどだろうか島は自らを責めて戦争が非情であるのを再認識させられた。


 組織が形になってくると自然と無ければ不便な問題が起こった。

 名称をどうするかというのが持ち上がってきたのだ。


「いかがいたしましょう中佐」


 文書を仕切るハラウィ大尉が署名などで困ってしまい決定を求めてくる。


「そうだな考えてもみなかったが必要なのは認める」


 左右を見るがこれといった考えが浮かばないため目を背ける。

 そこで例のロドリゲス中尉がちらっと口走る。


「四つ目のコントラですな」


 スペイン語がわからないプレトリアスがクァトロ? と首を傾げる。


「それだそれにしよう。組織の名称はクァトロだ」


 島が簡単な名前を気に入ってしまう。


「元来長くて難しい名前は馴染みませんからね、案外名案かも知れませんよ」


 ハラウィ大尉がそうサインしてみるとそれらしく見えるから不思議だ。

 ロマノフスキーはスーダンの出来事を思い出して苦笑する。


 かくて組織はクァトロを名乗るようになる。

 暫く下積みは露出少なく活動することになるが、これに類する象徴――つまりは旗――を用意しなければならない。

 ついでに言うならば軍服の類も調達することになってくる。


 ――被服の業者を雇い入れるとするか。


「ハラウィ大尉、オズワルト商会を通して軍服関連の製造を進めてくれ、階級章の類や旗のデザインを一任する」


「了解です。して兵士は初期にどれほどの規模を考えておりますか?」


 司令の考えを知りたいのか皆が耳を大きくする。


「中核となる現地人兵を百鍛える。こいつらに伍を組ませて初期戦力を五百としよう」


 コスタリカのコントラは二千人規模で活動を行っていたそうで、ホンジュラスのそれと比べると五分の一でしかない。

 それでも鎮圧されなかったのは戦いになるとアメリカ軍が越境して支援を行うからであった。


 即ち兵力五百は勢力二千に匹敵する、家族や友人を味方につけるには職を世話してやるのが一番で、生活こそが民衆の根底を支える。


「先任上級曹長、部隊内でのスペイン語講座を定期的に行えレジオンと同じようにだ」


「軍曹らに仕切らせておきます」


 その意志があるならば能力を伸ばす機会を与える、クァトロの為でもある。


「ロドリゲス中尉、可能な限りニカラグア軍の装備や配備状況の情報を集めてくれ。継続して調査するために情報網を設立させるんだ」


「了解です中佐、経費は大尉に申請します」


 ハラウィ大尉が頷く、諜報には金がかかるのを承知で一任する。

 もし中尉が着服するような素振りがあればそれまでだろう。


「解散だ。ロマノフスキー大尉は残ってくれ」


 面々が司令室から退散して一人大尉が残る。

 暫し待つも一向に何も語らない島を見て何か言い辛いことがあるのだろうと悟る。


「何か不安なことでもありましたか?」


 大尉から話を切り出すいつもの彼らしくもないと。


「グロックにニカラグア北の反米集落の調査を命じたよ」


 そうぽつりと言葉を漏らす、それが何を意味するかは大尉もよく理解しているつもりであった。


「全てを一括りにするつもりはありませんが、多かれ少なかれ必ず避けては通れない道は存在します。逆に言えばそこを通らずに先には辿り着けません」


 教師のような口振りに島が弱い笑みを浮かべる。


「感傷に浸るには早すぎるのはわかっているんだ、まだまだ未熟者だな俺は」


「中佐、その時がきたらどうぞ自分にお命じ下さい一人で苦しむことはありません」


 ロマノフスキーが失礼します、と退室してゆく。


 ――俺は卑怯者だな、部下に嫌な仕事を押し付けるとは。


 自らに嫌気がさして司令部から一人出かけてゆく。

 汗を流そうと走る、走る、走る。砂漠と違い湿度が高いためにすぐに汗が吹き出してくる、通りでフルーツジュースを何かの乳で割ったスムージーのような物で水分補給を行う。

 自然の恵みを受けた仕上がりに現地でしか味わえない満足感を得る。


「お兄さんそんなに思い詰めるものじゃありませんよ。解決しないことなんてありはしないのだから」


 ジュースを売っている婆さんが話し掛けてくる。


 ――俺はそんな顔をしていたのか……


「体を動かせば気持ちが晴れると思ってね」


「それもそうね運動して何も考えずにぼーっとするのも良いかも知れないわよ」


 柔らかな微笑みが心地好い、自分が安らぎを求めていたんだとようやく気付く。

 代金より多めの硬化を手渡してまた来ると告げる。


 貧困国家とはいえ町はそれなりに活気づいているように見える、物が溢れているわけではないが人々が陽気なのだ。

 ラテン系の雰囲気がこれなんだと勝手に解釈する。


 ところが一歩市街地から踏み出すと精気を失ったような顔の者があちこちに転がっている。

 麻薬の中毒なのだろう体もやせ細り病的な感じがする。


 普段は敵対的なアメリカとロシアも、麻薬取締についてだけは両手をあげて協力するというからその恐ろしさがわかる。

 このあたりに出回っているのはコロンビアのカリカルテルからの品だろう、二級品、三級品が流されて体を蝕んでゆく。


 麻薬をやめさせるのは途方もない苦しみを患者に与える。

 禁断症状でショック死してしまうこともあるため、徐々に体から抜いてゆくしかないのだ。

 その後も長期間の療養を必要とする。


 結局のところ現実の失望感から逃避するために利用してしまい、少しのつもりが止められなくなるのだ。

 この問題は非常に根深く各国政府が苦慮している。


 ――この地域にも麻薬の生産地があるんだろうか?


 ふと気付いた問題に意識が傾く、もしあるならばそれを利用出来そうな気がしてきた。

 少し遠回りをして司令部へとかけてゆくとロマノフスキーを呼び出す。


 軽やかな足取りですぐに司令室へと出頭してくる。

 島の表情がいつものように戻っているのを認めて内心ほっと息をつく。


「ロマノフスキー大尉出頭致しました」


「大尉、ホンジュラスやニカラグアには大麻畑や芥子畑はあるだろうか?」


 唐突にそう質問されて考えを巡らせてみる。


「中南米で栽培していない地域を探す方が困難でしょう」


 事実大麻は様々利用出来る素晴らしい植物である。

 麻薬としてのインパクトが強すぎて嫌煙されてはいるが、その目的でなければ大切な資源となる。


「親米集落からまとめて買い上げて味方につけるんだ。集めた大麻や芥子は米軍に買い取ってもらう」


 精製されなければ流出もしないために政府としても口うるさくは言えない。

 軍でアヘンを十倍精製したらモルヒネとなるため使い道はある。

 だが濃くしてしまえばヘロインなので摘発対象で、濃縮しなければアヘンのままなのだ。

 大麻もマリファナを医療用に精製すれば真っ当な利用価値が認められる。


「ダー。早速手配しましょう」


 浸透作戦の道の一つでロドリゲス中尉が上手く運ばなかった時には主軸となるだろう。

 駐米軍に話を通す必要があるためラカージョに繋ぎを要請させておく。


 チャモロの勢力ともパイプを作る必要があった。

 今回の計画の旗印を用意しなけれ大炎は起きない


 ロマノフスキーが退室するのと入れ替わりでハラウィ大尉を呼び出す。


 事務室で諸般の費用を計算していたようですぐに駆けつけてきた。


「中佐何でしょうか」


「大尉、君にもう一つ仕事を頼む。ニカラグアのレバノン系移民やパレスチナ系移民を辿りチャモロの自由連合に渡りをつけて欲しい」


 ニカラグアにはこれらのほかに台湾、ドイツ、イスラエルなどからの移民が行われていた。

 戦時中に流出して数は減ったもののコミュニティーは依然として残っているのも事実である。


「お任せください。何せ自分はキリスト教徒ですから」


 軽く冗談を織り交ぜて了解する。シーア派だったら上手くいくものもまとまらなくなる。

 司令部要員で手すきの人物が居なくなってしまう、もし誰かが負傷でもしたら一気に仕事がまわらなくなるのは問題であった。


 大尉を下がらせると島は兵等が訓練している場所に出向いて人材の発掘に期待することにした。


 通常訓練は上級曹長の統括で外人部隊出身の者が分隊を編成して行っている。

 中佐の姿を認めて上級曹長がやってくる。


「中佐、何かございましたか」


 プレトリアスはレバノン陸軍で低い評価しかされていなかったところを島に抜擢され、さらには今回重要な任務に指名してくれたことに感謝し軍を除隊して喜んでホンジュラスに飛んできた。

 族弟らを一緒に抱えてくれると言われたうえに、かなりのまとまった金額を先払いされ一族にも憂いなくこの場に立っている。

 昇進させてもらい司令部要員にも加えられ忠誠心が最高潮に満たされていた。


「兵の中で素質のありそうな奴はいたか?」


 漠然とした質問の意図を捉えるべく慎重に言葉を選ぶ。


「勇敢で兵等の中でも目立って動きの良いのが一人いました。動きは今一つですが器用な者と、機転が利いて調整を得意とする者を把握しております」


 初期訓練で特に差が見られるならば理由があるに違いない、そう考えた島は裏をとるべく指示を出す。


「上級曹長の判断で使える奴は上等兵に引き上げろ、なぜ他の奴らと違うかを報告書にまとめて提出するんだ」


「スィン!」


 返事だけではあるがプレトリアスがスペイン語を使ったことに島が軽く微笑み小さく結構だと呟き肩をたたく。


 人事権を一任されたことで更にやる気を煽られたプレトリアスのしごきに、兵だけでなくあの外人部隊曹長らが焦りを感じた。

 それほどまでに激しい猛訓練が行われるのであった。


 準備が整ったとしてラカージョと共にアメリカ軍基地にと向かう。

 初回生産版のクァトロ軍服は素材が今一つで着心地はあまりよくなかったが身が引き締まる思いに変わりはなかった。


 同じ国の中とは思えないような設えの建物が並ぶ基地、入ろうとすると門衛に止められる。


「クァトロのイーリヤ中佐だ」


 それだけを告げると本部と二、三交信してどうぞと招き入れる。

 案内に伍長が従事してラカージョと二人で一室へと通された。


 文明をまるごと引っ越しさせたような充実ぶりにいつもの感想を抱く。


 少し待たされた後に大佐と大尉が現れた。


「クァトロのイーリヤ中佐です」


「駐ホンジュラスアメリカ陸軍参謀長ジョンソン大佐だ」


 敬礼を交わして席に着く。

 厳つい感じの大佐は参謀長と名乗るが野戦連隊がよく似合う軍人に見えた。

 紛争地域を渡り歩く専門家なのかも知れない。


 表面上はアメリカとクァトロとは無関係を貫くことになるが、公然の秘密でありイギリスでタクシーに乗り情報部のビルまでと言えば着くようなものである。


「この度クァトロと名乗るコントラを立ち上げたので挨拶に参りました」


 コントラと出せば説明も要らない位に話が通じる。


「貴官がそのトップと言うわけだ、若いが経験はあるのかね」


 容赦なくそう突っ込んでくる。


「ディレクターとして上から任される程度には」


 自信に裏付けする経験を示すことで大佐の雰囲気が和らぐ。


「協力しよう直接兵は貸せないがそれ以外ならば何でも言ってくれ」


「お言葉に甘えて一つ、生大麻を買い上げていただけませんか、どのくらいの量になるかはわかりませんが」


 早速件の話を持ち出す、隣の大尉がメモをとる。


「幾らでも持ち込んでくれ、仲介業者を使うが高値で引き取ろう。それでオルテガのケツを蹴り上げてくれるなら安いものだ」


 そう笑いながら大尉に業者選定を指示する姿はやはり参謀よりは実戦部隊が似合う。


「失礼ですが大佐は野戦向きに思えます、デスクで書類と睨めっこはさぞ苦痛でしょう」


 自分の参謀肩章を軽く摘んでおどけてみせる。


「失礼なものか、俺も内勤なんぞうんざりしている。だが本職のやつらが赴任したがらないからこんな羽目になったんだ」


 替われるものなら替わってやりたいと手を差し出す。


「大佐のご協力に感謝致します」


「進軍、防衛があるときには空軍機を飛ばしてやる。越境しようが何しようが構わん、必ず支援するからこちらにも教えるんだ」


 そう望んでも得られないような手土産を持たされて会談を終了する。

 継続している紛争の鈍感さがうかがえるものだ。


 きっと頼めば最新鋭の戦車すら供与してくれるだろうが、民衆蜂起が目的のため出番はありそうにない。


 ――さて次はどんな手を打ったものかな。


 誰も指示してくれる者が居ないのも容易ではないと感じながらも、成功を目指して苦難を苦難と思わずに気合いを入れ直す島であった。


 サンディニスタ解放運動党のビルは堅牢な設えになっていた。

 元々は民族運動の呼び名であったのだがいつしかそれがそのまま組織の呼称として根付いてしまったのだ。

 改める必要も感じずにオルテガはそれを政府与党の政党名にそっくり利用してしまう。


 久方ぶりの与党として返り咲いたわけではあるが、それまでとて勢力を弱めていたわけでなく十数年に渡り軍部を支配してきたのはオルテガであった。

 弟を警備軍の司令官ポストに据える代わりに政党協力を行ってきて、それで民衆もニカラグアの発展を望んだのだが上手く運ばずに投票先を変えた、ところが一昔前よりは軟化したと思っていたサンディニスタ政権はアメリカと真っ向対決姿勢を示し国民の不安を買ってしまう。


 ロシアからの様々な援助を受け入れるも民衆にまではなかなか届かずに支持率が低下すると隣国を敵として紛争を引き起こし敵意を外に向ける。

 何とか国内をまとめあげるもアメリカの経済制裁の対象となり苦しい舵取りを余儀なくされてしまう。


 窮状を国連に訴えかけると強制力がない決議案ではあるがニカラグアが正しいとアメリカを非難する声明が多数で可決される。

 だがどこ吹く風でそれを不適切な結果であると全く認めずに更なる制裁を強めるあたりに昨今の冷戦のあり方を垣間見えた。


 とかくオルテガ大統領は正規の大統領府で執務をとることなく、完全な自勢力下にあるサンディニスタ解放運動党ビルにオフィスを置いているのであった。


 秘書が来客の報を伝え入れ替わりで初老の男がやってくる。

 胸には多数の勲章が並び制帽を小脇に抱えた彼は大統領の弟で定期報告をしにやってきていた。


「お前かチャベスからまた激励の親書が届いたよ」


 そう言って一枚の通知をデスクに放る。


「閣下、ホンジュラスから不穏な報告が上がってきております」


 そう前置きすると大統領の様子を窺い話を続ける、機嫌が悪いときにはあまり突っ込んだ報告しないよう心掛けている。

 何せ兄弟として六十年も付き合っている為に些細な違いも簡単に感じ取れる。


「良い報告などあそこから上がってきた試しはないがね」


「クァトロと呼称するコントラが新たに立ち上げられたようでして、イーリヤ中佐とやらが頂点のようです」


 コントラとの響きに面倒な連中がまた集まってきたと表情を歪める。


「イーリヤだと、諸島の原住民共の集まりか何かか? ミスキートの奴らが自治を認められたからと調子に乗っているのではあるまいな」


 一部のコントラとは和解して民族自治を承認してしまっているためにその類かと邪推する。


「それがメディアには露出せずに名前だけしか判明しておりません。ホンジュラスだけでなく我が国の農村部にも浸透してきております」


 都市部や軍部、主な人物には殆ど接触がない草の根段階だと説明を加える。


「そうかその程度ならボーイスカウトと大差ないな、監視だけつけておけば良い」


 現段階でさしたる危険はないと保留を言い渡しておく。

 政権に復帰してから毎日が問題だらけでそれどころではないのも手伝っている。


「何か一つくらい景気が良い報告はないのかね」


 不機嫌になってきたので温めておいたネタを一つ披露する。


「ロシア当局より精鋭の軍事顧問を派遣すると連絡がありました。空軍機の供与に関する運用指導の他に、陸軍の連携指導を目的としております」


「新鋭機の配備を受けられたかそれは福音だな。顧問らには特別待遇をしてやるんだ」


 一気にご機嫌になったのを確認して大統領の指示を了解しておく。

 長居をしてまた不機嫌になられても困るためにその場を退去しようと挨拶を済ませる。


 部屋を出ようとする弟の去り際に待てと一言発する。


「まだ何か御命令が?」


「いやそうではない、お前の孫のカルロス誕生日がもうすぐだろう、当日にはプレゼントを持ってお祝いにいくから楽しみにしていろと伝えておいてくれ」


 そこいるのは大統領でも党首でもなく、紛れもない兄の顔をした男であった。


「伝えておきます、それでは当日お待ちしてます兄さん」


 何だかんだ言いつつも家族が家族と感じる瞬間は些細なことが全てであった。




 兵等に軍服を始めとした装備が行き渡った頃にようやくチャモロの側近と連絡をつけることが出来た。

 端的に言えばまずはクァトロの実力を見せてからの付き合いを考えるとのことであった。


 仲介する側近としても何者か判然としない輩を近付けるのは自身の立場に影響するのだから当然である。

 にべもなくあっさりと拒否しないあたりが憎らしい。


 司令室に要員が集まり善後策を検討する。


「大尉、具体的にどのような内容かはあったのか」


 ロマノフスキーが島の代わりに進行する、なるべく頂点の者は最後まで意志を明らかにしないのが得策と感じたための配慮である。


「明言はしなかったようですが報道されるくらいの何かを行い知名度をあげてこいとのことでしょう」


 無名と言っても良いくらいに知られていない事実は否定できない。

 さりとて悪名を響かせるわけにもいかなかった。


「中尉の情報網はどうだ?」


「都市部の反オルテガ派、つまりは前政権側の一部に脈ありといったところです。農村部は現政権の支持者と被っていますが大麻を買い上げる集落についてはこちら側に靡きそうです。ただし何度かの取引実績は必要でしょう」


 島がハラウィ大尉に視線を送るが無反応である、どうやらロドリゲス中尉は着服してはいないようだ。


「徐々に引き込めたらそれで良い。先任上級曹長、敵味方の選別は進んでいるか?」


 敵性集落ならばまだしも態度がわからないところが問題である。

 味方を装う敵が一番やっかいなのは今も昔も変わらない。


「近隣の地域のは大体見当がつきました。一つ面白い並びを発見いたしました」


「なんだろうか」


 グロックが口にする以上は何らかの根拠があり考える上で参考になる。


「外郭にある州についてでありますが、要所要所に楔のように政権側支持の場所が見受けられます、明らかな作意を感じます」


「全てが全てかはわからないが見逃せない事実ではあるな!」


 その報告がグロックの気遣いであるのを島は感じ取った。

 望んでその地に張り付き政権を支持しているならば巻き込まれて不幸となる一般人とは別だと割り切れる、少なくともそう信じられる何かがそこにある。


 当然グロックは素知らぬ顔で前を向いている、それと気付いたロマノフスキーも黙って話を流してしまう。

 小さな所帯のうちは構わないのだろうが耳が痛いことを言う幕僚も必要だろうと感じる瞬間でもある。


「上級曹長の報告を」


 通常訓練についての結果を特に報告させる。満足いく内容にまで仕上がったならば次の段階へと駒を進めることになる。


「はっ、一割程は兵としての能力しか見いだせませんが、八割は一つ上のところに達成致しました。残る一割は下士官として任用に耐えうると判断し上等兵に任じております」


 リストアップされた資料が全員の手元に渡っている、名前を見ても中々顔と一致しないがそれはプレトリアスを信頼しているならば問題ない。


「新規に兵を訓練することは可能か?」


「一人につき四人を訓練させるならば可能でしょう。それを越えると質が低下する恐れがあります」


 あらかたの報告が終わったところでロマノフスキーが島へと主導権を渡す。


「中佐殿、ご命令を」


 暫し無言で思案を固めていた島が今後についての方針を口にする。


「上級曹長は新規兵力の拡大を行え、三百人を新たに徴募し訓練を施すんだ。それと上等兵から数人引き抜く良いか?」


「タボン(良いです)選抜は士気を高めるでしょう」


 そう請け負って胸を張る、もし上等兵らが返品になるようならプレトリアスの人選が失敗したとも言えるために慎重に先をみる。


「ハラウィ大尉、チナンデガ市とオコタル市の地図を作成するんだ、上等兵から一人選び従卒として使い負担を減らすとよい」


 ホンジュラスと隣接する地域の重要制圧先把握を指示される、特にチナンデガは海岸線に近いためにこの先に絶対に必要となってくる。


「中尉、マナグアで活動出来るエージェントを確保してくれ、首都の動きをキャッチ出来ればかなり有利に展開が可能になる」


 だがそれだけに簡単にはいかないだろうことは織り込んでおく、成功したら幅が広がる程度に考えている。


「やってみましょう。ですがこちらが暗躍しているのが露見するのは間違いありません」


 島ははっきりと頷いてそれを了承する。

 手勢が戦闘力を持ったことでチョルチカに居る間は安全を自力で確保可能と判断したためである。


「先任上級曹長、確実な敵性集落の位置と規模をリストアップして提出しろ。初陣を勝利で飾るためにも慎重にな」


 事実上の侵略戦闘を行う場所を選定させる、敵味方双方の実力を一番長い軍歴を持つグロックに比較検討させる。

 戦術的見地ではここに居並ぶ誰よりも長じているだろう。


「ダコール」


 余計な言葉を発することなく任務を了解する。

 強すぎず弱すぎず尚かつ結果を残さなければならない。


「副長は全員の進捗状況を把握し不足するものがあれば報告するんだ、早めにわかればブリッドでもプーリャでも用意しよう」


 ロマノフスキーがニヤリと笑う、ブリッドとは弾丸でプーリャも弾丸である。

 違いはそれがアメリカとロシアということだ、東西限らずに何でも用意するというのだからバックにいる勢力の強さが窺える。


「ジェーンシナ クラスィーヴィ スィクリターリ、今のところ欲しいのはこれだけです」


 調子に乗り大尉が無理難題を要求してみる。


「そいつは俺も欲しい」


 やりとりを理解した者は他に居なかった。

 もし幕僚にも秘密の会話を急ぎでしなければならないときにはロシア語を利用することを決める。


 ロマノフスキーが要求したのは美人秘書である、女気が少ないのは余計な争いに発展しかねないので適度に規律を緩める必要がある。


「それでは各位の健闘に期待しよう。ハラウィ大尉は残ってくれ、解散」


 コーヒーを落とさせて少しくつろぐようにさせる、コスタリカ産の豆の芳醇な香りがあたりを支配する。

 主産地が近隣にあるため軍隊のコーヒーは最低だと言われる評価をまったく寄せ付けない、ビールは多少の金を求めるがバナナとコーヒーは部隊内では無料で振る舞われていた。


「攻撃を仕掛けるようになれば死人もでるし捕虜もでるだろう」


 完全勝利に近い形でもそれは避けられない事実であるとの認識を確認する。


「百人で戦えば二人や三人は犠牲になるでしょう」


 ブラックでコーヒーを傾けて大尉が被害を口にする、二桁もの死人を出すようでは問題ありとの意思表示でもある。


「犠牲になったからと補償をたくさん出してやるわけにはいかん、かといって何もないわけにもならん。この国の水準を調べて釣り合うような数字を示しておいてくれ」


 徴兵ならば雀の涙の一時金でしかないが、徴募してこの先も活動するならば繊細な読みが求められる。

 少なければ今後戦力不足に苛まれるだろうし、高すぎたらあっというまに資金不足になってしまう。


 外人部隊やレバノン兵らとは別途契約済みであり、失ってはいけないのが外人部隊出身者なのだ。

 彼らを一人失えばレバノン兵を八人は雇えるし、現地人兵ならば更に三倍は雇用可能になる。

 その意味では島とロマノフスキーは部隊まるごとより高い費用がかかっている。

 これらからわかるように戦闘で将校を最優先で保護するのは理にかなっていると同時に、非情な計算が成り立っているのである。


「責任を持って算出させていただきます。しかしヘリもなく無線機もお粗末では部隊長の個人的才能に頼るところ大になりますね」


 連携が困難になればなるほどに蛮勇が幅をきかせてくるもので、石器時代よろしく白兵戦になれば目の前の敵と腕力勝負となる。


「なにそれまでには通信機を調達しておくさ。ヘリは予算オーバーになるが装甲指揮車は何とかしよう」


 そんな大仰なものではなく銃弾を通さない程度のものであり、逆に相手の過剰反応を誘わないためにもハード面は強硬な手段を揃えるつもりはなかった。


「あったら便利といえばイーリヤ中佐の替え玉です。現地人の中で背格好が似ている者を探してみては?」


「影武者か……帽子を深くして軍服を着せておけば正面からしかわからんからな……」


 似ているにこしたことはないが人種が違い肌の色も違えば簡単には見つかりはしない。

 だがやってみる価値は充分に理解できた。


「それでは自分は上等兵の一本釣りにいってきますので失礼」


 経理はまだ任せられないにしても、雑用を処理できたら充分身軽になれる。

 レバノン兵を一人副官のような形で使わせてはいるが訓練が忙しくなれば手が足りなくなるだろう。


 生来他人を使うのは慣れているようで気負いないのが救いだと後ろ姿を見送った。


 役割は全て部下に割り振り自らはどこでもサポート可能とするようにフリーになっておく。

 走り込みをしてから長距離を駆ける、限界ギリギリまで体力を絞り出すことで最大値を上げようと試みる。

 あと五年もしたら最大値を維持するためのトレーニングに切り替わっていくだろう。


 ふとあのフレッシュジュース屋台を思い出す、記憶を手繰り寄せてようやく通りの角地にそれを発見した。


 ――何だ人だかりが出来ているな?


 それが客ならば全くもって繁盛お目出度いことであるが、どうやらそうではなく揉め事が起きているようだ。

 市街地ではそこまで治安が悪くはないのだが警察も警備隊も現れない。


 よくよく見てみるとアメリカ兵があの婆さんをからかっているようであった。

 野次馬をくぐり近付くと屋台には婆さんの他に孫娘らしい女性が居て、アメリカ兵に腕を捕まれていた。


 少し様子を見ているとどうやら兵が因縁をつけて孫娘を連れて行こうとしているようである。


 野次馬らは誰も助けようとはせずに見守っている。

 アメリカの多大な援助のお陰で暮らせているホンジュラスとしてはアメリカ人の多少の横暴はみて見ぬ振りをして過ごすしかないのだろう。


 だが確実に非は兵らにしかなく許されるものではなかった。

 憲兵が飛んでくれば収まるのだろうがその気配もない。


 二人のアメリカ兵が屋台を蹴り飛ばし娘を引きずり出して肩に抱える。


「兵隊さん、お代は要らないしここにあるお金は全て持って行っていいから孫娘を放して下さい」


 老婆がそう縋るも蹴り飛ばして罵声を浴びせる。


「るせぇババア、娘を貰ってやるから感謝しろ飽きたら返してやる」


 下卑た笑いで支柱を叩き折ると野次馬に散れと怒鳴る、大半が遠巻きになるだけで散らずにそれを恨めしそうに見つめる。


 チョルチカの市民が怒りと不安に苛まれているのが感じられる。


「ちょっと待てヤンキー、屋台がこれじゃジュースが飲めないだろ」


 英語でそう引き止める、言葉がわからない現地人でも雰囲気から何かを察したようで期待の眼差しを向けてくるのがわかる。


「どこのイエローだ、色付きは這い蹲ってりゃいいんだよ」


「ああお兄さんダメだよ兵隊に逆らっちゃいけない」


 婆さんが島を心配して止めるように忠告する。


「あんなのはただの無法者だ、弱いものをいたぶるような真似は戦士の所業ではない。お婆さんは下がっていて」


 老婆に向けてはスペイン語で優しく語る、ひねた笑いを浮かべた兵の一人が近付いてくる。


「イエローが死にたいようだな、俺が遊んでやろう」


 指を鳴らしてからかかってこいとばかりに手招きする。

 娘を担いでいる方はニヤニヤと見ているだけだ。


「一人で相手か良いだろう」


 拳を目線の高さにまで持ってきてファイティングポーズをとる兵に腰を落として対峙する。

 ジャブで二、三牽制をしてから一歩踏み込み必殺の一撃を放つ、だがそれをすれすれにかわして懐に入ると思い切り突き飛ばす。

 派手な音を立てて近くの別の屋台に突っ込む。


 娘を担いでいた男がそれを下ろして島を睨みつける。


「いい度胸だ突撃強襲兵相手に喧嘩を売ったら命が無いのを教えてやろう」


 海軍陸戦隊や特殊部隊の他にもいくつか存在する選抜部隊、その中でも陸軍突撃強襲部隊は戦線突破を目的とした強壮な兵を集めた隊として名がある。


「いつから突撃強襲兵は女や年寄り相手にするようになったんだ」


 軽く挑発して娘が逃げる時間を稼ぐ、野次馬の中に埋もれて見えなくなったのを確認し、「こいっ!」

と構える。


 立ち技が基本にありたまに足が出るがフェイクでしかない。

 力量を推し量るかのような攻撃を繰り返してくる。

 見切りをつけ間合いをはかり兵が踏み込もうとする、同時に背後から先ほどの兵が息を吹き返して襲いかかってきた。

 正面に半歩踏み出し体を斜めにし兵の脇の下に右腕を入れる、後ろの兵が繰り出す拳の手首を左手で掴み駒のように自身を中心に回転する。


 ちょうど日本でレバノン兵を抑えた時のように、ひとりを投げ飛ばしひとりを俯せにねじ伏せた。

 また屋台に頭から飛び込んだ兵を一瞥して腕の下の兵に説教をする。


「上等兵貴様は戦死した。腕立て伏せ百だ」


 がっちり腕が極まったまま島を何とかしようともがく。

 逃げられるわけもなく更に締め上げる。


「返事は!?」

「サーイエッサ!」


 泣きそうな声で返答したために解放してやる。

 眼前で腕立て伏せを始めるのを厳しく睨みつける。


「上等兵に選ばせてやろう、婆さん達の屋台を弁償してやるかそれともジョンソン大佐に醜態を報告されるかどちらがよい?」


 基地の参謀長を何故知っているのかわからないが報告されたらたまらないとばかりに弁償を選ぶ。


「お兄さんもアメリカ兵なのかい?」


 婆さんが恐る恐る尋ねる、兵も島の素姓が気になるらしく聞き耳をたてている。


「いや違う俺は……俺はクァトロのダオ(ベトナム語で島の意味)だ」


「クァトロ?」


 不思議そうな顔をして疑問を露わにする。


「コントラさ、民の生活を向上させる為の団体だよ」


 野次馬の中で「コントラ!」と声をあげるものがちらほらといた。老婆もわかったらしく頷いている。


「ダオさんありがとう、私もクァトロを応援するわ」


 俄かにクァトロコールが起こるとアメリカ兵が厭そうな顔をする。

 気絶している仲間を背負わせて基地に戻るよう言いつける。


「お前たちが忘れるならこの一件について俺も忘れよう。だが次にこんな場面を見たらただじゃおかんぞ、大佐の気性は知っているだろう卑怯者と軟弱者に容赦はない」


 厳つい大佐を想像して確かに下手なまねは出来ないと納得してすごすごと立ち去ってゆく。

 鬱積していた不満が晴らされて野次馬が騒ぎ出す、といっても踊り出したわけだが。


「なあお婆さん、あのジュースをまた飲みたいんだが無理そうかな?」


 崩れ落ちた屋台を見て唸る。


「うちにいらっしゃい歓迎するわ、いくらでも作らせて貰うわよ」


「そりゃありがたい頼むよ」


 手を差し出して助け起こすと野次馬から先ほどの娘が戻ってくる。

 老婆に手を貸して瓦礫から連れ出す。


「ミランダご挨拶なさい、ダオさんですよ」


「おばあ様を助けて下さってありがとうございます、ミランダです」


 褐色の肌をした彼女はにっこりと弾けるような元気のよい笑顔を作った。

 後ろで無造作に束ねられた髪は艶やかだがうっすらと土の香りがする。


「ダオだ、厚かましくも自宅にまで押し掛けさせてもらうよ」


 崩れた屋台から無事なフルーツの籠を持ち上げて小脇に抱える、荷車を兼ねていた屋台なしではこうするしかない。

 かなりの重量があるはずなのにあまりに軽々と持ち上げるため錯覚してしまう程だ。


「こちらですどうぞ」


 そう婆さんの手をひきながらミランダが先導する。


 ――たまにはこんな昼下がりも悪くはないな。


 自宅へと招かれるとすぐに例のフルーツジュースを作ってくれる。

 やはり格別な味で渇いた喉を潤してくれる。


「ミランダ、ちょっとお酒を買ってきてくれるかしら」


 スィン、と元気よく返事をして家から飛び出してゆく。

 コーヒーを一口含み婆さんが島をじっとみると突然質問してくる。


「ダオさんのクァトロにかける意気込みはどのくらいかしら」


 意図が分からないが成功するか死ぬまではやめることもないために力強く答える。


「今の俺の人生の全てさ!」


「そう……」


 視線を落として何かを考え込んでしまう、島は黙って背筋を伸ばし前を向く。

 やがて口を結ぶとすっと立ち上がり奥の部屋へと彼女は消えてしまった。


 ――一人残されてどうしたものかな。


 少し困りはしたが黙ってその場で待つことにする。

 ややすると老婆が小箱を手にして戻ってきてそれを島の目の前に置く。


「これは?」


「あなたに差し上げます」


 そう言って箱を開けるようにと促す。

 何が入っているのかと興味本位で鍵を外し中を覗き込む。

 そこには指輪が一つと畳まれた布が入っていた、指輪はお世辞にも高価なものには見えない。


 布を広げてみるとそれは何かの旗のようで右下にⅠと刺繍されていた。


「この旗は一体どのようなものなのでしょう?」


「いずれわかると思いますわ、指輪もあなたに使っていただけたら」


 ――指輪を使う?


 だがそれ以上何かを話す気はないようで俯いてしまう。


「ありがとうございます、大切にします」


 待ってもミランダが帰る気配が無かったのでその場を立ち去ることにした。


 小箱片手に釈然としないもやもやとしたままの気持ちで基地にと戻ってくる。


 司令部の建物を横目にそのまま宿舎へと向かう、右に左に目まぐるしく動き回る娘が目に入った。

 リリアンはオズワルトが雑用にと送ってきてから毎日のように宿舎で世話を焼いてくれていた。


 ――よく続いたものだな。


 いくら雑用をこなしても終わることがないのが家事である。

 兵達には自分のことは自分でやれと命じてはあるが分業したほうが効率的な部分は多々あった。


 立ち止まり働きぶりを眺めていたが少し休んだかと思うとまた走り出していた。

 雇っているわけではないから頑張ろうが休もうが彼女には関係ないのだが、性格なのかオズワルトの教育なのか。


「セニョーラ、随分と働き者のようですね」


 面識がない為に世間話のように語りかけてみる。


「オブリガード(ありがとう)、何かご用はございますか?」


 屈託のない笑みでそう返してくる、少し汗ばんでいる体から健康的な雰囲気が全面に押し出されている。


「君は読み書きはできる?」


 ホンジュラスの識字率は七割程であり高いとは言えない。


「スペイン語ならば出来ます」


「父上には何て言われてここで働いてるのかな?」


 余計な心配をかけさせてはいけないと軽い配慮をみせる。


「言われたことをお手伝いしてきなさいと」


 ――ふむ。あれから数ヶ月黙って手伝いをしてきたわけだな。


 完全に基地に溶け込んでしまっている、もし彼女がスパイならばこちらは負け組だろうなと島が想像する。


「ちょっと一緒にきてくれないか」


 自室へと招いて少し質問するつもりだったが兵の部屋ではなく将校の区画へ向かったのに驚いていた。

 ビールの栓を抜いて水代わりに口にする。小箱を机に置いてリリアンに椅子を勧める。


「基地にきて長いが別の仕事をしてみるつもりはあるかい?」


 無いなら無いで構わないと思い付きの質問だと説明を加える。


「私もっと将来の為になる仕事をしてみたいです」


「例えば?」


 掃除洗濯だって将来の為になるわけだが、どんな未来にしたいのかを尋ねる。


「父の仕事を助けるために経理や倉庫管理みたいなことを」


 ――オズワルト商会の将来のために、か。


 何か任せることが出来ないかを考えてみる。

 彼女がオズワルトの娘であることでスムーズに仕事が運ぶと言えばやはり流通だろう。


「どうせオズワルト商会からの仕入れだ、リリアンが基地の食品管理を担当してみるか?」


 今までだってやろうと思えば毒でも何でも混ぜ込むことは出来た、そうしてもオズワルトには損害はあっても利益はないので心配してはいない。

 彼女に任せるならばオズワルトにしてみても楽に仕事が出来るだろう。


「良いんですか!? 私嬉しいです、機会を与えてくれてありがとうございます」


 満面の笑顔でそう答える彼女は輝いて見えた、やらせてみてダメなら別の部署で使えばよいと決断する。

 それこそ掃除洗濯など兵士にやらせておけばよい。


「だがそうなるならば直接雇用する、どちらが主になるかをよく覚えておいて欲しい」


「もちろんです、ホンジュラスの民は決して受けた義理を蔑ろにはしませんわ」


 きっぱりと言い切る彼女に爽快さを感じる、若さと理想とはこのようなものなのだろう。

 グロックのところへ連れて行き事情を説明することなく命じる。


「彼女が今後食品管理を担当する、先任上級曹長に配属だ」


「ダコール」


 既に素姓一切を把握している為に全てを理解する。

 任せきりにはせずに検査を抜き打ちで行うのも指示など不要である、それを島に教えたのは彼なのだから。


 話をしておく必要があると夕刻にオズワルト商会を訪問する。

 店で新顔の受付嬢が笑顔を浮かべて迎えてくれる。


「いらっしゃいませ、何かお手伝いいたしましょうか?」


「店主はいるかい、イーリヤが訪ねてきたと伝えて欲しい」


 最初はホンダと名乗っていたが今はイーリヤで通している、島でわかる者は少ない。


 お待ちくださいと席を離れて消えてゆくと、ドタドタと足音を響かせて駆けてくる男の姿が見えた。


「ガスパージン! いかがされました」


 英語ならばエスクワイアにでも置き換わるだろうかと咄嗟に考えてしまい島は思考のベースが日本語から随分と離れてしまったと苦笑する。


「ちょっと寄らせて貰っただけだよ、少し良いかな」


「こちらへどうぞ」


 奥の事務所へと招き入れて最高級の豆を手挽きしたコーヒーを店主自ら注ぐ。


「何か問題でもありましたか?」


 不安そうな顔で力みながら尋ねる。


「リリアンを雑用から外したよオズワルト」


 イタズラを仕掛けて相手の反応を楽しもうとする、サッと表情が蒼くなり拳に力が入る。


「娘が不手際を? 申し訳ありません、帰ったらきつく説教を――」

「いや違うんだ、良く働いてくれるから食品管理の責任者に抜擢した、素晴らしい教育をしたものですね」


 地獄から天国へと急上昇すると顔色がみるみると良くなる。


「しかも父親を将来助けるためにもっと仕事を覚えたいと。他人が羨む娘じゃないですか」


「あいつがそんなことを、そうでしたか……いえ失礼取り乱しました」


 ――純粋に娘のことを喜んでいるようだな。


 少し間を置いてゆっくりとコーヒーを楽しむ、クリアな味わいは都度挽きが一番である。


「それに伴い彼女を雇用することにしました。今日はその報告に立ち寄った次第で」


「給与までいただけると!? イーリヤさん、我が家はあなたに頭が上がらない」


 商工会での発言力も増したようで最近は本業による売り上げより基地との取引が上回る状態なのだ。


「雇用を生み出し生活を安定させるのがクァトロの目的ですから、畏まる必要はありませんよ」


 それにかこつけて私腹を肥やそうと思えば簡単だろう、だが島は富に対する欲より今は任務を成功させたい気持ちの方が遥かに強かった。


「私の弟がニカラグアの南部に住んでおります、協力するように呼び掛けてみます」


 自発的にそう申し出てくる。


「南部に? ありがとうございます、ご協力に感謝します」


「日本人はとても謙虚で有能ですね。弟が南部に住んでいると言いましたが、私たちがホンジュラスに移り住んだというべきでしょう革命で逃げ出してきたんですよ。随分と昔の話ですがゼロ司令官をご存知ですか?」


 今までとは雰囲気ががらっと変わり商人といったオーラが無くなる。


「確かコスタリカのコントラの幹部では」


 コスタリカからニカラグアへと攻撃をしかけたコントラがあった、それもアメリカからの多大な支援を受けていたのだが、その中でも名を知られているのがコマンダンテゼロ、ゼロ司令官であった。


「そう彼です。私たち兄弟はゼロ司令官に従いマナグア宮殿に突入して占拠したことがあります。ですがその後のニカラグアを見てあれは間違いだったと悔やんでいます、オルテガがああなるとは想像出来ませんでした」


 そう語ると目を閉じて過去に思いを馳せる。

 為政者の心変わりを見抜けなどそれは無理な相談であろう。


「それを予測出来なかったのはアメリカも同じです、何も悔やむ必要はありません」


 事実責められるならばアメリカのホワイトハウスだろう、多大な資金や人命を投入して方向づけに失敗したのだから。


「しかし結果が全てです。司令官は失望して退き、キューバから帰国しましたが志を継ぐ者が居なかったのも事実です。もしイーリヤさんが司令官の志を全うなされるならば、このオズワルトが補佐させていただきます」


 ――パストラ司令官には優秀な幕僚が従っていたそうだがもしかしてオズワルトが?


 真剣な眼差しで答えを待つ、それは口だけではなく真実心をぶつけてきていた。


「かの有名な司令官に比べたら嘴が黄色いヒヨッコですが、全力で進むことをお約束しましょう。島龍之介中佐です」


 右手を差し出して握手を交わす、意外と身近に味方はいるものだと縁に感心した。

 本名を告げて信頼を明らかにする。


「ホセ・オズワルト退役少佐、祖国ニカラグアの為に戦う中佐に従います」


 そう宣言して一度俯くとまた商人としての顔に戻る。

 暫くは皆に黙っておこうと何食わぬ顔で挨拶をする。


「それではオズワルトさん、今後もお願いします」


 口調とは裏腹に目は互いを真剣に見つめていた。



 それから数日島は司令部であれこれと調べ物を続けていた、一度知っておくべき資料が山ほど出てきたからである。

 集落の情報を始めとしてニカラグア軍の状況、経理報告に訓練結果など書類の束がデスクに積み上げられてゆく。


「なあ大尉どうして書類は山になると思う?」


 必死に消化しながらロマノフスキーに山を半分託す、最終的には双方とも全て目を通すことに変わりないのだが。


「小憎たらしい将校を悩ませる為でしょう」


 島に比べたら耐性がある大尉は要領よく山を崩してゆく。

 途中難解なスペイン語を見つけると苦労しながら前へ進む、特にロドリゲス中尉の報告が難しかった。

 ネイティブなので当たり前である。


「オズワルトだがね、彼はコスタリカコントラのパストラ司令官に通じていたよ」


 世間話でもするかのように爆弾発言を行う、一瞬大尉が資料から目を離して島をまじまじみてしまう。


「どうしてわかったんですか、娘を嫁にするとでも迫ったとか?」


「それは考えなかったが良いな! マナグア宮殿占拠事件、あれに参加していたそうだよ。オルテガ政権への失望と自身の責任から自発的に話してくれた」


 丁度マナグア警備隊の部分に目を通しているところで話を振る。

 ほぅ、と短く感想を表して書類へと視線を戻す。


「事実ですかね?」


「さあな妄想にしちゃ大きく出たものだが、嘘だとしたら何が目的だろうか」


 ぺらぺらと紙を捲る音だけが響く。


「中枢に食い込んでのスパイや破壊活動、中佐の暗殺、単なる名誉心とかでしょうか」


「ん、スパイが一番しっくりくるな。だがオズワルト商会に接触したのはこちらからだ、俺達はそんなに不運だったのか」


 車を探しに何となく立ち寄ったわけだからそこに計画性は一切ない、もしたまたまそれが敵のスパイだったならまさに不運でしかない。


「これが破滅的な最初の不運ではないと言い切ることが出来るならば除外しましょう」


 また一冊資料を右から左へと移す、島とて決して苦手なわけではないがデスクワークにはコツがあるに違いない。


「黙って信じるほどお人好しではないから実在確認だけはしたんだ。本人かどうかはわからんがね。調べる方法あると思うか?」


「パストラ司令官にでも直接聞いてみては?」


 一番確実で無理に思えることを返して会話を締めくくる。

 先に全てを読み終わったのだ。


「自分は一足お先に解放されます、どうぞごゆっくり」


「努力するよ。明日に書類の山で遭難したくないからな」


 同感ですなと身軽に立ち去ってゆく、溜め息をついて思考を巡らせる。


 ――コマンダンテゼロか結構なご老人だな。ニカラグアに居るらしいが会うことは出来るだろうか。


 ロマノフスキーの言葉を真に受けて思い悩む、疲れていたのだろう部下にその所在を探らせると意外なことが判明した。

 パストラ老人はニカラグア南部リバス市で釣り堀を営んでいるというではないか。

 島がロマノフスキーにちょっと出掛けてくると言った時に大尉が激しく後悔したのは後の笑い話である。


 護衛にと無理やり曹長を一人同行させられる、ベルギー人の彼はスペイン語を多少理解している程度であるが外人部隊出身だけあって護衛としてはうってつけといえる。

 一旦コスタリカへと渡りそこから国境を越えて陸伝いにと北上する。


 小さなホテルへチェックインする、海外からの観光客が少ないせいでホテルがあまり上等とは言えない。

 タクシーに乗り釣り堀を探していると言うとすぐに目的地へと運んでくれる。


 鮫の釣り堀と看板に書かれていて客はまあまあといったところだろうか、管理小屋に老人が一人座っていて客を眺めている。

 二人に気付いて声をかけてきた。


「釣りのお客さんかね?」


「はい、初めてなんですが上手く釣れますか?」


「そいつは魚達に聞いてみるしかないな、ものは試しだやってみたらいい」


 案外若々しい声を張って立て掛けてある釣り竿を指差す。

 餌をつけて池に垂らしてみるがさっぱり引っ掛からない、満腹で餌を必要としていないのかも知れない。


「さっぱりですよ、魚にも釣られる相手を選ぶ権利があるようです」


 やれやれと釣り竿を戻して小屋にと向かう、釣り人たちは揃いも揃って黙って針を垂らしている。


「まあそんな日もあるさ、ここにいる客は皆が暇を持て余して一日中座っているがね」


 老人が多いが中には青年と呼べるような者もいる、失業者の溜まり場なのだろうか。


「ここで釣りをするときには酒が必要ですね」


「そいつはいいな釣れなくても楽しめるわい」


 あたりには何もなくぽつんと川のほとりに佇んでいる。

 国境近くであったり川の南側であったりとニカラグアからいつでも逃げ出せるように備えていると感じたのはいきすぎなんだろうかと唸る。


「実は私の友人にパストラ氏に会ってみたらと言われてやってきました」


 すっと表情が厳しくなる島が何を求めているかを見抜こうと視線で射竦めるように。


「小屋に入るとよい、ゆっくり話を聞こうじゃないか」


 敵意や悪意を感じないために聞くだけ聞いてみようと思ったらしく中へと招く、曹長は外で待つようにと命じてたたせておく。


「ホンジュラスからきたイーリヤと申します」


 ビールを持ってきて黙ってグラスに注いで差し出す。


「自分はホンジュラスでクァトロと名乗るコントラを立ち上げました」


 コントラとの単語にパストラが表情を変えた。

 苦い過去の記憶が蘇ったようだ。


「そのイーリヤが儂に何の用事かね」


「ある人物に閣下の志を継ぐ者と呼ばれました。ですが自分は自分で目指す形があります。その人物が何者なのかを知りたいがためにやって参りました」


 出されたビールを一気に飲み干して答えを待つ。


「何の志も残ってはいないよ、ただただこうなってしまった責任は感じているがね」


 悔恨を懺悔するよかのように語ると彼もビールをあおる。


「まあそんな幻想じみた表現を抱くような青二才は一人しか心当たりはないな」


「リリアンと言う娘がうちで働いて居ますが、なかなかどうして快活なものです」


 身内の話をして通じればまず間違いないだろう。


「あの赤子がそう育ったか、となれば随分と親に似て誰かの為と張り切っておるだろうて」


「少佐が今現在何をしているのかご存知で?」


「車の流通販売をしているとか、元から後方勤務だったからの得意分野じゃろうて」


 一般社会に戻るならばやはり手慣れた仕事を求めるだろう、その点については納得した。


「本人かどうかはどのように確認したらよいでしょう?」


「ふむ。あやつは支援要員のくせにマナグア宮殿に突入するときについてきおった、余りの恐怖でちびりおったがな。宮殿の失態を聞いたと言って羞恥の顔を見せれば本人じゃろう」


 面白そうに声を出して笑う。

 確かに気が弱そうな男ではある。


「本日はお話を聞かせていただきありがとうございます」


「こんな昔話でよければまたしてやろう。そうじゃお前さんにこれをやろう」


 左手につけていた古めかしい指輪を外して差しだしてくる。


「これは?」


「儂らコントラ同志の証じゃよ」


 ――おや、もしかして。


 ズボンのポケットをまさぐり古ぼけた指輪を取り出す、左右の手に取り比べてみる。


「ほう既に持っておったか」


「意味もわからずに使いなさいと老婆にいただきました。そう言うことでしたか」


 ふむと息を吐いてパストラが目を閉じる、改めて目を開いて島に命じる。そう命じたのだ。


「貴殿の所属姓名階級を申告せよ」


 うってかわった威厳溢れる言葉に背筋を伸ばし敬礼する。


「クァトロの島中佐、イーリヤと呼称しております」


「コマンダンテ(司令官や中佐の意味)イーリヤ、貴官のことパストラが支持させてもらう」


 自身はコマンダンテゼロとして残したものは何もないと自嘲して首を振る。


「パストラ司令官の支持ありがたくお受けします」


「差し詰め君はコマンダンテクァトロだな」


 自分などまだ何も為していない、パストラの功績に全く及ばないと言を打ち消す。


「中佐、革命などというものは起こそうとしたら案外起こせるものなのだよ。問題はその先で、革命がなっても昔の方が良かったと想われたら失敗なのだ。結果が出るのは何年も先になってしまうがのう」


 確かに世界中あちこちで革命が起こった歴史がある。

 その中には革命政権が悪行を尽くすような結果を招いたのが多々あった。

 視野が広がるような言葉をいただき旗印がチャモロで良いのか疑問が頭を過ぎる。


「道を誤らぬよう細心の注意を心掛けます」


 その答えにパストラは笑顔で頷いて島を送り出す。

 曹長を伴い釣り堀を立ち去る、まだまだ戦しか解らぬ若僧だなと自らを戒めホテルへと向かうのであった。


 ――コマンダンテクァトロか何だって大きな壁が目の前には出来るものだな。

 指輪が反政府運動の象徴だったとは思いも寄らなかった、どこかでこれを見たら接触することが出来そうだな。

 地下活動の象徴は他にも様々あった、キリシタン追放令があれば十字架が、黒人抑圧があればオレンジの布が、とてもじゃないが俺は教科書に載るような人間じゃないぞ!

 だからといってこんな場所で朽ち果てる気もない、表面に出ないやはりこれに限るだろう。

 国籍不明、正体不明の指揮者、これが望みうる自身の状態だ。

 まずはオズワルトの本人確認からだろうな、本物ならば後方支援を一切任せてハラウィ大尉を別の任務に使いたい。


 頭の中であれこれと考えているうちに夜は更けていつしか眠りにつくのであった。


 クァトロ司令室、コスタリカから公海上を経由してホンジュラスにと戻った島はまた書類の山と格闘していた。

 二日不在にするだけで身動きが出来なくなってしまう、これは何等かの対処が早急に必要だと思い知らされる。


 ――オズワルトの確認をやってしまおう!


 書類をまとめて席を立つ島にロマノフスキーが声をかける。


「おやおしまいですか?」


「全くその気配はないよ、だが出掛けてくる、とある裏技を思い付いてね」


 ぽかんとしているロマノフスキーに意味ありげな言葉を残して足早に部屋を出て行ってしまった。


 オズワルト商会へとたどり着くと先日の受付嬢が島を見てすぐに「少々お待ちください」と奥へと消える。


「イーリヤさんいらっしゃいませ、どうぞこちらへ」


 今度は慌てることなく島を認めて招き入れる。


 先日同様にその場で豆を挽きながら訪問してきた理由を尋ねてくる。


「今度こそうちのが粗相をやらかしましたか?」


 親にとってはいくつになっても子供は子供らしい。


「彼女はしっかりやってくれていますよ。実は先日ある人物に会ってきました」


 コーヒーの香りを楽しみ口をつけずに鼻で味わう。


「どなたでしょうか?」


「ん、パストラ氏だよ、オズワルト少佐のマナグアでの活躍も話してくれた、例のあの件までね」


「そっ、それは――」


 危うくカップを取り落としそうになり顔だけでなく耳まで赤くし目が泳ぐ。


 ――本人か!


「少佐は後方勤務だったのにライフルを手に共に突入した同志だとね、てっきり前線指揮官だと思っていたよ」


「……え?」


 自分が考えていたあの件とは全く違った内容に良いやら悪いやらと間抜けな声を出してしまう。


「あ、ああ、そうです自分は事務屋なんです。イーリヤ中佐は御存じだったとばかり」


 動揺が収まりいつものオズワルトにと戻る。


「今クァトロにはその事務方の手腕を持った人物が足りない。少佐、どうか我々に力を貸してくれないだろうか」


 じっと瞳を見て口を結びポケットからパストラに渡された指輪を取り出しテーブルに置く。

 その指輪に見覚えがあったのだろう、小さく「司令官」と囁く。


「イーリヤ中佐、こんなロートルでもまだ必要と仰有っていただけますか?」


「経験豊かな年長者に頼らなければこんな若僧が大事をなせるほど世の中は甘くないと痛感しました」


 オズワルトが椅子を立って島に敬礼する。


「オズワルト退役少佐は現役に復帰し、これよりイーリヤ中佐の指揮下に加わらせていただきます」


 島も立ち上がり返礼する。


「オズワルト少佐の現役復帰と着任を認める。これよりクァトロの後方勤務責任者に任じる、部隊内悉くを掌握せよ」


 階級は部隊で二番目になるが指揮系統の次席はロマノフスキー大尉であることに変わりはない。

 三席がハラウィ大尉で次はロドリゲス中尉となる。

 オズワルト少佐は後方勤務として別系統の枝を担当し、その中での次席と記録される。


「本業は休業中にして司令部へと詰めさせていただきます」


「すまんな折角社会に根付いていたのに無理を頼んでしまって」


 退役した者が一般社会に復員したならば苦労が絶えない、それをまた呼び戻すとなれば余程のことである。


「これは私の意志ですそのような心配はご不要、早速明日から出仕致します」


 島はポケットからトラベラーズチェックを取り出して少佐に渡す。


「商談の違約金や従業員の手当てに使ってくれ、受付の彼女にも生活がある」


「ありがとうございます中佐」


 帰り際に島は受付嬢にすまんなと一言かけて店を出て行くのであった。

 彼女が言葉の意味を理解するのに時間はそんなにかかりはしなかった。


 数日後に司令室でロマノフスキーが驚愕の言葉を発していた。


「中佐、書類の山が消え去りました、素晴らしい裏技ですね!」


 あれだけあった書類がなんと少佐がやってきてから指で摘める位の厚さになっていた。


「さすがプロは違うな、ハラウィ大尉も舌をまいていたよ」


 事務処理のノウハウを獲たいとの申し出があったために部隊指揮官に転出させるのが遅くなっているが、島とロマノフスキーの事務が殆ど無くなったためにそれでも問題はなかったのだ。


「しかし本物だったというのだから、ホンジュラスにきて偶然出会った我々は不運どころか幸運の最たるものだったわけですね」


 もし偽物でスパイだったなら書類の山と格闘の上で新しい流通先を探さなければならない羽目になっていたわけだ。


「これで幸運の打ち止めでないことを祈るばかりだよ大尉」


 これからが組織としての最初の仕事である、それに失敗したら全てが徒労に終わる。


「ではいよいよですね」


「そうだ攻略先を検討しようじゃないか」


 そう示し合わせると二人はデスクに置かれた地図を同時に覗き込んだ――



「大統領閣下は居られるかね」


 居ないわけはないが一応声をかけてから部屋へと進む。

 前室を抜けて党首執務室へと入る、そこには変わらずのオルテガ大統領が座っていた。


「閣下、定期報告に上がりました」


「ウンベルトか今日はいくつ耳が痛いことを聞かせてくれるんだね」


 ――いきなり不機嫌か仕方ないな。


 長年の付き合いからまずは朗報を盛大に伝えるのが無難と判断する。


「ベネズエラ陸軍より対空ロケット供与の打診がありました。代償として国連安保理案第1868号第58付則での反対票を求めてきております」


「その案件は何だったかな?」


「アメリカのアフガニスタンへの介入を国連で支援する案件です」


 関連案件が多数出ている中でも中核をなしている議題であった。


「頼まれんでも反対票を入れるさ、了解を伝えたまえ」


 ベネズエラの反米は筋金入である、自国だけではなく他国への勧誘も熱心なのだ。


「チャベス大統領宛に閣下からも一言頂けたら幸いです」


 元首を立てることを忘れない配慮を見せておく、こうしておけば兄はいつも安心すると身に染み着いているのだ。


「そうだな私からも挨拶しておこう、他に何か報告はあるかね」


 尊大な文面でも考えているのだろうか目が遠くを見て注意が逸れている。


「クァトロの監視からですが連中の勢いが増しているようです。盛んに兵を集めて現在三百から四百の戦力にまで到達しております」


「クァトロ? あああのコントラか、首領の中佐名前はなんだったかな」


 忘れたのかウンベルトの口から改めて聞きたかったのか尋ねてくる。


「イーリヤと名乗っているようです、マナグアにも潜入しているようで数名から通報がありました」


 通報の数倍は沈黙しているだろうし、数人は染まったと確信している。


「順調に強化されているわけか、そのうち越境攻撃を仕掛けてくるのではないか」


 南北ともにそのような歴史があった、何よりも自身がそうやって攻撃してきた経験がある。


「警備を強化いたします。ただ一つ疑問があり、何故か北部だけでなく南部にもクァトロの勢力を支援するような風潮があります」


 しかしコスタリカからはそんな拠点を持った奴らの報告はあがってきていない、ダニエルが何か知っているのでは、と話に出してみる。


「南部だと? よく調べてみるんだ、わかりませんでは済まんぞ」


 大統領が知らないと言う表情に偽りはなさそうだと判断する。

 ――では何故飛び火している?


「了解しました、早急に調査を命令致します」


「北部のクァトロが越境攻撃をしてきたら、ホンジュラスのアメリカ空軍基地からまた航空支援が始まるだろう、ベネズエラからの武器は北部に偏重配備させておけ」


 自らの職分を侵すような言葉に不快感を得たが黙って頷く、自分もそうするつもりだったからである。

 一機撃墜したら猛反撃を受けるのは必至であるが、兵に黙って死ねと命令するわけにもいかない。

 被害を与えて修理に数週間位が良いのだが、狙って出来るわけでもない。


 部屋を辞したウンベルトは防弾仕様のリムジンに乗り国家警備軍司令部へと戻る。

 

 自らの定位置に座ると部下を呼び出す。

 すぐに眼前に四十代前半で気力体力ともにバランスがとれた男が現れる。


「閣下直々のお呼びだし光栄に思います!」


 旧時代を感じさせるような言い回しに頷きウンベルトは胸を張る。


「大佐に任務を与える。チョルチカに拠点を構えるクァトロに対する専従の部隊を立ち上げるのだ」


 秘書官に口述筆記をさせて命令書を作成する。


「了解です。こちらから越境攻撃を仕掛けるのは可能でしょうか?」


 受動的と能動的どちらの性質かを確認しておく。


「儂の許可なくば越境は不能だ。防衛により致命的な傷を与えて結果を出してもらおう」


 防衛、即ち何事もなく時が過ぎてもそれはそれで成功とみなされるわけだ、大佐はより負担が少ない任務だと認識した。


「仰せのままに」


 秘書官が書類を作成すると一瞥してウンベルトがサインと司令官印を押す。


「よし、大佐は今から特殊部隊の部隊長だ、上手くいった暁には昇進を約束しよう。ニカラグアには能力に相応しい地位と権限を与える用意がある」


「はっ、必ずや結果を出させていただきます!」


 踵を鳴らして敬礼し命令書をありがたそうに抱いて部屋を出て行く。


 一息ついて受話器をとると伝える。


「儂だ、南部警備管区司令官に繋げ」


 数十秒待つと回線が繋がり落ち着いた声の持ち主が申告する。


「南部警備管区司令官です、閣下いかがなされました」


「うむ、ホンジュラスでクァトロと呼称するコントラが出てきた。だが南部でも勢力を広げていると報告があがってきているのだ、そちらで何か掴んではいないか?」


 地元の警察を指揮下に置いているため別系統の情報網を持っている。


「確かにちらほらと名前は聞きますな、さして活動は見当たらないのですが調査するようしましょう」


「そうしてくれたまえ、わかり次第報告を」


 そう伝えると通信を切断する、活動が無いならばそんな大きな勢力でもないのだろう。


 最後に首都警備司令官へと電話を繋ぐと工作員への監視強化と逆スパイとして攪乱をするものを数人用意するよう命じる。

 積極的防諜というやつで貝のように口を閉ざすよりも厄介な結果を招く。


 ただ無口には無口なりの利点があり相手にヒントを与えない部分は評価される。

 老獪なウンベルトが知恵比べを望んだのもまた理解できる、何十年と国を支えてきた自負と経験がそうさせたと。


 いささか疲れたのだがベネズエラへの返答もしなければならない、そう思い受話器を取ろうとすると直前にコールがあり出る。


「お祖父様ですかカルロスです、お母様とこれからお迎えにいくので一緒に買い物にいきませんか?」


「おおカルロスか、そうだなそうするか着たら下のロビーで待っていてくれ」


「わかりました、それではすぐに行きます」


 嬉しそうに電話を切るカルロスに早く会いたいと思ったウンベルトは、ベネズエラの件は明日でもよかろうと司令室からそそくさと出て行くのであった。

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