第百四十五章 もう一つの目的
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◇
ホテルから歩いて五分と掛からない場所に、シェリフという名のレストランがある。クルド人組織の代表と顔合わせをする約束をして、予約をとった。ここまでがサルミエ少佐の仕事。アルメニア料理の高級店で、評判は良いけれども現地では高すぎる価格帯だった。ベイルートでもそうだったが、観光客用の店なのだろう。
老人と三十歳位の男、二人でやって来ると店の奥のテーブルに案内される。周りのテーブル三つは全て親衛隊の面々が着席していた。
――知ってた。せめて普通に食事をしてやってくれよな。
呼びつけた側なので島も起立すると老人の方と目を合わせて右手を差し出す。
「初めまして、イーリヤです」
ロシア語で挨拶をする。無論制服を着ているので軍人なのは解っているだろうが、あちらも手を差し出してきた。ゴツゴツとした手が知識階級としてこの地に在ったわけではないことを語っていた。
「デミルシュです。将軍がお呼びと聞いて参りました」
「お二人ともどうぞお掛けください」
着席を勧めるとウェイターに食前酒を持ってくるようにと指示する。所在なさげに座る二人だが、恐怖しているわけでもなさそうだった。
「呼びたててしまい申し訳ありません。一つの注意事項と、一つのお願いがありまして。どうぞご自由に飲食を」
そういわれてほいほいと手を付けられるはずもなく、若い方は背筋を伸ばして微動だにしない。立場が逆ならば島もきっと同じだろうと微かに頷く。
「注意とお願いですか? それは一体」
アルメニアワインは世界でも超有名で、スパイシーで野性的な熟成がなされている。ここシェリフでも幾つもの種類を選ぶことが出来る。先に口をつけないと飲みづらいだろうと、一口飲んでどうぞと仕草で示した。
「住民の方ならば肌で感じているかも知れませんが、近いうちに争いが起こるでしょう。アゼルバイジャンと」
老人は連れと顔をあわせて、少し沈んだ表情を浮かべる。
「ええ、恐らくは。結果も想像つきます」
「我々はルワンダよりやってきていますが、その結末に直接的な影響を及ぼすつもりはありません」
「といいますと?」
「アルメニアの側に立って戦いを支援するわけではないんです。唯一の目的はメツァモール原子力発電所の絶対防衛。相手が何者であっても、アルメニア軍からの誤射や狂乱の類であっても、その全てから守り抜くのが役目です」
想像していた話と違ったようで、感心したような雰囲気が漏れてくる。それだけ聞けばただただありがたい話でしかない。
「それは何とも、感謝の言葉しかございません」
「それでですが、注意事項です。私は少しばかりイスラム教徒の恨みを買い過ぎて居まして、そのとばっちりがある可能性が」
「狂信者のような者もおりますので、そういうこともありましょう。ですが私らとどのような関係が?」
それはそうだ、今日初めて会ったばかりでとばっちりと言われても理解に苦しむ。島は頭の中で一度単語を整理して、ゆっくりとクルド語で話す。
「シリアで、クルド人の、多くの助けをして、イスラム教徒と戦った。アゼルバイジャンに、シリアからの、集団がやってきている。アルメニアの、クルド人が、攻撃される、可能性がある」
「なんとクルド語を……」
驚きが先に来てから、話の内容が頭に入って来る。シリアという戦場から抜け出してきた者が何を目指すだろうかと。
「そのような忠告ありがとうございます。どこまで避けることが出来るかはわかりませんが、皆に伝えます」
「協力できることはこちらでもさせて頂きます、何でも言ってください」
「それでしたら、将軍と私どもが関わりがないとした方が宜しいのでは?」
言われて島は妙に納得してしまった。
――確かに保護を受けるよりも、無視した方が良いか。こいつは俺の感覚の間違いだな、お願いはナシだ。
こうやって会食をしていることも危険を助長しかねない、何とも迷惑をまき散らしてしまった。住民から情報を貰えたらなどと考えていたのは甘かった。
「それもそうでしたか。もし必要になるならばいつでも声をかけて下さい」
ようやく食事に手を付けると、デミルシュも形だけワインに口をつけると席を立つ。仲良くお食事とはいかなさそうだ。
「私どもはこれで。お心遣いに感謝します」
挨拶をすると二人はそそくさと出て行ってしまった。一般市民が争いに巻き込まれるようなことはしたくない、無いごとも起こらずに嵐が過ぎ去るのを待つのみ。
「振られちまったな」
傍に立っているサルミエ少佐に聞こえるように呟く。それはそれとして食事は頂くことにした。
「宜しいのですかあれで」
「良いも悪いも、あちらが望まないならそれでお終いだろ。隣に居た若い方は違うのかもしれんがな」
――目に意思が浮かんでいた。そのうちひょっこり現れるかも知れん。
コース料理が三人分出てくる、一つは島が食べるから良いが、二人分余ってしまう。勿体ない精神がこれを廃棄することを拒絶した。
「ふむ、そこの……あー、ボンガニとセンゾだったか、一人じゃ味気ないからこっちに座れ。食べ残しはシェフに失礼だからな」
「ダンキ ミェスタァ!」
不寝番に就くことが多い若い親衛隊二人の名前を呼んでやると、驚きながらも立ち上がり謝意を述べる。緊張しながら席に座ると「お前達にはいつも世話になってる、そう固くなるな一緒に飯を食うだけだろ」アフリカーンス語で投げかけてやる。正直なところ親衛隊には深い深いありがたみしか無かったから。
食事を終えてホテルに戻った後、ボンガニとセンゾは大興奮でその時のことを一族に話をすることになった。共に食事をしたのもそうだったが、まさか名前を憶えて貰えていたとは思ってもみなかったのだ。
◇
通達から数日、ズヴァルトノッツ国際空港にチャーター便がやって来た。バスを用立てて迎えにいったのはゴンザレス中尉の部隊。トゥツァ少佐が引き連れて来たのはその殆どが黒人で、アルメニアの住民は何者だと不審な視線を飛ばしてきた。
「トゥ・トゥ・ツァ少佐殿、お待ちしていました!」
未だ若干不自然なところはあるがゴンザレス中尉もフランス語が使えるようになってきている。最近はドラミニ上級曹長に容赦なく言葉を浴びせられて、大分上達しているとのことだ。
あまり接点がないので、他の部員相手と違い多少言葉が固い。フォートスターにも居らず、普段はコンゴで暮らしている為、交流の機会が少なかった。そのくせ千人からの部族兵を束ねているといった話を聞いたことがあったりで、距離感が掴めていない。
「出迎えご苦労。まずは駐屯地へ」
「ダコール!」
余計なことは喋らずに、バスに分乗する。連れて来た将校はマスカントリンク大尉、ウニことウヌージュール大尉、ブナ=マキマ大尉の三人、民兵団から半数の指揮者を引き抜いてきた。志願兵を選別し、二百人に抑えて連れてきている。工兵は既に到着していて、現地で工事の準備を始めていた。
全員に真新しい黒い軍服が支給される、大尉らの左胸にも四つ星が刺繍されていた。誰一人ロシア語など話せはしないが、街に放たれるわけでもないのでそれを気にする兵も居ない。英語組とフランス語組に二分され、それらを更に小隊に分割した。
レーダー基地や対空施設の防衛はトゥツァ少佐の管轄となった。三人の大尉が二十四時間常に複数で管理を行い、小隊長にはクァトロの兵がつく。装甲部隊の司令はブッフバルト少佐、不在時はドゥリー大尉が行い、防空指揮はヌル少佐が、副にはバスター大尉がついた。防衛司令部はマリー中佐が総責任者で、即応の空中機動歩兵としてハマダ大尉が常時控えることになっている。
いつの頃からかこうやって役目が自然と割り振られるようになって久しい。こうやって集まって行動するのは、ルワンダ入りをしようとしていた時以来だろうか。
「お、来たなトゥツァ少佐」
「お久しぶりですマリー中佐」
防衛司令部で顔をあわせると軽く敬礼を交わす。その昔は同格でもマリーの下に入ることを一切躊躇しなかった位に、島同様にマリーへの尊敬に溢れていた。
「急な招集で悪かった、事態が切迫しそうでね」
事前にこうなることを想定できたのに、準備をさせなかったのは手落ちと言えなくもない。規模を設定できなかったのは島の段階ではあったが、耳打ちしておくくらいは出来たはずだ。
「全く構いません。いつどこであろうと、閣下のお呼びとあらば駆け付けます。キヴの神は我等にそれだけのお恵みを与えて下さいました」
「俺はあの人の背中に追いつける気が全くしないよ。少佐には基地の人的な防衛を任せる、空からの事はこちらで対処するから誰も近づけないようにしてくれ」
「アルメニア軍の勢力圏内ですので、少数の賊が潜入するのが主でしょう。二十四時間の警備を行います」
数を集めて攻め寄せて来るような戦闘にはならない、暗夜忍び込まれないような対策をすべきだとの判断をする。空の心配をするなと言われたので、そちらは一切考えないようにしてしまう。
「攻撃と違い、いつ何が起こるかわからん。根気と集中力が必要になってくるだろう。今のところ事前に行動情報が入って来る可能性は低い、注意を怠らずに任務に就いて欲しい」
「志願した中から、実直な者を選抜してきました。飽きて注意散漫になる兵は居ないでしょう」
この時マリーは知らなかった、どれだけの志願者から二百人を選りすぐって来たかを。
「万が一、多数で押してきた場合は守備に徹していろ。直ぐに増援する」
「そう命じておきます」
命令を下して肩の力を抜く。やるべきことはやったから、お互い仕事は終了だ。
「それにしても、マリー中佐は常に閣下の傍に在って羨ましい限り。自分など滅多に声が掛かりません」
側近中の側近、主要な幹部であることは自他ともに認めるところだ。階級では同格のウッディ中佐やストロー中佐は殆ど島と一緒になど居たことが無い。
「俺達が思うように行動出来るのは、トゥツァ少佐が背中を守ってくれているからだよ。いざとなったら頼れる貴官が居てこそだ」
全力を出し切ってしまっては取り返しがつかないことになってしまう。戦術では全力を出すが、戦略でそうするのは危険極まりない。
「そう言っていただけると、多少は自信が持てます。こんな自分でも閣下に連なっていると思うと、誇らしい限り」
「あの人はもっともっと上に行ける、俺はそう信じているよ」
「全く同感です」
いわゆる青年将校の憧れの的、成功者ならば世界中どこにでもいる。だが彼らの求める理想は、唯一無二の存在だった。
◇
人というのは自分達と同じものを見分けることは簡単に出来る、一方で違うというのはわかるが、どのように違うのかは案外理解出来ないものだ。小遣い稼ぎどころか、本給よりも多い報酬目当てでやって来たロシア軍の者達が困惑していた。いつの間にか沢山の黒人が集まって来たことに。
言葉は通じるがルワンダ人がこういう感じなのだというのを始めて知った。そこそこの割合でコンゴ人が居るわけだが、見分けなどつくはずもない。
工兵がせっせと味気ないコンクリートの囲いを作っては、その一角に兵が居住用の小屋を作る。電気ガス水道何一つ通っていない掘っ建て小屋も同じ粗末なものだが、地元ではそれでも当たり前のように住んでいたので違和感はないらしい。数日以内に電線を引いてくるまでは、やかましい発電機を敷地内に置くことにしている。
今は建設に全力を振っているので、発電所の傍なのに電気が無いという奇妙な状態に陥ていた。水もペットボトルで箱ごとドサっと置いてある、シャワーは簡易式で高地にタンクがあって、捻ると蛇口から飛び出して来るだけの代物を取り付けてあった。
場所によって八人から十二人で一つのグループを形成して、そこにロシア兵が一人加えられた。生活空間としては最悪も良いところだが、食事と酒と給料が最高で、さらに言えば訓練のない楽な勤務となれば悪い気はしない。遊びでドローンを飛ばすことを許可されていて、行きは手動でも帰りはボタン一つで戻って来るアプリを搭載していた。
「俺は子供の頃ラジコンヘリを飛ばしてたことがあったんだよ」
通訳のロシア兵がそう言いながら山へ向けてドローンを飛ばす。タブレットに映し出される下方の映像と、広角レンズを組み合わせた三百六十度の映像を見てにやけてしまう。なんでも最初のうちは楽しいもので、適当に山を飛ばしているとタブレットを見ていた兵が「あそこに誰かいないか?」画面を指さした。
直ぐに画面の外に行ってしまったので、操作に苦労しながらも何とか来た道を戻そうとする。さっさとやれよとロシア兵が急かされながらようやく見覚えがある崖を映し出した。そこには頭まですっぽりと布を被った人間が二人、慎重に山歩きをして原発がある方へ向かっているのが見えた。
「こちら第三レーダー基地、防衛本部へ。山岳に人の姿二つ確認。映像を確認されたし」
「防衛本部ビダ先任上級曹長だ。可能な限り監視を継続せよ」
「第三レーダー基地、了解です」
ドローンはホバリングが簡単に出来るので、一度張り付こうと思えばそれは難しいことではない。監視をするだけならば高度を上げれば気づかれることも少ないので、今は拡大画像を得るよりもどこにいるかを注視し続ける。そのうちバッテリーが点滅を始める。
「小隊長、どうします?」
「位置をピン止めしておけ、別のドローンを飛ばす。お前は帰還ボタンを押せ」
滞空時間は三時間、一旦場所を記録したらそこへ自動で飛んでいかせることが出来る、便利すぎて身体がなまってしまいそうだと伍長は内心独り言ちる。クァトロの訓練では人が努力で出来ることは楽をしない、出来ることは行うで突き通されていた。
「ハイキング中って感じじゃないっすね」
黒頭巾で山登り、宗教上の理由でもあるならば仕方がないと、冗談を言おうとしてイスラム過激派の偵察ならばまさに宗教上の理由だなと思い口をつぐんでしまった。
「原発があるこちら側から登ったわけじゃないんだから、遥々山越えしてきたってことだよな?」
何せ原発を囲むように山がある。内側には部隊が駐屯しているし、何より内側に入ることが出来るならわざわざ山に登る必要がない。となれば反対側の裾野から延々歩いてきたということになる。
「余程の理由があるのは間違いない。泳がすのかとっ捕まえるのか、うちのお偉いさんはどっちを選ぶのか」
などと話をしている最中に「あ、ヘリが! 兵を降ろしています」画面の両端に一機ずつヘリがやって来ると、兵士がロープを使ってするすると着地した。ハマダ大尉と、キール先任上級曹長の空中機動歩兵だ。黒頭巾の二人が右往左往しているのが遠い映像からも見て取れる。
「発見から三十分であっという間に挟み撃ちとはむご過ぎる」
命がけで山歩きをしてきたのに、何と無く遊んでいたドローンに見つかり、空から突然現地に到着してしまうズルをされて包囲されてしまう。確かにむごいという言葉がしっくりと来た。抵抗しても無駄と悟ったのだろう、じわじわ狭まる輪を見て諦めたようだ。
「ドローンを近づけろ」
映像を拡大して楽しむ為に高度を下げる。鮮明に制圧される二人組を見ることが出来た。防衛本部でもこれが初の動き、改良点を探して今後どのように役立てていくか、議論が尽きることはない。その日の夜、第三レーダー基地に豪華オードブルとアルメニアワインのデリバリーがやって来たのは、ちょっとしたご褒美だった。
◇
九月も残すところあとわずかになり、ルワンダの高地で生活していていた頃の最低気温がついに破られた。一年中気温の変化が少ないルワンダでは、暑い日ばかりが続いていたが、アルメニアは夏が暑く冬が寒い。降雨量はお互い様程度、わずかしかない。
ホテルのスイートルーム、仮の総司令部で島が書類に目を通しながらエーン大佐に尋ねる。サルミエ少佐は離席中だ。
「なあ、この前捕まえた奴らの報告書だが、いよいよ開戦間近で偵察に来たらしいな」
空中機動歩兵の運用、ああいったものだろうと意見書が付随されていた。もし更なる高地へ行くことがあったら、現在地では標高が低いそうだ。もっと山の上で待機させたいので五百メートル上を探している最中だと書かれている。
「今この瞬間に開戦しようとも、準備は整っております」
「そいつは頼もしい。しかし、良く喋ったな?」
そこは疑問だった。宗教に染まった奴らは死を恐れない、自爆でもなんでもするものだと山ほど事例を見て来た。そんなのが揃って別々の場所で同じ内容を吐露した。
「自白を引き出したのはサルミエ少佐とトゥヴェーです」
言われて島は想像した。拷問でも何でも平然とやってのけそうな二人だと。そこへ件のサルミエ少佐が戻って来るので、ついついじっと見てしまった。
「ボス、何かご用でしょうか?」
「ん、あ、いや……丁度報告書を読んでいてな。あの捕虜の二人、よく自白したなって」
何故かチラッとエーン大佐を流し見るが無反応で、何か言葉を添えるような真似はしなかった。
「いつでも殺せと言うくせに口ほどでもありませんでした。あの程度の覚悟、クァトロでは兵にも及びません」
「そ、そうか」
「靴下に砂を入れて、トントンと優しく撫でただけです」
聞いてもいないのにその手法を説明しだした。それこそみかん程度の重さで一握りの砂、それを靴下に入れて言う通り軽くトン、トン、トンとこめかみにあて続けたそうだ。最初のうちは何をしているんだと見下したような笑いをしていたが、そのうち脳が小刻みに揺れるそうで正気を保てなくなるらしい。
――確かに死よりもってのはあるぞ。だから俺らも捕虜になるなとは言い続けている。楽に死ねるのは決して悪い選択肢じゃない。
死よりも恐ろしい狂気を永遠に味わされる……とか何とかで、名誉ある死が訪れないと解ると極楽へ行けない恐怖が精神を支配した。ムジャヒディンはジハードで死んだときに始めて美女ばかりの楽園へ行けるそうだから。
微妙な空気が漂う部屋に、機械音がなった。サルミエの着信音。手にして一言、二言返事をすると島の前に来て差し出す「ボス、ジョンソン中将です」意外な人物からのコールだったので、何はともあれ直ぐに代わる。
「イーリヤです」
「俺だ。アゼルに動きがみられる、北部ギャンジャ方面に軍が移動を始めた」
島はサルミエに地図を拡げさせるように指示すると立ち上がってギャンジャを探す。それはナゴルノカラバフの真北四十キロの都市名だった。
「平野部を一気に押し込む腹積もりですか」
――ラチン回廊は南だ、ロシア軍と接触せずに半包囲を仕掛けるには厚みがある西側を分断すべきだからな。
「同時に南部からも押すだろうが、アルツァフ共和国の国防軍は足止めするので精一杯だ」
それもそのはず、人口が十五万人弱の自称国家に戦う力などあるはずもない。動員を掛けて素人に武器を元褪せたとしても精々数千人にしかならない。首都の防衛と治安維持に兵力を固定したら、自由に動かせる兵力なぞ千か二千が関の山だ。
「これに乗じて不逞の輩が一気に目を覚ます」
「多少の勇み足はあったとしても、アゼル軍はアルメ本土に深く侵入することは考えづらい。限定戦争というやつだ」
憎かろうが邪魔だろうが、アルメニアを消し去るつもりはない。正しい国土を回復出来ればそれで良いとの主張を以て、侵略ではないと国際的な支持を得ることがアゼルバイジャンとしても必要なのだ。まだ理性に従い戦おうとしている。
「自由シリア軍イスラム運動評議会とかいうところの偵察を捕縛しました。ご丁寧に原発を下見に来た理由、会社の受付を尋ねて来たなら投資や提携かも知れませんが」
「世界が混乱する方が都合が良いらつらだからな」
大きな問題が起こるとどこかで緩みや分断が起こる、そこへ入り込み更なる活動を行う。テロ組織の王道と言える動きに警戒を露にする。
「それに共産革命人民解放戦線とかいうのも近くをうろついているようで」
「なに! そんな情報はこちらにはない、どこでそれを?」
「……うちの部員で耳ざといのがいまして」
――おいおいアメリカ軍が知らない情報を引いてきたってのか!
嘘や冗談で通話を長引かせる理由が一つもない、ジョンソン中将の反応があまりに意外だった。同時に本当の脅威はイスラム運動評議会ではなくこちらなのではと直感が働いた。
「国家として機能を失えば、やつらの理想であるところの革命を達成できる。一発ゴールが原発の爆発というのは頷けるぞ」
「相手が誰であろうと、やることに変わりません。情報提供に感謝します」
「現地に軍を送れないのが悔しい。だがお前が居る」
それで通話を終了した。準備期間も終わりいよいよだと心を落ち着ける。
「サルミエ少佐、マリー中佐へ伝えろ。数十時間以内に始まると」
「ウィ モン・ジェネラル!」




