第百四十四章 対空兵器
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エジプトカイロ空港で一旦給油、その後アルメニアズヴァルトノッツ国際空港にと軍用機がやって来る。今回はわざわざ外交官用のコンテナにこっそり兵器を詰め込んで来る必要が無いので、堂々と荷下ろしをしている。
現場作業の責任者はヌル少佐だ。リンゼイ中尉に砲の類を、サイード中尉に歩兵兵器を、レオポルド、ゴンザレス、ストーン中尉に車両を、そして特殊な物はバスター大尉に任せて全体を監督していた。ブッフバルト少佐に任せても良かったが、ロマノフスキー准将の副官としての仕事があったのでそうしている。
大きな布を被せてあるものが多く、詳細が明らかにならない装備が大半で、先行してやってきていたハマダ大尉の歩兵が周囲を警戒していた。大規模な襲撃が見込まれるはずもなく、重装備はしていない。そんなことになれば空港警備を担当しているアルメニアの将軍が馘首されてしまうだろう。
国際空港とはいっても離着陸できる滑走路は東西を走る一本しかない、やって来た軍用機は全て北東にあるエプロンに駐機しての作業だった。荷下ろしされたものは全て駐機した場所から、更に北東二百メートルほどにある打ちっぱなしコンクリートの広場に移動させられる。
何かというとその昔ターミナルがあった跡地で、当時は東北東から斜めに滑走路があった。けれども計器をみて解りやすいように東西きっちりに作り直されている、当然滑走距離も長くとれるように長大化してあった。
「急ぐ必要はありません、丁寧に扱ってください。時間になれば休憩も取るように」
ヌル少佐の方針は事故を可能な限り減らすようなやり方、兵士の受けも良かった。休憩時間には指揮官が率先して休むようにさせ、兵士らも手を止めやすいようにさせている。イギリスでは戦闘中でもティータイムをとるなどと揶揄されているが、実際は別として慌てて良いことはないので余裕があると解釈されるようにふるまっていた。
「少佐殿、第一隊の準備が整いました」
バラバラの進捗具合ではあったが、それでも人員も含めて最初の中隊がまとまったとゴンザレス中尉が報告をあげる。明日まで作業に時間が掛かりそうだなと内心で思いつつ「それではゴンザレス中尉は第一隊を率いてエレバンの中将閣下の護衛に付いてください。そちらではエーン大佐に報告を」重要なところへ兵力を送る。
「スィン!」
軽装甲機動車両一個小隊と、歩兵二個小隊で十キロメートルほど北東に離れているエレバン市街地へと向かって行く。混じり気無しのクァトロの中枢部隊、手足となる兵は数少なく下級指揮官となる伍長らが中心だ。兵らのトップはドラミニ上級曹長、彼がゴンザレス中尉を補佐する。
シリアではずっとマリー中佐の供回りをしていたが、フォートスターへ帰還して初めてその全容を知った際には驚きで暫く声が出なかった。兵営で懐かしの訓練メニューを体験した時には二度目の驚きを得る。人が努力や経験でこうまで成功出来ることを認識すると、ここに骨を埋めようと決意した。
「小銃の安全装置を確認! 総員駈け足!」
乗車させようと思えば多少の無理をすれば出来ないことも無かった。何より車両を調達すればそれで解決する。だがドラミニ上級曹長は走らせた、訓練の一環としてというのと、少しでも地理を把握させるために。確かに空港から市街地まで走れば、逆も可能になるだろう。
「ヌル少佐殿、体調はいかがですか?」
「いつもと変わりありません。バスター大尉はいかがでしょうか」
「少し楽なくらいです。兵も概ね調子に問題はありません」
当初島は高山地帯のアルメニアにやって来る時には身体を慣らす時間をとるべきだと備忘録に記させていた、それは要注意だと部員に通達させた。先行部隊のハマダ大尉の証言を得て、簡単な事実に辿り着いた。ルワンダのフォートスターは標高千五百メートル前後であり、エレバンの標高千メートルより高い位置にあった。
高山病は概ね標高千五百メートルから二千メートルで発症しやすくなる。つまり、普段から高山に住んでいる者は下山すると身体が軽くなり運動量が豊富になるのだ。常日頃から心肺機能が自然と訓練されていたことに妙な説得力があった。それでも山岳地に行くときには一日待機が必要になるという知識は共有されたが。
数時間が経ち、第二、第三、第四と部隊が揃って行く。陽が暮れて暗くなると作業は中止、明日は明るくなると同時に西側にあるタロニックという場所に部隊を派遣する。メツァモール原発の南東六キロにある町で、ここに防衛本部を置くことにしてあった。
環状道路に囲まれる市街地の外は全て農地で、その一部を丸ごと借り上げてしまっている。充分すぎる補償金を支払い、畑を締め固めて武装車両を乗り入れた。原発周辺に自前の施設を設置するまでの間は結構な数が停められる予定だ、その後は本部の直轄部隊だけが残る。
周辺地域の写真や動画を山ほど撮影することになる、兵が歩いて各所をというのとオビエト先任上級曹長の指揮で上空撮影も同時に。ヌル少佐はというと、市街地の会館を一つ借りて付近住民に説明会を開いていた。住民との軋轢は無いに越したことはない。
ロシア語を理解可能な人物がレバノンガーディアンズから派遣されていた。ルワンダからやって来たという自己紹介では場所がぱっと頭に浮かばない人物が多かったようで、表情が曇ったのをみて直ぐに言葉を差し込む。
「ルワンダはアフリカの高地にあり、アルメニアと似た環境にあります。政治的な利害関係が少なく、アメリカとロシア双方と話が出来る立場にあったため、今回の原発防衛の支援を受けて駐屯することになりました」
馴染みがないのが理由だと言われると、そういう選び方かと自らを納得させる住民が多かった。
「でもあんたらはそんな御大層なことが出来るのか?」
目的を果たせるかどうかが気になるのは当然で、自国の軍隊より下の能力ならば受け入れる必要がないどころか害悪にすらなりえる。
「出来る、といえば語弊があるでしょう。ですが最善の努力を惜しみません」
「そんなこと言ってもどうせ口だけなんだろ?」
懐疑的な目を向けられてしまう、だがヌル少佐は微笑を崩さない。どんなときにも指導者としての表情を忘れなかった。
「もし原発が爆発したら、この地に駐屯する我等も全滅します、命を懸けて守ることに何か疑問があるでしょうか?」
そう言われてみればそうだ、そして異様に危険な代物がすぐ傍にあることを再認識した。隣でも十キロ先でも危険など変わりはしない、死にたくなければ全力で守ることへの疑いは消えた。
「最新技術と兵器をアメリカを始めとした各所から提供を受けており、ハード面では一カ所を守るだけならば世界最高峰と言って差し支えありません」
住民は間違ってもアルメニア軍では、何一つそんな誇れる部分がないことを知っていた。
「でも使うのはルワンダ軍なんだろ、同じことが出来るのかよ」
不安はその態度が示していた。乱暴で拒否するような姿勢にも、ヌル少佐は変わらず対応する。
「ルワンダ派遣軍は精鋭です、それも歴戦の。司令官らはアメリカ軍を教練する立場にすらありましたし、将校下士官は実戦経験を豊富に積んできた者ばかりです。我等に出来なければ他にどこの誰が出来るでしょうか。もし失敗しようものならば、この命を償いに差し上げましょう」
おためごかしでやって来て、何かをかっさらって行こうとするする者の目つきではない。真っすぐに前を向いてじっと目を逸らさない。大言壮語が過ぎると受け止める者もいたが、それこそ最新兵器なぞアルメニア軍が使いこなせるはずもない事実は見逃せない。
「もう良いだろう皆、この方々はワシらの為にはるばるやって来てくれているのだ、文句ばかりを言ってどうなるというのだ」
顔役の老人がそう言うと、多くの者がうーんと言って引き下がった。
「ですが、住民への横暴があればワシらも考えを改めることになるが」
言うべきことは言う、それでなければ搾取されて終わってしまうことがあるから。
「左の胸に四つ星を示している派遣軍直轄部隊クァトロが、司令官の意志を乱すならば即座に処罰することをヌル・アリがお約束します」
胸を張ってきっぱりと明言する。島が永年求め育てて来た部隊の是は、軍事力でも何でもない、その統制力だ。自らの意志を体現できるか否かだけを求めてきている、結果として戦闘能力がついてきたが。
「わかった、その言葉を信じよう。ここがルワンダではなくアルメニアなことを良く覚えておいて貰いたい」
ヌル少佐は立ち上がると敬礼した。顔役を公館の外まで送り出すまで共になり、その誠意をいくらかでも示そうとした。皆が戻って行った後、仮の防衛司令部として今使っている大農家の邸宅へ入る。
「末端の兵がどれだけ必要になるかですね」
ぼそっと独り言を呟く、数が増えればそれだけ枠から外れてしまう輩が混ざるのは仕方がない。それは部隊にとっても本人にとってもきっと不幸をもたらすだろう。
◇
ホテルのスイートルームで、航空写真と地図を並べて覗き込んでいる男達がいた。深い話を始める前にまずこうしたものを利用出来るようになった環境について触れる。
「ほう、こいつは便利だな」
開発部門用にドローンをたくさん仕入れはしたが、いざ使ってみるとこうも役に立つとは。グーグルマップで上空からの映像を借りるのでも充分に利用出来ていたが、直近の画像が手に入る上に角度をつけた映像が手に入る利点がった。なによりも夜間の映像があるのが大違いだ、夜は毎日やって来る、それを知らずに目的を達成など出来ない。
「アルメニアでも首都を始めとした市街地の運用規制がありますので、そちらは運用者に説明を行っておきます」
ストーン中尉が責任者将校として軽く注意を差し入れる。そもそも途中で墜落でもしない限り、どこの誰のものが飛んでいるかなど解りはしない、その場で不都合が起こることはない。落下物が人にあたって怪我でもしたら黙ってはいられないだろうが。
「細かいことはストーン中尉に任せる。マルキアン少将と連絡を取って、双方の航空物が食い合わないように友軍のシグナルを再確認しておけよ」
「ばい、ボス。原発から五キロ範囲内の不明航空物は基本撃墜する方針です」
単純にその範囲に町などが無く、北西東の三方向が山になっている。南側が拓けていて平地があるので人が住んでいるのと、公道五号が走っているので要注意。元より飛行禁止区域にしておけば名目も充分なのでストーン中尉が特に過激なことを言っているわけではない。
「それはそれで構わんが、友人航空機は空港管制とアルメニア軍にも確認をとれよ。よし、マリー始めろ」
無人機ならば器物を壊すだけで済むが、人が乗っているとやはり勝手が違う。故障で仕方なくということもあるだろう、そこは緊急連絡が来るだろうなと心構えだけはしておく。
「ご指名頂きました。ご覧になって頂いた写真ですが、見て解るように対空基地の設置場所はそこそこ選べます。南西に一カ所、東に一カ所と北東に一カ所を予定していますがいかがでしょうか」
EAPSSの対ロケット、対砲弾による空間防護基点を三か所示す。どこか一カ所でも残れば充分な防空圏を構築できる、具体的には七キロ半径を。山が急激に切り立っている場所を外して基点を設置すれば確度は気にせずとも良いだろう。
「ヌル、どう思う?」
こういったものは結果しかわからず詳しくない。面々の中では馴染みがあるものかと名指しをした。防衛司令部は戦闘団司令部と同義だ、砲兵司令部は島の派遣軍司令部と共にホテルに置かれていた。
「よろしいかと思います」
「そうか、じゃあそいつを設置するとして話を先に」
中近距離からの攻撃はこれでほぼ全てが撃墜されるだろう見通しになってしまう、それが防空射撃の想定物量内ならば。
「ではリンクする対空レーダーを七カ所に。二カ所が連続して稼働不能になっても互いが補完可能になるような位置で。若干無駄な予算と言われてしまうかも知れませんが」
航空写真の上に赤い虫ピンを刺していく、防空基点は水色の虫ピンで少し大きめのもので目で把握しやすいように。南と東を中心に多目、西と北は一カ所ずつしか置かない。アルマビルの山岳地帯を越えて来るのは余程のことで、曲射では狙いがつけづらくミサイルの運用になるから。
「イワンなら一カ所か精々二カ所しか設置しないでしょうな」
理由は予算の削減、ロマノフスキー准将が過剰が選べるならばそうすべきだと言外に含める。この場にグロック准将は居ない、親友の埋葬を行った後にニカラグアへと戻った。それから声を掛けていないからだ、必要になれば勝手にやって来るだろうと信じてはいるが。
「いくらでも貸し出すという話だ、これに関してはハードルを上げる必要はないぞ」
「ではお言葉に甘えましてこちらで」
一つ一つの航空写真を別途それぞれに渡す、見ても忘れてしまうだろうが下調べで適切な場所を探してきているという報告でもあった。今までならばこういった現地踏査に結構な負担があったが、何とも便利になってきた。
「LPWSの近接防護は移動式なので、原発を囲うように配備しておきます。掩蔽の設置は現場で」
常時消費電力の多さから、電源車を随行させるか発電機を搭載させるかで仕様を悩んだが、結局電源車を別にすることで行動可能な場所を増やそうということにした。対空機関砲や物資の量や個別運用を考えればトレーラー同梱方式が簡便で良い運用法になるのはわかっていたが、それでも少しでも対応可能な事柄を増やしたかったので敢えて別に。
「そいつには砲撃の弾着予測地域への警報能力がある、周知の仕方は現場で決めておけよ」
「モーターアラートがヘッドフォンに響くということで」
単純な方法こそ優先されるべきだと、もし警告音が響いたらどこでもいいから聞こえなくなるまでその場から離れろと取り決めた。島も口を結び頷く。
「それらに少し遅れるが、実績がある防空システムが一つ追加で届くことになった」
「まだ頂けるとは、まるで火薬庫ですね」
バルカン半島よろしく、ここアルメニアもいつでも爆発しておかしくない紛争地域に認定されている気分だった。文化的な境目、色々と問題は尽きない。
「イスラエルのアイアンドーム対空ミサイルだ。一個中隊三基、戦闘機だって叩き落とせる。こいつはアメリカのシステムと切り離して別途稼働させる、イランには見せることが出来んから厳重注意してくれよ」
軍に於いて実績がある兵器は信頼度の面で扱いが違う、これは既に何度も戦場で味方の頭上を守ったことがある。アラブ人対ユダヤ人の戦争でだ。それだけにイスラム国家のイランの諜報に引っ掛かって迷惑をかけるわけにはいかない、使用も最後まで控えるつもりでいる。
軍議を行っている部屋に連絡将校がやって来て、サルミエ少佐に小さなメモを渡す。それを見ると少佐が島の傍にやって来て注目を集めた。
「ボス、先ほどアルメニア外務大臣のオサカニャンが国内を移動中に爆弾テロに会い負傷、現在入院中で重傷とのことです」
「どこの仕業かは?」
「現在国軍並びに警察が鋭意捜査中です」
いよいよ導火線に火が付いたかのような事件が勃発した。ギリギリ間に合っての入国だったか、あるいはこれでも遅かったか。取り敢えずつけられていたテレビに速報のテロップが流れる。報道の速度と同じでは一般人と大差がない、これでは情報が間に合わないとの証拠だ。
「現地組織との連絡を強化すべきだな」
そんなことを言っても政府系以外に知り合いなどいるはずもなくどうしよもない。が、一つの提案がなされた。
「アルメニアのクルド人組織と話をしてみてはいかがでしょうか?」
サルミエ少佐の言葉についつい顔を見てしまう。
――ここにもクルド人組織があったか。随分と勢力圏から外れているような気はするが。
直ぐに返答しなかった、軍議も止まってしまう。島が少し黙って考える、ただお近づきになるだけならば出来るだろうが、そこが役に立つかどうか。接触したせいでテロ対象に選ばれては向こうも迷惑だろう。第二報が入って来るとそれもサルミエ少佐の手元へいった。
「犯行声明が出されました。自由シリア軍イスラム運動評議会が、現在のアルメニア政府の方針がイスラム国家へ挑戦的であるとして、その警告を込めたとのことです」
似たような名前が多い過激派の組織名、ぱっと浮かんでこなかった。島はロマノフスキーを、ロマノフスキーはマリーを見る。
「自分の記憶ではイスラム運動評議会なんてのはありませんでしたが」
肩をすくめてしまう。部屋の中の誰一人として覚えがない、ならば新興の組織なのだろう。サルミエ少佐が例によってノートパソコンを操作する、頭を左右に振って検索できない事をあきらかにした。
「自由シリア軍を名乗る連中、シリア政権打倒を目指していましたなぁ。きっと目的を達成できないと知って、周辺国に散ったんでしょう。イランの支援を受けた一派がアゼルにやって来て、まずは功績を示す為にドカン……なんて筋書きはどうですかね」
ロマノフスキー准将が想像したストーリーを披露する、当たらずとも遠からずな気がしてならない。何せ否定するだけの材料がないので、そんなこともあるだろうと受け止めてしまう。
「かもな。クルド人組織だが会ってみよう。そういう奴らが湧いて出るようならば、とばっちりを受ける可能性があるから注意を促しておくべきだろう。それと兄弟はナゴルノカラバフに行って現地の雰囲気を見てきてくれ」
緊張状態がどうなっているかは最前線に行けば感じられる。それにことが起こるならばきっとそこだろうと見ている。
「ダー。ブッフバルトとオビエトも連れて行きましょう」
いつものお供にオビエトを追加した、適した役目を見いだしたのだろう。航空写真の収集も一段落ついているhずなので、原発側は問題ないはずだ。
「ああそうしてくれ。マリーは基点やレーダー設置、原発防衛の準備を進めろ」
「工兵をルワンダから引きます。警備の頭数にマイマイや民兵団からも、良いでしょうか?」
設置するレーダー基地や対空兵器の張り付き防御、クァトロを配備するのは絶対だが、二十四時間警備となると絶対数が少ない。二交代で四人ずつだとしても休暇を含めると十人で一つのセット、それだけで十二カ所になり派遣軍司令部、防衛司令部、LPWSに装甲部隊、空中機動歩兵に司令部護衛となると人員が不足してしまう。
「ふむ、そうだな。トゥツァ少佐にそれらをまとめさせアルメニアに来させるんだ。装備はこちらで用意する、身一つで構わん。将校には四つ星を左胸に刻ませておけ」
ルワンダ国籍のトゥツァ少佐に後続を移動させる、本国としてもアルメニアとしても非常に解りやすい代表になりすんなりと出来るだろう見込み。島が直接責任を持つ範囲を増やす、同時に呼応する人物は働きに報いるだろう。




