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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第百四十二章 アルメニア派遣


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 フォートスターに一機の航空機が着陸した、それは四つのプロペラを持つ四十メートル見当の大きなサイズだった。灰色の機体にアメリカ合衆国旗を塗装してある軍用機。SC-130Jシー・ハーキュリーズ、海上哨戒機として改造された代物だ。


 タラップから降りて来たのは深い緑といよりは殆ど黒に近い緑、アーミーグリーンの軍服を着た男、もはやピザ屋がどうこう言えなくなってしまったアンダーソン中佐。出迎えたのはサルミエ少佐だ、この取り合わせと言えばお馴染みの行き先である。


 給油作業を終えると空路ケニアのモンバサ空港までひとっ飛びした。途中からケニア空軍機が二機護衛に付いている、ノースロップF-5はアメリカからアメリカ海軍から引き渡された少し前の世代の音速軽戦闘機。グレードアップしたものは未だに現役ではあるが、基本設計が半世紀前なのでこれ以上の運用は難しいだろう。


 空港でオスプレイに乗り換えて、洋上の空母へと向かう。島はその間じっと目を閉じて考え事をしている。


 ――ケニアか、サイトティ大臣から預かったワイナイナ中尉は結局今一つということだったな。だがシリアでの戦いを経験したんだ、充分だろう。マルカのシャティガドゥド委員長にも今度会いにいきたいものだ。


 着艦するとローターが回転を緩める、爆風が収まって行く。必要最小限の随行者、即ちサルミエ少佐のみを引き連れて艦上へと降り立った。二人は黒の軍服、待っていると昨年ここで出会った顔がやって来た。


「閣下、またお会い出来て嬉しいです!」


「おうマーク元気そうでなによりだよ」


 親しそうに言葉を交わす海軍の古参曹長と、どこの軍籍かも不明の中将をじっと見ても、空母の要員は私語を慎んでいた。アンダーソン中佐も一緒になるとマクウェル曹長の案内で艦内へと入っていく。


 ――何度来てもお客さんでは落ち着かんな。しかし、地中海ではなく今度はインド洋か、ジョンソン中将も忙しいらしい。


 特別室へと通される、アンダーソン中佐が丁寧に扉を開けてくれた。アメリカの好青年とはこいつのことだろうと、勝手な評価をして踏み入れる。前回のことで懲りて勲章の類は全て略式のものしかつけていない、だからと価値が変わるわけではない。


「無事生きて帰ってきました。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」


 敬礼をして目の前の人物を見る。いかつい顔で盛り上がった筋肉、以前と変わらない野戦将校の印象そのままに、少しだけ白髪が目立つようになったなと感じる。


「構うものか。俺は誇らしい、お前という存在が!」


 敬礼を返すと短い距離を歩み寄り互いに抱き合う。


「詰めが甘く全てを刈り取るに至りませんでした」


 シリアでの失敗を反省しても今さらどうにもならない。主力は潰したが、残党はまだ結構な数がいて脅威を振りまいている。終わったことにするのはあまりにも早い。


「そんなことはお前が気に病むことではない。もっとも困難で、他の誰にも出来ないことをやり遂げたんだからな」


 ソファに座るようにと誘い、ビールを用意する。落ち着かない艦内だったはずが、随分と穏やかな気持ちになれていることに気づく。


「賛辞は頂いておきますが、多くの者が努力した結果です」


「相変わらずだな。一応尋ねるが、アメリカ軍へ来る気にはならんか?」


 島は微笑むだけで返答をしない、そこでは出来ないことをすると決めたから。ジョンソン中将もそれ以上は言わなかった。


「しかし働き者だな、火中の栗を拾いに行くらしいが」


 バドワイザーを傾けてアルメニアの一件について切り出して来る。確かに他者の為にわざわざ危険を承知で苦労しに行く、言う通りだった。


「何せ自分の人生の目標はテロリストの殲滅ですので」


「はっはっは、そいつはクレイジーだ! だが良いぞ、とても良い!」


 心の底から大満足した笑い、何の駆け引きも無い感情を見せられて島も心地よく笑う。自分の命を預けろと言われてもジョンソン中将にならば喜んで預けることが出来ると受け止めているから。


「狭い地域での活動になるでしょうけど、世界への危険度はこちらも大きいですよ」


「ふむ、核施設だな。廃炉しろと言ってはいるが、アルメニアにはエネルギー源が無い、新しいのを設置しないとやめるにやめられんだろう」


 実に国内の四割の電力をそれで支えている、失われたら大混乱は必至。代替の発電所などあるはずもなく、火力発電所を設置するにしても何倍のコストがかかるか。


「ロシアで新規に作るのを待っているようですが、一年二年の話ではなさそうです」


「最近では工期の短縮があり四十か月前後が標準になっているはずだ。着工はしているが出来上がりは二年後あたりになるだろうな」


 つまりはきっと間に合わない。その間に勃発するのが目に見えている、だからこそこうやって二人が顔をあわせることになっていた。


「テロリストというのはどうして他人に迷惑を振りまくのやら」


「余程この世の中に嫌気がさしているらしいな。だがそれならば一人で勝手に死ねと言いたい」


「全くです」


 肩をすくめてこれからのことを相談しようと気を取り直す。さてどうしようかと思っていたら「今回は政府お墨付きだ、資金も装備も状況も、なんでも支援してやれる。遠慮などするな、全て俺が話をつける」真っ先に聞きたい言葉を耳に出来る。


「ありがとうございます」


 瞳を覗き込み頭を下げる、どれだけ望もうとそこまで与えられることなどない。仮にそう言われても全てを受け入れることなどないのだ、それなのにジョンソン中将ならばきっといくらでも無理を通してくれるだろう。


「億ドル単位で融通するくらい簡単だ、ホワイトハウスはどうせそれ以上の見返りを手にするんだからな」


 世界一の大富豪国家は桁が違う。金で解決出来るならばそうするという姿勢が伝わって来る。だが問題はそれでは解決出来ない、現地で生の人間が命をはらねば。


「一瞬の隙を衝かれても失敗するでしょう、防衛は圧倒的に不利。射程内に重砲が設置されれば手も足も出ません、ですがあれだけのモノを密かに持ち込むのは難しいでしょう。諜報に引っ掛かりませんか?」


「軍以外が保持することを認めない、それがいくらテロ支援国家であろうとも。だがソ連崩壊時に散逸したモノならばわからんな。百五十二ミリ榴弾砲が最大口径だろうから、射程は二十キロに及ばん位なはずだ」


 流出させて自国を危険にさらしてはどうしようもないので、大火力の兵器を渡すはずがない。これに関して共産圏だろうが後進国だろうが同じで、厳重に管理されている。どこの指導者も厄介者を相手することは避けたい、首都を射程に収めるような重砲は絶対に与えるはずがない。


「露出して運ぶのも、分解するわけにもいかず、試射も出来ずでは初回の砲撃でまぐれあたりを祈るしかないですか」


「それが当たる可能性がないわけではないぞ」


「近隣のパトロールぐらいはアルメニア軍にやってもらいましょう。衛星での監視はお願いしても?」


「任せておけ、発見次第即座に通報する。即応部隊を用意しておくんだ」


 空中機動歩兵が必要になるだろう、それとは別にガンシップでもあれば充分だろうかと想像する。大火力は必要ない、素早さと兵器を破壊できるだけの火力さえあれば良い。それを扱える者も複数という状況を求めて来るだろう。


「空間防護システムを融通してやろう」


「空間防護ですか?」


 今の今まで聞いたことが無かった、単語の組み合わせと話の流れか大まかな内容を想像することが精一杯。


「試作を終えて実用段階になっているのを引っ張ってやる。中距離の対ロケット、対榴弾、対迫撃砲弾迎撃システムだ」


 島は真剣な表情になると「詳しく教えて頂けますか」重要な結果をもたらすだろうことを直観する。何せ無駄なことをわざわざ提示してこない相手だ、それを必要とするかどうかは島次第ではあるが。


「EAPSS、延長空間防護生存システム。曲線軌道を描く高速飛来物を観測し、指向修正対砲撃により撃墜するものだ。具体的には四十ミリ機関砲による対空射撃だな」


「……前提条件は?」


「複数の対飛翔物レーダーの稼働、高度射撃管制装置の並列起動、機関砲の連動射撃の確立」


 明らかにハイスペックな装備だとわかる内容、運用可能ならば作戦の遂行を手助けしてくれるだろう。


「行使に必要な人員と熟練度はいかほどでしょうか」


「システム連動の設定には高度な技術知識が必要になるが、設置後ならばボタン一つ押せれば概ね問題ない。突発的な故障はお手上げになるがな」


「迎撃精度はいかほどでしょうか」


「精々八割から九割といったところだ。お守り程度の気休めにはなるだろう」


 十発撃たれたら一つ二つが直撃する、それでは防衛できたことにならない。だがあると無いとでは全く話が違った。


「配備をお願いしても良いでしょうか」


「ああ任せろ。一式セットで何千万ドルかの代物だ、撤収時にはアメリカ大使館へ持ち込んでもらうが、破壊された場合は部品の一つすら残らないように燃やして貰うぞ。なに、弁償しろとはいわんから安心しろ」


 信じられないような金額の品を一存で貸してやると言われて己の任務の重さを再確認した。


「ありがとうございます。可能な限り無傷でお返しします」


「実戦データが取れたら充分だ、兵器なんてのは使ってなんぼだからな! ついでだLPWSも用意してやる」


 LPWS対空兵器ファランクス迎撃システム、名前を聞く限り同じようなものだろうと推察する。ファランクスといえば軍艦に搭載しているバルカン砲だったと頭の隅にあった。


「二十ミリの対空砲でしょうか?」


「ああそうだ。こいつでも近距離の迎撃に使えるが、ちょっとしたオマケがある」


「オマケですか?」


 ジョンソン中将が余裕の表情でさらっと種明かしを始め「砲撃の未来予測を行い、着弾地点に避難警報を発することが出来る」どうだ、との顔になった。世間で言うドヤ顔とはこれだろう。


「感謝します!」


「こちらの迎撃率は半分より少し上くらいでしかない。複数運用をする艦艇をベースにしているから仕方ない部分はあるがな」


 動く軍基地である軍艦ならば、これを複数セットでブロックに置けば、概ね満足いく迎撃能力になるのだろうことが伺える。


「そちらの希望があれば聞くぞ」


 じっと押し黙り、頼らなければならない何かを整理する。


「うちでドローンやUAVを運用する予定です。ドローンに搭載出来るような軽い対空兵器なんてないですか?」


 かなり無理を言っているのは承知で、出てきたらいいなと尋ねた。


「あるぞ、まだ試作段階だがSpikeA1誘導ミサイルがな」


「それはどういう?」

 ――うーん、既にあったか。


「サイズはこの位で、重さは二キロ少しだ。戦闘車を大破させるのは難しいが、セダンなら再起不能に出来るだろうな」


 両手で幅を作って赤子を抱くかのような大きさを作る。島が求めていた物にほど近いが、いささか大きすぎる。


「……重さは希望しているくらいですが、もっと小型になりませんか? 威力は半減しても構いませんので」


「それでは精々ドアをぶちこわす位にしかならんが?」


「充分です、何せドローンを壊すつもりなので」


「ドローンを? それならば威力は問題無かろうが、そこまで出番があるように思えんが」


 ジョンソン中将が困惑するのも仕方ない、何せこれまでの戦争ではそういった状況になったことが無いのだ。これからの戦争形態を見越した上で、しかもかなり狭い状況を想定している。有用とは言えないのは島も承知していた。


「今までにない、そこが重要でして。計画段階で妥協はしたくありません、若い者達に命を預けろといわねばならないので」


「良いだろう、改造にはさして時間も掛からんはずだ。他は」


 顎に手をやって真顔で「バドワイザーのコンテナが必要です」二人で大笑いする。近い将来シャレで実際にコンテナでビールが運び込まれた時には島は苦笑し、下士官兵は破顔することになる。遊び心はあるべきだ。


「いいか、お前は自身の安全を蔑ろにしがちだ。臆病は決して蔑まれることではないぞ」


「わかっています。ですが、それでも自分は最前線に在り続けます」


「変わらんな。お前ほどの男を他に知らん。いつか世界に名が轟くときに、育てたのは俺だと言うまで絶対に死ぬなよ」


 握手を交わして艦上のオスプレイに乗り込む。規模はシリアの件より小さくとも、危険の度合いなどさして変わりはしない。何より人の命は一つしかない。想いを胸にして、フォートスターへの帰路につくのであった。


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