第百三十八章 新たなる伝説
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側面から攻撃をしようと千人弱の集団が部隊を分離させて前進、岩場を迂回して荒れ地を行き林を抜こうとする。これが成功すれば少数の防衛陣地など直ぐに捻り潰せる。
無時に歩兵が通り過ぎた後、荒れ地で車両が爆発を起こしてひっくり返った。咄嗟に歩兵が伏せるが攻撃を受けたわけではなさそうだと周囲を見回す。多数の車両が横転して黒い煙をあげている、燃料に引火して二次被害をまき散らしているのもあった。
「どうした!」
将校が声を上げて確かめると「地雷です!」誰かが地面が爆発したのを報告した。なるほどタイヤが吹き飛んでいる車両ばかりなのがとても納得いく。
歩兵が通った時に何ともなかったということは、車両を狙った重量設定がなされた地雷を使ったということ。
「くそっ、対戦車地雷だ!」
悠長に掃除をしている時間も機材も無い、ならばどうするか。対戦車地雷は重さで起爆する、人間が踏んだくらいでは反応しない。稀に角度や感度の違いで爆発するのは不運で片付けられるが。
兵らの視線が将校に集まる、ここで押し黙るわけには行かない。
「全員下車しろ、徒歩で回り込むぞ!」
車に据え付けられている機銃のうち、取り外しが容易なものを急いで分離すると部隊ごとに集まる。こんなところに一人残されて行ってはたまったのもではない。
大体の感覚で集団を一つずつ進ませる、遅れた者らは最後に行く部隊に混ざって進んだ。荒れ地を一キロも歩くと爆音と共に人が爆ぜた。
「じ、地雷だ!」
オタワの地雷禁止条約は世界の百数十カ国が条約に署名、批准している。だがシリアはその限りではない少数派、そこで仕入れた地雷なのは簡単に想像できた。そもそもロシアも中国も参加していない条約に、どこまでの意味があるかは疑問があるが。
だとしても世界の禁じ手をここで使われるとは思っていなかった、イスラム軍の将校の甘さともいえた。足を止めてしまった兵、進めとも戻れとも言えずに数秒の沈黙が訪れる。直後。
「うわぁあ!」
目の前の林から猛烈な掃射を受けて多くが被弾、慌てて伏せるも負傷者が続出した。地雷を埋めた奴らがいるならば待ち伏せする敵もいるだろう。
「反撃しろ!」
まずはあてずっぽうで良いので林に向けて銃撃するように命じた。若干の仰角なのが憎い。風が弱く舞い上がった土煙が中々晴れない、視界が濁る。チラチラと見えるのは自分達と同じ黒い戦闘服、将校は敵が何者かを知った。
「また奴らか、どうなってやがるんだ!」
叫びっぱなしで喉が痛くなりそうだった、軍議で出てきた黒い暴風。シリア東部の拠点を奇襲され、ラッカでも縦横無尽に戦いをし、シリアの交差点では死守隊が現れ、今また目の前に姿を現す。
粘着質の敵、黒の戦闘服、黒の戦闘車、黒の軍旗、今回はついでに肌の色まで黒かった。中東の人間ではない、少なくともこのあたりの二世三世とは思えない。
どこからか傭兵を連れてきた、だとしたら誰がそんな莫大な費用をだしているのか。目的は戦闘なのは良いとして、どうやって配備出来たかの部分にかなりの疑問が湧いてくる。
だが今はそれどころではない、目の前の現実、敵をどうにかしなければならなかった。
「対戦車地雷があったあたりから迂回して林に突入するんだ。それまでは各自その場で交戦しろ」
何とか自身を落ち着かせて命令を出す。機銃を多数装備した最後尾の部隊を退き返させて北へと迂回させる。林の中にまで地雷は無い、そう信じて。
散発的な交戦をして時間を垂れ流す、ようやく後備が林に到着したと連絡が入った。激しい抗戦に辟易しながらも何とか踏み入れたところで耳を疑うような報告が上がって来た。
「黒い戦闘服の黒人ですが、笑って死んでいます!」
「なんだって!?」
イスラム国の宗教指導者を兼ねている指揮官がくちびるをかんだ。敵がただの傭兵などではないのが明らかになり、一抹の不安を抱いたからだ。自分達の信者の中に、どれだけ笑って死ねる兵士がいるだろうかと。
「か、火災発生! 離脱する!」
林に入った部隊から叫びともとれるような通信が入る。首を振り向けてみると真っ黒い煙をあげて木々が見えているのが見えた。
「自分達が林に居るのに燃やしただと! どうなってやがる!」
狂信者。最初に頭に浮かんだ言葉がそれだ。自分たちが言うのも変な話だが、一番相手にしてはならないのが思想に染まった者達というのは明らかだと眉を寄せる。
相手が悪い、だからとここで引き下がりでもしたら、指揮官の解任だけで済まずに宗教指導者の地位も剥奪されてしまう。ではどうするか、全体の状況が動くまでこの場で待機して交戦することで推移を見守るしかない。
「部隊は現状を維持、敵を釘づけにして全体への貢献とする!」
ものは言い様だ、兵力を縛り付けることで功績だと言い張る。認められずとも罰を受けることまではあるまいと、完全に前へ進む気持ちを失ってしまうのであった。
◇
地下司令部内では緊張した空気があたりを支配している。余裕など全くなく、しかめっ面をしたグロック准将が細かい調整を続けているからだ。
「敵左翼が林で進軍を止めました! 現在火災発生中です」
唯一の朗報だろうか、足が止まったのは一カ所だけだがその方面も少しの間は大丈夫ということになる。
「エーン、働きには必ず報いる」
「お気になさらずに。我等は閣下の為だけに在るのですから」
たとえ一族が全滅しようと本望だと言い切る。その一点に於いて一切の迷いも偽りも無い、だからこそ島も心を砕く。
中央と左翼はじりじりと押され続けている、いずれ突破されるのは時間の問題。それでも逃げずに戦う兵らに申し訳が無い気持ちで一杯になる。
――嫌な予感がする、なんだこれは? どこかでこういう感覚があったな…………ニカラグアの時か?
理由がない不安でしかない。様々天秤にかけて「地下司令部を出るぞ」島が唐突な命令を下した。
「閣下、何かご懸念が?」
グロック准将が目の前に来て、知らない情報でもあったのかと確認する。エーン大佐は一切の異論がない、引き払う準備をするように即座に行動に移る。
「ああ、とても嫌な感じがするんだ。俺はこの直感に従う、理由らしいものなんてないがね」
肩をすくめてあっさりと吐露する。目を細めたグロック准将だが「承知しました、装甲指揮車両へお移り下さい」地下に停車させてある、島専用の車に乗るように勧めた。
通信兵が機器を担ぐと連絡を確保したまま島の後ろについていく。要員が乗車すると装甲指揮車両が北東へ向けてスロープを駆け上った、そのまま二百メートルほど進んで別の壕に入る。残りの司令部要員は一律駆け足で二百メートルを走り、それぞれが軽車両へと落ち着く。
数少ない護衛班がアサド先任上級曹長に指揮され四方を最大警戒した。
「ヌル少佐より司令部、威力偵察隊が強行攻撃を試みたところ、周囲の部隊が壁を作りました」
いずれどのランクかは解らないが司令部があるのは明白、それを耳にするが早いか「戦闘団が中央に突入します!」早速撃破に向かったと知らされる。
――ブッフバルトのやつも意気盛んだ。
笑みをこぼす寸前、耳鳴りがするかのような爆音が眼前やや先で起こる。先ほどまで居た地下司令部が砲撃で倒壊、もうもうと土煙をあげているではないか。
「砲撃位置を測定しろ、最優先だ」
結果に触れずにグロック准将が即座に冷静な命令を出す。程なくして位置が判明、ずっと東の山中だということが解った。
「閣下、陸からでは排除に時間が掛かります。空からの反撃を行ってもよろしいでしょうか」
「許可する」
判断は同じ、即答で是とした。はっきりとうなづくと「クァトロ司令部よりクァトロ航空部隊。砲兵陣地の破壊命令だ、詳細位置を送る」イラクのどこかに居るはずのヘリ部隊に連絡を付けた。
「こちらトリスタン大尉、航空部隊は速やかに砲兵陣地の破壊に向かう。到着は五十分後!」
即時出撃をしたとして、どのあたりに待機していたかを想像する。イスラム国圏外でアメリカ軍が駐留している場所、それでいてこのあたりまでの距離と時間が情報だ。
――ヒューイやイロコイだけでなくガゼルが混ざっているんだ、ファルージャではないぞ。とすれば適当なところは……ティクリートか。
イラク国内の中央北部、数年前にイスラム国の支配から奪還した都市だ。アメリカ軍がイラクだけでなく、イラン軍とも共同した数少ない事例。
「サルミエ、衛星情報から航路に危険が無いかの後方支援を行え」
「ウィ モン・コマンダンテ」
アメリカ軍を経由しての軍事情報を半ば自由に使える権限を付与されている、それもこれも全てジョンソン中将の好意だった。無論直接アクセスできるわけではない、途中でアメリカの情報士官を挟む。
百五十五ミリ砲弾が一度降って来た、続けてこないということは一門しか稼働させていないのだろう。五十分で攻撃を行えるならば、最大であと三十発は飛んでくる計算になるが、速射をするだけの練度も物資もなければ、精々三発くらいが積の山だろうか。
「弾着直前に警報が得られるようにしました」
グロック准将が至って平然と監視を設定したと報告する。位置と砲撃の弾道から、リアルタイムでどこに着弾するかの予測演算を行うと言う。十キロの彼方から飛んでくるならば、砲撃から着弾までは凡そ二十秒ある、十秒前に警告をすれば急発進で回避可能という寸法だ。
このあたりも全てアメリカ軍の情報戦部門からの助力になっている。
「戦闘団ブッフバルト少佐より本部、敵司令部の捕捉に失敗した、離脱する」
幾ら突進力があっても出来ることと出来ないことがある、無事に撤退で来るならそれだけで構わない。司令部を下げたと言うなら最前線の指揮力は落ちる、それだけこちらに余裕が生まれるのだから。
「ヤジディーン部隊が後退します!」
島が眉を寄せた、一息つけると思っていたら前線が下がって来た。だがこれが普通なのだろう、何せ民兵というのは一般人が混ざっている部隊なのだ。
「ヌル少佐、ヤジディーン隊の後退支援を行え」
「イエス セクレタリジェネラル」
味方が引き下がってもクァトロ歩兵部隊はその場に残る、グロック准将の命令を速やかに実行、ヤジディ教徒が危険地帯から少しだけ遠ざかる。
北西に三百メートルほどの場所に百五十五ミリがまた着弾した、民家が派手に倒壊する。至近にそれが落ちて着たら身体の破片も残りはしないだろう威力。こちらからもヌル少佐の指揮でイスラム国の中央後方の部隊に砲撃を加えている、口径が二回り小さいので威力は平方根並みに小さくなる。
「戦闘団が敵の突出部隊の背を削り、南部へ離脱しました」
戦場を縦横無尽に走り回るクァトロ戦闘団、だが無傷でも無ければ疲労だってたまる。明らかに負担が大きすぎる、解っていても彼らの替わりなど居ないのが現状だが。
――こいつはきついぞ! だがまだ引き下がるには早い。
装甲指揮車両の後部座席で黙って腕組をしたまま様子を窺う。流石に前線部隊の被害が大きく、そろそろ限界が見えてきた。
「エーン、本部から増援を送ってやって欲しい」
コムタックでクァトロナンバーズにグループを絞り曖昧な指示を出す。いつもならば異論などないエーン大佐だが直ぐにうんとは言わなかった。
「閣下、本部の護衛がかなり少ない状態です、これ以上は危険です」
サイード中尉に預けた五十、林に送った親衛隊、戦闘団に補充した護衛隊、そこにきて前線へ更に割くなど懐疑的になってしまう。島の意見に異を唱える時はある、それは島に危険がある時だ。島もそれは知っているので強くも命じることができない。
「解っているさ。ヤジディーンの民を扇動して使い捨てるような真似を俺は好まん」
数秒の無言、命令を下せば従う、だが島はエーン大佐に願っただけ。否と言えば現状を維持できるだろう、だが望みを叶えてやりたいとの相反する思いも持っている。
葛藤は続いた、時間だけで言えばさして長いことはないが、様々なことが脳裏を過る。ついには意を決した。
「ヤ!」
防御に張り付いていたプレトリアス郷の親衛隊が一つ前線へ走っていく。残る護衛は僅か、アサド先任上級曹長の直接指揮する分隊と、エーン大佐の中枢部隊のみ。装甲をすべて取り除かれ、残るは骨のみとの状況。
今度は南部に砲弾が飛んでくる、観測が上手くいってないようであてずっぽうに砲撃しているような気がした。
「敵の攻勢です!」
前線に多数が襲い掛かって来た、被害を厭わずに押しに押すスタイルで。弾丸がみるみるうちに減っていき、比例して双方の命も散っていく。圧迫を受ける各所に大きな負担がかかり、ついに突破を許してしまった。
「敵機動部隊が本部へ迫ります!」
一つ目は撃退した、二つ目も何とか追い返すことが出来た。数が少ない、フォロー出来ない三つ目の部隊が北西から迂回する形で装甲指揮車両に迫って来る。
「閣下へ敵を近づけるな!」
エーン大佐が叫ぶが即応可能な兵は皆無。荒れ地で速度を上げて近づいてくる、その様が島の目にも見えた。
――くそ、見誤ったか! いや、まだだ、まだ戦える!
敵が迫ろうと逃げ出すような命令を出さない、機銃による反撃をサルミエ少佐が出した。言われずとも兵が撃ちまくるが止まらない。ロケットを肩付けして暴れる車両からこちらに狙いをつけている。
「閣下、撤退を!」
防ぐのは無理だと判断したエーン大佐が進言する。運転手が独断で後退してもそれを擁護するつもりで司令部グループに聞こえるような通信でだ。
「ここで司令官が逃げて兵が従うか!」
強化ガラスの先に見える敵の兵が抱えているロケットの種類が判別できそうな気がするほど近い。その瞬間、イスラム国兵の車両が爆散した。
北東部の丘の先から黒い車両が数台疾走して来る、どうやらそれらが砲撃を加えたようだ。
――この距離でロケットを命中させただと!?
ざっと見積もっても七百メートル以上はある、その上に移動中の車両にだ。ロケットは速度が決して早いとは言えない、かなりのズレを起こすので百メートルそこそこまでよらねば当てるのは難しい。
「不明の戦闘車両が敵に接近します」
速やかに識別をするようにと指示が飛んだ。程なくして「水色、白、緑に鳥の旗を確認!」兵の声が通信で届けられる。誰一人としてそれを掲げる勢力に心当たりがない。画像が転送されてきてハンドディスプレイで目にして島が気づく。
「これは!」
――なんだってこんなところにいるんだよ! いや、兄弟がやったことだってのは解るがね。
遠距離からのロケット攻撃で次々とイスラム国の車両を吹き飛ばしていく、凄まじい腕前に舌を巻く。通信を傍受していた兵がその集団の宣言を繰り返した。
「ウズベキスタン革命軍、借りを返しに来た!」
サルミエ少佐が島に視線を送る、無線の先でグロック准将が鼻を鳴らしているのが聞こえてくるかのようだった。無線機を手にして島が「こちらオーストラフ、増援に感謝する」手短に返信してやった。
その上で司令部内では「あれは友軍だ、指揮官はピョートル・ロマノフスキー」それが何者かは解らないが、ロマノフスキーという響きで多くを悟った。
防衛線を縮小、後退させて北部へとスライドしていく。南部の道なき道をイスラム国の一部が通過していく。そこから北東へと進路を取りモスル方面へと抜けて行った。
「クァトロ航空部隊より本部、砲兵陣地を破壊した。一旦帰投する!」
「ご苦労」
短くグロック准将が応じた、これで不意の砲撃をうけることは無くなった。どこか別のところに据えられていないとも限らないが。味方の被害報告が多数寄せられてくる、回復できない部分で戦闘車両の損壊が目立った。
北西部で待機、防御は歩兵に任せて進出の機会を窺っている。
「閣下、フォートスターからの通信です」
仕草でまわせと示してヘッドフォンを片方だけ耳に充てた。
「シュトラウス中佐であります」
「どうした」
「閣下、勝手ではありますが輸送機を三機飛ばしました」
何が積まれているかは不明だが、シュトラウス中佐が味方に不利になるようなことをするはずがない。凡その到着時間を耳打ちされてやり取りを終える。
「そうか、わかった」
「どうぞご武運を」
ハンドディスプレイを操作して周辺地図を拡大する。適切な場所を現地で誘導しなければならない。
「ブッフバルト、三十分後に北西部の幹線道路を確保し輸送機を着陸させるんだ」
「ヤボール ヘア・ゲネラール!」
地図上の場所を示して空港代わりを押さえさせる。直ぐに移動を開始すると、幹線道路を封鎖して余計なものを全て排除。現地の住民には極めて迷惑でしかないが、戦場から離れて受領するようにとの命令に従う。
「戦線をさらに縮小し、敵を通過させる。ヤジディーン隊は北へ百メートル後退せよ」
時機を見計らいグロック准将が道を譲らせた。これによりイスラム国の動きに加速が掛かった、脱出可能な道が目の前にあると、防衛する戦力と争う圧迫が減る。これ以上は無駄な戦、さりとてやめるわけにも行かないのでお座なりに戦いながら移動し続ける。
やがて輸送機が田舎の幹線道路に無理矢理着陸する。腹の中からシェリダン戦車を吐き出し、補給物資を荷下ろしすると、苦労して離陸して行った。
コンゴで空挺戦車を操作した兵が生き残っていたので、戦闘車から移譲させて戦力を補強した。これをイラクに輸送するために一体どれだけの法を犯しているのか誰も正確に把握していない。
本部の傍に帰還するも、疲労困憊で顔色が優れない。あまりにも戦闘団に役目を割り振り過ぎているのだ。
――俺に出来るのはここまでなのか? イスラム国をシリアから駆逐して、モスルへ追い込む。確かにそれは望んでもかなわないようなことだったが、本当にこれで終わってもいいのか?
イスラム国の後備と交戦している兵らの様子は既に一杯いっぱい。よくぞ生き残った、それだけでも充分過ぎる。
グロック准将だけでなく、エーン大佐も、ブッフバルト少佐もこれ以上の進言をしてこない。もう限界などとっくに超えてしまっているのだ。その時、西の空から小型のヘリが一機だけで飛んでくる。本部で警戒するが、直ぐに意識をイスラム国の後備へと向けた。
黒の戦闘服を着た一人の男が降機すると、戦闘団の待機している場所へと駆けていく。それから十数秒、六輪の軽装甲車に『8』の軍旗が掲げられた。
「戦闘団司令マリー中佐ただ今着陣! ボス、追撃命令を!」
誰一人口にしなかった追撃を要求する、マリー中佐はシリアでも連戦に次ぐ連戦で負傷しているだろうに。
「兵は疲労し、装備は欠け、地の利は無い。それでもマリーは戦いを続ける気か?」
――俺は今迷っている、情けないことだ。
クァトロナンバーズが二人の会話に耳を傾けた。これ以上の戦闘は無謀を通り越していると。
「何をすればよいかなど解り切っていること、今は行動すべき時です!」
悩むことなど一切なく即答する。マリー中佐の真っすぐな気持ちが多くに伝わった。
――そうだ、俺だってどうすべきか知っている。なのにここで立ち止まろうとしていた、怖じ気付いて逃げようとする者に女神は微笑まない!
小さく息を吐く。二秒で心を落ち着けて「クァトロ司令官が命ずる、全クァトロ軍はイスラム国軍を追撃せよ。先頭はマリー中佐の戦闘団だ」最後の方針を定めた。
「ダコール! 各車ナンバーフラッグを掲げろ、行くぞ!」
己を誇示する為に黒の戦闘車に数字入りの軍旗が掲げられると、一斉に走り出した。公道を行く敵と距離を保ち側面から射撃しながら敵司令部を求めて進んでいった。
「ヤジディーンへの報酬を処理しておけよ。マリーを追いかける、総員乗車しろ」
――戦闘団だけでは兵力不足を起こす、俺達も戦力だ!
事前に用意してあったバッチ処理を行い「ボス、手続きは完了です」速やかな返事がサルミエ少佐より返される。散っていた各部隊が集合する、ウズベキスタン革命軍の車両が一台近づいてきた。
身を乗り出して細身でやけに鋭い目をした中年の男――ピョートルが装甲指揮車両を前にして見詰める。島はそれに応じて姿を現した。
「久しぶりだな、さっきは助かったよ。礼を言わせてもらう、ありがとう」
柔和な笑みを浮かべて素直に感謝を直接伝えた。ピョートルはにこりともせずに「借りっぱなしは好かん。あの程度で返したと言えるほど俺は安くない」麾下の車両を待機させる。
――全く頼りになるよ。あのロケットの腕前は俺の知る中でも最高クラスだ。
接近して放つロケットで戦車を倒すのは何度も見ているし、自身もやっている。だが遠距離からの予測軌道を見事にこなすあたり、純粋に戦士として尊敬出来た。
「ボス、各隊準備整いました」
傍らのサルミエ少佐が全ての完了報告が揃ったと顔を向けた。きっと装甲指揮車両を見詰める兵らも多いだろう。
「うむ、グロック、指揮を預ける。敵を追い落とせ」
「ダコール。世界が手を焼いたイスラム国に引導を渡してやりましょう」
徒歩で逃げている奴らを無視してシンジャール方面へ車を飛ばした。末端の兵をいくら倒しても大勢に影響を与えない、それが数千というなら別だが。数百キロの道のりを歩かせるなど司令部の失策でしかない、イラクまで逃げ込んできたのであとはゆっくりと戻れば良い側面もありはしたがどうだろう。
戦闘団の動きが遅くなっている、多重防御をしている敵の数が多すぎる。画面上の青い点が徐々に遅くなっていく、このままでは早晩止まってしまう。
「ボス、レバノン特殊大隊から航空隊が来援します」
とはいえ数機でしかない、それでも居ないよりはマシだ。小さくうなづいて聞いていると態度で示した。
そもそも戦闘団の心配をしていられる程自分達が楽ではない、突破力も戦闘力自体も低いのだ。唯一防衛力は高い。
車両通信機ではなくコムタックに連絡が入った。
「北東部からペシュメルガの部隊が迫っています、このままでは戦闘団と接触します。いかがしましょう」
マリー中佐が伺いを立ててきた、戦えと言えば文句の一つも言わずにそうするだろう。アルビールでの面会が無駄になっていないことを信じ「敵ではない、イスラム国への攻撃に集中するんだ」方針を下す。
「ダコール」
モスルを北と南東部で半ば囲むようにしてペシュメルガは支配地域を拡げている。その北部部隊が南下してきて、退路を遮断する動きをみせていると言うならばイスラム国は混乱を起こすだろう。
「警報! 北西部より高速飛行物体接近」
視線でサルミエ少佐に識別を促す。それがミサイルの類なのか、戦闘機なのかだけでも直ぐに知りたかった。十数秒か、或いは二十秒ほどやり取りを行いこちらに向き直る。
「識別、フランカーF2です。対地攻撃用のスホーイがこちらに接近しています」
ロシアの戦闘機がイラクに侵入する目的を想像する。ロシアはイラクと関係が近い、イラク軍が攻め込まれているならば援軍を送る可能性はあった。
だが同じイラクとはいえクルディスタンのペシュメルガはどうだろう。その線での出動ではない、では別の理由は何か。
「ボス、米軍からです」
優先して通信回線を繋いだ、よほどのことが無い限り連絡をしてくることなど無いからだ。
「クァトロのイーリヤ中将だ」
「中将閣下、こちらアメリカ特殊作戦軍海兵隊重攻撃ヘリコプター大隊のゴールドバーグ少佐です」
どこかで聞いたことがある名前に少し記憶を探る。合致するのは一人だけ、偶然では無いだろう。
「地中海の時の者か?」
「はい、閣下。ジョンソン中将より、クァトロが攻勢に出るならば地上攻撃支援を行うよう命じられております」
世界最強のアメリカ軍、その対地攻撃ヘリ大隊が支援についてくれるとは、願っても無いこと。これは好意ではない、イスラム国に打撃を与える為に有効な手段を選りすぐった結果だ。
となればロシア軍のフランカーはこれを迎撃する為だろうかと疑念が湧く。なぜ地上攻撃仕様機を飛ばしてきたのか。
「支援に感謝する。前衛の戦闘団が兵力不足で足が鈍っている、そちらに向かって欲しい。だがロシア軍の戦闘機が迫っている」
「こちらでも確認しております。一時休戦をしてイスラム国を撃破するために攻撃支援を行うと協定を結んでおります」
何でも敵対しているのに、世界の超大国が戦地で手を結ぶとは驚きの話を耳にしてしまう。
――おいおい万が一ってのはこれだな。それでも一万争えば一度は手を結ぶわけか、今回がたまたまその時だったってわけだ。
フランカーF2が地上攻撃装備でやってきた理由がようやく理解出来た。その両方がイスラム国を攻撃してくれたら、戦闘団も力を発揮できるかもしれない。
「反復攻撃のクァトロ航空隊がこちらに向かっています」
サルミエ少佐が速報をあげて来る。状況が加速してきている、ここで舵取りを誤るわけには行かない。
「貴軍の他に、ロシア軍、クァトロ航空隊、それにレバノン航空隊も参戦している。混乱をしないように注意をするんだ」
色々と承知の上だろうがここで一度注意をしておくのを忘れない。細かい勢力が入り乱れると、時に大きな齟齬が発生する。
装甲指揮車両は散発的な戦闘をしながら戦闘団を追い続けている、部隊はしっかりとグロック准将が指揮をしているので危なげない。
「こちらロシア航空宇宙軍シリア派遣軍。現地司令部応答せよ」
ロシア語で呼びかけがあるも、通信兵らは誰一人理解しない。ふむ、と島が自ら通信機を手にする。
「司令官のオーストラフ中将だ、ロシア軍が俺に用事か」
荒っぽい口調でロシア語で応じた。まさか司令官が直接応答してくるとは思っていなかったようで一瞬だけ言葉に詰まる。
「司令官閣下、スーシュカ四機が地上攻撃を行います。そのご報告を」
どうやら休戦の話は事実のようで丁寧に事前に報告をしてきた。それもこれもオルテガ前大統領の口利きということだ、見返りはロシアの利益かアメリカの損失。
――ここでシリアの政府軍がイスラム国が去った地方を奪還すれば、友好国家のロシアの利益だ。だがアメリカからしてもイスラム国を倒すのは求めているところ。
共通の敵を倒すのは双方の利益になる。相反するようで実はそうではない答え。唯一にして最大の問題は、イスラム国を相手にして勝ちにいけなかったこと。
「双方黒の戦闘車に戦闘服で識別は困難だ。IFFシグナルを出す、こちらを攻撃してくれるなよ」
お互いは敵味方がわかるが、他所から見たら全くの不明になる。ペシュメルガに近づいた時も注意しなければならない。
――そういえばピョートルの奴らも黒い戦闘車だな、別に真似する必要はなかろうに。
偽装するためにそうしたのかどうか、理由は解らないが戦闘服以外は似たり寄ったりだ。作業を丸投げして今一度今後の道筋をどうするか思案する、それは島にしか出来ない仕事だ。
距離はあったが最初に飛来したのはフランカーFだった。KAB-500KRと呼ばれる五百キロ爆弾を二発ずつ投下、大きく旋回して再度二発投下する。四機はそのまま東へと飛んでいくと、戦闘団が苦戦している戦線へ飛来する。
FAB-250、要するに誘導なしの安価な爆弾を二発、また二発と投下し、合計十発の爆弾をイスラム国軍に叩き込んだ。帰路には三十ミリバルカン砲も遠慮なく放ち、高速で基地へと帰還してゆく。
ようやく地獄のような爆撃が終わったと思うと、米軍の攻撃ヘリが迫る。ハイドラ70ロケット弾、それもM151という対人弾頭を四カ所から十発ずつ発射した。フランカーFと比べると破壊力はい低いが、人間相手ならば不足はない。
弾着位置から半径で五十メートルが灼熱に包まれ、人が生きたまま焼かれてゆく。場所を変えてもう半分も撃ち込み、ヘルファイアミサイルを追加で発射する。二十ミリ機関砲もこれでもかという程地上に突き刺す。
――凄まじい破壊力だな!
状況報告を聞き流しているだけでも現地が大変なことになっているのが解る。一連の航空攻撃が終わると戦闘団が敵の中央を突っ切って進む。イスラム国はクァトロと違って司令部の存在を誇示していなかった。
どこにいるかの目星をつける為に観察していたところ、空爆で統率を失わなかった集団が目に入る。それこそが司令部だろうと考えて一直線進んだのだ。
◆
辺り一面が空からの攻撃で火の海になっている。それでも命があることをアッラーに感謝して周囲を確かめた。部隊が散り散りになり、指揮官を失ってしまった集団が多数混乱しているではないか。
「くそっ、さっきのはロシア軍の攻撃機だけでなく、アメリカ軍の攻撃ヘリまで来やがった。あいつらが仲良く手を組んでやって来るとはな!」
顔を合わせればいがみあう仲の両国だ、まさか協力してやって来るとは考えていなかった。誘導ミサイルにでも狙われていたら一発で終わりだった、それについては間違いなく僥倖というしかない。
「司令官、西から黒の戦闘部隊が来ます!」
言われて双眼鏡を手にして先を見て見ると、確かにこちらに向かって来る集団が居た。数字を刺繍した旗を掲げているのが結構目立つ、だがこれといって規則性があるようには思えなかった。
「しつこい奴らだな……ん、あれは? いや、まさかそんなはずはない……」
最大倍率にして双眼鏡を覗き込む、目が痛くて一旦離すがもう一度じっくりと敵を見る。どこかで見たことがあるような体つきに表情、記憶を探ると直ぐに思い出した。
「あれはILBの狂人司令じゃなかったか?」
ラッカで何度も何度も近接戦闘を行い、その度に兵力を失い続けた。結果都市を追い落とされる原因を作った人物。だが情報によるとILBは戦場を離脱したはずと首を傾げる。
司令部要員の下士官らにも確認させると、複数の者があれはILBの指揮官だと断言した。それが何故黒い暴風の中に混ざっているのか、そして『8』の軍旗が意味するものは何なのか。
「まずはモスルに急ぐぞ、周辺の部隊をあれにぶつけて足止めさせておけ」
進路にありったけの兵を防壁として寄せる。戦闘に於いて数は力だ、火力の違いはあっても多勢が有利なことに変わりはない。ILBの部隊はこれで止められた、同じ措置をしたが何故か今回はぐいぐいと突き進んで来る。
数字を刺繍した軍旗を掲げている戦闘車が勇敢で、決して避けて引き返していくことが無い。正面から全てを粉砕し最短距離を詰めてくるではないか。
「大変です、モスルへの公道にペシュメルガが駐屯しています!」
「何だと! ロシア軍にアメリカ軍だけでなく、ペシュメルガまで共同歩調を取って来るのはどういうことだ!」
食い合わせの悪さと言ったらこれ以上ない、それなのにどうして。疑問は山のようにあったが、まずは安全を確保するのが最優先だ。
「進路を南東にとって迂回してモスルに入城する、急げ」
道路から外れて荒れ地を行くと宣言した、速度は落ちるし車両の故障も激増する。それについては誰しもが同じなので、迷わずに司令部を離脱させようとした。
「司令官、先ほどのロシア軍機ですが、現地の地上部隊を友軍だと言っていました」
「友軍だと? するとアレはロシア系の武装組織なのか」
人種的には疑問がある、そこはどうとでもなるだろうが、事実地上部隊を掩護するようにして空から攻撃してきた。空爆だけでは生ぬるいと、地上軍も派遣してきたのかもしれない。すると黒い暴風はロシアの特殊部隊。
「いや特殊作戦軍がシリアに出てきていたな、そこの枝かもしれんな」
ロシアが誇る特殊任務部隊、中でも戦地での行動を得意とするようで、クリミア半島の侵略では尖兵だったと噂されている。
別の通信担当が「戦闘ヘリからも友軍と言われていました。どういうことでしょう?」両方から友軍扱いされる軍や勢力は極めて少ないのが世界の常識だ。
司令官は難しい顔をして首を捻っている、解らないことはいくら考えても答えが出ないものだというのに。
道をぐるっと迂回して後ろをみると、もう黒い部隊は追ってきていなかったようで静かなものだ。夏の暑い日差しが忌々しい、もう少し涼しければ動きやすいのにと、詮無きことを毒づく。
遠く北部はペシュメルガが公道を封鎖していると報告が入っている。見張りを置いているが動きはこれと言ってないようで、たまたま演習でもしていたのだろうかとすら感じてしまった。
「もうすぐ公道に戻ります。その後は一時間程でモスルの予定です」
ようやくかとうなづいてやる、何とか味方のいるところに辿り着けそうで一安心。モスルまではペシュメルガも近づかないし、イラク軍もアメリカ軍もやって来ない。
「前衛より警告! 公道に黒い武装集団が待機しています!」
「何だと! どこから湧いて出た、くそ、ロシアの犬めが」
これ以上迂回するより公道まで進んでから東に走った方が早いし楽だと方針を定める。
「どうせ少数だろう、蹴散らしてモスルへ向かうぞ」
前衛に戦闘命令を下した、負傷者はいてもまだまだ戦闘能力を保っている。直ぐに撃破の報告が上がるだろうと思っていたが、自身の乗る車両の速度が遅くなりとまってしまった。
「黒い部隊が強力で突破できません!」
通信士がまるで自分のせいだといわんばかりに申し訳なさそうな表情で報告をあげた。
「思っていたより数が多かった?」
詳細報告を受けていないので確認させる。すると数分で「黒い部隊は戦闘装甲車両に、三両の軽戦車を伴っています。数字を刺繍した軍旗を掲げているとのこと」気になる情報が上がって来た。
「数字の軍旗だと? するとあいつらの仲間が伏兵としていたわけだ、番号は」
同等の能力があったら厄介だ、軽戦車とは言っても装甲があったら機銃では対抗できないし、弱いロケットでは抜けない。
「8、9、23、11、21などの模様」
「8だと! ばかな、あいつどうやって先回りを! ……ペシュメルガが通過を許した? そんなはずはない、ロシア軍とは敵だぞ」
混乱するような情報が入って来るが、事実目の前にいて戦っているのだからそちらを優先しなければならない。
「回り込もうとしたところ、ペシュメルガが阻害の動きをみせました。ですが攻撃まではしてきません」
「支援を受けているだと……どういうことだ、ロシアともアメリカとも、ペシュメルガとも近い部隊?」
いくら情報を精査してもそんな勢力は思い付かなかった、何せ武装勢力に限定するわけだから分母が少ない。前衛が溶けていくのに耐えきれず「本隊も参戦させろ、数で押しつぶせ!」決戦を命じた。
数千の部隊がたったの百ちょっとに襲い掛かる、いくら歩兵と戦闘車両であってもこれでは勝負にならない。流石に黒い部隊が退いていく、公道にまでたどり着くと一路東へと進む。
「まったく、どうなってやがるんだ!」
◇
ペシュメルガのすぐ東にまで撤退してきて負傷者の応急処置を行う。太陽はまだまだ高い位置にあり、時間は気にならない。クァトロ戦闘団は損耗率が高く、これ以上の戦闘を継続するのは全滅の危険性を孕んでいた。
「追撃を進言しておいて敵将の首も取れずにここで終わりか……」
――この状況ではもう前に出すことは出来ん、悔しいがここまでか。
ぐっと拳を握って遠ざかっていく集団を睨み付ける。充分どころか遥かに予想以上の戦果をあげている、誰が聞いても称賛するだろう戦果をだ。何倍、何十倍の兵力を相手に退けて来たのか、話題にすることが許されるならば驚愕されることだろう。
兵らの目は死んでいないが、五体満足な者が少ないのだ。これが郷の防衛ならばそれでも戦えと言えるが、異国で無関係の宗教戦争に介入している状態で強くは言えない。
「――こちら戦闘団司令マリー中佐。司令部へ報告、イスラム国司令部隊が逃走中、戦闘団の損耗率極めて高くこれ以上の追撃戦は不能、これより撤収します」
下唇を噛みながら応答を待つ。無理にでも追撃を続けろと言われたら即座に応じるつもりで。
「俺だ、ご苦労。速やかに撤収し治療に当たれ。重傷者は航空輸送を行う、シンジャールまで下がれ」
島の声を聞いて全てが終わったことを認める。もっと戦闘指揮が上手く出来たなら、司令部隊を捕捉出来たかも知れない。もっと場所を選べば、もっと……反省点は山のようにある、それを言い出したら切りがない程に。
「ダコール。司令官を討ち取れずに申し訳ありませんでした」
いたずらに被害を増やしただけ、追撃などしなくても結果は変わらなかった。マリー中佐は肩を落として己の不甲斐なさを嘆く。
「いずれ討ち取るさ、マリーは良くやってくれた、そんな情けない声を出すな。お前の働きは俺が認める、誰にも文句など言わせん」
「……はい。速やかに戦域を離脱します!」
――討ち取るとはどういう意味だ? いや、俺は命じられた仕事をきっちりとする、それだけだ。
クァトロ戦闘団がペシュメルガの封鎖を通過して西へと去っていく。ペシュメルガでも末端の兵らは黒い部隊がイスラム国で、同士討ちをしているかのように見えていた。一部の将校はアルベールから話を聞かされていて、じっと集団を見詰めていた。
帰路の途中で本隊と遭遇したので車列をストップさせる。装甲指揮車両を探して近づくと下車して直接顔を合わせた。微笑を浮かべた島がマリー中佐の瞳を覗き込んでいる。
「ボス、押し切れませんでした」
「兵力不足で挑ませた俺の失策だ、マリーのせいじゃない」
勝てる戦をさせるのが司令官の務め、指揮官は与えられた範囲内で最高の結果を出すのが務めだ。元より成功の可能性が無いような作戦を強いたのは島の責任だという。
「もっと上手に出来れば倒せていました、幾つも……ん、あれは!」
会話の最中に少し離れた場所に止まっている小集団が目に入った。記憶を探り答えに辿り着く。島が視線をやった「ああ、あれか。あれはウズベキスタン革命軍だ」黒い車両に白い布を口元に巻いているウズベク人。
マリー中佐の様子がおかしいことに気づいてじっと見る。
「あいつらはアル=ヤラールのイスラム国機動部隊の拠点から武装車両を強奪した集団です」
――ウズベキスタンってことはロマノフスキー准将の部隊か? だから情報を持っていたのか、だが俺のところからかすめ取らずとも良かったろうに。
若干の不満を抱いたのか表情が硬くなったのを島は見逃さなかった。少し話をする必要がある、直感がそう告げていた。
「マリー、詳しく聞かせてくれ」
真面目な顔になって声のトーンも控えめにして問う。一瞬躊躇したものの、理解を得られる範囲内で説明をした。
「なるほどな」
――マリーは兄弟が邪魔をしたと感じたわけだ。だが真実はそうではないだろうな。
どう説明すればマリー中佐が納得いくかを数秒考える、結果として知っていることをそのまま教えるだけで良いだろうと落ち付いたが。
「あの部隊の指揮官はピョートル・ロマノフスキー、ニコライ・ロマノフスキーの実の兄だ」
滅多に聞かない名前を並べられて、久しぶりにニコライというのを耳にしたと余計な感想を持ってしまった。それはさておき頷く。
「その昔、俺と兄弟とでテロリストの捕虜になっていたのを救出したことがある。ロケットの名手でね、各種ロケットの保管責任者だったらしい」
だから対空ロケット欲しさにアルカイダに狙われていたと言うのを教える。イスラム国もアルカイダも一般人には似たようなもの、宗教戦争としては全く色違いではあるが。
ロケットの名手と聞いて心当たりがあったらしく理解が進む。
「これは俺の予想だが、ブッフバルトとシリアに遅参したのはピョートルと連絡を取る為だったんだろうな。おかげで命拾いしたわけだがね」
苦笑して肩をすくめてみせる。事実は事実、助けられたのはつい先ほどだと説明してやる。
「俺は兄弟の行動の詳細を知らん、各民兵大隊の行動も。マリー、お前のILBがどういう作戦をしているかもだ。無論戦闘中は別だがね」
言われてマリー中佐は何を伝えようとしているのかを考える。聡明なマリー中佐だ、自身の理論が破綻している箇所にはすぐに気づいた。
ホットラインが敷かれたなら別だが、ロマノフスキー准将がILBの作戦をわざわざ調査し、それを兄に漏らす意味が何かを。それは裏切りであり、そのようなことをするはずがない。
「ピョートルは周りが敵だらけの場所で少数で戦ってきた猛者だ。それは交戦の腕だけではなく、情報面でも鋭い」
島が目を細めて言葉を待つ。これで理解出来ないようならば、マリー中佐もここまでと言わんばかりに。戦闘団の司令として優秀ならば戦いの場にだけ身を置けばよい、だがマリー中佐は次代を担う中核人物だ。
「申し訳ありませんでした。情報漏れはきっとナジャフィー少佐の線からでしょう。それに、獲物を奪われたのは自分がぼーっとしていたから、以後注意します」
島は相好を崩して「生きてさえいれば次がある、マリーには期待しているぞ。行け」傷が悪化しない内に治療をさせるべきだと話を切り上げる。
戦闘団の後ろ姿をじっと見送り、今後どうするかを思案する。
――これ以上攻め込んでも意味は無いな、敵の司令官を逃したのは汚点になるだろうか?
最早イスラム国の支配地域は極めて縮小してしまい、他のテロリストや武装集団の規模よりも狭い。その経験や抱えている戦闘員の数は別格ではあるが、一度沈んだ太陽は二度と登らないだろう。
――まあいいさ、山中の砲兵隊を拾って戻るとしよう。大勢は決した、ここから先は俺の役目だ。
部隊に撤収を命じてシリアへ帰還することにした、ラッカの扱いがどうなっているかも含めて、一度状況の把握に努めなければならない。大規模戦闘は終わった、ここからは交渉のテーブルでの戦いになる。
◇
某日、マヤーディーンのセントラルホテル大宴会場に多くの椅子と机が用意された。シリア東部同盟に所属しているが、政治的にシリア政権でも、ロシアでもアメリカでもない中堅の独立勢力ということで場所が設けられている。
円卓にするにはやや参加者の人数が多く、いびつな形になってしまっているが、それぞれが想定した以上に人が集まっていた。呼びかけを行ったのは複数の武装勢力による連名、呼びかけられたのもまた雑多な勢力、解る限りほぼ全て。
席次を整理する為の人員などおらず、それぞれが互いを見て中心部に位置すべきか、はたまた外れるべきかを考えて自然と輪が出来上がっていく。
中央に席を得たのはYPG、それにYPJ、シリア東部同盟、自由シリア軍、シリア民主軍を始めとした兵力規模の大きい者達。ILBもそれに混ざって着席していた。互いに顔を見知っている者もいれば、どこの誰だかわからない者も沢山いる。
連名とは言え発起人はいるはずだが、どうしてか正体がわからなかった。多くの席が埋まったところで、雑談を交わしている皆の耳に呼びかける声が聞こえてくる。
「ここに集まって頂いた各代表の方々、私はレバノンの軍人でシリア東部同盟の委員長、ハラウィ中佐です。これより民兵会議を始めたいと思います」
最大の勢力はYPGだ。アイン=アル=アラブ方面司令官オスマンが代表で参加している、一段下の司令官らも複数居るが、規模的にはそれらが他の勢力のトップと同格といったところだ。民兵会議と宣言したとおりに、シリア政府、ロシアやトルコにアメリカなどの代表はやってきていなかった。
前途は多難だ、さっそく一人が声を発する。
「私はYPGシリア南東部軍司令官だ、何故貴官がこの場の進行を行っているのだろうか」
多くの者が疑問を抱いていた、そして同数が不満を抱いていたことは想像に難くない。ハラウィ中佐は微笑を洩らして荒ぶることなく丁寧にゆっくりと答える。
「シリア東部同盟はこの会盟を経て解体することになるでしょう。そして私は委員長を解任、レバノンへと帰国することになります。よき隣人を得るために善導しようと全力で走ってきました。これこそが、この民兵会議を執り行うことこそが私の最大の目的、受け入れてはいただけないでしょうか?」
事が終われば国を去る、だがこの場の多くは良くも悪くも住み続けるのだ、先を見て恣意的な発言をしてしまう。そしてそうしなければならない立場にあるのだ。南東部司令官は小さく頷いて腕組して目を閉じた。
ハラウィ中佐は中央に進み出て参加している全員を見渡す。途中で動きが止まって目を見開いてしまった。想定していない人物が混ざっていたから。平静を取り戻して全員と一度は目を合わせて異論がないことを確認した。
「まず最初に、シリアにはびこっていたイスラム国の武装勢力がついに全ての拠点を失いイラクへ敗走しました。協力していただいた全ての者に感謝と称賛を贈らせて頂きます」
イスラム国は世界中のほぼ全てを敵に回して活動していた、薄くても共通の理念の一つを最初に持って来る。あるものは国土を、あるものは思想を、あるものは家族や友人を排除すると言われて敵対していた。
彼らは国家などではなく大規模テロリストであり、宗教を利用したイスラム教徒の敵。支配権を侵食させ、略奪を繰り返し影響力を拡げて来たが、ついに終わりに近づいた。残すはモスルのみ、散らばった工作員は正規戦ではどうにもできないが、あとは警察当局に任せるしかない。
「中でもILBはイスラム国の司令部と激しい戦闘を繰り返しおこない、連戦につぐ連戦で勝利を収めました。特に賛辞を贈らせて頂きたいと思います」
突然指名を受けてしまったマリー中佐だが、これも役目だと立ち上がる。戦闘服姿の三十歳前後の若者に視線が集中する、欧州出身の肌色に誠実そうな顔つき、軍人としての生きざまを体現しているような姿勢にそれだけで好感が持たれた。
「国際自由大隊のマリー少佐です。我々はシリアの紛争に終わりが来るよう志願し集まった外国人、当然の行為をしたまでです。これまでも、これからも私は意志に従い戦い続けるでしょう。それが銃無き戦いであろうと変わらずに」
志願兵の集団に対して拍手が沸き起こった。これまた政治的な要因よりも、シリアのことを憂え集ってくれた海外の青年に純粋に感謝をむけて。なによりILBの激戦経歴については噂を通じて多くが知っていた。YPG司令部でも最早独立した部隊を認めて、司令権限を強化しようと話をしていることろだ。
「集まっていただいた代表の方々と共同声明を発することが出来れば、世界にシリアの紛争が一つの収束を見せたと知らしめることができるでしょう。たとえ曖昧模糊としたものであっても、一堂に会した事実を伝えられます」
会場がざわめく、そのようなこと考えたことも無かった。各自勢力を広げることだけを目指し、敵を攻めて追い出すことだけを是としてきたのだ。これだけの数が集まって同じ思想に声明をまとめることなど不可能なことは解り切っている、ある程度の同調者を募ろうと言うわけだ。
そうなれば当然普段敵対している者達の言葉は反射的に反対したくなる、そうやって過ごしてきたのだから。ここで小さな勢力はまず考えることがあった、大きな波に乗るべきかどうかを。
彼らは組織の知名度を上げて実態を維持するのが命題である、ここで場を離れて得るものなどないのだ。ではせめて己の理想に近い大勢力についていく、長いものに巻かれる先を選ぶことになる。
そして大勢力と呼ばれる複数の司令官を抱えた武装勢力は、政治的な理念に基づいて声明を選択する義務があった。議題を持って帰ることなど出来ない、参加している者らが全権代理で全てなのだ。
「この時点で既に反対意見がある方はいらっしゃるでしょうか?」
居るはずもない、そう思っていると見たことがある顔の男が立ち上がった。
「タリハール・アルーシャームのアルハジャジだ。シリア東部同盟が解散するならば、委員長として進行しようとしているのが気に入らない。シリアの未来はシリアに拠る者が決めるべきだ」
他の勢力から見れば身内、シリア東部同盟の軍事委員がかみついたのだから様子を窺う。もう一人の軍事委員のマルディニ司令官は表情を見せないままだまって座っている。
「それもそうですね。解りました、私は今現在を以てシリア東部同盟の委員長を退きます。後任にはダイルアッザウル評議会議長、政治委員を委員長代行に指名します。これは同盟憲章にある通りの措置ですので以後はお任せます」
あっさりと委員長を下りてしまった。どうせそのつもりだったので良いのだが、参列者は信用出来るのだろうとハラウィ中佐を見る目を少しだけ変えた。
シリア東部同盟は降りても、ユーフラテス同盟としての委員長であるのは変わらない。より強固な信頼を得ている集団だけの首領として存在は続ける。
議場の外側、扉のすぐ傍に立ってリュカ先任上級曹長がハラウィ中佐を見詰めている。遥か昔から付き従っている己の主が、今や一つの国の未来を動かそうとしていることに高揚が隠せない。
「共同声明の一文に、我々の共同軍がイスラム国の除外に成功した、との表現を入れたいのですが異論はあるでしょうか?」
共同軍であったことが事後的に承諾されるかどうかを問いかける。ここで異論がなければそれをベースに連帯を計るような流れに持っていくつもりで。ハラウィ中佐は今、一人で必死に戦争をしている途中なのだ。
「シャームの鷹のアフメド・シェイクだ。我々はイスラム国と直接戦っていないがそれでも?」
「私は構わないと思っています。そうした思想を抱えている者達が会議に参加しているということで」
一度もイスラム国と戦闘をしてことがない勢力も混ざっているが、後方支援でも情報支援でもなんでもよいのだ。同じ方向を向いているのかどうか、それを認めているのかどうか、重要なのはそこだ。
老人然としたやや疲れた表情の男が「わかった」声に出して納得する。自身を脅かす存在ではないので、中央に座る大勢力も特に反応を見せない。席次を有しているのと発言力があるのというのははっきりとした別物だ。
「もう一つ、シリアに住む者の平和と安寧を望む、という文も入れたいと考えています」
可能な限りの共通項を探ろうとしても、見つかるのは少ない。そもそもの無理な話で、どこかで誰かが折れなければならないのだ。それが出来ないから今の様になっている、現実というのはうまく行かないことが多すぎる。
「平和を崩しているやつらが混ざっているが」
どこかで声が上がる、多くが見詰めたのは自由シリア軍を自称する集団だ。彼らの司令部は数多く在り、それらのうちから比較的大きなところが十程やって来ていた。
平和を崩していると言うのは、サウジアラビアやトルコから工作資金を渡されて、意図的に戦乱を煽っているという噂からだろう。実際、サウジアラビア調査庁から長官が解任されたとたんに、複数の司令部で資金繰りに困ってしまったらしいから、何かしらの繋がりがあったと見える。
状況証拠でしかないし、民兵の、それもテロリスト指定されているところの幹部が何をいおうと、信じるかどうかは微妙なところだ。シリア政府の転覆が政治目標の自由シリア軍だ、イスラム国が消えてもひと悶着起こす火種としては充分。
「アメリカは」突然ハラウィ中佐が独り言を始めて注意をひく「方針をシリア政権の打倒から、シリアの安定に切り替えたようです。それは必ずしも大統領を排除するものではなく、合意可能な範囲を拡げて同様の結果をもたらす方向により近いとのこと」
自由シリア軍はサウジアラビアとトルコに二カ国だけでなく、アメリカからも支援を受けていた。だがアメリカが方向転換、手をひいてシリア民主軍への肩入れ度合いを増す。
サウジアラビアへ干渉して、調査庁の長官を解任させて終息を狙っているのも同様の措置。残るトルコだけでどこまで支援を続けられるのか。自由シリア軍はロシアも敵に回している、ロシアからトルコへ圧力でも始まれば最早頼る先が無くなってしまう。
もしここでアメリカへの同調をみせてシリア政府が憎くても認め、安定化に力を注ぐならば別の未来が待っているかも知れない。どの終着点がより有利になるか、今一度精査する必要があるのは事実だった。
心無い非難にも自由シリア軍の司令官らは無言を保った。長くは続かないだろう沈黙の間に先を急ぐ。
「平和を保つためには生存権を確立する必要があるでしょう。ですがそれはこの場で私が申し上げることは出来ません」
もしここでアメリカへの同調をみせてシリア政府が憎くても認め、安定化に力を注ぐならば別の未来が待っているかも知れない。どの終着点がより有利になるか、今一度精査する必要があるのは事実だった。
心無い非難にも自由シリア軍の司令官らは無言を保った。長くは続かないだろう沈黙の間に先を急ぐ。
「平和を保つためには生存権を確立する必要があるでしょう。ですがそれはこの場で私が申し上げることは出来ません」
その部分の交渉はシリア政府と行わなければならない。いままでは政府を否定する意味合いから打倒してからの話にしかならかったが、これからは違う。相手を認めるからこそ争わずに済むこともある。
そこは当然譲るべきところがあった、今回の場合はイスラム国との戦闘というところだろうか。ラッカを制圧しているシリア政府軍、それらがラッカの正統な支配権を要求してきた時にラッカ市民評議会とシリア東部同盟やYPGはどうするのか。
いずれ政府も広大なシリアを独力で武力維持出来ていない背景があるので、治安維持を民間に頼る必要がある。そこでこの民兵会議が重要となる。政府に対する発言権を得る為にも、ここで触れるべきか否か、YPGオスマン司令官に注目が集まった。
ここで声明に入れることが出来るならば文句も無い、だがYPGにそれを入れさせるだけの功績があるとは思えなかった。自ら発すれば反対が多く二度と認められない未来しかない、ならば決めずに持ち越すのも手段。オスマン司令官は無反応を貫いた、すぐ傍に臨む未来があると言うのに。
「イスラエルとの競合地帯があります。彼らもシリアを恐れているから行動するのでしょう、何を考えているのか解らないのが怖いのならば、こちらから言葉をかけるのはどうでしょうか?」
誰に向けての話なのか、俄かに解らない者達が居た。だが立ち上がったアラブ人が居る。
「エルジラーノ大隊は、イスラエルとの交渉窓口になることはできない。だがそれが可能である者を知り得ている」
エルジラーノ大隊、直接戦闘にも参加していたなと小さくうなづく者がいる。隣人との
意味を持つ単語を使った大隊、司令官はシリア人に見える。
「それはどなたでしょうか?」
「エホネ様です」
会場がどよめく、第五司令部のエホネ。シリア東部同盟の委員長に推されていたこともあり、今次の戦闘でも大部隊を指揮してラッカの陥落をたすけ、イスラム国の追撃を行った有名人。それがイスラエルと繋がりを持ってたとは考えもしなかった。
だがしかし、エホネが何者かを知る者は極めて少ない。シリア東部同盟委員長代行が「ハラウィ委員長……中佐はエホネ氏と連絡が取れるのでしょうか?」心当たりを確かめた。以前勢力に接触してきたとの言葉を思い出したから。
「可能です。ですがこちらからは出来ません。呼びかけることによりあちらから接触してくることはあるでしょうが」
残念そうな表情を作る、今更どこかに呼びかけてもこれからでは間に合うはずがない。会場に居るロマノフスキー准将に短く視線をやるが動かない。
「シリアはイスラエルとの戦争を望まない」
会場の幾らかの勢力がそう言うが、話をするための伝手が無い。シリア政府は国交がないので正面からは何も出来ず、だからと放置しているわけでも無いが。唯一政府に対して優位に立てるだろう部分だが手が無いので惜しまれる。
そして最大の問題を提起する。これがあるから今の今までこういった機会があっても成立しなかった。
「内容は少ないですがこの声明を発するにあたり、共同体の名称或いは代表を決めなければなりません。名案はあるでしょうか?」
誰か一人が代表になるのを好まない、幾つもの代表を並べるのでは影響力の面で割れてしまう。共同体に名称をつけるならば誰かが決めなければならない、名称を並列するならば先ほどと同じ理由で却下になる。
「シリア民兵会議で良いのでは?」
誰かがそう言った、確かにそういう集まりなので名称はすんなりと入って来る。このままでは薄っぺらい声明をただ発するだけのお飾り同盟になる、その代表になるのは良し悪しがあり過ぎた。もう少し内容があれば話は別だが、どうにもならない。
再度会場がざわめく、なり手が居ないのだ。成果無しで解散する、それが徐々に色濃くなっていく。そこへ会場の出入り口が開いて遅れてやって来る数人が居た。
五十代位の欧州系を先頭に、黒人とアラブ人を連れた黒い戦闘服の男。左胸にある勲章略綬の数が高級軍人だと言うのを表していた。周囲を一瞥して中央に進み出る、場違いと知った勢力が椅子を明け渡して一つ外側に座る。
「あなた方はどなたでしょう」
ハラウィ中佐がアラビア語で尋ねる、ついでフランス語、英語で。今までアラビア語でやり取りをしていたが、外国人然とした顔つきなのでそうした。
「私はアル=イフワーン・アル=ヌジュームの司令官グロックだ」
緑に星一つの黒い暴風、あの司令官が白人だったのを多くが始めて知った。なるほど中央に座る功績を持ち合わせている。遅れて来たことについては何も言わずに皆が受け入れた。
一部の者達は異常を知る、司令官の名前が違うだろうと。アルハジャジが「あいつはどうした」面識があるので直接的に問う。
「先任司令官は別の役目がある為、アル=イフワーン・アル=ヌジュームを私に譲られた。それだけだ」
司令官の交代、失策の後にはよくある話ではあるが、あれだけ成功させてそれも無いだろう。違和感はあった、それでも多くの者にとっては個人の名前よりも勢力の名前の方が衝撃的だろう。
「グロック司令官が民兵会議に出せるものはあるでしょうか?」
司会進行のハラウィ中佐がそう訊ねた。即答せずに注目を引き付けるだけ引き付けてから口を開く。
「私はロシア政府並びに、アメリカ軍からの協力を同時に引き出せる者を動かせる」
そんな馬鹿な話があるはずがない、だがイラク北部でロシアとアメリカの航空軍がイスラム国に同時に攻撃を行った事実は知られていた。そこで黒い暴風が戦っていたのもだ。
「それはどなたでしょうか?」
またエホネと言われるのではないかと一部がやきもきした。だがグロックは黙ったまま応えない。不審とも不満とも言えるような空気があった、端っこに座っていた男が立ち上がる。巨漢で分厚い胸板の男だ。
「ちょっといいかね」
綺麗なアラビア語で気軽に声をかける、ロマノフスキー准将は笑みを忘れない。末席の雑魚が何を言うつもりかと冷ややかな視線が突き刺さった。
「どうぞ、自己紹介からで」
「第五司令部のエホネだ。イスラエルとの交渉の件だが、俺は出来ない。だが出来る者を知っているし、恐らくは自身の口からやるというだろう」
あれがエホネか! 会場のあちこちで驚きの声が上がる。ロシアンスキーが何故、と。それにどうして末席に座っているのか、性格の問題なんだろうなと首を振る者が多かった。
ざわついている間に別の出入り口から島とエーン大佐、サルミエ少佐が入室した。中列に座っていた老人の傍によると膝を折って話しかける。
「モンスール先生、奇遇です」
「おや、アイランド君じゃないか。何故君がこんなところに?」
それはお互い様だろうが、今日は隣にもう一人老人が座っていた。にこやかに「用事がありまして。そちらは?」誰かを尋ねる。
「ワシの兄でアフメド・イサ・シェイクじゃ」
「シャームの鷹代表アフメドだ、君がモンスールが言っていた若者か。なるほど良い瞳をしている」
弟の友人と聞いていたので態度が柔らかい。
「初めまして、ルンオスキエ・アイランドです。少々用事が差し迫っていますので後程改めて」
丁寧に礼をして立ち上がるとゆっくりと中央に向かって行く。黒の軍服の上に黒い外套を羽織っているので正体不明といったところ。付き従う二人は戦闘服だが。
中心に近づいて驚きの面々が視界に入った。
――おいおい、なんだってそうなるんだよ! ワリーフのやつは知っていたのか?
ことを始める前に心に衝撃を受ける。二秒だけ立ち止まるとまた歩みを進めた。ロマノフスキー准将が作り上げた不審の空気、ざわめきを全身に受けて司会進行をしているハラウィ中佐の隣にまで進み出た。
「参られましたね」
嬉しそうな表情を隠しもせずに対面した、このような日が来るのをどれだけ待ち望んでいたか。
「遅れて済まなかった、最終調整に時間が掛かってな。だが心配するな、望みはかなう、そうだと信じ続ければ」
視線が集まった、エホネも着席したので今度は島に意識が向けられた。
「自己紹介をお願いします」
会場の一人一人と目を合わせて確かめていく、重要な人物は顔を見ればわかった。資料の読み込みでわかるのは組織背景まで、本人と話をしていなければ雲を掴むような状態でしかない。
「私はイーリヤ、あるいはアイランド、はたまたアルジャジーラと呼ばれる者です。自身に出来ることをすべくここにやってきました」
綺麗なアラビア語に伸びた背筋、自己紹介だけでは何者かが一切はっきりしない。まずはアルハジャジが声を上げる。
「アルジャジーラ、何故アル=イフワーン・アル=ヌジュームを辞めた」
その言葉で多くが島に畏敬の念を持った。あの黒い暴風の前任司令官がこいつなのかと。
「元々一つの分派組織でしかなかったから、という答えでも納得してくれるかな。イスラム国を追い出した今、その役目を終えたと考えたゆえのことだ」
ゆっくりと聞きやすい喋り口に柔らかな態度。どうして東洋人がこんなところにいるのか疑問は尽きない。
「あの黒い暴風が分派組織だって?」
会場がざわめく、戦闘で猛威を振るった集団が枝分かれした組織の一つでしかないとの話に。あれほどの戦果を残した武装勢力だ、この時点で完全に格上を認めた勢力が多かった。
何せ武力で勝てないならばあとは数で勝つしかない。マルディニ司令官が立ち上がる。
「俺はシリア東部同盟軍事委員、デリゾール県のファールーク作戦司令室のマルディニ司令官だ。アルジャジーラ氏は何故この場に来られたのか聞かせてもらいたい」
正体不明ながらも丁寧な人物と感じたのか、少しだけ優しい言葉遣いになって問いかける。呼び名はアルハジャジにつられているだけだろう。
身体をマルディニ司令官に向けて軽く会釈をする。
「それは私がこの場に在るべきだと考えたからです。シリアの混迷を終わらせるための努力をするために」
真っ正面目を見て語るその表情、とても嘘を言っているようには見えないし、誠実に感じられた。もっとも質問の答えにはかなり足りない言葉だが。
多くが注目し、誰一人割り込まない。
「イスラム国はシリアを去った。戦は数だ、アルジャジーラ氏の部隊が精強だったことは認めるが、与えた影響力はどれほどかと考えるとこの場に相応しいとも思えんが」
YPGを除けば最大勢力のデリゾール県の作戦司令室だ、確かにここは見過ごせないだろう。マルディニ司令官の言葉にうなずいている武装勢力の司令官らが結構居る。
――説得すべき人物は二人か、こいつとオスマン司令官。
チラッとだけ視線を逸らしてから元に戻す。同時に声を上げて来る奴が居なかった、数でも戦績でも及ばず、さりとてここから去る気もないというわけだ。
「なるほど、マルディニ司令官の言葉は正しいと私も思う、戦は数だと言うところが特に」
「我が軍は五千を下らんが、アルジャジーラ氏はどれほどの兵をお持ちかな」
少し小ばかにしたような表情が見え隠れした。それはそうだろう、絶対に負けない戦いを挑んだのだから。島はうんうんと頷いてみせる。
「私は手勢の数を正確に知りえないので報告を受けたい、少し時間を貰っても良いかな?」
「手短に頼む、多くの者を待たせるのは忍びないからな」
会場で笑い声が混ざった、精々居ても数百だろうと。
「では失礼する。グロック准将、麾下の兵力を報告しろ」
ここではフランス語を使った、会場の半数以上が理解しているのでさほど混乱は無い。グロック准将が起立して「はっ、二百五十名を擁しております」短く報告をあげる。
「アフマド統括官、報告を」
今度はアラビア語を使う。マルディニ司令官が直ぐに傍で座っていた者がたった気配を感じて振り返る。アミールの資格を回復させてやったアフマドが起立しているではないか。
「アミール・アフマド、なにをしている?」
「申し訳ありません、今はアミールではなく統括官が優先されます。閣下にご報告致します、シャムワッハ、北の太陽大隊、ハンマーム・トルクメン殉教者旅団とそれに連なる兵力が千百名です」
「目をかけてやったのに裏切りか!」
肩を怒らせて声を荒げたがアフマドは無表情のまま対峙する。呼ばれた集団の司令官らが無言で立ち上がった。
「違います。私は元よりイーリヤ閣下の忠実な部下です、裏切りではありません」
驚いているのはマルディニ司令官だけではない、会場にいる者達も同様だ。スパイを入り込ませていた事実に。アフマド統括官は内部の切り崩し工作を盛んに行い、ついに二つの司令部を寝返らせることに成功した。
一つは旅団名称の中隊でしかないが、北の太陽大隊は三つの部隊を抱える本来の規模の大隊だった。
「ロマノフスキー准将は何人だ」
末席に座っていたエホネを名乗る巨漢が起立した。皆の視線が寄るのを待ってから口を開く。
「ボスの質問にお答えしましょう。エホネこと第五司令部のロマノフスキーはエルジラーノ大隊、サディコン大隊、シリア・サハラ大隊、ワルワラ大隊、エルジサアウ大隊、メナファ大隊を合わせて概算で二千ってところでしょうか」
部隊名を呼ばれた司令官らが立ち上がる、会場に大きな動揺が走る。これではデリゾール県の作戦司令室は半数以下にまで数を減らしてしまうから。何よりあのエホネがボスと呼んだことに驚きが隠せない。
「き、貴様! 謀を巡らせ最初から俺をたばかるつもりだったか!」
「そんなことはない。マルディニ司令官はデリゾール県の治安維持に尽力していると認め、部下にそれを支援させただけのこと。事実、デリゾール県はイスラム国の暴力から守られ、各都市や地域が独立を維持している。私はそれを忘れない」
堅めの表現ではあるが現状を認めて功績を称賛する。そうである部分は遠慮なく褒める、含むところなど無いのだ。
「アルジャジーラの言うことは正しい。だがそれも半分だ、県を守ったのは作戦司令室だけでなく、俺のタリハール・アルシャームと同盟の民兵、そして外国勢力だからな。ま、俺はお前を支持するが」
マルディニ司令官よりは感情的に受け入れやすいと思ったのか、アルハジャジが口を挟んだ。こうなってくるとマルディニ司令官の株が右肩下がりで止まらない。
「ではもう半分も満たすとしよう。ハラウィ中佐、兵力を報告しろ」
「はっ! ユーフラテス同盟の民兵隊は千五百名、自分の大隊が六百名であります。シリア東部同盟委員長を辞退したので、ラッカは除外してあります」
「そうか」
開いた口が塞がらないとはこれだろう、どうやってか外国の正規軍まで指揮下に置いていたなどというではないか。
「もしかしてレバノンの軍人か!?」
そうでなければそのような状況を作り出せるはずがない。
――それは正確にはイエスではない、司令官権限を得ているが軍籍は無いんでね。
どうやって回答したものか少し考えてから「私の軍籍はどこにもない、国際的にはそう言うことにされているものでね。それでも敢えて言うならば、私兵集団の司令官ではある」ルワンダに迷惑を掛けるわけにもいかないので、客将であることは伏せておく。
カガメ大統領が言っていたように、真実島はどこの軍籍も持ち合わせていなかった。大統領令で超法規的に中将に任命し、フォートスター軍管区を与え、国軍司令官に任命しているが、正規のリストには載っていない。
「続けても良いかな?」
「ま、まだ居ると?」
最早顔を赤くしたり蒼くしたりしすぎで目が泳いでしまっている。噛ませ犬がガッチリとはまり役になってしまった。
「マリー中佐」
――ここで欲しかった一手だ、よくやってくれたマリー。
民兵会議での衝撃的な情報、それはYPGにも手勢があったこと。島の描いた絵を完成させるピースが今まさに真の威力を発揮した。
くすんだ緑に青いラインの戦闘服を着たマリー中佐がYPGの司令部席から立ち上がる。オスマン司令官が眉をピクリとさせた。
「YPG国際自由大隊司令マリー少佐こと、クァトロ戦闘団司令マリー中佐。ILBは五百の攻勢部隊を指揮下に置いています!」
一部の者が腰を浮かせてマリー中佐を凝視する。YPGの中でも最大の戦果を挙げ続けているILBがどうしてと。座ったまま腕組をしているオスマン司令官が「マリー司令はYPGに忠実であったかね?」短く問いかける。
マリー中佐は振り返ると「自分は常にILBに忠実に行動し、YPGの一部隊として恥じない行いをしてきました。ですが自分のボスはイーリヤ将軍です」それは島とYPGの向いている方向が同じだということを証明していることになる。本来ならば材料はここまでだったが、ボーナスがついてきた。
――激しく気乗りがしないが仕方ないんだろうな、どうしてこうなったやら。
小さく息を吐いて強烈な使命感を達成することにする。
「プロフェソーラ、報告を」
YPJ席から二人が立ち上がる。ネスリン司令官が座ったまま隣を見上げた。
「YPJのギラヴジンだよ。あたしのところは攻勢部隊千五百、マリーと合わせたらクルド人部隊の半分以上の攻勢部隊を指揮下に置いてることになるね」
元々防衛隊である以上守備部隊がメインなのだ、数少ない攻勢部隊をごっそり持っていかれたということに、オスマン司令官まで顔に表情が出てしまった。
「ギラヴジン、あんたどういうことだ」
腕組をして座ったまま、少しばかり低めの声で詰問する。
「どうもこうもないさネスリン、あたしゃ最初からこのつもりだよ」
「それほどの腕がありゃこそこそすることも無かっただろ。なんだってあの男に利用されてるんだい」
「利用? ネスリン、何か勘違いしてるんじゃないか。こいつは好きでやってるんだよ」
「何度も死線を潜り抜けて、司令官にまで登り詰めて? ジンビラ、あんたもか」
「あ、私は義姉さまにご一緒しただけです。あまり役にはたてませんでしたけど」
リリアンは微笑むとレティシアを見る。一方でレティシアはネスリン司令官をじっと見ている。ジンビラはアラビア語で義妹、ギラヴジンは妻の意味だ。
「あたしゃね、惚れた男の為に命を懸けることを厭わないんだ。あいつはね、本気なんだよ。見ず知らずの不遇なシリア民なんていうのに肩入れするために、全てを失う覚悟で砂漠にやってきて、稀代のテロ集団イスラム国と正面切って戦うことを選んだんだ。底抜けの大馬鹿野郎さ!」
もう一度、大馬鹿野郎と繰り返した。ネスリン司令官は目を丸くしてしまう。
「ふむ。私は真面目にやっているんだけどな」
やれやれと後頭部に手をやって中央からオスマン司令官の目の前にまでやってくると、彼は立ち上がった。
「お久しぶりです」
「アイランド将軍。ようやく今繋がったよ、オルハン大将とも会ったのだね」
「はい。クルディスタンはシリア内戦に介入できません、ですがペシュメルガは私の思想を否定しませんでした」
イラク、モスル付近での交戦情報はオスマン司令官も当然知っている。言葉にはしないがオルハン大将の意志が示されているということだ。
「そのようだ。ロジャヴァの未来を将軍はどう考える」
「クルド人は生存権を得て、シリアが安定へ向かう手助けをするでしょう。その為には政府も認める発言力を得る必要がある、そう考えます」
「トルコが黙っていないだろう」
「ロシアは求めます、ロシアの利益かアメリカの損失を。現シリア政府が残るならば、私がトルコの凶行を抑制させるよう進言します」
ロシアにとって文句が多いトルコよりも、ここで立場を回復させればいいなりに近くなるシリアの方が優先する。地理的にも利用価値が多い、紛争地帯としては使えなくなるが、それはアフガニスタンでもアフリカでもどこでも代替可能だから。
「アメリカが面白く無かろう」
「アメリカ軍の死傷者の肩代わりを受け、軍部の支持を受ける形で説得します。その際にはイスラエルからの要請もあるでしょう」
アメリカは超大国だが二つの特徴がある。二大政党は拮抗していて、民意を得るための手段の一つとして軍人らの支持は大きい。地上部隊の派遣が出来ずに、作戦で死傷者が出るのを抑えるのは非常に困難だ。
決して伸ばせない場所へ手が届く。国務省も認めたクァトロという親米勢力、それが求めるならばアメリカの大統領に働きかけることもやぶさかではない。
もう一つの特徴、議会に影響力を持っているのがイスラエルということだ。中東の小国でしかないが、ユダヤ系の資金がアメリカ議会に大量に流れ込んでいる。少しでも通じる奴らがシリアとイスラエルの接続域に勢力を張っているならば、それを擁護するために動く。
北方の軍管区を指揮し、国家の安全保障委員にも名を連ねているのはネタニヤフ准将。彼は国家の安全性が高まるならば、ビジネスライクに事案を処理する。実際に非公式に一連の承認を得ている、これはフォン=ハウプトマン大佐の功績だ。
「オスマン司令官に問います。あなたはロジャヴァを、シリアの未来をどう導きたいのでしょうか?」
最大勢力のYPG、中でも軍事の最有力者である彼に真っ向問いかける。ハサカの方面司令官は政治力を期待して任命されているのだ。
「永遠を求めはしないが、安心して暮らせる世にしたい。そう遠くないところに現実がやってきていると確信している。YPGはシリア民兵会議の代表にアイランド将軍を推す。どんな芸術家にも、今の君ならば負けないだろう」
パチパチパチと拍手がゆっくりと聞こえてきて、一気に音が大きくなった。全員が起立して拍手すると、マルディニ司令官も肩を落として小さくだが同調した。
――俺は自分が信じた正義を決して曲げないと決めた。見据えるのは常に前のみだ!
島は外套をはねて左胸にある勲章に大メダルを露にした。専門の者でなければ、それらを見てもどこの国の物かは中々解らない。それでも地域柄レバノンの代物だけは多くが認識をする。
「最初にお約束します、私はシリアで権勢を振るうような真似は致しません。私の大切な家族が、友人が、そして力なき民が安寧を求める想いを感じここに在ります」
権力が望みではない、では何を欲しているのだろうと多くが疑問を持つ。レティシアが全て代弁していたが、誰しもがそんなことを鵜呑みになどしない。
「多くの怨嗟が繋がっているでしょう。人は許せないと言う、ですがそうではないと私は考えています。許せないのではなく、許さないだけ。少なくとも私はそう信じています」
綺麗ごとでは済まされない現実がある。消えない過去がある。耐えられない事実がある。
――俺にだって絶対に許せないことがあった、ニムを犠牲にした奴らだ。
それ自体は今だって絶対に許さない、もし実行した人物が生きて目の前に現れたら自身の手で復讐を遂げるだろう。矛盾した想いを胸に秘めている、だからこそ恨みを持つ者達の気持ちが理解出来る。
「恨みではなく希望を、憎悪ではなく活力を、過去ではなく新たな世界を。我等はもう充分に苦しみ合いました、これからは心を休める時間を創造していくべきです」
歩みを止めるわけには行かない者がいる、振り返ることが許されない者がいる、背に守るべき者がいる。会場の皆が島に視線を向けていた。
「アルジャジーラがシリア民兵会議の総意を述べる。イスラム国との終戦を宣言し、イスラエルとの交渉窓口となり、現シリア政府を承認する。求めるのはクルド人居住地域ロジャヴァの自治権、並びに各同盟都市の警察権、国会への割り当て議席」
各勢力の存在を認めさせ、根拠を得させる。独立ではなくロジャヴァの自治権、シリアという国に残り外交を預けることで妥協点を探る。同盟都市も警察権さえされば民意を反映できる、その上国会への発言力を持てるならば文句もない。
シリア政府がそれを飲むかどうかだが、ロシアとアメリカどちらからもストップがかからずに、自己の政府を存続させることが出来るならば大統領も真剣に考えるだろう。これを否というならば、巨大な民兵団を相手に負けるかも知れない直接戦闘を視野に入れなければならなくなってしまう。
その民兵団の長が何者かは直ぐには伝わらないが、ロシア、アメリカ、クルディスタン、イスラエル、レバノンに影響力を持っていると噂が流れれば気持ち良いはずがない。
◇
テレビニュースが報道されている「シリア大統領が全シリアの統治を回復したと宣言しました。北東部のクルド人居住地域ロジャヴァを自治区に指定し、シリア東部の都市に自由議会の設置と警察権限の付与を承認、国会に議員を選出する特別枠を割り当てました。これにより親シリア政府の民兵数万が警備に当たることになり、国内の治安は急速に回復する見込みです。以上、ダマスカス通信がお伝えいたしました!」多くの市民がテレビを食い入るように見つめている。
ようやく長い長い暗黒の時代が終幕を告げるのだと、皆が顔を上げた。
そんな中、空港から誰に見送られるわけでも無く多くの外国人傭兵らが出国していく。ヒトデのような銀の勲章を手にしてじっと見つめている島、それを横目でサルミエ少佐が確認した。
「勲一等ウマイヤ勲章、シリア最高勲章です」
何個目の勲章だったか本人すら覚えていない、別にこれが欲しくて何かをしているわけでもないので、小さく返事をするのみ。
何を思っているのか、反対隣に座っているエーン大佐が目を細めた。
「フォン=ハウプトマン大佐ですが、骨は故郷に埋めて欲しいと言い残していたようです」
「そうか……」
重態から一瞬だけ意識を取り戻したが、即日息を引き取ってしまった。グロック准将が遺体を故郷に埋葬する役を買って出たので任せることにした。
――ヴァルターは幸せだったに違いない、希望の種が花咲くのを見られて……か。出会うのは心躍るのに、いつも失うときは失意のどんぞこだよ。
フォートスターに戻れば事後処理が山のように出てくる、忙しければ気も紛れるだろう。何より落ち込んでばかりもいられない、テロリストはまだまだ世界にはびこっている。
「ったくしけたツラしてんじゃないよ! ロサ=マリアの前でそんなツラしてたら家追い出すからね!」
通路を挟んで反対側にレティシアが座っていたが、眉を寄せて怒っている。それに関しては側近らも一切口を挟まない。
「帰るころには普通に戻るようにする。家に仕事は持ち込まんさ」
苦笑いして応じる。喜ぶかどうかは知らないが、シリアの郷土人形や石鹸、他にもお土産を輸送機一杯に詰め込んでの帰宅だ。兵器の数々は空港から堂々と大型輸送機に搭載され、ルワンダへと直接飛んでいった。
「そうだエーン」
「なんでしょうか」
ふと思いついたことをそのまま口にしてしまう。
「帰って三日ほど休んでから宴会を開こう、ビールを浴びるほど飲んで、盛り上がるんだ」
「承知致しました、お任せを」
真面目そのものの顔で引き受ける、レティシアも舌打ちだけして反対を向いてしまう。日頃言っていた、思い付きを実現させろというのを思い出したからだ。
「エーン、ありがとう」
――俺は幸せだ、いつでも命がけでわがままに付き合ってくれる仲間がいる。
すぐ隣に座っている者にだけ微かに聞こえるかどうかの呟き、エーン大佐は目を閉じて大きく息を吸いこんだ。帰着するまでの間、誰も口を開かずに何を考えていたのだろうか。
◇
つけっぱなしのテレビからニュース報道が流れて来る。ルワンダの僻地でもAFP通信の映像が流れているのは、支局が何故かフォートスターに特設されているからだ。執務室の机の前で視線を落としていたがふと顔をあげる。
「――続いてシリア情勢です。治安回復を宣言したシリアですが、クルド人自治区のあるシリア北東部にトルコ軍が侵入し、小競り合いが起こっています。難民の追い返しとして安全地帯を一方的に指定し、トルコ軍を進め占拠を行っている模様。これに対しロジャヴァのクルド人はYPGを周辺に展開、トルコ軍のこれ以上の侵入を阻む態勢をとりつつ、シリア政府の助力を要請。昨今まで対立していましたが、政府を承認、支持して後に和解、協力関係を築いています。シリア政府軍がロジャヴァに増援し、トルコ軍とにらみ合いが続いています。シリア民兵会議は事態を重く見て、国内の治安維持を強化、政府もこれに従うようにと声明を出しています――」
島はペンを置いて、傍らにあるコーヒーカップを口に運んだ。軽く唇を濡らす程度で直ぐに戻す。
「アメリカはトルコに圧力をかけて決断を鈍らせるだろうな、経済制裁あたりが有効だろうさ」
――折角収まったモノをまぜっかえして面倒ごとを増やすなというわけだ。
部屋の片隅で起立しているエーン大佐がテレビを見て「戦いを仕掛けた方が国際的に孤立するでしょう」騒乱を起こしたと非難されるのは目に見えている。
「そうだ、そして仕掛けるからには勝たねばならん。トルコ軍がシリア軍とだけ戦うならば解らんが、民兵会議を始めとする在地戦力の多くを敵に回したら、速やかに勝利を収めることは極めて難しい」
出来ないことは無いだろうが、時間が掛かり過ぎるのだ。その間に仲裁が入るのはやはり予測できる。そしてそれを飲まなければトルコ自体が苦境に陥ってしまう。
映像に時折映るシリア民兵会議の軍旗に苦笑する。茶色地に白の星一つ、それと各勢力のものが並んでいるのだ。黒い暴風の一つ星にあやかったものなのが伺える。
別に島が制定したものではない、シリアを去った後に合議でその様にしたらしい。咎めることもなければ認めることもない、もう干渉しないと決めたのだ。不遇の民は自らの手で未来を変えるスタートラインにつけた、それ以上は自身の努力次第。
ノックをしてサルミエ少佐が部屋に入って来る、彼の執務室はここの隣だ。
「ボス、時間です」
「もうそんな時間か」
フォートスターで先のシリアでの結果報告を兼ねた集会があるのだ、全て伝えられているが儀式のようなもので、これを以て正式に終了する。
「例の準備も万全です」
「宴会だな」微笑んでエーン大佐に視線をやり「そっちは頼むぞ」椅子から立ち上がると上着に手をかけた。ドアを引いて脇に立って待つサルミエ少佐の前を通り足を止める。
「二人とも、これからも危なっかしいだろうが俺と共に歩んで貰いたい」
「ウィ モン・ジェネラル!」
また一つの伝説を築き上げた男に敬礼すると二人は声を張った。これまでも、これからも島は歩みを止めることはない。




