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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第四部 第十四章 ターリバーンの城、第十五章 南スーダン独立運動


 レバノンから帰国した島はまたフラットへと落ち着いた。

 ロマノフスキーはというと、どうにも波長があうのだろうか彼も同じように収まってしまった。


 共に軍事顧問の契約金があり一年や二年は働かずとも充分暮らせるだけの蓄えは持っていた。


 島は今まで耳で覚えた言語を文書にする為に、ソルボンヌ大学の講義を受けることにした。

 高等な文法や政治経済を学ぶわけでもなく、はたまた卒業証書が欲しいわけでない彼は初級の講座を片っ端から拾いまくった。


 ある時はアラビア語講座に出席し文字は読めないのに綺麗な文法を操るのを誉められ、ある時はロシア語講座に出席し乱暴さを注意された。

 英語、フランス語、ドイツ語も履修し自らのものであるのを確認した。


 この七年というもの日本語を忘れてしまうくらいに様々な言語に出会ったものだ。

 最近はスペイン語の講義に顔を出し始めていた。

 ソルボンヌの初級講義を制覇するまであと三つか四つの言語と迫ったところで教授に声を掛けられた。


 もし語学に深い興味があるならば大学に席を用意しようと。

 だが島は目的のための手段であって語学が目的ではないとキッパリと話を断ってしまった。


 その教授は悪びれることなく、目的を果たして大学を思い出したら訪れてみて欲しい、そう快く言葉を返してくれた。

 ――晩年は語学者として生活するのも悪くないな。


 半年間はあらゆる講義に参加して全く理解できなかった言語を除き、タガログ語やスワヒリ語、中国語、ベトナム語あたりならば数字の聞き分けや右左くらいはわかるようになった。


 代償は時間と多額の受講費だが、これを高いとは思わなかった。

 一瞬が生き死にの分かれ目になる、知っているかいないかの紙一重がどちらに転ぶか、その基準の多くに言葉という知識が関わることが多いからだ。


 同時に身体を鍛えることも休みなく行い、夜はフランス軍人の退役者が通うバーで時間を過ごした。


 退役軍人バーは軍隊がある国ならば必ず存在している。

 そこで昔話をしたくて集まるものが八割、何らかのスカウトを待つ者が二割である。

 だがスカウトする側はその二割を見抜かねばならない、運動不足や不適格者が混在するのが退役者である。


 島とロマノフスキーは昔話をするためにきていた、二人はまだ重要な職務に就くつもりはなく、少し休暇を楽しむつもりで酒を傾けている。


 そんな二人を知ってか知らずか一人の退役曹長が近付いてきた。


「お二人は退役軍人会に入ってらっしゃいますか?」


 軍服はきてなくとも互いに大尉だの中尉だのと呼び合うのを見てか敬語で話しかけてきた。


「そう言えば名簿記載だけでどこの支部にも入ってなかったな」


 急ぐようなことでも絶対でもなかったのでそのままにしてあった、それが事実に一番近いかも知れない。


「それならばフランス退役軍人会パリ支部に入会なさりませんか?」


 曹長の話をありがたく受け入れてその場で簡単な申し込みを済ませる。


 淀みなく記述を終えた二人を見て曹長が改めて敬礼する。


「まさかレジオンとは。ところで今何かのお仕事は?」


 特に何もと答えて反応を窺う。

 それがなにかしらのスカウトなのは明らかである。


「それでは今夜にでも支部長を紹介致しますのでお食事に招待されてはもらえませんか」


 働いていない、それが了承を意味しているため場所をセッティングする。

 まるでビジネスマンのような軽やかさで進行していった曹長を見送りながら、何が出てくるかを楽しみにした。


 支部長というからには中佐か大佐あたりが現れるのだろう、今後についてはその人物次第と簡単な方針を定めて夜を待つことにした。


 携帯する銃を一度クリーニングしておく。

 初めて銃を分解結合した時には伍長が魔法使いかとすら思ったが、今となれば目隠しをして真っ暗闇を想定した状態でも難なく組み立てることが出来るようになった。


 ヒズボラが手の込んだ復讐をしてきたとは思わないが、指定された場所を念入りに観察して罠の有無を確認する。

 習慣とはいえ注意をしすぎているのは自覚していた、だが手を抜くつもりは一切ない。


 退役軍人会パリ支部の名前で用意されていた部屋へ招かれる。

 そこには曹長と壮年から老年期へと差し掛かった元軍人が待っていた。


「島退役大尉、ロマノフスキー退役中尉です」


 島が代表して挨拶する、これは二人は一組であるとの意思表示でもあった。


「フランス陸軍退役大佐のコローだ。二人とも掛けてまずは乾杯を」


 合同軍の連絡部署だったがなと付け加える。

 海外合同軍、良くも悪くも対外的な部署であるのは間違いない。


「皆の健康に乾杯」

 当たり障りない言葉で乾杯を告げる。


「大尉はレジオンを除隊した後にレバノンとあるが、キリスト教徒でもイスラム教徒でもないレバノン軍人の口かね?」


 対ヒズボラでの国が宣伝した例の文句である。


「はい大佐。中々刺激がある仕事だったと思っています」


 大佐が曹長と一緒にやはりな、そんな顔で頷き合う。

 違いますと答えても探りを入れてくるだろうし、何よりわけもわからず間を拗らせたくはない。


「すると大尉はアラビア語が喋られる?」


 フランス語で会話をしているがレバノンではどのようにしていたかを確認する。


「はい。アラビア語は覚えてきました、読み書きは今一つまだ自信ありませんが」

 ソルボンヌでの履修でも必要な部分のみを摘んでいるためそう説明した。


「そうか中尉はどうかね」


「自分は会話のみで読み書きは出来ません」


 ロマノフスキーは文字までは覚えようとせずに、より深い会話に重点を置いていた。


「いや結構、喋れれば一切文句ないよ。どうだろうスポットで仕事があるんだがやってみないかね」


 アラビア語が必要な地域で活動出来る人物を探していたらしい、フランス退役軍人でも数はそんなに多くは居ないので納得出来る。


「内容をお聞かせいただけますか?」


 ちょっとした冒険で終わるような仕事ならば気晴らしにやってみるのも悪くない、そう思った島は先を促した。


「ターリバーンの基地の一つを破壊してもらいたい。無論現地での武器はこちらで用意するよ」


 日本ではタリバンと表されるイスラム教徒組織の一派であるが、本来タリバンとは学生団を意味している。

 同じようにアルカイダは原理主義組織として知られているが、こちらはアルカイダ=拠点との一般名詞が一人歩きしたものである。


「すると中東での仕事でしょうか?」


「ところが違う。スーダンだよ大尉。かの地に危険な化学工場を建設しようとしていてな、それへの妨害だ」


 スーダン、アフリカ中部にある危険国家で有名である。

 どうやら本当の雇い主はアメリカのようだ。

 何年か前にスーダンに向けて巡航ミサイルを発射するという離れ業やってのけた、今回はその犯人がわからないように行うつもりらしい。


 ――フランス依頼で日本人とウズベク人が実行犯ならばアメリカも満足ってわけか!


「条件は?」


「前払いで五十万ドル、成功報酬でもう五十万ドル。武器以外の経費は報酬からだ」


 武器以外の部分が気になるが、人選は自由で丸なけと解釈すれば悪くない。

「調達可能な武器類はどんなものが?」


「NATO軍が採用している装備全般に、ワルシャワ条約機構が採用しているものの殆どが調達可能だ。ただし……持ち込み出来る総量に限りがある。外交官の赴任に引っ越し荷物を持ち込ませるので、その範囲内だ」


 機密文書だけでなく通信機器なども持ち込むためにコンテナ二つくらいはザラだという。


「やってみましょう。破壊の証拠はデジタルカメラでの複数ショットで宜しいでしょうか」


「結構。外交官の赴任は君たちに合わせる、一ヶ月以内に指定してくれたまえ」


 振込先の口座を記入する為に紙を一枚渡される、そこに書き込みサインして契約成立となる。

 何十万ドルもの大金がこんな紙切れ一枚で動く世界があるのに驚きだ。


「既に化学薬品が置かれていたり、破壊は逆に危険であったりの判断が必要になる可能性が大です。支援拠点として隣国に大佐と化学の専門家に本部を置いていただきたいのですが」


「細菌兵器をドカンでは困るからな。中央アフリカ共和国に設置しよう」


 その後は今年のワインの出来具合などの雑談を交わして解散になった。


 相変わらず毎朝ランニングをする二人はパリの早朝を楽しんでいた。

 併走しながら計画に必要なものを思い浮かべてみる、途中休憩時にメモしてまたランニングに戻った。


「施設なりを壊すならばロケットや爆発物は必須だな。小銃のような小物に衛星電話と通信機は二本立てでいきたい」


「エボラなどのワクチン接種に浄水剤、歩くわけにはいかないから車両ですね」


 現地調達可能な欄に車両と付け加える。


「現地通貨に現地のガイドができる奴が最低一人、可能なら二人。百万分の一と十万分の一衛星写真、行政地図も」


「スーダン軍の軍服に階級章があればある程度は怪しまれませんね」


 むしろ偽装して堂々としているほうが安全かもしれない。

 下手に民間人を装えば追い剥ぎに合うくらいの治安であるはずだ。


「下見をするにもなにするにも黒人がいないことには始まらんな、雇うのはアラブ人将校と黒人や混血兵に決まりだな」


 そうなればエジプトあたりで調達するのが良いだろう、あまり南へ行くとアラビア語が喋られなくなっていく。


「何故アラブ人将校?」


「それはだ中尉、アラブ人将校に黒人や混血下士官、白人と黄色人種の兵との編成にするからだよ」


 チェックが厳しいのはやはり上役だろうとの意味合いからそう考えている。


「ハルツーム空港からエンテベ空港へのウガンダ便での出国が良いだろうな」


「スーダンとウガンダは険悪ですからね、スーダン側で離陸を中止するよう命令してもウガンダ側は聴かないでしょう」


 その通りと大きく頷く。離陸までと着陸までの違いは多大である。

 ――帰還に際しては三日間位予約を入れ続けて都合が良い便を利用するやり方だろうな。


「長駆するわけだからガソリンもポリタンクに必要になるな」


「スーダン軍は陸は中国、空はロシアの装備です。Miなどのヘリに追われたら不気味ですね」


 少し考えてみてスティンガーを用意して撃墜したら誰が非難されるだろうかと唸る。

 かといって何もなしで逃げきれるほど甘くもないだろう。

 中国かロシア製で対空武器を何か要求しておくことで解決する。


 充分汗をかいてフラットにと戻ってくる。

 シャワーを浴びて着替えアフリカでの予定を考える。


「エジプトでも退役軍人を探す?」


「長くはかからないから現役でも半月位の休暇がとれるなら検討したい」


 スーダンまで空の便で半日、ハルツームからナイルを渡り車で南下、ずっとステップの草原を西に九百キロほどで目標に到達、未舗装の草原をどのくらいで走破出来るかが重要なポイントだろう。


「一度何かのツアーなどで走る必要があるな。この行き来をぶっつけ本番でやっては日程にかなりの狂いがでそうだ」


「それでは何かそれらしいツアーを探してみましょう」


 専門家に聞くのが一番とばかりに旅行会社に電話してみる。

 するとナイル川の上流探索ツアーなるものが催行されていると回答がなされた。


「色んなものがあるものだな」


 笑いながら二人で予約をと指示する、やはりこの手のものは男女ペアで行くべきだ、そして別々のペアで予約と。


「さてそうなると女を調達しなけりゃなりませんね大尉」


「そこはご自由にってわけだが、女同士が知り合いだったり、俺達共通の知り合いはいかんな。知らないもの同士がたまたま向こうで同じツアーになるのが原則だ」


 どこかで探してきますよと笑ってツアーの日程が来週末だと記す。


 ――大学で興味ありそうな女でも誘ってみるか!


 エジプトでもう一つ何か人捜しの手段をと頭を悩ませる。


「いっそのこと新聞かなにかで募集してしまいましょうか?」


 名案が浮かばずに冗談のつもりでそう投げやりに話しかける。


「警備員募集とかならありかも? エジプトならカイロタイムズ紙か」


「有象無象が集まらねばよいのですが」


 腕っ節やら人種の枠を決めて応募させたらそこそこの人数がくるような気がした。


「最終的には面接して決めれば良いだろうから、それをやる価値はあるさ。偽の警備会社でも設立するか」


 フランスで連絡事務所と電話番の代理会社を一件雇えばすむ話である。

 兵士として話がまとまれば用事もなくなるが、募集期限が過ぎて連絡してくるやつもいるだろうから暫くはそのままにするのが良いだろう。


 踏査しないことには始まらないとばかりに話をまとめて動き出す。


 ――まだ時間が早いから大学からにするか。


 全く何もわからない女でも良いが、どうせなら道すがら話があう方が良いに決まっている。

 何度かランチを一緒にしたベトナム人留学生に話し掛ける。


「やあニム、前にちょっと旅行に行ってみたいって言っていたよね。どうだろうアフリカのナイルでも見物にいかないか?」


 グエン・ホアン・ニム。同じくアラビア語を履修していた彼女はもう上級にとクラスを移っていた。

 自身の胸くらいまでしか身長がなく、ベトナム人女性の平均的な百五十センチ弱との見当で、肩まで伸ばした黒髪に少し日焼けした肌、笑顔が眩しい女子大生は叔父夫婦のところに居候して学校に通っていた。


 この人種も華僑のように一族を世界に散らしてもしものときに助け合えるようにと暮らしている。

 控えめなファッションの彼女は性格も大人しめである。

 それでも身体で主張すべきところはしっかり主張していた。


「なぁに私しか誘う相手がいなかったのかしら?」


「そうじゃないさ。一番最初に浮かんだのが君だから誘った、グループツアーなんだがどうせなら可愛い娘と一緒がいいからな」


 あまり慣れて居ないのか少し顔が赤くなる。


「でも居候の身で旅行の費用まではちょっと……」


 いくら後進の国だろうと最低限必要な金額の相場は存在する。


「一人味気ない旅をするつもりはないから俺が全部出すよ。お金の心配はいらないさ」


「それはいくら何でも悪いです」


 真面目な気性なのだろう相手ばかりに負担を求めるのが気にかかるようだ。


「それじゃツアー中にベトナム語のレクチャーをしてくれないか、講義じゃさっぱりわからんかった」


 一昔前の漢字表記の頃ならば理解しやすかったろうが、それを無理やり英字などに差し替えたものだから余計な先入観などで覚えづらくなっていた。


「そんなので良いの?」


「ニムだから破格の条件だよ」


 そう笑いながら後で詳しく日時を知らせるよと強引に誘うことを決めると小さく頷いた。

 どうにも相手に流されがちで終始してしまった。


 十時を過ぎるとあちこちの企業が営業を開始する。

 まずは名刺を作ることから始めた、一セットで信用力がありそうな厚めの台紙を二種類すってもらっても百ドル程度にしかなはらない、小道具としては合格点だろう。

 住所や電話番号が決まり次第埋めるとして、予約注文で百枚を作ることにした。


 事務所代行サービス、秘書サービスとも表され、電話番だけが置かれていてそれを受ける仕事である。

 架空会社専用のような市場ではあるが、需要はそこそこあり安定した仕事だという。


 回線を一つ借り受け二ヶ月で契約を結ぶ、こちらも一カ月で二百ドルの経費でしかない。

 複数からの契約を取り付ければ毎月何千ドルと考えたら……である。


 公衆電話からコロー大佐に、現地に行ってみて内容を固めます、そのように知らない者が聞いても何のことか全くわからないように連絡をしておく。

 今後のためにブローカーを紹介してもらうのも良いかも知れないと思い、次回会うときに話をしてみようと心に留める。


 普段全く着ない服を何着か新調し、やはり趣味ではない小物を用意する。

 二回目に現地入した時に同じようなイメージを与えないための小細工である。


 フラットにと戻りロマノフスキーに名刺を一束手渡す。


「アントノフ警備部長ですか」


 こいつは強そうな名前だと呟きながら島の名刺を見てみる。

 ホンダ代表取締役社長になっていた。


「バイクや楽器のホンダでしょうか?」


「そうだ馴染みがあると思ってだが、エジプトだとどうなんだろうな」


 何でも良かったために思い付いた名前で作らせた。

 呼ばれたときに自分だとわかればそれで構わなかった。


「帰りのカイロ便でもう一日滞在して準備しておくよ」


 島がカイロタイムズ紙との広告契約と面接場所を受け持つ。


「ではその一日で自分は必要装備リストを作成しておきます」


 阿吽の呼吸で役割分担を終える、レバノンでの経験がそっくりそのまま生きている。

 他に何かやらなければならないことが無いかをチェックする。


 衛星写真はロシアの測量会社を通じて発注してある、ワクチン接種は予約済みだ。

 現地での車両確保が覚束無いくらいだろうか、あればかりは行ってすぐに手に入るとは限らない。

 かといって買い置きもレンタルも不能だ。


「車両はどうしたもんかな」


「スーダン人の現地ガイドにでも聞いてみましょう。金次第で解決するかも知れませんよ」


 どうしても手に入らないなら中古車屋から強引に買うか借りるかして登記問題を回避するしかない。


「行ってみて考えるか!」



 準備を終えて出発日になる。留守中に届けものや連絡があったら頼みますとマダムにお願いし、数日旅行にいってくると再来週分までの家賃を前払いする。


 にこやかに気を付けて行っておいでと送り出すとフラットの掃除を再開した。

 この日常が大切なのだと納得し、スーツケース片手にタクシーに乗り込む。

 一方で島も別のタクシーを呼び遅れて出掛ける、空港についたとたんに二人一緒の姿を見られては元の木阿弥である。


 シャルル・ド=ゴール空港のロビーでニムが心配そうな顔で待っていた。


「来ないかと思いましたよ!」


 島を見た途端に泣きそうになり駆け寄ってきた。


「いやすまんすまん、タクシーが渋滞に巻き込まれちまってね」


 軽く抱き寄せて頭にぽんぽんと手をやり撫でてやる、そうしてからあっと気付いて頭に手をやってはいけないのが隣のだった国だと思い出す。


「どれ荷物は俺が持とう」


 そう言うと軽々とトランクを手にする。


「あなたが持つとハンドバックに見えちゃうわ」


 実際にニムならば機内手荷物にはならずにトランクルームだろうが、島が持てば手荷物になりそうだ。


 ツアーガイドが集合を呼び掛けている、十数人のグループで人種も年齢もばらばらである。

 ガイド自体はフランス語で行われるようだ。

 R・CIMAとサインすると何人に見えるだろうか。


 エールフランス機でエジプトへと空の旅が始まる。

 軍用機に比べると大型のため揺れはさほど感じない、乗り心地を優先した作りなのだろう。


 早速機内で若干のベトナム語を教えてもらう、あまりにもじっと目を見詰めて聞いているものだから、前向いて下さい、と言われてしまった。


 カイロでエジプト航空に乗り換えハルツームまで二時間半また座りっぱなしになる。

 ニムがベトナム語で喋りっぱなしでも構わないのだが、彼女が島に尋ねてきた。


「島さんは大学にくる前は何をしていたんですか?」


 さすがにこれはフランス語でしてきた。

 何とかベトナム語で返してみようと考えたが、これといった単語が喉から出ずにフランス語で答える。


「レバノンで旅行の現地ガイドみたいのをしたり、エリトリアで子供にチョコレートを配ったりしていたよ」


「何それ、サービス業みたいなものかしら?」


「客が無理難題を言ってくるから似たようなものかもね」


 何でも屋じみていたなと振り返ってみる。

 君は? と聞き返してみる。


「高校まではベトナムでした、祖母がフランス語を喋るので教わりました」


 ベトナムもまたフランス植民地となっていた時期があるため、その位の年代はフランス語も喋るし漢字でならば筆談も出来たのだ。

 近代になり漢字を廃止してしまい今の年代は全く理解できなくなっている。


「ソルボンヌに通うってことは将来の夢は何なんだい?」


「観光客相手の料理店をやりたいの!」


 通訳やガイドなどではなく料理店なところが堅実である。


「ニムならきっと成功するよ」


 にっこりと微笑んでくる、こうみるとまだ高校生じゃないかとすら思えてしまう。


 ハルツームはナイル川が合流する三叉のほとりにあり、三方それぞれに大都市が存在する。

 首都圏としてそれらを合わせたら五百万人近い人口が集中している一大都市圏なのだ。


 ハルツーム空港に着陸する、窓から外を見てみると軍用機がエプロンに並んでいる。

 調べた通りロシアのMigっぽい姿のコピー機である。

 少し先の格納庫付近にはMi系統のヘリらしき影が見える。


 完全に移動日だとしてホテルに連れられて行くと夕方近くなっていた。だがアフリカの夕方はとても長い。

 ロビーで現地ショッピングガイドが二人同行し、二手に別れて街を巡ることになった。

 若い女性ガイドと年嵩の男性ガイドが居たが迷わず男性側についていった。

 ショッピングモールで自由時間になったところでガイドに話し掛ける。


「ミスター、あなたは車両販売店にも顔がききますか?」


 自分のツアー客だと知りもちろんだと頷く。


「欲しいなら知り合いの店を紹介するよ」


 さり気なく胸からドル紙幣を数枚取り出して握らせる。


「ちょっと物入りなんだ、中古のヴァンを二台、故障しないように念入りな整備で調達出来るところを頼みたい」


 魚心に水心とでもあらわすのだろうか、バックが少ないショッピングツアーの仕事よりも興味を持ったようで、すぐに公衆電話からどこかに連絡して早口のアラビア語でまくしたてている。


「オーケーですよ兄さん。次のレストラン、場所を変更して販売店の近くにしておきます。食事の前後に下見出来るよう手配しておきました」


 素早い対応にこいつは使えるかも知れないと感じた。


「ミスターはナイル川ツアー自体にも同行しますか?」


「ハッサンです。現地のチーフガイドとして同行しますよ」


「シーマです。ならば道すがら話し相手になってもらえたら助かります。仕事の下見も兼ねてましてね、これはまだ企業秘密ですが」


 先にまた何か儲け話があるかもしれないと感づいてハッサンは了承した。

 店舗で買い物をしていたニムが手を振っているためそちらへと近付く。


「どうかしたんですか?」


「いやガイドに取って置き情報が無いかを聞いていたんだ」


 あらそうと最早叔父夫婦への土産物をあれこれと品定めに入っていた。

 旅はまだまだこれからだから、帰りでも問題ないものは帰りに買うとよいと助言する。


「それもそうね、見るだけにしておくわ」


 これだからハッサンに力が入らないのもよく理解出来る、それでも一定の買い物があるから前後にショッピングツアーを挟むわけだが。


 団体での夕食となり最初だけ一緒に食事をして、ニムにちょっと外の空気を吸ってくると席をたつ。

 寂しそうな表情をしていたが勘弁してもらおう。


 さり気なくハッサンも中座して販売店へと案内してくれる、まさに目と鼻の先の距離であった。

 店主を紹介されて握手する。


「程度の良いヴァンを二台探している、実際の引き渡しは一か月ほど先を予定しているが」


「お任せ下さい。当方にて完全整備してお渡し出来ます」


 そう請け負って並んでいる車の所へ案内する。

 どれもこれも何時から走っているかわからない年代物が並べられていた、一台だけまともなものがあったのでそれを決める。


「これは予約したい、だがもう一台は同程度のを探してもらえないだろうか」


 張り出されている値段のニ割をトラベラーズチェックで手付けに渡す、二台分と言い確かめてもらう。


「承知しました。必ずやご希望に沿うように致します」


 手慣れた仕草で領収証を振り出す、宛名を尋ねられシーマと答える。


「追加注文があったらハッサンを通じて連絡するよ」


 そうやってハッサンの顔をたてると共に一枚噛ませて多少なりとも儲けさせる。

 こうしておけば販売店側で簡単に不義理を働くような真似もし辛くなる。


「それとだ、登記の書類などについてだが外国人の場合はどうなるんだろうか?」


 ハッサンと店主は顔を見合わせて暫し何事かと考えた。

 そしてハッサンが意味を理解し店主の代わりに答える。


「スーダンでは所有者登記簿なんてありませんよ。買えばそれが所有者で、無くなればお終いです」


 店主がそんなことかと相づちをうつ。

 心配していた事柄が解決して内心ほっと胸をなで下ろす。


 仮契約を終えて隣の店舗を覗くとダイヤモンドのような透き通る宝石のついたヘアピンが売られていた。

 値段をドル換算してみると随分と安いので偽物かと思ったら、このあたりでダイヤモンドが産出されるからクズならこんなものだとハッサンが答えた。

 一つ購入してポケットに忍ばせるとレストランへと戻る。


「どこまで行ってたんですか、あまり一人にしないでください」


「ごめんごめん、ぶらついていたら気になるのを見付けてさ。手を出してごらん」



 訳も分からずに手を差し出すニムにダイヤモンドのついたヘアピンを渡す。


「これダイヤモンド、どうしたんですか?」


「似合うと思ってね、君にプレゼントだ。つけてみて」


 さしたる装飾品を身に付けていなかったニムがすっと髪に留める。


「うん想像通りだ」


「こんな高価なプレゼント良いんですか?」


 フランスのブティックで買おうとしたら給与が何ヶ月分かなくなるだろう品である。


「もちろんさ、そいつだって店先に並んでいるより使ってもらいたいだろう」


 そう軽くふざけてみる。あまりにも恐縮してしまっているニムの反応が新鮮に思える。

 今日一番の笑顔を見せた彼女は掛け値なしに可愛く見えた。


 食事時間が終わりホテルへと帰ることになり連れ立って外へ出るとニムが腕に絡みついてきた。

 ちょっとふざけて持ち上げてやると、「わぁ!」と声を出して喜んだ。

 きっと平和とはこんな状況を言うんだろうなと、冷静なもう一人の自分の呟きが彼の頭をよぎる。


 夜になるとホテル内での自由行動になる。夜のスーダンを外国人が歩き回るのは危険だから絶対にしないようにと警告される。

 殆どが自室かラウンジで酒を煽る、もちろん島もだ。


 出発が早いことから自然と解散も早かった、ロマノフスキーと目が合うも異常なしなので話すのは控えることにした。


 翌朝ホテル前に中型のバスが一台現れてツアー客が乗り込んだ。

 薄汚れてはいるが現役久しく活躍しているのがよくわかる。


 気にしていてはやっていけないのでさっさと乗り込み後部座席の右後に陣取った。

 ニムを奥に座らせて自らは通路寄りに腰を下ろす、それを見たロマノフスキーは運転席のすぐ後ろ、つまりは対角線に位置どる。

 仮に事故があっても一緒くたになりづらい場所を選択する。


 若いガイドが前に乗り、ハッサンは通路後ろに落ち着いた。

 おはようと挨拶するとご機嫌返事をしてくる。


「これから何時間くらいの行程でしょうか?」


「四時間くらいでして。昼飯前には次の街につきますよ」


 外を眺めるとナイル川がずっと先まで見え、対岸を見ようとしても全然見通せない。

 最初は感動していたが一時間とたたないうちに見飽きてしまう。


 隣を見るとニム島に気付く、今日もあのヘアピンをつけていた。


「最初に見た奴はここに海があると勘違いしたんじゃないだろうか」


「そうかも、こんな広い川みたことないわ」


「海賊ならぬ川賊がいるらしいからね、通報を受けて駆け付けてみても船ごといなくなってるって寸法さ」


 船を担ぐような真似をしてみせると口に手を当てて笑われた。


 ――空からではなく川から国を脱出してもいいな。そもそも帰りは中央アフリカに逃げ込んでもよくないか?


 武器を受領する都合から行きはハルツームなのは決まりだが、帰りは違っても良いことに気付く。

 こんな簡単なことが思いつかなかったのかと自分自身を不思議に思ってしまった。


 国境に線が引いてあるわけではない、単に地図上に直線を引いてこうなったのだ。

 アフリカの国境に直線が多いのは自然環境を無視して机上で列強がこうだとしただけのものが沢山ある。


 ではハルツームに帰らなくてよいならばどうすることが出来るかを考えてみる。


 ――ヘリによる脱出が出来たら一番楽でいいな。次は車や船だろう、歩きは勘弁願いたい。軽飛行機は数が揃わないだろう。領空侵犯をとられて撃墜されたらきついな。


「何考えているんですか?」


 あれこれと首を振ったりしながら悩んでいるのを見て問いかけてくる。


「こういう自然の中でダイナミックに遊ぶにはどうしたら良いかなと思ってね」


「私、馬に乗ってみたいです」


 ――馬、馬か! 車両が壊れた時の代替になるな。


「それはよい考えだ、後でハッサンに聞いてみよう」


 名前を出して首を傾げたので、ガイドのおじさんだよと説明する。

 鐙を持ち歩くわけにはいかないので、何枚か毛布でも荷物に追加しようとメモする。


 陸路脱出になれば旅券に不都合が起きるが、優先課題が生還なので誰も文句は言わないだろう。


 ――中央アフリカでどこかの領事館を探して出入国のスタンプを押してもらえばいいだろう!


 何せ事後のことは考えずに任務を達成するところまでを考える。

 都市部から離れたら紙幣より貴金属などの方が交渉しやすいならばそれらを持参しなければと考え、ダイヤモンドを始めとする産出可能品はダメだと注意をする。


 暫く揺られてようやく辿り着く、道はそこまで悪くはないが暗くなってからは慎重に運転しないとひっくり返りそうな穴が時たまあったりした。

 当然のように舗装道路なんてのは都市部のみで、殆どは土や砂に出来た道である。

 気候が気候だけに雨で水溜まりなどがないのが不幸中の幸いと言える。


 バスから降りて体を解す、トイレ休憩やらを挟んでまたショッピングツアーに早変わりした。

 ガイドもこれがあるから働いているのだろうし付き合うことにする。


 地図で進捗具合を確認してみる、こんなペースだとアル=ファシェル市まで五日はかかってしまう。

 ヴァンで移動して昼夜兼行しても丸々二日コースになるだろう、そうなれば疲れを抜くために一日休養する必要がある。


 ――ハルツームで武器だけ二人に輸送させて、他はニヤダ市あたりに飛行機で乗り入れるのはどうだろう?


 いずれ地理不案内な者が長距離、しかも違法物品を延々と運ぶ計画に無理がありそうだ。

 途中不都合があり連絡つかなくなったら素手で挑まなくてはいけなくなる。


 頭を振って二手に別れる案を考えるのを止めた。

 九百キロの彼方まで行くにはガソリンの消費量も重要になる、武器と四人を載せて超過積載を考えると途中都市を経由するべきと結論が出る。


 車内を見えなくするためにもやはり毛布は相当枚数使うだろう。


 ――車両を三台にするか? そうなれば運転手は余計に必要になるが故障や積載に余裕が出来てくる。三万ドル程度の経費にガソリン代が追加されるが安定度は増すな!


 これはロマノフスキーと相談しようとメモに残した。


 川沿いの街での昼食は遊覧船の上になった。とは言っても大した大きな船ではないが。

 それでもツアー客には受けがよくハッサンも満更ではない。

 船の外に出ないでと注意されると川に肉が投げ込まれる、するとあちこちから魚が集まり食いちぎりあっという間に骨だけになり沈んでいった。

 怖いもの見たさはあるがかなりの迫力だったようで少しの間空気が張り詰めていた。


 頃合いを見計らって陸に戻るとまたバスへと押し込まれる、昼寝しながら進めば夕方には次の街との流れだろう。

 少し西へと折れて内陸部へ向かう、ナイル川へ流れ込んでいる水源の一つを遡る。


 右肩に何かが寄りかかってきた、ニムがうつらうつらして頭を預けて寝てしまったようだ。

 アフリカの春は暑い、そのため全員薄着である。

 ついつい胸元に目が行ってしまう、形のよい膨らみが手を伸ばせば届くところにある。


 ――こりゃ新種の拷問か何かだな。


 何か別のことを考えねば耐えられそうにないと、ここまでで必要となる経費をサラッと計算してみることにした。


 ――まずこのツアーだが五千、名刺の小物や宣伝などで八百、エジプトでの募集面接にかかる移動滞在費二千、車に二万、五人の兵士に二万ずつ、怪我で一万、重傷で二、五万、もしもの時には五万、将校一人にはその二倍、スーダンまでの八人航空券三千、ホテル三泊三千、これに帰りの何かを加える。兵士が無傷とはむしが良いため一人や二人死にその倍が負傷するとして計算するとこの段階で四十万近くなった。

 これらの経費は増えることはあってもこの先に減ることはないだろう。


 ヴァンを一台追加して、ガソリンや多少の追加装甲にスペアタイヤなどを購入し、スーダンでの切り札に使える工作何か一つに一万を使うと二人の取り分は五万だけになってしまう。

 絶対に成功させなけれ苦労と危険を買うだけの行為になるのだ。


 ――武器の類として大佐に要求出来るものは遠慮なく要求せねば!


 スーダンでの切り札をどうするか迷った。

 何せ移動が一番の苦難なのがわかった、これを阻害されないように一つ奇策を混ぜ込みたいものである。


 ――スーダン軍による検問が問題だな。


 荷物をチェックされないか、されても正当な理由があるのが望ましい。

 軍服は手に入るはずなので輸送の命令書があれば便利だろう、あとは問い合わせられた時に該当する偽命令が一つあれば間違いない。


 スーダン軍将校に金を握らせるならば血縁者からの依頼にせねばならないだろう。

 実際になにかしらの輸送命令を出させてしまえれば最高だ。


「ハッサン、スーダンでは全員兵役があるのかい?」


 暇なところに後ろから話し掛けられたために喜んで答える。


「ああ一年だ。戸籍があるやつだけだがね」


 どこの国でも難民やらストリートチルドレンのようなのはいるようだ。


「軍は厳しい?」


「いや適当なもんさ、皆が自分勝手に動いてる感じだよ。陸軍はね」


 高価な船や航空機は流石にまともな人材を宛てているようだ。


「不都合が起きたら賄賂で回避出来そうかな? 仕事で失敗した時の尻拭いを考えちまってね」


「金でどうとでもなりますよ。困ったら甥っ子が少尉だから相談に乗りますよ」


 営業スマイルで話を締めくくる。

 ハッサンの人脈を使えるだけ使うことを決めて考えをまとめることにした。

 それにしても悩ましいバスの旅が続くものだと天井を見上げてしまう島であった。


 山の麓に広がる街にようやく辿り着く。

 太陽は未だに高い位置にあるが時計は一六○○を回っている。


 首都に比べたら地方都市はアフリカの地元色がかなり強い、少し郊外にはスラムがあったり、黒人の比率がやたらと高いのだ。

 しかもその目はギョロッとしていてこちらを獲物か何かのようにみているのだ。


「皆さん、市街地から決して離れないでください」


 ハッサンが注意を呼び掛ける。夜が危ないとかではなく、常に危険と隣り合わせなことを忘れないでと警告を行う。


「凄いところにきちゃいましたね」


 全くだと相づちをうって部屋に荷物を運び込む、鍵だの何だのと信用しないほうが良さそうである。

 貴重品は絶対に手放さないようにとニムに注意を促す、特にパスポートは絶対だ。

 外国人はまだましだが日本人は未だにパスポートは書類程度にしか考えていない者が多い、あれは立派な公文書であり二つとない大切な品なのだ。


 丸ごと自由時間に宛てられたのだが特にやることもない。

 娯楽施設があるわけでもなく、馬に乗るには市街地から離れる必要があり見合わせる。


 太陽が山陰に隠れてしまったのか突然昼から夜にと切り替わる。

 電力が安定していないのか街灯がチラチラとついたり消えたりしている。


 結局二人でホテルの周辺を少しだけ散歩することにした。

 このあたりでは稀少な非金属、つまりはレアアースが産出されているようで店先に並んでいる。

 それを買っても仕方ないので見るだけにしたが、足元にころがる拳だいの石にキラキラ光る何かが見えた。


「それ銀か何かでしょうか?」


 銀なのか鉄なのかわからないが何らかの鉱石が転がっているようだ。

 話のネタにと一つだけ拾って帰路につく。

 金属を取り出したとしてもここでは買い手が付かないか、ついても赤字なのだろう。


 自然とは灯りがない暮らしであるのが身にしみる。

 幅広な道であるのにところどころが真っ暗闇になっている。


 インフラ整備を後回しにして軍備を増強する国なのだ。

 世界の調査機関が示す、残念な失敗国家の上位ランカーであるわけだ。


「きゃあ!」


 ぼーっと歩いていると隣に居たはずのニムがおらず、暗闇の方で悲鳴が聞こえた。


「どうした!?」


 呼び掛けると男の声のアラビア語で「こいつの命が惜しければ金を全て置いていけ」と聞こえた。

 目を凝らしてみるが真っ暗闇な上に黒人が相手では全く姿を捉えることが出来ない。

 一瞬何かがきららと光を反射した。


「オン、キャオ、モット、ウー」


 一語ずつ区切り聞き取りやすいようにニムが喋る。

 またきらりと何かが光る。

 島は手にしていた石を光りの上三十センチ程目掛けて投げつけた。


「ギャア!」


 男の悲鳴が聞こえてきてニムが闇から現れる、すぐに手を引いてホテルへ向かい駆け出した。


 息を切らして顔面蒼白になったニムを抱き締めてやる。


「怪我はないかい?」


 言葉が出ずに震えて泣き出してしまった。

 ダイアモンドのついたヘアピンを指で軽く跳ねて言う。


「随分と活躍したもんだ」


 キラリと輝くそれを褒め称える。

 窮地に立たされ咄嗟に出たのがベトナム語だったのだ。


「彼は頭一つ背が高い、良いアドバイスだったよ。勉強の成果を出せて俺も一安心」


 何とか空気を和ませようとおどけてみせる。

 部屋に戻ろうと階段をあがりガチャガチャとノブを回そうとすると扉が開いてしまった。

 古すぎるために錠前の機能を喪失してしまったようだ。


「こいつは参ったな、俺の部屋に来るか?」


 一人でいるのが怖いために荷物を抱えて部屋を移る。

 寝込みを襲われないように夜は入り口に椅子や机を寄せておこうと頭を過ぎる。


 部屋には茶も何もなく、フロントに通じる電話だけが仕方なく置かれていた。

 それでルームサーヴィスを頼もうとすると、やっていませんと断られてしまった。


「震えが止まらないわ」


 余程ショックだったのだろう冴えない表情のままバスルームへと入っていった。


 ――装備にナイトヴィジョンを追加しよう。


 化学工場があるならば明るい場所だろうとの常識を捨て去ることにした。

 もし夜目がきく黒人が夜襲してきたら手を焼きそうだ。


 ややするとニムが曇った顔のまま戻ってくる、どうやら恐怖心が拭えなかったようだ。


 黙ってそのまま島のところへ近付くと腕の中にと飛び込んでくる、衣服から土の臭いがした。

 色気のない表現ではあるがブローニングより軽い。


≪削除記録D≫


「安心……させてください」


≪削除記録E≫


「落ち着いたかい?」


 耳元で囁くとようやく目を開けて彼を見つめる。


「震えは止まったわ、でも身体に力が入らないかも」


 微笑んで指を絡めてくる、それはとても小さな手だった。


「ねぇ、彼女とかはいなかったの?」


 隣にいる島に問いかけてくる。


「居たよ結婚式もあげた。だが……結婚式当日に死別した、逆恨みが激しい男が持っていた銃が暴発してね、それっきりだよ」


 終わったことだよと隠さずに打ち明ける。


「その男の人はどうなったんですか?」


「土の中さ。大切な人を傷付けるやつを許すほど俺は寛容じゃない」


 そう言って視線を彼女から天井にと移す。


「今日は、今日は私を守ってくれました。私も大切な人になれましたか?」


「ああ、今の俺にとって君が一番大切な人だ」


「嬉しい」


 ただただ平穏な時間が流れていった。


 世界にはたくさんの観光地がある。それに付随する評価も様々だ。

 中でも世界三大がっかりなどと呼ばれるものが有名である。


 目の前にチョロチョロと湧き出す水の筋がある、ナイル川の始まりだと説明されると皆が“えっ”っといった顔をするのだ。

 ハッサンはいつものことだとばかりにタバコをふかしている。


 ――まあこんなものだろう。


 いまいち盛り上がらずに山を降りることになる。

 これも人生経験だと納得するしかない。


 実は昨日の一件からニムは努めて明るく振る舞っていた。

 きっと妻と死別したと聞いてしまい気を使っているのだろう。

 島はそんな彼女を愛おしく想えてきた。


 外国語を覚えるにはその土地の女を愛でろとは言ったもので、ベトナム語が身近に感じられた。


 ニムを見て何としても任務を成功させて生還しなければと強く思った島は、ハッサンを通じてヴァンをもう一台追加すると共に、偽の輸送命令書が手に入らないかと相談した。


「偽じゃなく本物の命令書を作らせましょう。そのためには甥っ子に百ドルほど握らせてやりたいのですが」


 そうはっきりと数字を示すからには相場があるのだろう。

 快く承知すると百ドルを甥っ子に、もう百ドルはハッサンに迷惑をかけるからと渡してやる。

 大金を手にして興奮したハッサンは他に何でも言って下さいと申し出てくれた。


 ――待てよ、甥っ子をそのまま雇えないだろうか? 今までの話からムスリムではないし、軍や国に忠誠を誓っているわけでもなさそうだが。


「ものは相談なんだが、甥っ子の少尉を七日間程特別雇用するわけにはいかないだろうか?」


「七日ですか長期休暇になっちまいますね。でおいくらで?」


 金額次第でどうとでもなるとばかりに話を代わりに進めてくる。


「様々な危険手当てを含んでですが二万ドル。もし死傷するようなら別に五万ドル」


 あまりの大金にハッサンの体が小刻みに震えているのがわかる。


「何をやらせるおつもりで」


「テロリスト共の施設を吹き飛ばしてこようと思ってね」


 どうやら納得したようで口を開く。


「この私が協力するように何としても説得しましょう!」


「ならば頼むよ。その二百ドルはハッサンの手間賃として受け取ってくれ」


 コクコクと人形のように頷くとドルを握り締めてポケットにと忍ばせる。


「ハルツームで帰りの便がくる前に必ず引き合わせます」


 他の者に話がいってはかなわないためにその場で電話機を探してどこかに連絡する。

 不在とでも言われたのかすぐに見つけるようにと急かしてがなりたてる。


 ――あの調子なら大丈夫だろう。


 国に見切りをつけた者は外貨を得て出国出来るならば全力で働いてくれる、スーダンでもそれは変わらなかった。


 ハッサンの言葉通りにハルツーム空港で甥っ子が待ちかまえていた。

 何故か早めに空港についてしまったため、少し待ち時間が出来たとツアーで告知がある。


 苦笑いしてハッサンの仕業だなと受け取っておく。

 ふらりと席を離れて外が見えるガラス張りの場所へと移動する。

 それを見ていた二人が寄ってきた。


「私の甥っ子でして」

「ハマダと言います」


 ――ハマダだって? HMDが混ざる名前が多くなるが、確かにならなくもないな。


「シーマ退役大尉だ。ハマダ少尉に単刀直入に聞きたい、君はテロリストを殺せるか?」


 相手が軍人とわかっているために余計な話は排除する。


「殺せます」


「それにより国を出ることになっても異存ないか?」


「一族が無事に暮らせるならば」


 ハマダと名乗るスーダン人はきっぱりと言い切った、なかなかによい思い切りの性格のようだ。


「ハッサン、彼に頼むことにするよ。ヴァンの引取日をそれに合わせる、半分は支度金として振り込んでおこう」


 何の半分かを省いて会話する。

 ハッサンがハマダの肩を叩き、良しと頷く。


「一族の未来の為にハマダに働いてもらいましょう」


 二人と握手すると何食わぬ顔でツアー客の集団に加わる。


「お別れの挨拶ですか?」


「ああベテランガイドは別れ際まできっちり働いてくれたよ。俺達はエジプトでもう一泊しよう、良い観光場所を案内してくれた」


 あたかも今さっき決めたかのように振る舞う、ニムの顔に喜びが広がった。


「実はもうちょっと都会でも観光したかったの」


 大自然は懲り懲りと控えめに伝えてくる。

 島ですら任務がなければやってこようとは思わなかったので同意した。


「カイロならば安全だろう、お土産も買わなきゃな」


 フラットの管理人に何を持って行ってやろうかと純粋に楽しんでいた。


 エジプトにつくとそこで一団と別れる。

 ロマノフスキーに目で挨拶だけして二人は空港を出た。


 北アフリカで最大の発展都市であるエジプト・カイロ、下手な先進国より余程都会的な街並みである。


 まずは街の中心部にあるホテル・カイロにチェックインする。

 いつものように観光マップを探してくるよ等と言葉を残して一人部屋を出る。

 ニムも慣れたようで、疲れたから少し休んでるわ、と外出を認めてくれる。


 すぐにカイロタイムズ社に足を運び事前に決めてあった募集広告を依頼しに行く。


 担当社員にホンダ代表取締役と印刷された名刺を渡す。

 現金を先払いするため話が早かった。


「応募者の書類を貴社留にして締め切りでフランスの弊社に郵送願いたい。エジプト支社の開設が来月でね」


 にこやかにありもしない計画を語り始める。


「ええ承知しました。私が責任をもってお送り致します」


「面接場所なんだがこのビルの空き部屋を一日貸してもらえないだろうか、もし満足いく人数が集まらなければもう一度募集広告を出したい」


 担当は素早く損得勘定を行う、この分なら仕事の宣伝広告も貰えそうと踏んで快く引き受ける。


「日時を指定していただけたらご用意致しましょう」


「それは助かる、無論賃料は支払わせてもらうよ。雑費扱いにするから領収書は不要だ」


 適当な金額を担当が自由に出来るように手渡す。

 部署の裏金でも懐にでも好きにしてくれと。


「それとだ……実は今彼女と来ていてね、どこか良い食事処を手配出来ないだろうか」


 何か大変な要求をされるかと思えばそんなことかと余裕が産まれる。

 広告先の店を紹介して一石二鳥だと、自信満々に各種の店を勧めてきた。


 部屋に戻るとコーヒー片手に外を眺めているニムが居た。


「何だかこうしているのが夢みたい」


 ベトナムでの暮らしを思い出していたのだろうか。


「じゃあ夢が醒めないうちに行くとするか」


「どこかいいところありましたか?」


「馬に乗りたいって言っていたじゃないか、ちょっと違うが駱駝に乗れる場所があってね」


「それはそれで面白そう!」


 期待通りの反応をしてくれて安心する。

 先ほど仕入れたばかりの情報を早速活用した。


 馬も乗ったことはないが駱駝に乗る機会もそうそうあるわけではない。

 準備が終わった島はこの一日をただ楽しむことにした。



 ロマノフスキーがまとめた武器リストにナイトヴィジョンを加える。


「工場は市街地近郊じゃなかったんですか?」


 意外な装備を追加したので尋ねる。


「そうだよ。実はスーダンで黒人に襲われた。電圧が低く街灯が少ない道でだが、黒人の姿が俄かに判別出来なかった」


 ロマノフスキーが状況を想像してみる、もしそれが郊外の夕闇だったならと。


「向こうには見えてこちらには見えないじゃたまりませんね」


 追加したのを納得する。


「いや全くだ。お陰で良いこともあったがね。それはそうとツアーガイドのハッサン、あいつの甥っ子でスーダン軍少尉を雇うことが出来たよ」


 襲われて良いことと言われ疑問もあったが少尉を雇用出来た話題に食い付いた。


「現役将校が一緒なら移動は成功したようなものですね」


「一番の心配が解決された。あとはエジプトで兵を集めるだけだ」


「兵までスーダンで集めたら計画が漏れる可能性が高いですからね」


 兵が家族に漏らしてそこから外部に流れるには数日しか要さないだろう。

 その点ハッサンならば注意深く秘密を保持してくれるはずだ、何せ兵と違い人生経験が多く危険を理解している。


「そういうわけだ。エジプト行きは来週でスーダンへは二週間後のスケジュールだ」


 武器要求リストに漏れがないかメモを確認しもう一度二人で交互に照らし合わせる。

 後からあれこれ追加とはいかないから慎重になる。


「帰路だがハルツームにわざわざ戻らずに中央アフリカに越境しようと思うがどうだろう」


「より早くスーダンから脱出出来て良いですね。国境警備は大丈夫でしょうか?」


 密入国がないかを巡回警備している軍はいるだろう。

 中央アフリカ軍に出会った時に強制送還されたら一大事だ。


「スーダン軍ならば賄賂でどうとでもなるが、中央アフリカ軍が現れたらだな。神の抵抗軍に追われていると避難で入国してしまえば最悪でもスーダンには送還されないはずだ」


 神の抵抗軍とはウガンダ、スーダン、コンゴ、中央アフリカあたりで活動する反政府武装組織の名でスーダンが支援していると見られている。

 ウガンダが最大の敵対国家ではあるが、コンゴや中央アフリカからもテロリスト指定されているため、神の抵抗軍の敵は味方と認識してくれる。


「そうなると民間人を装うわけだから武器類は廃棄しておく必要がありますか」


「それは臨機応変に判断しよう。本当に神の抵抗軍が現れたら戦わねばならないからな」


 空路脱出よりは問題が少なそうなので陸路を基本に置き換えて計画を修正した。


 ――ついでに中央アフリカの査証でも申請しておくか。あるとないならある方がましだろう、一枚二十ドルとしない程度なら掛け捨ての保険と割り切ってだな。


 まとめた要求リストを大佐が利用している私書箱へと郵送しておく、記録をつけてだ。

 直接顔をあわせるのは避けて連絡も最低限に控える、どこから繋がりが露見するかわかったものではない。


 スーダンで気づいたことをそれぞれが指摘しあって方針を確定させると査証の申請を行うことにする。

 大使館で申請し少々追加料金を支払うと即日発行された、これを持っていれば入国申請に際してプラスの効果が期待できる。


「お守りみたいなものだよ」


「まあ二十ドル程度では過剰な期待はかけられませんよ」


 そうやり取りをしているときにふと気づく、この査証の裏書に大使館の上席者のサインがあったらどうだろうかと。


「なあもし君が国境警備員で本部と即座に連絡が取れないとき、入国査証をもった民間人が現れたら入国を認めるか?」


「少し待たせて連絡をつける努力をしてからでしょうね」


 自分も同じだろうと感じたがそこに一つ条件を追加したらどうだろうか。


「そこでだ、その査証の裏書に大使のサインが添付されていたらどうだ?」


 少し考えて警備員の行動を想定する。


「大使が認めていたなら通過させます、どこの大使かのサインくらいは控えますけど」


 末端でどう頑張ってもやはり上の意思を尊重しないわけには行かない、そこに証明があるならば何か問題が起きたら裏書した大使に責任を持っていけば逃げられるとの部分も大きい。


「そこで一番信頼性があって裏書してくれそうな大使はどこの国に駐在している者だと思う?」


「そりゃあ中央アフリカと敵対して……スーダンですね大尉」


 正解だと親指を立てる。本国と表面上は国交があっても、敵対的な国家からの観光入国査証を発行してくれと外国人が申請してきたら大使館では喜んで渡航を認めるだろう。

 大仰に本国を褒めてやり是非とも大使と会ったとの証拠をとでも言えば快くサインしてくれるに違いない、大使とは外交官であってその辺りの社交辞令を振りまくのは得意中の得意である。


 ――そのためには大使と接触出来る状況が必要になってくるな。


 とはいえスーダンに駐在している中央アフリカの大使の主な仕事はテロリストへの抗議と国境侵犯の警告ばかりだろう、前向きな協力交渉などどれほどしているか。


 平日にいけば少なからず責任者は誰か滞在しているからとそれ以上深くは考えなかった。


 数日間あれこれと情報を頭に叩き込むとフラットに電話がかかってきて、「ご注文の品はご用意できます」女性の声でそのような伝言がなされた。

 それが大佐との符丁であったので武器の類は準備が可能と判断する。


 エジプト行きの飛行機に足を踏み入れる。今回はロマノフスキーと同行である。


「スーツ姿も似合っているじゃないかアントノフ部長」


 からかうように偽名で彼を呼ぶ、少しでも慣れておこうとの配慮でもあるが、気軽にやろうとの思いのほうがやや強い


「ホンダ社長もお似合いですよ。この格好では派手な動きは出来ませんね」


 せっかくのスーツが破損してしまうだろうと顔をしかめる。


 空港でタクシーに乗り込むとカイロタイムズ社へと乗り付ける。連絡しておいたので例の担当者が出迎えてくれた。


「ミスター・ホンダ、お待ちしておりました」


「やあ募集で人が集まっているか心配していたよ、紹介するうちの警備部長のアントノフ君だ」


 ロマノフスキーに手のひらを向けて紹介する


「ズドラーストヴィチェ、アントノフ警備部長です」


 ロシア語でそれらしく挨拶を行う、エジプトではほとんど理解するものはいないだろう。


 部屋に案内される、隣が面接者の控え室になっているという。


 合計で二十人程度が集まったというから驚きである。

 すぐに一人ずつ面接を行う。外見が白人じみている肌の色はまずそれで落としてしまった。


「君は人権についてどう思うかね?」


 警備上で他人を傷つける可能性があることを前提に、との質問をしてみる。


「なんであれ暴力はいけません、話し合いで解決すべきです」


 ――そんなやつが警備会社の面接に来るな!


 心の中で思い切り罵倒して顔ではさもありんと肯き次の人物と面接者を入れ替える。


 合計五人を採用しなければならないのだが最大の問題は実際に行うのがテロリスト相手の戦闘だと理解してくれるかどうかである。


 家庭の状況を聞いてみると誰しもが失業し、即座に生活資金を必要としていると切羽詰った者ばかりであった。

 試しに二万ドルで危険がある仕事でも可能かと問いかけると五人ともが躊躇なく可能だと答えた。


「この五人を採用して残りは結果を後日報告するといって帰らせよう」


 もし不能者が出てきた場合のために不採用ではなく保留として数名には声をかけておく、他は残念だったと不採用を通告する。


 この先は踏み込んだ話になるため場所を変えて行おうと個室のある食事所へと移動する。


 タクシーで移動中に島とロマノフスキーはロシア語で人物評価を話し合った。


「五人の中でアフマトが使える奴だと思えます、こいつに残りを統括させるべきでしょう」


 一人だけ三十半ばの年長で落ち着いている男がいた。会社を経営していたが倒産してしまい、現在は借金を抱えて再起を狙っているとのことだった。


「未来への展望と部下を養ったことがある経歴は充分だな、そいつを下士官としよう」


 アラブ系の褐色の男が五人の代表と決められて、残りは会食の際に相性をみて組ませようと考えた。

 エジプトの中にある中華料理店を選んでタクシーをストップさせる、元々この中華料理は多人数で食べることが多いためこの位の団体ならば埋没してしまい印象に残らないからであった。


 適当に大皿料理を数点注文してビールを持ってこさせる、島が最初に挨拶をした。


「諸君にはこれから職務上で重要な話がある、だがその前に腹ごしらえと行こうじゃないか、私からのおごりだよ」


 採用されるかどうか不安していた連中ではあったが食事会に五人だけ連れられてきたことから雇用が決まったのだと解釈して口々に感謝を述べて食事を口に運んだ。


 暫くは雑談に興じて個々の性格を可能な限り見ぬこうと耳を傾ける。面接では隠していても気が緩んだらぽろっと喋るものである。


「さて概ね食べたところで諸君を雇用する上で重要な質問がある、心して聞いてほしい」


 和気藹々としていた席に緊張が走った、これがダメなら採用はされないとのことを意味しているからである。


「我が社は警備会社としてある仕事を請け負っている。その仕事は単発で一人二万ドルの報酬を用意している。無論額を聞いて簡単な仕事ではないのは諸君も理解しているものだと確信している」


 一瞥して表情を伺うが怖気づくような態度をだすようなやつは居なかった。


「その仕事とは異国にあるテロリストの拠点を攻撃するものだ。危険もあればテロリストを害する場面もあるだろう、我が社は致命的な負傷者に二.五万ドル、死者には五万ドルの追加報酬を約束する。それでも命を預けて職に就きたいならばこれにサインして振込み口座に記入を。前金で一万を最初に渡す」


 あまりにも衝撃的な事実を明かされて顔色が変わる、だがアフマトは迷わずに書類を手にしてサインした。

 それにつられる様に三人がサインをする、一人二十歳のサイードだけが書き終わらない。


「どうしたやめるか?」


「いえ行います、ただ自分は銀行口座を持っていなくて」


 島はロマノフスキーと顔を見合わせてそんなこともあるだろうと苦笑した。


「では両親の口座でも構わない。だがこの仕事の話は他言するなよ」


 その場でわからないならば後でも良いと伝えて話を進める。


「集合は七日後空港だ。旅券を忘れるなよ、それまでに身辺整理を終わらせて帰国時には報酬で会社を興すもよし、遊ぶもよしだ」


 七日後カイロ空港に五人の男が揃っていた、どれだけの旅になるかわからないが荷物はそれほど多くはない。


 ロマノフスキーが航空チケットをそれぞれに手渡す、バラバラで乗り込めとだけ言ってその場を立ち去った。


 心配しながらもそれぞれが機内へと足を進める、時間帯も二度に分けての出発としていた。


 スーダンのハルツーム空港に到着するとツアーガイドのハッサンが目ざとく島を見つけて誘導する、目で合図して兵らをついてこさせるとヴァンへと乗り込ませた。


「ホテル・ハルツームに向かってくれ、そこでチェックインさせる」


 部屋を人数分取り島のところだけスイートルームにしておく、すべての話はここで行うつもりだった。


 兵を部屋から出ないようにと待機させて置いて空港へと後続を迎えに行く。


「ハッサン、これが成功したらどこかへ移住するって話だが、どこの国へ?」


 上機嫌で運転するハッサンが楽しい未来の話に乗ってくる。


「ガーナあたりにでもと思っているんですよ、イギリス連邦の加盟国で言葉も通じるしムスリムも少ないでしょう」


 気を使ってくれたのだろうことがわかった。


「近くのコートジボワールもいい所だよ、スーダンほど広くないから一足でいけるくらいさ」


 空港で待機していたロマノフスキーらをピックアップしてまたホテルへと向かう。

 中尉の顔をみてハッサンがあれ? っといった表情を見せた。島がそれに気づいて笑うとハッサンも笑って流した。


 それぞれにチェックインをバラバラに行わせて自らもフランス証明書でサインを行う。


 時間をあけて一人ずつスイートルームへと集合する、このスイートとは続き部屋を意味する単語であり、主寝室のほかにもう一部屋広間が用意されているものである。


 ハッサンのみロビーで待たせて初めて全員を集めての顔合わせとなった。


「よく集まってくれた色々と思うところもあるだろうがこれから暫くはそれを胸にしまって任務の成功だけに邁進してもらいたい」


 共通語であるアラビア語を使って島が紹介を始める、英語も半数なら通じるので部隊を割るときには注意が必要になる。


「今回の任務の主任で俺が島大尉だ、こっちがロマノフスキー中尉、そこに居るのはハマダ少尉だ」


 それぞれが呼ばれると大尉に敬礼する。


「アフマト、君には下士官を任せる」


 全員を見て年長が自分だと認識して落ち着いて了承する。次いで兵士を並んでいる順番にムハンマド、イスマイル、オマール、サイードと紹介していった。


 紹介が終わると中尉が概要を説明するために前に出る。


「最終目標はアル=ファシエルにあるテロリストの工場を破壊することだ。目的地まではヴァンを利用し移動する、少尉を先頭にして三台で向かうことになる。装備一式は支給する、移動中に使い方はしっかりと覚えるようにするんだ、難しいものは持っていかないのですぐにわかるだろう」


 それぞれが真剣に話を聞いているのに満足して進める。


「全員スーダン軍の軍服を着用し軍の輸送だと偽装する、同軍の現役少尉が同行するので疑われることはまず無い。その際に俺と大尉殿は二等兵の軍服を着用する、不審な態度をとらないように要注意だ。どこで誰にあっても基本は少尉が対応を行うので無言で居るように、移動中のヴァンの中なら話していても構わんがね」


 概ねやることが説明されてみなが理解を示す、目的地まで明かす必要も無いとも思ったが今ここで指摘すべきことではないと島は黙って見ていた。

 

「滞在中館内をうろつくのを禁止する、食事はルームサーヴィスを使うんだ。それも首都を離れたら出来なくなるようだが今日はそうするんだ、以上」


 中尉が説明を終えると島へと主導権を戻す。


「近日中に移動を開始する、それが明日か明後日かは関係なくいつでも出発できるように準備を整えて置くように、解散」


 きたときと同じように一人ずつ出て行く、中尉をホテルに残してハマダと共にロビーへと向かった。


「ハッサン、車を出してくれないだろうか、ハマダも一台運転してついてくるんだ」


 ハマダは部下なので命令をするがハッサンは協力者なので丁寧に扱った。

 甥っ子がしっかりと働いているのをみて満足すると駐車場へと向かう。


「どこへ行きましょう?」


「まずは中央アフリカ大使館まで行ってもらおうか」


 一度も行った事は無いが大使館があれこれと並んでいる地区は知っていたのでそのあたりを目指してみた、するとすぐに国旗を掲揚している建物が見つかったので車を寄せる。


 少し待っていてくれと一人下車して中へと入ってゆく。客は誰一人として居らず事務員が暇そうに座っていた。


「査証を発行してもらいたいんですが」


 そう言うと顔を輝かせて書類を猛スピードで作成しはじめた。日本旅券を差し出すと喜びが増して出来上がるまでコーヒーでもどうぞとまで言われてしまった。

 普段暇なのだろう誰がやってきたのかと見物にくる職員まで居た。


 そのうちスーツをきた年配の男が二階から降りてきた、にこやかに英語で話しかけてくる。


「ミスター島、わが国への渡航を予定しているとかで。中央アフリカはあなたの入国をいつでもお待ちしております」


 後ろで「閣下」と声がしたのでこの人物が大使なのだとわかった。


「モン・アンバサダ、お会いできて光栄です」


 中央アフリカの公用語であるフランス語で返答し握手を求める。


「なんと嬉しいことでしょう、今日は素晴しい日です」


「閣下、出来れば出会った記念に査証に添付するサインを戴けませんか? これから駐中央アフリカのVIP警備会社の設置踏査に向かうところでして。閣下との面識があるとわかればかの地での要人と交渉もしやすくなると言うものです」


 内心は左遷人事にうんざりしていた大使が本国の要人と会う予定があると言う日本人の言葉に興味をそそられた。

 ルクレールとサインをして査証が観光のところを特記して外交の一端であると加えてくれた。


 思いがけないおまけがついたので何とか報いてあげたいと頭を巡らせた。


「ありがとうございます。閣下、次に会うときにはスーダン以外でと期待しています」


 意味ありげな言葉を残して大使館を後にした。ヨーロッパやその他の先進国ではありえないようなことがアフリカでは日常のように起こる。

 戻ってきた島を見て表情が穏やかなのでうまく行ったのだなと悟り次の目的地を問う。


「次はフランス大使館に行ってもらおうか」


 それならさっき通り過ぎたとUターンしてすぐに到着する。ここでは赴任したばかりの一等書記官に面会を求める、すると飛ぶように走ってきて島に荷物の引渡しを求めた。


 その書記官を伴ってヴァンで大使館の裏手にある倉庫へと向かった。


「こちらです。中身は存知あげませんが全てあなたの荷物です」


 そう説明してコンテナ丸ごと一つを指差す。完全に遮蔽された倉庫内なので作業しても誰にとがめられることも無いと言い残して外へ出て行った。


 三人で箱ごと全てをヴァンに積み込んでから毛布をかぶせる、重量物を積み込んだためにタイヤが沈むのがわかった。


 何食わぬ顔で大使館を出るとホテルへと戻らずに梱包を解くために郊外にある農場の倉庫へと向かった、ここも四方が囲われており気兼ねなく作業が出来るとハッサンが用意してくれた場所である、親類の持ち物で今は出かけているので誰も居ないそうだ。


 一つずつ箱を下ろして梱包を解く。中には要求した装備が綺麗に並べてそれぞれがまた布に包まれていた。

 その中から軍服などの個人装備を抜き出して袋に詰める。銃器や爆薬の類はまたそっと梱包に戻して何が入っているか平仮名で記す、これなら誰が見ても意味がわからない。


 弾薬の抽出を行い火薬が適切な数量入っているかを調べるがきっちり規定どおりだった。手榴弾のフューズも四秒で統一されている。


「結構だ全て揃っている」


 もう一台残されてきたヴァンにポリタンクや食料などがつまれているので明日には行動を開始できると判断する。


「後は盗難にあわないように一夜を過ごすだけか」


「ここまできて盗みにあったらかないませんね。一晩だけでいいなら私が車の中で見張っていますよ」


 ハッサンが志願してくれた、誰かがいる車を盗みの対象にはしないだろう。他のメンバーでは適切な対応をとるのも難しいだろう。


「それは助かる他の誰にも頼めないからな!」


 サイフから百ドルを抜き出すとハッサンのポケットにと入れてやる。


「誰かに誰何されたら女房と喧嘩して一晩車だよとでも答えておきますよ」


 そう笑って食べ物だけでも今買ってくるので待っていて下さいと消えていった。


 ハマダに個人装備を持たせて中尉の所へと運ぶようにと命令する、そこでどれが誰のものかを整理して島から支給するつもりだ。


 宿代をそれぞれに渡していないのに気づいて現地紙幣を多めに用意しておかねばと気づく、盗難についてはこの先も起こりうる話だけにどうするかを今のうちに決めておく必要があった。

 ――誰か車中泊をさせなきゃいかんか。


 何事もなく朝になりハルツームを出発した一行は南の郊外に出たすぐのところで脇道に逸れる。

 そこで軍服にと素早く着替えると元の道へと戻った。


 初日は陽があるうちに大きめの廃屋を見つけたために移動を中断する。

 中へ車を止めて荷物の梱包を解いて武器の取り扱いを丹念に説明する。


 島がそうしている間にロマノフスキーとハマダは用意して置いた鉄板をヴァンの後方と側面の内側に貼り付ける。

 気休め程度ではあるが二百メートル離れていたら七、六二㎜までならストップしてくれるはずだ。


 もう少し移動して人が住まない地域に入ったら武器を実際に使わせるためその場では説明するに留める。

 もっとも訓練を受けてきた経験があるようで復習の感覚で扱いを確認していたにすぎない。


 ――四秒ヒューズもこの暑さなら三秒半で起爆するな!


 過去の経験から兵にそれを注意して休息を行う。


 八人居るため二人組を四つ作り順番で不寝番を行う、最後の朝番が食事の支度を担当し運転手から外れるようにする。


 日が昇るとすぐにヴァンを走らせる、この日はどこにも寄らずにひたすら南下して距離を稼いだ。

 暗くなると道から外れて野営を行う、辺りに一切の人気がないために不気味な静けさではあったがそれが安全に変わるならば悪い気はしなかった。


 明るくなってから周囲に人が居ないのを確認して武器を使わせてみる、サイートだけが多少もたついたがすんなりと使い方を把握出来たようだ。

 進路を西へと切り替えて走る、途中の村で水と食料品にガソリンを補充する。

 そこで気になるニュースを耳にした、南スーダンで活動している南スーダン解放戦線が政府に独立を要求して蜂起したというのだ。


 ――このあたりは奴らの勢力圏内だぞ!


 すぐにどうこうするわけではないが厭な予感が襲ってくる、あと一週間先に蜂起してくれたら問題なかったのにと詮無いことが過ぎる。


 一旦体から疲れを抜くために街に入るとホテルを利用することにする。

 支配人に金を握らせて駐車場のすぐ傍の部屋を手配させて窓を開け放つ。

 これならば何かあればすぐに気付ける上に車中泊の必要がなくなる。


 ロマノフスキーと相部屋に配され先ほどの独立運動について相談する。


「南スーダンの関連勢力と鉢合わせになったらどうすべきだろう」


「強い調子で退去を勧告されない限りは関わらないように避けては?」


 互いに無関心で済めばそれにこしたことはない。


「基本的にはそうするとして、中には突っかかるやつもいるだろう」


「黙って従うふりをして離れるぐらいしか」


 争わないのが軸であるのは賛成だった、だが最悪の事態を想定して対応を検討しておくのが指揮官の務めである。


「もしもだ争いが回避出来ずに危険が迫ったら迷わずに壊滅させよう」


「ですが迷ったらどうしましょう?」


 最高責任者以外が決断を下すのは難しい場面が多々あるために尋ねる。


「その時はド=ゴールと問いかけるんだ。我慢なら不在だ、と答える」


「襲撃ならシャイセマンですね」


 笑いながらそう先を読んだ。これならば聞かれても意味は通じないし誰かの名前を呼んだように勘違いすることもあるだろう。


「そうだ、この符丁を兵にも伝えておくんだ」


 判断を間違えるわけにはいかない、自身に責任が集中するが他人任せにするよりマシだろうと納得する。


 ――南スーダンとターリバーンの関係はどうなるんだろうか?


 スーダンはターリバーンを支援しているが、スーダンと対立する南スーダンはウガンダや中央アフリカあたりの支援を受けるだろう。

 敵の敵は味方だとするならば南スーダンはターリバーンと敵対するはずだ、そうしなければ近隣国に味方を作れなくなるから。

 だが既存の人間関係までが否定されるわけではない、組織としての態度に限定されるにすぎない。


 少しでも情報をと思いテレビをつけてはいるが南スーダンについては一切報道されない、きっと報道管制をかけられているのだろう。

 では先ほどの者はどうやって情報を耳にしたんだろうかと考えが及ぶ。


 ――地方では未だにラジオが主力なのでは?


 テレビのボリュームを少し下げて小型の携帯ラジオをつけてみる。

 あちこち周波数をあわせていくうちにそれらしい放送が受信出来た。


 放送ではスーダン政府の度重なる政治的失敗を批判して、新しく南部地域だけで再出発すると宣言していた。

 中国やロシアの援助を受けるのを止めてヨーロッパやアメリカからの援助を求めるとしていた。


「どうやら南スーダンはターリバーンと決別の道を行くらしいな」


「そのようですね、もし高級将校が相手ならば説明することにより説得が可能かも知れません」


 下級将校や下士官あたりはダメでしょうと限定して状況を整理する。

 スーダン側はどのような態度をとるか想像してみる。


 独立を承認せずに鎮圧に向かうのはまず当然だ。

 国内統制を行えなかったと大統領や内閣に批判が向けられてしまうからである。


 諸外国にも支援をしないように内戦扱いにして訴えかけるかも知れない。

 そして南スーダン解放戦線の指導者を殺害してしまえば有耶無耶に出来る。


 指導者がどこにいるかは知らないが国外に居て遠くから運動を指示するようでは成功も覚束無い。

 きっと南部地域の都市に滞在して指揮をしているはずである。

 そしてその都市の候補は二つしかしかないニヤダとエル=ファシエルだ。


 スーダン軍がまず矛先を向けるのがそれならば、島らにとって最悪の状況になってくる。

 南スーダンの警戒が強い地域に足を踏み入れることになるからだ。


 偵察部隊と見なされてしまう可能性すら出てきてしまう。


「これは参ったな軍服を脱いだ方が目があるか……」


 どちらとも言えないとロマノフスキーが答えに躊躇する。


 ――西側の傭兵なのだから南スーダン軍に対して協調する態度でもとるか!


 一定の回答を頭に置いて話を終えることにした。


 翌朝はいつも通り六時に起床して八時には出発済みとなった。

 今日中にニヤダ入りを果たすのを目標にステップの草原をヴァンで走破する。


 少し走ると正面から軍用ジープが近付いてきて停車した。

 緊張しながら下車しハマダ少尉が代表すると相手はスーダン軍の軍曹であった。

 なるべく東部の街に移動するよう命令が出されたらしくそれを伝えてくる。


「ご苦労だ、我らは任務があるので失礼するよ」


 忠告をあっさりと無視して車を再出発させる。


 ニヤダからエル=ファシエルまでは三時間かからずにたどり着ける。

 目的地の傍で朝を迎えるべきかどうか迷う、ニヤダで宿泊をしないほうが安全なような気がしてきたが野営は別の危険を招くこともある。


 ――南スーダン軍の注意を引く可能性をとるか周辺住民に目撃される可能性をとるかだな。


 ニヤダが近付いてきて判断の時を迫られる、都市まであと十キロあたりで島が先頭を走るハマダ少尉に右手に進路をとるよう命じた。

 そのまま暫く走ると全く人気がない砂漠のような荒れ地に出た、大きな岩石が多数転がる場所に車を止めて一夜を明かすことにする。


 GPS通信(位置確認システム)で現在地を地図上に示すとエル=ファシエルのほぼ東にいるのがわかる。


 問題の工場は都市部から東に位置しているため都合がよい。


 一旦衛星電話で大佐に連絡を入れておく、短く二回キャトルキャトルと伝えると一度クァトロと返答がきて通信を終えた。

 早朝に攻撃を仕掛けるとの合図であり大佐からは了解を意味するクァトロ一回の返事、キャトルはフランス語で四、クァトロはスペイン語で四、つまりは朝四時に攻撃との符丁である。


 早めに睡眠をとるようシフトを組み午前二時には出発の運びとなる。

 払暁は人間の注意力が一番低下する時間帯であるとともに睡眠している可能性が一番高い時間帯でもあった。

 これに雨でも降れば最高であるがアフリカで降水を望むのは困難な頼みだとわかっているので満足することにした。


 出撃時に頭をすっきりした状態にさせておきたかったので島は最初に睡眠し最後の不寝番を担当する。

 襲撃後にいつ食事が出来るかわからないためしっかりと朝食をとり移動を開始する。


 荒れ地を西へ進みややしばらく走る、太陽が登り地上に光がさしてくると目標の工場が見えてきた。


 ヴァンを停車させて各自が装備を整える。

 中国製の81式自動小銃を手にしてRPG7ロケットを四人で一基運ぶ。

 今回は短銃は選択しなかった、近接戦闘は見込まれないために。


 工場の近く一キロ程まで近寄ると偵察を一組派遣する、ハマダ少尉と黒人のオマールだ。

 接近し歩哨が居ないことを確認するとそれを知らせる、後続もその場に駆け寄り出入り口を探す。


 正面のシャッターは簡単には開かないだろうから通用口を探す。

 建物の横に駐車場があり扉が見える、駐車場には車が一台止まっているので注意が必要だ。


 少尉が扉から中を窺うと廊下がありその先にまたいくつか扉があった、外の扉にセンサーでもあれば困るため捜索するが無く、鍵をハサミを大きくした工具で切断して扉を開く。


 入り口からすぐ左手にある部屋の扉にアラビア語で守衛室と書かれていた、ドアノブを回してみると鍵はかかっておらずゆっくりと開ける。

 そこには椅子に座り古めかしいラジカセで何かをヘッドホンで聴いている男がいた。

 そっと忍び寄り口を手で抑えナイフで首を掻ききる。

 男は振り向き意味がわからないとの視線を残して命を失った。


 ガクッと首を落とした反動でヘッドホンの線が抜けてラジカセから音が流れる、それは何となく聞いたことがあるコーランであった。


 二人を入り口に残して守衛室を捜してみると見取り図に鍵束、それと名簿らしきものが置かれていて、左に書かれた名前が右にも同じ様に書かれていた。

 それを信じるならば右に名前が無いのがまだ二十人は残っていることになる。


 作業場と通路を隔てて休憩所がある当たりを重要視して移動する。

 休憩所は暗く人の気配がした、中には数人が寝ており二人を見張りに残し四人でナイフを抜いて口の中に突き立てる。

 二回ずつ繰り返し合計八人が永遠の眠りについた。


 作業場へ行く通路を進むとその先は電気がつけられていて体育館のような場所の中心に牛乳缶に似た何かがたくさん並んでいた。

 あれを破壊して良いのかどうかを大佐に確認するために衛星電話を使用する。


「叔父さん私だよ、炉のような何かの周りに牛乳缶みたいのがあるけどどうする?」


 まるで日常会話と間違えそうな言葉を選び判断を仰ぐ。

 隣にいるであろう専門家がそれは精製前核燃料の類だと大佐に説明する。

 直接物理的な衝撃や火災にあってどうなるかを確認し、極めて危険との答えが返り少し悩むと答える。


「お前か、炉も牛乳もそのままでよいから電気は絶対に全て消してくるんだ」


 通信を終えて素早く配電や制御装置の破壊を行うために位置を確認させる。

 制御室が一階の角にあると分かった時に声がした。


「お前ら何者だ!」


 便所から帰ってきたのだろうか通路を歩いてきた男が不審者に気づいた。

 走って逃げようとしたためにムハンマドが射撃するとその場に倒れた。


「中尉、一人つれて制御室を破壊してこい!」

「了解、イスマイル付いて来い」


 二人が走っていく背を一瞥して作業場が慌ただしく動き出したのを確認する。


 ――作業場で戦うわけにはいかんな!


 ロマノフスキーらが戻るまで通路は確保しておかなければならなかった。

 他に通路が繋がっている可能性があるため、先ほどの男が行こうとした方向の角にも兵を配する。


 知ってか知らずか作業場に居た連中が銃を手にしてやってくる、先頭を走る男が何の警戒も無く扉を開けた所で頭を撃ち抜かれた。

 次に現れた男もわけがわからないうちに命を落とす。


 作業場の出入り口で暫し銃撃戦が続く、小さな振動と爆発音が伝わったと同時に廊下の電気が消えた。

 非常灯のみで薄暗くなり混乱のためか作業場で声があがっている。

 跳弾だろうか耳元でヒューンと音がクリアに聞こえた、見えないだけに一瞬ドキッとする。


 ――中尉が破壊に成功したな。


 任務完了を判断し手榴弾にワイヤーをつけてブービートラップを仕掛けるよう命じる、これに引っかかれば追撃も一瞬ひるむだろう。


 ロマノフスキーの声で俺だ、と一言掛けてから戻ってくる。


「完了です。復旧させるには総入替の必要があるでしょう」


 そう報告しデジタルカメラを親指で指す。


「ご苦労。全員撤収するぞ!」


 作業場出入り口に向かい一つ手榴弾を放り合図で撤収を始める。

 守衛室のところで見張りと合流し任務完了を伝えると工場を離れる。


「車を破壊しておくんだ!」


 四百メートル程離れたところで一台だけある車両にロケットを叩き込み使用不能にしておく。

 今さっき出てきた場所で爆発が起きた、ブービートラップが起動したようだ。


「一発出入り口にもお見舞いしてやれ!」


 とにかく追撃されづらいようにとロケットを放つ、一秒後には爆発炎上してその通路が使えなくなった。そのシーンを数カット撮影する。

 そのまま駆け足でヴァンにまで行くと側面と後方のガラスを割ってしまう。

 分乗して南へ進路を取り一目散に逃げ出す。


 工場の方角を双眼鏡で確認するとジープが三台こちらへ向かって加速してきていた。

 運転手以外を後方に配置するように命令を出す、ジープに据え付けられている機銃が七、六二㎜で助かった。もしあれが大口径の物だったら一方的に攻撃されるところだった。


 六百メートル近くになったところで後尾の中尉が発砲する、ジープが左右に展開するように広がり少し速度が落ちる。

 向こうからも反撃してくるが車体に貼り付けた鉄板に当たり弾き返してしまう。


 ジープの方が速度が高いのか間が詰まってきた。

 時速にしたら六十キロ程度で距離が四百メートル、進行方向前後でなければ中々射撃が命中しない。


 双方撃ち合っているとたまたまジープの乗員に当たったようで射撃手が転落した。

 それに構わずに追撃戦は継続される。


 RPG7に弾頭をセットする、電子制御のために十数秒が準備にかかった。

 進路を重ねるように運転手に命じ急停車させると横のドアから飛び出て二秒で後方のジープに目標を取り射撃トリガーを引く。

 直後に進路を変えようとしたようだが間に合わずに爆発炎上した。


 すぐに乗り込み急発進させるが左右からジープが迫る。

 タイヤが地面を削りながら加速を始める、先頭を走るハマダ少尉の車が反転して戻ってくる。

 ロマノフスキー中尉の車も減速し追撃者に激しい銃撃を行った。


 偶然タイヤに命中した時に小さな岩があり片方の車輪が勢い良く宙に浮いて横転する。

 そこへロケットが撃ち込まれとどめを刺す。


 残った一台に射撃が集中して動きが止まる、エンジンから出火するが誰も逃げだそうとはしなかった。もはや息がなかったからだ。


「皆大丈夫か!?」


 各自が被害を確認するいつの間にか被弾していることがあるからだ。

 どうだと島が声を掛けようと隣を見ると頭の無いオマールの死体が転がっていた。


 据え付け機銃の一撃が命中して頭部が破損したのだろう、運が無かったとしか言いようがない。

 ヴァンが集まり車体を見るとあちこち穴があいて酷いが運転に支障は無さそうだ。


 この先遺体を積んで走っても入国で問題が起きるために仕方なく目印がある場所にまで移動して穴を掘りシートにくるんで埋めておく。

 GPS確認をして座標を記録する。


 西へと走るうちに一台が突然止まってしまった、どこかわからないが致命的な故障をしたらしい。


「どうします大尉、修理しますか?」


 人数は七人であと丸々一日や二日は移動しなければならなかった。

 もし今後車がまた故障したら最後定員オーバーは間違いない。


「積んであるガソリンを生きてる車に補充して荷物を移せ一台棄てていく。こんな時のために余計に一台用意したんだ、保険が効いたと思って処分する」


 追跡してくる敵がいたら被害が出るようにまたブービートラップを仕掛けておく、一般人が荒野射撃で穴だらけの不審な車に近付くことはないだろう。


 ――このまま脱出出来れば楽な仕事なんだが、世の中そう上手くはいかないだろう。


 大分進んで日が陰ってきたので灌木地帯にストップする。

 イスマイルの傷が悪化してかたので六人が三交代で不寝番を務める、ハマダとロマノフスキーそして島が責任者で兵を一人つける形だ。


 またロマノフスキーが夜番でハマダが中番になり島が朝番を受け持つ。

 目が疲れて仕方ないがナイトヴィジョンを装着して周囲を警戒する。


 島の番になり一時間ほど経過したところで何か動くものが視界に入った気がした。

 じっと注意を向けるとこちらを伺う人間がちらちらと岩場から姿を見せていた。


「誰か近くでこちらを見てる、ムハンマドの方には見えないか」


 振り向かずに尋ねる視線を外すようなことはしない。


「こちらには居ません」


 ――単独か? いやどこかにもう一人いるのはずだ。


 最低単位が二人一組なのは世界中の軍隊で基本とされている。

 それを実行しないのか出来ないのかはわからないが居て然るべきと考える必要がある。


「さり気なく周囲を探すんだ、こちらが気付いてるような素振りを見せるなよ」


 首だけを少しだけ捻り視界を左右にずらして注意を払う、だがムハンマドは発見する事ができなかった。


「見つかりません」


 ――やつは一人かそれとも後方に控えてるのかも知れん。


 ムハンマドにはそのまま警戒範囲を広げさせて島は相手の動きを詳しく観察する。

 どこかと交信してるわけでも仕草で知らせるわけでもない。

 軍服を着ているわけでもないのでもしかしたら地元住民なのかも知れない。


 そう考え黙っていると相手の数が一人増えた、手には小銃を持っている。明らかに何等かの目的を有しているのがわかった。


「ムハンマド皆を起こすんだ危険が迫っている」


 一人ずつ敵が来ると伝えて起床させる。

 小銃を準備させて安全装置を解除する。

 ナイトヴィジョンを着けさせ四方の警戒を最大にする。


「今見えているのは黒人二人だ、うち一人は小銃を装備している。軍服ではないが戦闘訓練を受けた動きだ」


 観察概要を皆にギリギリ聞こえる位の声で説明する。


「どこかにオレンジ色の何かをつけてはいませんか?」


 少尉が確認するようにと促す。


 よくよく見てみると腕のところに何か巻いているのと手首にバンドをつけていた。


「二人ともつけているな、あれはなんだ?」


「ならば神の抵抗軍の連中でしょう、厄介な奴らです」


 あれがそうかと了解してどうするかを考える。


 ――随分と北上してきたものだな。奴らからはこちらがスーダン軍に見えているはずだ、今なら南スーダン軍かと迷っているかも知れない。南スーダン軍だと解れば攻撃してくるだろう何とかしてスーダン軍だと解らせる方法はないものか。


「こんなところまで偵察なんてついてないですね、早くハルツームに帰りたいものです」


 突如大きな声で島が喋り出すエジプトからの兵は意味を理解しなかったがハマダがそれに合わせる。


「全くだな南スーダン独立なんて認められん話しだ、ガランはどこにいるやら」


 ガランとはジョン・ガラン副大統領でスーダンから独立を宣言した張本人であり、南スーダン解放戦線の最高指導者でもある。

 逆といえるかも知れない、南スーダン解放戦線をスーダンに収めるためにガランを副大統領に据えたのだから。


 あからさまな会話を耳にした黒人らはこちらに気付かれまいと黙って離れていった。


「奴らは居なくなったすぐに出発しよう」


 どちらに転んでもこの場に居るのは得策ではない、さっさと車に乗り込むと暗闇を西に向かい走る。


 今日中に国境線を踏めるはずと計算していた。

 車内で携帯食料をかじりながら全員が周囲を警戒する。

 双眼鏡でいち早く何者かの姿を見つけたらそれが即座に自らの安全に直結してくるだけに皆真剣だ。


「十時の方向に砂塵あり!」


 兵が異常を発見し声を張り上げる、何ら判断をする必要はない見つけたら知らせるそれだけが役割なのだから。

 自分達も砂塵を上げながら移動しているので向こうも気付いているだろう、あちらは何台なのかいつ頃近付くのかが気になる。


 少なくとも砂塵は二本あがっている、一列に並んで走っているならば二台だけでは済みそうにない。

 戦いになるかもしれない為に有利な場所が無いかあたりを探し見る、少し先に丘と小さな林があるのでそれを利用しようと思い付く。


 一台を丘に上げてRPG7を二基とも持たせロマノフスキーに指揮を執らせる、重傷を負った兵もこちらに同行させた。

 下にはハマダ少尉と島それに二人をつけて待ちかまえさせる。


 停止してやりすごせたならばそれでも良かったが揉め事は喜んで向こうからやってきた。


 無線の通信をオンにしっぱなしにして備える。

 ジープが三台と武装偵察車が一台が近付いてくる、ご丁寧にこちらに銃口を向けてだ。


 スーダン軍の軍服を着た男がやってくる。


「南スーダン政府南スーダン軍の警邏隊だ貴官らの所属と目的を述べよ」


 スーダン軍南スーダン軍管区ではなく南スーダン軍を名乗り有無を言わさぬ中尉を前にしてハマダ少尉が答える。


「スーダン軍ハルツーム軍管区所属ハマダ少尉、輸送任務中であります」


 小銃を肩に掛けた兵士がこちらを窺っているが同じ軍服を着用しているためか車と違って銃口を向けてはきていない。


「ここは南スーダン政府の管理地域だ、積み荷を没収する」


 返答に困ったハマダ少尉は誰に向けるわけでもなく言葉を口にした。


「ド=ゴール」


「シャイセマン」


 島がシャイセマンと言った瞬間に皆が戦闘へと気持ちを切り替える。


 直後に武装偵察車が爆発炎上し、一秒と隔てずにジープが後を追う。

 驚いてそちらに注意が向いたところで銃撃を開始する、近くに居た南スーダンの中尉は即死し兵等も同じく命を落とす。

 思い出したかのようにジープが後退しながら機銃の制圧射撃を行う、残った兵も目の前にいる四人を倒そうとした。


 そのジープのすぐそばでロケットが爆発し前方に火災を引き起こした。

 乗員は身体に火がついて飛び降りると転げ回り仲間が消化しようと布でバサバサと覆い酸素を無くそうと試みる。


「少尉、援護するから二人で側面に回り込め!」


「了解!」


 島はムハンマドと全自動射撃で数回マガジンを交換しながら威嚇を行う、丘の上からも同時に射撃をして兵らが伏せてやり過ごそうとする。


 反撃でヴァンが穴だらけにされてガソリンに引火して炎上を始めた。


「くそっやりやがった!」


 少尉が敵の側面にと陣取った、これで三方からの効果的な攻撃が行える。

 先ほどとは違い半自動で狙いをつけて一発ずつ発砲する、撃てば一人が倒れるような状態になり相手が怯む。


 丘の上からまたロケットが発射された、それは最後の一台に命中し派手に爆発する。

 それを見た敵は一斉に射撃を行い戦場を離脱しようと試みる。


「一人も逃すな全滅させるんだ!」


 逃げる敵を狙って射撃を行ううちに夢中になったムハンマドを弾丸貫通した。

 喉のあたりを撃ち抜かれて夥しい血を流して仰向けに倒れる。


 慎重に狙って背を向けた兵をまた一人撃ち抜くと残った二人が手を上げて降伏する。

 武器を取り上げて他に敵が居ないかを確認する。


「この二人はどうしましょう?」


 少尉が確認してくる捕虜にして連れて行くわけにはいかないのはわかりきっていた。


「処分するんだ」


「しかし降伏した相手です」


 捕虜は虐待してはならないと国際条約で決められている。


「こいつらは南スーダン政府軍を名乗る反政府武装組織の一員だ。スーダンは南スーダン政府を独立承認してはいないし国際社会も今はまだ承認していない、よってこいつらは現在交戦権を持って居らず捕虜資格を有していない」


 島が感情ではなく理由をきちんと説明する、奴らがスーダン軍を名乗っていたら理由に困っていただろう。


「……ですが」


 捕虜からは何故少尉が二等兵に敬語で判断を仰いでいるか不思議でならない。


「君はここで捕虜を得て任務を終了するか? それとも処分して同行するか?」


 捕虜が生きていたらどうなるかを考えさせて選択させる。

 ハマダ少尉は手にしていた小銃を構えて二発放つ。


「同行します、サー!」


「結構だ」


 ロマノフスキーを丘から下ろしムハンマドを埋葬する、また一人戦死しサイートが重傷を負った。

 皮肉なことにこれでヴァン一台で足りるようになる。


 ――ここらで戦いも限界だな!


 その場を離れて一時間程西へと進む。

 木陰に止まり軍服から私服に着替えて武器の類を全て纏めて埋めてしまう、しっかりとくるんで一年先にでも使えるようにして。


 重傷者も苦労して着替えさせるとヴァンは再び走り出す。

 この先はもう二度と止まらずに逃げるつもりである。


 日が落ちてもヘッドライトを点灯してひたすら移動を続けた。

 だが追いかけるように後ろにチラチラと光が見えていた。


「おいあれはなんだ?」


 目が良いハマダ少尉が後ろを睨んで目を細める。


「武装ジープの類でしょう数は四乃至五徐々に近づいてきます」


 どこの誰かはわからないが追撃をかけてきたらしい、もう武器もなければどうすることも出来ない。


「もっと速度は出せないのか?」


 アフマドに尋ねるが精一杯だと返答される。

 後ろを見詰めたところで追撃の速度が鈍るわけでもないがじっと見てしまう。


「あれはターリバーンの連中でしょう」


 ハマダ少尉がジープに過剰定員で乗り込んでいるからと理由を示した。


 ――畜生逃げきれるか!


「正面に検問らしきものがあります」


 アフマドが左右に揺れる光を確認する。


「検問だって? すると国境線に違いない突っ込め!」


 パッシングしながら猛スピードで検問所にと突っ込め停車する。

 すぐに兵士に囲まれるが島がフランス語で叫ぶ。


「テロリストにターリバーンに追われている!」


 将校が現れて指差す先を見ると数条の光が近付いてくる。


「どうやらそのようだな」


 アフリカ人は視力抜群のようで迎撃を下士官に命じる。

 近付いてくるジープは突如としてサーチライトに照らし出された。


 それに驚きながら無謀にも攻撃を仕掛けてきた。


 二十ミリらしき発砲音がしてジープをなぎ倒す。一台二台と接近前に爆発すると残りがUターンして引き返していった。


「助かりましたもうだめかと思っていたところです」


「それは結構なことですな。では旅券を見せていただこう」


 怪しい奴らはジープだけではなくお前もだと言わんばかりに眉間に皺をよせている。

 島が旅券と査証を提示する。将校がライトに翳してそれを目にすると渋い顔が突然にこやかになる。


「モン島、中央アフリカ共和国は貴方の入国を歓迎致します」


 あの大使のサインが効いたようだった。


「ありがとう大尉、名前を教えて貰えるだろうか是非とも知っておきたい」


 ここぞとばかりに自分が重要人物であると勘違いさせようと上から目線で問う。


「ザグァ大尉であります」


 敬礼して胸を張る。笑いそうになるのをこらえて続ける。


「悪いが病院まで誘導して貰えないか友人が二人重傷だ。それと電話を使わせて欲しい大使館にすぐ連絡を入れねば」


 大尉は部下に命令して軍用車に先導させて街まで連れて行くように手配した。

 電話を手渡され島はコロー大佐へと繋ぐ。


「大佐殿、中央アフリカ共和国に只今入国致しました。危ないところでしたが警備隊のザグァ大尉の協力で無事に辿り着けました」


 隣で自分の名前が出たために大尉がにやりとする。

 電話を返して握手を求める。


「大尉の協力傷み入る軍事相にも報告しておく」


 有無を言わさずに敬礼して先を急がせてその場を立ち去る。

 やはりアフリカとは後進国なのだと改めて経験し救急病院へと向かう。


 二人を入院させる手続きをとるとその足で大佐のところへと出掛ける。

 フラットの一室のようなところで大佐が迎えてくれた。


「やあ島大尉無事に入国おめでとう」


 なんだかよそよそしさを感じながら一応ありがとうと答える。


「早速だが成果を報告してもらおう」


 島はデジカメを取り出して制御室と出入り口爆発瞬間の数カットを提示する。

 制御装置の爆破の後、一切の光が工場から出ていない為に電力がストップしているのがわかる。


「制御室を完全破壊し工場本体も若干ですが破壊しました」


「なるほど確かに君達はよくやったようだ。だが任務は失敗だよ」


「説明いただけますか大佐殿」


 何を以てそう断言するかを尋ねる。


「制御室を完全破壊したのは認める、だが予備があったようで現在稼働を再開していると現地の協力者から報告が上がっている」


「予備ですって!?」


 確かにそこまでは確認していなかったがメインの部分から目標を切り替えたのは大佐の指示である。


「我々は主要施設の破壊を要求されていたのを制御室破壊に変更されました。破壊の事実を認めるならば失敗とはいえないのでは?」


「しかし稼働の事実がある。こうは考えられないだろうか、君達が破壊したのが予備でその衝撃により一時的な停電が起きていたと」


 ――どちらが予備かなんて今更わからんぞ!


「再稼働しているかどうかの証拠の提示を」


 そう食い下がるしかなかった。


「二日後に衛星写真が到着するのでそれで判断しよう。攻撃直後の状況のがだよ」


 そう言われては仕方なく写真が来るのを待つことにした。


 目の前に衛星写真が並べられた。


「畜生!」


 島が悪態をついた。破壊直後の炎の揺らめきの次に置かれたカットには消火されて明るく光を発している工場がはっきりと映し出されていた。

 車から照らされたものではなく工場からの光なのが島にも理解出来た。


「納得してくれたかな大尉」


「……はい」


「もしこれからまた破壊しに行くならば任務継続を認めるがどうする?」


 再度のチャンスを与えてはくれたが実行はどう考えても無理だった。


「失敗を……失敗を認めて諦めます」


「そうか私としても優秀な人材を死地に追いやりたくはない。この衛星写真の費用は私が持とう、それとここでのホテル代も」


 また次があるさと大佐は再会を期待すると残して部屋を去っていった。


 終始黙っていたロマノフスキーが助言してくる。


「成否はともかく報酬を振り込まなければなりません」


「そうだな彼らは申し分ない働きをしてくれた、失敗は自分の責任だ」


 指定の口座に振り込まれるように手配を始める。

 ムハンマドとオマールは死亡による追加、イスマイルとサイードには重傷による追加を計算する。


 帰りの航空券等も計算し使った経費を合計してみると四十四万だった。

 余った半分をロマノフスキーにと渡す。


「生きているだけでも良しとしましょう大尉」


「死に目にあって三万じゃ割に合わないがそう思っておくか」


 やれやれと空港に向かいフランス行きの航空機に乗り込む。


「ところで君は何故俺なんかと一緒に働いてくれるんだい?」


 前々から聞いてみようと思っていたことを口にしてみる。


「自分のことを認めてくれた人物の役に立ちたいと考えてるからです。ウズベク人は義理堅いんですよ」


 そう笑いながら答える。


 フランスに戻り数日後、難色を示していたスーダンがついに南スーダン独立を承認したと報道された。

 元々その方向で話は進んでいたが様々利権が絡む為に渋っていたのだが軍事蜂起を機に認めたのだという。


 ――まずい時期に当たっちまったもんだな!


 更に翌日、イスマイルが重態に陥り死亡したと聞かされた、死亡補償金を追加で振り込みため息をつく。

 夏の思い出に苦い経験が一つ加わるのであった。


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