第百三十章 アレッポ攻包戦
◇
紙の報告書を手にして島がYPGの苦戦を確認する。機先を制された戦い、司令官を狙い撃ちにした妨害、補給の滞留、軍事情報が洩れているのがありありとわかる戦況報告が続々と届いた。
――大きな図体の上に、民兵団だ、綻びはいくらでもある。何より一枚岩ではないからな。
コロラド先任上級曹長の暗躍、某アメリカ軍からの機密、情勢からの想定、ミスリード、いくらでも曖昧な情報などと言うのはでっちあげられる。
必死になって当てる必要もない、多くの外れのうちたまたま的中したのが噂として広まるからだ。
「閣下、準備が整いました」
執務室に来ると待っていた一言を口にする。何をどうしたかは聞こうとせずに「解った」短く返事をした。
徐に椅子から立ち上がると、掛けてある上着を手にして自室へと戻る。
クローゼットに置かれている服の品定め、正装の軍服や勲章の類が整列させられている。私服らしい私服は殆ど入っていない。
「クァトロ戦闘服ってわけにはいかんな。アウェーはいつものことだが、砂漠迷彩は久しぶりだ」
今まで戦場でやたらと目立つ、黒い軍服を着ている物好きを相手にしたことが無かった。イスラム国は黒い装束で統一しているので、誤認でお互い大変な思いをするよりはというわけだ。
少人数で最新装備があったから、ハウプトマン大佐の特殊部隊は同士討ちをせずにすんでいた。
戦闘服、これを着ると心が引き締まるが、体の方は運動が不足してか大分たるんできている。イタリアの件で懲りていたはずが、島も人の子だったというところ。
「またレティアに叱られるな、暫くは減量するか」
最前線勤務、自分の不足で皆に迷惑をかけるわけにはいかない。せめて自分の面倒は自分で見る、これが最低限現役である者のルール。
やると決めたらやる。ずっと島が墨守してきた精神は今だって健在だ。心を新たにして部屋を出る。
――早着替えはお手の物か。
エーン大佐もサルミエ少佐も揃いの砂漠迷彩戦闘服に衣替えして、扉のすぐ前で待っていた。
「スケジュールを」
廊下を歩きながら副官に確認する。方針は定めても詳細実務まではあまり口を出さない。
「ヘリでアイン=アル=アラブまで飛びます。対空射撃を避ける意味で夜間飛行になりますのでご承知を」
ヘリでの夜間飛行、飛ぶことだけでも難しいが、離着陸の照明が重要になって来る。地域柄雨雲に突入してしまうことは無いにしても、やはり操縦士の経験と装備がものを言うのは変わらない。
「その後、夜明けを待って車で集落へ向かいます。オスマン氏との会談ですが、サルカでとの手筈です」
アイン=アル=アラブとは、アレッポとラッカの丁度等距離にあるトルコとシリア国境の街だ。アレッポとの間にはマンピジュがある。
集落があるのは、自由シリア軍、シリア政府軍、トルコ軍、ロシア軍、イスラム国がひしめき合うど真ん中。一方サルカはラッカの北側にある中程度の町。
「よくオスマン司令官が面会を承諾したな。何を言ったんだ」
――どこの馬の骨とも知らん輩に割く時間はなかろうに。
本人がどうあれ、そういう手合いは側近が寄せ付けようとしない。エーン大佐だって、サルミエ少佐だって数えきれない程拒否を返答している。
「ユーフラテス同盟のスポンサーだと」
「……なるほど」
――軍事力ではなく財力や政治力の提供をちらつかせたわけか。投げられたボールはちゃんと受け止めてこその上司だな。
既にアメリカというスポンサーがついているので、金も物もそこそこ充足している。だが口出しを同時にしてくるのが悩みの種というところだろうか。
金だけ出して口を出さない、そんな国は世界を探しても日本くらいしかない。
「エーン、集落の状況はどうだ」
「頻繁に攻撃を受けていますが、全て撃退。現地では沈黙の守護者と囁かれております」
「そうか」
――流石だな。今まで守ってきたものをあっさりと放棄することを良しとするかどうか、そこは注意しておかねばならんな。
陽が暮れるとファルージャから第四司令部の前の平地にヘリがやって来る。誘導灯を目印に、まるで昼間と変わらない慣れた動きで簡単に着陸した。
ローターがゆっくりと減速し、爆風が収まると操縦席から黒の戦闘服を着た中年の男達が降りて出迎えてくれる。
「ニ十四時間三百六十五日、いつでもどこへでもお連れ致します」
にこやかに敬礼する。空中タクシーでも対地戦闘でもお任せ、歴戦の操縦士は余裕に満ち溢れていた。
「モネ大尉、トリスタン大尉、ちゃんと経理から深夜割増の給与を受け取っておいてくれよ」
――まったく頼りになるやつらだよ。
もれなく補給物資を積んできているのでそれを下し、給油させると直ぐに離陸準備を行う。
飛行経路にシリア空軍やトルコ空軍、ロシア空軍の動き、対空陣地に地上部隊の対空ミサイル装備など、全て頭に入れて飛び立つ。
正味の飛行時間だけで言えば一時間も掛かっていない、だがこの飛行を行う為に費やされた労力は莫大なものだった。
着陸した場所は郊外のスーパーマーケット駐車場、特設ヘリポートとして照明を設置してあり、警備に就いている人影が見えた。
「閣下、お待ちしておりました」
「オルダ大尉か、夜中に済まんね」
エーン大佐の親衛隊、その中でもプレトリアス族で固められているオルダ大尉の精鋭。捕虜になり拷問に掛けられても、何一つ漏らすことも無いだろう最高の駒達。
だからこそ普段は任務を与えず、彼等でなければ無理なこと以外は頼らず、ただ傍にあるだけ。それでも甘えることなく、他の兵士らよりも日々厳しい訓練を積んでいる。
天蓋がついていない車に乗ると、一行は近くのビル地下へと入る。上にのばせば安く建築出来る、このあたりでは珍しい造りだ。
「視察に際して防弾ベストを装着下さい」
何度も言われたが、今日は特に手にして着けるように迫られている。エーン大佐も既に装着済、チラッとサルミエ少佐を見てもしっかりと着込んでいた。
「ああ」
勧めに従い重いベストを装備する。一年もしたら防弾能力が落ちて、正規の性能を発揮しなくなるもので、高価だが万一の際には命を救ってくれることもある。
少なくともシャツ一枚、戦闘服一枚で被弾するのとは雲泥の差だ。動きづらくなるのは戦闘をする者にとってマイナスだが、司令官はそのようなことを求められない。
兵士らを見ると結構な装備で統一されていた。制限を掛けていたのに、そこそこレベルの高いものでだ。
――あれはエーンの私兵だからな、文句を言う筋合いじゃない。
必要だからそうさせている、やめろと言えば即座に従うだろうが、島は見て見ないふりをして通そうとした。
「あちらの準備は既に整っております」
夜明け前だがそんなことは関係ない、着いたと報せたらそこから数分で完了との連絡が折り返されてきた。にこりともせずにエーン大佐は頷くと、逐一情報を挿し込んで来る。
判断をするのは島だ。腕時計を見て短く答えを導き出す。
「襲撃しに来たわけじゃないからな、三時間後に出るまでは待機をかけておけ」
――朝食前に電撃訪問では落ち着かんだろう。
ビルの一室が用意され、時間までそこでくつろぐことにする。親衛隊は二交代で朝食と休憩をとることになるが、警戒は解かれなかった。
車列を連ねての移動はあまりにも注意をひく、なので二台ずつ二組で目的地へと向かう。
島の車は三台目、今度はヴァンタイプのもので、各種の荷物が積載されている。
公道712号に乗り東へ行くが、左手の景色が急に変わった。道の北側がトルコとの国境線で、畑や住宅が立ち並んでいる。
一方で右手は砂漠地帯、無人の荒野と言ったところだった。
――仲良く地域を発展させようとの意識が伝わってこない、これがより近いトルコとシリアの現実なんだろうな。
三十分も走ったあたりで南へと折れて、山岳地帯へ入り込む。スピードを下げて徐行、ついには停止して歩兵が警戒の為に展開した。
「ボス、この先は徒歩で向かいます」
サルミエ少佐の指示に、エーン大佐が補足をする。
「車両の通行ヵ所は各種監視に晒されております。歩きでも三十分と掛かりませんので」
「そうか、ではそうしよう」
下車するとヘルムを渡される、一瞥して頭に載せた。ここは戦争が行われている最中の国で、支配勢力が入り乱れている競合地域、いつ砲撃を受けるか解ったものではない。
山道を進む、遮蔽があり狙撃を受けない場所を選ぶ。いりくんだ地形ではゲームファインダーで伏兵を確認しながらだ。
遠くで銃声が発せられている。エーン大佐に姿勢を低くするように制された。
「集落がまた襲撃を受けている模様」
少し離れて進んでいる偵察班から「襲撃者はイスラム国と思われる」との速報がもたらされる。
――朝一番で集落入りしていたら俺も戦闘中だったかも知れんな。
明るくなってから攻め入る理由はなんだろうかと考えている間に別の報告が上がって来た。
「一つ先の山岳の茂みに、くすんだ緑の軍服が見え隠れしています!」
エーン大佐が双眼鏡で見てみるが、たまにそのようなものが少しだけ見えるとすぐに消えた。よくぞあれを発見したものだと唸る。
「襲撃者の別働隊でしょうか?」
イスラム国だからと必ず黒い装備にしなければならない絶対の規則でもあるまいと、サルミエ少佐が関連性を疑う。
実際、迷彩服を装備した兵士も散見されている。
「なに、少し待っていれば解るさ」
――どこの誰かは知らんが、少数で集落を陥とすのは極めて困難だ。
木陰に身を寄せて銃声が収まるのを待つ。その間にも、たまにくすんだ緑のやつらが見え隠れする。
オルダ大尉の命令で、識別をしに出ていた班が戻って来た。
「十人以上規模、同一の戦闘服、M110 SASSを複数装備しています」
島ら三人が視線を絡ませる。気づかなければならない部分があったからだ。
「アメリカ軍専用の制式小銃を装備ときたか」
――奪ってきたにしても随分と遠回りになるが。
「一定数がイラク軍などに供与されたとの話があります。シリア関連ではどうだったか」
エーン大佐がサルミエ少佐に知らないかと視線を向ける。するとその場で衛星アンテナを伸ばしてモバイルパソコンを起動させた。
キーを打つ音が小さく聞こえて、暫くすると「イラク軍での試験装備として少数が同軍で使用されています。他には渡っていないようです」公開されている情報を調べて首を振る。
「イラク軍からの支援を受けている勢力、またはイラク軍そのもの、或いは脱走部隊という可能性はどうだ……」
言ってみて後半はピンとこなかったらしく、島は少し首をかしげる。イラクがここでこそこそ動き回る理由が思いつかず、脱走部隊がシリアの混迷に関わるのも意味が解らない。
「いずれイスラム国の味方ではなさそうです。沈静化を待ちますか?」
どちらが良いのか解らない、ならば決めるのは指揮官である島だ。乾いた風が頬を撫でる、これが熱風であったとしても心地好い。
「進むぞ」
「ヤ!」
ボーっとして待っているのは無駄な時間だと割り切り先を急ぐ。こちらから見えているならば、下手をすればあちらからも見えることになる。
偽装、隠蔽工作を念入りにして移動を再開した。
集落が見えるところまでやって来る。岩肌に寝そべって枝を被ると双眼鏡を取り出す。
――黒の襲撃者と緑や茶色の迷彩が交戦中だな。やや緑茶が少数だ、しかし全く押し負けていない。
防衛が崩れることはなさそうだとの見立てを確信した。一方で先ほどまで見えていたくすんだ緑のやつら、場所を移動すると全然見えなくなってしまう。
「あの角度だったから偶然発見出来たわけか……」
――全方位から完全に身を隠せるわけがないからな。
「監視を残してあります」
見失うと再度見つけ出すのに苦労するので、エーン大佐が気を回してそうさせている。
不明の姿は全て敵だと考えておかねばならない。
緑茶の部隊が逆に進軍していくと、じりじりと黒い奴らが後退した。
「やるじゃないかあいつら。完全に競り勝っている」
「山岳ですから」
やがて黒の部隊が一目散に逃げ帰っていく。それを追うことなく緑茶のやつらは引き揚げていった。死体があれば引っ張っていくことを忘れない。
「監視からですが、未だに伏兵は留まっているようです」
「どういうことだ……防衛側の別動隊ってことはないか?」
――いやそれだとM110 SASSを装備している説明が出来んな。
兵器とは誰でもが購入できるわけではない。無論、金にモノを言わせて手に入れることはできるが、シリアの奥地ではそうするよりも、より適切な装備を安価に数揃えた方が良いに決まっている。
待てば消え去ると考えて少し待ってみたが、立ち去る様子も無いのでどうするかの指示を求められる。
「俺達が集落に入った時の反応を確かめて置け。進むぞ」
「ヤ」
埒があかない、それならば自身がすべきことをする。監視班を残して一行は集落から見通せる場所に姿を現した。
再度緑茶の兵士が出てきて銃口を向けて来る。エーン大佐が一人で進み出て名乗りをあげた。すると警戒していた防衛隊が銃口を下げる。
「行くぞサルミエ」
「ウィ」
数人を木陰に潜ませたまま、島がエーン大佐の隣にまで行く。二人で並んで集落の側に行くと、後方から防衛隊の指揮官らしきものが出てきて迎え入れられる。
傍にきて解ることがある、島らに比べて緑茶の兵士は頭一つ分まるまる小さい。背丈は百五十センチそこそこ、妙に小柄で筋肉質。
「サー! エンプロイヤー!」
はきはきとした英語で現れた指揮官が胸を張る。視線の先はエーン大佐だ。
「ラーム隊長、ご苦労だ。こちらは俺の主、イーリヤ将軍閣下だ」
「サー! マスターエンプロイヤー、サー!」
目線を斜めに上げて、将軍閣下と紹介された雇い主に敬意を表する。島も初めて顔を会わせたが、すぐに使える奴だと直感する。
「先ほどの戦いも見せて貰った、完璧だよ。さすが世界に名高いグルカ兵だ」
――クァトロの部員と同格だろうな、フリー傭兵でこれほどなんだ世界最高峰と言われるわけだよ。
こんなのが月給千ドルで雇えるなんて信じられない現実があった。そこでエーン大佐に指示し、五十人をまとめて雇用させた。
しかも月給一人三千ドル、支度金を別に一万ドル支払い半年分を前払いするスタイルで。指揮官には五千ドルを約束している。これでもクァトロの将校の半額でしかない。
相場の三倍を出す代わりに特に求めたもの、それは統制力。部隊の規律と命令への服従。傭兵部隊の基本中の基本を、最高峰の線で要求したのだ。それと低地出身者で固めると言うこと。
「ここの長と話がしたい、案内を頼む」
「サー! イエスサー!」
一行はラーム隊長に連れられ集落の中央に向かう。目線の先には石油のパイプラインがある。
――意外と小さいな、一メートルもないんじゃないか?
アゼルバイジャンから伸びているパイプライン、こんなものなのかと拍子抜けする細さだった。最も四六時中流れていると考えれば、これで充分な量を供給し続けることができる。
この集落が重要な理由は、ここにポンプステーションが設置されているからだ。
何かというと簡単な話で、パイプラインを流れている石油を圧力で押し出す役目を負っている。水道局のようなものだと解釈しておけばイメージは掴める。
「閣下、例の部隊が引き揚げていきます」
エーン大佐が耳打ちした。集落に入った何者かが居ると報告に戻ったのだろう。
頷くだけでこれといった指示を出さないので、監視班を撤収させる。
コンクリートを無遠慮に固めたらこうなるのだろうか、飾り気も優雅さもない造り。いつからここに建っているかも不明な場所に長老が居た。
「ラーム殿、そちらは?」
完全に信頼しきっているようで、ラーム隊長が連れている人物に対して一切の取り調べも無く中へと招き入れられた。当然アラビア語だ、それを英語に通訳してラームへ伝える。
「こちら我々の主です」
詳細を伏せて関係性のみを告げる。言葉が少ないのは通り名で解るように、彼らの常だ。
「おお、するとワシらが無事なのもあなたのおかげ。アッラーの思し召しに感謝を」
インシュアッラーと聞いて苦笑いしそうになる。どうも神は随分と偉大らしい。
「ここを守っていたのはこちらの都合です」
唐突に島がアラビア語で喋る、それも綺麗な響きで。アラビア語は神のくれた言葉だ、喋ることができる者をアラビア人と呼ぶ。
「何であれ事実です。しかし何故?」
聞きたかったがラームに尋ねても一切の回答を得られなかった。それも道理で、彼は理由など知りえないのだから。
「それは時がきたら私がパイプラインを破壊する為です」
目をパチパチとさせてすぐには理解しがたい理由を耳にする。自分で壊したいからずっと守ってきた。
短い沈黙の瞬間を経て「それはどういう意味でしょうか?」長老がようやく疑問を口にする。
「そのままの意味です。近く施設を破壊しますので、他所の土地まで引っ越し願います。道中の護衛はラームの隊にさせますのでご心配なく」
――さあどう出て来る、急にそんなことを言われてもすぐには返事も出来まい。
目を閉じて長老が大きく息を吐く。この世に神など居ないと痛感しているのだろう。
「インシュアッラー。それで我等にはいかほどの時間をいただけるのでしょうか」
なんと全ては神の思し召しだと理不尽な話を丸呑みしてしまう。これには島も少し驚く。
――ふむ、アレッポ市民の月収、確か精々百ドル未満が主流だったか。
一般市民が荷づくりにどれだけ時間がかかるか、全く想像できない。なので自身のスケジュールに合わせて決める。
「今から四十八時間。長老、この集落の人数は?」
このあたりの県は人口密度が薄く、東京都の十倍の面積に六十万人しか住んでいない。実に二百分の一。ちなみにオーストラリアは更にこの十分の一だ。
「三百人と少しですが」
「皆にも生活があるだろう、十万米ドルを補償する。配分は長老に任せる」
シリアポンドに換算して渡すようにとサルミエ少佐に命じた。ホテルや酒場、大きな施設ではドルが使えるが、普段はやはりシリアポンドかトルコリラなのだ。
「アッラーアクバル、アッラーアクバル。身一つで追いやられるものとばかり……」
イスラム国に捕まれば悲惨な未来が待っている。かといってシリア政府軍がやって来ても似たようなものだろう。
クルド人では無いのでクルド支配地域に逃れるのも難しかった、いっそトルコに流れた方が良いものかと思案することもあった。
「行き先の希望は?」
「マンピジュに。街に出られるならば仕事も見つかるでしょう」
「解った」
方針に従って動くならば出来る範囲で受け入れる。この姿勢も昔から変わらなかった。
「ラーマ隊長、これより四十八時間後に、彼等三百人全員を西部にあるマンピジュまで護送するんだ。完了後に次の任務を与える」
直線距離にして四十キロ、歩きで行っても三日あれば充分たどり着けた。ユーフラテス川があり南北二カ所に橋がある、どちらを行くかは隊長に一任された。
「サー! イエスサー!」
今度は外から見られることも無いので敬礼して了解する。
「いつかこのような日が来るとは思っていました。今日までの無事を感謝します。あなたはどちらのどなたでしょう?」
長老が視線を上げて尋ねる。答えられないと拒否しても大人しく引き下がるだろう。
――どこの誰か。犯行声明ってことだよな。
チラッとラーマ隊長を見てから長老を見て「チィトゥィリのオーストラフだ」ロシア語で回答してその場を去る。
外に出ると「爆弾を仕掛けておけ」施設の破壊を行うのは破壊担当軍曹、エーン大佐が誇る技官たち。
設備を調査して過不足無く再起不能にさせるため、ポンプステーションに閉じこもる。
「閣下はこちらへどうぞ」
空き家を一つ提供され、そこで作業の終了報告を待つことにした。設置には数時間かかるだろうが、起爆させるの自体は住民の退避後になる。
さびれた集落にある空き家だ、朽ち果てる寸前の調度品に、いつの時代からあるのかわからないような家具が置かれているだけだった。
――グルカ兵の任務をどうするかだな。奴らは適切な職務に就かせてやりたい、裏の仕事ではなくだ。
直接自分たちの支援につかせるのは避けたかった、無関係の場所に赴任させるのもまた意味が無いので避けたい。後に有効になって来る一手を思案する。
「エーン」
手招きをして耳を貸すようにさせ、グルカ兵の次の任務を囁く。
「どの地域のでしょうか」
「そうだな、アレッポにしておこう。奇貨になることを見越してだ」
「承知致しました」
思い付きを一つ実行させる、あってもなくても良い何か。決められた仕事が少ないと遠くが見えて来るものだ。
◇
「お伝えします。本日、エルジラーノ大隊を名乗る武装集団が声明を発表致しました。『我々はエルジラーノ大隊。シリアの混迷はシリア政府が義務を負うべきであり、一切の責任を担保すべきである。だがこの現状を鑑みるに、当該政府にその能力が欠けていると認め、その一部を我らが担うものとする。確たる基盤を持った隣国と協調し、正しい姿を取り戻すことを求める』同勢力はシリア南西部での活動を行っている模様です。以上、シリアサハラ通信がお伝えいたしました」
アラビア語で放送されているが、英語の字幕が同時に表示された。休憩室のテレビを眺めていて入ったニュースに数名が顔を見合わせた。
「ありゃなんだ?」
――エルジラーノ大隊?
「さあなんだろうね。地理的にヨルダンやイスラエルの支援組織に思えるけど」
シリア南西部、隣接しているのはレバノン、イスラエル、ヨルダンの三カ国だ。だがレバノンは真正面から正規軍を派遣しているので、このような手口を使う必要性が薄い。
無論、それと知って別ルートでちょっかいをかける可能性は零ではない。
「戦闘服は統一されていて、武器も新品だった。草の根から湧いた有象無象ではなさそうだが」
主張もさることながら、身なりやその他を観察していたようでクラーク軍曹が、後ろに居る何かを探ろうとする。
そもそも独自の民兵団は旗色が鮮明でない限り、どこかしらの手先だと見てよい。問題は誰がスポンサーかと言う部分だ。
. エルジラーノの意味が隣人だと説明を受けた時、手先を確信する。
「ヨルダンが独自に工作するより、アメリカがシリア民主軍を支援するのを応援した方が早いな」
――するとあれはイスラエルの偽装民兵団か。目的は政治的な介入、いや、一つ進んで領土の併合辺りかも知れんぞ。
ここで答えなど解るはずもないが、色々な推測が持ち出される。中には正解もあるのかもしれないが、詮無き事。
休憩室の外の廊下を足早に行き来する姿が見受けられる。これといった急ぎの作戦はなかったはずだと首を傾げた。
「おい軍曹、何かあったのか?」
呼びかけられたのは解ったようだが言葉を理解しないようでじっとマリーをみているだけ。
「あれはスペイン系のグループだよ」
ウィリアムズ曹長が英語じゃ無理だと注意してくれる。
――ふむ、別に温存しても化けそうにないからな。
手招きをして軍曹を近くに来させると、さも当然そうな顔でスペイン語を使い質問をしなおす。
「何かあったのか?」
「ええ、北東パイプラインのある場所で爆発騒ぎが起きていますよ」
三人の同席者がマジマジとマリーを見た。今の今までスペイン語など一言も喋らなかった、出来るかと尋ねたことも無かったが。
「どこか詳細を知っているか?」
壁に貼ってある地図を指さして場所を示す。それは先日、長距離行軍名目で偵察に行った集落だった。謝意を述べて軍曹を解放すると向き直る。
「この前の集落でパイプラインが爆発したそうだ。あれだけ堅固に防衛する面々がうっかりとは思えんがね」
「ああそうだね。しかし、マリー曹長はスペイン語を喋られるんだね、驚いたよ」
顔に現れているのは恐れでも疑いでもなく、純粋に驚きのみ。クラーク軍曹も小さく頷いていた。
「俺の先輩が喋ったもんで、付き合ってるうちに何と無く。きっと汚い言葉を使ってると思うよ」
――何せニカラグアの荒くれものと共通だからな!
「トランプ中尉から直ぐに集合が掛かるだろうけど、どうするって言うかな」
元はと言えば手柄を立てようとの目論見だったのに、丁度良い状況が文字通り吹き飛んだ。ご機嫌斜めなのは確実だろう。
「破壊した奴らを攻撃するとか言うんじゃないか。アメリカの敵だってな」
義勇軍だというのに口をついてでるのは祖国アメリカの利益ばかり。個人で目指す分にはよいが、部隊全体をそう誘導するのには注意が必要になる。
――といっても俺はボスの利益だけの為に在隊している、非難するのは変な話だ。
二人以外にも同床異夢といった存在は多数居るはずだ、表面化するのは最後の最後になるだろうが。
一人でやって来たベイリー少尉が「ウィリアムズ曹長、全員を集めろ」短く命令してさっさと消えてしまう。
「イエスサー」
起立敬礼で了解すると「お仕事だね」軽く笑って分散して集合命令を遂行しようと部屋を出る。
十分程でグループ全員が会議室に集められた。下士官が全員休憩中だった、つまりは外での任務も訓練も行われていなかったわけだ。
序列に従い整列して中尉を待つ。のっしのっしと眉を寄せてやって来ると、挨拶もそこそこに本題を切り出す。
「パイプラインを破壊した犯人を追い込む。ILBは作戦を開始する、二時間後に出撃し現場に向かうぞ」
事前に情報を得て居なければ意味が通らないが、今回は大隊が作戦行動をするというのは解る。
大分お怒りのようでさっさと場を離れてしまった。
「対歩兵戦闘で糧食は三日分持っていこう」
先任であるウィリアムズ曹長がその程度で充分だと見通しをつける。ということは武器弾薬もそれに沿って三日分用意して、出発までに誰が何をするかを指示すれば良いことになる。
「ドラミニ軍曹、車両点検だ。クラーク軍曹は糧食や医薬品の準備を。俺は武器を担当する」
視線をウィリアムズ曹長に向けると「なら私は通信機や他所の部隊の動きでも探っておくとしよう」在隊期間を鑑みての仕事を自ら定めた。
それぞれ数名の兵を連れて準備に掛かる。
――あの二人はトゥヴェーの部下だな、ここらで意志の疎通をしておくとするか。
肩に手をやって武器庫に来いと連れて行く。途中で「フランス語は解るか?」振り向きもせずに尋ねた。
クァトロにあっては英語かフランス語を知っていなければならない、時にスペイン語でも許されるが。
「ウィ」
二人とも別々にそう返事をする。互いのことは知らないはずだ、少し慎重に武器庫で人が居ないことを確認してから声を小さくして続ける。
「トゥヴェー特務曹長のエージェントだな」
曹長ではなく、特務曹長と付けることで自身が誰かを言わずとも表情を硬くして頷く。兵士が互いを気にしているようだが「俺達は仲間だ、クァトロのな」落ち着きを取り戻した。
「良いか、勝手に死ぬんじゃないぞ」
言われずともそのつもりだとはっきりと頷いた。その後はこれといった特別なことを言われず、武器の準備に集中する。
――どこかで一度認識を共通させる必要がある。それはトゥヴェーに任せるとしよう。
軽装備を中心に、二つだけ支援火器を含めて武装を揃える。足りないからと追加は出来ないが、山の様に持ち出しても逆効果にすらなる。
一時間半で全ての準備を終えて、ダブルチェックを施し将校様の降臨を待つことにした。
「部隊整列、中尉殿に敬礼!」
部隊先任であるウィリアムズ曹長の号令で、下士官兵が統一された動きを見せる。マリーの厳しい訓練で大分マシになって来た。
自身に見せられる勤勉さに満足して、トランプ中尉がひそめていた眉から力を抜く。
「これから現場に向かう。俺の隊で偵察に入る、到着までは後方に位置するぞ」
方針を通達し、いち早く車の後部座席に乗り込む。同じ車両にウィリアムズ曹長が搭乗した。
ドラミニ軍曹が先頭、そのすぐ後ろにマリーが位置する。
――爆発騒ぎからそこそこ時間がたっている、今更行っても猫の子一匹いないだろうさ。
中尉の命令で部隊が動く。ナジャフィー少佐は本部に在って、現場の指揮官はトルコ人のエルドアン大尉が受け持つ。
五十人前後の兵力で件の場所へと街道を進む。マリーが赴任する時に通った橋を越え、記憶に新しい盆地へと入る。
エルドアン大尉が警戒に入るよう命じ、徐行しながらの進軍に切り替わった。集落が見える場所までやって来ると、ヘルムを頭に載せたトランプ中尉が「マリー曹長、お前が先頭だ」ご指名で偵察を実施させる。
「イエッサ! 三人ついて来い!」
――敵よりも置き土産に要注意だ。
自身の背を守らせるのはクァトロのエージェントを指名し、徴募を掛けた新兵を先任の兵士につけてやり交互に岩場を進む。
この前イスラム国兵が交戦していた辺りにまで来るとしゃがんで、足元にブービートラップが無いかを確認した。
「いいか、落ちてるものには触るなよ。視界は広く保て、撃退よりも発見を意識するんだ」
かつてニカラグアで、外人部隊で何度繰り返し口にしたか解らない注意を、相手を変えてまた行う。この手のことに終わりなど無いのだ。
――落ちてる弾丸は東側ものか。拾い集める時間などなかっただろうしな。
少し離れた場所を行く二人組に二十歩進ませ、今度は自らが同じだけ前に出る。人間の気配はしない、何かの建造物は勢いよく燃え盛っていて、あたりは黒い煙が漂っている。
「毒性があるガスが発生している危険がある、異変を感じたら即座に叫べよ」
――まあこれは石油が燃えているだけだろうが、警戒は必要だ。いつ大爆発するとも解らんぞ!
徐々に近づいていくと、集落の中へと身を置く。比較的大きめの造りの住居に入り中を確かめる、そこには誰も居なかった。
「こちらマリー曹長、集落に人の気配なし、石油が燃え続けて黒煙を発している、毒ガスは今のところ確認出来ず、屋内が荒れている」
――盗みに入った感じじゃない、夜逃げしたらこうなんだろうか?
ハンディトーキーはイラク軍が払い下げてくれたもので、ニカラグアで使っていたものほど古臭くは無かった。近距離なら問題なく使えるし、携帯するにもそこまで邪魔にならないサイズ。
「俺だ、火災現場を詳しく調べろ」
「アンダスタン」
――どうして爆発したか、俺が見てわかればいいが。
無いよりはマシ、濡らした手拭いを口に巻いてガスを直接吸い込まない様にしておく。兵士にも真似させて、離れた場所にある建物に向かった。
傍まで来ると熱が伝わって来る。地表には黒い液体が広がり、グツグツと沸騰しながら煙を上げて燃えている。何かが溶けだして一緒に燃えているのだ。
建物のドアに直接触れないように注意する、高熱で火傷をしないように。兵士に棒きれを使って引っ掛けて開けるように指示する。その間は周囲を警戒した。
扉が外れて転がる、中にたまっていた煙が一気に噴き出したが、少しすると落ち着く。
「俺が確かめる、お前らは周辺を警戒するんだ」
倒壊の恐れが無いかを目で確かめ、熱で参らない様に注視して中へと踏みこんだ。熱気でめまいがする、だがそれを耐えて状態を素早く見る。
――高威力の衝撃があったのは間違いない。ガラスは外へと爆ぜている、原因は屋内だ。鋼鉄の機械は石油が燃える程度で爆発はしないだろうな。
数歩場所を変えて大きな設置機械を見る、中心部がごっそり弾け飛んでいるように見える。上からでも、床からでもなく中心が。
――突然中央部が爆発したわけか。ガスは上下どちらかにたまるし、燃えてもどうにもならん。電気でならどうだ?
あまりの熱に限界を迎えたマリーは小走りで外へと出る。急いで離れると取り敢えず岩陰に身を寄せる。
「マリー曹長です」
見てきた内容をそのまま伝える、それでどうなったかを考えるのは中尉の仕事だ。
――俺の見立てでは爆薬を使ったものだが、人が居ないのはいいとして、争った跡も無いのは疑問だ。襲撃者が壊したのではなく、住民がやった? だがずっと防衛していたのになんだってそんなことを。解らん。
中尉が無言で思考を繰り返している間に、マリーも色々と想定する。例によって正解を言い当てたとしても、誰も確かめることはできない。
「引き揚げろ」
「ラジャ」
結果がどうだったかの言葉は無く、ただ撤収だけを命じられる。気を抜かずに来た時同様、交互に集落を離れていった。
部隊に戻るとペットボトルの水を手渡され、乾いた喉を潤し、残りを頭からかぶる。外した手拭いは煤けて灰色になっている。
「こいつは値段以上の働きをしてくれたよ」
にこやかにタオルを車に引っ掛けて本隊の方に視線をやった。エルドアン大尉がどう考えたか。これだけの結果で帰投出来るかどうかで言えば、答えは恐らくNOだろう。
部隊に移動と野営準備の命令が下る、大方の予想通りと言えばそれまでだが、もう少し捜索は続くらしい。
「曹長、きな臭い場所に出張中だ、俺は半数警戒くらいが丁度良いと思うが」
――休息が不足するが、二日程度なら疲労は無視だ。
「五十パーセントは不満が出るだろうね、二十五パーセントならどうだろう?」
いずれであっても下士官は全員が担当することになる。ここで楽をして命の危険を伴うかどうかだ。
「問題山積の危険地域での野営だ、イスラム国の小競り合いが頻発していたって話もある、ここは命令で強行すべきと考えるが」
「んー……確かにそうかも知れないね。大怪我かあくびってなら、私も後者を選びたいね。中尉には私から進言しておくよ」
「なら兵には俺から言っておく。文句を言う奴は教育的指導だ」
強気の笑みを見せる、ウィリアムズ曹長とは上手くやれそうだとの感触を得た。中尉としても高い警戒を却下する意味が無いので、順当に受け入れられる。
そうなれば野営地の構築だ。場所を選ぶのは将校の仕事で、下士官は最善の準備をするだけ。
「半数は警戒、半数は塹壕を掘るんだ!」
――何はともあれ塹壕だよ、間違いないぞ。
たかが一晩と侮ることなかれ、少しでも深く広く掘ることが今日を生き延びる条件だ。マリーはそうやってきたし、これからもそれを守り続けるつもりでいる。
文句を漏らした兵はしこたまマリーに説教され、結局土を掘り返すことになった。トランプ中尉がその姿をチラッと見るが、特に何も言わない。満足している証なのだろう。
四時間睡眠で警戒を交代、体力に勝る若者はへっちゃらだが、四十歳を過ぎている者は体が少し重いと溜息をつく。朝食の準備は後半警戒の者の担当だ。マリーもこちらに入っている。
「マリー曹長、お前の地元、ベルギーの自警団じゃいつもこうだったのか」
朝もやが漂うひんやりとした空気、太陽が昇る直前に中尉が話しかけてきた。珍しいものもあるものだと思いながら「ええ、軍が来てくれるかどうか解らないことが多かったので」当たり障りない言葉を選んで返事をする。
「そうか、ここはベルギーの農村よりは物騒だ、そうは思わんか」
「同感です、中尉殿」
――ソマリアよりイエメンより物騒だよ。世界で一番ホットな場所だ。
これ以上ない経験になるだろう紛争地域、許されるなら義勇軍の面々をクァトロにお持ち帰りしたいくらいだった。興味を失ったのか、それだけでもう口を開くことはない。
結局のところ二日留まり周辺を具に調べても、これといった発見が出来ずにマンピジュに引き返すことになった。ナジャフィー少佐への報告は、機械の損傷状態に集約されることになる。
本部へ戻る直前、市内の大通りを西へ走っている最中に思わず車を停車させてしまう。
「おい、あいつら!」
――集落の防衛をしていた兵じゃないか! ここで何をしているんだ?
よく見ると小柄で、中学生くらいの背丈しかない。だからと子供ではなく、民族、種族的な特徴だと解る。
少人数で動いているようで、周りには他に居ない。
――接触すべきか、それとも追跡させるか? ILBとしてはどちらでも良いが、俺個人としては気になる、ここは接触だ!
車を寄せさせてグループに話しかける、何語でと一瞬悩むがまずは英語を試す。
「すまないそこの方々、ちょっと」
――アジア系? いやどうなんだ、目つきは鋭いぞ、隙が無いな。
出来るだけ穏やかに丁寧に話しかける。ここで正体を暴こうとか、戦おうと言うわけではない。
「なにか」
年長の一人が無表情で返事をする、何かがあれば即座に動けるように警戒しているのが感じ取れた。
「英語が通じてよかった。あなた方はシリア人じゃないですよね?」
人種がどうあれ国籍が何かは流石に解らない。意味があって質問しているが、彼等には答える義務など無い。
「だとしたら?」
目を細めて挙動の一つ一つを注視する。ただ者ではない。
「それは良かった。私はYPG内のILB、国際自由大隊のマリー曹長。外国人の徴募をしていてね」
ここで初めて納得の表情を覗かせる。官憲の関係から目を付けられているのではないと解ったようで、刺々しい雰囲気がほんの少しだが和らいだ。
「すまないが我々は急いでいる」
「マンピジュ内に滞在予定なら、後程こちらから話に行きますが?」
「いや、直ぐに離れる。失礼する」
取り付く島もないとはこれだろう。だがどこかしら礼儀を弁えた者達というのも伝わる。素っ気無い態度の中に、きっちりと線引きされたものを持っていたからだ。
――どこかの兵士なんだろうな、だがあの人種は見かけないぞ。下手に尾行でもしたら痛い目をみそうだ。
一息ついて車を本部へと向けさせる、徴募に成功することは稀なのだ。成功率が高いのは明かせない背景を持っているためだ。
戻って来るなりトランプ中尉に「すぐに司令に報告に行くぞ」待ち伏せに遭う。
後ろについて従い、司令の執務室へと入る。トゥヴェー特務曹長の姿がある、他にはエルドアン大尉に、幾人かの将校も。
「任務ご苦労だ、首尾の程はどうだったかな」
概ね報告は受けているだろうが、もう一度直接聞くつもりで確認してきた。大尉が概要をまとめて口にする、そして現場を直接みたマリーに報告の番が回って来る。
「ふむ、それでマリー曹長の所見を聞かせて貰えるだろうか」
余計なことを口にすべきか否か、まずは見てきたことを明かす。
「機械設備ですが、中央部が損傷激しく恐らくは爆破されていました。一帯は漏れ出した油が燃えていましたが、機械が溶けだす程の高温ではありません」
砲撃や射撃での損傷ではなく、爆弾を使っての破壊。考えられる中で一番可能性が高いもの。
誰がどうしてそんなことをしたのか、そしてどうやって堅固な守りを突破したのかが疑問として残った。
「仮定で進める。何者かが爆破したとして、死体の一つも無かったと言うのはどういうことだろうか?」
「集落に交戦の痕跡はありませんでした。事前に避難したのではないでしょうか」
――あるいは集落を捨てたから、何者かが破壊した。集落の住民が自ら破壊する意味はないだろ。
いかに不満や疑問があっても、死体も血痕もない以上は戦いがあっての結果と言う線は無い。謎は深まるが大きな事件を指を咥えて見過ごすことも出来ない。
「イスラム国やその他の交戦勢力から避難するとしたら、どこが適当だと思うかな」
いっそのこと避難したとの仮定を受け入れて想像を拡げてみた。
「……それは、マンピジュではいかがでしょうか」
――あいつらが居たんだ、一緒に住民が逃げて来たとしてもおかしくは無いぞ!
場がどよめく、どうしてそんな結論になったのか意味が解らない。厳しい視線が複数突き刺さった。
「適当なことを言うなマリー曹長!」
トランプ中尉が叱責する、想像で物事を言うくらいなら解らないと返事をすべきなのだ。
「今朝方」ずっと黙っていたトゥヴェー特務曹長が落ち付いた声色で注目を集め「東部校外から、数百の流民が入って来たとの話を聞きました」
それだけと言えばそれだけの発言。流民がやって来るのは珍しいことではない、どこかで耳にしたとしても一切気に掛けなかっただろう。
だが今ここで聞けば、どうにも気になってしまう。
「エルドアン大尉、疲れているところ悪いが東部郊外の流民について調べてきてはもらえないだろうか」
「了解です、少佐」
命令が下ったところで一旦解散になる。結果がもたらされるまで、刺す視線だけで罵声を浴びせて来ることは無かったが、どうにもトランプ中尉とウマが合わないとマリーは確信していた。
・
◇
爆破騒ぎから数日、ILB内で動きがみられる。先日漏れ聞こえてきていたアレッポの攻略作戦が発動された。
マンピジュから西南西へ百キロメートル弱。様々な主要都市間公道が集まる重要都市であり、トルコとの国境にもほど近い大都市。
はるか昔は家畜が多数存在していたようで、名前の由来が新鮮な乳から来ている。降雨が見込め、餌になる草木が多く、郊外には緑が生い茂っているのが特徴だ。
丘の上に築かれた都市で、歴史的な価値がある建造物が多数残っていた。
かつてのアル=ヌスラ戦線、現在のタリハール・アル・シャームとシリア政府軍との交戦が主に市街戦になったせいで、様々な建物が破壊されてしまっている。
現在ではそこにイスラム国と民兵団が入り乱れ、区画ごとに支配者が違う程の混乱が起きていた。そこへYPGが踏み込もうとの話になり、水面下での交渉やの動きが加速していた。
歓談室で下士官が自発的に集まり状況の整理を行っている。
「アレッポを攻めてイスラム国を追い出すのは良いとして、レニングラードの戦いのようになったら目も当てられないね」
第二次世界大戦当時の、ドイツ対ソヴィエト連邦の凄惨な攻防が行われた事例を持ち出す。都市に籠る軍が全てをなげうち、文字通り死守を行った。
食糧を制限し、死肉を喰らい、棒きれや石すらも武器にして戦い、ほぼ三年もの間折れずに耐えきった。その代償はあまりにも大きく、三人に一人が死亡したと言われている。
戦死者が一パーセントも出ると上へ下への大騒ぎになる中、どれだけの被害があったかが想像できるだろう。
「問題が山の様にあるが、現場組としてはどれが敵で、どれが味方かだけは知っておきたいな」
――味方を装う敵が居ると大惨事だからな。
この世で一番厄介な敵は、敵と認識出来ないものだ。これは古今東西を問わず、真理でもある。
同席している複数の下士官が首を縦に振る。無論識別の方法に絶対など無い。かといって諦めることは許されない。
小さな部隊ならば顔見知りで構成されているが、合同の大部隊になるとどうにもならない。そんな単純なことだけではなく、スパイの存在や裏切りも含めての懸念だ。
なにせマリー自体がその最右翼である。ILBがどれだけ優勢になっていても、壊滅寸前の劣勢になっていても、島が新たな命令を下せばそれを速やかに実行する。
潜伏工作員、トゥヴェー特務曹長を通じてメンバーの確認を行った。相当数が隊に散らばっているのを聞いたマリー、仮に帰還することになっても放置してはいけないと考えていた。
「今次の作戦、YPG本隊だけでなくYPJの攻勢部隊も参戦するそうだよ」
ウィリアムズ曹長がどこからか聞きつけてきたようで、現在移動中との報を付け加える。シリア北東部から北西部へ、ただ動くだけなら二日もあれば充分だ。
「YPG本隊か、どのくらいの兵力?」
――今までの話からするとクァトロ戦闘団とどっこいの少数だろうな。
何せ隊員はかなりいるが訓練度や思想の違いから、攻勢部隊が少数だと聞かされ続けていた。
「十個中隊、で我等が司令官が後方から指揮を執るらしいね」
ここでの凡その数は千人だと聞かされる、たったのそれだけ。とは言ってもまとまった数であるのも事実で、やりようによってはかなりの衝撃力を得られる。
「そうか。それでYPJは?」
外部の情報を丸きり頼る、良くないとは解っていても新任の曹長ではどうにもならない。まだ頼れる相手が居ただけ良いとすべきだ。
「四百のアマゾネスが来援するだろうとの話だよ。しかもネスリン司令官のお気に入り、勇猛と噂に名高いギラヴジン司令官とジンビラ副官が最前線に乗り込んで来るそうだ」
YPJ統括の女性司令官であるネスリン、彼女がここ最近得たギラヴジン司令官の名前はマリーも知っていた。かなりの無茶を押し通して来たとのことも。
男勝りで部下の統率に定評があり、若いと来たら話にも上る。
「とんだ人物が中東にやって来たもんだな。味方で良かったよ」
――男女の差は戦力的に無いだろう、イスラエル軍のように合同で運用されていないだけで甘く見てはいかんぞ!
クァトロでは徹底して女性兵士を排除してきた。先進的な軍では性差排別主義者の突き上げで、後方勤務の女性を一定数揃えているが、島の方針はそれを認めなかった。
基地を維持する上での現地人従事者は存在した、民間人が急きょ戦うこともあった。それでもクァトロの兵士として女性を採用した事例は一つもない。
既に作戦は発動されている、明日最前線に身を置いていない可能性は無かった。ここで出来る限りの情報を集めようと、下士官は皆が真剣だ。
そこへ一人の通信担当下士官がやって来る。
「ホットニュースだ。アレッポ東部にYPJが単独で攻め込んだ、二時間前の話だ」
軍曹が口笛を吹く音が聞こえる。マリーが軍曹の顔をちらっと見ると、驚いた目をしていた。
「無謀と思える行動だとしても、その勇敢さを讃えることを忘れたくはないね」
ウィリアムズ曹長がイギリス系の人物らしい表現で尊敬を口にする。こちらが時間を得て準備すると同様に、イスラム国だって防備を整えるわけだ。
ならば万全を待たずに切り込むのも当然選択肢にあって良い。どちらかというとマリーも拙速を好み、また得意としていた。臨機応変の戦いを切り盛りするだけの経験と才覚を持ち合わせているからに他ならない。
「きな臭くなってきたな」
エルドアン大尉が調査した流民。彼らは口を固く閉ざして何も喋らなかったが、たった一つだけ「我等をお守り下さったアッラーの使いは西へと旅立った」それだけ呟き、あとはアッラーアクバルだったそうだ。
今この時期に戦闘集団が西へと向かったなら、海へ出るか戦闘地域の渦中に進んだかだ。山岳防衛で戦力を見せつけた奴らが、丘の町であるアレッポを目指しているのか、海へ行こうとしているのか。
もし遭遇することになったらILBはかなりの被害を覚悟しなければならない。
「グルド人勢力はアレッポ市内北部を影響下に収めている」
黙っていたクラーク軍曹が大まかな戦力分布を説明し始めた。壁にかけられている黒板にチョークを使ってだ。
アレッポ市を渦の中心にして、ぐるっと捻じれた勢力図。
左手の人差し指を鉤爪のように曲げて、右手の親指を挟んだような形。親指の爪の先が北側、理解を助ける説明の仕方に頷く者が多い。
親指がシリア政府軍側で、爪の部分がクルド人勢力、人差し指が反政府軍になる。
つまり、YPJは反政府軍を突破して、政府軍の制圧地域を抜けてようやく友軍の占領地に辿り着ける。いくらクルド人勢力がアサド政権を否定していなくても、協力してくれる保証などどこにもない。危険が降りかかっても自力で振り払うしかないのだ。
「人差し指の根元をねじ切るってわけだな」
――残った市内の敵を包囲することで撤退をさせない、か。だがこれは諸刃の剣だな。
外縁の体制軍にはSRG・共和国防衛隊や、NDF・国民防衛隊、そしてクァトロとは相容れないヒズボラが陣取っている。最重要地点はSAA・シリア政府軍が占めていた。
クルド人勢力はアレッポ在住者の避難先で結成された自助勢力、奪われた地区はそのままに徐々に区画を狭めている。体制軍を攻撃しないことで限定的な不可侵協定を結んでいるのだ。
「ああそうだね。その為に我々はまずクルド人居住区にまで進軍しなければならないわけだ。そして機を見て北へ攻め上がる」
少し西の区画では南北から体制軍が攻勢に出る、その助軍として数えられている。奪われた土地を取り戻すための一時的協力。
イスラム国はどこに居るかと言えば、郊外北東部全域を絶対支配域にして、市街地ほぼ全域、そして郊外の交差点などの交通要衝各所で全勢力と交戦中。
一般市民にしてみたら、敵か味方か敵か敵か敵といったところだ。そうなれば街を離れて避難する者が多くなる、難民が爆発的に増えている理由がここにある。アレッポだけで百万人以上もどこかへ彷徨い出た。
「市街地の写真はあるか?」
机の上に幾つかの束が置かれる。写真ではなくカラープリントされたそれは解像度が今ひとつ。
「これは居住者のSNSへの投稿をプリントしたものだ。ナマの生活が見えて来るだろう」
まさに現代に即した情報収集の仕方。クラーク軍曹の目の付け所が読めてきた。
わずかに残された電波塔、その近くに住んでいる誰かが情報を外へ発信し続けている。それを丁寧に拾い上げ組み上げていくと、凡その風景が透けて来た。
「道は車や瓦礫でバリケードがあって、街はシャッターが下ろされた店か、ガラスが無いビルか、屋根がない民家ばかり」
――通り一つ一つを抜いていくようではいくら時間があっても足りんぞ!
どうしたら速やかな進軍が可能になるのか、プリントを見返して真剣に思考を繰り返す。
――夜間では地の利がない我等では余計に不利になる。通りは危険だが、バリケードがある理由はそこを通られたくないからだ。ならばそこをつき進むのが逆に良いだろ。
曹長らが互いを見詰める。
「どうかな」
ウィリアムズ曹長が意見を求めて来る、経験が不足している曹長は言葉を濁して肩を竦めるだけだ。視線がマリーに集まった。
「公道4号をずっと西へ行きアレッポ国際空港を左手に見て、そのまま北へ向けてぐるっと直進。クルド人勢力の支配域に入る」
警戒は最大、恐らくは敵対勢力の主力部隊が散っているだろう場所ど真ん中を抜けると宣言する。皆の顔が渋くなる、それはそうだ、そんなことが出来たら誰も苦労はしない。
支持を得られないまま集まりが解散になった。だがその日の夜にクルド人支配地域から一本の電信がもたらされる「YPJの増援が到着した。彼女らは公道4号を通り、堂々と入城してきた」それを聞いた下士官達が驚愕したのは言うまでも無かった。
◇
翌朝、ILBに招集が掛けられる。マンピジュにYPGの本隊がやって来るので、その前衛に就くようにとの命令が出ていた。
千人のクルド人部隊、ここ最近ではかなりの規模だと言われている。
「ディリク司令官はどこから指揮を執るって?」
――マンピジュじゃあないよな。
隣に立っているお馴染みウィリアムズ曹長に尋ねてみる。聞いたところで知らないことだってあるだろうが、不思議と様々なことを知っているものだ。
「デアーハファイア市に司令部を置いているみたいだよ。アレッポ東に二十五キロ位かな」
それが近いか遠いかはそれぞれの感性に拠るところ大だ。少なくともアレッポで確認されている重砲の類の射程から外れている。
では千人余りの攻勢部隊を率いているのは誰かと言うと、ザーヒル大佐という五十代のクルド人だ。地方警察署の署長をしていた男で、指揮者として適切な存在らしい。
国際自由大隊・ILBは徴募による増員で百五十の兵員を数えるようになった。そのうちどれだけがクァトロの工作員か、マリーは中間責任者の名前しか知らない。
大隊司令部に居残りをするとナジャフィー少佐が出撃を見合わせる。代わりに大隊長代理として指名されたのはエルドアン大尉、七人の将校を直下に置いて移動準備を命じた。
完全乗車の歩兵集団、かといって機動歩兵といえるかどうか。車両への武装が施されているのは少数で、殆どがセダン型の乗用車の屋根を取っ払ったもの。
「公道4号を通りバーブ市を通過、ティヤラまで進出しそこで一旦待機だ。行くぞ」
先行偵察部隊として戦闘態勢を整えて先頭を進むように言われたのはトランプ中尉。先陣は名誉なこと、はるか昔から変わらぬ勇気に対する栄誉を彼が拒否することは無かった。
「マリー曹長の分隊が先頭を行け」
「イエッサ」
――それが適切な命令だと思うよ。こんな任務は日常茶飯事だ。
十二名、ドラミニ軍曹を含んで英語が共通語の兵士で固めた分隊に命令を下す。
「喜べ俺達がYPG全体の先鋒になる、非常に名誉なことだ。訓練通りに左右の警戒をしつつ時速二十キロで前進!」
三両に四人ずつ乗車し、機関銃を装備したジープに乗ったドラミニ軍曹が一番手で車を走らせる。
マリーもジープの中央ポールにある鍵フックに、自身のベルトのフックを繋いで、首から下げている小銃を片手に前を向く。助手席の男が右、運転席の後ろが左を担当する。
ムーア上等兵を三番手に就けて、一列縦隊で第一通過地点を目指す。距離を速度で割ると凡そ一時間で到着と言うことになった。
このあたりは当然YPGの影響下にあるのだが、バーブ市周辺はイスラム国の兵士がうろついているはずで、いわば敵性地域の強行軍と言えた。
手にした無線は短距離交信用、内容が外に露呈しても構わないつもりで使おうと考えている。何せ昨今様々な情報が洩れていて、恐らくはこの行動も筒抜けだと言うこともある。
ならば漏らすことが罠になるかのような使い方を試そうと、幾つかの偽の情報を織り交ぜたり、事前に示し合わせた符丁を使うことにした。これに関してはトゥヴェー特務曹長の助言だ。
「良いか、B軍の目として確りと働けよ!」
どうでも良い通信、もし意図せずにこんなことをしたら某教官にしこたま怒鳴られただろう。だが今回は違う、軍が二つ動いているかのようなニュアンスをあちこちに散らばずことで攪乱させようとの試みだ。
或いは体制軍をA軍だとするならば間違いではない、そのあたり受け取る側が勝手に頭を悩ませてくれたらそれで成功と言える。
「十時の方向一キロ、十人以下でこちらを見ている集団あり!」
一般人であろうと、敵であろうと、異常があったらまず報告する。それが偵察の任務であり、目として働くという指示の意味でもある。
無遠慮に姿を晒している者など正直ただの住民だろう、兵士ならばもっとうまい事隠れる。
YPGの軍旗を掲げて行動をしている戦闘集団、それに喧嘩を仕掛けるのは馬鹿のやることだ。戦う態勢にあるならば戦いを避ける、そうでないならば仕掛ける、攻勢側になり得る者の鉄則。
「前方にアリマ市街が広がります!」
たったの三百メートルほどの幅ではあるが、民家が連なる危険地帯。とはいえ軒数は十以下。
「右手に停車だ!」
後方からトランプ中尉の車がやって来て、左手をウィリアムズ曹長の分隊が警戒した。その間をエルドアン大尉らの部隊が通過する。五百メートルも行った辺りで二つの分隊がその場を後にする。
本隊が時速二十キロでのろのろ動いているのを、アクセルを踏み込んでごぼう抜きしていく。
「他人の二倍働けってわけだ、だが日当も二倍出るから心配するなよ」
分隊から笑いが聞こえて来る。緊張している兵士がリラックス出来たならそれで良い。
――少なくとも直卒してる分隊はクァトロ並みの動きを求めても良くなったな。
兵の動きは機敏、問題の指揮官がマリー自身ということならば、いつもの行動を実行出来ることになる。
そこからやや暫くは畑だけの風景が続く。バーブは公道から少し北に離れているので警戒しやすいのが意外だった。
「左手のタディフをより警戒だ!」
公道から五十メートル以内には殆ど建物が無い。無かったわけではない、戦闘の結果軒並み破壊されてしまったからだ。
誰がやったかはイスラム国ということになっているが、実際は闇の中。このあたり最後の最後は、負けた者の責任として押し付けられることになるだろう。
「こちら先行偵察分隊、バーブを通過、異常なし」
その先は再度畑だけの風景、少し走ると右手に山岳と言うか丘陵地帯が広がったくらいだ。変わった部分はたまにNDFの軍旗が見えること。
――国民防衛隊、ここらは政府の支配下なわけか。もう少しでアレッポ空港がある、そこの守りを任せた形だな。
国際空港がある西の公道、その先は反政府軍の支配地域。この重要拠点だけは渡すわけにはいかない、そんな意志がはっきりと伝わって来る。
その空港から東に二キロ、ティヤラの街に到着した。
「先行偵察分隊、目的地に到着。周辺の警戒に移る」
――友軍とはいっても白ヘルの集団か。確か都市救難捜索部隊だったな。
こんな地域である以上、レスキューであっても自衛の武装位はしている。YPGの軍がやってきたことで注意を向けてきているのも肌で感じられた。
◇
ティヤラの公民館前にある広場、そこにYPGの攻勢部隊が集結していた。揃いの軍服の男達、髭面が多い。
中で毛色が違うのがILBの大隊、名前ばかりで規模は中隊でしかないが呼称はが改められることは無いだろう。
――あれがザーヒル大佐か、どちらかというと事務屋のように見える。きっと実際の指揮をするのは隣に居る少佐の方だろうな。
鋭い目つきをした四十歳前後のクルド人。ずっと激戦区に身を置いていただろう雰囲気を感じさせた。
安全策で時計回りに政府軍支配地を進めば、恐らくは奇襲を受けることはあっても真正面戦わずに、クルド人支配地域に到達することができる。
時間に追われているわけではない。ではそうするかと言えば答えはノーだ。ここに集まっているのは、YPGを代表する精鋭、回り道をしては防衛の為に命を懸けている全ての兵士に申し訳が立たない。
「YPJは公道を一直線進んだと聞いている。彼女らに出来て我等に出来ないでは面目がたたん」
ザーヒル大佐が将校らを前にして想いを漏らす。面目などどうでもいい、損害を少なくと言えば兵はそれに従う。いずれであっても指揮官の命令次第。
――イスラム国の方でも二度も通過を許すわけにいかんと力んでいるだろうな。だがこれに勝ってこその精鋭ってのには同意するよ。
兵らの様子を素早く確認する。警備兵のようにそわそわしているような奴は殆ど混ざっていない、肝が据わった熟練兵が多い。
その熟練兵一人に、一般の兵が一人付けられ兵力を二倍にしている。いずれは生き残った一般兵も熟練兵になり、基幹を形作っていくだろう。生き残る、それこそが大きな目標でもある。
「私はカユラン少佐だ。YPGアレッポ攻撃隊の参謀で、本部中隊の中隊長でもある」
大佐の演説が終わると、脇に控えていた少佐が作戦の詳細に触れた。
――やはりあいつが実質的な指揮官か。カユラン少佐、こいつの顔は覚えて置く必要があるぞ。
事前の調査をしてきたであろう行軍経路と厳重警戒地域の指摘、部隊の序列を定めるあたりは納得いくものだった。
これで上手くいかずとも強く非難など出来ない、何せ代案をこれよりきっちりと出すことが困難だから。現場に踏み込む参謀、自らの作戦に責任を持って遂行する、そこに文句があろうはずがない。
「この公道が交わる場所、モハメドラスラン学校とモスクの地域が厳重警戒区域、ここの一時的確保が今次の突破の鍵になるだろう」
アレッポ国際空港、市街地中心部、そして北部クルド人支配地域を繋ぐ主要公道の交差点。
南にある学校とモスク、北西にある公園、北東に残っているビルが三つ。これらに布陣して待ち伏せをしたら恐らくはYPG側が全滅に準じる被害を受けるだろう。その位防衛に有利な地形なのだ。
ILBの最前列に立っているエルドアン大尉が一歩前に出る。
「我等が拠点の確保を志願します!」
兵らの視線が集まる。クルド人の趨勢を決めるかも知れない戦闘の岐路、そこに真っ先に志願したのが外国人の義勇軍では話にならない。
直ぐにYPGの二つの中隊長も一歩前に出て志願した。
「ILBに学校とモスクを任せる。本隊の移動開始はこれより一時間後だ、諸君の健闘を祈る!」
朝七時にマンピジュを出てから五時間だ、まだ太陽は高いところにある。夕暮れまでに到達できなければYPGの敗北、そんな目安が浮かびあがる。
中隊ごとに集まり行動指針を確認しあっている。ILBも将校と下士官が集まり軍議を始めた。
「地図を見るんだ。公道交差点の南二十メートルにモスク、そのモスクから南東に四十メートルに学校がある」
相互支援を行える近距離、学校の方が敷地規模は大きい。周囲の民家は殆どが瓦礫の山になっていて、攻め寄せる側は遮蔽物が少なく不利だ。
現地に行ってみないと解らないだろうが、道にはバリケードが築かれていることだろう。
「学校を遮蔽物と見て、モスクからの攻撃を受けない様に南東から攻め上がる」
一直線で並んでしまえば確かにモスクからは攻撃が出来ない。逆に中心部分から両方に攻めようとしたら、十字砲火を受けてしまう。
問題は南東部が住宅街で道が細いと言うことだ。唯一使えそうなのは東西に走る幹線道路、学校の南五十メートルあたりまで道が延びている。
――これに沿って進んで、そこから先は突っ切るか? 瓦礫を乗り越えて徒歩で攻め込んでいるようなら死体の山を作るようなものだが。
どうしても情報が少ない。仮定で作戦を練るには限界があった。将校らの顔も晴れない。
――俺は何の為にここに居るかを思い出すんだ。自身の実力を示して、いずれは大隊長になりボスの役に立つためだろう!
無言で唸る数瞬が続く、そこでマリーが手を上げた。トランプ中尉が嫌そうな顔をするが、エルドアン大尉はそれを無視して発言を許可する。
「自分の分隊が先行して、この南東部のバリケードに爆薬を仕掛け、ILBの進軍を誘致します。ここと、この通りさえ車両で抜けられれば学校までは指呼の点です」
――道路全てを瓦礫で埋め尽くす程相手も馬鹿じゃない。自分達だって使うんだからな。
砲撃で吹き飛ばすには測量や試射などの手間暇がかかるが、爆薬を仕掛けるならば起爆させるタイミングは自由だ。
そこへ行き設置するのは物凄い苦労と危険を産み出しはするが。
上官はトランプ中尉でも、皆がILBの部隊員、エルドアン大尉の部下でもある。言語の都合上わけられているだけ、マリーの発言を吟味する。
「手前の一つは出来ないこともないだろうが、奥の交差点は流石に敵も警戒するだろう。難しくは無いか?」
「こういう時は発煙手榴弾です。奥への設置は大尉の部隊が来る直前に行います」
煙を巻き上げて数分待つようではここを狙ってくれと教えているようなもの、やるならば矢継ぎ早に行う必要がある。
進撃路が一つしかないならばそれをこじ開ける。ビダ先任上級曹長が居れば真っ先に志願しそうなものだとうっすら微笑すら浮かべてしまう。
「トランプ中尉の意見はどうだ」
マリーを直下に持つ将校であるトランプ中尉に意志を確認する。こうなればしめたもので、拒否しようものなら臆病者扱いされてしまう。
あの中尉がそんな状況で否を返事するわけが無い。
「可能でしょう。ですが重火器による支援を必要とします」
ある程度の距離を隔てた場所に二十ミリ機関砲の設置、そこから学校への牽制射撃を行うことを条件とした。
大隊の支援火器に二十ミリは四丁ある、飲める条件とはこれだ。発煙手榴弾に爆薬も用意できる、あとはバリケードを爆破して急接近して敵を駆逐するだけ。
そちらについては攻勢部隊だ、死傷を織り込んで占拠が適切かを見極められる。学校さえ奪えればモスクは正面から押せる。何せ校舎は高さがあるからだ。
「支援を認める。各種の装備を持ち出し準備を行え。本隊が動く三十分前に作戦を開始するぞ」
言い出したマリーの分隊が爆弾設置を担当することになった。重火器による支援射撃はベイリー少尉、学校への突入部隊の指揮はウィリアムズ曹長を従えてトランプ中尉が行う。
と言っても数名のみだ。エルドアン大尉の部隊を先導する形で進出するだけ。それでも先頭を行くのだから中尉がお望みである栄誉はついてくる。
――ここまで言っておいて出来ませんでしたでは済まされんぞ!
隣に居るドラミニ軍曹に視線を送る。すると平気な表情で軽く頷くだけだった。
「分隊出るぞ!」
三台の車両が独立して行動を開始する、いつどこで襲撃されるか分かったものではない。だがイスラム国にしてみたらどうだろうか。
千人以上の大集団が存在しているところから、たったの十二人離れて動く。監視はこの場を離れず、後方へ通報のみ行い監視を続けるだろう。
ドラミニ軍曹が乗る先頭車両が公道を北へ走る、たったの三キロかそこらしか離れていない。通報を受け取り指揮官の耳に情報を入れるのに様子を窺っていたところでは既に遅い。
「下手に指揮系統が整っているところでは、上官の指示なしで戦端を開くことも出来ないようだな」
――こちらが攻撃すれば別だろうがね。
時速四十キロで走行している、見張りが気づいて声を上げても、交差点から交差点の区画を通り抜けるのにたったの九秒しか掛からない。これでは判断を下す前に見送ってしまうことになる。
公道を左へ折れるとそこは片側二車線ある広い道路が続いていた。二百メートルほど進むと急ブレーキをかけて下車する。
素早く周囲を見回し遮蔽物に身を隠した。
「軍曹、そこのバリケードに爆薬を設置しろ!」
「イエッサ!」
「ムーア上等兵はそっち半分を警戒だ!」
「了解です!」
簡単な指示を出して自らも小銃を構える。十一対の目が全方位を警戒する間に、ドラミニ軍曹が爆薬を片手にアスファルトの道路を匍匐前進した。
まだどこからも攻撃は受けていない、市民の姿も見えなければ敵の姿も無かった。
「民家の瓦礫に光が反射した!」
兵が声を張る。急に太陽が動くことはない、それまで見えなかった光の反射があるならば、そこに何かが存在していることになる。
動物がたまたまいただけなら良いが、十中八九敵が潜んでいるはずだ。
「レェテタハラァコン!」
訓練の傍ら覚えたアラビア語で、動くなと警告を呼びかける。アレッポの住民ならばそのまま動かないだろうし、もしこれで動くようなら敵とみなしてよい。
「各自の判断で構わん、動いたら撃て!」
単純明快な命令を下しておく、兵を迷わせるようでは下士官として失格。状況が明確になれば真っ先に引き金を引く、それだけを徹底させる。
バリケードの真下に潜り込み、アタッシェケースサイズの爆弾を設置。向かった時同様、這って仲間の元へ戻る。
「曹長、設置完了です!」
「ご苦労だ」
――爆発したら注目が集まる、それから進出では遅いからな。
学校がある場所まで僅か百メートル弱、次の目標がある交差点までは四十メートルだ。二十メートル区画で細い道がある、それを越える時が危険だと解る。
「車両はこのままで良い、あちらの細い道手前まで移動するぞ。軍曹、行け!」
「ラジャ!」
三人を連れて姿勢をこれでもかと低くして前進する。先ほどの反射した光、まだ動きが無い。
「ムーア上等兵が殿だ、俺が合図したら動け」
「アンダスタン!」
マリーも三人を連れて瓦礫の間を進む。常に視界を広く持って、不意の攻撃に備えた。
五メートル、また五メートルと進んでいき、反射した光がある民家を狙える位置で一旦止まると後方へ合図を送る。
ムーア上等兵の班が移動を開始した。それを支援する態勢をとって、マリーの班が彼らの背を守るように目を凝らす。
「ムーア、あの民家から目を離すなよ。道路手前まで進むぞ」
待っていたドラミニ軍曹と、瓦礫一つ挟んだ場所にしゃがんで様子を窺う。
「どうだ」
「左手、あの街灯があるあたりに気配が」
西側の二つ先の区画、言われてみれば確かに潜むには絶好の場所なような気がしてくる。
腕時計を見た、エルドアン大尉の部隊が来るまで十分程度だろう。
「俺が支援する、軍曹は道を越えるんだ」
「合図で進出します」
左右の兵士に制圧射撃を行う旨を伝え小銃を肩付けさせる。その他に動きがないかを一瞥し「撃て!」マリーが号令をかけた。
小銃によるセミオート射撃、乾いた音が連続して響くと、直ぐに瓦礫に弾着して小さな煙をあげる。
声に合わせてドラミニ軍曹は細い道路を素早く越えて一つ先の区画へと入り込む。二人を送り込み怪しい街灯下の場所を捜索させた。
「無人ですが、タバコの吸い殻が落ちています!」
まだ熱を持っていたとのことで、つい先ほどまでここに人が居たのが明らかになった。
兵を戻して先の区画を警戒させる、そしてマリーの班も道路を越える。
「ムーア、こっちにこい!」
最早民家に敵が居たとしても何も出来ない場所にまでやって来たので隊を移動させる。
道路を渡り終えるとすぐに軍曹の班を区画の端っこにまで進め、自らも交差点を臨める場所へと動く。
「あと三分か。軍曹、爆弾の準備はいいか」
「こんな愉快な作戦に参加出来たことを各方面に感謝しますよ」
にやりと笑みで返事をする。このくらい余裕があると兵も落ち着くものだ。
「発煙手榴弾準備、ここから俺達の祭りが始まるぞ」
左肩に着けている無線機から声が聞こえて来る。
「こちらベイリー、位置に就いた」
支援の重火器を設置したらしい、これで学校との銃撃戦で力負けすることは無いはずだ。
「ポイント通過まで三十秒!」
お馴染みトランプ中尉の不機嫌な感じがしっかりと無機質な音の無線機から聞こえてきた。
「良し、投擲しろ!」
それぞれが一つ、そして追加でもう一つと発煙手榴弾をアンダースローで投擲する。一帯があっという間に白い煙で覆われる。
つい先ほどまでそこに居たはずの軍曹が姿を消している。トランプ中尉の乗る武装ジープの姿が先に爆破した交差点に見えた。
「完了!」
煙の中から軍曹が転がって来ると同時に報告した。起爆スイッチを押す、すると大きな破裂音が聞こえ瓦礫が宙を舞う。
破片で負傷しない様に遮蔽物に身を預けて数秒待つ。もうもうと煙る交差点を武装ジープが通り抜ける。
「突撃だ!」
エルドアン大尉の勇ましい命令が下った。敵がどこにいようと構わず、学校へ向けて機銃を撃ち続けながら乗車歩兵が距離を詰める。
二階以上の窓へ向けて二十ミリ機関砲弾が次々と撃ち込まれた。
急に現れたILBの兵に驚いた伏兵が慌てて持ち場を捨てて味方のいるところへと逃げ出していく。
男が背を撃たれるまで僅か二秒、戦場で逃亡することの意味は死でしかない。生き残るためには戦いながら場を退く、これしかない。
「学校突入は譲るが出番はまだある、俺達も進むぞ!」
マリー分隊も徒歩で校庭へと侵入、あちこちに銃弾が飛び交う戦場を一直線進んだ。不思議と向かっていく者には銃弾があたらない。
トルコ人部隊が校舎の内部へ突入、他の者達は周囲を警戒している。三階までしかないので数で押すとあっという間に陥落してしまう。
「校内を制圧完了、守備兵は全滅させた!」
トルコ人中尉が誇らしげに戦果報告を行う。マリーはトランプ中尉の隣に行くと「モスクへの突撃を志願します!」次の戦場を求めた。
「いいだろう、俺も行く。トランプ中尉よりグループへ、モスクを攻撃するぞ!」
直線距離は六十メートル。学校の二階、三階から支援の射撃が行われ、英語圏グループは北の住宅密集地の隙間を縫って接近する。
すぐ西には道路があるがそこを通るような馬鹿な真似はしない。
背が高く屋根が出っ張っているがモスクは一階建だ。瓦礫に身を隠してモスクからの攻撃を凌ぐ。
「思いのほか激しいな」
トランプ中尉が出鼻を挫かれたとばかりに苦虫をかみつぶしたような顔になる。ここで多大な犠牲を払うつもりはない。かといって手をこまねていればYPG本隊が被害を受けてしまう。
モスク周辺に点在して守りを固めている、今が重要だということにイスラム国も気付いているようだ。
――やはり作戦情報は漏れているとみて間違いないな。あと十数分で本隊が通過する、それまでに制圧しておかねば!
通りの左右を見てもこれといった弱点が見いだせない。強固というわけではないが、地の利を生かした配置を行っているといったところ。
「マリー曹長、自分が突撃しましょうか?」
ドラミニ軍曹が自身を囮にして切り崩せないかと提案する。
「ここで軍曹を失うつもりはない。手立てを考えるんだ」
――迂回している暇はない、真正面行ける道筋も無いか。では搦め手や目くらましで数秒を稼ぐしかない。
発煙手榴弾を部隊から集めて煙幕をはるかとも考えたが、通りの多くを隠せるほどの数が集まるとは思えなかった。
考えが堂々巡りする。ところが突然目の前一帯の瓦礫が次々と弾けだす。
「曹長、校舎より重機関砲の集中砲火支援です!」
「持つべきものは味方だな! 反撃が弱まっている、援護しろ!」
全自動射撃を行い横へスライドさせながら射撃を行った。マリーの班が一番手で道路を横切りヘッドスライディングして瓦礫の下へと潜り込む。
匍匐前進し、左右の敵に弾丸を送り込む。柔らかい側面を撃ち抜かれて敵の防衛線が少しだけ後退した。
「曹長に続け!」
ドラミニ軍曹が大声で叫ぶと道路を横切る、ILBの各部隊から掩護射撃が集まった。マリー分隊が道路を突破すると後続がそれに倣う。
モスク外の防御が乱れて建物での籠城戦が始まる。
「グレネード装填、各自発砲!」
イスラム教徒ではない兵士が、モスクをただの防御拠点だとして砲撃を行う。頑丈な建物ではあるが、狙った砲撃の一つが運よく窓から中へと飛び込み、内部で爆発する。
悲鳴が聞こえ、急激に反撃が弱まった。
「テイクバヨネット! フィクスバヨネット! ゴー!」
小銃に着剣をさせてモスクへ突入する。同士討ちを避ける為に鈍器での殴り合いが頻発するが、マリー分隊が装備した銃剣が猛威を振るう。
腹を貫いた銃剣、一発発砲して引き抜くために足蹴にして次の相手を探す。
ところが屋内の敵はすべてが床に転がり血を吐きながら呻いていた。
「モスクを制圧した!」
――くそっ、通りを抜けるのに手間取った。ビダならばこんなことにはならなかったはずだ、悔しい!
半死半生の敵に止めを刺していく。ここは戦場で、相容れないものが敵、情けは互いの為にならない。
トランプ中尉がやって来てモスク内を一瞥すると「よくやったマリー曹長」短く労をねぎらう。
「反省点があり素直に言葉を受け取れませんが、部下は良くやってくれました。是非彼等に声をかけてやってください」
思い起こせばもっと上手い事運ぶことが出来た箇所が幾つもあったと首を横に振る。
「勉強熱心だとしておこう。戦いはまだ始まったばかりだ、公道交差点の警備に行くぞ」
「サー イエッサ!」
マリーは初めてトランプ中尉の笑みを見た。満足いく結果を得られたことが喜ばしいらしい。
既にエルドアン大尉が交差点警備に部隊を動かしていたので、車両の回収と後方警戒の任務に就く。
YPG本隊が交差点を北へ折れていくのを見届けると、三か所の部隊も集合してクルド人支配地域へと向かうのであった。




