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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第百二十九章 司令部襲撃!


 マヤーディーン市は二平方キロ程度の市域を抱えている。北西部から東部がユーフラテス川に沿っていて、残りに防衛線を集めていた。


 北東部に架かっていた橋は落とされたままで、三角州を渡る形で簡易浮橋が設置されている。


 だがこれでは川を船で通過することが出来ずに不便極まりない。


 これを解決する案が出された。浮橋の強度に目を瞑り、手動で下流へ折れるように橋を分割したのだ。


 そうすることで定期的に船を通過させることが出来る上に、通行にも使え、非常時には不通に出来る。


 散発的に銃撃音が聞こえて来る。市を攻囲しているイスラム国のものだ。


 レバノン軍が主力で防御を固めているが、南部はマヤーディーンの鷹が一部の防衛を担っていた。


 市街地はマヤーディーン大隊を呼称する自警団が警備し、何とか支えている。


 もう二週間以上も囲まれたまま気を張っていた。攻める側は好きな時に戦力を集中で良いが、守る側はずっと休むことが出来ずに疲労が蓄積していく。


 外部からの物資の流入も殆どがストップし、市内の生野菜は値段が暴騰していた。


 武装も定数揃えることが出来ずに、自警団は小銃を二人で一丁だけ。


 弾薬も乏しく、そのせいで防衛側の銃声が少なかった。


 レバノン杉の国旗と軍旗が風で揺れる。


 在留レバノン人だけでなく、シリア人市民も肩を寄せ合い軍兵を見詰めていた。


 ここで包囲され戦火に怯えるか、再度イスラム国の恐怖支配が始まるか。生きるも地獄、死しても極楽へ行けるか難しいところだ。


 いくら創設の意気を大切にしようと、壊滅しては意味がない。


 マヤーディーンの鷹が戦線の離脱時期を伺い始めているのを感じている者が多い。


「ハラウィ中佐、市民の代表が面会を求めています」


「通してくれ」


 リュカ先任上級曹長が取次ぎをする。芳しくない相談をされるか、それともお手上げの要求をされるか、いずれ問題を投げかけて来るだろうことは簡単に予測できた。


 細身の髭もじゃ、砂漠のイスラム教徒がイメージにあっている。


 席を立ってハラウィ中佐が代表の傍に歩み寄った。


「イスマイルです。お願いがあってきました」


「お話を伺いましょう」


 応接椅子に掛けるように勧め、自身も腰を掛ける。


 言うべきことを言わずには戻れない、だが強くも言えない。イスマイルがどう切り出して良いかと口をつぐんだまま唸り声だけを上げた。


 およその内容は絞られていたので、ハラウィ中佐が逆に切り出す。


「イスマイルさん、市民の状況はいかがでしょうか」


 テーブルを見詰めていたイスマイルが口を半開きにしてハラウィ中佐に視線を移す。


「その、食料が不足していまして……」


 避難した民間人を抜いて凡そ四万人が残って居た。それらが一日に消費する量を大まかに計算する、水は川があるから良いとして二十トン弱になるとはじき出す。


 全てが全てではないが、在庫を取り崩しても一か月かそこらで様々枯渇し、士気に大幅な悪影響が出てしまう。


 完全包囲ではない、イスラム国も認める通商隊が高価で売っていく場合もあった。


「戦闘物資の他に補助用で半分として、一日十トンの食糧といったところでしょうか」


 トレーラーに満載したとして一台で概ね一日分、通すためには間違いなく護衛が必要になるだろう。


 今のハラウィ中佐には荷が重い。


「家畜に与える飼料が無ければ飢え死にしてしまいます。そちらも……」


 家畜が生み出す食糧もあるので却下するわけにはいかない。


 戦闘物資をレバノン軍、自警団、そしてマヤーディーンの鷹に配布し、食糧と飼料を含めたら一日凡そ五十トンにもなってしまった。


 戦は兵站とは言ったもので、毎日トレーラー五台編成のコンボイを一往復させても現状維持にしかならない。


「俺はどこまでも見通しが甘い……」


 ニカラグア内戦でも補給を軽視していたが、グロックの備えに救われていたのを思い出す。


 イスラム国は量が少なくても食糧の配給をしていた。


 草の根と乾パンを泥水ですすったとしても、何とか命を繋ぐことだけは許されていた事実がある。


「非常に申し上げにくいのですが、もし我らが重荷ということならば、レバノンの方々だけを保護して脱出なされても恨みはしません」


 イスマイルも無理を承知で要求していた、背に腹は代えられない、恨み言をぶつけて腹いせに攻撃でもされては大変だ。


 ハラウィ中佐がそのようなことを命令するわけがないが、付き合いが浅いのでそう思われても仕方ない。


「イスマイルさん、何とかしますのでご安心を」


 これを蹴ってマヤーディーンを喪失したら最後、義兄に迷惑を掛けてしまうと態度を決める。


 どうやって解決するかはこれから考えるしかない。


「おお! 左様ですか。すぐに皆に報せてきます、市民は何とか押さえますので食糧の件、何卒お願いいたします」


 長年の憑き物が落ちたかのように明るい表情になりイスマイルは部屋を去って行った。


 それとは対照的にハラウィ中佐の顔は曇っていて肩は落ちていた。


 傍にリュカ先任上級曹長が歩み寄る。


「中佐」


「ああ、解っているつもりだ。俺のちっぽけなプライドなど捨てちまえってことだ」


 軍人としての手腕の限界を見た気がした。これを覆す策が浮かばないのだ。


「求められているのは戦闘に勝利することだったでしょうか?」


「何だって?」


 顔を上げてリュカ先任上級曹長を見詰める。何を言いたいのか先を促すように。


「中佐の目的はイーリヤ閣下の目指す先を支えることであって、この防衛戦を独力で勝ちぬくことでは無かったはずです。市を維持し、ユーフラテス同盟を繋ぎ止めることが直近の目標ではないのですか?」


 全くの正論にぐうの音も出ない。ハラウィ中佐は拳を握り不甲斐なさに大きなため息をついた。


「リュカの言う通りだ。俺の目がどれだけ節穴か思い知ったよ」


「自分は中佐の部下です。意見を採るならば、即ちそれが中佐の考えでもありますので」


 長年連れ添ってきたリュカ先任上級曹長の存在に感謝し方針を決める。


「砂漠の第五司令部に補給要請を出しておけ」


 第五司令部、どこに駐屯しているかは当人ら以外誰も知りえない、ロマノフスキー准将の移動司令部だ。


「ウィ モン・コマンダンテ。して中佐は?」


「俺は防戦の直接指揮を執る。どれだけ早くとも補給は十日先になるだろう、それまでに負けてしまいましたとは死んでも言えんぞ!」


 士気が低下すると言うならば頂点が陣頭に立つことで引き上げるまでと意気込む。


「身辺護衛は自分が必ずや。武器だけでも空輸要請を出してみてはいかがでしょうか?」


 大攻勢が来てから求めても遅きに失する。


「本国に要請する」


 それから四十八時間、押っ取り刀で飛び出した輸送機が、市内の大通りに落下傘で物資を投下していくのであった。



 マヤーディーン南西五十キロ、アブー・カマールからも等距離の砂漠ど真ん中に装甲バスを中心とした集団が存在していた。


 ロマノフスキー准将を司令官とするクァトロ第五司令部。


 副官のブッフバルト少佐を戦闘団に引き抜かれてしまい、片腕をもがれた状態ではあったが、准将が実務を取仕切ることで支障なく活動で来ていた。


「ド=ラ=クロワ大佐に命令を出しておけよ」


「承知しました閣下」


 手駒が不足する、それを埋めるのは三日月島から引いてきていたグレゴリー中尉。


 臨時副官として傍に在って様々対応を司ることになっていた。


 フォートスターでマリー中佐から事務部長を拝命していたのだが、ロマノフスキー准将が赴任すると同時にシリアに異動させている。


 海のものとも山のものとも正体が見えていないケニア軍のワイナイナ中尉も引いていた。


 キガリで島に面会して以来、さしたる任務を与えられず黙って控えていただけで自発的に動くことも無かったのを指名した。


 能力がどうあれ信用できる将校が居るならば、上手く使ってこその将軍だということ。


 少し意外だったのは、グレゴリー中尉とほぼ同時に着任したトスカーナ少尉だった。


 入隊以来三日月島でずっと糧食関連の任務に従事していた士官で、戦闘とは一切無関係。部隊ではパスタ少尉の仇名で通じる。


 味気ない食事を嫌っただけが理由ではない。准将が独自の糧食を開発させようと打ち合わせる意味を込めて呼んだ。


 後にレストラン・アフリカの星と共同でクァトロの戦闘糧食に革命を起こす人物になるのだが、今はまだただの司厨長士官でしかない。


 とは言え砂漠のただ中であっても美味しい食事が提供されることに部隊は大満足しているのも事実である。


「マヤーディーンの状況はどうだ」


 変化があればすぐに報告が上がるようにはしてあるが、気が付いたら耳にするようにしている。


 いつ情報に齟齬が出たことに気づけるか、細心の注意を払っていた。それもこれもブッフバルト少佐が不在だからということに起因する。


 ニュース関連はフィル先任上級曹長にも担当させていた。アラビア語が理解できる側近が他に居ないからだ。


 ワイナイナ中尉が文章だけならスワヒリ語との共通部分を三割程度だけなら拾えたが。


「芳しくないです。防衛線は維持しているようですが、イスラム国の包囲がきつく戦力低下が顕著です」


 徐々に衰退しているので今日より明日は更に、といった具合な経過を想定している。


 近隣のユーフラテス同盟も防衛で精一杯、援軍を振り向ける余裕はない。


 様子見をしていたのだが、先刻ついに補給の要請が出てきたわけだ。


 だがそれは援軍要請ではない、今すぐに介入しなければならない程ではないのだ。


「もし崩壊が始まる様なら即座に救援可能なように準備だけはしておけよ」


「ダコール」


 連絡待ちではなく、監視を派遣するようにと一言添えて置く。


 部隊への直接命令もフィル先任上級曹長が担当している、過剰な負担になるのは各々が承知していた。


「オビエト上級曹長、ユーフラテス同盟とファルージャを繋ぐ、各種申請や報告の書類事務はお前が担当しろ」


 起草自体はスペイン語で構わんとハードルを下げておくのを忘れない。


「スィン。報告はグレゴリー中尉でよろしいですか?」


「ああ、俺でも中尉でも構わん」


 さしたる時間差も無く耳に届くので了承した。


 偽装民兵団を再考する。使いやすさと戦闘能力の意味から凡そ二百から三百に別けて、呼称を変え配備してあった。


 これらへの補給や統制、戦闘実務に防諜などやらなければならないことが山積している。


 それらすべてをロマノフスキー准将が直接取仕切っているので、時間がいくらあっても足りなかった。


 副官の有難みを身を以て再度知る。


「だが俺のわがままは既に一度通しているからな……」


 誰にも聞こえないように小さく小さく呟く。野暮用解決を手伝って貰った事実があるのだ。


 トゥツァ少佐が居れば何とか独立民兵の統率がとれるだろうと考えもした、呼べば数日でやって来るのも解っている、だがおいそれとそうは出来ない。


 残してきているにはそれぞれに意味があるのだ、己の努力で解決できるうちは甘えは許されないと知っていた。


「……そういうえばシリア・ファールーク大隊ってのがいたな」


 ふと思いだし口にする。誰に向けて言ったわけでは無いがフィル先任上級曹長が応じた。


「イラク、並びにシリアに跨っているファールーク大隊のシリア民兵部隊でしょうか」


 最後のエジプト王だったファールーク、その名を冠した部隊は二桁単位で存在している。


 なので「ファールーク大隊」と言うと混乱が起こるものだ。


「そいつだ。シャムワッハとの交渉で女性らを帰国させた奴らの同系統部隊。そいつらを持ち上げてデリゾール県のファールーク作戦指司令室を設立して、複数の部隊を合同させる」


 手駒が無いならば出来る奴にやらせる。それが敵対者でなければ味方でなくても構いはしない。


 離合集散など簡単に出来てしまう、不都合が出てくれば抜けてしまえばよいだけ。


「閣下がその作戦司令室の司令官にですか?」


 流石に表面上は無理がある、では代理人はどうするのかという話に繋がった。


「裏ではな。こういうものには年齢も必要だ、苦労や人種もな。適切な人物が浮かんだよ」


 クァトロの意を汲み、アラブ圏内の顔つき、年配者であって危険を顧みず、否を返答しない人物。


「どなたに連絡を?」


 フィル先任上級曹長ではすぐに思いつかず確認を挟んで来る。


「三日月島のアフマド統括事務官にだ」


 なるほどと得心いった、彼ならきっと可能だろうと。



 クァロト第四司令部はマーカッドの郊外、より正確には市域の南東、バブール川沿いにある街から東の山脈に向かったところにある。


 ナンバー司令部は現在島の第四、ロマノフスキー准将の第五、グロック准将の第七、エーン大佐の第六、ド=ラ=クロワ大佐の第ニ十八が存在している。


 それ以外は全てマリー中佐の戦闘団司令部に組み込まれていた。


 兵らに命令を下すのは各司令部の司令官であり、各司令部には第四司令部から命令が発せられる。


 島と行動を共にしている参謀・将校らは第四司令部部員としての義務と権利が与えられていた。


 即ち島の名の元に上官にあたる人物に命令を通達することがあるということだ。


 本部である第四司令部は二十四時間休むことなく稼働中で、深夜三時少し前であっても当直士官が通信室に詰めている。


 現在の担当はハウプトマン大佐。


 睡眠時間をスライドさせてローテーションを組んでいるが、副官であるサルミエ少佐だけは免除されていた。


 理由は単純明快で、日中不在では司令官が迷惑をするからだ。


 山地ということもあり、司令部そのものを物理的に秘匿するには好条件を備えている。


 エーン大佐が短い時間ながらも真剣になって探し求めた地、絶対防御力が高い要塞ではあるが、一つだけ戦略的要素が含まれていたので穴があった。


 それは緊急時にヘリの離着陸が可能な平面がすぐ傍にあるということ。


 このせいで勾配がきつい斜面に陣取ることが出来ずに、山岳の裾野近くになってしまっている。


 出撃路も当然必要とし、ある程度の居住空間も必須、戦闘団も同じ場所に駐屯するとなると結構な広さを求めることになってしまった。


 結果、第四司令部は独立させ、戦闘団はブッフバルト少佐が少し離れた別の場所に置いていた。


 サイード中尉の司令部護衛中隊数十が主力、別口でエーン大佐の親衛隊が数十。これが即戦力の全てとなっている。


 通信室にあるデスクに向かい、内部資料の確認をしながら時間を過ごしていたハウプトマン大佐が微かな振動を感じた。


「今のは?」


 通信士らに話しかけるも首を傾げるのみ。一人がヘッドフォンに手をやり、通信を確認する。



「敵襲です!」


 詳細は不明、砲撃を受けていることのみ声を張った。


 緊張が走る、直接戦闘になることなど久しいことなのだ。


「通信士は詳細を確認しろ。全将校に待機命令発令」


 ハウプトマン大佐が落ち着き払った声で命じる、通信室はそれで大分平静を取り戻したように見える。


 指揮官が慌てていては小事が大事になるが、これならば問題ないとの空気が流れた。


「八番の夜直より報告、迫撃砲による砲撃を確認、想定では八十一ミリ」


「要塞はその程度では崩壊しない。歩兵戦闘に警戒を出せ」


 通信室は戦時に発令所にもなる、そこへサイード中尉が駆けつけてきた。


 将校待機命令が出る前に、夜直の部下から直接報告を受けて起こされたので一番乗りしている。


「敵襲の報を受けました」


「被砲撃中だ」


 同様に報告を受けているだろうと簡潔に返答する。


「陣頭指揮に出ます、ご許可を」


「当直権限で許可する。敵の識別、規模の把握を最優先だ」


「イエッサー!」


 胸を張り敬礼すると足早に部屋を出た、防戦では一定の評価を得ているサイード中尉ならば心配ないだろうと後ろ姿を見送る。


 数分遅れてエーン大佐を始めとし、将校が全員揃う。島はまだやって来ていない、一次報告をまとめてから迎えるつもりで。


 侵入者が居ないとも限らないので、混乱時には島は部屋を出ないようにと事前に筆頭護衛であるエーン大佐にきつく言われていた。


「八十一ミリの砲撃を伴う敵襲を受けております」


 ハウプトマン大佐が司令官席をグロック准将に譲って起立したまま、サイード中尉が索敵中であるなどを報告する。


「エーン大佐、要塞内の防衛を行え」


「ヤ セクレタリジェネラル」


 言われずともそのつもりで、既に親衛隊に命令を下した後だ。


「他の司令部に伝達はしたか」


 大佐の顔を見ずに答えが解っている確認をする。


「ナイン。現状の把握のみを命じてあります」


 いくら奇襲だといえども、少数を自力で撃退出来ないと司令部の能力を疑われてしまう。


「周辺の最大兵力は在地イスラム国、少し離れるとYPGだな。三か所の部隊が合同したとするとこちらの五倍は居る計算になるか」


 グロック准将が読みを口にする。相手が判明すればかなり絞り込めるのだが。


 そろそろと待っていたところへ「サイード中尉より指揮所。敵は黒の戦闘服、アラブ人、小銃で武装……AK74、山頂側と平野側に別れて攻撃を仕掛けてきています。発砲音より三百前後が接近中の模様。重機関銃も存在」実際に死体を調べているのだろう、銃の種類まで特定してきた。


 後方支援も含めたら二倍はいるだろうことを想定して置かなければならない。


「閣下を」


 危険度がかなり高いことを認めて善後策を練る。各自がどうしたらよいかを考え、サルミエ少佐が独断で戦闘団司令部に武装待機を下命した。


 これだけ上官がいて、呼べば声が届くのに独断で。


 準備を整え待っていたのだろう、島はものの一分程で通信室に姿を現した。


 全員が向き直り敬礼で迎える。


「閣下、司令部が攻撃を受けております。耐えきることも可能でしょうが、現状では被害が大きくなります」


 島が報告を聞きながら譲られた司令官席に腰を下ろす。グロック准将が情報を漏らさずに伝える。


「なるほど、グロックはどうするべきだと?」


 耐えられると判断したのなら実際にそうなのだろうと最悪を概ね決めてしまい質問する。


「反攻に出て敵の司令部を排除し、こちらへの被害を食い止めるべきです」


 まさかの発想に眉をピクリとさせる。確かに待っているだけより早めに戦闘が終わる可能性が高い。


 ただし、攻撃に出る部隊は損害必至だ。


「他の者、何か意見はあるか」


 反対をするならば対案を必要とする、否定のみならば黙っていろというのが日本と大違いだ。


「いいだろう。詳細を」


 この先は反攻が既定路線ということで進められる。


「サイード中尉の部隊で司令部の場所を捜索させます。その後、選抜小隊で攻撃を仕掛け駆逐」


 あまりにも簡単すぎる手順、だがそれ以外の内容になりえないので了承する。


「暗夜の戦いだ、装備制限を一時的に解除してやるんだ」


「ダコール モン・コマンダンテ」


 グロック准将が司令官席の右隣りに居場所を移す。サルミエ少佐は定位置、左隣だ。


「武装レベル制限解除を通達、エーン大佐、麾下の戦力を以て司令部全域の護衛を受け持て」


「ヤ!」


 親衛隊指揮官に命令を下し準備に入らせる、独立した場所に指揮所を置いて防衛指揮に専念するために通信室を退室した。


「サイード中尉に、防衛を引き継ぎ次第捜索に出るように命じろ」


 島に代わって、続けて通信士に言い放つと結果を待たずに次を命じる。


「ハウプトマン大佐、反攻部隊の指揮を執れ」


「ダコール」


「ヌル少佐、リンゼイ中尉、両名も指揮下に入るんだ」


 言わずとも三個部隊、十二名で編成するだろうことを知っているのだ。


 夜間戦闘小隊、かつてハウプトマン大佐が外人部隊で指揮していた最高の戦闘部隊。急造なのでそれには劣るだろうが、現状ではこの顔ぶれが最善。


 三名が連れだって部屋を出る。


「サルミエ少佐、戦闘団を近隣にまで進出させろ。航空部隊はいつでも離陸出来るように待機。第五司令部にも通報だけ入れて置け」


「ウィ モン・ジェネラル」


 ファルージャにある後方基地、そこに居る航空部隊にも通知され、備えを万全にする。


 飛べと言われたら夜間だろうと暴風雨だろうと関係なしに彼らは駆けつけるだろう、だが今はまだ待機が命令だ。


「大佐は体力的にきついのでは?」


 将校らが全て傍から離れ、声が届かなくなったあたりで、傍に居るグロック准将に初めてそう言った。


「ヴァルターも俺も、四十歳あたりの体力を維持している」


 長時間は無理でも、戦闘そのものは問題ないと言う。


 それが強がりなのか真実なのかは解らないが、訓練を欠かさずに日々を過ごしてきたならば、多少の踏ん張りはきく。


「ブッフバルトが来るのを待って攻撃させてもいいと思うがね」


 あいつらならば五倍くらい何の苦も無く排除する、確信じみた口調で疑問をぶつける。


 好き好んで貴重な参謀将校を投入することなどないのだ。


「だからだ」


「何が?」


 言葉の意味が解らずにグロック准将の顔を見詰める。


「お前はヴァルターの力を心の奥底から信用出来ていない、だからあいつは命を張って信頼を勝ち取るために戦うんだ。これは部隊全体への声なきメッセージでもある」


 言われてすぐに反論が出来なかった。


 ――確かに俺は大佐を漠然としか捉えていなかった。


 島がそうだということは、部隊の者達もきっとそうなのだろうと今さらになり知る。


「ほんとお前も大佐も俺なんかには勿体ない人材だよ」


 グロック准将は通信士の背を見たまま、フンと鼻を鳴らし口を開くことは無かった。



 親衛隊から選抜された最高級の兵が六名、下士官が三名、中尉が一名、少佐が一名、大佐が一名。


 全員が共通の装備に身を固めた。黒の戦闘服、将校らの左腕には四つ星が刺繍されている。


 コムタックは特殊部隊グループをセット。暗視ゴーグルにヘルム、FA-MASには銃剣と消音装置、ゴーグルで確認できるレーザーサイトがアクセサリで装備されていた。


 SMAW ロケットランチャーのサーモバリック、RPG7ではなく対人用にこちらを装備する。司令部を発見次第一発撃ち込めば全滅させることも難しくない。


 狭い空間の酸素を全て燃やし尽くす兵器、もし室内などならば致死率は百パーセントになる。


 予備弾倉と手榴弾を抱えられるだけ抱え、最低限のエイドキットのみを携帯した。


「貴官らは選ばれし戦士だ。今、司令部は未曽有の危機に瀕している。これを打破するために、我等十二名は敵陣へと切り込み、敵司令官を排除するのが目的だ。私は誰一人失うつもりは無い、生きてこの場へと帰還するまでが作戦と心得よ」


「ウィ モン・コマンダン!」


 サイード中尉が放った捜索小隊が警備厳重な部隊をやや後方に発見、指揮車両らしきモノを確認した。


 司令部を経由して幾つかの情報が入ったが、それが唯一の可能性に思われた。


「特殊部隊は指揮車両を目標司令部と断定し作戦を実行する」


 暗夜の少数捜索にこれ以上時間を掛けられない。遅くなればなるほど味方の被害が増大する。


「第四司令部よりサイード中尉、部隊を撤収し防衛に戻れ。エーン大佐の指揮下に入るんだ」


 ハウプトマン大佐の声を受けて司令部から命令が下る、こうなれば周囲の動く者は全て敵なので解りやすい。


「フォーススペシャル ソーディ!」


 黒人曹長が先頭で迫撃砲弾が降る山間の地を南進する。平野部に指揮車両があり、一個中隊が戦闘に参加せずにいるらしい。


 一連射で全滅しないように間隔をあけ、明かりも無しで不整地を小走りした。


 敵も味方も黒い戦闘服、進む向きは違うが目の端に映ったとしてもすぐには射撃してはこない。


 味方と誤認している者も混ざっていたが、不審な集団だと警戒するよう警報がだされる。



 中隊が戦闘態勢に入る、それを見た特殊部隊は片膝をついて一角に銃撃を集めた。


「左翼を切り崩す、チィェレィ!」


 ハウプトマン大佐の命令がヘッドフォンから聞こえる。フランス語が使用言語になっているが、リンゼイ中尉が何とか拾える程度で他は全てが理解者で固められていた。


 七割も防御を削いだら直ぐに前進し、万全を求めずに行動する。


 もし残りの三割に反撃を受けて死傷したならそれは運が悪かったと割り切り諦める。敵は音もなく忍び寄る死に恐怖心が首をもたげていた。


 荷重負担と高温で息が上がる、だが無理矢理に落ち着かせるとしたたり落ちる汗を袖で拭い全体に気を配る。


「ヌル少佐、十時の方向に六十歩進み側面から攻撃を行え」


「ダコール」


 敵の急所を素早く見て取りピンポイントの指示を飛ばす。


 どこを攻めていけば防御が崩れるかが手に取るように感じられるのだ。


 激しい戦闘にどこまで体がついていくか、そこだけが懸念だった。


 歯を食いしばり、重さで動きが鈍る足を気力で動かし前へ進む。


「リンゼイ中尉、二時の方向へ二十歩だ」


「ダコール!」

 十字砲火を受けて防御が少しばかり後退する。


「分隊続け!」


 すかさず要地に自身が踏み込む。二カ所から制圧射撃が行われ、少しだけ反撃が少なくなると一気に地歩を得る。


 ハウプトマン大佐らはその場に伏せて無防備な側面を晒している敵兵に致命弾を次々と撃ち込んだ。


 ヌル少佐は側面を守る意味合いを含めてやや強引に切り込む。


 だが動いたのを認めた大佐が絶妙な援護射撃を行い、被害を未然に防ぐ。偵察支援中隊の指揮官だった戦歴は伊達ではない。


 腕に熱を感じる。何かと思い手を当ててみると血がべっとりと付いていた。


「大佐殿、応急処理を」


 慌てず騒がず、ハウプトマンは弾倉を交換しながら衛生兵でもある軍曹の処置を待った。


 戦闘での負傷など一体いつ以来だろうかとふと考えてしまう。


 まるで他人事かのように手当てをチラッと見ては周囲を注視した。


 後方に逃げられてはここまで来た意味がない、司令官が怖気づく前に片付ける必要がある。


「各位合図でフラッシュグレネード投擲、決して見るな」


 声を出さずに右胸に吊ってある短めの缶飲料位の手榴弾を手に取る。


 一方でハウプトマン大佐はSMAW ロケットランチャーを用意した。


 指揮車両までの距離はそう遠くない。だが護衛の密度が一気に濃くなっていて、これ以上は簡単に食い込めそうにない。


 勝負をかけるならば今しかない。何の指標も情報も入ってこないが、歴戦の勘がそう告げていた。


「投擲準備。トロワ、ドゥ、アン、ランスメン!」


 十一の手榴弾が前後左右に一度に放られた。


 それぞれが目を閉じて両手で耳部分を押さえる。


 数秒で暗夜に百万カンデラ以上の眩い輝きと、百七十デシベルもの爆音が半径十五メートル内に炸裂した。


 不用意に範囲内でそれに晒された者は一時的に失明し、口を半開きにしてふらふらとして倒れる。


 ふと射撃音が少なくなったのを感じると両目を開いて周囲を素早く確認する。


「援護しろ!」


 ハウプトマン大佐がロケットを担いで一気に飛び出した。


「大佐を援護します!」


 ヌル少佐が無事で居る敵を狙って全自動射撃を加える、弾が無くなればすぐに再装填しまた引き金を絞る。


 指揮車両へ射線が通る場所まで駆けると、飛んでくる弾丸を無視して照準する。


 発光に誘われて護衛部隊があちこちから駆け付けて来る。


「これでも喰らえ!」


 いつもの彼には似つかわしくない言葉を力一杯叫んでロケットを発射する。


 わずか一秒でそれは着弾し、爆発的な燃焼を起こした。


 車が空間ごと燃えている、敵の注目が一気に集まる。


 用済みの本体をその場に投げ捨てると、伏せて腕を使い危険地帯を戻って来る。


 その間も制圧射撃は行われ、抱えて来た弾倉を猛烈に消費した。


 何せ引き金を絞っている限り、二秒で弾倉が空になるからだった。


 だがここが勝負所、温存するべきでなはいのを全員が知っている。


「お見事です大佐!」


 衛生兵軍曹が手放しで称賛した。


「目標の排除を確認した、撤収するぞ」


 護衛兵が大混乱しているのが、燃える車両の灯りで見える。間違いなく指揮者を喪ったと解る慌てぶりだ。


「司令部より特殊部隊、敵の指揮系統が喪失した。撤収しろ」


「特殊部隊、了解しました」


 通信を傍受したのだろうか、素早く結果を把握し命令を下して来る。しかも大佐の判断と同じものを。


 流れ弾であっても当たれば死傷する、細心の注意を払いながら部隊は要塞へと引き返していくのであった。



 砂地にベタ置きされた毛布の上で兵が寝転がっている。屋根と呼べるようなものが一応あった、茶色のテントが幾つも並んで設置されているが、綺麗に並べられてはいない。


 練度が高い部隊は軸のパイプが一直線に並ぶように建てるらしいが、ここではそのような指示までは出されていなかった。


 理由があるとしたら、寝泊り出来れば充分なことと、わざわざ練度を誇示することもないと指揮官が考えたから。


「ま、ブッフバルトが居たらこうはならんだろうがね」


 ロマノフスキー准将が、今は別の場所で活躍しているだろう自身の副官の発言を想像して独り言ちた。


 任せておけば間違いなく、一糸乱れぬ駐屯地を据える。

 都市の仕上がりを見ても納得の生真面目さが証明されていた、砂漠に来てもそれは変わらないだろう。


 暑さのせいで昼間に少し寝ているので、深夜になっても寝付けずに書類の整理をしていた。

 とは言え装甲バスの後部を執務室に利用しているから、外で寝転がっている兵と状況はさほど変わらない。

 

「黙って与えられた仕事をしているだけでは俺の存在意義はあってないようなものだ」


 裏技の一つは抱えているが、それだけでは幅が広いとは言えないし、何より面白みに欠ける。

 それにマヤーディーンに補給を入れる計画を遂行しなければならない。


 ファルージャにストロー中佐が着任すると同時に荷積みを始める準備は整っている、船団の地上護衛をワイナイナ中尉に任せるつもりだった。


「船足はゆっくりだとしても歩いてとはいかん、車両を与えてだな。どの部隊が適切だ」


 目を閉じて指揮下にある部隊を比較する。形だけでもシャムワッハは存在しなければならないので、これを直下に指定した。

 何のことは無い、少数のクァトロとレバノン人を括ったもので、秘匿性は最高の集団になっている。


 エルジラーノ大隊、思想選別を経た亡命シリア人を集めた部隊で、親イスラエルの基軸となるべく用意された者達だ。今回は護衛に適切かと言うと首を傾げたくなる。


 他に、サディコン大隊、シリアサハラ大隊、ハルワラ大隊、エルジサァウ大隊と通り一辺倒の呼称で以てシリア人部隊をせっせと設立していた。


「実力を調べる意味でメナファ大隊が適当か」


 ルワンダ、ドイツから連れて来た亡命シリア人の大隊、その名もメナファ――アラビア語で防衛隊の意味合いだ。


 解ってはいても手駒の寂しさから士官はつけられない、下士官ならばと面々を思い出そうとするがこれといった者が浮かばなかった。

 二軍のような人材集団で物事を運ぶのが思いのほか難しい、だからと泣き言は許されない。


「オビエトを補佐につけるか。ストローとの連絡役にはなる」


 それで決まりだ。よし、と背伸びをしようとして気づく。


「待てよ、ワイナイナ中尉は確かスワヒリと英語しか解らなかったな。オビエトはスペイン語とイタリア語に、少しだけフランス語か、意思の疎通に通訳が挟まるな……」


 部員で数少ない英語不理解の者、オビエト上級曹長とゴンザレス中尉、それにトゥツァ少佐がそうだ。

 フィル先任上級曹長を充てれば全てが解決する。意志の疎通も戦闘指揮も、むしろワイナイナ中尉は不要ということに。


 それでは試しにならない、二人の間に誰かが入るのもやむなし。今回は通訳、通信士を複数つけて指揮所に詰め込むことでお茶を濁すことにする。


 机の片隅に置いてある缶ビールを手にする、生ぬるいが味はいつものもので一番落ち着く。


「閣下、緊急通信です」


 閣下とは誰のことだ、などと冗談を言おうとしたが、未明の緊急通信で真剣な兵を茶化すのは止めて続きを促す。


「第四司令部が敵の攻撃を受けております」


「誰からの通信だ?」


「サルミエ少佐よりです。通報のみですが」


「そうか、続報があったら教えろ」


 下がっていいぞと手のひらを振る。本部が攻撃を受けている、それ自体は大問題だが、副官サルミエ少佐が増援を命じてこなかったので心配は無いと判断した。

 

 ロマノフスキー准将がそんな態度なので、通信士もそれ以上は何も言わずに去ろうとする。


「そうだ、貴官は何語を解する?」


 伍長の階級章をつけている浅黒い肌の男が急な質問に振り向いて「アラビア語、フランス語、英語を理解します」明瞭な返答をした。

 レバノンで採用されたエーン大佐の技官の一人でもある、専門は薬学だそうだが今のところ腕前を示す機会は来ていない。


「覚えておこう」


 何の意味があったのか解らないまま姿を消す。シリアに在って、英語かスワヒリ語と、スペイン語かイタリア語を通訳できる者を探すのは無理な話だ。

 

「オビエトにはフランス語で我慢して貰おう」


 これを機にどんどん言葉を覚えたら良い。ファッキンサージの一言を思い出し苦笑してしまった。



 どこをどう経由してか、砂漠のど真ん中にある、武装集団の装甲バスに五十路の男がやって来た。

 

 懐かしの出会いをふと思い出してしまたロマノフスキー准将が、砕けた笑みを漏らす。


「お互い歳をとったものだな」


 若かりし日、アフリカの中央でテロリストの拠点を攻撃するために顔を会わせたのが始まりだ。

 今思えば無謀な作戦に、無茶な行動。よくぞ生きていたと反省する点が山のようにある。


「未だ三十代の身で閣下と呼ばれているのに、何を仰りますか」


 何年離れていても、一言交わせばまた昔のように関係が戻る。戦友だけではない、兄弟でも、クラスメイトでもそんなものだ。


 経過した時間ではなく、いかに大切な記憶を共有しているか。よい歳をした中年が目で会話をする。


 敬礼を交わす。本来は退役時の階級がそのまま復活するものだが、軍曹と呼ぶわけにはいかない。


「アフマド統括事務官、貴官にやってもらうことがある」


 お願いではない、これは命令の類だと言葉尻を濁すことをしなかった。事前に何をするかは聞かされていない、可及的速やかに司令部に出頭するように言われただけ。


「なんなりとお申し付けください。私のような者で役に立てるならば」


 規模が大きくなり、任務負担が重くなって後、クァトロから離脱した。秘密を抱えすぎているからと殺されてもおかしくないはずが、快く送り出され家族の生活の安定まで支えて貰った過去がある。


 恩を返すべき時には何も力になれず、ことが済んで後に一切の恨み言も無しで再度受け入れられた。一度ならず二度までも。このうえここで私情を挟むことなどないと、既にすべての答えは決まっている。


「シリア南東部、デリゾール県の民兵団をクァトロの影響下に置く。貴官にサディコン大隊、シリアサハラ大隊、ハルワラ大隊、エルジラーノ大隊、メナファ大隊の指導権限を付与する。可能な限り近隣の部隊を集め連合を成立させろ」


 手持ちの偽装民兵団をごっそり預ける。戦闘指揮は別系統で行うとしても、存在の定義づけを渡してしまった。


 複数の大隊を指導する、中佐待遇であることも付与された。今更だがたかが准将にそのような権限はない。私軍という括りで何を基準にするかという話ではあるが。


「軍事的協力を取り付けるわけでは無く?」


「対ISとだけ覚えておけばいいさ。最後はシリアを去ることになる、一時的なお友達で結構」


 いつものように、終われば跡形もなく消え去るのみ。邪魔と言われてから去るよりは迷惑を掛けずに済む。


 得る物は何かと問われたら、己の矜持のみと言うしかない。


 今までも、これからも、クァトロはそういう集まりなのだとアフマドは己の奥底にあった何かが熱くなるのを感じた。


「柵の内側で走り回るように誘導するのが私の仕事ですか」


 別に何をさせても構わないし、その後どうなっても関係ない。必要な時に何をしているかが把握でき、線引きされた枠を越えなければ充分。


 手間が掛かる、それを肩代わりするために求められているのを理解した。


「俺じゃ無理なんでね」


 軽く肩を竦める。シリアのアラブ人でなく、白い肌のウズベク人では確かに役にそぐわない。


「いつでも全てを抱いて沈む覚悟があります。もう充分過ぎる程に前払いを受けていますので」


 比喩でも何でもない、全ての汚名を被って無様に死体を晒せと言われても、二つ返事で引き受けるつもりなのだ。


「うちのボスはきっと知恵と勇気で必ず生き残れって言うだろうな」


 ジリジリと差し込んで来る日差しで暑さが酷くなる。


「……ま、そうでしょう。だからこそ、です」


 その時を感じ取れば、命じられるまでもなく全てを差し出す。そうすることで、島の背負う荷が少しでも軽くなると信じて。



 フィリピン三日月島を出て四日目、ストロー中佐が指揮する輸送船団がファルージャで積み込みをしている。


 五百トン級、より正確には四百九十九トン。切りが悪い数字なのは何故かと言うと、国際条約で課されている色々なことを回避する為。


 律儀に守ることも無さそうではあるが、そうでもない。船は移動する、国を跨ぐこともある。不意に寄港することになった際、余計な揉め事を起こさない備え。


 荷揚用の専用クレーンでコンテナを甲板へ吊り上げると、船上では専用の作業車が荷物を運ぶ。


「第五司令部所属ワイナイナ中尉です。船団の護衛を命じられました」


 クスリともせずにスワヒリ語で申告する。通訳を介して伝えられた。


「輸送船団司令ストロー中佐だ。移動は一日だけだが、危険地帯を通過する。護衛任務に期待しているぞ」


 イラクを出て、アブーカマールとマヤーディーンの間が一番の警戒箇所。もし自分が襲撃者だとしてもそのあたりで襲うだろう確信があった。


 それよりも気になっていることがある、メナファ大隊を名乗る現地人部隊だ。どうにも信頼出来ない。今も動きを注意しながらの会話をしているほどに。


「我等が盾になるので、船団は何があってもお進みください」


 ここがソマリアあたりならば、その護衛部隊が襲って来ることも想定内。味方とはいっても丸ごと信用するようでは、戦場を潜り抜けていくことは出来ない。


「メナファ大隊について詳細を」


 防衛隊との意味合いの集団について問う。


「ルワンダ並びに、ドイツへの亡命シリア人の志願兵部隊です。ドイツでの後援は、ブッフバルト少佐の義父とのこと」


 第五司令部副官の用意した部隊、それならば信用度は問題ないと判断した。何せ亡命までして逃げたというのに、わざわざ舞い戻ったならば確たる信念があるのだろう。


 残るは能力がどうか。装備は軽歩兵、機動力だけは確保されている。


「武装強度は」


「ご覧の通りで全てです。現在、クァトロには装備制限が課されており、重武装や高度技術兵器の使用が禁止されております」


 現地の反感を買わないように、より遠くを見た指示が出されている。装備を強化することが出来ない、その点をすぐに了解した。


 なるほどそうなれば腕前と士気で乗り越える必要がある。戦歴不明の指揮官と、寄せ集めの民兵ではどちらも期待できない、してはいけない。


 危険地帯を抜ける一時間か二時間、その間どうするかを預けられたのを感じ取る。


「輸送中の船を襲うなら奪取したいだろう。三十ミリ位は多目にみてくれるさ」


 視界の端にある船に向けて射撃しても充分射程内。河を前後しての襲撃はまずこれで撃退可能だ。


 奪えないならどうするか、次の選択肢は沈没させるだろう。


「右岸にも別動隊を置きます」


 河だ、左右のどちらから攻撃されるか解ったものではない。目標が大きいせいで、射程さえあれば命中させるのは難しくないはずだ。


 だが襲撃が片側だと遊兵を作ることにもなる。どちらが最善かは解らない。


「地図を」


 木箱の上にデリゾール県の地図を展開させる。地形が解るもので、どこならば襲い易いかを想像してみる。


 二度河が大きく曲がっているところがあり、そこは速度を落とさなければならない。


 一度目は右まがり、面舵だ。警戒箇所である左手は護衛部隊があるので危険はあらかじめ察知できるだろう。


 二度目が問題で左まがり、取り舵の時には護衛部隊本隊から支援が得られない。


「誰かは知らんが邪魔をするならここだろうな」


 マヤーディーンから十キロあたり、そこを指さして伏兵を想定させる。


 山があって河が曲がっている、隠れる場所には困らないだろう場所。真横を向けてゆっくりと進む船を一撃。


「そこだけは突撃艇では対抗できなさそうです」


 五人乗りほどのエンジン付きボート、通称突撃艇。川岸を牽制するだけなら十分だが、防御陣を構築していたら手出しが出来ない。


 そうとわかって放置して、居ないことを祈るようなら自分がいる意味がないと中佐が判断を下す。


「十分前後の為だが、船団を通す為に伏兵を全滅させる」


「…………そこですが、大量の煙幕で視界を奪って通過は出来ないでしょうか」


「煙幕だと?」


 河の幅は五百メートル程、船の速さは二十ノット前後。一秒で十メートル動く目標に、視界不良で命中させることが出来るか否か。


 弧を描く急な旋回半径は一キロ、船団は四隻だ。理論上は三百秒程で危険地帯を通過できる。


 山狩りをするのとどちらが効果的で、損害が少なく済むか。


「対岸には煙幕手榴弾を撃ち込み、河の中央あたりではしけを使い煙幕を張ります」


「二重の壁というわけか……」


 最適の場所で籠って待ち伏せするならば、発射地点を動かせないのを逆手に取る。


「右岸よりに突撃艇を配備して、突出してくる奴が居たら撃退します」


 身を晒してくれるならどうとでも出来る。迫撃砲の砲撃を耐えられたとしても、相手が見えないのには向こうも対処不能。


「面白い考えだ。煙幕の数が揃うならばやるとしようじゃないか」


 携帯用の手榴弾でどこまで出来るか。かき集めたとしても覆える範囲が狭い。


 どうにかして数を用意できないか、そこに意識が向いた。


「フォッグオイルを作ります」


「作るだって?」


 精製してそれを機器に充填させる、簡単なことではない。だというのに涼しい顔で言い切る。


「エンジンオイルなどの廃油に、溶剤を混合させて製造します。それを鉄板の上で焼いて煙を発生させます」


 原始的な煙幕生成、便利さになれてしまいそんなことに気づけなかった。生木を燃やしても、重油をまき散らしても煙は出る。何をどう活用するか、大切な部分を見落としていたことを痛感した。


「補給物資の中に使えるものがあれば使え、許可する」


「承知しました」


 積荷リストはフランス語で書かれている、中尉は読めないので通訳に声に出してもらうことで総覧した。


 姿を見て、ストロー中佐は自身こそ信頼を勝ちとらねばならないと逆に考えることにする。


 いつも後方に居て、こうやって現場で命を張ることが無かった。何としてもシリア奥地のマヤーディーンに補給を入れる、そうすることで課せられた義務を果たそうと。


 翌日早朝、先行偵察隊を両岸に放ち、輸送船団が動き出す。出港時にはフィリピン国旗を掲げて、イラクを出るところで国旗を降ろす。


 代わりに掲げられたのはレバノン杉だった。嘘も良いところだが、島が何を望んでいるかを部員の誰しもが知っている。


 ハラウィ中佐の助けになればと注意を払う。死体は身元不明、これ以外は許されない。捕虜などもってのほかで、最後の最後は自爆をするようにそれぞれが覚悟を決めていた。


「アブーカマールを通過します!」


 午後二時過ぎ、ユーフラテス同盟の影響下に侵入。河沿いを動くメナファ大隊を、カマール大隊が警戒していた。


 本来は仲間だが、部隊の末端はそんなことを知らされていない。隊長のシャローム大尉はシリア系レバノン人でハラウィ中将派の将校だ、どれだけ船団護衛に加わりたかったか。


 私情を押し殺して街の防衛にのみ集中する。河を遡っていく船団を、大尉はじっと見つめていた。


 最初の警戒区域を何事も無く通り過ぎる。静かすぎるのが妙な胸騒ぎになった。


「果たして大人しく待ち伏せるようなやつらか?」


 独り言を呟く。攻撃を受けたら即応する、それは別に悪いことではないし、普通の行為だ。


 そして今、普通で良いのかとの自らの問いかけに納得いく答えが出ない。


「十分程で第二警戒域に入ります!」


 時間はわずかだ。メナファ大隊は既に左岸に布陣済と報告を受けている。


「無駄弾で済むなら俺が始末書を書けば済む話だ。第ニ十六司令部司令ストロー中佐の名でメナファ大隊に命令をだせ、即座に対岸の山岳に砲撃を加えさせろ!」


 指揮系統が違うクァトロ部隊に強引に命令を出す。ナンバー司令部の機関命令だとして。


 程なくして砲撃開始の報告が上がる。


「メナファ大隊より入電! 対岸にイスラム国部隊が出現、反撃を受けています!」


 やはり潜んでいたかと見通しが正しかったことを確認する。あの胸騒ぎはなんだったのか、その答えも遅れて聞こえて来る。


「河川左岸寄で爆発を確認! 水中に爆弾が仕掛けられていたようです」


 見えなくても、姿を出さずとも大被害を与えることが出来る罠。時間と場所がわかれば壮絶な威力を発揮することが出来る。


「誤って起動させたか、或いは砲撃で誤作動を起こさせたかだな。煙幕展開用意をさせろ、右舷砲戦準備! 戦闘員は全員右甲板で武装待機だ!」


 三十ミリ砲を右へと向けさせて、総員に戦闘態勢を取らせる。突撃艇に曳かれたはしけが煙を上げながら河の中央を滑る。


 銃砲音が耳に直接届くようになる。左まがりの危険地帯がやって来た。


「迫撃砲で煙幕弾を射出させろ!」


 ストロー中佐の命令で船だけでなく、左岸のメナファ大隊からも煙幕が撃ちあげられる。


 右岸に次々ころがされる筒が濃い煙を吐き出した。色など何でも良い、数が必要だとカラフルな煙幕がミックスされて、あたり一帯の視界が著しく奪われた。


「操舵手、ぬかるなよ」


「荒波でも狭隘部でも任せて下さい!」


 一列縦隊で船団が取り舵を切る。山岳部がどうなっているか全く解らないが、あてずっぽうで砲弾銃弾を撃ち続けさせた。


 それはイスラム国も同じで、ロケット弾を撃って来る。うち下ろしで距離感もいまいち、射撃経験も少なかったのだろう、殆どが水面に突っ込み意味も無く水柱を上げる。


 ところが運悪く一発が三番船の尾に命中した。


「三番速力低下! 火災発生!」


「四番は追い越しを掛けろ。曳航出来ると思うか?」


 俄かに判断がつかず、艦橋の幕僚に問いかける。一隻位置き去りにしても充分な量の補給が行える計算にはなっている。


「ロープを渡して固定する作業に十分は掛かります。その間は無防備です」


 幕僚を代表して一人の将校が危険すぎると進言した。


 ここで一隻を救おうとして、二隻を喪えば補給が不満足な結果になりかねない。


「……俺はド=ラ=クロワ大佐の名代でここにやって来ている。大佐なら見捨てるだろうか? そんなことはないはずだ……」


 誰にも聞き取れないような小さな声で何をしにやって来たかを繰り返し呟く。


「曳航準備作業だ! 一隻たりとて欠けてなるものか! 手すきの全兵員に交戦命令を下せ!」


「ウィ モン・コモドア!」


 船を止めて太いロープを渡す。その間も激しい交戦は止まない、煙幕が薄れるもの時間の問題で、五分と持たないだろう。


 離脱した二隻は大分先に行き、もう安全を確保したとみてよい。それでも後部から三十ミリ砲を対岸に向かって撃ち続けている。


「上流から小舟が多数向かってきます!」


 艦橋から双眼鏡で小舟を探す。


「イスラム国の別働隊か!」


 言ってから気づく、そうだとしたら三十ミリ砲の目標が右岸だということが異常なことに。


 褐色の肌をした男達が、漁船を含む小舟に分乗して接近してきた。手には小銃を持っている。


 そいつらは右岸を目指して進んでいく。


「マヤーディーンの鷹か! 射撃を中止だ、友軍に当てるな!」


 今の今まで一言も話したことなど無い、それでも敵に一直線向かっていく態度を以てして友軍だと言い切った。


「右岸北部にレバノン杉の軍旗です! 上空にもヘリが!」


 ベル、MD、ガゼルなどのヘリが右岸に掃射を始めた。レバノン軍が接近するのを見て、イスラム国部隊は撤退を開始する。


「曳航準備完了です」


「良し、機関増速させろ! それと、増援に感謝すると電信だ」


 直感に従い攻撃し、何をしに来たかを確信し、怖じずに己の為すべきことを為した。ストロー中佐は一つ小さな階段を登ることに成功する。


「クァトロ本軍はいつもこんな無茶をしてきているんだ、追いつけないまでも必ず支えてみせる」


 マヤーディーンに入港した四隻の輸送船団、住民に諸手を上げて迎え入れられた。掲げていたレバノン旗、それを見た者達が何を思ったか。


 帰路には負傷者を乗せてアブーカマールへと下り、そこでも歓迎を受ける。ユーフラテス同盟が補給を成功させた、緩い連合だったはずが意外だとニュースが流れるのは数日後になるのであった。



 執務室で報告書に目を通す、やるべきことが少ないせいで細かいことにまで調べがつく。


「ワリーフのところも順調でなによりだ。ストロー中佐、きっちりと職務をこなしてくれたようだな」


 ワイナイナ中尉が発案実行させた内容も、経緯を含めてすべてを知る。それぞれが自分に出来ることを必死に。


 ――俺もこんなところに籠ってる場合じゃなさそうだ。オルテガ将軍との約束を果たす為に、アレを動かすとするか。


 さほど厚みが無い書類を全て読み、決裁ずみのトレイに放り込む。司令官が何を知っているかを知っておく、サルミエ少佐の言葉だ。


「エーンを呼んでくれ」


「はい、ボス」


 副官席を立って呼びに行く。内線で連絡をしても良いが直接。理由がある、それはそれは長い付き合いで島が何かをしようとしているのを看破したから。


 数分でエーン大佐とサルミエ少佐が目の前に並ぶ。


「閣下、お呼びとのことで」


「ああ。マヤーディーンの補給の件は見たか?」


 報告書で知ったかどうかの意味でもある。司令官の手元にやって来るまでに書類になりはするが、独自のネットワークを持っていると別の回答が望めた。


「ヤ。これで一か月は籠城が可能です」


 余剰物資があって、マヤーディーンの鷹に割譲した。それで一か月は、との言葉に繋がったわけだ。


 地域の連携が生まれる、願っても無い。


「さすがにイスラム国の奴らもおかしいと気づくだろうな。山間の小さな民兵団を攻めたら返り討ちに会い、どこからか補給船がやって来て、締め上げている街に荷物を下ろしていった」


 偶然そんなことが続いたと可能性を切り捨てるようなやつは指導者にはなれない。なったとしても激動のシリアで一年と持たずに地位を追い落とされるか、命を落とすだろう。


「ここでロシアの影をでしょうか」


 エーン大佐が突飛なことを口にした。裏を知り得なければこうはならない。


「そろそろだな。アノ準備をしに行くぞ、ここはグロックに任せておけばいいだろ」


 自由に動くのが島の仕事で、やらなければならないような何かは全て誰かに丸投げしてしまう。


 ――エーンの親衛隊に戦闘団からもか。この前はハウプトマン大佐が特殊部隊を率いていたわけだが、一連射で敵も驚きの戦果はここでも健在だ。


 やはり何かやろうとしている、それも無茶なことを。サルミエ少佐が雰囲気からアレを想像した。


「会談でしたら自分が設定しますが」


 恐らくは違うだろうと解っていながらそう提案してみる。島はにこにこしているがエーン大佐はいつものように表情が見えない。


「じゃあ頼もうか。それともう一つサルミエにはやってもらいたいことがある。エルジラーノ大隊の工作だ」


「…………ここでそれが出るということは、イスラエル関連のことですね。ロシアの影、パイプラインのある村へでも行くおつもりでしょうか」


 ほぼ確定だろうと読みを披露する。解らないのは一つだけ、わざわざ島とエーン大佐が赴くという部分だ。


「さすが俺の副官だ、正解だよ。エジジィエにも近いもんでね、ちょっとオスマン氏の顔でも見て来るよ」


 YPGのオスマン方面司令官。会いたいと言ってあってくれるかどうかは疑問がある。だがそれを設定しろと言われたら、どのような手段を使っても成立させるのがサルミエ少佐の仕事であった。


「ユーフラテス同盟の名前を使っても構わないでしょうか?」


 ここで関係性を漏らして良い物かどうか、一応の確認を挟んだ。まだ早いと言うなら、レバノンの筋でと考えを先行させておく。


「ああ構わんよ。ここから先は随分と色々な発信元が溢れるだろうからな」

 ――特にロシア関係の情報は氾濫するぞ。ま、俺が流出させるって部分もあるからな。


 あまりに楽しそうな島の表情を怪訝に思いはするも、今更性格が変わるわけも無いので短く返事をして終わりにする。


「万全を期しますが、それでも全土が戦場の様相を呈しております。閣下は司令部に居られた方が」


 行く気満々の島を諫めたのはエーン大佐。筆頭護衛の言葉だ、もしかしたら聞き入れるかも知れない。


「一人でも方面司令官級の奴を繋がねば最後の最後で苦しくなる。俺は民兵会議を提唱するつもりでね」


「民兵会議……」


 対面する二人が意味を探る。シリアに駐屯しているシリア政府軍とロシア軍、それとわずかなレバノン軍以外は全て民兵という括りになっている。


 会盟を成立させればそこに大きな発言力が生まれるのは必然だ。誰が呼びかけを行うか、誰がそれに応じるか。


 YPGが参加しなければ上手くない、全体でなくとも高官が居るかいないかで質が変わって来る。


「ボスがアメリカと反対の勢力と繋がりを持つ意味がそれでしたか」


 アメリカの息がかかっていれば、同意をしなくても参加する体裁くらいは取ってくれるやつらも居る。だがそれでは過半数に全く届かない。


「自由シリア軍が問題だ。アレッポをイスラム国から奪還出来れば、そこに交渉の余地が出てきはするがな」


 対シリア政府、対クルド人、対ロシア。アメリカやヨーロッパが支援する勢力が混ざっているが、そいつらが実入りも無く収まるとは考えられない。


 主要都市の一つも支配下に置かなければ戦闘をやめないはずだ。逆に目標を一つ達成すれば、暫くは統治を強化するために交渉でと考えるだろう。


「それでも危険に違いは御座いません。エジジィエ付近に部隊を忍ばせる時間を頂きたく思います」


「お前が良いと言うまでは机の前で書類とにらめっこしておくさ。頼むぞエーン」


「ヤ!」


 第四司令部から遠く離れた手つかずの競合地帯。どのように戦力を潜り込ませるか、エーン大佐の手腕が問われることになる。



 入隊してから暫く経ち、マリーは曹長に昇進していた。新規の勧誘、兵の訓練、隊員からの信頼、自身の能力を背景に頭角を現し、軍曹だった時期は実にたったの五日だ。


「ほう、ユーフラテス同盟がねぇ」

 ――ハラウィ中佐の手腕か、はたまたどこかのお節介か。


 テレビでマヤーディーン関連ニュースが流れていたので何とか音を拾っておく。アナトリア通信の英語版なので、どこかしら情報がねじ曲がっている可能性を忘れてはならない。


 とはいってもアラビア語はまだ全然だ。文字を読むことは出来ず、いくつかの挨拶程度しか理解出来ていない。


「マリー曹長、調子がよさそうだね」


「ウィリアムズ曹長、ようやく土地に慣れてきただけさ」


 白人の同輩に着席をするようにと手のひらを隣の椅子に向ける。年齢も近く性格も紳士的ときて、よく話をする間柄になっていた。


「失礼するよ、ドラミニ軍曹」


「はい、曹長殿」


 無関係を装って、スワジランド出身の黒人兵を傍に置いたのが始まりだ。マリー中佐より少しだけ年下で、最近階級を駆け上って来た。


 隠していた実力をほんの少しだけ明かした、ただそれだけ。何せ彼は外人部隊出身者、伍長で退役した人材。


 レバノンの傭兵会社に所属していて、間接的にクァトロを構成する一員。


「ティクリート奪還を最後に、イスラム国の成功を最近あまり聞かなくなったな」


 イラク軍が撤退した、そこ以外は大体イスラム国が撤退するか、攻めても失敗したかしか聞かない。意図的にそういうニュースしか流していない可能性もあるが。


「多国籍軍の正面攻勢に備えて、もっぱらテロ攻撃にしてるんじゃないかな。何せまともにやっても勝てるわけが無いからね」


 巨大な宗教民兵組織、国家の体を為しているとしても、諸外国がこぞって敵対してきたら抗せるわけがない。


 各国の足並みを乱すか、政権そのものを攻撃するか、世論を厭戦気分に誘導するか。いずれにしても砲声以外の何かを、というところ。


「YPGは攻勢に出ないものかな?」

 ――いま攻め込んだら、どこか切り崩せそうなものだが。


 周りを確かめて、少し前かがみになりウィリアムズ曹長が小さく「近くアレッポを攻めるって噂がある」爆弾を投下した。


 義勇軍の下士官が知っている、そこまで機密とは言えないだろうが気分としてこうもしたくなる。


 火の無いところに煙は立たない。目的地が同じかは別として、いずれ攻勢をとるだろう可能性は高い。


「かなり色々な勢力が入り乱れるな」


 イスラム国がアレッポを単体で制圧している。一大勢力が追い出されたとしたら、シリア政府軍以外もこぞって占拠をするだろう見込みだ。


「両手の指でも足りないだろうね」


 シリア政府軍と反対をYPGが占領、間に緩衝地帯代わりの勢力をいくつか挟んで、区画ごとに支配者が違う混沌が訪れる。


「敵でも味方でもないのが、武装して近くにいるわけか。こいつはたまらんね」


 YPGが敵と指定しているのは少ない、イスラム過激派だけだ。だからと現場はそれを信じて全てを投げ出すわけにはいかない、現実は別にあるからだ。


「いっそ全て敵ならすっきりすると思わないかい?」


「違いない」

 ――俺も戦って死ぬのは覚悟してるが、敵かどうかはっきりとしない奴にやられるのは勘弁願いたい。


 二人の曹長が、近い将来は泥沼だと見通しを立てる。何であれ下士官がどうこうできる話ではない。


「ユーフラテス同盟が最近名を上げてきているようだね」


 こうやって情報をやり取りする、非常に大切な職務の一つでもある。出どころがどこかは想像に任せるとして、知った名前が話題にあがるのはマリーも興味をひかれた。


「あのあたりもイスラム国の影響力が強い。河沿いから北に向けてシリアに浸透してきた位だからな」


 イラク中北部からシリア南東、北東から北西へ。数か月前にぽっと出て来た名前、離散集合が激しいシリアでも異色の集団。


 何せレバノン軍が名を連ねている。小なりとは言え正規軍が連合に入っていることに、諸外国の見解はまちまちだった。


 当のシリア政府が承認しているのだから、あまり強く批判するような声は聞こえてこない。アメリカも、ロシアもこれといった突っ込んだコメントは避けている。


「レバノン独立第六特殊大隊。司令はレバノンの軍事大臣の息子らしいよ」


 何と反応したら良いのか一瞬躊躇する。続柄が詳らかにされていたかどうかについてだ。


「シリアと政治的な取引でもしてるのかもな」


「だとしても、イスラム国が手加減してやる義理は無いからね。よくやってると思うよ」


「そりゃそうだ」

 ――出る杭は打たれるってことで、イスラム国の攻勢を引き受けてるわけだが、温い攻撃をしているわけじゃない。


 シリアの住民でもないのに命を懸けて土地を守っている。こういった風潮を助長させないためにも徹底的に打ち負かそうとすらするだろう。


 そういう意味ではILBも外国人の集まりで、余計なことをするなと思われているはずだ。


「ところで最近テレビニュースでYPGの動きが細かく報道されてるけど、広報が活発になったのは何が狙いなんだろう?」


「確かにそこまでバラさなくてもってのがあるな」

 ――純軍事行動の速報など利敵行為でしかないぞ。


 各地の防衛隊の規模や、司令官の公開、作戦行動の予告など、報道する意味がわからないものがいくつも混じっていた。


 時には住民が噂話をしていることすらあたっという。


「この前、商店で今度はどこに偵察に出るのかって聞かれたよ。先週行った先まで知ってたから参った」


 機密が漏れているとしたら死活問題だ。部隊には厳しく箝口令を出してはいるが、どこをどうしてかILBの内情が流出している。


「うーん……偽の情報でも流して罠でもはってみるか?」

 ――裏切り者が混ざってるのか、それとも欺瞞情報を流す準備をしているのか。トゥヴェーに確認しておこう。


 情報戦は苦手だった。これが得意な奴は反対に戦闘が苦手なことが多い、両方とも得意と言う奴は滅多にいない。例外はグロック准将と直ぐに浮かんだが。


「トランプ中尉に相談してみるよ」


 上官が居るのだ、何かしら行うときには上申との形をとる。休憩時間も終わり、腕時計を確かめて席を立つ。


「じゃあ俺は武装長距離走でもしてくる」


 ここでも走ることが基本だと訓練メニューに組み込んでいた。距離が長すぎるとの抗議は、共に走ることでねじ伏せて。




 攻勢部隊であるILBは治安維持の固定任務を帯びていない。出来ないわけではなく、しないわけでもなく、その義務がないだけ。


 とは言え新入隊員がやけに増えてきたので、ここらで一度実戦を確かめてみる必要があるとナジャフィー少佐が思い立つ。


 大隊の将校のみを招集し、方針を定める軍議を執り行う。その間、下士官である者達は訓練か待機だ。


 それぞれのグループに将校が戻り、注目を集める。ベイリー少尉を連れて、トランプ中尉はいつもの様に興味なさげな視線を部下に向けた。


「山間の集落で最近小競り合いが頻発していると情報が入った。イスラム国や自由シリア軍が攻撃を仕掛けている」


 イスラム国は言わずと知れた殲滅目標、そして自由シリア軍はアメリカ、トルコ、それにサウジアラビアなどが支援をしている勢力だ。


 意味するところは簡単で、共にクルド人の敵。つまりはYPGの敵で、ILBが交戦するのに適切な相手と言うことになる。


 山間の集落が何者かは説明されないが、イスラム国と自由シリア軍の敵というのだけははっきりしている。だからとクルド人の味方とは断言できないのが今のシリアだ。


「いずれかの敵が攻勢に出たところを脇から突き崩すぞ」


 防衛に加わるわけではなく、移動する目標が現れたらそれを撃滅する。待ち伏せというわけだ。


 ベイリー少尉が地図を広げる。壁に鋲を打って起立しているアメリカグループの下士官らに、トランプ中尉が説明を続けた。


「ここは東西に先行パイプラインが通っている、政略的な重要地点でもある。これを守ることは祖国アメリカにとっても有益だ」


 何故パイプラインがアメリカに有益か、少し時間を置いて各自に考えさせる。これといった反応を得ずとも構わずに先を進める。


 ――守っているのはアメリカのシンパか? それともクルド人? 単なる村人が防衛を成立させているとは思えんが。


 いずれ偵察が必要だと心に留めておく。


「俺達はここを餌に引き寄せられる敵の機動戦力を随時漸減させる策を採る」


 衝撃的な方針を口にした。もし集落が味方ならば、それは背信行為になる。自分たちの都合だけで無理を強いるわけだから。


「ま、そういうわけだ、戦闘準備だけは整えておけ。解散」


「中尉」


 マリー中佐が手を上げて発言を求める。嫌そうな顔で仕方なくそれを認めた。


「集落の周辺偵察を提案します。何をするにしても現地詳細情報は必要でしょう」


「却下だ。必要なのは敵を攻撃することであって、集落情報など要らん」


 もし集落が味方ならば方針に問題ありとなる、相手が不明ならばそこはどうとでも誤魔化せた。


 ――こいつは何か裏があるな!


 しつこく食い下がるのを止めて、さっさと退きさがった。こうすることで意見した事実だけを残す、距離感の構築とでもいうのだろうか。マリー中佐も色々と考えている。


 部屋から出ていく将校を敬礼で見送る。残された下士官らが実務の打ち合わせを行う。


 アメリカグループにはウィリアムズ曹長、クラーク軍曹、ドラミニ軍曹、そしてマリーが下士官で勤務している。


 英語を解する兵士を招き入れ七名を増員、合計十四名が所属していた。クァトロのエージェントはマリー含みで五人、事情を知っているのはドラミニ軍曹だけ。


「交戦規模を調べておきたいところだが」


 そもそもアメリカグループだけでの行動なのかどうかすら知らされていない。そんなことはいざとなってから教えれば良い、将校が解っていれば済むことなのだ。


「シリアでの殆どの戦いは数十人以下だからね、待ち伏せ不意打ちというなら私達だけでの作戦の可能性が高そうだ」


 より鋭く表すならば、トランプ中尉の独断で功績を上げるための戦いを狙っている。


 そもそもパイプラインを守るつもりならば、集落と折衝し協力したほうが遥かに良い結果が残せるのだから。


「となれば位置取りがより重要になって来る。中尉はどうして偵察を却下したやら」

 ――ILBに不都合な何かがそこにある?


 二人の曹長ばかりが発言する、クラークは能力の適性が別の方向を向いている。ドラミニは控えめにして目立たないようにしているだけだ。


「私も必要だと考えるよ。どうだろう、訓練ということで長距離行軍でもしてみるかい」


 いたずらっぽい笑みを浮かべてけしかけて来る。もちろん返答は一つだ。


「明日の朝一番で出かけるとしよう、遭遇戦があるかもしれない、支援火器も担いでだな」


 白い歯を見せてあっという間に方針が書き換えられてしまう。バレたら叱責は確実だが、下士官全員が同意するならば将校の耳に入ることはないだろう。



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