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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第百二十八章 国際自由大隊


 レバノンの仮司令部、いよいよそこを引き払う時が来た。


「グロック准将、マーカッドに移るぞ」

 ――ここから先は俺も戦場に身を置く。


 多重の防壁に囲まれた安全地帯を出て、いつ銃火に晒されるか解らない戦地に赴く。


「一旦イラク領に入り、アブー・カマールから北上する経路を取ります」


「任せる」


 島の目的は現地入りすることであり、そこに至るまでは担当者が責任を持って実行することだ。


「エーン大佐、先行し安全確保を行え」


「ヤ セクレタリジェネラル」


 親衛隊をサイード中尉に任せ、エーン大佐が独立行動を開始する。


 一番時間が掛かる部分、即ちマーカッドの司令部の要塞化を最初に命令してからアブー・カマールへと飛んだ。


「民兵団はどうなってる」


「数百単位に分割し、各種別名称でシリア東部に配置しております」


 積極的に戦闘に出向かなければ、わざわざ仕掛けてくるような者も居ない。


 武装している集団を危険視していたとしても、藪蛇を恐れてだ。


「マヤーディーンの現状を」


 グロック准将がサルミエ少佐に目配せをする。


「マヤーディーン市は現在レバノン軍が主たる治安維持を指導しております。自警団が発足し、警察の補助を。また、マヤーディーンの鷹が現れ域外での協力関係を構築したとのこと」


 反イスラム国の武装勢力マヤーディーンの鷹、住民からの感情も悪くない。


 シリア政府軍が無く、小規模の警察と自警団のみ。駐留しているレバノン軍が去ってしまえば直ぐにまた戦場になるだろう。


 薄氷の上の平和、これを強化するのがハラウィ中佐の任務になる。


「アブー・カマール、アルジャラー、マヤーディーンを連合する。ユーフラテス同盟を発足させるんだ」


「核となる勢力が求められますが」


 並列するだけの同盟ではすぐに空中分解する。


 かといって強力すぎる権限をもつ指導者では他が納得して従わない。


「対イスラム国という枠だけでゆるやかに繋ぐだけで構わん。それ以外の外敵は偽装民兵で調整して退けろ」


「ダコール」


 何が出るか解らないが、やれと言うならば何でもやると決めたグロック准将が命令を飲んだ。


「大佐、諸外国の動きは」


「ロシアがアメリカの支援を受けているヌールディーン・ザンキー運動やスルタン・ムラード師団を始めとする自由シリア軍へ空爆を強めております」


 ロシアが肩を持っているシリア政府と敵対している民兵団、それを狙って日々空爆を繰り返していた。


 一方でアメリカは一般市民を大勢巻き込んで、イスラム国を空爆していると喧伝しながら、アンサール・アル・スンナ軍やタリハール・アルシャーム、そして誤爆と称してシリア政府軍に打撃を与えている。


 せっせとアメリカが支援しているクルド人勢力中心のシリア民主軍、それと対決するのは自由シリア軍だ。


 トルコはシリア政府やロシアと味方の立場を取ってはいるが、自由シリア軍には支援を与え、クルド人勢力を攻撃するように煽っている。


 シャリーア主義を唱える勢力にはドイツヨーロッパの諸国がこっそり支援を与えたりもしていた。


 混乱の渦は留まることを知らない。


「イスラエルの動きはどうだ」


 様々な国の中で、イスラエルだけは微妙な立ち位置にいる。


 シリア政権がそのままではイスラエルにとって危険だが、政権が転覆し軍の高性能兵器がヒズボラなどに流出すると、今度は自国が破滅的な攻撃を受ける可能性が出て来る。


 ではどこかの反政府勢力が勝利した場合はと考えてみるが、どのイスラム勢力が勝ち残ってもやはり良い関係を築けそうにない。


 ユダヤの呪詛ではないが、元々仲良くなれるような要素など無いのだ。


「政権の退陣を主眼に据えて動いておりましたが、昨今は和平を主軸にし政権はそれに次ぐ目標と比率が変わったように見受けられます」


 デリケートな内容だ。殆ど結果は変わらないように思えるが、和平プロセスに違いが出る。


 ――イスラム勢力以外の統治はあり得ない。誰が指導者に勝ち残っても、イスラエルは国家の危険を必ず孕む。


 ではどうしたら一番良いか、内戦が長期化し続けるのが望んだ形だろう。


 とは言えずっとそうはならない、いずれは均衡を崩して決着する。


 ――シリア国内に発言権、いや実行力を持つ勢力がイスラエルと繋がればどうだ?


 宗教より地域や民族を優先する集団を育てれば或いはと考えをまとめる。


 ――いずれにせよ第三勢力を産まねば身動きがとれん。いかに現地戦力を増強するかだ。


 それにしたって急激に数を増すのは困難で、兵力不足を戦力の向上で補填しようとすると外国色が強くなりすぎた。


「幾つかの既存勢力を絡めとる準備を進めております」


 グロック准将がぼそっと呟く、足を止めてチラッと視線を流し「そうか、一任する」重要案件を預けてしまう。


 島のやり口は教官であった人物からそっくり受け継いだものであり、先回りをされることなど何一つ不思議はない。


 足りないパーツは他にもあった、それらを丁寧に一つずつ集めていく。遠回りの様に思えて、それが近道になる。


 ――あの方面とも渡りをつける必要があるな。そしてそれは俺にしか出来ない。


 代理が効かない。これからも何度かそういう場面が出てくるはずであり、それこそが島の価値そのものと言えた。


「レバノンの仮司令部にも身代わりを置け」


 影武者なりを立てろと命令し部屋を出る。


 ――力づくでしか奪えんところはマリーに任せる、頼んだぞ。


 期待の後輩が急所を押えると信じ次なる一歩を踏み出すのであった。



 特命を受けて単身でシリア国内を移動、ロジャヴァにと入る。クルド人居住地地域の南西、シリアの北東部ハサカ市だ。


 最近まではシリア政府軍が支配下に置いていたが、政権の力が弱ってからYPGが進駐し奪取してしまった。


 その際に、もう二度とシリア政府軍が戻ってくることは考えられないだろうと声明を出している。


 争っていたわけでは無かったが、政府軍では治安維持を出来なくなったと判断したクルド最高委員会が交戦を認めた経緯がある。


「何はともあれ志願しないと始まらんな」


 様子を見る為に宿で数日過ごすことも出来るが、それを時間のロスだとみなし、ついて早々にYPG支部へと足を運ぶ。


 徒党を組んでやってくれば警戒もされるが、青年が一人でビルを見上げていても注意を集めることはない。


 通じるかどうかわからないが、出入口で突っ立て居る男に英語で話しかける。


「ここが人民防衛隊?」


 返答はアラビア語なのかシリア語なのか、はたまたクルド語なのか不明だ。


 スペイン語、フランス語、オランダ語、ドイツ語と試すが全く理解されない。

「参るなこいつは、だがこんなことで躊躇ってはいられんぞ」


 やれやれと手帳を取り出すとたどたどしい口調で告げる。


「タタンワァ ジェイショ」


「ムアファクァ」


 手を軽く振ってついて来いとの仕草をする。マリー中佐は頷いて男について歩く、場違いなことこの上ないが敵対的な視線などは無かった。


 たまり場に連れてこられると何かを皆に話して反応を見る。


 一人手を上げる中年が居たので引き合わせた。


「俺はラーマだ、解るか?」


 少し訛りがあるが英語を話す者がいてようやく言葉が通じる。


「良かった、このまま往生するかと思ったよ。マリーだ、軍に志願しにきた」


 ほっとしたのは事実で、ラーマと名乗った男も表情を緩めて「そいつは良かったな」肩を軽く叩いた。


 たまり場から廊下に出て話を続ける。


「ここはクルド人民防衛部隊ハサカ支部だ、志願先に間違いは無いか?」


 まずは大前提を確認する。もし違ったとしても別にこれといって処罰するつもりはないから正直に言うようにと。


 時に不注意な奴がいるそうだ、そういう奴は入隊したとしても長生きはしないものだ。


「人民防衛隊に間違いは無い。だが国際自由大隊希望だ、ホームページで見てね」


 プリントアウトした画像を見せるが、英語は話せても読めないと首を振られてしまう。


 かくいうマリー中佐も読み書き全てはやはり出来なかった。


「ここの司令部で受付だけ済ませるように話してやるよ。一緒に来るんだ」


「ああ、助かるよ」


 そうだと思い出し、手を付けていないタバコを一箱ラーマに渡す。前にコロラド先任上級曹長が言っていたことを思い出した。


「世話を掛ける、こいつで良ければやるよ」


「ん、おお悪いな!」


 やけに笑顔で真新しいタバコを手にしていそいそと懐にしまい込む。


 物資が不足しているわけでも無いだろうが、やはり近隣で手に入りづらい品だと嬉しいようだ。


「いいさ、そいつだって喜んで吸ってくれるなら作られて本望だろ」


 軽い冗談を交えて機嫌取りをする。こういった雰囲気作りは慣れたもので、戦場に在った兵ならば皆がたしなみとして備えているものだ。


「そいつは良いな。ところで何で志願を? こっちの産まれじゃないだろうし、戦争に憧れでも?」


 今までも戦いたいとの冒険心から志願してきた外国人がいくらかはいたそうだ、だからこそ国際自由大隊なるものが設立されている。


「俺は郷里で街の防衛隊を設立したことがあってね、住民同士がどうすれば安全を得られるかをもっと試したいんだ」


 ベルギーに残してきている妻子を思い出し、もう不安な想いはさせまいと色々と手を思案していたのは本当だ。


 今は国軍の支援も比較的多めに受けているだろうから心配は無いが、それでも二重三重の防衛手段を用意することにこしたことはない。


「はぁ、まあ実戦をすれば気づくこともあるだろうしな。何より戦う意志があるならそれだけで歓迎だよ」


 腕前が全然でもそんなのは回数こなせば後からついてくると、始める前から慰めの言葉らしきものを頂いてしまった。


 そう見られても仕方ない部分はある、何せ出来るだけそう振る舞って警戒されないように努めているからだ。


「ラーマは何度も戦っている?」


「ハサカの進駐戦と小競り合いをな。もう兵士やって十年以上だよ、三人は倒してるぞ」


 得意満面で自慢をして来る。



 何と返して良いのか解らずに「それは凄い」一応驚くふりだけをしておく。


 クァトロに入ってからマリー中佐は一体どれだけの死体を積み上げてきただろうかと唸る。


 どうにも答えが解らずにいるうちに目的の場所に辿り着いてしまった。


「志願者を連れてきました。支部司令官だ」


 髭を生やした壮年の男が机に向かって事務処理をしている。眼鏡に手を添えて白人の青年を見た。


「マリーです、国際自由大隊に志願します。手続きをお願いします」


 英語が通じるらしいのでそう自己申告した。


「インターネットカウボーイの類ではないだろうね」


 興味本位でやって来たのではないかと一言釘を刺す。


 今までもそういうのが居たのだろう、そう言われて帰る様ならそれがお互いの為にもなる。


「ベルギーから遥々やって来て、はいそうですとは言えません」


 余裕たっぷりで支部司令官の言葉を否定した。


 やって来る前に一通り調べられることは調べた、後は現地で経験を生かすのみ。


「では志願を認めよう。証明書を作るまで支部での滞在を認める、明日またここに来なさい」


「宜しくお願いします」


 やけにあっさりと承認されてしまい、旅券の提示すら求められなかった。


 特に何も言わないラーマに、部屋を出て少し歩いてから尋ねてみる。


「俺の本人確認とかは?」


「ん? ああ、調べたって隠そうとしていると無駄になるから、自己申告だよ。本当に戦いをしたい奴か、潜入して何かをなそうとする奴かだな」


 アラビア語も解らないのに潜入するような間抜けを雇う奴も居ないだろ、ラーマがそう笑い飛ばす。


 なるほどだからこそコロラド先任上級曹長が色々と入り込めるわけかと感心してしまった。


「そういう方針だってなら従うさ。明日までどうしてたらいい?」


 時間を余してしまう、色々したくても言葉が通じず買い物すらもきっと困難だろう。


 たまり場にいって座っていれば誰かが世話を焼いてくれるかもしれないが。


「折角だから家に来るか、タバコも貰ったしな、泊めてやるよ」


 余程嬉しかったのかそんな申し出をしてくれる。


「そいつは助かる! 手ぶらじゃ奥さんに悪いから、マーケットに案内してくれないか」


 渡りに船とはこれだ、そこまで面倒を見てくれるなら感謝の印を携えていくべきだ。


「じゃあそうするか、こっちだ」


 たまり場に戻ることなく支部を出ることにして、比較的背の高い建物が並ぶ区域を抜ける。


 十分も歩くと整然とした通り、碁盤の目のような造りの街並みに変わった。


「パン屋が結構多いな」


 食堂と同じ位あちこちにパン屋があって、良い香りを漂わせていた。


「自宅で焼くものじゃなく買うものだからな。ベルギーでは違う?」


「地元じゃ芋が主食でね。うちも芋農家なんだ、だからパンは買ってた」


 ベルギーのポテトは世界一だぞとご機嫌で語る。それだけ見れば田舎から来た農家の息子丸出しといった感じだ。


 ラーマが笑顔になる、どうやら気の良い男だというのが伝わったようで、話を合わせてくれた。


 更に十分も歩くとスーパーマーケットがぽつりぽつりと並ぶ通りに出る。


 そんなに大きくない規模のものが、町内のような区画一つに一店舗といったところだろうか。


「いつもここで買い物してるんだ、入ろう」


 果物や穀物、肉に野菜、缶詰……何せ一般的なものは充分におかれている。


 好みを聞きながら適当にカゴに入れていき、レジへと持っていく。


 幾らになるのかとラーマに聞くと「二千リレだ」言われてマリーが困った顔になる。


「どうした足りないか?」


 ちょっと多くせびりすぎたのかと半ば反省しつつ、自身の財布の中身を思いだそうとしておく。


「いや、シリアポンドしか無くて、リラを使うとは思ってなくてそっちは用意が無い」


 手にしている財布には茶色の五百シリアポンド札と、赤の二百シリアポンド札が中心に結構詰まっていた。


 手元を覗き込み「ああ、そいつで良いんだよ。俺達はシリアポンドもトルコリラも同じく呼んでてね、解りづらかったな悪い悪い」不足どころか結構金を持っていたので安心したらしく笑っている。


「何だこれで良かったのか」


 随分と初歩的なことだが、自分で金を出して買い物をするなどシリアでは一度も無かったので変に恥をかいてしまった。


 高貴な身分の人物が、紙幣や貨幣を見てそれが何かを理解できないなどという話、これに共通する部分がある。


「半分持つよ」


 バックパックもあるので大変だろうと袋を一つ受け持つと、住宅街の路地へと足を向けた。


 ここだ、と石造りの古い家に招かれる。中に入るとひんやりと冷たい空気が感じられた。


 夫人が出迎えるが客人に驚き部屋の奥へと行ってしまった。


「ちょっとそこで待っててくれ」


 一人で奥の部屋に行くと、アラビア語で何か話をする声が漏れて来る。


「全く言葉が理解出来ん。しかし、兵の一人一人に家庭があるものだ……」


 敵とは言え一体どれだけの家族を悲しませてきたか、今になり気が重くなってしまう。


 ヴェールをつけた女性がラーマと共に出て来る。


「いらっしゃいませ、どうぞごゆるりと」


「突然申し訳ありません。これ手土産です」


 かなりしっかりとした英語で、きっとラーマに教えたのは夫人だろうと勝手な想像をする。


 スーパーの袋をテーブルに置くと、目が喜んでいるのがはっきりと解った。


「俺達は一杯といこう。食事が出来るまで時間があるからな」


「それは名案だ」


 コミコミで缶ビールも買ってきている、白地に青のエフェス、トルコビール。


 酒のサカナは串焼き羊のヨーグルト添えだ。それと一緒に葉物野菜とライムのようなものが皿に載っている。


「しかし、あれだな、俺が言えた義理じゃないが戦争なんて無い平和な土地で畑でも耕して暮らしたいもんだ」


 兵士をやる前は果樹園で働いていたと身の上話を始める。


 イスラム国が現れ、小康状態を保っていたシリア政府との関係もギクシャクしてしまい、ついでにトルコからの圧力もひどく仕方なく軍に入ったらしい。


「平和を求める為に戦う、皮肉なものだよ。けれどそれが現実だ」


 常々思っているところをマリーも口にする。誰も好んで争ってなど居ない、想いは共にあった。


「せめて身近な平和を護る為に戦っているんだが、イスラム国を攻撃しろってアメリカがうるさくてね。断れば支援も打ち切られるだろうし、何よりロジャヴァの自治が認められる機会を喪う」


 地方自治の精神を尊重するようにアメリカがシリアに経済圧力をかけたりする、容易に想像できる未来だ。


 もちろん別の土地では統一した国家を叫ぶ、二枚舌とはこれだろう。


「でも攻撃をしたら報復を受けるんじゃ?」


 テロによる報復ではない。ここでは直接戦闘という手段こそが一番多い。

「そうなるな。このあたりはまだマシだが、西のほうにあるラッカとかアレッポあたりは相当激しいらしい」


 ちなみに国際自由大隊はまさにその方面に居るそうだ、有り難い情報を与えてくれる。


「姿がある敵ならいくらでも対処するよ」


 政治や経済、情報や亡霊の類は苦手だと苦笑する。


 武器を手にして戦い、動かなくなるまで撃ち合う、裏表無いはっきりとした勝敗、望むところだった。


「そいつは心強いな。イスラム国の奴らも恐れてる狙撃手がラッカの北、トルコとの国境がある間の山に居るって噂だ」


 兵たちの中で噂になっている凄腕の狙撃手。マリーも興味を持つ。


「それはどんな男なんだ?」


 ビール片手に前のめりになる。ラーマも食いついてくれて嬉しいのか、ちょっと記憶を整理してから語り始めた。


「身の丈二メートルはありそうな巨漢で、二脚の十二・七ミリを背負って歩いている姿を見たってやつがいるんだ。助手が居て、そっちは百五十センチあるかの子供って話だ」


 三脚ではなく二脚というならば、恐らくはバレットM82シリーズなのだろう。


 二十キロ以内に収まる重さで、それなら携行可能だからだ。


「その狙撃手についてもっと詳しく教えて欲しい」


 間違って背中を撃たれたらかなわないと冗談とも本気ともとれる一言を付け加えて。


「そうだな……そいつらもアラビア語は理解しないらしい、英語とイタリア語が出来るって噂だな」


 かなり具体的な噂が出て来る、英語は解る、何せ半ば世界の共通語になっているからだ。


「イタリア語だって?」


 どこから湧いて出たのか、イタリア語など覚えようとしなければばまず無理で、どうせ覚えるならば別の言語になるのが殆どだ。


 つまりはイタリア語を使う者が英語を取得した、そう考える方が筋が通る。


「その狙撃手、ヤ―ズッカ―って呼ばれている」


 名前を思い出したらしく不意に声を上げた。


「そいつはどこの国の名前だ?」


「さあ?」


 唸って記憶を探ってみるがそれに類する姓名が全く思い当たらない、あれだけ多国籍なクァトロでもついぞ聞いた試しがない。


 ギリギリ似ているのがドイツ語でツッカーあたりで、砂糖を意味する。イタリア語ではズッケロ、これでは間違えないだろう。

「他には何か」


 出来るだけ情報を集めておこうとラーマに詰め寄る。


「うーん……山間でイスラム国の小隊を一呼吸で全滅させたってのが伝説的な話だ」


 流石にそれは尾ひれがつきすぎているだろうが、一人や二人を倒した位ではそもそもが話題に上がらない。


 話半分だとしても一連射で全滅は凄い話だ。


「ちょっと待ってくれ、一呼吸だって?」


 違和感を抱いた、何か間違いをしていると気づく。


「ああ、実際には短い時間って意味だろうが」


「ラーマ達の感覚での小隊はどの規模だ?」


 マリーは自動車化しての小隊を最初に浮かべていたが、歩兵のみの集団なら数は多い。


「ニ、三十人以上ってところだな、多くても五十人辺り」


 どう考えても二桁は数が居ないと倒したって噂にはならない、そしてただ倒すだけでなく素早く倒す必要がある。


 そうなれば矛盾に気づく、マリーが実際に使ったことがあるから解ったことが。


「二脚に見えたのか、実際そう改造したのか、ヤーズッカーが抱えていたのはブローニングだ」


 バレットはセミオートで十発、ブローニングはフルオートで百発発射可能だからだ。


 噂は噂でしかない。どうやら存在はしているらしいが、どこまでが実話かは怪しい。


 それとマリーがすべきこととは少し軸がずれているので修正する。


「イスラム国が無くなれば平和になるのか?」


 どう思っているのか、率直なところを聞きたくてビールをおいて顔を見た。


 うーんと唸って少し考える、この時点で手放しで最高の未来とは言えないことが解った。


「以前の状態に戻るわけだが、そうなればまた別の心配事が出て来るな」


 政府軍もそうだが、トルコやイラクもクルド人に厳しくなると、数年前の状況を思い出しながら推測を述べる。


「より厄介な奴らが居た方がもしかして?」


 はっきりと言葉にはしないが、ラーマはそう感じているようで否定をしない。


 そうは言っても野放しにはしておけないし、共存も出来なければ壊滅させるしかないのだ。


 もし悪魔の囁きに耳を貸すならば、イスラム国を生かさず殺さず別の地域に追いやり混乱を引き延ばす。


「メシが出来たようだ、今は食ってゆっくり答えを探したらいいさ」


 今日明日では何も変わらない。何もと繰り返し喋るのを止めてしまった。




 翌朝、支部司令官の部屋に再度二人でやって来る。丸眼鏡を指でつまんでやって来た人物を見ると「こちらへ来なさい」招き寄せる。


 机の上にはYPGの所属証明書がおかれていて、空欄に記名するようにと言われる。


 ジャン・マリー、ベルギー国籍だと書き込み一旦手渡した。


「宣誓したまえ、君が誠実にYPGへ献身すると」


 神は見ているというやつだ。


「ジャン・マリーは仲間と共に、住民防衛の為、誠心誠意任務に就くと誓う。大地と空と、自身の誇りにかけて」


 島からの特命もこれに沿っているので一切の嘘は無い。YPGもいずれクァトロと協力関係になると確信しているから。


「貴官の宣誓を受け取る。君からは何かあるかね」


 いつもならありませんと答えるのだが、今回ばかりはそうもいかない。あまり馴染まないが必要なので言葉にした。


「では一つだけ。支部司令官に挨拶だけでもさせていただければと思います」


 丸眼鏡に手をやってマリー中佐をじっと見る。


 ラーマは机の先の人物を支部司令官だと紹介していたが、平然とそれを否定してみせた。


「ふむ。多少は世間の常識を備えているようでなによりだ」


 自分が支部司令官では無いことを認め、許可が出るなら引き合わせると約束してくれた。


「なんだ、気づいていたのか」


 一度もそんな素振りを見せなかったので信じ込んでいるとばかり思っていたラーマが首をさすりながら、教えたわけでは無いと言外に含める。


 こうもはっきりと核心を衝いてきた奴は初めてだと。


「国際自由大隊の位置や、狙撃手の話のあたりで確信したよ」


 目の前の丸眼鏡を見てではなく、ラーマの言葉で解ったと明かす。


「俺の? 後学の為に教えて貰えるか」


 しくじったのならば失敗を認めて修正する、生きていくために必要なことだ。


「配属部隊の駐屯場所は軍機だろ、それを知っているにしても明かすかどうかの判断を行えるのは将校ってことだ。噂話の狙撃手、又聞きを繋ぎ合わせたものではなく、収集した情報に触れて得たものだと解ったよ。司令部要員の将校なんだろラーマは、そんな人物が見ず知らずの輩を司令官に会わせるわけが無いからな」


 仮に自分ならグロック准将のところあたりに連れて行くと想像しながら語る。


 詳細を知っているだけに、ぼかそうとしても芯のある喋り方をしてしまった。


「そういうことか、概ねその通りだよ。ラーマ中尉だ、司令部要員ってほどの者じゃないけどな」


 通訳兼雑用係、笑いながらそんなことを言う。トルコ語ならばそこそこ喋る者がいるが、英語やフランス語を理解する将校は少ないそうだ。


 より正確には、司令部に入れてもよい位に信用されている将校でという括りで。


「すると奥さんがあまりYPG以外と関係が良くない?」


 本人が信用出来るかどうかは、家族を見ればわかるものだ。


 ガチガチの忠誠心が発揮されているのでなければ、妻に要因があるのだろうとあたりをつける。


「まあな、色々あるんだ。それにしてもマリーは随分と頭が回るらしい」


 使える兵士は歓迎だが、使える指揮官候補は更に歓迎ということだ。


「俺なんてただの未熟者で、いつも皆に迷惑を掛けてばかりでした。上を見ても下を見てもキリは無いけど」


 驕るわけではない態度、若さも相まって期待出来るなと丸眼鏡が頷く。


「ラーマ中尉、確認が取れるまで支部内に居るんだ。呼びにやるので待って居なさい」


 時間を潰そう。ラーマ中尉と共にマリー中佐は休憩室に場所を移す。


 先客が数人いたが、チラリと二人を見るだけで特に話しかけてくることは無かった。


「早速嫌われてるのかな」


 余所者だ、簡単に受け入れられるはずがない。


「それは違うさ。俺の役割を知ってるってことだ」


 通訳が必要な人物、つまりはアラビア語しか出来ない彼らは、ラーマ中尉に連れられている者を見てもどうにもならないのだ。


「部隊の面々はあまり異動が無い?」


 幅広い連帯に、不適切な癒着が無くなるようにとの配慮で、所属者は定期的に異動してまわるのが当たり前と考えていた。


 少なくとも将校は部署をまわり職務を修めていくと。


「地域の防衛隊だからな、家族も土地に暮らしてる、異動は希望者だけだ」


 軍隊のようで軍隊ではない。志願者の集団だ、生活を優先したいとの気持ちが採られて然るべき。


「すると攻勢部隊は少数?」


「まあそうなるな。イスラム国を攻めるのは結構大変なんだよ」


 そうなると遊撃部隊になりえる国際自由大隊は活用の余地ありとなる。

 他の武装勢力は結構あちこちに出向いている、それを考えるとやはりYPGは結成の目的が違うのだと言うのがはっきりと解る。


「アメリカの支援を見切って、地域の防衛に専念するというのはどうなんだろう」


 マリー中佐もそれでどう推移するかが見えない、これは純粋な疑問と言える。


「俺はそれでも良いんだが、クルド最高委員会の考えとしては、もっと五年十年先を見てるんだろうさ」


 アメリカとの関係があれば国家を動かすことも出来るし、ロシアや中国が無理を言い出しても頼ることが出来るだろう。


 逆とも言えた、独力で防衛し続ける為には大国の協力が必要で、支援を見切る為に先払いの戦果を挙げるべきだと。


「正直、俺には何が正解か見えん」


 いつもそれでも最善の判断を下してきた先輩方を改めて心の中で尊敬した。


「今日を生き残れ、明日にはより良い未来が待ってるさ」


 戦場に在る者が信じて疑わない未来への希望。


「ああ、そうか。そうだったな」


 ずっとずっとクァトロが走って来た道の先には皆の望みがあった。今度はマリー中佐がそれを成し遂げる番だった。



 ラマダン月に入りすぐ、イスラム国の一斉攻勢が始まった。イラク・ホナバグダット局が発信するニュースが世界に流れる。


「速報です。イラク首都バグダット北五十キロ地点のサーマッラーをイスラム国が占拠しました、イラク軍は五キロ南東の街アイシャキーに撤退し防衛態勢を固めている模様です。これに対してサーマッラーの出撃元になっているティクリートとモスルの間へ、ペシュメルガが攻勢を仕掛け補給路を断つ動きを見せています」


 シリア・サマテレビが報じる。


「イスラム国が首都と宣言しているラッカ南百キロ、アルクゥエインの政府防衛部隊が攻撃を受けて撤退。西部の中心都市アレッポの南西四十キロ、イドリブ、その南東五キロ、サラキブ、アル=エイスが陥落、サラーム・アレッポ方面司令官が占拠したと声明を出しています」


 またイギリス・ヒースロー空港で自爆テロ、ニューヨークの地下鉄でも乗客を巻き込んでの自爆、フランスでは大通りの人ごみにトラックが突っ込む事件が起きた。


 ベルリンの駅では銃の乱射事件、ヨルダンの首都アンマンでも爆弾騒ぎが起きていた。


 もちろんシリア南東部でもイスラム国による攻撃が行われたが、地域の防衛部隊により一般市民への被害は最小限に防がれた。


「ユーフラテス同盟はあらゆる暴力に対して、住民の強固な結束で対抗する。武力だけでなく、政治や経済による圧力にも全力で対抗するものである」


 合議制の寄り合いで採択された声明が、ユーフラテス同盟として発信される。


 アブー・カマール、アルジャラー、マヤーディーンは民間の武装勢力によりイスラム国の攻勢を凌ぎ切った。


 新たな勢力として世界に名前を売り出した瞬間でもあり、ここにきて初めて存在を知る者が多かった。


 十を超える中小の司令部が緩やかに集まった連合体、いつ空中分解するかわからないような有象無象。そんな中、別格の称賛を受ける部隊が一つだけあった。


「我々レバノン軍第六独立特殊大隊は同胞を決して見捨てない。平和を求める民を守護し、他者を踏みにじる者を排するだろう。私、ハラウィは宣言する、同じ志を抱く者は必ず迎え入れると」


 だがそれは同時にイスラム国の注目も集めることになる。結果として大攻勢を引き受ける羽目になってしまった。



「ボス、マヤーディーンがイスラム国の攻囲を受けております」


 昨日今日の出来事ではないが、ここにきて数が増えてきたのでサルミエ少佐も意志を確認する為に報告を上げてきた。


 マーカッドの地下司令部、エーン大佐がこしらえた簡単な要塞は籠れば千人からの攻撃にでも耐えられそうに思える。


「ワリーフから何か言ってきているか?」


 中心勢力である義弟が救援を要請しているなら助けに行くのはやぶさかではない。


 もし現地の協力で撃退出来るならば、連帯感を養う為に手出しをしない方が将来のプラスになる。


 マリー中佐は特務中ではあるが、クァトロ戦闘団はいつでも行動可能だ。


 仮に増援するにしても、ユーフラテス同盟の影響範囲に居る民兵は、ロマノフスキー准将が統括しているので問題ない。


 島の司令部は、アル=イフワーン・アル=ヌジュームだけを管轄していればそれで良かった。


「いいえ。ですが防衛隊の被害は日増しに増えておりますが」


 事実は事実として受け入れる。双方に死傷者が出ている、ずっとそのままとも行かない。


「押し込まれ過ぎるようならロマノフスキーが何とかするだろう」


 全く心配は要らない。島は自身がしなければならない事柄に集中する。


 ――混乱に拍車がかかり、大国が動きを見せた時が勝負になる。


 最近になりアメリカ軍がまたシリア政府軍に誤爆をしたと報道されていた。


 こうも頻繁になると、最早そのような言い訳が通らなくなってしまう。


 度重なる蛮行にシリア政府の後ろ盾とも言えるロシアがついに声明を発表した。


「ロシアは友軍の再確認をするために、シリア周辺における識別協定を停止するものである」


 報道官が感情を込めずに発表を行った。


 識別協定とは、地上、上空を含めた敵味方の不戦協定のことであり、アメリカ軍とロシア軍が相互に戦闘を行わないと取り決めたものである。


 これを停止する、つまりは今後は味方であるシリア政府軍に攻撃をするならば、ロシア軍はアメリカ軍の航空機や地上の軍を攻撃対象にすることを意味していた。


 すぐさまアメリカの大統領報道官が「アメリカはテロリストと対峙するために必要なあらゆる行為を取り得る」再度の話し合いを求める声明を出す。


 ジョンソン中将はこれといった会見報道を行わず、これまで通りの指揮を続けるようで動きが無い。


 歩み寄りを見せたのも束の間、シリア政府軍がクルド人部隊に空爆を行っているのを知ると、ヨルダンからアメリカ空軍機がシリアを飛んだ。


 するとついに戦闘機でシリアの爆撃機を撃墜してしまったのだ。


「シリアの反イスラム国勢力が空爆を受けていたので、友軍を助ける為に爆撃機を撃墜した」


 アメリカ軍がそのように報道をする。現地のクルド人は文字通りの援護射撃を受けて感嘆の声を漏らしていたが、シリア政府やロシア政府は行為を強く非難した。


「昨今の行為はアメリカがシリアの主権を侵害したものであり、国際法に違反している」


 これに関してはまさにその通りで反論も出来ない。


 だからと正しいものが認められるかというかと言えばそうではない。


 アメリカ軍は悪びれることなく、友軍を空爆する者は敵だと言い切る始末だ。


 この騒ぎを待っていた島、前々から準備していた会談を実行に移す。


「サルミエ、準備をしろ。会いに行くぞ」


「ウィ モン・ジェネラル」



 混乱の最中、こっそりと暗夜シリアを抜けて密談会場へと向かう。


 いつ撃墜されてもおかしくない中、航空機はとある大きな農場前の仮設滑走路に着陸した。


 昼間はそこそこ暑くても、夜になると上着なしでは寒い。


 中間地点、そう表すにはややシリアに近いがアルメニアにとやって来た。


 双方とも不法滞在・不法入国なのは完全に無視している。


「こちらです」


 現地のナビゲーターが会館へと皆を誘う。


 大き目な建物の中は調度品の類が殆ど無く、殺風景な感じが強い。


 エーン大佐が周囲の警戒を怠らない。地上だけでなく、上空の監視も受け持つ。


 広間に机と椅子が並べられていて、会議室のようになっていた。


 そこには白よりもやや焼けたような色の肌、老人と呼んで差し支えないだろう人物が待っていて、入って来る島を見詰める。


「ご無沙汰しております、オルテガ閣下」


 ダニエル・オルテガ元ニカラグア大統領。内戦でロシアに政治亡命して以来、数年ぶりの再会になる。


「イーリヤ中将、まさかこのような場所で会うことになるとは思わなかった」


 未だにしっかりとした喋り方、それに雰囲気が現役を物語っている。


「それは自分もです。地球の裏側で閣下の顔を見たのを最後で今に」


 確かに島もこうなるとはずっと考えていなかった。


 アルメニアで夜間の密会、これを整えたのは世界情勢のなせる業だ。


「何故閣下だね、私は既に何の力も無い元職でしかないじじいだが」


 言葉とは裏腹に充分な威厳を今でも持っている。


 かつては強大な人物であり、敵対する人物でもあった。


 だが今は全く別々の立場の者としてこの場にある。敵でもなければ味方でもない。


「将軍である革命司令官閣下。あなたは政治行為を誤りました、ですが過去の行為すべてが否定されるわけではありません。批判される多くはありましたが、認められる結果も多くありました」


 真剣な表情でオルテガの瞳を覗き込む。


 負けじと島の目を見据えて数秒、皆が固まり沈黙が支配する。


「ウンベルトと話したことを今思い出したよ」


 一つ小さく息を吐いて小さく首を横に振った。


「差し支えなければ教えて頂けるでしょうか」


 雰囲気が和らいだので、少し柔らかい声で問う。


「地位と権限を与えて孫娘でもいようものなら嫁に出したい位だとな。ウンベルトもきっと何度も悔しがったろう」


 掛けよう。椅子に座ると対面に来るようにと勧めた。


「それはどうでしょうか。国際指名手配犯が夫では」


 レティシアだから気にもしていないが、これが一般の女性なら気苦労が凄いと自嘲する。


 今だって違法行為を二桁単位で実行中なのだ、いつか心労で卒倒するだろう。


「何とも奥ゆかしいものだ、変わっておらんな。パストラの入れ込みようは聞き及んでいる、解らなくもない」


 雑談をするために来たわけでは無い。振られた話題をそこで切ってしまい、本題を押し出す。


「閣下はロシア軍、それもシリアに介入している軍に影響力があるそうですね」


 事前に諜報した結果であり、大きく外れない。


 指揮権の類を持っているわけでは無い、参考人として意見を述べる立場に在るということだ。


「ロシア軍の一兵たりとも命令で動かせないが」


 事実を述べる、確かに兵を動かすことは出来ないだろう。動かせるのは政治家であり、政府だ。もっというならば大統領を。


「自分はシリアに何の恩もありません。その上でお聞きください」


 島は少しだけ目を細めてオルテガを見る。得意ではない政略交渉、だからと誰かと代わるわけにはいかない。


「ロシアの狙いは現シリア政権の維持と、サウジアラビア周りのパイプラインの阻止、そしてシリア=イラン周りのパイプラインの阻止でもあると考えています」


 部内で話し合った結果、そのあたりが大きいと見ていた。それが正解かは解らない、何せ仮定の議論でしかない。


「どうかな、様々な可能性がある」


 知ってか知らずかそんな反応で手の内を明かさない、当然と言えば当然の態度を取って来る。


 オルテガと言えどもロシア大統領の胸の内までは探りえない。それに側近にしか真意を伝えていないと考える方が妥当なところだ。


「政権を打倒しようとする勢力を切り崩す、自分が出せるであろうカードの一つです」


 詳細を補足はしない。方向性だけで充分意志が見て取れたから。


 脳内で情報を天秤にかけているのが解った、今一歩重りが足らないようだと気づく。


「その勢力はアメリカの統制を受け付けません」


 オルテガの眉がピクリと動くのを見逃さない。かといって親ロシアでも無いとはっきりと断っておく。


「大国の敵でも味方でも無い者が果たして荷を背負えるかね?」


 タリハール・アルシャームのアルハジャジにも同じように受け取られた。


 ――俺はニカラグアでもコンゴでもルワンダでもそうしてきた、疑念を持つな、やるんだ龍之介!


 過去の軌跡を思い起こし、己の不安を打ち消す。


 今までのどの時よりも敵が巨大だ、だが味方も今までで一番頼りになる面々が支えてくれている。


「背負ってみせます、シリアの民が望む明日に近づくように」


 断言する。オルテガは今まで何百何千の人間がそうやって無茶を約束するのを見て来た。


 成し遂げられた者など片手で余る程の極々少数でしかない。だが。


「…………ロシアは求める、ロシアの利益かアメリカの損失をだよ」


 それは全く違うことのように聞こえて、実は軸を共にしている。


 それが大国同士の世界を巻き込んだ関係と言えた。


「シリア民主軍はその力を弱め、政府は倒れず、シリアの民は安全を確保し、国内の先行設置されているパイプラインは機能を喪失するでしょう」


 それらの幾つかはロシアが求めることに合致する、それでいて島が望んでいる内容に沿っているなら協力することが出来ると踏んだ。


「イーリヤ中将は何を求める」


 差し出す内容に概ね納得した、そんな雰囲気を察知する。


「シリア大統領によるロジャヴァ自治権の承認、独立議会の設置」


 既に半ば独立して統治を行っているが、政権は決して認めていない。


 認めない限りはいつ軍隊が侵入して来るか怯えて暮らす日々に終わりがない。


 ロシアとしては地方の独立は認められないが、地域の自治までならば目を瞑ることが出来た。


 トルコが吠えるのは解りきっているが、そこは全く勘定にいれる必要がなかった。


「シリア民主軍が攻勢能力を半減させたなら、それを以て交渉は成立するだろう」


 どこに伺いを立てることなく独断で返答して来る。


 どうやったかまでは全く解らないが、確固たる発言権を有しているのは事実らしい。


「それともう一つ――」


 役目も終わった、そうオルテガが気を抜こうとしたところに島が別案件を挿し込んできた。


「まだ何が?」


 注視して内戦以後を追ってきていたが、急成長する島の速度についていけていない。


 年齢の差が感覚の差であり、一歩を確実に踏みしめて来た違いでもある。


「シリア内に親イスラエル勢力を立てるので、イスラエル内のロシア系移民に働きかけを出来るよう橋渡しを」


「親イスラエルだと?」


 驚くのも無理はない。イスラエルは世界を敵に回しても生き残るのを是とする国家であり、レバノンとシリアとは隣接しているのに外交関係を持っていない程の険悪な間柄だ。


 国家として仲が悪い、国民感情も推して知るべし。


 ロシア系移民については妥当な線で、最大の人口を誇っている。何せ全人口のうち二割以上がロシア系に当たっている。


「別に共同して戦うわけではありません。そうすることで国内で発言力を得る為です」


 シリア人がシリア政府に対して強くなる、それはロシアが望むところではないように思える。


 想定外の手札にオルテガが必死に頭を働かせ最善策を練る。


 アメリカを利することになるようにも見えるが、島の言うようにロシアが影響力を持っているイスラエルが何かしらの力を得るなら一概に否定を出来ない。


 ではシリア内のイスラエル派は何をどうするつもりなのか。


 答えが見つからないまま島が先を述べる。


「政府軍からの武器流出を未然に防ぎ、テロリスト集団と対峙する力を政権に認めさせます。イスラエルの代弁者としての役割を持ち、国同士の交戦を避ける緩衝材として置くつもりでもあります」


「なるほどな……」


 それならばイスラエルもシリア政権が倒れるのを促進することもなくなり、自国の生存性を上げることになる。


 国家の安定に資するならばシリアにとっても悪くはない。


 問題は誰がどうやってそれを成し遂げるかだ。


「自分はわがままなので全てを諦められません、部下には迷惑を掛けてばかりです」


 ようやく苦笑いを見せる。


「若いうちはそれで良い。未来は常に希望で満ち溢れているものだよ」


 その頃、自分はどうだったろうかとオルテガは革命時代を思い起こすのであった。



 アレッポ北東六十キロ、マンピジュ市。国際自由大隊の一団がそこに駐屯していると聞かされ、輸送トラックに揺られてマリーは単身やって来ていた。


 来る途中、スレイマン墓地傍の一本橋を渡る際にYPGの検問を受けるが、支部で作成した証明書が早速役に立つ。


「人口数万ってとこか」


 大通りの先にずっとコンクリートの建物と畑が続いていて、トラックがゆっくりと市街地を進む。


 左手に小学校のようなものが見えてくると、すぐ手前に集積所のような場所が現れる。


 トラックが複数止まっていて、その奥には円形で鉄製のコンテナのような、サイロのようなものが見える。


「あれは何だ?」


 同じトラックに乗っている兵士に英語で尋ねるも、誰一人として言葉を理解しないようで首を振っていた。


「……本気で参るなこりゃ」


 言葉で困ったことなど暫くは無かったが、ニカラグアでクァトロを興した直後を思い出す。


 あの頃はスペイン語を必死に学んだもので、単語帳を持ち歩いていたものだ。


 中央分離帯を挟んで右手、北側に運動場なのかヘリポートなのか広い平面が見える。


 トラックは止まることなく中心部へと走る。ロータリーをぐるりと回り西へと進み続けた。


 左に見えたモスクを抜けて更に数分、ショッピングモールや謎の店を過ぎてちょっとした林の傍にと折れる。


 病院と林のすぐ西側にはサッカーが出来そうな四角いコートがあり、付属している駐車場に入り停まる。


「着いたのか?」


 ほぼ街の中心部、辛うじて林が上空からの視認を困難にしているあたりだろうか。


 仕草で降りろと合図され、背嚢を抱えてトラックから降りてあたりを見回す。


「あれは……」


 黄色地に赤の一つ星、騎兵隊のような青の縁取り三角旗にILBの文字の軍旗。


 隣には同じもので緑の縁取り、YPGと文字が入ったものが翻っている。


「インターナショナルリベラリズムバタリオンか。ようやくやってこられたわけだ」


 大隊とは名ばかりで規模が小さい駐屯地だ。中隊程も居るか怪しい。


 目の前を歩く男について建物へと入る。


 くすんだ緑に青い筋が入る戦闘服に身を包んだ隊員を見かけた。


 緑のはYPGの兵が着込んでいるものと一緒で、識別の為に青のラインを入れたのだろう。胸と腕には国旗が縫い付けられている。


 赤い月の国旗、トルコ人兵を多く見かけた。場所柄一番多い外国人がそうだということだろう。


 更に奥へと行くと、アメリカ、オーストラリア、カナダ、ドイツ、南アフリカ、コンゴ、南スーダン、レバノン、スワジランドと少数または一人だけというのを見つける。


「あいつは――」


 どこかで見かけたことがある顔、国籍はコンゴ。名前は知らないし話したこともないが、何故か記憶の奥底に引っ掛かるものがあった。


 前を行く男が親指でここだと指す。


 背負っていたモノを降ろして部屋に一緒に入った。


 質素な室内には最低限の調度品のみがあり、年代物のデスクの先には四十過ぎだろう男が座っている。


 マリーはその隣に立っている人物を見て内心で驚くが、一切表情に出さずに堪えきった。


 部屋の主だろうその男の横に居る黒人、レバノン杉が鮮やかなトゥヴェー特務曹長だった。


「英語は通じるかな」


 座ったままそう問いかけて来る。顔つきだけでは確信が持てなかったらしい。


「はい、ベルギー人のマリーです。言葉が通じなくて参っていたところで英語とは嬉しい限りです」


 黒白赤の横しま、イラク人が指揮官のようだ。


「自己紹介しよう。私は国際自由大隊長ナジャフィー少佐だ。遠路はるばるよく来てくれた、君を歓迎する」


 私軍の自称ではあるが少佐を認められていると説明を加える。一応どこでもそのあたりは気にしているのだなとマリーは親近感を持つ。


「彼は司令部要員で通訳士でもあるプレトリアス曹長だ」


「初めまして」


 言葉も少なく愛想笑いもせずにそれだけを発した。マリーも儀礼的にそれに応じるのみにする。


「自分はどうしたら大隊のお役に立てるでしょう?」


 何でもこなせる自信はあったが、通訳は無理か、などと考えてしまう。


「君の経歴を教えて貰えるかな」


 何をどう取り繕うべきかは道々しっかりと考えてきてある。


「ベルギーの高校を出て芋農家である親を手伝いながら、地元の自警団で働いていました。地域の防衛を強化するために数年従事して、専属になり近隣に普及するという役目を」


 これなら不都合がかなり少ない。僅かな日数を派手に膨らませて辻褄を合わせた。


 早晩実力を示す機会を与えられる程度に脚色してある。


「まずは慣れてくれたまえ、全てはそこからだ。アメリカグループに配属しよう。指揮官はトランプ中尉だ」


 来て早々あれこれと詰め込むより仲間の顔を覚える方が先だと、今日は休むことを命じられる。


「イエッサ。私のここでの呼称などは?」


 名前のままでも構わないが、軍事階級が設定されているならば指標が欲しいと確認する。


「地域の防衛実績とのことだ、伍長あたりから始めてみるかね」


「承知致しました」


 つい手のひらを外側に向けて敬礼しそうになり改める。


 階級章も何もすぐには渡されず、退室を求められた。


 廊下へ出ると周りに誰も居ないのを確かめ小さく小さく呟く。


「俺は試されているわけだ、二重にな」


 能力を確かめてこいと言われたのを思い出し、不甲斐ない評価を得てはならないと自身に喝を入れる。


 アメリカ人グループ、世界のどこに居ても目立つ。


 建物内を少し歩くとすぐにそれらしき集団を見つけた。


 ビール片手に大笑いしている、周囲を気にして態度を正すような文化はあまり馴染まないようだ。


 数人でテーブル二つを占領している、素早く階級章を読み取り中尉を見出す。


 マリーと同じ歳位だろうか、ハンサムな顔立ち、背丈も百八十を超えるだろう大柄な体躯、筋肉の付も立派だ。


「本日付で配属になりました、ベルギー人のジャン・マリー伍長です。マリーが姓でして」


 敬礼しながら軽い冗談を挿し込む。白い肌の曹長が笑顔を見せてくれ、浅黒い肌の上等兵も笑ってくれた。


 曹長は細身で少し白髪が混ざっている、年齢は三十代半ば位に見えた。上等兵はトランプ中尉よりもっとごついシルエットで、若さあふれる二十代前半。


「そうか、まあこっち来いや兄ちゃん。俺がトランプ中尉、ここのリーダーだ」


 新規配属者をバカにしたような態度にも顔色一つ変えずに言われた通りに歩み寄る。


 隣に座っている白人少尉が拳銃をマリーに向けているのが見える。均整とれた筋肉はこの中で一番瞬発力を感じさせる、三十歳にはきっとまだ踏み込んでいない。


「何でこんなとこに潜り込んできたか当ててやろうか?」


 声を低くして唐突に脅しをかけるような一言、それでもマリーは変わらずに起立のまま。


「人を殺したくて仕方ない、戦争が好きなんだよお前は。そうだろ」


「サーイエスサー」


 蔑みの言葉を向けられようと態度は変わらない、こんないじめじみたことは外人部隊でとうの昔に経験し耐性がついてしまっている。


 トランプ中尉が飽きたようで酒を煽ってそっぽを向く。


 拳銃をしまって「ベイリー少尉だ」手短に自己紹介をした。


「ウィリアムズ曹長だ、よろしく頼むよ伍長」


 どことなくイギリス紳士を思わせるような言動で、マリーも好感を抱く。


「クラーク軍曹だ、ここに来るまでにイスラム国からの襲撃はあったかね?」


 丸眼鏡をくいっとあげて情報収集を始める、姓と同じく学者のような感じがした。


「ハサカからスレイマン墓地を通ってのマンピジュですが、一度もありませんでした」


 それなら良いとばかりに興味を喪ったようで、手にしていた本に視線を戻してしまう。


「ムーア上等兵です!」


 一人だけ起立敬礼して自己紹介する。アフリカ人を先祖に持つのだろう彼は唯一イスラム教徒だと付け加えてきた。


 他は全員キリスト教徒だそうだ。かくいうマリーもそうだが。


 ウィリアムズ曹長が小銃を手にしてマリーに渡す。


「相棒よ幸運を」


「拝領します」


 YPG・ILBに入隊した者に与えられるのは小銃一つ。


 後は部隊に配備された装備であり、戦闘服なども後回しということらしい。


 事前に調べた情報そのままなので面食らうことも無かった。


「座ってビールでものみたまえ。焦らずとも戦争は終わりはしない」


「ヤ」


 母国語で短く応え、林立している缶ビールを一つ開けた。


 温いものだが何一つ文句は無い、長い作戦中、常に緊張を持って過ごすつもりでいる。


「伍長は実戦経験はあるかね」


 専らウィリアムズ曹長が相手をする、日常業務だからというわけではなさそうで、トランプ中尉もベイリー少尉も無関心なだけだ。


「ベルギーの郷里で、盗賊集団と中隊同士位の小競り合いを何度も」


 それはもう控えめに申告した。日常的に数千の軍を指揮し、万の敵と争っていたのが比較だ。


「それは凄い。ここでは百人集まっての戦闘は稀だ、殆どが小隊同士の遭遇戦のようなもの。大規模交戦は年単位で一度あるかないかだよ」


 そんなものかと感覚を修正して置く。もしかするとアブーカマールあたりでの戦闘は、一大事件だったのかもと再検証をしようと留意する。


「自分の役目はなんでしょうか?」


 部隊指揮でも兵卒の延長でも何でも構わない。参謀の真似ごとはちょっと苦手かもとふと思う。


「兵の訓練に尽きるな。我等国際自由大隊は九十二、いや今から九十三名で構成されている。将校八、下士官十五、兵六十六だ」


 合計が合わないのにすぐに気が付く。そしてそれが何者かも。


「四名の伍長がお試し期間というわけですね」


 先任である曹長から出来るだけ内情を聞いておきたいので会話を重ねる、ビールは手にしているだけで口に運ぶ暇もない。


「ここ一か月で随分と志願があってね。きっとアメリカの支援が大きいんだろう」


 国際社会に大っぴらに大支援を行っているとアピールしている、そういう側面は確かにあるだろう。


 正解はトゥヴェー特務曹長がまとめる、クァトロのスリーパーエージェントだが、この時点でそれに気づける者などだれも居ない。居てはならないのだ。


「するとこいつもアメリカの支援の賜物でしょうか」


 M110 SASS、七・六二ミリ弾を使用する狙撃銃。手渡された小銃を手のひらで軽くさすってやり話を拡げに掛かる。


 イラクの市街戦でボルトアクション式の狙撃銃は不利を被ると判断され、セミオートスナイパーシステム・SASSの銃が配備された経緯がある。


「ナジャフィー少佐がイラク軍からの評価を耳にして逆指名をしたそうだよ」


 指定の支援物資を寄越せと言って見事に勝ち取る、大隊長はアメリカ軍に顔が効くのだろうか。


 いずれにしても新品を装備出来ると言うことは、配備の優先権を与えられているのかもしれない。


 多国籍部隊だ、各国との連絡を得る意味からも別枠で大事にされている節はあるはずだ。


「狙撃銃といえば、ヤーズッカーという凄腕狙撃手が居るそうですが、国際自由大隊の所属でしょうか?」


 確かラーマ中尉の話ではこちらの方面で活動していたのを思い出す。


 アラビア語を喋らない、その一点できっとそうだろうと踏んでいた。


「残念だが違うよ。そいつはYPGではない」


 イスラム国と対峙していてYPGではない、すると他の武装勢力の所属ということだが答えが解らない。


「するとどこの?」


 敵対勢力なら狙撃を受けないように最大警戒する必要が生じる。


「不明だよ、殆ど全てのことが。イスラム国を狙い撃ちしているという事実だけがある」


 敵でも味方でもない、一番厄介と言える存在。


「ブローニングで狙撃する巨漢のイタリア人、自分の聞いたイメージです」


 正確にはイタリア語を話す人物、と訂正を入れる。


「ブローニングだ?」


 興味なしで飲んでいたトランプ中尉が急に割り込んで来る。


「はい。二脚のバレット M82を抱えていると目撃情報があったようですが、イスラム国の小隊を短い時間で全滅させたとも聞きました。ならばブローニングに二脚を取り付けたものだろうと推察したものです」


 体力自慢のトランプ中尉であってもブローニングを抱えて行軍しようとは思わない。


 持てないことはないだろうが、それだけ持ったらお終いでは戦いにならないからだ。


 いずれにしても噂の域を出ない、ただし全滅した部隊の話は本当だそうだが。


「狙撃手が一人とは限らんだろ」


 面白くなさそうにそう可能性を指摘した、確かに一理ある。


「中尉殿、そのスナイパーは二人組と囁かれています」


 ベイリー少尉が突如トランプ中尉の肩を持つかのような一言で援護した。


「ですがそうだとしても、バレット M82は装弾数十発です、薬室に一発あったとしても二人で二十二が最大戦果に」


 マリーは自身もそのようなことが無いだろうかと考えたことがあった。


「では二組居て四人だったらどうだ。四組で八人なら?」


 意地の悪い物言いをする、どうにもこの中尉とは上手く付き合えそうにないと確信する。


「その可能性もあります」


 大人しく引き下がるとマリーはビールを口にする。


 気を取り直してウィリアムズ曹長に再度話を振った。


「大隊と言うことでしたが、人数を聞いたところ少数です。機械化部隊や特殊部隊のようなのでも抱えているんですか?」


 それならば重要度という意味で大隊を呼称することに不思議がなくなる。


「歩兵の域を出ないね。他所より装備は良いが、抜きんでているとは言えない」


 ならば人間そのものが重要で大隊を名乗らせていることになる。


 中隊と大隊では何が違うか、そこには大きな差がある。頂点の階級からも解るが、佐官が指揮官であり、ある程度独立した行動が可能なのだ。


 そして中隊は大隊か連隊、時には旅団の隷下にあるが、大隊は必ずしもそうではない。


 より上級な司令部、例えばアレッポ方面司令部直下の独立大隊などのように扱えるのだ。


「前線に出ているのでお飾りというわけでも無さそうです。そうなれば大隊が求められていることは一体?」


 マリーには当たり前すぎて見えてこない部分、それが答えだ。


 YPGが何だったかを考えなければ思い出せないようでは正解は導き出せない。


「作戦に従事することを求められている。主に攻勢に参戦することを」


 暫く意味を理解出来なかった。作戦に従事するのは普通のことであり、攻勢だろうが守勢だろが戦う為に存在しているのだろうと。


 ポカンとしているマリーの表情から言葉の齟齬を探し出し、曹長が補足する。


「YPGはその殆どが守勢部隊で占められている。攻勢部隊に数えられるのはごく少数なのだよ」


 クルド人防衛隊。そう、住民の保護を目的とした方針で結成されているので、侵略用の部隊が少ないのだ。


「そんなに攻勢部隊は少ないんですか?」


 全体の二割から三割が正常数との見立てだ。練度によるので定数並べたら良いわけでは無い。


「YPG全体で三千程度と聞いている。各司令部の本部で千五百を配備しているので、実質半分というわけだ」


 全体の凡そ五パーセント、極めて少数の比率でお世辞にも練度が高いとは言えない状態。


 どこの民兵も似たりよったりではあるが、実数を耳にして衝撃だった。


「たったの千五百ですか」


「膠着状態になる理由がここにあるわけだよ。YPGが千、我らが百、YPJが四百、ざっと計上してこれが攻めの総数になる」


 なるほどそういうことならば国際自由大隊が良好な扱いをされているのもうなずけた。


「YPJは女性部でしたね」


 YPJ・クルド女性防衛部隊はそれ自体が独立した存在で、YPGの対となる集団である。


 司令官も別に立てられており、指揮系統が別個になったものだ。


「その通り。ネスリン司令長官は最近勇猛な司令官を得たようで活発な動きをしているらしいね」


 名はギラヴジン。副官をジンビラというそうだと補足した。


 クルド人の名前は聞いても全然解らないので丸暗記しておくことにする。


「自分が十人戦力を増やせば、大隊の戦力が一割増強されるわけですね」


 百人訓練してやれば、何とYPG攻勢部隊が一割増しとはやりがいがあると笑みを浮かべる。


「そういうわけだ。装備や費用は気にせずとも構わないよ。もし戦力を増やせるようなら、見どころがある者を近場でスカウトしても問題ない」


 シリア人はYPG本隊に所属することになるので外国人のみ、いわずと知れた内容にもウィリアムズ曹長は注意を与えた。


 やる気があるなら結果次第で直ぐに昇進することが出来るのも説明する。


「少しやるべきことが見えてきました」


「それは何よりだ」


 元気な弟分のような奴が来たと喜んでいるのが伝わって来る。


 トランプ中尉も部下が増えることについては悪い気がしていないのか、特に口を挟んでくることも無いのであった。

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