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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第百二十一章 動乱の狭間、第百二十二章 キシワ将軍という存在、第百二十三章 群雄の競合、第百二十四章 旅の終着点


 首都キガリが持ちこたえ大統領が帰還した今、地方軍司令官も大人しく従っている。


 増援が遅れたからと責めずに不問にして留任、時間をかけて責任者の入れ替えをしていくつもりなのだ。


「ルワンダ大統領として、貴官にナイトクロスコマンダーを授与する」


 ブニェニェジ少将とイーリヤ少将に対して、国家の防衛者を認められ勲章が授与された。勲二等騎士司令官相当と、かなりの奮発具合。


 ――メダルを断るのは非礼だが、こうも持ち上げられると背中が痒くなる。


 将校らにはメダルオブオフィサー、兵らにはオーダーオブエトワール四等勲章が新設され授与された。島も驚きの響きである。


 首都の安定には程遠い為に、総司令官代理にブニェニェジ少将を就けたまま警戒を続けていた。


「どうしても続けてはくれないのかね」


「申し訳御座いません。自分がその職にあっては、国に多大なご迷惑を招きますので」


 陸軍司令官職を解職、また無任所の客員司令官にと落ち着く。代わりといってはおかしいが、モディ中佐に首都警備司令職が与えられた。首都防衛司令官の一部署である。


 やらねばならないことは山ほどある、優先順位を大幅に入れ替えられカガメ大統領も苦労が先立つ。


 少数で官邸、大統領執務室で場を持った。一国の未来を占うには少なすぎるように思えたが、舵取りとはこのようなものとも言えた。


「首謀者はコンゴ首相だと考えられます」


 犯罪とは一番の利得者を疑えと、国会議長がほぼ断定可能だと怒りを顕にする。


 とはいえそんな追及をしたところで百害あって一理なしといったところだろう。


 ――コロラドはあの段階で見抜いてたわけだから、やはり脱帽の諜報力だ。


 ルワンダとウガンダをいったり来たりしているそうだが、何をしてるかまでは把握していない。


 自由な活動を認め、求めた時には応じる、何の文句もない。


「ブルンジから民兵を招き入れたのは、国内の右翼で間違いない」


 ルワンダ愛国戦線党首代行、少数民族派が政権を握っている。


 ツチとフツの対立はいつまでたっても無くなりはしないだろう。


「……ブルンジ民兵は武装しておりました。小火器が殆どでしたが」


 現場で直に目にしていた島が違和感を覚えていた。捨て駒にまともな武器を与えられるほど、ブルンジは余裕がないはずなのだ。


 何せいつの記録かもわからない名目GDPで、一人六百ドルにしかならない最貧国だ。


 パキスタンで日給四十円の少年労働が問題にあげられているが、ブルンジでもそれはザラにいることになる。


 そんな国が出せるのは人間だけ、どこから武器が湧いて出たかの見通しに皆が傾注した。


「J2の調べでは、国内からの品が逆流を起こしたとの見方が」


 ブニェニェジ少将が目で島に礼をする。事前にそれを調べておくと良いと耳打ちされていたのだ。


 素知らぬ顔で島は正面を向いたままだが。


「地方軍のどこかが手を結んだ?」


 数千の火器、小さな勢力や個人の仕業とも思えない。ならば軍部と考えるのが妥当だ。


 消去法が使えるかは解らないが、ここの参加者を外し、直接被害を受ける南部軍を除けば容疑者は三人しか残らない。


「見返りで利益を上げられて……か」


 議長と党首代行がどいつが犯人だと絞り込みをかけようとする。


「この場で」カガメ大統領が口を開き「より大切なのは今どのように混乱を収めるかだと考えている」


 犯人探しを後回しにする。もしかすると解るとまた大変なことになるのかも知れない。


 ――犯人になる人物を決めろと言うわけだ。


 真実その人物はポニョ首相だったが、現実に首謀者不在では示しがつかない。そこで反逆者のうちから最大の罰を受ける者を選ぶ。


 島は口を閉ざして語らない。発言する権利云々以前に、自身の矜持からそれた感覚があったからだ。カガメ大統領も解っていて視線を送らない。


「一番の大物は東部州知事でしょうか」


 過疎地の東部州に多数の農民が居た。例の代表も東部に籍を置いている。


 迎賓館に来ていた代表団は全員が拘束され、今は取り調べ中だ。


「州の治安を守れなかった事実は否定できませんな」


 老人らが理由付に納得している。気分が悪くなった。


「失礼、自分は報告を受けねばならないので」


 徐に席をたった島に、議長らが嫌味な視線を投げ掛けた。


「イーリヤ少将、ご苦労だ。後で結果を伝えよう」


 カガメ大統領の許可が与えられ部屋を去る。サルミエ大尉が敬礼して島についていった。


「閣下、どこまで信用出来る者で?」


 議長が苦言含みで敢えて話題にあげる。


「なに利益利益と口にする連中などより余程信用出来るよ」


 だがカガメ大統領は皮肉たっぷりで返すのであった。



 ホテル・キガリ。念のためにクァトロ部隊を置いてブッフバルト少佐らはフォートスターに帰還した。


 下層を仮の宿舎にするため纏めてフロアを借りきる。ホテル出入口にはクァトロ軍旗も掲げられていた。


「お前はどう思う」


 椅子に座るなり大分曖昧な質問を副官に投げ掛ける。


「まだンタカンダ大将には使い途があるから触れてくれるな、ということでは?」


 シレッと核心を射抜く。解ってはいても踏み込んではならない禁忌は存在する


 目の前にホットコーヒーが出てくる、砂糖はなしでミルクが混ぜられていた。


「ほぼこれでカビラ大統領への何かって部分で決まりだな」


 ンタカンダ大将が握る情報。これを引き継ぐまで彼はルワンダの公然とした秘密の客だ。


 例え政権に対して反逆する集団に武器を与えたとしても。


「魔窟とはそういうものでしょう。仮にボスがこのホテルを爆破させても、公式発表ではテロリストの仕業になっていますよ」


 何とも恐ろしい例えをしてくる。言葉に出したらいつか本当になりそうなので怖い。


「ルバンガ将軍を証言台に、か」


 法廷で争うには被告人と証拠が必要だ。証拠は喋らないが嘘もつかない。


 一方で証人は様々な言葉を紡ぐが、真実とは限らない。


 ――ルバンガ将軍はンタカンダ大将が力を持つ限り証言を拒むだろう。仮に告白したとしても、法廷で否定されたらこちらが困る。


 心を縛る何か、大抵は家族や友人だ。財産ならば代替が効きもする、しかし人ばかりはどうにもならない。


 ――同時に作戦する必要がある。それも二正面戦闘に人質の奪還だ。


 指揮官が足らない、兵力も足らない。時機を待つのも作戦と考えるしかなかった。


「AMCOウガンダ展開軍ですが、神の抵抗軍を撃退しました。二度の大敗で司令官らの求心力はかなり弱まっています」


 マリー中佐らの奮戦で保護村は守られた。ママ・トーマスの主導で手当され、看取られた者がそれぞれ帰還していった。


 国防大臣と移民難民担当大臣が行為を賞賛。保護村に特別予算が割り振られることになったそうだ。


「あいつはもう一人でもやっていけるな」

 ――何も俺なんかに義理立てせず、ベルギーに戻れば家族も嬉しかろうに。


 コーヒーを口に含む。やや酸味が強い。

 勢力を分割してしまい苦労したが、乗り越えてそれぞれが経験を積み大きくなった。


「近くロマノフスキー大佐が戻られます」


 シュタッフガルド総支配人からお礼の電話があった。日を改めてルワンダにやって来るとの言葉も聞いている。


「そういえば、フィリピンはどうだったんだ」


 相変わらず部屋の片隅で黙って立っているエーン中佐、此度の戦いでは大切な者を多数喪っていた。


 島も見舞金や香典といった形で報いている。レバノンに行った際には遺族を訪問すると、彼に伝えてあった。


「ド=ラ=クロワ大佐は主に海戦よりも空路輸送や上陸作戦に主軸を求めております」


 海賊に対抗したり、クァトロの補助兵力を養うとは別の視点。海兵隊を訓練するのだ、当たり前と言えば当たり前だ。


 クァトロは基本が陸軍歩兵に該当する。フィリピンでは海軍海兵隊、つまりは瞬間的打撃力と海事連携が前提の兵を養っている。


 装備を替えれば転用は可能だが、運用思想が別物なのだ。


「一年後に期待しよう」


 経験者を集めたとしても、基礎整備に時間は掛かる。


 あれこれと悩んでも仕方のないことだとは解っている。だが放っておくわけにはいかないのが一件。


「ンタカンダ大将からの招待状、いかがしましょう?」


 サルミエ大尉が一応確認する、回答不能だと知りながら。


「行くわけにも行かないわけにも、だな」

 ――拒否すれば軋轢が生まれ、赴けば恐らくは拘束される。期日が書かれていないのもあちらの策略の内ってわけだ。


 何とも難しい宿題を出された気分だった。受領したことだけ知らせ、改めて連絡すると返事をしてある。


「フォートスターに市域が割り当てられます」


 保留で脇に置いてしまい、次報告に進む。意味する部分は簡単だ、行政区に組み込むと言っている。


「政令指定都市って話だが、何がどう変わるんだ」


 面倒な書類が増えるのだけは間違いない、ある程度の覚悟はした。


「フォートスター軍管区が新設されます。行政権を保持する市長が必要に、後は正式な役所も」


 軍管区司令官はイーリヤ少将、客員司令官に与えられた小さな聖域。役所はルワンダ政府から指導役が来るので、その監督下に置かれる。


「市長ねぇ」


 代表は居なければならない。住み着いたルワンダ民から選挙で決められる見込みだが、住民の確定までは代行が認められているそうだ。


 市長代行の指名権は軍管区司令官に帰属する。住民確定には無期限の精査が充てられていた。


「市への交付金、住民からの税金徴収義務、色々ございます」


 指導役がそれらを取り仕切る、つまりは公務を肩代わりしてくれる。財源の割当、島へのお礼がこういう形で示された。


「都市の責任者はブッフバルトだ、あいつに指名させてやろう」

 ――ま、その前に新婚旅行に行かせてやりたいものだ。


 それまでは市長代行の代理を置く。なり手が誰であれ、事実上の支配者はクァトロということになる。


 それが数年先もかはわからないが。公的な行動の目安は概ね策定した、残るは一つ。


「閣下、エスコーラへの代償、いかがいたしましょう」


 エーン中佐が問う。ことは私事であり、副官の所管から外れている。


 それがレティシアの好意であったにしても、実際に行動を起こしている事実は見逃せない。彼女への礼は言葉だけで充分にしてもだ。


 ――来ていたのはソマリア地域の奴らだったか。多少違うのが混じっていても向こうで上手いことやるだろう。


 奴らが欲しがるものが何か、それでいて自力で手に入れるのが難しく、公に困らない何か。グレーゾーンを思考する。


「RPG7、C4、四十ミリ砲、地対艦誘導ミサイル、五十口径の砲あたりをアメリカからマルカへ積み込め。自由区域で第三者へ転売、後に廃棄だ」


 その後どこに行ってしまったかは闇の中。買い付けまでをルワンダ軍として行えば、アメリカの業者もうるさくは言わずに出荷できる。何せ兵器を輸出して何ぼなのだ。


「船の武装に最適です。海賊も震え上がるでしょう」


 もっとも、もう出没していませんが。笑いながら治安回復を指摘し、彼らは海賊行為をしないとも断言する。理由は簡単だ、マルカが安全で荷が集まるほうが儲けが多い。


「流した武器で海の安全を守ってくれるなら、紛失の非難は俺が丸被りするよ」


 元はと言えばそのあたりが目的だった。ギャングスターは悪だ、だが悪の敵が正義とは限らない。余計なお世話になるかも知れないが。


 ――感謝の押し売りってやつだな。



 軍曹を一人連れてホテルに巨漢がやって来る。手には丸い何かを持っていた。


「ソロトュルナー・トルテという菓子でして」


 スポンジを薄く何層にもして、ヘーゼルナッツクリームを挟んだ品です。ご機嫌で彼は説明を口にした。


「どうして酒じゃないんだ兄弟」


 意外そうな顔をして、少しわざと考える振りをする。そして何とも追及しづらい答えを返してきた。


「そろそろ奥方に手土産の一つも持って行かねばとね。長いこと留守にしすぎましたので」


「ふむ、宛先をロサ=マリアにすると尚良いな。ご苦労だった」


 シュタッフガルド総支配人は平穏を取り戻した。その一言が報告の全て、他には一切要らない。


「キガリは守り通した、ルワンダは少しの間まだ揺れるだろうがね」


 若い奴らの活躍が顕著だよ。苦笑しながら現場を久々に踏んだと語る。

 ロマノフスキー大佐が小さく、二度三度頷く。


「そうですか、それは良かったですな。たまには年長者が腕を見せる必要があるでしょう」


 黙って見守っているだけでは舐められてしまう。白い歯を光らせ挑戦的に。


「コンゴのルバンガ将軍、そしてンタカンダ大将を同時に攻める必要がある。人質の救出作戦も同時だ」


 人手不足が一番の懸念だと明かす。大方の情報はあるが、時機が訪れていない。


「小官が一つ受け持ちましょう」


 どこに充てるかはご自由に。随分と外れていたので是非派手な戦場を、それが彼の要望だった。


「ンタカンダ大将は俺とマケンガ大佐って決めてある、ロマノフスキーはルバンガ将軍を頼む」


「ダー」


 彼の返答はずっと昔から変わらずそれだった。そして一度も期待に応えられなかったことがない。


 マケンガ大佐と何かあった、それも全く問わない。救出作戦の対象が誰かは確認してくる。


「どなたか捕えられて?」


 VIPの種類によっては担当の変更を検討しなければならない。この短い会話から候補は三種類と見ていたが。


 一つはクァトロの味方、一つはンタカンダ大将の敵、最後はンタカンダ大将の敵の味方だ。


「ルバンガ将軍の家族や友人さ」


 死んでいたらそれでも構わない。その場合は死の確認情報を持ち帰る必要があった。


「そうでしたか。ではそれはマリー中佐の担当ですな」


 失敗が許容される、一つ下の任務ならば席次が下の者が行う。これは慢心でも何でもない、軍の常識だ。より困難な任務に精強な者が当たる。


「AMCOは上手いことやっているようだよ」


「結構なことで」


 マリー中佐が自身の判断で帰還するのを待つ。それが明日なのか一年後なのかは別として、見守ることが成長を促すと信じて。


「そうそう、ニャンザ警視正がクァトロに加わった。今度会ってみてくれ」


 挨拶位はしたことがあるだろうが、そういう意味合いではない。


「勧めに従いましょう。して自分はまた暫く失職でしょうか」


「ブッフバルトが困っているんだ、早めに戻ってやってくれ。引き継ぎが終わったらマケンガ大佐をこちらへ」


「承知致しました。では小官、ヘリを待たせてあるのでこれで」


 何と最初からフォートスターへ急げと言われるのを解っていたようだ。どうして頼りになるのも変わらない。


「もう少しで平和が訪れると期待しているよ」


「そうなると良いですなぁ」


 敬礼を交わし彼は部屋を去る。もう少しの長いことこの上ない、ふと皮肉めいたことを思う島であった。



 協定村、神の抵抗軍へ帰還していった者たちの希望もあり、攻撃目標から外れる。


 インフラ整備が急ピッチで進められ、いつしか僻地に街が現れた。


 パテール、ママ・トーマスを代表として一つの大きな難民集団が統制を保つ。そこが双方の交渉の場として指定されるようになったのも頷けた。


「キャトルコリンは争いません。求めません。ただ受け入れます」


 都市名称をキャトルコリンとして彼女らは方針を定めた。


 ましな住環境、難民を受け入れて差別をしない態度、誘拐や虐殺の恐れが低い治安の良さ。人が集まるには充分なものが揃っていた。


 丘から軍が離れたのはそれと前後してだ。命を懸けて村を守り通した黒い旗を掲げる集団、彼らは何も代償を受け取らずにその場を去る。ママ・トーマスは声明を出した。


「私たちは目撃しました、希望をもたらす者を。私たちは与えられました、明日という未来を。私たちは感じました、志という何かを。キャトルコリンの住民はキャトルエトワールを尊敬しています、彼らはアフリカの星となるでしょう」


 渡された黒の四つ星軍旗を背にアフリカ中にその映像が放送された。



 警戒範囲が狭められた為、島が久しぶりにフォートスターへと戻る。


 テレビを見ているとニュースが流れた、ママ・トーマスの声明を胸中で繰り返す。


 ――マリーは良くやってくれた、立派なものだ。


 目を閉じて彼の顔を頭に浮かべる。思えば長い付き合いで、コスタリカにあったパストラの釣り堀に行った際に護衛にしたのが始まりだった。


 開かれている扉の先から足音が聞こえてくる。久しぶりに耳にするそれは妙に懐かしく感じられてしまった。


 黒の軍服、晴れやかな表情、軽い足取り。デスクの前までやって来ると敬礼する。


「AMCO司令マリー中佐、ただ今任務を完了し帰着致しました」


「ご苦労だ。貴官のAMCO司令職を解く」


 これで一つの任務が正式に終了した。この時点からマリー中佐はクァトロに対してのみ責任を持つ身に戻る。


「ルウィゲマ中佐より感謝の意をお伝えして欲しいと」


「そうか。もうお前は一人前だよ、どうだベルギーへ戻らんか?」


 少しでもその気があるならこれを機にそうしたらよいと認める。


 流軍の将校などより余程まともな未来が待っているだろう。


「自分はクァトロのマリーです。ここが居場所と心得ていますので」


 迷いも曇りもない、即答した。それが彼の意志というならば島もそれを受け入れる。


「兵に休暇を与えてやれ。論功行賞は一任する」


「承知しました。民兵団も相応の動きをしました、中でもマサ大尉、ブナ=マキマ大尉、ウニ大尉は充分な指揮を」


 名指しで各民兵団の隊長を称賛する。そこにどのような意図があるか、一つ確認を挟んだ。


「昇進させて他を統括させるか?」


 それでマリー中佐が指揮しやすいなら任命してやろうとする。


「現状のまま各団を指揮させましょう。ですが特に栄誉を与えてやりたく思います」


「解った。俺が出来ることを考えておこう」


「ありがとうございます」


 それで報告は概ね終える。その先は島の側の用事に切り替えた。


「ところで少しの間、フォートスター都市運営と、副司令官副官を兼任してもらうぞ」


 代理だよ。いたずらっぽい笑みを浮かべ、無茶な量の仕事を与える。だがマリー中佐はそんなことお構いなしに嬉しそうな表情になった。


「喜んで引き受けましょう! その後の報告が楽しみです」


「だな。こいつが計画書だ」


 デスクから紙を取り出して見せてやる、冗談で命じたものを本気で提出してきたのだからやれやれといったところだ。実に細かく内容が記されていた。


「ふむ、けれどオッフェンバッハさんならばきっとこれに付き合ってくれるでしょう」


 年上の妻であり、同じドイツ人という部分で予定は順守すると勝手な予測をしてしまう。笑い話を終えると一拍おいて真面目な顔に戻った。


「準備を整えてから、作戦を実行する。ルワンダを脅かす存在を排除するぞ」


「ンタカンダ大将ですね」


 マリー中佐も理解しているようで、ヒントを与えると答えを返してきた。


「コンゴのルバンガ将軍はロマノフスキーが、ンタカンダ大将は俺が、マリーにはルバンガ将軍の家族を保護する任を与える」


 つまるところ家族を人質として奪うのと大差はない。卑怯な行いと思う部分はあるだろうが、命令に否は無い。


「ウィ モン・ジェネラル。決めるのはボスです、自分はそれについていきます」


 司令として先頭で重圧を経験してきた。島が受ける圧力、きっと問題にならないくらい大きいのだろうと想像し、全力で支えると再度誓うマリーであった。



 首都キガリに島が居る間、新たにフォートスター軍管区副司令官なる役職を得たロマノフスキー大佐。


 実務は今まで通りにマリー中佐が仕切っていたが、別の動きを見せていた。


 フランスから派遣されてきた退役軍人らの面通し。優秀者を選抜し、南塞で過ごさせていた。


 次点の者が一定数溜まり次第、それらをフィリピンへと移動させる。


 ――ロマノフスキーのやつが補強してくれているな。


 先の戦いで指揮官が不足していたのが顕著だった、複数ヶ所で活動しなければならない時に備えている。


 フォートスターからの税金が当て込めるようになり、飛躍的に自由の幅が拡がった。ブニェニェジ中佐には、引き続き役人への対応を投げたりもしている。


「ボス、輸送機ばかりこんなにですか?」


「ああ。どうせ空戦になればまともに対抗できんからな」


 長距離移動の為に航空機を調達することにした。軍司令官としてルワンダ軍に要求している。


 内訳は輸送機多数と観測ヘリコプターが数機ずつ、それだけだ。


 戦力になる軽攻撃機や戦闘ヘリコプターあたりがあってもよいはずなのに。


 正規軍への影響力はイーリヤ少将として。それ以外はキシワ将軍というのが名目になっている。


 ただし、正規軍への人員配属は無し。モディ中佐の特別部隊千人が、首都警備隊として間接的に指揮下にあった。


 特別公務員として国からの身分が与えられ、給与も配給されている。島からの声がかかり次第、職務を停止できる集団に切り替わった。


「それはそうですが、ある程度は手元にあった方が良いのではありませんか?」


 サルミエ大尉が食い下がる。別に島の決裁に反対しているわけではない、追加で要求しろということだ。


「装備をあまりルワンダから奪ってはいかんからな。個人で買い付けるなら構わん」


 シュトラウス少佐と相談して案件を提出しろと一部を認めてやる。サルミエ大尉はそれで引き下がった。


 ――軍事力なくして発言権は与えられん。だがそれに拠って得た力には必ず反発がついてくる。


 今まではそれだけしかなかった。これからはフォートスターという市域からの代議員が産まれる。


 マリー中佐が得てきた、キャトルエトワールという名声も後押しがある。


「閣下、面会の申請が御座います」


 サルミエ大尉ではなく、エーン中佐がそれを伝える。つまりは正規のルートからではない相手だ。


 ということは顔を立てる意味からも会わないわけにはいかない。


「通せ」


 既に待機させてある。時間が空いたらでよいから、何とか話をさせて欲しいと言われたようだ。


 やってきたのはスーツ姿の黒人。細身であまり気が強くなさそうな男。枯れたという表現が近いかも知れない。


「お会いいただき感謝いたします。私はコンゴの住民で、カトゥヤと申します」


「キシワ将軍です。カトゥヤさん、いかがなさいました?」


 イーリヤ少将に用事があるわけではない、いずれ込み入った話なのは解るが。


「私はキヴ州に居を構え、鉱山で掘削をしております。ええ、その労働者の頭をしております」


 平身低頭とは彼のことだ。延々と不当な扱いを受け、鉱石がどこかに消えると言うのを島に訴えてきた。


 どうすることも出来ないことがある。憤りが感じられたが、それはコンゴの政治がやらねばならないことなのだ。何にでも口出しして良い理由などない。


 ――事情は概ね理解できたが、俺が手出しをしてはならん内容だな。


 ではどうしてエーン中佐が仲介を許したか、そこに疑問が産まれてしまう。彼の判断を飲むならば、一件は必ず島にプラスになる事案なのだ。


「カトゥヤさんはどうしてコンゴの役所にではなく、私に話を?」


「はい。この鉱山の主はキヴの商人ということになっておりますが、本当の持ち主はカビラ大統領なのです。国に訴えてもあべこべに罪に問われてしまいます」


 ポニョ首相も隠し鉱山を持っていたが、カビラ大統領もかと呆れてしまう。確かにそれではカトゥヤらに勝ち目などない。


 ――待てよ、こいつはもしかして。


 小さく縮こまっているカトゥヤに一つ質問をする。


「産出される鉱物は?」


「はい。タングステン鉱が少しにタンタル鉱が主です」


 レアメタルが出てくるとなれば穏やかではない。紛争鉱石の際たるものだ。中国が殆どの資源を握っている種類ならば、かなりの需要が見込める。


 ――だがこれだけではいかんぞ! もう一手、いやもう二手が必要だ。


 どうすればそれらが解決に誘導可能か、思考を繰り返す。


「……数百人規模の労働者がいる鉱山、隠すにしてもかなりの不正が絡んでいるでしょうね」


 存在を隠すにしても限界がある、島の常識でしかないが。秘密は必ず漏れる、人間が関わっていたら。


「どうでしょうか。人が減ればまた送られてきます、死んだ者は谷に捨てられて終いです」


 まるで奴隷や物のような扱いに気分が悪くなる。失業者の山なのだ、人間などいくらでも連れてこられる。


「ん、もしかして少年少女が労働力では?」


「はい。どこから来たかと尋ねたら、コンゴだけでなくルワンダやブルンジと言っていました」


 近隣なのは間違いないと明言する。あまりにも次々死んで行くので、詳しくは覚えていないとも。


 ――誘拐したのを鉱山に送り込んでいた供給源がンタカンダ大将なわけか!


 全てでは無いにせよ、エーン中佐が連れてきた理由が明らかになった。コンゴにはプレトリアス族の者が多数入っているので、彼にまで声が届いたことも。


「四ヶ所同時か、こいつは参ったな」


 島が訴えを認めた瞬間である。意味が解らなかっカトゥヤも、後に知ることになるのであった。



 レストラン・アフリカの星。フランスの名残を漂わせる街中の名店、部屋を一つ借りて会談を行った。この面々が集まったことは今までに一度もない。


「呼びかけに応じて頂き感謝します」


 島が起立して頭を下げた。円卓に座るのはAFP通信上級局長設楽由香、臨時が取れて正真正銘責任者に就任した。

 ヒューマンライツウォッチ・アフリカ上級調査員ギネヴィア。

 国連難民高等副弁務官マグロウ。ラジオミドルアフリカ・ンデベ編集長。

 汎アフリカ連合全権委員ルクレール。衆議院議員斉藤一。


 一人一人を紹介していく、皆がにこやかに確かめ合い立場を知る。


「錚々たる顔ぶれだね島君」


 若いころからの知り合いがこうも力をつけたのを素直に喜ぶ。半面で国際指名手配犯として罪を得ている部分を悲しんだ。


「斉藤議員、このようなところにお呼び立てして申し訳ありません。本来ならば自分が伺うべきというのに」


 それが出来ない立場なのを知っているのでゆっくりと首を横に振る。


「気にすることはない、私は君に多くを与えられている。役に立てることがあれば喜んで協力しよう」


 何せ議員への公認を得られたのは君の口利きだ。力を得た背景を明かし全面的な協力を約束した。


「人権団体である私達も出来ることをさせてもらうわ」


 ギネヴィアがマグロウと目を合わせて頷く。ルクレールもウガンダでの成功を口にして肯定した。


「アイランドさんには何度もヒットを頂いてますので」


 ンデベがご機嫌で次もお願いしたい位です、乗り気を現す。由香は微笑むだけで語らない、島もそれで良かった。


 皆の関心が集まったところで説明を始める、一人ではどうにもならない部分を頼りたいと。


「自分が得た情報によりますと、コンゴ東部にある隠し鉱山で、各地で誘拐された少年少女が強制的に働かされております」


 サルミエ大尉がホワイトボードにある地図に大まかなポイントをつける。


 キヴ州、内陸の田舎で黙っていれば世界は知らずに時を過ごすだろう場所だ。


「鉱山の労働者頭の証言と協力を得ております。それと物証も」


 ガラスケースに入れられた生の鉱石を幾つかテーブルに置く。


 石炭のような黒い石に金色が混ざっている。長い筋が通るような石。


「金鉱石……ではないな」


 斉藤が何かが解らないまでも鉄の類だろうと予測をする。


「コロンバイト-タンタライト鉱石、タンタルです。携帯電話の部品に使われることで近年需要が爆発的にのびているレアメタル」


 これがそうか、皆がもう一度鉱石を凝視した。もう一つは白っぽい金属が混ざった石。


「こちらは?」


「タングステン鉱です、こちらは少量のようですが」


「紛争鉱石というやつか……」


 無秩序、無法な掘削で、国際的な正当な取引がされていない鉱物の代表格がアフリカに多い。


 地質学上の奇跡と言われている南アフリカだけでなく、アフリカ大陸そのものが地下資源の宝庫なのだ。


「労働力である子供はコンゴ、ルワンダ、ブルンジから来ています」


「人身売買ね。そこで死ぬまで働かされる」


 ギネヴィアが眉をひそめる。解っているならすぐにでも助け出したい、しかし手段がない。いつものことに無力を痛感する。


「不認定難民から連行しても、というわけか」


 マグロウが地域柄そういう部分もあるだろうと考えを披露する。繋がる話に面々が呼ばれた意味を少しずつ理解していった。


「コンゴはこれを問題にしません、出来ないのです」


 話の肝がそこにあると感じた、先を促す視線が集中する。


「隠し鉱山の持ち主はカビラ大統領です」


 衝撃が走る、国家ぐるみの不正。それを掣肘すべき最大の人物が染まっているなどとは思いもしなかった。


「誤るわけにはいかんが、確たる証拠はあるのかね」


 斉藤が大切な部分を押さえに掛かる。あろうとなかろうと島がやろうとしていることを止めない性格というのは知っているが。


「その証拠を持っている人物を知っております。少年少女の誘拐犯でもあり、此度のルワンダ動乱を煽った人物でもあります。その人物を裁くためにコンゴのルバンガ将軍に証言をしてもらいます」


 名前を聞いて全てが明らかになる。アフリカに住んでいれば一度は耳にしたことがあるだろう者。


「イーリヤさん、確かその将軍はンタカンダ大将の部下という見方が強いのでは?」


 ならば不利な証言などしないはずだ。簡単な理屈に頷く者が多い。


「ルバンガ将軍もまたンタカンダ大将の暴力の被害者です。彼の家族友人が拘留されているのです」


 場所はコロラド先任上級曹長が調査済。ルワンダ東部の僻地にまとめて捕えられていた。


「私は何をしたら良いのかね」


「斉藤議員、あなたには紛争鉱山からの鉱石を政府としてまとめて購入する話をつけて頂きたい。もちろん公正な価格で」


 レアメタルの購入先が殆ど中国ということで困っていた。日本として、業界団体としては願ってもない話だ。それを斉藤が仲介するというなら、まとまった支持を業界から得られる。


「私から出すものを聞かせて貰いたい」


「難民人道支援金、政府開発援助、円借款などの幅をルワンダ寄りに、指定団体が必要ならエマウスという皮を被ったキャトルエトワールを」


「問題ない、必ずそうさせよう」


 あまりにも少ない代償に、逆に申し訳なさ過ぎてたまらない。


「弁務官事務所としてもイーリヤさんの団体を推奨しましょう」


「紛争鉱山の現実、私が絶対に周知させます。イーリヤさんのタイミングで公開され次第援護を」


「ありがとうございます。二人には報道を頼みたい」


 言われずとも大スクープ間違い無し、世界が揺れる記事が期待できる。


「それは良いのだけど、全て書いて収まるのかしら?」


 由香は島がそれを望んでいないのを感じた。リークするだけならこの場に呼ばずとも良いから、だがそれが彼女の理由ではない。彼個人を深く知っているからだ。


「カビラ大統領が政治的な落としどころを求めるならば、それを受け入れるよ。そうしなければ更に多くの者に被害が及ぶ。全てを一夜にして変えられる程甘くはないと解っている」

 ――悔しいが俺に出来ることには限界がある!


 諦めではなく一つの区切り、不正や不都合が一気に解決できるはずがないのは当たり前だ。この場の誰一人それを責めはしない。


「コンゴが危険というならば、国境を跨ぐ承認を私が得る努力をしましょう」


 もし帰宅出来るならばそうさせるのが一番。ルクレールが情報を集めておくと約束した。


 別に島がやらねばならない仕事ではない、放置していても関係ないのだ。極論するならば逆にカビラ大統領に無心するような利権ネタにすらなる。


「自分は……やり方が間違っていると後ろ指さされようと、暴力が連鎖を呼ぶと言われようと、信じた正義を諦めはしない!」


「死なないでね龍之介」


 小さく日本語で伝え顔を伏せる。どうして彼だけがこうも危険を背負わなければならないのか、行き場の無い怒りにも似た感情を抑えこんで。



 ルワンダ大統領府。首都攻防から数か月、カガメ大統領への謁見を求めた島、それは数時間で叶えられた。


 会議室には大臣らが居並び議論の途中であったらしいことが伺える。


「イーリヤ少将です」


「イーリヤ君、重要な話があると聞いた。場所を変えようか?」


 閣僚らを待たせて二人で密談、それが大統領にとって不都合を産む可能性を考慮しこの場での話を求めた。


「現在のルワンダは不安定で先ごろのような動乱が再度起きる可能性が高いと言えるでしょう」


 言いにくいことを直球で進言する。誰もそれを否定は出来なかった、賛同する声もまた聞こえては来ないが。


「そうかも知れないな。首都の治安は保たれていると考えるが」


 政権の座にあるカガメ大統領が、自身を落ち着かせる意味合いを含めてそう返してきた。


 ガサナ警察長官を更迭、起訴中だ。現在も戒厳は続いている、即ち治安に不安があるからに他ならない。


「大きな癌腫瘍を取り除く外科手術は必要でしょう」


 何がそれに当たるかは明言しない。だが閣僚らも島が言っている意味は理解したようで難しい顔をした。


 いずれンタカンダ大将の耳に入るのは間違いない、これは宣戦布告である。


「私はルワンダをよりよく導く義務がある。大統領として何が起こるか知っている必要があるが」


 行為自体を止めようとしない、それが彼の意志だと示す。まさかの判断に閣僚が驚いた。


「大統領閣下、ことを急いてはなりませんぞ」


 今は耐えることが肝要。暴発を許してはならない、そう諫める。


「ルワンダが」カガメは立ち上がり皆を見る「アフリカの奇跡と呼ばれる状態を継続するには、国内の憂いを取り除く必要がある」


 急速な国内成長、経済に集中するためには不測の可能性を減少させる必要がある。反体制勢力の押さえ込み、可能ならば根元から、だ。


「準備不足です大統領閣下!」


 閣僚の一人が声を大にしてそう指摘する。


「では、いつになれば準備が整うのだね」


「そ、それは……いずれです。数年あれば……」


 言葉を濁す。何せその頃にはカガメ大統領は任期を終えている、次代の大統領が就任すれば足元を固める為にまた数年と言うだろう。いつまでたっても準備が整うことなど無い。


 うち合わせていたわけでは無い。無論、今初めて明かしたわけでもないが。


 島はカガメ大統領がいつゴーサインを出すかを探りに来た。


 そして結果どうあれンタカンダ大将の攻撃の目が自身に向くようにとの考えで乗り込んできている。


 しくじって退場を迫られることになっても、それはカガメ大統領ではなく自分だと言えるように。


 突然湧いて出た危険な案件、閣僚らは口を閉ざしてしまう。


「イーリヤ君、いやイーリヤ少将。私は国の未来の為に決断をしようではないか」


「モン・シニアプレジデント、自分はルワンダ軍の司令官として微力を尽くさせて頂きます」

 ――やる気になったなら可及的速やかに実行だ!


 貸し借りはチャラにすると言われていた、だからと現在の関係は対等とは言えない。国に益をもたらしてこそようやくだ。


「私の目に狂いが無かったと証明してみたまえ」


 カガメ大統領はじっと島を見つめ、賭けに出ると宣言した。


 指揮幕僚大学の後輩、繋がりなどそれだけでしかない流浪の外国人の戯言を信じてだ。


「居場所を与えてくださった恩義に、必ずや報いさせて頂きます!」


 島は敬礼し踵を返す。ここから先は時間との勝負でもある。



 キガリの仮司令部、そこで待っていたマケンガ大佐に一言。


「やるぞ」


 様々な意味が込められている言葉に、彼は久方ぶりに興奮を覚えた。


 一度は全てを投げ出し、新たな何かを感じ、そして忘れていたモノを見つけ出す。身に起きている一大機会を生かす為に全てを注ぎ込む。


「再度情報を更新しておきます」


 作戦を開始するまでに変化があればすぐに調整出来るよう一時間おきに確認を挟むことにする。オーバーワークなど気にならなかった。


「サルミエ、フォートスターに招集命令だ。待機をかけさせろ」


「ウィ ボス」


 時計を見る、正午を回って少し。閣議が終わればすぐにでも大将は情報を得るだろう。


「これは国家の行く末を左右させる重大事案だ。エーン中佐、ンダガク族長、並びにシサンボ中佐に要請を行え」


「ヤ」


 コンゴでの兵力不足を補う為に現地勢力へ協力要請をする。四番目の戦線へ送る指揮官にはトゥツァ少佐を充てるつもりでいる。


 関係各所への連絡確保、サルミエ大尉への負担を強いる。彼は平然とした顔で全てを了承した。



 フォートスターに警報が鳴り響く。既にクァトロが集合し状況の確認に全力を注いでいた。


 将校が内城へ集まる、民兵団の指揮官も大慌てで駆け付けてくる。


 城外では各民兵が指定の場所で待機を始めた、武装を整え出撃出来るようになるまでそう長くは掛からない。


「閣下のご帰還だ、全員整列せよ!」


 ブッフバルト少佐の声が内城に木霊する。ロマノフスキー大佐、マリー中佐、トゥツァ少佐は作戦地域の情報収集に専念中だからだった。


 ヘリが前庭に着陸すると放送があった、そのころようやく大佐らが現れ将校らの最前列へ並ぶ。爆風を起こしながらヘリが地に足をつける。


「総員、イーリヤ少将に敬礼!」


 ロマノフスキーが代表して声を掛ける。島が降りてきて皆を見渡すと敬礼を返した。


 ローターの回転が停止し静寂が訪れる。別のヘリからマケンガ大佐やバスター大尉らも降りてくると所定の場所へと移る。


 列の後ろに見たことがない奴らが並んでいた。ブリアン中佐が派遣してきた、フランス軍退役組だ。


 彼らは初めてボスである島を見た、聞いてはいたが本当に若くて驚いている。


「諸君、先ほどカガメ大統領閣下は決断された、ルワンダを導く為に。俺は意を受けて国難を排除すると決めた」


 時間を掛けてそれぞれの目を順番に見ていく。誰一人言葉を発さない。


「これよりルワンダの星作戦を実行する。序列を定める。ゴマ攻撃司令官ロマノフスキー大佐、西部州攻撃司令官マケンガ大佐、救出隊司令マリー中佐、コンゴ統合司令トゥツァ少佐、フォートスター留守司令シュトラウス少佐」


 かなり大規模な作戦だというのが皆に伝わる。フランス軍退役組が、まさか本当に戦争を行うとは信じていなかったのか顔色を変えた。


「第五司令部ロマノフスキー大佐、ブッフバルト少佐を補佐につける。コンゴ民兵団、ブカヴ民兵団、キベガ族を率いてルバンガ将軍を捕えろ」


「ダー。仰せの通りに」


 配される将校はバスター大尉、サイード少尉を始めとし、コンゴ人部隊の指揮官らだ。一歩進み出て一斉に敬礼する。


「第四司令部マケンガ大佐、俺の補佐だ。ルワンダ民兵団、フォートスター民兵団、砲兵団、特別部隊を率いてンタカンダ大将を捕えろ」


「望むところです。お任せを」


 主力軍。エーン中佐、オルダ大尉、ヌル中尉を軸にルワンダ人の部隊が指名された。島が補佐と宣言したのだ、自身も参戦する意思を表している。


「戦闘団司令部マリー中佐。クァトロ戦闘団を率い、目標を保護しろ」


「ウィ モン・ジェネラル!」


 ドゥリー中尉、ハマダ中尉、ストーン少尉、ゴンザレス少尉、レオポルド少尉。クァトロの青年将校が集められた、兵は少ないが最速の動きが期待できる。


「混成司令部トゥツァ少佐。ンダガク族兵、ブカヴマイマイ、ンダガクマイマイを率い鉱山を確保、労働者を保護しろ」


「君名をお受けいたします!」


 要請を行った兵を統括指揮するのに最適な人物。恐らく兵力は最大になるはずだ。


「留守司令部シュトラウス少佐。ソフィア自警団、フォートスター警察隊を率い拠点の確保を行え」


「ヤボール、ヘア・ゲネラール!」


 航空支援の手配、傷病者の保護、拠点の防衛。帰る場所を守る為に彼を指名する、グレゴリー中尉が後方事務部長として補佐に残留。


 新設された警察隊、それに隣国からの増援で自警団を直下に置き治安を維持する。民警としてドクター警護隊なるものも発足していた。


 フォートスターからゴマまで凡そ二百キロ、同じくンタカンダ大将の居城までも二百キロ。途中首都で特別部隊と合流の予定で。

 ルバンガ将軍の家族、東部州は最も近くて百キロちょっと。ンダガク市までが遠く四百キロ前後で、アントノフ26改で一時間の空路だ。


「作戦開始は明朝、〇四〇〇だ。サルミエ大尉」


「ダコール」


 副官サルミエ大尉から幹部将校へ同時に時間設定がメール送信された。秒単位でずれていても全く問題ない、世界に拠点があるクァトロだからという行為の一環。

 陸戦兵が殆どだ、空輸で砲を移送する以外も全て車両が使われる。中古のバスを多数輸入したのはニカラグアでの経験からだった。ここはアフリカだ誰も笑いはしない。


「ではボス、胸が熱くなるような訓示を頂けると嬉しいですな」


 ロマノフスキー大佐が肩に力が入り過ぎている若いのが多いとみて軽口を挟む。島が気づかなかった部分を指摘されて笑顔を漏らす。


「全て終わった後に全員参加のパーティーがある、俺のおごりだすっぽかすなよ」


「小官、ただ酒を逃したことが一度もないのが自慢でして」

 

 一気に皆がリラックスしたのが解った。


「では今後も記録に挑戦してくれ。全軍出撃!」


「ダコール!」



 夕刻から突如闇夜に早変わりする。アフリカの黒人戦闘機パイロットの多くは、夜に飛行をしない。

 技術的なものを脇に置いて、土着宗教との混成の結果が強い。悪魔の支配する時間帯というのが理由だ。


「アントノフA26改、出撃します」


「続いてC130ハーキュリー、出撃します」


「ビーチクラフト、出撃します」


 空港滑走路から順番に離陸して行く。雑多な種類でかき集められるだけ輸送能力がある機体がフォートスターに引かれていた。

 どれもこれも一様に旧式のボロではあるが、ルワンダ軍では現役でいる。一部を私費で買付けシュトラウス少佐に預けてある、そちらはルワンダに似つかわしくない最新シリーズだ。


 正面正門から堂々第五司令部軍が出る。ここから数時間かけて延々とコンゴへ向かう、途中で不都合があれば開始に間に合わない。


「夕涼みに出掛けるぞ。揺れるが交代で寝ていけ、半数休息二時間だ」


 睡眠不足での戦闘は必至だ、少しでも先に休ませておこうと、出撃直後に休息命令が出された。砲弾が飛んできても寝られる兵士ほど長生きする。


 第四司令部軍はマケンガ大佐が指揮して出撃する。親衛隊をオルダ大尉に任せ、エーン中佐は島の隣に在った。


「ボス、これが上手く行けばルワンダは安定するでしょうか」


 場所が近いため一時間遅れで出るつもりで、マリー中佐が話し掛ける。島たちはヘリでキガリに行く手筈だ。


「動乱の一部は収まる。だがカガメ大統領の任期が切れた後はわからん」


 正直なところを吐露した。どれだけ努力しても、一年もしたらまた不安定になってしまう。

 ではそれは無駄なことかと問われたら、違うと即答出来た。


「まあその時はまた、自分が火消しに走りましょう」


 笑顔で苦労を買って出る、何かしらの自信を得てきたというのが伝わってきた。


「期待の後輩に万事任せるよ。お前はクァトロのマリーだ、思うようにやれ、俺が必ず認めてやる」


「はい、先輩。何があろうと自分は決して挫けず、前を向いて生き続けます。貴方の背を追って」


 強固な絆、他人をこうまで心酔させることができれば一人前だ。

 携行装備の最終確認、久々に顔を合わせたドゥリー中尉にも自信が見える。


「サルミエ、各種報告を受けておけ。ちょっと時間を貰うぞ」


 返事を確かめることもなく、内城にある建物へと向かう。立哨していた民警が敬礼してきた。

 二十四時間動いているキャトルエトワール病院本部。ドクターシーリネン中佐を訪ねる。


「急なのはいつものことだが、思いきったものだね」


 一人の人間として、年長者として接してくれる。


「イレギュラーな存在です、是か否かいずれでも見ているだけよりは良いでしょう」


 意地悪く居座るだけ、それでは害悪の垂れ流しでしかない。


「退去するという選択肢もあったろうに。選ばないのは解っているがね」


 それでも指摘してやる。再確認したくてやってきたという意思を汲み取り。


「前進か死か、自分はそう決めていますので」


「変わらんね昔から。重傷を負っても必ず治す、決して生きることを諦めないでくれ。私は君を尊敬している、喪いたくはない」


「約束しましょう。傷病者を頼みます」


 明日の今ごろは、居場所が無くなるほど患者で溢れているだろう。輸送機ばかりを多数集めた理由の一端がここにも垣間見えた。



 SA341ガゼルで、キガリの陸軍駐屯地に着陸する。既に市街地南西に第四司令部軍が待機していた。


「閣下、動かれるのですね」


 一時は上下の別をつけいたが、結局島をそう呼んでいる。


「ブニェニェジ少将、二十四時間以内に終らせる。何が起こるか全く不明だ」


 ンタカンダ大将がルワンダに在ってから、今の今までただ時間を垂れ流してきたとは考えられない。

 自らに危険が迫れば、自衛をするのは当たり前だ。その方法が見えてこない。


「首都は必ず守りきります、大統領と議会はお任せを」


 本来ならばルワンダ軍が自力で解決すべき内容、それを押し付けているのが心苦しい。国家に忠実なブニェニェジ少将だからこそ、そう感じていた。


「モディ中佐、準備は良いな」


 特別部隊千人。第四司令部軍の主力であり、今回の功績を引き受ける予定でもある。

 交差点防衛で死傷者を多数出していたが、皆が結果に満足していた。補償金が充てられて、遺族も文句を言わない。


「はい、閣下。気合充分です」


 うむ。頷いて傍らに停めてある装甲指揮車両に乗り込んだ。


 車両後方にアンテナと別にポールが立っている、そこに4が刺繍された軍旗がつけられた。市街地を移動する際の取り決めでもある。


「ボス、警察部隊が公道を先導しています」


「ニャンザか」


 ぽつりとそれだけ呟く。集団が市街地を外れたところでパトカーは停車し道を譲った。

 四ツ星軍旗を掲げた軍が待っていて、それに合流する。十メートル以上間をあけて、マケンガ大佐の指揮車両が並んで走る。


「閣下、目標の姿を確認しています。目的地に変更は御座いません」


「進軍だ」


「ダコール」


 最前列はフォートスター民兵団、大佐により特化編制された捜索小隊が三個先行している。

 最新機器類を調達したのと、夜目を自慢している現地人兵らの肉眼監視。暗夜移動できる速度は遅いが、公道1号を行くため心配するほどではなかった。


 ――ギタラマ市に居るとはふてぶてしいというか何というか。


 お尋ね者が何と国内第二の大都市に堂々と居を構えているという。当然各所に警備兵を置いているだろう。すぐに急報が伝えられる、だが大将を起こしてまで報告されるかは不明だ。



 〇三五五。開始まであと五分、アカゲラ国立公園南部へ十数キロのルキラ。川沿いの小さな集落の傍、闇に伏せているクァトロ戦闘団。


「司令、あと五分です」


 ビダ先任上級曹長が夜光反射塗料が塗られた時計を確かめる。


 主力はドゥリー中尉のVBL装甲車が中心の装甲車中隊と、ストーン少尉指揮するAML装甲車がある装甲偵察中隊。


 マリー中佐の本部には二両だけ59式戦車59-Ⅰ式Ⅲが存在している。その他は全てがP4プジョーでまとめられていた。


「人質が捕えられている場所は解っている、さっさと保護するぞ。俺達にはやるべきことが他にもある」


「そうですね。これで終わりじゃ手ごたえが無さ過ぎでしょう」


 強気の言葉に同意して刻限が来たと知らせる。マリー中佐が封鎖していた無線機の発信をONにして告げた。


「クァトロ戦闘団、これより作戦を開始する。ドゥリー中尉、レオポルド少尉、ゴンザレス少尉、進め!」


「ウィ モン・コンバットコマンダン!」


 指揮下の半数を前進させる。どこかで強敵が現れた時の為にストーン少尉の中隊を予備にした。


 平均十六両編成の中隊が四つの分隊に分かれて集落に侵入する。どこかで「敵襲だ!」大声が上がるが攻撃はされない。


「こちらレオポルド、目標まであと百メートル。下車して突入します」


 武装軽車両プジョーから二人ずつ下車してFA-MASを手にして地面に伏せる。数人が赤外線装置で様子を確認すると起き上がり、腰を屈めて前へ進んだ。

 建物まであと五十メートルといったところで銃撃を受ける。


「敵の攻撃を受けた、発砲音より恐らくSG550」


 ルワンダ軍でよく見かけるSIG五・五六ミリ小銃だ。威力は弱いが取り回しが軽く使い勝手が良い。


「司令より各位、目標を保護するまで重火器の使用を禁ずる」


 巻き込んで死亡させないように留意させる。結果的に死傷したのなら仕方ない部分もあるが、不注意でその事態を招くのは失策でしかない。


「ゴンザレス少尉より本部、北の通りに連なって移動する影あり! 識別に向かいます!」


 追っても仕方無いのでアクセルを踏み込んで一気に加速、行き先を塞ぐ形で回り込む。それまでの音に比べると随分と野太いものが聞こえてくる。


「十二・七ミリ!」


 どこから撃ってきているのかを探る。発射時の火花が連続する場所を見つける。


「キラク軍曹、トーチカを確認。銃座です!」


 少し小高い所にこんもりとした何かがあり、その周りを有刺鉄線で被ってある。常識的に考えればそこには人質など居るはずがない。


「司令よりドゥリー中尉、対戦車砲で破壊しろ」


「ダコール!」


 VBL装甲車を押し出す。七・六二ミリ機銃で弾幕をはって移動しながら距離をはかる。ミラン歩兵用車載ミサイルが発射され、兵が赤外線照準を照射した。誘導を受けた弾が二秒後に寸分違わずトーチカに炸裂する。


 土煙のせいで成果は不明だ、その間も足を止めることなく車は動き回る。


「銃座沈黙!」


 あちこちから歩兵が起きてきた、一気に小銃での反撃が勢いを増してくる。プジョーでは防げないが、装甲車ならばSG550の攻撃は防げるので前面に出て対抗した。

 急にズドンと重く響く音が聞こえる、心臓が口から飛び出すかと思った兵も居ただろう。


「今のは何だ!」


 歴戦の兵ならば音で兵器を識別可能だ、一人が「八十ミリ級カノンに酷似!」と叫んだ。


 砲が複数の場合でもAML装甲車があるクァトロ戦闘団が有利だ、九十ミリ砲だけでなく六十ミリ迫撃砲まで装備している。


「ハマダ中尉、ストーン少尉、展開しろ。照明弾準備、六十秒後に上げろ!」


 一気に火力で押し切るつもりで部隊を投入する。明るくなれば北側の人間を識別するのも容易になるだろう。ビダ先任上級曹長が時計を睨み「射出!」マリー中佐の命令を実行した。

 上空でいくつもの疑似太陽が光を放つ。暗視装置を切り忘れるような新兵は戦闘団には居ない。


「ZiS-3を確認!」

「集落東部M43の設置を見ゆ」

「民間人の離脱、通過させます」

「SIG装備兵多数確認」

「兵に囲まれた家族を発見」


 一気に報告が上がる、優先順位をつけて交通整理を行わなければならない。


「ZiS-3七十六ミリ砲を集中攻撃しろ! M43迫撃砲を撃たせるな」

 

 受ける被害を減らすことを最優先し、どこで家族を見たかを確認する。


「北西部から西へ向かっています」


「川へ行かせるな、その家族を保護しろ」


 人質だとしたら船で逃げられてはたまらない、車で追い続けることは不可能だ。


「プジョーは距離を取れ、砲を破壊次第装甲車で蹂躙しろ」


 絶対的な火力を封じてしまい、後は悲惨な最期を遂げさせる。それが嫌なら降伏するしかない。


「ストーン少尉、ZiS-3を破壊」


 続けてドゥリー中尉からも破壊報告が上がる。すると二つの部隊の装甲車が互いの距離をあけて集落中心部へと進出、機銃で歩兵を掃討し始める。


「キール曹長、敵兵を撃破。家族を保護しました」


「身元を確認するんだ」


「…………ルバンガの妻子だと言っています。それと彼女の弟と」


 それが本当かを確かめる術はない。偽装だとしたら赤っ恥も良いところだ。


「ルノーに乗せて監視しておくんだ、丁寧に扱えよ、だが甘やかす必要はない」


「ダコール」


 戦闘は一気に収束していた、命を懸けてまで抗戦しようという者が圧倒的に少ない。


「司令、降伏を呼び掛けてみては?」


「ドゥリー中尉の名でそうさせろ」


 ビダ先任上級曹長の進言を採った。もし拒否されたら全滅させるしかなくなる、それを避けるために中尉の名を使わせて。敵兵が両手を上げるまで時間は掛からなかった。


「全軒捜索させろ、隠れている者を探せ!」


 逃した民間人が目標でなければ良いが。そんなことがふとマリー中佐の脳裏を過るのであった。



 コリンの丘。ルワンダ側の稜線に隠れて第五司令部軍が待機している。


「久々の実戦だ、ワクワクするな」


 不謹慎極まりない一言ではあるが、側近らはそれがロマノフスキー大佐による配慮だと知っている。

 ルバンガ将軍の兵は二千人規模、対するクァトロは民兵団を含めて千五百程。戦いの後にンクンダ将軍やコンゴ・ゴマ連隊が手を出してこない保証はどこにもない。


「作戦開始時刻まであと百秒」


 真面目な通信担当が秒針をじっと睨んでいる。少しでもタイミングが前後したら事件とでも思っているのだろう。

 TRM2000ルノーが少しに、装甲バスが多数。タイヤだけは輸入してきている。機甲部隊が出す排気がガソリンの臭いを漂わせていた。


「似合いすぎるよな、ブッフバルトのやつに」


 いよいよ時が来た、通信担当が振り向いて司令官に報告した


「ロマノフスキー大佐だ。目標を生け捕りが本作戦の目的だ、達成小隊にはボーナスを支給してやる。美人のキス付表彰もセットにしてな。進軍」


「ウィ モン・コロネル!」


 コンゴ民兵団とブカヴ民兵団が左右に分かれて前進する。


 殆ど全てが徒歩の歩兵、バスは後方で待機している。丘に包帯所を置いて治療に備えた。


 ゴマ市東、水場にもルワンダにも近い場所に防御施設を設置しているルバンガ将軍。


 ゴマを支配するつもりならば市街地を制圧するだろうが、目的が別にあるのかわざわざそのような地を占めていた。


「遠慮するな、初っ端から砲をぶち込んでやれ!」


 車両で牽引してきていた百五ミリ砲でコリンの丘から目見当で砲撃を加える。


 砲術軍曹が班を率いて一門のみ運用している。味方が充分進軍してしまえば出番は終わり、ヌル中尉が第四司令部軍に所属したことで割りを食っているのだ。


「機甲部隊目標敵防御施設、コマンドウ八十一ミリで砲撃。シェリダン、AMXは主砲圏内まで前進だ」


 一門だけでもと思って発した一言だったが、ブッフバルト少佐が反応してしまった。


 だがロマノフスキー大佐は止めようとしない。

 M551A1PIPシェリダン軽戦車三両とAMX-13/105二両、AMX-10RC二両が丘を下っていく。


 バラバラの種類で編制した機甲部隊だが、新旧あれど破壊力は多大だ。


「ブナ=マキマ大尉より司令部。敵兵による反撃あり」


「ブカヴ民兵団ナシリ大尉、交戦開始!」


 前衛が敵と接触、警備が応戦してきた。数は少ない、それでもきっちり対応してきたということは敵兵の士気は高いといえる。


 夜襲を仕掛けているので圧倒的に有利な開戦だ。戦闘態勢を整えるまでにどこまで押せるかで、被害の程が大きく左右される。


「大佐、上空は静かなものです」


「そうだな、敵も味方もだがね」


 オビエト曹長の言葉で航空支援がないことを再確認する。後送の要ありの場合のみ輸送機がやって来るが、滑走路を確保しないことには着陸出来ない。Ju-52はもう無いのだ。


「主砲圏内到達しました」


「斉射三連だ、撃て!」


 シェリダンは軽戦車だが装備している主砲は百五十二ミリのガン/ランチャーだ、もっとも砲弾しか積んできていないが。


 使い勝手が悪く、アフリカの後進国へ払い下げられたものが巡り巡ってここに在る。


 AMXは百五ミリライフル砲を揃って発射、時ならぬ轟音が響いた。


 戦車など敵に回したことはあっても、味方の手駒として運用したことなど殆どなかった。


 無慈悲な鉄の塊がコンクリートやレンガを木っ端微塵に吹き飛ばした。


 民兵団から感嘆の声が聞こえてくる。反対に敵兵の意気が下がる。


「おーおー、こいつは派手だな」


 ヘッドフォンを片耳に当てながら、ロマノフスキー大佐は機嫌良く通信を聞き入る。上手くいっている時には命令など必要ない。


 グイグイと地歩を得て押し込んでいく。警報が基地で鳴り響いている、就寝していた兵が次々武装して飛び起きては戦列に加わった。


 第五司令部付の護衛兵はキベガ族、近代戦自体はそれほど得意とは言えない。一部狙撃能力が高かったが、戦争は総合力がものを言う。


「モーターシェル!」


 味方の側に迫撃砲が飛んできた、六十ミリあたりだろうか。機関銃の射撃音も多数混ざっている、いよいよ防衛態勢が整ってきたようだ。


「思ったより早いな」


 ルバンガ将軍は及第点を与えられるような人物らしい。失策を犯さず普通に対応出来れば、兵数が多い側、それも防衛は負けることは無い。


「ブナ=マキマ大尉、北部を迂回する部隊あり!」


 守るだけでなく攻撃を混ぜて来る。流石にそれは自由にやらせてはならない。


「ゾネット、百人で阻止しろ」


「クァ!」


 部族兵百を派遣し足止めに従事させる、別に勝つ必要はない。上手くことが運ばねば勝手に撤退していくか、その場に留まる。


「装甲車出現! 援護を!」


 場所を正確に報告させるよう命じる、同時に対戦車部隊の出撃を命じた。


「バスター大尉、装甲車を撃破してこい」


「ダコール!」


 RPG7を装備した機動歩兵が武装ジープで司令部を離れる。四両編制、クァトロ直下の部隊だ練度面での心配はない。


 基地からサーチライトが当てられる、攻撃側の布陣が徐々に明らかになる。数が少ないのもいずればれてしまう。


「全滅させなくても構わんわけだが、難しいところだ」


 司令部を倒壊させようと思えば出来ないことは無い、だがそれではルバンガ将軍を捕虜に取れない。最大の難関はそこだ。


 敵の中央を抜けて司令部で白兵戦を行い、司令官を捕縛して脱出。言葉で表すのは容易いが、実行するのは困難だ。


「敵歩兵部隊多数出撃してきます!」

「戦車確認! 南部湖沿いを走行!」

「野砲の発射音確認!」


 一筋縄ではいかない。ロマノフスキー大佐は珍しく真剣な表情で考えを巡らせるのであった。



「ブカヴ方面ですが、隠し鉱山へ向けて移動中とのことです」


「うむ」

 ――全く問題無いだろう。それにしてもブカヴマイマイ四個大隊、ンダガクマイマイ二個大隊、それにトゥツァ少佐のンダガク族兵で合計六千人とは、やり過ぎもここまでくると凄いな。


 島直接の呼びかけで過剰反応を示してきた。シサンボ中佐はルワンダへ遠征出来なかった大隊を全て投入、ンダガク議長も最低限の街の警備のみを残し全力で応じてきた。


 六人の少佐を率いるのは同格の少佐。これでは上手く行くものも行かなくなる。


 そう思っていたが、キシワ将軍の勅命だと不平不満を押しつぶして忠実な動きをしているらしい。


「砲兵隊ヌル中尉、司令部。ムサンビラに砲撃陣地敷設完了。いつでもご命令を」


 百五ミリ砲を凡そ六キロ東の山間部に設置、観測班のみを本部に随伴させていた。


 通信班が細やかに情報を交換し、計算班が弾道調整の指示を出す。ヌル中尉の役目は目標の設定に弾薬の種類指定。三門の砲を指揮下に置いている。


 昨今では殆ど見られない種類のものだが、発展途上国特有の旧式装備の現役運用だ。サンドハーストで試射した経験があるので問題はない。


「マケンガ大佐、ギタラマの防衛状況を上げろ」


 民間人が多数居住してる市街地で交戦するのは避けたい。それを許すかはンタカンダ大将次第だ。


「市手前のニャンバブエに第一防衛線を敷いております、兵力は凡そ五百。市街地外縁に第二防衛線、兵力は推測で千。市街要所、予備、機動部隊などで総計四千の兵力を備えている見込みです」


 ルワンダ軍や民兵で動乱時は三十万からの数が武装していた。復員した今でも国内に数万の武装兵が存在している、一つの地方軍並みの兵力を個人が抱えているのに驚かされた。


 ――しかし俺も似たようなものか。三軍で三千以上も展開させたんだ、責められても言い訳は出来んな。


 第四司令部軍は二千を切る位を動員していた。半数がモディ中佐の特別部隊で、国軍の流用にあたる。民兵が七百ちょっと、クァトロ兵は殆ど存在していない。


「ギタラマに避難勧告を行え、市民に退去猶予を二時間与えるんだ」


「畏まりました」


 いきなり押し寄せて攻撃を仕掛けるわけには行かない、それが不利な部分だ。各種の方法を駆使して市民へ警告を与える、その間も敵からの攻撃へは反撃をする。


 未明に起こされ街が戦場になると知った市民は着の身着のままで逃げ出した。


 一部ではンタカンダ将軍の兵により逃亡を阻止され強制徴兵される。


 無理矢理に武器を持たされ最前線へ配備させ、盾としての役割を強要された。


「ボス、ニャンザ警視正から緊急連絡です」


 自身の携帯を差し出してくる。


「俺だ」

「閣下、西部地方軍に待機命令が下されました。北部地方軍にも招集命令が出ています」

「何だと、ブニェニェジ少将の命令ではないな」

「独自の行動と言っていますが、恐らくはンタカンダ大将の命令でしょう」

「解った。ニャンザ警察補佐官は首都を守れ」

「はい。ご注意を」


 通話を切って善後策を考える。まさかここまで影響力を強く持っているとまでは思わなかった。


 ――正規軍を敵に回してはならんぞ。これを掣肘するには総司令官代理命令、いや大統領命令しかない。


 ニャンザ警視正の諜報能力のおかげで後手に回った部分の穴埋めが手遅れにならずに済みそうだ。


 すぐに官邸へ連絡を取らせるが繋がらない。嫌がらせなのか工作なのか。


 時計を見る、猶予時間終了まであと三十分。もし取りやめるならばここが限界だ、一度戦闘を本格的に始めれば引き下がれなくなる。


 ――後戻りなどとうの昔に出来なくなっている、俺は前に進むことを選び続けるしかない!


 全ての根源はンタカンダ大将だ、そこが折れれば求心力は一気に失われる。それは島にしても同じことだ。


「ヌル、ニャンバブエの砲撃準備だ」


「砲兵隊ヌル中尉、命令を了解致しました」


 その命令で行うべきことを知る。無線指令先をフォートスター民兵団へ切り替えた。


「マサ大尉、ニャンバブエの詳細を偵察しろ」


「ダコール」


 前哨地点で手をこまねくような真似は許されない。何かの罠が置かれていても不思議はない、現場で指揮を執る者がそれに留意せねば傷口が広がってしまう。


「マケンガ大佐、前衛部隊を指揮してニャンバブエを抜け。砲撃が合図だ」


「お任せください閣下。今の自分は負ける気がしません」


 それが良いかどうかは別として、気合が入っているのは伝わった。圧倒的不利な状況をどうするか、島はそちらに集中することにした。



 ロマノフスキー大佐が取った行動、それはあまりにも乱暴で稚拙なモノだった。


 何と北部より迂回させた機甲部隊を敵司令部にぶつける作戦。


「ちんたらやっている暇はない、総力戦だ!」


 二千人が全て防御についているわけでは無い、だが第五司令部軍は全てが攻撃を担当した。被害は大きい、そこに目を瞑って一本錐を突き刺す。


 機甲部隊が激しい反撃をものともせずに陣地内を疾走する。大火力を行使するわけにいかず、防衛側も対処に困る。その隙をついて司令部へ向けて突進した。


「退路は不要だ、勝たねばここまで来た意味など無い! アヴァンス!」


 ブッフバルト少佐が力強く前進を命じる。T26E3パーシング中戦車二両を先頭にし、十二・七ミリ機銃をところかまわず乱射してまわる。


 その後ろをAMX装甲車が続いて、七・六二ミリの弾丸を数百発まとめて放った。


 中心部、左右を守られるようにコマンドウ装甲車とストライカー装甲車が進む。


 ガンガンと外部装甲に小銃弾が直撃するが全てを跳ね返した。


「十時の方向三百に司令官旗を確認!」


 フィル先任上級曹長が声を上げる。ブッフバルト少佐の部隊の先任下士官を務めている彼も興奮していた。


 そう易々と本部へ通してなるものかと妨害を行う。歩兵集団が果敢に対戦車砲を肩に担いで狙いをつける。


 ストライカー装甲車から四十ミリ擲弾が連続で発射された、的を外していたが偶然を伴い礫で射手が倒れる。


 同時に発射ボタンを押してしまい、足元でロケットが大爆発してしまった。


「正面防壁あり」


「主砲で破壊しろ!」


 言うが早いかライフル砲が火を放つ。複数の砲弾でコンクリート壁がボロボロになる、そこへパーシングが体当たりを敢行、コンクリートが押し倒され装輪の下敷きにされた。


「司令部へ到達!」


「歩兵下車だ、白兵戦を行うぞ!」


 ストライカー装甲車一両、コマンドウ装甲車二両から兵員が九人ずつ下車する。


 ブッフバルト少佐とフィル先任上級曹長もFA-MASを手にして降りるとすぐさま突入を命じた。


「やるぞ、俺に続け!」


 少佐の悪い癖だ、興奮すると後先考えずに危険に身を晒してしまう。


 班を率いてフィルが入れ替わりで先頭に躍り出る。


 外部からの増援を阻止する為に機甲部隊は機銃をこれでもかと撃ち続け、指揮官の帰りをその場で待つこととなる。



 ゴマ東外縁、敵からの迂回攻撃をキベガ族が引き受けている。第五司令部も戦闘の渦中にあった。


「ブッフバルトは食らいついたか、ではこの先はチキンレースだ」


 どちらが先に倒れて停戦するか、ロマノフスキー大佐は自身が死んでも戦闘を継続しろと皆に命じてあった。


 大佐が戦死したら少佐が、少佐が戦死したら大尉が指揮を引き継ぎ何が何でもルバンガ将軍を捕えろと。


 それぞれが戦いやすいやり方で交戦している、強烈な攻撃圧力を防いでいるのはサイード少尉の部隊だ。


 上手いこと勢いを殺す守り方をしているようで、少数でも総崩れを起こさない。


「夜が明けます」


 暗闇がパッと明るくなる。戦場の多くが明らかにされる、把握の為に映像を確かめた。


「劣勢か」


 解ってはいた、それでも正直ルバンガ将軍がこうまで有能とは計算していなかったのも事実。


 兵の運用が上手い、その点だけならロマノフスキー大佐と同等と言えた。


 戦術指揮が同等、兵力は差がある、装備に偏りはあっても大差は無い。結果は素人が想像しても多くが将軍側有利と言うだろう。


 遊兵が出ていたヵ所から激戦地へと移動が始まる。本部からの命令が無いのか見える範囲にこぞって集まる、まるで子供のサッカーを見ているようだった。


「オビエト曹長、戦術盤を動かす、映像を各指揮所へ送れ。通信士、同時通訳だ」


「ヴァヤ!」


 画像に音声を乗せて命令を伝える、同時にオビエト曹長は文字を映像に加えて理解を助ける。自分に出来ることを精一杯行い補佐した。


 ロマノフスキー大佐は外部を映した画面を睨みながら戦術盤の上の駒を忙しそうにいじる。


 それにやや遅れて部隊が動こうとする、指示の通りに行くところもあればそうでないこともあった。


「バスター大尉をここへ、連携の中核を排除だ」


 強固な戦力を見抜いて崩しにかかる。機甲部隊という最大の戦力を失っている第五司令部軍だが、相手は代わりに全体指揮を失った。


 烏合の衆を相手取るならば寡兵でも対抗可能というもの。


 指揮に集中するために守りが疎かになるが、ゾネット族長が近寄る敵を必死に防ぐ。


「消耗戦か、恥ずかしくて顔から火が出そうだ」


 漸減する兵力を見つめて最善の指示を重ねる。次第に防衛に余裕が出てくると、全体のバランスを気に掛ける。ベテランの手腕が発揮される。


 作戦全体に迷惑を掛けずに済みそうだとロマノフスキー大佐はようやく息を吐くのであった。



 ニャンバブエの防衛線を短時間で撃破する。マケンガ大佐の指揮、満足いくものだった。


 それ以上に砲兵隊の砲撃が素晴らしかった、たったの三門それも軽砲に部類されるようなもので戦況を相当優位にした。


「この先に市街地に残っていて巻き込まれた者には悪いがごめんなさいだ」

 ――最低の男だよ俺は。


 敵かどうかを確かめて、そうなら初めて攻撃しろ。それは正しい、同時に誤りでもある。


 全てが戦闘服を着用しているわけではないからだ、見た目では判断がつかない。


 夜が明けると防衛側が随分と多数居るのが解った。どう少なく見積もっても四千などと言う兵力には見えない。


 寝間着を着て小銃を持った者も多数混ざっているからだ。


「トリスタン大尉着陣、ガゼル戦隊これより航空支援を開始します!」


「モネ大尉、航空偵察を行います。情報リンク、砲撃管制支援、重火器位置情報を送信します」


 フォートスターが出発点ではない、キガリの陸軍駐屯地にまでやって来ていた。


 そこで夜明けを待って来援、なので燃料の残り具合に大きな余裕がある。


 無理矢理に戦わせられている、そうと知ってはいても無視は出来ない。モディ中佐は特別部隊に攻撃を命じた。


「目につく相手を全て攻撃するんだ!」


 想定交戦射程が短いSIG550が相手には多い、一方で第四司令部軍の多くにAK47を装備させていた。


 一発の威力が大きく、やや射程が長い。何よりもコスト面で多数の兵に武器を支給するためには選択肢が少なかった。


 クァトロ戦闘団のみが新鋭兵器を集中して持っている。民兵団はAK47に装甲バス、ボロのオープンジープに据え付け機銃、これが全て。


「対空機銃確認、上空部隊は要注意!」


 航空支援を受けるためにはそれを優先的に排除しなければならない。


 敵陣深くにあるならば簡単に破壊は出来ないが、野砲が在った。リンクス汎用ヘリから観測情報が流される、映像から位置を特定、計算により目標を設定する。


「民兵団は前進、包囲の輪を縮めよ」


 マケンガ大佐が機を見て攻撃圧力を強める。相手は守り一辺倒で防衛線を出てこない、増援を待っているのが目に見えている。


 苦しい、攻めに息切れが出ればそれで終いだ。


 砲弾が空を飛ぶ、弧を描いて地上に降り注いだ。二度、三度、四度目でついに対空機銃が粉々に砕ける。


 どこが発射元か解らないため、防衛側は応射も出来なかった。


 仕方なく外縁に居る部隊へ向けて砲撃するが、少数に負傷者を出すに留まった。距離があけばあくほど的は小さくなる。


「北に集団あり、確認します」


 ヘリが一機だけ抜け出して偵察する。カメラが映し出したのは西部地方軍の集団だった。


「警告、戦場より北十五キロ地点に戦闘集団。軍旗より西部地方正規軍と推測」


 事前に聞かされていた通りの敵が現れる。何度やっても大統領とは連絡が取れなかった、島はこれも返答の一種だと受け止めることにしていた。


「ウニ大尉、北へ向かい足止めしろ」


「ダコール」


 ルワンダ民兵団を抜き出して対応させる。攻撃が弱くなるが、そのままの勢いで脇に食いつかれたら勝負あったとなってしまう。


 公道を封鎖して頑張るだけでも大分違うはずだ、時間稼ぎにしかならないが。


「ボス、クァトロ戦闘団がルバンガ将軍の妻子と弟を保護。身元照会もパスしました」


「そうか」


 一度は偽者を掴まされたが、本物を見つけて確保出来たようだ。


 防衛線が強固で市内へと軍を突入させることが出来ない。外縁の防御は市民兵、それも強制徴兵された者が多いので撃滅は難しくない。


 ところがいくらそれらを倒しても住民を徴兵するものだから終わりが見えない。


「俺は誰と戦っているんだ、ンタカンダ大将ではなかったのか!」


 攻勢を弱める。敵を一気に突き抜けることが出来ねば、犠牲者は一般のルワンダ国民。解決が見えない、時間だけが過ぎ去っていく。


「ウニ大尉、司令部。西部方面軍と交戦中、戦力強大につき極めて劣勢」


 当然だ、数も装備も違い過ぎる。それでも撤退を許すわけにはいかなかった、本隊と接敵してしまうと第四司令部軍は崩壊する。犠牲者を必要としている、それが彼らだ。


「ボス、ハーキュリーが公道1号に着陸します」


 島が装甲指揮車両から外を見る。北の空からやってきたそれらが西から東へと向きを変え、滑走路ではない場所へと無理矢理着陸する。


 黒の軍服をまとった兵士が機を降りると、すぐに輸送機は離陸、次の輸送機が着陸する。

 繰り返し運ばれてくる人と車両、第五司令部軍につけてやっていた機甲部隊の一部だった。


 思った通りンクンダ将軍とコンゴ・ゴマ連隊に攻撃を受けることとなった。ロマノフスキー大佐はルバンガ将軍の軍を間接的に指揮下に収め、空港を防衛しているそうだ。コヤジア将軍の時と同じ手法、やや強引ではあったが。


「閣下、ルワンダ民兵団が壊滅します。フォートスター民兵団へ増援を命じます」


 マケンガ大佐が承認を求めてきたので許可する。これで完全に攻撃の手が足りなくなってしまった。攻勢の息切れ、もうどうにもならない。


 ――届かなかったか……。


 首都の陸軍司令部経由でフォートスターへ負傷者が次々と運ばれていく。後は残される傷跡がいかに少なく切り上げるか、力及ばなかった始末を考える。


「ボス、ギタラマは完全に守り一辺倒です」


 サルミエ大尉が保身もここまでやれば信念とすら思えますね、などと皮肉を口にした。


 強力な無線機、キガリの司令部からのものが伝わる。


「警察部隊よりクァトロマリー中佐。市内のガソリンスタンドを開放、交通規制を実施、誘導可能、武器弾薬、水食料の補給準備が出来ている」


 ルキラから公道をかっ飛ばしてキガリへ向かっているというのが聞こえてきた。そんな指示はしていない、マリー中佐にもニャンザ警視正にも。彼らが独自で連携を発揮したのだ。


 ――あいつらが居れば抜けるか! 防御一辺倒が裏目に出るぞ。


 やる気を取り戻す、戦況を想像し足りない部分を早急に補強することにした。


「モディ中佐、半数で包囲を継続、半数を西部地方軍の阻止へ割け」


「はい、閣下」


 一切の疑念も文句もなく命令に従う。雑多な混成部隊をまとめる人物は必要になる。


「マケンガ大佐、特別部隊半数、フォートスタ-民兵団、ルワンダ民兵団を指揮しろ」


「承知致しました。必ず食い止めます」


 クァトロ戦闘団で刺す。その一点で勝負をかけることにした。第四司令部にふらっと姿を現す男がいた。


「へっへっへ、いつでも案内可能ですぜ」


 今一番欲しい情報、いつでもコロラド先任上級曹長はそれを持って島のところへとやって来た。今回もそれは変わらなかった。



「装備の補充、給油次第公道を先行しろ! 負傷者の治療を急げ!」


 ビダ先任上級曹長が部隊の交通整理を取仕切る。市内の幹線道路は軍が封鎖をしている。必要な数本のみ警察が確保しているので邪魔も居ない。


「閣下からは首都の治安を守れと命じられている、ここまでしか助力出来ない」


「ニャンザ警視正、感謝する。充分過ぎるよ」


 ニャンザ警視正は装甲指揮車両に掲げられている、黒の軍旗に刺繍された8の字を見る。


「クァトロナンバー8か。俺も29を認められたよ」


 そんなことつゆ知らず、意外な顔になりマリー中佐は言葉を返す。


「そうか、ならば俺たちは仲間だ。ボスのことは任せろ、絶対に間に合わせる」


 キガリからギタラマまでは三十キロ、戦車を置いていけば三十分以内でたどり着ける。59式戦車は足が遅いのだ、全力走行で舗装を行っても時速四十五キロでしかない。

 だがこれを置いていけば火力が乏しくなってしまう。痛しかゆしというところなのだ。


「輸送機がギセニ空港とギタラマを行ったり来たりしていた」


「そういうことか、情報助かる」判断材料を得て「ビダ先任上級曹長、59式戦車の乗員を装甲車へ移乗させろ置いていくぞ」

 戦車をニャンザに託して集団は道路を駆けた。



「上空よりモネ大尉、北部に別の大集団あり」


 識別の為に一機が離れた。そして恐ろしい報告を上げてくる。


「軍旗より西部地方軍の別働隊と確認。その数凡そ二千!」


 第四司令部は時ならぬ緊張が走った。もう支えられない、退きも出来ない。島の命令を待って通信士が視線を寄越した。


 ――送れる部隊はもう無い。モディ中佐の特別部隊を使えば市の防衛に隙を作りだす術が失われるぞ!


 いくらクァトロ戦闘団でも真正面から力だけでねじ込めるわけでは無い、それが戦争というものだ。小さくとも陽動を求める。


「マケンガ大佐です、閣下」


 秘匿回線、司令官の固有通信帯を利用して呼びかける。スクランブルが掛かり他には決して漏れない。


「何だ」

「ギタラマにモルンベ大尉が潜入しております。攻撃時に市内で扇動をする準備が」

「俺に明かすと言うことは、そこで死ぬ気か」

「申し上げたように、自分が生きていようが死のうが関係ないのです。望みを叶えられるならば」

「……俺も言ったはずだ、俺と生きるか、俺と死ぬかだと。特別部隊を全てそちらに振り向ける」

「それがご命令というのなら受け入れます」

「ああこいつは命令だ」


 ついに最後の攻囲部隊が姿を消した。市の防衛部隊は勝利を叫んだ、後は黙っていても攻撃側が四散するだろうと。


「機甲部隊ブッフバルト少佐、これより第四司令部の指揮下に入ります!」


 航空機から降りると直ぐ様やってきて眼前で申告する。島は目を合わせて頷いた。


 重いパーシング中戦車は空輸出来なかったが、それ以外はC-130で空輸可能な軽量戦闘装甲車。ルバンガ将軍を捕えた第五司令部軍は、ギセニ空港から戦力の移動を行った。


「サルミエ、ヌルに砲撃準備命令を出せ」


「ダコール」


 行くべき道は一つ、大通りを直進だ。時計を見る、今頃国内では大ニュースだと大騒ぎをしているだろう。カガメ大統領が何らかの声明を出す準備をしているはずだ。


 外でタイヤが鳴る音が聞こえてくる、大音量のエンジン音もだ。


「クァトロ戦闘団着陣!」


 下士官が声をあげる。思い思いの場所に車を停めると戦況を確認する。ところが攻撃兵は一人の姿もなく、戦場には死体の山が残されているのみだった。


 マリー中佐が遅参したせいで敗戦したと肩を落とす。4の刺繍がある装甲指揮車両の隣に駆け寄った。


「ボス、遅くなり申し訳ありません。もう……」


 マリー中佐が手遅れを感じてしまい、それ以上口に出せずに言葉を飲み込んでしまう。彼のせいではないというのに。


「クァトロ戦闘団を俺の直下に戻す。マリー中佐、戦闘指揮の補佐を行え。ギタラマ市に突入し、ンタカンダ大将の首を挙げるぞ!」


 予想していた言葉とはまったく違っていた。命令を素早く飲み込む。


「ウィ シペルイェヤー!」


 力強く先輩と返事をし表情を明るくする。島の戦闘補佐をするなど、コンゴで拠点を攻められて後の報復戦来であった。


 初めてクァトロ軍が宣言された。前衛はブッフバルト少佐が指揮するBコマンド、ドゥリー中尉とストーン少尉の機甲部隊だ。


 中衛は島の本部、エーン中佐のSコマンド、親衛隊二個中隊。


 後衛はマリー中佐のAコマンド、ハマダ中尉、レオポルド少尉、ゴンザレス少尉率いる機械化部隊。


「こちら三日月島海兵部隊司令ウッディー中佐、ギセニに向かっている」


 編成を終えて出撃の号令を掛けようとすると、司令部無線に通信が入って来た。


 フィリピン三日月島から出撃した海兵部隊がようやく上空に到達したらしい、それらがロマノフスキー大佐の支援に飛んでいる。


 ――ブッフバルト達を抜いたからな、だがこれで安心だ。


 心の端に引っ掛かっていた不安、それが溶けていった。後は己が勝利をもぎ取るのみ。


「よし行くぞ、俺達なら出来る、自分を信じて仲間を信じろ! クァトロ軍進撃だ!」


「ウィ モン・コマンダンテクァトロ!」


 島の号令と共に、砲兵陣地から砲撃が行われた。初撃は榴弾、大通りの防衛をしている部隊に容赦なく降り注ぐ。


 速射による砲撃、砲身がそれで過熱して壊れようと構わずに。


 シェリダンが主砲を放つ。大通りのバリケードが一撃で吹き飛ばされた。


「トリスタン大尉、ガゼルで地上攻撃を行う」


 十二・七ミリ機関銃を撃ちながら通りに沿って飛行した。


 途中対戦車砲を発見すると旋回し、ミストラルを発射、ミサイルで脅威を取り除いていく。


「装甲偵察中隊先行する」


 ストーン少尉がAML装甲車で突出、さして目標を取りもせずに六十ミリ迫撃砲を前方に飛ばす。山ほど積んできている七・六二ミリ機銃も撃ち続けた。


「モディ中佐、西部地方軍と交戦開始」


 ついに始まってしまった。果たしてどれだけの時間持ちこたえることが出来るだろうか。


「大暴れするぞ、シートベルトはちゃんと着けているな」


 マリー中佐が冗談を言う、必死になっていた男たちが笑った。


 ――随分と立派な指揮官になったものだ。


 後輩の成長ぶりに浸る、こうやって巣立っていくのだなと何とも言えない気持ちを抱いてしまった。


 大火力で一点を集中攻撃、装甲を信じて直進した。ナンバーを刺繍している軍旗、クァトロの物がこうも揃ったことは初めてだ。


「F4地区に砲撃要請、防御陣地あり」


 ストーン少尉の威力偵察により、大火力を確認。


 モネ大尉が撮影し、ヌル中尉が砲撃。ドゥリー中尉の装甲戦闘中隊が道を切り開く。


 その背を守りながらブッフバルト少佐が、空挺戦車で抵抗拠点を沈黙させた。


 ――エアランドバトル、機動戦だ!


 三次元による立体攻撃。地上と空中、支援陣地との連携が密でなければならない。


 合同訓練などやったことはなかったが、見事にこなす。


「トリスタン大尉より地上部隊。市内の歩兵が集中してくる!」


 攻囲されていない、ならば持ち場を離れても問題はない。複数の部署で指揮官がそう判断した。


「マリー、発煙弾を一ヶ所に集中してぶちこめ!」


「ダコール!」


 委細をマリー中佐に任せて全体の指揮を執ることに集中する。


「ボス、あの建物がンタカンダ大将の屋敷です。砲撃じゃ屋根が落ちるだけでさぁ」


 程度は解らないが備えがあると明かす。車内には様々な報告が溢れている、たまに島にまで上がってくることがあった。


 ――やはり直接踏み込まねば終わらんし、終わらせるわけにもいかん。


 市内を勢いに乗って進む。抵抗が激しくなってくる、部隊の被害も目立ってきた。


「こちらリンクス、市内各所で火災発生! あれは……同士討ち?」


 理由は解らないがあちこちで火事が起こった。事実のみを受け止め、防御をこじあけてゆく。


 ――モルンベ大尉とやらがやってくれたか! 一気に行くぞ。


 残りの距離をはかる、あと一キロと無い。ならばここが最大の押しどころだ。


「目標まで強行突破する。エーン中佐、本部も進めるぞ」


「ヤ!」


 隣を走る装甲兵員輸送車両から下車命令が出される。親衛隊が展開、前衛の死角を埋めるために最前線に躍り出た。


 大道りに連なる路地を順番に確保し本隊を招く、近接対人戦闘はプレトリアス族の得意とするところだ。


「こちらモディ中佐、抗戦しつつ後退!」


「俺だ、マケンガ大佐はどうした」


「不明、通信途絶です」


 多数の敵に飲み込まれてしまった。連絡してくる余裕が無いだけだと考えておく。


 ついに通りの遥か先ではあるが、ンタカンダ大将の屋敷が見えた。兵の群れが同時に視界に入る。


「Bコマンド援護しろ。Aコマンド、屋敷まで駆け抜けるぞ!」


 マリー中佐が決戦を命じる、運転手と射手一人を残し全てが下車した。ブッフバルト少佐も弾薬の補充を命じ、担当区域を割る。


「Aコマンド、テイクバヨネット! フィクスバヨネット! オールレディ!」


 ビダ先任上級曹長の号令で全員が銃剣を装着した、士気の向上の為だ。


「Bコマンド、リロード! コンプリーテッド!」


 フィル先任上級曹長が装填完了を報告。暴風が駆け抜ける直前、十秒程の静けさが不気味だ。


「ボス、ご命令を!」


 準備万端整えてクァトロ軍が待機する。島はマイクを手にした。


「泣いても笑っても一発勝負だ、悔いを残すな。全軍突入!」


 戦闘車から一斉に機銃が放たれる、十秒間に一万発を優に超える大火力だ。轟音で他の音が聞こえなくなる。Bコマンドの支援を受け、Aコマンドの歩兵が一気に前進した。


「機甲部隊も前進だ!」


 対戦車砲を持った敵がいようと無視して前に進む。一列目が倒れれば二列目が屍を乗り越えて行く。

 あまりの勢いに敵が怯んだ。その瞬間に勝負が決まる、一度退いた兵は気持ちが戻ってこない。


 黒の軍服が屋敷前の防衛線を蹂躙した。味方以外の全てを駆逐、呆然として降伏を示した兵も興奮している者にとっては的でしかない。


 最悪の饗宴、望まぬ客が大挙してやって来た。


「や、屋敷へ撤退しろ! 最後の砦を死守するんだ!」


 そう叫んだ将校は胸を撃ち抜かれて命を散らす。


「敵陣を突破した!」


 最初に敷地にクァトロ軍旗を突き立てたのはビダ先任上級曹長だ。


 兵が次々と庭に侵入、激しい交戦を繰り返す。マリー中佐がFA-MASを手にして陣頭指揮を執っている。


 スピーカーから少し枯れた声が聞こえてきた。老化による声帯の衰え、特有の響きだ。


「お前たちがどうあがこうと負けという結果は見えているぞ」


 それがンタカンダ大将の声だと解るまで時間はさほど掛からなかった。


「そっちこそ負けを認めろ。命だけは助けてやる!」


 マリー中佐が車載の拡声器を使ってやり返す。戦場での言葉のやり取り、大昔ではそれも戦い方の一つだったという。


 兵の士気を大きく上下させるだけでなく、戦いの目的そのものを争う重大な要素なのだ。


「くくく、街の北では援軍がこちらへ向かってきている。少数の貴様らは時間が経てば飲み込まれて全員死体に早変わりだ」


 確かに西部地方軍が圧倒的で、足止めしている部隊は壊滅するのが時間の問題だ。


「貴様を倒せば俺たちの勝ちだ! 勝負はこちらが有利に傾いている!」


 口上を述べている間にも交戦は続いていた。中々屋敷に侵入するというところまでは行かない。


「甘いな、戦争とはそうではない。何を犠牲にしようとも、負けないことこそが勝ちへと繋がるのだ。兵が全滅しようともな。お前達では見つけられんよ、だから窮しておるのだ」


「くっ……」


 完全に逃げ隠れするだけに全力を投じられれば、見つけ出す時間は無いかもしれない。言い返せずに唇を噛む。


「護るべき国も!」背後から声が聞こえてきた「信じる仲間も! 何も持たない奴に戦争を語る資格は無い!」


「……イーリヤ少将、貴官はもう少し利口だと思っていたよ。カガメ大統領に良いように利用されていると知ってまだ戦うか?」


 大将の言葉は事実だ。いざ戦争になれば味方であり続けようとしない、連絡を無視されいるのがその証拠になる。


「悪いが俺は他に生き方が解らないんでね。やりたいようにやる、それだけだ! マリー中佐、部隊を突撃させろ!」


 死地へ飛び込めと命令する。そう命じられるよりどれだけ心が締め付けられるか。


「ダコール! 全軍、突撃!」


 それまで遮蔽物に拠って戦っていた者も姿を晒して強引に屋敷へ迫る。射撃で多数が死傷する、だが足を止めない。数人が屋敷に取りつくとついに守りが崩壊する。


「モディ中佐です、閣下大変です!」


 やはり全滅することになったか、目の前の戦いをじっと見つめながら島自身が応じる。


「どうした」

「西部地方軍の後ろに北部地方軍が現れ襲い掛かりました!」

「仲間割れか? いや……」

「兎に角防衛に専念します!」


 慌てて通信を切る。可能性を一つ思い出した。


 ――レティアのやつか。そう言えば大統領を脱出させる時に、北部に用事があるとか言っていたっけな。

 きっと司令官の横っ面を札束ではたいてきたのだろう。これで皆してギタラマで往生しなくて済みそうだ。


「部隊が屋敷へ突入します」


 サルミエ大尉が状況を報告する。陥落は数分、遅くとも三十分と掛からないだろう。島は大きく息を吐いて目を閉じるのであった。


 ――皆良くやってくれた。俺は何の不満もない。




















 キガリへ黒の四つ星軍旗を翻した戦闘集団がゆっくりと入城する。それをカガメ大統領が出迎えた。車列が止まり、数人の男が並ぶ。


「ルワンダ軍イーリヤ少将、ギタラマの賊徒であるンタカンダ大将を捕縛して参りました」


 収監してある車を指す、敬礼は省略した。未だに戦時であるとの意味を表している行為だ。


「ルワンダ大統領カガメが承認する。貴官の活躍は多くの国民が称賛するだろう。良くやってくれた」


 ことここに至ればもう島を無視することも出来ない。ならば大仰に誉め称えるしかないのだ。


「お言葉有り難く」


 短く、そして感情を込めずに。表情が読み取れない、何かあったのか疲れているのか、大統領には解らなかった。


 何せやることは沢山ある、話を切り上げて官邸へと戻っていく。


「引継ぎを済ませておけ」


「ウィ」


 サルミエ大尉が諸般の事務手続きを行う。他所から引いてきていた人員も全て元通りにし、速やかに集団はフォートスターへと帰還することにした。


 数日もしたら首都へ呼び出されるだろう、その間に様々手配しておく必要があった。



 主要な者がキガリに招待される。エーン中佐は警戒を怠らない、いつ国が裏切るとも解らないからだ。緊急脱出手段と護衛の方針を確認し式典へと臨む。


「気持ちは解るが、失礼になるから次からは控えてくれよな」


「ヤ」


 国家の重鎮、高名な民間人、多くの人間が集まっている。


 真新しい黒の軍服、左腕には四つ星、揃いの将校集団が絨毯を進んだ。


 皆何かしらの勲章を左胸につけていた。中でも一層賑やかな装いなのが一人。大メダルをいくつもぶら下げた青年が先頭を歩いている。


「一同、大統領閣下に敬礼!」


 ロマノフスキー大佐の号令で全員が最敬礼する。武人の誉れ、最高の名誉。


 それは公の場で称賛を受けることだ。汚い秘密命令で功績を上げることではない、そう彼らは信じていた。


「ルワンダに与し多大な功績をあげた汝イーリヤを、議会と大統領の承認でルワンダ軍中将に任命する。同時にルワンダ・グランドクロスメダルを授与する、おめでとう中将」


 先の戦功によりブニェニェジも中将に昇進していた。ルワンダ軍に大将は居ない、中将も他には十年以上前に職を退いたご老体が一人居るだけ。外様ではあるが頂点に上り詰めたのだ。


 ロマノフスキーも准将に昇進し、アーミークロス、陸軍十字勲章を授与された。


 そしてクァトロの将校にはルワンダスター、兵らにはアーミースターが贈られた。


「有難う御座います」

 ――これで少しは死んだ者も報われるだろうか……。


 この場に居ない多くの兵とマケンガ少将を想う。最期まで最前線にあり部隊を支え、勇敢な指揮官であり続けようとしていた。


 M23は残念な終わり方をしたが、クァトロではそんなことは無かった。


「どうかね、君にならば国防を任せられるが」


 先任のブニェニェジ中将も承知で総司令官を認めると言うではないか。


 ルワンダ国籍も与えるし、全ての面倒を見てくれるとも言ってくれた。


 振り返らずとも皆の答えは解っている。好きにしたら良い、何があろうと島に付いてくる。そう言うに違いない強い確信があった。


「自分は……自分はクァトロのイーリヤです。ルワンダの好意を無にするような返答で申し訳ございません。ですが、そう在ろうと決めているのです」


 視線をそらさず、奢らず、遜らず、堂々と否を口にする。


 それは多くの列席者の想定外の返答だった。しかし非難するものは居ない。


「それも良かろう、君は君の道を歩むんだ。ルワンダは全力で応援するだろう」


 島ならばそうかもしれない。カガメ大統領はようやく全てを受け入れた。


「クァトロは国家を揺らす輩を許しはしません!」


 それが自ら恩恵を受けた受けないに関わらず、常にそうでありたいと願い。


「努力する者を見捨てません!」


 産まれや境遇を直視し、今を励むことを約束し。


「信じることを諦めません!」


 仲間と未来を信じ、自らの行動に迷いを持たず。


「常に前を向き歩み続けると誓います!」


 腹から声を出して宣言する。それは誰に向けたものでもなかったが、多くの者の胸に届いた。


 儀礼用の外套を翻し大統領に背を向ける。


「フォートスターへ帰還するぞ!」


「ウィ モン・ジェネラル!」


 島を先頭にし皆が整然と並び歩む。


 力強いその姿に希望を見出すもの、恐れを抱く者、憧れる者、疎ましく思う者、様々であった。


 等しく心に衝撃を与えたのだけは事実だろう。



 全ての黒服がルワンダの北東、僻地のフォートスターへと消えていく。


 彼らは軍事にも政治にも口を出さず、ただそこに在って見守り続ける。


 俯いて暮らすしか無かった者の顔を上げさせる為に命を懸けて。幾度もの戦いを経て小さな小さな答えを見つけた。


 アフリカの大地に居場所を定めたクァトロ。旅の終着点はまだここではない、日々研鑽を重ね次なる難問に挑み続けることとなるであろう。

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