第百十九章 カガメ大統領の采配、第百二十章 女性たちの難民村、
◇
三十分程飛行を続けたところでフォートスターからモネ大尉のヘリ部隊が迎えに現れた。航続時間の都合で別々に発進していたのだ。
歴年操縦士、シュトラウス少佐の見事な腕前で滑走路に滑らかに着陸、無事に帰還する。
要塞の中から黒服が出てきて整列していた。大統領の搭乗も聞かされている。タラップを降りてくる面々を敬礼で迎える。
「カガメ大統領閣下のご来訪を歓迎いたします」
代表者があまりにも若いので少し驚いていた。ブッフバルト少佐の挨拶に「突然の訪問だがよろしく頼む」笑顔で返す。
「閣下、城へご案内致します」
島が先導を買って出た。城と言ったのは比喩でも何でもない、フォートスターの司令官室がある場所はまさに城塞だ。
「私が若いころはここには何もなかった。ここ一年でこうも発展するとはね」
「街を建てたのはそこのブッフバルト少佐の指導です、自分も驚きました」
二人で笑いながら歩む、蜜月ぶりをアピールした。
実務を預かる者たちは職務に忙殺されることになる、治療、補給、点呼……クァトロでは慣れたものではあったが。
司令官室を臨時大統領執務室にして早速行動を起こす。各州の軍管司令官に首都防衛軍への増援を命令した。
返事をしない者は即座に更迭、反逆罪を適用すると脅してだ。
勝機を逸したクーデター勢力の肩を持とうとする者は居なくなる、程なくして多数の国軍がキガリ州へと向かったと報告が上がる。
「海外へも声明を出す。大使館の保護は機甲司令官が行っていたよ」
忠誠を握っていると言ってた男だ、危急にあって満足な働きをしてくれたと大統領も喜んでいる。
閣僚の消息も確認を取らねばならない、いつまでも首都を留守にも出来ない。
暫く手配に追われていると、司令官室の扉があいた。
「ったくザマアないね」
肩から上着をかけたレティシアが冷たい視線でカガメ大統領を見る。失敗は失敗、生きているのは幸運や偶然だ。
「レティア、エスコーラの支援で何とか脱出出来た、ありがとう」
「奥方、私も礼を言わせてもらう。助かりました」
男たちが頭を下げる、それを見て満足したのか視線を逸らした。
「ふん、ちょっと北部方面に用事があって交差点のやつらが邪魔だっただけだ」
島とカガメは顔を見合わせて微笑んだ。素直じゃない、そこが愛らしいと。
ギャングスターの親玉相手の感想とは思えないが。
「首都を一時的に軍の治安下に置くのを勧めます」
警察長官が首謀者だったのだ、次席を繰り上げても安心できない。妥当な進言だろう。
「ブニェニェジ少将に執行させよう」
全て警察官を謹慎にも出来ない、目下のところ警視以上を自宅に閉じ込めることにしておく。
大統領による戒厳だ。戒厳司令官は首都防衛司令官。もしブニェニェジ少将が裏切れば、簡単にクーデターが成功する形だ。
「反乱の鎮圧を確認次第、キガリへ戻る。客員司令官イーリヤ少将、警護を頼みたい」
「ウィ モン・シニアプレジデンド」
要請を快諾する。命令で良かったところを気を使ってくれた部分に、一抹の申し訳なさを感じる。
大統領は執務が溜まっているとのことで、島は部屋を退去する。居場所を副塞である南の司令官室に移した。
「地下道を初めて通るよ」
ロマノフスキー大佐が使うくらいで、他に出番など無かった。地上はピリピリしているので、興味半分でこちらを歩いた。
椅子に座ると「始めるか」一言発して報告の山を受け入れる。左隣にマケンガ大佐、右後ろにサルミエ大尉が控えていた。
「フォートスターの被害を報告します。備蓄物資の一部が焼失、警備民兵、住民に多数の死傷者。敵対者の拘束、厳重警備態勢発令、全戦闘部隊に待機を命じてあります」
被害詳細は書類にまとめてあります。ブッフバルト少佐がファイルを提出した。
――ふむ、騒ぎが起こればこのくらいの被害は必ず出る。よく大過なく収めたものだ。
臨時で物資を積んだ、そのお陰で繋ぎに猶予期間が得られている。この功績がプラス査定にあたると考えた。
「受理する。指定物資買い取り案だが、マケンガ大佐の発案か?」
案提出者の欄が空白だった。ブッフバルト少佐の、都市責任者印鑑は捺してある。
「違います閣下」
ではブッフバルト少佐か、視線を振り向けた。ところが彼は自分ではないと否定する
「それはオッフェンバッハ総裁の案です」
オッフェンバッハ財閥総裁、クリスティーヌのことだ。報告の場なのできっちりと人物の名と待遇を示した。
「何故空欄にした」
島は理由など解っていた。それでも尋ねる、なあなあで済ませてはいけない。
「正否が不明でしたが、自分が独断で採用したためです」
マケンガ大佐を含めた軍議ではかったわけではない。チラッと大佐をみたが無反応。
「それで」
「成果が上がらない場合、自分が引責するために空白に致しました」
「では何故、先程オッフェンバッハ総裁の案だと答えた」
責任を引き受けるならば、功績も得るべきだ。それらは表裏一体のものであり、バラバラには出来ない。
「彼女は常にフォートスターに貢献しています。不確実な提案を危険を犯してまでする必要はありません」
故に不利益を引き受けた。とまでは言わないが、行動で示した。
「そうか。理由は解った、だが書類は正確に作成しろ」
「ヤー」
「罰として後に少佐の職務を一定期間停止する」
あまりに重すぎる罰だ、しかし彼は黙って受け入れてしまう。
「マリーが戻ってからだが、休暇をやろう。新婚旅行にでも行ってこい、妻は大切にすべきだよ」
旅行計画を立て、妻の許可を得てから提出しろ。半笑いで命じられた内容に、ブッフバルト少佐は珍しく動揺を見せた。
ある意味死線に留まれと言うよりも厳しい課題を与えられ、彼は退室する。マケンガ大佐は今までに無いやり取りを興味深そうに見ていた。
「シュトラウス少佐、出頭致しました」
「うむ、キガリへの出迎えご苦労だ。お陰で何とか脱出出来た」
民間機ならば機長が逃げ出したりしていたかも知れない。自爆も範疇な敵方だったなら、目も当てられない結末になっていただろう。
「軽車両を勝手に動かしました。処罰はいかようにも」
キール曹長の件で用意させた、軽車両輸送の航空パッケージ、それを許可なく使った。もし島が何かに予定していたなら穴が開くところである。
「少佐の判断を認める。きっと首都の防衛に一役買っているさ」
「寛大なるお言葉、痛み入ります」
ブッフバルト少佐もシュトラウス少佐も真面目だ。決断すべきところで、きっちりと決断している。
「そういえば、スルフ軍曹を借りてすまんな」
「お構い無く。あれも指名され張り切っているでしょう」
数名だがドイツ語を理解する下士官兵が居たので、スイスに派遣していた。
「大統領の帰還に際して空路移動する。準備をしておくんだ」
「ヤボール」
今度はわざわざ少佐が搭乗する必要はない。戦場に舞い降りる予定が無いからだ。
報告者が一旦途切れる。するとマケンガ大佐が前に出た。
「元M23所属、モルンベ大尉より報告がありました」
「なんだ」
――再度連絡を付けていたか、自分から明かしたんだ責めることなどない。
勝手な行動、旧来の勢力に通じる。敵対者と内通したと言われても仕方ない。
「ルバンガ将軍の非道についてです。潜入工作員として動かしております」
モルンベ大尉が昔の副官だったことを説明した。あれから何年たったか、未だに大尉のままということは、重用されていないのだろう。
では目的は何か。マケンガ大佐による引き揚げ、または金品の見返り、もしくは逆諜報によるルバンガ将軍下での躍進。
――こいつは劇薬だ、どちらに転んでも影響が大きいぞ!
忠誠は求められない、扱いが難しい案件だ。
「大佐の考えを聞かせろ」
この争乱状態でクァトロに亀裂を招くようなことをしてはならない。安全弁を挟む必要がある。
「モルンベ大尉の証言、現地の物的証拠、動画撮影による告発、そこに被疑者を添えて訴え出ます」
一つ欠けたところで迷走しないよう要件を並べる。
それぞれ単独では弱いが全てがあれば逃げ道を塞げた、そしてその先にあるものが見えてくる。
「ンタカンダ大将を挙げるつもりか」
コンゴへの対抗力を持っているはずのンタカンダ大将、今回の騒動では動きを見せなかった。
あるいはカビラ大統領の介入を防いでたのかも知れないが。
「アフリカでは力が全て、力が正義です。無力な私はずっと耐えるしかなかった。そして耐えられなくなり、全てを投げ出して去った」
「力が正義ならば、無力は悪なのか?」
それのみと決めつける、視野を狭めて良いことは少ない。
大佐がどちらを向こうとしているのか、はっきりとさせようとする。
「その通りです! 仕方なく従う、暴力による強要で更なる暴力を産み出す、これを悪と呼ばずに何と言うのでしょうか」
ついマケンガ大佐は力を込めてしまう。島も心当たりがないとは言えなかった。
目を細めて大佐の瞳を直視する、真意の程が奈辺にあるのか。
――大佐がM23を捨てた理由か。俺より長いこと地獄に浸り続けたんだ、これもまた責められん。
悩み、苦しみ、迷い、ついには逃げ出した。彼も暴力の被害者だと言えば反感を持つ者が多く居るだろうが、全てを否定するのもまた違う。
「ンタカンダ大将への復讐。それで勝てるつもりなのか」
感情に拠った作戦、致命的な欠陥に気づけなくなることがある。
また見えていても敢えて目を瞑るがごとき行為を除けなくもなる。
「閣下、復讐に勝ち負けなど御座いません。ただの確認行為であり、決着がつくならば私は死んでも構わないのです」
不在の間にマケンガ大佐の心に何があったのだろうか、今までにない執念を感じさせた。
少なくともクァトロを陥れようとしているのではないことは理解できた。
――ロマノフスキーだって俺だって復讐心に燃えていたことがあった。
足の付け根に両の拳を置いたままデスクの前に居る大佐をじっと見つめる。感情に支配されまいと必死に自身を抑え込む。
「複雑である必要はないが一本道の作戦は許可出来んぞ」
「ということは、閣下……」
「俺と生きるか、俺と死ぬかだ」
かつての失敗をまた踏むような真似はしないしさせない。やるならばきっちりと道筋をつけるべきだ。
「近く必ず作戦を提出致します」
ゆっくりと敬礼すると脇に戻る。ルワンダはいよいよ混迷を深めていくのであった。
◇
キガリ州を攻めていた軍の背を地方軍が襲う形で交戦が開始された。
劣勢だった首都防衛軍はようやく圧力から解放され、今度は反撃に出ようと様子を伺う。
もう勝ちは見込めない、それでも戦争をやめることが出来ない敵が同じルワンダ国民だとしても容赦はしない。
受けた被害を倍にして返そうと挟み撃ちにする。
「これで助かるのね」
国会議事堂の一室に場をあてがわれていた由香が胸をなで下ろす。
局員に危険を冒させてしまった責任は彼女にある、臨時上級局長なのだ。
「終息宣言が出されるまで外出はお控え下さいますよう」
同室にバスター大尉が陣取っている、レオポルド少尉は防衛軍司令部へ派遣した。
サイード少尉はクァトロを指揮して警備にあたっている。
「そうね。大スクープを撮れたわ、ようやく私の夢が叶いそう」
特ダネを得るにしても小さく遅く、時に的外れだった。だが今回は世界が渇望する内容を生で報道出来た。
それだけではない、自身の報道で少なからず国の行く末を変えられた気がしている。ジャーナリストとして最高の舞台に上がれた。
戦闘が始まって三日目、携行している兵器だけでは不足が目立つようになってくる。
首都の備蓄基地を持つ防衛軍と、攻撃を仕掛ける軍では補給の度合いが違う。
そこへきてフレッシュな戦力である地方軍が参戦してきている、そう時間が掛からずに戦いは終わるだろうと見ていた。
「大尉、南部に新たな敵が現れました」
エンドレスじゃありませんよね。レオポルド少尉が無線で報せてくる。イヤホンを片手で押さえてバスター大尉は応答する。
「南部州の地方軍が反乱に同調した?」
「いえ、それがブルンジからフツ族の侵入って話です」
ルワンダの政権は少数派のツチにより独占されている状態だ。
ルワンダ虐殺でも民族の軋轢が暴発した、カガメ政権を倒すために隣国から介入を仕掛けてきた。或いは自発的な行動かも知れない。
「ブルンジからキガリ州までは三十キロそこそこしかないからな」
二日あったのだ、徒歩でも充分。地方に駐屯していた軍が不在になり国境を越えてきた、その数がまた多く数千との話だ。
「話を知った反乱軍がまた元気づいています、参りますよ」
ブルンジ国軍と言うわけではない。民間人の暴発でしかない、少なくともそういうことになっていた。
「少尉、閣下にもお知らせするんだ」
「了解です」
通信を終える。バスター大尉はそうと知っても何も出来ない。それに彼に与えられている命令は、AFP通信の局員護衛だ。
「大尉さん、どうかしたんですか?」
問われて話をしても良いかを一考する。そして島にこれ以上ないほど友好的な人物だとして素直に打ち明けた。
「ブルンジから民間人がキガリへ攻めあがってきています。数千の、恐らくは敵」
「フツ族ですか?」
ルワンダに住んでいたら事情など知っていて当然、バスター大尉も頷く。
「ここは安全です。それにもし戦場になったとしても我らが必ず脱出させましょう」
それが任務ですので。フランス軍人であろうとしてフランスに捨てられた、ド=ラ=クロワ大佐と同じ境遇の彼がようやく得た居場所。
「クァトロ。龍之介の仲間ですものね。頼りにしてるわ大尉さん」
年相応より若く見える優しい笑顔。バスター大尉はクァトロの一人として、任務でなくとも彼女を守ろうと心に誓った。
◇
急報を受けた島はカガメの執務室へやって来た。
そこでも善後策を検討している最中だったようで、複数の男たちが額を寄せている。
大統領の無事を聞きつけた一部閣僚が参集してきていたのだ。
「大統領閣下、イーリヤ少将参りました」
「イーリヤ君、聞いたようだね」
ブルンジの民兵、それがキガリに参戦してきている。どこからどうやってか武器を手にしてだ。
どうにも暗躍している影が全て明るみに出ているわけではなさそうに感じた。
「はい。首都防衛軍が国会議事堂を喪失することはないでしょうが、争乱が長引けば国際社会へ与える影響が良くありません」
ルワンダの成長が止まってしまえば皆が困る。それに戦況がもし不利に逆戻りしたら再度裏切るような奴が出てくるかも知れなかった。
「うむ。私はキガリへ戻ろうと考えている、君はどう思うかね」
閣僚は島に意見を尋ねるなど面白くはないが、現状フォートスターに居るので口には出さない。
島も嫌われるのは構わないが、せめて邪魔だけはしてくれるなといった態度だった。
「大統領閣下が帰還されれば、軍は士気をあげるでしょう」
もし出国でもしようものなら、きっと反乱軍は勝利を叫ぶ。その意味でキガリを離脱した際に、国内に信頼できる拠点があったのは政権にとって極めて大きい。
「全軍の統率が必要になる。ブニェニェジ少将を臨時で総司令官代理に任じよう」
国防大臣はカガメ大統領の兼務だ、ことが収まれば代理を取るのも吝かではない。本来の任務に、首都の治安維持、更に軍の統率まで預けられては彼の荷が重い。
「それとだ、イーリヤ少将に大統領軍事顧問を頼みたい。やっては貰えないだろうか」
一般の軍事顧問と違うところは、大統領に直接助言が可能な部分だ。即ち側近入りをするという意味で。
――俺はカガメ大統領に対し多大な恩義がある。引き受けたいが、それでは迷惑を掛けてしまうことにもなりかねん。
今の客員司令官ですら、あちこちから睨まれてしまっていた。他国の神経を逆なでするような行為は回避すべきと解っている。
「自分は戦場で命を張っている方が似合っていると考えます。戦闘指揮をお預け下さい」
大佐クラスがすべきような事柄を進んで行おうとする。司令部で指揮するブニェニェジ少将、その下について前線を支えると明言した。
「……済まないイーリヤ君。私からの貸しはこれで相殺といこう。ルワンダ大統領として、イーリヤ少将を陸軍司令官に任ずる」
「拝命致します」
――陸軍司令官か。何ともまた曰く付きな役職だな。
任命書を作成する、さして時間は掛からなかった。大統領に先駆けて赴任すべきだと未来を読む。
――実働部隊の手足が足らん。すぐに使えるのはモディ中佐だけか!
特別部隊、直卒するのは良いが全体を動かすには将校が致命的に足らない。
兵器はある程度フォートスターから空輸も可能だ、しかしどのように運用したものか。
書類を交付され、司令官室から退出する。サルミエ大尉を伴い、副司令官執務室へ戻る。
するとそこの部屋の隅には、オルダ大尉ではなくエーン中佐が立っていた。
「閣下、ただ今戻りました」
「随分と良いタイミングだな」
遠くフィリピンに居たはずなのに、必要になると思うと側に。エーンらしいと島は微笑む。
◇
集まった将校らを前にして改めて島が名乗りをあげる。
「ルワンダ軍陸軍司令官イーリヤ少将だ。これより速やかに首都の治安を回復させる。俺が直接指揮する」
席次が欠けている、兵力が不足している、時間も足りない。何もかも満足に無くとも、島は打ち勝たねばならない。
――まだ三手は足らんぞ、どう穴を埋める。考えろ龍之介!
フォートスターに残っている民兵は少ない、これ以上引き抜いては成り立たなくなる。
「閣下、要塞は私にお任せになり、ブッフバルト少佐をお連れください」
マケンガ大佐が進み出る。ここで政府が勝たねば自らの願いもまた叶わない。
確たる意志がどこにあるか知った島は、今ならば任せても良いと感じられた。
「マケンガ大佐を臨時要塞司令官に任じる。都市機能の運営代理もするんだ」
「何があろうと守り抜きます。兵もお連れを、住民を動員し警備に充てます」
その辺りのノウハウはこの場にいる誰よりも持っていると自負を語る。M23を伊達で永年率いてはいない。
「うむ。ブッフバルト少佐、機械化歩兵を編成しキガリへ向かえ」
「ヤボール!」
敬礼し直ぐ様踵を返す。地上を行く自身が一番時間がかかるために。
「シュトラウス少佐、空路大統領の護衛だ。重火器の空輸も行え、陸軍駐屯地にだ」
「ヤー!」
備蓄を全て吐き出す。向こうで補充が出来ないと考えてだ。
ニャンザ警視正の警察部隊を強化するのに使っても構いはしない。
「サルミエ大尉、ブニェニェジ少将に連絡を入れておけ。モディ中佐にもだ」
「ウィ」
赴任直後に指揮が行えるように、ラインの整理を委任する。事務処理は副官の職務だ。
全てがまとまるのにあと数時間、他に出来ることがないかを思案する。
「閣下、誠に申し訳ありませんが、独自の判断で動員を掛けてあります」
エーン中佐が口を開いた。もし島が満足に整合させてしまうならばそれでも構わないと待っていた。だが埋まらない穴がそのままなので打ち明ける。
「あまり一族に負担をかけるな」
――こんなところで甘えは許されん。
彼は首を横にふり、意外な名前を発した。場所柄それもあったか、離れていても常に島のことを考えていたエーン中佐に一目おくことになる。
◇
軍用空港。キガリにある軍駐屯地に数機が着陸した。
黒の軍服を着込んだ十数人が機を降りてくる、駐屯地の将校らがそれを出迎えた。
「閣下、ようこそおいで下さいました」
総司令官代理のブニェニェジ少将が出迎える。今やはっきりと上下の差をつけられているというのに、彼の態度は変わらなかった。
島は背筋を伸ばし敬礼する。
「総司令官代理に申告します。陸軍司令官イーリヤ少将、ただ今着任致しました」
――これは国務だ。序列を正さねばならん。
真剣な表情に彼も息を飲んでまばたきをする。
「着任を承認する。早速で悪いが南部の防衛線がガタガタになっている。敵をキガリ市に入れるな、一個機甲大隊と二個歩兵大隊を預ける」
正規兵の指揮権を得る、陸軍司令官としてそれが可能になったからだ。
とは言え今出せるのはこれだけしかない。渋っているわけでも嫌がらせでもなく、それが限界の数字だというのが伝わって来る。
「指揮をお預かり致します。申し訳御座いませんがAFP通信局員の保護をお願いできないでしょうか。彼女らは今後の政権の側面を支えてくれます」
現政権に友好的な報道を行う者たち。カガメ大統領もきっとそれを望むだろうと、ブニャニャジ少将は快諾する。
「情けないことに南部地方軍は勢力をほぼ失った。フツ族の歩兵三千、それがフリーで市内に乱入すれば大変な騒ぎに発展する」
一方で機甲大隊は充足五割、三十両と戦車が稼働していない。
それも中戦車は半数以下、殆どが軽戦車ということだ。歩兵二個大隊も防衛線に張り付ければすぐになくなってしまう。
「必ず阻止致します」
――その位出来ずに俺の価値など無いぞ!
島は総司令部へ入ることなくすぐに飛行場から南部へと向かう。
駐屯地でモディ中佐の部隊と合流する、ニャンザ警視正もだ。引き継ぎが到着次第バスター大尉らクァトロもやって来る。
要衝になるであろう交差点にはブッフバルト少佐の機械化部隊が待っていた。
「最終防衛ラインを公道十五号と三十号の交差点とする。それを越えての侵入を絶対に許すな!」
市街地南二キロ地点、その先は人口密集地だ。重砲は今のところ確認されていない。
「モディ中佐、公道十五号を進み州境まで前進しろ。決して道を譲るな」
「承知しました」
集団をひとまとめにして進めるには幅の広い道が絶対に必要になる。
ここを押さえておけば分裂を余儀なくされるのだ。
「ボス、バスター大尉が到着しました」
武装ジープのタイヤを鳴らして十数名の黒服が合流してくる。
「閣下、バスター大尉ただ今着陣致しました!」
「ご苦労だ。AFP通信局員の護衛に感謝する」
真実心のそこから感謝していた。自身がその場に居てやれたら、その思いが強い。
「いえ、任務に納得しておりますので」
「うむ。以後ブッフバルト少佐の指揮下に入れ」
「ウィ モン・ジェネラル!」
三名の将校が機械化部隊に組み込まれる。多勢に無勢、部隊が守っている場所は足止めも可能だろうが、何せ守備範囲が広すぎた。
――敵の足を鈍らせる必要がある。無茶な突撃をさせるのは気が引けるが、一度衝撃を与えねば勝負にならん。
ブッフバルト少佐の兵力は百少し、これでは全く力不足。出せる戦力は機甲大隊、それを使えば余力は零になる。
「閣下、親衛隊をお使いください」
エーン中佐が申し出た。オルダ大尉のアヌンバ=プレトリアス親衛隊、五十前後を差し出してくる。シュトラウス少佐が最初に運んできた軽車両を与えられていた。
「済まんが頼めるだろうか、オルダ大尉」
「君命ありがたく!」
親衛隊を率いてオルダ大尉は居場所を移す。エーン中佐の私兵なのだ、お願いすることしかできない。
それなのに彼らは何の見返りも求めず、命を差し出すことを厭わない。
「報告します、フツの民兵がモディ中佐の特務部隊と交戦を開始しました!」
公道十五号が激戦区になる。左右にあふれる形で敵が侵食してくる、どこかに中心的な役割を果たしている者がいるはずだ。
「クァトロ戦闘団、出るぞ!」
「ウィ コマンダン!」
親衛隊を糾合し戦闘団を結成、司令としてブッフバルト少佐が命令を下す。
部隊を動かすのはフィル先任上級曹長の役目だ。あてはない、大集団のどこかにいるだろう敵を無秩序に攻めるのみ。
――情報面で不利を被っている、だがもうどうにも出来ん。
装甲兵員輸送車両で推移を見守る。時計の針の進みが遅く感じられた。
「C地区で二百から三百の敵が流入します!」
「ニャンザ警察補佐官、一個警察部隊で対抗しろ」
「ダクァ!」
予備兵力を逐次投入し、危険を報せる全てに当ててゆく。あっというまに手持ちが無くなってしまうのを覚悟して。
◇
二時間、戦場をさまよいながら司令部を捜索し続けていた。
「三時の方向、突撃来るぞ!」
「後方より敵車両接近!」
「衛生兵、重傷者の看護を頼む」
「弾頭を回してくれ、本体は余剰があるぞ」
部隊の士気は高い。死傷者が三割を超えてきた、それでもひるまずに敵中を移動し続ける。足を止めたが最後、包囲殲滅されてしうだろう。
「戦闘団長より各位、進行方向を十時にとれ!」
大きな敵集団を見つけるとそこに突撃をかける。これを何度繰り返しただろう、ブッフバルト少佐が乗る装甲車にも分け隔てなく弾丸が飛んでくる。
「左翼サイード少尉、一際大きな軍旗を掲げている部隊あり。兵力凡そ二百」
双眼鏡を手にして左前方を見る。土煙でよく見えないが、時たま赤と緑の旗が見えた。近くを通る銃弾の数が増えた、双眼鏡は将校の携行品、それを狙っているのは明らかだ。
「戦闘団長、サイード少尉。左翼部隊で詳細を確認せよ」
「サイード少尉、了解です」
八台の武装ジープが機銃を乱射して集団に接近する。激しい反撃があるが、蛇行運転で旗の傍まで近づいていく。
サイード少尉は双眼鏡で旗のあたりを観察する。
「……緑の軍服か? ……いや、戦闘服に階級は無し。青の半袖……」
事前の準備知識があればその瞬間に多くが理解できただろう、だがサイード少尉は気づけない。
「戻るぞ」
本隊から離れすぎた為に一旦退去して合流を目指す。左翼に位置すると報告を上げる。
「準軍事関係の部隊と推察。これといった指揮所はありませんでした」
「了解した」
戦闘団は次に一時方向にある集団を目指して攻撃を仕掛ける。連続する戦闘に疲労も重なって来る。補給の為に一度離脱する必要性も感じられた。
「正面の部隊を抜いて一旦離れるぞ。戦闘団前進!」
中央よりやや前に指揮車両を進めて指揮を執る。ブルンジ民兵は味方が多すぎて満足な射撃を集めることが出来ない、そのおかげでクァトロは壊滅を免れているように思えた。
「司令、本部が攻撃を受けています」
オルダ大尉がエーン中佐からの連絡を明かす。
「進路を四時に変更、本部の救援に急行する!」
報告を受けてすぐさま方針を変更した。敵司令部の捜索は失敗、だが今はそれどころではない。
◇
陸軍前線司令部。本部護衛という兵力を抱えていた、手持ちの予備が無く敵が浸透しようとしている。報告を受けた島は迷わずに迎撃を命じた。
「司令部も戦力だ、敵を食い止めろ!」
一般の中隊と同じように倍以上のブルンジ民兵相手に正面からぶつかる。
まさか本部要員が戦闘をすることになるとは思っていなかった者も、司令官が直卒しているのに逃げるわけには行かなかった。
サルミエ大尉までもがサブマシンガンを手にして周囲を警戒する。
島も防弾ベストを装備させられヘルメットを被せられた。
「プレトリアス族の者よ、一兵たりとも敵を通すな! 閣下の御前だ、心して掛かれ!」
「ヤ! オーペルフエフ!」
それぞれが隊長を務められる程の手練を集めた、エーン中佐のレバノンプレトリアス親衛隊が薄く広く陣取る。
アサド先任上級曹長が四人の護衛班を指揮し、島への攻撃を許さない。
――無理を掛ける、だがここを守らねば首都が陥落するぞ!
全体の戦況は膠着、どこかで地方軍が圧倒して安全区域が産まれれば増援が見込める。
それまでは何としてでも市街地への侵入を防がなければならない。
親衛隊の負傷者が増加する、だが一人として戦線を離脱しない。
手榴弾の破片が突き刺さろうと被弾しようと、歯を食いしばり一歩も退かないのだ。
最高の戦力が数相手で消耗させられていく、彼らはルワンダの首都がどうなろうと関係がないというのに。
「ボス、クァトロ戦闘団が帰還します」
攻め寄せる民兵に側背から突撃し、次々となぎ倒していく。機を見てエーン中佐が撤退を命令した。
ブルンジ民兵は強敵が現れたため、この地点からの突破を諦めて後退していった。
装甲指揮車両からブッフバルト少佐が降りて司令部にやって来る。
「閣下、敵司令部の捜索に失敗しました。補給を行い再度出撃します」
「ご苦労だ。エーン、負傷者の手当てを」
「ヤ」
重傷者を集めて市内の病院へ搬送させる。軽傷者は応急処置のみを施して待機に入らせた。
軍でいう軽傷は一般人の感覚では想定以上の傷を指す。何せ重傷とは四肢の一つが吹き飛んでいるあたりからを指しているのだ。
「首都防衛司令部より入電、北部地方軍が苦戦中、援軍の要請が上がっています」
「どうにもならんぞ!」
――かといって放置しては押し込まれる。
判断のための猶予は少ない。どっちつかずの指示をするくらいなら、いっそのこと強力な隊を派遣してやるべきだろうか。
「ブッフバルト少佐、敵に戦車は存在するだろうか」
敵陣を駆けてきたなら居るかどうか程度ならば推察可能だろうと情報を求める。
「不在です。恐らくは居ても極めて少数」
「そうか」
――北部軍相手は強い、ならば応じてやろうじゃないか!
「サルミエ大尉、機甲大隊に伝えろ。陸軍司令官の命令だ、北部地方軍に増援しろ」
本部までもが戦っているというのに、他の戦線へ最大の火力を持つ戦車隊を渡してしまう。島の命令は絶対と解っている、だがすんなりと飲み込むには内容が重い。
「ボス、よろしいのですか?」
皆を代表して副官が再確認した。誤って発するようなものではない、今更取りやめるような人ではないことも知っている。
「構わん」
――俺は信じている、きっとあいつはやって来る。
島の瞳に強い意志が宿っているのを見る。側近としてその判断を認め、全力で支えると再度誓う。苦しくない戦いなど今の今まで幾度あったか、不思議と笑みが浮かんでくるのであった。
「北部司令官名で強い感謝の意が返信されました」
苦しいところで機甲の助力だ、言葉くらいはありがたくということだろう。
補給を終えたクァトロ戦闘団、再出撃を敢行する。手近な集団に向けて進軍、激しい交戦を繰り返すこととなる。
「親衛隊展開! 戦闘準備だ!」
数を減らした彼らがまた広がる、中隊が近づいてきたからだ。
無駄弾には目を瞑り、少し離れたところでも射撃を始めろと命令が出される。
「閣下、少々失礼致します」
司令官護衛である班も、透明の盾を傍に立てかけて迫撃砲を使い支援に参加する。
サルミエ大尉までもが給弾に手を貸した。通信兵にも戦闘参加を命じ、島自身がヘッドセットをつけて直接対応する。
「こちらモディ中佐、司令部。公道七号に重火力の敵無し。後備の一部を増援します」
「司令部、了解だ」
――敵の火力が低いのがせめてもの救いだな。
接敵している部分でしか被害を発揮しない。だからこそ奥深くにまで進もうとする側面もあった。
「閣下、ブタムワ地区警察より入電。正体不明の武装集団が首都へ向かっています」
南西方面で至近、最悪の情報を届けてくる。ニャンザ警視正はこれ以上の交戦は不能だろうと唇を噛んだ。
◇
一時間に渡り必死の交戦を繰り広げる。最早傷を負っていない者は皆無だ。
捜索に出たクァトロ戦闘団は未だに司令部を発見できずにさまよっている。
「司令、ブルンジ民兵の大集団です!」
緩やかな丘に登った偵察が南に千前後の敵を発見した。ブッフバルト少佐も丘へ進んで双眼鏡で確認する。
「くそ、多すぎるな!」
きっと司令部があるのだろう、だが傷だらけで百人を切っている現状では突撃しても中心までたどり着けそうもない。
「南西にも大軍です! その数、凡そ二千!」
裸眼で遠くを見ているアフリカ人、特異な能力とも言えるが草原の民は目が抜群に良い。
唸りながらそちらを睨み付ける。
「オルダ大尉、本部はどうだ」
「激戦の最中。親衛隊が何とか防いでいます」
司令としてどうするか、ブッフバルト少佐は岐路に立たされた。
勇気と無謀は違う、だがここで退いて何が得られるだろう。
その時、南の集団に身なりの良い人物が現れた。数人の側近を率いてあたりを伺っているのが見える。
「シ・セ・ポシブル・セ・フェ。アンポシブル・セラ・セ・フエラ」
息を大きく吸い込み「やるぞ、戦闘団俺に続け!」いつものように彼は自身を顧みず前へと進んだ。
丘の上から駆け降りる一団を指さし民兵が壁を作ろうと動く。
最初はまばらな反撃、そのうちどんどんと攻撃が強くなる。
いくら圧倒的な火力を持っているクァトロでも、一人が持っている命は一つだ。
次第に死者を増やしていき、衝撃力を失っていく。それでも前進をやめようとはしない。男たちの雄たけびが戦場に響きわたる。
「司令、丘の上にクァトロ軍旗が!」
四つ星の、それも4の刺繍がされている島の専用軍旗。
モディ中佐の増援を数十受けて戦闘団の背中を守るために司令部を前進させてきたのだ。だがそれだけではなかった。
「キシワ将軍の名の下に進め!」
水色に星一つの旗を掲げた黒人部隊が多数現れた。
それらはブルンジ民兵目がけて思い思いに突撃を企てる。陸軍前線司令部付近に居た敵にも襲い掛かっている。
「あれは……ブカヴマイマイか!」
隣国コンゴ・キヴより不眠不休で行軍して、ギリギリ間に合った。二個大隊をルワンダに侵入させ、首都へ一直線。
「ブカヴマイマイ司令シサンボ中佐、キシワ将軍の指揮下でルワンダに参戦する! 全軍敵を殲滅せよ、閣下が見ておられるぞ!」
本来は越境しようものなら西部地方軍に防がれてしまう。ところが今はそんな余力もなく、やすやすと国境を越えられた。
エーン中佐が独自に掛けた動員に、全体の三分の一にもあたる部隊を動かしてきたのだ。
「敵は浮足立っている、戦闘団やるぞ!」
「ウィ コマンダン!」
待っていればブカヴマイマイが駆逐してくれるだろう、それだけの兵力がある。だがブッフバルト少佐は立ち止まらなかった。
崩壊する防衛線をグイグイとこじ開けると敵の司令部へと近づく、いよいよ手が届くまでやって来る。
「オールアウト・アングリフ!」
9の刺繍がある専用軍旗を翻し、彼が先頭で進む。総攻撃を命じた、弾が尽きるまで全力でこの戦闘にのみ集中する。
護衛が抗戦してくるが全てを力づくで無理矢理ねじ伏せた。
細身で身なりの良い男が両手を上げて降伏してくる。民兵団の指導者的存在だと、捕虜の待遇を申告してきた。
「戦闘団司令より本部。ブルンジ民兵団司令官を拘束」
「本部了解した。その場で待て」
己の存在を示しブッフバルト少佐は為すべきことを為せただろうかと、一人思いを馳せるのであった。
◇
AMCOの保護村。キトグム東二十キロにあるバガー川沿い、オロナの丘にポツンと集落が置かれていた。
周囲にまともに人が住んでいる街は無く、背丈の短い草と、細い木、乾いた土があるだけ。
広い平地は手を入れれば畑になるだろう、それとて痩せた大地という現実はあるが。
丘の裏手は切り立った絶壁で、その下にはバガー川がゆっくりと流れている。
小魚しか生息していないが水があるのはありがたい。
そこから二キロ先あたりを大きく木製の柵で囲っている。数百メートルに一カ所の割合で三階建て位の高さの見張り台が建てられていた。
「日没には門を閉じる、それまでに戻らねば外で夜を明かすことになるぞ」
外門責任者はキラク軍曹。相手が司令官であっても容赦はしない、また島によりそれを認められていた。
木柵で何かを防ぐつもりは無い。動物あたりは邪魔に思って近づかないかも知れないが、これは単に主張の類を表現しているに過ぎない。
外門の出入り口は一か所のみ、そこが通称関所だ。木製の小屋、屋根には黒の四つ星軍旗が掲げられている。
関所から数百メートル内側に塹壕が掘られていて、そこが保護村の本領境になっている。
木柵はここにも築かれていて、逆茂木のように外側に尖った部分を向けて置かれている。もし一般車両で突撃したら深々と突き刺さって止まるはずだ。
特徴的なのはその塹壕がギザギザな形で掘られていることだろう。
ところどころで突出し、左右が見えるようにしてある。これは側面から射撃が出来るようにとの造りになっているからだ。
「異常があれば些細なことでも報告をあげろ!」
内側の塹壕責任者はキール曹長。防御施設の設置については、グロック准将から南スーダンの塹壕住宅地造営で叩き込まれていた。
兵らの警備全般、兵営責任者はビダ先任上級曹長。こんな場所でも訓練は欠かさない、クァトロでは鬼軍曹の代名詞に使われている。
開けた場所には監視カメラを設置したり、盗聴器を仕掛けたりもしている。
それらはオビエト曹長の担当だ。発電機を複数持ち込み、昼夜を問わず稼働させていた。
共通していることは、軍兵の全てが黒い服を着ていることだ。そしてやけに規律が厳しい、盗みどころか難民を威圧する兵が一人もいない。
◇
保護村の西端、内門の傍の区画にクァトロの専用区域がある。その中心部に司令部が置かれていて、将校らが集まっていた。
重にもされた天井、砲撃が直撃しても耐えられる設計だ。
「ドゥリー中尉、防衛体制はどうだ」
デスクの前に立つ男に尋ねる、答えは解っていたが本人の口から聞くために。
「万全です。アチョリ族三千に攻められようと、重砲が無ければ守り切れる自信を有しています」
流石に遠距離砲撃を続けられると、住民である女たちが耐えられない。何年もここで暮らすつもりがない、充分な回答だ。
「陣地構築はプレトリアス族の得意とするところだったな」
ニカラグア内戦でもその手腕が生かされていたのを思い出す。
いつも裏方に徹して功績が少ないドゥリー中尉だ、エーン中佐との差は開く一方、それを何とも感じていないようではあるが。
視線をハマダ中尉に移す。こちは住民の担当で、トゥヴェー特務曹長が補佐についていた。
「パテールは決まったか」
村の代表者を選出させた。実務はトゥヴェー特務曹長が全て仕切っている。
「はい。ママ・トーマスがパテールとして選出されています」
報告書を手渡す、そこにはマリアダイアナと書かれていた。
「名前が違うが」
それどころかマリアもダイアナも名前であって姓ではない。そう言われると考えハマダ中尉は答えを用意していた。
「ウガンダでは子供を産んだ女性は、その子の名前にママをつけて呼ぶのが一般的でして。ママ・トーマス女史も暫く悩んでようやくマリアダイアナという名前を思い出した次第」
もう何十年も使っていなかった、マリアダイアナと呼んでも誰もわからないだろう。本人ですらそうだったのだ。
「書類もママ・トーマスで統一しろ。どこかの役所が文句を言ってきても無視しておけ。本人がそう名乗ったならそれが全てだ」
混乱の元になる相違を消し去る。戸籍がないというのはこうこうこと。
難民になっても認定がされないはずだ、これではどこの誰かが特定出来るわけがない。
トゥヴェー特務曹長が一歩進み出る。
「パテールは多くの男子を産み、村の女性の尊敬を一身に集めております。彼女の言葉なら、皆が従うでしょう」
子の数で尊敬を集める、解らなくもない。ここがアフリカでキリスト教国、さらには生きるのすら難しい地域というのを鑑みればなおさら。
ゴンザレス少尉とストーン少尉はマリー中佐の傍にあって全ての情報を共有しようと努力していた。
教育の意味もあるが、資質がどの方向を向いているかの見極めも兼ねている。
「時に司令、ルワンダではカガメ大統領が首都を離脱し、フォートスターに入ったという情報が」
トゥヴェー特務曹長がホットなニュースを提供した。まだ要塞から詳細は届いていないが、何を意味するかは皆が理解している。
「本当なら俺は閣下の傍で力になりたい、だが今はAMCO司令としてウガンダを離れるわけにはいかん」
配された全員がそうだ。職務放棄は島への不利益を誘発する、この場で全力を尽くすのが求められていた。
もやもやとした空気が充満する前に声を上げる。
「この任務を速やかに終了させるにあたり、神の抵抗軍を誘引させる作を提案致します」
ストーン少尉が徐に口を開いた。そんな作戦を練れとは命令していない、だが必要だと考え自発的に用意したのだ。
「聞こう」
マリー中佐が先を促す。役割などと言うのはそれぞれが考えるものだ、意欲を持ったものが先導すればよい。
「神の抵抗軍がこの村を攻めるように罠を張ります」
正面から戦うにしても相手がゲリラ戦を選択しては勝負をすることが出来ない。
一度交戦して被害が大きく出ている、また同じように戦闘する可能性は今のところ低い。
「ウガンダ軍は神の抵抗軍だけでなく、アチョリ族としての敵性集団と言えます。そのウガンダ軍に補給計画を立案させ、村へ輸送させます」
それぞれが顛末を夢想する。補給司令官が拘束されたのだ、いずれ物資の不足が見えてくる。
今までより厳しい台所事情が訪れる前に解決を図るはずだ。
問題はどうやって舞台を用意するかになる。トゥヴェー特務曹長は概ね流れが見えたようだ。
「ゴンザレス少尉はどう考える」
マリー中佐が教育の為にと将校らの意見をひとりずつ確認する。思えば島もこうやっていなたと今になり意味を理解する。
「護衛が少ない補給部隊を移動させて襲撃させる、でしょうか」
ややおっかなびっくり述べた。
意味合いは正しいが、具体性に欠けている。それを指摘することなく別の者へ話を振る。
「ハマダ中尉は」
「川も併用し、こちらの警戒をアピールします」
リスクを分散させるのと、地形の利用は頷ける。知恵を絞る、次いでドゥリー中尉に視線を送った。
「作戦計画を漏えいさせます。スパイはどこにでもいるでしょう。計画の立案はルウィゲマ中佐、漏れる先は国連あたりからで」
ルウィゲマ中佐に作戦を立案させる件について思案する。
だがすぐに結論に結び付いた、補給が成功したらそれでも、失敗したときには誘引には成功しているということに。
「計画させること自体にマイナスはなさそうだ。中佐に功績を上げさせるのはボスの命令でもあるからな」
流石プレトリアス一族だ、島の考えを深く理解している。ストーン少尉の案は使えそうに思えた。問題があるとしたら漏えいの順路と強度。
「スーダン政府に漏れればすぐにでも筒抜けになるでしょう」
ウガンダと敵対しているスーダン、神の抵抗軍を支援しているのは間違いない。隣国の反政府勢力に援助をするのは常識とすら言えた。
ではどうやっての部分、意外とハマダ中尉が閃いた。
「ルクレール全権委員にしていただいては?」
南スーダンでの作戦以後記憶から無くなっていたが、島が再会した話を聞いてまた掘り起こされていた。
中央アフリカと犬猿の仲であるスーダンでも、外交官は別口。その筋の専門ならばきっとお手の物だろう。
「トゥヴェー特務曹長、どうだろうか」
判断がつかないマリー中佐が意見を求める。目を細めて彼は予測を披露した。
「閣下と全権委員の関係は殆ど知られておりません、これは適切でしょう。それとルウィゲマ中佐の功績になるという部分も。ですが作戦全体を二段に別けねばきっと満足行く成果があがらないでしょう」
つまりは様子見で兵力を小出しにしてくる目算が高い。
向こうでも賛成と反対に割れるだろうことを意識した発言だ。
発案者のストーン少尉が経験不足からの落ち度を認める。
「解った。ストーン少尉に作戦案の提出を命じる、トゥヴェー特務曹長を補佐にする」
「ダコール」
その場を解散させる。島がストーン少尉を戦闘団の三席に指名したのが何と無くだが感じられたマリー中佐であった。
◇
暑い。それもそのはず、ここは赤道直下なのだ。
マリーは上着を脱いでシャツ一枚で司令部を出る。肌が焼け付くような感覚が襲ってくる。
「ジブチでもこうは熱くなかったな」
外人部隊での訓練経験を思い起こすが、体がきついのは最初だけで、いずれ慣れてしまっていたものだ。
それに比べると今でもウガンダは厳しい。クァトロの区画を出て一人でぶらりと村を歩く。
テントが多いが、木で家を建てるのも続けられていた。避難民の多くは女性だが、老年の男性も幾人かいる。
「おいそこの若いの、これを手伝ってくれんかの」
後ろから声を掛けられる。振り返ると長い木材を持った老人が頑張って引きずっていた。
「お易い御用です」
木材を受け取るとひょいと担いだ。そのまま家の梁にあたる部分へ乗せ、木の皮で縛って固定した。
日差しを遮る葉を束ねたものを屋根にして簡単な家が完成する。
吹けば飛ぶようなものでも、湿度が極めて低い地域では気圧も安定していて風も弱い。雨も稀なのでこれで充分こと足りる。
「何か不自由はありませんか?」
現場がどうだったか、下士官から持ち上がって以来どんどん接する時間が減ってしまっていた。挨拶程度の会話に老人は感激する。
「ワシらはずっと国内難民じゃった。息子らも生き別れて、どこでなにをしているやら。こうやって生活を守ってもらえているだけで大満足じゃよ」
内戦や災害などで居住地域を追われている難民が、国内に避難しているとこれに計上される。
世界六千万人の難民の中で、実に六割弱が該当している。ウガンダでも二百万もの民が肩を寄せていた。
「遠慮せずに何でも言ってください。キャトルエトワールはキシワ将軍の名の下に活動をしております」
ウガンダでも、国連でも無く。そうマリー中佐は誰の為でもなく、島の為にここに在る。
「この保護村にはトイレもある。食事も出来る。外出の自由まで。一体何の文句があるじゃろう」
多くの難民キャンプではトイレの整備がされず、配給される食事は不足し、キャンプの外へ出ることは厳しく制限されているのが現状だ。
警備している軍は外だけでなく内をも警戒している。腫物を扱う態度で、冷たい視線を送るのだ。
遜った態度の老人に一抹の哀愁を感じた。誰も好きで難民になどなりはしない、皆被害者なのだ。
「希望者にスワヒリ語を授業していただけないでしょうか?」
「ワシが?」
思いつきであったが、何か仕事を与えれば心も晴れるだろうとお願いをする。
ウガンダは英語とスワヒリ語が公用語ということで、教授するには丁度よかった。
「はい、もちろん日当もお支払いさせていただきます」
「働かせてくれると? ワシに仕事を与えてくれる?」
「人権団体に労働を強要したと言われないようにこっそりと」
笑顔で冗談を交える。実際のところ難民を労働させると色々とあるが、そんなことは無視した。
そうしたいと感じたからする、根拠などそれでよかった。きっと島ならば認めてくれると信じて。
「ありがとう御座います。ありがとう御座います……」
大粒の涙をこぼして感謝を述べる。働きたくても許されず、外に行きたくても止められ、ただ人生をくすぶらせ続けるしかなかった。
難民キャンプで産まれ、何も学ばずに老いて何も残せずに死んでいく。
なんだなんだと難民が集まって来る。暴行を働いたのだろうと見ていると、全く違った内容だったので驚いている。
「私達にも何か出来ないでしょうか?」
若い女性らが進み出る、マリー中佐はどうしたものか悩む。すると老女が一言助け舟を出してくれた。
「そんな困らせるものではありませんよ。兵隊さん、もし私たちに出来ることがあれば言ってください。皆何かをしたいのです」
ここで何でも良いので仕事を割り振ることが出来たら活力が生まれる。
持ち帰って最適な案を出すよりも、きっとこの場で拙くともやってしまうべきだと判断する。
「そうですね、では……乾燥パイナップルの作り方、保存食の製造勉強になるのでどなたかおわかりになりますか?」
ウガンダでは一般的な植物で、複数の女性が一斉に手を上げた。大きく頷いてやり次を口にする。
「危険動物の見極めと対処は?」
老人の男性が手を上げる、毒を持っているような何かがいたり猛獣対策の知識は必要だ。
「ウガンダ人の気質なども知りたいですね」
老女らが何でも話をしますよと手をあげた。その後もいくつかを提案し、多くの仕事を産み出す。
皆とても嬉しそうだったのをマリー中佐はずっと忘れられそうになかった。
◇
時は流れ、キガリで激しい交戦があったと耳にする。
島がルワンダ軍陸軍司令官に就任したと知った時は、やはりその響きに複雑な感情が湧く。
あわや首都陥落との報が出そうになった時には、キャンプを捨てて帰還しようかと考えたことすらあった。
「ルワンダ政府軍が勝利した!」
トゥヴェー特務曹長が最速で情報を持ってきた時にはつい椅子から立ち上がってしまった。
何とコンゴからブカヴマイマイが増援に現れたと言うではないか。
シサンボ中佐の顔を思い浮かべたマリー中佐、この時ようやく彼を友軍と認める気持ちになれた。
「偵察班より本部。補給部隊がキャンプ西二十キロ地点を通過」
なるべく街の近くを通り、それでいて街によらずに移動している。要は目撃させるためにそこを歩かせたのだ。
トラックに物資を満載し、専属の護衛は配さない。ウガンダ軍の二線級部隊に与えられた任務、さっさと届けて不穏な地域から帰りたいと思っているだろう。
「護衛をつけていないことで神の抵抗軍も様子見でしょう」
ストーン少尉が見解を語る。丸見えの罠、逆にそれが注目を引き付けるだけの策と言うのだから上手いと感じた。
日没寸前で補給部隊が保護村に到着した。隊長のウガンダ軍中尉が面白くなさそうな顔で敬礼した。わざわざこんな場所に居を構えるなと。
夜は駐屯地で過ごし、翌朝一番でそそくさと帰ってしまう。持ち込まれた物資を仕分けして、早速配付した。
「キャトルエトワール軍は上前をはねようとしない」
横流しをしないことに難民が衝撃を受けていた。
世界の現実が次々に明るみに出てくる、その度にどこに向けてよいか解らない怒りがマリー中佐の胸に積み重なっていった。
補給が成功した。ルウィゲマ中佐の計画が当たったと、次はもっと大きな部隊を入れる作戦が提出される。
「へっへっへ、ちょっと噂が」
どこからかふらっとコロラド先任上級曹長が現れ、司令部で欠けた歯を見せて笑う。
「どんな噂だ」
「補給部隊を襲撃しようと言った一派が、慎重派を勇気の欠如だって罵っているって話でさぁ。主戦派が今は有利ってこって」
どうして詳しいことを知っているのか、それは島も今まで解らないままだ。
マリー中佐もそれにならって、結果のみをありがたく受け取ることにした。
「そうか、参考にするよ」
◇
敢えて同じルートを大補給部隊が移動する。今度は護衛軍を伴ってだ。
街の傍を通過すると目で見た男が走る、電話は場所が限られているがそこで連絡を入れる。
ストーン少尉が提出した作戦案では、この後街と保護村の中心あたりで敵に襲撃を受ける予定だ。
護衛軍が防戦しながら村に引き付ける、そこをクァトロで叩く。単純だが戦闘しながら逃げ出そうとするのは結構難しいのだ。
「補給部隊、西十キロを通過!」
「そろそろだな」
司令部で無線に耳を傾けている。斥候が神の抵抗軍の部隊も確認していた、時間の問題だろう。
徐々に近づき、ついに村の西側五キロにまでやって来る。だが相手は一切動かない。
「引っ掛からんか」
ここまで来たら襲ってはこないだろうと残念がる。こんな量を補給されたらもう次は同じ手を暫く使えない。
ルウィゲマ中佐は功績を得るだろうが、クァトロがここに釘付けになったままでは最大の目的を達さないことになる。
アフリカ人の多くがもう視界内に捉えているようで、色々と言っているのが兵にも聞こえてきた。都会人では豆粒のようにすら見えないが。
どうやら見逃す方針になったのか、あと二キロ付近にまで近づいてくる。作戦の失敗を認めるしかなさそうだ。
「ダメか……」
つい情けない呟きを漏らしてしまう。ロマノフスキー大佐ならば最後の最後まで落胆など見せずに、これで次の案を検討できるな名案を出せよ! 位は言っていただろう。
「偵察班より本部。大変です!」
「どうした」
マリー中佐が無線片手に直接応答する。神の抵抗軍は動いていないと先ほど報告があったばかりだが。
「護衛軍が輸送隊を攻撃し始めました! 同士討ちです!」
予想だにしない出来事。何と敵ではなく味方の、それも輸送部隊を守るはずの護衛軍が裏切って略奪を始めたというではないか。
「冗談じゃないぞ!」
どう指示をしたら良いか瞬時に浮かばなかった。こんなことは考えていなかった、そもそもこの場合どちらに味方すべきかすら解らない。
将校らも適切な意見が出せずに時間を空費してしまう。
「輸送部隊を救援しますか?」
ドゥリー中尉が一つ白黒はっきりさせようと問う。だがマリー中佐は即答できなかった。
様々な想定が産まれては弾ける。答えなど悩んでも出ては来ないのだ。
「偵察より本部! 神の抵抗軍が動きました!」
引き金になったのだろう、護衛軍の行動は許せないが状況が動く。
「戦闘準備!」
「ダコール!」
結果判断を先延ばしにしたことで意外にも求めていた相手が出張って来た。
司令部に居た将校が一斉に本部を出て、先任下士官が統率している自身の部隊へと移動する。
「司令、乱戦は必至です」
ビダ先任上級曹長が近接戦闘が行われるだろう予測を披露する。
司令部の上階へと場所を移し、双眼鏡を使い自身の目で情勢を確かめる。
「素人の戦い方だな……」
ではそれでどうなるか、被害がより偏重して発生する。計算出来ない成り行きでだ。
輸送隊の兵は逃げ場を失い車両を寄せて何とか中心部のみを防衛している、それとて砲撃一発で壊滅するような危なっかしいものだ。
「神の抵抗軍が戦闘に参加しました。口々に獲物を横取りするなと叫んでいるそうで」
偵察の報告を上げる。感情で戦争が行われている、否定することは出来ない。マリー中佐とていつそのようになるか解らないのだ。
突撃銃を撃ちながらバラバラに攻撃を加える。味方が撃たれてもそれを踏み越えて進んだ。
護衛軍も反撃が少ない輸送隊よりも、神の抵抗軍という新手に宝を奪われないように対抗する。
両者ともに大流血でのもみ合いが繰り広げられている。
「護衛軍への扱いが難しいぞ!」
形だけみれば輸送隊を守っている状態にもなる。無論相手が撤退したら襲い掛かるのだろうが。
もしクァトロが護衛軍を攻撃したら、島に迷惑が掛からないだろうかと苦悩した。
「司令、我らの目的を今一度思い出してください」
迷走しかけたマリー中佐にビダ先任上級曹長が諭す。神の抵抗軍を排除する、その為に遣わされていた。
いつも助けられる、彼に微笑を返して頷く。
「クァ……何だ!」
命令を下そうとしたところで異変に気付く。保護村の住民が集団で乱戦の戦場へと向かっているのだ。
「ドゥリー中尉より司令部。パテール、ママ・トーマスの呼びかけで難民が戦場へ向かっています」
報告の意味が解らなかった、止めるべきだと思ったが何故か声が出ない。ここに至るまでの何かがあって。
「呼びかけの内容は何だ」
冷静になり状況の確認を行う、まだ許容範囲だ焦ることはない。
「戦場の負傷者を手当てすると」
何もこんな激戦状態で向かわなくても良いのに。戦いが終われば出番はある。集団はグイグイと歩みを進めている。
このまま全滅でもしようものなら国際的な非難を総被りする恐れがあった。
「ドゥリー中尉、ゴンザレス少尉、ストーン少尉、部隊を率いて神の抵抗軍を討て!」
「ダコール!」
「ハマダ中尉、難民を護衛しろ、俺も出る!」
「ラジャ」
道行を決めた。敵を倒し、難民の意志を認め守り切る。
「司令、ご命令を」
「ビダ先任上級曹長、出撃だ。村は空にして構わん!」
「ヴァヤ!」
司令部護衛部隊に出動を命じる、本部曹長のガルシアが村に残っている者が居ないかを確認する。
子供たちを抱えている老婆が数名。それらを司令部の地下に避難させ、騒動が終わるまで閉じこもらせる。
「本部要員も戦闘準備だ!」
特殊軍手を履き、FA-MASに銃剣を装着、ケブラーヘルムを頭に載せる。マリー中佐も同じように準備した。
「軍旗を掲げろ、出るぞ!」
装甲指揮車両が丘を下る。既に機動戦が繰り広げられていた、戦場が血に染まっている。
「ストーン少尉、神の抵抗軍主力が輸送隊に接近」
獲るものを獲ってこの場を去るつもりなのだろう、一気に襲い掛かる。護衛軍は輸送隊を囮にして攻撃を継続していた。
「こちらゴンザレス少尉、輸送隊と敵の間に割り込みます!」
一隊が集団を大きく迂回してから目標に一直線進む。線の行動は褒められたものではないが、訓練度が低い敵の為大損害を受けずに現場に急行出来た。
「難民護衛開始、ですが状況極めて困難!」
マリー中佐がドゥリー中尉の隊を探す。塊が何処にも見当たらない、一体どこに居るのだろう。
「中隊、横列一斉掃射!」
気合の入った命令が無線から聞こえてきた。神の抵抗軍を中心に、護衛軍を巻き込んでドゥリー中隊からの機銃掃射で大損害を被る。
集団が居ないと思っていたら、薄く広く展開し最大の火力を発揮するところだったようだ。
あまりの衝撃に戦場の兵が頭を低くして周りを伺った。乗車した黒い部隊が散見される。
歩兵戦闘でなければクァトロを全滅させることはまず無理だ。機動力で負けることもまずない。
ならばそうやって戦えば良い、だが戦争とは思い通りにことが運ばない。
「本部、難民の護衛に回るぞ。下車しろ」
「半数下車!」
ビダ先任上級曹長が大声を発する。運転手と機銃手以外の乗員が降りて難民を囲うように布陣した。
彼女らは倒れている者を見つけては手当たり次第に応急処置をしていく。
「怪我はありませんか?」
マリー中佐は手当の真っ最中の老婆に声をかける。
「兵隊さん、私は大丈夫。でもこの子達は酷い怪我」
腹に銃弾を食らってしまい、恐らくは長くはない。それでも寄り添い手当てをしてやる。
若い兵士は涙を流して老婆にしがみつき、最後の言葉を残していた。
「ここは戦場です、戦闘が終わってからでも」
彼女は首を横に振る。力尽きた若い兵のまぶたを閉じて、両手を重ねて腹に乗せてやる。
「一人で死ぬのは寂しいものです。私達難民は、死に際してせめて看取ってあげるのが唯一出来ること。我がままだと見捨てて頂いても構わないわ」
死に敵も味方もない。助ける者がいたら助け、そうでなければ看取ってやる。難民がずっと墨守してきたことだ。
「我々キャトルエトワールは、あなた方の意志を尊重します」
「ありがとう兵隊さん。出来れば若い方には生き延びて頂きたいわ」
皆、息子たちみたいな歳ばかりですもの。近くを銃弾がかすめても微笑みを忘れない。
歩兵中隊が一丸となって難民に迫って来るのが目に入る。FA-MASを強く握りしめマリー中佐が大声をあげた。
「ビダ、あの敵を迎撃しろ!」
「ヴァヤ コマンダンテ!」
武装ジープを集めると乗車し、歩兵中隊へ突撃を敢行する。大火力ではあるが敵が多い。
難民保護さえなければいくらでも戦いようはあった、そんなことを言っても詮無いと解っていても内心で愚痴りたくなる。
際限なく敵が攻撃を仕掛けてくる、幾人かが防衛線を抜けてきた。マリー中佐も銃剣を構えて白兵を行う、二人、三人と倒すと注目を浴びた。
「俺がキャトルエトワール司令マリー中佐だ! 死にたい奴からかかってこい!」
8の刺繍がある軍旗を掲げて名乗りを上げた。報奨必至の首が傍に居る、敵兵が目をぎらつかせた。
敵味方入り乱れているので銃撃が控えられ、格闘で挑みかかる。黒人は体力に自信を有しているので勢いが違う。
「こんなところで死んでなど居られん、俺は絶対に勝つ!」
かつてジンと恐れられたロマノフスキー大佐に優るとも劣らない大立ち回りを披露する。
司令が格闘など失点以外の何ものでもない、だがクァトロを始めとした人々の記憶に姿が刻まれた。
近寄る敵を全員なぎ倒して返り血で真っ赤になる。神の抵抗軍で恐れを抱いて後ずさりする者が増えてきた。
「さあ掛かってこい!」
マリー中佐が吠える。足が止まった神の抵抗軍、それを見てウガンダ護衛軍の隊長が方針をまた転換した。
部隊を統率してマリー中佐を包囲した。鋭い視線で護衛軍を睨み付ける。
だがそれらは背を向けると外側を向いて輪を維持する、防衛の構えだ。強者に従い生き残ろうとする、アフリカでなくともどこででも見られる姿勢だ。
「ドゥリー中尉、敵を駆逐しろ!」
「ダコール モン・コマンダン!」
ボロの布切れを手にした老婆が「顔をお拭きなさい」荒ぶる彼を鎮めてくれる。それで血を拭うと一気に冷静に戻ることが出来た。




