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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第百十五章 副司令官の役目、第百十六章 ルワンダ軍情報部J2、第百十七章 体制への怨み、第百十八章 星を取り巻く光たち

 

「タイロン・ニャンザ警視正、出頭致しました!」


 ルワンダ警察の制服姿、もっとも今は休職中ということになっているが。モディ中佐の部隊から二百を引き抜いて、島直下の警察部隊を編制した。憲兵隊とは違う。


「うむ、ご苦労だ。貴官を警察補佐官に任命する。俺の傍に在って適宜助言を行え」


「承知致しました、閣下」


 田舎の警察署長と比べて権限は限りなく小さい、ところが利権の程は未知数。評判の通りならば、来年の今頃は豪邸を持てているだろうとでも考えているのか、気合十分に見える。


「二百の警察官を二つに別けろ、実働部隊だ」


 本部長は警視正、副本部長と部隊長に警視を据える。指名権限を一任し、目的を告げた。


「首都における防諜、カガメ大統領の護衛、国家への浸透の警戒を柱とする。必要ならば貴官が指揮可能な範囲で増員を行え」


「はい、閣下!」


 早速多大な利権を得た。それを随時行使するためにも、全力で編制を行わなければならない。基礎は何事にも必要になる。


 サルミエ大尉が大統領命令書を提示し、警視正に島の権限を一部委譲すると、署名入りの書類を手渡す。


「警視正の所見を聞かせてもらおう」

 ――使えないようならさっさと更迭しないとこちらが往生するぞ!


 平静を装う、これから新たな手駒を調達すると数日のロスに繋がるからだ。異国の地、また警察という普段馴染みが薄い部分だけに手間取ることが予測される。


「大統領の護衛は専門の部署があり、我らは情報面で力を尽くすべきと考えます。地方警備の部隊との連絡強化、首都警備との同調など取るべき手法は多岐に渡ります」


 やるべきことが見えているようで、すらすらと意見が口をついて出る。


「まずすべきは何だ」


「各部署への閣下の就任告知、当本部の連絡員の充足です」


 胸を張ってそう応えた。確かに存在を知らねば協力のしようもない。自身がその本部長だという自負、それも出ていた。


「よし、可及的速やかに実施しろ」


「すぐに取り掛かります!」


 特別手当の受給をするための鉄則、それは今できることを明日に伸ばさないことだ。サルミエ大尉が警視正に耳打ちしたのは色々とあった。


「サルミエ、お前の下にも連絡員を複数置けよ」


「はい、ボス」


 言われずとも手配済、彼は司令官副官なのだ。


「大統領だけでなく、閣僚らともすり合わせを行うべきと存じます」


 一本柱に頼るようでは今後問題が起きた際に対処しづらい、もっともな意見だ。


 ――こいつはそういうところに気が付くやつだ、いよいよ居場所を見つけたか。


 ンダガク要塞で凡庸な部隊指揮官だと考えていたことがある。光るセンスが無い、仕方なく副官として抱えたいきさつを思い出した。


「サルミエ大尉の進言を採る。お前が会談の手配を行え」


「ウィ モン・ジェネラル」


 機敏な動作で敬礼し部屋を出ていく。こと政治、軍事の手回しについては島を上回る部分があると認める。


 ――これからの俺の役目は人事だ。各自が実力を発揮できる部署につけるように尽力しよう。


 ロマノフスキーは自由裁量、エーンとマリーは確定だ。何も戦闘部隊ばかりがすべてではない、関わった人物は多岐に渡る。


「ソマリア海賊も激減して、R4社もお払い箱か。ド=ラ=クロワ大佐の予定でも聞いておくとするか」


 連絡先を思い出そうとすると、デスクにある電話が着信した。副官を通さずに直通、急用または直下の人物からに限定される。


「俺だ」


 受話器に手を伸ばして誰と言わずにそう応じた。


「ボス、ちょっとお話が」

「おう兄弟、どうした」

「いえね、そろそろ自分も独自に行動をと思いまして。三日月島、あそこへ海兵部隊を再度置こうかと」

「具体的には?」

「ド=ラ=クロワ大佐を統括に、海上部隊と陸戦兵の訓練基地を。今までと大差はありませんが、一つだけ変化が」

「何だ」

「契約傭兵としてのクァトロ兵を集めます。基幹となるクァトロ戦闘団の手足をそこで」

「そうか。任せるよ」

「ご快諾に感謝します。フォートスターの留守はブッフバルトが上手いことやるでしょう。では」


 やろうとしていたことの先を越されてしまう。苦笑しながら「流石だな」方針を認める。


「人事も委任可能か。いよいよ余計な仕事を生み出すのが役目か」

 ――展開する戦場がルワンダ近辺ならどうにか出来る。もしここではないどこか、世界の果てに軍を動かすことがあるとしたら、か。


 自分にしか出来ない何かを夢想する。国際指名手配、それを消すことは難しいだろう。目を瞑って移動を黙認してくれる国、探しておこうと目先の目的を一つ定める。


 何せ内陸国だ、コンゴを通過はまず無理だと判断した。ウガンダ、そこならばきっと許可を見込める。となると、選択肢は多くない。


「サイトティ大臣の一言が現実味を帯びてきたわけか」


 ケニアを通過して海へ出る、そのルートを確保しておけば世界は広がった。政変がありルワンダを追われたとしても、それでまた行き先を得られる。

 ソマリア、マルカに迷惑をかけるのは心苦しいが、目下のところそこ位しか行き先が無かった。


「俺はニカラグアを出た時から覚悟が出来ていたはずだ、今更後悔はないさ」


 今は捕まることも死ぬことも出来ない。あまりにも多くの者に多大な迷惑がかかるから。

 それが島の勝手な言い分だということは本人も重々承知だ。だからとおいそれと受け入れるわけにはいかない。


「入るぞ」


 レティシアが一人部屋にやって来る。顔色を見て一言。


「いざとなればエスコーラだって在るからな」


 何をどう考えその台詞に至ったか、島ですら想像出来なかった。だが想いは理解できた。


「ああ、俺にはお前がいる」

 ――家族が、仲間がいる。守りたい、全てを!


 何かを得るために何かを失い、何かを守るためには何かを攻めなければならない。安住の地などこの世のどこにもありはしない、その為に戦い続けよう。再度心に誓った。



 モカ港、R4社の船舶の多くが停泊していた。予めそこへ集合するように連絡があった、ゴードン社長も来てもらっている、アフマド取締役部長もだ。

 司令船の一室、そこに株主が揃っている、ロマノフスキーは部外者だ。だがそれはこれからもとは限らない。


「改めまして、代表取締役筆頭株主トーマス・ゴードンです」


「クァトロのロマノフスキー大佐です。場を設けていただきありがとうございます」


 いつもはおどけた態度をとっている彼だが、真面目にやろうとしたら出来ることを証明する。イギリス人を相手にするときはこうするべきだと知っているのだ。


「ソマリアの海賊はその多くが廃業し、今やあの近辺は安全に航行が可能な海域になりました」


 ゴードンの言うように、近年の海賊被害は零、無事に使命を果たしたといえるだろう。世界各国の警備艦隊、あの威力もかなり響いていた。


「R4社は今後どうするのでしょう?」


 概ね解ってはいた。株式の自社買取による破棄、会社の解体だ。存在している理由を失ったのだ、自然の流れといえる。


「企業としての活動を終了します。株式比例で資産の償却を行う予定です」


 他の株主にも了解を取っている、誰かが続けたければ株を買い占めれば名前を引き継いでも構わないと。


「現在の船員らはどのように?」


「企業の廃業と同時に解雇、という形になります。可能な限り他社への斡旋を行いはしますが」


 部外者へ色々と明かしているのは、起業時の関係者だからだけではない。潜在的な斡旋先、そして株の引き継ぎ先と認識されているからだ。


「アフマド、船と船員を引き継ぎ、株式を償却するのに不足する額を計算してくれ」


「はい大佐」


 今や部下でも何でもないのにロマノフスキーはアフマドを呼び捨てる、そしてアフマドもそれに従い計算を行った。

 ドルベースで表示された金額、一存で返事をしても許されるだろう数字だった。駆け引きも何も存在しない、求めるのは互いに一発サインだ。


「クァトロがR4社を買い取ります。いかがでしょうか」


「私は構わない。イーリヤ氏には悪いことをしたと思っている」


 危急の際に突っぱねるような返事しか出来なかった。ゴードンが情けない顔をする。


「ボスは当然の判断だと納得しております。貴方は経営者として真っ当な行いをした、それだけです」


 遺恨は何一つない、そこをはっきりさせておく。胸のつかえがとれたかのように、彼の表情が和らいだ。


「そう言ってもらえると安心できるよ。もし海事で困ったことがあったら何でも相談して欲しい、今度は協力させて貰う」


「ありがとうございます。ボスに必ず伝えさせていただきます」


 契約実務をアフマドに一任し、株主らが船を降りる。一つの役目を終えた男たちの顔は明るかった。

 ド=ラ=クロワ大佐とアフマドはその場に残る。彼らも降りようと思えば出来た、だがそうはしなかった。


「クァトロはフィリピン三日月島に海上部隊と海兵部隊の訓練基地を設置する。統括司令官と統括事務官の推薦があれば受け付ける」


 自薦他薦は問わない。瞳を覗き込みロマノフスキー大佐は返事を待つ。


「一度裏切るような真似をした私を、閣下は許してくれるのだろうか?」


 ゴードンとは経緯が違う、ド=ラ=クロワ大佐は島の意を受けるべき立場にあったのだから。今更どの面下げて顔を合わせれば良いのか。


「ボスは大佐の判断を尊重する、それは絶対だ。かくいう俺なんて、一度命を狙って刃を向けたものだ」


 まさか! ド=ラ=クロワ大佐が信じられないとの反応を見せた。


「事実です。自分もそれは聞き及んでいます、ンダガク要塞でのことですね」


 アフマドが当時のことを思い出した。ロマノフスキー少佐が敵にまわったと。


「当時の大佐はロマノフスキー少佐がそう判断し、刃を向けざるを得なくなったのならば、それが自分の判断でもあると仰り少佐を隣に置かれました」


 反逆するだけならまだしも、直接命を狙った相手をそのように許すなど考えられなかった。普通ならば確執をもち遠ざける。


「もし閣下がお会いして下さるというならば、残りの人生を捧げたいと思う」


「何、喜んで迎えてくれるよ。ああ、だが奥方にはしこたま言われるだろうな」


 何せ俺も未だに言われる。肩を竦めて口元を吊り上げた、一生ものだよ、と。


「耳が痛いことを言われるのは甘受するとしよう。それだけのことをしたのだ」


 船員との契約を交渉する、ロマノフスキーはアフマドを連れて船を降りた。殆どが継続を望み、それが受け入れられることとなった。



 船団の移動をストロー中佐に任せ、ウッディー中佐は三日月島へと先行させた。駐留準備を一任し、ド=ラ=クロワ大佐の赴任を待てと命じておく。

 その後彼はニカラグアへと飛んだ、入国してすぐに携帯電話が鳴る。


「俺だ、そんなところで何をしている」


 網に引っ掛かったらしく、あっさりとグロック准将の知るところとなってしまう。


「ちょっと人材のリクルートをと思いましてね。三日月島へ海兵部隊候補を誘導する仕事を」


「ちょろちょろ動き回るな、若いのを行かせる、好きに使え」


 そういうと通話を切られてしまう。ツーツーツーとなる携帯電話を見て「素直に手伝うって言えないもんかね」やれやれと好意を受け取ることにした。


 空港のロビーに置いてある椅子に座って待っていると、件の若いのがやってきた。


「何だ、誰かと思ったらあんたか。オヤジのやつ詳しいこと言わないんだもんな」


 あんた呼ばわりとは久しぶりだった。アロヨ大尉、クァトロから離れて何をしているかと思えば、グロック准将の下で楽しくやっていた。


「いつからオヤジになったんだ」


「んなこと忘れちまったよ。こっちに居るほうが楽しいもんでね」


 相変わらずの口の利き方だが、そんなことで腹を立てるような奴でもない。むしろ弟子をなくして寂しいだろうグロック准将の近くに居てくれてありがたい。


「そうか。実はこれからちょいと面白いことをしようと企んでいてね、一枚噛まんか」


「素面でやれる仕事に興味はねぇよ。一杯付き合えよ、話はそれからだ」


 返事を聞かずに一人行ってしまう。


「いいねぇ若いって」


 満足げにほほ笑むと立ち上がり後をついていく、自分たちにも、いや誰にだって若いころはあったもんだ。妙な考えが巡る、悪い気分ではなかった。

 真昼間からBARで傾ける。ロマノフスキー大佐はビールだ、それが好きだから。


「あっちで色々とやってるようだな」


「ま、それなりにだがね。真っ最中でもある」


 ウガンダでの戦闘、フォートスターの運営、キガリでもきな臭い何か。こんなところでビールなぞあおっている場合ではない。


「いいのか、あんた居ないと困るだろ」


「一人位居なかろうが部隊は上手くやるさ。そうでなきゃいかん」


 軍隊とは補完されることが前提のシステムだ。常に失い続け、常に補充される。制度を生かすのであり、人を生かす場所ではない。


「あーそーかい。で、どうしたよ」


「フィリピンに海兵候補を誘導しようってな。契約傭兵だ」


 知り合いをどんどん送り込んでくれ、お代わりを注文しながら端的に示した。


「数をってことか。条件は」


 金額などではない、求める質というやつだ。その点クァトロでは決まっているルールが一つだけあった。


「精神的統制を第一にする。英語かフランス語が解るのも重要だが、言葉なんぞ後で覚えればいいさ」


 それが外人部隊の流儀だ。自分もそうだった、不便と知れば嫌でも喋られるようになる。乱暴な物言いだが、結構それが真理だったりもする。


「解った、こっちは俺がやっとく。まだ行く先があるんだろ。あんたって駒は遊ばせておくのが勿体ない部類に入る、キリキリ働きな」


「グロック准将から余計なことばかり学んだようだな。空港で足止めされてバイバイとは大したもてなしだ」


 仕事がはかどり過ぎるのも考え物だな。皮肉を一つだけ残して素直に引き返す、次の行き先を睨みこんな楽はもう出来まい、手順を考えながらゲートを潜った。




 久々に降り立ったシャルル・ド=ゴール空港。様々な始まりはここにあった、今でもここから世界は広がろうとしている。

 近くに来たら必ず寄っている懐かしの下宿、今回も足を運ぶ。ここで島と一緒に暮らしていた時期、目を瞑ると思い出された。


「身一つ、己のみで戦ってから随分と経ったものだ」


 気づけば四十路も間近、死の淵に立たされたことなど両手の指では足りようはずもない。


「マダーム」


 どこか見覚えのある後ろ姿に声をかける。振り向くと老婆がにこやかに「おや、お帰りなさい」うれしい言葉をかけてくれた。


「お久しぶりです、ロマノフスキーです。少しの間宿をと思いまして、ここに来たならホテルなどよりやはりマダムのところでしょう」


 高級ホテルに連泊しても困らないだけの財力はある。大切なのはそこではないのだ。


「あなたは四号室だったわね、いつでも使えるわよ」


 どれだけ年月が開いていようとも、マダムの記憶に残っているようで、かつての部屋をあてがわれる。それが配慮というものだろう。


「ではそこを。何かお困りなことはありませんか?」


 純粋に親切心で尋ねる、するとマダムは首を横に振る。


「皆が助けてくれるので、とても楽しく暮らせていますよ」


「そうですか。それは何より」


 フランス軍、警察の高級幹部にもここを使っていた人物が多々存在している。マダムの人柄が皆にそう言わせているのだろう。

 そんなことを知らずに強盗に入った愚か者が複数居た。こともあろうにマダムに怪我を負わせたのだ。それを知った市警の署長が警報を発令する。警官が多数動員され、軍隊の一部までもが出動、犯人を執拗に捜索しその全てを拘束。電光石火の逮捕劇が展開された。

 普段は軍と警察はあまり仲が良くない、ところがその時ばかりは違った。綿密な連携、意思が統一された統合本部、現場の将校、幹部らの気合の入り具合は相当なものだったと言われている。


「拠点は確保した、まずはあそこだろうな」


 退役軍人が集まる酒場、そこへ顔を出す。今日も明るいうちから随分と席が埋まっている。


「マスター、ハイネケンだ。ここの顔役は?」


「コロー退役大佐が見えなくなってから、ブリアン退役中佐がそうだがね」


 どうやら名簿を取り上げられて後に近づかなくなったらしい。


「ブリアン? もしかしてそいつは元駐レバノン武官だった?」


 もう十年も前になる。どこにでも転がっているような名前だ、他人の可能性のほうが高い。


「どうかな。今夜も来ると思うよ」


 あまりお喋りはしたくないのか黙ってしまう。ロマノフスキーは余所者と言われても仕方ない、名乗りを上げれば別だろうが、敢えて理解してもらおうとは考えなかった。

 暫く飲んで時間を潰す。そのうち扉を開けて入って来る人物に見覚えがある男がいた。


「ブリアン中佐」


 席を立って話しかける。相手は一瞬誰か解らなかったようだが、じっと顔を見つめて思い出す。


「レバノンの顧問だったかな」


 あれ以後は顔を合せたことはない、お互い当時の記憶が最後だ。


「ではあの時の駐在武官でしたか、お久しぶりです。ちょっとパリに用事があって、こちらでご一緒にいかがですか」


 旧交を温めるには酒が一番だ、そう信じて疑わない。そもそもがそのためにこの酒場があると言っても過言ではなかった。


「そうしようか」


 世界中に名も知れぬ軍人が山ほどいるが、その中で同じ地域、それも同じ人物を支えるために歩みを共にした数少ない知人。


「サンテ!」


 当たり障りなく互いの健康に乾杯。ビールをあおって話を切り出す。


「パリ支部長をしているのですか?」


 それらしき言葉を聞いていたが、本人の口から聞くまでは鵜呑みにはできない。


「うむ。コロー大佐が郷に戻って以後なり手がなくてな。こんな私だが酒場で飲む位のことは出来る」


 取り仕切りは出来ずとも、顔を合せてこうやってな。流石外交を主とした駐在武官だったことだけある、柔らかな切り口に満足した。


「実は未だにボスはあの方でして。代理で人材集めに東奔西走していますよ」


 十年経っても二人の関係は変わっていない。これは進展のなさではなく、絆の強固さととられた。


「それは嬉しい。彼もフランスに? 確か……島君だったな」


 日本人は優秀だ。社交辞令の一種だが、人物を思い浮かべてそう語る。ブリアン中佐は島の功績を知っている、ハウプトマン大佐に聞いたからだ。だがそれも十年前の話。


「ウィ。アフリカはルワンダで作戦中でして」


 今頃首都で大変な作業をしているだろう。目を瞑って、それもまた結構、ロマノフスキーは微笑する。


「そうか、壮健で何よりだ。当時の島大尉、今頃は中佐、いや彼のことだ大佐に躍進といったところかね」


 何せ優秀な人物。とはいえ三十代なので大佐とはお世辞もよいところだ。


「現在、ルワンダ国防軍客員司令官イーリヤ少将として、国家の安定に従事しています。その余禄で自分も大佐に」


 いやお恥ずかしい限り。自身の実力ではないと謙遜する。


「何と三十代で少将閣下というのか! 貴官も、いえ大佐殿も……失礼致しました」


 まさか自分が格下だったとは思ってもみなかった。戦時中ならともかく、平時にそのような累進はほとんど聞いたことがない。


「いえブリアン中佐、所詮自分はついでです。実戦部隊の中核となる将校・下士官を求めています」


「実戦部隊?」


 世界中で紛争は絶えず起きている。その意味では戦いもあろうが、ルワンダ軍が人員を求めるとなれば話は難しくなる。


「閣下の私兵集団でして。ここ数年で戦役数回、戦闘数十回を」


「戦役ですって?」


 キャンペーン、即ち戦争の連続。ニカラグア然り、地中海然り。


「政府やら国相手に戦うこともしばしば。ボスは決して自分の正義を曲げませんので」


 おかげで楽しい日々を過ごせていますよ。軍人として清々しい限り。ロマノフスキーの表情を見てブリアンは事実であろうと感じた。


「フランス退役軍人のみを求めてらっしゃる?」


「世界中どの人種、どの国籍でも。重要なのはその精神としています」


 言語もフランス語、英語、スペイン語いずれかを話せれば充分だと線引きした。それらのうちいずれも話せないものなどフランス退役軍人には存在しない。


「何名ほどお求めでしょう」


「百人居ても二百人居ても、能力が及第ならば雇用します。雇い主はボス、支払いもボスでして」


 そのあたりは自由にやれと委任されていましてね。信任厚いことを添えておく。決定権を握っているかどうか、そこは紹介者にとってかなり大切な部分なのだ。


「承知致しました。自分が適切な人物を推薦させて頂きます」


 連絡を約束し、二人は別れた。確かな手ごたえを得て、次への布石を夢想する。



「さて、ロマノフスキーも暫く戻ってきてないが、ブッフバルトは大丈夫か?」


 フォートスターを任された生真面目な少佐の心配をする。サルミエ大尉は聞かれるだろうと先に情報を仕入れていた。


「マケンガ大佐の指導で大事は起きていない様子。ブッフバルト少佐は滞りなく執務をしております」


「マケンガ大佐か。そうだな、あいつがいたら安心だよ」

 ――ブッフバルトは仕事がし辛かろうが、恐らく二人とも顔には出すまい。


 性格を鑑みて現場の雰囲気を想像してみた。きっと仕事は規則通りに処理されているだろう。何か不測の事態が差し込まれたとき、初めて不協和音を発するはずだ。


「その大佐ですが、昨今頻繁にM23の残党と連絡を取り合っているとのこと」


 情報の元はトゥヴェー特務曹長だと添えた。不確かな内容ではないだろうし、含むところがあるわけでもなさそうだ。


 ――残党が一方的に接近している可能性もあるだろう。その目的はなんだ。今更大佐に戻れと言うわけでは無かろう。


 発想を逆転させる、大佐が報告を求めていたらどうかと。


「ニャンザ警察補佐官を呼べ」


「ダコール」


 即座に退室し手配を行う。自由裁量を得てからというもの、サルミエ大尉の動きが良くなった気がした。

 さして時間が掛からずにニャンザ警視正は島の目の前にやってきた。


「ニャンザ警視正であります!」


「うむ。コンゴ東部付近に在ったM23を知っているか」


 知らないはずがない、思考の猶予を与える意味で先に触れておく。


「はい、閣下」


「現在の状況を報告しろ」


 大雑把に求めた。何の準備期間もない、完全にニャンザ警視正の記憶に頼った。


「ルバンガ将軍が再度勢力を招集、後援を得てゴマ周辺に武装拠点を保持しております」


 曖昧な報告ではなく、確たる情報を吐き出してきた。島は目を細める、なぜ咄嗟にそこまで言えたか、更に踏みこむ。


「後援先は」


「はっ、ンタカンダ大将と噂されています。証拠はありませんが、二人が接触したと言われております」


 火のないところに煙は立たない。だからと噂で判断を下すわけには行かない。その部分を保留し別の質問をしてみる。


「将軍の目的はなんだろうか」


「それは当該地域を実効支配している、ンクンダ将軍の追放でしょう」


 はっきりと言い切った。それについては島も同意見、それどころか当事者ですらあった。


「方法はどうだ」


 凡そ警察補佐官には荷が重い質問だ。守備範囲を逸れていることなど解っていて言っている。


「当然、武力行為による強行排除です」


「戦力は」


「地上軍兵による押し出し。武装はルワンダ国内よりの調達が濃厚です」


 矢継ぎ早に言葉をぶつけたにしては響きが良い。


 ――瀬踏みだ。もしこいつが使えるようなら、警視正から引き上げるよう工作しよう。


 サルミエ大尉が事前に準備させることが出来た時間はない。ならば地力がどこにあるかの目安にもなる。


「兵力は」


「基幹となるのは退役軍人の類です。数は徴兵でいくらでも賄えます。何せここはアフリカですので」


「徴兵だと?」


 無理矢理に兵士に仕立て上げてどこまで戦えるか。しかし二級民兵でも国連軍を圧倒出来た事実もある。薄々は気づいていても島は自身の口からは言いたくなかった。


「少年兵の徴兵です。アムネスティ・インターナショナルの告発によると、ゴマ東、ルワンダ西で多数の動員があったとみるのが正しいでしょう」


 ヒューマンライツウォッチと同類の人権団体だ、そこが世界に告発した事実が残っている。それによればルバンガ将軍だけでなく、ンタカンダ大将も同じく逮捕要求が出されていた。

 

 ――他人のことばかりは言えんが、派手にやっているのは確かだろうな。


 サルミエ大尉がノートパソコンを利用して、告発に関する文書を拾い集めている。逮捕者はハーグへと護送し、そこで国際裁判を受けさせるべきだと締めくくられていた。


「警察補佐官はどう考える、その地区について」


「アフリカ修正を加えます。それを踏まえてですが、コンゴについては当該政府が、ルワンダ国内については軍や警察が正すべきです」


 現実は極めて困難だと予測します。諦めていることまで確りと口にした。


 ――こいつは使えそうだ。少し功績を積ませよう。


 島は目を瞑り口を閉ざす。その間、二人ともその場で起立したまま黙っている。


 ――いきなり軍兵を投入するわけにはいかん。ンタカンダ大将はどうやって根拠を得ているか、そしてカガメ大統領がどうしてそれを黙認するかを把握せんとならんな。


 物事には理由がある。だからと解決策が必ずあるとは限らないのが不公平だ。


「ニャンザ警視正、極秘の調査に動員可能な者を握っているか」


「恥ずかしながら、居るのは五名のみ。それ以上は保証を与えなければ従事させられません」


 しくじれば家族を路頭に迷わせる、そんな任務を命じるには代償が必要だと応じた。


「保証の内容を示せ」


 任務の詳細など説明しない。今までの会話で推察出来ないような人物ではないとすでに知っていたからだ。


「二十万米ドル。それだけあれば五十人規模で活動可能です」


「サルミエ大尉」


「ウィ」


 彼は副官のデスクからキャッシュカードを一枚取り出し島へ渡した。一瞥してそれをニャンザ警視正の眼前へ差し出す。


「ニャンザ警察補佐官へ命じる。ンタカンダ大将の身辺を探れ。捜査員の家族が心配なら、ことが終わるまでフォートスターへ移住させるんだ。特別区に居住場所を与える」


「了解です、閣下」


 敬礼するとじっと島の瞳を覗き込んだ。それが何かのサインだと気づく、気づける位の経験を島も積んできた。


「質問を認める」


「閣下はルワンダをどのようにお導きになるおつもりでしょう?」


 それはあまりに重い言葉だった。目の前に居るのは金で雇われた傭兵の警察官でしかないはずなのにだ。


「俺は至って当たり前のことを夢見てきた。努力が愚直に認められ、信用が裏切られない、ただそんなことを。未だに世界のどこにも見当たらない、だから俺がルワンダの隅っこに豆粒のような居場所を作ろうと思っている。それだけだよ」


 島は期待しているような答えでなくて済まない、先にあっさりと姿勢を崩してしまう。


「世界の悪意は、あなたの意志を認める程優しくはないでしょう。ですが、そのご意志の無駄遣いはさせません」


 ニャンザ警視正は再度敬礼すると執務室を後にする。その背中を島はじっと見つめていた。


 ――俺はやりたいことが解らず、焦燥を抱えていただけかも知れん。だがようやく何かが少し見えてきたような気がする。



 ホテルの仮司令部に来訪者があった。ロマノフスキー大佐も、マリー中佐も不在というので島のところへやってきたらしい。


「イギリスよりただ今戻りました」


「おうヌル、遠出してたらしいな」


 一人の青年を伴っている。体格は中肉中背、軍人にしては少し背が低いのかもしれない。


「司令に命令を受けていたのですが、あちらも出張中だとかで。紹介致します、リンゼイ退役少尉です」


 一歩前に出て敬礼する。島が少将であると事前に聞いている。


「元ロイヤルスコッツ複合連隊大隊砲兵将校のリンゼイ退役少尉です。サンドハーストでのヌル中尉の後輩にあたります」


「ルワンダ客員司令官のイーリヤ少将だ。そうか、砲兵将校か」

 ――マリーの考えがわかったよ。


 ヌル中尉一人しか砲兵将校が居ないのは困りものだった。かといってどこから引っ張って来るか、ヌル中尉との相性もある。それなら自分で連れて来いというわけだ。

 喋り方は丁寧で、やはりイギリスで学んだだけあるなと感じる。所作もどこか柔らかい。


「ヌル中尉殿の考えに賛同致しましたので、宜しければ自分も従事させて頂きたく思います」


 チラッとヌル中尉に視線を送る、彼は穏やかに笑みを浮かべていた。


「俺は国際的な指名手配犯だ。貴官が何を聞いたかを尋ねはしない」


 ヌル中尉が誠実に話をしたと信じて、繰り返すことをしなかった。リンゼイ少尉も、その態度を受け入れる。


「世界から隔離された地の果て、それも言葉も通じずに行為が報われる保証など何一つない。それでもか」


「ヌル中尉は仰有いました。イーリヤ閣下が必ず認めて下さると」


 胸を張って、それでもです、と返答する。


 ――俺なんぞのために、どいつもこいつも……。


 世界に理想郷は無かった。ところが世界には良心がたくさんあると知る。


「リンゼイ少尉の現役復帰を命じる。配属先はクァトロ戦闘団、司令はマリー中佐。直属の上官は砲兵隊長ヌル中尉だ」


「サー、イエス、サー」


 表情を緩めて近々の行動について触れる。


「早速だが二人はフォートスターに行ってもらう。あちらでブッフバルトが人手不足に悩んでいるはずだ」


「イエス マイロード。可及的速やかに赴任いたします」


 彼はそう口にすると、揃って敬礼し部屋を後にした。




 数時間の後にフォートスターから着任報告があったと、翌朝にサルミエ大尉から聞かされる。


 ――可及的速やかに、か。グロックは元気にしているもんかね。


 引っかけ問題に何度やられたか、今となってはよい教訓に思える。


「ボス、面会申請が御座います」


「誰が来たんだ」


 報告に来たのでなければ客だろう。さもなくば関係者を装ったスパイの類い。


「ケニアからワイナイナ中尉と名乗る者が」


「サイトティ大臣のとこの若いやつか。確認してから後に会うとしよう」


 約束したことだ、きっちりとやることをやってから受け入れてやろうと指示する。


「ダコール。もう一人、ド=ラ=クロワ大佐がおみえですが」


「すぐに通せ」


「畏まりました」


 部下ではない。客かと言われると曖昧だったが、信頼する人物なのは間違いない。

 姿勢を正して入室を待つ。


「ド=ラ=クロワ退役大佐であります」


 眼前にやって来た彼は、どこか表情が悩ましい。理由の程が島には手に取るようにわかった。清廉過ぎるのだ、大佐は。


「ソマリアでの活動、よくやってくれた。今や安全海域の仲間入りだ」


 そこに至るまでは様々困難があったはずだ。島は柵をすべて脇に避けて、行いを称賛した。


「閣下、ありがとうございます。先日はその……」


「俺は大佐の判断を尊重する。貴官は秩序を守護し、立派に任務を終えた。一片の疑いもない」


 口にしづらそうだった彼の言葉を最後まで聞かず、行為の全てを、彼の正義を認めた。

 ド=ラ=クロワ大佐は、ロマノフスキー大佐が言っていた言葉を噛み締める。


「R4社はこの度会社組織を解散致しました。船舶並びに船員の殆どが、フィリピン三日月島に向かっております」


「うむ」


 ロマノフスキー大佐からは概要報告だけが届けられている。

 その書類には、司令官は未定、ただし極めて有望な者在り。近くキガリに来訪する見込み、と書かれていた。


「勝手な申し出でありますが、今一度閣下の元で働かせていただけないでしょうか。自分は為すべき何かを見付けた心境なのです」


「実は船団司令官が不在で困っていたんだ。最適な人物からの申し出を、喜んで受けさせてもらうよ」


 既定のことがらだったかのような態度、ド=ラ=クロワ大佐は心が締め付けられた。


「お心遣い有り難く。今後は、何があろうと閣下のお力になれるよう、微力を尽くさせていただきます」


 フランスはド=ラ=クロワ大佐の忠誠に応えてはくれなかった。だからと恨みも不満もありはしない。

 そんな彼でも、自身を求めてくれる相手に尽くしたいと感じた。

 さして長くはない残りの人生ではあるが、全てを捧げたいと心から思ったのだ。


「若輩者をこれからも支えて貰いたい。頼めるかな」


「はい、閣下。はい……必ず」


 ド=ラ=クロワ大佐の中で何かが満たされる。初めて少尉で任官したときの興奮に似ていた、数十年前を不意に思い起こしてしまう。


「ルワンダも人手不足だがフィリピンもだ。三日月島の陸兵、一緒に面倒を見てやって欲しい。運営全般を任せる、大佐の好きにしてくれ。全責任はこの俺にある、覚えておくんだ」

 ――思い詰めるタイプだからな。それに、責任が俺にあるのは事実だ。


 信頼を真っ正面から示され、すぐには言葉に出来なかった。


「慎んで拝命致します。ご期待に沿えるよう、全力で任にあたらせていただきます」


 後ろ姿。来たときとは違い、足取りに力強さが伴っていた。



 ワイナイナ中尉とは後日顔を合わせた。これといった感想を持てなかったのは前後の背景がド=ラ=クロワ大佐と違ったからどうか。


「ボス、ニャンザ警視正です」


「通せ」


 極秘調査を命じてから数日、まずは第一報をといったところだろう。


「閣下、ニャンザ警視正であります!」


 やけに気合が入っている気がした。やる気を出してくれたこと自体は嬉しいが、まだ人物が解っていない、勇み足にならねば良いがと留意する。


「どうだ」


「ルバンガ将軍への武器の密輸、ンタカンダ大将が出本で間違いありません」


 断言するには証拠が必要だ。それを提出してきた。


「運搬の命令書か。確かにルワンダ軍の正式なものだな」

 ――ということは正規軍の行動になる。大将は正規軍への命令権限を持っていない、連座する人物が出てくるわけだ。


 島とンタカンダ大将の最大の相違は、国軍司令官か否かだ。ルワンダ政府が認めているかいないか、それは大きい。

 書類には西部軍管区の機関署名がなされている。責任者は管区の司令官ということになる。


「ルワンダ軍情報部、J2からの情報です。事実を軍が認めております。もっとも間違いだったと言われる可能性も否定は出来ませんが」


 注意喚起をしてくる。間違いだった、なるほどそういう逃げ道もあったかと島は頷く。


「運搬内容のリストは紐付けされていた?」


「それが内容は不明、リストが紛失ということに。恐らく各地の軍で破棄処分扱いになったものを集めたのでしょう」


 やけに具体的な見解を上げてくる。島はじっとニャンザを見つめた。


 ――こいつは何を知っている? 解せん態度だが、こちらの有利になることは違いない。どこからか力が働いている?


 何を考えているか感づかれる前に一言。


「サルミエ大尉、破棄処分リストの確認を行え。ブニェニェジ少将のところに名義を借りられるようするんだ」


「ダコール」


 軍の記録だ、警視正では難しい。警察記録を洗わせようと欲しい部分を整理する。


「ニャンザ警察補佐官、警察への通報、相談記録でンタカンダ大将、並びに側近らに対するものを収集だ。保管は大統領府の補佐官名義を使う。開示の要求があった場合、政府の所管だと突っぱねろ」


「はっ、そのように致します」


 もし外力が働いているとしたら、どこの誰が彼に影響を与えているのか。


 ――ンタカンダ大将側の人間だとしたら俺はすでに敗北しているな。ブニェニェジ少将が集めた人員だ、俺と関連付けるのは可能か。


 情報戦は得意ではない。だが島は切り札を持っている、真実を確かめる裏技を。


「もう一つ、国軍全体で民に不義を働いているとの物があれば訴えを集めろ」


「といいますと?」


「ルワンダに害をなす奴らは俺の敵ということだ。例えそれが肩を並べて歩いたことがある者でも」


 警察活動権限がどこまで及ぶか、それは当の島も解ってはいない。


「承知致しました」


 退室する警視正。エーン中佐が眼前にやって来る。


「なんだ」


「閣下、自分の監査権限ですが、傭兵の警察部隊にも適用されるのでしょうか」


 敢えてそのように言葉にした。島が疑うような言動を慎んでいる、それを見て取ったからに違いない。


「俺に起因する全てに適用させる」


「ヤ」


 それだけでいつものように壁際に戻り口を閉ざす。


「サルミエ大尉、国家警察長官と面会の手続きを取れ」


「ウィ モン・ジェネラル」



 警察庁舎に島が足を運ぶ。本来ならば逆が正しい席次なのだが、警察活動権限者として従の立場を認めると。


「ボス、ブニェニェジ少将からです。J2よりンタカンダ大将を探る何者かが居ると注意がありました」


「ほう、そうか」

 ――あの少将が嘘か誠か警告を口にしたわけだ。これが本心ならば奴は固定の味方になりうる。


 庁舎の廊下で急遽足を止める。サルミエ大尉は黙って周辺警戒に切り替えた。


 衛星携帯を手にして島がどこかに連絡する。


「よっ、俺だ」

「ボス!」

「頼みがある。大至急調べて欲しい。ブニェニェジ少将が、ンタカンダ大将の身辺調査をしているやつらの正体を知っているかどうかだ」

「誰かを探る必要は?」

「無い。出来るか」

「スィ! お任せくだせぃ!」


 返答に満足するとまた歩きだす。サルミエ大尉は関心を持たない。

 これが判明したら幾つかの基準が生まれる。それは戦略上重要な基準となるはずだ。


 頻繁にサルミエ大尉の携帯がメールやら電話の着信を告げる。島まで上がってくるものは極めて少ない。


 長官執務室へと入る、来庁を耳にしているガサナ長官が起立、敬礼で迎えた。


「閣下、ガサナ警察長官であります」


 でっぷりとした腹、丸い眼鏡。オーラとしてはカガメ大統領とは全く違ったものを感じる。


「イーリヤ少将だ。大統領令により警察活動権限を付与されている」


 根拠を明らかにする。サルミエ大尉が補佐官に書類のコピーを渡すと同時に、正規の署名入書類を提示した。

 島がソファに座るのを確かめてから、長官も座った。随員は起立のままだ。


「反体制派の抑止と聞いておりますが」


 そう表現すれば大抵は当てはまる。小言を口にはしない。


「俺はルワンダを安定させるのが役目だ。擁護してくれているカガメ大統領、不正な手段で彼を乱す者は決して許さん」


 長官が気圧されてしまう。法を守護する立場であっても、常に清廉潔白だと言い続けられない何かがあるのは避けられない。


「じ、自分もそう考えます。公僕たるものはすべからくそうでしょう」


 島自身が法の網を外れた場所に居るのを棚にあげ、それについては触れない。対抗しても互いに良い結果になどならないからだ。


「一般犯罪の検挙率がどうと、とやかくは言わん。俺が求めるのは国家の根幹に関わる事案の阻止にある」


 公安警察の考えだ。全てを切り離して、というのは難しい。だからと無選別ではあまりに情報が氾濫してしまう。


「どうぞ警察をお使いください。自分からも協力するように通知を出させていただきます」


「ニャンザ警視正が俺の警察補佐官だ。彼の名前を添えて欲しい」


「はい、閣下」


 流れに逆らうのは馬鹿のやることだ。ルワンダで大統領の意思に乗るのと反るのと、どちらが利になるかなどはっきりしている。突然のことで動揺しているのが見て取れた。島はやることを終えると表情を緩める、仕事は終わりだ。


「ところで長官、退官した歴年の警察官に知人は居るかな」


「はい、幾人も御座いますが」


 全く意図がわからない、それでも事実沢山知っていたので答える。


「中に働く意思がある者が居たら紹介して欲しい」


「はい、幾人でも。ですが体力的にもう満足に勤務は出来ませんが」


 アフリカ人の老いは極めて早い。四十代で既にそんな状態に! 初めて接した時に驚いたとの話は良く聞く。


「指導的な立場だよ。素人に警らの手順を教えたり、知識を教授する人物だ」


 フォートスターの民間警備団体、そこの教官を求めていると補足した。


「そういうことならば是非! 彼等は豊富な警察知識を有しております。きっとルワンダの為と喜んで働くでしょう」


 家でタバコを吸い、酒を飲んで朽ち果てて行くだけ。社会からは最早求められず、一家の荷物になっていて気落ちも激しい。

 いくら失業率が低いと言われているルワンダであっても、十パーセントを軽く超えてしまう。


「そうか、頼む。サルミエ大尉、整理してブッフバルト少佐に引き継げ」


「アンダスタンディン」


 民兵の司令はマリー中佐だが、警備団体は都市機能に含まれている。その責任者はブッフバルト少佐だ。

 指導されることで治安が高くなるわけではないのを島は理解している。単純に何かやることがあるうちは、余計な考えを起こさなくなるからだ。

 遥か昔、コートジボワールで軍曹をしていた時代を思い出してしまう。


 ――兵も民も一緒だ。暇があるから変なことをしでかす。動かし続ければ水も淀みはしないからな。



 ウガンダ北部、アチョリ氏族の活動は目に見えて減っていた。それが力を蓄える為なのか、はたまた衰えたせいかは解らない。


「司令、我等はいつまでこの地に駐屯する予定でしょうか」


「何故だ」


 マリー中佐は書類に埋もれながらビダ先任上級曹長の問いに反応する。

 昔の彼なら余計な口をきいてしまったことに、すぐに後悔する羽目になったが。


「兵の恒久的住居に、防御施設の拡張。交代要員の手当など、中長期的な視野からです」


 質問が多い軍人は嫌われる、だが適切な疑問は歓迎された。


「実のところ俺にもわからん。目的の一端は果たしたが、終わりとは言えんからな」


 素直に吐露する。終了を上申したら受理されるだろう見込みだ。

 問題は再度軍を動かすのと、このまま残すのとどちらが良いかが現時点で判断出来ないことにある。


「衛生面は徹底させます。疲労は蓄積されるでしょう。無駄を承知で宿舎は建築させ、後に地元に引き渡すのは?」


 大は小を兼ねるパターンだ。費用がはみ出ることに関しては、物価が低い地域なので重要性は薄い。


「そうしてくれ」


 本来ならばマリー自身が先に指示すべき内容。無理でも下士官ではなく、将校が進言して貰いたいところだ。


「住民の視線が冷ややかです、政治的な問題は範疇外ですが」


 懐柔のしようがなければ、それは力でねじ伏せるしかない。解決にはならないが、甘く見られて被害が出てからでは遅くなる。


「政権への軋轢があるからな。だからと独立したところですぐに崩壊するだろう」


 さしたる産業もなく、内陸で資源も不明。世界で孤立するよりは、ウガンダという国の枠に収まっている方が良い。

 部外者の意見なのは解っている。当事者からしてみれば、圧政に苦しめられるよりは餓えた方がましだということも。


「そこか……」


 何が自分に出来る最善策か、真剣に考える。及ぼせる範囲は広い、だがそこに首を突っ込んでよいかはまた別の話だ。

 IDP、難民キャンプ。ウガンダ国内で避難生活を余儀なくされているアチョリ族の多くが、キトグムに存在していた。


「ルウィゲマ中佐を呼べ」


「ヴァヤ」


 思案を形にするつもりだろう、ビダは速足で彼の幕へと向かう。


「どうしましたマリー司令」


 階級は同じでも態度は遜る、軍に同格はない。中佐でもマリーは司令で上官なのだ。


「アチョリ地方の保護村、未だに機能している場所と規模はわかるか」


 政府の肝いりで設置された、対神の抵抗軍拠点。ここに避難民を囲い、略奪や暴行から保護するのが目的だ。

 一か所目の立ち上げからもう二桁の年月が過ぎているが、未だにここで暮らす数は増え続けている。


「すぐに調べます。中央政府の管轄ですが、問題ありません」


 専属護衛軍が配備されている、それなのに簡単に神の抵抗軍の侵入を許してしまっている過去があった。守るのは難しい、何せ攻め手はどこかに兵力を集中し、一瞬を衝けば良いのだから。


「AMCO派遣軍として保護村の警備にあたるぞ」


 任務を司令官の拘束という攻勢から、防衛に切り替える方針を明らかにする。成果のほどが解りづらく、功績にはなりづらいのが守りの特徴だ。


「恐らく十数か所を超えるでしょう。全てを守るのは困難ですが」


 国連の平和維持軍が警備を担当している部分も十か所前後。その総兵力は千を下回る。


「全てを保護するつもりはない。まずは情報を集めるんだ」


「イエス、コマンダー」


 ルウィゲマ中佐は命令に従う。ビダ先任上級曹長はやり取りからヒントを得て進言する。


「横やりは常に懸念されます」


「そうだな。ボスにお伺いを立てるとしよう」


 実は迷っていた、準備が整ってから尋ねるべきかと。だが順不動である島との連絡を優先する。ビダが去り部屋には誰もいない、気をきかせて退室したのだ。


「ボス、マリー中佐です」


 直通回線、気軽に使えと言われてはいるが中々そうも出来ない。


「何か思いつきでもしたか」


 何でも言ってみろ、声色から察したのか切り出しやすい雰囲気を作ってくれた。


「はい。キトグム――ウガンダ北部の混乱地域にある保護村、その一部をAMCOで警備しようかと思いまして」

「確かPKOやウガンダ軍の護衛があったな」

「そこへ割り込みます。一番守りが厚くなり、余剰兵力は各村へ押し出される見込みです」

「ふむ、そして」


 ただ兵力を投入するだけなはずがない。島は期待を持ちつつも厳しい査定で臨むつもりだ。


「保護村の生活は最低限を下回っています。インフラの整備がしやすい場所を見極め、そこを要塞化し規模を拡大。安全圏を構築し、集約を図ります」

「簡単に出来ればもう誰かがやっていただろうな」

「国際人権団体、宗教、特別区の政治を背景に求めます」

「……それは何とか出来るだろうな」

「自分はベルギーで故郷の農村を防衛する手段を構築しました。ここでもそれが有効かは解りません。ですが家族が土地を遠く離れないのには理由が、感情があります。結束は可能と考えます」


 マリー中佐が司令任務を放りだし、ベルギーの実家へ戻ったのは記憶に新しい。そこで地元民の結束意識を、防衛に昇華させ、政府の後援を得て制度化してきた。

 その功績は認められる。問題はアフリカ、アチョリが同じように政府側の指導でそれを容れるかだった。


「ルクレール全権委員、並びにマグロウ氏、ムセベニ大統領に話は通しておく。転機が必要だがどうだ」

「神の抵抗軍に正面から喧嘩をふっかけます。AMCOでご迷惑というなら、キャトルエトワールで」

「――うむ、俺が認める。お前の思うようにやれ、外野の心配はせんで構わん」

「ウィ モン・ジェネラル!」



 その日のうちに、ドゥリー中尉とクァトロ戦闘団はアチョリ地方を巡回し、難民キャンプを目で見て確かめる。AMCOの軍旗と四つ星の軍旗を掲げ、堂々と国内を移動する。

 途中襲撃を受けることもあったが、数名の軽傷者を出すだけで終わる。無論反撃で不逞の輩は全滅させた。


「四か所が適当な感じだな」


 ルウィゲマ中佐の持ってきた資料を机に広げて検討する。ドゥリー中尉、そしてストーン少尉を司令室に呼び控えさせた。この段階ではトゥツァ少佐は呼んでいなかった、彼には統制を行う際に初めて触れさせ、意見を求めるつもりで。


「近隣ではありますが、道路も荒れていて相互支援というわけにもいきません」


 そもそも道路整備がされたという話を聞かない。そこが通りやすいから歩いただけ、その程度の話だ。


「代表者の政治的志向はどうだ」


「一か所が不明ですが、恐らくは他と同じでは?」


 聞き取り調査をした結果の報告書が添付されている。だがマリー中佐はその言を容れない。


「信用出来ない者を除くのではなく、信用出来る者を用いるんだ」


 かつての戒めを己の糧とする。抗議はない。


「この三か所を利用する。うち二か所をAMCO直轄とし、ルウィゲマ中佐に預ける」


 兵力も民兵団から五百ずつを割り振ると人物を指名した。そこにケニアやタンザニアなどの部隊も組み込まれる。従来の十倍規模の護衛だ、これならばまず攻めては来ないだろう。


「残るこの飛び地、生活条件は極めて劣悪、広さと伸びしろはありそうですが……」


 最悪の地域、場所を移してしまったほうが良いのでは? そんな意見が出たとしても不思議はない。


「ここを計画の軸にするつもりさ。三か所の特別区への組み込み処理、中佐に任せる」


 起草者としての功績を譲る、つまりはそういうことだ。失敗の可能性がある場所はマリー中佐が引き受けた。


「どうして危険な場所をわざわざ?」


 文句はない、疑問はあっても。政府に話が通っているのも聞いている、何せ関係各所に顔が利くといっても過言ではないのだ、情報の流入は早い。


「最悪を乗り切れるならば、それで希望が産まれる。俺は困難を回避して進むことが許されない任を背負っているんだよ」


 軽くほほ笑んだ。だが目は決して笑ってはいなかった。


「あなたがクァトロのマリーだと心底感じました。全力で支えさせていただきます」


「頼む、ルウィゲマ中佐」


 目が届かない場所だけでなく、中長期的な案件になった場合の役割を彼は引き受けると言ってくれた。ウガンダ軍人としてその存在をかけて。


「ドゥリー中尉、保護村の防衛体制構築を指揮しろ」


「ヤ! コマンダン!」


 物理的な防壁にシステムの類、人員をまとめるのはプレトリアス族が明るい。


「ストーン少尉、警戒範囲の策定だ。増援を得られる線を確保しろ」


「ダコール」


 特別につけられている人材、トゥヴェー特務曹長。彼にも任務を割り振る。


「トゥヴェー特務曹長、保護村の避難民を政治誘導しろ。彼らにも自主防衛の精神を埋め込め」


「保護村の主体を女性とし、パテールを推薦させては?」


 一つ進言してくる。パテールがリーダー、ここでいう村長を指すことを補足した。女性の保護を前面に打ち出し特色を持たせる。


「ルウィゲマ中佐、ウガンダという国からみてそれについてどう考える」


 判断がつかないので助言を求めた。


「以前カジブウェ副大統領が居ました。彼女は十年もの間ウガンダの女性地位向上の為に尽力を。ムセベニ大統領も女性の待遇改善を推進しておられます」


 政府の方針と合致していると太鼓判をおした。


「特務曹長の進言を採る。パテールの指名を保護村の女性らの互選で決めさせるんだ」


「ヤ」


 その場を解散させ、トゥツァ少佐らを新たに呼び出す。方針を説明し意見を求める。これといった案は出ないが、執行は可能だろうとの見通しがなされる。


「トゥツァ少佐、各民兵団を指揮し保護村を防衛しろ」


「ダコール」


 生活物資などの調達をハマダ中尉に一任し、マリー中佐は遊撃のポジションを占めた。保護村から離れた山地に拠点を置いて伏せる。

 

「あとはどうやって神の抵抗軍に喧嘩を売るかってところだな」


 敢えてビダ先任上級曹長に聞こえるように呟く。


「あちこちに挑発のビラでも撒いたらどうですか。単純な手法の方が宣伝になります」


 含み笑いを隠さずに、それに面白そうだからと理由を付け加える。


「そうだ、仕事は楽しくやらにゃならん」


 ゴーサインを出し、一本釣りを楽しむという方針が確立された。



「ボス、お待ちかねですぜ」


 仮司令部に埃まみれのコロラド先任上級曹長がやってきた。相変わらずサルミエ大尉は良い顔をしない。


「最早か、流石だな」


 あまりの素早さに驚いてしまう。今までに一度足りとて誤報を持ってきた試しがない。


「少将は知りませんぜ」


 前置きも何もない。欲しい部分のみを切り取り簡潔に報告する。


「そうか」

 ――軸にして問題は無いわけか。ならば奴がルワンダの守護神になればいい。


 目を瞑り先行きを見通そうとする。側近等は物音一つたてずに待つ。


 ――西部はニャンザに任せて情報収集が出来る。ウガンダはマリーがやるな。フォートスターは何とかブッフバルト達で維持してもらうとして、やはり首都だ。


 トントントン、とデスクを人差し指で軽く叩く。考えをまとめている仕種だ。


 ――ロマノフスキーには自由にやってもらう。ド=ラ=クロワ大佐に、俺からの意思を伝える意味で誘導役が最初だけ必要か。すぐにクーデターを起こす要素は少ない。何かしらのサインは絶対に見えてくる。


 ぱっと目を見開きコロラドに視線を向ける。


「コロラド、カガメ大統領に反抗する秘密勢力がある。会談をすると偽の情報を流した奴等だ。特定しろ」


「スィン。ボス、流した奴等と反抗勢力が別の可能性がありまさぁ」


「なに?」


 考えなかった事態。指摘され、確かにそんな組み合わせもあると改める。


「命令を変更する。カガメ大統領に関する重大情報を集めろ、詳細は任せる」


「へっへっへっ、わかりやした」


 島はポケットをごそごそとやりカードを取り出す。それをデスクに置いた。


「持っておけ」


「軍資金のカードならありますが?」


 多少使いはしたが、まだまだ億円単位で残高があった。


「こいつは無制限だ。お前の判断で使え、預けておく」


 無制限。口座にある全額を引き出せるカード、クレジット機能も当たり前についている。


「ボス……死ぬときには必ず破棄しまさぁ、ご安心を」


「俺に黙って勝手に死ぬな。これは最優先命令だ」


 口許を吊り上げ、全幅の信頼を明らかにする。もし生まれ変わることがあるならば、コロラドはまた島の部下でありたい、そう強く願った。


「エーン中佐」


「ヤ」


 片隅に居た彼を呼び寄せる。万能な駒を動かすのは切羽詰まった時のみ。


「フィリピン三日月島へ行き、ド=ラ=クロワ大佐の補佐を行え。お前の判断で帰投しろ」


「仰せのままに。お側にオルダ大尉をお使いください」


 一族がウガンダに出撃している今、妥当な指名だと素直に受け入れる。

 何を補佐してくるか、そんなことは尋ねない。


 ――即応能力が低下する、ならば代替行為で埋めるだけだ。


 片隅に居場所を戻し、解散命令を待つ。その前にもう一つ。


「サルミエ大尉、モディ中佐に三日間の厳戒態勢をとらせろ」


「ウィ」


「解散だ」


 執務室には島のみ。受話器を手にして首都防衛司令部に直接連絡を入れる。交換が大急ぎで司令官に繋いだ。


「ブニェニェジ少将です」

「イーリヤ少将だ。済まないが三日間だけ警戒を強く出来ないだろうか」

「それは構いませんが、何かしらの危険が?」

「反政府勢力の見極めと、警察の穴埋めで」

「J2も未確認です。市民に動揺が走らないよう、演習告知をしながら展開します」


 騒がせると逆効果に繋がりかねない。適切な対応だ。


「警察には私から長官に直接伝える。現場での優先権確認を頼む」

「承知しました。それでは閣下、失礼致します」


 あの日から島を閣下と呼ぶが、島は彼を同列の少将だとして接するので変な感じになってしまう。


 ――三日、それまでにロマノフスキーなら帰ってくるはずだ。


 何の指標も無い中、直感で国軍の方針を定める。それも自身とは別の軍区に口出しをして。

 面子にうるさい中国軍あたりならば、すぐに抗議の山が届くだろう行為だ。


「ああ、そう言えば松濤にも警備を置いたんだったな。ま、日本なら何も起きんか」

 ――父上、母上。孫の顔を見せるどころか、電話の一本すら出来ずに申し訳ありません。龍之介は決して後悔していない、それだけはいつか伝えたいと思っています。


 家族が居るのに会うことも、無事を伝えることも出来ない。ロマノフスキーがどんな心境だったか、島も知ることになった。

 冷蔵庫からビールを一缶。いつもと変わらないはずなのに、どこか苦いように感じられた。



 これは訓練だ。軍隊が市街地、それも首都の各所に出張り警戒をする。クーデターの常套手段だけに市民も不安を隠せない。

 そこで島は独自の一手を打った。カガメ大統領にテレビやラジオを使って、演習命令を出したと報じさせたのだ。


「首都の治安強化を念頭に厳戒態勢の訓練を命じています。驚かれませんように、特に外国の報道関係の方々には配慮をお願いします」


 放送したのはAFP通信と、ラジオミドルアフリカだ。ルワンダにおける外資企業だけに皮肉なものだ。


 左胸に階級章を輝かせ、ニャンザ警視正がやって来る。


「閣下、報告にあがりました」


 手を休めて彼を見る。視線で先を促した。


「ンタカンダ大将ですが、コンゴ軍司令官の際に国家の不正を証拠として握ったようです」


 ニャンザ警視正の言葉を鵜呑みにするならば、カガメ大統領はコンゴへの発言力を高める意味で、ンタカンダ大将を囲っていると考えられる。


「現実に不正が無い国などないだろうな。それでいて効果的ときたら、余程の高官の悪さだな」

 ――ポニョ首相も鉱山を抱えていた、大統領も何かしらしているんだろ。


 おおよその背景があれば、思考の向きも狭まってくる。


「ルバンガ将軍はゴマ周辺を押さえるのが目的で、ンタカンダ大将の安全確保が関連付けられます」


 国境を跨いだ影響範囲があると、それだけで可能性は爆発的に広がる。


 ――ンタカンダ大将の策源は何だ? 兵力は暴力により供給可能だったが。


 どう考えても外貨を多量に得る道筋が足らない。武器は軍に横流しをさせる、これは代価があって初めて成立する。

 国際指名手配、島もそうだが一部の銀行なりは資産が凍結されてしまう。特に有価証券など、保有者が明らかなものは扱いが困難だ。


 ――シュタッフガルド総支配人は、とてもよくやってくれている。俺が資金で困らないのは、彼の力が極めて多大だな。


 ルワンダから出られないのは同じ、鉱物資源では無い。条件が絞りこまれてゆく。


「徴兵だが、男女ともに?」


「少年は兵士に、少女は家事や性的搾取にです」


 不埒者がやることは世界共通だ。人間が時代を越えて変わらず求めるものが一緒というのがよくわかる。


 ――人身売買か。吐き気がするよ。


 ギネヴィアやマグロウから一端を耳にしたことがあった。三桁単位で行方不明者が数えられることがままあると。


 ――キールのとこでも事件があったからな。あとコロラドが連れてきた奴が、シエラレオネからきてたか。


 裏ビジネスとしての活動を絡めているならば、金を産み出すことが出来ると踏む。


「ニャンザ警察補佐官、確たる証拠を集められるか?」


 荷が勝ちすぎるとの返答を予め認めておく。出来ないことを無理にやらせて失敗では目も当てられない。


「条件次第で」


「なんだ」


 大事だ、ほいほいと軽く受けられるより良い。


「従事する者の無条件での昇進。危険時の国外避難の保証。署名入りの命令書の発行。部下にはこれらをお約束していただきたい」


「警察長官に昇進の推薦は出きるが、俺がさせることは出来ん。その時は軍で良ければ相応の待遇を約束する。そこはどうだ?」


 ニャンザ警視正にしてみれば、島の率直な返答が真剣に考えている証しに感じられた。

 二つ返事が心配なのはお互い様で、他人の命運を背負っているのもまた同じだ。


「もちろんそれで宜しいです」


「貴官はどうする」


 所属がどこかは問わない。常日頃部下の動向把握に努めていた、それだけに警察のみが絶対ではないと知っていた。


「もし満足いく結果が得られたなら、自分をクァトロに列ねていただきたく存じます」


 じっとニャンザ警視正を見る、冗談や打算で言っているようには思えない。


「俺はずっとルワンダにいるわけではないぞ」


「承知しております。自分はコンゴでクァトロが残した足跡を知ったとき、背筋に電流が走ったような感覚を得ました。現実ではなく尾ひれがついた話だろうと解釈して自らを納得させたものです。ですがルワンダに一行がやってきて、みるみるうちに勢力を拡大させるのを見て確信致しました、現実なのだと」


「実際は泥をすすり、荒れ地を這いずり回るようなものだ。晴れやかな舞台になど上がることはない」


 功績は表に出ず、汚名ばかりを着ることになる。そのせいでソマリアでは孤立し、更には犯罪者の仲間入りをしたと口にする。

 夢見るような居場所などではない、それは断言出来た。


「地獄ならルワンダで見てきています。それでも足りないというなら、シリアでもソマリアでも行きましょう」


 目をそらさずに堂々と意見する、そこに揺るぎない信念を感じた。


「――二十九だ」


「はい?」


 理解できるはずもない一言。それに反応出来たのは側近でも極わずか、稀にしか無い島の満額回答だった。


「俺が勝手に心の中でそう数えているだけだ。ニャンザにクァトロナンバー二十九番を与える」


「クァトロナンバー……お認めいただけたと解釈します。公僕としてルワンダに忠誠を誓っておりますが、等しく閣下に忠誠を捧げる所存!」


 島の斜め後ろに控えているサルミエ大尉、彼が知るナンバーは十番台、二十番台に穴が多い。言ったように胸に秘めているだけで本人に伝えることをしていないのが幾つかあるのだ。 


「今後自ら死を選ぶことを禁ずる。どうしても死ぬ場合は、前を向いて死ね」


「ウィ パトロン!」


 軍人が殆どのクァトロ、そこに警察メンバーが加わった。情報統制能力、一般治安維持の手腕は別口で期待できる。ニャンザは敬礼すると部屋を出た。


 ――好き好んで火中の栗を拾うわけだ。人のことは言えんがね。



「ご無沙汰しておりました」


 世界中を回りようやく帰還です。ロマノフスキー大佐が仮司令室に顔を出す。


「お、戻ったか。旅はどうだった」

 ――厳戒態勢三日目、さすが兄弟だ。


 最近離れて勤務することばかりで、会えば久しぶりになる。頭脳が同じところに居ても意義は薄い、別にどこかの内閣や国軍総本部でもないのだから。


「ニカラグアでは生意気な弟子が来て空港で追い返されるわ、イエメンでは船酔いを体験する前に背を押されるわと、全く休まりませんな」


 やはり戦場が一番落ち着きます。笑いながら何かおかしい点でもありますか、などとおどけてみせる。


「あいつ、居ないと思ったらそんなところに居たか。まあいいさ、近く騒動が起きる予定だ。良かったな始まる前に席につけて」


 ショータイムが途中参加では盛り上がりに欠ける。同じように軽口を返してやる。二人の関係は十年前からずっとこうだった。


「良い子でお留守番をしていた奴を褒めておきましょう。概ね順調、これが報告です」


「そうか」


 言葉はそれだけで充分だった。


「そうそう、R4の決済をお願いします。ゴードン氏がよろしく言ってました」


 次は力になるとね。先のことを気に病んでいたのを感じられたと伝えておく。それを聞いてすぐにスイスへと電話を掛ける。


「イーリヤです、ご無沙汰してます」


「シュタッフガルドで御座います。ご壮健そうでなにより」


 そつない受け答え、接客のプロだ。きっと怒って電話をかけても落ち着いた返答をするだろう。


「R4社の株式をこちらで引き受け廃止処理します。決済をお願いしてよいでしょうか」


「アフマド氏から連絡をいただいております。イーリヤ様ご本人の確認を経て適宜手続きを進めさせていただきます」


 いつもと何か違う声色のような気がした。関わるべきか否か迷ったが、一言だけ声をかけてみることにする。


「シュタッフガルドさん、何か心配事でも? 良ければお力になりますが」

 ――トラブルでも抱えてるのか?


 ロマノフスキー大佐が何かありそうだなと目を細める。数秒無言が続き、喋る気になったのか小さい唸りを発した。


「電話口で申し訳ございません。家族の安全で懸念が」


「警察には?」


「ことは公に出来ませんので……」


 悲痛な叫びが聞こえそうだった。彼が電話で漏らすなど、余程のことだと伺い知れた。


「私に手伝わせて頂けないでしょうか?」


「イーリヤ様……お願いできるでしょうか?」


「すぐにそちらへ向かわせます。空港に着いたら連絡を入れさせますので、どうぞご安心を」


「ありがとうございます。お待ちしております」


 電話を切り、目を瞑り誰が適任かを考える。


 ――万が一でも失敗は許されない。俺はシュタッフガルド氏に借りがある、これをおざなりには出来ん。


 デリケートな問題、それも信用に関わる部分が多大だ。荒事も予想され、側面の支援もほぼ期待できない場所。


「兄弟、俺の代理を頼めるか」


「ご指名喜んで。ブッフバルトはもう少し独力で頑張ってもらうとしましょう」


 そろそろ面倒ごとが湧いてくるでしょうけど。近い将来の不都合を予測する、それは島もそうだろうと感じていた。


「ドイツ語が出来るやつ、シュトラウスのところのスルフ軍曹、あいつぐらいか」

 ――単独で行けと言うわけにもいかんぞ。


 スイスはドイツ語が主力だ。フランス語やイタリア語も公用語として通じる場所が多い。だがチューリヒはドイツ寄りなので、解らないと咄嗟の場合に困るだろう。


「取り敢えずは二人ですぐに向かいます。エーン中佐に兵を借りるとしましょう」


 どうせ幾らか抱えているでしょう。言われるとそんな気はした。居なければ居ないで次善の面々を飛ばすと請け合う。


「こっちで何かあっても俺がどうにかするさ」


「ですな。くれぐれも奥方の機嫌を損なわないように、とご忠告差し上げましょう」


 これだから家庭もちは大変ですな、笑いながら空港に逆戻りしていった。


「レティアか、そうだな。大事が起きればエスコーラの手を借りることになりそうだ」


 やれやれと部屋を後にする。行き先はホテルの自室、今頃ロサ=マリアとテレビアニメでも見ているだろうか。


「ボス、夕食はレストランを予約しておきます」


「済まんなサルミエ、どこか適当に取っておいてくれ」


 一人で行けとの意味だろう、同じホテル内なのでエレベーターに乗り上へあがる。どう切り出そうか悩む島であった。



 ルワンダにギャングスターの一団が入国してきた。裏を知らない治安機関は神経を尖らせることになる。

 それがそっくりそのままプラスに働くなど、普通ならば考えもしないだろう。


「カガメは義理を果たした、あたしゃそいつを知っている」


 キガリ入りをしたエスコーラ、今回はドン・ラズロウは来ない。数百の犯罪者を束ねるのはボス・ゴメス、直下で指揮を執るのはマルカから引っ張ったボス・ジョビンだ。

 ゴメスファミリーのボス、序列で行けば二次団体のナンバーツーでしかないが、ルワンダに在るエスコーラは全てがゴメスの指揮下なので逆に都合がよい。


「ジョビン、ドンの命令だ。コンソルテを支えろ」


「シ ボス・ゴメス!」


 構成員らの所属はバラバラだ。ソマリアだけでなく、ブラジルやパラグアイからもやってきている。ドン・プロフェソーラからの招集ということで半端な手下を送ってきてはいない。

 最初は地域に慣れるために全力を注ぐ、大事が起きるまでそう時間は無い。

 いつもとは真逆の行動、国家の守護など思いもよらない。だがパラグアイでミリシアを経験した面々はそうでもなかった。エスコーラは膨大な経験を積んできている、成長中の勢力なのだ。



 フォートスターはあまりにも多くの難民が集まり区画を無視して住み着く者が増え過ぎていた。このままでは秩序を維持できない。司令官執務室で都市、民兵の指揮を統括代行しているブッフバルト少佐が頭を悩ませる。

 毎日百人単位で難民が増加、勝手にそこに居を構えていく。物資が不足しだしたら最後、あっという間に治安は悪化するだろう。流通の管理まで手配をしなければならない。


「俺はブッフバルト家を後にしてここに居ることを望んだ。この程度で音をあげてたまるものか」


 山積している書類を一つ一つ処理していく。毎日ほぼずっとそうやって過ごしていた。おかげで現場を見回る時間が一切ない。

 真面目が故の行動、それは正しいのだが適切というかと問われると返答に詰まる。


 公道五号から陸路運ばれてくる物資輸送団、それが行方不明になっていると急報が入った。ついに来たか、心を落ち着けて主要な将校を招集する。

 マケンガ大佐、シュトラウス少佐、ヌル中尉が集まる。階級は下でも指揮権を握っているのはブッフバルト少佐ということになっている。


「先ほど輸送車両団からの連絡が途絶えたと報告があった」


 事実のみを端的に明らかにする。それにより何が起こるか、それぞれが思考する。


「空輸の便は滞りなく」


 シュトラウス少佐がそちらで最低限の補充が可能だと示す。難民の分までは無いが、フォートスター内の部分で困ることはないだろう。


「難民同士の奪い合いが起これば、かなりの混乱が見込まれるな」


 はじめは小さな喧嘩から、それがどんどんと渦を巻いていき、ついには民族紛争の類になる。マケンガ大佐はそれが誇張ではないことを知っている。


「全ての輸送団を完全に護衛することは出来ませんね。補給を阻害するのは何も毎回でなくても良い」


 兵糧攻め、供給を無しにするわけでは無い、不足させればそれで充分。消費は毎日増えて、供給が一時的にでも止まれば備蓄を食いつぶしてしまう。対応の機会が多いとは考えられない。


「選択肢は二つ。消費を減らすか、物資を増やすかだ」


 何とも解りやすい提示をする。物資を増やせないならば消費を減らすしかない。ではどうやってそうするかが問題になって来る。


 そもそもが会議を進行するような立場になかったブッフバルト少佐だ、解決へ導けというのは少々荷が重い。その為にマケンガ大佐が島に付いていかずにここに残っていた。


「公道の警備は本来国軍の役目。閣下の名義をお借りして、警護団を派遣してはどうだろうか」


 国軍司令官だ、守備範囲に問題があるとしても国土の警備に乗りだすこと自体は正当な行動と言える。とはいえ部隊をそれに割いては戦力の低下が懸念される。すでにAMCOとして結構な数が街を離れているのだ。


「大佐殿、どの隊を出すつもりでしょうか」


 決して頭が固いわけでは無い、生まれ育った環境の違いだ。物事には枠があり、ルールが定まっている、ドイツではそれが常識なのだ。


「難民を武装させて首都までの中間地点、カヨンザ市にまで進出させる」


 消費を減らして物資を増やすために使う。両方の要件を満たす素晴らしい案は、複数の不都合を孕んでいる。それと知って口にしている以上、どうとでもなるのだろうが。


「軍管区司令官や市警に抗議を受けるのでは?」


 難民が国内を勝手に動き回る、許されるはずがない。口にしてはっとした。


「拘束されればまた別の隊を派遣すればよい。あちらで食わせると言うならそれでも構うまいよ」


 難民を捨てる。それも自身の手を汚さずにだ。マケンガ大佐の言っていることは整合性がある、もし難民集団に島と関わり合いがある人物が居ないならば迷惑を被ることもない。

 だがブッフバルト少佐は言葉に出来ない何かが胸に在るのを無視出来なかった。


「統括代理としてその案を却下する」


 かといって代案があるわけでは無い。マケンガ大佐は「承知」短く返事をするのみだ。


「倉庫を開放することで、七日程度は維持できるでしょう」


 備蓄と凡その消費を脳内で素早く計算して、ヌル中尉が猶予期間を口にした。先延ばしをして名案が浮かぶ保証はないが、不備があるのに実行するわけにはいかない。

 結局解決を見ないまま一旦会議を解散することにした。その間にも報告がたまってしまい、大幅な残業を背負うことになってしまった。


 部屋の扉をコンコンコンとノックして入って来る者が居た。緑のアフタヌーンドレスをまとっている。


「あなた、宜しいかしら」


「クリスティーヌ、どうした」


 毎日帰りが遅い夫。輸送団が消えたと情報を得た彼女が心配してやって来たのだ。城の中で暮らしているので直接は関係ないが、聞き流すには大事だった。


「お仕事が溜まっているようですわね」


 机にある書類を見て今日も遅くなると予測した。それを責めるつもりは無い。


「俺が任されている。文句は無いさ」


 若僧に責任を預けてくれた、それを嬉しいと思えど嫌になどならない。


「ワタクシはあなたの妻ですわ。お手伝いをさせていただけますか?」


 クリスティーヌも島により主要な人物と認められている、受け入れても悪くはない。


「申し出は有り難いが、これは俺の仕事だ。お前は家で待っていて欲しい」


「……はい、そう致しますわね」


 彼女は笑顔で部屋を出ると視線を落とした。


「何か大変のようですが、ワタクシでは頼って頂けないご様子……」


 胸に手を当てて扉を振り返る。今は無理に手を貸して夫のプライドを傷つけるようなことをしてはいけない、信じて帰宅することにした。



 深夜三時、ようやく職務を終えたブッフバルト少佐。司令官室を出てフォートスター内にある自宅へと帰る。

 夜警が真面目に警備をしている姿を一瞥し頷く。城内の担当はコンゴ民兵団、キヴ州より遥々やって来た男たち。マイマイ所属だった者が多い。


「あなた、お帰りなさいませ」


「クリスティーヌ、まだ起きていたのか」


 燭台の灯りが揺らめく。電気が通っていないわけでは無い、趣味の範疇だ。


「夫が働いているのにどうして先に休めましょう」


 こんな時間に食事をするのはかえって体に良くない。暖かいココアを差し出す、彼はそれを受け取った。


「明日からは寝ていて構わんぞ」


 休むななどとは言わない、遅くなるのは己の未熟だと考えている。それに自身の面倒くらい自分でみれた。


「フォートスターへ品を引こうとするから苦しいのでしょう」


 彼女はどうやら解決しなかったというのを感じ、前後の会話を無視して唐突に言う。ブッフバルト少佐はカップをテーブルに置いて意味を探る。


「どういうことだ」


 マケンガ大佐のように人を減らせということなのだろうか、少し考えるが靄がかかったように思考がまとまらない。


「例えばです、このココアの価格がドライだとしましょう」


 ドイツ語の三、単位は重要ではない。ブッフバルト少佐が頷く。


「どこかでゼクスで買う客が居たら、商人はどうするでしょうか」


 六。倍額で売れるならそうしたいと考えるだろう。次に問題になるのはその条件だ。どこで、誰が、いくつをどうやって?

 彼女が何を言いたいかを理解する。そしてそれを実現するために必要なことが何かも。


「それはきっと周辺の住民に多大な迷惑をかけるだろう」


「いかがでしょう。これを機会と捉える者も多いと思いますわよ」


 自信満々の微笑みを向けられてしまう。自分の常識がルワンダでは非常識だということを先ほど体験したばかりだ、判断の基準を間違っているのかと揺らいでしまう。


「……物資の統制は社会的な危険を煽るだろう」


「先ごろ首都で警戒の訓練が行われましたわね。何事もないのにそのようなことを今するでしょうか」


 キガリで何かが起ころうとしている、それはブッフバルト少佐にも解っていた。いつになるかわは解らないが、近いうちに騒動が勃発する。


「……男は馬鹿だな、いつもこうやって女に助けられる」


 肩の力を抜いて彼女の言を受け入れる。何でもかんでも全てが上手く収まるわけがないのだ。


「ワタクシはあなたの妻です。もう、一人で戦っているなどとお考えにならないでくださいませ」


 恋愛を経ずして夫婦になった二人、家柄や背景でのみ繋がっていた時期が終わる。深いところで心が触れ合った。


「ああ、俺は最高の妻を得られて嬉しいよ。手配の為に戻る必要が出来た」


 今できることを明日に延ばす、それをよしとしない性格なのだ。たったの数時間、それを前倒しするために自らを犠牲にする。クリスティーヌはそんなクレメンスが頼もしく思えた、同時に自らが支えたいと感じた。


「草案ですけれどここにまとめてありますわ」


 三種類に分けられた書類をテーブルへ置いた。立ち上がろうとした彼はもう一度座り直し書類に目を通す。目を瞑り一つ息を吐いた。


「ヴァンダバール! 君には敵いそうもない」


 内容を称賛し降伏する。


「お手伝いをしただけです。決めるのも、行うのもあなたですわ。今日はゆっくりとお休みくださいませ」


 優しい微笑みを向けられ、彼は素直に承知するのであった。



 カガメ大統領が反政府勢力の代表と調停を行う日がやって来た。理事のタンザニア人、彼は国連の会議があるので参加出来ないと通知があった。


 ――おいおい、そういう態度はないだろう。だがこれで何かが起きることがよーくわかったよ。


 会場はキガリ市内の某地、市街地は警察が、郊外については首都の警備軍が警戒に入る。大統領そのものの護衛は専門の部隊があるので警察はその周囲を守っている。


「ボス、各位待機中です」


「そうか」


 ホテル・キガリでいつものように仮司令部に詰めていた。サルミエ大尉の他にバスター大尉、レオポルド少尉、サイード少尉が控えている。部屋の隅にはオルダ大尉がエーン中佐の代わりに一人で警戒を引き受けていた。

 階下にはモディ中佐とニャンザ警視正も待機しており、兵もホテルの外に招集してあった。


 ――フォートスターでブッフバルトも良くやってくれている。あいつはマケンガ大佐の発案か?


 指定の品を公募するという宣伝が行われていた。数量は問わずその場で現金で買い取る、それも破格でだ。


 近隣から指定の品が消滅した。住民がこぞって売りに来たからだ、中には隣町に買い付けに行き多数持参してくる者も居た。

 バランスが悪くなるが、輸送団が未着でも保有物資が増加していく結果を導き出せた。代償は経済的な負担と住民の不都合。だが日銭を稼ぐことが出来る宣言は概ね好意的に受け入れられた。


「調停会談が始まりました」


 反政府勢力とは言うが、ルワンダ過疎地の住民でしかない。これも誰かの手駒なのは間違いなさそうだ。つまりは大統領の身柄をここに釘付けにする、それが目的ということだ。

 キガリに居るクァトロは二十名、忠誠度だけは絶対の集団である。オルダが率いるアヌンバ=プレトリアス親衛隊、レバノンプレトリアス親衛隊、数十も決して裏切ることは無い。


 ――四方から敵が押し寄せてくるだろうな。そして地方軍は救援に駆け付けることは無い。


 アフリカにおけるクーデターは日常茶飯事。権力者を何とか助けたとしても側近が側近であることに変わりはない。

 逆にトップが倒れたら、兵を握っている地方司令官は待遇を一変することが出来た。新たな権力者を支持するだけで、だ。


 そういう意味でブニェニェジ少将は特別だ。首都防衛司令官、責任を引き受けて処分されてしまう人物の頂点でもある。

 騒動を起こそうとしているやつらから見て、島はどのように映っているだろうか。


 サルミエ大尉の携帯が鳴った。芳しくない報告だったのだろう、あからさまに表情が曇る。


「ボス、フォートスターです。城内で倉庫に放火、住民の一部が反乱を起こしました。近隣から敵がやって来て現在交戦中です」


「解った」

 ――何とか自力で堪えてくれよ!


 組織を支える重要人物らを考えればすぐにでもフォートスターに戻りたかった。だがここでそんな陽動に乗るわけには行かない。

 次いでキガリ州の四方でも交戦が始まったと報告が上がって来る。ブニェニェジ少将が顔色を変えて防衛を指揮しているだろう。


「閣下、テレビでも各地の暴動がニュースになっております」


 バスター大尉が情報収集の見地からそれらを具に見る。生のニュースだ、事実を偏向する余地はない。


 ――政府に不満があるというよりは、踊らされている感じがするな。だが現場にいたらそんなことは解らんだろう。


 事実として暴動が起きている、それだけが国内に響き渡る。動揺した警察が本庁に連絡を入れてきているが、いちいち相手にしていられないので適宜対応せよとしか言わない。

 島の衛星携帯が鳴る。それを利用するということは緊急事態だ。


「俺だ」

「ボス、反政府勢力の元締めの目安がつきやした」

「誰だ」

「ポニョ首相でさぁ」

「あいつか! そうか……」

「会談の偽情報を流した奴はGと呼ばれているとしか」

「どこの勢力かわかるか?」

「どうもルワンダ政府内の誰かって感じまでしか……すいやせん」

「いやご苦労だ。いつも助かる、ありがとうコロラド」

「へっへっへ。もう少し探してみますんで」


 照れた笑いを残して通話が切られる。いつもどうやって情報を集めてきているのか、常に正確だった。


 ――コンゴがルワンダを転覆させようとしている。首班がポニョ首相であって、カビラ大統領は不知な場合もあるな。


 島のルワンダ入りを阻止しようとタンガニーカ湖で軍を差し向けてきた前科もある、完全に奴が敵ということは変わりがないだろう。


 意外と数が多かったのだろうか、四方の防衛に増援が送られた。首都防衛軍の鍵である機甲部隊を残して多くが出払ってしまう。危険水域に踏み込んでいた、今市内で不意に敵が出現したら情勢は一気に傾いてしまう。


「モディ中佐に命令だ、部隊の半数で市内巡回警備を実施させろ」


「ウィ ボス」


 サルミエ大尉が命令を復唱し、すぐに中佐へ伝える。この時の為に島は首都で勢力を張っていた、躊躇してはいけない。


「ニャンザ警察補佐官へ命令を。AFP通信局へ部隊を派遣、防衛に従事させるんだ。空港へも送れ」


 それで殆ど警察部隊はすっからかんになる。もし攻撃を受ければ増援が来るまで耐えるようにと訓示を与えて出撃させた。


 ――どこに現れる、狙いが大統領なのは決まっているが、陽動は絶対にある。


 体制側の秩序を乱さなければクーデターなど成功しない。まだもう一手足りない、どこかに揺さぶりをかけてくるはずなのだ。

 

「カキィル地区に正体不明の一団が出現しました!」


 無線をじっと聞き入っていたサイード少尉が声をあげる。


 カキィル地区、そこには国会議事堂が存在している。それだけでなく、各省庁の本庁があった。島が目を細めて情勢を見極めようとする。


 ――手持ちは少ない、無駄弾を撃っている余裕はないぞ!


 市民に恐慌が起こったら最後、治安は一気に崩壊する。そうなれば誰かが責任を引き受けなければならない。


「む、閣下、AFP通信の報道です」


 バスター大尉がテレビの音量を大きくする。ニュースキャスターが原稿を読み上げていた。


「首都を目指していると見られる不明の軍を、キガリ州境で首都防衛軍が防いでいる模様です。また市内に現れた武装集団も、警察による摘発を受けています。治安当局者の許可なく出歩かないようにしてください、巡回しているのは政府側の官憲です――」


 緊急報道は全てが政府を擁護するもので、不安を抑えるような内容に終始していた。


 ――助かる、由香の援護射撃だ。


 第三者の報道機関として確固たる地位を築いているAFP通信、首都の中間層が落ち着きを保ったことで体制側の負担が軽減された。警察に通報が多数寄せられ、敵の規模や活動範囲が明らかになっていく。


「機甲連隊が出撃した模様です!」


 ついに最後の切り札、機甲部隊が駆り出されてしまう。行き先は国会議事堂だろう、議員の保護をしなければならない、ここを押さえられるといくら大統領が頑張っても片手落ちになる。


 ――よし、俺はカガメ大統領の護衛が役目だ。


 軍隊の類はブニェニェジ少将の部隊を簡単に抜けはしない、正規軍が防衛線に沿って守備しているのだ。市内の敵もさほど多くはないのが解ってきた。そうなると逆に不思議で堪らない、どこに勝機があったのだろうかと。


 ――何か見落としている? これだけではたとえ市民が暴動を起こしても兵が足らないぞ。


 州外の勢力が踏み込んでこれると計算していた、それならば合わないこともないが……。島は腑に落ちない状況を再度見直す。


「サルミエ、カガメ大統領と連絡を取れ」


「ウィ」


 交渉の最中だろうと側近が耳打ちするなりして連絡は取れるはずだ。一大事が起きている、中断して官邸に戻るくらいはしているに違いないが。


「連絡がつきません」


 各所に試みても繋がらない、全てがそうとはおかしな話だ。


「バスター大尉、キヨブのルワンダ迎賓館へ向かえ、大統領の保護だ!」


「ウィ モン・ジェネラル!」


 起立敬礼すると二人の少尉を引き連れロビーへと下っていく。すぐさまモディ中佐へも出撃を命じた。側近らも全ていつでも移動出来るよう準備をする。

 オルダ大尉も親衛隊に臨戦態勢を命じた、銃に弾丸を込め、エンジンに火を入れる。フォートスターにも通知が出された、援軍を要請するわけでは無い、島の意志を報せるためにだ。


「閣下、七番大通りが封鎖されているとAFP通信局に派遣している部隊から報告が」


 階下からニャンザ警視正が急報を持って駆けてきた。ことの重要性を理解している証拠だろう。

 七番大通りはキガリを東西に走る幹線道路。大使館街や大統領府、十五番通りとの間に挟まれて重要施設が立ち並んでいる。


「どこの軍が封鎖している」


「それがキガリ市警でして」


 首都警察。ならば防衛の一環だろう。ほっと一息つこうとして違和感を覚えた。


 ――そのあたりに武装勢力が現れた報告はなかった、何故封鎖の必要が?


 交通規制を行うこと自体は別におかしくも何ともない。届いていない情報があるのだろうかと考える。


「ニャンザ警察補佐官、首都警察との連絡を確認だ」


「ディヨ!」


 肩につけている無線で指揮所を通じて首都警察司令部に呼びかける。ニャンザ警視正だと名乗り応答を求めた。だが何度呼びかけても返事がない。

 無線が故障しているわけではない、発信はちゃんとしているし受信だって可能だ。


「おかしいですね、反応がありません」


 少し動揺して今度は知人の携帯にかけてみる。こちらは繋がった。


「俺だが」


「すまんが話は出来ない」


 どういうことだろうかすぐに切られてしまった。仲違いをしたようなことも記憶にない、忙しいにしたってつれない態度だ。


 ――もしかして……。


 島は一つの推論を打ち立ててみた、もしそれが当たっているならば様々な部分で心当たりの明確な答えになる。


「こちらレオポルド少尉、五四八番通りが全面封鎖中。迎賓館への道が全部塞がってます、こいつは参りました」


 道路はぐるっと地域を囲い、七番、十五番と繋がっている。


 島はサルミエ大尉から無線機を奪うように手にすると「俺だ、レオポルド、強行突破しろ!」皆が驚く命令を下した。


「おっと、ボスのご命令とあらばそう致しましょう!」


 黒の軍服集団のクァトロが首都警察の封鎖部隊に奇襲攻撃を仕掛ける。薄く広く陣取っている警察部隊に、鋭く突き刺さるとあっという間に抜き去って行ってしまった。


「ルワンダ国営放送です」


 数分間情勢に変化はない。ニャンザ警視正が画面の映像を見て声をあげた。黒い軍服集団に引き続き、ルワンダ軍の部隊が、首都警察部隊を攻撃して突破していく姿を流している。


「ただ今首都警察本部より緊急警報が発令されました。黒服の部隊と、特別部隊の一派が反乱を起こしたと発表があります。市民の皆さんはどうか冷静に――」


 視線が島に集中する。事実先ほど下した命令が実行された、ただニュースになるのがあまりにも早すぎた。混乱は頂点に達している、司令部に報告が洪水のように溢れてくる。


「ボス、フォートスターで放火をした犯人ですが、退官警察官集団の主導です」


 サルミエ大尉が携帯片手に速報をあげる。


「なるほどそういうことか。全てが繋がったな」


 島は携帯電話を手にしてどこかへコールする。


「俺だよ」

「龍之介、どうなってるのかしら?」

「一杯食わされた。混乱の首謀者はガサナ警察長官だ、俺も大統領のところへ向かう」

「解ったわ。私はあなたを信じる」

「失望はさせない」


 通話を終えて目を閉じると小さく息を吐く。二秒で心の準備をすると声をあげた。


「俺も出るぞ!」


「承知致しました」


 サルミエ大尉が部下に無線機を背負わせると書類をまとめて鞄に詰める。オルダ大尉が警戒範囲を広げて移動に備えるよう命令を下した。

 島は軍帽を手にしてエレベーターへ向かう。側近は誰一人として止めもしなければ疑問も発さない。廊下で待ち伏せにあった。


「お前が行かなきゃならないのかい」


 レティシアが腕組をして壁に背を預けている。臨戦態勢が発令された時に降りてきていた。


「これは俺のけじめだ」


「そうかい。まあ気が済むようにやりゃいいさ」


 こっちはこっちで好きにやっとく。彼女は火事場泥棒でも楽しんどくよ、そう残して上階へ戻っていった。


 ホテルの地下、装甲兵員輸送車両に本部要員が乗り込む。通信能力を大幅に高め、装甲を追加した指揮車に改造してあった。


「バスター大尉より本部、迎賓館で戦闘が! 機動警察が攻めています」


「大尉、反乱の首謀者はガサナ警察長官だ。部隊は迎賓館へ突入し、カガメ大統領を保護しろ」


「ダコール!」


 親衛隊が先行しホテルを出る。車内でモニターしているとAFP通信が対抗報道を行っていた。


「カガメ政府に反乱を起こしているのはガサナ警察長官との情報が入りました。これはクーデターです、国際社会はカガメ大統領を擁護するでしょう」


 市内で最大の味方と思っていた警察が全て反対勢力になる。オセロのような変化に計算が大きく狂う。


 ――首都防衛軍を釘づけにしている奴らも退きはしまい、何せ大統領と合流せねば!


 市内巡回に出ていたモディ中佐の部隊が途中で半数合流した。そのまま島の指揮下に加わる。


「大統領警護隊以外は全て敵だと思って動け。攻撃を受けたら相手が誰であれ反撃しろ、俺が許可する!」

 ――信用出来る部隊以外は片っ端だ!


 公道の封鎖に遭遇する。それを一蹴して島の本部も迎賓館へと爆走した。


「クァトロ部隊、迎賓館へ突入!」


 無線が入る。バスター大尉の隊が包囲を突き破り館へ踏み込んだらしい。警察部隊、軽装備な制服警官もライフルを手にして各所で戦闘している。

 民族的なものもルワンダの歴史に根深い、この反乱でもどこか繋がりがあるのだろう。


「ボス、ブニェニェジ少将です」


 サルミエ大尉が携帯を手渡してくる。


「イーリヤ少将だ」

「閣下、四方の敵が強く戦線が押されています」

「何とか耐えてくれ。すぐに大統領閣下を保護する、それまで死守するんだ」

「やってみます。ですが長くは持ちません」

「解った、頼む」


 敵の大連合状態、勝ったら山分けで内戦を始めるなど欧米の精神では理解できない。だが実際に起こっているのだから受け入れるしかなかった。

 警察の阻止線、迎賓館方面へ行かせないように大通りに部隊を張り付けている。小道を迂回して行けないこともないが、脱出時にやはり障害になってしまう。


「押し通れ」


「ダコール」


 短い命令が下された。傭兵らに気合が入る、多額の危険手当、ボーナスが約束されているからだった。


 親衛隊を含めクァトロ部隊は全てが機械化されている。だがモディ中佐、そしてニャンザ警視正の部隊は多くが徒歩だった。移動用にトラックはあるが、それに乗って戦場を移動することは出来ない。


「ボス、迎賓館が見えました」


 水色、黄色、緑色の三色旗が翻っている。白い煙が立ち上っていた、火薬の匂いに火災、激戦の最中なのが見て取れた。


「こちらモディ中佐、司令部。クァトロが大統領と接触、こちらともすぐに合流します」


「イーリヤだ。中佐、合流次第外へエスコートしろ。俺もすぐに行く」


「承知致しました」


 最悪の事態は避けられた、カガメ大統領は無事生きていたらしい。この際多少の怪我くらいは覚悟の上だ。

 小銃の射撃をカンカン跳ね返して装甲兵員車両が迎賓館前に横付けされる。周囲数百メートルを親衛隊が護衛範囲に決め、オルダ大尉が防衛を命じていた。


 灰色のスーツ姿、頭に包帯を巻いてカガメ大統領がやって来た。バスター大尉らも合流する。


「イーリヤ君、助かったよ」


「生きてらして安心致しました。まだ渦中です、すぐに脱出します」


 大統領を装甲車へ誘う。時間がない、歩きながらも情報交換を行った。


「ガサナ警察長官が首謀者、反政府勢力の元締めはコンゴのポニョ首相。首都は何とかブニェニェジ少将が外からの敵を防いでいますが、限界です」


「彼か……私の指導力不足だな。地方軍に鎮圧命令を出そう」


 大統領命令が正式に下れば地方軍も動かないわけにはいかない。もっとも無線指示でどこまで有効かは不明だ。


「国会議事堂は機甲部隊が防いでおります。閣下は一旦キガリを離れて頂きたく思います」


「仕方あるまい、まずは無事を知らしめることだ。してどうするんだね」


 どこへでも誘導してくれ。大統領がそうは言うが、簡単に動けないので悩む。何とか警察部隊に空港を確保させているが、果たして飛べるかだろうか。


「ボス、フォートスターです」


 緊急事態、それでも直接の会話をサルミエ大尉が認めたのだ、それが優先するのだろうと島も携帯を受け取る。


「俺だ」

「ブッフバルト少佐です。閣下、フォートスターの騒動を鎮圧、航空部隊があと二十分でそちらに到着の見込み」

「解った」


 迎賓館から凡そ十キロ程度、どちらが先に到着するかといったところだ。


「キガリ国際空港へ向かえ」


「ウィ モン・ジェネラル」


 数百の部隊に移動を命じる、ただし七割以上が徒歩だ。危険を承知でモディ中佐は二百をトラックに乗車させた。空港を守る警察部隊が駆逐されてはかなわない。


「レオポルド少尉、クァトロ部隊で先行しろ」


「ウィ ボス」


 ではお先。バスター大尉とサイード少尉に笑顔を残して武装ジープを四両率いて疾走する。


「ニャンザ警察補佐官、空港の部隊に通達しろ。クァトロ航空部隊がやってくる、受け入れさせろ。それとAFP通信局の職員を国会議事堂へ護送だ」


「ダクォー!」


 カガメ大統領は島の采配を黙って見守る。頭の中ではこれからすべきことが渦巻いているだろう。


「首都防衛司令部に繋げ」

 ――議員を守り抜けばクーデターは失敗する。


「ブニャニャジ少将だ」

 

 精一杯威厳を込めて対応する、最後の砦なのだ態度にも納得する。

 

「イーリヤ少将だ。大統領を無事に保護、これより首都を離脱する。首都防衛軍は国会議事堂を死守し、増援を待って欲しい」


「大統領閣下をお願いします。ヘリ部隊を直援に飛ばします」


「助かる。必ず戻る、武運を祈る」


 戦闘の音が大きく聞こえてくる、大統領を追って警察部隊が集中してきているのだろう。一部の軍隊も中隊単位で裏切っているようだ。


「前衛部隊の足が止まりました!」


 交差点に一大拠点が築かれていた。警戒武装のせいで装備が軽く、強固な守りが抜けない。命を多数散らしても効果は上がらないだろう。


 ――くそ、あと少しで空港ってのに!


 島が焦ったところで防衛を抜けるわけでは無い。移動速度が徐々に遅くなり、ついには停車してしまう。空港への先行部隊は全てを迂回し、空港確保に向かった。それは認められる、最重要ヵ所を押さえておかねばならない。


「ボス、少数だけで迂回させましょうか?」


 停まっていても解決しない、サルミエ大尉が進言する。そのうち上空にヘリが現れて旋回しだす。島は命令を発さずにその場で黙り込んだ。


「シュトラウス少佐、本部。キガリ空港へ着陸、早急に離陸準備します」


 航空司令が乗りつけてきたようで報告が耳に入る。


 キーンと金切り声のような音が響いた。そして交差点で大爆発が起きる、それも何度も連続してだ。次いで車両やバリケードが派手に吹き飛ぶ。大火力による攻撃、首都防衛軍の増援が頭を過った。


「ボス、エスコーラです!」


「レティアか!」


 黒いスーツ姿の男たちが重火器を使い交差点を火の海に変える。エスコーラ・ソマリア、ボス・オリヴィエラの支配地域の奴らが主だ。マルカは自由区域、規制も何も無関係で色々な品が流入する。そこで彼らは武器を手にし訓練を行えるのだ。

 他の支部に比べ兵器の扱いに慣れている、軍隊と遜色ない。実弾射撃が出来る分、優っている部分すらあった。


「十字砲火を浴びせろ!」


 モディ中佐が攻勢を強めるよう命令する。的になり続けられるほど警察部隊も忠誠心旺盛ではなかった。一部が交差点から撤退、その隙間にアヌンバ=プレトリアス親衛隊が突入した。


「部隊を通す為に道を確保せよ! 今こそ閣下のお役に立つのだ!」


「ヤ! ポリッシィ ニエダラッグ!」


 肉迫した歩兵戦闘、彼らの最大の適性がそれだ。死を恐れずに火の海へ突っ込む。


 装甲兵員車両が動き出す、偶然を伴い銃弾がぶつかるが跳ね返した。交差点を抜ける、そこから空港までは一直線だ。フェンスの向こう側に、アントノフ26改が見えた。

 正規の順路を一切無視して、車を機のすぐ側にまで寄せる。大統領を下車させると搭乗を促す。エプロンに軽車両が幾つか、空輸してきたのだろう。


「モディ中佐、車両を全て預ける。部隊を糾合し国会議事堂に向かい防衛だ」


「はっ、お預かり致します!」


 ニャンザ警視正にも中佐に従い行動するよう言いつける。


「バスター大尉、済まんがAFP通信局員の護衛をしてくれ」


「お任せを、どうぞ憂いなく」


 現地のクァトロをそのまま残していく。フランス局なのでフランス人のバスター大尉ならば相性も良い、設楽由香を残していくことへの贖罪でもあった。

 エスコーラは空港に姿を現さない、何か他に用事があるのだろう。レティシアならば自力でどうとでもする、やるべきことを終えて離陸を命じる。


「少佐、頼む」


「ヤボール ヘア・ゲネラール!」


 トリスタン大尉のヘリ部隊が上空で警戒を行う、首都のヘリ隊も周辺を旋回していた。


 ――まずは鉄火場を切り抜けられた、か。

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