第百十一章 その手に掴む幻、第百十二章 東アフリカという地、第百十三章 アフリカの巨人、第百十四章 アチョリー氏族の抵抗
◇
フォートスターに帰還するもすぐにコンゴへと出張するマリー中佐、国連キャンプへ行ってしまう。このところ爆発的に人口が増加を始めていた、理由は簡単だ、例によって無料の医療団が展開しているからだ。
ドクターシーリネンが昼夜を問わず病院を開放し、その噂を聞きつけた貧困層や難民が大挙して押し寄せて来ている。誰一人として拒まない態度がルワンダの端に突如都市を出現させた。
「おいブッフバルト、外郭の増築一ヶ月早めるって?」
相変わらず都市責任者はブッフバルト少佐だ。彼の下にはドイツ周辺からの経験者が列なっている、オッフェンバッハ財閥の管理下で。
「ヤー。溢れてからでは区画整理に支障をきたします」
面白い答えを期待しても無駄だとわかってはいても、そのうち引き出したいと考えているようで、ロマノフスキー大佐はたった一度の奇跡を待っていた。
「ルワンダ・フランとドルの両建てか」
「金を流通させ、生活力を与えます。仕事さえあれば皆が働こうとし、それが都市の発展を加速させます」
目に見える何があるのとないとでは結果が大きく違う、解るような解らないような。
「美人妻の内助の功か。お前もマリーもボスも、どうして一人に括っちまうかね」
クリスティーヌ・オッフェンバッハ・ブッフバルト。ドイツオッフェンバッハ財閥の総領、父親はベッケンバウアー家の当主、ヴェストファーレンの名士だ。連れ子であるシャルロットはドイツに置いて来ている、島が提案した日本企業のフロント、それを彼女の財閥が担当している。
「最高のパートナーが居るだけで人生が彩られます」
「誰が最高かわからんだろうに」
どうなんだ、と意地悪をする。だが珍しく反論してきた。
「解るんですよ夫婦には。ボスだって絶対にそう仰いますよ」
「うーむ」
そういわれては仕方ない、確かに島にはレティシア以上の妻は居なさそうな気がした。だがスラヤもニムも同等で劣りはしない、今は亡き二人にもきっちり敬意を表する。
「日本のキャトルエトワール、順調に地固めしています」
松涛に帝国第四警備保障、ホテル・フォーポイントスター、輸入雑貨キャトルエトワール、そして松涛第二学園。特別区を形成して島の実家を警護するという目的を果たしていた。
「名代がなんていったか」
「フラウ・ベッケンバウアー。妻の従姉妹です」
松涛第二学園理事長は佐伯冴子、島の学生時代の恋人が就任した。故郷とのつながりを保ちたい、島が望んだことがこのような形に落ち着いたのだ。精神の安定を保つ為の努力は周囲が行う、側近の務めだ。
仕事があるので失礼します、部屋を出て行ってしまう。デスクには副官業務の書類が綺麗に揃えて置かれていた。
「ドイツ人はどうしてこうなんだろうな」
きっちりとやることをやっているのに何故か愚痴を漏らす。要塞から将校が三人離れた、島の指示でキガリへ駐留することになった者達だ。尉官が少なくいびつな状態になったと感じた、ならばそれを解決するのがロマノフスキー大佐の仕事だろう。三日月島の将校連中、一般部隊の指揮官からリクルートしてやろうと資料を手にする。
「グレゴリー中尉は確定だな、もう二三人か、さてどいつを引き上げたものか」
傍においてみてダメだったとは行かない、様々な秘密を知ってから放り出すのは決して利口なやりかたではない。下士官にまで範囲を広げてみたが、どうにも判別がつかないので唸る。
「俺も昇進しすぎたわけか、やれやれだ」
◇
フォートスターの司令官室へ戻ってきた島は報告書を眺めていた。留守の間に色々とあったようだが概ね処理済で現在の懸案事項は少ない。
「街の拡張工事の前倒しか、発展の代価はいつか支払う必要があるな」
自由にやらせておこうと書類を決裁済の箱へと入れてしまう。ウガンダでの作戦、損害も殆ど無く執行出来た様で、簡潔な報告書にまとまっていた。隣室からサルミエ大尉を呼び出す。
「大尉、緊急時に軽車両を輸送可能な航空パッケージを提出するようにシュトラウス少佐に命じておけ」
「ダコール」
キカラで大分調達出来ていたようなので問題は少なかったが、もし自力で作戦することがあれば車両不足を解決出来ないと判断した。ハードの不足は島の守備範囲になる。
――松涛特別区の進捗か。冴子が理事長とはね、俺としては嬉しいがあっちは複雑な気分だろうな。
匿名の寄付ということで母校の学費や学食への基金を積んでやった、せめてのびのび勉強出来る様に。冴子には生徒の意志を最大限に尊重してやって欲しいと伝えてある。一之瀬達也、エーン中佐の指名で彼に帝国第四警備保障を統括させることもした、一帯の警備を任せている。
複数の民兵団が並列している、その序列制定の申請が出されている。マリー中佐の階級不足と共に、トゥツァ少佐を始めとする兵員の過剰保有が原因だ。上手いこと収まらずに四苦八苦しているようだった。
――うーん、兵員でもあり住民でもある。そりゃ多数にもなる。かといって俺はマリーの他に部隊の統率者を並べるつもりはない。
クァトロの基幹部隊、クァトロ戦闘団は二百人程度に増えていた。それは問題ない、コンゴからンダガク族兵、ブカヴ民兵団、キベガ族、コンゴ難民を集めたコンゴ民兵団、ルワンダではフォートスター民兵団、後発のルワンダ民兵団、ウガンダのソフィア自警団。ついでに言えばエーン中佐のレバノンプレトリアス親衛隊、アヌンバプレトリアス親衛隊、レバノンガーディアンズなども別系統の部隊として数えられている。
島の経済力を背景にした給与支払い能力のお陰で兵や装備に困ってはいない、それが逆に指揮を圧迫しているとは皮肉なものだ。だが欲しくなってから慌てて集めるようでは話にならない。
――ロマノフスキーを現場から退げた、俺の代わりを務められるやつを業務で拘束するわけにはいかんからな!
より戦略的な視点からマリー中佐に負担を強いている、自分が同じ歳の頃にはニカラグアで革命勢力を率いていた、ならば出来るはずだと目を瞑る。
――俺はマリーを信じて全てを預ける、それを布告してやるとしよう。
保留の箱に書類を入れておく、後はどれもこれも決裁済にまとめて放り込んだ。海外情報の更新も忘れずに頭に入れておく、自分がルワンダから出られないからと知らなくて良くなるわけではない。
――ワリーフは元気でやっているだろうか。
リリアン・オズワルトとの新婚生活、お祝いしてやろうと贈り物をしたのを最後に声すら聞いていない。関われば迷惑を掛ける可能性もある、今は幸福を祈るだけに留めた。
――あまりにも多くの何かを得すぎた、失うのがこうも恐ろしいとはな。
物ならばどうでも良いが、関わる人間がこうも増えてしまった。全てが大切で誰一人失いたくない、わがままであり、無理を言っているのは承知しているが、それでも諦めきれない。
「エーン中佐、明日広場に主要な者を集めろ」
「ダコール」
まずは後輩の背を押してやろうと決める。一番苦労しているだろうから。
◇
珍しくドクターシーリネンまで含めた主要な人物が全て要塞の内庭に集められた。島直下の者達は内城、島の前に左右に別れて並んでいる、その他の都市関係責任者や民兵団指揮官は内庭に整列している。何らかの重大発表があるのは明白だ。
「イーリヤ少将に敬礼!」
キシワ将軍ではなくイーリヤで呼称する、その微妙な立ち位置の違いを理解できる幹部のみがここに居られると認識してだ。初めて島を見る者も混ざっているが混乱は無い、注目が集まるのを待ってから口を開く。
「フォートスターの発展が目覚しく、集まった人や物は初期に比べ桁違いになっている。ここに改めて知らしめておくことがある。マリー中佐、エーン中佐、ブッフバルト少佐、前へ!」
事前に何も知らされていない三人だが、列を抜けると胸を張って眼前に並ぶ。揃って敬礼して言葉を待つ。
「ブッフバルト少佐、貴官を監督官から都市管理総責任者へ変更する。フォートスターに依拠する悉くを掌握せよ」
「ヤボール!」
運営、管理、建設、政治、議会、様々なものをひっくるめて彼に預けてしまう。とても少佐のするような仕事ではない。
「エーン中佐、貴官を監察官に任じる。都市、軍、住民、資金、法務あらゆる事柄に対する独自の監査権限を与える」
「ヤ!」
今までは島の代理として権限を付与していただけだが、独立した権限を与えた。これでエーン中佐の判断のみで全てを執行可能だ、島の権限を委譲した形になる。
「マリー中佐、貴官をクァトロ戦闘団司令とし、全民兵団の指揮を預ける。同時に司令官代理の権限を付与する」
「ウィ モン・ジェネラル!」
「平時はマリー中佐を頂点とし全てを執行する、中佐の命令は俺の命令と同義だ、覚えておけ!」
兵への指揮権、そこへきて任免権に処罰の執行権限、査定評価まで全ての権限を与えてしまう。ロマノフスキーの副司令官権限とどちらが強いか判断に迷う部分も出てくるだろう。以上、解散。クァトロ部員を残して皆が去っていく。
「お前達にはもう一つある」
十数人、島の側近クァトロナンバーズにだけ限り内容を内々に知らせる。
「エーン中佐に一号命令の発令権限を与える」
それが何なのか、端的に説明が加えられた。
マリー中佐は平時に全てを執行する、そう前置きがあったように、緊急時に指揮系統が切り替えられるようにとの配慮だ。
エーン中佐がそうすべきだと感じた際に一号命令が発令されると、全将兵への命令権限が彼に切り替えられる。これはマリー中佐の反乱を危惧した為ではなく、全ての汚名を彼が被って全力対応しなければならない事態、即ち島に危険が迫った時の切り札として設置された。
時間、場所、状況、手法、全てを脇に置いて執行される最優先命令。
解決された後に全責任を負って退場するのはマリー中佐ではなくエーン中佐、そういう仕組みだ。島の心を汲み取ったエーン中佐が申し出て、島がそれを承認した。
「自分が為すべきを遂行致します」
ロマノフスキー大佐は島の控えだが、マリー中佐は次の司令官候補、エーン中佐は島の補佐、はっきりとそう道行が決められた瞬間だ。
そういう意味ではブッフバルト少佐がマリー中佐の司令官就任時に控え役をする、そういう位置を認められたとも取れる。が、それを決めるのはマリー中佐だ。
「お前なら出来るさマリー」
緊張している後輩に笑みを向ける、買い被りではない、それは暫く後にいずれ証明される。
◇
キャトルエトワールに連なる難民が数ヵ月で二万人を超えた。食料自給率は皆無、一大消費地になっている。空輸ではコストが掛かりすぎるが、それでも空港も並行して利用していた。
シュトラウス少佐からの報告で、輸送機を数機購入することに決めた。ヨーロッパから移動する際に、医薬品や装備も満載してきたのはヒンデンブルグの商人としての柔軟さも表していた。
「マリー、このあたりに畑や牧場を作らせる」
ブッフバルト少佐が街の南西部、だだっ広い荒野を指して告げた。何もないのだ誰がどうしようとさして気にはならない。
市域を拡大した暁には警備も関係してくるので、予め話をしにきている。
「防壁を作って囲うか。土を固めてってだけなら誰でも働けるしな」
仕事を作る、それが役目だ。今まではいかにそれを割り振るなりして減らすかに頭を使っていたが、立場が変われば考え方がこうまで違うかと感心している。
「俺が言うようなことでもないが、専任護衛や副官も要るんじゃないか」
今までは部隊から兼務させたり、事務は自力でこなしていた、それも確かに限界だろう。
「まあな、そうしてみるか」
忠告を素直に受け入れておく、自分のためを想って言ってくれているのを感じたからだ。
「グレゴリー中尉を本部に引き上げる予定がある、配属先を探していたところだ」
副司令官副官が内情を暴露する。三日月島に居たときに、マリー中佐の補佐についていたのを思い出した。
「あいつはきっちりと意見してくる、丁度良さそうだ」
肩を竦めて問題解決を認めた、お互いの未決事項が減ったのを祝う。敢えて別部署に彼らを置いている配慮が憎らしい、人事とは深い。
「キール曹長の件、お前のところは大丈夫なんだろうな」
家族をベルギーに残してきている、もう暫く帰郷していない。妻が要塞に居るブッフバルト少佐には同じ内容で反論不能だった。
「ま、手紙の返事を見て判断するよ」
今週中に折り返しが来るだろう、軽く考えている。やらねばならないことが山とあるのだ。何と無くだが、エーン中佐が松濤に警備を置いたりしたのが理解できた瞬間であった。
「そうか。明日の朝一で中尉をやる、あまり根を詰めるなよ」
◇
それから数日、仕事を全く与えられていなかったロマノフスキー大佐が失業から回復した。マリー中佐が急遽長期休暇に入ったからだ。なるほど島の控えならばマリーのこなす仕事も当然代行可能だった。
「ソフィア自警団、そこを強化するぞ」
唯一域外に拠点がある民兵団を指して方針を示した。マリー中佐は国外だけに控え目だったが、失えば補填できない駒を保護するのは優先されて然るべきだ。
他所様の場所で好き勝手に振る舞う前に下準備をしておく。コロラド先任上級曹長に、地域の有力者連中を抱き込むための情報を仕込ませてあった。
「ソフィアとの橋にルワンダの国境警備隊が検問を設置しました」
多分稼げるだろうと狙い撃ちしてやってきたのだ。正規の権限があるのだから当たり前と言える。
「邪魔くさいな、お前たち名案はないか」
副司令官副官と、司令副官を前にして話を振る。既に答えは決まっているのかも知れないが、後進の育成がでらよりよい案があれば採用するつもりで。唐突な話しに慣れているブッフバルト少佐は良いが、グレゴリー中尉は面食らっていた。
「我等への許可証なりを発行するように要求してみてはいかがなものでしょうか?」
グレゴリー中尉が煩雑、不都合を回避する案を一つ出す。悪くはないがそれは主たる可能性を放棄したもので、確実性が低い。
「お前はどうだ」
良し悪しを口にせずにブッフバルト少佐にも問う。
「国境警備隊にも権利や言い分はあります。一般の者にはそこを通過してもらいます」
通行税、入国審査、表現は様々あるが正規軍の邪魔をするにしてもやり方はある。
「で、一般ではない我等は」
「公道の西側に新たに橋を設置します」
いかにも都市の総責任者らしい素敵な案が飛び出してきた。ロマノフスキー大佐が微笑する。
「その橋に国境警備隊が来たらどうする」
「フォートスター民兵団、マスカントリンク大尉に建設前から駐屯させます」
「更地に駐屯する、書類はお前が処理しておけ。あと長いからマサ大尉と呼称だ」
二人でやっとけ、承認だけ与えて実務を丸投げした。自分が考えていた案とほぼ軸を同じくしていたので機嫌が良い。計画とは並列して行うものだ、二人が退室すると受話器を手にしてどこかに連絡を入れる。
◇
「ボス、タンザニアの政府筋からの情報です。ルワンダ民主解放戦線はタンザニア国内で勢力を弱めているようです」
先の襲撃、ラジオミドルアフリカで猛烈に批判報道を繰り返した上に、AFP通信――フランス放送局でも声高にバッシングをしたそうだ。結果、民衆から総スカンを食らってしまい、居場所を失いかけているらしい。
「解り易い構図になったのは、若い奴の努力のお陰だな」
――これで奴等がタンザニアで一暴れしようものなら犠牲が大きい、これを支援すべきだ。
DFLR、DemocraticFront forthe Liberation of Rwanda。組織名なのか略称なのか、このあたりではこれで通じる。問題はいつどこで虐殺事件が巻き起こるかだ。越境して救援する頃には全てが終わってしまっているだろう。
――隣国での行動の自由を得る為にどうする。東アフリカ共同体の枠組みを利用出来ないだろうか、カガメ大統領とムセベニ大統領、それにケニアのサイトティ警察・治安大臣に話を通すことが出来れば、タンザニアも信用するかも知れないな。地方の豪族は俺がやらんと目が行き届かんな。
あれもこれもとは行かない、かといって大統領との約束をなおざりになど出来ない。DFLRの対策をロマノフスキー大佐等に任せる、そうすることで同時進行しようと方針を定める。
「手駒が足りんな……」
実働部隊はフォートスターから引き抜くわけには行かない、かといって新たに部隊を作ったとしても指揮官が不足している。いきなり困ってしまい唸る、するとサルミエ大尉がこの前のことを思い出し助言した。
「ボス、ブニェニェジ少将のところから基幹となる部隊を借りてはいかがでしょうか?」
「借りるだって? そういえばレティアにそんなことを言われていたな」
――アルバイト大募集か、傭兵だと思えば使えるな。なにより大統領命令の遂行だ、立派な仕事だ。
日当や手当てをちゃんと出してやれば国軍の出来上がり、親衛隊は居るし国内の摘発活動ならそれでいいかと納得する。首都で何かあればバスター大尉の分遣隊も招集可能だ、二十人そこそこでしかないが、確実な手駒があるとないでは信頼度で雲泥の差だ。
「サルミエ大尉、カガメ大統領に謁見の申請だ。イーリヤ将軍として正式にな」
「ダコール」
翌日には謁見が叶えられ、その更に翌日には島の目の前に二百人の部隊が整列していた。各地から首都にリクルートされていた手勢、レティシアに呼び出されるのを心待ちにしていた連中だ。
「特別部隊モディ中佐です、閣下!」
任務に忠実、金で能力が数段アップする素敵な集団だ。通常任務は一人年棒三百ドル程度、戦争をするなら一日百ドルで命を投げ出しても構わないと断言する面々、特別任務に際して手当て日当二ドルを貰えるなら喜んで休まず働くと申し出てきた。島の返答はイエスだ、そこへきて続きがあった。
「軍属を募集する、戦闘可能な者は五ドル、支援や諜報のみなら二ドルを支給する。紹介者には一人五ドル、優秀な者は更に上乗せしてやる」
お前達は手当て十ドルを約束してやる。まるでゴールドラッシュ時代にでも迷い込んだかのように沸き上がる。ソマリア傭兵として生き残った者が全員家を建てて、一族の長者になった伝説は本当だったと顔が期待で輝く。一方の島は資産の一握りで不都合を帳消しに出来るとあって双方が良好な関係を築けそうだ。
「上限人数は御座いますか?」
「中佐は何人まで指揮可能だ」
質問を返して規模の目安にしようとする。マリー中佐ならばもう連隊の一つや二つは指揮可能だろう、ロマノフスキー大佐はそれこそ師団でも。
「千人程ならばきっと」
「では上限は八百人だ」
将兵の目が爛々としている、つまりは四千ドルが山分けになる。早いもの勝ちになるのか、能力別になるのか、いずれにせよ沢山紹介してやろうと頭が一杯になっているのが解った。
「条件はフランス語か英語を理解する者だ。まあスペイン語でも構わんがね」
――今日は仕事にならんだろうな。明日から雇用の処理だ。
解散。そう言葉を残して明日の朝に再度集合、人員の面接も明日から行うと姿を消す。モディ中佐は即刻部隊を散らし、最高の兵を集めろと声を上げた。
「ボス、どのように選別致しましょう」
「特殊な能力を持った者を抽出しろ、それ以外はモディ中佐に預けるんだ。別に上限は気にしなくて構わんぞ、仕事なんていくらでもあるからな」
詳細はお前が決めて良いぞ、副官に多くを預けてホテルへと行ってしまう。エーン中佐もそれについていった。サルミエ大尉はどうしたものかと悩みながらその後を追うのであった。
執務室で受話器を手にして繋がるのを待つ。一応政府の後押しがあるので、不審な相手であっても電話を切られはしなかった。
「誰だね」
「サイトティ大臣閣下、イーリヤです」
「おおっ君か! ルワンダ政府筋と言うから後回しにしてしまったよ、すまない」
「色々とあり、お世話になっていまして」
「聞いたよ、ソマリアの一件は。ケニアに来てくれれば同じ様に客として扱うが」
北東、ジュバランド近辺に居て貰えたら間違いなく治安面で効果が上がる。サイトティ大臣が自らの庇護下に迎えると約束した。
「ルワンダに借りが出来てしまいまして。そのお言葉への礼はいずれ示させて頂きます」
「気長に待つとしよう。してどうしたんだね」
「はい。ルワンダ、タンザニア付近の武装勢力、自分の手勢で対抗したく、タンザニア政府に口利きをしていただけないかと思いまして」
「代償はなんだろうか」
「平和が訪れるならば、何も要りません」
「相変わらずのようだ。海賊が減ったのは君の力だろう、賊退治の話は私から先方の国防大臣に通してやろう」
「ありがとうございます閣下」
「政府としてこんなありがたい申し出は願ってもないからな。だがイーリヤ少将からの話ではいかん」
「ルワンダ政府との扱いにしていただけたら」
「いや違う、東アフリカではキシワ将軍の方が有名でな。前に言っていたな、うちの若い奴等に経験を積ませたい」
死んだら死んだで構わん、そこまでの奴だと言い切る。
「自分で良ければ」
「君が良いんだ。兵卒扱いでもなんでも、何せ鍛えてやって欲しい」
「お預かり致します」
「ルワンダの次はケニアだと期待しておく」
社交辞令だろうか、或いは本気かと思わせるような言葉を残して通話を終える。
――国家の面子より治安維持か。サイトティ大臣だから、というわけでも無さそうだ。
異様に広い国土、薄い人口密度、少ない予算に人員、悪化する治安。アフリカに概ね共通する懸案事項、もしかすると遊撃軍のようなのは重宝するのかも知れない。大前提がある、それは遊撃軍そのものが狼藉を働かないという部分。
――厳罰は好きではないが、軍規を厳しく制定運用する必要がありそうだ。
◇
「タンザニアの出入り禁止、難しいところだ」
ロマノフスキー大佐は全体を見て弱いヶ所が何かを指摘する。関係が無い場所だからこそ、方向性が定まらない。敵対しているならばいっそそれでやり方はある。
第一次の間引きを行った。選別にかけて最優秀者はクァトロに、次点は各民兵団にだ。不適切な人材はまとめて居てもいなくても構わない、警ら部隊に詰め込んでしまう。
「基本装備は集まった、戦争をするには足らないが、治安維持には過剰だな」
司令官室で一人ぶつぶつと言いながら近い未来を予測する。万全を期すつもりは無い、だが最悪を考えるのは頂点の務めだ。
「失礼します、ボスが戻られます。それと、明日にはマリー中佐も帰還予定で」
「そうか、わかった」
お節介も仕舞いにしよう、ロマノフスキー大佐は時間がかかる仕込みを止めてしまう。今日、明日の運営のみに集中して職務を終える。
「代役はここまでだ。俺も独自にやらねばならん時が来たわけか……」
自由を与えられた。それは己で行動を考える義務を課せられたに等しい。特別な何か、浮かぶ案のどれを実現させようか、微笑を浮かべ椅子に深く座り直すのだった。
◇
ルワンダ国内はイーリヤ少将が直接、ウガンダ国内は大統領命令で特別に活動の根拠を得た。そして驚くべきことにタンザニア政府は、キャトルエトワールのキシワ将軍に行動の許可を出した。
「俺が居ない間に状況がこうも変わるとはな」
むしろ居て邪魔をしてるんじゃないかと悩んでしまいそうになる。マリー中佐はルワンダ解放民主戦線が、タンザニア北西部に本拠地を置いているのを知った。
ルワンダ領内を南下し、そこからタンザニアに進入、北上してウガンダへ押し出す計画を打ち出す。
「タンザニアからは軍が五十人、ミューロンゴ自警団が二百程参加します」
どうしてそんなことが可能になったのか、グレゴリー中尉は相変わらず首をひねる毎日が続いている。クァトロは規定外の行動が多すぎる、正規軍の頭ではついていけない。
「ソフィアにはフォートスター民兵団を増援、ミューロンゴにはルワンダ民兵団を増援だ」
ソフィアはトゥツァ少佐、ミューロンゴはドゥリー中尉を本部指揮官にする。フォートスターはロマノフスキー大佐が居残り、臨時で各民兵団はブッフバルト少佐が面倒をみることになった。
越境作戦、南スーダンでは地元の協力が得られた上に、奇襲出来たので被害は少なかった。だが今度は状況が違う、動きが察知され対抗手段を用意されている前提での作戦だ。
「マリー中佐、クァトロ戦闘団準備完了」
ビダ先任上級曹長が機械化歩兵部隊を見回して報告する。次席将校はハマダ中尉、前衛はストーン少尉が指揮していた。部隊に入り日は浅い、だがしかし島によりクァトロを認められていたのでマリー中佐も彼を信頼することにした。
「ルワンダ国旗を下ろせ、クァトロ軍旗を掲げろ。俺達はキャトルエトワールの軍勢だ!」
国内移動用に示していた軍旗をしまいこみ、許可された集団の旗を車体に括りつけた。子供騙しの最たるものだが、国際的な活動になくてはならない道具なのもまた事実。
数少ない装甲戦闘車両、それを前衛に配備している。マリー中佐が乗っているのは、通信設備を増設した輸送車両でしかない。
「ミューロンゴにも入城、防衛態勢を整えました」
ドゥリー中尉からの報告をグレゴリー中尉が上げる。全て舞台は整った、後は敵を撃ち破るのみ。
「クァトロ戦闘団、越境するぞ!」
ルワンダ中東部、アカゲラ国立公園の南、イエマ湖付近からタンザニア領に進入、そのまま東へ三十分程直進する。荒地と草原、でこぼこの大地を無理やりに走行した。やがて国道182号が見えきたのでそれに乗り北へ進路を変える。
「前衛ストーン少尉、地元住民の一部がこちらに気づいていますが目だった反応無し」
どこまでが国道なのか良くわからない程に細く荒れた道だ。道の左右にまばらに家があるだけ、未開発地域でこれといった目印もない。北へ走ると次第に背の低い木がぽつぽつと出てくる、それが増えてくると家が減ってきて最後には建物がなくなる。
「集落を発見。通過します」
「北西へ進路をとれ」
「ダコール」
そこを分岐に行き先が大きく変わる、起伏がやや多い地域を走る。畑作地帯が目に付いた、農家がところどころにあり管理をしているようだ。上下左右にうねりながら道を進む、暫く行くとクウェンダの街にたどり着いた。一旦ここで給油をしておく、抱えてきたポリタンクには手をつけずに補給を済ませる。
「ストーン少尉、ケェルワの偵察を行え!」
「ダコール」
そこから十キロほど先の潅木地帯、軽車両のみを抽出し様子を窺う。コロラド先任上級曹長の調べではこのあたりにDFLRの一大拠点があるそうだ、彼がそういうならばまず間違いない。ステップ地帯での部隊運用能力、ストーン少尉の言が真実ならばクァトロでも随一のはずだ。十分ちょっとの偵察で一帯の地形から偽装拠点を炙りだした。
「ストーン少尉より本部、DFLRらしき集団の拠点を確認」
「詳細をハンドディプレイに送れ」
すぐに将校らのそれに大雑把な配置が表示された。緑が濃い丘を中心に警戒線を張っているようで見張りが置かれているようだ。
「ハマダ中尉、公道を迂回して北西に位置しろ。ゴンザレス少尉、南東の前衛だ。ストーン少尉東で待機」
西へ逃げるならルワンダ国内なのでそれでも良かった、北へ追い立てるつもりで火力を集中させる。隠れる場所が少ないのだ、相手も気づいて防衛態勢をとり始める。
「クァトロ戦闘団、攻撃開始だ!」
迫撃砲を皮切りに、三方から射撃が行われる。敵も敏感に反応して反撃を行ってきた。
意外と激しい反撃、数も多い。どうしてそんなにと思っていたら「ムニャガラマ副司令官旗を確認!」前線の兵士が声を上げた。
「当たりを引いたか、ビダ先任上級曹長、専任部隊を一個小隊用意しておけ」
「ヴァヤ」
もし姿を確認出来たら副司令官のみを追撃する部隊を放つ、何せ逃げ足が速い相手が居る、潜伏でもされれば探し出すのは年単位になる恐れがある。硬い防備、厚い弾幕、だが相手がここに集まっていたのには理由があったようで、北側の隙間から部隊が出撃してきた。
「戦闘集団が離脱していきます」
「見逃しておけ、監視だけ貼り付けろ」
多くの部隊に守られて副司令官旗が動く、どうやら拠点を出るつもりのようだ。左右にストーン少尉とハマダ中尉の攻撃を受けながら北へ移動する。
「本部も移動だ、ゴンザレス少尉が後衛を受け持て」
「ヴァヤ」
無人になった拠点に火を放つ、二度とここを使えないようにしてこの場を去る。丘の一部にクァトロ軍旗を突き刺して。
「こちらドゥリー中尉、ミューロンゴが猛攻撃を受けています! 現在防衛中」
「本部マリーだ、誰に攻められている」
「ムピラニヤ司令官旗を確認! 自警団が壊滅状態、住民を避難させ我等が追撃を阻止しています」
「すぐに増援に向う」
入れ違いで攻勢に出ているところだったようで、まずはミューロンゴに報復でといったところだろうか。国道を塞いでいる奴等がいるので移動も滞り気味だ。
「しくじったか、遅滞行動をとられている。あまりにも早い段階で計画が漏れていた可能性があるな……」
思い悩んでも仕方ない、可能な対策をするのみだ。クァトロ戦闘団が増援不能ならばソフィアの機動部隊を動かすしかない。
「戦闘団司令マリー中佐だ、トゥツァ少佐」
「はい、中佐」
「ミューロンゴでドゥリー中尉が苦戦している、そちらから急行するんだ」
「ウィ コンバットコマンダン!」
「本部も増援するが公道を塞がれていて足が遅い、頼むぞ少佐」
「三十分で参戦します」
歯軋りしながら敵軍の殿を睨みつける、明らかにマリー中佐の読みが甘かった。最強の軍が遊兵になっている、失策の極みといえる。
「何をしているんだ俺は!」
車両のドアを拳で叩きつける、ふがいなさに腹が立った。
「ドゥリー中尉、ルワンダ民兵団の被害は甚大、撤退行動に移ります」
いずれ聞く事になるだろうと思っていた言葉が早くも聞こえてきた。民兵なのだ、それを責める事は出来ない。中尉が無事なことを不幸中の幸いと考えるしかない。
「マサ大尉より本部、北西の山岳より伏兵。ソフィアに攻撃を受けている」
「公道にバリケードが! ミューロンゴへの増援は時間を要する」
旗色が良くない、皆がバラバラに動いてしまい劣勢だ。同等の戦力で敗北を喫することなど許されるわけがない。クァトロの歴史でも、そんなことは一度足りとて無かった。
「ハマダ中尉、ストーン少尉、国道の敵を強行突破しろ!」
「ダコール!」
ようやく今になり、無理を押し通すように命令を出す。遅すぎた。いいようにあしらわれて被害を拡大させ、獲られたものは何も無い。目を覆わんばかりの戦果に焦りが出てくる。所詮若造の指揮する軍だと馬鹿にされても仕方ないほどにだ。
「中佐、東より伏兵がちょっかいかけてきてますぜ」
「ビダ頼む」
「お任せを。ムピラニヤ司令官とムニャガラマ副司令官、二つの首さえあれば勝利です」
精神的に追い詰められているのを見て、ビダ先任上級曹長が言葉をかけてくる。はっとして目的を再確認する。
「ビダすまん、寝ぼけていた」
「いえ、では暫し掃除に勤しんできます」
軍曹共、着いて来い! 声を張り上げて二個小隊を引き連れると東の集団へ向けて車を走らせて行く。
「フォートスターのお節介者だ」
「大佐、状況が思わしくありません」
「そうか。ま、こいつは戦争だ、何でもかんでも上手く行くとは限らん。ソフィアにはキベガ族を増援しておいた」
「申し訳ありません」
「そう凹むな。ヘリ部隊もミューロンゴへ飛ばした、多少の役には立つだろう。戦いは始まったばかりだ、邪魔して悪かったな」
そういうとロマノフスキー大佐は通信を切ってしまった。これ以上何か話をしていると、マリー中佐がいたたまれない気持ちになるからと。
「本部も国道の突破に参戦するぞ!」
上手くやろうとするから失敗する、そう考え直し全力でことにあたろうと決めた。号令を聞きつけビダ先任上級曹長が出たばかりなのに本部へ帰還する。伏兵は軍曹に任せてしまい、本部中隊の指揮に戻る為に。
◇
ミューロンゴの街は煙を上げていた、あちこちに兵士が居て略奪と放火をしては大暴れする。ムピラニヤ司令官は北部、ウガンダの街キカガチへ向けて本部を移動させる。ルワンダ解放民主戦線の実力と恐ろしさを示した、暫くウガンダに潜んでいればカガメ政府も翳りをみせるだろうと。
「ルワンダ民兵団、秩序を保て、味方がすぐにやって来る!」
ドゥリー中尉の激励で何とか全面崩壊することを避けられているが、いつ潰走するかわかったものではない。旗手が倒れて四ツ星の軍旗が地に着いた、下士官に命じてそれを掲げさせる。街を守ると言っていたくせに意気地なく逃げ出す体たらく、そのうえ軍旗を失うなど恥ずかしくて出来ようはずも無い。
「耐えろ、ここが踏ん張りどころだ!」
要になっている中尉を狙って弾丸が飛んでくる、身を低くするが隠れるわけには行かない。将校の務めを果たす為に逃げ出すことは出来ない、兵が一人でも生き残って戦っている限りそれは絶対だ。
西の空から細いシルエットのヘリが飛来する。敵軍目掛けて機銃掃射をするが何せ効果が低い、戦闘ヘリではないのだ。
地上から機関銃で応射する、偶然を伴い弾丸がいくつかヘリの床に突き刺さる。トリスタン大尉が足を負傷した。ヘリのパイロットは足を負傷することが多い、その原因がこれだ。
「大尉、すぐに帰還を!」
クルーが帰投を進言する、だがトリスタン大尉は首を横に振ってそれを却下した。
「積んできた弾丸を全て撃ち切るまでは地上援護を継続する!」
歯を食いしばって痛みに耐える、クルーが鎮痛剤を投与してから機銃掃射に戻る。ここで逃げ帰ればルワンダ民兵団が全滅してしまうからだ。北西にトゥツァ少佐の機動部隊が見えている、もうすぐミューロンゴに辿りつくだろう。コムタック将校通信にモネ大尉が発した。
「ミューロンゴ北にムピラニヤ司令官旗を確認。ウガンダ領へ移動中の模様」
これを取り逃がしては作戦を立てた意味が無い。
「マリー中佐よりトゥツァ少佐、司令官を追え」
ドゥリー中尉が窮地に立たされるのを承知でそう命令を変更する、無論彼もそれを耳にしているはずだ。
「トゥツァ少佐、了解です」
抗議も無ければ異見も出されない、司令の命令が受け入れられる。
「ハマダ中隊、縦深陣に苦戦中!」
「ストーン少尉、一部が突破、しかし孤立」
今まで戦ってきた相手に比べて特段強いわけでは無い、段取りの不味さが足を引っ張る。
「ストーン少尉、公道を離れて追い抜け! ハマダ中尉は公道から外れて支援に回れ。ビダ先任上級曹長、敵を抜くぞ!」
「スィ! 本部の戦闘部隊をお預かりします!」
曹長を一人連れて行く、ビダ先任上級曹長の邪魔にならないように将校を配備しない。武装ジープ分隊が複数飛び出す、先頭はいつものように彼だ。
「ストーン少尉より本部、突出に合わせて側面から制圧射撃を実行します」
「ハマダ中尉より本部、軽装甲車両をビダ先任上級曹長に移管します!」
各自がなすべきことを申告する、マリー中佐は戦術面で負担を軽減された。
「突入するぞ、俺に続け!」
背は低いが胸板がやたらと分厚い男が吠えた。弾丸が飛び交う戦場をものともせず、ぐいぐいと道を進んで行く。西側の荒れ地をストーン少尉の部隊が激しく揺られながらも移動している、遠距離の射撃など当たるはずもない。だが近くを撃たれれば気になるのはやはり皆が同じだ。
ビダ先任上級曹長が乗った車両が火災を起こして道路脇で停車した。すると後続が近くに停まり、彼を乗せてまた先頭に躍り出る。
「やはり突破ならばあいつだ! 本部も公道を突っ切れ!」
「ヴァヤ!」
補佐にと置いていったガルシア曹長が、ビダ先任上級曹長の代わりに命令を通達する。彼もまたがっしりとした体格で、兵に安心感を与えていた。タイヤを撃ち抜かれ、また乗車するジープを替えると先頭に舞い戻る。勇敢さにかけてはクァトロで一番、不動の名誉を保持し続けている。
「遅滞部隊を突破!」
「ビダ先任上級曹長、そのまま孤立した戦闘車両を糾合し、ドゥリー中尉の指揮下に加われ!」
近くで爆発があったので返事は聞き取れなかった、状況が刻一刻と変化する。
「トゥツァ少佐より本部、移動中の敵を発見、攻撃に移ります」
「マサ大尉より司令部、ソフィアを攻撃中の敵が撤退していきます」
「ゾネットより首領、山狩りを始める」
「ゴンザレス少尉よりマリー中佐、残党が追撃を仕掛けてきます」
「ヘリ部隊モネ大尉、全機帰投する。トリスタン大尉が負傷、ヘリポートに医者を待機させてくれ」
一気に事態が加速する、交通整理をするのがマリー中佐の役目だ。
「ストーン少尉、トゥツァ少佐に増援だ」
「ダコール」
ビダ先任上級曹長の部隊が道を右に折れて行くが、ストーン少尉は直進した。本部もまた直進し、ハマダ中尉もそれについて行く。
「ゴンザレス少尉、追撃を足止めした後にドゥリー中尉の指揮下に入れ」
「スィン」
「マサ大尉、フォートスター民兵団をミューロンゴへ移動させろ」
「半日は掛かりますが」
「構わん、キャトルエトワールの軍旗を掲げて行動だ」
トラックはあるが徒歩の者が殆どなのだ、復興に従事させるつもりで命じておく。途中にあるバリケードの除去も指示した。
部隊を割り振ると司令官を逃さない為にどうすべきかを思案する。ウガンダの奥地に行かれてはお手上げだ。トゥツァ少佐が全体を理解していたら、北側に回り込んでいるはずだ。
「トゥツァ少佐、報告を」
「ンダガク隊は西から北にかけて追撃戦を展開中」
マリー中佐が渋い表情を浮かべる、追うだけでは満足行かないと。
「ウガンダ内陸へ向かわせるな、迂回して足止めだ!」
「ダコール」
それを責めは出来ない、自身の失敗はより重大なだけに。ビダ先任上級曹長が合流したと報告があった。
「ドゥリー中尉、副司令官が北へ向かっている。民兵団の負傷者をミューロンゴに置いて追撃する」
「本部はウガンダへ行くぞ、ゴンザレス少尉切り上げろ!」
「スィン、敵を引き離します!」
ミューロンゴには悪いが暫くは無防備になってしまう。残党が少数で攻撃することは無いだろうが、マサ大尉が到着するまでは恐怖が蔓延してしまうだろう。
「クァトロ航空部隊、クァトロ戦闘団。輸送機を偵察機代わりに飛ばした」
「戦闘団了解」
領空侵犯を頻繁に繰り返すのはいただけないが、そんなことを言っている余裕が失われた。後から苦情があるだろうが、全てマリー中佐が引き受けようと決める。
「医師団長シーリネンだ。ミューロンゴにまで野戦病院中隊を送ることにする、護衛を貸してもらうよ」
「マリー中佐です。ご迷惑をお掛けします」
「多かれ少なかれ怪我人は出るさ。お互い前を見ようじゃないか」
「ありがとうございます」
ミューロンゴの恐慌は二時間で収まることになり、キャトルエトワールは批判ではなく感謝で迎えられた。
荒地を爆走すると転倒の恐れがある、控えめに走れば間に合わない、ではどうするか。
「たどり着ける者だけで良い、ムピラニヤ軍を目指せ!」
多少の脱落を無視して急行するように命じる、マリー中佐は千載一遇のこの機を逃すまいと部隊を急かす。思っていた通り、数台が転倒して怪我人を出すが多くが戦場にたどり着いた。
「間に合ったか! クァトロ戦闘団に下命、敵の本軍を殲滅しろ!」
トゥツァ少佐のブカヴ・ンダガク民兵団が必死に移動を妨害しているのが目に入る、数が少ないせいで苦戦していた。だがそこへクァトロの二個中隊が参戦、わき目も振らずに突撃した。駆け引きも何もあったものでは無い、銃口を敵へ向けて銃撃を繰り返す、それだけだ。ムピラニヤ司令官もきっと狂人の類がやってきたと唸っているだろう。
「上空よりスルフ軍曹、戦場の北東に百程の不明集団発見」
シュトラウス少佐の副操縦士だったタンザニアの青年、彼もかつての上司が職場を提供してくれると聞いてやって来ていた。最初は驚いていたが、ニカラグアのアレがあったのだ、今さら不思議でもないかと考え直すと勧誘を受けた。
「戦闘団長マリー中佐、スルフ軍曹、不明集団の識別を」
「イエッサ」
敵ならばトゥツァ少佐が挟撃されてしまう、これ以上失策を重ねるわけにはいかない。指揮下の兵が全力で接近戦を企てる、あと一つ二つ勢いが足らない。攻めあぐねているところに報告が上がる。
「黒黄赤の軍旗を掲げています」
「ウガンダ軍! 少なくともDFLRではないか。だが油断は出来んな」
「警告、軍が接近します」
明らかに関わろうとしている、どうにか近づけないようにしたかったが名案が浮かばない、そのうち無線が通信を受信した、英語だ。
「こちらウガンダ正規軍ルウィゲマ少佐、DFLR攻撃に加勢する!」
「ルウィゲマ少佐か! クァトロ戦闘団マリー中佐だ、ウガンダ内陸への移動阻害を要請する」
「ラジャ、お任せを」
まさかの人物がうろついていた、北側の国境警備ではなかったのかと疑問は残るが目の前にいる事実を優先する。
「トゥツァ少佐、突入しろ!」
「ダコール」
司令官旗を目指して新たに百の軍兵が切り込む、敵が大いに乱れた。だがまだ総崩れとは行かない。
「ドゥリー中尉着陣! 我等も突撃する!」
副司令官旗を追ってきたら合流することになった。本部の南側を通過して東南方面から攻撃を加える、装甲戦闘車両が先頭を進んだ。対人能力は極めて高い、それだけに歩兵が邪魔になり性能を発揮できない可能性がある。
「歩兵は乱戦を抜け出せ! 戦闘車両を中心に蹂躙しろ!」
一旦整理しようとするも上手く行くはずもない。泥沼の推移に渋い顔をする、だが途中でやめるわけにも行かない。
「手すきの歩兵は南に集合しろ!」
ビダ先任上級曹長の声が聞こえた、越権なのを承知で独断で招集を掛ける、マリー中佐も煩いことは言わない。兵が小銃着剣している、二列横隊に整列、タイミングをみて一斉に突撃した。
「今だ、歩兵は後退しろ!」
一角が崩れて集中力が乱れる、武装ジープが遠距離射撃、装甲車両が中心で近接戦闘、歩兵が散開した歩兵を駆逐する。全ての行動がかみ合った瞬間に恐ろしいほどの攻撃力を生み出す。
「包囲だ!」
後退した歩兵が薄く広く戦場を包囲する。身を隠せる場所が一つ残らず失われ、壮絶な死を迎える。一気に優勢になる、ビダ先任上級曹長の歩兵部隊が司令官旗のすぐ傍にまで進出した。
「ムピラニヤ司令官旗を奪った!」
クァトロが歓声を上げる。軍旗を奪った、勝利の瞬間だ。戦意を喪失した者が地べたに座って両手を上げる、だがこれで終りではない。副司令官がどこにも見当たらないのだ。
「まだだ、ムニャガラマ副司令官を捕らえるまで終りでは無いぞ!」
部隊を大至急再編制すると、ドゥリー中尉に半数を預けて急行させる。その間に武装解除を進め、マリー中佐はルウィゲマ少佐と顔を合わせた。
「少佐、何故ここに?」
「じつは大統領に耳打ちされまして、ここらで騒動があるぞと」
それが何を意味してるのかを素早く察知して、今後の糧にする。島ならばきっとこうしただろうと信じて。
「少佐に司令官の身柄を渡す、功績にしたら良い」
「ですがそれでは中佐がお困りでしょう」
「うちのボスは報告だけでわかってくれるんでね。それに俺は友好的な人物にはそれなりの態度をとると決めているんだ」
微笑して肩を竦めてやる。二度も助けられて知らんふりするような奴は、自分でも嫌いになれる自信があるぞ。妙なことを口にして。
「ムセベニ大統領へ報告致します。キャトルエトワールはウガンダに有益な集団だと」
マリー中佐の号令で残る半数もタンザニア方面へ移動を始める、副司令官を捕らえるのもきっと時間の問題だろう。
全軍を糾合してムニャガラマ副司令官の行方を捜索する。敵の一部が懲りずにミューロンゴへ向ったと報告が上がった、放置していたのはマリー中佐の方針だ。
「またDFLRが来たぞ! 病院を守れ!」
しつこい奴等だった、野戦病院代わりにしている公館が包囲され報復攻撃を受けている。立て篭もった自警団と負傷しているキャトルエトワールの兵が抗戦した。
「ドゥリー中尉、一個中隊で救援だ!」
「ダコール」
こんなことならば部隊を一つだけでも残して来たら、配慮が足らない自分に何度となく腹を立てる。拙い指揮、先が見えていない、経験不足なのか能力不足なのか。十数分で包囲を突き破りクァトロの中隊が防衛に参戦する。ところが攻勢が止まない、発見出来ない副司令官より先に目の前の敵を排除しよう、マリー中佐が矛先を変える。
「全軍、ミューロンゴの敵を掃討するぞ」
散開して捜索させていた部隊を元に戻してミューロンゴの敵を包囲挟撃する、内と外からの攻撃でDFLRが混乱を起こすかと思ったが意外と頑張る。不審に感じたところで背後から声が聞こえてきた。
「しまった、二重包囲か!」
中心の野戦病院に籠城している味方を敵が包囲し、それを本隊が包囲しているが、更にその外側を包囲されてしまった。逃げ出すわけには行かない、かといって挟撃を受けては被害が拡大してしまう。ムニャガラマ副司令官が戦争上手と気付いたのが遅すぎた。
初めての戦況に判断がつかず一瞬パニック状態に陥る、そこでビダ先任上級曹長の言葉を思い出した。気持ちを落ち着けるのに三秒、マリー中佐は命令を下す。
「ムニャガラマ副司令官を探せ、そいつを倒せば俺達の勝ちだ!」
明確な目標を掲げることで不利を感じさせない、各所で部隊が指揮所を探す。それらしき場所が四箇所報告に上がった。
「トゥツァ少佐、ハマダ中尉、ストーン少尉、ゴンザレス少尉、各部隊敵の指揮所を潰せ!」
「ウィ モン・コマンダン!」
籠城している味方を信じて内部の包囲を解除して攻撃に専念する。ムニャガラマ副司令官は軍旗を下げて潜んでいる、だがマリー中佐は堂々と掲げて存在を誇示した。
「俺は逃げ隠れする卑怯な真似はせんぞ!」
黒地に四ツ星、8の刺繍がされた専用軍旗を靡かせ指揮を執る。
猛烈な攻撃が野戦病院に向けられる、だが必死に耐える。ここで救援に戦力を割けばまた相手の思うつぼになるだろう。壮絶な消耗戦、生唾を飲み込んで推移を見守る。
「副司令部を制圧した!」
ゴンザレス少尉の声が上がる。
「全軍勝どきを上げろ! 残敵掃討だ!」
オールレンジで言語をたがえて繰り返す、ムピラニヤ司令官とムニャガラマ副司令官を拘束したと。戦争には勝った、だがまだ敵は存在する、戦闘は終わっていない。多くのルワンダ解放民主戦線兵が離散していく、その背を追って分隊が追撃を始める。司令の役割は後始末をどうするか、そこへ移り変わる。ビダ先任上級曹長を呼び戻して仮司令部をその場に設置する。
「フォートスター民兵団が到着するまでここで指揮を執る」
三度攻め込まれでもしたら目も当てられない、同じ失敗をしては行けない。今までに無かった経験を山のように積んだ、いかに自分が未熟かを痛感させられる。
「中佐、大切なのは勝利することです」
「いつか俺は期待に応えられるだろうか?」
「勿論。必ず自分が支えます」
ビダ先任上級曹長はマリー中佐を常に支える、それがクァトロで己の在るべき姿だと知った。
◇
ルワンダ民主解放戦線、その司令官らが捕らえられた。ニュースがアフリカを駆け巡る、ウガンダでウガンダ正規軍が司令官を、タンザニアでキャトルエトワールが副司令官を。
「ムセベニ大統領から驚きの連絡があったよ」
キガリのホテル、臨時司令部という名目のスイートルームで島がレティシアに明かす。ウガンダ軍への配慮に感謝する、そのような内容と共にこちらでも客員司令官として名を連ねてみないかとの申し出だ。
「タダより高いものは無いって知ってるんだろうね」
カガメ大統領然り、ムセベニ大統領然りだ。真に好意のみで言い出せるようなことではない、無論一存でもないのだろうが、あまりにも冒険が過ぎる。
「マグフリ大統領もだ」
タンザニアでもキャトルエトワールの名声が高まり、キシワ将軍へ国内北西部での治安権限を認めるなどと言い出していた。島としては行動の自由が得られて在り難いのだが、素直に受け止めて良いのかどうかが解らない。
「どいつもこいつもお前を便利な道具だとでも思ってるんじゃないのかい」
気に入らないね。彼女が不機嫌になる。
「ま、俺もあちこち責任を負うことが出来る立場じゃないからな」
――とは言え、名目上の部隊運用根拠が無ければ現場が辛い。
国家の客員司令官では直接的に迷惑が掛かる恐れもある。間に二つ、三つ挟んでのぼやけた何かにすべきだ。
「サルミエ大尉、東アフリカ連合の治安維持機関、こいつの設立提唱の草案をまとめておけ」
「畏まりました」
より限定的な範囲で、尚且つ大統領らに不都合が無いようにと、いつでも切り捨てられる組織を産み出そうとする。警察情報の交換なども含めて、鈍重な体制になるだろうが盾としての役割は果たすはずだ。
――ずる賢くなったものだ。恩返しがやぶ蛇にならないよう、関係各所の担当に意見を聞きながらだな。
ルワンダ、ウガンダ、ケニア、タンザニア、もしかしたらブルンジも巻き込むことになるかも知れない。国際指名手配犯が表面に出ないよう、何処かの誰かが名目上の指揮官を引き受けることになる。
高いツケを払うことになったのはドス・モラエス中将で、渋々調印式でサインするのは、これから二ヶ月後のことだった。
◇
「英雄と指名手配犯、忙しそうね」
笑顔で島に話し掛けてくる、いつか誤解がとけたら良いわね、と。
「由香、俺は別に平凡な一般市民で構わないんだがね」
「そんなの無理でしょ」
あっけらかんとして即座に否定してきた。反論出来ないのは島自身が一番よく解っている。
「どうだろうな。キガリには慣れたか」
アフリカであってアフリカとは言えないような都会。砂漠に突然現れる、ドバイのオアシスメガロポリスに似ているかも知れない。
「ええ。悪意ある対抗報道がある度に仕掛けてるわ。AFP通信が負けるわけにはいかないのよ」
――負けるわけにはいかないか。俺も何度そう言ったやら。
妙な共感があった、自然と笑顔になる。ルワンダ解放民主戦線は司令官らが裁判にかけられる見通しになり、勢力が急速に減退していた。投降する兵らがキャトルエトワールではなく、国軍でもなく、各地の警察を選んだのは戦いの壮絶さを象徴したものだろう。
――マリーは良くやったさ。大分気にしているようだが、俺は何の文句も無い。
キャトルエトワールのキシワ将軍、四ツ星の軍旗。初めて放送をしてから、今までずっと音楽を流し続けていたのが、なんと同一勢力だと今更になり話題にもなった。情報の過疎地では音楽番組が戦争までやっていると、主従を誤った認識をしていたりもするそうだ。
「キガリの反体制派が押し寄せてくる可能性がある。危険が迫ったら国軍や、俺の部隊を頼れ」
「変わらないわよね、龍之介は」
何がだろうと目で問い掛ける。自分では随分と変わったものだと思っていた。
「いつでも前を向いているわ。男の顔してる」
放送を通して三国国境線に街を創り、病院を設置したのも周知した。責任者がドクター・シーリネンというのも公表している。知名度が極めて高く、今まではコンゴに居て遠くて行けなかったり、国境を越えられなかった患者らが競ってやって来ている。
島は基本的な医療費を全額負担して、ドクター・シーリネンに全てを任せた。難しい治療が必要になるのは国連を通して赤十字病院に搬送手配をとらせている。
「いつまでたっても青二才だって受け止めておこう」
肩を竦めて未熟は昔から変わらないな、そう言葉にする。
「それでこれからどうするつもりかしら」
「まずはルワンダの安定化、そして周辺に少しずつ影響をって形を考えてるよ」
色気の無い話をする。別にルワンダの政治家でもないくせに、随分と内容が大きい。
「そう。きっと龍之介なら上手く出来るわ」
「だといいけどね」
「大丈夫よ、生きている限りいつか必ず正しいことが証明されるわ」
だから死なないことを最優先にして。最後までは言わなかった、譲れない何かがあるだろうから。
「そうだな。いつか誰かが俺を認めてくれたらそれで良いさ。だからって訳じゃないが、目が届く範囲の正義は俺が必ず認めてやるつもりだ」
――正義を躊躇しない心、それを大切にしてやりたい。
見ず知らずの誰かであっても、事実を認めてやる。余計なお世話かも知れないが、そうしたいからする。
――そうだ、俺は信じた道を行く。迷いはしない。
「あーあ、奥さんが居なければ放っておかないのに」
目を瞑りうっすらと微笑する。それが今の答えだと由香も素直に察しておくことにした。
◇
「司令か。ボスがニカラグアで革命をしていた頃、こんな感じだったもんかね」
マリーは小さくため息をつく。逆算すると当時二十八、九歳だったということになる。金だけぽんと渡され後は上手くやれ。フォートスターで座して取りまとめを出来る自分は、遠く及ばないのを痛感させられてしまう。
「欠ける前に補強すべきだが、望まぬ場に引きずり込むのは良いやら悪いやら」
独り言が多くなった。クァトロの連中は民兵団を具に見て回り、直下の部隊に引き抜ける奴等を集めて回っている。先日ベルギーに里帰りした、今またフォートスターを離れるのはいただけないと自ら却下してしまう。
代理でブッフバルト少佐を、とも考えたがやはり同じ理由で適切さを認められない。他に外人部隊からの将校をと考えてみたが、島とロマノフスキー大佐しか居なかった。
「待てよ、何も外人部隊ばかりが供給源ではないな」
受話器を手にしてもう一つの可能性を思い出す。それにその部分もやはり欠けると行き詰まるので、試しにといったところだ。これが出来るならば、一気に未来は広がる。
呼び出されるとすぐに眼前に現れる。機敏な動作で敬礼した。
「ヌル中尉、出頭致しました」
サンドハースト出身のヌル・アリ。部隊の砲兵将校は彼ただ一人だ。負傷や不在で指揮不能になれば戦力低下だけでなく、手段の一つを喪ってしまう。
「中尉、部隊は砲兵を恒常的に必要とする。貴官の見立てで指揮官を増員するんだ」
目指す形だけを示唆し、詳細を縛らない。彼もまた尋ねはしなかった。
「畏まりました。少々遠出させていただきたいと考えます。司令のご許可を」
「うむ、許可する」
意図を正しく把握したヌル中尉がフォートスターを離れる。装備の受け入れ、次に解決すべき案件が待ち構えていた。
手配はロマノフスキー大佐が行った、だが実務に関してはマリー中佐のに全てが預けられている。欲しければ他にも追加して構わない、ありがたい言葉をかけられていた。
「武器弾薬ではなく、工作機械だな」
街の建設用ではない、そちらはブッフバルト少佐の管轄だ。戦場でもそれは求められる、野戦築城で有ると無いでは雲泥の差だ。
クレーン車やブルドーザー、電源車の類いをあれこれと追加しておく。同時に装甲板を忘れない。ルワンダで加工して工兵が使うものに改造するつもりなのだ。
「失礼します」
ノックしてグレゴリー中尉が入ってきた。減らした書類がまた追加される。
「また派手に持ってきたな」
「申し訳ございません」
「中尉のせいじゃないさ、気にしないでくれ」
これをいかに減らすか、オズワルト大佐がどれだけ優秀な事務官だったかが今更ながら理解できた。そしてここで閃く、事務部を作ってしまえと。
「グレゴリー中尉はデスクワークが得意か」
「はい。戦闘よりは親しんでおります」
逆なのは稀だ、そしてクァトロは稀な集団という事実がある。出来るのと得意はまた別ではあるが、適材適所は皆が望むところだろう。
「よし、中尉が事務兵を集めて事務部長を兼務しろ、副部長の指名もしていいぞ」
「了解です」
今考えたのだろう、何せ創設の申請書を作れなどと命じられた覚えはない。司令の副官、どうやら自分では役者不足だなと朧気に感じてしまった。
◇
コンゴ・ゴマ市の東に東アフリカの軍事司令官らが集結した。AMCO――東アフリカ治安維持連合機関代表、ドス・モラエス中将の呼びかけだ。そこへ島が出席している、副官一人を連れて。
ルワンダ、タンザニア、ウガンダ、ケニア、その代表は全員が少将で階級を揃えている。首座であるモラエス中将は白人、島が黄色人種で、残りは黒人だ。明らかな異常に視線が集中しているが、各自が因果を含められているので疑問を飲み込んでしまう。
「共通語は英語ということで良いだろうか?」
中将が一応の確認の為に皆に問いかける、返事はオーケーだ。スワヒリでも良いそうだがそれは中将がごめんなさいだった。島も理解出来る自信は無い。
――ルワンダ語の一部ならば最近何と無く解るようになってきたけどな。
アラビア語に現地語をミックスしたような感じで受け止めている。アフリカーンス語もオランダ語に現地語を、といったような感覚だ。
「集まってもらったのは他でもない。加盟国内の反政府武装組織への対抗を議題としている」
国連は直接手を出すことは出来ない、それでも情報面で助力は可能だと、最初から前に出る気はゼロだ。
それも仕方がない、中将の指揮下には一人のブラジル兵も居ないのだ。多国籍軍の司令官とは言っても、直接命令出来る権限を持ち合わせていない、お飾りの椅子だ。皆もそれを解っているので余計なことは言わない。
「ルワンダ解放民主戦線は先日主力を失い崩壊したと認識している」
島がまず口火を切った。ルワンダは協力要請するような反政府勢力を抱えていない。国内の治安が保たれているとの意味で、膨大な国土を持つ他の国はそんなことは言えない。
「ケニアは小規模な勢力が多数あるが、軍事力での解決を急いではいない」
反政府とはいっても転覆させるのが目的ではない、そのような集団は現在無いそうだ。略奪目的や、地方の権限向上、その手の相手ならば国軍のみでどうとでもなった。
タンザニアとウガンダの少将が目を合わせてどちらから言い出すか、その機会を探った。他所の力を借りるのは恥じではない、手軽な解決方法だ。中国辺りとは精神構造が大分違う、ウガンダのニャクニ少将が口を開く。
「ウガンダでは神の抵抗軍が活動範囲を広げている」
実際はコンゴや南スーダン、中央アフリカ辺りにまで勢力を張っている。
「ジョセフ・コニー、フロリベール・ンガブ、ドゥグラス・ムバノ、パンガ・マンドロの四名が国際刑事裁判所からの指名手配で拘束されていない人物だ」
後の二人は死亡と、中央アフリカで拘束中だと明かす。ウガンダ軍としてもコニー最高司令官とまでは言わずとも、三名のうちいずれかの司令官を逮捕したいと考えている。
――思えば俺も似たようなものだ。よくぞノコノコと会議に出られたものだよ。
自嘲してしまう、自首でもしておけば色々と収まりがつく事件があるだろうなと。
「現地の情報は、ヒューマンライツウォッチ・アフリカ上級調査員のギネヴァ氏が詳しい」
「ギネヴィア女史でしょうか」
島がモラエス中将の記憶違いを指摘した、するとばつが悪そうに「そうだったかも知れん」と言葉を濁した。ル=グランジェでネイに引き合わされた人脈が今になって生きてくる。人生はどうなるかわからないものだ。
「ウガンダ軍はこの問題に対して、専属の兵を五百供出可能だ」
お前らはどうなんだと皆に視線を流す。無論モラエス中将はゼロで、後方支援のみと即答する。駐屯地にはそもそもが千人弱しか居ない。
「ケニアは二百の陸兵を約束する」
「タンザニアは二百の警察官、五十の軍兵を」
概ね千の兵員だ、結構な数が集まるなと感心してしまっている。残る一人、島にも数を求めた。
「ルワンダ軍のイーリヤ少将はゼロだ」
「そういうわけにはいかんでしょう」
何を言っているのかと不快な顔を向けてくる、事実島はルワンダ正規兵を配されていないのでゼロとしか言いようが無い。
「だが、キャトルエトワールのキシワ将軍は機械化歩兵二百、歩兵二千を提供するだろう」
「イーリヤ少将、キシワ将軍と連絡はつくのかね」
猿芝居の演者に指名されているモラエス中将が台詞を吐く。疑問があっても少将らは割り込もうとしない、最早出る幕ではないと悟った。
「お任せ下さい、中将閣下」
「うむ。各国部隊指揮官をカンパラへ派遣したまえ。イーリヤ少将、貴官をAMCO副司令官に任命する。速やかに問題の解決を図るように」
「イエッサー」
――ルウィゲマ中佐に多くを託すことになるだろうな。
大功績を上げた彼は昇進を果たして国軍の中枢に席を移した。その初任にこれを持っていく、もっと階段を駆けあがってくれるのを願って。
◇
キガリのレストラン・アフリカの星、そこで数年ぶりに彼女と再会する。あの頃とは違う、そう言い切れるほどのことはしていない、島は控えめな態度で接する。
「ギネヴィア女史、お久しぶりです」
「イーリヤ将軍、マグロウさんから話は伺いました。アフリカの為に働いてくれるとか」
「微力を尽くす所存です。キャトルエトワールのキシワ将軍としてですが」
どうぞお掛け下さい、椅子を勧める。彼女もずっと前からアフリカのためだけに人生を捧げてきている、報われなさは島と同等かもしれない。
「ジェノシデールを討伐したと聞きました」
「若い者が命を張った結果です、自分は何も」
コーヒーを一口含み目を閉じる。いつか部員達は故郷へ戻り、そこで暮らしていければ良い、そう考えていた。何もこんな場所で義理を通す必要など無いのだ。ギネヴィアは微笑んだ、やはりアフリカには居ないタイプの人間だなと。
「そうでしたか、それは何よりです。フォートスターという街、難民が殺到しているそうですが」
そこへ行けば医療を受けられる、仕事がある、食糧が与えられる、まるで理想郷だと遠くからやって来る者も多い。
「空き地ならいくらでもありますからね。あまり密集すると衛生的にどうかと思いますが、都市計画も若い者が仕切っているので暫くは問題ないでしょう」
一杯一杯になる前に次を考えておきますよ。こともなげに返答する。
「貴方は素晴らしい、私も是非とも協力させてください」
「ありがとう御座います。ウガンダのアチョリーについて、現地情報を求めています」
ウガンダ軍からの情報だけでなく、国際的な視点からのものを含めてだ。外交の一部でも漏れ聞いていたなら参考に。
「南スーダン、中央アフリカもこの件については共同しています。専任の外交官が居るのでご紹介致しましょう」
後日の会合ということで話をまとめておく、ルクレール全権委員というそうだ。
――全権委員か、なんとも懐かしい響きだな。
パラグアイに赴任したのを思い出す。たったの数年前でしかないのに、やけに昔のことのように感じられた。
「自分はこの国を動けません、行き届かない部分が多いでしょうが、次代を担う者たちがきっと善処するでしょう」
「私から見れば、貴方が次代ですけどね。アフリカは将軍を歓迎するでしょう」
これは予言ですよ、彼女がやけに自信たっぷりで明言するのを無言で受け止めるのであった。
◇
貫禄たっぷりの全権委員、愛想が良さそうな表情をしている。
「いやぁキシワ将軍、お噂はかねがね」
にこにことして握手を求めて来る、外交官という生き物などどこでもこういうものだ。
「ルクレール全権委員、お会いできて光栄です」
相手に合わせて笑顔で応じてやる。が、互いに何か引っかかるものがあったようだ。顔を見合わせて記憶を探り、島が答えにたどり着く。
「少々失礼」
――確かあの時に……。
旅券を捲り十年ほど前の出入国記録を開く、そこには確かに手書きで外交の一端、との特記が残されていた。貼付査証の発行者はルクレール大使。
「もしかして昔、スーダンで大使をして居られませんでしたか?」
「おやご存知で? しかしどうしてでしょう」
島は自身の旅券を提示してみせる、ルクレールが顔を寄せてサインを目にして驚く。
「そ、それは私のサイン! ……貴方はあの時の日本人ですか!」
「貴方のお陰で当時、難を逃れることが出来ました。ありがとう御座います」
今さらではあるが効果は抜群だったと賞賛する。
「奇跡の邂逅というわけですか。そうですか、キシワ将軍は日本人だと。広い世界で再会出来たのは神のお導きでしょう、全面的に協力をお約束させていただきます」
この一件だけでなく、中央アフリカとしてもキシワ将軍を支持するようにと上申書を作成しておくと請け負った。
「ルクレール全権委員、私も貴方を信頼します。国境を跨ぐ問題の解決に尽力させていただきます」
まさかの人物だったのはお互い様のようで、たった一度昔に言葉を交わしていただけで一気に距離が縮まってしまった。引き合わせたギネヴィア女史も驚きだ。
「未来は明るいようね」
「それはどうでしょうか。ですが感謝します」
――こいつは幸先が良いぞ!
ルクレールの権限は国境を越えての活動を許可する部分や、治安当局からの情報提供を受けられる権利といったあたりのものらしい。島に欠けていた部分が補強される。
「中央アフリカはそれでなくとも揺れ続けています。一つずつ障害を取り除くのが私の使命だと考えているところでして」
「最大限の努力をするまでです」
AMCOの活動背景を固め、舞台はウガンダ北西部へと移ることになる。
◇
首都カンパラから北へ二百数十キロ、湖の北にあるリーラという街に軍勢を移動させた。ウガンダ北部の交通の要衝で、ここから北西に数十キロでグルーがある。キール曹長の話で誘拐された子供達が連れて行かれようとしていた所だ。
「リーラは土壁の建物でそこそこの街並みだな」
簡単な感想をマリー中佐が述べた。AMCO派遣軍司令として数千の戦力を束ねている、副司令はルウィゲマ中佐だ。
「グルーあたりでは藁葺き屋根の掘っ立て小屋が主流ですよ」
民族性だけでなく貧富の差が存在している、彼は隠さずに語る。アチョリー族は昔から単純作業の職にしか就くことができずに、その富を首都の者達に吸い上げられている。少なくともそういった考えを持っているので反抗勢力として数えられていた。
「俺は政治をどうこう言えるような立場じゃないが、不当な評価を受け続けるのは辛いものだろうな」
ついクァトロのことを思いそう口にしてしまった。だがルウィゲマ中佐は聞かなかったことにして、無反応で前を向いたままだ。余計なことを言ってしまった、マリー中佐は以後自重しようと決める。
タンザニアやケニアからの部隊長は大尉が派遣されて来ていた、規模が二百程度なので妥当な線といえるだろうか。ウガンダは五百、少佐か中佐がその指揮にあたるのが通例だ。異常なのはキャトルエトワールだ、二千からの大軍を中佐が率いている。平時ならば将軍が頂点で然るべき数なのだ。
「正面から攻撃したらただの虐殺でしかないな」
民間人に暴行を働く為に遣わされたわけではない。相手も馬鹿ではない、軍隊が戦うつもりでやって来るというのに、ボケッとして姿を晒したりはしないはずだ。
「指名手配犯の居場所を調査するところから始めるべきでしょう」
その手法は多岐にわたる。間違いなくアチョリー地方に隠れている、ここから離れてしまっては抗争を指揮できようはずがないのだ。国外から口だけで指示出来るほどの力までは持ち合わせていない。
「パンガ・マンドロ司令官というのが比較的情報が上がって来るな」
金に目がくらんで情報を売り渡す者が居る。恨みを持って敵に情報を流すものが居る。ライバルの足を引っ張る為に邪魔をする者が居る。集団は大きいほどに様々な亀裂を抱えて存在している。
「北に百キロ地点にあるキトグムで姿を見たというのが二日前の話です」
「姿を見て解ったんだ、無関係の者からじゃない」
裏切りだとしたら気分が良いものではない、だがしかし情報には報奨金を出している。ハマダ中尉にその役目を一任していた、志願してきたからだ。彼も思うところあって、マリー中佐の負担を減らしたいと考えたのだろう。
クァトロ戦闘団の統率はドゥリー中尉に任せ、全体を束ねる。歩兵の多くは民兵団の面子だった。フォートスター民兵団、ルワンダ民兵団を主軸に、ソフィア自警団あたりからも参加していた。指揮官は大尉らで、それらの司令はトゥツァ少佐に任せている。今ままで多数を指揮していたことが長い、慣れたものだ。
「地図を」
グレゴリー中尉がキトグム周辺の地図を広げる。四方に公道が延びていて、自由な移動が出来そうな立地といえた。珍しく市街地が中心部に固まっていて、周辺は平地とまばらな林、公道さえ封鎖しておけば逃げるのは困難にも思える。
「マンドロは自分を探す軍が居たら、逃げるだろうか、戦うだろうか、それとも隠れるだろうか?」
「戦いはしないでしょう。逃げるか隠れるか、どちらかです」
何せ司令官と言っても、武器補給などの兵站係で頭角を現した人物だと補足する。職種による卑下ではない、立派な役割なのだ。だが戦いが得意では無いのもまた事実といえた。
「逃げられてはたまらん。それと解るように公道に検問を置いて牽制しよう」
下手に動き回ればやぶ蛇になる、そう思わせるために何か一つ工夫をすべきだ。同時に注意すべきは検問部隊、分散配備すれば危険を等しく招くことにもなる。
「トゥヴェー特務曹長を呼べ」
今回は諜報面の不安から島が特別に彼を部隊に配備してくれていた。コロラド先任上級曹長はもっと広く自由な任務を継続している。すぐに黒い戦闘服姿のトゥヴェー特務曹長が眼前にやって来る。
「司令、出頭致しました」
「うむ。マンドロ司令官をキトグムへ釘付けにしたい、お前ならどうする?」
余計な制限をせずに望む結果のみを提示した。彼は数秒考えて口を開く。
「ルウィゲマ中佐、キトグムで監視中の犯罪者なりは軍で情報をお持ちでしょうか?」
「持っている」
前提条件を固める為に更に突っ込んだ質問が続く。
「AMCOの要請でその情報を利用可能でしょうか」
「可能だ。もしAMCOを伏せたいなら俺の命令でも」
責任の所在、それに功績の行き先を変えられることを意味している。マリー中佐は島からルウィゲマ中佐の功績大になるようにと訓示を受けていた。それになんの不満も無い、回避できるリスクは回避させる、判断の一助にしか考えていない。
「街道の封鎖、検挙行動、情報の逆流で街に釘付けに出来るでしょう」
「情報の逆流?」
今ひとつ理解が進まない言葉に首を捻る。マリー中佐が説明をするようにと促した。
「この四方へ伸びる街道へ封鎖部隊を置きます、相互に援護可能な距離になるよう、やや街寄りを想定しております」
地図を指差しながら順序だてて説明を行う。
「犠牲になる犯罪者の検挙情報を地元警察へ流します、それを実行。二度、三度繰り返しながらわざと取り逃がし検問で拘束の事実を作ります。マンドロ司令官の居場所は不明と地元警察へ流しておけば、司令官のところへ所在を掴んでいないと情報が流れるはずです。下手に逃げ出そうとして封鎖部隊に拘束されるのは避けるでしょう」
「なるほど、信じたい情報を与えてやるわけか」
悪辣なやりくちはトゥヴェー特務曹長がコロラド先任上級曹長から学んだ。無論その先の手口も見聞きして覚えている。
「地元警察署長に絶対の秘密だと聞かせれば、より効果的でしょう」
誰もが知らないはずの情報を狙い撃つ、そんなエージェントが仕入れてきたものならば信用する。署長が漏らすこと前提での罠だが、心配しなくとも意図してかせずか関わらず、人は秘密を外へと出してしまう生き物だ。
「穴があるとしたら、早い段階でさっさと逃げ出してしまう部分か……」
極端に臆病で、囲まれる前に察知して逃走してしまう、充分考えられた。運を天に任せて実施するのは避けたい。こういった寝技は得意ではない、その為にマリー中佐に配属させた。
「上申致します。封鎖と前後して、グルー近郊でマンドロ司令官を目撃した等として、機動部隊を急派しておけば逃げ出すのをやめるでしょう」
「そうか、余計な注意を引きたくはないからな!」
少数では信用性に欠ける、多すぎれば戦力が不足する。敵地で孤立して行動し、意図を漏らさず演じきれる部隊。
「グレゴリー中尉、クァトロ戦闘団にグルーへの移動を耳打ちしておけ」
「イエッサ」
二百の機械化歩兵が丸ごと飛び出していけばただ事ではないのが伝わるはずだ。急報を受ける振りも忘れてはならない。そしてもっと本質的な部分もだ。
「あとは司令官の居場所を特定しなければなりませんね」
「そいつは必ず連絡が来る」
あの男がどこからか決定的な情報を絶対に持ってくる、そう信じて疑わない。最初はそうではなかった、だが今は違う。
「司令、四方の封鎖部隊ですが如何致しましょう」
「西はフォートスター民兵団、マスカントリンク大尉に命令を。北はルワンダ民兵団ウヌージュール大尉、東はケニア軍オバマ大尉、南はタンザニア軍メベナ大尉。本部は南に置く」
一応国際的な行動なので正式な名前で呼称する、だがルウィゲマ中佐が「短い呼び方はありませんか?」指摘してきた。
「部隊ではマサ大尉、ウニ大尉と呼んでいるが」
「それを使いましょう」
ウガンダ人や東アフリカの地域に無いような発音で長い名前は不都合だ、わざわざそう言うものだからそれを受け入れた。
◇
クァトロ戦闘団がグルーへ向って数時間、陽が暮れて突如闇が世界を支配する。警戒しながら野営を実施する、非番者が睡眠をとり始めややすると、いきなりあちこちでうめき声が上がる。
「敵襲!」
警報が発令され即座に戦闘態勢がとられる。司令部に入ったマリー中佐は報告を受ける。
「部隊の一部が敵に奇襲を受けました。死傷者は確認中です」
「メベナ大尉はどうした」
駐屯部隊の責任者がどうしているかを尋ねる、そもそも銃声すら聞こえなかったのだ。
「防御を指揮しております。負傷者の治療も行っております」
「少数による侵入か?」
要領を得ない報告に次第に苛立ちを覚え始める、大切な部分が丸ごと欠けているのだ。
「敵の規模は不明。矢による攻撃で多数が死傷」
「それを先に言わんか! 各部隊投光器による索敵を行え、照明弾も投射だ、敵は案外近くにいるぞ!」
アチョリー氏族はその昔、子供達が弓矢で武装して戦いをしたことがあった。アローボーイズ、言葉が示すままだ。射程は短いが音がしないのが厄介だった。訓練度が低い兵に舌打ちしそうになる。
地の利は敵にある、暗闇は不利を際立たせる。あたりが照明弾で昼間のような明るさを取り戻す、やや先のくぼ地に人影が見て取れた。
「敵を発見!」
ここは戦場だ、相手が子供だろうと何だろうと、命をかけているのはお互い様だ。すぐに小銃で反撃が加えられる。弓矢と銃では話にならない、黒人の集団はすぐさま逃げ出していった。
「タンザニア軍が追撃に出ました!」
「馬鹿な! すぐに引き返させろ」
やられたらやり返す、それだけが頭に強烈に残ったようで飛び出していく。一直線に彼らを追うと、横合いから狙い済ました射撃が行われた。タンザニア軍がばたばたと倒れる、たまらずその場に伏せる。
「増援を出せ、伏兵を散らすんだ!」
浮かない表情のマリー中佐が眼前の対処を示し、その他の封鎖部隊の状況を報告させる。ルウィゲマ中佐が南封鎖隊の混乱を収拾、捜索を続行させつつ防衛線を縮小させた。
「司令、各封鎖隊は異常なしです」
「充分警戒させろ」簡易テーブルに拳を叩きつける「俺の不注意で部下を危険に晒した、未熟者が!」
詳細を指示しておけばこうはならなかった、やるだろうと思い込んでいたのはマリー中佐の失策だ。
「マリー中佐、こうなることは誰にも予測出来ませんでした」
ルウィゲマ中佐が不可抗力だと気にしないことを勧める。死者六名、負傷者二十五名の報告が上がる。一方で襲撃者の死体は十五を数えた。
「いや俺のミスだ。警備体制の確認を怠った」
もしここがクァトロの駐屯地ならばしっかりと出来ていた、つまりは部下任せだったということに他ならない。任せるのは悪いことではない、出来ているかどうかをチェックするのが上長の役目だ。
「死体をどうしましょう?」
そのままというわけには行くまい。手を顎にあててマリー中佐が少し考える。
「リーラ警察に引き渡すんだ、襲撃者だということを明示しておけ。遺体はカンパラへ送れ、国許へ送る手配を」
どんな勝ち戦でも死者は出る、家族にとっては大切な人が死んでしまった事実しかのこらないのだ。
「直属の長にそうさせます」
メベナ大尉にとって帰国後の家族訪問、大きな心労になるだろう。だがそれも将校の務め、軍に仕官したその日から覚悟は決めているはずだ。
「夜間警備の計画を提出させろ。各封鎖部隊にもだ」
「イエッサ」
グルー付近で数日捜索を続け、何も見つけることが出来ずにクァトロ戦闘団は帰着する。その頃には封鎖部隊もきっちりと検問を置くことが出来ていた。
「キトグム市の東地区、ナーシーズのウォーターバンプにマンドロの隠れ家がありやすぜ」
待ち望んでいた情報をコロラド先任上級曹長が持ち込んできた。街の地図を広げて印をつけさせる、丸ごと地区を囲んでも民家は五十軒そこそこでしかない。
「よくやってくれたコロラド先任上級曹長」
「そこにゃカトリックの教会が二箇所ありまさぁ」
面倒ごとになるかも、それだけ言うとさっさと司令部から姿を消してしまった。彼は自由行動を認められている員数外の人材なのだ。
「ルウィゲマ中佐、ナーシーズの西、ラボンゴ地区に居る犯罪者の情報を。そいつを包囲する名目で動くぞ」
「封鎖線はどうしましょう?」
「作戦中は総動員で封鎖を実施だ。包囲は本部で実行する」
半数が本部に列なっている、戦力としては充分すぎた。予備でクァトロ戦闘団を手元に置き、五百のウガンダ軍で摘発に乗り出す寸法だ。
「オーケイです、やりましょう」
◇
「ボス、ルワンダ国内の反政府組織が調停を申し出てきたそうです」
「調停? どうしたんだ急に」
調停者は汎アフリカ連合の理事が買って出たらしい。話し合いで解決出来るならばそれにこしたことはないが、どうにも胡散臭い。
「カガメ大統領への直接交渉を求めるとのことです。現在詳細の確認中です」
「そうか」
――ルワンダ政府としては話を聞かんわけにはいくまい。だからと最初から大統領が出る義理も無い、担当閣僚が窓口になれば危険も少ないか。
いずれにしても今日明日の実現とは行かない、どこかで下準備をすることになる。島が勝手にそう解釈していた、それはカガメ大統領も同じだったが、事件は起きた。
中東アフリカ放送局、そこで調停にカガメ大統領が出席すると約束したと報道が行われた。それを確認もせずにルワンダ公営放送でも同じ内容を繰り返し放送してしまったのだ。すぐさま島は大統領に電話をした。
「閣下、イーリヤです」
「君か。どうやら放送を見たようだね」
「あれは一体?」
「一杯食わされたようだ。誤報と火消しすればきっと違反を責めて来るだろうな」
言った者勝ち、いつしか大統領が交渉するというのが規定路線になってしまっていた。政治攻撃だ、真実など誰にも解りはしない、水掛け論は結果支持を失うことに繋がる。
「では調停交渉に出席を?」
「そうなるな。キガリで行うことになるだろう」
「首都警備をお手伝いさせて頂きます」
「ブニェニェジ少将に一言指示しておこう」
「国家警察本部とも連携を」
「うむ、君は憲兵も経験済だったな。警察活動権限を付与する」
「微力を尽くします」
書類はすぐに届けさせる、大統領は関係各所に指示を出さなければならないと電話を切ってしまう。
――どこまで予防線を張れるかだ、理事とやらが一枚噛んでいるのは間違いないな。
きっと国外の人物だろうと権限が及ばないのを想定しておく。部隊はウガンダで展開中、フォートスターも治安維持活動で精一杯、自分だけでやるしかない。
「サルミエ大尉、モディ中佐を呼ぶんだ」
「ダコール」
戦闘部隊は必要だ、だが今はそれ以上に情報処理の能力が求められる。警察関係者が部隊に混ざっていればと道筋を夢想しておく。
モディ中佐がやって来たのは一時間程たってからだった。待機を命じていたわけではないので文句は無いが、市内に居たならばもう少し早くやってこられただろうと感じてしまう。
「閣下、お呼びとのことで」
「うむ。近く俺に警察活動権限が付与される予定だ。部隊に経験者は?」
軍人、それも客将にそのような権限が与えられるとは驚きだった、しかし中佐は表情を変えずに即答した。
「警視正一名、警視二名、警部五名が指揮下にあります」
――詳しいな。サルミエの奴が耳打ちしたか。
チラっとサルミエ大尉を見るが特に反応はない、一時間のうちに何をしてきたか、好意的に解釈することにした。
「警視正をここへ。首都の治安維持活動を行う。モディ中佐は戦闘部隊の統率を継続だ」
「承知致しました。部隊から警察官が抜けると、二百程欠員が生じますが」
島は微笑を浮かべてモディ中佐のおかわり要求に応えてやる。
「同じ条件で補充しろ、中佐に任せる」
「はい、閣下!」
この職場は最高だ。にやけたいのを必死に抑えて、モディ中佐は執務室を後にした。
◇
ラボンゴ地区、そこへAMCO部隊が乗り込んでくる。地元の住民が何が起きるのかと陰から盗み見ていた。キトグムを包囲する軍兵は別に居て、その輪を縮めていた。
「タンザニア軍、準備完了」
「ケニア、オバマ大尉、命令待ち」
「フォートスター民兵団、封鎖維持」
「ウニ大尉、いつでもどうぞ」
「ウガンダ軍、配備についています」
マリー中佐の司令部に各部隊から報告が入ってくる。本部にはルワンダの民兵団とソフィア自警団、そしてクァトロ戦闘団が控えている。
「AMCO司令マリー中佐だ、摘発を開始する。抵抗は武力で排除しろ、ルウィゲマ副司令、作戦を実行しろ」
「イエス コマンダー!」
ラボンゴ地区に分散していたウガンダ軍、それが急にナーシーズ地区へ移動した。目標としていた相手を無視し、マンドロ司令官が潜んでいる場所を包囲する。
「捜索開始!」
日中の軍事行動、通報が警察にされるのと同時、アチョリー族のネットワークにも当然流れる。民族への暴行が懸念される、その不安を煽ってAMCOへの反感を誘う。
ウガンダ兵が十人一組で家を一件ずつ捜索する。このどこかに司令官が隠れているはずなのだ、コロラド先任上級曹長の情報を信じれば、だが。
「さあどうする神の抵抗軍」
やりたいようにやらせておけば現指導部の支持に関わる、早晩何かしらの行動に出てくるはずだ。
「フォートスター民兵団マサ大尉、司令部。西に赤黒青の軍旗を掲げた武装集団確認、一報で五百」
その軍旗は神の抵抗軍を示すもので、五百が全軍でないことは容易に想像出来た。
「司令部、フォートスター民兵団。その場で防衛を、内側から外へ逃すな。だが敵を内へ入れるのは構わん」
「マサ大尉、了解」
少しすると続報が入る。武装集団はCQ 311と呼ばれる小銃を装備していると伝えられた、その殆どが若い兵士とも。
「中国軍の武器です、スーダン軍への供与品でしょう。ウガンダの反政府組織に援助しているのです」
「グレゴリー中尉の言うとおりだな。やつらは自前で製造しているはずだ、類似品は払い下げってところか」
弓矢で攻撃してきたのは奇襲を目的としていたからに過ぎない。
「若い兵士の殆どが誘拐された子供でしょう。ですが彼らに選択肢はありません」
神の抵抗軍が各地で襲撃を繰り返し、子供をさらってきては少年兵に仕立て上げる。その軍勢の八割以上が被害者で編制されているとの報告が、ヒューマンライツウォッチからもたらされていた。では少女らはどうするか、多くが性的奴隷にされている。
「……俺は、それでも戦うなと命令することは出来ない。全て俺のせいにしたら良い、それで構わないさ。残された者の生きる目的を見出せるならばそれでな」
今まで島やロマノフスキーが引き受けてきた部分をマリーが背負う。
「もし誤りだと感じたら、それを諌めるのが副官の職務です。自分は司令の判断を尊敬します」
グレゴリー中尉が荷を一人で背負わないようにと言葉を添えた。マサ大尉から交戦を始めたと報告が上がった。
「捜索隊より司令部、全軒探しましたが目標が見当たりません!」
「必ず居る、捜索を続行しろ!」
「了解です」
住民の敵意を感じる、キトグム全体から人が集まってきた。これらのうちどれだけが敵の兵士なのかは不明だ。
難しい顔をしたままマリー中佐はじっとしている。そのうち北と南の部隊にも武装集団が攻撃を仕掛けてきた。
「捜索隊、まだ見つからんのか!」
「ルウィゲマ中佐です、逃げ出したような痕跡はあったのですが、姿がありません」
高位の人物が居たような形跡が見つかり、重点的に捜索しているが見つからないという。逃げるならば追えるが、隠れるとなればわずかな隙間さえあれば充分。
「必ず居る、何が何でも探し出すんだ!」
隠れている人間を見つけ出す方法、何か無いかとマリー中佐も記憶を掘り起こそうとする。
「マリー中佐、これをつかうのはどうでしょうか?」
オビエト曹長が懐中電灯のようなものを手にしている。グレゴリー中尉も首を傾げていた。
「曹長、それは?」
「はい。ゲームファインダーといって熱源を感知する道具です。床下に居ても見つけられます」
野生動物を撮影する時に捜索する為に持っていたと説明した。本来は狩猟などのときに利用するらしい。
「良いな! すぐにルウィゲマ中佐に届けるんだ、オビエト曹長が行け」
「ヴァヤ!」
「フォートスター民兵団、司令部。敵の新手が、増援を求めます」
「司令部、了解」
虎の子のクァトロ戦闘団を動かすべきではない、出せる増援は二つだ。
「ルワンダ民兵団、フォートスター民兵団の増援だ。部隊の南手に陣取り側面を守れ」
「ルワンダ民兵団ナシリ大尉、出撃します」
地元でも協力関係にある双方の部隊は顔見知りも多い。助けに行けと言われ士気も上がる。
「それにしてもアチョリー族の兵力は随分と多いな!」
目にしたものだけで既に二千を超えて来ている、恐らくは時間が経てば更に増えるだろう。問題は夜だ、このまま捜索が長引けば圧倒的不利に陥る可能性が高い。
「対人武装だけで見ればこちらと遜色ありません」
連射可能な小銃、それが行き渡っているならばあとは命の重み次第で天秤はどうとでも傾く。
「指揮とはそれを覆す為に存在している。俺は正義でも何でもない、だが負けることは許されていない」
マンドロ司令官を捕縛出来なければ敗北、軍に圧迫されて追い出されてもまた敗北だ。辛勝などという勝ちでも許されることは無い、マリーはハードルを上げてかかる。
「メベナ大尉より司令部、南方より大兵力が接近します! 封鎖部隊では抗戦極めて困難!」
「詳細を上げろ」
「機動車両を含む歩兵集団一千以上、守りきれません!」
千もの数を統率する指揮官が下位者なはずがない。全部隊の司令官が居るか、少なくとも次席者が存在しているはずだ。
「トゥツァ少佐、四方の封鎖隊の指揮を預ける」
「ダコール」
本部機能の多くを少佐に預けてしまい、側近を引き連れマリー中佐は装甲指揮車両へ飛び乗る。
「クァトロ戦闘団出番だ、敵の主力を相手取るぞ、準備は良いな!」
「ウィ モン・コマンダン!」
「アヴァンス!」
ドゥリー中尉、ハマダ中尉、ゴンザレス少尉、ストーン少尉とで部隊を四分割して指揮する。完全乗車の機動歩兵、三台の分隊が四つずつ、本部のみ専属護衛が付加されている。それらの半数が重機関銃を装備し、戦車以外の全てを破壊可能だった。分速二万発、横に広がり一斉射撃を行うと爆発音が響く。
「ドゥリー中尉、側面へ回りこめ!」
「ダコール」
給弾を素早く行い今度は各自のタイミングで射撃を始める、当てると言うよりはばら撒く、一々狙いなどする奴は居ない。
ストーン少尉が斜めに敵集団を攻撃して突き抜けようとする、相手は角度を得てしまい上手いこと反撃できないようで、外縁の少数のみが撃ち返して来た。
「やるなストーン少尉、流石だ!」
南アの軍事顧問だった経歴は伊達ではない、攻撃力ばかりが上がっている現代、少数が不利とは限らない。受ける被害は全滅までと考えれば、だが。
機動部隊が散開し襲い掛かってくる、数は多いが装備状況が芳しくない。なるべく連射を避けるようにしているのがわかる、すぐに弾詰まりを起こしてしまうのだ。
「こちらルウィゲマ中佐、地下道を発見! だがどこに続いているか」
すぐに捜索部隊を投入すると報告が上がる、マリー中佐は返事をせずに一考する。目の前の戦闘だけに集中してはいられない。
「マリー中佐だ、地下道に多量の発煙手榴弾を投入し蓋をしろ。出入り口の先を燻り出すんだ!」
かつてイエメンで島がファラジュの地下拠点を攻めた時、砂漠で煙が上がっていた光景が思い出された。すぐに了解が伝えられ、手榴弾が投入される。大分離れた場所、東の畑で薄っすら煙が上がっているのが発見された。
機動部隊が東へ向って進路を取っている、無関係な動きでは無さそうだと直観する。
「東部へ行かせるな! ゴンザレス少尉、頭を押さえろ!」
「ヴァヤ!」
小隊が唸りを上げて移動する、激しく機銃を連射し牽制、速度を鈍らせる。トゥツァ少佐の命令で東部の封鎖部隊から歩兵が一部スライドした。
「オビエト曹長、畑に熱源三! 人間です!」
本部の装甲指揮車両にも無線が入る。急ウガンダ軍の分遣隊が駆けつける、激しく射撃されて足が止まった。だが負けじと撃ち返しながら距離を詰める。今までの相手とは違い、全自動射撃で何のためらいも無く弾幕をはってきた。
「捜索隊、突入しろ!」
ルウィゲマ中佐の命令で部隊が強行突撃する、弾丸を撃ちつくし交換するタイミングで一気に接近され、ついにはもみ合いになる。そうなれば多勢に無勢、ついに拘束される。顔写真と人物を見比べて、それがマンドロ司令官だと確信する。
「目標を拘束した!」
マリー中佐はつい拳を握り声を漏らしてしまうが、すぐに冷静に戻り周囲を見回す。
「各部隊統統率を新たにしろ。敵の司令官を拘束した、残敵を散らすんだ!」
士気が上がった、各所で攻勢に移り変わる。もう封鎖を続ける必要は無い、縛り付けられていた兵力が丸ごと自由になった。
「マサ大尉、集団が西へ撤退していきます」
マリー中佐の目の前でも、機動集団が一気に逃げ出していく。海の潮が引いたかのように、急に流れが変わる。
「ルウィゲマ中佐、敵の一部が教会に逃げ込みました!」
これを攻めるのは政治的にも宗教的にも難しいものがある、躊躇して手を出せない。キリスト教国、様々制約があってしかるべきだ。
「俺はボスに神の抵抗軍を倒せと命じられている、ならばそれを遂行するのみ。各軍残党を追撃しろ! コンゴ民兵団ブナ=マキマ大尉、教会を包囲しろ!」
「ダコール!」
「マリー中佐、教会を攻撃する?」
不安になったルウィゲマ中佐が確認を挟んできた、部隊の殆どがキリスト教徒で構成されているAMCO、命じられても気持ちがいまひとつだ。
「敵が防御施設として使っているだけだからな」
「兵が命令を聞く?」
「ああ、問題ない。奴等にとって神はキリストだけじゃない、コンゴ・ンダガクには別の神が存在している!」
かつてンダガク族は部族そのものが全滅の危機に陥っていることがあった。ブナ=マキマ大尉が多感な頃、そして彼の部隊の多くが少年期だった頃、つまりはつい最近。
「コンゴ民兵団、包囲完了しました!」
教会に籠る敵が何事かを大声で叫んでいる、キリスト教会を敵にまわすのか、要約するとそんなところだ。マリー中佐も信教としては同じ、子供時分にはミサにも参加していた、が。
「ブナ=マキマ大尉、最後通牒を行うんだ」
「ダコール」
警告、これ以上の籠城をするようなら攻撃を加える、AMCOとしての義務を果たす。その先は現場の判断だ。
「不信人者!」
助かりそうもないと知って非難してくる、だがマリー中佐は方針を変えようとはしない。
「教会を利用する悪党風情が何を言うか! 主張を通したいなら自身の力で戦え!」
コンゴ民兵団が銃を構える、降伏する気がないことが解る。
「我等にはキシワ将軍のご加護がある、敵を殲滅だ!」
大尉の命令でついに一斉に踏み込んだ。島が聞いたら表情を歪めそうな一言だ、それを彼らは心の底から信じている。身近な守護者、生き神は存在すると。
激しい抵抗を受ける、だが勢いは攻め手が得ている。やがて銃声が聞こえなくなった。
「コンゴ民兵団ブナ=マキマ大尉より司令部。敵を殲滅しました」
「ご苦労だ。AMCO全軍に告ぐ、司令のマリー中佐だ。作戦は成功、各軍速やかに出撃拠点へ撤退する。殿はトゥツァ少佐に任せる」
「トゥツァ少佐、了解です」
教会攻撃に呆然としてた軍兵らも下士官の怒声で撤収作業に移る。軍の将軍などというのは政治家と同じで汚職の限りを尽くしているものではないのか、コンゴ民兵団の発言に疑問を持つ。
「マリー中佐、部隊は自分が指揮いたします。どうぞお休みを」
ビダ先任上級曹長が精神の疲弊を気遣って申し出る。一時間程の移動だ、彼の言うようにマリー中佐がいちいち命令する必要はない。
「すまんがそうさせてくれ、頼んだビダ」
「お任せください」
装甲指揮車両の椅子にもたれ掛かり大きく息を吐く。司令とは何百何千の命を預かる責任者だ、のしかかる圧力は尋常ではあるまい。マリー中佐が信頼の重みで潰れることがないよう周囲が支えようと真剣だった。




