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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第十四部 第百七章 キャトルエトワール、第百八章 フォートスター民兵団、第百九章 ルワンダ解放民主戦線、第百十章 踏み出された一歩


 ルワンダに至るまでに数々の騒ぎを起こしてきた。ソマリアでの自爆テロ、空港職員や住民の拉致、国軍との戦闘、領空侵犯、マダガスカルの不正入出国、ザンビアでも同じだ。湖での不正越境と戦闘、コンゴでは国連派遣団を巻き込みもした。そしてルワンダに大量の武装難民を引き連れやってきた、それも犯罪だ。


 ――何回死刑になったら帳尻が合うやら。


 全てを承知でカガメ大統領は島を受け入れた。国内でも反発はあった、それらを睨みつけて強引に決定を通してしまう。

 クァトロのイーリヤ将軍は、正式にルワンダ国防軍の客員司令官に就任した。守備範囲は野戦軍、直下の省庁はない。名目でしかないが、権限が与えられた。だが島には私兵がある。


 首都の政府庁舎に置かれた一室から外を眺める。発展した都市は、アフリカの奇跡として評価されていた。


 ――カガメ大統領はルワンダの英雄だ、これにケチをつけさせてはならない。政府を転覆させようとする輩に対抗するのは、俺としても望むところだ!


 裕福とまではいかないが、希望を持っている市民が多い。だがそれは首都特有のものでしかない。


「また真面目ぶって、何してんだい」


「ロサ=マリアは寝たのか」


「一時間は昼寝だね」


 レバノンから奪うように娘を引き取ってきた。ハラウィ中将にはたった一言「ロサ=マリアの面倒を見てくれたのには感謝する」だけだった。島を助けようとしなかったことを許しはしていない。


「エスコーラの被害は大きかったな」


 人員だけでなく金銭的にも。補填可能な部分は島が埋めたが、欠けたものは直しようがない。


「貴重な経験、幹部がそれを獲た。より大きく返ってくるさ」


「そうか」

 ――確かにエスコーラだけでなく、クァトロの部員らも一回り大きくなったな。


 ボスたちは縄張りに帰っていった、負傷して手下を失い肩を落としたかと言えば違う。胸を張り激戦を生き抜いたことを誇りにして、三席らの尊敬を集めた。

 島が新たに拠点にしようとしている街に名前がつけられた。フォートスター、それは領域を囲い四ツ星軍旗を翻していたのを見た、現地の作業員が呟いた一言。ロマノフスキー大佐が面白がって採用した。ついでにその作業員の名前の通りまで作ってやるとかなんとか。


「しっかし、あいつらはお前の何なんだ?」


 レティシアがあいつら呼ばわりしているのは、プレトリアス一族である。街を建設すると決めると、すぐにルワンダに徒党を組んで乗り込んできたのだ。技師や工員が中心で、労役はルワンダ人を集めた。


「友人の一族だよ。仕事をしたいっていうんだ、有り難く雇用させてもらうさ」


 一旦ソマリアの株が暴落した。だがマルカの海賊が一団となり、警備についた事実は未来を明るくさせ、株価が持ち直す。大量の資材をマルカからルワンダへと送る中継の仕事が発注され、今度は高騰した。

 ソマリア政府がマルカに犯罪人引き渡しを凄んできたが、シャティガドゥド委員長が断固拒否。武力をちらつかせたところ、なんとラスカンボニ旅団が独立自治への侵害だとしてマルカに助力を宣言。政府が要求を引き下げたことで、マルカ自体が安定を保っていると更に株価上昇が加速した。

 チュニジアやパラグアイからの荷物をコンゴに送る、それにもやはりマルカが指定され、今や右肩上がりの大賑わいだ。シュタッフガルド総支配人は暴落したところを、信用で買い増し、莫大な利益を産み出していた。


「ンダガク市からもかなりの移民がある、あたしがとやかく言う側じゃないが、全部不法滞在だね」


 苦笑するしかない。フォートスターを建設するにあたり、技師はレバノン、労役はルワンダ、そして経済面や治安はンダガクの面々が多かった。近くと言うこともあるが、ンダガク議長が子の世代だけでもルワンダに、と願ったためだ。


「俺は入管の役人じゃないからな。大統領もうるさくは言わないさ」


 島の統制下にあるならば、その条件付きで様々目を瞑る。最終目標である、ルワンダ解放民主戦線の解体、これさえ果たしてくれるなら国内で文句は言わせないと約束してくれた。

 ルワンダ解放民主戦線、つまりはルワンダ解放軍の後継とも言える。ウガンダ、タンザニア、ルワンダに股がり活動していた。司令官はルワンダ虐殺で悪名を馳せたジェノシデール、ムピラニヤ司令官とムニャガラマ副司令官だ。

 ジェノシデールとは狭義のA級虐殺犯で、二人とも指名手配されている。元大統領警護隊司令官と、ルワンダ軍中佐だ。姿をくらませたと思っていたら、近くで返り咲きを狙っていた。


「まあいい、好きにしとけ。それより空港もちゃんと作れよ」


 いちいち陸路で首都じゃかなわん。不便なのは島も認めるが、だから空港を作れとは流石にやりすぎだと感じた。では作らないのかと言われたらそんなことはない、作る。それもだ、四千メートル級の滑走路を持つような立派なものを。

 フィリピンの三日月島、そこの退官者に地上管制官が混ざっていたのを覚えていた。空港関係者、空軍の面々に建設委員会を設置させて進行させることにする。無論ルワンダの役人も招かねばならない、運用の権限だけは島が付与されているが、世の中は複雑に出来ている。


「幸い近くに河がある、湖も囲ってボートでも浮かべるか」


 欲しいと側近に言えば近いうちに実現する、それが幸せかは別として、うかうか口に出してはいけない。どこに迷惑がかかるかわからないのだ、偉人が寡黙になる理由が何と無くわかってしまう。


「ゴメスが居るが、あいつに何かあったら下が麻痺する。エーン少佐にエスコーラへの指揮権を与えたい」


 何だかんだ言いながら、レティシアもエーン少佐を信頼していた。ゴメスもだ。


 部外者、明らかに無関係な者に命令されるのは、エスコーラでなくとも誰しもが嫌がるだろう。しかしエーンはコンソルテの意思を最も良く知る男。どうしたら夫婦が満足するか、それを世界で一番考えている者だ。クァトロだけでなく、エスコーラからも一目おかれている事実がある。


「あいつが良いならそうしたらいいさ」


 それを聞いて彼女は部屋を去る。一々打診しなくても、好きにしたら良いというのに、ソマリアの一件からか会話を多目にしていているので付き合っていた。


 ――さて、街はロマノフスキーが創るか、ブッフバルトがこの方面にやけに明るいのは驚きだったな。


 副官として付き従うブッフバルト大尉、何故か解らないが都市工学や経済学などを修めていた。粗削りの概要でしかないが、専門高等学校卒以上の知識を持っていた。地中海での作戦時にもその一部を発揮していたかも、昔を思い出してしまう。


 ――俺がやらなければならないこと……か。連絡するのすら迷惑が掛かる可能性がある、間に人を挟んで謝罪だけでもしておこう。損な役回りを誰に頼むかだな。


 日陰を歩む決意をしてきてはいる、だがニカラグア内戦でも、ソマリアでも名前は前面に出ていない。続柄的にも、将来的にもあいつだろうと呼び出す。少し待つと彼はやってきた。


「ご機嫌いかがですか義兄上」


「上々さ。ワリーフ、俺の代わりに気が進まない役目を引き受けて貰えないだろうか?」


 拒否を認めるし、それによって何が変わるわけでもない。前以て私事だと告げる。


「自分が代理を出来ること、嬉しく思います」


 優しい笑顔だ。最初から断らないことを知っていて甘えている、島も頼ることが出来て有り難い。


「世間を騒がせて済まないと、各所に謝ってきて貰いたい。俺はこの国から自由に動けない、頼む」


 誰にでも務まるような内容ではない、それがワリーフの心を満たす。少しでも義兄の心労が減るならば、喜んで引き受けると快諾した。


「いつか世界も解ってくれます。それまでは自分に言ってください」


「俺は非難されるだけのことをしてきた、それは事実だ。結果に不満はない。ただ申し訳ない気持ちがあってね」

 ――父上、母上、龍之介はもう会うことは無いでしょう。


 哀愁を漂わせる島を見て、ハラウィ少佐はもう一つの事実を突き付ける。


「義兄上が為してきたことは、より多くの者に、希望と喜びと活力を与えました。我々はそれを知っていてます」


 世界各地で紛争に身を投じ、数多の怨みを買った。半面、感謝されたことも現実にある。


「俺は家族や友人に支えられて生きている。幸せだよ」


 飯でも行くか。公用語としてフランス語は消え去ったが、ルワンダにフランス料理店は沢山残っている。ガボンでも感じたが、この食事文化だけは根強い。


「義姉さんもご一緒に、ホテル・ルワンダのレストランに招待します」


 映画にもなったあのホテルだ、お陰で利用客も増えて繁盛している。思い出すからと使いたがらない者も当然居るが、多数派は前者だった。


「ワリーフはレバノンに帰れよ。義父上に悪い、それに新妻にもな」


「それは……はい」


 リリアン・オズワルト、彼女と電撃結婚をしたのだ。オズワルト商会をミランダ・パストラに任せてしまい、今はレバノンで新規に商売を始めている。後援にハラウィ軍事大臣がついていて、滑り出しから絶好調だ。




「んー、まっさらな土地に街を創るか。俺は中々にご機嫌だ」


 美女ばかりを集めた地区が欲しいな、ロマノフスキー大佐が笑いながら計画にぶちこめとブッフバルト大尉に迫る。


「却下します。ですが通りに作業班名を採用するのは名案です」


 都市建設責任者、これに関しての決定権は彼に与えられていた。通常ならば考えられない大抜擢、そして序列を無視した役目。だがルワンダ政府ではなく、島のポケットマネーなので文句をつける奴は居ない。

 サウジアラビアの王族が王族たらんと振る舞うような形に近い。あちらの方がまだ百倍も規模が大きいだろう事実は、オイルマネーの莫大な利益を彷彿とさせる。


「折角だ、お前たちの名前の地区割りにしたりはどうだ」


 思い付きを更に囁く。実のところロマノフスキー大佐は暇なのだ。実務はマリー少佐に移管してしまい、特務は今現在存在していない。無論あれこれと準備をしてはいるが、これから待ち時間が暫くある。


「却下します。大佐は執務室でお休み下さい」


 あっちに行けと言われてしまう。やれやれと承知すると、ランニングしているフィル上級曹長を見掛けた。


 世界中どこに居ても兵士は走らせる、墨守している訓練メニューだった。


「おいフィル、ちょっと付き合え」


「はい」


 訓練を他に任せてやって来る。大佐が現場に来たら迷惑だ、と顔に書いてあった。


「数日出掛けるぞ。五人も居たらいい、マリーにも連絡しておけ」


 別行動をすると言われて心が踊る、何と無く話し掛けてきたのではなく、自身が必要だからだと気付き。


「ダコール。まああそこでしょう」


「だな。何せ久し振りだ、ビールケース位は積んでけ」


 どうせあればあるだけ飲む、積載マックスまで車両に詰め込み、二台と七人はフォートスターから姿を消した。

 後は任せた。連絡を受けたマリー少佐が苦笑する、何だか昔にもあったなと。世代順送りとはこれだろうと頷いたものだ。


 ルワンダ政府の役人がチラチラと視察にやって来る。大統領の一声で許されては居るが、気に食わない奴等も多い。何かしらケチをつけようと訪れている。

 それでなくとも訳有りで複雑な状態だ、しつこそうな奴をマークしては賄賂を握らせてお帰り頂いていた。拠点が出来上がれば後は知らんふりで構わないが。



 駐屯地が設けられている。作業員とは別にして寝泊まりをし、昼間は警備として街に行くのだ。そのあたりの実務に関してはビダ先任上級曹長が取り仕切っている。


「ブカヴやンダガク隊のラインはどうなんだ?」


「一人の大尉、二人の中尉に隊を分けて指揮させています」


「仕方無いが、数の割りに階級が低くなる。他との釣り合いを考える必要があるな」


 マリー少佐が、今後様々な軍が参集してきた時に不都合がありそうだと悩む。久しくトゥツァが少尉だったせいもあり、バランスが悪い。一応序列に従い引き上げてはみたものの、中尉が三百人からの兵を指揮していた。


「ご迷惑をお掛けします」


「そいつは構わん。それに何度も言うがトゥツァ少佐は俺と同格だ、敬語は要らんぞ」


「努力はします」


 信じる神の手足、その長であるマリー少佐と同格だと言われても、トゥツァ少佐は恐れ多くてたまらない。意見が割れたら島がどちらの考えを優先するか、そんなことは解りきっていた。

 マリー少佐にしても自負はある、だからとそれを振りかざすような真似をするつもりは毛頭無い。


 クァトロは現在二十人前後の島直下の部員と、百程の構成員が存在している。エスコーラ風に言えば部員の将校がボスで、部員の下士官と、構成員の将校がカーポだろうか。

 なるほど確かに一般部隊将校は階級が上だ、しかし部員は島の意を受けて動く。虎の威を借るわけではないが、そこには気持ちが介在する余地が確実に在った。


「ルワンダ人民兵団が必要になる。そうなればンダガク隊はクァトロの譜代として、より中枢に位置することになる」


「我ンダガク隊は、キシワ将軍の為にいつでも命を差し出せます」


「解っている。だからトゥツァ少佐は俺と同格なんだ」


 トゥツァ少佐の教育から始めよう。マリー少佐が多数を指揮するにあたり、補佐を育成することにしたのは妥当だ。司令としてロマノフスキー大佐や島の代理をしている事実はある、様々な不都合を整合させる、それがこれからの彼の役割なのだ。


 ――ラインとなる将校が不足している。下士官から引き揚げたいな。


 いびつな形が目についてしまう、少し欠けただけで麻痺するような構成では上手くない。


 現在マリー少佐に何かしらあれば、代理を出来る候補はドゥリー中尉だ。ハマダ中尉では全体に目が届かず、ゴンザレス少尉では経験が足らない。ブッフバルト大尉と言いたいが、彼はロマノフスキー大佐の副官で戦闘部隊に所属していない。もちろん代理が居なければ派遣されるだろうが、それではマリー少佐の失策でしかない。


 ――バスター大尉でも厳しいな。ビダ先任上級曹長は将校には適さない。やはりサイード上級曹長とフィル上級曹長か。だが二人とも下士官から抜くのはいかんな。


「マリー少佐、巡回の時間なので自分はこれで」


「うむ、トゥツァ少佐、頼む」


 雑用係として三日月島にいた下士官を側に置いている、サイード上級曹長を呼び出させる。訓練を中途で抜け出し、十分とかからずに眼前に現れた。


「サイード上級曹長、出頭致しました!」


「ご苦労。少し気になっていた部分がある。上級曹長は後発の部員のはずだが、ボスと以前から知り合い?」


 昔マリーに、島の当時の指揮ぶりと差がない等と言われて違和感があった。そこを確認する。


「はっ。当時の島大尉とロマノフスキー中尉、ハマダ少尉、アフマド氏、自分にその他でスーダン、現在の南スーダン地域が丁度独立をしている瞬間に作戦しておりました」


 なるほどの面子、しかも島が大尉の時代となればかなり昔からの知り合いということになる。そこにきてハマダにアフマドとくれば、島が信頼する者だと確定した。


「そうか。サイード上級曹長、貴官は将校になる気はあるかね」


 ひいきでも何でもない、能力や経歴に適切さを感じたからだ。サイードは真面目な顔で「あります」と応えた。


「司令命令だ、これより中長期の任務を禁ずる。フォートスター付近で訓練、待機を行え」


「ダコール」


 下がってよろしい。エジプト人は信用ならない、それが一般の感覚だった。その中から丁寧にこういった人物を見付けてくるのだ、島の感性に感服した。


 ――ルワンダ軍の士官学校は英語だろう、あともう一人欲しいが、レオポルドについてはボスを通さねばならんな。


 勝手に任地を離れるわけにはいかないので、まずは電話で報告をあげつつ、相談を口にするのだった。




 フォートスターが着々と建設されていた。要塞を北東にし、南西に空港、北に人工湖、東は公道に沿って防壁、北西にも防壁を沿わせて補助要塞を建設。空港南にも要塞を一つ置いた。行く行くはその周辺に住民が集まるだろうことから、ライフラインの一部を見込みで通してしまう。


「フォートスター民兵団、マリー少佐に敬礼!」


 本要塞前の広場、まちまちの服装で人が集められていた。数は二百人前後、主に軍の退役者や警察関係者、そして将来ある若者を選抜している。下士官として育成するつもりであった。

 ルワンダの公用語は英語だ、だが理解する者は少ない。まだフランス語が圧倒的に多く、ほぼ全員がルワンダ語を理解する。部隊ではフランス語か英語を理解する者を採用した。


「諸君、フォートスターはルワンダに所属していて、当然大統領もいる。だが」皆を見回す。多くはキシワ将軍が何者かを知っていた「ここはキャトルエトワールのキシワ将軍の街だ。ボスが誰かを忘れるな、敵味方を脳に刻み込め!」


 島は姿を現しはしない、顔を知られない方が様々都合がよい。


 何よりまだフォートスターに転居してない。広すぎる要塞を守りきれるだけの兵力が不足しているのだ。籠城すれば陥落はしない、だが島が閉じ込められては意味がない。

 マリー少佐はその場を去る。大尉以下の者が後の面倒をみることになった。司令官室に戻る、そこにはロマノフスキー大佐が座っていた。島が来るまではここが彼の部屋で、その先は南の要塞が居城になる。マリー少佐の司令室はこちら側だ。


「まあ見事な演説だ、ハンサムだな」


「そういじめないで下さい、若僧が何を言うかってヤジが飛ぶかと思いましたよ」


 ロマノフスキー大佐が演説してやれば良かったのだが、その栄誉を譲るよ、とマリー少佐に丸投げした。ベルギー人の彼がこの地に打ってつけだったのもある。


「お前はもっと自信を持っていいぞ。ルワンダに来るまでの大活躍を聞いた、証明は済んでいる」


 ザンビアからの一連の道程、ロマノフスキー大佐が居ないことで島に相談をしながら決めていた。その島が能動的に口出ししたの一度だけ、ゴマ北の国連キャンプを巻き込みに行った時のみ。それは高度な判断が必要なので、マリー少佐には出来ない部分なのだ。


 そんな事情を含みで鑑みれば、マリー少佐の判断力は充分通用する。部下に少佐を持てるほどに。


「いつまでも保護者が必要とは言いませんが、後ろに控えているからこそ成立することの多いこと」


 どちらも事実、そしてどちらも無理に言葉を押し通すつもりはない。


「すっかり忘れていたんだが、三日月島で志願してきてた日本人」


「ああ……石橋でしたね」


 バタバタしていてほったらかしにしていた。仕方のないことではあるが、待たされる側に何の連絡もしていないのに今更気付いた。


「ボスも知らんそうだ」


「すると残りは?」


「グロック准将だな。あちらが何時かは知らんが聞いてみるさ」


 新人学校校長は卒業していた。今は軍務総監代理として、ニカラグア全軍の教育に力を注いでいる。二回コールすると「何だ」素っ気ない声が聞こえてきた。


「自分です、一つ質問が。石橋安利(イシバシヤストシ)という日本人がクァトロに志願してきてましてね、准将はご存じで?」

「息子だ。好きに使え」

「あー……承知しました。では」


 ロマノフスキー大佐が惚けた顔を久し振りに見せた。


「結論から言うが、そいつは採用だな」


「試みに理由を聞かせていただけますね?」


 あの短時間で納得する何かが気になった。


「グロック准将の息子だとさ」


「あー」


 つい同じ様な反応をしてしまう。一切口にしたことはなかったが、二十歳前後の息子が居ても何ら不審はない。むしろ疑問が一つ解決した。


「あの鬼軍曹がピロートークとは参ったね」


「日本語を知っていた理由に驚愕の事実、ですか」


 二人ではわかりもしないが、安利をアンリと読めば大いに理解を深めるだろう。後に島が耳にしたときに、うんうんと大きく頷くことになる。


「で、何をどうして南アフリカ軍に居たやら」


「その辺りの疑問は面接ということで」


 面白そうに微笑む、急に興味が涌いてきてしまった。別にそれで結果が変わるわけではない、仕事を楽しむのは良いことだ。


「もし俺の子供が志願してきたら追い返せよ」


「何故ですか?」


「親に似てろくなことをしないからだ」


 どう答えたら良いものか、少し唸り司令官室から退室するのだった。




「閣下、第二陣が到着致しました」


「何のだ?」


「プレトリアス族の護衛兵です」


 そんなことを指示していない、だが兵力が不足していた事実はある。いつもエーン少佐に甘えてばかりで心苦しい。


「あまり郷から青年層を抜きすぎるなよ」


「ご心配なく。プレトリアス・ツルケからアヌンバの者も数に」


 身代わりで死ぬことを躊躇しない、そんな親衛隊を二百用意したと明かす。


 ――こいつらときたら命をすぐに……有り難いが、代わりに死なれるのは困る。


「代表に会おう」


 外に待たせていたらしく、数分で島の眼前にやって来る。黒人だ、エーンと似たような雰囲気があるが若い。


「プレトリアス・ツルケの若者頭、プレトリアス・オルダです!」


 アフリカーンス語で申告する。通訳は要らない、島も大分馴染んだものだった。


「イーリヤ少将だ。オルダ、よく来てくれた」


 プレトリアスでは混同する、前例があったので名前で呼ぶ。


「我等プレトリアス=アヌンバの者は、命を捧げます!」


「オルダよく聞け。俺はな、お前たちにそう言ってもらえることには感謝している」


 チラッとエーン少佐にも視線を流してから元に戻す。


「だが命を使うのは最後だ。訓練に訓練を重ね、知恵と技術で苦難を乗り切れ、勝手に死ぬのは許さん」


「ヤ!」


「エーン少佐、部隊を統括しろ」


 在るべき場所に属させる。第二陣と呼んだ、まだ続くのだろうと頭に留める。


「承知致しました」


「プレトリアス・オルダを大尉に任命する。以下の指名はエーン少佐に報告しろ」


 退室を促した。オルダは敬礼し部屋をでて行く、エーン少佐が連れてきたのだ、能力に疑問など持たない。


「ブカヴより志願兵があります」


「エーン少佐に一任する。一般兵はマリー少佐に預けろ」


「はっ。ドクター・シーリネン大尉から連絡が、ルワンダにも医療を必要とする者は居るだろうか、と」


 コンゴでもう一人の神と崇められているらしい、ドクター・シーリネン。彼も島がルワンダに落ち延びたのをどこからか聞き付けたようだ。


 ――医者か。俺達が必要とするな。


「ドクター・シーリネンを招くんだ。失礼の無いようにな」


「ダコール」


 書類を差し出してくる。部隊装備の概要だ。


「武装が不足しております。ルワンダ軍は代価を払えばある程度権利を渡すと」


「近場から都合をつけるルートの確保と考えよう。ルワンダ軍からの購入と平行し、ヒンデンブルグからも買い入れだ」


「ロマノフスキー大佐が担当で宜しいでしょうか」


 そうしろと承認する。あまり階級が低いと足元を見られてしまう。決裁はまだ終わらない。


「生活消費物資が不足するでしょう。こちらも輸入で宜しいでしょうか」


「好きなところから仕入れろ」


「トゥヴェーに手配させます」


 ソムサックに注文するなり、近隣から買い付けるなりして充足させるだろう。これだけなら副官業務でしかない、だが目の前に居るのはエーン少佐だ。


「こちらを」


「ボートのカタログ?」


「奥方とお好きなのをお選び下さい。湖に浮かべるモノです」


 用意する過程も楽しみの一つだと考えて、そう勧めてきた。


「お前のお陰で平和がやって来そうだ」


 島の満足気な言葉、黒い顔に白い歯を光らせる。そう彼は秘書官なのだ、公私を支えるのはエーンしか居ない。



 大統領官邸関連館、多くの高官や外国の使節がパーティーに集まっていた。レティシアは柄じゃない、と出席を拒否してしまう。仕方無く島は単身、副官のみを伴って参加している。


「また太ったらどやされちまうな」


「いつでもボスも訓練にご参加下さい」


 したり顔で受け流してしまう。大分扱いに慣れてきたのだろう、敬意を払いはするが昔のような緊張は少ない。


「イーリヤさん!」


「これはお久し振りです。マグロウ国連難民高等弁務官補」


「今は国連難民高等副弁務官になりました」


 フランス、ル=グランジェで顔を合わせてから何年か。彼は今もアフリカで難民の為に身を捧げていた。


「それは気付きませんでした、少しは解決しましたか?」


 マグロウは頭を振る。日々難民は増加をたどる一途らしい。


「アフリカではアルカイダやイスラム国、ボコ・ハラム、神の抵抗軍など、宗教的なものと政治的なもので全く」


「そうですか」

 ――貧困は宗教にすがる、これも政治の役割だ。しかし人口増加が最大の原因だろうな。


 周りを気にして半歩近寄る。小さな声で「何があったかは存じませんが、国連からの情報を欲するならばお力になります」すれ違い際に囁いた。

 島は少しだけ目を瞑ると、心の中で感謝を告げる。


 ――無頼を信用してくれている、有り難い限りだ。


 会場がざわついた。何が起きたのかと鋭く視線を巡らせる。胸板が厚い男が、軍服姿で現れた。彼はそのまま真っ直ぐ島目指して歩みを進める。


「貴官がイーリヤ少将か」


「ンタカンダ大将閣下」


 階級章に敬意を込めて、背筋を伸ばし敬礼をした。今がどうであろうと正真正銘の大将に任じられていたのだから。


「礼儀は弁えているようだな。ンクンダに一撃加えてから来たそうで何より。困ったことがあれば私が相談に乗ろう」


「お言葉ありがとうございます」


 悠然と去っていくンタカンダ大将の背に向けて再度敬礼をする。こうも堂々と現れることを予測していなかった。


 ――南周りで入国していたら、嫌味の一つも聞かされていたんだろうな。苦労は先にこなしておくべき、か。


 注目が集まりすぎていたので一旦部屋を出る。


 廊下の椅子に座っていると、予想外の人物に再会する。


「隣、空いてるかしら?」


 それは日本語だった。驚いて視線を向けると、懐かしの彼女。


「由香か!」


「あら、まだそう呼んでくれるのね嬉しいわ」


 サルミエ大尉が遠慮して三歩程離れた。三十後半になっただろう彼女は、相変わらず可愛らしい。


「どうしてルワンダに?」


「ザンビアで局員していたら、変な集団が港に現れたって。足跡を追ってみたら、なーんか引っ掛かって」


「なるほど。大分前の約束だが履行しよう」

 由香が首をかしげる。島は手をとって彼女をエスコートした。

「俺に招待が着た、パーティーに同伴してくれるかな」


 補欠出席ではなく、島自身にだ。遥か昔の口約束、由香は微笑で頷いた。会場に戻る、婦人同伴でようやく島も居場所を確保できた。


「あれからずっと戦いを続けてきたのかしら?」


「俺は平和主義者なんだがね、向こうから来るんだ。由香は順調かい」


 だったらこんなネタを追ってルワンダまで来ないだろうなとわかってはいた。


「コートジボワールで支局長になっていた方がよかったかも。何回か思ったわ」


 因みに独身、等とアピールされてしまう。

 ――何とも悩ましい響きだね。由香か……報道は必要になる、巻き込んで良いものか。


「俺は今、お察しの通り国際指名手配犯だ。否定はしないよ」


 足跡を追ったなら、そのあたりは知っているだろうと自白しておく。


「ボタンの掛け違いでしょう。私は龍之介がそんな悪人じゃないのを知ってるわよ」


 数秒目を閉じて過去を思い出す、信頼出来る人物なのは間違いない。レティシアとの関係に一抹の不安はあったが。


「どちら側になるかは由香が決めて欲しい。ルワンダ支局の責任者か、キャトルエトワールの報道責任者か」


 真剣な表情で問う。どちらもお断りでも結構、由香の意思を尊重する。


「夢が忘れられないの。チャンスをくれてありがとう」


「フランス局にする?」


「その方が伝もあるから」


「そうか、そうだな」


 ラジオはミドルアフリカの放送局を再度使うつもりだった。タンザニアに人員を派遣しなければ、エーン少佐の顔が自然と浮かぶのであった。



 ついにフォートスターに主が入城した。親衛隊を引き連れ、謎に包まれたキシワ将軍が居城に腰を落ち着けた。


 ――ンダガク要塞を数倍にしたような造りだな。何十年と居座るつもりで建設したのを感じるよ。


「ようこそボス、中々良い街になりました」


 ブッフバルト大尉が監修して、小官は多大な却下を受けただけ。笑いながらロマノフスキー大佐が報告する。


「そうだな、面白い通りもあるようだ」


 作業班名が幾つも使われている、当たり前のようにプレトリアス通りが存在していた。全ての報告を受けたわけではないが、ンダガクやらアヌンバやらもきっとあるだろう。


「空港ですが、ジャンボジェットでも離着陸可能です」


 来られても何にも観光名所はありません。彼はいつもの態度で島に接する、それが嬉しく思えた。


「輸送機やヘリが使えたら充分だ。航空関係だが、本人が良ければシュトラウス中尉に預けたい」


「嫌とは言いますまい。張り合いが出るかはわかりませんがね」


 後程呼び出します、半ば決定事項だと考えながら先に進める。


「既に難民があちこちに住み着いております」


「統制だけ保てば良いさ。好きに住まわせてやれ」


 集団営農も実施させるなどして、働く場所も与える。流民がいかに悲惨か知り尽くしている難民だ、積極的に土地に根付こうと努力するだろう。一定の割合でどうにもならないやつも居るが、気にしていたら始まらない。


「マリーが早速住民の自警団やら議会やらを立ち上げています。もうお手のものでしょう」


「そうか」

 ――あいつは充分過ぎる働きをしているな。


「越境を含めた偵察、トゥツァ少佐が。コロラドやリベンゲは隣国に潜入中です」


 皆が言われずとも役割をこなしている。それはマケンガ大佐もだった。


「M23の残党が連絡をつけてきているようです」


「マケンガ大佐からの報告を待っておくさ」


 指揮官になりたいならそれも良かろう。申し出を概ね認める、島が自主性を尊重しているのは今に始まったことではない。


「石橋とレオポルドが待機中ですな」


 ほらグロック准将の息子の、書類を提出する。石橋安利と漢字でも書かれていた。


「二人を少尉にしてマリーに配属だ」

 ――グロックの息子か、使わない手はない。レオポルドもだ。


「ザクッと報告はこんなところです」


 あまり一人で喋ると皆が恋しがるから、と現場からの声を聞けと止めてしまった。


「ではいつものやつをやっておくか。サルミエ大尉、部員と将校を内城に集合させろ。階級章も用意しておけ」


「ウィ ボス」


 軸となる部分だけ任じてやり、あとは指名をさせるつもりだった。部下に裁量を与える、それこそが組織を上手くまわす手法だと考えている。


「なあ兄弟、俺達は今何を目指しているんだろうな」


 両手を腰に当てて彼は淀みなく応じた。


「趣味で許せないやつらにお仕置きすることでしょう」


「趣味か。そうだな」


 言いえて妙だった。変な使命感や命令であったり、必要に迫られてではない。悪趣味も良いとこではあるが、なるほど填まる単語だった。


「お気に召しましたか、そいつは結構」


 はっはっはっ、笑いながら一足先に行っていると部屋を出ていってしまう。


 ――少しは気楽にやるとするか。


 内城の広間に整列している。マケンガ大佐、ロマノフスキー大佐が対面し、残りはマリー少佐を先頭にして序列に従い並んだ。ベルギー人の青年、この集団では真ん中より若い部類に入る。


「イーリヤ少将に敬礼!」


 ロマノフスキー大佐が代表して声を上げる。エーン少佐とサルミエ大尉を引き連れ島がやって来た。皆を見渡し少し遅れて敬礼を返してやる。


「良く集まってくれた。俺は暫くこの地に拠点を構えることに決めた」


 恒久的なものになる、その意思を皆の前で初めて明かす。


「任官を行う。部隊編制、議会の設置、その他の功績を認めマリーを中佐に任命する」


「ありがとうございます!」


 まさかそうなるとは考えて居なかった。少佐なことすら早すぎなのに。


「ドクターシーリネン、貴方を中佐待遇に任命致します。医療の全てをお任せします」


「やることは変わらない、協力させていただく」


 外部の協力者で島が敬意を払っているのを明らかにしておく。ぞんざいな扱いをするのは、島を侮辱したのと同義だ、そんな圧力が掛けられる。


「都市を計画し見事形にした。ブッフバルトを少佐に任命する」


「拝命致します」


 マリーに遅れはしたがブッフバルトも佐官になった。二十代にしてこれは驚きの昇進で、どれだけ死線を潜り抜けてきたか。


「数々の無理な任務を達成し、ここには空港も造った。シュトラウスを少佐に任命する」


「ヤ、ヤー!」


 確かに無茶を幾度も通した、だが他の者とは違い直下の部員とは言い難い。そんな彼を昇進させるとは思っても居なかったようで、珍しく動揺した。


「新たにサイード、石橋安利、レオポルドを少尉に任命する」


 三人が一歩前に出て敬礼した。これからは部門の長に多くを任せる、その意味からも佐官が必要だった。上がる数を埋めるために不足するのを補充してやる。


「それとだ、各所から人やモノを集めてきたのを認める。エーンを中佐に任命する」


「仰せのままに」


 二等兵に降格する、そう言われても同じ様に答えただろう。エーンはどうあろうとエーンなのだ。任命の根拠など今は存在しない、適切だと信じているからそうした。


 格付けを終わらせると間を置く、異議を唱える者は居ない。


「序列を定める。副司令官ロマノフスキー大佐。主任参謀マケンガ大佐。クァトロ戦闘団司令兼フォートスター民兵団司令マリー中佐。医師団長ドクターシーリネン中佐待遇。航空司令シュトラウス少佐。フォートスター監督官ブッフバルト少佐、副司令官副官も兼務だ。エーン中佐は秘書官に留任、俺の代理として全体への監察権限も付与する」


 マリー中佐に負担が大きいが、彼ならば見事やり遂げるだろうと分割をしなかった。マケンガ大佐については、参謀長ではなく主任との名目に据え置く。ここには居ないがグロックの存在が常に頭にあるのだ。


「俺の目的は自らの意志で前を向くことが出来ない者の背を押してやることだ。人種も宗教も国も関係ない、そうだと感じたらそうするまで。去りたい者は去れ。集いたければ集え。俺が認めてやる!」


「ウィ モン・ジェネラル!」


 ロマノフスキー大佐が声を張り敬礼する、皆が動きを合わせた。冗談でも建前でもなく、島が本気でそうやって生き抜いてきたのを知っている部員の顔も真剣そのものであった。



 砂で汚れた格好で顔すら洗わずに司令官室に駆け込んできた。止められたヶ所は外門だけで、一度内城に入ると彼を差し止める衛士は居ない。

 開け放たれている扉をノックしながら勝手に足を踏み入れる。サルミエ大尉が少し顔をしかめた、だが島は気にせずに迎え入れる。


「お、来たな」


「ボス、北東の街ソフィアに襲撃が行われますぜ!」


 挨拶も何も無し、一番大切な報告を真っ先に行う。自由行動を許され、億円単位で使途を明らかにしなくて良い軍資金を握らされている、下士官なのにだ。


「概要を」


「へい。ウガンダ北部でアチョリーが反乱を煽ってる隙に、ソフィアで反政府の奴等を襲撃するって寸法でさぁ!」


「ついでに略奪もするだろうな。政府はそれを見て見ぬふり、鎮圧に手がかかり対応不能って言い訳か」

 ――近隣の街か。俺がしゃしゃり出ても良いことは少ないだろうな。


 何でもかんでも手を出せば良いわけではない。だがそれではコロラド先任上級曹長が慌てて駆け込んできた説明がつかなくなる。もう一枚何かが噛んでいる証拠だ、それを絞り込む。


「そうか、そのならず者がルワンダ解放民主戦線か」


「へい。上手く行けば司令官を捕らえられるかも」


「良くやったコロラド。サルミエ大尉、すぐに三人を呼び出せ」


 命懸けで手に入れた情報、良くやったと誉められ認められるだけ。だがコロラドは、それで心が最高に満たされるのだった。


「スィン」


 この場合の三人が誰か、そんなことは明確にしない。副官が間違えたなら最早役職を辞退すべきことだ。十分とせずに司令官室にやって来る。一番時間が掛かったのはロマノフスキー大佐だ、地理的に南の要塞からなので仕方無い。地下通路で繋がっているのを知るものは数人しか無い。


「お祭りが始まるらしいですな」


「将校に待機を発令してきました」


 軍を預かる二人が実戦に備えていることを告げた。一方でマケンガ大佐は下問あらば助言を発しようと、小脇にファイルを抱えてきている。


「傍にルワンダ解放民主戦線が現れるぞ、不意打ちをしてジェノシデールを捕まえれば、カガメ大統領への借りの一部が返せる」


 司令官らが出てくるかは解らないが、指揮官が居ないわけがない。どのクラスが現れるかはやってみてのお楽しみだ。


「河を渡って逃げるのも大変ですな」


 河の手前はルワンダとタンザニア、橋を渡らなければウガンダに逃げることになる。つまりは橋が重要なポイントだ。


「河の中央が国境ではありません。北側、ウガンダが河を含みます」


 マケンガ大佐の指摘に地図を確かめる。ルワンダ・ウガンダ間は河が境界だ、だがウガンダ・タンザニア間はそうではない。殆どは河に沿っているが、確かに一部は内陸だった。過去に河があった場所と現在が違う、護岸工事などしていない、良くある話だ。


「タンザニアは、反政府武装組織をどう扱うだろうか」


 表面的に、そして真意をも探る。マケンガ大佐にしてみれば想定内の言葉である。


「反社会的集団には協力などしません。かといって隣国の官憲とも仲良くはしないでしょう」


 国内で騒ぎを起こさないならば無視する、それがより近い態度だと見通しを述べる。


「反社会的なって言うなら俺もだがな。ロマノフスキーはどう思う」


「品行方正に生きてきた自分としては、タンザニアに逃がして居心地を悪くしてやるのも手かと」


 ウガンダには既に連携するような組織があるようだから、タンザニアまで使わせないように制限を掛けると目論見を示す。


 ウガンダ・タンザニア戦争があって以来両国の関係は最悪だった。昨今ようやく再度の交流をしてはいるが、戦争の禍根は簡単に拭えるものではない。ロマノフスキー大佐の言の裏にある大きな理由、それはタンザニアは治安部隊が極めて少ないことにあった。国軍が三万人に満たない、かくいうウガンダも五万人に満たないが。


「どうだマケンガ大佐」


「これからアプローチするのでは時間が短かすぎるでしょう」


 ルワンダ軍の兵力はその間程、一部地域に限れば三千も兵力があれば一大勢力として数えられる。フォートスターの兵員は千を越えている、充分な数字だった。


「時間の代償を状況に置き換えることは出来るか」


 大佐の能力を試してやろうと想定を絞った。島だけでなく、二人もどのような答えを導き出すか興味津々といった感じになる。


「タンザニアの町、ミューロンゴ、この地の住民を巻き込み要請を行わせるならば」


 状況に無辜の市民の犠牲を当ててきた、今度は島がどう判断するかを問われる。

 

 ――俺の目的を達するにあたり、それは必要な措置か? それによる結果は釣り合いがより以上にあるか。考えろ!


「マリー中佐、要請からどれだけで救援に向かえる」


「予めミューロンゴ西の森林に伏せておけば、三百秒をお約束出来ます」


 五分、あまりにも早すぎる到達ではあるが誰もそんなことは気にしないだろう。


「マケンガ大佐、作戦を提出しろ。一時間後に再度集合だ、解散」


 多少の犠牲は目を瞑る、より大きな戦禍を呼ばないために。島は軍人だ、少数を捨て多数を救う生き方をしてきた。思うところはある、だがコロラドが持ってきた情報を最大限に生かすためには苦渋の決断をしなければならなかった。

 窓際に立っていたエーン中佐が目の前に回りこむ。


「閣下の懸念は未必の故意でしょうか」


 それは罪となることが起きるだろうと解っていて、危険を起こそうという意味だ。まさにそれを気にしていた。


「うむ……」


「世界では緩慢な死を待つのみでも手を差し延べることが無い。傍観するのは罪ではないのでしょうか?」


「それは」

 ――対岸で火事が起きていて、それを眺めているのは……だが俺は。


「原因が己にある、それだけが問題と認識下さい」


 島がやれと言わなければ起きない、確実に原因はそれなのだ。エーンの言葉に頷く。


「閣下は己の自責の念の為だけに何千、何万の者を救える可能性を自ら放棄するのでしょうか」


「……」


「気性の穏健なことはひとつの徳であるが、主義の穏健なことは常に悪徳である。ここはアフリカです、何がより罪であるかをお考え下さい」


 とある無神論者の言葉。島の返答を待たずに元居た場所に戻ってしまう。


 ――俺自身を常に肯定してくれるだけでも感謝してるよ。いつもこうやって助けられている、それに応えなきゃならん。


 目を閉じて三人がやって来るのをじっと待つ。はっきりとした境界線を持たねば部下が迷惑する、気持ちを整理するのに一時間という時間は充分だっただろうか。


「閣下、主任参謀より作戦案を提出致します」


 手渡された書類を読む。そこには島が想定した内容と軸を同じくした内容が、より詳細に並べられていた。


 ――マケンガ大佐は優秀だ。やはり心に何かあってM23を投げ出したわけか、俺だって気に入らないことを押し付けられたらそうするだろうさ。


「作戦案を受理する」


 書類をロマノフスキー大佐に手渡し命じる。


「副司令官、速やかに実現させろ」


「ダー。ボスはどうぞごゆっくりお待ちあれ。マリー中佐、来い」


「満足頂ける結果をお約束致します」


 二人は敬礼して司令官室を出ていった。マケンガ大佐がそれを見詰めている。


「閣下、もう一つ提案が御座います」


 敢えて二人が居なくなってから話を持ち出す。嫌な予感はしていた、しかしこれからはこんな役回りをする人材も必要になるだろう。


「なんだ」


「ルワンダ解放民主戦線が目論見通りに退却しない場合、こちらが町を襲撃する役も行うべきです」


 自作自演、それでいて相手に罪を擦り付ける。最低の発想だ、だがそれを提案するのが主任参謀の仕事である。


「主任参謀の提案を却下する。俺にはそういった案を出す参謀が必要だ、しかし今は作戦を認めん」


「承知いたしました」


 存在を認めながらも考えは許さない。評価をきっちりとすることで、互いに職務をこなした。マケンガ大佐も部屋を去る、エーン中佐は中空を見詰め何を思っていただろうか。



 コロラドの言ったとおり、アチョリーの反乱が始まった。鎮圧のために警戒が発令される、南部でも都市を中心に軍や警官隊が待機に入った。ソフィアでルワンダ解放民主戦線が白昼堂々と略奪を始めた。すぐに通報と救援要請が行われたが、地方の中心都市ムバララ市に駐屯している軍は出動を拒否、市の防衛に専念するとした。ソフィア警察は反政府組織を見て敵わないと、そそくさと逃げ出してしまう始末だ。

 自宅に篭っていても見つけられると引きずり出され殺されてしまう。住民は必死に走って逃げた、乳飲み子を抱える母親が遅れて銃を持つ反乱軍に捕まる。子供だけはと懇願するが、歪んだ表情でそれを無視すると蹴り付けた。絶望に打ちひしがれて逃げ惑う、だがそこに救いの手が差し伸べられることはない。


「斥候班より司令部。やつら非戦闘員でも関係なく、畜生!」


「落ち着け、反乱軍の規模や配備を偵察しろ」


 ソフィア側の部隊の通信が聞こえてくる。マリー中佐は拳を握り締めて兵を伏せたまま耐えていた。こうなると解っていてそれでも助けることが出来なかった。すぐにでも飛び出して敵を打ち倒したかったが、任務を忘れるわけにはいかない。


「よーしマリー、俺が追い立てるからそっちは任せる。焦るなよ」


「はい、大佐」


「腸が煮えくり返る気持ちは解る、こいつは奴等の司令官を引き出すためにプロセスだ。頂点を取り逃がしたままでは悪夢は覚めん」


 若造にそれを理解しろとは言わない、今は我慢しておけとロマノフスキー大佐が宥めておく。彼とて見るに堪えないのは変わらないのだ。


「副司令官命令だ、フォートスター民兵団マスカントリンク大尉、ジェノシデールを叩きのめせ!」


「ジェ コンプファ!」


 ソフィアの街の南部から民兵団旗を掲げた歩兵団が突如現れてルワンダ解放民主戦線に襲い掛かった。奇襲を受けて怯むが次第に秩序を回復していく。


「トゥツァ少佐、二陣進め!」


「ウィ モン・ヴィスコマンダン!」


 民兵団が西側から北へとスライドしていく、その隙間に黒人部隊が突入した。民兵とは違い整然と進軍する、ヴカブで長年警備を行ってきた経験は伊達ではない。二面を圧迫されて敵が東へ向けて川沿いに後退していく。


「追撃だ!」


 トゥツァ少佐が黒地に四ツ星の軍旗を掲げてそれを追った。民兵団は住民の保護に残り、逃げ遅れた敵の掃討に切り替わる。


 歩兵が歩兵を追撃するのは困難だ。脚力がすべてで逃げる側は武装を捨てればグイグイと進める、だが追うほうはそうはいかない。一時間も追撃したあたりで副司令官から撤収の命令が下る。

 追ってこなくなったのがわかるとルワンダ解放民主戦線は安心して隊列を組みなおす。そうなると今度は失った何かを取り戻そうと、よからぬ心がまたむくりと起き上がってきた。


「七番偵察班、凡そ四百の敵がミューロンゴに向かっています」


 大分離散したようで初期より数が減っていた。それでもクァトロ戦闘団は百人そこそこしかいないので数では劣勢だ。


「偵察班長、ミューロンゴで混乱が起きています。警察隊が応戦中の模様」


 マリー中佐はまだ動かない、動けないのだ。救援要請が出ないことには行くわけには行かない、そんな条件が満たされないとは思わなかった。


「中佐、救援要請を受けたってことにしては?」


 レオポルド少尉が嘘も方便だと進言してくる。確かにそんなものはどうとでもなった。


「うむ。戦闘団へ下命、あのいけ好かない奴等を全滅させろ!」


「ウィ コンバットコマンダン!」


 黒い軍服の機動部隊が森から飛び出す。背を向けているルワンダ解放民主戦線の兵を機銃でなぎ倒した。


「戦いたいなら俺達が相手だ! キャトルエトワールにかかって来い!」


 四ツ星の軍旗を盛んに打ち立て軍服のみを狙い攻撃する。わけが解らないミューロンゴ警察に「住民を避難させるんだ、敵は任せろ!」スピーカーで呼びかけて戦闘を継続する。

 兵力比率は一対四、だが装備が違った。敵が千発を撃ってくる間にクァトロは五万発を撃ち返していた。機関銃の銃身が焼け付くまで容赦なく発砲を続ける。交戦は無理だと判断し、敵が更に南東へ逃げ出そうとした。


「ドゥリー中尉、一個小隊で逃走を阻止しろ!」


「ダコール」


 四台が戦場を迂回して先回りする、徒歩で車に勝てるわけがない、やすやすと回り込んだ。


「ゴンザレス少尉、一個小隊で北西に位置だ。石橋少尉、一個小隊で南へ行け!」


 薄くだが全方位を囲んでしまう、移動を終えるあたりで「殲滅しろ!」マリー中佐の命令が下る。射線を違えて一斉に攻めかかる、逃げ場がない彼らは次々とその場に倒れていった。


 降伏して両手を上げていても攻撃停止を命じようとはしない、目の前で血の海が広がっていく。怒りに我を忘れていたマリー中佐の耳にロマノフスキー大佐の声が聞こえてきた。


「充分だ、もっとやりたいなら継続しても構わんがね」


 どうするよ。問われてようやくやりすぎに気づく、敢えて自身で正気を取り戻せるか時間をくれていたことにも同時に気づいた。


「戦闘団射撃終了。生存者の確認、捕虜をとれ」


 その指示を聞くとロマノフスキー大佐はもう言葉をかけてくることはなかった。マリー中佐は己の未熟さに恥じ入る。


「何が中佐だ、この馬鹿者が……」


 力が入りすぎるのは仕方のないことだ、それを制御できないのは若さゆえ。何でも初めから出来るやつなどいない、失敗を繰り返し人は成長していくのだ。意識的に心を鎮めることに集中して目を瞑ったまま呼吸を整える。

 戦場で捕虜を確保したと報告があがる、将校らしきき死体も回収したと聞かされる。


「戦闘団撤収しろ。軍旗を一本突き立てておけ、そいつが今回の戦果だ」


 犯行宣言と取れる物証を残していく、ルワンダ解放民主戦線への布告であった。



「デヴュー戦はまあまあといったところですなボス」


 フォートスターに戻った彼らが集う。マリー中佐の行動については触れようとしない、だがそれを黙っていられなかったのは本人だった。


「申し訳ありません、自分のせいで」


 唇をかみ締めて至らなさに落ち込む、適切な範囲を越えたのは事実だ。ロマノフスキー大佐は何も言わない、マケンガ大佐もだ。


「マリー、俺はなお前のそういうところを買っているんだ。全責任は常に俺にある」

 ――心を蝕まれるのはあいつじゃない、俺の役目だ!


 それ以上何も言えずにマリー中佐は頷いた。重苦しい空気を散らそうと戦果に連なる報告を上げる。


「ソフィアの住民がフォートスター民兵団に感謝すると協力を申し出てきております」


 計算づくの結末に反吐が出そうになる、だが全ては過程だと飲み込んだ。


「そうか」


「タンザニアでもキャトルエトワールの名が数日で話題にあがるでしょう」


 ラジオミドルアフリカで取り上げるように指示してあった。フランス放送局ルワンダ支局、そこの臨時上級局長である設楽由香も報道を行うことになっている。


「ソフィア自警団、軍事顧問を送っておきます。装備も色々と供与しておきましょう」


 そこらへんは小官にお任せを、ロマノフスキー大佐が雑務を一手に引き受ける。これからフォートスターにも沢山のスパイが紛れ込んでくるはずだ、それについてはマケンガ大佐が引き受けると言った。戦闘団や各部隊の統率、統制はマリー中佐が管理を行う。エーン中佐は黙って控えているのみだ。


 ――やらねばならないことは多い、優先順位を間違えるな。


 ルワンダの客将イーリヤ少将が指揮していることが公になってはならない。そうだとしても認めない姿勢でいる、そんな茶番が大切だ。キャトルエトワールの司令官はキシワ将軍、明らかな同一人物であっても何一つ証拠はない。ンタカンダ大将と同じ道を歩むことになろうとは、島も自嘲してしまう。


「コンゴの国連安定化派遣団、あれを絡めとるぞ」


 レティシアに高いツケだと言われていたものを回収する、そう方針を定めた。何を意味するのかそれぞれが考える、答えなど用意してはいない、だがそうすべきだと島の中のどこかで自分自身に囁くものがあった。


 マケンガ大佐が主任参謀として初めに口を開く。


「ルワンダ解放民主戦線の情報を引き出します。一度肩入れした事実をもって沼地から足を抜き出せないように」


 小さな要求を通すことで侵食していく、それこそギャングスターの浸透の手口とまったく変わらない。だがそれが有効なのは認められた。マケンガ大佐が窓口になるわけには行かない、外国人らも多くがその理由で省かれてしまう。


「自分がやります」


 ベルギー人ならばここで表面に出ても全くおかしくはない、汚名返上とばかりにマリー中佐が進み出た。対外調整役としてあまり経験があるわけではない、彼もいよいよそこへ登って来た。


「志願を認める。マケンガ大佐に助言を仰ぎつつ進めろ」


 補佐にトゥヴェー特務曹長を指名し、専属の下士官を別途配属してやる。エーン中佐との連絡も付けやすいようにとの配慮だ、本来単独で任務をこなせる人物だ、一種の甘やかしにようにも思えた。


「承知いたしました」


 部隊の面倒を見ながら他をこなす、負担が過剰になるのは目に見えていた。だが指摘するものは誰も居ない。



 ――ふむ、石橋少尉か。南アの軍事顧問だったとはな、会ってみるとするか。


 隣室に控えているサルミエ大尉を呼び出す、昨今の事務はその殆んどを彼が処理している。戦闘指揮では光るところはないが、どうやら統制能力に適性があったと今さらになって知る。


「石橋少尉をここへ呼べ」


「畏まりました」


 訓練の為に外に出ていたのだろう、三十分程経ってからやって来る。


「石橋少尉、出頭致しました」


「うむ。俺のせいで採用が遅れてしまい悪かった」


「いえ、ご懸念なく」


 日本人同士がアフリカど真中でフランス語の会話をする、島も最近は変な感じがしなくなってきた。多言語理解者として慣れてしまったのだろう。


「南アでの詳細を」


「軍事顧問として、車両を利用した機動戦闘、空中機動歩兵を含めた陸戦指導を行っておりました。中隊の連携が主で、歩兵戦闘の教官です」


 つまりは機械化部隊の将校として最適と言う。落ち着いた所作に実戦経験、裏切ることがない背景。親の推薦があれば志願など即座に認められたはずなのに、一切を伏せてやって来た姿勢。文句は一切無い。


「貴官をマリー中佐のクァトロ戦闘団ラインとして、ドゥリー中尉の次席に入れる」


「ダコール」


 喜ぶことも無ければ、嫌な顔もしない。なんともグロックと似たような反応をする。


「石橋では皆が発音しづらい、今からストーンを呼称しろ」


「ウィ」


 ストーン少尉がここに誕生した。ラインに据える、つまりは島直下の部員として認められたのだ。彼がどう思っているかはわからないが、島はストーン少尉を信頼すると決めた。司令官室を退室する、サルミエ大尉も用事が無ければと行ってしまう。


 ――さて、俺は何をするかな。レティアを放置はいただけない、たまに遊びに出掛けなきゃならん。


 うーん、と唸っていると、エーン中佐が部屋の片隅から眼前にやって来る。


「キガリのサービススポットです」


 ガイドマップを差し出してきた。それを手にして一言。


「うちだけじゃなく、お前の家庭も大切にしろよ」


 息子のルースは元気なのかと問い掛ける。


「郷で健やかに成長しております。懸念は御座いません」


「そうか」


 ジェノシデールから、気持ちをレストランに切り替えることにする島であった。



 頂点の仕事は内部には少ない。島は家族を伴い首都へと出向く。車で先発した親衛隊の一部がヘリポートで待っていた。


「ボス、到着です」


「おう、トリスタン大尉も自由にしていて良いぞ」


「ダコール」


 どの程度の滞在になるかは島も考えていない。ついでに言うならば確たる予定も入れずに気分でやって来ていた。


「ボス、カガメ大統領に面会の申し入れをしておきます」


「サルミエに任せる」


 連絡を密にしておいて悪いことは無い、機会があるなら拾うのは正しい。他にも警察署長や、軍の高官らとの約束も詰め込むといってきた。


 ――俺の仕事だからな、何の文句も無いよ。


 ロサ=マリアがビルを見上げてひっくり返りそうになる。もしかしたらあまり運動神経は良くない方なのかも知れない。


「おい、行き先は決めてあるのか」


「特にはないが、どこか行きたい場所でも?」


 リクエストがあるなら優先する、むしろ希望があったら助かる。


「陸軍駐屯地に行くぞ」


「ああ」


 家族サービスのつもりが何故かそうなってしまった。ラフな格好だったが、サルミエに上着を渡され羽織る。少しだが、少将らしく見えた。


 何の連絡も無しに突然門前に将軍がやって来た。大至急下士官らが整列して迎え入れる。


「イーリヤ少将閣下の視察だ」


 サルミエ大尉が高圧的に告げる、困ったことに少将は訪問した理由が解らない。苦笑して敬礼を返してやり中に入る。

 ロサ=マリアを抱えたままレティシアが勝手に先を歩く。司令部にずかずかと上がり込むと、顔を見たことがある少将に近付く。


「イーリヤ様」


 商人の顔付きになり彼女を迎える。


「中々の人選だった。次も良いのを揃えときな」


「次! お任せください、全国よりここへ引いておきます」


 不穏な内容の会話には違いないのだろうが、居合わせる面々で彼女が一番偉そうなのに、司令部の幕僚が不思議そうな顔をしている。


「イーリヤ少将、お世話になっております!」


「ブニェニェジ少将、こちらこそ。妻が不躾な態度で申し訳ない」

 ――いや、本当にだぞ。


 階級は同じでも明らかに格下の態度だ、勲章の数が違う。何よりアフリカでは金がモノを言う。島は恐らくルワンダでも五指に入る富豪、そしてレティシアも別口で肩を並べている。


「そんな、滅相も御座いません!」


 情けないやらなんやら、だがこれがアフリカンスタンダードだ。強者は強者のまま、更に強くなる一方。


「大統領閣下に軍からの装備買付を承認されていてね、民兵に使わせる小火器辺りを少し融通して欲しい」


 支払いは現金で構わんよ。嬉しい一言で、現物との差額は闇に消え去る未来が確定する。


「モノでも人でも何なりとご用命下さい閣下!」


 ついに同格なのに閣下と敬称をつけて呼び始めた。幕僚らもそういうことかと現実に寄り添うことにする。自身の暮らしが上向くならば、軍人の誇りよりも金が優先する。


「首都防衛軍司令官か、フォートスターに分室事務所を置け。利権をくれてやる、ルワンダ官僚らの窓口になりお前が役人を寄せ付けるな」


 番犬業務だ、レティシアがオブラートに包まずに口にする。怒るかと思いきや、満面の笑みで受け入れた。


「自分の甥の中佐を派遣致します。何でもお使い下さい!」


「きっちりと働く奴には報酬をくれてやる」にやりとして一歩近付き「だが、裏切者は一族纏めて抹殺だ」目を細める。


「ご、ご心配なく! 自分は軍に忠誠を誓っております!」


 不機嫌丸出しのレティシアが懐からドル札の束を一つ取り出し少将の足元に落とす。


「誰に忠誠だって、聞こえないね」


「もちろんイーリヤ様にです!」


 目を大きく開いて落ちているドル札が本物かを確かめる。


「口にしたら二度と後戻りは出来ないよ!」


 こくこくと頷くのを確認すると「拾え」声をかけてやる。


 ――俺は一体どうしたらいいんだよ。


 エーン中佐は一切無反応、サルミエ大尉も中空を見つめたまま。ロサ=マリアの教育によくはないだろう、一種の帝王学だと強弁してもだ。


「あー、まあ、気負わずに頼む。私はルワンダの為に働きたいと考えている」


「閣下、必ずや自分が支えさせて頂きます! 首都にご来訪の際にはご一報を。護衛軍を動員致します」


「エーン中佐に任せる」


「イエッサ」


 それは役目だ、エーン中佐が短く承知した。やけに疲れるピクニック、一件目をようやく解放される。


 ――ロサ=マリアの教育には気を付けよう。もっとおしとやかな人物を家庭教師にしたいな、今度探してみるか。



 レストランでの会食、同じテーブルにレティシアとロサ=マリア、島にカガメ大統領が座って居る。店ごと借り切っての食事、区画一帯を警戒範囲にして警察と軍が護衛している。


「物々しくてすまんね、いつもこうなんだ」


 肩を竦めて自分のせいだとカガメ大統領が謝罪する。


「これくらい当然でしょう。ルワンダが大統領閣下を失いでもしたらまた迷走してしまう、なあエーン」


「素晴らしい警護体制です」


 島の後ろに立っているエーン中佐がしきりに感心していた、こいつは本気だ。いつか真似てやろうと覚えておこうとしているのがわかる。


 ――やれやれ、まあそれが生きがいって言うんだから仕方ない。


 大統領と目を合わせてつい笑ってしまう。だが実際カガメを失えばルワンダは分裂して抗争一直線だろう。


「最近反体制派がまた忙しそうにしているよ」


 それが何らかの要請だとすぐに気づく。ジェノシデールの一派だけが敵ではない、凡そ味方でなければどこかしらで対立しているのだ。


「非合法な集団でしょうか」


 政治結社あたりではないのは解っている、だが間違ってはいけないのだ。


「どこまでが合法かを審査するために、何千の命が消えるよ」


 確証はない、だからと私怨でそのようなことを漏らす人物でもない。


「自分が引き受けます」


 頼られたら否とは言わない。昔からそんな生きざまをしてきて、今やアフリカの奥地で亡命生活だ。だが一度足りとて下した決断を後悔したことはない、これからもだとそのつもりでいる。


「ルワンダの急成長を快く思っていない、地方の豪族らだ。中心人物が誰かは解っていないよ」


 経済が成長すると格差が縮まる。当然例外はあるが、簡単に言えば貨幣価値が半分になれば蓄財していたモノは価値が失われる。一方で持たざるものは影響が比較したら少ない。


「政府の情報窓口をお聞かせ下さい」


「大統領補佐官に、事情は説明しておく」


「承知致しました」


 大層な大事を終わらせるとレティシアが口を開く。律儀に待っていてくれたのだろう。


「首都の陸軍司令官、簡単に転んだぞ。しっかりと躾ておけ、あんたの仕事だろ」


 一国の元首相手に何を言うかと思いきや、クーデターすら圏内だと教えてやっていた。


「はっはっはっ、これは手厳しい。耳が痛い程によい薬としましょう」


 彼の一族を軍から離して、政府系の審議官などに栄転させるなどの対策をその場で約束した。裏切るよりなついた方が得ならば、きっとそちらを選ぶはずだと。


「実際のところ首都の防備はいかがで?」


「機甲部隊の忠誠だけは握っている。他は司令官らを通して間接的にだね」


 それが組織だ、急所だけを押さえて納得しなければ独裁国家になってしまう。かといって一朝事あればフォートスターからチンタラ陸路を行ってなどいたら、政権など簡単に覆っていることもある。


「もし閣下がお許し下さいますなら、クァトロの一部を首都で訓練させたいのですが」


 彼の目を見て申し出る、島を敵とみなすならばそれは喉元に突き付けられたあいくちになるが、味方ならば一枚盾が増えることになる。


「本当に良い買い物をしたよ。分屯地を用意する」


 笑顔でそれを受け入れた、今度は島が忠誠を示す番になる。


 ――あまり仰々しくてはいかんぞ、かといって少なければ意味がない。責任者を誰にするかも考えねばならん。


 首都で駐屯するのだ、フォートスターには簡単に戻れない。独自の判断で部隊を動かすような切迫した事態も想定される。クァトロが命令に従う人物、そしてフォートスターの戦力が下がりすぎないことが条件。


「駐屯指揮官にバスター大尉、サイード少尉とレオポルド少尉を置きます。少尉らを士官学校に編入させていただきたく思います」


 滞在している理由になると同時に、マリー中佐からの上申を思い出したからだ。戦力は下がるが、ストーン少尉が思いの他に優秀だったので心配は少ない。


「校長に連絡しておこう。どこの国籍だろうか」


「サイード少尉はエジプト、レオポルド少尉は無国籍でして。コンゴ生まれのベルギー系ルワンダ人」


 難民の中から見付けた、コンゴでの活動に軽く触れておく。経歴も添えて。


「本人が良ければルワンダ国籍を認めよう。その話しぶりならば、君が持ち掛けた時点で快諾するだろうがね」


「ありがとうございます、大統領閣下」


 様々なパズルを組み合わせて一本筋を通す。情報は生き物だ、さっきまで有効だったものが今は無駄になることなど日常茶飯事。逆もまた然り。


 有意義かつ極めてスリリングな会食を終える。ここ十数年、やたらと高位の人物とよく話しているなと実感した。かくいう島も高官ではあるが、どうしても成り上がりとの自意識が強い。


「他にリクエストがあれば聞くよ」


 一番大切な何かをこなしてしまい、後はやってもやらなくてもだ。


「ロサ=マリアが疲れたようだからホテルに行く。お前は好きにしろ」


 放送局あたりに用事があるんだろ。ずばり指摘されてしまい苦笑いする。全てお見通しなのだ、顔を合わせたくはない、そういう気分になる相手だとわかり回避している。

 ロサ=マリアに口付けし、次いでレティシアにもそうした。


「ああ、行ってくるよ」


「ふん、さっさと行け」


 それだけ言って黙ってしまう。家庭の平和を取り戻した島は、アフリカの平和を改善するためにフランス放送局へ向かうことにする。

 報道は武器だ。中には耳にした内容を鵜呑みにする者が居る、第三者の言葉は信じられやすい。心理学者が詳しい、ふとルッテの顔が浮かんでしまった。


 ――父親だけでなく、娘までか。



 司令室、開け放たれたドアの傍でキール曹長が足を止めて俯いているのをハマダ中尉が見て声を掛けた。


「どうかしたかキール曹長」


「中尉殿、いえ……」


 明らかに何でもないというわけでは無さそうだ。訳アリだなと自身の部屋へ来るようにと誘う。二人きりで座って何があったかを優しく問う。


「俺が聞いたことはお前が望まない限り秘密にする、約束しよう」


 将校が約束したらそれは守られる、不利になろうと絶対だ。クァトロで島を見知っている部員ならばその言葉が信用出来る誓いだと解っていた。


「自分の故郷は南スーダンなのですが、久方ぶりに連絡を取ってみると、妹が誘拐されたと聞きました」


「誘拐? 詳しく聞かせてもらえるだろうか」


 ただ事ではない。アフリカでは良くある話だが、当事者にとってはそれで終わらせるわけに行かないだろう。どうして司令室前で立ち止まっていたか、彼の気持ちを汲み取ろうと姿勢を正す。


「南スーダンでもコンゴよりの地方なのですが、中学校に登校していたところ、武装集団がやって来て生徒を丸ごと誘拐していったそうです」


「武装集団が何者かはわかるか?」


「赤黒青の旗を持っていたようで、神の抵抗軍だと後に判明しました」


 思いつめた表情のキール曹長、同僚のキラク軍曹も同郷だったはずだと思い出す。戦闘部隊の先任下士官が二人、それも自身の部隊の男が苦しんでいる。


「貴官はどうしたい」


 真っ向瞳を覗いて問う。その答えによってはハマダ中尉も力を貸してやるつもりだ。


「妹を助けたいです」


「解った。俺も行く、司令に話をしてみよう」


 肩に手をやって立たせると、自らが前を歩いて司令室へとやって来る。ノックをして中へ入った。


「ハマダ中尉です、司令」


「部隊の報告か」


 二人の組み合わせをチラッとみて簡単に済まそうとしたが、キール曹長の表情が冴えないのに気づいてデスクから意識を正面に向ける。


「司令、南スーダンで神の抵抗軍による集団誘拐が起きました。中学校の生徒が丸ごと拉致され、その中にキール曹長の妹も混ざっています。彼の妹を助けたく思います」


 いつも控えめなハマダ中尉がはっきりとした意志を示した、マリー中佐はそれを受け止めなければならない。


「キール曹長、お前から直接聞きたい」


 経緯はわかった、だが本人の意思を確認する。彼は一歩進み出ると口を開く。


「マリー中佐殿、妹を救出するために部隊を抜けさせて下さい」


 不安定な気持ちのまま部隊を指揮することは危険だと除隊を申し出てくる。決意の程が伝わってきた。隣に島が居れば判断を仰げばよい、だが今は目の前でことが起きている。マリー中佐は己の意志で決断を下す。


「除隊申請を却下する」


 キール曹長が渋い顔をした、そのまま脱走でもするのではないかというほどに。ハマダ中尉もマリー中佐をじっともの言いたげに見詰める。


「神の抵抗軍への諜報をコロラド先任上級曹長に命じておく、中尉はいつでも部隊を動かせるように準備しておけ。ボスならきっとそう言うはずだ、賭けても良いぞ」


 微笑を浮かべて二人への回答とした。


「イエス ルテナンカーネル!」


「キール曹長、貴官は南スーダンへ行って現地で情報収集だ。キラク軍曹も連れて行け」


「ラジャ!」


 退室する二人を見送り、一先ずロマノフスキー大佐に相談してみようと席を立った。



「ちょっと良いですかね大佐」


 南の要塞、副司令官執務室へやって来ると椅子でふんぞり返っている彼を見つけた。


「なんだ手ぶらか、気が利かない奴だな」


 にやけながらもこっちへ来いよ、と招き入れる。わざわざやって来るのだ、大切な用事があるのを察する。若者が悩んでいたら、それを聞いてやるのが年寄の務めだ。


「南スーダンで中学生集団誘拐の悪い奴等が居ましてね、うちのキール曹長の妹がさらわれました。それを取り戻すために部隊を動かそうと考えています」


「そうか。こっちを留守にするわけにも行くまい、俺が残る」


 笑顔で方針を認めてやる。自主独立の精神は大事にすべきだ、やりたいことがあるならばそうさせる。いくばくかマリー中佐の表情も和らぐ。


「いきなりでご迷惑を掛けます」


「後輩は迷惑を掛けるのが仕事だ、お前も先達の仲間入りだな」


 軽口はさておき、南スーダンからウガンダへ侵入する手筈を考えなければならない。ウガンダ軍の反応も含めて、どうやるかを。


「地域情報か、ボスにちょっくら聞いてみるとするか。作戦概要はその後だな」


 上官と気軽に連絡を取れる間柄、それが凶と出る時もあるが今回はそうではない。二度コールすると島が応じた。


「どうした兄弟」

「いえね、後進の意見が上がりまして。ウガンダの神の抵抗軍がおいたをしたので若い奴が作戦したいと。現地の情報に詳しい人物はいないでしょうか」

「ふむ。マグロウ国連高等難民副弁務官が詳しいだろうな」

「連絡を付けられますか?」

「問題ない、目の前に居るんだこれが」

「なるほど、これもアッラーの思し召しって奴ですか。そちらへ向わせますが良いでしょうか」

「……協力してくれるって話だ。俺はウガンダ政府に話をしてみよう、悪いことじゃないからな」

「お願いしましょう」


 通話を終えてマリー中佐に視線を向けて「キガリへはお前が行け」即座にヘリでだ、と命令する。


「はい、行ってきます!」


 全てを認められて足取りも軽い。キール曹長一人の悩みがいつしか政府や国連を巻き込んでの大事にと波打っていく。クァトロ部隊が居なくなっては統制に欠ける、そう思っている矢先、フォートスターにとある黒人集団がやって来た。


「首領の命令でやって来た、族長ゾネットだ」



 コロラド先任上級曹長、リベンゲの情報によるとアチョリ族の反乱拠点のひとつグルーという地方首都へ向けて移動中で、パウェルという町まで拉致した者を歩かせているようだ。キール曹長とキラク軍曹はパウェル北五十キロ、南スーダン国境ギリギリの町、ニミュールまでの通行を確保し、そこへ故郷の男衆を待機させていた。

 島の働きかけで、カガメ大統領がウガンダのムセベニ大統領へ話を持ちかける。すると快く活動を了承してくれた。だがそれには三つの背景があった、一つは神の抵抗軍が元より反対勢力として厄介だったこと。二つ目は彼の支持者層にルワンダ系が多かったこと。三つ目は彼の出身地がソフィア周辺だったことだ。フォートスターとキャトルエトワールの活躍は既に耳に入っていたのだ。


「舞台は揃った、後は俺が実戦でミスをしないことだ!」


 マリー中佐がフォートスターから抜いていった将校は二人、ハマダ中尉とドゥリー中尉。当然ビダ先任上級曹長も連れているが、今回はフィル先任上級曹長も連れて来ていた、言語面で必要なのと、キール曹長とキラク軍曹が故郷の男達を指揮する為に。


「司令、キカラ民兵団百、指揮下に加わります!」


 キール曹長が指揮官となって子供をさらわれた父親や兄らが小銃を手にしている。戦いの素人だが、特殊な事情が思い出された。クァトロが残した施設と訓練メニューの一部、防衛訓練を繰り返し行ってきた背景があった。


「承認する。パウェルとここの中間、アティアクの町にまでいけば敵に情報が筒抜けになるだろう、速さの勝負だ」


 敵性地域なのだ、すぐにでも察知されれば逃げられるし、何より人質にでもされたら最悪だ。キカラ民兵が戦意を失うのは目に見えている。


「あと二時間とせずに暗闇になります。子供を救出するならば暗夜のほうが良いのでは?」


 ドゥリー中尉が接触想定時刻から逆算して移動開始することを提案する。道がどうなっているか、そもそもちゃんと予定通りにたどり着けるのかの判断が難しい。


「道案内が可能な者はいるか」


「我等が!」


 キカラ民兵から五人が名乗り出る、運転も可能とのことで彼らを主軸にして移動することを決める。五十キロ、それでは一時間待ってから出かけるべきかと言われるとノーだ。


「キラク軍曹、先頭を行け。ハマダ中尉の隊が前衛だ、中軍はキール曹長と司令部、ドゥリー中尉が後衛、すぐに出るぞ!」


 公道でも穴だらけ、暗くなる前に進まねば精々が時速三十キロもだせれば良いほうなのだ。国境を何事も無かったかのように越える、警備隊が居るわけでもないので本当に何も無い。

 黄土色の踏み固められただけの道。幅も十メートルあるかどうか、二列で進むと対向車が来たら困ってしまう。ぽつりぽつりと背の高い木が生えていて、道の側に家がまばらに建っている、ただそれだけの土地。そんな小さな集落のようなところでにも、必ずモスクはあった。


「パウェルの標識を確認!」


 空が突然真っ暗になった。数百人の子供が居るからと街で一泊するようなやからではない、いけるところまで歩かせているはずだ。二時間前にここに居たなら五キロやそこらは先に行っていると想像する。アフリカ修正を入れるとするならば八キロは行っているかもしれない。

 あちこちから集めてきたトラックや乗用車をきしませて、集団はそのままパウェルを素通りする。ヘッドライトを点けずにいるものだから、極端に速度が低下する、それでも気づかれるよりはマシだと我慢した。


「前方に焚き火らしきゆらめきを確認!」


「全車停止! キラク軍曹、斥候だ」


「イエッサ」


 クァトロ兵五人のみを連れて何かを調べる為に徒歩で近付く。丘陵の起伏を利用して接近、焚き火が多数あり武装兵が居るのを視認した。近くには縄で繋がれた子供達、目標だと確信する。兵を一人走らせて自身は監視を継続する。


「子供を逃がす為にどうするか、だな……」


 強襲するにしても気を逸らす手立てが欲しい、何か利用出来ないかと悩んでいると鶏の鳴き声らしきものが聞こえたような気がした。


「養鶏場?」


 その呟きに傍にいたキール曹長が回答する。


「家庭で鶏などを飼っているのです。複数囲っているはずですが」


「もし鶏が多数そこらを歩き回っていたらどうする?」


「それは、捕まえようとするでしょう」


 マリー中佐が頷いた、キール曹長は大至急近隣の家から鶏を集めるようにと命指示する。タダで渡せとは言えない、家畜は貴重品なのだ。クァトロ兵に緊急事態だと前置きして、小銭を差し出すように命じる、それらをキカラの男達に預けた。


 三十分もするとかなりの数の鶏が集められた、ドルと交換出来ると知ると住民も喜んで差し出してくれた。街に買いに行けば三倍の数を手に入れられるからだ。


「キール曹長、そいつを使って奴等の気を引け。ハマダ中尉、狙撃手を左右に配備だ。ドゥリー中尉、突入して子供を誘導しろ」


 大雑把な指示だがそれで充分だ、長年戦争をしてきた仲間なので意志の疎通は出来ている。

 夜目が利くやつを特に選び出して部隊を二つに分けた、残りをドゥリー中尉に託すと合図を待つ。


 一キロ程の距離を二十分掛けて兵を伏せさせる、相手は気づかずに食事をしている真っ最中だ。


 男二人が鶏の群れを連れて近付いていく、行商人の振りをしてキカラの男が声を掛けた。手にしていた縄を誤って離してしまったことで鶏が逃げ惑う。

 大笑いしている神の抵抗軍兵だが、捕まえたら自分のものになると気づくと食事を中断して追い掛け回し始めた。


 それを見てキールらも鶏を自由にしてやる、いつしかお祭り騒ぎになり子供らの監視もお宝争奪に参加してしまった。


「撃て!」


 ハマダ中尉の判断で狙撃が行われた。同時にドゥリー中尉の部隊が子供達の保護に走る。


「て、敵襲!」


 数名が撃たれてようやくそんな声が聞こえ始めた。慌てて銃が置いてある場所へ駆け戻って応戦をする、だが誰が敵なのかまでわかる者は居なかった。

 子供達が逃げ出したのを見て叫ぶ、だがクァトロ兵が割って入った。


「足止めしろ!」


 わけもわからずに手を引かれて子供達が走る、アラビア語で誰だと尋ねても全然通じないのだ。

 たまに理解する者が居て「味方だ」とだけ教えてやると、それを復唱した。


 大きく迂回するとそこへキカラの男衆の半数がやって来て、子供達を保護する。中には娘や息子と再会出来た者が居たらしく、喜びの声を上げていた。


「止まるな、走れ! クァトロは敵と交戦しつつ後退するぞ!」


 ドゥリー中尉は戦列を組んで敵を漏らすまいと指揮を始める、それを見てハマダ中尉も薄く広く展開してじりじりと後退しながら銃撃戦を繰り広げる。

 本部にあるトラックに子供を無理やりに乗せる。最初から定員オーバーすることはわかっていたが、車が足りなかったのだから仕方ない。ではどうするか、答えは決まっている。


「全軍離脱開始、ドゥリー中尉が殿だ!」


 マリー中佐の命令でトラックを中心にして徒歩の民兵が囲む。少ない数の車両にハマダ中尉らが乗車、機動戦力として扱い徒歩の集団を護衛して北へ移動する。ドゥリー中尉はいつでも乗車出来るようにしながら交戦を継続、可能な限りここで足止めすることを選択した。


「パウェル付近に武装集団を確認!」


「ハマダ中尉、蹴散らせ!」


「アンダースタン!」


 機械化歩兵が銃撃しながら武装集団へ向けて車を走らせる、警告も誰何もすっとばしてだ。


「キール曹長、街を通過するぞ。キカラ民兵団、トラックを守れ!」


「オフコース! ドゥ!」


 不揃いな武器を手に散開したまま動く相手に牽制で発砲を続けてトラックが大通りを進む。無法者と呼ばれても仕方ない、彼らは家族を守る為に必死なのだ。

 いつしか後衛にドゥリー中尉の部隊も追いついてきた。機動力を駆使して周辺の敵らしき姿に銃撃を繰り返す。


 アティアク、ビビアと同じように抜けて国境付近にまでやって来る。するとそこには居なかったはずのウガンダ国境警備軍が検問を張っていた。マリー中佐が渋い顔をする。


「止まれ!」


 少佐の階級章をつけた大男がトラックを囲んでいる民兵を見咎める。彼らを守るように黒服の兵が並ぶ、マリー中佐が進み出た。


「見ての通り、南スーダンへ帰る最中だ。そこを通してもらいたい」


 戦っても勝つだろうが、キカラの者達に多大な犠牲が出てしまう恐れがある。相手は正規兵なのだ。


「君たちはどこの誰だね」


 威圧的に問う、職務質問の類だ。マリー中佐は島が話を通すと言っていたのを信じて名乗る。


「キャトルエトワールのマリー中佐だ」


 少佐は目を細めてマリー中佐と黒服をなめるように見た。左腕に四ツ星の刺繍がある将校、下士官が数名。


「ルウィゲマ少佐であります。どうぞお通り下さい!」


 検問の兵士が捧げ筒で敬意を表する。あまりにも素直な態度に理由を尋ねた。


「随分と物分りが良いが」


「自分はムセベニ大統領の副官であったルウィゲマ副総司令官の甥でして。もう一人の副官とも懇意にさせていただいております」


「もう一人?」

 

 マリー中佐は勉強不足だった、急に決まった作戦で準備が出来なかったことが原因ではあるが。


「無論、カガメ大統領です。お二人が承知ならば、自分は喜んでここをお通し致します」


 ムセベニがまだ革命勢力だった頃、カガメとルウィゲマが副官として部隊を指揮していたのだ。それが今や隣国の大統領と大臣だ、国家としては色々軋轢もあるが、個人の絆は別口である。


「済まない、旅券を提示している暇は無さそうだ」


 追撃して来る集団が居ると報告が上げられた。どうやら兵を糾合して子供達を奪還しようと企んでいるようだ。


「ここはお任せ下さい。あれを鎮めるのが本来任務なので」


 検問をすぐに通過下さい、道を開けていくようにと急かされる。


「全軍移動だ、国境を越えるぞ! ルウィゲマ少佐、頼んだ」


 まさかの展開、島の口利きに感謝しながらトラックを走らせる。後ろで銃撃音がしたが停まらないように重ねて命じた。そのまま暗夜の道をキカラへ向けて走り続ける。夜が明ける頃、ようやく集落へたどり着いた。そこでは住民総出で皆を迎えてくれた、名主が代表して感謝を述べる。


「我等の息子等を助けていただきありがとう御座います。無事に戻ってこられるとは……」


「キール曹長とキラク軍曹が努力したのが大です。彼らは今までも多大な活躍をしてくれました」


 事実、彼らは部隊に大きく貢献している。クァトロナンバーズとして島と心を通わせている事実もある、左腕には四ツ星が刺繍されていた。今回の一件で、ムダダの家格と並ぶか上になるのはまず間違い無さそうだ。


「郷の若者がそのような評価を受けているとは……」


 名主が感慨深く昔を思い出す。キャトルエトワールなる不審集団がやってきた時には寄り合いで大揉めしたものだ。一頻りやり取りを終えると部隊が整列する。


「キャトルエトワールはキシワ将軍の名の下に、悪を許しはしないでしょう」


「見所ある者をお連れ下さい。我等キカラの者はキシワ将軍を頂くと決めました」


 五人の若者が進み出る、どれもこれも精悍な顔つきをしていた。


「キール曹長、お前に預ける」


「イエッサー!」


「ではこれで。この軍旗をお渡し致します」


 黒地に四ツ星のものを手渡すと踵を返す、マリー中佐に従い全員が乗車、空港へと進路を取る。彼らにはその姿が神兵そのものに見えた、信じる神が身近に居るのを感じたからだった。


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