第百二章 死の囁きは永遠に、第百三章 代償は屍の山、第百四章 キスマヨ要塞戦、第百五章 コンゴの部族民、第百六章 ルワンダの星
非番で街に出てきてきた兵士を拉致し、筆舌に尽くしがたい恐怖と苦痛を与えると、ついに島の居所が確定した。夜は明けて強い陽射しが照り付けてくる。
「ラズロウ!」
「シ ドン・レイナ」
彼にのみ許された呼称で誇らしげに応じる。いよいよ最後の命令が下る。
「情報は揃った、やるぞ」
クァトロという駒は揃わなかったが、遅参の輩を待つほど優しくはない。状況もそれを許しはしない。
「お任せ下さい。必ずご希望を叶えます」
もう失敗することが出来ない、それだけに成功を断言する。ギャングスターが軍とどれだけ対抗できるか、正面からの戦いなどやったことがなかった。
「あたしも出る。基地の守りを突破したら乗り込む」
「露払いはラズロウめが」
異論を挟みはしない、彼女がやりたいならばそうさせるのが役目なのだ。言われずとも危険は百も承知である、エスコーラの格を上げる一戦だと受け止めた。
振り返り居並ぶ幹部に告げる。
「エスコーラの軽重をかけた戦いだ、敵対者に真の恐れを与えろ!」
「シ!」
様々な車に分乗すると野営地から軍基地に向かう。隠密行動など慮外であり、物騒な兵器を手にした集団が身を晒している。
点在する民家からは現地人がまた騒動が起きると見詰めていた。どこかに通報するでもなく、ただ見送るのみである。
「ボス・ラズロウ、軍基地で警戒に入ったようだ」
ゴメスが監視からの報告を上げた。レティシアに作戦での序列をつけられているので、今回は補佐に徹する。
集団はファミリー毎に固まって動いていて、多くがナンバーツーにより指揮されていた。トップは司令部となっているラズロウの車の周りを占めている。
「不在で無くて良かった、居なければ振り出しに戻るからな」
報告を強気に解釈し分散して接近するよう命じる。一部の集団を様子見で先行させた。金で雇われたりエスコーラに連なりたいと犠牲をいとわない連中、それとは真逆で戦奴のようなグループだ。麻薬に侵され仕方なく働かされていたり、家族を人質に取られていたり様々だ。
「突っ込ませろ」
まるで家畜を囲いに追いやるかのように命じる。
手に銃を持っているだけソヴィエト時代よりは明るい。あの頃は素手で突撃をさせて、弾丸を使わせるのが目的で屍を晒していたくらいだ。
付け焼き刃の不馴れな攻撃であっても、ソマリア軍の反撃に手加減はない。当たり前だが誰が撃とうと当たれば痛いし、死んでしまうのだから。
「あちらも負けず劣らず下手くそだな」
――第一線部隊は必ず控えているだろう。向こうも様子見で応戦しているだけだ。
十分程推移を見守り、概ね相手の戦闘力を見極めると次なる指令を下す。
「オリヴィエラ、西から攻撃を加えろ。直接指揮を執れ」
「シ ボス・ラズロウ」
南に固まっている本隊から二割位の数が左手に別れて行く。下から攻め上げるのは難しい、だからと楽な道は一つもない。
「メルドゥス、北だ」
「直ぐに向かいます!」
三方から囲む。東は敢えて道を開けているが、逃すつもりは一切無い。移動が完了したのを認めて後に、攻撃をさせる。
「仕掛けろ!」
麾下の半数を消耗戦に充てる。だがエスコーラにとって被害など眼中にない。
劣勢、予測より余りにも被害が大きく、相手に与えるそれが少ない。予定より幾ばくか早いが、切り札を一つぶつける。
「ジョビン、人質を押し出せ」
命令が下るとすぐに、平トラックの荷台に立てられた何かに注目が集まる。木の骨組みに人が縛り付けられているではないか。ゆっくりと三方の全面にトラックが複数台進み出る。
「あ、あれは母さん!」
「うちの妹も居るぞ!」
「じい様は病気なのになんてことを……」
軍基地の中から悲痛な叫び声が上がる。反撃が止む、人質に当たっては困るからだ。
反応を嘲笑うかのように、エスコーラが間から攻撃を繰り返す。悪魔の所業であるが彼等はそうは思っていない、敵対者は死と恐怖で屈伏させる、ただそれだけなのだ。
本部で観戦中のハラウィ少佐が表情を歪める。だが口には出さない、覚悟の上だからだ。
「軽蔑するかい」
肯定されたからと別にどうするわけでもない。無言が苦しいなら喋れば良いと誘っているだけで、ハラウィもそれを解っていた。
「これは戦争じゃありませんから」
戦争とはルールに沿って行われるもので、これは私戦に過ぎない。やられたらやりかえす、たちの悪い喧嘩の延長だと。
「あたしはね、世界の平和なんてこれっぽっちも望んじゃいない。やりたいなら好きなだけ殺しあえばいいさ。身の回りの小さな数だけ幸せならそれでいいんだ」
どうだ慎ましくて泣けてくるだろ、努めて明るく接してくる。
「それもまた正義です。俺も近しい人の幸せから願いたいので」
「ま、彼奴はしけた面をするだろうけどね」
馬鹿がつくほど真面目すぎるんだ、こき下ろすが一瞬だけ顔に暗い影を落とした。一生遊んで暮らせるだけの働きはもうしているのに。
「義兄上らしくて良いじゃありませんか。俺は好きですよ」
優しく微笑みかける。決して部下には見せないような顔で彼女も笑う。
「そうだな、変われと言って変わるような彼奴じゃない」
攻撃を仕掛けてかなりの時間が経つが、中々突破出来ずにいる。マリー少佐らが東側に伏せているのは知っていたが、動く気配を見せない。
――機会を窺っているんだ、本隊が間に合うのか?
一時は人質を押し立てて有利に戦っていたが、いつしか諦めたのか反撃を苛烈にしてきている。殆どがソマリア軍からの流れ弾であるが、人質が死傷したのはギャングスターのせいだと頭に血が上っているから仕方ない。
「むっ」
ついに一角がエスコーラにより切り崩された、死兵が集中して押し込む。ラズロウからの命令があちこちに飛んでいた。
――だからと勝ちにはいけんぞ。ギカランの奴は何をしてるんだ!
ハラウィ少佐が限界間近になってきたと戦況を読む。もしここで本隊が奇襲でも受けたら総崩れしてしまうと。
「リュカ曹長、後方を警戒だ」
「ダコール」
ブラヴァから増援が来てはたまらないので偵察を派遣させる。残してきた監視だけでは漏らす可能性があった。
戦争の素人にしては落ち着いている、それがラズロウへの評価である。きっと規模が大きくなるほどに顕著になるだろう。
「確保したみたいだね」
「突破口になるかはまだ五分五分でしょう」
勢いよく連射する音が聞こえてから、再度乱戦に突入したからだ。
本部から増援を出したようで、エスコーラが一旦押し戻されてしまう。粘り強さがあるわけもなく、攻めと守りでは戦闘力も全く違っているからだ。
――彼奴が中にいなければ焼き討ちしてやるのに!
中に篭って居られないような手立ては幾つもあったが、無差別に被害を与えるのをよしとはしない。
「大佐は必ず来ます。それまで出来るだけ兵を引き付けるのが最善策でしょう」
目を合わせずに呟く、間に合わなかったなどと終わらせるはずがない。黙って伏せているマリー少佐がその証拠だと確信して。
「ふん、噛ませ犬望むところだ。たっぷり手間賃を請求してやるさ!」
警戒を手配してきたリュカ曹長が戻り際に報告を一つ携えてきた。
「少佐、ブラヴァからアルシャバブの一団が出ました」
徒歩で五百名規模です、予想接触時間は二時間後と端的に示す。
「足止めは必要でしょう」
「んなことはラズロウが勝手にやるさ。あたしらが乗り込むとしたらどこからだい」
「西側です」
彼女と護衛の集団が黙って本部を離れる。司令塔が別にいるので特に混乱は起きなかった。
◇
急にソマリア兵がその場に伏せた。次の瞬間大爆発が起こる。基地の北側防御線のやや内側が騒然とした。
「砲撃だ!」
まずは我が身と祈り、どこから砲撃されているかをキョロキョロと探る。ギャングスターらも意表をつかれたのか動きがぎこちない。
反対の南側にも砲撃が加えられる、時間間隔から二基の大砲から発射されたのだと多くが理解した。二発目は対人榴弾がばらまかれ、負傷者が続出した。
「少佐、東の防御に乱れが」
双眼鏡で確認してハマダ中尉が報告する。一度動き出したらもう止まりはしないので、始めるタイミングが重要だった。
――まだだ、俺達ならばきっと抜ける。ギリギリまで息を殺してひそむんだ!
小さく頷くだけで命令を発さない。エスコーラは最早一杯になっているが、それを助けては本末転倒になってしまう。
「西側に弾着あり。被害不明、火災発生」
見上げるような状態なので詳しくは解らない、煙の上がり具合で凡その結果を想定した。
エンジンを切って固唾をのんで推移を見守る、すぐにでも飛び出したい気持ちはマリーも変わらなかった。
ちらりと時計を見るが先程確認してからさほど経過していない。待つのがこんなにも長く感じるとは思わなかった。
――早すぎると解って仕掛けるのは俺の悪い癖だ。辛くとも我慢せねば!
ソマリア兵が黒服を駆逐して行く、逃げるなと督戦している幹部が背中から味方を撃っていた。敵前逃亡は軍でも死罪なので、それについては特に異論はない。
「少佐」
「まだだ」
戦機が見えないハマダ中尉がはらはらして尋ねるが首を振る。砲撃は続いているが当初のような混乱は見えない。これもエスコーラが敗走しては困るからと早めに指示を出してしまった結果である。
――エスコーラが逃げ出すわけがないのに、支援が早すぎた。もう失敗は許されんぞ。
「南側から敵が出撃してきました」
勢いを失ってきた寄せ手に逆襲を加えようと、基地から繰り出してくる部隊が見えた。東にも守備隊が居るがこの方面に何故か攻めてこないので、そこから人数を引き抜いて分散配置替えをし始めたではないか。
――ここだ!
「戦闘準備!」
マリー少佐が鋭く命じる。ハマダ中尉が隣に居るサイード上級曹長に命令を繰り返した。
「戦闘準備だ、エンジンに火を入れろ、安全装置を外せ、機銃に弾丸を籠めろ!」
誤射を防ぐために敢えてそのように待機していた部隊に魂がこもる。砲撃陣地にも一報があり、各自が気合いを入れ直す。
「司令、戦闘準備完了です」
「我々は東の防壁を抜き、一時的に広場を占拠するのが目標だ。ソマリア軍の守備隊ごときに遅れをとるな、出撃!」
「ダコール!」
マリー少佐の言葉に全員が力強く返事をする。もはや隠す必要は無い。
EE9カスカベル・コンゴ――コンゴ仕様戦闘装甲車両カスカベルを先頭に、四台ずつに別れて三つのグループが荒れ地に繰り出して行く。
「防壁に砲撃を行え!」
砲兵陣地で破壊力が高い砲弾を選択し、ヌル中尉が照準設定を行い砲撃する。数百メートル前方で今まで攻撃されなかった面に被害を受け、慌てて車両集団に小銃で反撃してきた。
――そんな弾に当たるものか! こちとらここで死んでる暇はない!
防壁に二度砲弾が命中した。日乾し煉瓦が瓦解して、そこだけ櫛の歯が抜けたようになる。瓦礫を使って穴埋めしようと、慌てて兵が群がってくる。
「あの一点に攻撃を集中しろ!」
二十ミリ機関砲が重い音を響かせその辺りに向けて砲撃を行う。転がっている瓦礫をバラバラに砕きながら、左右に傷口を拡げていく。機銃は蠢く歩兵に狙いを寄せて死を振り撒いた。
「ハマダ小隊、突撃!」
カスカベルを抱えている先頭の四台が速度を上げて先行する。砲兵陣地には距離を伸ばして対人榴弾に切り替えるよう命じた。
「左右の防壁にグレネードをぶち込め!」
「四十ミリ榴弾砲準備! ……発砲!」
サイード上級曹長の指示で四人が一斉に砲撃をする、上空にうち上がった小振りの玉が割れて、小さな弾を地上に降らせた。角度があるため伏せていても背中に突き刺さり、あちこちでソマリア兵がのたうちまわる。
「黒のスーツは味方だ、攻撃するなよ!」
エスコーラの多くがスーツ姿で戦っていたので、簡単な識別を叫ぶ。いくらか違うのが混ざっていたが、そちらは間違ったらごめんなさいだ。
東側の瓦礫を前にして、身を隠しながら反撃してくる。カンカンと外部装甲に当たり跳ねかえるが、だからと撃つのを止めはしない。いくら貧弱な装備だとは言っても、一国の軍隊組織である。対戦車ロケットを肩に担いだ兵が現れた。
「ロケットを持った奴を優先してやれ!」
皆が解っていてもそうハマダ中尉が命令する。対抗する火力から潰して行く、戦場の鉄則である。四方にある機関銃座はエスコーラを狙い打つのに没頭してしまい、壁に食い込む装甲車両を見逃してしまっていた。
「瓦礫に構わず突入しろ!」
八輪のカスカベルが車体をうねらせて無理矢理に基地に乗り入れて行く。ベルトを締めていなければ放り出されてしまうだろう上下の揺れに、乗員が舌を噛まないよう顎に力を入れる。
間近で見る装甲車に恐れをなして兵が背を向けて逃げ出す。無感情に七・六二ミリ機銃を連射すると、うつ伏せに倒れた。どこを狙うわけでなく、あちこちにとにかく弾丸をばら蒔いた。一時的な火力が大切なタイミングなのだ。
「弾を惜しまず撃ちまくれ!」
後続の軽装甲車両が若干苦労しながら何とか防壁の内側に侵入する。兵が降りて三メートル程度の幅だけ、手作業で瓦礫を除去した。車両で姿を隠すようにして展開しているので、十秒少し動きが止まる。
「北側からロケット!」
誰かが叫んだ、初速は秒速百数十メートルなので見てから逃げ出しても間に合うことがある。構えている兵を倒せなかったので、軽装甲車両の乗員が飛び降りた。直後に大爆発を起こして炎上する。
すぐに猛反撃を加えると一部分が丸焦げになってしまった。採算など考えて命のやり取りなど出来ない。
「ハマダ中尉、進撃路確保しました!」
「よしアサド先任上級曹長、進め!」
「ラジャ」
第二小隊が縦に並んで進む。軍用ジープが軽快に悪路を走破する。炎上している車両は放置して南側の隙間から次々に軍基地へと入っていく。
フィリピンやニカラグアで最前線に出られなかった兵が、激しい実戦に興奮を隠しきれない。だが下士官が冷静に指揮する姿を見て、何とかそれを抑える。弧を描くように基地を走り回り、三方の守備兵に手厳しい洗礼を与える。
バンバンと手のひらで車体を叩いてから「司令部も前進だ!」マリー少佐が続く。
――エスコーラが敵を引き付けている間に一気に行くぞ!
時計を見て頷く、想定内の誤差で済んでいるのを確認した。やはりいつも仕掛けが早すぎたというのを痛感する。土煙が酷いので兵が一人交通整理を行っていた。
瓦礫近くを徐行し基地内部に抜けると視界が拓けた。それこそが重要でウェブカメラでそれを転送する。
「百八十秒で煙幕展開!」
規定の行動を告げる。各隊の副長がタイムキーパーとなって注目した。迫撃砲でも煙幕を発射する準備を行う、特に精密な照準は必要としない。
赤と緑の煙が二ヶ所ずつで八玉、それ以外は場所を選ばず白い煙を盛大に吹き出している。視界が無くなり敵味方双方で恐怖が浸透してくる。少し場所を動いて安心が得られるならば、そうする兵が多い。
「対空兵器を沈黙させろ、制圧射撃を行え!」
「対空兵器を排除、制圧射撃開始!」
サイード上級曹長が言語を違えて繰り返す、フランス語と英語で叫べは全員に通じた。
◇
ソマリア海域をアントノフ26改が飛行している。イエメンの地方空港を買収して出撃基地にしたのだ。途中イギリス海上警備艦隊に誰何されたが「クァトロ」と返すとマクガイア少将が「鳥一羽飛んでいない晴天だ」と見逃してくれた。
「機長より各位へ、目的地まで三百秒」
機内にシュトラウス中尉のアナウンスが流れた。愛機を失ってしまった替わりに、空軍司令官が廃棄物処理業者に一機処分を依頼した形で補填してくれたのだ。昇進も勲章も与えられなかった彼への、せめてもの報いと。
「良いか降下なんてのは何度も繰り返したら怪我をするが、一回目は慎重にやるから失敗が少ない。お前たちならやれる、心配はない俺が保証する!」
ぶっつけ本番でパラシュートを背負うことに志願した顔ぶれである。ロマノフスキー大佐には流石に遠慮してもらい、ブッフバルト大尉が降下部隊の指揮を任されていた。バスター大尉も志願しているが、指揮権を譲ってしまった。後進の育成、自らの身の置き場をそこに定めたらしい。ニカラグアでの戦いは、それほどまでに彼の心に影響を与えていた。
古株のクァトロ部員は全員が落下傘降下を可能としている。だが今アントノフに乗り込んでいるのは、半数が新人であった。当然各国の軍隊や警察組織の退役者であるが、実戦は未知の領域というのも少なくない。
「ブッフバルト大尉、降下準備完了です。自分が最後に降ります」
そう申し出たのはビダ先任上級曹長である。何時でも何処でも困難な任につくことを志願する、勇敢さにかけては最高峰の男だ。
「殿は任せた」
「後六十秒で作戦地域、ハッチ開放」
機長の声と同時に後方の扉がゆっくりと開く。軍曹以下が班員を最終チェックし残り時間経過を待つ。
ギリギリの足場に立ちビダ先任上級曹長が皆に声を掛ける「降りたら大尉を探せ!」次々と空中に送り出し、ブッフバルト大尉とは目で礼をする。四人ずつ十回飛び降り、最後に一等兵とビダが空に舞った。
アントノフ26改の後部ハッチが開くときと同じくゆっくりと閉まる。煙が立ち上る地域の上空を通過すると、大きく旋回し、また海を目指して飛び去って行くのであった。
◇
煙幕が薄くなって行く、地表辺りはうっすらと先が見通せる位になった。未だにソマリア軍が圧倒的多数を占めているが、火力だけみたらクァトロに及ばない。
「司令!」
「うむ、味方が降下する場所を確保するぞ!」
マリー少佐の命令で二手に別れて軍基地を西に向けて走る。無線から命令が漏れ聞こえてくる。
内城にあたる小さな囲いの中にある建物、その屋上に落下傘が四つ降下した。多少の操作は可能だが、狙ってそこに降りられる程の訓練度ではない。
総勢から一割のみが敵の中心部に直接到達する。良いのか悪いのか、なんとブッフバルト大尉とビダ先任上級曹長が屋上で顔を会わせてしまう。
「兵の指揮はバスター大尉がするはずだ、俺達は本部に突入するぞ!」
「ヴァヤ!」
二人の兵を下に置き、パラシュートの下部に括りつけてあった銃剣をFA-MASに着剣する。ちらりとマリー少佐の指揮車両が視界の端を通り抜けた。
屋上の扉には鍵が掛かっておらず、ドアノブを軽く捻ると簡単に開いた。ヘリポートでもないので内部からしか登れない、警戒の範疇から外れていたのだろう。
上等兵が階段を窺う、これといって人の気配は感じられない。防犯カメラのような品は全く見当たらず、質素というか粗雑というか、錆びた階段が下へと続いている。
兵を前に押し出しビダ先任上級曹長がついて行く、ブッフバルト大尉には一等兵が従った。兵が装備しているのも銃身が短いものなので、室内での取り回しがしやすい。
「とにかく下への階段を探すんだ」
囚われの人物が陽の当たる一等地に部屋を与えられているか、はたまた逃げ出しづらい場所に押し込められているか。屋上から三階、すぐに二階へと階段を下る。
――帰路は屋上というわけにもいかんが、マリーならばきっと正面を抜いてきてくれるはずだ!
一階まで一直線に階段が続いていた。軍施設としてはあまり誉められた造りとは言えない。当の彼らにしてみたら、設計者に感謝してやまないだろうが。
「地下はあるでしょうか?」
最下層が一階では? まさかの見立てを口にする。
――ここはソマリアだ、技術も費用も失われて久しい、わざわざ掘り返して地下室を作るより、上に伸ばした方が確かに楽だな。
「可能性は半々だろう。兵を捕まえて居場所を吐かせるとしよう」
あちこち探し回るより、今は強引に聞き出すのが適当だろうと方針を示す。近くの部屋に気配がないかを確かめる、声が聞こえるが何を話しているかは解らない。ソマリ語を理解する人物は誰もいない、アラビア語もだ。
多数が居るようには感じられないので、一、二の三で扉を開けて突入する。真っ先にビダ先任上級曹長が入り、上等兵、一等兵と続いた。
「動くな、大人しくしろ!」
ビダがスペイン語で命じるが全く通じない、ブッフバルトが英語で繰り返すと、一人だけ理解する敵がいた。五人の後方勤務らしく黒い肌の兵が包帯や医薬品を仕訳していたようだ。
「騒いだら殺す、英語は解るなお前が答えねばやはり殺す、解るな?」
解らねば全員処分して解る奴を探すと冷たくいい放つと、「喋る、何でも喋る」と両手を挙げた。目を見開き無抵抗を強くアピールし、四人は空気を読んでピシッと口を閉ざす。
「ここに外国人が居るだろ」
「イエス」
「居場所は知っているか」
「イエス」
「どこだ」
「一階の反対側角部屋と、三階の南側」
――二ヶ所に隔離したか?
「人種は解るか」
「ノー」
「何か特徴を」
「一階のは若い二人、三階のは年寄り」
――一階のだ!
「見張りや警備体制は」
「部屋の外に最近は二人居る」
「最近?」
「普段は一人だったが、軍事教官が来てから二人になった」
「他に何かあるか」
「ベレンダシマとかいう商人が一組滞在している」
――ベレンダシマ? ……ブレンドシマ、フレンド島か!
「何人だ」
「四人」
「どこに居る」
「三つ隣の部屋に」
「よし御苦労だ」そこで言葉を区切り、スペイン語で「処分しろ」命じると、銃剣で素早く五人を刺殺してしまう。
戦闘要員は外に出て戦っているのだろう、廊下には見張りが居ない。
「三つ隣の部屋だ」
素早く場所を移り気配を探る。息を殺しているが誰かが居るのがわかった。コンコンコンコン、四回ノックして「クァトロ」呼び掛けると「エーン」言葉が返る。
――少佐のグループだ!
「ブッフバルト」
扉の先に聞こえる程度に抑えた声量で反応すると、ゆっくり扉が開かれた。
四人を中に招き入れる、兵らは見たことがない人物だったようで、敵と勘違いして一瞬だが顔をひきつらせた。
「エーン少佐、落下傘降下で四名がここに、三十八名が軍基地に、残りとエスコーラが交戦中。一階反対に若い外国人二名が、三階に老年外国人が居り、軍事教官が赴任しているようです」
知り得ている情報を吐き出し、指揮下に入ると宣言した。兵は黙って従う。
「マケンガ大佐が軍事教官だ、三階のがそうなのだろう。閣下は傍にいらっしゃるようだな」
部屋には購入した小銃が四挺あり、いつ動くべきかと機会を窺っていたようだ。エスコーラが攻撃を掛けてきたのは解っていたが、クァトロがやってくるのに合わせるつもりでいたらしい。
「マリー少佐が正面を抜いてくれるはずです。脱出が困難でしょう」
「それだが、マケンガ大佐に一肌脱いでもらおうと考えている。まずは閣下と合流からだ」
「ダコール」
反対の部屋と言ってもかなりの範囲がそうだ、見張りが残っていたら解りやすくて逆に有り難いくらいである。案ずるより産むが易し、移動しようとフィル上級曹長を先頭に動き始めた。
通路は単純な一本の廊下が通っており、一般の造りと差違がない。時おり窓ガラスが流れ弾で割れて驚かせる。それとて部屋についているもので、通路には直接光が入らないぞんざいな設計である。
「向こう角に警備が二人」
フィルが目当ての場所に敵が居ると報告する。撃ち合いをしてもし部屋の中にも見張りがいたら往生してしまう。
「ドゥリー、フィル、二人で近寄り音もなく片付けよ。大尉は逆の角に行って姿を現し注意をひけ」
トゥヴェーを付けてやり、不明言語を補わせる。ビダらには不意に敵が通路に現れた際に倒す役目が与えられた。もし手が届かない場所に出たなら発砲もやむ無し、簡単な目安を決めてやる。
ブッフバルトらが回り込む時間十秒程みてから、二人でゆっくりと警備に歩み寄る。
「戦いが始まっているが我々は無事に出られるのか?」
やれやれといった感じを装い面倒くさそうに話し掛ける。商人が居るのは上官から聞いていて、粗略に扱うなと注意を受けていたので応じる。
「盗賊の類いです、ご心配なく」
その盗賊に何時間も攻撃を受けているから説得力など無い。それでも追求はせずに続ける。
「買い付けるはずの品が失われる可能性がありそうだ。中将は無事?」
「無論です。戦闘の総指揮を執ってます」
その時兵士の視界の先に白人がチラリと映った。あれ、と指差し注意が逸れた瞬間、左手で口を押さえ右手はナイフを胸に突き立てた。ドゥリーとフィルの呼吸はこれ以上ない位にぴったりと合っている。
小銃を奪い部屋の扉を叩く。声色を替えてアラビア語で「見張りの交代だ」と呼び掛けた。
「おいおい、俺達に見張りをさせる気か」
ドゥリーははやる気持ちを抑えて扉を開く。真面目な顔で室内に敵が居ないことを素早く確認した。
「閣下、お迎えに上がりました」
驚きの顔を見せることなく、微笑で受け入れる。
「来る頃だろうと思っていたよ。苦労をかける」
書類が詰まった鞄を小脇に抱えてサルミエ大尉が島に従う。丸腰では不安でしょう、とドゥリーから拳銃が手渡された。
エーン少佐らも当たりの部屋だったのを確め、やってくる。
「閣下、我々は孤立しております。脱出にマケンガ大佐を利用したく存じます」
「エーンに任せる。思うようにやってくれ」
詳細を問わずに全てを預けてしまう。強い信頼関係が感じられた。兵はこれが自分達の将軍だと初めて知った、祖父位の年齢だと信じていたが、父親より下だと解り驚く。
「ドゥリー、トゥヴェーは閣下の護衛に就け」
専属にしておき安全確保に努める。一方で残りの六人が三組に別れて三階へと戻る道筋をつける。フィル上級曹長が先頭になり、一等兵を連れて階段を登る。支援にブッフバルト大尉とビダ先任上級曹長が続いた。
二階への踊り場から先を窺う、足音が聞こえた。フィルがゆっくりと這い上がり、手鏡で通路を見る。
――二人組の兵士だ。
「遠いやつを俺がやる、お前は近くの方を倒せ」
小声の英語で指示する。銃剣が無いので自身はナイフを構えた。ポケットから硬貨を何枚か無造作に取り出すと、階段とは反対の壁側に向けて軽くトスする。チャリンと特有の音を鳴らして床に散らばる。何だ何だと不思議に重いながらも、取り敢えず拾いに行ってしまうのは性だろうか。
一人目が硬貨に手を伸ばしたところで二人が躍り出る。金額がどうなのかと注視していた兵の目の前に、突如ナイフを持った奴が現れたせいで硬直してしまった。勢いよく喉を掻き切ると声を出せずに、ヒューヒュー空気を漏らしながら膝をついて倒れる。
一等兵は背中に深々と銃剣を突き刺した、悲痛な表情で後ろに首を捻ると、呪うような目付きで見詰めてくずおれた。
後続が階段を上り切る前に、二人は次の踊り場へと足を運ぶ。ビダとブッフバルトで死体を階段に引きずってゆき横たえた。通路からならば発見は遅らせることが出来るだろうと。
三階も同じ様に偵察をするが、こちらには誰も居なかった。
――南側の部屋だったな。
遠くにだが海が見える部屋、ついでに言えば正面ゲートを視野に収められる、上級者や客に提供される場所なのだろう。
どれかはわからないが、五つの扉が並んでいた。どうすべきか迷っていると「角は下にみられる風習がある」エーン少佐が判断の一つを助言した。ならば答えは出たようなもの、真ん中の扉を無遠慮に開く。
「どうした」
立って窓から外を眺めている。狙撃兵がいたら真っ先に狙われてしまうだろう、装飾がついた軍服に身を包んでいる。
返答が無いので振り返ってみると、いつもとは違う奴が扉の傍にいた。そのうち二人、三人と中に入ってくるではないか。
「マケンガ大佐ですね」
「そうだが、君は?」
民間人の装い、例の商人だろうとあたりをつけながら問い掛ける。
「クァトロのエーン少佐です」
「ほう。主を助けに現れたわけか、感心なことだな」
敵対するような雰囲気ではなかった。かといって何をどうするわけでもない。
「大佐殿、脱出の手助けをしていただけないでしょうか」
状況から考え抜いた一言を吐き出す。マケンガ大佐は品定めをするようにエーン少佐を見詰めた。
「説明したまえ。何故私が貴官らの手助けをしなければならないのだね」
落ち着き払った態度は歴戦の司令官であったことを彷彿とさせる。軍歴に於いては、島とエーンの軍歴を足したもの以上なのだ。長ければ良いわけではないが、長くなければ感じ得ないことがあるのも事実である。
「この基地は被害を受けています。原因がどうあれこうなった責任は誰かが引き受けねばなりません」
「不思議なものでな、勝てば何も問われはしないが、勝ちの定義は曖昧なものだ」
結果をいかに捉えるかは司令官次第である。死者の数より大切な部分は多々あるらしく、職位の更迭を回避するのは最上位になる。
「軍事教官の成果が上がっているならば、こうまで苦戦しなかったのではないでしょうか」
「そうとも言えるし、違うとも言えるな」
肯定も否定もしない、相手が何を考えているかを探っている風でもない。やりとりを楽しんでいる、それが一番近いだろうか。
「被害不手際一切を引き受けて口を閉ざす責任者に打ってつけです。残っても脱出しても危険に変わりはありませんが、他人任せの未来をお選びになりますか?」
「なるほど、それが私の動機なわけか」
小さくこくこくと頷きながら正論だろうなと認める。爆音が響いた、外に目をやると兵が西に向けて走っていくのが見えた。西門が破壊されたと叫んでいるのがここにまで聞こえてくる。
「勝ちか負けかわからなかったが、西門には主力が居るのだろうな。ならばそちらの勝ちだ」
程無くして中央にもやってくるだろう、そう見込みを明らかにする。
「お返事をいただけますね」
「コンゴからソマリアに流れてはみたものの、私は操り人形がお似合いだったと言うわけだ。良かろう、脱出の手引きに参加しよう」
失うものなど最早この身しかないが、役にたつというなら付き合うのも一興だと口にする。
「話はついたか」
「閣下、マケンガ大佐に協力していただけます」
私服の島が姿を現した。マケンガ大佐は物珍しそうに島を見る。これが噂のキシワ将軍かと。
「元M23司令官マケンガ大佐です」
「クァトロ司令官イーリヤ少将だ。悪いようにはしない、暫く付き合ってもらいたい」
「畏まりました」
ンタカンダ大将のような威圧感は全くなかった。ルゲニロ司教のような嫌らしさも、ンクンダ将軍のような憎らしさも。自然とそこに在って人を惹き付けるような雰囲気が感じられる。アフリカで出会ったことがない人物、それが大佐の第一印象であった。
◇
「出入口はソマリア軍に固められております、別の脱出口は存在しないのですか?」
部隊の指揮権はエーン少佐が握っている。マケンガ大佐も、島ですらも直接は兵を動かし得ない。現実は何とも言い難いが、制度上はそうなる。
上官がそれを蔑ろにしては自らの不利益にも繋がるので、破るのは自殺行為と評して良い。その位のことを理解していない者が上級将校にはなれないので、今は問題ない。
「無い。だが兵を欺くことは不可能ではあるまい」
――マケンガ大佐もグロックのような性格か? やけに勿体ぶるな。
島は黙って二人のやり取りを聞いている。目は周囲を広く観察し、頭は不意の危険を探り、体は即応出来るように少し膝を曲げて力を抜いていた。
「避難を求め、強行を?」
「背中を撃たれない保証はないな。貴官は泥水を飲み干す決意はあるかね?」
「あります!」
エーン少佐は強く即答し真っ直ぐ目を見た。自身が犠牲になるのもいとわないのだ、泥水だろうとなんだろうと躊躇はない。マケンガ大佐が島に目線をやるが、特に何も口を挟まなかった。
「軍事教官の立場を利用して分隊を指揮する。裏切りの代償は汚名と多大なる良心の汚染だ」
「不名誉は自分が引き受けます。唯一閣下が無事に脱出出来ることのみを願います」
「良かろう。まずは根拠を得ておくとしよう」
部屋に置いてある電話で司令部に連絡をとる。中将に繋ぐよう求めると、暫し待たされた後に意中の人物が出た。
「中将閣下、マケンガ大佐です」
「うむ、何だね」
「自分も防戦に出たく思います。戦闘の許可を」
「ほう大佐がかね。危険手当ては出せぬが」
「承知しております。教官として実戦での教育の機会と捉えておりますゆえ」
「まあ良かろう、好きにするが良い」
「ありがとうございます」
裏切者が敵よりも厄介な存在なのがこれである。島は良い気分ではなかったが、全て身から出た錆だと甘受した。
「物品庫は一階の角にある」
細かい説明はせずにそれだけを口にした。何を意味しているかを悟りエーン少佐が命令する。
「一階に戻るぞ。軍服に着替えてソマリア兵に偽装する」
余程屋内の警備が少ないのか、全くすれ違うこともなく階段を下ることが出来た。途中にあった死体も回収し、例の五人が居た部屋に戻る。
丁度良いサイズの軍服が無かった者も黙って体を服に合わせ、顔料を塗りたくった。近くで見たら解ってしまうが、戦闘中視界に入る位では気付かれないだろう。
「閣下、失礼します」
首回りにエーンが顔料を塗ってやる。手袋をはめてヘルメットを目深に被ると人相が不明になった。体格が大柄なのがやや気になるが、そればかりは仕方ない。
プレトリアス兄弟四人が四方外側に位置し、残りを挟み込む。マケンガ大佐が八人を従えて、先頭を歩いた。
――南スーダン以来の二等兵だな。自分のことだけを考えておこう。
拾った小銃は四挺だが、プレトリアスが買い付けた四挺と合わせると全員に行き渡った。勿体無いがFA-MASは分解して、部品をいくつか抜き取り破壊してしまう。
正面玄関から堂々と出ると、急遽土嚢を積んだ防御陣地にいる大尉を呼びつける。振り向くと軍事教官が居たので仕方なく駆け寄った。
「何かご用でしょうか」
忙しいときに出てくるなと言わんばかりのぞんざいな態度である。マケンガ大佐も素知らぬ顔で言葉を返す。
「中将閣下の命令で指導を始める。状況報告を行え」
上から押さえ付けるように要求を突き付ける。中将の名を出されては如何ともし難く、かいつまんで報告することにしたようだ。
「南門、北門は防戦中。東西は突破を許し、広場で交戦中」
――見れば解る、数や有利不利を聞いているんだよ。
アラビア語だった。ソマリ語で困るのはマケンガ大佐も同じらしい。
「西の指導を行おう。戻れ」
ようやく解放されたと大尉がそそくさと行ってしまう。今呼び止めても聞こえない振りをするかも知れない。
――何とかしてこちらが俺達だと知らせねば、砲撃で吹き飛ばされちまうな。通信機を手にいれたいところだ。
大佐が西へ向かうので、二列縦隊でついて行く。ソマリア兵は誰も疑問に思わないらしく、見掛けても呼び止めなかった。本来ならば教官が兵を率いているのはおかしいのだが、戦時特有の思い込みで当たり前に見えてしまったのだ。
「さて、ここから先は貴官らの担当だ」
エーン少佐にフランス語で呟く。求めていた戦場にきている、確かにその先は己の領分だと頷いた。
ソマリア兵の防御陣地の先には、統率された黒人部隊が攻撃してきているのが見えた。島はプレトリアス族かと思ったがどうやら違うと判断する。
――ありゃコンゴやルワンダの連中じゃないか? クァトロではなくエスコーラの指揮に従っているな。
「あれはなんだ?」
エーン少佐に尋ねる。マケンガ大佐に気をつかい、スペイン語ではなくフランス語で。
「エスコーラの手勢でしょう。ルワンダ兵を雇い入れたそうです」
――そういうことか! カガメ大統領の手引きだろうな。えらいところに迷惑をかけたものだ。
ルワンダ兵では島を認識しないし、エーンやブッフバルトも同じだろう。誤って攻撃するのは目に見えている。どうしても通信機が欲しい、視線を流す少佐も同じことを考えているだろうか。
更に後方を見ると、車両がチラチラと姿を現す。エスコーラの指揮官――ボスがいるのが解る。
南北側面からはクァトロの中距離射撃が舞い込んでくる。うかうかしていたら被弾してしまう。
「大佐、この部隊の指揮官に攻勢に出るよう指導をお願いします」
「ふむ。まあ良かろう」
確率が低い賭けに巻き込まれるよりは、手順を踏むべきだと納得する。指揮官に近寄り「中将閣下は敵がすごすごと逃げ帰るまで籠るような態度を、勇気の欠如と見なすだろう」直接的な表現をしない。ところが指揮官は中将の考えに反すると、更迭なり処刑なりがまっていると考えた。ここがアフリカなのが大きい、人命は先進諸国に比べ余りにも軽い。
「侵入者を追い出せ!」
大尉が順調に防衛していた西側のラインを強引に押し上げようとする。虚を衝かれたルワンダ兵は意気地なく、いともあっさりと後退を始めてしまう。
手応えを感じたのか、更に敵を追うようにと命令を下した。良いのか悪いのか次々とソマリア兵が進出をし、エスコーラは西門近くにまで戻されてしまう。
「大佐、前進します」
上手くいったので助言に感謝し笑顔だ。受けた被害は無視する、それがこの国のやりかたである。
ソ連将校が残していった文化は健在で、いかに相手に被害を与えたかを重視するのだ。
戦線を押し上げると死体があちこちに転がっている。不利な側は味方を収容している余裕が無くなるのと、ソマリア軍はそもそもが放置していたせいで、まさに屍の山である。
――通信兵の死体だ! 機械を背負ったまま仰向けに倒れているぞ!
エーンも見付けたらしく、それを取りに向かう。戦場で敵から装備を奪うのは常識なので、罠に注意しながら電源が入るか確めた。
――奪うにしてもソマリア兵からでなく、味方を犠牲にしてとは思わなかった。
使ったことがない種類ではあったが、元々周波数が設定されていたので、スイッチさえ入ればそれで何とか出来た。
「下がるな、対抗するんだ!」
無線機からルワンダ語が漏れてくる。エーンはにやりともせずに発信を押しながら喋り始めた。
「キシワを見ろ!」
何かの暗号か、それとも……ルワンダ兵が不明を報告する。長いと不審に思われ短いと伝わらない、その中でボスに届くだろう単語を厳選した。
◇
ルワンダ軍大尉が受信した内容を傍らのカーポに伝えた。だがカーポも意味がわからなかった。普段ならばそのまま忘れてしまったが、傍にドンがある今は自身が判断すべきではないと、一言一句違えずにプロフェソーラへと上申した。
「キシワを見ろ、だって!」
――彼奴が居る。通信機を奪ったなら前線に出ているはずだ。ルワンダ語で知らせて来たんだ、西側に来ている!
「義姉さん」
ハラウィ少佐もキシワが島を表していることだけはわかった。悲しみを見せないのだ、ならば見付かったことを意味しているだろうと考えを巡らせる。
「近くにまで脱出してきている、ワリーフ、クァトロの降下した奴等でルワンダ語を喋る奴が誰かを確認しろ」
「わかりました」
――敵の罠の可能性はどうだい? そんなのは食い破れば良いさ、どうやって居場所を探る? いや違うね、あちらから報せさせるんだ!
「お前はこれ以上下がらせるないようこの場を死守させるんだ!」
「シ ドン・プロフェソーラ」
手段を指示はしない、カーポの裁量に一任する。
◇
「マリー少佐に繋げ」
ハラウィ少佐がロマノフスキー大佐のところと連絡を取っている間に、レティシアは現場に連絡をする。
「こちらマリー少佐」
「あたしだ。さっきルワンダ語でキシワ――イーリヤを見ろと発信があった。西側に彼奴が居る」
「なんですって! 部隊を西に偏重させます」
「どこにいるか解らん、確認出来るまであまり敵を倒すな」
「無理無茶上等!」
戦って敵を倒すなとは、余りにも困難な話だというのに彼は快諾した。
「義姉さん、クァトロですが、降下した中でルワンダ語を知るものは居ません。部員ではエーン少佐とドゥリー中尉が理解しますが、所在不明」
「なら簡単だ、そいつらが一緒に居るんだろ!」
――やってダメなら違う手を使えば良い、呼び掛ける。
「拡声器だ、車両のスピーカーを最大にするんだよ!」
レティシアが各車のそれをリンクするように命じ、敵兵の動きを注意深く観察しろと通達を出した。クァトロの空挺兵が数ヵ所に固まり待機に移り変わる。不意に全体の射撃が途切れ、不思議な無音状態になった。
たったの一秒程ではあったが、稀にそのような現象が起こることがあった。たまたま弾丸補給のタイミングが重なった、戦場の間隙。
準備が出来たとカーポがマイクを渡す。
「聞こえていたら空に発砲しろ!」
日本語をスピーカーで発した。ソマリアの交戦地域、それもソマリア軍基地で言葉を理解する人物が他に居るはずがない。
すぐに戦線後方、今さっきまでソマリア軍の中隊指揮所があったあたりで、空に向けて銃撃した兵を視認したと報告があがる。
「司令部西側五十メートル、十人弱のグループだ!」
すぐに全部隊に通達された。意味がわからなくとも関係無い、皆が従った。
「ワリーフ、あたしらも出るよ!」
「了解! リュカ曹長、親衛隊に命令だ」
「ダコール」
俄に部隊が動き始める。ラズロウ直下の腕利きが、この日初めて銃を構えた。装甲車両に座しているドン・プロフェソーラを守るのが至上命令である。
「前衛を抜け! 最初に敵の指揮所に突入した奴に百万ドルくれてやる!」
まだ繋がっていたスピーカーから煽動の言葉が響く。ルワンダ兵の目の色が変わった。
彼らの年収で二千年分に相当するのだ。今までずるずる引き下がって来ていたのが嘘のような、ギラギラとした刺すような目で歩みを進め始めた。
「ボンマ イェ! ボンマ イェ! ボンマ キラムッツ!」
ルワンダ軍大尉が奴等を殺せと大声で命じる。倍以上はいるソマリア兵に対して果敢に攻め込み始めた。手足に一発食らった位では、歯を食いしばり進むことを止めはしない。
「行け! 敵を貫け!」
後方から督戦し、ぐいぐいと地歩を得る。戦域を大きく迂回してきたラズロウの司令部が側近を伴い、レティシアの装甲車の側に付き始めた。
「中央が薄くなりました!」
ハラウィ少佐が今ならば押し抜けると戦機を知らせる。リュカ曹長が親衛隊に突入準備を命じた。
「行くんだ!」
「予備兵突入! 親衛隊に道を作れ!」
中央を錐のように鋭く尖らせ道を切り拓く。食い込んだらそれを左右に拡げ、装甲偵察車を迎え入れた。ソマリア兵は必死に応戦するが、かかっているものが違うせいだろうか、一方的に押されまくっている。
エスコーラの動きに合わせて他の地域から西側に、ソマリア兵が増援に走ってきた。攻勢ヶ所がバレてしまうと、対処されてしまうのは当然である。
厚みを増す敵に波状攻撃を仕掛ける部隊がある、クァトロ空挺グループだった。マリー少佐らが車両から西側全域に攻撃を仕掛けるのとは別、バスター大尉が目標に向けて猛烈な突撃を繰り返す。
「数が違いすぎます、こちらも囲まれます」
「んなことは解ってる、ワリーフあと少しなんだ!」
歯ぎしりして百数十メートルの距離を憎々しげに睨む。手を伸ばせば届きそうでもあり、永遠に埋まらない距離とも感じられた。
対戦車砲を担いだ兵が不意に現れ装甲偵察車に向ける。敵の射撃が間断なく行われているせいで、それを阻止できない。だが、親衛隊の一人が身を挺して兵に銃撃をする。直後に全身を撃ち抜かれた。
――畜生、目の前に彼奴が居るんだ! あと一歩が何故抜けない!
気持ちばかりが焦る、ギリギリの線で敵は崩壊しない。勢いが失われ足が止まりそうになり危険が急速に拡大した。
東の空からヘリが一機飛来してくる。汎用の小型機なので戦闘力で言えば皆無である。乗員の中にロマノフスキー大佐が居た。無線の情報を耳にしていたが、いよいよ現場に姿を現す。
軍基地西側上空を旋回する、空から何かをばら蒔いているが中々地上に辿り着かない。どんな兵器かと双方兵等が警戒する、途中からソマリア兵に異変が起きた。
「あれは……紙幣です」
「ソマリアシリング! 敵が浮き足だってる!」
――現金に食らいついて戦闘に集中出来てない、チャンスだ!
戦うより金を拾い集める方に意識が向き始める。我慢していた将校や下士官らも、ついに小銃を放り出して地面に這いつくばる。
「親衛隊突入!」
ハラウィ少佐が無遠慮に戦場を横切るよう命じた。クァトロ空挺部隊も同時に進出する。
邪魔をしようとするソマリア兵は数が少なく、ついには突破を許してしまう。一気に距離を詰め、十人弱の黒人グループの傍に到達した。
装甲偵察車からレティシアが飛び降り、見覚えがある体格の一人に駆け寄る。
「ルンオスキエ!」
飛び付くと両手で強く抱き締めた。島もレティシアを受け止め背中に手を回す。
「メイクアップを落として再会出来ずに悪いね」
顔料で真っ黒な顔に白い歯を浮き上がらせる。すぐにマリー少佐も到達した。
「閣下!」
「おう、こんなとこまで来てもらって済まん」
無事なら結構、マリー少佐は離脱の算段を直ぐに巡らせる。
「装甲車に乗れ、離れるぞ!」
「解った」
素直に梯子を上り中に入り込むと、もう一人待ち受けている者がいた。
「義兄上、よくぞご無事で」
「ワリーフ、面目ない心配をかけてしまった」
「構いません、生きてさえいてくれたらそれで」
頷くと島は座席に腰を下ろした。マケンガ大佐やエーン少佐らは、クァトロの軽装甲車両に分乗して装甲偵察車を護るように位置した。
「クァトロ司令より全軍、装甲偵察車を全力で護衛しろ!」
マリー少佐がフランス語と英語で命令を下す、エスコーラは元よりその態勢である。敵を蹴散らし西門に向けてアクセルを踏む、同じ道でこうも勝手が違うとは驚きであった。
「上空よりロマノフスキー大佐。南からアルシャバブの一団が軍基地に向かっている。十五分で到達の見込み。一旦西に離脱するんだ」
エスコーラの足止め部隊が後退したらしく、いよいよ劣勢が顕著になる。目的を果たした今、この場に留まる必要はない。
――西に突き進めばキスマヨだが、そこまで上手くはいかんだろうな。
「誘導に従え、逃げるが勝ちだよ」
カーポがラズロウにプロフェソーラの言葉を伝える。決定は彼女がするが、執行は彼だ。
殿は戦奴を無理矢理に残した。代わりにクァトロが先行して危険を分担する。
「兄弟、超過勤務ご苦労だ。どこに行くつもりだ」
通信機を借りてドイツ語で話し掛ける。ロシア語は案外理解者が居そうだったからだ。
「元気な声が聞けて涙が出そうですな。例の沿岸要塞にでもいかがですか」
――キスマヨの東海岸か、海から離脱も可能になるな。問題はそこに辿り着けるか、だ。
「俺は文句なんて無いさ。盗賊が巣食っていて拒否なんてのは笑えんぞ」
暫く放置していたのだ、イレギュラーの二つや三つはあるだろう。
「地獄の沙汰も何とやらです。若いのが命を懸けてる間に調整してありますよ」
邪魔はあって当然だと割りきっていた。そこまでしてあるなら島に異存はない。
「レティア、船舶の手配だ。マルカの手空きを使おう」
「あいよ。海賊が出たら参るんじゃないかい」
不敵な笑みを浮かべ会話を楽しむ。ソマリア軍はそんな余裕は無かろうが、アルシャバブが出航してくるのは充分考えられた。
「仕事だと引き受けてくれるものかね」
「知るか、お前の器量で何とかしとけ」
――出来ないとは言えんな。
「ちょっと電話を借りるよ」
一応の筋を通す意味から、ド=ラ=クロワ大佐ではなく、ゴードンに連絡をすることにした。
「お久しぶりです、イーリヤです」
「イーリヤさん、何やら大変なことになっているご様子。お察しします」
「真最中でして。キスマヨからマルカへの海上警備、依頼出来ないでしょうか?」
「……申し訳ありません。R4社はその依頼を受けることは出来ません」
「そうですか。解りました、無理を言って申し訳ありません」
事件性が高い話に会社を巻き込むわけには行かない。代表としては感情より理性を優先すべき事柄だけに、島も強くは言えなかった。
――参ったな、キスマヨで警備を集められるか? いや待てよ、貨客船に限らねばならない理由はない。
「ワリーフ、こちらの総勢は何人位だった?」
エスコーラとクァトロの合計を大雑把に尋ねる。多少違おうが全く問題ない。
「五百程でしょう」
クァトロは百人位だと計算して、死者は考えずに生の数字を答えた。
――俺のために、申し訳なくて頭があがらん。
再度電話片手に番号を押す。無人の荒野でも使えるこいつが有り難い。
「イーリヤです、ご迷惑お掛けしています」
「友人が無事で良かった。何でも力になる」
「ありがとうございます。マルカからキスマヨに五百人が乗れるだけの船団を振り向けて頂きたいです」
「行先は?」
「マルカに戻ります」
「解った、沿岸航路を利用する。海賊に仕事を与えてくれて助かる」
「戦闘が起きたら?」
「獲物が現れたと喜ぶさ」
――船自体が獲物なわけか、頼もしいと言うかなんと言うか。
「何とか都合がついた。船酔いは諦めてくれ」
小舟ばかりだろうから揺れると前以て知らせておく。もちろん冗談の範疇と受け止める。
「カガメ大統領だがね、行先がないならこいと言っていた。お前の好きにしろ」
「知らんふりしてどっかに消えるわけにはいかんな。実はマケンガ大佐もついてきている」
ンタカンダ大将やルワンダのM23とは顔を会わせたくなかろう、一応の言葉を添えておく。
「嫌ってならマルカに置いてけ。用済みなんだろ」
――まあそうなんだがね。自由にしてもらうとしよう。
「カガメとシャティガドゥド以外だが、糞ったれ共は皆裏切りやがった」アメリカやレバノンはともかくとして、あのニカラグアもだと吐き捨てる。「内戦を勝たせてやったのにどれだけ恩知らずだい! あたしらだって義理は筋を通すよ」
助けてくれと丸投げしたわけではなく、手助けをして欲しいと求めただけ。それなのに揃いも揃って手のひらを返すしうちだと憤慨した。
――パストラ大統領は国を導く義務があるんだ、俺に構っていては本末転倒というものだな。
「レティア、俺にはお前が居て、ワリーフが居て、ロマノフスキー等が居る。それで大満足だよ」
「ふん。だからお前は甘いって言うんだ!」
微笑みかけるとそっぽを向いてしまう。ワリーフが小さく頷いた。
「実際のところですが、どうするんですか?」
「来いと言ってくれるならルワンダにお邪魔してみるよ。マルカから乗り替えでタンガニーカ湖まわりだろうな」
空から入ろうとして、似たような形で不利益を受けてはかなわないと肩を竦める。船だから安全と言うわけではないが、少なくとも騒動の発端を考えたら選びたくもなる。
――河川は二百トン級を使えたな。ンダガク族に警戒を要請しよう。
先回りしてあれこれと手配を妄想するが、全てはキスマヨ方面に脱出出来たらの話である。途中参加の身だ、黙って座っていようと決めて腕を組み目を閉じてしまう。
通信担当がヘッドフォンを押さえながらメモをする。要点を捉えた内容はポルトガル語で書き出されていた。
「先行部隊が待ち伏せと遭遇したとさ。近隣の警備だろう、止まりゃしないよ」
◆
ソマリア軍基地からブラヴァに場所を移した中将は、即座に会議に呼び出された。本来は対等であるのに、まさに呼び出されたのだ。
してやられて間もないので、文句はあっても分が悪い。参加を了承し、基地を少佐に任せる。幹部がことごとく自爆テロに合ってしまい、残っているのは少佐と大尉以下なのだ。
――師は賭けに負けた、俺もイーリヤ将軍を甘く見すぎていたようだ。まさかこんなにも早くに攻めてくるとは思わなかった。それにしてもいつの間にマケンガ大佐と内通していたのか。顔を合わせたことはなかったはずだが。
原因が何かはさておいて、失敗をどうするかについて考える。島を再奪取するのは諦めていた。あれだけ有利な勢力圏内で上手くいかなかったのだ、追撃をして勝てるとはいくら彼でも思ってはいない。
気が重いが無視するわけにはいかないので、渋々扉を開けて門を潜った。
「やあ中将閣下、お怪我はないようですな」
嫌味たっぷりでアルシャバブの幹部が声をかけてくる。師が失脚したら、恐らくは兵隊をまとめるであろう次席だ。
言葉を返せず、目も合わさずに黙って席につく。形としては今も上席の師が最後に入ってくるが、やはり足取りは重い。計画を進めたのは誰でもない、自分なのだから余計だ。
「中将、報告を」
苦い話しか出てこないと知りつつそう声をかける。トーンも低く中将が現状を明らかにする。
「軍基地に軟禁していたイーリヤ将軍は、ギャングスターとクァトロ軍による共同攻撃で混乱した隙に脱出されてしまった」
幾つもの事実を伏せて話すものだから理解が進まない。先程の次席がわざと蒸し返す。
「ほう、どのように逃げられたのですかな。基地には千人からの兵がいたはずですが、大軍がやってきましたか」
ここぞとばかりに嫌みを重ねる。概ね状況は知っているはずなのに、わざわざ中将の口から言わせたいのだ。
「軍事教官の手引きで、空挺兵が内部から救出した。将校が多数テロにあって死傷し、目が届かなかったのだ」
「我々の幹部も多くが被害を受けている。無事なのはここにいる面々のみだ」
師が協力しなければと間に割って入る。
仲裁する立場の人間が一番失点が高かったので、いささか空気が白ける。取り敢えずははっきりと失敗を認めさせたのでよしとして、会議を進行させた。
「その一団ですが、ここより西側十キロ地点を西に向かっております。地区の警備に妨害を指示していますが、さして効果は見込めないでしょう」
秘書役の男が下書きを棒読みする。誰が頂点になろうと彼は秘書のままなのだ。
「部下が追撃をしている。もうすぐ追い付くはずです」
次席が鼻を鳴らして胸を張る。これで被害を与えて追い出せば、昇格が決定的になると。
「甘く見てはならんぞ、奴等はまるで軍隊だ。それも死兵を抱えた」
手痛い結果から忠告を与えるが、全く話を聞き入れる態度ではない。
「死兵ならば我々にも居ます。中将閣下のソマリア軍とはいささか違いますので」
自爆を求めたら志願者が沢山出てくる、確かにイスラムの集団には死兵となり得る素地があった。特に夫を聖戦で亡くした女性は、後を追って自ら命を絶つのを称賛されるほどである。
発言に間違いはないが、配慮も無かった。
「まずは」注目を集めてから「イーリヤ将軍の一団に対処をしてからだろう。中将、部隊を集められるな」
再度戦いをするのを前提に強めに押してくる。
「……六時間もあれば」
「二時間で揃えて欲しい。最善を求めてはいない」
「やってみます。高級将校が少なくなっているので、小規模な連合になります」
大尉の中には大隊長を務められる者がいたとしても、それを越えた部隊をいきなり指揮しろとは言えない。統括が逆効果になることがあるからだ。判断の遅れや誤りだけでなく、同格からの命令を拒否する流れがある。
秘書が会議室の外をチラリと見た。そこにはソマリアだというのに、上着を羽織った黒人が複数居た。明らかな異常を感じる。
「外に不審な者が」
幹部が席を立って窓の外を確認しようとした瞬間、大爆発が起きた。それも一度や二度ではない。
アルシャバブ幹部や軍将校を狙ったが先をこされた奴等が、残る大物を狙ってやってきたのだ。実に二十を越える自爆者が一気に建物に飛び込む。跡形もなくその身を散らし、家族の生活の糧と消えるのであった。
◇
「ブッフバルト隊、ドゥリー隊は突破からの背面展開。ハマダ隊、ゴンザレス隊は右翼から包み込め!」
マリー少佐の直接指揮で街道に陣取る地元警備部隊と交戦を開始した。空挺部隊も糾合し、将校の名前を冠した分隊を人数分編制。装甲偵察車の隣にエーン少佐のみを残し、全員が参加していた。
正面からは本部とバスター大尉の隊が攻撃を仕掛ける。明らかに警備部隊は質が悪く、混乱するだけで反撃が全く行えない。精鋭兵と警備兵の差はあまりにも大きい。
「前衛部隊、敵を突破。背面に展開する」
阻止するつもりがあるのかすら解らない相手の中央を、武装したジープで通り抜けた。据付け機銃を操作する兵も、あまりに一方的すぎて驚いている。
「右翼進出しました、側面から射撃を続けます」
戦いやすさに衝撃を受ける。実戦部隊の長がどうしたらよいか、それぞれが学習した。演習のような戦いは、たったの五分と掛からずに警備部隊の全滅という結果で終了した。
「半数下車、生き残りが居たら止めをさせ」
通報されたら面倒だと、一人残らず確実に処分してしまう。
「凄い、これがあのクァトロ……」
チョルテカからついてきたゴンザレス少尉、今までも見よう見真似で指揮をしてきたが、他の尉官らが連携して戦うのをこう近くで目にしたことはなかった。
「何を言ってるんだゴンザレス少尉。お前もクァトロの将校だろ」
引き上げた本人が呟きに応じてやる。彼だって皆と同じく光る部分があったから将校になれたのだ。一般の軍とは違う、クァトロは私兵だ。年次で昇格することも無ければ、候補生を育成しているわけでもない。
「はい、少佐」
「前衛、キスマヨ要塞付近はグレートに注意だ!」
マリー少佐から地雷警報が発せられる。街道に仕掛ける奴も居ないだろうが、ソマリアで常識が通じると信じるのは控えたかった。
威圧するかのように武器を見せ付けながら前進する。途中で現地人に見付かっても決して近寄って来ない。
「前衛より司令。沿岸要塞のガイドに接触しました」
「警戒を最大に、内部の把握に努めろ!」
後続にチラッと視線を投げ掛ける、やや離れた場所に装甲偵察車が在る。ただそこに存在するだけ、それだけで妙な安心感が湧いてくるのだった。
◇
要塞通信室に幹部が集う。マケンガ大佐にも列席してもらうことにした、彼は協力者だ。
ヘリで要塞に入ってきたロマノフスキー大佐を最後に軍議が始まる。
「俺の為にすまない。皆に感謝する」
起立して頭を下げた。レティシア以外の参加者もまた起立して敬礼する。事情に詳しいがバラバラの認識なのを、一度並列化するために各位が報告を行う。
「戦闘部隊は円滑な戦闘を継続可能です」
概要のみで多くを省いてマリー少佐がまとめる。詳細は後に必要になってからと。
「キスマヨに迎えの船が向かっています」
「マルカは保護を約束してくれてますよ、ボスが望むならずっと居ても構わないと」
クァトロ側の報告を終わらせレティシアに目をやる。彼女は彼女でラズロウに目で命じる。
「フェデグディ中将、並びに今回の首謀者幹部、軍の高級将校、実行犯は既に全員が死亡。ルワンダ兵の半数が死傷。構成員のうち下部組織の殆どが死傷。直下のファミリーが一部負傷。全く問題ない」
手駒が減っただけだ、渇いた認識を告げた。報復を既に終えているあたり、流石と言える。
「ふん。で、どうすんだい」
「うむ。俺はルワンダに行くことにする。マケンガ大佐、マルカで自由にしてくれて構わない」
部外者の彼に先に告げておく。感情を表さずに黙って座っていたが、名指しされて口を開いた。
「ルワンダですか。既に自分は目的を喪っております。閣下、ルワンダでならば自分は役に立てると思慮致しますが」
辛いことが待ち受けているのは解りきっている、それでもマケンガ大佐は申し出てきた。
「俺に協力してくれるのか?」
「アフリカでは、金と力があれば国ですら手にできます。幾つもの事例を目にして来ました。自分は今そうではない何かを感じ、惹かれております。ご迷惑でなければ」
皆の注目が島に集まる。敵対していたマケンガ大佐、どこまで信用できるか。
「大佐、聞いたように俺は不法に人を、それも大量に殺害する集団の頭だ。それだけでなく金と力で無理を押し通すような奴だよ。理想のような人物ではないぞ」
「それでも閣下には閣下の正義が御座います。自分はそれを支えたいと感じました」
マケンガ大佐の目をじっと見る。嘘や偽りを語るようなものではない、浮わついた理想だけを追うわけでもない。
「苦労に見あわない結果ばかりで落胆するなよ。俺の参謀に列ねる、以後は適切な助言を行え」
「ありがとうございます」
ここに来て部員が増えた、それも大佐が。だが参謀なのでロマノフスキー大佐のラインには入らなかった。
「ルワンダに移るまでは戦争状態だぞマリー少佐。エーン少佐、ンダガグ族に水路警護を要請しろ」
「はい、閣下」
「重傷者をマルカの病院に、応援の医者とベッドの確保だ。サルミエ大尉、手配を」
「お任せください」
レティシアに向き直りルワンダ兵の扱いを尋ねる。
「ルワンダ軍のことは?」
「んなこた事後で構わないよ、死んでも気にするな、大統領も本人等も承知だ」
「そうか」
エスコーラについては島が口だしすべきことではない。残るは海上警備行動についてだ。
「こうまで派手にやらかしたんだ、今ごろ俺は国際指名手配犯だろうな」
種類はともかくとして、確かにあちこちの情報機関にA級の危険人物として名前が上がっていた。
「今まで知らなかったんですか? ボスはとっくに有名人です」
自分は永遠の脇役です。ロマノフスキー大佐が笑いながら、今さらだと言った。
「それもそうだな。ロマノフスキー大佐、悪いが一足先にルワンダに行ってもらえないか」
「ボスの名代とは嬉しいご指名ですな。トゥヴェー特務曹長を借ります」
島の代理を任せられるのは世界に三人しか居ない。ロマノフスキーかレティシアか、グロックかだ。グロックはニカラグアで軍の建て直しに努力している、彼は正規のニカラグア軍人なのだ。
「コロラド先任上級曹長もルワンダ入りをさせておけ、リベンゲもだ」
マケンガ大佐の反応を見る、だが特に驚きもしていない。
――ひとつ役割を与えるべきだな。
「マケンガ大佐、ルワンダで我々が拠点をおくべきヶ所の選定を行え。不明な点はエーン少佐に尋ねろ」
「はい、将軍閣下」
概ね手配したところでふと気付く。
「レティア、ロサ=マリアは?」
「レバノンだ」
「そうか……落ち着いたら迎えに行こう」
「……ああ」
不憫な思いをさせている、人の親として二人は同じことを胸に抱えていた。
◇
「警戒班より報告。敵影あり!」
周囲に散らしていたパトロールが敵発見の急報を入れてくる。マリー少佐の権限で戦闘部隊に配備命令が下された。
要塞にアラートが響く、幹部が通信室に集まってきた。島も司令室からわざわざ出向く。
「追い掛けられるなら野郎以外でお願いしたいね」
にこやかに要望を述べながら司令席に腰を下ろす。ロマノフスキー大佐が隣に起立して状況を報告する。
「ブラヴァからの復讐部隊でしょう。千から二千あたりだとの見込みです」
マリー少佐があしらいますよ、と言うので全く気にせずに任せてしまう。一応ヘリで偵察をさせているのも伝える。
「一個師団が来ても平気だろうな。離脱のタイミングが難しくなるか」
――今なら重傷者も助かる、何十人と命を落とさずに済む。
「守るのはどうとでも。最後の部隊が離脱するのは至難のわざですな」
ヘリが幾つかあるならばそれも可能だが、足が遅い船では沿岸で攻撃を受けてしまう。誰かが残って守らなければならない。
「ここは誰が整備を?」
放置して居たわけでないのに気付き問う。
「近隣住民に管理を委託していました。くれてやっても構わなかったんですがね、管理費をもらう方が良いとかで」
ソマリアシリングなんて紙切れで良いならと、ずっと払っていたらしい。十年委託してもフランスのホテルでディナーを楽しむより安いとか。
――すると所有権を主張しても苦情は無いか。しかしこんなモノを欲しがる奴は……居なくもないな。
「トゥルキー将軍に連絡をつけろ」
「ダー。ラブコールにあちらも懐かしむでしょうな」
ちょっと失礼。ロマノフスキー大佐が離れる。
――船に載らない戦闘車両あたりも提供してやれば、話もまとまるだろう。
「マリーより司令部。敵の規模は千前半、動きが妙です」
少し間を置いてから有線通信でマリー少佐が再度報告を上げてくる。
「二百から三百の部隊が連合して動いているように感じられます。指揮官が不在?」
「俺だ。高級将校はエスコーラの挨拶で大分脱落したらしいからな、それが原因じゃないか?」
「中隊の連合、それなら納得です。並列した軍ほど面倒なものはありません」
連携も出来ず、命令も出来ず、そこに存在するだけ。
戦闘部隊に対応を一任しておく、エスコーラもルワンダ兵も出撃させずにクァトロのみで防戦をさせた。ロマノフスキー大佐がにやけた顔でマイクを指差している。
ヘッドセットを付けた、そこから昔に聞いたことがある声が漏れてきた。
「トゥルキー将軍だ。イーリヤ将軍かね」
「久しぶりです。色々とあってソマリアですよ」
「生きていたか、それは興味深い」
「鎮火させる代わりに洪水を引き起こす部下が居ましてね。将軍、取引をしませんか」
「援軍を求めるか? それは構わんが代償は大きいぞ」
「キスマヨ要塞と戦闘装甲車両の類を提供しますよ」
「大盤振る舞いというわけか。だが私が真に求めるものはそれではない」
「……ジュバランドの独立支援?」
「現在のソマリア連邦に何か義理でもあるかね」
「冗談がお上手だ。私に何が出来るかはわからないし、支援するかも疑問ですよ。ですが、それが地域の住民の意思ならば私は応援するでしょう」
「――ラスカンボニ旅団はキスマヨ要塞の譲渡を引き受ける。いつでも訪ねてくれたまえ」
「前の住人は速やかに退去します。次来る時は正面から堂々と」
通信を終わらせる。
やり取りを横で聞いていたマケンガ大佐が遠くを見詰める。敵でも味方でもない人物と、こうまでも通わせることが出来るのが信じられないといった感じだろう。
「ロマノフスキー大佐、引越し準備だ」
「掃除は勘弁してもらいましょう。こちらで埋めた地雷の場所を一覧にしておきます」
出来れば全部踏んで貰いたいものですな、無茶な希望を漏らす。高級将校らが余裕なのは良いことだ。
「サルミエ大尉、重傷者を担架に寝かせておけよ。下の港傍に移しておくんだ」
「はい、閣下」
「アサド先任上級曹長、ラスカンボニ旅団の案内を手配しろ」
「わかりましたボス」
撤収準備を行っておく、何か他にしておくことはないかを思案する。それを中断させるような爆音が耳に入る、要塞本体に砲撃が行われたようだ。
「ったくうるさい奴等だ。ラズロウ、マリーの手伝いをさせろ」
「シ ドン・レイナ」
傍に居るボスに短く命令を下す。自らもゆっくりと立ち上がると通信室を出て行った。
――貫禄充分か。良いボスだ、変な感想だと解っちゃいるがね。
師団の攻撃であっても守りきれるような防備と信じている。実際激戦になっても三百も兵力があれば陥落はしないだろう、それだけ守りに有利な場所なのだ。だからと戦闘以外で価値があるかといえば疑問だが。
暫し大きな音と揺れが収まらない、だがマリー少佐から増援を求めるような連絡も無い。武器弾薬は戦争を行えるほど抱えている、全力で戦っても数日は継戦可能だ。
「船団が接近しています、その数……五十!」
「水上タクシーが到着だ」
「小官が交通整理しておきますのでごゆっくり」
笑みを絶やさずにロマノフスキー大佐は、副官のブッフバルト大尉を連れて通信室を出て行った。ヘッドセットをかけてあちこちの通信を拾う、特に問題が発生しているヶ所は無かった。
――最早俺は現場に必要ないな。成長に満足するべきか、居場所を無くした自分を哀れむべきか。
「お前は最近辛気臭い」
レティシアに心中を見抜かれて苦笑いする。
「そうだな、悪かった。ルワンダに着いたら大宴会を開こうじゃないか」
飲み放題で食べ放題、参加は自由で。
「ふん。そうやって思いつきを実現させとけ」
◇
「十二時の方向、六十突撃きます!」
「懲りない奴等だな、フィル上級曹長、撃退だ」
「ダコール」
配下の班、六人が二挺の軽機関銃で毎分二百五十発の弾丸を正面に撃った。給弾手が木箱を傍に置いて次々と弾を送り出す。残弾を気にしながら撃って来るソマリア歩兵の百倍の攻撃力を発揮した。
「司令、船団が見えます!」
「お、迎えが来たか。持って行けん武器は使い果たすつもりで使ってしまえ。携帯装備は使用するなよ」
途中で問題が起きて籠城が長引くより、残した武器を相手に使われるほうが面倒だと判断する。
「二時の方向、百進出!」
「サイード上級曹長、奮発してやれ」
「一度やってみたかったんですよ。分隊グレネード装填、目標正面敵、距離三百、構えー! 斉射五連、撃て!」
米軍から流してもらったM203、十人が同時に発射しては装填、それを五回繰り返す。目標になった三百メートル先は土煙で一杯になり、それが消える頃には動くものが無かった。壮絶な火力、それを見た攻め手が進軍を躊躇する。
「命令が下り次第撤収するぞ、準備だ」
「警戒班より報告、北西から機動部隊が接近します」
「マリーより司令部。新手が北西から接近中」
「それはラスカンボニ旅団だ、友軍だよ」
「了解」
マリー少佐は監視だけ続けるように警戒班に命じて、ソマリア軍の動きに気持ちを戻した。あちこちバラバラで攻めては逃げるを繰り返している。
順番に倒してくれと言っているようなもので、射的を楽しむような状態だった。サイード上級曹長ではないが、これを機に訓練をしようとロケットを撃たせてみたり、何せ射撃を自由にやらせていた。
「ラスカンボニ旅団が入城します!」
要塞の内庭にあたる部分に、青い軍服の兵士が現れる。百人を少し出た位の数だ、それらが整列している。
「司令、戦場北側を機動部隊が」
「ああ、あちらが主力だな。射的も終りだ、そろそろ下がるぞ」
船団が順番に港に入ると沖に戻る、搬入作業を行っているのが見えた。半分も過ぎたあたりで通信が入る。
「マリー少佐、撤退だ。五分で乗船を終えろ」
「了解です、大佐。クァトロに告げる、撤収だ!」
携帯武器のみを抱えて小走りで港へと向かう。
廊下を走っていると屋上付近から射撃音が聞こえてきた。素早くラスカンボニ旅団の奴等が防御を交代したのだろう。
「司令、あと二分です」
ハマダ中尉がタイムキーパーをする、すでに半分が乗船していた。
「ビダ先任上級曹長、殿だ」
「ヴァヤ!」
お気に入りの彼に重要な役割を与える、最後に港を離れる部隊が一番の危険を背負うことになる。警戒を怠らずに長距離射程の武器を装備させて、船の後方で構えさせる。
全ての船が沖に出る、空の船が外側になり魚鱗の形をとるとキスマヨを離れていく。ゆっくりと北東へと航路をとる。海の上では島も客人だ、何も言わずに座って居る。
「司令よりクァトロ軍へ通達。臨戦態勢解除、監視のみを残し休息に移れ」
肩の荷が下りたマリー少佐が息を吐く。大分慣れたとは言ってもようやく先日三十歳になったばかり、大勢の他人の命運を左右させるような役職はいつまでたっても胃を締め付けてくるのだった。
「少佐、四時間ほどの船旅です。どうぞお休み下さい」
「ハマダ中尉が先に休め、俺はもう少しこの緊張を楽しむよ」
一つ年下のガーナ人将校に笑いかける、ではお先に、彼もまた笑顔だった。
◇
島はがっちりと握手をした。このようにして無事マルカに立っていられるのも、彼を始めとして様々な助力があったからだ。
「シャティガドゥド委員長、数々の協力に感謝します」
「友人が無事で安心したよ」
隣に居る彼女が約束を思い出す、最後まで裏切らなかった彼に筋を通した。
「改めて、レティシア・レヴァンティン・島だ。クズ共ばかりのこのくそったれな世界で、こいつの友人は貴重だ」
シャティガドゥドは微笑む、なるほど彼女は島の妻だと。
「彼こそこの世の中に必要で貴重な人物。ソマリアだけでなく、多くがそれを理解していない。いずれ皆が知るでしょう」
「怪我人をお願いします」
ソマリアの官憲がやって来て拘束する可能性があった、だが彼ははっきりと頷く。
「マルカは彼らを確実に保護するでしょう。マルカは信用を武器にすると誓いました、この大地と海に」
「いずれお礼をさせていただきます」
「ではマルカの宣伝を期待しておきましょう。それが最大の返礼で」
難しい内容だったが島はそれを受け入れた。そうすることで信義に応えたいと思ったからだ。
中規模の船に乗船する。今度も船団だが武装をきっちりとして、数を増やした。海賊と揶揄されるそれはゆっくりとマルカ港を出港する、行き先はマダガスカル、トアマシナ港。そして首都にあるイヴァト空港だ。ここからザンビアのルサカ空港へ入る。そこからタンガニーカ湖を渡りコンゴ、ブルンジの領域をかすめてルワンダ入りを果たす。
こうも面倒な経路を使うのはただ一つ、島が国際指名手配になっていて空路を自由に使えないからだ。その点、マダガスカルとルサカの間は情報のやり取りが少ない、国同士で仲が良くないのだ。また国際的な取り組みに迅速に対応出来るほど官憲が熟練していない。シャティガドゥド委員長の助言であった。
海を眺めながら随分なことをしているなと島が自嘲する。
「またかい、気にするな」
「ああ、悪いね船旅が豪華客船じゃなくて」
「ヴァイキング気分に浸れる、これはこれでいい」
近くを通りかかる船が大慌てで逃げ出す、その様が面白かったらしい。もし自分が逆の立場なら確かにそうするだろうと考えてしまった。
「そうか。レティア、ありがとう」
「ふん、それこそ気にするな。あたしゃね、何があってもお前を裏切りもしなければ見捨てもしない」
「解ってる。だからありがとう」
彼女の肩を抱き寄せる、二人の空間に誰も近付きはしない。エーン少佐は隣に立っているゴメスと目で会話をした。これから待ち受ける騒乱、それにどのように対処していくか。
マダガスカルへの入国は派手に、だが公式には秘密裏に行われた。武装集団がやってはきたがすぐに出航した、そう報告される。空港でも出国の手続きは他人名義で通過し、到着した先でも別人扱いされていた。アフリカは未だに発展途上にある、規則よりも札束がルールなのだ。
――とうの昔に地獄行きは諦めていたが、これを見るとやはり当然だと自分でも思うね。
ルサカからムウルングの港までは延々と陸路トラックだ。アフリカ随一の治安を誇るザンビアで一番の危険集団はむしろ彼らだろう。驚く無かれ、イギリスやフランスと同等の治安が認められているのだ。
だからといって裕福な国と言うわけではない。車両や糧食を外貨で大量に買い上げてくれた彼らに、疑問はあっても感謝をしていた。
ムウルングはザンビア唯一の港町だ。そこには数は少ないが漁船も停泊している。レティアの一声でそれらの船が全て買い上げられた。新品を新たに購入できる額で、だ。漁民は舞い降りた女神に祈りを捧げ十字を切る。
「フィジ周辺は危険です、ウヴィラまで行ければ平気かと思います」
フィル上級曹長が注意してくる。ロマノフスキー大佐もブッフバルト大尉も居ないので、ここで作戦した彼がレティシアに助言を。コンゴで首相が邪魔をしてくる可能性があると示唆しているのだ。
「ブルンジ側を航路にしてはいかがでしょうか?」
「漁船だ、出来るだろうね。さっきの船頭ら引っ張ってきな、一人千ドルだしてやるよ」
彼らの年収と同等かやや上、先ほど現金を手にしていた男達が大急ぎで参集した。話を聞けば許可証があれば侵入も可能らしい。窓口になっているマリー少佐に、レティシアがそうしとけと目で語る。
――ドル札は怖い。
「閣下、ンダガク族の警備隊をキリバ南東四キロ、国境で待機させます」
「ああ、エーン頼んだ」
キリバがどこかは知らないが、任せておけば問題あるまいと頷く。一行はまたもや船団を組んでタンザニア側の水域をブルンジまで進む。
凡そ二日の航路をゆっくりと進む、急いでもほんの少ししか短くならないからだ。途中キゴマに寄港して給油、すぐに出航した。もし方針が変わっていなければだが、ここの市長は騒ぎを起こしさえしなければ犯罪者は見逃すことにしているそうだからだ。
何事も無くブルンジの領域に入る、西側に併走する船団が居るような気がした。
「フィジ辺りからじゃないかい?」
彼女も気になっていたようで、隣の島に確認する。
「コンゴのお友達か。マリー少佐どうだ」
水上では指揮能力も上手く発揮できないが、彼を通して判断を下す。得手不得手は関係なく、指揮系統とはそういうものだ。
「ポニョ首相の手勢でしょうか。これだけ派手な動きをしていたら、いずれどこかでバレるとは思っていましたが」
「やれるか?」
「やります、それが自分の役目なので」
敬礼すると自身の指揮する船に移る。ビダ先任上級曹長を呼び寄せ戦闘の準備命令を下した、彼は水上部隊を直接指揮する下士官の長だ。満足な装備が無い、それでも志願するものが居た。
「マリー少佐、潜水部隊にも戦闘命令を」
「バスター大尉、準備不足で装備もないが」
潜水スーツやフィンすら無い、防水の武器もだ。あるのは彼らの経験のみ。
「部隊は他に能の無い我等をずっと抱えてくれていました、ここでやらずに何時やれと言うのでしょう」
「さして支援は出来ない。だがバスター大尉の志願を認める」
「潜水部隊十二名、これより出撃します!」
中型漁船に積んであった投網やブイを選別して抱えると小型の漁船に移る。ブルンジのマガラ村、双方集落が少ない場所で併走していた船団が急接近してきた。湖上に他に船もなく、あたりも薄暗い。襲撃するには絶好の機会だ。
「戦闘司令より全軍、臨戦態勢発令! 本部を離脱させろ!」
戦闘指揮官であるマリー少佐の権限で交戦が宣言される。中型漁船とその護衛が北へ向けて船足を速めた、一隻の中型漁船と小型のそれが速度を落として襲撃者の要撃を行う。
「ボス・オリヴィエラより下命。クァトロの側背を守れ!」
マルカの港湾を取り仕切る彼の下には操船に長ける部下が居た、ここは彼の戦場でもある。
「メルドゥスよりマリー少佐。脇を抜けられてもこちらで阻害する」
「マリー少佐、ボス・メルドゥス。了解、正面に集中する」
高速のモーターボートが数艘で銃撃を行って来る、それに応射することで戦闘は始まった。機関砲を放たれる、漁船の腹に穴が開いて沈没した。兵が漂流するのを漁船が拾って回る。
――武器の質に開きが! だが泣き言を漏らしている場合ではないぞ!
「ビダ先任上級曹長、あの高速小型船の乗員を全滅させて奪取するぞ」
「ヴァヤ」
差があるならそれを埋めたら良い。武器が無ければ目の前にあるのを奪えばよい。クァトロは敵の船を沈めるのではなく、乗員を集中して射撃するように命じた。薄暗い中で勝手が違う水上、命中率は極めて低い。
交錯する船、それぞれが接近したらクァトロが有利になるが、相手もそうはさせない。苦手な距離を見つけるとそれを維持しようとする。
船頭らに動揺が走る、戦いに巻き込まれるとまでは考えていなかったのだ。次第に顔色が悪くなる。
「生きてても死んでても、最後まで操船してたら一人五万ドルくれてやる!」
――その位の手形は切ってやろう。ボスも承知してくれるさ。
五万ドル、それだけあれば一生家族を養える、どころか好きな人生を送れる。船を買い上げ現金を手にし、また日当も先払いしてくれた信用は絶大だ、マリーの煽動に彼らは大いに乗った。
「オーケー! レッツ ドゥ ディス!」
気合を入れた船頭が射撃に動じずに指示を待つ。小船を三隻脇に周り込ませる、その間に反対にも二隻。わざとマリー少佐の中型船の守りを薄くした。
――さあ食いつけ!
高速モーターボートが三艘で中央を疾走する。が、何事か急に動きがおかしくなる。叫んでいるが言葉がわからない。
「あの小船を奪え!」
向きを変えて三艘に集中して襲い掛かる、射撃を受けて乗員が全滅した。攻撃を中止、再度離散していく。ナイフで網を切り裂き絡まっているプロペラから外す間は無防備だ。バスター大尉の潜水部隊、ボートの上に転がっている敵の武器を奪い何とか動かそうとする。
それに気付いた敵が攻撃を向けてきた、一艘が沈没する。エンジンを再始動させて二艘が水上を疾走する。据え付けられている機関砲が最大の武器だ。
「全軍高速艇の支援だ!」
最高の攻撃力を生かすために他が援護に回る。誰の功績などではなく、目的を達するために最適な行動をとる。
脇から数隻が北側へ抜けようとする、メルドゥスの船団の一部が体当たりも辞さない姿勢でそれを妨害した。
――エスコーラやるじゃないか! クァトロが気合で負けたとなれば先輩に合わせる顔がないぞ。
命は二の次、至上指令はドンの保護。エスコーラはギャングスターだ、軍同様に命令に否は無い。
「志願を募る。敵の司令船に突撃する者は無いか!」
距離が阻害するならば接触してしまえば良い。たどり着くまでに沈没したら負け、近付ければ勝ちだ。
「自分が!」
いつものようにビダ先任上級曹長が真っ先に志願した。そしてゴンザレス少尉、サイード上級曹長、キール軍曹、キラク伍長らがそれに続く。
「よし。小型船四隻を敵にぶつける! 高速艇は突撃の援護、他は射撃で支援だ。ゴンザレス少尉、指揮を預ける」
「ヴァヤ! クァトロの名を汚すような結果には致しません!」
北上を一時的に許す、相手の心臓部を破壊して全体を止めようというのだ。
「クァトロよりエスコーラ。司令部の撃滅に出る、後ろは頼んだ」
「エスコーラはその期待に応えるだろう」
そう目指すところは同じだ、背中を彼らに預けてマリー少佐は命令を下す。
「攻撃開始!」
両翼が延びて行く、防御は一切考えていない。小船が一隻沈没した、乗員は湖に飛び込む。高速艇が二手に分かれて司令船目掛けて機関銃を撃ち込む。
「突入!」
ゴンザレス少尉の船団が真っ直ぐに司令船に向けて進んだ。正面投影面積が少ない、左右からの圧迫で射手も落ち着かなかった。先頭のキール軍曹の船が直撃を受けて沈む、委細構わずに残りが突き進んだ。
「全力で射撃を行え!」
マリー少佐が射程内に入った瞬間に撃ちまくれと命じる。次第に弾幕が厚くなっていく。護衛の小船が接近してくるが船体を擦りながらも進む。そしてついに司令船に舳先をぶつけた。
「乗り移れ!」
甲板の高さがかなり違う。だが投網を舷側に引っ掛けて梯子のようにした。その昔島がコラムを見たとの話がグロックに伝わり、兵営でも教練に出てきていたのをビダ先任上級曹長が思い出したのだ。
「操舵室を占拠しろ!」
果敢に撃ち返しながらキラク伍長が乗り込んでいく。ビダ先任上級曹長も小銃を手にして交戦する。下手に司令船に向けて撃てない敵が動揺した。やがて操舵室にも銃声が響く。
「司令船を占拠した!」
船の上にクァトロの軍旗が翻る、群れていた小船が散っていった。一部が一発逆転を狙い北上する。
「取り逃がした!」
戦闘可能な漁船に後を追わせる。漂流している者を回収しながら統率を回復していった。
後ろに控えていたオリヴィエラの船団から小船が数艘突出する。乗っているのは一人のようだ、前面にガチャガチャと鎧のようにプレートを付けている。激しい銃撃が向けられるが無視して直進、ボチャンと何かが湖に落ちる。そのまま船同士が衝突すると爆発した。
「自爆か!」
――やることがエグいな! だがソマリアでもそうだった、これは戦いだからな。
第二陣が突出すると小船が進路を西へ変えてコンゴ方面へ離脱していく。どうやら自分の命は惜しいらしい、狂信者が相手では分が悪いと考えたのだろう。
「漂流者を全員回収したら整列だ。合流するぞ」
「エスコーラよりクァトロ。マラヴィリョーソ! 先に北上しろ」
「クァトロよりエスコーラ。向こうで浴びるほど飲もうじゃないか戦友」
悪党同士通じるものがあったのだろうか、声だけでやけに表情が見えてしまったマリーであった。
◇
タンガニーカ湖とキヴ湖を結ぶルジジ河に到達する、そこからは二列縦隊で進んだ。幅は五十メートルしかない、それぞれの舷側に兵を集中させて陸からの攻撃を警戒させる。少しすると左側面に集落が見えてきたブルンジの最後の領域だ。警戒を最大にして河を右に曲がる、するとそこには多数の小型船が待っているではないか。
左手の陸地にも多数の兵士が上陸しており河べりに並んでいる。彼らが翻す旗はンダガク族のものと四ツ星だった。中型船が見えてくると一斉に敬礼して迎える。コンゴに入ったところで誘導されて一旦上陸する。
「将軍閣下、トゥトゥツァ・キヴ少尉であります。お迎えに上がりました!」
「ご苦労だ」
水上陸上の兵、合わせて千人は下らない。よくぞ集めてきたものだ。エーン少佐の手配だが、彼にやりすぎの概念は無い。
「船はそのまま河を。閣下は五号公道をブカヴまで行かれるのが宜しいかと」
「エーン少佐に任せる」
「承知致しました。後続を待って移動する、トゥツァ少尉、一キロ圏内を警戒範囲に、三キロ圏内を監視だ」
「ダコール!」
少尉の命令で千からの部隊が動く、異様な光景だがそれでも彼は何も言わない。
――少尉か。俺が任じたものを後生大事に抱えているわけだ、その気持ちにも報いてやらねばな。
「トゥツァ少尉、こちらへ」
「はっ!」
指揮を中断して島の前で胸を張る。前に見たときより随分と立派になったような感じを受ける。
「俺のような根無し草の承認ですまん。トゥ・トゥ・ツァ少尉のこれまでの功績を以って、貴官を少佐に任命する」
「謹んで拝命致します!」
エーン少佐が自身の分の予備で持っていた記章を彼に付けてやった。
「指揮を中断させて悪かった、戻れ」
「ウィ モン・ジェネラル!」
その場で二時間程待機しているとマリー少佐の部隊が到着した。遅れてエスコーラも合流する。船団をオリヴィエラとメルドゥスに預けると、一団は五号公道を粛々と北上した。一日の距離を進んだところで待っていたのは軍隊、だがそれはブカブマイマイだった。武装民兵団だ。少佐が進み出てくる。
「シサンボ少佐であります、閣下!」
後ろには三個大隊、ブカヴに他に三個大隊を有しているらしい。トゥツァ少佐がそう説明した。従わなかったマイマイも徐々にシサンボの元に参集してきたらしい。
――こいつもか。だがそれで治安が保たれているのは事実だな。
エーン少佐に目で問う、予備はあるのかと。彼はアタッシェケースから一つ階級章を取り出す、島が小さく頷いた。
「シサンボ少佐、ブカヴの治安はどうだね」
「良好であります。ンクンダ将軍も地区連隊も手を出してはきません」
「そうか。コヤジア将軍の様子はどうか」
今の今まですっかり忘れていた。側近が報告しないと言う事はそのままなのだろう。
「ムアンク中尉がずっと監視しております。健康状態は良好ですが、もはや指揮を執ることはないでしょう」
「うむ。近く俺からコヤジア将軍に引退を勧告しよう。シサンボ少佐、ブカヴの治安をよく守ってくれた。その功績に報い、貴官を中佐に任命する」
「ありがとう御座います、将軍閣下!」
最早法的根拠など何処にもない。そう感じたから認めてやる、それだけだ。部隊を五千人近くにまで膨れ上がらせ、島はブカヴ・ンダガク市へ入城する。
野砲が放たれる、空砲だ。今回は仕方がない、覚悟していたがやはり盛大な歓迎祭が催されてしまっている。
――好意だと受けとるしかあるまいな。
「ブカヴ及びンダガグはキシワ将軍のご降臨を御祝い申し上げます!」
プレトリアス郷での歓迎度合いを見たことが無い連中が驚愕する。特にバスター大尉らのフィリピン三日月島グループは、一体何が起きているのかと考えが纏まらなかった。
「出迎えに感謝する。私はこの事実を忘れはしないだろう」
民兵団が捧げ筒で入城を彩った、ここは島の王国である。そう彼が求めずとも奇跡を体験した者にとって、キシワ将軍とは神と同義なのだ。アフリカの土着宗教の一派になるまでさほど遠い未来ではない。
「遠路お疲れでありましょう。細やかではありますが、食事の準備をさせていただいております」
「済まんな、言葉に甘えさせてもらう。マリー少佐、部隊を任せるぞ」
「ウィ モン・ジェネラル!」
誇らしかった、自らが上官と仰ぐ人物がこのように迎えられて。何があろうとついて行くと決め、今は支え、後々は押し上げたいと感じるマリー少佐であった。
◇
「ムアンク中尉の任を解く」
コヤジア将軍は引退を宣言した。コンゴを去りイタリアに住居を提供し、体よく追放を完了する。憑き物が落ちたように見えた、ムアンク中尉は大分穏やかな表情になっている。
「貴官はこれからどうしたい?」
「ブカヴの民に力を貸したいと考えております」
ンダガグ族長の話では、改心したというよりはコヤジア将軍が弱る様を見て、気持ちが緩んだそうだ。経過観察が必要ではあるが、マイマイも最早無茶な命令には従わないだろう。
「そうか。望むならばブカヴマイマイを指導してみるか? シサンボ中佐が司令だ」
「受け入れてくれるでしょうか?」
過去を思いだしてしまう、そう懸念を持ったこと事態が反省の現れだと判断した。
「貴官のこれからの行動次第だろうな」
「……復帰を望みます。このままでは一族にも面目がたちません」
「ムアンク中尉に息子はいるかね」
「はい。少尉としてマイマイに」
どうすればパズルが完成するか、アフリカの特性を考えて答えを夢想する。
「ムアンク中尉を少佐に任じる、シサンボ中佐の補佐としてブカヴの治安を守れ」
「ありがとうございます」
「息子のムアンク少尉をトゥツァ少佐に預け、ンダガグ市との連絡役を担わせろ」
それは半ば人質でもあったが、シサンボ少佐が真面目に勤めあげるつもりならば息子のキャリアになる。自分の代では目が無いと知った彼はそれを受け入れた。
「閣下の仰せのままに」
彼らを始めとして、コヤジア将軍やンダガグ族に連なっていた将兵を、適切な地位や役割に据直し承認してやった。突貫作業で二日、三日目の朝にはンダガグ市を出発する。
水上を船団で移動する、ゴマ側には陸路で先発したンダガグ族の護衛部隊が待っている。
「ンダガグ議長、私は行かねばなりません」
「キシワ将軍の御心のままに。我等はいついかなる時でも、貴方様の為に」
「後に何か届けさせる、皆で分けて欲しい」
マルカから樹木、チュニジアからタバコ、パラグアイから大豆や農工具が山のように届き、ンダガグ市が市域を拡大させるのは四ヶ月後の事である。
◇
◇
ンダガグ族から武装供与を受けた一団は、ゴマ市南へ上陸。そこから国連のキャンプを北に見てルワンダへ歩みを進める。が、騒ぎを知った仇敵が行かせまいと仕掛けてくる。
ブカヴの覇権を争い破れたンクンダ将軍。彼がM23が抜けたことで生まれた空白を占め、島を待ち伏せていたのだ。
「こういう人気ぶりは御免だね」
「お前の器量の問題だろ、挑戦されたなら返り討ちにしてやんな」
「まあ負けてやるつもりはないさ」
軽装甲車両に腰掛けた二人が待ち伏せ報告に軽口を叩く。ただルワンダに行くだけなのに、こうも四苦八苦させられるとは、島の想像を少しばかり越えていた。
「マリー少佐、丁重におもてなししてやれ」
「はいボス。ンダガグ族兵はどうします?」
「トゥツァ少佐、マリー少佐の補佐に入れ。クァトロ兵と共にンクンダ軍を退けろ」
「ダコール!」
同格だが指揮下に入ることを全く嫌がることはない、島の直接命令なのと相手がマリー少佐だからだった。
「ラズロウ! ルワンダ兵を前面に、エスコーラも支援にまわんな」
「シ ドン・レイナ」
マリー少佐とラズロウの指揮車両が前進する。前衛部隊の指揮官が更に前に出た。島とレティシアの周りは、エーン少佐直属とゴメスの護衛部隊、ハラウィ少佐の親衛隊が囲んでいる。
――ンクンダ将軍は出てこないか、危ない橋を渡りはしない。昔は違ったがね、掴んだものを離したくないのは俺と同じなわけだ。
小さく笑う。喪うのは己の命だけ、何とも気分爽快戦えたあの頃が懐かしい。
「ルワンダの都市部は結構な都会だね」
「環境次第だが案外悪くはないな。もっとも居場所は荒れ地になりそうだが」
「街がないなら作ればいい。違うかい」
「なるほどな。レティアの言葉がすんなりくるね」
――いつ許されるとも知れないなら、間借りするより一からか。悪くないな。
ンダガグ市を作ったように、ルワンダの片隅に居場所を作る。無いところに仕事が産まれるわけだから、総じて歓迎されるだろう。
離れたところで銃撃戦が始まった、ここまでは弾丸が飛んでは来ない。それでも兵にしてみれば、近くに司令官が居ることで士気が上がる。
何事も無く、そういつもの感覚で上手くやるだろうと二人は戦闘を眺めていた。だが一進一退を繰り返す様を見ているうちに違和感を抱く。
――なんだ? 何かがおかしい。
レティシアも怪訝な表情を浮かべた。島は直感を信じて命令を下す。
「イーリヤから緊急命令だ、全軍東へ四百メートル移動しろ!」
――何かがおかしい、なんだこの感覚は!
防御を解いて居場所をずらす、隙が出来たがそれは数分で埋まる。ンクンダ軍が行き先を制限するような布陣に切り替わる。
「ボス、何かありましたか?」
「マリー、変な感じがする。あいつらどうして積極的に攻めてこない」
「戦力に差があるのにおかしいですね。何かを待っている?」
指摘されてマリー少佐も何かが変だと感じた。押せば引き、引けば押してくる。時間稼ぎをしているのが明白だ。
「警戒班より報告、東四キロ地点に伏兵!」
「西部警戒班より、市街地からコンゴ軍が現れました!」
「上空注意、戦闘ヘリです!」
「面白くなってきたじゃないか」
「包囲殲滅か。いつからあいつ等は手を組んだんだか」
――大人しくやられるつもりは無いぞ!
全方位に均等に戦力を振る向けるのは凡人の考えだ、すぐに全体を東へ振り向ける。攻勢部隊を集めて一点突破を計った。
――そもそもがロマノフスキーは何故北からルワンダ入りをさせようとしている、そこに鍵がある。ルワンダ国内でンクンダやコンゴへの感情はどうだ、これを叩いてから入国するとしないでは結果に開きが?
戦闘をマリーらに任せてその狙いを読み解こうとする。
――正式ではないがンタカンダ大将はルワンダで勢力を誇っている。ンクンダ将軍と敵対もしていたな。M23の後釜に将軍を派遣したはずがいつのまにかンクンダに敗北か。もしここでンクンダを退けて入国すればンタカンダ大将は俺に一目おくだろうか。
後方にルワンダ兵を並べてエスコーラがその隣に陣取る。ほぼ捨て駒扱いだが誰も文句は言わない。
――マケンガ大佐についても俺が立場を強くしなければならん。この場でハッキリしていることは二つだ、このまま入国では話にならんこと、そして現状では対抗が難しいことだ。ではどうする。
無線機を手にしてマリー少佐に命令を下す、それは皆が予測しない一言だった。
「司令官命令だ、全軍北へ向けて進軍」
「ダコール! 攻勢部隊、進路を変更だ!」
一切の反論も疑問も発さずに命令を丸呑みする。陣形が乱れた、だが強引に北へ向けて進む。ンクンダ軍が厚い防御線を敷いている。
「やる気だね、いいさ。ラズロウ、火力を北に偏重させな!」
「シ!」
ドンの護衛以外の全ての攻撃力を先頭に集中する、クァトロも同じように戦力を集中させた。外縁の防御部隊が削られていく、抵抗する火力を失い力押しに負けた。
「ハマダ中尉、ドゥリー中尉、ゴンザレス少尉、各部隊突入!」
「ボス・ジョピン、カーポ・ルセフ、進め!」
ルワンダ兵が一杯になり多数脱落していく、エスコーラの構成員の多くも犠牲になった。それでも守りに力を使わずにンクンダ軍のど真ん中を貫く。
「開けた穴に突入だ! 左右に押し広げろ!」
マリー少佐の本隊が強引に通路を切り開く、そこへ司令部の一団が進んでいく。止めきれずにンクンダ軍がついに突破を許してしまう、後方へ抜けた三部隊が反転し背中を狙って攻撃を繰り返す。
「まだだ北上しろ!」
クァトロ軍を殿にして徐々に北へシフトしていく。そのうち青い建物が多数視界に収まってくる。
――来たぞ!
陣形を立て直して今度は防衛に力を入れる、青の建物を右手にして少しずつ後退していく。そこでは時ならぬ騒ぎになっていた。
「こちらは国連コンゴ安定化派遣団だ、武装集団は攻撃を停止せよ!」
大音量のスピーカーから戦闘停止の呼びかけが為される、だがそんなものを受け入れるわけが無い。島は怪しい笑みを浮かべた。
「国連のキャンプを盾にして速やかに北へ移動だ!」
応戦を停止して移動に専念する。コンゴ軍がようやくやってはならないことに気付く、だがンクンダ軍は一切攻撃を止めようとはしない。
正体不明の武装集団へ青い兵が反撃を始めた。たまに国際ニュースに出る戦闘がこれだとは誰も想像すまい。大火力の反撃がキャンプから行われる、コンゴゴマ連隊が大慌てで撤収を始めた。
「全軍へ通達、発砲を禁止する。国連軍の戦いぶりを観戦だ」
――停止命令を受け入れたこちらを攻撃はしまいよ。
怒り心頭したンクンダ軍がキャンプへ肉迫しだす。乱戦模様に切り替わった。ところが何と国連軍は押されているではないか。
「だらしが無い奴等だ」
レティシアが呆れてしまう。
「そろそろお暇しようか」
東へ移動を命じようとすると通信が入る。それは早口のポルトガル語だった。
「キャンプ北の不明集団、手を貸して欲しい」
レティシアが無線を手にした、ポルトガル語がここで聞けるとは思ってもいなかったが。
「あんたは誰だ」
「当キャンプの団長、ドス・モラエス中将。突然で混乱している、援護を」
一旦無線をオフにして隣に座って居る島に問いかける。
「で、どうするよ?」
「俺が犯人だからな、頼まれたなら戦うさ」
「そうか」再度無線をオンにする「こちらはキャトルエトワールだ、要請を受諾する。高いツケだよ覚えときな!」
ほらよ、レティシアが無線を軽く放ってくる。それを笑顔で受け取った。
「司令官イーリヤだ、これより全軍で国連軍を援護する、戦闘再開!」
座って控えていた部隊が銃を構えて整列する。北側から時計回りでンクンダ軍の側面を衝く。正面に熱中していたせいでもろに腹をえぐられる。
「火力を集中、距離をとれ!」
支援に徹することで味方の被害を極力抑えようとする、巻き込まれた国連軍が貧乏くじを引かされた。
二級民兵なのだろうか、いくら劣勢になっても撤退が許されない。次第に攻撃している方が気分が悪くなってきた。
「人命の軽さはアフリカ隋一だな」
渋い表情の島だが戦闘を停止させはしない、相手が止めるまで攻撃するのは常識だ。ラズロウは平気だがマリー少佐は胸が苦しかった。
「ボス、まだ継続でしょうか?」
「お前はどうしたいんだ」
「……」
明確な返答は無かった、だがそろそろ潮時だろう。国連のキャンプも混乱を抜け出したように見えた。
「レティア、すまないが殿をそちらで頼む」
「ふん、坊やはまだ日陰を歩くのが怖いようだね。いいさ。ラズロウ、お前が殿だよ!」
「シ ドン・レイナ」
年季が違う、歩んできた道が。何もそれは悪いことではない、適性の問題でしかないのだ。
「マリー少佐、離脱だ。お前が先頭を行け」
「……申し訳ありません」
「謝ることではない、お前はよくやったさ。それは俺が認める」
「はい……隊列を整え離脱するぞ!」
黒い軍服の集団が東へ向かってゆく、全体が徐々にキャンプを離れる。国連軍もそれを引きとめはしなかった。
道無き道を進む、現地でコリンバグと呼んでいる丘陵地帯、そこで警戒班が警告を発した。
「コンゴ・ゴマ連隊旗を確認!」
「おいおいしつこい奴等だな、逃げたんじゃなかったのか?」
それとも伏兵の後ろに控えていたのだろうか、いずれにしても現実としてそこに敵が居る。
「クァトロ、戦闘準備!」
マリー少佐の号令が響く。軍隊同士の戦いならば何も思い悩むことは無い、だが武器弾薬が残り少なくなっていた。
「偵察より報告、およそ一千。重武装の大隊の模様」
これを突破するのは楽ではない、普通ならばあっさりと返り討ちにされるだろう。島が全体の状態を確かめる。
――疲労の面ではそこまででも無いが、負傷が多い。それに武器が貧弱で弾丸が足らないな。だが俺は部下を信じて仲間を信じる。こうなると想定は可能だ、ならば対応もするだろう。
丘の上を占拠してゴマ連隊が攻めてくるのを待つ。あちらも黙ってお見合いすることは出来ないらしく、ゆっくりと進んできた。やがて射程に収めた敵が撃って来る、だがマリー少佐は発砲許可を出さない。
伏せたまま敵が迫るのをじっと待つ。その距離が二百メートルにまで迫ったところで発砲を命じた。残りの弾丸が少ないので連射を禁じている、無駄な消費を抑えて何とか対応しようとした。
大隊――四個中隊は左右に分かれて包み込もうとする。右手の側にドゥリー中尉の小隊を一つだけ割いて足止めを画策した。
「各個撃破するぞ! 左手の半数を潰す、進め!」
エスコーラからも左手の側に増援が送られた。十倍の敵を相手に弾も少なく押しつぶされそうになりながらも、必死に抗戦する。
「本部護衛はドゥリー中尉の増援に行け」
全滅を回避するためにもアサド先任上級曹長の小隊が駆けた。ゴメスも同じく薄く広く展開して防衛線を張る。全力で戦っている左翼が互角、右翼はいつ崩壊するかわからない。それでも島は撤退を命じない。
――ここで逃げては全てが水の泡だ。耐えてくれ!
肘掛に載せている拳に力が入る。微笑を浮かべてはいるが胸のうちがレティシアには解った。慌ててもよい事はない、二人は黙って座ったまま戦闘の推移を見守る。
右翼が押し込まれてくる、左翼も力を失い後退を始めた。だが島は何も発さない。
――耐えきったか!
大爆発が起きる。大隊の背に向けて砲弾が叩き込まれた。水色黄色緑の旗を翻して車両が丘を駆ける、無線から景気が良い声が聞こえた。
「国境侵犯のコンゴ軍に告げる、待ったなしで殲滅だ!」
憎いコンゴ軍へ向けてルワンダ軍が襲い掛かった。多くのルワンダ軍旗に紛れて、ポツンと一つだけ黒い旗が混ざっている。
「最高のタイミングでの出迎えだよ兄弟」
「盛り上がったところでの登場、いや気分が違いますな」
マリー少佐が今までよりひとまり小さな円形陣を作って乱戦に飲み込まれないようにする。一つの丘が陣地になる、そこを避けて砲撃が行われた。生き残りのルワンダ兵が国旗を手で振った。あれだけ居た傭兵が、今は二十人前後しか残っていない。
指揮車両が丘に登ってくる。道を開けて招き入れた。緑の軍服の大佐が下車して島に向かって敬礼する。
「カガメ大統領閣下の命でお迎えに上がりました!」
「ご苦労だ、大佐の援護に感謝する」
「自分はもう少し追撃を行うので、どうぞこのままお待ちを」
元気なことは良いことだ。島は苦笑して大佐を見送った。
散々追撃して戻ってきたのは一時間後、すっきりした表情の大佐が首都キガリまで案内をする。重傷者を近くのギセニ市に運び込み、一行は全員乗車した。
一号公道を堂々と進み市内中心部へと入る。大統領官邸前まで乗り付けると全員が下車した。幹部の四人、島、ロマノフスキー、レティシア、ラズロウのみが中へと入る。
「やあイーリヤ君に奥方、無事で何よりだ」
「閣下、ご迷惑をお掛け致しました」
「構わんよ、君は大切な友人だ」
黒い顔に白い歯が輝かしい。国際犯罪者がそこに存在しているだけで国家にマイナス要素がある。だが大統領はそんなことは全く気にしなかった。
「カガメ大統領、あんたはいい買い物をしたよ」
「そうだろうそうだろう。イーリヤ君は政治家でも官僚でもない、実はどこの国とも揉める事はないがね」
亡命とは言うが区分的には難民に当たる。ただ高級軍人なので官僚と言えないことも無い、軍籍がどこにも無い高級軍人ではあるが。
「居場所を与えていただき感謝します。落ち着いたらムブンバと公道五号が交わるあたりに駐屯したいと考えております」
「三国国境線か。それは広域武装集団を相手にすると?」
手を焼いている奴等が居る、国軍では対応が追いつかなかった。
「自分を受け入れて貰えた恩返しを結果で示すつもりです」
「奥方、確かに良い買い物だよ。イーリヤ少将の亡命を受け入れる、これは大統領宣言だ。亡命客として少将をルワンダ国防軍司令官に連ねる、国軍への指揮権も付与しよう。詳細は後にだ」
「サー、ミスタプレジデント、サー!」
敬礼し言を受け入れる。客将、古代中国の時分よりあった待遇。国は好意で厄介者を受け入れたりはしない、そこには必ず打算が存在する、存在すべきだ。
島とその一団を受け入れるのは、彼らを利用してより面倒な何かを排除するため。汚くも何も無い、それが政治と言うモノだ。
――俺は一体何処に向かっているんだろうか。だが今の今まで決断を後悔したことはない、これからもだ。
「レティア、ロマノフスキー、ついて来い」
「地獄の果てでも喜んで」
「嫌だって言ってもそうするさ」
島の背を追って二人が歩む、それをラズロウが見詰める。支え甲斐がある夫婦だ、彼は珍しく朗らかな笑みを浮かべた。




