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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第十三部 第九十八章 自宅は海辺の丘に、第九十九章 仲間の絆、第百章 自由区域マルカ、第百一章 宗教都市ブラヴァ

 黒檀の机。一昔前には一般企業の社長室にあっても珍しくはなかった。今や需要が右肩下がりで滅多に見掛けない、トレンドの変化と値段が当然の結果を導いている。その机がある部屋に数人の男が集まり、何事か不穏な話を展開していた。


「連邦など話にならんよ。奴等はアメリカの顔色を窺うだけの小役人だ」


 不機嫌そうに語る壮年。主座ではないが発言力が高いのか、それに反対する者は居ない。


「だが昨今勢力を強めてきている。我々は拮抗しているうちに手を打たねばならないだろう」


 反対に座する老年の男が諭すかのように提言する。政治家なのだろう、我を通すために和を求めているのだ。


「物が流通するのはアメリカのお蔭、そんな考えが広まっては困る。国連の名前を全面に押し出すのを忘れるな」


 また別の者が詳細を口にした。そのような触れを出せるくらいの地位に居るのは疑いようもない。ずっと押し黙っている上席者が初めて口を開いた。


「我々の巨大な敵がアメリカ大統領なのは変わらない。しかし、不都合な者はまだまだ存在している」


 個人であっても必ず敵は存在している。それが組織や集団ならば反対に属する何かが無いわけが無いのだ。


「ブラックリストには序列が御座いますが」


 排除するべき優先度、それだけでなく成功時の報奨まで並んでいた。一位のアメリカ大統領など金額の零が多すぎて幾度か確かめる必要すらある。


「この地だけではなく、世界各地で邪魔をしてきた経歴の持ち主。この者だが」


「ルンオスキエ・イーリヤ将軍ですか。ニカラグア国籍の東洋系らしいです」


 顔写真すら無いのだ。だがしかし様々な結果を残してきている人物なのが解る。はっきりとはしないが、日本人ではないかとの見立てもあった。


「マルカの件で連邦に意趣返しをしたり、アジュラで交換条件を飲んだりと、多少は話が通じるのではないか?」


 事実一切の交渉に応じない米英あたりとはかなり毛色が違った。


「ですがそいつは自発的に敵対しております」


「罪には罰が必要だろう、それに違いはない。だが選択肢はそうまで狭くはないとみえる」


 考え直しをしろとの判断が下された。


「誘拐して条件を飲ませては?」


 勢いがある中年がそう意見を述べた。殺すだけでも良いが、上席者の意思を反映させてみる。


「より困難ではないのか?」


「簡単ではありません。ですが抵抗を封じる手立てはあります」


 他に対抗手段を訴える者がいないか、少しだけ間を置く。特に面々が名乗りをあげないので、彼は上申を採用する。

 口出しをして功績を掴みに出るか、機をみて転がり落ちる利権を拾いに行くか。


「良かろう。委細は任せるゆえ計画を実行するんだ。もし交換条件を飲まねば、その時には処刑を行う」


「アッラーアクバル」


 予言者の息子。最高の師に登るまであと数人と迫った彼が、生きているうちに階段をかけ上がるには、何か大きなことをなす必要があった。もし計画を成功させた場合、実行した者を引きあげても文句を言わせない。目で皆に釘を刺してゆく。

 迷惑極まりないが、島にその白羽の矢が立った瞬間である。その頃彼は地中海の海辺で平和を堪能している真っ最中であった。





 皆と別れてから時が流れた。ついこの前のことのようでもあり、昔の話のようでもある。事後処理があるので暫くはサルミエ大尉が顔を出しに来ていたが、今はたまにしか姿を見せなくなっていた。


「――中米ニカラグア共和国では対立候補が居ないため、パストラ元首相が大統領に無投票で当選しました。大統領は即日閣僚を発表し、各国に祝電の返事を――」


 テレビから流れるニュースを耳にしながらテラスから海を眺める。ロサ=マリアが立つようになったら探すと言っていた自宅、最高の場所を見付けた。既にそこには邸宅があり、老夫婦が住んでいたのだが体が不自由になり街中に引っ越す直前だった。渡りに船と売買を打診したら承知してくれたので、言い値を現金で用意すると驚かれたものだ。


 ――首相にサンチェス、財務商務大臣にスライマーン、外務大臣にコステロときたか。俺も意外だが本人等はもっとだろうな。


 心当たりがある名前が顕著で苦笑いしてしまう。ランデイア大使も本国に戻され、移民居留民大臣に任じられていた。この分ではもっと顔見知りが名を列ねているだろう。


 もっとも意図的にやっている部分はあるにしても、大部分は絶対数の不足からである。パストラ派が最後に勝つのは多くが予測しなかった、ただそれだけなのだ。


 ――オヤングレン大統領は他になし得ないことをやってのけた。全てのガン細胞を抱いて散ったのだから。


 戦いが終わり世界に速報が流れた。その翌日、行方不明だったオヤングレンの死亡が確認されたのだ。死因は服毒自殺。

 彼に付き従った官僚は旗印を喪失し右往左往した後に、パストラ首相に許しを乞うたが許されなかった。入国禁止の措置がとられ、意思を全うしてみせろと突っぱねてしまったのだ。北京は興味を失い好きにしろと投げ出してしまい、行き先をなくした彼らがロシアに逃げ込んだのは無節操を絵に描いたような結果と言えよう。


 ――それに比べたらオルテガ兄弟の最後は潔かった。ダニエルはロシアへの政治亡命を求め、大統領府の無血開城を提示してきた。今回は敗けを認めるが政治をしくじったならすぐにまたやってくる、そう台詞を残して。パストラ閣下もその時は国民に判断を委ねると請け合ったらしいな。


 大統領辞任の書類にサインをした時には、うっすらと笑っていたそうだ。側近からサルミエ大尉が聞いたらしく、後に島の耳に入った。


 ――オルテガ中将、軍部の独断で争いをしたと証言していた。大統領らはあくまで政治闘争のみしかしていない、と。白々しくともそれが歴史になったのだから、自己犠牲が多大だった。今は収監中で裁判の結果を待っている。その意味では俺は中途半端な責任の取り方だった。


「おい買い物に出掛けるぞ」


「わかった、今いく」


 ロサ=マリアを抱いたレティシアがテラス下から呼び掛けてくる。庭付き一戸建に運転手付の黒塗りベンツ、同じ地区の住人が何者かと窺ってきたが、島が日本の慣わしだと引っ越しそばを提供するとあっさりと打ち解けてしまった。

 単純に日本人の金持ち夫婦が越してきた、と。島の人となりが多大ではあるが、良き隣人が望ましいのはお互い様なのだ。


 ――意外だったのはレティアが案外金銭感覚が庶民的な部分だ。派手な浪費にはお目に掛かったことがない。


 ベンツにしても防弾仕様なだけで、財を誇っているわけではなかった。


「出してくれ」


「はい、コンソルテ」


 運転手がエスコーラの護衛なのは仕方無い。出来るだけ人当たりが良いやつを選ぶことで納得した。家令を置いた方が良いとも言われたが、流石に召し使いといった柄ではないと見合わせている。


「この前、エーンの奴がクリスタルディフェンダーズと契約したとか言っていたな」


「ああ。紛争地帯専門で人が足りないときには声をかけろって話らしい。オフィスの警備は似合わんね」


 ――自力で生活していけるなら、俺なんて忘れてもらって結構だ。プレトリアス族長か、立派なものだよ。


 地位を引き継いだ彼はレバノンで一族を率いて島の声が掛かるのを待っていた。傍に居ると宣言してはいたが、大切な何かは他にもあるはずだと休暇を命令した。そうでもしなければ帰らないと解っていたので、強引な部分には目を瞑る。


「危険を買うって言うなら食いっぱぐれはしないだろうね」


「そうだな。危険は人種も宗教もなく平等だ」


 運と実力次第で結果は自らついてくる、ならば全く心配はいらない。


「貧乏性のお前もようやく楽をする気になったか?」


 能動的に働く素振りを暫く見せていないので、彼女がつついてきた。いつでも好きにしろが変わらぬ態度である。


 ――やらねばならんときにはやるさ。今は単に俺がやる必要がないだけだ。


「どうだかな。明日椅子に座っているとは限らないし、ここで平和に浸り続ける可能性もあるからな」


 なるようになる、身構えてもどうしようもないことが多すぎた。だが時に苦境があるくらいの方が長生き出来るとも思っていた。


「ふん。最近少し太ったんじゃないか?」


 ――うむ。実はそれは感じていた。


「レティアは変わらんな」


 過酷な日課をサボり娘と、妻と過ごす日々が長くなり身体能力が衰えを見せていた。だが耳が痛いことを言うやつも無く、更には比較するような相手も居ないのが原因だ。


「誤魔化すな。努力しろよ」


「ああ、そうする」


 口に出した以上はやらねばならない。何より腹が突き出たような体型になるのはちょっとした恐怖感があった。まだまだ人生は折り返しもしていない、健康管理は自身への課題である。


 ショッピングモールに入ると、彼女は娘を夫に譲り渡し物色に出掛けた。島はベンチに座り娘の寝顔を見詰める。


 ――チュニョもこうやって抱いてやったものだな。


 ふと昔を思い出した。生きていれば幾つになったか、数えようとして止める。ところどころにエスコーラの護衛らしき男が立っていた。


 ――ゴメスには苦労をかけるな、エーンと相通ずるところがあるらしい。


 職務よりは使命感が優先されるようで、四六時中指揮を執っていた。それでいてエスコーラの主軸から外れているのだから、島も理解が進む。


「おや可愛らしいお子さんだ」


 老紳士が話し掛けてくる。杖をついてベンチの反対隣に腰を下ろした。


「ありがとうございます。こんな小さいのが確り育つものかと不安です」


「はっはっはっ。私も初めはそう思いましたよ、男は大抵そうなのかも知れませんね」


 不思議な生き物との感覚は共通しているらしく、そうだったと頷いている。そして妻が買い物中だと笑いながら漏らす。


 ――何十年か先に俺もこうなっていそうだ。


 他愛もない雑談、平日昼下がりにゆるりとそんなことをしている者は少ない。


「困ったら年寄りを頼りなされ。世に悪人はそういないよ」


「はい、そうさせていただきます」


 ――悪人は居ないか。俺はそんな台詞をいつになったら言えるものかね。


 外は明るいがどれだけ時間が経ったやら。ロサ=マリアが目をさまして泣き始めてしまった。あやしたりはしてみるものの、どうにも泣き止まない。


 ――さてはオムツだな。かといって俺が持っているわけでもないし、参ったな。


 悩んでいるとベビーカーを押した若い女性が「良ければお使いください」紙オムツを分けてくれた。


「ご親切に申し訳ない。妻が戻らなくて」


「お気遣いなく」


 そう言うと女性はにこやかに去っていった。


 ――なるほど善人が圧倒的多数なのは解った。


 トイレにつれて行き慣れない手つきで何とか解決する。不謹慎だが戦争をしていた方がまだ気が落ち着く等と感じてしまった。


「おいどこに行ってたんだ、探したぞ」


 荷物片手にレティシアが声を掛けてきた。


「オムツ交換に手間取ってね。手足が簡単に折れるんじゃないかと気が気じゃなかった」


 情けない言い訳を聞いて彼女は笑顔を浮かべた。


「慣れるまでやればいいさ。機会は幾らでもあるからな」


 荷物を持てと言われ娘と交換した。やはり母親が良いらしく、すっかりご機嫌になる。


 ――慣れるものか? ま、やるだけやってみよう。


「じゃあ帰るとするか」


「車まで荷物を持ってきたらそれで良いぞ」


「と、言うと?」


 その後に何か予定があったろうかと首を傾げる。そんな態度に対して、彼女は冷たくいい放った。


「家まで二時間もあれば着くだろ、走るんだよ」


 ――いやはや手厳しい。だが愛情からの言葉だと受け取ろう。


「着替えを用意して待っていてくれ」


 誰のためでもない自分のためだと、ダイエットを今から始めることに素直に同意した。明日に伸ばして成功した試しは少なかろう。


「二時間を越えたら追加で走らせる、遅れるんじゃないよ」


 グロックばりの無茶を後からつけてくる、久し振りにしてやられた島であった。


 軽いストレッチをしてから走り出す。息を切らしながらも二時間ぎりぎりで何とか到着した、これを速いとみるか遅いとみるか、本人次第であろう。


 ご近所様に挨拶をしながら走り続ける姿を遠くから見ている者が居た。戦場ならいざ知らず、日常ではそれに気付けと言う方が酷だろう。

 身の回りに何かが迫ってきている、だが島の直感はそれを察知しない。現場組としての折り返しがやってきた、そう判断するのに数日を要することになった。



 自宅の地下には海に繋がる船着き場があった。岸壁の洞窟の上に家を建てたのが先ではあったらしいが。

 少しばかり岩場をくり貫いて道をつけたのが、いまから五十年以上も前で存在すら忘れ去られていた。老夫婦から話を聞いた島が手入れをして、現在はボートが係留されている。


「近々マルカに行くことになった。シャティガドゥド委員長に呼ばれてね」


 自由区域の拡張計画があるらしく、その話し合いに参加して欲しいというのが目的だ。


「オリヴィエラに一報入れておこう。ジョビンを迎えに出すようにな」


 ――マフィアの幹部が出迎えでは些かこまりものだな。だが好意は受け取っておくとするか。


「一人で行けるさ。サルミエ位は連れていくしな」


 事務を代行させるために誰かしら必要なので、無難な名前をだした。とはいえソマリアである、危険はついて回る。


「忘れるな、気の緩みは破滅の序章だってことをな」


 ――永年犯罪者として警戒をしてきたんだ、俺より遥かに保身に優れているのは疑いようもない。


「済まん、俺が甘かった。手配を頼む」


「そうやって聞く耳を持つのが賢い態度だ。だがお前の意志はそれ以上に大切なことなのも覚えておけ」

 有り難い説教を頂いてしまう。他人は何かしら自らより優れたところが必ずある、そう思えば腹立たしいことも身になるものだ。


「俺は簡単には死なん。自ら死を選ぶことは絶対に無い。そう知っていてくれ」


 真面目な顔で目を見てそう告げる、永遠の別れでもなかろうにと笑うことはなかった。


「絶対に忘れない。あたしより先に死んだら許さないよ!」


 互いの意思を確認する、二人は笑わない。心底真面目に語らっていたのだ。



 母子が空港に見送りにやってきている。マルカに出立するためで、サルミエ大尉が久し振りに姿を現した。


「おうサルミエ、調子はどうだ」


「絶好調ですボス。皆も訓練に打ち込み問題は見られません」


 いつしか副官のポジションがしっくりくるようになった彼だが、周りの反応としては何故だか今一つのままである。元々司令官副官では働きの結果がわかりづらい部分があった。


「こいつのこと頼んだよ。最近弛んでるんだ、ビシッときつく言ってやれ。いいかい、あたしが許す!」


「お任せください。耳が痛いことを言うのも自分の仕事です。更には奥方の許しまであれば、ボスも悔い改めるしかないでしょう」


 軍服のサイズが合わなくなって新調しておけと言われたのは最近である。体を軍服に合わせる、昔ならそう考えていたはずなのだ。


「わかっているさ、全て俺が悪い」


 諦めは肝心だと降伏してしまう。このように島を気にしてくれる事実、そちらを有り難く受け入れるべきだと再三頷いた。


「現地での手配は諸々済んでおります、帰着は六日後の予定で」


 会議の他にラ=マルカにも、港湾の組合にも顔を出さねばならなかった。それぞれにどれだけ時間が掛かるかはわからないので、予備として二日も余計にみている。


 ――他にやることもないし二日前後したからと何の心配も要らん。


「任せた。じゃあ行ってくる」


 妻子に口付けをしてゲートを潜った。毎日のようにそうしていた日々は過去にどれほどあっただろうか。サルミエも一礼して後を追う。

 座席についたところで今後の目安にと幾つか確認をしておくことにする。


「ボス、三日月島の方針ですが、いかがいたしましょう?」


 ――海賊を排除するための外堀を埋めねばならんな。


「これが終わったらベトナムへ行こう。当局の不干渉を取りにいく」


 協力は無理だろうと見ているので、せめて敵対しないように中立を約束させようと考えておく。それとていつ反故にされるかわかったものではないが、それでもやらねばならない部分はあった。


「野党の有力者にもコンタクトを取ってみてはいかがでしょうか?」


 国内の反対勢力、そこへ手がかりをつけておけばいざという時に役に立つこともある。保険の一種だろう。


「アロヨ警視監の助言を得ておこう。フィリピンとして繋がりが欲しい者も居るかも知れないからな」


 出撃拠点の都合からあまり迷惑もかけられないので、可能な部分では彼の意思を盛り込むことで合意していた。もっとも現在のところほぼ全てが同じ軸だったので不都合は無い。


「国連の理事会でニカラグアへの介入が取りざたされているようです。アメリカがこれを否定しているようですが、ロシアと中国の提言で事態の掘り下げが叫ばれています」


「参ったな、だがあの国連という組織は実効力がない。ロシアの嫌がらせは警戒すべきだろうな」


 いずれにせよ拒否権がある限り、常任理事国が不利になるような案件は全て廃案にされてしまう。弊害である。だからとこれが変更されることはおそらく無い。


「パストラ大統領が内戦の詳細を隠蔽するのに苦労しているとか」


 ――それはどうしよもない、閣下に尽力してもらうしかないからな。


 空軍の侵犯あたりは屁でもない、隣国からの物資流通でもない。最大の不都合は誰でもない島の存在であるのだ。アメリカ軍に在籍していたという部分、これが一番炎上をおこしそうな箇所であった。


 イーリヤ少将、それが何者なのか。ニカラグアで突如国籍を得ているが、帰化したわけでも出生したわけでもない。忽然と存在しだしたのだ。それがオヤングレン政権が発足した前後なのが、アメリカの影をちらつかせている。

 窓から外を眺める。陸地に沿って航路をとっているのだが、どうにも地形に見覚えが無い。


「サルミエ、ここはどのあたりだろう?」


「モガディッシュを過ぎてかなり経過したと思われますが」


 はっきりと答えることは流石に出来なかったが、経過時間とアフリカの角を見かけた時間で大雑把な位置を想定する。


 ――いつ着陸態勢に入るんだ?


 そう思ってからややして、ようやく徐々に高度を下げると、名前もわからない空港へと近づいていく。別にハイジャックされたような騒ぎも無く、乗員も乗客も平常であった。アナウンスも特に無く、滑走路に向けて減速を始める。


「何処の空港だここは?」


「ソマリアなのは確かですが……」


 着陸停止し後列から順番に機を降りていく、まるで初めからここが目的地であったかのように。仕方なく一緒になって階段を下るが、景色が寂しい場所との感想を抱いた。


 他の客が荷物を取りに一箇所に固まる、サルミエがそれに混じって回収しようとする。


 ――エスコーラのやつ等も居ないな。


 荷物待ちしているうちに警備の一団らしき者がぞろぞろとやってきた。キョロキョロと誰かを探し、島に向かって歩いてくる。


「えー、イーリヤ氏でしょうか?」


 人違いを避けるようにやや慎重に本人確認を行おうとする。殺意や敵意などは特に感じられなかった。


「ええ、あなたがたは?」


 異変を感じとってサルミエが足早に隣に戻ってくる。面々を見て怪訝な表情を浮かべる。


「ソマリア連邦の空港職員、警備員でして。ルンオスキエ・イーリヤさんをターミナルへお招きしろと命が御座いまして」


「ここの空港名はなんでしょう?」


 隣から割り込んで少しでも情報を事前に得ておこうとする。


「ブラヴァ空港ですが?」


 ――なんだって!


 警備の職員は別に悪意があるわけでもなさそうで、ただの仕事として案内をしようとしているのが解った。


「サルミエ、一報入れておけ」


「ヴァヤ」


 彼等にわからないようにスペイン語でそう指示し、なるべくゆっくりと歩くことにするのであった。


 ターミナルビルへ入ると軍兵を少数だけ連れた中年が待っていた。こちらからも特に殺意は感じられない。


 ――何なんだ一体?


「ボス、不通です」


 サルミエが首を横に振った。ソマリア軍中将章を輝かせているものだから、その軍服と階級に敬意を表し、島が敬礼した。


「イーリヤ退役少将です」


 少しばかり意外な顔をして敬礼で返す。


「ソマリア軍フェデグディ中将だ。突然で悪いが貴官は捕虜になった」


「自分はソマリアと争ってはいないですが、何かの間違いではありませんか」


 間違いでそんなことは言わないのを承知で抗議をする。したからと結果が変わることもない、それでも黙って捕まるのは癪なので口にした。


「ふむ。ではこう言い直そうか、イスラムのソマリアの捕虜になったと。だが心配はない、貴官を害するつもりはないのだ」


 ――交渉の札にするつもりか。


「自分に選択肢はなさそうですね。外部との連絡は?」


「制限する。暮すに不自由はさせない、それは約束しよう」


「サルミエ大尉、どうやら予定をオーバーしそうだ」


「自分もボスと共に在ります、気長に待ちましょう」


 一団はターミナルビルに横付けしてあるジープで何処かへと消えて行くのであった。



 ロサ=マリアが寝たのでテラスから外を眺める。地中海の風景がどこまでも広がっていた。


 ――あたしは今、幸せだ。


 スイスに居るときから幾度となくそう感じていた。ニカラグアで島が戦争に身を投じていた時も、奴ならば心配要らないと思っていたものである。


 ――なんだ、エスコーラの奴らか?


 沖からモーターボートが近付いてくるのが目に入った。ふと丘を見てみると、見覚えがない車が幾つかやって来る。


 ――これは敵だ! ロサ=マリアを連れて逃げるぞ。


 すぐにゴメスが事態を察知して救援に来るのは解っていたが、運転手一人だけの手駒では遅れを取りかねない。

 隣の部屋の娘をタオルケットでくるんで紐で結ぶ。取るものも取らずに直ぐ様地下室への扉を開いて駆け込んだ。


 家の周りがマシンガンを持った男達に囲まれてしまう。発砲音は七・六二ミリだった。運転手が先制して攻撃したようだ。あちこちで銃撃音が響き、ついにはマシンガンのものしか聞こえなくなってしまう。


 レティシアは石の階段を一歩ずつ滑らないように降りて行くと、電動ボートに乗り込んだ。妙な何かが後方に鎮座している。


「さあ行くよ」


 エンジン音が一切しないので、洞窟から出るまで誰もその存在に気付かなかった。マシンガン集団の一人がボートを見付け、イタリア語で「居たぞ、追うんだ!」叫ぶ。


 ――マシンガンに地中海、イタリア語ときたらマフィアか。彼奴がシシリーのと込み合った話を昔に聞いたことがあったな。


 電動ボートの足は速いとは言えない。エンジン音が徐々に迫ってくる。射程には中々収まらないのは解っていても時間の問題だ。


 ――泳ぐより百倍マシだ!


 何かのエンジンを点火する、白い排気を出し始めて軽やかに連続音をたてた。座席に座るとベルトを緩めに縛る。椅子に縦長の棒がついていて、その先にはプロペラがくっついていた。


 追跡するボートが威嚇で射撃を繰り返した。彼等は信じられない何かを目撃する。


「な、なんだあれは!」


 指さして空を見上げる、何かが舞い上がって行くのだ。


「はっはっはっ、アホ面並べて唖然としてやがる!」


 スロットルを絞り上空数百メートルへと飛んでいった。海から陸の側へと方向を変え、完全に追跡を振り切ってしまう。

 ジャイロコプター。個人用の簡易ヘリコプターと言えば解りやすいだろうか。


「お、ありゃゴメスだね。全滅は決まったようなものか」


 問答無用で襲撃者に攻撃を加え始める。そこが法治国家の一部であることなどお構いなしに。


 ――どれだ、あのビルだったか。


 飛行距離などさして長くはない、予め決めてあった逃亡先のヘリポートに着陸する。そこはビルまるごとがエスコーラの物で、住人はゴメス直下の部下で固められていた。


「ドン・プロフェソーラ!」


 誰が勝手に着陸したかと出てみたら、なんと口もきけないだろうドンのお出ましではないか。


「ゴメスはどこだ」


「ボスは邸宅へと向かいました」


「引き返させろ」


「はい、すぐに!」


 ビルの中に入り込み、本来ゴメスが座るべき場所にドカッと腰を下ろす。あまりに風格が違ったので部下も緊張してしまう。


 急報を受けてゴメスがビルに戻ってくる。


「ドン、ご無事で」


「おう。マフィアはどうした」


「全滅させました。二人はまだ息があります、背後関係を吐かせてから晒します」


 当然だろうとの顔で返事をした。敵対者に一切の情をかけはしない。


「殺すつもりなら家にロケットをブチ込むだろうから、あたしに用があったんだろう」


 無論友好的な何かな訳がない。そして相手が誰か解って仕掛けてきたのだ、これだけで終わりのはずもない。


「拠点を遷します。何か邸宅から持ってくるものがあれば取りに行かせますが」


「彼奴の軍服や勲章の類いを。他は無い」


「シ」


 部下に命じて回収に向かわせると同時に、防弾ベンツを複数用意させる。レティシアをそれに乗せ、従兄弟に指揮を執らせた。


「お前はどうするんだ」


「どこのどいつか知りませんが、一発やり返してから向かいます」


 やられっぱなしで逃げたとあっては面子に関わる、そう言って残ると告げた。


「合流先で待ってる、すぐに来いよ」


「シ ドン・プロフェソーラ!」



 百キロ近くを移動して山間の農場に入る。偽装されたそれは一般的な果樹園に見えるが、実際は要塞のようなものであった。

 場所を任されていた奴がゴメスファミリーのカーポがやって来て驚き、ドンの来訪だと告げられ腰を抜かした。


「一応ラズロウにも知らせておけよ」


 彼女が命じたのはそれだけで、あとはゴメスの従兄弟に任せてしまう。考え直し手伝いの女を一人要求した。

 ロサ=マリアの世話をするために部屋に篭る。近所の老婆がやってきて身の回りの雑用を引き受けてくれた。農場の持ち主の親戚である。


 待つこと数時間、ヘリコプターでゴメスが合流してきた。


「ドン、敵はシシリーノストラファミリーの枝です」


「首尾は」


「そのボスの自宅を爆破して拠点三つを炎上させてきました」


 マフィアの中のマフィア、そう呼ばれてどれだけが経ったか。世界に枝組織があるが基本はファミリーごとの勢力である。


「動機はなんだったんだ」


「それが、捕らえろと言われただけのようで。現在拷問にかけている最中です」


 ――あたしを人質に? だったらどっかの金持ち相手にしたほうが賢い。目的はあたしを出しにして、別のところにある。


 自身が人質として有効な相手、エスコーラ以外では夫しかない。


「ラズロウからは?」


 ゴメスが従兄弟に視線を移すと「異常はないとだけ」簡潔に答えた。


「他のボスにも確認してみます」


 時間の都合はあっても三十分掛からずに全組織で、そこまで大きな争いを抱えていないと答えが出てきた。


「サルミエ大尉に連絡してみるんだ」


 連絡係に直接命じる。だが各種の通信機が一切繋がらない。


「彼奴のはどうだ?」


「繋がりません」


 ――そこが原因か!


「オリヴィエラを」


 マルカに居る奴をコールさせる。


「彼奴は着いているか?」

「ドン、それが便が空港に入ってこないままです。どうやらブラヴァあたりに着陸したようで」

「なんだって! お前は全力で捜索するんだ」

「シ ドン・プロフェソーラ」


 情勢が動いているのを確認した彼女は、島に最も詳しい男にも連絡をとることにした。


「あたしだ」

「奥方、どう致しました」

「彼奴がブラヴァ空港辺りで行方不明になった」

「何ですって! ソマリアで……すぐに現地入します」

「サルミエ大尉も一緒だ。あちらへはオリヴィエラを向かわせている」

「解りました。大佐には自分から連絡します」


 通話を終了させる。まずは何が起きているかを確認しなければならない。


「ゴメス、エーンとの連絡は任せるぞ」


「解りました。ですがシシリーのが何故ソマリアと手を?」


 自分が知らない情報があれば教えて欲しいと、敢えてそう口にした。


「敵の敵は味方ってことだろ。どちらも彼奴にやられっぱなしって話だ」


 ――あたしを人質にして、彼奴も捕まえて? 何を企んでいるやら。どちらにしても生きているのを後悔するような目にあわせてやる。


 復讐心に燃える彼女は久方振りに血が沸いてくるのが心地好かった。平和を求めはしても、生きてきた道がどうだったかは変わらない。


「ドン、コンソルテがソマリア軍の捕虜になったと消息筋から話が」


 確定まではもう少し時間が掛かるが、大分裏が見えてきたレティシアであった。



 フィリピン三日月島。アロヨ大統領の縁続きであるアロヨ警視監の好意で、クァトロが拠点を構えている。規模はかなり大きくなり、常備だけで二百人近くにまでなっていた。

 マリー少佐を司令に戴き、陸上・水上の部隊を抱えており、外局に情報部を置いている。


「やることはやった。そろそろ海賊退治の指示がくるはずだ、下調べは済んでいるな」


「調査済です。遠洋にでも行かれない限り、逃がしはしません」


 本来突撃任務に適性があったはずのブッフバルト大尉だが、あまりにも先頭で乗り込む癖が抜けずに、副官としてロマノフスキー大佐の傍に在るようになっていた。義務感が強すぎる、そんな見立てを島に告げられてもいた。


 ――ちょっと根回しとやらを代理でやっておくとするか。俺も役目が変わりつつある。


 内戦ではまだ幾つか実務を担当したが、いよいよ島の担当が君臨するのみとなってきた。ならば自身が全てを整合させなければならなくなる。


「アロヨ閣下にアポをとってくれ」


「ヤー」


 大尉が退室すると、入れ替わりでマリー少佐がやってきた。今や実戦部隊のトップとして、尊敬を一身に受ける若者である。バスター大尉らの後発組も、レオンやマナグアでの実績を聞いて完全に心酔していた。


「いやぁ、争いがあればあった、無ければ無いでどうして書類が山になるのでしょう?」


 デスクワークは苦手だと愚痴りに来たらしい。用件が別にあるのはさておきネタに乗る。


「知らんのか? 小憎たらしい将校を困らせるためにあるんだぞ」


 遥か昔に島にも言った台詞を思い出しながらにやつく。その点でブッフバルト大尉は苦にはならないらしい。


「一生ものでしたか、いやはや残念。時に入隊希望者に日本人が居たのですが」


「誰だ、一ノ瀬か、それとも御子柴か?」


 それ以外では全く記憶になかった。一般入隊など皆無なので彼の情報能力云々ではない。


「それが石橋なのですが、部隊の先任らも知らないようでして」


 ――ボスの親戚? いや、誰一人としてクァトロは知らないはずだ。確認してみるか。


「俺も知らんな。ちょっくらボスに聞いてみるとしよう」


 たまに声くらい耳にして置かねばな、笑いを浮かべてデスクの電話を使う。だが心当たりに掛けてもコールすらしない。


 ――おかしいな、自宅はどうだ。


 邸宅の番号を鳴らす、だがコールはしても誰も出ない。次いでサルミエ大尉を呼び出そうとするがやはり繋がらない。


「おかしい、全く繋がらん。サルミエもだ」


「大尉はボスとマルカに行くと言ってましたが」


 そこへ出ていったばかりのブッフバルト大尉が慌てて戻ってくる。


「大佐、エーン少佐から連絡が。一番です」


 保留になっている電話回線を拾う。レバノンからだろういつもの声が聞こえた。


「エーン少佐です」

「おう、どうした」

「閣下がブラヴァで行方不明になっております。奥方からの情報で」

「何だと、マルカではなく?」

「詳細は現在エスコーラが調べております。自分は即刻現地に入ります」

「解った。コロラドを大至急送る、ド=ラ=クロワ大佐にも連絡を取る。ついたら教えろ」

「ダコール」


 漏れてきた言葉で非常事態が起きていることを知った。


「ボスがブラヴァで行方不明になった。すぐにコロラド先任上級曹長を派遣するんだ」


「ヤー」


 ブッフバルトに一任する。頭の中では最悪を想定し始めた。


「ファンダメンタリストの巣窟です。自分は先発とマルカに向かいます」


「チャーター機を使え、後続はヌル中尉にやらせる。マルカへの連絡は俺がしておく、すぐに出ろ」


「ダコール!」


 ――エスコーラから情報を仕入れなければならんな。連邦政府の嫌がらせではなさそうだ。


 海賊退治の計画を即座に凍結させて、全員に待機命令を発する。どう考えても自ら黙ってブラヴァに乗り込む理由などなかった。ならば謀略に陥れられたのが妥当だろう。元よりブラックリストに名を連ねていた、何の不思議もない。

 エスコーラの秘密回線、世界のどこに居ても転送で繋がる番号に掛ける。使うこと自体が緊急なので、誰と問われることなく誰か幹部にと電話が回された。数十秒待たされ保留音が途切れる。



 農場に置かれた拠点にひっきりなしに連絡が入る。細かな情報でもすぐに本部に渡すようにと厳命されているからだ。


「ボス、秘密回線からです」


「俺に寄越せ」


 ゴメスが携帯を受け取り耳に運ぶ。


「俺だ」

「クァトロのロマノフスキー大佐だ、お前は」

「エスコーラのゴメスだ」

「ボス・ゴメス。プロフェソーラに代わって貰えないだろうか」

「解った、少し待て」


 どうするかはドンが決めることだと、彼女に問い掛ける。すると電話を寄越せと言うので従った。


「あたしだ」

「ロマノフスキーだ。閣下のことを聞いた、こちらにも情報を流して欲しい」

「エーンに渡すようにとさせてるよ。飛行機ごとブラヴァに引っ張られたようだ、ソマリア軍に捕まったと未確認情報がある」

「ブラヴァのソマリア軍はイスラム軍と同義だ。マルカに部隊を上陸させるのに三日は掛かる、先発は数時間で乗り込む手筈だ」

「癪に触るけどアメリカやニカラグアの外交筋から働きかけ出来ないか?」

「俺がやってみる。この回線は切らずに置いといてくれ」

「わかった」


 部下を一人呼びつけ、何か連絡があり次第教えるように携帯を握らせる。


「クァトロの奴等が動く。あたしも近くに本部を移すとしよう」


「どちらに向かいましょう」


 マルカのオリヴィエラが妥当なところだろうと、半ば答えを解っていながらに尋ねる。


「マルカだ。だがその前にルワンダに寄る」


 何故ルワンダなのか、少し考える。人だろうと当たりをつけて話を進めた。


「オリヴィエラに受け入れ準備を手配させます。すぐにルワンダ行きの用意を」


 農場は従兄弟に任せて本部移設後に引き上げさせるつもりだ。シシリーの連中から逃げたと思われるのは腹立たしいが、優先すべきを取り違えたりはしない。

 全ては仮定の元に進めているが、どうにも最悪が現実になりそうだとの空気が流れる。


「彼奴はどんな苦境でも乗り越えてきたんだ、今回だってそうだろ」


「コンソルテならば心配は御座いません」


 長いこと付き従ってきたゴメスが初めてレティシアの弱気を見た。一種の衝撃が心中に走り、次いで謎の怒りがこみ上げてくるのだった。



 ルワンダの地に降り立つ。すると待っていたかのように連絡が入る。


「ロマノフスキーだ」

「あたしだよ。今ルワンダについた」

「うむ。アメリカとニカラグアだが、現在折衝中だ。マリーらがマルカに入った」

「そうか、ちょっと待て」


 ゴメスにも連絡が入り、同時に隣で情報が行き交う。


「ドン、コンソルテはソマリア軍捕虜になりました。声明を出したのはフェデグディ中将です」


「捕虜だ? わかった。おいギカラン、うちの奴は捕虜になったらしいぞ、フェデグディ中将が犯人だ」

「ほぅ、こいつは妙な話だ。だが下手人が名乗り出てくれたお陰でやりやすくなる。待てこちらにも連絡が――」


 慌ただしく情報の三角貿易が行われる。二人とその他の形で。


「アメリカとニカラグアは少将を助けるために表だって動けないそうだ」


 国連で無関係を再三主張している最中なので、助力は困難と回答があった。


「はっ、使うだけ使って最後はポイ捨てかい!」


「ん……レバノンは近く大統領選挙があり、外国に干渉するのを禁じられたそうだ」


 パラグアイでは大統領夫人が肩を怒らせて、助けなど言語道断だと息巻いている。


 口には出さなかったがR4も今や無関係の島に積極的に手を貸すのは、取締役会議で否決されてしまった。


「よーく解った。どいつもこいつも借りは作っても返す気がないってね。あたしゃ世界を敵に回しても奴を取り戻すよ!」

「俺もだ。そう誓ったからな」

「ならソマリアと戦争だ! シャティガドゥドとやらはどうなんだ」

「彼は友人だ、マルカを上げて支援を約束してくれた」

「向こうで落ち合おう」

「おう、国家の主権など糞喰らえ!」


 電話を終えてゴメスが命令を待つ。ブラジルに繋げと言うとすぐに手にしていた携帯を差し出す。


「ドン、ラズロウです」

「よく聞けラズロウ、エスコーラはこれより戦争状態に入る。お前が総指揮を執れ」

「シ」

「敵はソマリアのブラヴァ、彼奴を奪い返す。あたしのモノに手を出したのを後悔させてやりな!」

「仰せの通りに、ミ ドン・レイナ・ブラジリア!」


 彼女の下についてから、そう呼んだのは二回目であった。ブラジル女王閣下。世界に勢力を拡げ、いよいよ正念場を迎えることになる。


 所在を掴むためにルワンダ大統領府に連絡を入れるだけ入れていた。だが入り口で足止めされてしまう。


「フロア責任者を連れてこい」


 そう命令し、やってきた責任者に札束をぶつける。


「カガメ大統領に至急面会だ、レティシア・イーリヤだと伝えろ」


「は、はい、イーリヤ様」


 それだけ伝えたら仕事を辞めて外国で暮らそうと、札束を大切そうに懐にしまいこみ、緊急事態だと大統領に捩じ込んだ。その後に彼女が執務室に入るのを確かめると、黙ってそそくさと帰宅してしまう。

 イーリヤ氏と言うから島かと思っていたら、その妻だったので早とちりを認める。


「やあ奥さんでしたか、いかがいたしました」


 にこやかに挨拶をして、大統領が一個人の話を聞こうとする。


「旦那がソマリア軍に拐われた。鉄砲玉を買いにきた」


「何と彼が? それはお困りでしょう。してその弾丸ですが――」


「一発一万ドル出す」


 際どい会話を全く怖じずに一方的に進める。鉛弾ではないのは初めからわかっていた。


「軍人である必要は?」


「無い。だがイスラム教徒はお断りだ」


 人身売買とは言えないが、それに近い形の違法取引なのは、恐らく世界共通だろう。それを大統領がやるのだからたまったものではない。


「すぐにと言うなら二十人位は、数日あれば幾らでも志願するでしょう」


「先発で二十人、後発で百人、ソマリアへの出入国手続きまでそちらで責任を持て。行き先はマルカだ」


 百二十万ドル、それだけの外貨不足を解決出来るなら、ルワンダでなら親でも売るのは容易に想像できた。


「相変わらず元気なお方だ。もし彼が承知するなら、ルワンダは将軍の亡命を受け入れる用意がある。何なら国防軍の司令官に迎えるよ」


「そいつは彼奴に直接聞いてくれ。恩知らず共を罵るときにあんたは外しとく」


「そうしていただけますかな。税関にフリーで出国出来るように伝えておきます、これはサービスで」


 鉄砲玉の管理はゴメスに任せたと、早々に大統領府を立ち去る。大商人も驚く手際で商談が成立した。


「ゴメス、武器弾薬をかき集めるよ。チャーター機を用意しな」


「はっ。してそれは何処から?」


「次はルワンダ軍基地に行くよ」


 駐屯地は車で二十分と掛からない場所にあった。何せ国土が狭い上に、都市部が点々としかないので、全てが近間にある。

 正面から堂々と乗り込み、差し止める歩哨に「カガメ大統領の使いだ」大胆な嘘をついて押し通る。確認してもきっと大統領は肯定するだろうが。駐屯地司令官が現れ誰が来たのかと見る。


「あたしはプロフェソーラ、イーリヤ将軍の妻だ。武器弾薬を買いにきた」


「あのイーリヤさんの。ですが軍で装備は販売しておりません」


 懐から小切手を取り出してサラサラと書き込むと、それを司令官の目の前に突きつけた。


「カガメ大統領は税関フリーを確約した。あんたがこいつを受け取らないなら、司令官を交代するよう連絡する」


 どんな脅迫だろうか、解任か大儲けかを選べと大統領から呼び掛けられたとは。


「ルワンダ軍は大統領閣下の命に従います。お好きな物をお持ち帰り下さい」


 すっかり商人の顔付きになり、ゴメスを呆れさせる。普段は大した金を使うことがない彼女だが、ケチなのではなく単に使いどころを知っていただけと再確認することになった。


「ゴメス、適当に選んでおけ」


 こんなやり方が通るのは毎度のことながら驚きである。彼女だからこそ上手く行っているのは間違いない。他の誰かがやれば無視されるか投獄される。


「アルバイトをしないか、ちょっとばかり戦争するだけだ」


「そ、それは一体……」


 司令官が冷や汗を流す。どこまで返事をして良いのかたじたじだ。


「自爆させる手駒は揃えた、お前らは敵と戦い勝てば良いだけだ。うちの奴等は攻めは良くても守りには不馴れでね」


 反論しようにもマフィアに先手を打たれたばかりでゴメスは俯くしかない。司令官は部下から志願者百人を提供することでどうかと打診した。


「年棒は幾らだった」


「平均したら五百ドル程度でして」


 少し上乗せして利益確保に走る。三百あたりが関の山なのだ。


「一人一日百ドルだ」


「い、一日百ドル!」


 完全に目が点になってしまうが、一つ条件を加える。


「兵は要らん、将校下士官で固めろ。出来るな」


「はい、お任せ下さい! ソマリア駐屯司令官は知己です、現地の奴等も幾らかお雇いになりませんか?」


 ついには司令官から売り込んでくる始末である。


 ――現地情報に明るいなら買いだ。


「そっちも同額だす。お前らの手取は別口で五パーセント出してやる、追加は出来るね」


「喜んで! いつでもご連絡下さい、プロフェソーラ」


「装備をつけてマルカに着任させろ。四十八時間以内だ」


 連絡先を確保しておけ、ゴメスに丸投げして次を考える。


 ――コーサノストラの奴等はどこからはみ出たんだ? 金だけで使われることはないだろ、宗教でもない。裏で糸を引いているのが誰かを探る手だてだ。


 駐屯地から軍用車で空港隣のホテルにやってくる。娘が居るからだ。暫くは安全な場所に避難させるつもりだが、何処が適切か浮かばなかった。

 抱きながらどうしたものかと考えていたら、老婆が祖父母はどうかと尋ねてきた。


 ――だがそうはいかんのさ。いや待てよ、レバノンの彼奴ならどうだ? 介入は出来ずとも子守は断るまい。


「ゴメス、マルカに入る前にレバノンに行くよ。悔しいがロサ=マリアを避難させる」


「畏まりました。ハラウィ中将に連絡します」


 ベイルート空港、島と訪れて以来の風景に感情を抱く間も無くタクシーに乗り込む。


「総司令部だ」


 ゴメスが代わりに告げる。レティシアの子分の多くがマルチリンガルなので、世界のどこにいこうと言葉には滅多に困らない。その中でも直下の幹部は特に語学能力が高かった。それにしたってプレトリアス連中には敵わない。

 LAF総司令部はいつもと変わらぬ佇まいで、門衛が二人立っている。レティシアが階段を登り告げる。


「ハラウィ中将に会いに来た、プロフェソーラだ」


「聞いております、どうぞお入り下さい」


 娘が来るからと聞かされていたが、全くの別人種なのに疑問を持つ。しかし曹長が現れ招き入れたのですっかり忘れてしまう。

 最奥の部屋にまで案内する、エレベーターを使って。そこには二人の男性が待っていた。


「義姉さん……」


「良く来た義娘よ。龍之介の話は聞かせてもらった」


 自由に動けない我が身を呪う、そう漏らした。国家の重鎮とはどこでも大差なく同じような制約を課されているものだ。


「彼奴を奪い返す間、ロサ=マリアの面倒を見てもらいたい」


 呟きには反応せずに不躾に用件を切り出した。その態度に怒ることもなく、ファードは頷く。


「責任を持って預からせてもらう、二人の子なら私の孫だ」


「頼んだ。ゴメス行くよ」


 ロサ=マリアに口付けし、踵を返す。ワリーフが引き止める。


「待って下さい義姉さん、俺も行きます」


 目でファードに問う。彼は小さく首を縦に振った。


「行ったらもう表舞台には戻れないよ、いいのかいそれで」


「構いません。義兄の窮地を見過ごす位ならば、一生地に潜っているのを選びます」


「ふん、ついといでワリーフ」


 意思を認めて彼を連れ部屋を出る。外でリュカ曹長が待っていた。


「自分も着いていきます、ご許可を」


 レティシアがワリーフを見る、好きにしろとの態度で。


「済まん苦労を掛ける、至らぬ俺を支えてくれ」


「好きでやっているんです、お気になさらずに」


 笑顔で応じる。リュカ曹長も仕えるべき上官に頼られ、満更でもなかった。



 小規模な滑走路を備えた地方空港。ジャンボジェットは延長が足りないため離発着出来ないが、中型は腕前次第で利用できた。貨物は医療品など緊急性が高いものであったり、精密器機や貴金属、基本は人間を運ぶ目的で設置されている。


 チャーター機で乗り入れる外国人を、わざわざマルカ委員長が出迎えに来ていた。それだけではなく柄の悪そうな奴等と、軍服を着たもの、事務員まで含めてやたらと沢山の顔が並んでいる。

 取り付け階段をゆっくりとレティシアが降りる。すぐ後ろにはゴメスが鋭い視線を飛ばしながら従っていた。


「マルカ委員長シャティガドゥドです、ミズ・レヴァンティン」


「エスコーラのプロフェソーラで呼んで欲しい。彼奴を取り戻したら改めて挨拶するよ」


 燃えるような瞳の彼女に「プロフェソーラ、マルカは貴女方を歓迎致します」そう宣言して場を譲った。


「ラズロウ!」


 黒いスーツを身に付けた集団から一人が前に出る。彼女直下の部下、子分は十数人のみしか居ない。それらがそれぞれに部下を抱えていた。末端の構成員はプロフェソーラの名前すら知らない者も居るほどに膨れ上がっている。


「ここに」


「全力で敵を叩き潰せ、手段は問わん。ゴメスを補佐につける」


 護衛であるゴメスを初めて手放す。ルワンダやシシリーの件もあり、ラズロウも状況を把握するために必要なのだ。


「畏まりました。護衛を別につけます」


「ああ、ゴメスの替わりに義弟を傍に置く。ワリーフ」


 ゴメスの後ろに居た彼を近くに呼び寄せる。顔見せの意味も含んでいた。


「元レバノン大統領警護隊司令ワリーフ・ハラウィ少佐です。義姉さんの護衛はお任せを」


「エスコーラのボス・ラズロウだ。部下を預けるので好きに使ってくれ、弾除けの壁にしても構わん」


 全滅してもプロフェソーラが無事なら良いと強調した。


「解りました。義兄の奪還お願いします」


「エスコーラから強奪をして、敵が無事だったとあれば我等の名折れだ。討滅の上で必ず奪い返す」


 かなり荒っぽい仕事になると薄っすらと笑みを浮かべた。きっと誰かを闇に葬り去る時もこのように笑うのだろう。


 彼女は次に軍服の集団に体を振り向ける。そこには顔馴染みの奴等が幾人か並んでいた。


「お久し振りです。今回ばかりは何の遠慮もなくやらせてもらいますよ」


「今さらなんだい。いよいよ自分達がイリーガルな存在だとわかったか」


「さあどうでしょうね。ルールの外側を歩くのは慣れてますよ姐御」


 ロマノフスキーよろしく、やはりマリーも真剣さを持ちながらも軽口を叩く。必死を装うよりどれだけ皆の支えになるか。


「ルワンダから武器弾薬を仕入れてる、不足があれば持っていけ」


「お言葉に甘えさせて貰いましょう。先発は余りの軽装で風邪をひきそうな位でして」


 後続が来る前に一朝事起きない保証などどこにもない。明日の今ごろ天王山を迎えている可能性すらあった。


 ――捕虜にするって指令が変わる前に一気に畳み掛ける。短期間で勝負を決めるぞ。


「あたしらは軍でもなければどこぞの企業でもない。残虐な行為も止めはしない。解ってるね」


「社会として認めるわけにはいかないのでしょうが、いつも枠外で生きてるので異論はありません。まあ、ボスがよせと言うなら従いますよ」


 挑戦的な笑みで今回は枷を得ないことに同意してしまう。


 ロサ=マリアの姿がなく、何故かハラウィ少佐が同行しているので、どこを経由してきたかを悟る。


「今回はエスコーラ側だな少佐」


「ああ、義姉さんを守るのが役目だ。俺の得意分野で尽力したいと思ってる」


「攻めは任せとけ、ボスは必ず救いだす」


 二人は敬礼し固く約束した。目的のためなら全てに目を瞑り邁進すると。


「彼奴が居なくて金に困るようなら声をかけな、幾らでも出してやる」


「そうさせて貰います。装備さえあればというのはただの戦闘集団でしかないですからね」


 クァトロは違うと胸を張る、強烈な雑用係だと。


「じゃあな。ワリーフ、アジトに向かうよ」


「はい」


 黒服のオリヴィエラを案内役にして空港から離れる。周囲はかなりの範囲を警備に埋め尽くされていて、この出迎えを見ていたのは衛星からの目だけであった。

 個人が曲がりなりにも国家に喧嘩を売るのだ、本来ならやらずとも結果が知れている。ところが誰一人として戦いに負けるとは、これっぽっちも考えていないのであった。


 アジトとは言っても自由区域内にしか場所を持てないので選択範囲は狭い。その中では最高の立地を占めているのは、オリヴィエラの器量だろう。


 ――ラズロウなら域内なんてのを無視したろうけどね。


 小粒なのではなく経験が足らないだけと受け止めておく。補佐から新天地に転じてきたのだ、リスクを取るべき時ではなかった背景も強い。


「ドン、こちらへ」


 特別な設えの椅子に案内される。左手手前にはラズロウ、右手後ろにはハラウィが立っていた。

 エスコーラの幹部が一同に介したのは初めてである。自然と互いに序列を発生させた。ゴメスとオリヴィエラが左右の先頭に並び、メルドゥスやジョビンらがそれに次いだ。ダ=シルヴァは常に最下位が定位置である。


「各地の勢力維持に三席を残し、残りはマルカに集めろ。仲間内で争い事を起こす奴は消す」


 動員の規模や強度について真っ先に触れた。そして命令に従わなければ処刑されることも断言する。かつてブラジルで信用出来なかった仲間を皆殺しにしたことがあるだけに、ラズロウの言葉が脅しではないことを皆が知っていた。


「ブラヴァの奴等は大きく分けて三つの勢力に別れています」


 オリヴィエラに説明しろと視線を向けたので口を開く。


「ソマリア軍、アルシャバブ、ディギル氏族です。軍とアルシャバブが主導権を握っていて、氏族は強い者に従う姿勢を貫いてます」


 政府に類する機関のグループと、宗教に拠った広域グループの在地が競り合っていると言う。宗教側は全域の指導者になるための功績を求め、軍部は狭義の主導権を独占することで合意に達した。短い間に極めて正確な情報をかき集めたもので、レティシアも説明に納得している。


「捕虜にしたと声明を出したのは軍だった。身柄は軍施設内だとして、フェデグディ中将が死ぬとアルシャバブに移されかねないな」


 そうなれば容易く害されてしまう恐れがあった。軍が何を求めているか、それが達成されてもまた危険が増す。


「ブラヴァの要求は複数あります。国連やアフリカ連合がモガディッシュではなくブラヴァを正当な政府と認めろ、と」


 それはまず叶う見込みがない単なる妄言に過ぎないと皆が解釈した。無理な要求を並べて通したい一つを選ばせる、セオリーと言える。


「二つ目は地域発展を押し出した支援金を出せとの要求です。要求先は国連とモガディッシュ政府で、支離滅裂な主張でしょう」


 オリヴィエラが言うように、政府を認めないのにモガディッシュから支援をさせるとか、国連を指名するのは良いが人質の代価に全くならない関係でしかない。


「最後はブラヴァ独立承認の要求で、各国政府に通知しています」


 ――それならありそうな話だ。どちらも未承認な国がある。


 政府が簡単に結論を出すはずがないが、局外で無関係な取引が成立する懸念はあった。

 それにしたって正当な政府となるなら独立にはならない、何ともお粗末な話である。しかし異なる結果であっても、いずれかが成立したらそれで良い側面もあった。


「狂信者共が――」レティシアが口を開く「目を醒ますことは無い。ラズロウ、方針を上げろ」


 最早この段階で作戦を決めてしまえと回答を要求する。デスクワークが好きな参謀連中なら無理だと慌てただろうが、この道一筋でやってきた彼は違った。脳内で即座に計画を作り上げ要所を固める。


「ソマリア軍、アルシャバブのトップを残して暗殺を仕掛けます。コンソルテは、内通者に大金を掴ませ居場所を特定。救出計画と解放交渉を同時に進め、安全が確保出来次第トップも処分します」


 ――居場所が軍の要塞だとしたら、こいつらじゃ役者不足だ。専門に任せるしかないか。


「良いだろう。彼奴が軍基地深くに居るようなら、奪還はクァトロに譲る。お前は軍幹部の家族を拉致してまわれ。今回ばかりはクァトロの奴等にも言い分があるだろう」


「ドンの仰せのままに」


 一切の異見を差し挟むことなく丸飲みする。上が白いものを黒だと言えば、それは黒なのだ。ドンの直轄作戦で下手を打てば外されてしまう。幹部全員が厳しい表情を崩せない。


「ゴメス、要人暗殺を実行しろ。オリヴィエラ、お前は軍幹部の情報を集めろ、コンソルテの所在もだ。メルドゥス、ファミリーの編制と武器弾薬の配布を手配だ。ジョビン、ブラヴァへ浸透するルートをつけろ」


 それぞれが頷き役目を承知する。


「エスコーラの掟に従い、敵対者に恐怖と死を与えろ!」


「シ!」



「さて、後続が来る前に把握しておかねばな!」


 マルカから仲良く出発ではマリー少佐が先のりする意味がなかった。手勢十数人をいかに活用するかで、良くも悪くも結果が幅広くなる。


「氏族の案内があればブラヴァに入ること自体は問題ないはずです」


 個人の立場などもあるため、強固な拒否には会わないだろうとの見立てを示す。先の内戦ではあまり活躍の場が与えられなかったハマダ中尉が、部族社会の感覚を助言した。


「案内役か。即応拠点を確保するが案内とそれは別々が好ましいな」


「ドメシス少将に仲介を依頼してみては?」


 二度便宜をはかってもらい、島がソマリアに拘束された際には保護をして貰えた実績がある。見返りさえ渡せばそのくらいの働きは期待できた。


「一本はそこに道を着けておこう。もう一つはシャティガドゥド委員長の筋からだ」


 ハマダ中尉を始めとして、アサド先任上級曹長、サイード上級曹長、キラク曹長などアフリカ系の顔ばかりが並んでいる。肌の色で注目を集めるのはマリー少佐のみであった。


 ――ニカラグア国籍も多かったが、アフリカ出身もかなり居るものだな。


 エスコーラ任せばかりには出来ないと、現場のトップとして案を捻り出さねばならない。時間の経過は不利しか産み出さないのだ。


 ――何せボスの居場所だ、これを明らかにせねば全く始まらん。


「ハマダ中尉、アサド先任上級曹長、ルートの件は二人で行え」


「承知しました」


 実務についてはアサドの方がより明るいだろうから、補佐につけてやる。ちらりと時計を見てエーン少佐やコロラド先任上級曹長が何か掴んでいないかの確認を行う。

 お馴染みのイリジウム通信で、ソマリア内にいるはずのエーンをコールした。


「マリー少佐だが」

「エーン少佐だ。ブラヴァは警戒態勢に入っている」

「うむ。氏族の手引きでそちらに入る予定だが、何か進展は?」

「アルシャバブが閣下の処刑を要求しているとの話がある位だ」

「ということはまだ閣下は無事というわけか。装備を持ち込む」

「諜報を継続する」


 取り敢えずはソマリア軍に捕らえられたままのようで一安心する。複雑な話ではあるが。


 数秒目を閉じた後に次の番号を押す、そちらも簡単に繋がった。


「マリー少佐だ」

「コロラドです。報告が七つありまさぁ」

「なんだ」

 ――溜め込み過ぎは良くないぞ。

「スーダンからソマリアにムジャヒディンが十人乗り込んでる、内戦前の話で。マケンガ大佐もソマリア入りを」

「閣下はそれを?」

「知っています」

 ――俺が知っておくべき内容になったわけだ。

「続けろ」

「アルシャバブ内のタカ派がそれを使うとの噂が。マルカに外国人が多数入ってきているのがバレてます、ついでにアメリカやニカラグアが非協力的ってのも」

「そんなことまで! 耳が早い奴等だ」

 ――リアルタイムで情報を流してる奴がいるぞ。

「ボスはブラヴァ空港で警備職員に連れられていったそうで、争った形跡は無いです。内陸に向かうと耳にしたやつが」

「解った、エーン少佐がそちらに居る。急報はまわしてやるんだ」

「ヴァヤ」


 マリーは直ぐ様ハラウィ少佐に連絡をつける。空港職員が島を拉致したと、内陸に向かった話もつけ加えた。



「義姉さん、マリー少佐から情報が」


 ハラウィ少佐がかいつまんで内容を口にする。彼女は即座にラズロウを呼び出し命令を下す。


「ラズロウ、ブラヴァ空港警備職員が彼奴を拉致った。行き先は内陸らしい、詳しく聞き出せ!」


「シ」


 退出するとオリヴィエラに空港警備職員を片っ端から誘拐してしまうように命じる。


 空港に異変が起きたのはそれからたったの二時間後であった。営業中に黒服の集団が押し寄せてきたので、警備職員が対抗しに現れると、彼らをとり囲みまとめて捕らえてしまった。それ以外に被害はない、直ぐに警察に通報がもたらされる。


「マルカとブラヴァの間にバスを置いて拘束中らしいですね」


 すぐに喋っても頑張っても未来が明るいとは言えない。


「建物に押し込むより手軽に処分出来るからな。奪還も難しいだろ、ロケットで一発だ」


 激しい拷問により軍兵の行き先が大分絞られた、北西にある荒れ地の集落に駐屯地があるらしく、キスマヨ・ブラヴァ・マルカを貫通する幹線道路の付近だと座標が割れた。


「手を出した以上、ソマリア軍はここにもやって来るでしょう。居場所を変えるのを勧めます」


 公式にはシャティガドゥド委員長が拒否するだろうが、二回目からは実力行使を想定して危険を警告する。


 ――空き地だけは幾らでもある、ワリーフの言う通りだね。


「直ぐに移動するよ」


 進言を取り入れたかと思うと即座に立ち上がる。ルワンダから買い上げた装甲偵察車に乗り込み、マルカ自由区域から離れた。

 ラズロウらの幹部もそれに従いマルカの拠点を引き払う。軍も顔負けの素早さにハラウィ少佐は感嘆の呟きを発してしまう。


 クァトロと情報の共有を行った。ロマノフスキー大佐に座標を告げると、偵察衛星の写真を取り寄せると返答がなされる。


「ファイルの転送だから時間は掛からん」

「大体判れば良いんだ、そいつを頼むよ」

「その基地に居るかは知らんが、マケンガ大佐が軍事教官として滞在しているようだ」

「コンゴの彼奴が? 厄介だね、境遇はさておき能力はある」

「うちの奴も劣りはせんさ。こちらもあと二十数時間で到着の見込みだ」


 三日月島を出るところだと明かす。いつもは歩兵として装備を整えてきたが、今回は海兵のようだと漏らした。違いはざくっと、歩兵は重装備で長期戦闘が可能、海兵は素早い打撃力と短期間の戦闘を目的としている。


「軍幹部の家族を拉致した、士気は低いはずだよ」

「逆に追い込むことになりかねん、脅すだけにしてくれ」

「甘えてるんじゃないよ、それを撃ち破るのがお前の仕事だろ」

「違いない。ボスを取り戻したら暫く身を隠す必要がありそうだ」

「なに行先なんていくらでもあるさ」


 今はより近い未来のことだけ考えておけ、電話を切ってしまう。


 ――ソマリアでの活動時間は短いに越したことはない。海に出ちまえばほぼ仕舞いだ。


「なあワリーフ、あたしも基地に乗り込むって言ったらどうする?」


「元よりそのつもりでしたよ。違ったんですか」


 わかりきったこと、お供しますと肩を竦める。


「確認だよ。あたしらはそうやって生きてきた、彼奴もお前等もだろ」


 後ろに控えるリュカ曹長と目をあわせ「最近は顕著ですね」笑顔を返した。



 長い間イスラムの教えを目にしてきた上に、アフリカ系の顔つきなので全く怪しまれずに彼等はブラヴァにやって来ていた。今回ばかりは精鋭の四人だけで飛んできた、多数になれば逆に行動の幅が狭くなるから。


「従兄上、近くの集落を確めて参りました」


 凡そ十キロ圏内にあると聞いた場所を実際に目で見て偵察してきたのだ。これにはトゥヴェーとフィルが当たっていた。


「北西の集落が最有力だが」


「ヤ。すぐ傍に軍の基地がありました、敷地は広いですが人影は疎らです」


 外からの攻撃には極めて強いだろう、平野が周りにあって丘に陣取っていたのを報告する。


「最悪はそこだ、ならばそこにいらっしゃると考えて進めよう」


 街中のホテルにでも移されているなら、罠があろうと喜んで突入する。トゥヴェーだけでなく、コロラドが集めた情報からも軍施設に拘束されているだろうことが濃厚であった。


「エスコーラが武器の提供を申し出ております」


 ドゥリーのところに連絡が来ていた。レバノンに居残りが多くなっていた彼は、ハラウィ少佐と密にやり取りをするようになっていたからである。


 ――内部に食い込み仲間を誘う、それが俺達の役目になるだろう。重装備は返っておかしい、護身用と……あれか。


「拳銃とナイフだけ受領しておけ」


 それとは別に、とドゥリーに用意すべき品を指示する。いつものことながらソマリア人は気が変わりやすい、明日には方針が百八十度反対になっていてもなんら不思議はない。

 島が居ないだけでこうまで皆がバラバラに動き回る、存在がいかに大きいかを物語っていた。


「トゥヴェー、軍施設にトラックを買いに行きたいとして繋げ」


「実際に買い入れてしまっても構いませんね」


「うむ。何せ中に入られるようにするんだ」


 持ち出しが面倒であったり、複数から選んだり、理由は何でもよかった。


 ――マケンガ大佐が居たら我々のことを知っているだろう。


「プレトリアスではなくベレンダシマを名乗れ」


 何のことはない、恐らくは不理解だろうアフリカーンス語でシマの友人と指定した。日本語とアフリカーンス語を共に理解していなければ、姓の一つとしか受け取られない。それでいて古参の部員はシマに気付くし、マリーならばオランダ語から推測もするはずだ。


「自分はどうしましょう?」


 年少のフィルが誰に従えば良いかを問う。控え目な性格は一生そのままだろう。


「お前は俺についてこい。氏族の有力者に会いにいく」


 すでに繋ぎが取れている地方の名士に面会を依頼してあった。コロラドが持っていた軍資金を餌に、交渉を持ちかけるつもりで。


「頼るべきはラハンウェイン氏族の紹介状ですね」


 どうしてもソマリアの勢力としてはそこになってしまう。氏族間の関係からしても紹介状を持った人物を一方的に害するのは考えづらかった。直接それを受け取った側は名声を認められているのだから悪い気もしない。


「一つ道に頼るのは誉められたことではない。時に空虚な張ったりでも無いよりはマシだろう」


 刺繍がなされた厚手の紙にアラビア語が書かれた証明書を取り出す。紫のスタンプは税関のモノが押されている。


「それは?」


 三人が何なのかと疑問の視線を向ける。


「汎アフリカ連合のソマリア視察委員であると書かれている。俺がでっち上げた」


 欧米や他の宗教、更にはソマリアの別地域には敵も多いが、アフリカ連合だけは中立的な機関だと多方面が認めていたからであった。



 マルカに五十人ばかりが新たに乗り込んできた。船からは重そうなコンテナが幾つも搬出されている。それらの指揮を執っているのはヌル中尉であった。


「そちらのコンテナは開封せずにトラックに載せて、二番のは中味を確認の後に配布を」


 下士官らに細かい指示をする。植民地軍を指揮する際に、認識を誤らないようにとそうなっていった歴史がイギリス軍にはあった。常に紳士であれ、国家的な風潮も相まって彼は穏やかに命令を下す。


「オビエト曹長、エスコーラから車両の受領を」


「ヴァヤ」


 船で簡単な砲の操作を講義して、何とか一種類だけは覚えさせた急造の砲兵部隊。それと本隊の選抜から漏れたメンバーを陸上げしている。

 かつてはグロックに部下を指揮するのは難しいだろと思われていたが、今や立派な砲兵将校として振る舞う程になっていた。


 ――倉庫番を残して跡形もなく消えましたか。クァトロもエスコーラもブラヴァに進軍したわけですね。


 つい先日まで何故かルワンダ人がやたらと居たが、すぐに居なくなってしまったとの話も耳にした。


 ――装備だけでなく、ルワンダ人も沢山雇ったようですね。


 現地の新聞に軽く目を通して、少しでも情勢を把握しようと努める。自爆テロが多数起きていて、騒ぎになっているのも知る。犠牲者の多くがソマリア軍人とアルシャバブの有力者だというのが想像を容易にさせた。


「中尉殿、搬出完了しました」


「ご苦労。オビエト曹長が戻るまで小休止を」


「イエッサ」


 フィリピンで入隊してきたブルネイ人の兵士だ。体は小さいが手先が器用なので整備班に所属させていたのを引いてきた。


 ――ラ=マルカで何か情報が無いか聞いてみるとしましょうか。


 自由区域内にあるホテルは時ならぬ賑わいをみせていた。間接的な支援者であったり、どこかのスパイであったり、単なる業務者も当然多数利用している。

 駐ニカラグアの事務所が入っているのもここで、来所を告げると事務兵士が応対に出る。


「ここはニカラグア軍ソマリア分室ですが?」


 後ろに居る皆も間違って入り込んできたのだろうと、冷ややかな視線を向けてくる。ヌルがニカラグア人といった雰囲気ではないから。


「私はクァトロのヌル中尉です。お話を聞かせていただけないかと参った次第」


「ク、クァトロ! お待ちください中尉殿」


 反応を見ていた上席者が報告を聞いて立ち上がる。入り口付近までやって来ると少佐だとわかり、ヌルが敬礼した。


「クァトロ・ヌル中尉です」


「ニカラグア軍グレゴリオ少佐だ。イーリヤ閣下の?」


「イーリヤ少将は自分の主です」


 上官ではなく主だと断言したのに驚き、近くに他に人が居ないのを確めて近寄るように仕草で示す。


「本国からは協力を禁じるよう通達があった、これは独り言だ。明後日のマグレブが期限で、要求が通らねばアルシャバブに身柄が移されるそうだ」


 決裂を熱望するイスラム教徒の有力筋の発言だから、まず正確なところだろうと補足した。


「グレゴリオ少佐殿、誠にありがとうございます。このご恩はいずれ返させていただきます」


「政府もああは言っているが、本心はすぐにでも動きたいはずだよ。我々はここを離れられないが、閣下をお助けしてくれ」


 小声での話を切り上げ「場所違いだ、四番倉庫の事務所は下の階層だ」少佐がとってつけたように返答するのであった。



 格子が嵌められた小さな窓がある部屋、机と椅子と寝台が置かれていて、あとは僅かな空間が残されているのみだ。とても重要人物を住まわせるような環境とは言えないが、牢獄に入れと言われたらそうするしかない立場なのも勘案し、二人は黙って従っていた。


「どう思う?」


 あまりに漠然とした一言、だがしかしイタリア語を使ったので、監視にばれないようにする話の中味だとすぐに勘づく。扉の外に常駐する兵士は現地語の他にアラビア語を話す程度で他はまったくであった。


「早晩我等の灯火は吹き消されるでしょう。脱走しますか?」


「余計なことをして監視が強まれば、ロマノフスキーに叱られちまうな」


 ――あいつらのことだ、来るなと言っても救出に来る。大事件に発展するのは避けられん。


 下手にお願いして成立するなら大いに結構だが、百のうち九十九は上手くいかないのが目に見えている。


「三日月島から船でマルカに到着して、ここに来るまでは明日あたりでしょうか」


 どの時点で知り得たかにもよるが、オリヴィエラが未着を放置しなければ程無く知り得るはずだと読む。


 ――レティアの提案を素直に受けて良かった。些細なことで人生、右にも左にも向くものだよ。


「今日が安息日か、アルシャバブが何かするなら明日だな」


 イスラム教徒の安息日は金曜日なので、土曜日には何かしらの決定が下されるはずだ。各国政府も土日がお休みになるならば、金曜日に変化がなければ土曜日を無事に過ごせると考えるのは甘い見通しになる。


「逆に言えば今夜はぐっすり眠れますね」


「お前も大分図太くなったな、パラグアイの時には肩に力が入りっぱなしだったが」


 環境に順応したのか元からそうだったのか。妹が卒業する見通しがたち、あとは自力で生きていけると確信したのも大きいのかも知れない。


「アルゼンチン軍を抜けて以来、パラグアイで絶望を味わいました。今の自分は胸を張っていつでも死ねますから」


 ――成長したわけか。俺にしたって昔なら消え入りそうな声で境遇を呪ったかも知れんな。


「明日は夜が長くなるかも知れないな」


 仕掛けるならばどのタイミングになるか、ざっくりと予測をしてみる。


 ――今晩間に合えばまず未明だろう、しかしそれでは最初から俺がここに居ると知っていて、即座に出撃せねば上手くいかない。真っ昼間にって話も無かろう、昼寝時間を狙うにしてもだ。余りに遅すぎたら全てが終わる、明後日の未明では土の中かも知れんな。


 じっと考え込む島をみて「奥方が乗り込んでくるのではないでしょうか?」指摘する。


「そいつを忘れていた」


 ――ロマノフスキーだけでなくレティアが仕掛ける可能性か。そちらは今夜かも知れない。より直接的に関係者を取っ捕まえてゴールに辿り着きそうだからな。


 エスコーラの強引さと、クァトロの無茶をミックスして、軍基地を攻め落とすつもりならばと思考を展開してみる。


 ――トップは押さえるにしても、次席以下は容赦なく奈落に突き落とすだろうな。虎の尾を踏んだと気付いた時には刃が喉元に来る、その時にどうするかだ。


「絶望に恐怖するのと、健やかなる死を迎えるのと、お前ならどちらを選ぶ?」


 ろくな選択肢ではないのを承知で提示してやる。どうせどちらも選びはしないだろう。


「絶望に立ち向かい恐怖に打ち勝つ努力をします。決して自ら死を選ぶような真似はしません」


「結構だ」


 満足な回答を得て大きく頷く。


 ――中将がサルミエの半分も勇気を出したなら、絶望を抜け出す為に恐怖を受け入れるだろう。俺が取りなしたところで結果が変わることはないだろうがね。ソマリアでの大事件、暫く大人しくしていないと更に迷惑を振り撒くことになる。


 そんな自分が身を落ち着かせることが出きる場所、どこかと考えてみる。誰もが追求するより放置した方がまだ良いと考えそうな先。


 ――結局戦わずに暮らすのは許されないわけか。


「サルミエ、どうやらゆっくり出来るのは今だけみたいだな」


「出たら出たで忙しくなりますからね。で、どちらに向かうご予定で」


 出国は出来ても入国が出来ない可能性が高くなる。島流しどころか陸から追い出されてはたまらない。


「俺より厄介な相手が居る国か、反政府武装勢力を追い出すと売り込みでも掛けるか」


 アフリカに身を置くことを想定し、残り少ない静かな時間を過ごすことにした。



 ソマリア軍基地。広場で訓練する兵を二階の窓から見下ろしている。


 ――身体能力はコンゴの奴等と変わりはない。ついでに精神構造まで同じではやるだけ無駄だろうな。


 一向に部隊としての戦闘力が上がらないので心中で悪態をつく。それでも軍事教官として来たからには、一定の結果を残さねばならないのは事実であった。


「マケンガ大佐、例の男ですが明日には処刑の見通しです」


「そうか」


 興味なさそうにそっけなく返事をする。司令官から雑用係りに付けられたのだが、監視されてるも同然であった。


 ――キシワ少将か。一時は俺と同じ舞台に立っていたが、地獄を這いずり回るうちに抜け出せなくなったようだ。


 一旦リタイアした自分と比べてみて、どちらがよりよい現在を迎えているか悩んでしまう。


 ――俺には自由の時間が出来たが、奴は心と体をすり減らし続けてきた。果てはこんな場所で最期とはつまらんな。


 ンタカンダ大将が国を替えてのびのびと悪事を働いているのが羨ましいわけではないが、納得いかない何かを抱く。


 訓練基地に見慣れない人影が入ってくる。兵と並んで歩いているので侵入者というわけではない。


「あれは何者だ?」


「確認して参ります」


 別に基地の防衛を命じられているわけでもないので、そんなことを気にする立場ではないがやけに落ち着かなかった。


 ――もう少しで契約が終わるが、効果が出ていないと指摘されたらどうにもならんな。無給でただ飯といった結果か、中間管理職が俺の限界だったのかも知れん。


 すっかり気落ちしたが、ルゲニロ司教が無心に来るわけでもなく、頭を押さえられるわけでもなく、ストレスはさほどでもなかった。


「あれはベレンダシマという商人で、買い付けにきたようです」


「ベレンダシマ? ソマリ人の姓名なのか」


 聞いたことがなかったのでついつい尋ねてしまう。


「わかりません」


「買い付けとは?」


 売り込みにくるならばわかるが、買いにきても兵器しかないのだ。まあそれも頷ける内容と言えるが。


「トラックや小型の武器を必要としているようです。アフリカ連合の視察も兼ねているとか」


 ――理由ありだな。まあ俺が知ったことではないが。


「そうか」


 また興味を喪った風を装い返答した。あまり食い付くと変な疑いをかけられてしまう。


「今晩だが、夜間訓練を行う手配をしておけ」


「今日は安息日ですが」


 軍隊にいて一般勤務中に安息日もなにもあるかと怒鳴り付けたかった、だがそれをぐっと押さえ込む。


「敵も安息日に攻めてこないと言うのかね。アメリカはラマダン月の安息日、しかもマグレブに作戦を始めたことがあったが」


「……自分は命令する立場にありません。大佐がご自身で命令下さい」


 恨まれるのは自分だからと手配を拒否する。


「わかったよシャイセマン。私が手配しよう」


 解らない単語が混ざっていたが、自分で命令すると了承したようですんなり引き下がる。雑用係りは部屋を出て、すぐに中将にご注進と相成った。

 すっかり夜間訓練の手配が終わった後に、中将の命令でそれが取り消された。理由は安息日だから、である。


 ――どいつもこいつも糞野郎ばかりだ! そんなことで戦いが出来るものか!

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