第九十四章 コマンダンテゼロ、第九十五章 陸軍司令官イーリヤ少将、第九十六章 時は血なり、第九十七章 決戦マナグア攻防戦
補給戦が終息していく中、グロック大佐が準備が整ったと姿を現した。アロヨ中尉も後に従っていた。
「では行くとしようか。どうやってリバスへ?」
手順を尋ねる。落下傘降下をすると言われても、ああそうかと答えてやるつもりで構える。
「チョッパーでひとっ飛びしていただきます。米軍機の護衛つきで」
「サン・ホセか」
リバスも近いし南部からならば妥当な線だと頷く。
「サン=ジョルジュの航空管制で。報道のヘリといった扱いになります」
「手の込んだことをしたな。アメリカ軍機なら狙われるが、フランスなら躊躇するだろうよ」
何せアメリカは敵であったがフランスは味方ではないだけなのだ。迷惑を掛ける先が違うだけで大差はない。ド=ラ=クロワ大佐の意見があるのかも知れない。
「何ならフランス空軍機を護衛につけるとキュリス大佐が言ってましたが」
――そっちもか。すっかり忘れていたよ。
アロヨ中尉がにやつきながら話を聞いていた。フィリピンの時から暫く話をしていないが、グロックについてまわっているのだから、何かしら納得しているのだろう。
「いえね、オヤジがあまりに楽しそうだから」
――オヤジね。
「楽しく仕事をするのは良いことだ。陰気にやってるよりはな」
そうだろうアロヨ中尉、島が同意を求める。
「こんなネタで笑えるのもイカれてるとは思いますがね。まあ概ね同意しておきましょう」
「含むところがありそうだな中尉。言ってみろ、下らない案ならば罰をくれてやる」
グロック大佐が意外と耳を傾ける。及第点に達しなければ、基地の周辺を何度も走ることになるだろう。
「こそこそ隠れないで俺がイーリヤ准将だ! 叫びながら移動すりゃどうすかね」
――俺と知って害しようと言うやつはかかってこいと。なるほど面白いな。
アロヨ中尉を穴が開くほど睨んでから、言葉の内容について考える。敵味方はっきりしない空軍の去就が解るのは効果的である。
「俺は構わんよ、面白いじゃないか」
「……ガキ共が。遊び半分で命を賭けるのは大概にしておけ」
島とアロヨが目を合わせて、参謀長のお許しがでたと笑った。悲壮な顔で戦いをするほど、三人とも弱くはなかった。
フランス空母サン=ジョルジュ。甲板には中型ヘリコプターが鎮座していた。艦長が島に敬礼する。
「艦長のソンム大佐です。モン・ジェネラル、ようこそサン=ジョルジュへ」
「ニカラグア軍イーリヤ准将だ。押し掛けて済まない、この借りはいずれ返させてもらう」
「お気になさらずに。先任からも宜しく頼むと言われておりますので」
――あちこちに迷惑を掛けている。必ずや目的を達成せねば。
下士官の一部は島と再会といった古株も見られた。習熟の度合いが求められる艦艇については、乗員が固定されることが多い。家族への負担が重いので志願が必要にはなるが、多くが海へと希望した。
「無駄なことをしたと言われないよう、努力する」
たった一人、サルミエ中尉だけを引き連れヘリコプターに搭乗する。機長が後部を振り返り敬礼する。
回転数を上げると艦から足が離れ、徐々に高度をます。やがて自由を得るとサン=ジョルジュの上空を数回旋回し、東へ向けて進路をとり始める。その頃には何処からともなく、二機のアメリカ空軍機が目の前を飛んでいた。
リバス州の部隊は攻撃を加えるかどうか意見が割れていた。領空侵犯なのは確かであるが、座乗しているのがリバス臨時政府が任じた将軍だからである。逆に敵対視している勢力は、護衛についているアメリカ空軍機が気になっていた。
噂ではリバスのパストラ首相はアメリカから見放された、そういった内容が流れていたからである。事実物資の支援が極めて少なくなっていた。
結果として誰も手を出すことが出来ずにリバス市庁舎の屋上に直接着地した。そのこと自体を問題だと叫ぶ高官もいたが、パストラにあっさりと無視されてしまう。
「――これが最後だ」
決意を込めて島が足を踏み出す。屋上にエンリケ・オズワルトが迎えに出てきた。
「ようこそリバス市庁舎へ。また会えるとは思わなかったよ」
「俺もまたここに来るとは思わなかった。閣下はお元気かな」
「健康ではあるよ。まあ勿体ぶることでもないからどうぞ」
兄貴も壮健らしく何より。エンリケは事態を楽しむかのように笑っていた。
――夢見がちな兄弟か、離れていても絆は変わらんようだ。
会議室に通される。そこには臨時政府の閣僚が集まっていた。パストラ首相と元からの閣僚が二人、臨時の者が幾人か。
「北部軍管区司令官兼行政官イーリヤ准将です」
胸を張り申告する、今や彼を知らない者は会議室に居なかった。
「うむ。よくぞ来た、大した持て成しは出来んがね」
周辺を維持するだけで精一杯だと明かす。
「閣下、自分はニカラグアの未来に希望を与えたく努力しております」
社交辞令も何もなく、いきなり本題を切り出す。皆も嫌な顔をしたが、一切無視してパストラだけを見る。
「儂もオヤングレン大統領も同じじゃよ」
「オヤングレン大統領は何故北京に? 国交もなく、更にはあの国を頼った理由がわかりません」
不満顔を全く隠すこともなく、単刀直入に疑問をぶつける。答えないならばそれまでだと考えていた。
「オヤングレン大統領はニカラグアを想って亡命したんじゃ」
「ニカラグアを想って? それならばアメリカなりの自由陣営に行くべきではないのでしょうか」
共産主義国家、それも中国では話にならない。
「大統領も儂もニカラグアには外科手術が必要だと考えた。この国は病魔に深く侵されており、最早自浄作用を期待も出来ん。更なる腐敗を防ぐために、一旦膿を出しきらねばなんのだ」
「……」
パストラが真剣な眼差しで島を見詰める。本気で語っているのは間違いない。
「儂は当初ここまでオルテガに押されるとは思っていなかった。誤算であった、そこまで腐っていたとはな」
自嘲する、もっとましな状態と信じていた甘い見通しを。
「ではクーデターを敢えて許したと?」
全く理解できない、そんなことをしてどうするのか。
「そうじゃ。オヤングレン大統領は政治亡命を装い中国に接近した、それを良しとした閣僚や高官も丸ごと引き連れてな」
「……」
「それについても誤算であった。八割方の者が亡命したからの」
それがニカラグアの現状であった。情けない限りだと頭を振る。
「もしかして隔離を?」
「うむ。病の原因であるオルテガ派と、腐敗官僚を引き連れたオヤングレン大統領を除いたリバスが残された希望じゃよ」
あまりにか細い力しか残されて居ない、笑うがよいさと目を閉じた。
――そういうことだったのか! 内部に巣くう輩を除くには確かにそんな手しかあるまい!
「では閣下はニカラグアをお導きいただく意志がおありで?」
「手段も何も全てを失ってしまったがな。最早儂ではオルテガを斥ける力などありはしないよ」
閣僚らも肩を落とした。リバスの兵力など五百をどれだけ越えているか、その程度でしかない。
「閣下。自分は――クァトロは閣下を支持致します」
「コマンダンテクァトロ、貴官はこんな体たらくの儂をまだ支えると言うのか」
「閣下がそう、望まれるならば」
パストラが椅子から立ち上がる。胸を張って敬礼した。
「苦労ばかりかける。今さらだが声をあげさせてもおう」
「コマンダンテゼロ、何なりとご命令を」
「北部同盟の知事連中や、軍の者が准将に指揮されるのは不満だと言ってきておる」
――ま、それもそうだろう。潮時だ後任はラサロ大佐を推そう。
「何時でも解任を受けます。いや遅いくらいでして」
「そうではない、司令官は少将であるべきだと突き上げてきおった。儂も同感でね」
大統領でなくて悪いが任命しよう、臨時任官なのを強調した。
「まさか冗談でしょう。こんな若僧が准将でもどれだけ重荷で不相応か」
「冗談なものか! 国が傾き旗印を失い、全てを取り上げられ、それでもオルテガに対抗した。そんな貴官を誰が否定するものか!」
ことここに至っては、臨時閣僚らも承知した。最後の希望を消さないために唯一の選択をするしかないと。
「……至らない若輩者です。どうぞご指導お願いします」
「なんの立派なものじゃ。元首不在ゆえ臨時ではあるが政府代表のパストラが任じる。イーリヤ准将、貴官を少将に昇進させ、ニカラグア陸軍司令官に任命する」
空席であった席次を充て、その後の不都合も鑑みる。ついでではないがロマノフスキー中佐も大佐に昇進を認められた、副官もである。
「閣下、北部軍は諸州の協力を得て、兵力四千を確保しております。各州兵は二千、警察隊と民間警察の支持も得ております」
大まかな申告を行う。
「財政が厳しかろう」
「北部軍は二億米ドルの融資を受ける契約を結びました。内戦終結の折りには、国家資産の運用先にスイス銀行シュタッフガルド支配人を」
二億ドルの響きにどよめく。それだけあれば支払いの心配はしなくとも良いと。
「約束しよう、必ずやその人物を指名する」
「北部軍はチョンタレス連隊長を捕虜にし、チョンタレスを解放しました。現在フェルナンド大佐が支配しております」
臨時閣僚は最早開いた口が塞がらなくなってしまった。パストラが北部軍管区司令官に任じた際に、不満を漏らしたのが恥ずかしくて仕方ない。再びここにきて無礼な切り口で話始めた時に不機嫌になったことなど、自らを殴りたくすらなっていた。
「コスタリカからの越境か、まさかの運用だ。あそこにはロドリゲス少佐も配してあったが」
「マリー少佐のクァトロ部隊に協力していただきました。相変わらずのオルテガ嫌いのようで」
苦笑いする。ホンジュラスのクァトロにやってきた理由もまたそれだった、コステロ総領事とさぞかし気が合うだろう。
場違いだが携帯電話の着信音が聞こえた。サルミエ中尉――大尉が慌て出る。するとすぐにわかったと頷き島に代わる。
「閣下、ボアコ州の空軍基地がオルテガ軍に攻撃されつつあります」
携帯を耳に近付ける。
「代わったイーリヤだ」
「リベラ中佐です。閣下、偵察衛星の情報ですが、ボアコ空軍基地に陸兵が向かっております」
「情報提供に感謝する。可能ならば戦闘攻撃機を飛ばせないだろうか」
「可能です。しかし地上攻撃だけでは止められませんが」
「止める必要はない。頼むぞ」
サルミエ大尉に返し、シュトラウス中尉を呼び出すように命じる。
「パストラ閣下、ボアコ空軍基地にオルテガ軍が向かっています」
「空軍への瀬踏みというわけか、近隣部隊を向かわせても間に合うまい。機だけでも離脱してくれたらよいが」
敵でも味方でも構わないが国家財産を破壊だけはしてくれるなと祈る。サルミエが携帯を島に渡す。
「閣下、シュトラウス中尉です」
「シュトラウス中尉、イーリヤだ」
「はい、閣下。何なりと」
――幸い小規模の空軍基地だ、一機で足りるはずだ。
「緊急出撃だ。ボアコ空軍基地へ急行し、空軍スタッフを収容し離脱せよ」
「ヤボール ヘア・ゲネラール!」
詳細は管制に伝えると出撃を急がせる。説明はサルミエ大尉に一任した。
「イーリヤ少将、輸送機の出撃を?」
「Juー52改です。シュトラウス中尉ならば必ずやスタッフを離脱させるでしょう」
「ゴマの奇跡、あの操縦士かね」
勲章を授与する都合から名前を目にしたのを思い出した。
「はい。敵陣だろうが対空砲火があろうが、彼ならばやってくれます」
「地上からの攻撃が集中しては厳しいのでは?」
「そちらはアメリカ空軍の戦闘攻撃機を要請しました。今頃もう空の上でしょう」
事も無げに全てを手配した島を皆が信じられないと見詰めた。だがそれが事実だと、一時間しないうちに知ることになる。
「時代は変わりつつある。少将、これからは貴官の時代だ。無理をして死ぬなよ、責任は全て儂が引き受ける」
「パストラ閣下。自分は戦場で死ぬつもりはありません、妻に約束したものでして」
「そうだ、それで良い」
◇
ボアコ空軍基地では時ならぬ混乱が起きていた。駐機していた全ての航空機を始動させ、順次空へと飛び上がって行く。
「閣下、オルテガ大統領は本気なのでしょうか?」
副官大尉が警告を読み上げながら顔をしかめる。従わねば攻撃を加える。それ以外に解釈のしようもない短い内容である。
「俺は冗談がへどが出るほど嫌いだ。こんな下らないことをするオルテガはもっと嫌いだがね」
司令室から外を見る。小さな基地ではあるが、正規の乗員を乗せ、スタッフを可能な限り詰め込んでも数十人が余ってしまう。
「閣下、脱出のご用意を」
乗り込める機体は少なく、残された時間もあと僅かであった。先に飛び立った機が周囲を偵察している。
「部下を置いて逃げろと言うのか? 俺は卑怯者になるくらいなら、ここで死んだ方がましだ」
司令官の性格を知り尽くしている副官大尉がどうしたものかと悩む。その間も離陸は続いた。
「軍属が広場に集まっております。彼等だけでも降伏の許可を」
直接的な兵ではないので、巻き込むことを司令官も危惧していた。
「希望者の降伏を許可する」
道連れになることなどないのだ。副官大尉が命令を伝える。
デスクの受話器が光り着信を告げる。大尉がそれをとり内容を確認した。
「閣下、不明機の接近です。北西から一機」
「アメリカ軍の偵察?」
「それにしては速度が低いそうで。……二機加わりました、そちらは恐らく戦闘機です」
進路から目指しているのはこの基地だろうと予測を告げる。意図は全くの不明だ。
「泣きっ面に蜂か。こちらから手出しはするな、どうせ勝てん」
「上空の機をどこに避難させましょう」
国内でもオルテガ派のところにいけば拘束されてしまうだろう。かといって中立のところでは迷惑を掛けてしまう。目下オヤングレン派など見当もつかない。
「北部軍はオヤングレン派なのだろうか?」
「オルテガ派でないのは確かです。独立路線に近い気がしますが」
部下の未来を誰に託すか、即断しろと迫られても簡単に答えは出ない。
「……閣下、飛来する戦闘機二機、爆撃機一機」
「爆撃機だと?」
何をどうするつもりなのか、五里霧中であった。
◇
「機長、到着まで十分」
副操縦士がシュトラウス中尉に報告する。操縦席の後方には、通訳の軍曹が座っていた。
「ボアコ空軍基地、こちら北部軍クァトロ所属機。ボアコ空軍基地、こちら北部軍クァトロ所属機」
応答するようにと二度三度繰り返した。アメリカ軍機と信じていた管制官が半信半疑で応答した。
「ボアコ空軍基地管制官、クァトロ所属機。どうした」
「北部軍司令官の命で救援に来た。着陸許可を」
「基地司令官に確認する」
一旦応答が無くなる。時間がないのは双方承知の上だったので、司令官が直接出た。
「基地司令官だ。救援だと?」
「はい閣下。Juー52です、スタッフを収容し離脱します」
「そいつは十人程しか乗れない機体じゃなかったか?」
遥か昔の機ではあったが、何と無く想像がついていたので指摘する。
「観光用に座席を増やしてあります。着陸許可を」
「スタッフが頑固でね、降伏以外の道を探していたところだ」
着陸を許可する。司令官命令で管制が進路を示した、ぶっつけ本番で悪路に突っ込めば大破する危険がある。
「管制、Juー52を誘導する。西から東に向けて滑走路一番に入れ」
オルテガ軍が基地に砲撃をしたらしく、煙が立ち上る。威嚇だろうか、回数は少ない。
「Juー52、管制。着陸態勢に移行する」
「待て! 滑走路に被弾した。一旦取り止めだ」
「時間がない、脇の地面に着陸する」
「無理だ、やり直すんだ!」
管制が止めるがシュトラウス中尉は着陸を強行する。現代の精密な航空機ではたじろぐような悪路であっても、戦時に活躍した機体はものともしない。何より彼の飛行経験が圧倒した。
機体が激しく揺れる。操縦かんがぶれそうになるのを必死に固定し、目視できる障害を回避する。やがて穴が開いた滑走路を越えたので、コンクリートに乗り上げた。
「Juー52着陸に成功。スタッフ収容を開始する」
「管制、見事な腕前です! そのままお待ちください」
残っていたスタッフがユンカースに向けて走り出す。機体に塗装された四ツ星を見て、幾人かは教材を想像してしまった。
「機長、収容を完了しました」
「よし、離陸するぞ」
機内に放送する「座席に着けなかった者は何かにしがみつけ、離陸する」空間だけはあったが、揺れたり被弾でもしようものなら機外に放り出されてしまう危険がある。
「バルバロッサ、Juー52。地上攻撃で離陸を援護する」
「Juー52、バルバロッサ。支援に感謝する」
こちらは英語だったので中尉が自身で返答した。短い滑走路で急速にスピードをましてゆき、ギリギリで跳ねるように離陸した。
強烈な重力が胃袋の中身を押し出そうとしてくる。地上からは腹いせに機関砲や対空砲火が放たれた。
「機長、左翼に被弾。旋回性能に著しい損害」
「構うな真っ直ぐ飛ぶんだ!」
二機の戦闘攻撃機が積んでいたミサイルやバルカン砲をこれでもかと地上に向けて撃ち続ける。そのうちユンカースが射程から外れたため、あちこちに身を隠し始めた。
時間切れだと二機もその場を離れ、離脱した機を追っていく。翼から煙を出しているのを確認し、詳細を視認しならが報告してやる。
エステリの空軍基地に緊急着陸したJuー52は、火災を起こしてその生涯を終える。シュトラウス中尉は、長い間ずっとそれを一人見詰めていた。
◇
リバス市庁舎で方針を打ち合わせていたところに連絡が入る。シュトラウス中尉が見事に救出に成功したと。
「閣下、空軍スタッフを全員救出しました。現在エステリに居るようです」
「流石じゃな。また勲章が増えた」
どれを授与するかは島が決めてやると良い、パストラが預ける。
「ですがJuー52が全焼したようです」
「希望の機体を代替で提供する」
「中尉はもう飛ぶことを求めないかも知れません」
それだけ愛着があり、人生を共に歩んできた機体だった。いつしか別れは来るが、戦闘による撃墜だったのがせめてもの報いだろう。
「中尉の意思を尊重する」
「エステリ空軍とボアコ空軍が北部軍につきました。暗い話が続く中で朗報です」
この功績はやはりシュトラウス中尉だろうと解釈する。仲間を救ってくれた、ただその一点が決め手なのだから。
「その北部軍じゃが、ラサロ大佐に譲ってしまって構わんのか?」
「はい。彼のような将校が国を支えているのです。自分などより余程適任でしょう」
人柄だけとっても、大佐ならば統括するのに適切だと判断した。
「解った。ラサロを准将に昇進させて北部軍管区司令官に任命しよう。南部はリバスとチョンタレス、貴官はそれら全てを指揮する司令官じゃ」
少しばかり空軍が混ざったが、まとめて面倒を見ろと言われる。
――少将か、ナポレオンにでもなった気分だよ。火事場泥棒がより近いかも知れんが。
「補給部隊がチョンタレスに居ます。リバスに引きましょう」
「補給部隊?」
「ロマノフスキー大佐の戦闘団です。名前に拘りがないものでして」
偽装とかではなく目的がそうだったから、それだけだと語る。中には支援兵など拒否する将校がいるので、変わり者と言われても不思議はない。
「リバス連隊長代理じゃが、大佐にして政府の護衛部隊に転属させよう」
ロマノフスキーが一元的に指揮することが出きるよう、ポストを整理する。護衛部隊の長が、将来の中央軍司令官になるのは簡単に想像できた。左遷ではないので承諾するだろう。
「マナグアと一戦しなければならないでしょう」
「雌雄を決する段階は近い。だがこれ以上血を流すのは辛いものじゃ」
骨身に染みたようで疲れた表情を見せる。敵味方に別れたとはいっても、同国人なのは変わらない。極限まで戦うのは避けたいと誰もが思っている。
――それでもオルテガは戦わねば負けを認めはしないだろう。
「長期戦は避けなければなりません。準備不足はあちらも同じです、速やかに決戦に踏み切っては」
パストラが目を見開いて島を見る。時間がたてば双方が様々なものを失って行く、国家としても信頼を著しく損なうのは目に見えていた。
「楽な戦いにはならんな」
「当然です。それでもじり貧で繋ぐよりは、不鮮明な状態で望みにかけた方が」
「……前に進む以外の道は無いわけか」
以前島が語った言葉を思い起こす。決断はパストラがしなければならない、これによりニカラグアが半世紀後退することになったとしても。
「正直分が悪いことこの上ありません。長引かせばアメリカが支えてくれるかも知れませんが」
膠着してしまえば被害はましても、希望が潰えることもない。転機も訪れることもあろう。どちらにせよ、決断だけはすぐにでもしなければならなかった。
「閣僚と相談したい。意思を統一する必要がある」
「自分がここにいられるのは二十四時間が限度です。北部を留守にするわけには参りません」
ラサロ准将に引き継ぎもしなければ、北部が瓦解する危険もある。グロック大佐が代理出来るのは短期間でしかない。
パストラも重々承知である。リバスの補給が減ってから、力を失う一方で一撃に賭けるならば今しかない。
会議室に籠り激論が交わされる。閣僚ではない島は蚊帳の外だ。
「閣下、どうなるのでしょう?」
「わからん。どちらになっても北部同盟でも意思を確認する必要があるがな」
それを命令だと解釈したサルミエ大尉がチナンデガに議会の召集を依頼した。数時間後に会議室に島が呼び出される。閣僚らの視線が集まった。
「イーリヤ少将です」
「方針が定まった。受諾するのも拒否するのも自由じゃよ」一旦言葉を区切り、左右を見回し続ける「臨時政府はオルテガ大統領に決戦を挑む。イーリヤ少将に総指揮を命じる、マナグア宮殿を奪還せよ」
「拝命致します。可及的速やかに実行してご覧にいれましょう!」
◇
チナンデガに戻る直前、ロマノフスキーに連絡を取った。衛星通信電話、イリジウムの力を再三実感する。
「元気にしてるか」
「若いのが働いてくれるお陰で今のところは」
顔は見えないがどんな表情をしているかがすぐにわかった。
「お前も昇進だ。一気にやるぞ」
「少将閣下ですか、気前よくいったものですな。劣勢をいかに覆すか、楽しみでもあります」
「そいつはこれから考えるさ。リバス連隊長だ、把握しておけ」
マリーらも全て補給部隊を指揮下に置くと伝える。チョンタレスは別動隊ではあるが、南部司令官に準じた扱いになる。
「すると差し詰司令長官ですか。ロシア情報庁のやつら、一部を取り逃がしました、ご注意を」
今やパストラを抜いて暗殺リストのトップに躍り出ただろうからと警告する。首相を除いても抵抗は続くが、島を除けば瓦解するのだ。
「嬉しくない人気ぶりだ。兎に角、いつ始まるかわからん、それは明日かも知れん」
「ダコール。この期に及んで泣き言を吐くつもりはありません」
打ち合わせをたったこれだけで終える。二人にとってはそれで充分であった。
行きは准将、帰りは少将になったのに驚きながら、ヘリの機長が島を迎える。
「サン・ホセを経由してからチナンデガではどのくらい掛かる?」
「サン・ホセまでは二時間あれば。あちらからチナンデガにですが、チョッパーではなく戦闘機ならば同じくらいでしょう」
――ジョンソン少将と電話だけとはいかんからな。
「サン・ホセへ」
サルミエ大尉に連絡を任せてどうするかを思案する。こんなときはローターの爆音すら気にならない。
――目的は全滅ではなく、あくまでオルテガ大統領に敗北を認めさせるということになる。ではどうしたらそう考えるだろうか? 身柄を拘束されてしまえば確実だが、それが叶わない状況を考えろ。マナグア宮殿を占領する、軍の中枢を排除する、国際世論にパストラ政府を認めさせるか。
軍の中枢といえばオルテガ中将だが、果たして効果的だろうか? 国際世論とて二つに割れるだろう。ならばやはり宮殿を奪取し、そこから国内に奪還を発信だ。
それでも大統領が敗北を認めなければ、本人を捕まえるしかなくなる。
かといってぐずぐずしているわけもないから、何処かに逃げてしまうだろう。レオンなどオルテガ支持の強い地域に籠られては長引く恐れもある。
――大統領府も一気に押さえる必要があるな。党本部と総司令部もだ、限られた兵力を上手く使わねばならん。
「もうすぐ到着します」
あれこれと考えているうちに着陸態勢に切り替わっていた。誘導している兵の姿が夕陽に映ってシルエットになる。
地上に降りるとアンダーソン少佐が出迎えに来た。心なしか嬉しそうに見える。
「いよいよですか」
「うむ。尾羽うちからした結果になるかも知れんがな」
「全力を出し切ってのことならば、自分はそれでも文句はありません」
個人と国家では次元が違いすぎますがね、そう呟き基地内へ案内する。
司令官室に連れられて行く。そこには真剣な顔をして資料を睨んでいるジョンソン少将がいた。
「イーリヤ少将です、ついに情勢が動きました」
「少将ときたか。ふっ、勝負をかけに行くわけだな、聞かせてもらおう」
悠長に時間を浪費するなら自分など要らんからな、ジョンソンが身を乗り出す。
経緯をきっちりと順序だてて説明する。一言一句聞き漏らすまいと、黙って耳をそばだてる。島だけでなく、合衆国にとっても極めて重要な案件なのだ。
「解った。四十八時間でリバスに補給を完了するようさせる」
「北部同盟を説いてみます。ですが彼等が決戦を望まなければ、州兵や警察隊、北部軍の半数は使えなくなります」
そうなれば死にに行くようなものだと語る。だからと止めるつもりもなかった。
「その時はアジアやヨーロッパからも空軍を集めて、航空戦力をぶつけてやる」
ジョンソン少将ならやりかねないと苦笑する。だからと不利が覆るわけではない、最後はなんと言おうと地上戦力で決まるのだ。
「ソマリアで使った戦車、あれを借りられないでしょうか?」
「あれか。引くのに時間が掛かるな、待てるか?」
十日は掛かる、途中多少フライイングして書類を無視しても七日より短くはならないと見通しを告げた。
――七日以内に逆撃されたら全てが狂ってしまう。そうなれば立て直しは極めて困難だ。
「……あるものでやります」
「そうか」
それが良いかも知れん、ジョンソン少将も時間が貴重だと考えたようだ。何かしらの戦闘力の代替が必要なのは確実だが。
――火力ではない方法だ。……情報を強化できないだろうか?
「連携を強めるために、通信機器を活用出来ないでしょうか?」
無線の数を増やすだけでもかなり違ってくるものだが。
「コムタックとハンドディスプレイでどうだ」
「コムタック?」
「うむ。軍用ヘッドセットだ、兵士間でのボイスチャットサポートをする。ディスプレイでは相互の位置情報を共有可能だ」
双方とも情報衛星が必要だ、と説明した。これがあれば分隊単位での同時処理が可能になってくる。湾岸戦争からのフィードバックが著しいらしい。
「それを五千セット、三日で用意できないでしょうか」
「……大至急調達させる。最悪空中投下渡しだ」
「ご迷惑お掛けします」
丁寧に頭を下げる。無茶を言っているのは理解している。
「ワシントンはイーリヤ少将の要求を飲む。問題は物理的な部分だよ」
後は任せろ。ジョンソン少将は島とサルミエの為に超がつく音速戦闘機を二機用意してくれた。
エステリの軍用空港に着陸した島を、空軍基地司令官らが迎える。
――マッハ二とか三というのはジャンボジェットの圧とさしてかわらんものなんだな。
変に軽い感嘆に囚われてしまうが、すぐに現実に戻る。
「空軍基地司令官です。先だっての救出の手配に感謝いたします」
「それはシュトラウス中尉に言ってやって欲しい。彼は何の見返りも求めず、命をかけて任務を遂行した。私の手柄ではない」
あの時点では事実何の補償も提示していなかった。拒否する選択も幾らでも出来たのだ。
「機長への勲章を上申致します。空軍司令官が認めるかは定かではありませんが」
どっちつかずの態度をとっていたので、全てが終わるまで動かない可能性が強かった。些細なことであれ意思を示すことは少ないだろう。
「ダメなら私が授与するよ、陸軍からのもので良ければな。陸軍司令官イーリヤ少将だ、貴官らもチナンデガの会議に出席して貰いたい」
基地司令官らは顔を見合わせて頷いた。もう後戻りは出来ない、ならば全力で背を押すしかないと。
三機のヘリが四機の戦闘機に護衛されてエステリからチナンデガにと向かう。一時間と掛からずに、軍駐屯地に辿り着く。グロック大佐が待ち受けていた。
空軍基地司令官らの姿を認めて三人にそれぞれ敬礼する。同道したのが意外であったが、全く顔には出さずにいる。
「閣下、議会を召集してあります」
「解った、すぐに始めるぞ」
駐屯地から政庁に向かうため車に乗り込む。慌てて将官座乗の旗を追加してきて、何とか二台で出発した。機内でサルミエ大尉が一報しておくべきであったが、細かいことなので指摘もしない。
政庁ではエーン少佐が控えており、少将の記章を用意してくれていた。サルミエにも大尉のそれを渡す。
「閣下、ヒノテガは中佐が動けずに参加が出来ません」
――きな臭い地区だ仕方あるまい。
「うむ、知事に代弁させよう。軍務を優先させる」
最低限の兵力しか残していない異常事態で、責任者を引き抜くわけにはないかない。一刻の判断の遅れが崩壊に繋がりかけない地域では尚更に。
会議室に四角くテーブルが繋げられる。島を上座に据えて、左からサンチェス長官ら政治の代表が座る。右にはラサロ准将ら、軍事の代表が。反対正面にはコステロ総領事が席についていた。
「緊急召集に応じていただきありがとうございます。陸軍司令官イーリヤ少将です」
パストラ政府からの任命状を示し、ラサロ准将の昇進と北部軍司令官交替も通知した。突き上げの犯人らとしては、意見が届いて納得したらしい。
「パストラ首相とオヤングレン大統領の真意を確かめてきました」
言葉を区切る。誰しもが知りたいと思っていた重大事項である。何か発言があってもまずは聞こうとの姿勢をとる。
「両氏は良かれと思いクーデターを許しました」
唸り声が上がるが誰もが理解することはなかった。島もそうであったように、この時点では反発心が芽生えるだけである。
「オルテガ派の人物がオルテガに拠るように、利権目当ての人物は北京に拠りました。パストラ首相は、まさか残るのがこうまで少ないと考えなかったようで、一気に勢力を弱めすぎリバスで苦境に陥った次第です」
そう説明を受けて、確かに隠れていた繋がりが白日のもとに明かされたと頷く。
「リバスは独力でオルテガに対抗出来なくなり、その計画は頓挫してしまいます。ですが北部同盟が参戦するならば、希望が残ると仰有りました。答えがいずれであろうと、内戦を長引かせるのは国民に負担を強いるので、決戦に臨みます」
負け覚悟で玉砕するのは果たしてどうなのか、解釈は様々であるが近いうちにかたがつく見通しをだと聞かされる。難しい表情を浮かべた、ついにサンチェス長官が口を開いた。
「イーリヤ少将の考えはどうでしょうか」
いつもならば調整役として後に意見を求められたが、今回は真っ先に尋ねられた。
「私は北部同盟の答えがどうあれ、クァトロを率いて参戦します。北部軍はラサロ准将に引き継ぎました、オルテガ大統領も戦力をみて交渉を持ち掛けるでしょう。粗略には扱わないと、懐柔を示すのではないでしょうか」
幾ばくかの特権を与えて現状を認めるならば、内戦を続ける理由などなくなる。双方が歩み寄ることが出来るはずだと語る。
「北部軍は北部同盟の方針に従います。州境を閉ざし嵐が過ぎ去るのを待つのも一案」
決して軸を見誤らずラサロ准将はなすべきことをなすと言い切る。
――そうだそれで良い。道を選ぶのはニカラグアの民だ、俺じゃない。
「あまりに重大な事案だ。しかし我々は決断しなければならない。我々にはその義務と権利がある」
会議の参加者に誰となく語りかける。サンチェス長官が一人一人を見詰めた。
「ニカラグアで革命が起きるたび、民は不安にかられ、やがて裏切られた。王家は贅沢の限りを尽くし、サンディニスタ政権は搾取を続けた。オヤングレン政権に移り変わり、ようやく国が定まったかのように思えたが、このような状態にある。我々は次代の若者にこの国を受け継がねばならん。絶望する未来を黙って見過ごして良いのだろうか、北部地域のみが素知らぬ振りをする姿は若者の目にどう映るだろうか」
かつて暗黒の時代を送ったサンチェスの親世代の話、それは聞くに耐えない地獄であった。後戻りすれば今の赤子も一生そのような人生になる、決まりきったようなものだ。
「欲しければ私の命くらい幾らでもオルテガにくれてやる。だが、国の未来まで渡すつもりはない! チナンデガ州はパストラ首相に従い、決戦に向け全力で支持する!」
「エステリのような小さな州でも出来ることはあるだろうか」
知事らが次々と参戦を表明する。ついには北部同盟参加の全州がパストラ首相を頂くと宣言した。
「北部軍は方針に従い、陸軍司令官イーリヤ少将の指揮下に入ります」
ラサロ准将が起立敬礼したので、大佐らも同様にそうした。近しい者の未来のため、それならばなんの躊躇もいらないと。
「皆、ありがとうございます。私が最後の一兵になろうとも、前へ進むのみです」
意思を確認し決戦へ踏み切ることを決めた。この場で序列を定めてしまう。
「ニカラグア陸軍参謀長グロック大佐。北部軍司令官ラサロ准将。リバス連隊長ロマノフスキー大佐。チョンタレス連隊長フェルナンド大佐。陸軍憲兵司令ノリエガ中佐。陸軍後方司令オズワルト中佐」
陸軍に連なる者を一気に示す、ここから先、事態は加速を続けるのであった。
「オルテガ軍が攻撃を仕掛けてくる前に、こちらから攻勢に出る必要がある。三日後の○八○○に出撃だ」
あまりにも準備時間が短いため武官らが渋い顔をする。それでは予備の兵士らを召集することも出来ないと。グロック大佐が雰囲気を受けて言葉を補った。
「全員が揃わずとも構わん。可能な限りそこに合わせれば良い。連絡がつかねば街頭放送だろうと何だろうと使え、オルテガに気付かれようと、対応より先んずればそれで押しきる」
間に合うかどうかなど関係無い、やるといったらやる、その意思を浸透させろ。端的にパストラ首相の方針を示したことになる。
「武器弾薬、通信機器、糧食に車両、あらゆる装備をクァトロよりニカラグア陸軍に供与する。相手にとって不足はない、知恵と僅かばかりの勇気を出してほしい。良いか!」
「スィ! ドン・エヘールシトコマンダンテ!」
ラサロ准将以下が陸軍司令官に返答した。この場にレティシアが居たら、男は馬鹿だと声をあげただろう。ふとそう浮かんでしまい、島は微笑を漏らすのであった。
◆
「北部地域で大動員が掛けられております」
オルテガ中将の専属副官として、ヴィゼ大尉が従っていた。チナンデガ司令官であったヴィゼ准将の息子である。
父が不名誉な退官をしてしまったので、汚名を返上しようと軍務に励んだ結果だ。親の罪が子に及ぶわけではないが、狭い業界社会である、中には口に出さずとも冷ややかな目を向ける者も居た。
「七日以内に来るだろうな。予備役や民兵募集の呼び掛けを行わせろ。第一陣を五日で編成しろ」
「総司令官閣下、七日は必要とします」
相手を見てから行動を起こすのだから、七日では全く話にならない。だが副官大尉が言うことも正論であった。
「ヴィゼ大尉、貴官の意見を求めてはおらん。五日だと軍に通達を出せ、次は繰り返さんぞ」
「失礼しました、ドン・ヘネラリッシモ!」
――ようやくパストラ首相の真意を知ったか。まだ間に合う、今ならばな。
ウンベルトも実はパストラの企みを知っていた。それどころか状況が決まれば軍を率いて戦うつもりであったのだ。
ところが予想だにしないような傾きを見せてしまい、身動きがとれなくなってしまっていた。島の働きも予測を越えており、役どころに不都合が生じる。そんな折に兄のしょぼくれた姿を見て、シナリオを変更したのだ、オルテガ派の軍部責任者として罪を引き受けると。
自らも大統領に報告するために部屋を出る。総司令部から大統領府までは車で十分と掛からない。警備に敬礼を受けて中に入る。
大統領執務室、何度通ったことか短く過去を振り返った。すぐにドアをノックして足を踏み出す。
「閣下、報告に上がりました」
「お前か。チョンタレスではしてやられたようだな」
地方の州で統制を失ったのを耳にしているようだが、それほど不機嫌ではなかった。というのも空軍の半数がオルテガ大統領に忠誠を誓ってきたからだ。
「まさか北部軍が南から攻めてくるとは考えませんでした。私の不手際です」
海軍が山を越えてくるのを予測しろとは無理な話である。だが現実には千年以上も昔に、軍船を担いで山越えした猛者がいた。戦場の奇策は常識ではかることが出来ないものである。
「大勢に影響はない。フェルナンドとやらは、大佐止まりの退官寸前士官らしいじゃないか」
チョンタレス連隊長に就任したのが、過去の対クァトロ連隊長というのでそりも悪かろうと読みを見せる。
「訓練基地の司令についておりました」同意するわけでも注意を与えるわけでもなく続ける「北部で大動員が掛けられております。我が軍も五日の線で増員を発令しました」
「三日だ。あの男ならば五日もかけていたら後手にまわるぞ。四日後にリバスを攻め落とすんだ」
三日。現役が待機に入り、出撃を整えるまでに掛かる目安がそれである。動員でその数字を出すには、社会的な損失が大きくなりすぎる。
「はい閣下。国民の動揺を招きます、対策を必要とするでしょう」
行政として何らの補填が必須だと指摘する。誰もが積極的に志願とは行かない。
「財源はロシアからの借款だ。国を取り戻せさえしたらどうとでもなる」
――ロシアの属国か。それで安定するなら或いは構わんのだろうが、ロシアがいつ倒れれるか解らん酔っぱらいだ、軽々しくは認められん。
「ロシア情報庁とやらのものらしき死体が幾つか出ました。身許を示すものが出ないので、推測ですが」
体格がよく筋肉がついていて、滞在ロシア人に該当しない死体が複数。もし違うならば何なのか、そちらの方が問題になる。
「口ほどにもなくしくじったか」
「若いやつらだけで、トップらしき年齢のは出てませんが」
下っぱがどうなろうと頂点が生きていれば再編可能である。だが今働きを見せられなければ、全くの無駄であった。
「どぶに浮かんでいるんではなかろうな」
何をしているやら。要人暗殺がいかに困難かを知らないわけではないが、押し掛けてきた割りには情けないと吐き捨てる。
「対策の件はお忘れなく」
「解っている。マナグア学長も軍以外の被害を抑えるなどの措置を助言してきた。余計な拡大はせんよ」
――あの学長がか。飛び道具は何も銃器だけではないらしいな。
「それでは閣下、軍務に戻らせていただきます」
「ウンベルト、勝手に死ぬなよ」
大義のために板挟みになる、彼の心は強く締め付けられていた。
◇
チナンデガ陸軍司令部。島の側近が集まっている。新たにラサロ准将が加わり、パストラ政府軍の総司令部として機能を大幅に追加していた。
掛けた動員は三割程しか効果がなかったが、訓練中隊が六個編成された。それらを州に振り分けて治安維持に従事させる。火事場泥のような輩が現れるようならば、警察の補佐に利用するつもりで。
「閣下、海軍は中立を確認しています」
グロック大佐が概況説明を行う。大枠を埋めたのちに詳細に入る。
「空軍は五つに一つがこちらか。半数はあちらだったな」
アメリカの戦闘機が制空権を維持する見込みのため、正確に空軍力は反映されない。だからといって任せきりにもならない、これはニカラグアの戦いなのだから。
「はい。陸戦力は八対五で劣勢。こちらの攻撃兵力は北部三千、南部千五百。機甲の大半は首都です」
「随分と食らい付いたものじゃないか。俺がホンジュラスに来たときは、たったの四人だったよ、しかも素手で」
それから見たらこうまで恵まれた環境になり、何の不満も出てこないさ。笑顔で報告を是認する。
「ホンジュラス、コスタリカ、並びにアメリカの野戦病院が国境に設置されました。またフォンセカにも有志の仮設病院が」
――プレトリアスか。後送に宅配業者を特注と言うのも聞かんね。
「負傷で命を失う可能性が低くなるのは歓迎だ。誰もそれを妨害しないだろう」
戦場真っ只中ならば恐慌にかられて巻き込むこともあるが、後方にあってわざわざそれを攻撃するような者はいない。怨みを買うだけでなんの目的も達することも出来ないからだ。
「国際世論は内戦の責をオヤングレン大統領に向けております」
オルテガを追放し、自らが大統領になった事実は変わらない。その上で外国に逃げ去り、内閣に抗戦を指示しているのだからそうもなる。
――非難や輩を一身に集めて、国を繋ぐつもりか。この意思を断ち切るわけにはいかん!
「最後に勝ったものが正しい。世論はそれでまとまる」
遥か昔からそうであったように、敗者の意見など奈落の彼方に消えてしまう。勝てば官軍、負ければ賊軍。時代も地域も問わない真理はこの言葉に集約されている。
「オルテガ中将も動員を掛けた模様。かなり急がせているよですが、防衛にまわれるかは微妙な線でしょう」
「二十四時間だ。こちらが動員を掛けはじめてから、それに気付いて対抗したならば一日の差が勝負になる。中将が手を抜いたとしても大統領がそれを許すまい」
極めて正確に情勢を読んだ。軍部が強ければ七日から十日をと考えたが、総司令官の立場からして短く言い渡されるのは目に見えている。
「レオンを二十四時間で抜くのは至難の業です。リバスとチョンタレスからマナグアへ刺し込むしかないでしょう」
――レオン軍は意地悪く阻止をするだけで良いからな。だがマナグアからリバスへ行かれたら守りきれまい。
エルサルバドルから謎の中古車が大量に輸入されてきていた。迂回するにしても手段が足りないことは無い。
「ラサロ准将の考えはどうだろうか」
北部軍司令官の知恵を借りようと意見を求める。やはりこの地に産まれ、この地で育ったアドバンテージは無視できない。
「公道を封鎖するのはまず外すことはないでしょう。幹線道路然りです」
軍が移動をするだろうヶ所を閉め切る、それは間違いない。だから困っているのだ。
「陸も海も空もとなれば隙はないな」
「ですが全てに完全阻止可能な戦力を配備出来るわけではありません。エステリから1号公道を南下し、26号公道を少し西へ行くと、22号公道の山道がありマナグア湖隣のラスペラルタスという小さな町に出ます。そこから湖沿いをマナグアへ進むことが出来ます」
地図を参照するが22号公道は記されていなかった。縮尺を変えた地図を広げると、細いながらも道を見つけることが出来た。レオンとマナグアを結ぶ12号公道はガチガチに固められているだろうが、こちらの裏道はどうだろうか。
「もし俺がそのあたりの守備隊ならば、ラスペラルタスの少し北側に検問をおくだろう。グロック大佐はどうだ」
地図を見つめてレオン軍の手持ち戦力を想像しながら考える。明らかに二線級の部隊を置く箇所であり、タマリンドという12号公道と22号公道が交差する町までは監視位しか置かれていないはずだ。
「ラスペラルタスに監視を、タマリンドとの間にあるラ・パスセントロに工兵を置いて、侵入部隊の規模によっては22号公道を破壊するでしょう」
時間を稼いでいるうちにレオンからの増援をとの寸法だ。それは島にも充分納得できる対応であった。
「州兵の多くはその生活出身地の近くで勤務します。公道を破壊して困るのは自分たちなので、ギリギリまで壊しはしないでしょう」
――それはそうだ。国の命令で壊しても、自分たちを助けてくれるわけではない。早急に要所を確保出来れば突破できるかも知れんぞ。
「ラ・パスセントロの傍、その沿岸公道と22号公道の交差点が戦略重要地だ、ラスペラルタス北の山道とを押さえることが出来れば迂回は成功する」
敵の支配地奥を本隊に先んじて占拠、しかも増援されるまでは単独で戦い続けなければならない、空挺兵の戦場と言えよう。
「An-26、アントノフで四十二名、Mi-17、ミルで三十名までを輸送可能です」
空軍基地司令官が、兵員輸送可能なのがその二機しかないと情報を提供する。七十二名と武装諸々を一度に運ぶ限界、これで交差点を死守しなければならない。
「山道はどうだ」
突破までの時間から今度は負担を逆算しようとする。
「機甲部隊を集中投入することで迅速な突破が可能でしょう」
ラサロ准将が読みを披露する。ニカラグア軍の思考基準に詳しい者の見通しである、全くの外れとはなるまい。
「レオン軍よりの鹵獲車両の一部が利用可能になっています。どうしても修理不能なものはパーツとして分解しています」
――このタイミングで鹵獲について触れてきたか。グロックはレオン軍を装って奇襲をかけろと言っているわけだ。これは戦争だ、欺かれる方が悪い。
「鹵獲車両の一団に軍旗を掲げさせ、後続の北部軍に追わせるか。検問を通してくれたらラッキーだな」
止められるにしても接近が可能ならばまた違った戦術が利用できるだろう、そこは現場指揮官の裁量である。司令部としては輸送機の安全と作戦立案、配備に装備の調達を担当することになる。
「検問箇所がわかれば百五十二ミリで砲撃可能です。26号公道まで進出しなければならないでしょう」
長大な射程を有する大砲であってもそこまで行かねばならないのだ、不都合が起きればそれまでの作戦を立てるわけにはいかない。
――いきなり他力本願では情けなくて涙が出る。所詮そこまでの男だと。
「空軍基地司令官、百二十ミリの空輸は可能か?」
一回り小さなものを指して可否を尋ねる。無理ならば更に小型のを選ぶしかない。
「可能です。ただし攻撃を受ければ回避不能です」
「全力で護衛すると?」
「その後、数時間は全軍への航空支援が出来ません」
限りある戦力を何処に傾けるか、その方針如何で他のヶ所が崩壊する。だからと満遍なく配備するのは愚の骨頂と断言できた。
――地対空ミサイル、SA2やスティンガーを装備させてやれば独力で対抗可能だ。
「参謀長、地対空ミサイルの装備は」
「五十です。ニカラグア空軍は積極的な地上攻撃を控えるでしょう」
「四倍に上げろ。対空戦闘力の向上を敵に漏らせ、抑止力として機密情報を利用する」
増やせと言われて簡単に品が手にはいるわけではない。近くにアメリカ軍が居なければ。ジョンソン少将が様々物資を積み込んできているのを知らねば、司令官が狂ったのかとすら思われかねない。
「了解しました。使用記録をとらせて、終戦時に散逸しないよう注意します」
アフガニスタンでアメリカがばら蒔いた品が、後にイスラム過激派に流れて世界の空を危険に晒した。その轍を踏まぬように手順を義務付けた。
「ヌル中尉。百二十ミリでこの公道のいずれかにある検問を砲撃するのには、何処に砲兵陣地を設置すべきだろうか」
部屋の隅に控えていたヌルを指名して招き寄せる。意見を参考にするため彼も島の傍に在った。
「こちらの山岳、この窪地が最適でしょう。地理的に砲撃音が散ってしまい、簡単には見付かりません」
公道東の山岳を指差した。マナグア湖の真北になる。
「ラサロ准将、護衛小隊を先行させろ。山岳歩兵だ」
「はい、閣下。すぐに出撃させます」
早くつけば待機をさせておけば良いと、副官に手配させる。早すぎは困るが、どう見積もっても二十四時間以上待ち惚けにはなるまい。
「山道の迂回だが、責任者を誰にすべきだろうか」
答えは決まっていたが、敢えてそう口に出す。誰かの推薦との形をとりたかったからだ。
「フーガ少佐を推させて頂きます。機甲コマンド司令でもあり、能力的にも問題は見られません」
ノリエガ憲兵中佐が発すると、幾人かが適切な人物だと頷いた。空軍基地司令官らは黙っている。
「参謀長、どうか」
注意があるならば述べるようにと指名して発言させる。逆に考えるならば、一つ何かを指摘しろと言っているのだ。グロックが目を細めて不足が何かを思案する。
「機甲、砲兵、空軍、機械化歩兵、空中機動歩兵、それらを繋ぎ指揮をするにはフーガ少佐だけでは荷が重くなるでしょう。エーン少佐を副長に起用しては?」
ニカラグアではなくアメリカ空軍であったり、フランス海軍、義勇軍、クァトロ、リバス政府。様々なヶ所と連絡をとることになった時に強みを発揮する。その点フーガ少佐では見えてこない部分が多すぎた。
「エーン少佐、良いか」
「閣下のお言葉通りに」
「迂回部隊はフーガ少佐の第一コマンドを充てる。エーン少佐は次席に入り連繋の調整を担当しろ」
「ヴァヤ ドン・ヘネラール」
無表情で命令を了解する。島の護衛はアサド先任上級曹長を信頼することにしたらしい。
「ヌル中尉、エーン少佐と共に在って職務を遂行しろ」
「イエス・マイロード」
その返答に空軍基地司令官らが奇妙な顔をした。理由を将来に知ることになる。
「ラサロ准将、チチガルパに司令部を置いてレオン軍を攻撃しろ。突破可能ならばマナグアへ進軍だ」
「はっ、陸軍司令官閣下」
北部への侵攻は少ないだろうが、全くないとも言えない。つまるところ陸軍司令部を陥落させればとの思惑で。
「ノリエガ憲兵中佐、陸軍司令部の防衛は貴官の任務だ」
「承知いたしました」
――リバスがどこまでマナグアに食い込めるかだな。正面からぶつかっても数で圧倒される、要所を速やかに制圧するしかあるまい。ロマノフスキー、マリー、頼むぞ!
大方の方針会議を終えて、参謀長から解散の声が出された。泣いても笑っても数日のうちに始まり、結果どうあれ終わる。最後にマナグアに立っていられるのが誰か、当事者たちにも全くわからなかった。
国民の緊張も高まり、騒動が起こるのも近いと感じるものが増えていった。島も全てを出し尽くし仲間を信じるのみである。
◇
リバス政庁に設置された南部司令部。最高司令官代行はパストラ首相である。実際にはロマノフスキー大佐が指揮権を握っていた。
それもそのはず、北部から引き連れてきた補給部隊だけでリバスとチョンタレスの兵力と変わらないのだ。そこへきてチョンタレス民兵がクァトロの指揮下に加わると申し出たのだから、力関係がかなり傾いている。
「イーリヤ少将は手段をとやかくは言いません。目的を達する為に全力を尽くすだけです」
「そうじゃな。アレはずっと変わらん性格をしておる」
一番の特徴は頑固者というところだと笑った。パストラを主座に据えて、ロマノフスキー大佐、フェルナンド大佐、マリー少佐、ロドリゲス少佐が席を占めている。
「動員は失敗しました。リバスは元より駆り出されていた下地がありましたが、チョンタレスで数十人が応じた程度」
昨日今日に管区を引き受けたばかりの連隊長らを責めるわけにはいかない。島ですらチナンデガで最初に募集した時に、似たような結果だったのだから。
「あるもの勝負は向こうも同じじゃよ」
ニカラグア向けの海賊電波で国民の多くが、オルテガ大統領が押し切れていない事実を知ってしまった。海外世論がオヤングレン大統領を責めていても、オルテガ大統領を支持しない結果も流されている。
「マナグアの州兵は四千程度です。首都警備自体は千人を少し越えるだけで」
以前首都警備をしていたロドリゲス少佐が概況を申告する。脅威なのは首都防衛の主力、機甲大隊であった。歩兵の数十倍の火力を機動的に発揮できる集団で、満足に運用されたらそれだけで劣勢が敗北になりかねない。
「チョンタレスへの補給に多数の対戦車砲が持ち込まれている。実戦訓練になるが対抗は可能だろう」
扱ったことがない兵器を最初から上手くは使えないが、二度目からならば計算できる。フェルナンド大佐は強気の姿勢を見せた。
兵器である以上はそのように設計されているので、確かに一発外せば二発目は当たりも増えるはずである。
「それだが、試し撃ちをさせておくと良い。費用には目を瞑ってな」
赤字は引き受けるからと、高級で名高い対戦車砲で練習させたらと提案する。
「アメリカ持ちと言うわけか」
ふんと鼻を鳴らす。マリー少佐が立ち上がり抗議しようとするのをロマノフスキー大佐が制した。
「フェルナンド大佐、何か言いたいようだからこの際全て言ってみてはどうだろうか」
部屋に緊張が走る、ここで関係に亀裂が入りでもしたら全てが水の泡になってしまう。
「俺は以前からニカラグアの為と思い、良かれと軍務に就いてきた。だがどうだ、外からやってきたやつが国を荒らして、挙げ句の果てには決戦だと? どうかしている」
「なるほどそうだな。では聞くがずっとサンディニスタ政権のままでニカラグアは良くなっていたのか? 今のロシアを見てみろ、なりふり構わずクリミアやウクライナに手を出して、国内の不満を外に向けている」
それだけ不安定で先に希望が持てていないことの裏返しだ、彼は言った。
「それが理由にはならん。我々がそう望んだのなら、結果がどうなろうとまだ耐えられる。だが外国人が決めた未来でどうして納得行くものか!」
つい強い口調になってしまう。真実フェルナンドはニカラグアを想っているのが伝わってきた。
「ならば貴官が未来を決めたら良かろう。ボスは――イーリヤ少将はそれを容れるはずだ」
「馬鹿な。己の持てる全てを注ぎ込み、何も求めないはずがない」
「普通ならな。だがボスは求めない、俺はそれを知っている。だから共に命を賭けて戦っているんだ。フェルナンド大佐、理想があるならそれを実現させる努力をしないか? その為にサンディニスタ政権が相応しいならオルテガ大統領に従えばよい。オヤングレン大統領が良ければそうすべきだ。誰も貴官を縛りはしないよ」
俺達は好きで全てを捧げている、ただそれだけだと優しく語った。マリー少佐も怒りを鎮めて理解を示す、見返りが欲しくてやっているわけではないと。
「フェルナンド大佐、儂は革命を起こして後悔していない。今になりまた機会が巡ってきたからの。貴官の気持ちを教えて欲しい」
マナグアでも北京でも止めはしないと約束する。彼の意思を尊重したい、その場の皆が頷く。
「今まで死んでいった者達は、何の為にだったのか……」
ただ上からの命令だと死を強要された部下たちの顔が浮かぶ。
「信じても良いのだろうか?」
ロマノフスキー大佐の目を見て問い掛ける。今の今まで孤独に戦っていたのだろう、拠り所を見付けて鼓動が早くなっているのが解る。
「貴官が信じる限り、それは裏切られず忘れ去られもしない。俺が保証する」
じっと見つめ返して胸を張り断言する。証をたてろと言われても何もなく、言葉しか示せないがフェルナンド大佐は決意した。
「パストラ首相閣下、フェルナンド大佐は政府に忠誠を誓い国民に命を捧げます」
「貴官の命、パストラが預かる。頼り無い政府で済まなかった」
パストラが頭を下げる。もっと確りと国を主導していければ、このような想いをさせずにすんだと。
「ロマノフスキー大佐、チョンタレス連隊は南部司令官にリバス連隊長を推す。指揮をお願い出来るだろうか」
「承知した、指揮権を預かる」
二人を見てパストラが「最高司令官代行としてロマノフスキー大佐を南部司令官に任命する」宣言した。並列していた部隊が一本の軸を通すことにより強化される。簡単なように見えてこれが一番難しい。
話が作戦内容に切り替わり、時期を見計らってマリー少佐が申告した。
「クァトロですが、外国人居留者を募りマナグアに潜伏させております」
至るところで募集していて、島にも許可を貰っていたが、何をさせているかは今初めて明かす。
「目的は」
「戦闘時の避難誘導が役目です。ニカラグアは諸外国の責めを負うわけには行きません」
在地の外国人が死傷すれば非難されてしまうのは道理であり、またそれを口実に介入の恐れすらあった。それを保護する役目はハラウィ少佐の義勇軍になる。この時点で全く連絡を取っていないが、心配していなかった。
「避難先を決めよう。ロドリゲス少佐、マナグア市街地で二ヶ所候補地をあげるとしたらどうだ」
分割するわけではなく、一方が使えない場合の予備として考えるために尋ねる。軍事拠点に近すぎたり避難するに遠すぎると別の問題が生じてしまう。
「デニスマルティネス国立競技場、またはニカラグア自治大学でしょう」
近隣にあり規模が大きく知名度が高い施設で、国家としての利用に名分が立つとの見込みだ。
「ニカラグア自治大学ならば、双方が手を出しづらかろう。避難先はそこにしよう。閣下、宜しいでしょうか?」
まとめた意見を上げて承認を求める。政治的な配慮で否と言うならば競技場に代えるが。
「学長に一報しておこう。彼も嫌とは言うまいよ、聖域に指定されることをな」
問題は義勇軍とやらを受け入れるかどうかじゃ、パストラが呟いた。
「ハラウィ少佐はルッテ教授を通してマナグア学長に接触をしております。国際義勇軍を国防軍よりは信用するでしょう」
お恥ずかしい限りであります。その国防軍の南部司令官になったばかりの男が謝罪する。自国民に信用がない国防軍など、中国やロシアと同列なのだ。
「儂が負う責めじゃよ。レバノン政府に礼を述べねばならんな」
国内最大の外国人居留民がシリア、レバノンあたりの中東の民なのだ。
「制水権はどうだろうか? マナグア市街地北側は水上部隊の戦場になり、移動も道路を使うより遥かに有利」
「そいつは手が無い。残念だがそこまで手配が及ばなかった、陸で何とかするしかないな」
「フィガルパへ水上部隊の攻撃があったが、あれはリバス政府のものでは?」
正体不明の水上戦力について大佐が指摘してみる。ロマノフスキーもそれについては概要しか知らされていなかった。
マリー少佐はハマダ中尉がそれを率いていたことを明かして良いか悩んだ。明らかな内戦介入で、外国人が戦いに加わった証拠になってしまう。
「リバスに水上戦力は無い。どこの部隊じゃ?」
ロマノフスキーがマリーの様子を見て悟った。
――ボスの手勢か。すると三日月島の奴等だな、バスター大尉あたりが指揮官とするとうまくない。事実として船は有るわけだ、そこだけを利用するか。
「何者かはわかりませんが、船があるなら接収しましょう。国の一大事です有無を言わせません」
「所有者に後の補償を約束する書面を発行してやるんじゃ」
承知しました。パストラも深くは追及せずに終わらせてしまう。
「ティピタパ河を遡上させれば、ニカラグア湖からマナグア湖へ出られます」
水深が浅いので軽い船しか渡れないとロドリゲス少佐が注意を与えた。
「小さな船ならば技術者も少なくすむでしょう。民間から雇っても構わないのでは?」
船頭をどうするかの問題に踏み込む。攻撃をされるのがわかっていて、協力を約束してくれる者は極めて少なかろう。かといって数時間の指導で満足に扱えると考えるのは甘い。
――フランスの民間人か、あからさまだな。船か……別に修理したりまでの能力は求めん。操縦だけ出来れば良いなら俺でも可能だ、一時的にならば何とかならんか?
「例えばだが、教官に逐一指示されながらならば素人が操縦出来ないだろうか?」
その場の皆に問い掛けてみる。一般的な感覚がどうなのかを。
「儂は無理じゃ。車の運転が出来れば速度的には全く問題なかろうが」
「指示があれば出来るだろう」
「自分は可能だと考えます。専門用語については不理解ですが」
「走らせるだけならやれるでしょう。戦闘まではわかりません」
比較的難しいと考えられるのは操縦以外の部分だと反応があった。
――隣に教官が居るようなら最初から困らん。だが隣に居るかのようにして扱える何かを俺は知っているぞ!
C4システムがあった。戦車すら動かせるのだから、時間があれば船などお手の物である。だがその時間が無い。
――船内外をカメラで撮影しながら、操縦者に逐一指示を出す。専門名称を省く手順と、誘導札でも貼ってやれば移動位は計算できるな! 個人通信機が鍵になるぞ。
「水上部隊は移動用にならば運用可能と判断した。監視カメラと通信機がかなり必要になる」
「監視カメラ位ならばリバスにも幾らでもある。通信機か……」
パストラも困っていたようで、通信機は数が少なかった。ハンディトーキーあたりでも行き渡っていない。
――ダメで元々、無ければ携帯電話を山ほど用意するなどするしかあるまい!
煩雑にはなるが代替が効くだけましだと割り切る。
「通信手段は何とかしましょう。ロドリゲス少佐、貴官が水上部隊の指揮を。最前線への武器弾薬の補給だ」
これが無ければ手持ちばかりを気にして戦わなければならなく、かなり勢いが削がれてしまう。
「了解です。あるもの勝負が戦場のルール、やってみせます」
「マリー少佐、第四コマンドを率いてマナグア宮殿を占拠するんだ」
「革命動議の守護者よ再びですか、胸が踊ります」
確りと頷いて命令を了解した。
「フェルナンド大佐、マサヤ州からマナグアを目指し攻撃を。必ずしもマサヤを占拠の必要はない」
「少しでも突破させます。チョンタレスの維持はこの際不要でしょう」
もしそちらに兵を割いてくれるならば逆にありがたい、そう余裕を見せる。
「俺はリバス連隊と共に公道1号を北上しよう」
「リバスとて維持の必要はない。儂も後衛につこう」
「かなりの危険を伴います」
もし攻撃を受ければ守りきれる保証はないと注意する。
「マナグア宮殿に入り政権奪還を宣言するまでは簡単に死なんよ。一刻を争う段階でリバスに居るなど、笑い者だろう」
「承知いたしました。総予備として自分の後衛におつき頂きたい」
「うむ。足手まといにはならんよ」
粗方の方針を定め、ついに内戦は天王山を迎えることになる。後悔はない、全員が全てを注ぎ込んで前へ進む、ただそれだけであった。
◇
「偽装部隊が山道に進入しました」
「五分隔てて我等も進むぞ」
第一コマンド司令――フーガ少佐が抑揚をつけずに命じた。ニカラグアの歴史に刻まれるであろう戦いが始まる。
「砲兵陣地より、通達から三十秒で砲撃が可能です」
既に発射準備を整え命令を待っている。発砲せずに終わったとしても、砲弾の無駄など全く問題ない。
レオンの北西、チチガルパではラサロ准将の部隊が戦闘を開始していた。これまた費用が桁違いにかかる連装ミサイル兵器を、雨のように降らせてから始めたそうだ。
「少佐、五分です」
「よし、進軍だ」
タイムキーパーを務める副官がいささか早口で告げる。装甲戦闘車両が一斉に移動を開始した。
先頭は戦車で三両ずつ二組が間を置いて走る。二個小隊、つまりは一個戦車中隊である。
「偽装部隊が停車しました」
あからさまに怪しい集団だと、検問所で停止を命じられたようだ。調べられる前に攻撃を始めた、すぐに双方で撃ち合いが繰り広げられる。
「砲撃だ」
フーガ少佐の命令がエーン少佐に下された。すぐにヌル中尉が座標を指定し砲撃を加える。
発射から十数秒で検問所付近に着弾した。偽装部隊が少し後方に退く、位置を修正した二発目が検問所を跡形もなく吹き飛ばした。
アスファルトを傷付けながら戦車が煙の中へと突入する。警備部隊はなすすべもなくそれを見逃すしかなかった。
「司令、検問所を突破しました」
「交差点を確保している歩兵を拾いに行くぞ。装甲偵察小隊を先行させろ」
敵発見に特化した偵察車を急がせる。戦車の二倍は速度が出るため、さほど経たずに先頭が入れ替わった。
砲兵陣地は最早用事を終えたが、徒歩で下山しても仕方ないため、戦争が終わるまで待機を命ぜられることになる。彼らにしてみれば何とも言い難いところであるが、了解する以外に無かった。
「南部でも戦端が開きました」
エーン少佐がヘッドセットから、ローカルチャットで連絡した。ジョンソン少将が無理をごり押ししたので、半数が出撃前に配布されていた。残りは今朝がたチチガルパに空中投下されたらしい。
「ここの突破を軽視するほど、オルテガ中将閣下は甘くはないだろうな」
直接は会話したこともないが、そうあるべきだとフーガ少佐が呟くと、エーン少が頷いていた。
◆
「ウンベルトを呼べ!」
朝からオルテガ大統領は怒鳴りっぱなしであった。予想外の早さでパストラ首相が攻撃してきたからである。
報告の為に丁度やってきていたのか、オルテガ中将がすぐに顔を出した。
「大統領閣下、本格攻勢を仕掛けてきております」
「解っている。戦況はどうだ」
細切れの報告しか届かないので全体が見えずにいた。それもそのはず、軍はオルテガ中将の総司令部に報告を集めている。
「レオンの北西にチナンデガ軍が、マナグア北東にヒノテガ軍が。南部にはリバス軍が進軍してきております」
同時攻勢、つまりは北部軍が完全にリバスの指揮を受け入れたと判断できる。規模的には主客転倒であるが、現実を優先した。
「押し返せるんだろうな」
「はい。戦力はこちらが圧倒しておりますので、二日もかからずに撃退可能です」
それだけに何故攻めてきたのかを考えねばならなかった。弟の泰然自若とした返答にようやく落ち着きを取り戻す。
「何が狙いだ? 私の暗殺だとしたら、戦争そのものが陽動か」
「その線は少ないでしょう。暗殺では内戦がおさまりません」
そう言われて確かに自身もオヤングレンやパストラを除く選択をしなかったのを思い出す。それでは何故と振り出しに戻る。
「お前の見立てはどうだ」
「一部の機動戦力による要所の制圧」
全体ではオルテガ軍が優勢だが、優勢は勝ちではない。真に確保しなければならない場所だけを攻め落とせば、立場は入れ替わってしまう。
「全てを個別には守れんわけだ。防衛線を抜かれた時が赤信号か」
「マナグア湖西の公道に敵が侵出してきております。少数ではありますが」
水上警備艇を派遣したと、様子を見ていることを伝える。もっと引き付けてから食い止めても、遠くでばっても結果に大差はない。
「公道の何処かに瓦礫を積んでおけ、それで立ち往生するだろう」
破壊しては修繕に苦労するからと配慮を見せた。
「そうさせます。終戦の落とし処を検討しておいてください」
返事を待たずしてウンベルトが退室する。どちらかが滅びるまで戦うようなものではない、ダニエルも頭では理解していた。
◇
機械化歩兵が生活道路をわざわざ選んで疾走している。大きな部隊が居るわけもなく、突っ切ることは出来ても背中はがら空きで孤立してしまう。補給も断絶する。
第四コマンド、クァトロは承知の上でそうしたルートを使っていた。何か不都合が起きても自力で切り抜けるしかない。
「俺の出番が来ないかと思ったよ」
二人だけのボイスチャットでブッフバルト大尉が話し掛ける。クァトロ中隊の指揮官、中隊長に任命されていた。将校の欠乏、更にはロマノフスキー大佐の好意でマリー少佐の次席に。
「ビダのところに駆け付けて貰った、お陰で命拾いだ」
指揮官を失った彼らが混乱していたのを、ブッフバルト大尉が乗り込み掌握したのだ。
「あれは不死身だよ。しかしこんな細い道をよくも正確に誘導できるものだな」
衛星からの情報をパナマで整理して、ハンドディスプレイに映像化している。パナマのアメリカ軍第8特殊部隊がスペイン語を専門としているからだ。ボイスチャットも彼らと繋がっていたので、細かい質問も即座に回答できている。
「本当に地球の裏側から指揮できそうだ。だが宮殿近くにいけば妨害電波もあるだろうし、雲が厚くなればリアルタイムでの情報は航空偵察のみだ」
その偵察すら無くなればあとは地上部隊の先行偵察と地図を見ての推察しか無い。それが当たり前のマリー少佐としては、別に苦労でもなんでもないが。
「機甲が現れた時にどうするかだな」
「火力だけならひけはとらん。当てられるか、そいつは勇気と努力次第だ」
クァトロの連中ならやれると信じている、それは二人とも変わらない。
「ヘルメス大尉だが、戦闘を繰り返して急成長したように思える」
「だな。こちらの功績を一手に引き受けて貰えるよう、ご立派になっていただかないと」
ニカラグア士官を表面に押し上げる、それは確定事項であった。島の扱いがどうなるかは解らないが、少佐クラスならば存在を簡単に消すことが出来る。
「幹線道路を抜ける必要があり、敵が阻止線を築いております」
偵察からの報告が上がってくる。ボイスチャットを終了させて部隊の状態を再確認する。
防衛側は土嚢を積み上げて道路を封鎖しているらしい。左右の建物から道路を狙い部隊を配備している。
「迂回は不能か、ならば押し通る。ロケットを撃ち込め!」
ブッフバルト大尉が先頭の小隊に命令を下す。相変わらず軍曹が小隊長であるが、一般部隊と遜色ない動きをしていた。むしろ班長クラスまでもが責任を強く感じているようで、士気は極めて高い。
「障害物を排除、突入します!」
「左右の建物へ機関砲を撃ち込め!」
支援射撃を開始する。コンクリートその物を破壊し、潜む敵兵を黙らせる。じっくり戦えば浪費せずとも済む戦闘物資を勢いよく放出してしまう。
「反撃微弱、突破しました!」
いともあっさりと市街地の防衛ラインを抜いてしまう。簡単すぎて罠ではないのかと考えた位だ。
うっかり家の外にいた市民に凝視されると「映画の撮影ですよ」笑顔で手を振ってやった。
「第四コマンド、このまま目的地に向かえ!」
マリー少佐の命令が下る。戦線を荒らすことをせず、一つのゴールだけをただ目指した。
◇
ホテルマナグア。一部の者がそこに滞在を続けていた。ハラウィ少佐は普段スーツ姿で過ごしていたが、今日ばかりは朝から軍服に袖を通していた。
「少佐、始まりました。市内には外出を控えるようにと通達が」
リュカ曹長もスーツから戦闘服に衣替えをしている。二人とも本来はニカラグアに存在しないはずの色調で固めていた。
「一般市民には悪いが暫くは自宅にいてもらえたら助かるな。ロビーに行くとしよう」
レバノン杉の国章を強調し、所属を明らかにする。エレベーターで下ると、ロビーにいる戦闘服の集団に注目が集まっていた。
「傾注! ハラウィ少佐に敬礼!」
曹長の号令で色とりどりの軍服が敬意を表す。ハラウィもそれに応えた。ホテルの客は何が始まるのかじっと見守っている。
「本日パストラ首相の政府軍と、オルテガ大統領の政府軍とが武力抗争をこの地で始めた。我々外国人の軍人は、一致団結して居留民の保護に力を注ぐ。遠く祖国を離れようとも宣誓を忘れてはならない。各々が自らの意思で為すべきことをやり遂げて欲しい。避難場所はマナグア自治大学、これを拠点とし防衛に専念する。何か質問は?」
全てを解っていて参加している者ばかりである、今さら言葉は要らなかった。
見事なまでに全員が非武装であり、今日まで咎め立てされることもなく過ごしてきている。今も国旗のみを明らかにし、ホテル前に車を寄せただけだ。
「よし。では出撃!」
一斉に兵が動き出す。ハラウィ少佐はホテル客に「外国人義勇軍です。避難者はマナグア自治大学までどうぞ」微笑しながら勧めた。
幾つもの国旗を掲げながら車が走る。マナグア警備隊に停車を命じられたが、外国人であるからと従わずに過ぎ去って行く。強行手段に訴えるわけにも行かず、通報のみで終わってしまう。
マナグア自治大学にと到着した。朝一番でルッテ教授が先乗りしている、学長に事情を説明して協力を仰いだのだ。
「避難先の承諾は得ているよ」
「教授、ありがとうございます」
「いやいや、危機迫れば皆が何を考えるか、現場で心理を研究できて嬉しいよ」
時を同じくしてトラックがどこからともなく大学の広場にやってきた。山中で不満一つ漏らさず待機していたドゥリー中尉の一団である。
「申告します。装備一式のお届けです」
黒い顔をにやつかせてわざとらしく内容を報告した。
「保全業務ご苦労。ついに始まったよ、我々の任務は外国人の保護だ。義兄上への非難を減らすためにも、大学を死守する」
「役割をこなすだけです」
本来ならば二人ともクァトロに合流し力になりたかった。だがこちらを蔑ろにするわけにも行かず、ぐっと堪えて任務を引き受けていた。
装備を配布したあたりで避難者が雪崩をうってやってきた。大使館等からの急報で行き先を指定させたからである。
「業者のトラックが入場許可を求めております」
門衛からの報告があがってきた。ハラウィ少佐は不審に思いながらも、自ら赴き確認する。
「ハラウィ少佐だ。どうした」
「あら、お久し振りですわ。人が集まれば必要かと思いましてね」
トラックの助手席から肩まで伸ばした髪を揺らす、妙齢の女性が現れた。
「リリアンさん?」
「はい。リリアン・オズワルトですわ。食糧品に日用雑貨、いかがでしょうか」
くすくす笑いながらトラックの列を背にお辞儀する。
――二日も籠れば全てが足りなくなる、避難者の数が予想より多かったからな。
「手回しの良いことで、助かります」
素直に感謝して全て買い上げることを約束した。もう一台のトラックから別の女性が降りてきた。
「ハラウィさん、通信機も持ってきましたよ」
「ミランダさん。二人とも綺麗になったな!」
片手で頭を叩きながら驚きを表す。磨きが掛かったというか、なんと言うか。
「ばか。グロックさんに事前に用意するよう頼まれてたのよ」
――全く俺はどれだけ間抜けなんだ、補給を怠るとはな!
「深謀遠慮の参謀長には敵わないな。お二人も大学内へどうぞ、恐らくはマナグア市内で一番の安全地帯です」
リリアンは一歩二歩近付きハラウィの耳元で「頼りにしてますわ、ハラウィ少佐」と息を吹き掛けた。
――たまらんな、ニカラグア警備隊がノーチェックだったのが解った気がするよ。
時ならぬ強敵に出合ったかのような感覚が電流のように走った。様々な意味で勝てる気がしない、その感想はこの先ずっと変わることがないものであった。
◇
「山道は突破に成功です。チチガルパ方面は劣勢、ヒノテガ方面ですが逆侵攻を受けています」
陸軍司令部で黙って報告に耳を傾けている。サルミエ大尉は上がってきた情報を時系列で整理して逐一島に伝えていた。
――フーガ少佐が抜けたならまずは一つクリアだ。正規戦で劣勢になるのは想定ずみだ。
右から左で戦況をどうにか出来るわけでもなく、速効性のある対策は各司令部で対応すべきなのだ。
「南部でマナグア軍と衝突、やはり劣勢。チョンタレス軍も守りを抜けずにいます」
一ヶ所も突破できずに足が止まってしまった。膠着などという生易しい表現では足りない、壁にあたり砕けたのにより近い。
「ヒノテガ軍に連絡してやれ。公道に防御陣地が設置されているはずだ、そいつを使え」
「了解致しました」
ドゥリー中尉がせっせと造った陣地が役にたつ日が来るとは思わなかった。今さらマナグアからヒノテガを攻めても、大した意味があるわけでもない。過熱した戦場で攻撃の意識が強すぎた、ただそれだけでの進軍だからだ。
従卒が司令官の机にコーヒーを置いた。何となしに島も手を伸ばす。
――果たして俺はここに居るべきなのか? 他にやることはないのか?
陸軍司令官があちこちにほいほい出歩くのは誉められない、だが島の性格でずっと座って待っているのはあまりに辛いことである。
――パストラ首相はリバス連隊の後衛に入ったそうじゃないか。なのに俺はチナンデガのデスクに向かって黙っているつもりか。何時からそんな男になったんだ、将軍閣下と呼ばれて気が緩んでいるのではないか?
サルミエ大尉が部屋を出る。モニターには全土の状況が映し出され、僅かばかり理解度を上げてくれている。
暫く眺めていてもさして変わりばえせず、ただ時間が流れた。ラサロ准将からの報告も交戦中とだけで一時間前と何ら違いはない。
「バスター大尉らが指示を求めておりますが」
戻ったサルミエ大尉が外国人に何か役目はないかと尋ねる。
「待機だ」
にべもなく短く答える。ハマダ中尉らもニカラグア湖付近で待機の真っ最中であり、気持ちばかりが急いていた。
また暫く時が流れる。陸軍司令部では一切の能動的行動をしない。
「マナグア自治大学に居留外国人が避難、義勇軍が拠点として防御を開始しました」
その報告を聞いたグロックが隣から割り込み付け加える。
「オズワルト商会に一般物資を用意するように依頼しております。大学での籠城は五日までならば可能でしょう」
ちらりと島がグロックを見る。多い分には困らないだろうから、五日というのは姿勢でしかない。
「二日だ。どんなに長引いても四十八時間で終わらせる」
それを越えては国が傾き始める、口には出さないが皆の共通認識であった。古今長引く戦に良いことはなく、成功した作戦の多くは数時間から一日で重要な部分が解決している。
「部隊は全力で勝利をもぎ取るでしょう。パストラ首相もマナグア宮殿で政権奪取を報じるはずです」
直近の大統領選挙で四割の票を得ていた。大統領が亡命なりで国内で指導を出来ないならば、充分に代理をする権利を有している。ここにきて選挙をした事実がかなりの根拠を持つようになるのだ。
――ラサロ准将は北部、ロマノフスキー大佐は南部の方面指揮をしなければならない。肝心のマナグアはフーガ少佐とマリー少佐では厳しいぞ。ハラウィ少佐やロドリゲス少佐もばらばらに動いては、上手くいくものもいかん。
「何を考えている」
グロックが声を低くして島を睨み付ける。そんなものに怖じ気付くたまではない。
「明るい未来を引き寄せる方法をな」
サルミエ大尉は動揺して二人のやりとりを黙って見ている。グロック大佐が不遜な態度をとったのが驚きだと。
「ならば黙って座っていろ。俺が成功させてやる」
「グロックもニカラグアもそれで満足すると?」
「ああ満足だ。将軍がちょろちょろ動き回るものではない」
大将はずっしり構えて不動を貫く、それが権威であり冷静な判断を下す際の要件だと説く。言われずとも島もそれが当然だと理解している。
「俺は誰だ?」
「ニカラグア陸軍司令官イーリヤ少将だ。島という個人ではないぞ」
わかったら口を閉じろ、目を瞑れ、寝ていてもいずれ終わると畳み掛けた。
「俺はこの世界に入ってからずっと動き続けた。死ぬような目にあったことなど数知れずだ。安全圏に座して結果のみを受けとれと言われても正直良くわからん」
「解ろうが解るまいが、そうすべきだ」
珍しくグロックも折れずに頑張る。彼にしてもようやく願った上官が誕生し、まさにこれからというのだから、不注意で失うわけにはいかないのだ。
「外人部隊の将軍は、戦時に前線を視察してまわった。だからこそ兵は命をかけるのを惜しまないし、仲間を大切にする」
「それとこれとは別だ」
「いや変わらんさ。こいつは戦争だ、そして俺もレジオンの魂を受け継いでいる、お前からな」
いよいよグロックが呆れてしまう。目を閉じて溜め息をついた。
「……俺の教育が誤りというわけか。責任は自身がとらねばならんな。――司令部は仕切っておく好きにしろ」
「誤りかどうかの判断は将来誰かがやってくれるさ。サルミエ大尉!」
「スィ!」
「出撃するぞ、行き先はマナグア宮殿だ」
「実は手配してあります、司令官の苦悩は自分の苦悩でもあるべきでして」
やれやれとグロックが頭を振る。だが悪い気はしていなかった。
◇
「もうすぐ市街地です!」
先頭の偵察車両が市街地外郭、4号公道に敵の主力が防御線を敷いているのを発見した。そこから先、宮殿までは目と鼻の先といっても過言ではなく、十数キロなのだ。
「回避出来ないか?」
コムタックを通してパナマの司令部で迂回路を検索する。すぐに返答がもたらされた。
「右手に公道20号が出てくる、そこを進んで左手地方道154号へ。直進すれば公道1号に合流する」
距離的に五キロばかり伸びてしまうそうだが、時間で考えればかなりの短縮になるのは明らかだ。戦いの熱ではなかろうが急激に空が曇ってきた、衛星の目が失われる。
「マリー少佐より第四コマンド。公道20号へ迂回する、その先は何が出ても突っ切るぞ!」
極めて単純な命令が下される、複雑なものなど出すだけ無駄で適宜切り変えたほうが上手くいくものなのだ。
「地方道154号に検問。これを攻撃します」
偵察車両が有無を言わさずに検問所に銃撃を行う。反撃されるも歩兵の小銃だったので、薄い装甲でもカンカン音をたてて跳ね返してしまった。
爆発音を響かせて検問が突破される。警備兵が司令部に通報をするが、武装集団は足を止めずに市内に乱入した。地方道を北西に向けて走る、通達で一般の車両は少なかったが、たまに交差点で装甲車に出くわすと大慌てでバックしていく。
――さすがに宮殿の防御は硬いだろうな。砲撃陣地を確保するぞ!
「司令、B中隊。サント・ドミンゴ通りのジョージパークに迫撃砲陣地を確保しろ」
「ヘルメス大尉、司令。了解です、部隊を向かわせます」
宮殿の東側、二キロ以内のひらけた場所、公園が目に付いたので咄嗟に指定する。そこが無理でも付近に三箇所公園が散っているのでどこかは占拠出来るだろう。
「ビスタ・フアン・パブロ通りに進みます」
馴染みない名前ばかりで苦労してしまう。だがハンドディスプレイに色つきで示されたので、視覚で認識を行った。その通りを三分も進めば宮殿が見えてくるはずだ。
「クァトロ中隊はセントラル通り、B中隊はボリバル通りから宮殿を目指せ!」
最後の分岐で部隊を分割する。といっても一キロも離れていないので全く問題はない。
本部はベンジャミン通り――中央を担当し最後に突入する。全ての箇所に防衛線が敷かれていた、無い筈がないのだ。
「クァトロ中隊、敵と交戦開始!」
「ヘルメス大尉、戦闘状態突入!」
「本部小隊、下車戦闘を始めます!」
それぞれが警備部隊に猛攻撃を始めた、相手も市街地というのに何の遠慮もなく反撃をしてくる。精鋭部隊なのだろう、退くことなく次々と撃ち返しては姿を隠す。
――やるな! だがこんなところで足を止めるわけにはいかんぞ。
「迫撃砲中隊、砲撃を開始しろ!」
司令の命令で公園から砲弾が空を飛んでゆく。歩兵が混乱を起こした、だが防衛線から逃げ出すものは皆無だ。
「セントラル西より機甲部隊接近!」
「ボリバル南西からも戦車がきます!」
危惧していた戦車大隊が姿を現す。このあたりに配備されているのは知っていたが、いざ目にすると兵も興奮を抑え切れない。中隊長が迎撃命令を下す、対戦車ロケットは充分に抱えてきていた。
「セントラル北、歩兵中隊が接近」
「ボリバル南、敵の新手あり!」
指揮車両の通信手が「ベンジャミン東、後方にも敵の伏兵です」一気に逆包囲を掛けてきたことを伝えた。
――準備万端手ぐすね引いて待っていたわけか。面白い、簡単すぎると思ってたんだ!
「第四コマンドに告ぐ、ここを落とさねば未来はない。我等に退路は不要だ、突き進め!」
戦車だけなら対抗が可能な面もあったが、歩兵が随伴すると一気に攻撃が難しくなる。ロケットの照準が合わせられないのだ。
射手にだけ集中して弾丸が飛んでくる。ドーナッツのような配置に第四コマンドが押され始めた。
――宮殿に踏み込めずだと! 俺は何をしているんだ、こんな終わり方では話にならんぞ!
「ブッフバルト大尉、ありったけの火力で宮殿防御の一角を崩せ!」
将校間のボイスチャットで連携をとろうとする。ヘルメス大尉はクァトロ中隊を支援するため、機関銃の向きを変えた。
「ダコール。六十秒下さい!」
積んである武器を急いで準備させる。射手に準備させて、一般兵にも配布した。発射するだけなら誰にでも出来るものなのだ、当たらずとも構わない。
地震かと疑うような大爆発が起きた。鼓膜を破いてしまった者がたくさんいるだろう。
「B中隊、同じヶ所に攻撃だ! クァトロ中隊は突入準備!」
十字砲火地点を強引に突破しようと火力を合わせて無理を強行する。また地震が起きて黒煙が立ち上る、煙が消えるのを待たずにクァトロが突撃した。
「第四コマンド突撃支援だ!」
前後の敵のうち、意識の殆どを前に注ぐ、被害が急増した、それでも構わずに一点のみを確保するよう努める。
鬼気迫る攻撃に敵が怯んだ、防御線に一部穴が開いた。
「死守するんだ!」
切り込んだ部隊の下士官が声をからして叫ぶ。奪還されては全てが無駄になってしまうと。
狭い地域に兵がひしめき合い、ついにはクァトロが食い込んだ。
「宮殿に乗り込むぞ、押せ!」
高価な車両を破壊されながらも次々と兵を送り込んで行く。当然本部を含めて外の部隊は攻撃の圧力をもろに受けて崩壊寸前になる。
――厳しい! だがここを確保せねば宮殿は落ちん!
圧倒的な兵力差に壊滅しそうになる。それでもマリー少佐は踏みとどまる。
混在を承知で戦車砲が向けられる。宮殿に命中し爆風が吹き荒れた。
「大尉!」
たまたま近くにいた者が地面に叩き付けられる。
「ブッフバルト大尉が負傷した! 衛生兵、衛生兵!」
鼻から血を流して失神する。脳震盪を起こしてしまったのだ。
「第三小隊、後退する!」
「敵の攻撃苛烈、増援を!」
「数が違いすぎる!」
ついに一部が崩壊を始めた。支えきれないと部隊が要所を退いた。
――いかん全滅する!
マリー少佐が敗北を悟った。ここから盛り返すのは最早不可能だと。
戦車がじりじりと距離を詰める。対抗する射手がかなり減ってしまい、士気が下がっているのが目に見えてわかる。
その戦車が爆発炎上した。随伴歩兵も伏せてしまう。何かを指差して警告を発している。
「第一コマンドだ!」
通信機を抱えている者が声を挙げた。沿岸を迂回して遅くなった部隊が参戦したのだ。
「こちらフーガ少佐、マリー少佐は健在か!」
通信が漏れようが気にせずにダイレクトに呼び掛ける。鉄火場である、連絡がつくかどうかが肝要なのだ。
「こちらマリー少佐、包囲に圧迫されている、援護を頼む!」
副回線でエーン少佐がその他の用件がないかを尋ねてくる。米軍の空爆は要請せずだが、迫撃砲中隊を移管してしまう。それはそっくりそのままヘリで途中合流していたヌル中尉の指揮下に組み込まれた。
第一コマンドの機甲が真っ正面から敵に突撃した。被害を受けても倍以上にやり返す勢いである。
「第四コマンドは全員下車だ、宮殿入り口を確保せよ!」
外部をフーガ少佐に任せてしまい、内部の攻略に専念する。武器が不足してきているが、今すぐにはどうにもならない。コムタックでクァトログループを指定した。
「エーン少佐、装備の補給を水上部隊のロドリゲス少佐に依頼してくれ!」
「了解。パストラ閣下の部隊も数時間でくるぞ」
「何とか制圧してみせるさ!」
マリー少佐は正面広場に部隊を集結させた。ブッフバルト大尉がようやく治療を終えて統率を再開する。
「ヘルメス大尉、正面から攻撃だ! ブッフバルト大尉は壁に穴をぶち開けて迂回路を作るんだ!」
昔にやられたことをそっくり真似てやる。
先程は準備が間に合わなかった対戦車ロケットを側壁に向けて四発まとめて撃った。煙があがり、壁に大穴があく。
尖兵小隊が足場を求めて銃を乱射しながら突入した。駆け付けた警備が応戦するが、一時的にクァトロ中隊が圧倒する。
「怯むな、押せ、押すんだ!」
ブッフバルト大尉が怒声をあげて小隊を次々に投入する。通路の左右に別れ、廊下の角までを制圧した。
最後の対戦車ロケットを更に内壁にぶつけ、二枚目の大穴を開けた。これは予想外だったようで警備が極めて少ない。
「第四、第五小隊突入!」
一般中隊より数が多いクァトロ中隊、第八まであるうちの六つを内部に展開する。
「警備多数、足が止まります!」
過去の反省からだろう、過剰と言えるくらいの防備を施しているようだ。一進一退を繰り返しているうちに、ヘルメス大尉が地歩を得たと伝えられる。
「マリー少佐だ、まだ落とせないか!」
「ブッフバルト大尉、鋭意交戦中」
「ヘルメス大尉、抗戦激しく難航中!」
芳しくない返答がある、時間だけがただ過ぎ去って行くのであった。
◇
マナグアの上空をアメリカ空軍の大型ヘリが飛んでいる。護衛に戦闘攻撃機が複数ついているので、地上から敢えて攻撃をしようという者は居なかった。それらがマナグア自治大学に着陸すると、多数の兵をはきだした。
地上ではハラウィ少佐の義勇軍がそれを見ている。警戒しながら降りてくる者を確認する、見たことが無いものばかりだったが、トゥヴェー特務曹長がその中に混ざっているのを確認して安心した。
将校が進み出てハラウィ少佐に申告した。
「クァトロのバスター大尉であります。これらは外国人志願兵の一団です」
「レバノン軍ハラウィ少佐だ。大尉、何故ここに?」
純粋に兵力としてでもわからなくもないが、そのためにわざわざやってきたとも思えない。
「マナグア大学の防衛は外国人にお任せください」
バスター大尉他の増援がこの場を引き受けると申し出た。内戦に介入するのは禁じられていても、外国人避難所の防衛にならば大手を振るって参加できた。
「なるほど、それではニカラグアのハラウィに早変わりするとしよう。リュカ曹長、すまんが俺は行く。大尉の補佐を頼む」
「ダコール。悔しいですがそうさせていただきます」
大学のニカラグア人兵を招集し部隊を編成する。わずか二十人ほどにしかならないが、役目があった。入れ替わりで大型ヘリに乗り込む。行き先はカラソ州を走っているパストラの部隊である。
コムタックを渡され空中で情勢を読み取る。劣勢ではあるがマナグア宮殿の奪取の真っ最中であるらしい。
――俺は首相を何としてでも宮殿入りさせるのが使命だ。そのためには二枚舌も必要だろう。
まずは合流だと戦闘攻撃機の偵察情報をヘリで収集させる。すぐに居場所が掴めた、たったの十分で上空に移動できると言われ機内の者たちと頷きあった。
車両の一団が足を止める。米軍ヘリがやってきたからだ。駐車場に着陸するとハラウィ少佐が降りる。
「閣下、ハラウィ少佐であります」
警戒していた側近だが、顔をみて味方だとわかり道をあける。パストラ首相が敬礼を返した、首相であるならばそうはしない、今は軍人だとの意思表示に思えた。
「うむ、ご苦労だ少佐」
見たところ一個中隊そこそこでしかない。とても戦時で一国の首相を警護するような規模ではなかった。
「閣下を宮殿へと誘います。それまで少々目を瞑っていていただきたく思います」
陽の当たる道だけを行ければどれだけ良いか、わかってはいてもそう口にしなければならなくなっていた。
「外の手を借りるというわけか。――すべて身から出た錆だ、貴官に一任する」
時に自らの手を汚す必要がある、その位の覚悟パストラはとうの昔に出来ていた。側近も全てが同道するわけにはいかず、一部のみを機上の人にさせる。
「劣勢を覆すには心臓を鷲掴みにするような衝撃が必要になるでしょう」
更なる苦悩を突きつける、拒否するような代案は最早ひとつもない。
「一般市民の巻き添えは出来るだけ少なくして欲しい」
それでは行こうか、パストラがエンリケとスレイマンに目配せをした。中隊は別で入城を果たさねばならない、そうでなければ辻褄があわなくなるからである。
ヘリが三名を収容し空へと舞う、エスコートを受けて向かう先は激戦真っ只中の戦場である。誰一人臆することなく側壁に並ぶ椅子に座る、あと少しで全ての結果が出るが未来は誰にもわからなかった。
◇
「北側に補給部隊が到着しました!」
水上部隊、ボートから降りて徒歩でやってきた一団が、第一コマンドの姿を視界に捉えて手を振る。装甲車小隊が緊急で駆けつけると、装備ごと彼等を飲み込み急発進する。
圧倒的多数に包囲されながらも抗戦を継続している、武器弾薬が補給さえされればいま少し保持可能に見えた。
「第一コマンド司令フーガ少佐だ。ようこそ激戦区へ」
余裕の笑みを浮かべて迎え入れる、指揮官が暗くなっても仕方ないのでロドリゲスもそれに付き合う。
「チョンタレス連隊の水上部隊司令ロドリゲス少佐だ。まあ陸に上がっちまったがね」
話をしている間にも補給は続けられている、戦闘も激化する一方だった。孤立している戦区に来援したは良いが例によって離脱は不可能であった。
「外部防衛に協力してもらえると助かるが」
「中はマリー少佐か、妥当なところだろう。反対側の守りは任せろ、オルテガなんぞに国はやらん!」
首都警備のころからの部下を指揮官に、急遽部隊を編成する。これによりエーン少佐が直接指揮から外れることが出来た。
宮殿そのものへの攻撃がオルテガ中将により厳禁されてしまったため、包囲軍は全力で砲撃を加えることが出来なくなっていたのも駆逐できない一因となっていた。数の違いは疲労度の違いとして現れてくる。休む間もなく戦い続けるにはおのずから限界がある。
「エーン少佐より各位、南部軍がマナグアに入った。パストラ首相もそれに同道している模様」
嘘か誠かヘッドフォンからそう聞こえてきた。勝ちの目がなければ権力者など逃げ去るのが当たり前なのに、そのような場所にまで来ているというのが士気を向上させた。
「マリー少佐だ、報告を上げろ!」
「ブッフバルト大尉、ホール手前まで進出中!」
「ロビーで攻防戦展開中。ヘルメス大尉です」
外部部隊に知らせるために共用している。いま少し時間が必要だとの認識が伝えられた。あまりにも厳しい競り合いが、もう数時間続いている。
「フーガ少佐、あと二時間位まで防衛可能の見通し」
ジリ貧になる前に一挙に打って出たいがしくじるわけにもいかない。相反する葛藤がマリー少佐の脳裏をよぎる。
「エーン少佐より各位、宮殿屋上にヘリが着地する。攻撃を禁ずる」
それが何かを告げることなく結果のみを通知した。対空砲の使用を敵味方の航空戦力関係なく一時的に禁止してしまう、誤射を防ぐ意味では最も有効な手立てだろう。
「ロドリゲス少佐、北より戦闘攻撃機飛来!」
敢えて低空飛行をして地上の兵士を威嚇して回る。通過するたびに爆音と強風が吹き荒れた。果敢に攻撃した兵士がいたが、何とアメリカ空軍機はそれに対して反撃を行ったではないか。
「フーガ少佐、米軍機が敵に攻撃した。どうなっている」
苛立ちを覚えたようで、介入する米軍に批判的な口調であった。
「――防御行動の延長だとパイロットは言っている。公式には米軍の攻撃は確認されていない」
少なくともずっとそうであったように、事実が世界に広げられても認めることは無い。馬鹿にされていると感じたが、自国がこのような状況でだれが悠長に抗議をするだろうか。
地上からの攻撃が見られなくなり、数分でそれは現れた。宮殿の屋上にホバリングする大型ヘリ、ロープを投下するとするすると兵が降りていく。
全てを吐き出すと大型ヘリは何も無かったかのように、戦闘攻撃機に守られて北へと去っていった。屋上に降りた数十人は一番外側の階段を使って一階へと降りて行く。
「諸君、ここにもうすぐパストラ閣下がやって来られる。陥落させられませんでしたでは、恥ずかしくて顔を上げられんぞ!」
ヘッドセットから聞こえてくる言葉に耳を疑った、何者が乗り込んできたのか想像がついたものは絶句してしまう。決してこのような場所に居てはならない人物が赴いてきたと。
「ボス、危険すぎます!」
「マリー少佐、ここを攻略せずに未来など無い。ならばどこに居ても変わりはしないよ」
少佐の言葉で理解し最前線の兵士が驚愕した、陸軍司令官の少将が銃弾の飛び交うところへやってきたということを。勝っても負けても高官ならば生命の危険など冒す必要など無いのだ。
事前に通信を受けていたエーン少佐が島の隣へと部員とともに移動した。島も軽く視線をやるだけで頷く。
「我々は今、ニカラグアの将来をかけた戦いの最重要箇所に身を置いている。たとえここで命が失われようとも、その志は受け継がれるだろう。――この場に在る全将兵に告ぐ、骨は俺が拾ってやる、立ち止まるな、前へ進め!」
一瞬の沈黙の後に喚声が飛び交った。奮起した兵が決死の攻撃に足を踏み出したのだ。クァトロの軍曹らは十年前の伝説を今再現していると興奮が走る。
「ホールに突撃するぞ、続け!」
ここで尻込みする様ならはじめから戦争などしない、ブッフバルト大尉は部下の勢いを止めることなく自らも敵の防衛線の前に身を置いた。興奮が強くなると多少被弾した程度では痛みを感じなくなり、兵が次々と奥へ進出していく。
「ロビー防衛部隊と混戦中!」
マリー少佐も本部を移しホール手前にと駒を進めた。仮に自分が力尽きても司令官が残っているなら問題ないと考え、行動を大胆にさせた。
防衛部隊は何が起きたのかわからずに、勢いに混乱した。真っ先に政府が負けたのではないかと不安になり、自分たちだけが取り残されたのではと疑念が渦巻く。
「閣下に恥をかかせるな、俺たちも参戦するぞ!」
本部を進めたマリー少佐は勝負どころを感じ取り、いきなり予備を全て投入してしまう。退くことが出来ないなら退路の確保も、自身の護衛も知ったことではない、勝って敵を沈黙させるしかないのだ。
一気に均衡が崩れる。死兵となった者を義務感だけの防衛部隊が食い止めるのは荷が重すぎた。小さなグループがあちこちで武器を捨てて降伏を示す。
「ホールを占拠! 会議場へ進む!」
武装解除をする者を少数だけ残して更に前進する。ロビーからもヘルメス中隊が合流した。島もホールに移動してそこに司令部を臨時で設置した。
「貴様らの負けだ、降伏しろ!」
マリー少佐が会議室へ進み出て大音量で宣言する。続々と集まる軍兵を目にし、防衛部隊はついに観念した。オルテガ派の兵をホール中心に集めて座らせる、島はロビーへと移り空を見上げた。
ポツリと見えた黒い点が大きくなり前庭にヘリが着陸する、そこからパストラが下りてきた。近づく彼を迎え入れる。
「パストラ閣下、この場所で再会出来て嬉しく思います」
「貴官が待っているとは思わなかった。儂の想像力の欠如だろうな」
互いに敬礼して肩を並べて会議場へと向かった。ホールで拘束されている兵らが、首相と将軍が歩いているのを見て完全に士気を喪失した。全て終わったのだと。
◇
マナグア会議場でのパストラ首相の政権奪還宣言は、宮殿上空を飛来する航空機を介して港に拠っていた艦船に伝えられた。そこから衛星を通じ、世界に広まるまではさほど時間を要することは無かった。
「ニカラグア政府パストラ首相です。オルテガ大統領のクーデターは勢力を失い、私はマナグア宮殿を奪還しました。国際社会は速やかに混乱を収拾する為に援助の手を差し伸べてくれると確信しています。なお、オヤングレン大統領が帰国するまで、私が大統領代行として国家を代表することを宣言いたします」
この会見は繰り返し報道された。大統領を代行する、きわめて重要な宣言である。代理するならまだしもそう言った以上、オヤングレンを必要としないと示しているのだ。
時を同じくして北京でも騒ぎが起きていた。渦中の人物であるオヤングレンが姿を消したのだ。付き従った閣僚は大慌てで捜索したが、どこへ行ったのか見つからない。北京政府も狼狽していたので、様々憶測を呼ぶことになる。
国連決議を待たずして、アメリカが真っ先に宮殿に部隊を派遣した。オルテガ大統領が官邸で勢力を保持している事実は無視されている。
繰り返される放送で軍の多くがパストラへと傾き、オルテガ大統領は急速に悪化する現状に終わりを認めた。無血開城の交換条件にロシアへの再亡命を打診してきたのだ。
それに対するパストラ大統領代行の返答は簡単明瞭で、どこへなりとも退去しろとのことであった。ところがオルテガ中将は出国を拒否して出頭すると申し出てきた、戦犯は必要だろうと。
「閣下、オルテガ中将は罪を一人で被るおつもりです」
島がパストラへ、ロメロ大佐の件やマナグア宮殿への攻撃禁止など、裏で手を回してくれていたことを伝える。無論それは聞き及んでいたようで、苦悩の表情を浮かべる。
「うむ。それでも無罪放免とはいかん、誰かが罪を引き受けねばならんのだ。代われるものなら代わりたい気分じゃよ」
その立場柄絶対に出来ないのがパストラの胸を締め付けた。ここで彼まで退いてはニカラグアはバラバラになってしまう。
――軍が割れては再度乱れる恐れもある。俺はどうしたらよい?
目を閉じて何が国の為に最善となるかを必死で考える。
「閣下、この内戦は軍が正しく政府を支持出来なかったためであります。オルテガ中将と、自分を罷免し政府の正しさをアピールしてください」
「馬鹿な! 貴官は自分が何を言っているのか理解しておるのか? それでは貴官の名誉は失われ、何一つ得る物がないではないか」
功労者として栄誉を手にする最大の人物だというのに、それを投げ出し汚名を被る、とても正気とは思えなかった。パストラが強弁しそう仕向けたとしても、島が拒否すれば力で封じ込めることが出来ない程に、イーリヤ少将の名はニカラグア全土に轟いているのだ。
「自分の望みは自身で将来を掴むことが出来ない者へ道を示すことです。この国で権勢を誇るのを目標としてはおりませんので」
パストラが天を仰ぐ、全てが信じられないと。なぜそのような結論に至るか、言葉にされても納得いかない。
「そうはいかん。いかんぞ、少将。儂はどの面下げて罪を問えというのじゃ、話にならん!」
「――閣下、貴方の望みなんでしょうか? 現時点でどうすればそれが最大限に実現されるのでしょうか?」
渋い表情を滲ませ、どうしたらよいか今はわからないと素直に漏らす。
「わからん、だが時間をかければきっとより良い解決策がみつかるはずじゃ!」
いや必ず見つける、そう断言した。
――閣下もお辛いのだろうが、俺が退けば全て丸く収まる。
「ニカラグアには今が必要なのです。閣下、自分のお願いです、どうぞイーリヤ少将を罷免し国外退去をお命じください」
真剣にじっと瞳を見詰める、島がこう言い出したら聞かないのはずっと昔から承知であった。
「政治は……政治とは、かくも厳しいものなのか! 済まん、もし貴官が求めることがあれば、儂が泥を啜ってでも全ての面倒を見させてもらう。いや是非ともそうさせて欲しい」
拳を握ると爪が食い込み血が滴り落ちる。全身が小刻みに震えていた、悔し涙を流して歯を食いしばり、一言ずつ区切ってついに島を解任した。
「謹んで解任を拝命致します。この場に居てはご迷惑でしょうから、速やかに退去いたします。国軍の事後はラサロ准将に、クァトロ関連の始末はオズワルト中佐にお命じくださいますよう」
外国人義勇軍、その他の外国人は一両日中に跡形も無く消え去っていった。公式報道では存在に触れられず、軍の責任についても総司令官と陸軍司令官の罷免と、詳細を明かすことは無かった。
世界ではそれに疑念を持ったものが多数居たが、謎の陸軍司令官イーリヤ少将の正体が明らかになることはなかった。そのうち小国のクーデター騒ぎなどすぐに忘れ去られてしまう。
スイス行きのチャーター機、島と側近三人組だけが乗っていた。他はその多くがフィリピン三日月島へと向かったからだ。
「これで良かったのでしょうか?」
サルミエ大尉が釈然としない表情でぽつりと呟いた。エーン少佐もアサド先任上級曹長も特段気にしているそぶりは無い。
「サルミエはどう思う?」
「どうといわれましても……わかりません。ですが全てを否定されてしまい、なんだか納得いきません」
――ま、素直なところそうだろうさ。本音をぶつけてくれて嬉しいね。
「エーンはどうだ?」
「自分はボスの傍に在るだけで他はどうでも」
目線でアサドに尋ねると「ボスの命令次第です」乾いた返答をした。
「仮にだ、ニカラグアで軍の司令官を続けたとしても、俺が原因で紛争が起きるだろうよ。煙たがられて出て行くよりも、惜しまれつつ消え去るほうが皆にとって良いことなんだよ」
都合の悪いことは全てそのあたりに押し付けてしまえば運営も楽になる、残される者の方が何倍もつらい思いをするのは目に見えている、そう答えてやる。
「……」
「ただ一つ、これは俺の意思であって、お前がやりたいことがあるならそれを止めはしないし、応援するだろう。自分の思う道を進んで欲しい」
「今は閣下のお傍で学ばせていただきたく思います」
そうか。小さく返答して目を閉じてしまう。昨日まで戦争真っ只中だったのが嘘のようである。突然日常が戻ってくるのだ。それはあと数時間で現実のものとなる。
「よう、お帰り」
「ただいま。慌てて出国してきたんで大した土産も無い」
ロサ=マリアを抱いたレティシアが玄関まで出迎えてくれた。噂の土産は機内販売されていた縫いぐるみである。だが彼女は笑顔でそれを受け入れる。
「まあいいさ。それよりロア=マリアが立ったんだ!」
「そうか! じゃあ海沿いの家を探しに行くとするか」




