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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第九十章 歯車は止まらない、第九十一章 前夜の調べ、第九十二章 補給戦、第九十三章 傾く天秤

 司令室の近くにある個室に二人は通された。すぐに当直士官が現れグロックに敬礼する。


「当直士官のベッソ中佐です」


「新人学校校長、グロック大佐だ」


 椅子に座って間もなく本題を切り出す。余計な会話を省くだけでなく、当直が司令室から離れているのを勘案してだ。


「預かっているアゼディン少尉だが、新人学校での教育が終わった。明日より海軍に復任する」


「承知いたしました。大佐殿」


 書類報告で良さそうなものだがわざわざ大佐がやってきた、そこに見出だす何かがあるとベッソ中佐は続きを待つ。


「本人の希望で延長教育を認めた。北部同盟の支配地域に向かっている、それを伝えにきた」


「海軍基地に連絡を入れておきます。少尉は士官です、自らの意思で最善を成すでしょう」


「俺もそうだと信じている。情報局員につけられている、街まで車を出してくれないだろうか」


 情報局員は軍人ではない、ならばベッソ中佐は軍人に味方しようと頷いた。


「部下に送らせます」


「助かるよ、中佐。ついでで悪いがチナンデガの港に荷物を頼む」


 アロヨ中尉が片手に提げていた旅行鞄をぽんぽんと叩く。グロック自身はセカンドバックしか手にしていない。


「部下にお預け下さい、次の定期便でお届けします」


「当直なのに悪かった。ベッソ中佐の協力に感謝する」


 互いに起立敬礼し部屋を出る。アロヨから鞄を受け取りあっという間に着替えてしまう。グロックも私服になった。


「これで外国人の二人組だ」


「場違いなのだけは認めるよ」


 広場で待っていた伍長は二人を迎えて少し意外だっが、すぐに表情から感情が読み取れなくなる。


「伍長、マナグア駅まで頼む」


 どの程度の頭があるのか、グロックは黙ってその先の指示をしない。だが伍長は気を回して申し出た。


「パトロールと一緒に基地を出ます、十五分お待ちいただけるでしょうか?」


「結構だ。一服して待とうじゃないか」


 ポケットからタバコを取り出し、一本だけ抜いて残りを伍長に与えてしまう。「良い答えだった」次に会うことはあるまいと、そう言葉を添えてやる。彼は笑みを浮かべて謝辞を述べ、大佐がくわえたタバコに火をつけるのであった。



 ニカラグア中央政府情報局。夕方になってもグロック大佐が海軍基地から出てこないので、不審に思った局員が本部に通報していた。


「グロック大佐が現れません」

「学校に戻ったのではないか?」

「学校は下校の時刻ですが、そちらの見張りからは報告がありませんでした」

「海軍とそんなに長いこと何を話しているのか。何か手掛かりはないのか」

「タクシーで乗り付けています、運転手を尋問すればわかるかも知れません」

「すぐにそいつを確かめろ!」


 勢いよく電話を切られてしまい「わかったよ糞野郎が!」毒づく。

 タクシーの柄から会社を割り出し、強権で誰が運転だったかを調べさせる。結果判明しなかったが、一人だけまだ帰社していないと回答を保留された。


「畜生! 生徒は変わりないんだろうな!」


 共にいる部下を当て付けに怒鳴った。迷惑そうな表情を隠そうともせずに「定時で二十五名が門を出ています」生徒は定数だったのを報告した。売店の業者や職員補助は、いつものように裏口から出ていったのも確認しているのを付け加える。


「その後は何をしている」


「一部の生徒を追っていくと、酒場に入ったらしく一杯やってるようですよ」


 自分は外れをひいていると言わんばかりに報告した。酒場と茂みから監視では、比べたら毒づきたくもなる。携帯電話が鳴る、本部からだ。


「私だ。運転手は二人を海軍基地にまで乗せて行き、何か荷物をマサヤの教会にまで届けたそうだ。車中で今夜ブルーフィールズに行くと話をしていたらしい」


「今夜ですか? 今からでもかなり深夜にやりますが」


 不審に思い口にするが、局長の見解は違った。


「大佐がとろくさいか、お前が一杯喰わされたかどちらかだ!」


 ――既に基地から出ていたか! そう言えばパトロールの車両が三台出たな。


「基地から出たのは三台のパトロール車だけですが」


「それだ! 二人組、二台の倍数が軍運用の基本だぞ!」


 そう言われてみればユニットが小さい程にその傾向は顕著だった。帰還したのも二台が先で、一台は暫く後になってからなのを思い出した。


「軍用車両の行き先を追跡します!」


「マサヤへはこちらで手配する。逃がすなよ!」


 ああ、また貧乏クジだと部下が諦める。隠してある車のエンジンを掛けて一本道を街へ向けて走った。途中路上に座っている老人を見付けて窓を開けて話しかける。


「おいジジイ、海軍の軍用車両を見なかったか?」


「一時間か二時間前に通ったな。ほれあそこ、あの辺りに停まった」


 見向きもせずにあっちと言うものだから、車から降りて胸ぐらを掴む。


「いいか俺は国家機関の職員だ、真面目に話さないと牢にぶちこむぞ!」


「駅です、駅の側に停まりました。後ろ姿だけですが、男が二人降りました」


 ドンと壁に向けて押し、地面に唾を吐きかける。睨んでそのまま車に乗り込んだ。


「駅だ!」


 また携帯電話が鳴った、今度は部下からだった。


「どうした」

「課長、酒場に行った生徒を見失いました」

「何故だ!」

「いや、それが生徒じゃなかったと言うか……」

「はっきり正確に報告しろ!」

「いえ、はい! 生徒だと思っていたのが無関係の奴で。どうして学校から出てきたんでしょう?」

「学校に急いで戻って調べろ! さもなくばそこでお前は死んじまえ!」


 怒鳴り付けて電話を切ってしまう。ここにきて運転手が両方とも外れだったことが解り、ようやく納得行ったようだ。こんな仕事辞めてやると。


 ――生徒も校長も消えた。政府から逃げたのは間違いない、ならばどこに行く? リバスか、外国か、チナンデガか? 生徒は外国に行く理由はない、北京ならば別だが少尉集団ではそうはすまい。チナンデガかリバス、どちらもあるな!


 果てしなく気が進まないが仕方なく本部に電話をかける。


「局長、大佐は駅に向かいました。生徒も失踪しました。奴等リバスかチナンデガに逃げるつもりでしょう」

「丁度それで連絡しようと思っていた。タクシー運転手が届けた荷物は船便の予約証だ。西海岸からチナンデガに二十七人」

「だから海軍基地に行ったと? では船着き場に部下を向かわせます、港には出港を遅らせるよう指示を」


 余計なことを言われないうちにさっさと切ってしまう。駅のバスタッチ付近に常駐している職員を捕まえて話を聞き出す。


「情報局員だ。一時間前くらいに外国人二人組が軍用車両できたな。ヨーロッパ系の壮年とアジア系の青年だ」


「それでしたら空港行きの便を尋ねられましたよ。何でも観光で南米へ向かうとか」


「それは本当か!」


 素直に話しているのに心外だと顔を歪めながら頷いた。そして気付く。


「でも乗ったのは五番でしたから、東のアトランティコ自治区に向かったみたいですよ?」


 職員を待たせて本部に繋ぐ。


「局長、奴等駅で空港行きのバスを尋ねたようです」

「一応当たらせていたが、二十七人でコスタリカ行きの予約があった。警備に拘束するよう命じてある」

「ですがアトランティコ自治区へのバスに乗ったそうです」

「なに? 東海岸の港に向かったか?」

「解りません。可能性はあります」

「そちらも調べてみる。お前はバスを追跡しろ」

「はい!」


 明らかな罠だが無視できない。人員に無理がかかってきた。


「すぐに五番の運転手に連絡させろ!」


 黙っていないでその位の気を回せと怒鳴り付ける。すぐに携帯に電話が掛かってきた、部下からだ。


「校長の机のメモにアトランティコの局番がありました。掛けてみたら港の予約センターでした、二十七人で今日の予約だそうで」


 大発見だと一気に報告する。だが一抹の不安があった、わざわざメモを残すかと。


「メモが置かれていた?」

「いえ、メモ帳の筆圧を鉛筆で浮かび上がらせました」

「偽装ではあるまいな?」

「そこまでは解りませんが……」

「お前らはその港に向かえ!」

「はいっ!」


 ――畜生、馬鹿にしやがって!


 イライラしながら待っていると、五番運転手と連絡が取れたと聞かされる。駅舎に入ると開口一番「どこにいる!」怒鳴り付けた。


「その二人組だったら街の外れ辺りで、乗るバスを間違えたとか言って降りましたよ」


 カチンときたのだろう、投げやりな回答をされる。


「詳しい場所を教えろ」

「さあどのあたりだったかな」

「つべこべ言わずに答えろ、ぶち込まれたいか!」

「今思い出すよ。スラムの手前だったな、危ないから近寄るなと言ってやったんだ」

「スラム手前だな、わかった!」


 ありがとうの一言もなくさっさと出ていってしまう。国道1号のスラム手前で位置が特定できた、後はそのあたりをうろついている外国人を探すだけだ。


 駆け付けた彼等は早速サン・ベニートのスラム近くで聞き込みを始める。国道が別れる三叉路であった。この部分はだけを官が押さえていて、他は放置されていた。


「奴等の目、危ないですよ」


「こちらを獲物として見ているな、拳銃を見えるようにして歩け」


 威嚇しながら境界のあたりを歩く。シートが貼られたダンボールハウスを寝床にしているだろう男と目があったので近付いた。


「おいお前、ずっとここにいたか」

「へぇ」

「外国人二人組を見たな、どこにいった」

「何組か居ましたが特徴は?」

「全部教えろ。ほらくれてやるしっかり思い出せ」


 ポケットから小銭を取り出し足元にばらばらと落とした。浮浪者はそれを慌てて拾い集める。


「男女のカップルはマナグア中心に車で。老人男性二人はバスで北に。若いのと年寄り二人は東にタクシーで」

「間違いないな」

「へへっ、勿論でさぁ」


 ぺっ、と唾を吐き掛けて車に戻る。


 ――東の港が本命か! 手間をかけさせやがって!


 浮浪者は車が7号公道を東に向かっていくのを黙って見ていた。よっこらせと立ち上がり、路上に寝そべっていた奴に一言。


「寝床借りて悪かったな、貰った小遣いはやるよ」どこかへと去っていった。


 港について先行していた見張りに尋ねる


「どうだ」


「まだ現れません」


「糞!」


 携帯電話が鳴る、本部からであった。出たくないがそういうわけにもいかない。


「はい」

「私だ。空港は現れなかった、西海岸の港もだ。国道も検問させているが網に掛からん」

「こちらはまだ姿を現していません。出航まで一時間を切りましたが」

「取り逃がしたら、解っているだろうな」

「必ず現れます。吉報をお待ちください」


 そうは言ったものの十に一つも現れそうには無かった。失敗したのを確信すらしている。


「ここは俺が見ている、お前たちは小型船を見張れ。チャーターするかも知れん」


 入口は一ヶ所なので一人で充分だと部下を散らせる。どちらにせよあと一時間で長い一日が終わると、疲れた体に鞭を打って頷いた。


 ――もしかしたら乗船しているかも知れない。ま、それで通そう。元々養う家族も居ない。


 出航ギリギリまで見張り、ついには単身乗り込み無理矢理に乗船した。携帯電話は繁みに捨てられており、彼が本部に戻ることは無かった。



 夜間の物流トレーラーがボアコ州から出る前に、9号公道の検問で停められた。素直にそれに応じる。運転席には中年の男が、助手席には二十代の女性が乗っていた。


「検問だ。積み荷は?」


「はい、食糧品や生活雑貨でして」


 マナグア中央管理局――名前ばかりの徴税機関の許可書類を提示する。もぐりの闇物資ではないと、紫のスタンプが証明していた。


「積み荷を改めるぞ」


 有無を言わさず部下に車体後ろの扉を開けさせる。助手席から降りた女性が指揮官に近より、お疲れ様ですと手を握りにっこりと微笑んだ。


「お手柔らかにお願いしますわ」


 紙幣の感触を確め小さく頷き命令を改める。


「お前たちもう良い、後ろに列が出来てるから流して点検するぞ」


 書類が整備されているなら何かを見付けても逆に面倒だと通過を許してしまう。それに良く通る業者のトレーラーなので、どうせ問題も起こしはしまいとたかをくくっていた。


「では夜中の職務、お気をつけて」


 中年男性が腰を低くして挨拶してゆっくりと走り出した。次のトラックは書類が不足していて、警部補は賄賂が沢山取れそうだと厳しい点検を命じるのであった。


 朝焼けの空がオレンジ色に景色を彩る。あちこちの畑からは水蒸気が登り、晴れの予感を告げていた。チナンデガ中央卸売市場、そこへトレーラーが到着する。引っ張ってきたカーゴごとそこに置き、運転席は女性を降ろして去った。

 後ろの扉を開いて「着きましたよ」声を掛ける。荷物の奥から若者がぞろぞろと出てくるではないか。


「バナナと一緒にこんなに過ごしたことは無かったよ」


 やれやれと強張った体を解す。皆が一様にぐったりとしていた。


「お疲れ様。ポットのお湯で少し温いけれどどうぞ、少尉さん」


 女性が皆にコーヒーを振る舞う。コーヒーそのものよりも、彼女に手渡されたことに喜びを得たらしい。

 休憩所から二人がやってくる、私服の男だ。


「だらしない奴らだ、しゃきっとせんか!」


「あら、グロック大佐、おはようございます」


「ミランダ嬢、甘やかしたらつけあがります、そいつらなど泥水でも飲ませておけば良いです」


 アロヨ中尉が笑いながら、今日も調子が良いなオヤジは、と残っているコーヒーに手を伸ばした。


「我々は随分と遠回りだったようで」


 陸路はこりごりと溜め息をつく。だがそれも自力で手配出きるようになってからにしろと叱られた。


「寝てる暇はないぞ、行かねばならん場所がある」


「承知していますが、北部軍は我々を受け入れてくれるのでしょうか?」


 新任なのだけでなく、様々な問題があるだろうと疑問をぶつける。


「そこまで俺が知るわけ無かろう。それは司令官の仕事だ、黙って着いてこい」


 このヒヨコ共が! 鋭い叱責で黙らせる。在学中に毎日やられていたので習慣になってしまっているようだ。政庁に司令部があると聞かされていたので、走ってそこに向かう。端から見れば早朝訓練にしか見えないだろう。


「無茶すんなよ、あんたはもう歳なんだからな」


 一緒に走るグロック大佐に声を掛ける。ミランダは荷物があるのでそこに残った。


「走れん軍人など要らん、例外は無い」


 一定のペースを守り先頭を走る、確かに辛そうな表情を見せない。にやりと笑って「そいつは悪かったな」少しペースを上げてグロックを追い抜かす。彼もまた無言でそれに合わせるのであった。


 チナンデガ政庁。軍の司令部ではなく司令官分室があるだけだと判明するが、近くのホテルが代替に使われていたためそちらに向かう。ドアマンだけでなく衛兵がいて集団を差し止める。


「止まれ、何者だ、官姓名を名乗れ」


 一般客はお断りである。ドアマンも形式で立っていて、政府関係の人物ならば担当するようだ。


「クァトロ・エスコーラ・校長グロック大佐だ。司令官イーリヤ准将閣下に面会を求める」


「お待ちください、大佐殿」


 敬礼して上官に報告を上げる。すぐに警備の軍曹からサルミエ中尉に伝わった。待つこと二分、黒の制服姿の四人が現れた。ちょうど朝食の最中だったのだろう、エレベーターではなく奥の廊下からだ。


「閣下、グロック大佐参上致しました」


 初めて准将を見た少尉らが異様な組み合わせの四人に驚く。黒人に褐色のアラブ人、南米の混血と東洋人だ。


「待っていたよ、大佐。やはり来てくれたか」


「呼ばれたような気がしましてな。ついでにヒヨコを連れてきました」


 役には立たないが名目には使えると、頭数だけを強調する。


「後輩諸君」そう少尉らに呼び掛け「俺もこの鬼教官に絞られたクチだ、よくぞ着いてきた」


 何と答えて良いものか、はいっ、と敬礼する。


「では少尉らを採用していただけると」


 はっきりとした言葉が欲しいようで確認してくる。流れに気付いたサルミエ中尉が鞄から書類を取り出す準備をした。


「するよ、と言うかしていた」パチンと指を鳴らしてサルミエ中尉に合図する「新人学校への指揮権は俺が握っていてね、そんなわけで大遅刻だ」


 日付を見ると随分と前なことに気付かされる、オヤングレン大統領が姿を見せる前だ。


「用意周到か」

「誰かさんの教えでね」

「片棒を担げと言うわけだろ」

「何だ、俺だけにやらせるつもりだったのか? 嫌いじゃないんだろ」

「ふん、ここまでの運びには及第点をやる」

「そいつはどーも」


 聞こえるかどうかの小声の応酬が終わり島が締め括る。


「では参謀長がようやくきたから、朝食のやり直しとしよう。後輩へは俺の奢りだ、気付けに一杯を許可するぞ」


 サラリとその後を押し付け、ご機嫌で踵を返す島であった。



 主要な将校が集められ、北部軍の方針会議が行われた。今まで空席であった島の右手にグロック大佐が着座している。左はロマノフスキー中佐だ。


「まずは改めて紹介だ、我等が参謀長グロック大佐」


 一旦起立し、島に敬礼した後に諸官に向き直る。大分知った顔が並んでいた。


「新人学校長のグロック大佐だ。現在は休校中ゆえ北部軍の参謀長を拝命している。宜しく頼む」


「グランマスター!」


 ヌル中尉が起立し、グロック大佐に特別に敬意を表した。上官であるとともに彼の師匠であったからだ。


「久しいなヌル中尉」


 小さく頷いて目で着席するように指示した。少佐以上と本部要員の将校が部屋に居るが、半数以上が島の部員なのが実情である。アロヨ中尉については参謀長預かりで席次が与えられていた。

 様子を見ていたロマノフスキー中佐が進行を担当した。この辺りは毎度の流れである。


「兵力の拡張による将校・下士官の不足は徐々に好転していく見通しで嬉しい限り。政情による一時的な荒事の沈静化もこの際はプラス面が大きい」


 置かれた状況が不安定な小康状態だと解説する。いつ終わるとも知れないが、悪くはなって行かないのだから、考えようによっては動きを見せるべきではない。


「無為な時間を過ごすほど軍人が怠惰になることはない。そこでだ、こいつを見てくれ」


 ホワイトボードに貼られた地図に幾つか虫ピンが刺されている。反政府の活動拠点だと明かされた。


「規模や思想はまちまちだが、敵の敵は利用すべきだ。我々はこの勢力」地図の右下にあるピンを指で弾き「こいつに武器や食糧物資を供与して、マナグアへの頭痛の種を育てることにする」


 リバスの東北東、つまりはチョンタレス山中に潜むネズミだと説明した。追う側も隠れる側も山岳は厳しい、ならば役目で嫌々な追跡は成功する可能性は低い。


「確かフェルナンド大佐は対クァトロ連隊長でしたね。こちらの話を受け入れるでしょうか?」


 マリー少佐が過去を振り返った。ホンジュラスにまで攻撃を仕掛けてきた部隊がそれだったと、確執を指摘する。


「この際は大佐の感情は関係あるまい。勢力として物資は絶対に必要だ、指導者ならば何が大切かの判断を誤りはすまいよ」


 それに北部軍が嫌ならば、チナンデガのノシをつけてやれば良かろうと枝葉の問題だと切り捨てる。何が大変なのか、皆理解していた。


「かなり長駆せねばなりませんね」


 オズワルト中佐が堂々国道を行ったとしても、距離的に厳しいと唸る。島は黙って皆を観察している、グロックも然りだ。短く目があったが口を開こうとはしない。


「あの、宜しいでしょうか」


 副司令官副官、つまりはブッフバルト大尉が挙手する。少佐以上が出席の条件であり、発言権を持たないので遠慮がちに。立場上ロマノフスキー中佐が許可しづらかったので、グロックが許可した。


「なんだね、大尉」


 功績により最近昇進したばかりのブッフバルトに意見を述べさせる。答えは既に用意されているが、下からの発案を採用する形をとりたかった為に彼等は黙っていたのだ。


「はっ。スタート地点ですが、別に北部でなくとも構わないのではないでしょうか」


 グロックが先を促すように顎をくいっとあげる。


「つまりコスタリカ北東部から進入し、目的地に到達させるとの意味です」


 オルテガもオヤングレンも不可能だが、北部同盟が要請すればアメリカは承知する公算が極めて高い。反政府勢力への支援がどこに向くのか、それについての責任は負わねばなるまいが。


「大尉の言はもっともだ。果てしなく山道を運ぶなど愚の骨頂、手間隙は少なく、成果は大きくだ」


「さながら補給戦ですな。閣下はいかがお考えで?」


 わざわざ苦労を買って出るのが大好きなのを知って煽る。


 ――俺が居なくても求めた筋書きになる、こいつはありがたいことだ。


「物資の供与だけで終わるようでは子供の使いだな。その先は自分で考えてみろ」


 笑みを浮かべてここまでの方針を認めてやる。限界はまだまだ先だろう、と列席者に挑戦的な視線を流した。どうしろと言うわけではない、もう一声出せと背中を押すだけだ。


「さて諸君、司令官の有り難い仰せでハードルが上がった。功績を立てる機会が増えたぞ」


 意見を出しやすい雰囲気をロマノフスキー中佐が作る。この空気が大切なのは上長ならば皆が知っている、硬直化させてはならないのだ。



 少佐以下が頭をフル回転させる。中佐らは出てきた意見に対する返しや補強、更に幅広い視野での連携や障害についてまで考察を広げた。経験による思考回路が開かれている部分が多いほどに、スマートな内容が浮かんでくる。


「そもそもが、オルテガ大統領が暗殺されてはまずいのでしょうか?」


 マリー少佐が問う。何と無く答えは解っているが、組織の方針としてどうかをだ。


「勝手にお亡くなりになるのは構わんだろうが、俺らが関わるのは上手くはないな」


 理由は山ほどあるから考えてみろ。ロマノフスキー中佐が簡潔な返答をする。オルテガ大統領には騒乱を終決させる役割があるのだ、そうするまでは死なれては困る。


「混乱を助長させたと非難されるわけですか」


 病気や不注意による自爆的な退場ならば、また別の未来が待ってはいるのだろうが。


「軍の多くがオルテガ派らしいですが、警察はオヤングレン派が多いはずです」


 軍事による圧力が減って自然と警察の価値が上がったから、タランティーノ警視正がそう説明した。オルテガ中将の反対派ともとれる。


「軍でも中央寄りでなければ待遇に不満がある。高官はオルテガ派かもしれないですが、末端は生活すら苦しいですから」


 それでも上から押さえられたら、右向け右なのが軍隊だとフーガ少佐が語る。いかにしてオルテガが軍高官を繋いでいるか、そこが鍵になりそうだと意見が集約された。


「すると貴官らの話をまとめると、チョンタレス州の軍高官をついでに退場させてこようってことだな」


 細切れの意見を耳にしてパーツを組み合わせる。同時に補給についても形を作った。


「現場の意見を参謀長殿に上申致します」


 副司令官が決裁して構わない部分もあるが、今回は司令官が臨席しているので機関を優先させた。


「コスタリカ北東よりチョンタレスの反政府勢力に供与を行います。この際に妨害してくるだろう連隊の幹部にもついでに退場していただき、フェルナンド大佐に下駄を預ける形をとります」


 取り敢えずは最後まで聞こうと続けさせる。突っ込みどころ盛り沢山なのは皆が理解している。


「大佐がどちらに転ぼうと、チョンタレスがオルテガにノを突き付けた経緯が残ります」


 従うならばとっくにそうしているのだから、それだけは間違いない。突然なびいても不信感はあるだろう。


「ここからです。そもそもがこんな地方がどうなろうと、大統領にはさほど関係はないでしょう。関心の多くはマナグアに集中している」


「かも知れんが、放置もすまい」


 確率は半々だとしてグロック大佐が相槌をうった。少なからずお座なりながらも対処する必要を認めたからだ。


「軍を動かす以上、一応は味方にあたる者にもある程度は知らせるでしょう」


 特に足元の首都圏で緩いながらも従っている輩には。事後になるとしても無視するわけにもいかないから。


「一度痛い目をみてから切り口を変えたと見えるな、中佐」


「構想はあってもその先は若輩者では思い付きません」


 補給と連隊幹部の排除はお任せを、そう担当部分をわけて上申を終える。全てを語らないのは部下の教育を考えてのことである。


「良かろう、片手落ちゆえそちらに一つ重石を載せる。幹部の頂点は殺さずに捕らえろ」


「宿題をありがたく頂戴致しましょう」


 生け捕るのがいかに大変か、その苦労を身をもって知ったマリー少佐がピクリと眉を動かした。


「閣下、後程作戦案を提出致します。今一つお決め頂きたいことが御座います」


 ――皆の前で宣言させる何か、か。曖昧では命を懸けろとは言えず、兵に申し訳がたたないわけだ。


 そんな筋書きがあったのかどうかは当事者にしか解らないが、参謀長が司令官に具申する。当然簡単な内容ではないだろう。


「グロック大佐が言いたいのは、俺がどこを向いているか。そんなところだろうか?」


「北部軍が何を以てして忠誠の拠り所にしたらよいか、今一度お示しいただきたい」


 兵らは命令に従うのみである。だが将校は彼等に死ねと命じなければならない時があった。その瞬間、何を信じて判断すれば良いのか。


 ――決めるのは俺しか居ない。間違いは許されないし、正解は無い。それでも示さねばならない、頂点の義務がここに存在する。


「北部軍は――」一旦目を瞑り息を呑み「北部地域の主張を以て、ニカラグア国民を守護し紛争に希望をもたらすよう最善を尽くす」


「理想では国は動かんぞ」グロックが日本語を使い、それで決まりかを確認してくる。


「理想なくして人に希望を持てとは言わんさ」


「余程厳しい現実を見せ付けることになるな、まあそれも良かろう。俺も付き合ってやる」


 二人が何語を使っているかすらわからずに、黙ってやり取りが終わるのを見守る。打ち合わせなどなかったのを証明したようなものだ。


「そのお言葉を全軍に伝えさせます。副司令官、よいな」


「諸々畏まりました」


 スペイン語に戻し了承を告げる。パストラ次第で右にも左にも等と考えていたところに、太い釘を打ち込まれた。


 ――俺自身考えに甘えがあったのを痛感した。乗り掛かった船どころか、わざわざ船を用意したんだ、今さら寝言とは恥ずかしい限りだ。


 グロック大佐に目礼をする、見えているはずなのに彼は反応しなかった。ことが大きい程に素っ気ない態度を取るのが、気に病むなとの意味なのを島は昔から知っていた。


「解散だ。副司令官は残れ」


 司令官室に行くぞ、とグロックの目が告げていた。他の者は諸般の準備が待っている。




 余りに久々のスリーショットであった。副官らも、エーンすらも入れずに顔を会わせる。


「懐かしさに戦慄すら覚えるね」


 訓練時代を思い出してしまうよ、軽口を叩く。それほどまでに久方ぶりなのだ。


「いやまったくですな。ニカラグアまで遙々きて、また何をやっているやら」


 ほいどうぞ、とオズワルト中佐が仕入れてきたハイネケンを三つ取り出して配る。


「お前らも随分と偉くなったものだな。トリニータ大尉が知ったら卒倒しかねん」


「あの糞少尉殿も今や大尉ですか。背中を撃たれなかったのはレジオンだからですよ」


 人民解放軍あたりならば訓練中に暴発しただので怨みを晴らされていただろうに。コートジボワールの時の小隊長を話題にしてきたので応じる。


 ――わざわざ口にした理由まで自分で考えろと言うわけか、相変わらずで嬉しいね。


「ニカラグアには特殊部隊なんてありませんよ」


 島も昔のように教官を相手にしている話し方をした。グロックも特にそれを止めようとはしない。


「あろうが無かろうが関係無い。どこを崩せば有利に運ぶか、そこが重要だ」


 ――錐のような一撃をピンポイントで突き刺す、どこの誰が不幸になれば皆が幸せになるか。大統領を支持しているのは国会議員だ、各所の高官も待遇により支持している。その実効力は軍が背景に居るからで、そこが機能しなくなれば失速する。名目はオルテガ中将がまだ総司令官だ、ところが現実には誰が命令を出している?


 ロマノフスキーも誰に嫌がらせをすべきか、同時に考えを巡らせている。


「ラインは無くなってもすげ替えられるが、知恵袋はおいそれとはいきませんな」


 ――総参謀長が在ればそうだが、今まで存在を聞いたことがない。ならば他にその役目を負っているのはどこだ?


「首都の政策委員会ですが、座長は誰でしょう?」


 グロックが小さく口の端を釣り上げたのを見逃さない。


「マナグア自治大学学長」


 ――ニカラグア最古の大学か。民間人最大代弁者とも言えなくはない、政治に必要な動きを軍に助言しているのは間違いない。では何故レジオンの話題が? ここも同じ構造かは知らんが、大学の管轄は行政ではあるまい。教育や総務あたりだ。


「大学の所管は?」

「経済・教育省」

「すると軍ではなく警察が警備をしている?」

「派遣衛士がしている」


 ――警察が軍に優位を保てる場所を簡単には譲るまい。学長を切り崩すのに必要なことは何だ? 政権が替わっても学長は変わらずそこに就いている、その理由を考えろ。


「学長の詳細はわかりますか?」


 そこがわからなければあちこちに考えが散ってしまう。ロマノフスキーも欠けた情報を補完すべきだと、グロックに視線を向ける。


「大まかには。元弁護士で五十代後半で、キリスト教徒のメスチソ。ニカラグアの安定を模索する穏健派。政府のイエスマンとも言えるな」


 ――知識が豊富な庶民か! 天秤が傾いた側に乗るならば、使わない手はない。刺すのは何も弾丸や刃だけではなさそうだ。レジオンと言えば多国籍が売りだ、大使レターとセットで千客万来といこうか。同時に反対を跳ねるわけだ、サンディニスタ運動の軍事委員を数人だな。


「考えてはみましたが上手く行くと思えません」


 余りに好都合な内容ばかりが連なるものだから、自身ですら納得行く話ではなくなった。


「それを何とかするのが俺だ、ぐだぐだ言わんと話せ」


 歯切れの悪い喋りをするなと叱責されてしまう。


「補給の情報を察知すれば軍事委員が集まり対処を軍に命じるはずです。その委員を数人処分。同時に学長に大使レターを持たせた外国人を複数面会させ、国際的な反応を伝える。軍の活動を抑えさせ内戦を戦争から政治闘争に向きを変えさせる。言っていて妄想が激しいと思いますがね」


 補給戦自体を一種のトリガーにして、全く別の結果を産み出そうと道筋を設定した。これが上手くいくなら世界の紛争が半分になるだろう。


「チョンタレスの連隊長に戦いを控えるよう呼び掛けさせる、ですか。重石の使い途ですがね」


 犠牲者は絶対に出るが、頂点が悔しさを飲み込めば被害は双方少なくなる。


「荒唐無稽ではあるが、結果政争に向かうならば文句は無い。無茶を実現させるのが仕事だからな」


 必要なパーツが足らない、それを何とかしたら形にしてみようと頷いた。霞を掴むかのような話をどうして実行する気になったのか、島もよく解らなかった。だが目標を決めて突き進む、そう考えただけで気分が軽くなったのも事実であった。



 時は流れるもオヤングレン大統領は積極的にニカラグアに介入して来なかった。パストラ首相もリバスを堅持するだけで、これといった方策を実行しない。最早そこに何らかの意図があるのは明白であった。


 オルテガ大統領は首都を固めてジワジワと周辺に影響力を強めている。中でもレオンはがっちりと握られ、北部に対する壁を意識しているように見えた。


「司令官閣下、遅くなりましたがようやくやってきました」


 下準備に手間取りまして、微笑を浮かべ敬礼する。


「過剰な期待を寄せてすまんな少佐。ラブレターが届いていたよ」


 デスクから離れて握手を求める。本来ならばこのような場所に居るべきではない義弟に感謝を述べた。


「避難組の有力者がこぞって協力を承知してくれました。スレイマン氏の前例も助けに」


 かつてクァトロのシーマ中佐に投資をし、祖国を取り戻した男。首相の側近として常に意見を上げ続けたスレイマンは、マイアミでは有名人であった。


「資金も有り難いが、その人脈が穴を埋めてくれそうだ」


「お役に立てたようで何より」


 まあ座れとソファーを勧める。付曹長のリュカは遠慮してハラウィの後ろに立ったままだ。


「7号公道に隠し陣地を複数構築してあります。マナグアから東回りで進攻してきたら、それなりの被害を与えられるでしょう」


「ドゥリー中尉の仕業か、あいつらは何かを作るのが好きらしいからな」


 エーン少佐の壕を思い出して呟く。外国人としての仕事がここまでと考えているハラウィ少佐が麾下に組み込むよう申告した。


「外国人義勇軍は北部軍の指揮下に入る準備が御座います」


「そいつだがな、もう一つやってもらいたいことがあるんだ」


 サルミエ中尉に書類用意が可能な国のリストを持ってこさせる。一別して後ハラウィ少佐に渡した。


「……資本主義国家ですか」


「今は数を優先した、選別は後にしてね。国籍保有者が居たら作戦に使いたい」


「将校である必要がありそうですね」


 重要な役割を下っぱには任せるはずもない。そしてその時だけのぽっと出を信用するわけにもいかない。


「ワリーフのところが最大の供給源でね」


 クァトロにも少しは居たが、と付け加える。


「是非お任せください、自分が直接担当します」


「頼りにしてるよワリーフ。マナグア自治大学学長に、軍の方向付けを穏和にし政治闘争を主流にするよう働きかけてもらいたいんだ」


 グロック大佐が全体を詳しく把握しているとも加えた。


「全てが収まりはしませんが、決戦が一度だけで済むならば」


「戦争は外交の延長ではなく、交渉の一部だよ」


 相手が乗らなくとも行使できる便利なカードだ、多大な損害が出てくるがね。つまりはここだと感じた時に仕掛ける可能性もある、そう示す。


「誰しもが無傷では済まないし、全員が幸せにもなれない。それでも多数の未来を賭けてやらねばなりません」


「気概は買うが一つだけ覚えておいて欲しい。全ての責任は俺が取る、勝手にお前が負うなよ」


 上手くいかねば無茶をしかねないので、やってダメでも気にするなと明言しておく。


「義兄上も単身で責任を負うのはお止めください。我々将校団もそれぞれが国の代理人です、そこをお忘れなく」


「――頑固なやつだ」


 相好をくずしてぽつりと漏らす。それは自身に向けた言葉でもあった。


 数日後にグロックが島の執務室にやってきた。小脇にファイルを抱えている。


「俺のサインでも欲しくなったか」


「一世紀後に価値が出るようなら、子孫に残してやりますが」


「白紙の方がまだ使い途も多いさ」


 報告書を机にしまい話を促す。やけにしっくりと来る相手だとリラックスする。


「例の大使レターですが、あらかた揃えました」


 ファイルを開いて机に広げる。各国のそれが綺麗に並んでいた。


「なんとまあ公印つきまでか。とんだペテンだな」


「多くは領事レターで無印です。数より質の部分はあるでしょう」


 信用度が高いならば、ペラペラの紙を幾つも並べるより一枚が重いのは道理だ。最重要のロシアと中国のモノはやはり無かった。


「学長の件も補給も心配はしてないよ。軍事委員の処分については?」


 ふと出た案件であり、何かを工作するには期間が短すぎる。ましてや場所が場所であるので、侵入も困難だ。


「委員会が開催される会議室で爆発が起きます、半分は死傷するでしょう」


「仮に被害が少なくても警告にはなるか」


 ――事前に除去されたとしても、事実は残るな。やり方は聞かないことにしよう。


「あらかたの人員も義勇軍から志願を受けました」


「足りないものは何だ」


 それを埋めるためにわざわざやってきたのだろう、さっさと話を進めろと促す。


「北部同盟の強い主張です」


 ――む。確かに州境を閉ざし嵐が過ぎるのを待っている状態では、これといった主張は伝わらない。かといって今更で平治に乱を起こすようなことを勧めは出来ん。後の先手を取れと言うことか。


「俺の国では全く見掛けなかったが、世界ではよく見掛ける」


「……」


 目を細めて島が何処に辿り着いたかを想像する。


「デモをするとどうだ。警察に申請するなら合法だろ」


 別に非合法に拘りはしないと笑う。民主国家でもそうでなくても、これは有り得る。


「官製デモですか。ロシア大使館、中国大使館、各地の分室事務所に仕掛ける」


 オルテガ大統領は火消しに躍起になるだろう、中国大使館への対処如何で別の部分が見えてくるかも知れない。警察の市民への態度で瀬踏みも行えるし、軍が出張ってきた際の反応は貴重な情報になる。


「北部同盟内にも仕掛けるわけだ」


 それにより同盟内部の意思も鮮明に浮き上がらせる、期に乗じて一気に作戦を実施すれば、終わった頃には起こりを問うものも口を閉ざしているだろう。


「民衆の心理を煽るわけですな」


「なんだ聞こえが悪いな、呼び水を少しだけ垂らす位の話だろ」


 放置できない類いの手を思い付くも、どうしたら火が着きやすくなるかは掴めない。


「ただの騒ぎで終らないように、少々研究が必要です」


 珍しく経験が無かった分野やしく、あのグロックが弱気を見せた。


 ――鬼の霍乱は二度続かんな。


「スフラーフェンハーへに心強い助言者が居るよ。甘えたことを言えるなら二重の意味で」


 オランダ語を理解はしないようで目が説明を求めていた。


「伯爵の生け垣、オランダのハーグにルッテ社会心理学教授がね」


「それは最適な人材ですな。ですが二重の意味とは?」


 考えても答えには迫れまいと素直に尋ねる。


「ルッテ教授は元公使だ。いやはや星の巡り合わせだね」


 敢えて大きな挙動でわざとらしく驚いて見せる。他人に頼るべきではないので、おまけなのを強調して。



「首尾よく良い返事が得られるとして、誰を使いに出せば?」


 無関係な人間が行っても信用は得られないと、面識ある人物の推薦を求める。


 ――うーん、レティアには頼めんな。かといってルッテ教授と面識がある奴は居ない。アンネの記憶を頼りにして、一つ証を持たせるか。


「エーン少佐がルッテ教授の娘と面識がある。合言葉は、チャイニーズかと思いましたがニカラグアでしたか、だ」


 父娘共に通じる便利な言葉だと教えてやる。仮にその言葉だけ知られても何についてかは全くわからないはずだ。


「畏まりました。後は現場の知恵次第です」


「すると俺とお前は別の何かを準備するのが仕事になるな。想像の翼を広げて臨んでくれ」


 若者達の働きぶりをつぶさに見届ける。そのために影ながら弱点を補強する役目が二人には待っていた。


 グロック大佐が去って毎度の奥の手を考える。


 ――まず何に困ると破綻だ? 学長に面会できないとそもそもが徒労だな。彼が決行時に大学に居るべき理由を作っておいてやるか。


 備忘録にメモをする。居場所さえ分かっていれば後は現場の働きで結果が決まる。大学なのだから閉鎖はされないだろうし、厳しいチェックもされない。


 ――補給についてか。フェルナンド大佐に渡りをつけるのはロマノフスキーの役目だ。コスタリカへの配備替えも、実戦も。後方支援の為にチナンデガを離れている間の職務の面倒はこちらだな。


 移動用の船をどうするか、そこは確認しておこうと記録した。


 ――実際に戦いになり、立ち行かなくなったとして、アメリカの空爆以外で速効性がある何かを用意してやりたい。隙を作る程度で構わないから、チョンタレス連隊を惑わせる何かを。


 地図を取り出して何か閃かないものかと眺めた。


 ――州都が湖沿いにあるな。補給が陽動だと思わせれば反応が鈍くなる箇所も出てくるか。水上からフィガルパに奇襲を仕掛ける演出はどうだ。


 湖自体かなりの面積なので、行きは容易だが引き揚げに難があると結論付けた。当然水上部隊は向こうにもいるだろうし、マナグアからもやってくる可能性がある。


 ――我ながら悪どいが、帰路をリバスへ向けてしまえばパストラ首相も沈黙のままとは行くまい。動かない理由はわからんが、閣下は諦めてなどいない。


 モーターボートと船上兵器の一式、輸送の手配をメモする。使わなければ隠しておくか、さもなくば何かの餌にでも使うつもりで詳細を決めようと、方針だけを固めておく。


 ――ニカラグア空軍や海軍の動きも注意しておかねばならんな。俺がやるべきは引き込むことではなく、局外中立を確立させることだ。海軍ならばごたごたで精鋭を損耗することはないだろうが、空軍はスタッフを避難させる手段が無い。


 軍図のフィルムを地図の上に被せた、どこに何があるか一目瞭然になる。内陸遥かに遠くではどうにもならないが、州の際にぽつりとあるような基地ならば、強行脱出も視野に入る。


 ――空軍スタッフは中央駐屯地以外なら二十人程度か。軍属が幾らかいても三十人までだ。二種類を用意できればだな。


 まずは確実な線から一つを押さえようと受話器を上げて、ボタンを押す。遠くにコールしているせいか、音量は同じでもやけにか細く聞こえてしまう。


「ハロー、タンガニーカフライトです」


「アメリカ大陸からだ、変な時間だと悪い。シュトラウス社長は居るかな、イーリヤだ」


「閣下、少々お待ちください」


 ――そういやそうだな、必要な時だけ声を掛けるとは、何とも現金な奴だ。


 ハンガーに居たらしく、取り次ぎに暫く時間を要した。ようやく保留が解かれると、懐かしの声が聞こえた。


「シュトラウス退役中尉であります」


 事態を知るわけもないが、彼は直感してドイツ語でそう名乗った。島も見えるわけも無いのに頷いている。


「ニカラグア陸軍イーリヤ准将だ。貴官に頼みたいことがある」


「ヘア・ゲネラール! 何なりとご命令を」


 ドイツ軍に准将の概念がないので、単に将軍と応えた。もう五十歳も半ばになるのだろうか、それでも力強さを感じさせた。無関係の人物を際限なく巻き込む、良くないと解ってはいても私情を捨てて突き進む。


「Juー52を指揮下に加えたい。ニカラグア空軍基地からスタッフを離脱させる可能性がある。撃墜の危険が付いて回るし、ニカラグア国籍がなければ捕虜にも死体にもなれない。更には全てを成功させても公の名誉は獲られない、それでも構わないと言うならば返事を貰いたい」


 妄言も良いところで、一笑に付して電話を切られてもおかしくはない。一瞬の沈黙がやけに長く感じられた。


「ヤボール。数ヵ所を経由して速やかにニカラグアに向かいます」


「済まない、シュトラウス中尉。会社への補償はする、それと四ツ星の印を塗装しておいてくれ。クァトロの所属だ」


「畏まりました。準備が整い次第報告致します」


「北部軍管区司令部に、俺か副官に直通させる」


 受話器を置いて空軍基地に連絡をつけられるよう、事前準備が必要だなと呟く。


 ――後一つはチヌークか、あれ一機で北部軍の給与の一年分以上何だから恐ろしい。貸せんと言われたらイロコイを五機だが、そうなると今度はパイロットが不足しそうだ。


 心配を打ち消す種も消えないものだ。嫌な気持ちではないが、果てしない何かを感じる島であった。



 護衛代わりに運転手を連れ、オルテガ大統領は見慣れた邸宅にやってきていた。何十年と前から訪れている場所である。入口に二人の兵士が立哨しているが、全く視界に入っていないかのように振る舞った。

 ライオンの顔を象ったドアノッカーをゴツゴツと鳴らす。新築する際に自身が贈ったものだ。


「はい……あらお義兄様」


「エレーナ突然すまない、ウンベルトに会いに来た」


 夫を軟禁している張本人ではあるが、義兄であることに変わりはない。応接間に通して夫を呼びに行った。


 ――今日のコーヒーはやたらと苦く感じるな。


 ばつが悪いのもあるが、事実少し苦めだったのもあった。飲み食いで楽しむにしても、肥満しないようにと夫人が気を配っていたからだ。

 五分ほどでウンベルトがゆったりとした私服姿で現れた。


「閣下、お忙しいでしょうにいかがされましたか」


 よいしょと掛け声を発して椅子に収まる。


「そう私をいじめるな、今日は大統領ではなく兄としてやってきた」


 苦り切った顔で弟を宥める。ここに来てまで余計な仕事の話はしたくない。


「ふむ……兄上がそう仰有るならば、そうしましょう。どこか体調不良でも?」


 何か心配事を愚痴りにきたなら聞いてやろうと態度を改める。話し相手が欲しかったのはウンベルトも同様であった。


「心の病だよ。私は良かれと思ってやってはいるんだがね……」


 ――兄上も大分参ってきているようだな。イーリヤ准将は確りとやっている、パストラ首相もギリギリでよく持ちこたえているしな。


「十人居たら十の考えがあるものですよ。全員が幸せになるなど、世界中どれだけ歴史を遡っても無いことです」


 それは歴とした事実である。人は常に幸せと不幸せを両手に抱えて生きているのだ。人を国に変えてもそれは変わらない。


「無駄なことをしていると?」


「そんなことはありません。不幸せが無ければまた幸せも感じられません。良し悪しあっての比較です」


 王の悪政を知った者は兄上を良くやったと賞賛したでしょう? ウンベルトがそう優しく諭してやる。その後に自身を含めて道を外しすぎたのも事実であったが。ダニエルが気を落とすのは多くに不都合があるため、敢えてそちらは口に出さない。


「……そう……か。時々ふと思うんだ、どうしたいのかと」


 背を丸めてコーヒーを口にするダニエルがやけに小さく見えてしまった。年老いたと言うにはまだ早い、若くはないが壮健であった兄に、何とも言えない感情を持ってしまった。


「私は戻る。急に悪かったな、ウンベルト」


 心なしか背中が泣いているように見えた。ウンベルトは喉まで声が出かかって、ついに飲み込む。

 義兄を見送った妻が、椅子で考え込む夫をチラリと見る。小さく頷いて彼女は寝室に向かった。


「おい、エレーナ」


 暫くしてウンベルトが妻を呼ぶ。にこやかに彼女は応じた。


「相談がある」


「あなたのお好きになさって下さいな。私はあなたの妻です、全てを承知でお供致しますわ」


 何かを手にしていたが、それが軍服だとわかりウンベルトは頷いた。


「済まんな、お前には苦労ばかりかける」


 立ち上がり肩に手をやり抱き寄せる。軍服に着替えた彼は玄関を開けて兵に命じた。


「車を用意しろ、軍総司令部に向かう」


 外出を禁じると返事をしなければならなかったが、兵はそれに従った。有無を言わさず従わせるだけの何かがそこにあったからだ。総司令官に敬礼し、鋭く返答する。


「スィン ドン・ヘネラリッシモ!」



「トラック中隊準備完了です」


 改造したバスを移動司令部に仕立て、パンクしない特殊タイヤを装着させた、装甲バスに報告が集まる。最新の指揮装甲車両しか見たことがないような、先進国の若い兵士は腹を抱えて笑うだろう。だがしかし、今それに搭乗している男たちは真剣そのものである。


「第四コマンド、準備良し」


 ヘッドフォンから伝わる声はどれもこれも似たように聞こえたが、ロマノフスキー中佐は先程のがマリー少佐だとすぐに解った。長い付き合いである、表情まで想像できた。

 コスタリカ北東部、山岳の盆地に彼等は潜んでいる。遠巻きにコスタリカ警察が非常線を張っており、中に民間人が入らないよう警備していた。


「軽歩兵中隊、先行偵察に出ます」


 必要な装備をパナマ船籍の大型貨物で東海岸から運び込んでいる。これだけでも国際ルールから違反しているが、そう訴えたとしても証拠はどこにも無い。

 非装甲の軽車両や、バイクに乗った部隊が北進する。どんなに辺鄙な場所でもやはり警戒は必須である。省こうとでも言えば、副司令官に諭されてしまうだろう。

 ――国境警備すら居ないとは、フェルナンド大佐はかなりチョンタレスで幅を効かせているな。


 薄く幅広く見張りを立てなければならない境界、そこを襲われたらひとたまりもない。国境警備は警察ではなく軍の役割なのだ。その軍が恐れるのはこそこそ密入国するような不逞の輩ではなく、同じ軍人らの集団である。


「機械化歩兵中隊、進出します」


 工兵を伴った中隊が襲撃に備え前衛に出る。道が閉ざされていた時にはそれを切り開く役目も負っていた。

 偵察には異常がなければ無線を使わないよう命じてある。交信で察知されては元も子もない。


「嵐の前の静けさってやつだ」


 マツバラ効果で意味のわからない台詞を並べた。通信兵が発信をオフにしてそれは何かの暗号かと尋ねる。


「こいつは諺だよ。事態が大きく荒れる前は、やけに穏やかになるとな」


 すぐに無線が氾濫するから、それまではゆっくりしておけ。ロマノフスキー中佐が固くなっている通信兵に言葉を投げ掛ける。


「あの、副司令官殿。ひとつ質問宜しいでしょうか」


 若い伍長が軽い空気になったのをきっかけに問い掛ける。


「おう、何でも聞いてくれ。女の経験談か?」


 にやにやして受け答えする。そうではない、少しだけ困り顔で首を横に振った。


「司令官閣下や、副司令官殿は何故ニカラグアでこのようなことを?」


 批判ではなく、過去を知らないわけでもなく尋ねる。想定内といえばそれまでの質問に、中佐は笑みを浮かべる。


「伍長に兄弟はいるか? 親友でも良い」


「はい、弟が居ります。幼馴染みの友人も」


 何の関係があるのか、素直に答える。


「俺にとってイーリヤ准将は友であり兄弟みたいなものだ。それに命懸けで付き合いたい、ただそれが理由だ」


 解らないでも無い答えだが、伍長が食い下がる。


「では司令官閣下がそうする理由はなんでしょう?」


 バスの中で耳をそばだてる奴等が良く見える。興味深い話なのは間違いない。


「さあな。そいつは伍長が自身で聞いてみろ、うちのボスは答えるのを嫌がったりはせんよ」


 中佐の提案に面白がって皆がそうしてみろと背中を押す。苦笑して機会があれば、伍長が向き直り席についた。


 たかが補給にかなりの大所帯でやって来ていた。ロマノフスキー中佐を頂点に、マリー少佐の第四コマンド、機械化歩兵中隊、軽歩兵中隊、トラック中隊、牽引野戦砲中隊、軽砲兵中隊、その他に支援の諸兵科が司令部にぶら下がっている。

 大隊とも旅団とも表せそうなそれは、補給部隊と素っ気ない呼称を使っていた。中佐は補給行為が大切な戦略だと昔から理解していて、このような名前にも拒否反応は無かった。


 ――最初に見付かるのは恐らくパトロールのジープあたりだな。そいつがいれば片道十五分程度に本隊が居るはずだ。


 側壁に張ってある地図に目をやる。磁石が軸にあるコンパスで大まかに範囲を想定可能なように、予め準備してあった。

 数が多くなる程に、また期間が長くなる程に、駐屯場所が予測しやすくなる。


 ――フェルナンド大佐のところに着くまで戦いは避けたい。そっくりそのまま反対が相手の考えになる。不審な集団が見つかれば、次はそれが何者かを識別するだろう。


 北部軍とは解らずとも、ニカラグア軍なのは一目でわかってしまう。同じ装いなのだから余計に。




 関知しない小部隊ならばまだわかる。ところがかなりの数が統制を得て動いているならばそれは事件だ。規模や目的、装備に対策を同時に手配する指揮官は経験が足らねばパニックを起こしかねない。


 ――正常な軍人ならばリバスの軍が湖を南回りでやって来たと判断しそうなものだ。だったら信じたい情報を漏らしてやるとしよう。


 中軍に当たる第四コマンド本隊とトラック中隊が、司令部と共にチョンタレスへ侵入を始める。第四コマンドの支隊が後備だ。志願兵から昇格した中隊と、レオン軍相手に果敢に戦ったのを目の当たりにしたヘルメス大尉が指揮下の中隊を率いて連なっている。


「偵察より伝令、中隊より北西七キロに軍用車両のパトロールらしき班を二両発見。監視を継続するとのことです」


 通信ではなくバイクで伝令を飛ばしてきた。七キロあれば音はまず聞こえない。地図を調べ近くの地形を軽く頭に入れておく。


 ――リバスが本気で攻めてきたなら、当然マナグアは反応する。だが奴等はチョンタレスを増援すまい、リバスに向かうはずだ。助けが来ないと知った連隊長がどうするか、こいつが我等の一番の興味処だな。


 山間の内陸部は驚くほどの人口密度の薄さが特徴的だ。十平方キロメートルあたり四人程度、つまりは一家がぽつりとたまたま住んでいる位なのだ。アフリカの草原や、砂漠地帯、ロシアの凍土あたりよりはまだましだろう。

 進路に民家を発見した偵察部隊が、小銃を肩にし扉を叩く。怯えた顔で主人が出てくると、伍長が「本日演習があるので外に出ないように。演習の事実も明日になるまでは口外してはならない」警告した。承知するしか無い主人に、車から食料品とタバコを一箱持ってこさせ、渡してやり「家族でゆっくり過ごせ」飴と鞭を使い分けるのであった。


 フェルナンド大佐の訓練基地は場所が解っている。そこに居るかどうかは解らないが、わざわざ拠点を捨てる意味が無いので、恐らくは強化して利用しているはずだ。衛星や航空偵察があればあっさり判明するが、ニカラグア軍ではそれを望めない。


 ――ボスから指摘が無かったんだ、つまりは空振りは無い。あるとしたら直前に消える時だ、そいつは俺が何とかする役目になる。


 アンダーソン少佐が連絡将校として、コスタリカ北東部に出張って来ている。無論その事実は極めて少数にしか知らされていない。


 北東部全体には行き渡らなかったが、補給部隊には車がきっちり宛がわれている。ジョンソン少将の差し金でもあるが、せっせとエルサルバドルで購入したものも混ざっていた。装甲バスもそうであるが、相応の装備と言うのは存在する。


「第四コマンドB中隊が退路を確保しています」


「うむ。牽引野戦砲中隊に、退却援護用の砲兵陣地をこのあたりに設けておくよう命じておけ」


 自走にするほど予算は無く、積載設置するほど口径が大きい必要が無い。思案の末に牽引を選択した。精度は高く設置時間も短いので、かなりの支援火力が期待できた。移動先を選びはするが、これがあれば撃ち合いに負ける気がしない。

 ミサイル積載車両も検討してみたが、あれは瞬時に圧倒するのと歩兵を恐怖させるのに有効であって、遭遇戦にはあまり向かないと結論した。何よりミサイルが高すぎるのだ。


「軽歩兵中隊が副司令官殿に直通を求めております」


「繋げ」


 簡潔に応答する。前衛がそう言ってきたなら、集団が居たのだろう。


「副司令官、チョンタレスの警備中隊を捕捉しました。本隊より北二十キロ地点、ルートの変更を具申します」


 ――北東回りで回避は可能だな。挟まれないように分岐路を押さえておかねばならん。


「そうしよう。大尉は監視を残して北東部のルートを先行しろ」


「ヴァヤ!」


 出力が小さい無線を中継しながら交信していた。途中一ヶ所でも故障したら分断されてしまう不都合はあるが、相手に筒抜けになるよりはマシだろう。


「第四コマンドを」


 すぐに司令が応答する。無線を傍受していたなら黙っていても適切な命令を出すだろうが、補給部隊はクァトロではなく北部軍なのだと、きっちりと手順を踏むことにする。


「第四コマンド、マリー少佐です」


「この先の分岐を敵に獲られては退路が遮断される。確保しておけ」


「畏まりました」


 すぐに通信を切断する。きっと軽口で部下の笑いをとりながら命令しているだろう、ロマノフスキー中佐は小さく口角をあげる。


 ――あちらも始まった頃だな。後援国の大使館や公館に、まさか激しいデモがかけられるとはオルテガ大統領も思うまい。軍に蹴散らせと命じさせ、警察との対立を煽るなど、エグい手を考えたものだ。


 実際に考えたのは島であったが、実行はグロック大佐が担当していた。参謀長になっての功績を示すためでもあるが、弾除けとしての役目を買って出たからが大きい。司令官が非難の的になっては替えが効かないが、グロック大佐ならば野戦司令官への配置替が可能だからだ。


 ――誰のためというわけではないが、難儀なものだな。味方の批判すら考えながらやらねばならんのが、こうも面倒なものとはね。


 北部地方の住民は今の暮らしに多少の不満はあったにしても、サンディニスタ政権時代に戻るのは拒否した。地方は搾取されるだけで未来は明るくはない。オヤングレン政権では、働いた分だけ稼ぎが増えたのが最大の理由である。


「偵察が村を視界に収めました」


 ――そこから先は何をしようとも伝わる。機が熟すのを待つとするか。


「本隊が待機出きる場所を確保させろ。偵察は市民に気取られるな」


 人の数はそのまま目の数に比例する。あちこちを見る数が増えれば、動きが露見する確率もまたあがるものだ。軍兵でなくとも不審な集団が居たら誰かに話をするだろうから。




 主要な都市に設置されている公館、特にロシアと中国のそれを囲むようにデモ隊が集まっている。たったの数人のところから、百人を越すような場所もあった。

 公館自体は治外法権が成立するが、周囲はニカラグア警察が警備の責任を負っている。これは世界共通の約束であり、軍が通常警備を行う国は比して少ない。


「外国はニカラグアに干渉するな!」

「汚い情報操作を止めろ!」

「我々の政府は我々が決める!」

「ここはお前たちが蓄財するための場所じゃないぞ!」

「くたばれイワン!」


 激しく罵倒され、更には一部が投石を行い窓ガラスが割れるなどして、ついに政府に抗議した。すぐさまオルテガ大統領にも通報の内容が知らされると、軍に対して鎮圧を命令するよう側近に指示する。

 オルテガ政府に含むところあった警察は、各所に警官隊を先行させてデモ隊を囲い、拡声器で投石を止めるように警告した。だがデモ自体は届け出を受理していたので咎めようとはしなかった。

 そこへ軍が到着し、デモの解散を命じるが警察が阻止し、にらみ合いになってしまう。


「貴様ら、これは大統領命令だそこを退け!」


 軍の将校が命令を遂行しようと迫る。警察も黙ってはいなかった。


「こちらも警察大臣命令だ、デモは届けを出した正規の活動で解散を受け付けない。軍が行政権に干渉するつもりか!」


 上からの命令は警察も同じだが、用意が良く署長の命令書を携帯していた。一方で軍が大統領に命令確認するわけにもいかず、凄むしか方法がない。


「強行排除をするぞ!」


「それはオルテガ大統領が警察組織の支持を棄てるという意味か! 我々は法を守護する指導者を戴くことを要求する」


「くっ……」


 勝手に警察全体を敵にするような行動をとるわけにも行かず、司令部に現況を報告するに留まる。一部では軍によりデモ隊が拘束され、暴動の一歩手前になっている地域まで現れてきた。

 軍事委員会は危険な兆候だとして急遽会議を行い、ニカラグア自治大学学長に名案を出すように求めた。警察と軍の勢力争いがこうまで拮抗するとは予測しなかったが、混乱に拍車が掛かったのは間違いない。軍の会議室が爆破された時、ルビコンを渡ったのだ。


 対抗措置として命令書を現場に送った司令官は更迭に値するだろうか。速やかな処置を怠ったとして。

 混乱に乗じて反政府勢力が相乗りしてきたのだ。これにも十二分に裏があり、グロック大佐の影がちらついていた。その手配については島も知らず、報告を受けてから大佐をじっと見詰めたものだ。


 民衆は馬鹿ではない。これだけの騒ぎが偶然に起こったなどと受け止めはせず、更なる嵐の前触れだとあちこちに避難したり自宅に閉じ籠り出す。ラジオでも臨時のニュースが流され、危険水域を越えたとオルテガ大統領が判断した。


「軍は速やかに社会秩序を取り戻し、平穏をもたらすよう最善の努力をする義務がある」


 声明が発表され、各司令部が待機に切り替わる。司令官は方針を決めるため額を寄せて参謀と協議し、兵に召集を掛けた。

 一方で警察大臣は大統領に猛抗議を行った。治安維持権限を上書きするのになんら相談も説明も無かったと。緊急事態だからこそ話し合う、緊急事態だから大権を行使する。共に一理あった。


 遠く北京に居るオヤングレン大統領は気付かなかったが、リバスのパストラ首相は素早く察知し眉を寄せた。歯車が回り始めたと。



「では始めるとしようか、補給戦をな。軽歩兵中隊、フェルナンド大佐の部隊に接触をはかれ。第四コマンドは、トラック中隊の護衛だ」


 ロマノフスキー中佐の命令が伝えられる。司令部は分岐路の南側、第四コマンドB中隊の後ろに置かれた。一方で前線の指揮は第四コマンドのマリー少佐が執る。それでいて表面上の功績は部下の大尉らのものなのだから、場合によっては任務を放棄する者が居てもおかしくはない。


 村の手前にある高地に足場を組んで、監視班が一個残っている。有線で司令部と繋がっていて、先行部隊が村を通過するのを伝える。


「軽歩兵中隊が村を北進、妨害はありません。地元警察も黙って見ているだけです」


 ――今更騒いでもどうにもならんからな。基地までは一時間位か。


 第四コマンドA中隊。つまりはクァトロ部隊は兵を増員して、二つに割っていた。訓練中の者はチナンデガに残してきている。それでも三百人近い数をほこり、八つの小隊に軍曹を置いて中隊を編成していた。中隊長の代理がゴンザレス少尉であり、かなり変則的な形になっている。


 二十分の間をあけて、マリー少佐が移動を開始する。トラックを包むようにして、歩兵を乗せた車両が周囲を警戒した。

 搭乗率百パーセントの完全機械化部隊。対戦車能力や装甲こそ低いが、機動力はニカラグア国内で恐らくは最高である。分厚い筋肉より素早い足を求めたのだ。


「先行部隊、我交戦を開始す!」


 封鎖されていた一般無線が使用された。障害排除のための開戦権限を大尉に与えてあったので、敵軍に誰何されるなりしたのだろう。案の定「警らに停止を命じられたのでこれを殲滅」報告が遅れてもたらされた。殲滅するも警報を出されたのでこうしたとも。


 ――ここから先は目を配ってもあまり口出しはせんことだ。マリーならば上手くやるさ。


 綻びが出来たらそれを埋めることだけを注意し、進捗に関しては前線司令に任せる。経験を積ませいずれは一人で指揮を執れるようにさせるためには、過保護ではいけない。


「L中隊、斥候と接触に成功」


 無線が漏れているので軽歩兵中隊がL中隊と自称する。第四コマンドがAとB、トラックがTで牽引砲兵がC等と頭文字を利用することにしていた。


 ――早いな、フェルナンド大佐もアンテナを外に張り出していたわけか。


「前線司令より通達、フィガルパより戦闘部隊が接近中、警戒せよ!」


 チョンタレスの州都であるフィガルパ、そこから部隊が出撃した。中隊が一つなわけがないので、恐らくは大隊規模が向かっているはずだ。


 ――来るか。歩兵が中心の敵に簡単には捕捉はされまい。機甲が現れたときが最初の危機だ。


「ブッフバルト大尉、対戦車部隊の急行準備をさせておけ」


「ヤー」


 傍に居たが今のいままで全くと言って良いほど喋らなかった彼に、初めて命令が下される。副官任務を棚にあげ、いずこかへの増援を指揮するために敢えて外していたのだ。

 それとてやはり部下が功績を挙げたと記録される予定である。


 ――既存の戦車ならばどれが現れても撃破可能なはずだ。新型車はマナグアだろう。もしそうなった際に何らかの解決策を必要とするな。


 本来は戦闘部隊の指揮官らがそれぞれ考え対処をするべき問題である。出来なければ苦い経験を積むわけだ。それでも死んでしまえばそこまでなので、上官としては一定の被害で食い止める手段を用意しようとする。


 細かい報告が幾つか続き時が流れる。フェルナンド大佐が物資の受領を承諾した、そう聞かされた。


「前線司令、前線部隊。T中隊がベースに向かう、連携を強化しろ」


 縦割りの中隊組織が隣接する部隊とも密に連絡をとり始める。指揮官だけでなく、班までもが大まかな状況を知る。これは諸刃の剣で敵も同じく把握してくる、それと知って見逃すようならば野戦指揮官は務まらない。


「敵中隊視認、戦闘車両確認!」


 少し離れて塹壕から辺りを窺っていた兵士が無線に叫ぶ。詳細より発見の一報がより高い値を持っていた。


 ――いよいよだ。ここから先は出たとこ勝負だぞ!


 腕を組んで目を瞑る。戦闘そのものなどは中佐が関わるべき事柄ではない。ニカラグア全土の状況や、戦域以外の部分に考えを巡らせる。


 ――どのタイミングで兵を退くか、何を以て整合させるか。順調さが逆に怖いとはこいつだな。


 何か命令は無いのかと通信兵がちらちらと中佐に視線を送る。それに気付き一言「何かあるまでは待ちだ」戦いが始まっているのに、何かとは何なのか、通信兵らにはまだまだ理解出来ない一言であった。


「少佐、敵は三個中隊です」


 無蓋の大型ジープに無線を増設した指揮車両に鎮座しているマリー少佐に、通信軍曹が報告する。滑舌がよく語彙が多いニカラグア人の若者を現地採用していた。


 ――軽歩兵中隊だけではちときついな。こちらから予備を回すか? いや、正面から戦う必要はない。


「遅滞行動をとらせろ、牽制だけで構わん。捕捉されないように注意させろ」


「スィ コマンダン」


 語尾が消え入るような発声がすんなりと耳に入る。第四コマンドの偵察が小部隊の接近を警告してくる。


「ビダ先任上級曹長に対処させるんだ」


 一つか二つ武装ジープを送れば終わるだろうと部下に預けてしまう。動いている限りは砲撃も大した心配にはならない。


 ――敵だってトラックを見たら目的に気付くだろう。思い切りが良ければ訓練基地の方がより危険だな。


 高低差がある山間の村々と言えばそれに近そうな風景が過ぎ去る。ゲリラ活動にはまさに打ってつけだ。


「少佐、訓練基地との間に敵が布陣しました。二個中隊。更に三個中隊がそちらに進路を切り替えました」


「随分とやる気を出してきたな。迂回路はどうだ」


 各所に散った偵察に報告を促す。対処するだけならば穴がありそうだが。


「支道にも障害を置いて通行を妨害しています」


 ――邪魔は少数だとしても、近くで足を止めたら罠に掛かりそうな臭いがするな。合流を阻止して二個中隊を強行突破だ!


「ゴンザレス少尉、武装ジープ分隊四個と機械化歩兵小隊二個を預ける、敵三個中隊の動きを妨害しろ!」


「機械化歩兵にAT3対戦車砲を追加携行させます!」


 打てば響くような答えを返して、少尉は部隊を割って北西へ進路をとった。次いで軽歩兵中隊に合流を命じる。


「軽砲兵中隊に前進命令だ。軽機関銃小隊を待機させておけ! ビダ先任上級曹長、お前が突破の指揮を執れ」


 強引な動きをする時には常にマリー少佐に指名されてきただけに、今回も勢いよく承知した。


「陣頭指揮、お任せ下さい! 榴弾を使わせて貰います」


 機械化歩兵に予備から対人榴弾を余分に装備させる。地域を面で制圧するのに有効な武器だ。ある程度の接近を必要とするが。


 ――敵も馬鹿ではない、効果的な布陣をしているはずだ。フェルナンド大佐の反応が気になるが、独力でやらねば!


 チョンタレス連隊は治安維持、クァトロの妨害、フェルナンド大佐の警戒、そして州都の防衛までやらねばならないのだ。兵力を一つところに振り向けるのには、自ずから限界がある。


「公道で交戦開始」


 先行部隊が威力偵察を始めたと報告が入る。新兵が多いのか、過剰な反撃が行われたそうだ。


 ――戦いなれなぞしているわけがない。経験の差を活かせば隙をつけるはずだ!


 反撃により重火器の位置が簡単に露見してしまった。座標を指定し、前進してきた軽砲兵中隊に砲撃を要請する。

 山の影に隠れて設置した迫撃砲から、スポンスポンと次々砲弾が放たれた。一分間に二十発、やや急ぎ目に撃つとそそくさと撤収準備に入り、どこかへと場所を移してしまった。


「弾着確認。重機関銃陣地で混乱が発生、被害確認中」


 砲隊鏡分隊――望遠鏡を抱えた観測分隊が土煙が舞う敵陣をじっと観察している。そう簡単には沈黙しないように援蔽してあるはずだ。



 武装車両からも砲撃が始められた。四台だけ二十ミリ機関砲を装備させてあり、あとは十二・七ミリとそれ以下を据え付けてある。


 公道にバリケードを三重に設けてあり、左右には壕が巡らされていて、それを越えては簡単に進めない作りになっている。まさか公道に地雷を仕掛けはしないだろうが、それでも正面突破はかなり厳しい。

 ビダ先任上級曹長が率いる機械化歩兵が西側に大きく膨らみ進路をとる。一旦戦域から外れる位にだ。西から味方を引き入れるつもりならば、そちらには通路が残されている可能性が高い。


「敵陣へ再度砲撃を行え!」


 大雑把な命令が先任上級曹長から発せられた。砲撃するならどこでも構わない、そのような意味だと軽砲兵中隊は解釈する。

 移動した先から今度は四秒に一発ずつ、それぞれが一秒ずらして砲撃を始めた。五月雨のように止むことがなく降り続ける砲弾に、歩兵が穴蔵で体を小さくし外れるのをただ祈る。それでも反撃してくる場所には、機関砲が撃ち込まれ、快速部隊からは対戦車ロケットが見当で放たれた。守勢にならざるを得ない、そのような空気が漂い始める。


 野戦築城をするにしても時間が限られ過ぎていたのはあるだろう。西側の陣地には所々に弱点が見られた。


「対戦車ロケット準備、一斉砲撃後に突入するぞ!」


 軍曹らが命令を繰り返し、傍らにグレネードも準備する。接近してしまえば恐ろしい威力を発揮する。その場を動けない側がこれに関してのみ不利になってしまう。

 クァトロ本隊で様子を窺っていたマリー少佐が、ビダ先任上級曹長に呼応する形で正面左手――西側に攻撃するよう手持ちの予備部隊に命じた。


 ――集中したらあの位なら切り崩せるぞ!


 数分だがそこに釘付けになる。視野が狭くなった、ふと我に返り周囲の警戒を喚起した。


「五時の方向に敵発見! 来ます!」


 つい皆が視線をやってしまう。山間で息をひそめていたのだろうか、百人程の部隊が本営に迫る。


 ――未熟者が、釣られている場合ではあるまい。しっかりしろマリー少佐!


「本部護衛小隊に迎撃命令。司令部を前進させるぞ」


 危急の時こそ冷静に命令を出す。肉迫されて厳しいならば距離をおけば良いだけだ。

 三倍程度の数ならば、火力次第でどのようにでもあしらえる。少なくとも経験がそう言わせた。


 指揮車両が小銃弾の射程から離れ、再度周囲を警戒する。攻撃に出している予備から一部を引き戻し備えさせた。


「護衛小隊が合流します」


 防衛線を築いて対処させている間に戦況が動いた。ビダ先任上級曹長が一角を切り崩したのだ。突入した一部が陣地を引っ掻き回す、あちこちで爆発が連続する。


「ゴンザレス少尉、司令部。敵を押さえ切れません、遅滞行動を取りつつ撤退します」


「司令部。了解」


 少数で出来ることをさせるに留める。このままでは数で潰されてしまう恐れがあった。


 ――合流までに引き払えるか? いや、そうして何が成せる。チョンタレスにそこまで戦力があるのはおかしい、七個中隊が兵力の目安だったはずだ、西に三個、正面に二個、こちらに一個ではフィガルパは一個になる。そんな馬鹿なことはあるまい、手品の種があるはずだ!


 伏兵を双眼鏡で観察する。確かに正規軍のように見える。一転して二個中隊を観察するが、中々ビダ先任上級曹長を追い返せないでいるようだ。


 ――いくらゴンザレス少尉が昔にクァトロに居たにしても、三個中隊を相手にそこそこ戦ったのはどうだ?


 陣地はマシな造りである。頭数も確かにそこに存在している、ならばどこで帳尻を合わせるか。


「眼前の陣地は偽物だ! 本隊も攻略に参戦するぞ!」


 ノロノロ動く伏兵は徒歩である、それを無視して陣地西側に移動せよと命じた。


 ――伏兵と西側中隊、陣地の幾らかが正規兵だろう。残りは素人に武装させただけに違いない。州都に二個、訓練基地対策に一個、治安維持に一個だ!


 威力偵察に過剰反応を見せたこと、西側に攻めいり易い場所を残したこと、伏兵をわざわざ置いていたこと。全てを整合させると、民間人を徴兵して陣地に詰め込んだとしたら納得いった。無理矢理にやらされているならば士気は低いはずだ。督戦部隊が少数存在していて、それを打ち破れば片がつく。


「マリー少佐、ビダ先任上級曹長。陣地内に督戦指揮官がいるはずだ、そいつを潰せ!」


「ヴァヤ!」


 無線機から力強い返答が得られた。手応えが薄い理由を諭されて殲滅を控える。


 ――ゴンザレス少尉を収容して陣地に籠るか? トラックをどうするかが問題だ、さっさと駆け抜けるのが正解だろう。


 軽砲兵中隊も軽機関銃小隊もが陣地に向かい攻撃を強める。武器を投げ出して踞る兵を脇目に、ついにビダ先任上級曹長が指揮所を押し潰した。直ぐ様残兵に降伏を勧告する。


「降伏しろ、命だけは助けてやる!」


 恐れ入った兵が両手をあげてあちこちに固まり座る。驚くことに、極めて少数だけが正規軍だったようで、百数十人が二等兵待遇で参加していた。班長すらあてがわれていない。軍服のサイズもまちまちで、急造したのが解る。

 入城したマリー少佐にかいつまんで報告する。軍曹らには西側の防備を固めるよう命じて。


「そんなにか!」


「どうやら家族を人質にしているようです」


 離反可能性が低いから、督戦部隊が少なかったと推察出来た。


「下衆の所業だな。捕虜にも出来んが処分も出来んぞ」


 むむむ、と重荷を抱えたことを思慮する。彼等にしてもクァトロに従うわけにも行かず、解放されても困る。


 ――分かれ目だ、見捨てるわけにも連れても行けず、然りとて補給はこなさねばならない。待てよ、陣地を守りつつ補給をするには戦力が足らないなら、こいつらを使えば良いな!


「ビダ先任上級曹長、二百人でこの陣地を死守出来るか?」


 俺が補給を済ませて戻るまでだ、期限を切る。無論主力は彼等であり、交換条件は家族の解放である。


「やれと言われれば何でもやります。家族はこの先の村です」


「補給物資が諸般の理由で欠減したと、先方には伝えておくよ」


 山とある物資で二等兵らを再武装させようと、ビダに使用の許可を与える。


「ゴンザレス少尉が戻るまで自分が指揮します」


「奴の補佐を頼むよ。ああいう好漢には長生きしてもらいたいからな」


 顔料をべったりと塗りたくり、肌を露出させていないマリー少佐が捕虜の前に出る。


「捕虜諸君、君らに一つ提案がある。我々がこの先の村に行き不埒者を成敗するまで、この陣地を守り通して欲しい」

 呼び掛けの意味が今一解らず首を傾げる者がいくらかいた。

「捕虜は同道しないし、処刑もしない。もし戦えないならば解放しよう。だがそうなれば、君らも困るはずだ」


 脱走ではなく解放では転向を疑われる。また幾人かだけ解放では、逃亡の嫌疑が掛かってしまう。


「どうせどっちにしても、俺達は死ぬだけだ。家族を助けると騙して戦わせるつもりか?」


 体格が良く、胸の筋肉が盛り上がっている青年が吐き捨てるように言う。農業で自然とついたものだとマリー少佐にはすぐに解った。何せ子供時代、周りの大人は大抵そうだったからだ。


「約束を反故にはしないし、おいそれと戦死させるつもりもない」


「口ではどうとでも言えるさ。あんたらリバスの政府がいっぱいになってるのはわかってるんだ」


 余計な戦いをしている力など無いだろう、そう指摘する。


「どうやら君は認識を誤っているな。我々は北部軍だ、チョンタレスにまで出張している。目的はその不埒者の排除だよ」


 守るべき順番はあるがな、そう呟く。国土の南部になぜ北部軍とやらが居るのか、余計に信用出来なくなってしまう。


「だからって変わりはしないだろ、あんたらの何を信用しろってんだ!」


 包み隠さない胸の内なのだろう、言いたいことが痛い程良く理解出来た。


「我々はニカラグアの未来に希望を与えたいと命を張っている。ボスがそう願い、信じる道を行くのに従うまでだ」


 指揮車にある軍旗を持ってこさせる。命を預かるつもりなのだから、明かせる部分を明かしてしまう。


「北部軍第四コマンド・クァトロ司令マリー少佐だ」


 引き継いだ司令旗を拡げて示す。すると意外な反応があった。


「ん、そいつは文具屋のロゴ?」

「いや、教材のメーカーじゃないか」

「絵本にあったな」


 ――な、なんだ?


 マリー少佐が怪訝な表情を浮かべた。通信伍長が耳打ちする。


「あれは教育局の地方補助品につけられたマークです。ニカラグア全国に出回っています」


 ――初等教育基金を積んだとか聞いたことがあるな、あいつか! パラグアイの株式を割ったのに、まだ続けていたわけだ。


「その四ツ星がクァトロのマークだ。ボスが、イーリヤ准将が初等教育を受けられない子供の為に、ずっと前から基金として提供し続けている。我々は裏切らず、退かず、見捨てず、ニカラグアの未来に向かい進む者だ!」


「あれは税金じゃなかったのか……」

「俺のとこのガキも使ってるぞ」

「無料の講習も確かそうだったはずだ」


 左右の者同士で言葉を交わす。身近な何かに色々と見られると。



 毎年三千五百万コルドバが教育局に寄付され続けていた、農村や貧困層への教育補助に。チョンタレスの山間部などは、守備範囲のど真ん中だ。


「知らずに世話になっていた訳か。俺達はオルテガに貸しはあっても借りは無い。いいぜ、戦ってやるよ!」


 俺もだ、やるぞ! 殆んど全てが協力を約束してくれた。一部は他人を殺めることに反対する敬虔なキリスト教徒が居たので、それらには看護を依頼する。怪我人を助けろと言うならば承知しました、と快諾を得た。


 ――やはり軽いようでやたらと重いものだな、この軍旗は。


「ここは頼んだ。クァトロ中隊、トラック中隊、出るぞ!」


 北側の公道への通路が解放され、本隊が離脱して行く。残されたのは一個分隊とビダ先任上級曹長だけだ。


「軍曹は指揮所に入れ、上等兵を小隊長に任用する、一等兵を班長にし分隊を編制しろ!」


 まさか自分が小隊長になるとは思ってもいなかった四名が「りょ、了解!」驚いて返事をした。


「グズグズするな、編制次第塹壕を掘り返せ! 土嚢を積め! 弾丸を運べ! 動け、動け!」


 トラック中隊を連れ北へと走る。先程の陣地を抜けるとチョンタレスの哨戒すら見掛けなくなった。


 ――やはり兵力不足をきたしている。これを解決するためには俺ならどうする?


 車を走らせている間は特にやるべきことも無い。想定可能な事柄を様々検討してみた。


 ――この地を捨てはしまい。フェルナンド大佐が意地悪く抵抗しなければ、話は丸く収まるな。だがオルテガ大統領にはなびかない、ならばどうだ? 大佐を消す、か。ロシアの暗殺者集団が狙うとしたら、リストの上位にいるだろうな。


 島を含めて五人以内に確実に、と考えをまとめる。補給だけでなく情報を進呈すべきだと結論付けた。それを聞いたとき大佐がどう反応するか、これからといったところで報告が上がる。


「前方に哨戒部隊視認。訓練基地の旗を掲げています」


 本物か確認しろとは言わない。そんなことは視認した部隊の指揮官が発すべき命令だ。本隊の足を緩めて周囲に偵察を走らせる、トラック中隊も間を空けて停車させた。


「将校がこちらに向かうようです」


 軽車両を走らせ司令部にやってくる。マリー少佐は車を降りてそれを待った。向こうも単身姿を現し歩み寄ってきた。


「意外な場所で意外な顔合わせになったものだ」


 マリー少佐は黒く塗られた顔を綻ばせてやってきた少佐に敬礼した。彼も声を聞いて気付いたらしく、笑顔で返礼する。


「訓練基地に左遷中のロドリゲス少佐だ。覚えていてくれたかね」


 首都の警備部隊指揮官だったはずが、何故か田舎の訓練基地に配属されてしまっている。反オルテガは伊達ではないようだ。


「戦友を忘れるはずがない。記憶は崇拝されるべきだからな」


 外人部隊の教訓にあった一つでもある。トップが替われば人事権で都会から山の中など良くある話だ。


「まあまずは基地まで案内しよう。フェルナンド大佐が待っている」


 クァトロをどう思っているかは知らんがな。ロドリゲス少佐が肩を竦めて茶化す。複雑な感情があるのは想像に難くない。


「さっさと補給を済ませないと、ちょっと野暮用があってね」


「お前も働き者だな。見えないところでサボる位気にすんなよ」


 そうは言いながらも、常にきっちりとやることをやっていたので、軽く同意するに留めた。


 ――オルテガ大統領はフェルナンド大佐を元より従うまいと解って反対派を集めたか? それとも大佐に監視をさせるために、わざわざこんな場所に?


 やはり直接話してみなければ解らないことが解った。

 そこから訓練基地まではすんなりと辿り着く。やはり補給自体は問題の少ない行為だったと言えそうだ。目的がこれだけならば、子供の使いでしかない。


「他地域からの輸送部隊だ、通るぞ」


 ロドリゲス少佐が門衛に一言告げて、やけに物々しい輸送部隊とやらの通過を許す。クァトロは万が一の事態に備え、戦闘状態を解除しながらも、直ぐ様再武装可能な様にしていた。先方もそれには目を瞑る。

 幕僚将校のみ入城を許可すると言われたが、マリー少佐はたった一人の通信伍長のみを伴い司令部に入る。


「他は良いのか?」


「少佐、良いも何も将校は俺一人でね。あとは軍曹以下しか居ない」


 トラック中隊には存在しているが、第四コマンドのクァトロ中隊には確かに今は他に居ない。


「相変わらず狂気の沙汰だな。良くもまあ指揮できたものだ、尊敬するよマリー少佐」


 半ば呆れながらも、軍曹らが有能なのを認める。無論、マリー少佐が指揮するのが大前提だが。


「転属大歓迎だ。適材適所ではあるがね」


 わざわざレオン軍に突撃した猛者だとは言わずに話を切り上げる。司令室では五十代半ばか後半位の男が待っていた。マリー少佐が敬礼し申告する。


「北部軍第四コマンド、マリー少佐です」


「当訓練基地の司令官、フェルナンド大佐だ。遠路遙々ご苦労」


 南から現れたことには一切言及しない、慎みを持った態度に見える。


 ――らしいと言えばらしい将校だな。孤独を貫くタイプにも見えるか。


「諸般の事情により、補給物資の一部が欠減。詳細はこちらに」


 運搬内容をまとめた報告書を提出する。一瞥して大佐が受領にサインした。


「有り難く頂戴する。貴軍の司令官に宜しく伝えて貰いたい」


 表情を変えずに過去の柵ある者へ伝言を、と発した。書類を返還しマリー少佐を見詰める。運命とは解らないものだ、殺しあっていたはずなのに、今は対面し平気で話をしている。


「我々はこれよりチョンタレスで作戦を行います。大佐殿の許可を戴きたく思います」


 敢えて内容を伏せてそう申し入れる。フェルナンド大佐は無表情で意図を数瞬のうちに見抜く。年季の差ばかりは中々埋まるものではない。


「許可する。あまり派手に街を壊してくれるなよ」


「可能な限りそうする所存」


 短いやり取りで真意を探り会う。チョンタレスでの何かが目的ではない、それだけは互いに確信が持てた。


「マナグアにロシアの暗殺者が入ってきております。大佐殿もご注意を」


 片方の眉だけをピクリとさせて、わかったと応じる。フェルナンドも一言。


「いずれ別の場所で会うだろう。死ぬなよ、若者は順番を守ろうとはしないからな」


 ――この人は反オルテガ派だ。何か時機を待っているに違いない!


「望まぬ死を得るのは、今少し先にしたいと考えます」


 マリー少佐が敬礼し踵を返す。補給物資の積み替えに時間が掛かるのを待つわけには行かない。その辺りの取捨選択には慣れていた、それこそ幾多の経験がモノを言う。


 広場で荷下ろし作業している面々に声高らかに告げる。


「補給部隊に命じる、空荷のトラックのみを引き揚げ、作業中のものは置いて行く。速やかに分乗し出撃するぞ!」


「ヴァヤ コマンダンテ!」


 トラック中隊の中尉が拝命した。すぐさま五台に兵員を別けて分隊を編成する。やけに重武装なのは様々勘案した結果であった。


 ――防戦中のビダと挟み撃ちにしてやる。まずは西にか、道に迷ったら終わりだな。


「よぉ、ガイドは要らんか?」


 指揮車のドアを手のひらで叩いて軽く声を掛けてくる。供が二人で曹長と軍曹だ。


「物資と交換でロドリゲス少佐の助力が得られるとは、大佐も随分と高い代償を支払ったものだ」


「評価して貰えて嬉しいね。こっちは大佐殿だけで充分らしい」


 元よりゲリラ戦のみに移行する必要が無いくらいに、抵抗可能な勢力を抱えていると説明した。


 ――ある程度の用意はしてあったわけか。ん、もしや?


「お節介な垂れ込みでわざわざ田舎に、というやつかな」


「さあな。俺はオブザーバーだが、オルテガのケツを蹴りあげることが出来るなら何でもやるさ」



 チナンデガの軍司令部、島のデスクの前にグロック大佐が立っていた。進捗状況の報告である。


「補給は順調です、各所に潜入した者も時機を見計らっております」


 完全に予定の通りならばわざわざやって来ない。何を言うためにやってきたかを予想する。


「都合が悪いとすれば、中国軍でも介入してきたか」


 何処から非難されようと、中国ならば正面切って手を出してくるだろう。そうなれば圧倒的な数で沈黙させられてしまう。


「彼の国は米ロ両方から釘を刺され、政治的介入を限度としている様子」


 ――やるなと言われてもそうやってちょっかいをかけるわけだ。


「オヤングレン大統領でもパストラ首相でもないか、ならばオルテガ大統領の側だな」


 ロシア名物の消去法である。可能性を潰して行き残ったものを掘り下げて行く。


「首都のエージェントが、オルテガ中将が総司令部に入ったと伝えて参りました」


「閣下が復職した?」


 ずっと軟禁状態にあり、頼みの部下やサンディニスタ運動党の面々は、大統領についてしまっていた。力を駆使して返り咲いたわけではないとすぐに解る。


 ――無理矢理にやらされているのか、転向したか。いずれ事実として総司令部入りを果たしたなら、何らかの変化が出てくる。


「俺の軍管区司令官解任命令でも出たか」


 それが正しい発令先なのは、政府がどこでも変わりはない。ニカラグア軍はニカラグア軍であり、オルテガ中将が唯一の総司令官なのだから。


「騒乱に略奪等の罪で、ロメロ大佐に出頭命令が出されています」


 オルテガ大統領は民に仇なすような指示は発していない、ロメロ大佐の独断である、と。つまりはトカゲの尻尾切りと同時に、島にボールを投げ掛けてきたわけだ。


 ――少なくとも中将閣下は自らの意思で指揮を執っているわけか。俺にしたっていつまでも大佐を拘束してはおけない、これを機に面会してみるか。


「ロメロ大佐と直接話をしてみるさ。で、そうなると態度を保留していた奴等もあちらに靡くわけだな」


 一気に圧力が強まることになる。実務部隊だけでなく、官僚や地方公務員の類いにも影響が及ぶだろう。これでパストラが退けば、完全にアウトだ、それとてこのままでは遠い未来ではないだろう予測がつく。


「オルテガ中将が表面に出るに際し、海軍と空軍がどうするかが要注意です」


 三軍の総司令官である、内戦とはいえ対外的な防衛や、賊への対応に動けと命じられればそうするだろう。一度命令を受け入れれば、後は流れに従うようにもなる。


 ――分水嶺をどちらに行くかで全てが決まる。ここで俺が立ち止まるわけにはいかんぞ!


「ニカラグアはどこへ向かうのが幸せだろうか」


「……愚問ですな。幸せへ向かうのではなく、向かった先に幸せがあるようにすべきでしょう」


「なるほどな」


 ――ゴールを定めて駆けるのが当たり前ではないわけだ。向かった先の中で結末をより良く選ぶのも有りか。


 政治的な臨機応変さは必要だ。どこかを立てれば必ず皺寄せを受ける部分が出てくる、それを均すことで擬似的な同効果に導ける可能性が高い。


 ――チナンデガは、北部は自らの意思で現状での道行きを決めた。彼等は自力で歩んでいけるはずだ。


「パストラ首相の隠し事を暴かねばならない時期になったとは思わんか」


「旗色が大分鮮明になりましたからな」


「リバスと接触をはかる。俺が直接出向く」


 司令官がやるべきことではないのは解っている、だが目を見て話をしたいと強く願った。上官がそう考えたならばそれを叶えるのに知恵を絞るのが参謀長の役目である。


「何も成長してない小僧だ、また綱渡りを望むか」溜め息をつくが口許は微かに笑っていた「まあそれも良かろう。三日待て、必ず首相に会わせてやる」


「確たる答えを絶対に見付けてくる、約束しよう」


 ふん。鼻を鳴らしてグロック大佐は部屋を後にした。島はデスクの内線を使いエーン少佐に「ロメロ大佐と面会する、準備をしろ」短く用件を伝えた。


 ――パストラ首相ならば、オヤングレン大統領の奇行の理由も知っているはずだ。何を隠しているのか、聞き出さねばならない。最悪俺がリバスに拘留されても良いように、こちらの始末もつけておかねばならんな。


 引き出しから命令書を取り出し幾つか振りだしておく。日付を先にして自らサインし、元の場所に戻す。使われることがあれば、ニカラグアは泥沼の混戦に陥っていることになるだろうことは、現状からも明らかであった。



 ホテルの一室、扉の前には二人の衛兵が常に居た。ロメロ大佐の監視と雑用の係として。

 司令官がやってくると耳にして、非番の兵も召集し軍曹がフロア入口で出迎える。


「司令官閣下、お待ちしておりました」


「ご苦労。大佐と話がある、案内してくれ」


「はっ」


 特別警護の班員から離れて軍曹が廊下を歩く。エーン少佐もアサド先任上級曹長も、常に味方をも無表情で警戒しながらである。

 広目の角部屋、ヒノテガから連行されてきて以来ルームサービスだけで閉じこめられていた。ラジオもテレビも没収され、音楽や書籍のみを与えられている。


「大佐殿、失礼致します」


 エーン少佐が四度ノックしてから扉を開ける。大佐には何も知らせていなかったので、複数の来訪に異常を感じたようだ。

 少佐の後ろに将官服の島が見えたので、椅子から立ち上がり敬礼した。


「ロメロ大佐、イーリヤ准将だ。貴官と話がしたくてやってきた、少々時間を頂けるかな」


「閣下、どうぞお掛けください。時間ならばありあまってましてな」


 皮肉を込めて椅子を勧める。エーン少佐とサルミエ中尉が左右に立ち、アサド先任上級曹長は出入口に陣取った。


「何か生活に困ってはいないかね」


 小さくやり返してから話を進めようとする。過去の経緯からロメロ大佐を好ましく思って居ないのがはっきりと伝わってきた。


「快適に暮らさせていただいております」


 若僧が。そんな風に視線が語っているように見える。


「それは良かった。さて大佐、貴官にはマナグアの総司令部に移って貰うことになった。総司令官が出頭を求めておられる」


「マナグアに?」


 島がオルテガ大統領についたのかどうかと疑問が生じた。そうだとしたら大統領が准将と大佐、どちらを残すか彼には自信が無かった。


「ヒノテガでの罪を問うとのことだろう。事実は事実だ、私も大佐の移送に異存は無い」


「しかしあれは大統領閣下の指示で――」


「貴官はそれを証明出来るのかね」


 ピシャリと言葉を遮る。言った言わないなどどうとでもなるのだ。


「……」


 命令書などどこを探しても見付かりはしないし、電話口で命令を受けたのも大佐本人で、当然録音などしていない。略奪も戦闘も事実あったことで、不利な証拠ならば山ほどあった。


「結果を恐れてはいけない。もしオルテガ大統領が自ら指示を認めれば、大佐は軍人として拒否不能な命令を遂行したにすぎん」


 仮にそうだとしたら、退役して拒否を貫く選択肢もあった。だがどれだけの軍人がそのような態度をとるだろうか、極めて少数でしかない。

 事実上の死刑宣告をされたも同然である。ロメロ大佐は浮かない表情のまま黙りこくる。


「総司令官は公正な判断を下すだろう。大佐はそれに従うべきだ、違うかね」


「……」


 沈黙のまま様々な考えが巡っているのだろう、少し呼吸が浅く速くなっている。


「オルテガ大統領がこのまま政権に返り咲くか、そうではないか。もうすぐわかるだろう。だがその前に貴官をマナグアに送る。軍人として事実を告白して欲しい」


 以上だ。島が一方的に話を切り上げて部屋を出る。側近は一言も口にせずそれに従った。大佐がどのようにしようとも、それは最早関知すべきことではない。


「サルミエ中尉、三日でリバスへ行く。不在はグロック大佐に任せるからな」


「スィン」


 突拍子もない一言に、勢い良く応じるサルミエ中尉であった。



 マナグア国際空港。軍の監視を背にした空港職員が入国者の旅券を厳しく改めていた。ブラジル経由でやってきた機には、様々な人種が乗り合わせている。国際線が著しく少なくなり、入港可能な便が絞られた結果であった。


「ネーデルランド。入国の目的は?」


「マナグア自治大学教授とセッションがあってね。社会心理学教授のルッテだ」


 アムステルダム大学の証明書を提示する。確かに学者のようで、行き先も妥当だった。


「プロフェッサー・ルッテ、どうぞ良いご滞在を」


 職務で仕方なく笑顔を見せる。希にいる不適格者を弾くのが功績になるため、正規の入国など何も面白くなかった。


「ありがとう」


 微笑のまま彼は一人でゲートを抜ける。中央にあるホテルへチェックインするためタクシーに乗り込んだ。

 ホテル・マナグア。在り来たりではあるが、国賓を受け入れられるようなサービスを展開している。受付を済ませてロビーに向かうと、彼を待っている二人組がいた。スーツ姿ではあるが、立ち振舞いがすっきりしていて軍人なのがルッテにもすぐに解った。


「教授、初めまして。ワリーフ・ハラウィです」


 笑顔で右手を差し出す。ルッテもそれを受けて自己紹介する。


「ルッテです。いやはや興味深い場所ですよ」


 クーデター真っ最中の首都、それも極めて流動的な市民の思想がどうか、誠に興味深いと繰り返した。


「危険なことを頼んで申し訳ありません。義兄もしっかりと陳謝しておいてくれと言ってました」


「構わんよ。イーリヤさんも大切な者を私の為に派遣してくれている、気持ちは理解しているつもりです」


 立ち話も何ですから、お二人ともこちらへ、とリュカ曹長がカフェスペースに案内する。食事の時間から外れていて、客があまり見当たらない。


「先生、マナグア自治大学の学長はご存じでしょうか?」


「学会で数回挨拶をした程度でしかないね。だがそれはさして重要ではない。我々にとっては研究内容こそが共通の話題であり、目標ですからね」


 そもそもが……と暫く言葉を連ねる。ハラウィが少し苦笑いしながらも黙って話を聞いた。教授にへそを曲げられては皆が困るからである。



「おっと済まない、つい喋りすぎたようだ。大学へ向かうとしようか」


「お荷物をお持ち致します」


 リュカ曹長が部屋に置かないのかと確認すると、資料などもあるから持ち歩くと応えた。


「リュカ、荷物は頼む。ではルッテ教授、ご案内致します」


 とは言え街中を運転するわけではなく、やはりタクシーを利用した。

 自治大学は学舎こそ古めかしいが、ニカラグアでは珍しく設備が整っている部類である。門の監視カメラから始まり、パソコンも最新の物が置かれていた。専門器材も豊富に取り揃えてあり、国家の知的技術力を高めようとの意思が強く感じられた。


「我々はロビーで待機しています。もし危険が迫ったなら、この指輪をつけた者を頼って下さい」


 コントラの証で使われていた案をそのまま流用し、潜入者に装着させていた。手にしていたものをルッテに渡す。


「ふむ、なるほど。思想の焦点を並列化するための触媒として妥当だ。集団の結束を強めるためにも、この手の品は実に有効だと歴史も示している」


 各種の色の装飾品などは、世界の地域を選ばずに登場していた。長々と講義しようとして思い止まる。


「私が話さねばならない相手が違いましたね。では失礼します」


 ルッテは一部の資料が入ったファイルケースだけを携えて行ってしまった。


「気さくな教授ですね」


「ああ、人柄の好さが滲み出ているようだ。巻き込んで本当に済まない」


 ――マイアミの人脈からではこうまで適切な人物が居なかった。俺の努力不足だ。


 目を閉じて経緯を思い起こす。そんなハラウィ少佐を見て、リュカ曹長が一言添える。


「最善のみを望むわけにも行かないでしょう」


「……まあな。しかし、何だか騒がしいものだ」


 学生の声がうるさいなどと言うわけではない。テレビニュースでデモが起きているのを報道したり、オルテガ大統領の政見放送が流れたりの意味である。


「故郷でも似たようなものでしたが」


 レバノンでもヒズボラにイスラム国、南レバノンとシリア、様々な騒がしさがひっきりなしに報道されていたのを思い出す。


「かも知れんな。きっと皆、祭りが大好きなんだろ」


 やれやれと天井を仰ぐ。


 ――この方ずっと渦中にいる義兄上も、きっと静かな暮らしの方が好きなんだろうな。



 浅い塹壕に拠って兵が敵を迎え撃つ。使い慣れない小銃を渡され、山のような弾丸を隣に置いている。元より銃に慣れているわけではないが、一度でも経験があるのと無いのとではやはり違った。


「初回の操作だけ俺を見るんだ!」


 各部隊で班を従えている一等兵が手本を見せるために声を上げる。クァトロの訓練中二等兵はチナンデガに置いて来ているので、全員が班長としてチョンタレス民兵を下に置いていた。整備状態が良いので暫くは銃撃をしていても故障することは無いだろう。その点はチョンタレス連隊から渡されたものと違っていた。


「正面来るぞ! 合図があるまで身を隠せ!」


 四名の上等兵が声を上げる。西に兵力を寄せているが、南にも敵がいるので一個小隊をを振り向けていた。マリーの指揮所に奇襲を仕掛けた部隊である。

 連携が取れていたとしても、やはり伏せている部隊からの一斉攻撃は一定の効果を発揮するはずだと、ビダ先任上級曹長が命じていた。


 ――ゴンザレス少尉の部隊はどこへ?


 先に現れるはずの少尉が見えず、チョンタレス中隊が迫る。撃破されたとしてもそれを理由に負けるわけにはいかない。


 歩兵中隊が基本なので見えてからの接近がやけに遅く感じられた。一時間ほどかけてようやく陣地の西側に主力が屯する。偵察車両が周囲をうろついているので、配備は見抜かれているだろう。それでも実際に戦う歩兵が距離感を掴めない事実は変わらない。


「ビダ先任上級曹長、正面と左手から一斉に攻撃がきます」


 軍曹が確認できる状況を敢えて言葉にする。その役目を負っていたからだ。


「百メートルにまで引き付けろ、慌てて反撃するなよ」


 曲射でなければ伏せている兵を害することは難しい。範囲に降らせるように迫撃砲を撃ってくるが、真上にきたらそれは運命としか言えない。

 そのうち砲撃が止まり歩兵が前進してくる。大した遮蔽もないのに、反撃がないせいか大胆に距離をつめてきた。


 ――あと少しだ、早まってくれるな。


 民兵が恐慌に陥り発砲してしまえばなし崩し的に交戦するしかなくなる。やはり衝撃を最初に与えることが必要なのだ。


「敵、百五十!」


 凡その目印に歩兵が達したので声を出す。あと十秒少しで最高の迎撃タイミングが訪れる。


 突然塹壕から立ち上がり銃を撃ち返す男がいた、少年をすこし出たくらいの若者だ。すぐに体中穴だらけになりその場にひっくり返るが、それにつられてあちことで散発的な反撃が始まってしまう。


「反撃開始!」


 機会が失われたと即座に判断して各自反撃を命じる。相手に心構えが出来てしまった後で猛烈な量の弾丸が中空を通り抜けていく。補給が良好なクァトロだからこその物量といえた。


 何も無い平地に伏せてその場で反撃をしてくる。二等兵らは狙いが高く、こうまで有利な地形でも命中させることが出来なかった。


 ――訓練度が低すぎる! だが泣き言は言ってられん。


「敵ではなく手前の地面を狙う位の意識で低く射撃させるんだ!」


 何とか修正させようと、多くが無駄弾になっても構わないと付け加え、弾丸を地面に突き刺させる。連射すると銃口が上向きになるので二発目以降どこかで丁度良い具合になった。


「西に装甲車両!」


 双眼鏡で何者かを確認する。アクセサリが少なく、一般的なシルエットのそれはすぐに識別がついた。


 ――T55! AT3の餌食だ!


 最早過去の遺物である戦車では、現代の対戦車砲の破壊力に対抗は出来ない。一等兵が砲を準備して塹壕に転がる。方向と距離を周囲が伝えた。

 一斉に支援射撃が行われ、その直後姿を現し肉眼照準――見当で発射した。四秒ちょっとで戦車が爆発した。近くにいた歩兵も巻き込まれ騒然とする。


「弾幕を張れ!」


 ビダが一気に戦意を挫く為に攻撃を強めるようにと指示する。陣から今までに無い数の弾丸が発射される。その爆音で民兵の一部が逆に不安を抱えたようで、身を硬くして伏せてしまった。


 ――む! 交代を出して休ませねば。


「軍曹、予備を出せ」


 数人の班に分割して各所の上等兵に向けて走らせた。激しすぎる戦闘に耐えられないからと責めるわけにはいかない。この場にあってクァトロの側に寄ってくれているだけで良しとしなければならない。


「北部にも迂回部隊が出ました」


 右手を見ると一個中隊程度が回り込もうと動きを見せている。正面から兵をスライドさせて北側に貼り付ける。だが更に一個小隊程度が東側――後方にまで足を伸ばし始めた。


 ――数は少ないが、四方を囲まれては指揮をする者が足りなくなる!


 今でもまったく下士官が足りていないのに、声が届かない場所が広がるのは一大事といえた。かといって相手は待ってくれない、即座に対応策を出さねばならないのだ。


「軍曹、北と東の部隊を任せる。指揮しろ」


「ヴァヤ」


 本部負担を丸ごと引き受けて末端を強化することを選択した。もしビダが負傷でもして指揮不能になれば即座に全てが崩壊するだろう。

 徐々に包囲の圧力が強まってくる。民兵の不調が主で、恐慌状態に陥るのは時間の問題と思えた。


 ――いかん、突破される!


 南部の防衛線が一部欠けてしまい、そこに敵が橋頭堡を確保してしまう。側面からの攻撃を受けるようになり、防衛側に混乱が生じてしまう。それを収拾出来るような手腕が上等兵に求められたが、期待に応えることは出来なかった。


「後退します!」


 一方的にそう告げると外郭を捨てて内側に撤退していく。いきなり動いたものだから全体のバランスが崩れ、西部正面で頑張っている部隊の側背ががら空きになる。


 一度崩れると砂の城のように止め処なく全体が形をなさなくなる。パニックを起こして中央に向けて下がる兵が殺到した。


「軍旗を掲げろ!」


 ビダ先任上級曹長がそういい本部から出る。大声を上げて兵らを叱り付ける。


「馬鹿者共が! 下がって何とするか、敵は後ろではなく前にいる。意気地なくここで討たれるつもりなら、最初から穴でうずくまって震えていろ!」


 本部を棄てて小銃を手にすると小高い丘から降りてゆく。弾丸が飛んでくるのを無視して悠然と歩きながら。


「俺が直接指揮する。貴様ら気合を入れんか!」


 背は高くはないが、盛り上がるような胸筋が目立つビダに怒鳴られ兵が互いに顔を合わせてしまう。さっさとついてこいと睨まれると、考え直してその後ろに従った。


 ――命の棄てところだな。ここで押し切られるようなら俺など軍に要らん!


「南部の侵入者を追い返すぞ、続け!」


 本部護衛班四名のみを周囲において、あとは声をかけるのみだ。ビダは行動で何をするかを示し、敵兵が陣取る場所へ突撃した。それを見た民兵がつられるように後を追う。


 鬼の形相をした男が橋頭堡を確保している部隊を恐怖に陥れる。どうしたことか彼に向けて撃ってもまったく命中しないのだ。射手の手が震えているのが原因だが、兵はそうは思わなかった。


「て、撤退! 撤退!」


 戦闘では陣の獲ったとられたは日常茶飯事である。維持を続けることが出来ないようなら、一旦退くのはなんら悪いことではない。最後の最後に戦場に残っているのが勝者なのだ。その過程にいちいち文句はつけない。


「敵を散らせ! 塹壕に入り防御を固めろ!」


 南方の上等兵にその場を任せ、護衛班と西へ向かう。こちらも崩壊してあちこちがバラバラに戦っている状態だった。体に熱を感じた、ふと脇を触ってみると血が流れ出ている。


 ――こんなものはかすり傷だ!


 戦場を一瞥して急所を押さえている敵がどこかを見抜く。近くにいた二等兵らを十人招集し、自らが先頭となり乗り込んでいった。必死の反撃を受けるも無視して踏み込みそれを全滅させる。


「残敵を追い返せ!」


 声を張って士気を高めようとする。民兵が戦闘に戻り始め、ちらほらと反撃を始めた。ビダは体が重くなるのを感じながらも、手を借りることなく自ら歩き本部へと戻っていった。



 ロドリゲス少佐の案内で件の町に向かう。そこに待ち受けていたのは、チョンタレス連隊の後備が少しだけで、部隊を押し出し迫るとあっさりと降伏してしまった。


 ――これで枷は外れたな。ビダ先任上級曹長と合流が軸だが、このままチョンタレス本隊を攻めてはどうか?


 中隊が散っている間に本部を強襲する、案としては悪くはないが準備が足りない。


「マリー少佐、これからどうする?」


「それだがロドリゲス少佐、フィガルパへの時間距離はどのくらいだろう?」


 自身が駆け付けるのも、敵が引き返すのもかかる時間に大差はないと問う。


「ふむ。まあ一時間だな、機械化されていても警戒所を抜く手間はあるからな」


 ――三十分で本部を落とせるか? いくら不意打ちでもそれはムシが良すぎる。では戻る? それでは何の為にこんなとこにまで来たか。


 真剣に悩んだ結果、己の判断すべきヶ所ではなかろうと無線を手にする。


「クァトロ、クァトロ――」


 スペイン語圏では埋没してしまう呼び掛けである。だからこそ価値があった。



「どうした後輩」


 はっきりとしたドイツ語で返事がもたらされた。指揮車両だけに強力な無線を搭載しているので、山を越えなければ連絡をとることが出来る。


「こちらに四個中隊が漂っています。今なら本部を強襲可能ですが、兵力が不足しています」

「詳細を」

「訓練基地とそちらの間に、敵の陣地を占領したビダの分隊と、降伏した民兵百五十が残されています。クァトロは訓練基地から西、町を占拠中。民兵の家族――人質を解放しました」


 何故民兵が協力しているかを素早く理解した。ロマノフスキー中佐もただ帰還するつもりはない。


「本部のD中隊を増援する、ビダのところにもこちらから部隊を振り向ける」

「それでは本部ががら空きに」

「上等だ。あちらが兵を別ければ別けるほど本部が落ちやすくなる」


 ――二個機械化中隊、これならば行けるか!


 少し黙って考えていたマリー少佐に言葉を投げ掛ける。


「お前は攻めだけを考えておけ。こちらは何とかする」

「……解りました。ご武運を」

「おう、お前もな」


 マイクを通信伍長に返して目を瞑る。


「ロドリゲス少佐、フィガルパへの案内を要請する」


「任せろ、貴官も大概無茶が好きなようだな」


 にやりとして曹長と軍曹に先導を命じる。自らは市民にフェルナンド大佐が保護してくれるからと説いて混乱を鎮めた。


 ――ビダ先任上級曹長なら何とか凌いでくれるはずだ。


「傾注せよ。我々はこれよりフィガルパのチョンタレス連隊本部を強襲する。今なら戦力に差はないはずだ、これで挑まねば他所から笑われちまうぞ!」


 競合地域で時間の示し合わせなど愚の骨頂である。最速で到達し、待ったなしで攻め寄せる、ただそれだけだ。

 町の代表にフェルナンド大佐が来るまで滞在していて欲しいと要請される。全部が無理ならば一部の守備隊だけでも構わないと。だがマリー少佐はきっぱりと拒絶した。


「我々は強制徴兵された男手を取り戻し、町を解放した。それより先は自身の足で歩むべきでしょう。ここに居るのが怖いなら、訓練基地へ向かいなさい。歩けないならば近くに避難し隠れなさい。決めるのはあなた方です」


 困惑する代表を置き去りにし、クァトロ中隊は西へと走り出した。


 トラック中隊を丸ごと予備に回し、中心よりやや後方にマリーの指揮車両を置く。幕僚どころか先任下士官すらも側に無く、単独で部隊を指揮しなければならない。


「公道に検問確認」


「押し通れ!」


 即座に突破を命じた。走行する車両からロケットが撃ち込まれ、装甲車両が真っ正面から突入する。

 小銃での反撃などものともせず、アクセルを踏み込むとバリケードの破片を吹き飛ばしながら突っ切った。左右に機銃を無差別に発砲し出口付近を制圧する。軽装甲車が二列目に入り、通りの先まで安全を確保した。


「進め、時は血なり、だ!」


 ソ連の将軍の言葉である。いかなものとも替えがたい時間、それを得ようとするならば多大な犠牲を被る覚悟が必要になる。


「司令、各地でデモが起きて治安維持部隊が大混乱しております。一部で警察隊とにらみ合いが」


「フィガルパでも治安出動していたなら、本部は薄いな!」


 補助戦力である警察が敵に回らないだけでも福音であった。誰の仕業かなどすぐに浮かぶ、頼もしい支援を最高のタイミングで得られたと微笑した。


 都市の外郭にコンクリートブロックや廃タイヤを置いた陣地が現れた。迂回しても良いが道に細工がしてあれば、側面から攻撃を受けてしまう。


 ――あれを正面からは抜けんな。百二十ミリの砲撃なら散らせるが、手持ちにあるもので破壊する方法を考えるんだ。


 一番の破壊力は対戦車ロケットであるが、横からの衝撃では力不足だろう。


 ――瓦礫の真下で爆発させたらどうだ!


 爆風が地面に逃げようがないので、威力はそのまま上に向かう。それもバラバラで爆発するのではなく、数発を一度にだから凄まじい。


「対戦車砲の弾頭を集めろ、志願者を募る。あの瓦礫に仕掛けて吹き飛ばすぞ!」


 ビダ先任上級曹長がいたら真っ先に志願しただろうこと間違いない。だが今回は、チョルテカ出身の軍曹らが複数志願した。


「クァトロに告ぐ、勇敢な軍曹等を見殺しにするな! 共に接近し援護しろ!」


 下車を命じて軍曹らを等間隔に配置する。一人につき弾頭を四個抱えて走る。歩兵が先んじて進路を確保し、正面からの機銃では死角にあたる部分を一時占拠する。


 激しい攻防が行われ、ついに軍曹が瓦礫に潜り込んだ。成功の合図である発煙手榴弾が放たれ、歩兵が撤退を始める。


「装甲車両、瓦礫に向けて砲撃をしろ!」


 歩兵らには伏せろと命令が下る。数による結果で一発が弾頭近くで爆発すると、対戦車砲弾が誘爆した。

 地震が起きたかと思うと、爆音と煙が辺りを支配した。やや遅れて瓦礫の破片があちこちに降り注ぐ。敵味方関係無く落下しては来るが、近くに陣取っている側に被害が多いのは道理だ。


 暫くして煙が薄くなると、瓦礫の山が殆んど吹き飛んでしまっていた。多少の残骸など障害にもならない。


「装甲部隊突入! 各自援護射撃! 迫撃砲は左右の建物に照準、武装ジープは装甲部隊の背中を護れ!」


 負担はあったが全てをマリー少佐が命令する。街中に阻止線などあるわけもない。


「ロドリゲス少佐、連隊本部へ誘導を」


「任せろ」


 先頭に位置して付軍曹が市街地を迷うことなく突き進んだ。


「司令、マナグア湖から不審船が近付いていると傍受しました」


「水上部隊?」


 ――パストラ首相の部隊か? マナグア中央軍の可能性もあるな。


「フィガルパ防衛部隊に攻撃を始めた模様」


 ――フェルナンド大佐の筋かも知れんな。呼び掛けて無視ならそれでも構わん。


 マイクを手にしてニカラグア軍の周波数に向けて発信した。


「こちら攻撃部隊、水上部隊応答せよ」


 スペイン語でのみ繰り返す。だが応答はなかった。


 ――敵の敵なら味方だ。ほっとけ。


「先頭が連隊本部へ到着、包囲攻撃許可を求めています」


「許可する」


 部隊を細かく割ること無く、連隊本部に集めたようで妨害は無かった。増援が来るまで耐えられては不味い。


「こちら第四コマンドB中隊、前線司令部。街道封鎖部隊を追撃中、フィガルパ方面に移動してます」


 ――本部から引き揚げ命令が出たか!


「マリー少佐だ。B中隊はそのままフィガルパへ入れ、敵本部を陥落させる」


「ヘルメス大尉、了解」


 退路の確保までをロマノフスキー中佐に頼る。無謀な命令であるのは承知しているが、中佐はそれを引き止めなかった。


「こちら水上部隊ハマダ中尉。フィガルパ攻撃を続行する」


 ――ハマダ中尉か!


 無線を傍受した彼等がサインを送ってきた。詳しくは語らない。


「民兵団らしき集団が現れ、包囲部隊に攻撃を始めました」


「我等が相手をするぞ。機械化歩兵小隊、民兵を蹴散らせ!」


 無蓋ハーフトラック、今はビニールシートを外して歩兵が搭乗していた。各自が小銃を構え、運転手が速度を上げた。

 トラック中隊が負傷者をまとめて収容してくれているため、介抱の為に手を割かずとも良いのが地味に効いている。


「包囲部隊の足が止まりました。一階部分に強力な阻止線が」


 ――数が足らん。少々荒っぽいが仕方あるまい。


「一階にサガーをぶち込め! そのくらいでビルは倒壊せん」


 命令は直ぐ様実行された。残り少なくなった対戦車砲を惜しげもなく次々と叩き込む。爆風と熱で死傷者が出てしまい、反撃が一時やむ。現場の指揮官が突入したようだ。


「連隊本部へ到着します」


 右手前方では機械化歩兵が徒歩の民兵相手に競り合いをしていた。市街地だけに隠れる場所が多く効率が悪いらしい。


「本部要員も武装しろ。包囲を引き受けるぞ」


 遊兵などどこにもいない状態で攻撃を強める。余力がないのは敵も同じだと、強気の姿勢を貫く。


「別方向より民兵団が現れました!」


 ――こいつらも強制徴兵か! やるしかないぞ!


「本部護衛小隊、迎撃だ」


 司令部が裸になろうと迷い無く食い止めさせる。チキンレースの様相を呈してきた、本部ビルで手榴弾らしき爆発があり、窓ガラスが割れ落ちた。


 市街地北側からチョンタレス連隊の軍旗を掲げた機械化歩兵が現れた。


 ――くっ、防ぎきれんぞ!


 本部へ一直線、包囲部隊に攻撃を仕掛け始めた。応戦するも挟まれた形のクァトロが不利だ。だがやけに落ち着かない射撃をするばかりで、ぎりぎりで持ちこたえられている。

 そのうち北側からクァトロ軍旗を掲げた部隊が現れた。


「ゴンザレス少尉か!」


 半ば追撃するようにして機械化部隊を追い払うと、そのままマリーの隣へと乗り付けた。


「司令、粘着質の敵に会って陣地に戻れませんでした。ところが急に逃げ出したので追い掛けてきた次第」


「そうか、本部へ乗り込み連隊長を捕らえろ!」


「スィ コマンダン!」


 運転手と射手だけを残し、自らはビルへと突入した。



 大統領府。いらいらしながら報告を聞いているオルテガ大統領のところに、ウンベルトが現れた。


「閣下、報告に参りました」


 副大統領も秘書も、中将に気を使い一歩身を引く。


「どんな凶報かね」


 早速の牽制であるが、ウンベルトは全く怯むこと無く続けた。格が違うのだ取り巻きとは。


「ロメロ大佐が移送されて参りました」


「ほう、イーリヤ准将は命令に従ったわけか」


 どうなるかは半々だと考えていたので、意外ではなかった。迅速に返答をした部分に関心を持ったにすぎない。


「閣下が略奪を命じた事実はありません。軍事法廷にて裁判しますが、宜しいでしょうか」


「大佐の独断だ。ニカラグア市民を害した罪は軽くはない」


 命令書を頂戴致します。その場で発行するようにきっちりと要求する。何せ自分の命令では相手が従うか半々でして、嫌味をぶつけた。


「そう言うなウンベルト、お前が協力してくれて助かる」


 不機嫌だったダニエルが苦笑する。心底本当に助かっていたので他意は無い。柔らかい雰囲気が漂う。


「愚痴を漏らしました。時に各地のデモ隊ですが、一部が警官隊と衝突しています。警察大臣に執り成しを、私は騒ぎを大きくした司令官を押さえます」


 喧嘩両成敗との姿勢を見せれば、不満は残っても大事には発展しないだろうと。


「良策をマナグア自治大学学長に相談してみる。軍事委員会は機能を喪った」


 何者かの爆破により、出席していた大半が病院か土の中である。ウンベルトは感情を込めずに、お気の毒ですと言葉を添える。


「総司令部があるので軍事委員会は無くともいかようにも。ですが市民については閣下が対応を」


 責任範囲からしても誰もが納得する。至急何とかしなければならないので、副大統領に代理をさせた。


「ウンベルト、空軍は命令に従わないのか」


 地上のみの争いで推移していたが、中将が復権してからは感触が違った。回答無しから検討中になったり、もう少し様子を見たいといってきたりだ。


「三つに一つは応じるでしょう。一つは動きません。残る一つはどちらにつくかすら不明」


 最低でも相手方と対等との読みを披露する。


「不明の部隊を見せしめに攻撃してみては?」


 黙っていた副大統領が何か言わなければと提案してみる。脅して従うなら止めてしまえばよいだけだなどと、いかにも甘い考えを。


「劇薬は寿命を縮めるでしょう」


 ウンベルトはどちらになろうと刺激が強いことを示唆する。決断するのは彼ではなく、ダニエルだ。


「地方の小さな空軍基地を一つ試す程度ならば。ただし、事前に司令官には警告を出してやれ」


「実行のご命令でしょうか」


「そうだ、大統領命令だ。命令書が必要かね」


 いくらでも用意するぞと秘書に指示する。書類が出来上がるまでに道筋を思案し、命令書を手にすると敬礼した。


「必ずや従わせてみせます」


「頼んだぞ中将」


 ウンベルトは二人にも黙礼して部屋を去った。永年オルテガ大統領を拒絶していた割りには素直だと訝しがるが、実弟との立場がそれを打ち消してしまう。


「副大統領も頼むぞ、私は他にやらねばならんことがあってな」


 そのくらい片付けろと丸投げして部屋から追い出してしまう。


 ――イーリヤ准将、やるではないか!

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