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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第八十章 農業都市エステリ、第八十一章 ヒノテガ市居留地、第八十二章 外国人義勇軍


 政庁にある軍管区司令部。一部の地方業務を向かいのビルに移転させ、フロアを丸ごと一つ借り切っている。小さな会議室を目一杯使う形で将校が参集していた。初顔合わせの面々が混ざっている為、簡単な自己紹介を行ってから議題が明らかにされた。

 北部軍後方司令オズワルト中佐、部隊司令ロマノフスキー中佐、憲兵部長ノリエガ中佐、野戦警察司令タランティーノ警視正以下、士官が十人余り席につきサルミエ中尉の説明を聞いている。


「ヒノテガ市で軍が略奪を行っていると情報が入りました。オルテガ政府が支持を拒否している地方の軍を扇動し、見せしめとして行わせているようです」


 動機を耳にして流石に眉をひそめる者が多かった。国軍が国民に銃を向けるのは弾圧以外の何ものでもない。それであっても相手が抵抗をするならまだしも、無手の市民から略奪となれば最早そこに信念や正義があるとは思えなかった。


「ヒノテガ市には多くの移民や永住外国人が居る筈です」


 オズワルト中佐がドイツ、スペイン、フランス、シリアなどと具体的なところを挙げていった。


「距離は凡そ百五十キロで、26号国道から3号国道を行って三時間前後です」


 多少割り増しで掛かるとしても四時間あれば到達する場所だと、サルミエ中尉は主にクァトロらの土地勘が薄い面々の為に言葉を付け加えた。


「26号国道から北上し49号国道でエステリ市を経由したら、ヒノテガ市の北側に通じている。時間にしたらさして変わりは無いはずだ」


 タランティーノ警視正が地元の視点としてもう一つの可能性を示唆した。49号国道は山岳をかなりうねって走っているため、地図を睨んで除外してしまっていた。


「大型車がさして通らんから道の状態が良いんだ。兵をトラックに乗せて行くならケツが痛くなる側を選べば不満も出るかも知れんな」


 警察から転籍しているノリエガ中佐が警視正の話に理由を添えた。国道と言えども穴が開いているのは世界の常識で、日本は唯一と言って良いほどの非常識を日常にしているのだ。あのアメリカでさえも十年たっても修復がされない箇所を抱えていたりする。すべて国家予算がどこか変な部分につぎ込まれてしまうからである。


「俺がオルテガだとして」発言して注目を集める。ロマノフスキー中佐が警察畑の二人を見ながら反応を伺い「黙って通して帰り道で苦労させるね」


 レオン州を一部通過しなければならないので、そこを遮断してしまえば速やかなチナンデガへの帰還は妨げられる。それだけでなく予め迂回路を爆破でもする準備があれば、二日や三日は遅延させられるだろう。


「分岐点が戦略重要地点だ、ここを押さえた側が連絡に圧倒的な有利を得る」


 国道が分かれる場所にある町を指してそう表す。だがレオン州からの方が近く、チナンデガ市からでは五十キロ近くあってか一気にそこを占拠して維持するのは難しそうだ。


「24号を北東に進み大きく東へ行ってからヒノテガに向かえば、こちら側はオルテガの守備範囲をはずれるでしょう」


 重傷者の搬送はこちらのルートを六時間かけてでも使う方が安心だとオズワルト中佐が指摘する。確かに待ち伏せするには空振りが気になり、配備にも困難が伴うので参加者が納得する。


「ヒノテガ市の軍ですが、記録上は七百人が所属しています。ロメロ大佐の連隊です」


 七百人の軍が一体となって活動しているとしたら、これを蹴散らすのはかなりの犠牲が伴う。ノリエガ中佐らは治安維持の任務以外で、そこまで大規模な戦いを経験したことがなかった。

 今現在チナンデガに散っている軍にしても、マナグアに配属されていた一部以外は数十人――多くは三十人以下での小規模な犯罪者組織を討伐した位だろう。


「これがただの戦争なら追い散らすのは出来るが、内戦でそれはいただけませんな」


 ロマノフスキー中佐が簡単なことのように言うのを、北部軍の将校が驚きの目を向ける。その彼は司令官をちらりと見ていた。


 ――略奪をさせないために市民を避難させ、防衛するような体制をとれば無理に攻めてはこまい。それはつまり兵力をそこに張り付けるとの意味だ、そうなればオルテガの思う壺だな。だからと見てみぬふりをしては、北部軍の存在意義が問われる。


「ヒノテガ市の地図を」


 島が一言そう告げた。会議室が静まり返る。革命政権の英雄らしいが、三十半ばの若者が将軍の地位に果たして相応しいのか、参加している者達は疑いを抱えている。


 プロジェクターによって壁に張られた白い紙に地図が写し出される。大画面のモニターなどここには無かった。

 ヒノテガは山岳の盆地にあり、南北に国道が通じている。十キロ程離れた場所に隣の町もあった。


 ――戦争するならば南北の狭地を検問封鎖するだろうが、こちらの兵力を拘束するのが目的ならば逆だ、市内に複数の堅固な拠点を置いて待つだろう。


「部隊司令、ヒノテガへ偵察は出しているな」


 まだ等とは言わせないし、ロマノフスキーもここ一番で寝惚けた返答をすることはなかった。


「偵察小隊を向かわせております。あと小一時間で一報が届くでしょう」


 会議が始まる前に既に知っていて、いち早く派遣したのが明かされる。戦闘ではなく偵察行動なので、一々司令官の裁下を仰ぐ必要もなかった。

 それを聞いてタランティーノ警視正が副官にメモを渡し会議室から追い出した。近隣の警察に情報提供を行わせるためだ。一歩出遅れたが黙って行動に移した部分が評価されるだろう。


「オルテガの思惑がどうあれ、北部軍は市民の安全を確保する。各自そのつもりで臨むように」


 司令官が介入を決定事項だと告げた。部隊指揮官らが準備を行う為に連絡に将校を派遣した。クァトロのマリー大尉はそのままそこに座っていた、来る前に指示は済ませてあったからだ。


 ――やはり一定の戦力として計算できるだけの組織力はある。つまりはオルテガ側も質は同じというわけだ。分岐点をがっちり押さえてくるのは間違いなかろう。その返しとしては押さえている意味を消失させるのがあるな。


「チナンデガとヒノテガの最短かつ適切な連絡路はその国道だろうか」


 参加者全員に問い掛ける。無論地元に居なければその答えはわからないので、実質タランティーノとノリエガへの質問である。


「先程オズワルト後方司令が指摘したように、目的によっては北回りが最適なこともあります」


 タランティーノ警視正が正直に答える、ノリエガ中佐が同格なのに憲兵に推薦された背景はこのあたりだろうか。意図を解釈しようと思考を巡らせている中佐との差を感じる。


「間にあるエステリ市を影響下に置くことが出来れば、後方で連絡線が連結され条件が変わるでしょう」


 不利な盤面を放棄して全く新しい戦場を設定することにより、戦略的重要地点を政略で価値を落とすことを提案する。エステリ市が拠点として使えるならば、ヒノテガ市への援助も容易に実行可能になってくる。


 ――エステリは葉巻の産地で農業以外は全く振るわない地域だったな。最近になりようやく生活が楽になってきたのか人口が増えてきているようだが、やはり決断には二の足を踏んでいる。葉巻か、カラフパラースィオが煙草は関税がきついからと企んでいたな。


「サルミエ中尉、法務官に連絡を取れ。関税の担当者をだ」


「スィン」


 何の関係があるのかと不思議な顔をする。だがロマノフスキーとマリーはそれが何かをいち早く察した。


「共同管理区域の船舶ですが、ヨーロッパ行きが主です。一隻くらいアフリカに回る余裕はあるはずですが」


 突如港の話題をロマノフスキーが口にした。島が小さく頷く。サルミエが受話器を手渡した。


「北部行政官イーリヤ准将だ、単刀直入に回答しろ、葉巻をアフリカに輸出して何か問題はあるか?」


「は? えー……」意味が解らないが必死に内容を反芻し「エジプト、リビア、モロッコ、スーダンには輸出出来ません」


「他は可能か」


「付き合いは無いですが可能です」


「解った。ご苦労」


 短くそう言いサルミエ中尉に返す。葉巻の輸出がどうヒノテガに繋がるのか、考えるのを諦めた部隊指揮官が出てきた。


「閣下、偵察が現地に到着しました。封鎖は行われていません」ロマノフスキーがだろうなと頷きながら部下からの報告を上げた。


 ――ふむ。エステリでの交渉次第で概ね収まるか、すると俺がそこを担当するしかあるまい。レオン軍をチナンデガに入れない為の壁はロマノフスキーに任せるとしよう。


「閣下、お耳を拝借」


 ずっと島の後ろに控えて黙って立っていたエーン大尉が耳打ちする。島がその言葉を疑った。


 ――何だってこいつは大人しいと思っていたら、そんなことをしていたのか!


「解った。それは後でだ」


 作戦に若干の修正を課すことにし、脳内で大まかな内容を組み立てる。ヒノテガ軍の動きだけは、実際に相対してみないとはっきりしない。


「ロマノフスキー中佐、対レオン軍の指揮を命じる。最短で四日だ」


 それはどれだけ良くとも短くはならず、悪ければ際限なく長引くことを意味していた。お前が出来る最小の力を示せと返事を待つ。


「ダー。主力としてチナンデガ軍中隊二個、野戦警察中隊一個、軽砲兵中隊一個、機甲中隊一個、工兵小隊一個を要求致します」


 他に通信や衛生の諸兵科を適宜。レオン軍は首都圏軍であるので、二千以上が所属していた。それを四百人ちょっとの兵力で防ごうと言うのだから控え目な話である。

 中隊といっても軽砲兵は八門、機甲も六両でしかない。二十四人ずつなのだ。


「良かろう、タランティーノ警視正を次席に据える。レオン軍のチナンデガ侵入を阻め」


 指名されてタランティーノも起立し敬礼する。退路はあるがもし引き下がるようならば、二度と重要な任務は与えられないだろう。


「ヒノテガへはチナンデガ軍中隊二個、憲兵中隊一個、野戦警察中隊一個、クァトロ部隊を司令部直轄にする。ノリエガ中佐が次席に入れ、俺が直接指揮する」


 砲兵は連れていかず、機甲小隊一個だけを戦力らしい戦力として付随させる。


「はっ、了解致しました」


 数が少ないのを心配しながらノリエガ中佐が引き受ける。三分してしまいチナンデガ市に残る部隊が少なくなった。そちらはオズワルト中佐に予備として指揮を預ける。

 一番辛いのは不意打ちで本拠である政庁が陥落することなのだ、足元が覚束ない中で最低限以上の防衛力は残すつもりだった。これが統治をしくじらないようにする、最初の難関だと感じている。


「各々が責務を全うすれば良い、ただそれだけだ。難しく考えることはない、全力で当たれ!」


 命令とも激励ともとれる言葉に、全員が起立し敬礼した。島も立ち上がりそれに応える。


 ――困難なことは解っている、今までだって楽なことなど無かった。道を誤らねば出来るはずだ!


 人が散って行きノリエガ中佐とマリー大尉、他にエーン大尉とサルミエ中尉だけが残った。作戦の核となる部分を把握している必要がある五人である。


「閣下、いささか兵が少ないと感じられますが」


 中佐がまだ追加が可能だと強化を進言する、それについては大尉らは口を挟まない。


「それは解っている、だが予備を残さねばオルテガがマナグアから増援していた場合、一気に押し切られてしまう」


 こちらはリバスとは離れていて融通が利かないが、あちらは輪の中心で内線の利を得ていることを指摘する。中佐も理解はしていたが、ヒノテガを確保出来ねば全てが無意味というのも正しい。


「エステリの部隊……ですか」


 会議の席上で話題に出たエステリの葉巻。軍との繋がりは見えないが、それが鍵になるのだろう。


「どうしても足りんならば増やすしかなかろう。いずれそこも支配に加えなければならん、ならば早い方が良いさ」


 どうやってとは問わない。せめて部隊の統括だけでも肩代わりし、司令官の仕事を減らすしかないと自身を納得させた。


「エステリに同期が居ます、当日は勤務になるよう今のうち一報を入れておきます」


「明日だ」


 準備期間は半日しかない。出来るならばすぐにでも出撃したかったが、動員をかけるにはどうしても時間が必要だった。


「了解です、閣下」


 人生で一番の苦境を迎えるのが目の前とわかり、眠れぬ夜を過ごすノリエガであった。



 市の南側、畑が広がるばかりの農村風景の場に兵が集まっていた。ヒノテガ遠征部隊はエルサルバドルから買い付けたバスに乗り込み、即席の機械化歩兵を編成する。深夜のうちに後方基地から移動させていた。


「閣下、自分が前衛を指揮します」


 ノリエガ中佐が先導を兼ねて申し出た。偵察小隊を先頭にして、歩兵中隊の武装軽車両を前に集めて進ませる。バスはその後ろに続き、補給トラックがついて行く。


「エステリ手前五キロ地点だ、頼んだぞ中佐」


 二列目に憲兵中隊が続き、直属のクァトロ部隊が島と行動を共にする。各種支援兵を守るようにして、最後尾を野戦警察中隊が進んだ。


 ロマノフスキーらの軍はその後に時間差をつけて出撃した。国道だけでなく間道も封鎖する必要がある。どちらにせよ船で港に入られたらお手上げだが、海軍はどちらにもつかず根拠地の港に閉じ籠っていた。それはオルテガにとっても有り難く、貴重な国家の財産である海軍が消耗しないのは重要なことだった。

 一台だけあった指揮車両を司令官用にチナンデガ軍から取り上げ、代わりにバスを提供する形をとらせたのはエーンである。


 どうなろうとバスを使わねばならないが、より効率よく何かをするために権利を引き寄せる、そう助言してきたからだ。


 ――レバノン軍で苦労したんだろうな。最近は俺自身が装備の根拠だったことが続いていたから、道具を自由にする権利なんて考えもしなかったよ。


 実績や能力を見ても今や大尉では階級が低いと感じていた。ただ引き上げるだけでは反発もある、あれを機会に昇格させようと決めておく。


「先頭がエステリ市圏に到達しました」


 一時間半余り走ると短距離の無線を使い報告が来た。わざと出力が低いものを使って気付かれまいとする努力は認めるが、無線を使うこと自体が片手落ちとも言える。


 ――携帯電話を活用する通達を出すことにしよう。気付いた部分から直してやれば良い。


 指揮車両が待機場所に到着すると、その場で戦闘準備が行われた。


「全軍武装待機! 閣下、いかがなさいますか」


 ノリエガ中佐が不意の攻撃を受けたときに備え、反撃態勢をとらせる。その態度が逆に攻撃を誘う可能性もあったが、やり込められるよりは良いだろうと島が追認する。


「州長官に面会交渉を行う。中佐、推薦する人物は居るか?」


 居なければこちらで指名するとまずは下駄を預ける。すぐに思い付かないようでは期待も出来ない。


「ここで失敗するわけには行きません。自分が使者になります」


 ――人脈に可能性ありだったな、却下の理由は無い。判断に迷っては困る、俺を良く知るやつを副使に付けよう。


「良いだろう。中佐が不在の間は俺が部隊を直轄する。副使にエーン大尉を連れていけ、こいつは俺の判断基準に最も詳しい男だ」


「同行させて頂きます、憲兵中佐殿」


 面前で誉められようとも、一切の感情を見せずに一歩前に出た。


「頼もしい限りだ。では行くとしようか」


 くるりと踵を返して軍用車両に近づいて行く。ノリエガ中佐が命令を出す前に、自分が、とエーンが伍長に命じた。


「国旗、軍旗、白旗を掲げ外部スピーカーを準備せよ。武装は不要だ、エステリ市に入る」


 一台のみで構わないとグループが動こうとするのを制した。中佐も命令を承諾し自身の同期にたまたま居合わせるよう、市街地南部に行くと連絡するのであった。


 二人が緊張して赴いたところ、あっさりと面会を承諾すると返答が寄せられた。軍も争いを望んでおらず、農地を荒らす動物や泥棒を逮捕するのに活躍している程度らしい。州の人口が少ないこともあり、政治的にも重要度が低かったせいか政情不安よりも、経済的な不安が暗雲をもたらすと塞ぎこんでいた。


 交渉の場を整えたとして司令官の入城が求められ、軍を引き連れ市内に進む。エステリ市はその数に驚き、初めて危機感を持った。


「エステリ州長官ガルツォーネです」


「ニカラグア軍北部軍管区司令官兼北部行政官イーリヤ准将です」


 ガルツォーネという気弱そうな小男が州長官だと名乗り出る。小作農のような雰囲気を醸し出していた。


「随分な軍を連れていかがなさいましたか」


 事前にノリエガ中佐から概要は聞いているはずだが、確りと島の口から言葉を得ようとしてくる。


「北部の治安維持と経済の連結、そして政府を支えるためエステリ州の協力を得にやって参りました」


 州全体で二十数万人しかおらず、とても何かを為すには厳しい地域である。連携は死活問題と言えた。


「ここには畑と葉巻会社があるだけで、何もありませんが」


 一企業を別にして特色は無かった。その葉巻会社は世界でも最高峰のブランドとして、アメリカでも何度もトップ評価を公式に受けていた。


「地域に何があろうと無かろうと、ニカラグア国民はすべからく助け合い、共に繁栄すべきと確信しております」


 口でもどうとでも言える。ソモサ王家も、サンディニスタ政権も、結果だけみたらオヤングレン政権もエステリには何も与えなかった。ただ奪うのみである。


「我らが差し出せるのは野菜と葉巻だけ。他には何もありません」


 助け合いとやらで持っていくなら好きにしてくれと諦め口調で肩を落とす。


 ――俺はオルテガや王家が歩んできた道と反対を行く。ただそれだけで構わない。


「北部行政官としてエステリ州に提案があります。この地の葉巻煙草は世界的にも高い評価を受けております。その葉巻をアフリカに向けて輸出してはいかがでしょうか?」


 毎年売れ残る葉巻がたくさんあった。だからと生産を辞めるわけにもいかず、ただただ廃棄を繰り返している。


 生産調整との考えが実行されず、少ない税収を補填に使ってしまう。悪循環を政府は黙って見過ごしてきていた、国家的な輸出という仕事を外交官が足らず行えなかった、そんな言い訳が。


「ですが輸出手続きどころか、どこに販売して良いかの伝も一切ありません」


「もしエステリ州が北部行政官を支持していただければ、私が責任を持って道筋をつけさせて頂きます」


 ガルツォーネ州長官もノリエガ中佐も、その場に居る全員が意味を解せず島を見詰める。ただ一人エーン大尉は全てを理解し、サルミエ中尉に連絡先を示し通話状態を保つようにと数件の番号を書き出す。


「その気持ちはありがたいですが、とても信じられません」


 騙されるのも強要されるのも致し方無い、そう内心で呟き言葉だけの約束とやらを引き出そうとする。州長官にはそれだけしか出来なかったのだ。


「閣下、通話が可能です。チュニジアです」


 うむ。小さく頷いて電話を受けとる。


「イーリヤ准将です、突然申し訳ありません」


 それは英語でゆっくりとした口調で語り掛ける、用事があるからかけてきていると先方も承知していた。


「お久し振りですイーリヤさん。お力になれることがあれば嬉しいですが」


「ありがとうございます。不躾ですが、ニカラグアの葉巻をマルカに積みます。輸入頂けたらと」


 原価で構わないと言葉を添える。税金で補填する分が丸々なくなるのと、増産したら仕事が増える部分で見返りはあると説明した。


「貿易大臣に可能な限り輸入するよう働きかけましょう。原価ではなく、適正価格で」


 フェアトレードを持ち掛けてくる。それに一言「我が儘を聞いていただき、ありがとうございます」謝辞を述べて通話を終えた。サルミエ中尉と電話を交換する「スイスです」


「シュタッフガルド支配人、イーリヤです」


 今度はドイツ語で話始める。


「はい、シュタッフガルドで御座います」


「ニカラグアのエステリで、地域の葉巻を全てマルカに輸出します。コルドバの支払いですが――」


「ご心配なく。当行が中心となり、イーリヤさんへのシンジケートを組ませていただきました」


「シンジケート?」


 何とも耳慣れない単語で聞き返してしまう。麻薬組織あたりもシンジケートと呼んだ気がしたからだった。


「イーリヤさんへの合同出資組合です。資金についてはご心配なく、私が完全にサポートさせていただきます」


 サウジアラビアや北欧、アメリカも参加していると一部を明かす。


「ありがとうございます、助かります」


 最後にもう一度電話を受け渡す。残りはマルカだ。


「オリヴィエラ、イーリヤだ」


「コンソルテ! 何なりと」


「ニカラグアのチナンデガ・フォンセカ共同港に輸送船を手配しろ、マルカに葉巻を積む。輸出先はチュニジアが主軸だ、一部がラオスになるかも知れん」


 個別に販売するのなら利益は全て持っていけと、役得を与えてやる。断れば港の管理組合にでも丸投げするだけなので、オリヴィエラもすんなりと引き受けた。


「長官、葉巻を全て私が現金で買い上げます。輸出はチナンデガの共同港、積み出し先はソマリアのマルカ自由区域、チュニジア政府が買取りを担保してくれました」


 お望みならば増産して、直接取引しても構わないと自身を省いて良いことも伝えておく。たったの数分電話で話しただけで、何故そんな結果になるのか信じられなかった。


「チュニジア政府とは?」

「ガンヌーシー大統領が先程承知して下さいました」

「多額の現金は?」

「スイス銀行が私に代わり、サウジアラビアや北欧から資金を調達してくれています」

「ソマリアのマルカとは?」

「先日自由港を宣言しましてね、そこにある会社に顔が効きます。付近の海上警備艦隊にも」


 一国の政府役人が長い時間をかけてやるべき仕事を容易くやってのけた。聞かされても未だに信じられないが、最早何かを疑う余地もない。


「エステリ州は北部行政官、いやイーリヤ准将を支持し指揮下に連なります。あなたはエステリ始まって以来、最大の功績を残すことになるでしょう」


「ガルツォーネ州長官、ありがとうございます。今まで通りエステリ州の統括をお願いします」


 ノリエガ中佐が予想外の流れに困惑している。エーン大尉が隣に歩みより小さく囁いた。


「もっと大きな奇跡を見たくはありませんか」


「起こそうとしても起こせないから奇跡だと思ったが」


「ま、例外はどこにでもありますから」


 大尉が笑顔を見せるのは島が成功した時、そう感じるノリエガであった。


 エステリに駐屯している軍から二個中隊、警察からも一個中隊を指揮下に加え、山岳の国道をヒノテガに向かった。燃料補給と一時の休憩場所を得られたのは大きい、だがそれ以上の政治的効果もあった。


「北部軍はニカラグア市民の為の軍隊だ」


 現地からの略奪や徴発を禁止し、必要なものは購入していったからだ。しかも紙屑になるだろう手形ではなく、現金で買っていくのだからありがたい。


「マリー、ロマノフスキーのところへ急行出来る準備をしておけ」


 途中何の報告もなかったが、ぽつりと呟いた。そう感じたから一番信頼できる部隊に命じたのだ。


「車両と予備燃料の確保をしておきます」


 欲しいときにすぐに利用が可能なように、権利の確保を進めた。戦闘や故障で失われても、一般部隊から取り上げる方法で。エーンの助言の賜物であろうか。

 先行して張り付いていた偵察小隊が交代でヒノテガを監視していた。軍兵が率先して狼藉を働き、警察はそれを放置している。むしろ反撃する市民が居たならそちらを逮捕するような状態だ。


 ――ここは話し合いとはいかないな。力でねじ伏せるしかない。現場の即決裁判も認めよう。


「ノリエガ憲兵中佐」


「はっ、司令官閣下」


「ヒノテガは北部軍の範疇であり、貴官は北部軍の憲兵部長だ。規範を乱した軍兵に適切な措置をとれ」


 普段はあれほど柔和な島の目が全く笑っていなかった。冷厳な態度が何を求めているか、中佐には痛いほど解った。今までは仮にそうだったとしても、兵を逮捕など出来なかった。


「最悪処刑との線も御座いますが」


 憲兵を含む将校三人以上の立ち会いで、簡易裁判を行うことが出来た。戦時の特別措置ではあるが、やはり投獄とは違い処刑となると二の足を踏んでしまう。


「貴官の判断で処罰せよ。全ての責任は俺が引き受ける」


「ヴァヤ ドン・コマンダンテ!」


 司令官の意を受けて、中佐は副官に命じて野戦拘置所と野戦裁判所を準備させた。後に司法に報告する時に必要な形式を整える為である。

 進退窮まり仕方無く責任を取る上官は居ても、島のような態度をとる上官は初めてであった。ふと横を見ると、やはりエーン大尉が目で何かを語っていた。



 山岳国道を軍の車列が走る。野戦警察中隊を一個だけ先に越えさせ、ヒノテガ側の出入口を封鎖してしまう。本隊は両方の車線を対向車を気にせずに進むことが出来た。だがそれは一つの偽装であった。


「エステリ軍山岳砲兵中隊一個、山岳歩兵小隊一個、無線通信小隊一個を布陣させておけ」


 国道の殆どとヒノテガ北の盆地出入口を射程に収める。山の裏側に当たる場所に砲を据えるので、下から砲兵陣地を探るのは容易ではない。獣道を迂回して襲撃するにしても、数を多く送り出すわけにもいかないだろう。


 ――最悪施設も砲撃することになるが、百五ミリ砲の感覚が俺にはあまり無いからな。上手く指示できるだろうか?


 ライフルで撃ち合いをしても時間だけが過ぎ去るだろう予測を立てる。何せ今までの部隊とは違い、実戦能力は未知数な上に同国民相手なので士気は上がらないはずだ。

 結局はオルテガ政府の囁きによる略奪よりも、戦死の恐怖が強くなれば戦いも収まる。一部の狂信者は永遠に退場してもらうしかないが。


「部隊が山道を全て越えました」


 サルミエ中尉の報告に頷く。これから先には大して距離はない。いつでも国道を使えるようにするため、両側に野戦警察分隊を配備し封鎖しておく。


「閣下、ヒノテガ市内に警官を潜り込ませました。各所の状況把握にご利用ください」


 制服警官ならば街中をうろついていても咎められない利点があった。尖兵としては打ってつけである。


「中佐、市内にラジオ局があったな、ここを占拠するんだ」


「了解しました。投降を全域に呼び掛けます」


 投降と同時に市民には救援がやってきたことをアピール出来るので、重要目標の一つに加えられた。他には政庁、警察本署、軍駐屯司令部の三ヶ所である。


「ロメロ連隊の現在地を探れ」


 野戦司令部を盆地出入口北側一キロに設置することを決める。本部にはクァトロ部隊と野戦憲兵中隊を予備に残す。各種支援部隊のうち、砲撃観測小隊のみが付近の高地に離れて陣取る。


 ――正面から当たれば被害は大きい。如何にして双方の傷を少なく収めるかだ。


 ロメロ大佐をいち早く押さえるのが最高であるが、そのようなことが簡単に出来るはずもなかった。


 偵察小隊が二個、市内に突入した。勘づいているのだろう市民は出歩いてなく、自宅の窓から外を窺っていた。かといって市街地にヒノテガ軍は居らず、南北を走る国道は静けさを保っている。


「第二偵察小隊、前線司令部。国道に敵影なし。南部の巡回に移行する」


 堂々と無線を使い情報をばら蒔く。あちらもこちらも使うが、発信したが最後居場所が解ってしまう。それだけに憲兵少佐が前線司令としてジープで動きながら指揮を執っていた。


「第一偵察小隊、前線司令部。北部巡回中、敵影なし」


 ――一体どこにいるんだ? 政庁などにがっちり陣取られたら困るな!


「閣下、警官が敵を発見しました。北東部の運動場に三個中隊です」


 ただし連隊長旗は掲揚されていないと付け加えた。ヒノテガ軍の半数程がそこに固まっている、残りは駐屯司令部だろうか。


「中佐、重要目標の敵はどうだ」


「はっ、駐屯司令部にも不明数が。警察本署は軍ではなく警官部隊が集まっています」


 ――軍とは指揮権を分けたのか、それとも違う方針なのか。攻略を後回しにして良いかの判断が必要になるな。


「政庁は」


「要塞化しており、恐らくは一個中隊が」


 援軍が無いのに籠城している、つまりは時間稼ぎに徹する腹積もりなのだ。レオン軍がチナンデガを占拠したら、ヒノテガから撤退しなければならないので、時間が援軍とも言えた。


「州長官は政庁か?」


「行方不明です。恐らくはロメロ大佐も州長官も政庁でしょう」


 ――政庁を包囲したら運動場の三個中隊と挟み撃ちか。警察本署は後回しだな、だが数が合わないどこかに伏せているはずだ。運動場は餌だな、俺が食い付いたら背中を狙うつもりの。


「運動場の部隊を先に撃破する。東から迂回して攻撃を掛けるぞ」


「閣下、それが運動場東には外国人居留地があり、そこを戦場にしては国際的な問題が」


 ――そこが居留地か! すると市街地中心部付近に伏せている可能性が極めて高いな。砲撃も一つ間違えば大変なことになるぞ。


「ラジオ局に歩兵小隊と通信小隊を送れ。こちらの主張をしてやろう」


 今さら交戦が一時間先伸ばしになっても大勢に影響はないと、まずは一歩を踏み出すことにした。ついでに市民の協力を求めるように命じておく。伏兵の目撃情報を集めなければならない。


「消防本署を占拠しろ。通報はそこに集めるんだ」


 番号を知らせなくとも市民皆が連絡先を知っている、警察と消防は通報先に最適である。これは世界中どこでも共通するポイントだろう。


 ――俺がロメロ大佐ならば今ごろオルテガに連絡を入れてから、どう意地悪く粘るか考えるはずだ。恐らくオルテガからは三日も頑張れば北部は切り崩せるなどと言われているに違いない。


 やがてラジオ局と消防署を占拠したと報告が上がる。どちらも全くの無抵抗であった。消防長官には今まで通り職務を遂行するようお願いした。通報が集まるだろうからと通信小隊に半分席を貸すよう、こちらについては命令をする。


「投降勧告を始めろ、通報についてもだ」


 北部軍の存在をアピールする。危険なので引き続き自宅から不用意に出ないのと、有益な情報を求めていることを繰り返し放送した。


 ――遊撃部隊を放置は出来んが、籠城しているのはほっとけば干上がる。干上がるか、待てよ奴等は備蓄はしていても予定分だけで、武器弾薬を重視して持ち込むはずだ。


「サルミエ中尉、市内の水道業者をあたって市役所のOBを探せ」


「畏まりました」


 決定的な情報が少なく、市民は北部軍に協力的とは言えなかった。事前に侵略者だと公布されていたようで、宣伝の刷り込みが重石になっている。陽が傾きかけてきて宿営準備に取り掛かることになる。


 ――夜襲するために遊撃部隊を残しているはずだ、混乱をしないよう注意せねば。具体的にはどうだろうか、一旦市街地から退かせるのが無難だな。


「中佐、夜陰に乗じて攻撃を受けてはかなわん。全軍この場所まで後退し、出入口に非常線を設けろ」


「スィン。宿営地をここより更に四キロ後方に設置します」


 座標を探らせないのと同時に、歩兵部隊が抱える小型砲の最大射程の外側に位置するようした。この国のセオリー通りだとしたらそれで良かった。


 ――逆にこちらが夜襲を仕掛けたらどうだ? 混乱はするがそれが裏目になるか。しかし無駄に時間を浪費するのもつまらんが。


「マリー大尉」


「はい、何か楽しそうな話題でも?」


 どのような特務を持ち掛けられるか、興味津々である。仕方の無い奴だと苦笑しながら近寄るよう手招きした。


「今夜空時間があるが、お前ならどうする?」


 名案があるなら何か仕掛けてみるが、と知恵を引き出しにかかる。話にのっかりいたずらっ子のような笑みを浮かべて、そうですなぁと頭を捻る。


「自分、都会人ではありませんが、夜中に暗闇では満足に動けません」


 宿営地の外郭に警戒線を用意すると申し出た。夜襲をしないわけがない、出てくる奴等を返り討ちにする案である。暗視装置を準備してあるかどうか、それは否である。判断基準は簡単だ、チナンデガ軍にもエステリ軍にも無いからだ。


「クァトロ部隊だが、明日の日中に出番はなかろう」


 夜間にフルで活動出来るように今のうちに仮眠しておけと言い渡す。マリーも演習気分で了解した。だだっ広い畑あたりでは、土地勘も何もあったものではない。その場の絶対的な感覚のみが有利不利を決める。


「ノリエガ中佐、今夜の警戒は幾つだ」


 マリーが去って暫くしてから中佐を呼び出し、警備の比率を問い質した。


「明日は日中に戦闘が予測されますので、疲労を残さないためにも一割で不寝番を立てます」


「うむ、結構だ」


 適切な水準を確かめると後は中佐に全て任せてしまった。把握だけしておけばその先は担当将校が責任を持って執行する。エーン大尉に誘導され、ご丁寧に分厚い壕を特設したからと押し込められる。

 これまた自分達が百五ミリ砲を装備しているものだから、その直撃に耐えられるものを造営していた。どこからか砲撃と壕の厚みを計算した一覧を探してきていたようで、このクラスならこの材質でどうとか口にしていた。


 ――例によって全くわからん。今度レクチャーしてもらうとするか。


 今は任せるが時間が出来たときに教えてくれと頼むと、笑顔で頷いた。



 闇夜宿営地から離れていく部隊がある。ベルギー人の若者に指揮され、東側の山岳の裾野に沿って街の方向にゆっくりと移動した。規模は百人そこそこでしかないが、全員が志願兵であり士気は高い。

 装備も優遇されており、ヨーロッパから取り寄せた性能が高いものを配布してある。当然全てニカラグア人で編成されており、数人ではあるが十年前にクァトロに参加していた兵もいた。今は彼らが下士官として部下を率いている。志願兵軍曹と呼ばれる者達だ。


「大尉、分散して配備しました」


「敵が鼻先を通っても決して気取られるな」


 クァトロの役目は阻止ではなく、包囲であると目的を再確認する。騒ぎを起こして離脱するだろう敵の奇襲部隊を捕捉することにある。


 ――陣営深くまでは踏み込むまい。一撃離脱で成功を叫ぶ、ただ引きこもっているわけではないとのアピールを狙うだろう。


 牽制の一撃だけでも勝利があれば違ってくる。機会は二回あり、最初がこの野営であって次が市街地でのゲリラ戦であった。後者は場当たり的な結果の積み上げが求められるので、マリーがどうにかするわけにもいかなかった。


「目を闇に慣らしておけよ、閃光手榴弾を絶対に直視するな」


 軍曹を通じて全員に繰り返し教え込む。ふと気付いて、タバコも吸うな、遠くの光も見るな、仕方無く見るときは片目を閉じて光を見ろ、次々と注意を発した。


 ――懐かしいものだ、高校を卒業してから訓練で散々言われたな。


 地面に寝そべりたまに周りを見てはみるが、主に音を拾おうと試みる。車に乗ってやって来るわけはないので、荒れ地を徒歩で踏破するしかない。


 隣に居る軍曹がマリーの肩を軽く叩く。指差す方向を見ると暗闇を何かが動いていた。三日月の明かりで見えたわけではないが、そのような気配が感じられた。


 ――御一行様の通過か。三十人位か?


 選抜小隊が一個やってきたのだろうとあたりをつける。サボっていなければ数分で警備が見付けるか、してやられるかで騒がしくなるはずだ。

 完全に通り過ぎた後に、散開して網を張らせる。十メートルちょっとの間隔――片道二車線の道路を間にして、一人ずつ伏せる。小隊を一つそれに充てていた。


「軍曹、山を通って帰るとは思えんが東の山岳に伍を一つ置け」


 二列目の右翼から伍長に指揮されたグループが移動を始めた。同じ様に左翼からは国道付近にまで網を広げ、発見に力を注ぐ。一度捕捉してしてしまえば数倍の兵力差があるので心配は無かった。


「本部から二人、後方を警戒」


 収容の部隊が迎えに来ると大変な目にあうので、兵士を南側に向けて進ませた。こちらは本部の上等兵が担当する。若者の中から軍曹が見出だした優秀者である。


 銃声と爆発音が聞こえた。少し遅れてからライトがあちこちを照らす。


 ――爆発音が先か、警戒側がしくじったな。


 恐怖はあったが仲間を信じて皆が目を瞑り伏せた。前衛が足音を多数耳にしたとき、手にしていた物を軽く放る。閃光手榴弾が眩い光を一秒間に数百回明滅させた、それを見てしまった者は視神経の感覚が飽和状態になり、数十秒間目の前が真っ白になり平衡感覚がパニックを起こした。


「捕らえろ!」


 下士官が手筈通り混乱している襲撃者を一気に制圧する。わけもわからずに目が見えないまま発砲した数人が射殺された。それにより負傷した者も二人出てしまう。


「捕虜を野営地に連行しろ、死体も残すな。後ろを警戒しながら作業を行え!」


 小隊一つが南側の警戒を受け持ち、一つが捕虜と死体を担当する。残る一つが野営地までの警戒を行った。


 ――実務処理は下士官に任せても良さそうだな。ま、この位してもらわねば困るがね。


 本部を捕虜の後ろにつけて、クァトロ部隊が本営に引き上げて行く。北部軍が一つの派閥ならば問題はなかった。だが島はそこに気づけないでいた。



 一報だけ告げられ、翌朝になり島にノリエガ中佐が呟いた。なるべく感情が籠らないようにだ。


「閣下、軍内でクァトロ部隊が功績の為に味方を売ったと口にする兵が」


「どういう意味だ」


 絶対に敵に通じるわけがないので不審に思う。


「昨夜の襲撃、事前に察知していたのに味方に警告を発しなかったからです」


 ――む、それはあるな。北部軍としては上手くいったが、警備が不満を持つのも理解出来る。


「警備が出し抜かれた事実はあるが、配慮が足らなかったのも事実だろう」


 だがノリエガ中佐にはクァトロへの指揮権はない。憲兵として指導する兼ね合いはあろうが。


「警備から三名が死亡、七名が負傷しております」


 淡々と報告を上げた。そのままにしていては禍根を残すだろうと、何らかの対処を求めてくる。


 ――致し方あるまい、兵を畏縮させても良いことは一つもない。


「死者にはクァトロ司令官名で弔問金を出しておく。負傷者には見舞金を」


 これで溜飲を下げて欲しい、事後をノリエガに任せた。


「兵には文句を言わせません。ご安心を」


 司令として中佐が全てを預かると明言した。一件はこれて仕舞いである。


 ――北部軍はまだまだ一つの集団にはなりきれない。微妙な舵取りをしなければならない部分があるな。


 私兵ではない利点と欠点がこれからも浮き彫りになってくる、身軽さだけでは戦争は行えない。


「閣下、市街地に展開するご命令を」


 戦いは始まったばかりだとノリエガが指令を求める。


「うむ、一個憲兵中隊と工兵、一個野戦警察中隊で政庁を囲め。バリケードを作り物理的にこれを阻むんだ」


「憲兵少佐に指揮を執らせます」


 昨日の前線司令をそう指名したので島が承認した。バリケードだけなら工兵をわざわざ指定しないところに説明を加える。


「水道局から技術者を引いてきている。政庁への水道と電気を遮断する作業も行え」


「水の備蓄は三日分でしょう、脱水症状が出る前に反応があるはず」


 具体的には夜間の攻撃が挙げられた。一晩中政庁を照らす為のライトも集める必要があると指摘してくる。島もそうするようにと認めてから、破壊を免れるよう小細工を一つ発案する。


「直接照射しては銃撃で損傷する。鏡を使って間接照明にしておけば、投光器が補充出来ずとも効果を発揮するだろう」


 多少の不自然さなど関係なく、更にはそれと気付かれてもこちらには不利がないと微笑む。


「そうさせます。なければ作らせましょう」


 姿を映すわけではなく、ただ光を反射させるだけならば手作りしても役目は果たせる。最高を求めさえしなければ、幾らでも対処は可能なのだ。


「残りで運動場の三個中隊を叩く。夜襲してきたやつらは全員がこちらに帰順したと放送してやれ」


 否定しても一人として帰還して来ないのだから不安に思う奴もいるだろう。実際にはバスに押し込められ、エステリに護送されている最中である。野戦警察分隊が一つ日帰りで担当している。


「外国人居留地をいかがいたしましょう?」


 先に足を踏み入れて戦場になれば非難を受けてしまう。だからと放置をして良いのかどうか。


「一個野戦警察中隊を配備する。治安維持名目だ」


 司令官が部隊を配備することを明言した、部下としては決定したなら従うのみである。


 残るはチナンデガ軍二個中隊、エステリ軍二個中隊、そしてクァトロ部隊と支援兵である。当然司令部は非常線北部に置くと考えていた。


「司令部にはどの部隊を残留させましょう?」


 三個中隊を攻めるのに優位な兵力を残す意味で、一個中隊を指名して欲しいと尋ねた。


「エステリ軍一個中隊とクァトロ部隊を」


「しかしそうすると運動場への攻撃が少なくなりますが」


「簡単なことだ、司令部を運動場の北側に前進させる」


 そうしたら五個中隊で戦えるだろう、とノリエガ中佐を驚かせた。将軍が最前線に出張るなど彼は信じられなかった。


「危険すぎます。どこに伏兵がいるともわかりません!」


「そうだとしても、だ。こちらで時間を使いすぎると、レオン軍側で一杯になる」


「それはそうですが……」


 辛うじて時間差が丸一日余裕があるとしても、二日余計に空費しては元も子もない。一度しくじれば全てが後手に回るのだ。


「俺には北部軍全体を整合させる義務がある。安全な場所で指揮をしていて構わない時には、不必要な危険を誘うような真似はしない」


 今こそが北部軍として無理のしどころだと説く。ノリエガ中佐は眉をひそめて一つ息を呑んだ。己がすべきことが奈辺にあるかを。


「畏まりました。大事の前の小事と一つ進言させて頂きます。市街地に向けるのは気が引けますが、運動場施設に準備砲撃を敢行すべきです」


 ――砲兵はエリートだ、初弾だけは少しばかり外すかも知れないが、運動場程の広さがあれば誤射もすまいか。


 外してしまい味方に降り注ぐ、民家に命中する、外国人居留地にすっぽ抜けるなどしては一大事である。だからとただ肉迫するようでは屍の山が出来てしまうだろう。


「砲兵陣地に命令だ。運動場へ目標を据え、防御施設を破壊する準備をさせろ」


「ヴァヤ ドン・コマンダン!」


 各所への手配をするために中佐が去っていった。入れ替わりでサルミエ中尉が報告に現れた。


「ボス、レオン軍に待機命令が出されたようです」


「ついに来るか」


 兵には部署の呼び出しを受けられるよう自宅に待機が命じられ、将校には召集がかけられた。遅くとも四十八時間以内に出撃するだろう。


「はい。リバスからの連絡は途切れ途切れではありますが、一応は通じていると後方司令が」


 ――未だ押され気味なわけか。大統領不在では厳しかろう。俺が何とか支えねばクーデターが成功してしまうぞ!


「結果を以てして支援するしかない。問題ないさ、今までだっていつもそうだったからな」


 もっと酷い条件だって何回もあったと呟く。事実そうであったが、失敗したときに喪う物の大きさが桁外れなのだ。


「自分は何一つ心配していません。ボスがどのように突き進むかを楽しみにしているだけでして」


 ――エーンに染められたか、サルミエに勇気づけられる位の表情をしていたならば改めねばならん。すぐ顔に出していては良くないな。


「そんな頼もしい副官に一つ裏事情を漏らしておこう。通信兵に一人アラビア語がわかるやつを混ぜておけ」


 それがわかる将校や下士官が近くに居るだけでも構わない、と特に指示を出した。全軍から探し出してもそんな兵が居るはずもない。


「アサド先任上級曹長の片耳を貸してもらうことにします」


 兵に通信機を持たせて、アラビア語が使われたときにだけ役立ってもらうと。



 行動準備が整ったとノリエガが戻ってきた。時計は○八○○を指していた。充分に休息して後は号令を待つだけである。


「市街地に突入させろ」


 偵察小隊が真っ先に目標に向かい進んでいった。安全を確保するため、その後ろを正規軍が付いていく。野戦警察が正規軍の背中を守るように追随する。


「本部を進めます」


 ノリエガ中佐が移動司令部――指揮車両に乗車するよう促した。無蓋の幅広車両は武装を外してしまい、通信機が増設されていた。当然風雨に晒されようとも機能を失うことはない。


 先発が運動場から二区画離れた場所まで進出した。野戦警察中隊はそのまま迂回して外国人居留地に向かう。


「警告を出せ」


 北部軍司令官名で市街地全域にラジオ放送で、運動場に砲撃をすると警告が与えられた。市民は避難するようにと勧告を行う。どこが安全かはわからないが、少なくとも運動場付近ではない。

 周辺には拡声器を使い警告を同時に発した。ラジオを聞いていなくても、近くに居たら避難可能なようにとの配慮である。


「退避可能時間が経過致しました」


「運動場はどうだ」


 部隊が逃げ出すならばそれに対処させるつもりで尋ねた。


「はっ、ヒノテガ軍は塹壕に籠っているようです」


「塹壕規模は?」


 深さや厚み、見てわかる素材について詳細を問う。


「木材と砂利に土でしょうか。身長位と盛り土で四メートル強あたりかと」


「エーン大尉、どうだ?」


 傍らに控えている大尉に結果を想定させる。


「直撃せずとも崩壊するでしょう。七十五ミリでも貫通します」


 短期間でコンクリートが乾くわけもなく、鉄板が挟まれていないならばと所見を述べる。ノリエガ中佐も小さく頷いていた。


 ――殲滅が目的ではない、無力化出来たらそれで構わない。彼らは同胞なんだ無用な怨みは悪影響を及ぼす。


「中佐、降伏勧告の後に一発だけ砲撃を。それを見て両手を挙げるならば認めろ」


「はい、閣下」


 幕僚のうちで特に体格が良い中尉を名指しして、運動場へ降伏勧告を行わせる。白旗を掲げて使者であることを示し、拡声器を使い呼び掛ける。だがヒノテガ軍からは受諾とも拒否とも返答は無かった。


「無反応です」ノリエガが簡潔に報告する。


「……砲撃するんだ」


 凄惨な結果が頭を過ったが、これを取り止めたところで解決するわけでもないので、決心し命じた。


「砲撃せよ!」


 島の命令をノリエガが砲兵陣地に伝える。了解の少し後に何かが音をたてて飛来し、運動場北東にあるクラブハウスの倉庫らしき部分を貫き爆発した。火災が起きて黒い煙が立ち上る。

 砲撃観測小隊が山の上からそれを見て、南西五十メートルが塹壕地帯であると修正を命じた。


 ――意外と正確だぞ!


 中佐が部隊を展開させた。運動場を四方から包囲し、再度の降伏勧告を行った。だがそれも無視され交渉の余地がないことを確認した。


「準備砲撃を要請します」


 砲撃要請を司令が出してきた。島がそれを承認するとノリエガが砲兵陣地に砲撃を命じる。支援兵は司令部に所属しているため、権限は司令官が握っているのだ。今度は単発ではなく続けて三発が運動場に弾着する。塹壕が崩壊し生き埋めが続出、それぞれの砲が五発ずつ発射すると射撃を停止した。


 ――戦場で一番敵の命を奪うのが砲兵だと言われる意味が解るな。現場から遠ざかるのに比例して与える被害は多大になり、罪悪感は薄くて済む。


 火災による煙が視界を奪う。消火作業が行われ、負傷者がクラブハウスに曳いて行かれる。北部軍の兵は黙ってそれを見詰めていた。


「閣下、突入命令を」


 司令が戦機だと攻撃を要請した。確かに今そう命じれば運動場の部隊は全滅させることが出来るだろう、ただし受ける被害は考慮せねばならない。だが島は口を開かない。


 ――命懸けの徹底抗戦を誘ってはならん。一旦緊張の糸を切ってやり、武威を誇り降伏を認めさせねば!


「全軍五百メートル後退、伏兵を警戒。運動場の軍を一旦放置する」


「閣下、今ならば圧倒できますが」


 勝てるうちに一気に決めなければ、島が言う時間を空費してしまう。何故ここまで来て手をこまねくのか、不満を顕にした。


「我々の敵はオルテガ前大統領であって、ヒノテガ軍ではない。ロメロ大佐には責任をとってもらうがな」


 連隊長はここには居ない、それを指摘した。


 どちらが良いと即答出来なかったノリエガ中佐が折れた。ことは戦術の範囲を越えている判断が求められていると。


「承知しました、部隊を後退させます」


 中隊長らにきっちり偵察を出してから、整然と後退するよう命令を発する。サルミエ中尉が何か報告を受けて伝えに来る。


「ボス、外国人居留地に居たロメロ大佐の支援者を拘束し、野戦警察中隊が治安維持を始めました」


 少しばかり戦闘があったようだとも伝える。


「各居留民の代表を集めるんだ、情況説明を行う」


 ――エーンにやらせるか? あいつならば正確に説明が出きる、何でも俺が処理するわけにもいかんからな。


 包囲を解いて距離を保った。これで伏兵と挟み撃ちしようとしても、運動場から出撃するには距離がありすぎる。かといって砲撃はいつでも可能であり、待機している側としては震えが止まらないだろう。


「ボス、居留民代表を公民館に集めました」


「うむ――」


 エーン大尉を呼ぼうとしたところで緊急連絡がもたらされる。通信兵が慌てて報告にやってくる。


「外国人居留地の部隊が攻撃を受けています、現在交戦中!」


 結果のみであったが頭の中身を整理するには充分な数秒を与えられた。ノリエガ中佐が渋い顔で現れる。


「閣下、外国人居留地の野戦警察中隊が伏兵中隊の攻撃を受けております。南部のエステリ軍中隊も伏兵中隊の攻撃を確認しました」


「数が合わんな。運動場のは囮で軍旗だけ並んでいたわけか」


 ――中隊一つを余計に伏せていたわけか。優先順位を定めねば!


 そこへもう一人報告を持って通信兵がやってきた。


「警察本署から警察部隊が政庁に向かっています、包囲部隊から増援要請です!」


 どうやらロメロ大佐が警察を握っていたらしく、同時多発の行動を開始した。運動場に突入していたら必死の二個中隊に手間取り、引き上げで後手を踏んでいたかも知れない。


「西のチナンデガ軍中隊を増援にまわせ。本部からも中隊を外国人居留地へ送るんだ。エステリ軍は共同して伏兵に対応させろ」


「すると本部はクァトロ部隊のみで運動場の遊兵を相手にする可能性が出てきますが」


 中佐が手薄になりすぎると警告を発する。エステリ軍に自力で伏兵と戦えと、中隊を一つ引っ張るよう進言した。


「何とかするさ! 中佐、配備を急げ」


「了解です」


 マリー大尉にことの次第を告げて呼び出す。慌てず急がず司令官の面前にやってくる。


「先の失態の挽回機会を与えられるとか」


「近くで二倍の相手をして耐えられる場所に布陣するんだ」


 クァトロ司令官として注意を与えられなかったのは、自身の失策でもあると経緯を大まかに話す。


「少し北東にある農家の屋敷を使わせて貰いましょう。外壁まであって良さそうです」


「任せる。お前はこのあと増援の役割もある、上手いことやれ」


「暖かいお言葉に涙が出ますね。慎んで拝命致しましょう」


 掌を見せるように敬礼し、マリー大尉が去っていった。後は司令官がやることなど無い。結果を待つのみである。続けざまに本部機能を広げたりしまったりと忙しくしている。


 ――腰を据えてどっしりとしていろと叱られそうだ。中佐からも邪魔をするなと思われているだろうな。


 つい苦笑して自身の立場を鑑みてしまった。形が出来上がるまで、最初だけと自らに繰り返し言い聞かせる。


 指揮車両に乗り込む。エーン大尉とサルミエ中尉が同乗し、ノリエガ中佐は別の車に席を作った。今後の展開に思いを馳せ、隣のエーンにアフリカーンス語で呟く。


「外国人居留地に辿り着けるように用意しておけ」


「ヤ」


 仕掛けた本人だけにそれだけで全てを悟る。二台車両があれば充分だと候補を選定した。

 哀れな農家が自宅と農場を接収されてしまった。だが司令官がやってきて、損害を補填する文書を発給してやると笑顔で受けとり、後は好きにして良いと避難を決め込みそそくさと姿を消した。


 ――俺が農民でも逃げるな。いや待てよ、地の利を解いて戦うかも知れんぞ。


 どうでも良い考えがチラリと浮かんだがすぐに頭を切り替えた。外では兵士が必死に穴を堀続けている。懐かしい光景だ。


「ボス、前線司令部で苦戦をしているようです」


 ――政庁を囲むのに中隊を一つ、警察を半分使ったとして増援を含めたら対等な数字にはなる。場所柄不利な部分はあるだろう。


「勝つ必要は無い。持ちこたえたらそれで良いと伝えてやれ」


 ちゃんとノリエガ中佐を通すようにと注意を添える。ヒノテガ軍の意外な士気の高さに驚く島であった。



 大統領執務室に補佐官がやってくる。いつものように緊急報告を携えてきている。秘書部門でもベルナド補佐官がいてくれて大いに助かっていた、何せ嫌な報告も全て彼が引き受けてくれるのだから。


「大統領閣下、急ぎの報告です」


 一日に何度あるか解らないこの台詞を軽く聞き流す。閣僚が割れてしまい権力が過剰に集中しているので回数の面では承知の部分があった。


「報告せよ」


 無感情で先を促す。喜怒哀楽は政治の判断の傍には要らない、根底にはあったとしてもそれを表すことは極めて稀であるべきなのだ。


「北部軍がヒノテガへ向けて動きました」


 事実を端的に述べる。堂々たるとか大規模のなどの装飾や詳細は現段階ではまだ不要である。


「ロメロ大佐の陽動とわかっていてもそうせざるを得まいな。レオン軍にも役目はある、チナンデガを奪取しようものなら昇格を約束している」


 部下の権力欲を認める代わりに必要な働きと、以上のボーナスを提示していた。どちらにせよ閣僚も幹部も多くを取り上げなければ頭数が不足しているのだ、功績さえあればまだまだ引き上げられる枠があった。


「リバスへの監視を強めていますが、これといった動きは御座いません」


 何か連携をするならばマナグアへのちょっかいが考えられた。直接北部軍を支援出来るような位置関係にないので選択肢は少ない。包囲される側が強いと、それは分断の効果と見ることが出来るのだ。


「動かないならばそれで構わん。二正面を相手にどうする?」


 それは呼びかけではなく呟きであった。補佐官もそれと気づきながらも、敢えて反応する。


「その昔、ナポレオンは片方を即座に片付けて、大急ぎで戦場を移動しました。北部軍でもそのように対応するのでは?」


 歴史からそのような答えを導き出してみるが、軍事に明るくはないので詳細までは言及しなった。オルテガもそれについては考えてみたことがあったが、どうしても戦力が不足した。ロメロ大佐が決戦でも挑むならば別だが、守りを主体にするならば時間が足らなくなるのだ。


「ナポレオンはニカラグアには居ないし、老近衛部隊も然りだ」


 ベルナドが一礼して執務室を去った。オルテガは今一度可能性について考えて見た。


 ――アメリカ軍の市街地爆撃なしにヒノテガを押さえる方法、あるものならばやってみろ。



 太陽が姿を隠して二度目の宿営である。あちこちで散発的な銃声は聞こえてくるが、双方同士討ちを危惧して積極的な攻撃を控えていた。


「南のエステリ軍が伏兵相手にかなり苦戦しているようです」


「市街戦は地元に敵うわけがないからな。その場を守る必要はない、引き揚げさせよう」


 混乱のまま撤退させては被害が大きいと防御を命じたが、収まったならその場にいるのは意味がない。


「政庁の包囲は崩れていませんが、ヒノテガ警察部隊が側背を刺す動きです」


 憲兵少佐では対処に手が余ると所見を述べる。少佐と言えば大隊を指揮して、区域を管轄する階級だがつい最近まで警視正として勤務していたのだから仕方無い。かといって代役が居るわけでもない。

 司令部の周りには運動場に居たヒノテガ軍二個中隊が陣取っている。ノリエガ中佐を送り込むわけにもいかない。


「居留地はどうだ」


「ロメロの手下を野戦警察が駆逐、ですが伏兵相手に一旦退きました。増援と共にまた占拠に成功しています」


 居留民の被害も報告されていると、問題があるのを指摘した。


 そこへサルミエ中尉がやってきた、顔色は良くない。


「どんな素敵なニュースだ」


「外国人居留地を夜襲してきたヒノテガ軍に味方が押し出されました」


 市街地から北側に撤退したと戦況を説明した。全ヶ所で劣勢を強いられていると、ロメロ大佐の指揮能力が明らかになる。


「まずいな居留地が荒れる。外国の信用を失ってはいかん」


「ですが閣下、兵力不足です」


 最初に言ったように事実頭数が足りていない。攻撃力自体は砲撃のお陰で高いが、どうにも上手く推移しない。経験の不足であり能力や勇気の欠如では無い。


「俺が籠るのは農場でなくても構わんと思うがね」


 居留地に司令部を置けば戦線縮小にもなる。問題があるのはそこが戦場に巻き込まれるという部分である。外国人の反感を何とかして抑えなければならなくなる。


「仮に居留地に司令部が置けるならば、クァトロ部隊、チナンデガ軍中隊一個、野戦警察中隊一個でまとまります。エステリ軍を政庁に回してあちらも有利に」


 ネックとなる問題をノリエガ中佐では解決出来ず、やはり判断は司令官に預けることになる。


「司令、エステリ軍中隊一個を政庁に増援、一個を司令部へ。後方からヒノテガ軍を攻撃させろ。チナンデガ軍中隊と野戦警察中隊で同じく司令部付近の敵を攻撃、これを排除する」


「開始は払暁の線で」


「一時間あれば排除出きるはずだ。そうしてから散らばる伏兵に対処したらいい」


 バラバラになっている不利は指揮が浸透しづらいことだ。動きに瞬発力がなくなり、一度劣勢になると統率がとれなくなる。反面で殲滅被害は受けず数の多少があまり関係無くなった。そのような理由からゲリラやパルティザンと呼ばれる行為は、成立しやすく厄介であった。


 朝早くに行動を開始するにしても、夜間の警備を怠るわけには行かない。寝不足に疲労はお互い様なのだ。


「作戦開始まであと十分」


 司令部でサルミエ中尉が凡その時間を告げた。暗闇にうっすら陽がさして朝焼けの空模様になり、部隊が一斉に動き始める。それと知られても攻撃を続けるので、仕掛けられた側は耐えるに耐えられない。


「二ヶ所で敵が混乱しています」


 真っ直ぐに突入したのだろう、小細工は無しで食い込んで行く。


 ――中佐にはクァトロへの指揮権が無い。マリー大尉がどう判断するかだな。


 戦況の推移を見守る。反転して攻撃してくる部隊を追い返そうと陣形が崩れた、その瞬間司令部の防御陣地から小隊程の集団が打って出た。


 ――少しばかり早いが遅れるよりは良かろう。マリーは充分戦機を捉えている。


「ノリエガ中佐、司令部を移動させる準備を行え。すぐに敵は散るだろう」


「畏まりました」


 司令部東に居た中隊を集中して攻撃した。すると圧力に耐えかねて南北に分裂、それぞれが撤退を始めた。ノリエガ中佐が安全確保を野戦警察中隊に命じ、チナンデガ軍には南の中隊を挟撃させる。


「サルミエ中尉、マリー大尉に外国人居留地北側五百を確保するよう命じろ」


「ヴァヤ ドン・ヘネラール」


 隠れていたり取り残されている敵兵を掃討する。その脇をクァトロが通過していった。二百メートル程後ろに司令部がついて行くと、野戦警察中隊がそれを護衛しながら移動を始める。司令部南に居た中隊も西側へ向けて退いて行く、エステリ軍が一個政庁に向けて戦場から離れていった。


 残った正規軍から、被害が大きい一個小隊で戦場掃除を行う。担架小隊が総動員され自力で歩けない負傷者を回収し、農場にある仮包帯所に運び込む。そこで手当てをして復帰が見込めない者は、ヒノテガ市北に置いてある野戦病院へと救急車小隊が搬送していった。グリーンベレー作戦から今日まで、島は医療に比較的重きを置いている。歴戦兵は負傷者からの復帰率が高いほどに、正比例して増えると信じているのだ。

 衛生兵は戦闘部隊から卑下されやすい兵科である。だが一度でも負傷すると違った。それまでは衛生兵を呼び捨てにしたり、戦闘で役立たず呼ばわりしていた者が、弾丸飛び交う戦場で真っ先に駆け付けて助けてくれる彼らを、衛生兵殿と敬意を表して呼称するようになる。

 どちらの所属だろうと差別することなく、より多くの数を救うために患者を選別する。戦場のトリアージは普段のそれとは違うが、同じニカラグア軍と言うことで今回はそうしていた。戦争では味方から優先し、敵を後回しにする。時には見捨てることもあったが、それを責めることは出来ない。非情と言われようとも、命を奪い合い主義主張を押し通すにはそうするしかないのだから。


「閣下、部隊が集結しました」


 ノリエガ中佐がバラバラだった中隊をまとめて戦闘団を組み直した。今まで温存してきた機甲部隊も今度は投入する意気込みである。


 ――六百人からの部隊だ、居留地から奴等を駆逐するには充分過ぎる。だが何度もここを荒らしたせいで心証が悪い。丸く収める為にアレの出番だ。


 ちらりとエーン大尉に視線を送る。小さく頷き島の傍から離れ、どこかに行ってしまう。


「主な外国人コミュニティーは何だったか」


「はっ、レバノン、シリア、ドイツ、イタリアです」


 サルミエ中尉が資料から百人以上が居住している国を上げた。


「ノリエガ中佐、居留地全体に聞こえるように放送する準備を。各所に通信車を配備するんだ」


「外部スピーカーで?」


「攻撃前に呼び掛けをする。味方がやってきたぞと」


 散々にやられて逃げ出した癖に、またやってきたと思われるだろうが。


「反発が予想されますが、致し方ないでしょう」


 口先でどこまで抑制が出きるか、あまり良好な結果は望めまいと解っていながらも職務をこなす。


「三個中隊が戦闘配備に就きました」ノリエガ中佐が正規軍を前衛に置いた。


 ――北側の山岳までは二キロ位か、三十分が最短だな。それまでに代表が集まる公民館だけは確保せねば。


「第一目標公民館の居留民代表の保護、第二目標在外公館分館だ」


 優先順位をつけてはいるが、どちらも必須の制圧先である。保護をするから攻撃されるとしても、守備兵を割かない訳にはいか無い。


「スィン」


「作戦開始」


 無感情に突如言い渡す。ノリエガ中佐も通信機に向かい、同じ様に乾いた声で命令した。

 公民館確保を命じられたA中隊――チナンデガ軍中隊が真っ先に突入する。偵察小隊が尖兵となり、歩兵小隊が一定距離を保ち続く。すぐに阻止線に到達し足が止まった。


「A中隊、司令部。敵の激しい抵抗に遭遇、重火器支援を要請する」


「司令部司令、A中隊。要請を却下する。居留地での大火力兵器の使用を認めない」


 ノリエガ中佐が即座に要請を跳ね付けた。こと歩兵に至っては移動中の遭遇や、遮蔽が極めて少ない場所でなければ兵力差は戦闘力差とはなりづらい。継続力の面では当然大きく違うが、火力が低い部隊がいつくあろうと防御陣地を構えられては手が出せないのだ。


「反対方向に迂回させます」


 正面からだけでは無理でも二方向から攻撃を出来たら話は違ってくる。流れ弾の計算までして部隊を振り向ける、地図を睨みながらの采配であった。


 ――攻めの側が厳しいな! 防御線の内側に公民館があるぞ、俺だってそう配置するだろうさ。膠着で構わん、だがエーンだけは辿り着いて貰わねば話にならん。


「中佐、一角に一時的に攻撃を集中して少数だけ公民館に送れないか?」


 地図に視線を落として考える。そう尋ねられて出来ませんと回答するわけにはいかない。


「南西の一角、民家を数件破壊できれば援護射撃が可能になります」


 ――その位は仕方あるまい、ヒノテガ州長官に引っ越し先を用意してもらおう。


「エーン大尉の一行を公民館へ入れる」


「戦闘部隊ではない?」


「奇貨というやつだ、あれが中に入れば攻撃をせずとも戦いに勝てる」


 何故なのか理由は説明しない、中佐が知る必要を認めなかった。それをどう受け止めるか、ノリエガ中佐の反応を待つ。食い下がって事情を把握するか否かを。


「自分の役目を、果たさせていただきます」


「転機は訪れる。頼むぞ中佐」


 手配を全て任せてしまう。どうなれば良いのか、ゴールのみを示した。

 携帯可能な軽機関銃を一部に集め、閃光手榴弾のような非殺傷兵器も一斉に利用可能なようにする。煙幕も用意し準備完了が告げられた。


「閣下、何時でも可能です」


「よし始めるんだ」


 現場の中隊長にタイミングを任せ、実行命令のみを出す。司令部は周辺地域に敵を引き付ける為に、偽の攻勢を演じさせる命令を別に出した。

 突破を狙う一角から余所に敵が増援に移った、その報告を聞いて十秒程で民家が爆発する。倒壊して瓦礫になった上空を軽機関銃弾が通過した。同時にあちこちで爆発やら閃光が迸り、最後に煙が充満する。


 ――真っ直ぐに走れよ!


 ジープが道なりに煙に突っ込んだ。ハンドルを固定して中央と信じる場所を突き進む。視界ゼロでの数秒は、エーン大尉ですら心拍数を増大させた。味方に当たるからと射撃を停止させて息を呑む。暫くして煙が薄くなると、道から逸れて民家に側面を擦り付けたジープが止まっているのが見えた。そこに人の姿はない。


「こちらエーン大尉、公民館に到着」


 無線機が意味不明の言語を発した。それがアラビア語だと理解できたのは、片耳にイヤホンを付けていたアサド先任上級曹長だけである。

 エーン大尉は公民館内部に入り来館を告げた。


「ニカラグア軍北部軍司令官秘書官エーン大尉です。どなたかいらっしゃいませんか」


 胸を張ってスペイン語で声を出して返事を待つ。すぐに中から中年が現れる。


「またか、今度は何時間で逃げ出すつもりだね」


 ロメロ大佐の支援者、野戦警察、ヒノテガ軍、チナンデガ軍ときて、またヒノテガ軍。今はまた北部軍ときたものだから呆れられていた。


「代表に話をさせていただきたい」


「構わんが当てにせんでくれよ、こっちは迷惑なんだ」


 悪感情をぶつけられたがエーンは表情を全く変えずに歩みを進めた。会議室には各国の代表が集まり、これまた迷惑顔で黒人を見詰めた。


「北部軍司令官付秘書官エーン大尉です」


「外国人居留民代表のレバノン人オムドゥールマンだ」


 白い髭を蓄えた老人が代表として名乗り出た。レバノン人が一番多く住んでいるからであった。


「オムドゥールマン代表、司令官の言葉をお伝えに上がりました。もうすぐ味方が到着します、どうぞ受け入れの準備を」


 会議室で失笑をかった。どうせまたすぐにどこかに逃げて行くのだろうと。


「果たして我々にとっての味方足り得るだろうか?」


「必ずや納得して頂けます」


 自信満々で即答する。だが一切の信用を失っているようで、口だけは達者な軍人だと見なされてしまう。そこで通信車から声が聞こえてきた、味方が到着するぞ北部軍も外国人の味方だ、と。


「アラビア語?」


 それだけでなく、フランス語、ドイツ語、イタリア語と言語を替えて同じ内容が繰り返された。


「司令官です。あの方は嘘を好まない誠実な方です。あなた方の味方がやってきます」


 あたかも預言者の如く語る。あまりの自信に代表らが口々にどうなのかと隣の者と言葉を交わす。


「エーン大尉の言葉がどうか、司令官の言葉がどうか、すぐにわかるはずだ。そこに座って待つと良かろう」


 代表らしくオムドゥールマンがまとめた、待てばわかることだと。エーンもそれに納得し、黙って腰を掛けて中空を見詰めた。



 居留地外郭付近の仲通では、散発的な銃撃が行われていた。戦争や戦闘というよりは演習や訓練との言葉がより近いだろうか。


「畜生、砲も無しにどうやって敵を抜けってんだ!」

「ぐだるなよ、やってる振りだけしとけ」

「そうだな」


 不合理な命令に士気が著しく低下する。何の大義があって同じ軍服を着用した軍と戦わねばならないのか。それは兵だけでなく将校も同じであった。だが下士官は違う、やれと命じられた内容を遂行させようと怒声をあげる。


「貴様ら、敵から目を逸らすな!」

「休んでいる暇があったら防壁を積め!」

「各自間隔を開け、一発で複数が死傷するな!」


 軍曹が被害を減らそうと普段と同じ様に注意を何度も与える。軍は彼等が居る限り再生し続ける。戦力の中核足る骨とは彼等下士官なのだ。


「オヤジがしかめっ面だな、軍に入ったのが運のつきさ」

「違いねぇ。まあ、俺もお前もだがな」


 志願して兵になっているのだから苦笑するしかない。失業するよりは遥かに良いと考えた矢先、こうなったのは誰のせいにも出来なかった。


 ピシピシと近くの民家に弾丸が当たり、煉瓦が削れる。土を捏ねて少し薬剤を足し焼き上げるだけで使えるので、豊かとは言えない移民が好んで使っていた。


「サンディニスタ政権に戻ったら、また絞られるのかね」

「どうだろうな、誰がやっても変わらんと思うけどな」


 税金は湯水のように使ってなんぼの役人が居る限りは、幾ら清廉な人物が頂点になっても変わらない。その昔、とある国の高名な王が自身の出身領地の租税を減じて三割にすると命じたが、後に外からの耳打ちで大いに驚いたものだ。何と役人が差額を懐に入れるため末端で七割の税になっていたのだ。


「救いがないねぇ」

「だって人間だもの。楽して生きてたいもんさ」

「それは賛成だ」


 銃だけを隙間から出してどこでも構わないから射撃する。撃ってさえいたら軍曹にも怒鳴られずに済むからだ。


「おい、ありゃなんだ?」


 通りの先、敵とは反対側で自分達の後方に位置する彼方に何かが現れた。


「わからんが報告しておこう!」


 膠着状態の戦場に、紅白の旗を掲げた一団が近付いてくる。


 正体不明の軍が接近すると報告があり、現場指揮所に緊張が走った。中隊長が即座に司令部へ、後方から敵がきたと報告した。


「こちらB中隊、司令部。北東より敵接近中!」

「司令部司令、B中隊。詳細を上げろ」

「紅白の旗に緑の軍旗を掲げて、二百程の歩兵がきます」


 司令部からの返事が少し滞る、司令が何かを確認しているようだ。現場では背後を取られないよう、配備を急遽変更して振り向けていた。


「一団は敵ではない、通過させろ」

「味方でしょうか?」

「友軍だ」


 煮え切らない答えを出されたが、取り敢えずは敵でないなら安心だと布陣を再度元通りにさせる。通過させろということは中隊への増援ではない。


「中隊に通達、北東より接近する一団を通過させる。バリケードを除去するんだ」


 発見した兵士が首を捻って考えてみるが、正解に辿り着くことが出来なかった。徒歩でやってくる軍を良く見ると、他のデザインの旗が数本混ざっていた。


「ありゃ軍旗じゃなくて国旗じゃないか?」


 学がない彼らでも、ぽつりぽつりと見たことがあるものがあったからだ。


 紅白に緑の国旗を掲揚し、集団を統率して進む先頭を歩いている男が居る。左胸にはニカラグア最高勲章を引っ提げていた。それだけでなく、旗にある緑の木をモチーフにした勲章もつけている。


「道が開くはずだ、構わず真っ直ぐに進め!」


 少佐の階級章をつけているが、所属軍の識別は無い。国章を右腕に縫い付けてあり、それも紅白に緑の木であった。


「ハラウィ少佐、ヒノテガ軍の防御線です」


 少佐に寄り添う付曹長が発砲を戸惑っている敵をどうするか尋ねる。驚かせて銃撃をされては余計な被害を受けかねない。


「部隊を停止だ。俺が話をつける」


「全軍停止!」


 結果を確かめることなくハラウィ少佐が進み出る、リュカ曹長がそれに従った。ヒノテガ軍からも将校が出てきて対応する。


「ヒノテガ軍カサノーバ大尉だ。貴軍は一体?」


「レバノン人義勇軍ハラウィ少佐だ。他にも居留地の守備に義勇軍が各国から参加している。通過を要請する」


「ぎ、義勇軍!」


 大尉は気付いてはいたが少佐の口からはっきりと告げられると驚いてしまった。


「一存では答えられません」


 ふとハラウィ少佐が何故綺麗なスペイン語を喋るのか気になったが、それ以上にどうしたらよいか頭が混乱していた。


「地区の責任者に問い合わせて貰いたい。そんなに時間はかからんだろう」


 急かすかのように義勇軍には整列したままでの待機を命じる。カサノーバ大尉は政庁のロメロ大佐に至急電話をかけようとしたが繋がらない。電気が遮断されているのと、電話線が切断されているからだ。仕方無く無線で呼び掛ける。

 結果、ロメロ大佐は現場の判断に任せると責任を押し付けてきた。悪い結果をもたらしたら大尉の責任を問うために。


「ハラウィ少佐殿、ヒノテガ軍と敵対しないと確約いただけるならば通過を認めます」


 どれだけ有効かはわからないが、義勇軍がそう約束するならばと相手の好意にすがる。気の毒ではあるが指揮官は常に自身で判断を下さねばならない。


「我等は居留民の味方であり、居留民の敵を阻むのみ。貴軍が安全を保証する限りは良き隣人であり続けるだろう」


 逆にお前ら次第だと返答してしまう。これには大尉が顔を蒼くした。


 ただでさえ三倍の敵に包囲され、更に司令部の予備が控えているのに、ここに二百からの兵力が敵に回ればどうにもならなくなる。


「……ヒノテガ軍は外国人居留民の味方です。どうぞ通過下さい」


「カサノーバ大尉の言を容れる。居留民の代表にも伝えよう」


 行くぞ、ハラウィ少佐が小さく命じる。「前進再開!」リュカ曹長が声を張って義勇軍に命じる。旗を高く掲げて一団は、モーゼが海を割ったかのように、兵の間を通り抜けていった。

 やがて公民館にやってくると各国旗を大きく揺らして存在を誇示させる。


「義勇軍代表ハラウィ少佐だ!」


 門が開かれると喜色を浮かべた男が諸手をあげて迎え入れる。


「まさか義勇軍とは! オムドゥールマン代表がお待ちです、どうぞ中へいらして下さい!」


 エーン大尉に向けた態度とは正反対の歓喜で招き入れる。が、彼は各国代表が入館する中で一人の黒人を見て既視感を得た。

 兵は公民館前の広場に整列し、休めの体勢で待機する。それは寄せ集めの兵ではなく、軍人の集団であることを雄弁に語っていた。


 会議室に入るとオムドゥールマン代表他に熱烈歓迎をされる。


「レバノン人義勇軍ハラウィ少佐です。同胞の支援に駆け付けました」


 各国代表の将校が順に短く自己紹介する。配下に二人の兵しか居ない国もあったが、それでも大いに喜ばれた。


「居留民代表のオムドゥールマンです。よくぞお出で下さいました、皆を代表して礼を述べさせて頂きます」


「我々は居留民全体の支援にやってきました。ヒノテガだけでなく、ニカラグア全土に散らばる同胞を支えるために」


 それはそうだと代表が頷く。今現在最大の危機に瀕している場所に駆け付けたのを、重々理解していた。


「ご存知でしょうが、北部軍とオルテガ派ロメロ連隊が戦闘中でして」


「オムドゥールマン代表、居留民はどちらの味方でしょうか?」


 歯に衣を着せぬ直球の質問にオムドゥールマンは返答を渋る。どちらにつけば良いのかわからないのが事実であった。


「我々の味方になり得るのがどちらかわかりません」


 片方に肩入れしてしくじれば報復を受ける恐れがあり、中立が好ましいとも考えられた。


「レバノン国は義勇軍に装備と様々な支援を与えてくれました」


 軍からの除隊や移動手段の船やホンジュラスへの入国交渉など、沢山の支援があったことを説明する。


「何とありがたいことでしょう。我々移民を国は忘れていなかった!」


 離れていてもレバノン人だと常から思っていただけに、オムドゥールマンは感激してしまう。


「自分は大統領警護隊に所属していました。総司令官ハラウィ中将の子です」


「何とあのハラウィ家の方でしたか! ありがたやありがたや」


 先代もやはり高名な軍人であり、レバノン国内で耳にすることが多々あった。


「レバノン国内に警備会社があり、そこの職員からも多くが義勇軍に参加しております。その会社の取締役でドゥリー中尉もここに参加しております」


「ドゥリー中尉です」


 一歩前に出てきて敬礼する。だがそれ以上何もしない。


「国をあげての救援に言葉もございません。我々はどうしたら?」


「答えは決まっているのではないでしょうか? 有志がこのように集う理由を、既に貴殿方は知っているはずですが」


 一体何のことだと眉を寄せる。他の代表らも唸るが意味がわからない。黙って座っていた黒人がいよいよだと椅子から立ち上がり近づく。


「ハラウィ少佐殿、お世話になっております」


「エーン大尉か、義兄上はお元気か」


 親しく言葉を交わす二人を見て不思議に思う。


「お知り合いで?」


「はい、エーン大尉がレバノン警備会社の社長です」


 驚きの発言に視線が集まる。ドゥリー中尉と名乗った二人を見比べてやけに似ているのも手伝い、一族だと付け加え理解を助けた。


「ハラウィ少佐、貴方の義兄上とは?」


「エーン大尉、説明を」


 核心に迫る会話にこの場の皆が注目する。黙って座っていた口だけ軍人が預言を一つ的中させたので、真面目に耳を傾ける。


「北部軍司令官兼クァトロ司令官兼北部行政官イーリヤ・ハラウィ准将閣下は、嘘を好まない誠実な方です」


 それだけを告げた。現実に目の前に居る将校と義勇軍、それが最大の証拠であった。オルテガ派が嘘ならば通過を許すはずがないし、北部軍もまた然りである。口だけ軍人が、事実のみを短く語る思慮深い軍人に変わった瞬間であった。


「な……んと」


 レバノン人が何故ニカラグアの地区司令官なのか、理解の範疇を越えてしまっていた。


「オムドゥールマン代表、会って話してみてはいかがでしょうか」


 ハラウィ少佐がそう薦めた。興味を抱き始めていたので、歯切れ悪く「ええ」とだけ応じた。ようやく少佐は微笑を浮かべ、エーン大尉に手配を頼んだ。


「閣下ならば快諾してくれるはずです。ヒノテガ軍はいかがしましょう?」


「それなら良い考えがある、そちらは任せてくれ」


 ちょっと失礼とハラウィ少佐は公民館から出ていってしまった。ドゥリー中尉とリュカ曹長もそれを追う。


「カサノーバ大尉」


 先程話した中隊長の名前を呼び掛けて待つ。所属は違えど階級は少佐が上である、仕方無く大尉が現れた。


「ハラウィ少佐殿、何かご用が?」


「ああ先の言葉を忘れてはないだろう。居留民代表が北部軍司令官と話をしたいそうだ、大尉は居留民の味方というならば望みを受け入れて欲しい」


「何ですって!」


 カサノーバ大尉はすっとんきょうな声を出してしまう。司令官がそんな話に付き合うはずもない。


「居留民を保護する観点から出歩くのは認めがたいですが」


 丸ごと逃げられでもしては遠回しな人質としての価値が失われてしまう。そうなればここを砲撃されて、運動場のような状態に陥るのは目に見えていた。


「では司令官がこちらに来るよう求めよう。それなら大尉も文句はないな」


「……少数ならば」


 軍を伴い内側にこられては崩壊してしまう。胃が痛くなるような話ばかりさせられ、大尉は中隊長など引き受けるべきでは無かったと後悔する。


「わかった。では待つとしようじゃないか」


 笑顔を向けられて力なく頷く。それから十分掛からないうちに大尉は目眩を覚えた、将官旗をつけた指揮車両が一台だけで堂々と目の前の通りを進んで行くではないか。しかもそこにニカラグア国旗もついているものだから、兵等も敬礼して見送った。

 公民館まで一直線で行ってしまったが、そこで止まると中尉が駆けてきて一方的に告げた。


「将軍閣下が大尉の臨席を望んで居られます、公民館にお出でください」


 今日は絶対に厄日だ。強くそう感じたカサノーバ大尉であった。


 門の手前で義勇軍が捧げ筒をして島を迎え入れた。ぽつりぽつりと顔を見たことがある奴等が混ざっている。レバノン軍然り、警備会社然りである。


「将軍閣下、ヒノテガ軍カサノーバ大尉であります」


「イーリヤ准将だ。ついてきてくれ大尉」


 日焼けしているとはいってもやはり中米の血ではないように映った。それでも皆が等しく将軍だとして応対しているのだから、それは間違いないだろう。どうしてここでこうしているのか全く解らずに、大尉は島と一緒に館内へと足を運ぶことになってしまった。


「初めまして、ニカラグア軍北部司令官イーリヤ准将です」


 将校らの敬礼には軽く応えるだけで、居留民代表らに対して名乗った。


「レバノン人のオムドゥールマン代表です。あなたが司令官?」


 中年を想像していた。少佐が兄と言っていたが、二十歳位は離れているかも知れないと。島はサルミエ中尉に目配せした。鞄から書類を取り出して提示してやる、政府が署名捺印した辞令を。


「我々北部軍はヒノテガの外国人居留地を保護することを誓います」


 なんならそれを書類にしても良いとまで明言する。


「それを信じても?」


「私は決して裏切りません。これまでも、これからも。レジオンに入隊したその時から」


 居留民のうちドイツ人やイタリア人らがレジオン! とまさかの単語を耳にして驚く。その通り、ドイツ語で、イタリア語で、アラビア語で味方であることを解いた。


「我々レバノン人移民は北部軍を支持したいと思うが、皆はどうだろうか」


 最大の人数が真っ先に公言した、後はなし崩しで皆が同意する。


「ありがとうございます。ハラウィ少佐、義勇軍に支援を与える、確りと保護するんだ」


「はい、閣下」


 明らかに場違いなカサノーバ大尉がどうしたらよいか解らずに小さくなっている。それを見てハラウィ少佐が言った。


「ヒノテガ軍は居留民の味方じゃなかったのか、大尉」


「ええ……まあ」


 ハラウィ少佐が島に視線を送る、それを受けて微笑し小さく頷いた。


「そうか大尉も協力してくれるか。引続き頼めるかな」


 嵌められたことに気付いたが今さらどうにもならない。大尉は諦めて「ご命令ならば」北部軍に寝返ることを認めた。


 ヒノテガ軍に大尉が戦闘停止を命じた。何がどうなったかわからないが、命令に従い軍曹らが後始末をするよう兵を動かす。


「カサノーバ大尉、俺はニカラグアを昔のように希望が見えない国にしたくない」


「……はい」


 側近らが少し離れて後ろに控えているが、二人だけで会話をする。大尉は芯が定まらない生返事をした。


「今はまだはっきりと解らなくとも構わない。我々を支えてくれないだろうか?」


 命令ではない、指導とも違った。司令官に同意を求められている。正直なところ大尉は言われたように、理解していないことを自ら認めていた。


「自分は大したことは出来ません。ロメロ大佐に逆らうことも出来ませんが……」


 情けないと感じてはいたが、長年の上下関係は幾つになっても変わることはない。十年二十年たっても親子が親子なように。


「大佐には責任を取ってもらわねばならん」


 それは死刑宣告に等しかった。だがロメロはそう言われるだけのことをしでかしている、大尉も重大さは認識していた。ただそれに従うしかなかっただけで。


「ヒノテガでの戦闘だけはご勘弁を。昨日まで顔を突き合わせていた奴等に銃口を向けさせられません」


「わかった。エステリ市の警備に加わって欲しい」


「はい、司令官閣下」


 困惑が抜けきらないまま大尉は了解し、多数の部隊を横目に外郭を左袖にして北回りで山道を隣の街へと向かうことにした。市街地を通れば少なからずヒノテガ軍に接触してしまうことが考えられるからであった。


「ノリエガ中佐、散った中隊を無視して政庁に向かうぞ」


「了解です」


 全体方針を決めると中佐が実務を担当した。移動経路や順番を命じると、中隊長らが偵察を先行させる手配を各自行う。


 ――ロメロ大佐か。彼には彼の正義があるのだろう、だがそれを認めるわけにはいかない。


「ボス、ロマノフスキー中佐から報告です。レオン軍が封鎖線に接触、交戦を開始しました」


 サルミエ中尉が予想通りに勃発したことを報せる。敵の兵力はまだ不明とのことだが、三倍や四倍は堅いと見て間違いない。


「クァトロ部隊を増援に送れ、こちらは充分戦える」


「スィン ドン・ヘネラール!」


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