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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第十二部 第七十七章 クァトロ再び、第七十八章 チョルテカ後方基地、第七十九章 チナンデガ進出

 テグシガルパ空港で入国手続きを済ませる。管理官らの視線が煙たい。何せ隣国ではまた内戦が始まったので迷惑を被っているのだから仕方ない。そのニカラグア旅券にスタンプを捺して返す。


「余計な真似はしてくれるな」


 苦笑して小さく頷いてやる。揉め事を起こしにやってきたとは口が裂けても言えない。習性である、四人グループで行動をしているのに互いに知らん顔でバラバラに通過した。

 無言でタクシー乗り場に向かう。東洋人、中東人、アフリカ人、南米のそれと共通点はない。あるとしたら内三人が同年代だという位だろうか。


「長距離だ。チョルテカまで」


 運転手は東洋人だと思っていたが、やけに使い慣れた丁寧なスペイン語のためメスチソ――混血なのだろうと勝手に解釈した。何しろ丸一日分の売り上げが保証されたのだからご機嫌である。


「旦那、こちらは初めてで?」


 三十代後半ではあるが若く見られるのが日本人の常で、恐らくは三十歳手前に思われているだろう。それほど東洋人は幼く見えるものらしい。


「いや、前に住んでいたことがある」


 島龍之介。彼は十年程前にニカラグア共和国サンディニスタ政権を転覆させる為に、事実ホンジュラスに滞在していた。幾つもの苦難を乗り越え、喪い難いモノを喪い、ついには政権を入れ替えることに成功した。


「そうでしたか。大分前ですがね、チョルテカに割の良いアルバイトがあったんですよ。あれは忘れられないね」


「どんな仕事?」


 穴だらけの国道を器用に走らせて南へ南へと進む。距離を隔てて三人も同じ街を目指している。


「テグシガルパからチョルテカへのトラック運転手でして。食料品や日用品を満載してね」


 だから通い慣れた道でタクシーでもこの通り、とすいすい走る。理由はともあれガタガタの道で振動がやけに少ないのは事実だ。


「そうか、惜しい仕事を無くしたな。またあったらやるかい?」


 冗談混じりで男は運転手に微笑して尋ねた。タクシー運転手を続けたいならばそれはそれで良かったが。


「やりたいねぇ。でも解散しちまったららしいからな。名前何だったかな……オズワルデ商会だったか……」


 遥か昔に仕事を与えてくれていた会社が何だったかを思い出そうとする。


「オズワルト商会?」


「そうそれだ、オズワルト商会! そこの娘が可愛くてね、今や貞淑なる人妻ってやつでしょう」


 当時二十歳前後だった彼女は女盛りに踏み込んで、黙っていても男が列を成して寄ってくるだろう。その部分は島も同意した。


「彼女はニカラグアでオズワルト商会の社長を引き継いでるよ」


「へっ? 旦那、お知り合いで?」


 ルームミラーで後部座席を見て不思議そうな顔をする。


「父親の方とね、仕事の関係で」


 なるほどと納得して、暫くしてからオズワルト商会の父親が当時の社長だと気付く。どうやら余り勘が良くはないらしい。


「着きました」


 メーターよりも余計に支払い釣りは取っておけと笑顔を見せる。物価のさして高いとは言えない国で、アメリカドル紙幣を更に一枚つけてやった。知り合いの娘を誉めてくれた礼だと。


「ところで名前は?」


「ガリンクソンで」


「そうか。ガリンクソン、トラック運転手のアルバイトがあるんだがやるか?」


 狐に摘ままれたような顔を見せてこくこくと頷く。そんな彼に後日の再会を約して街中に消えていった。


 十年経てば廃墟を緑が覆い、全て過去のことだったと思わせる。後方基地があった場所を眺めて、初めてこの地を踏んだ日の気持ちを甦らせる。


 ――何かに打ち込みたくて仕方がなかった。今の俺は随分と守りたいものが増えすぎちまったな。


「閣下、ここを再度整備致しますか?」


 黒人が島に尋ねた。彼もまた若かりし日に共にこの地を踏んだ一人である。プレトリアス族の若者頭、次期族長になることが決まっているプレトリアス・エーンだ。南アフリカからレバノンに移住した三世で、島を生涯の主と決め付き従っている。


「エーンならどうする?」


 これからのことである、どちらでも良かった。選択肢は無限に広がっているように見えて、実は様々な枷に縛られている。


「今さら旗色を気にすることも無いでしょう。堂々とここを再建して、オルテガに喧嘩を売るのはいかがですか」


 ――存在そのものが知れ渡ればクーデターへの対抗になるか。俺もオヤングレンも隠れていたんじゃ始まらんからな。


「ではそうしよう。ここにクァトロの軍旗を掲げるとするか!」


 ピクニックにでも行くかのような調子でそう方針を定める。隣国とは言えかなりの圧力が向けられるのは間違いない。

 一方で唯一まだ二十代の若者である、南米アルゼンチン産まれのサルミエ中尉は、何から手をつけたら良いか解らず困惑していた。


「中尉、ホテルの手配を」


「あ、はい、ボス」


 ぼーっとしていたのを見られ恥ずかしさで声が裏返る。だが島は見て見ぬ振りをして続ける。


「基地が出来るまではホテル暮らしだ、後続の分もきっちり確保しておけ」


「スィン ドン・ヘネラール」


 彼にとっては母語であるスペイン語で応じる。作戦地域であるニカラグアも同じくスペイン語地域であるが、意識して簡単な単語を選んで利用するよう努める。

 黙って島の斜め後ろに侍り辺りを警戒している男が、遠くの繁みに人が隠れているのを見付けた。


「ボス、不審な人影が」


 仲間に注意を喚起してゆっくりと歩み寄る。驚かせないように一歩ずつ。エリトリアが故郷の彼はスペイン語が今一つではあるが、小学生が喋る程度の片言の単語は理解している。


「誰?」


「近くの家の子」


 未就学児だろうか、汚れた衣服を纏い木陰から外国人を覗いている。危険は無さそうだと男が引き返してくる。


「近所のガキでした」


 真面目な顔でそう報告する。それをどう扱うかは上の者が判断したら良いのだ。

 島はポケットに入っていた乳児用の菓子を取り出して少年に近寄る。


「君の遊び場だったか?」


「うん」


「そうか。これからここでは遊べなくなる、悪いな。ほらやるよ」


 たった一袋だけではあるが、ロサ=マリア――娘に与えようとしたら妻に「まだ早い馬鹿者が!」怒鳴られてしまい、行き先がなかったので丁度良かった。


「ありがとう!」


 凄く喜んで大切そうにお菓子を受け取る。頭を撫でてやりもう一度遊び場を使えなくして悪いと謝った。


「おじさんは誰?」


 ――おじさんか、前はショックだったが今はそうでもないな。


 苦笑して心境の変化を素直に受け入れる、誰しもがいずれは歳をとるものだと。


「俺か、俺はなクァトロのダオだ」


 意味を理解せずに少年はへぇと聞き流した。帰宅して親にそれを話した時、チョルテカに風が吹き込むのであった。



「いやぁ、懐かしい限りですな!」


 青い瞳に白い肌の巨漢、スラヴ系の男が基地を眺めて感想を口にする。


「全くだ。しかし、良くぞ俺達みたいな小者を覚えていてくれたものだ」


 クァトロのダオが再び現れて、チョルテカに基地を建設している。噂が噂を呼び人が集まってきた。

 あるものはせっせと建材を運び込み、あるものは食事を提供し、あるものは昔同様雇ってくれと申し出た。大混雑しているところにホンジュラスの役人がやってきて、即刻解散するよう命じた。


「不穏分子の国外退去を命じる!」


 尤もな命令であるが、はいそうですかと従う訳にはいかない。準備を整えてからニカラグアに進入せねば、一網打尽に壊滅させられるのは解りきっているからだ。

 アメリカ国務省でも当然この騒ぎは承知していた。ニカラグアがまた頭痛の種になり、どう処理するかで紛糾していた真最中である。何せ内戦となれば当該国人が表立ち解決する必要があり、アメリカの手駒にニカラグア人は極めて少なかった。


「ホンジュラスにクァトロを名乗る集団が挙兵しました」


 古株の国務省職員は小躍りしそうになり報告を再確認する。それが十年前にもサンディニスタ政権に対抗した勢力と同一であると知ると、直ぐ様ホンジュラス政府に当該勢力を支持するよう要請が出された。

 多大な援助を受け入れている側にとって、要請は命令となんら変わりない。ドミノを倒すように頂点から全て同じ方角を向く。


 「不穏分子」三日前にそう呼ばれていた一団は、あれよあれよという間に「外国人集団」を経て「クァトロ」と名を改めて認識されるようになる。


「ロマノフスキー、部隊は任せるぞ」


「ダー。フィリピンの三日月島ですが、バスター大尉に留守番させてあります」


 ロシア語を喋るロマノフスキー中佐もニカラグア国籍を持つ一人である。一方で外国人に当たる要員は置いてきたと語った。


 ――ニカラグア国籍を持たないのはアサド先任上級曹長か、どうしたものかな。


 自身の護衛を外してしまうと困ることもあるだろうと悩む。だが永年紛争ど真中に身を置き続けた島は答えを導き出す。


「アサド、死ぬな、そして捕まるな」


「仰せの通りに」


 ――人の割り振りだけ済ませておこう。今回は正規戦だ、現地人に多くを任せる必要がある。


 良くも悪くもニカラグア人の戦いなのだ。外国人は陰で支援に徹するか、精々脇役でなければならない。


「部隊にマリー大尉とブッフバルト中尉を配属する」


 当時の幹部で現在召集に掛かったのはその二人だけである。ハラウィ少佐とプレトリアス一族はここには居ない。


「一人でもやってやれないことはありません、両腕をいただき恐縮です」


 軍歴二十年になろうというベテランである、実務に関しては総じて問題は見られない。二人の部下も長年連れ添った気の置けない奴等だ、様々な役にたつだろう。


「司令部にエーン大尉、サルミエ中尉。ビダ先任上級曹長はそちらだな」


 現状で五人もの将校を抱えているのを再確認し、クァトロの根がどこにあったかを思い知る。


 ――プレトリアス一族には動員を掛けたくないが、恐らくはやってくるんだろうな。差し止めはしないが呼びもしない、意思に任せよう。


 プレトリアでの傷が深いのを鑑みて敢えて黙っていた。何よりエーン一人がここに居るだけで満足している。


「ゲリラと違って軍隊は金が掛かります。予算の目安を決めて下さい」


 ――レンピラだけでなくコルドバ・オロか。今自由になる資金は幾らだったか。


「サルミエ中尉、シュタッフガルド支配人に可処分資産の確認を。オズワルト中佐にもだ」


 控えていた副官に代行を命じる。引き出すのは無理でも残高照会だけならば応じてくれるようしてあった。


 ――パラグアイの株式は換金がまだ先だな。マルカのも利益を産み出すのは少し時間が掛かるはずだ。装備を揃えて運用するにしても長期は養えんぞ!


「ボス、シュタッフガルド支配人が直接話をしたいと」


 衛星携帯電話を差し出し受け取りを促す。


「イーリヤです。シュタッフガルドさん」


「お世話になっております。早速で申し訳ありませんが、大金を必要となされていらっしゃる?」


 スイスで銀行業に携わっている彼は、電話の真意を確かめる。もしそうならば彼の守備範囲なのだ。


「そうなりそうです。ニカラグアのニュースはご覧になりましたか」


 当然知らないわけはないが、そこは人付き合いのマナーである。



「はい。大変な事態になっているとか。イーリヤさんはその関係で資金を欲していらっしゃる」


「そうです。レンピラ、コルドバ、アメリカドル、ユーロが必要になるでしょう」


 ホンジュラスとニカラグアでの支払いだけでなく、物資の調達に基軸通貨を用意しなければならなかった。返す当ては今のところ見通しが立たない、何せ政府の要人と連絡がつかない。


「当行がお力になれる部分があると思慮いたします」


「内戦です、回収の見込みが闇の中では」


 渡りに船と食いつくわけには行かない。二人だけの問題ではないのだ。


「可能な限り尽力させていただきますので、どうぞご安心の程を」


 彼がそう言えば疑いようもなく実行される。個人の人となりだけでなく、職業や人種も後押ししていた。


「ニカラグア政府の国家資金運用先に、シュタッフガルドさんを推薦することをお約束します」


「お任せを」


 通話を終えてサルミエ中尉に電話を返す。どのくらいだったか資料の大雑把な数字を思い出す。


「ニカラグアの軍事費は一億ドル程度らしいな」


「なるほど、参考にしておきましょう」


 長い付き合いから常識範囲内で予算は気にせずとも良いことを悟る。軍資金を自ら用意する軍など聞いたことがなかった。島にとっては当たり前であっても、世界では非常識である。


「装備はまたアメリカ軍の払い下げを期待しているが、すぐには回ってくるまい。暫くはヨーロッパからの輸入で賄おう」


 政治的な決断は時間がかかり、実行にはさらに時間が掛かるものだ。ましてやアメリカ側の都合で起きた騒ぎではないのだから。


「ヒンデンブルグ氏ですがね、自分をフランス軍に迎えてくれた軍曹様でしたよ」


 意外な縁もあるものですなあ、と繋がりを暴露する。


 ――そう言えば互いに顔も名前も三日月島に行くまでは知らなかったか。名前を聞いていても同一人物とは互いに思うまいが。


「悪いことは出来んな。そちらも任せた、初回ロットを空輸で早急に取り寄せておけ」


 子供の使いではなく首脳陣の打ち合わせである、何を任せて良いかが主軸であり、詳細など尉官にやらせておけばそれで構わないのだ。


 エーン大尉が会話が終わったのを見計らって島に報告する。情報の出所はコロラド先任上級曹長である。


「オルテガ中将ですが、どうやら軟禁されているようです」


 国軍の総司令官がいとも簡単に拘束されたのには理由がある。即ち権力の根源が元を正せば兄であるオルテガ前大統領にあったからだ。ボスの帰国により面従腹背していた輩が雪崩をうって掌を返し、敢えなく身柄を押さえられた。

 敵対行為をしていたとしても血が繋がった弟である。オルテガ前大統領も処刑はせずに、自宅に封じ込めるに留めた。


「そうか。生きていれば転機も訪れるかも知れん」


 結末がどうなるにせよ、誰かが責任を引き受けなければならない。老将にも役目は巡ってくる。


「首都圏の軍はオルテガ派です、態度を決めかねている地域もあるようで」


 ――早いとこ声明を出さねばそれらまで引き込まれる。オヤングレン大統領はどうしているんだろうか?


 クーデターから数日経って世界に知れわたっている。水面下で交渉をしているにしても、遅すぎては取り返しがつかなくなる。


「政府の発表を待とう」


 クァトロが従の立場である以上、どうすることも出来なかった。いざ動き始める時になったら速やかに行動可能なよう準備しておく、それが立場上の限界である。


「ボス、オズワルト中佐です」


 サルミエ中尉がパラグアイに居る武官である、オズワルト中佐から連絡が入ったことを告げる。小さく返事をして受話器を受け取る。


「俺だ」


「閣下、オズワルト中佐です」


「うむ、今ホンジュラスに居る。大統領らの消息は掴めないか?」


 大使らに何か情報が入っていないかを尋ねる。断片的な何かでも構わなかった。


「申し訳ありませんが何も。あの場所でしょうか?」


 当時共に戦った彼はそれで充分意思疏通が出来るだろうと、言葉の多くを省略する。


「ああ、準備だけな」


「こちらより事務兵を派遣致します。パラグアイに居るよりは役にたつでしょう」


 当然ながらニカラグア軍の所属なので先々融通が利く。マルカに居る奴等にも交代を出して手練を引き戻すと申し出た。


「トップだけは残してやれ、現地で破綻したら後に困る」



 国家とはこれで終わりとの区切りがない。不利益はいつまでも尾をひくものだ。勝手に赴任国から離れられないオズワルトの心境が伝わってくる。


「事前に注意はしてあったんだ、無事だろうさ」


 もしかしたら二度祖国を喪失するかも知れない、そんな不安を宥めてやる。オルテガが暗躍しているとの一報を島に入れてきた時に予感していた部分もあるのかも知れない。


「何か分かり次第連絡します」


 溜め息をついてサルミエ中尉に受話器を戻す。明るい情報は皆無だ。現段階では政略こそが全てである。


「泣き言を言っても始まらんからな、なるようになるさ」


 誰に投げ掛けたわけでもないがそう言葉を発してホテルへ向かう。五里霧中の情勢でも自身が何をしなければならないのか、それだけは決めておかねばならない。指揮官が迷いを見せると部下に伝播してしまう、そんなつまらないことで失敗しない位の経験は、島も確りとしてきていた。



 それから三日が為す術もなく垂れ流される。そこでようやく一つの動きが現れた。南部のリバス市でパストラ首相が政府の健在を発表した。周囲の軍はすべからく政府の指揮下に入るようにと、テレビ局の放送を使って呼び掛けたの


 ホテルの自室で繰り返し放送されているニュースを見て胸を撫で下ろした。


 ――良かった。パストラ閣下はご無事だ。だが大統領が自ら出てこなかったのが気掛かりだ、負傷でもしたか?


 リバス市はパストラが釣り堀を作り住んでいた場所である。支持基盤があって今まで競り合いでもしていたのだろう。扉をノックする音が聞こえた。


「ボス、ご覧になられましたか?」


「ああ」


 副官の問い掛けに素っ気ない返答をする。サルミエ中尉が指示待ちの士官だったなら、今ごろはロマノフスキー中佐の部隊に組み込まれて居ただろう。


「首相と連絡を取る必要があるでしょう。公式文書を発給して貰い、政治的根拠を有するべきです」


 ――俺なんかより先が見えているものだな。政治的根拠か、法的な部分もコミコミでの進言と受け取ろう。


「首相に軍の指揮権は無いな。となると行政権の何かをこじつけか。まあどさくさ紛れに無理難題を押し付けられても驚きはせんがね」


 断るつもりも毛頭無い。好きで首を突っ込むわけだから、選り好みなど出来ようはずもなかった。


「リバス市ですが、最善はボスが赴くことで次善は使いを遣るでしょう」


 うっすらと笑いを浮かべて選択肢を披露する。それだけではなく書簡や通話、何ならコスタリカで会談しても構いはしないのだが。


「それは俺に対する挑戦か?」


 怒るわけでなく、自身の無茶を代弁する副官に敬意を表しながら。危険が過ぎることは百も承知で口にしている。


「さあどうでしょう。自分はボスに特別を求めはしていません」


 ――よく言うよ、だからこその副官だとは思うがね。


「お前は長生きすると思うよ。コスタリカへのチケットを用意しろ、女連れの方が疑われづらい」


 現地調達は遠慮するよと前以て断っておく。下手なものを掴んではたまらない。


「自分が用意できるのは妹だけですが、それで宜しければ」


 コスタリカの空港まではご一緒します、と随員は無しなのをほのめかす。下手に集団で動くよりは安全なのは確かである。


「またロマノフスキーに叱られちまうな。お前も一緒にだぞ」


「慎んで甘受致しましょう。ボスの苦しみは自分の苦しみでもあるべきですから」



 翌日、チョルテカから島の姿が消える。ロマノフスキーからは案の定渋い顔をされたが、説教は帰ってきてからにすると見送られた。


 コスタリカ、フアン・サンタマリーア国際空港、先に到着していたサルミエの妹が兄を見付けて駆けてくる。


「兄さん、遅かったわね!」


「お前と違ってすぐに出るわけにはいかないんだよ。ボス、妹のヴィオレッタです」


「初めまして、兄がいつもお世話になっています。ヴィオレッタ・サルミエです」


 ふわっとした感じの彼女は女子大生である。アルゼンチンのイタリアンコミュニティで育ったメスチソだ。


「ルンオスキエ・イーリヤ……いや、島龍之介だ、よろしく頼むよ」


 日本旅券を使うつもりなのでイーリヤを名乗らずに、島と自己紹介する。会話もスペイン語から拙いがイタリア語に切り替える、少しでも旅行中のカップルを装う為に。

 大学生から兵士になり、軍人としての道を選ぶことになってしまった島だ。彼は真面目でどこにでも居るような人物である。義理堅く我欲がちょっとばかり少なかった事実はあったが。何せ平凡なのだ。


 本人すら気付かなかった才能が花開いたのも、必要に迫られてからであった。言葉が通じない世界に放り込まれ、言語を修得しようとすると意外と使いこなせるようになった。そのうち興味を持って幾つもの言葉を自分のものにした。今や両手の指が必要な程のマルチリンガルである。


「素敵、大人の男って感じの魅力に溢れてるわね!」


 息が掛かるくらいに近寄り下から顔を覗き込んでくる。元気が良いのは性格だろう、話に乗って興奮しているようなふしは無い。


「合格点を貰えるように努力しよう」


 笑いながら遥かに年下の彼女を前にして、膝を折ってエスコートを申し出る。


「あたし、このまま連れ去られてもいいかも」


「まったく、お前はふざけすぎだ。ボス、少しの間です我慢して下さい」


 中尉が妹に手を焼いているのがわかるが、それもこれも兄が慕われているからだと感じられた。


「良い妹じゃないか。じゃあ行ってくる、サルミエはここで待っているんだ」


 不要な荷物、特にニカラグア旅券などの島龍之介以外に繋がる何かを中尉に預ける。


 カードも作戦で部下に与える為に用意してある、少額で使い捨て出来るもの一枚だけ携帯した。旅行鞄や着替え等を近場で買い揃えて国境検問所がある街に向かう。


「ヴィオレッタ、大学は順調かい?」


 パラグアイの大学に通っているはずで、数日欠席させることを詫びた。


「はい。兄に負担を掛けてしまって悪いから、必ず卒業して立派に就職してみせます!」


 ――口利きしてやりたいが、頼まれなければ余計なお節介だからな。


「そうか、実はサルミエもあんなことを言ってはいるが、いつも君を心配してばかりだよ」


 彼らしいと締め括ると彼女もクスクスと笑った。昔からそんな感じらしい。


「ニカラグアは初めて。どんなところかしら?」


「マナグア以外は閑散とした古めかしい街ばかりさ。でも人々は希望を持って生活しているのが解る。湿原や湖があるからね、鳥がたくさんいるよ」


 西海岸側しか知らないけどね、と訪れたことがある場所を記憶から引き出す。日本の農村がイメージにあっていたが、その説明ではヴィオレッタが解らないので自粛した。



 1号ハイウェイを通りタクシーで検問所にやってくる。コスタリカとニカラグア間はかなり気軽に越えることが出来た。これがホンジュラスとニカラグア間では、実は一苦労してしまう。検査が厳しいのだ、理由は多々あるだろうが。


「明後日には首都に観光に行きたいが、どんなものかな?」


 島がイタリア語で尋ねるのをヴィオレッタがスペイン語に通訳する。検査官がそれを耳にして「大変素晴らしい街ですよ、是非長逗留を」と答えた。


 ――国境はオルテガの影響を受け入れたか。すると首相はリバス市周辺の僅かな地域しか支配できていないわけだ。


 小屋と言っても差し支えない検問所を越えてニカラグアに入国すると、コスタリカとさほど変わらない風景が広がっていた。不思議なのはコスタリカの物価がやたらと高いことで、買ってきた日用品の値段を比べると残念な気持ちになる。


「さあどこへ行きましょう!」


 鞄を片手で引っ張り旅を楽しもうとする、周りの人間が笑いを抑えて二人に視線を向けた。これがあるからカップルに疑いをかけようとする官憲が少なくて助かる。


「コスタリカは有名だが、実はニカラグアもコーヒーが旨い。喫茶店に行こうか」


 気候で言えば中米コーヒー栽培やバナナ栽培に最高の地域である。国際的な営業力の違いや政治の問題からニカラグア品があまり流通していないが、グアテマラあたりの高級豆と肩を並べられるような品質である。


「賛成よ。大学の友人にお土産物も欲しいわ!」


 ――旅行でやってきて土産品も買わなきゃおかしな話だな、危ない危ない。


 幾つかまとまったらホテルから国際郵便で送ろうと話をして、手近な店に足を向けた。

 店舗内は比較的落ち着いた雰囲気で、この国で大事件が起きているのを感じさせない。意識しているわけではなく、クーデター騒ぎなど良くあることだと受け止めているようだ。


「コーヒーと軽食を」


 イタリア語でもそれは通じたようで、店員が返事をして裏に消える。


「何が出るかな?」


「さあ何かしら、楽しみね」


 彼女の前向きな姿勢に自然と表情が緩む。男所帯にいると華やかさが恋しくなることすら忘れてしまうものだと強く感じた。


 出されたのは定番中の定番、トルティーヤだった。モロコシ粉で生地を作って具を巻いたもの、中にはカラッと揚げられたバナナスライスが挟まっている。


 ――そういやこんなだったな。案外嫌いじゃない、辛すぎるシリーズには参ったが。


「あら美味しいわ」


 トルティーヤ自体はニカラグアの主食である。バナナもそうだ。ところがそれらが合わさると別のモノに生まれ変わる、米でパティを挟んだように。


「ボーノ!」


 わざとらしく旨いと声をあげる。裏に引っ込んでいた店主がにこやかに笑顔を浮かべてわざわざ出てきた。


「嬉しいねぇ、こんなもので喜んでくれて」


 ヴィオレッタが同時に通訳する。振りで構わないのだが几帳面に確りと、これも性格だろう。


「旅行中でして。これから北に抜けてリバス、マナグア、チナンデガと行くつもりです」


 ニカラグアの大都市を南から順番に羅列する。店主がどのように反応するか。


「リバスは避けた方がよいかも知れんよ。今は治安がね」


 はっきりとは言わずに状況が良くないと濁す。


「何か問題が?」


 すっとぼけてつらっと踏み込んで行く。辺りを軽く見回してから小さめの声で「リバスで警察に拘束されたら面倒なことになるぞ」警告してきた。


 ――どちら側の支持者か俄に判断がつかん物言いだな、それだけ混乱しているわけか。


「警察に捕まって面倒でない国はありませんよ」


 笑いながら論点の軸をずらして答える。それ以上心配してやるような義理もないので、店主は仕事に戻って行った。


 ――軍だけでなく警察も支配下に置いているのはわかった。軽食セット以上の価値はあったな。


 釣り銭はチップだと言ってから習慣が無いことを思いだし、旨かったから感謝の気持ちだと多目に支払い店を出る。少しばかり太陽が斜めになってきたので、旅人よろしく早目に宿を探すことにした。

 立派なものなどあるはずもなく、サン・カルロスとの看板がある地域に古めかしいながらも堅固な建物で宿を営業していたところに入る。


「一泊して明日の午前中に先に行こう」


「はい。それとあたしはダブルでも構わないけど」


 イタズラっぽい笑みを浮かべて誘ってくる。無論それに乗るわけには行かない。


「サルミエに殴られるから止めておくよ。だけど治安面からツインで我慢してくれ」


 アルゼンチン軍の上官を揶揄して肩をすくめる。彼女も苦笑してそれで同意した。バラバラに泊まるのは不自然なので選択肢はそれしかない。

 すぐ傍の商店で嵩張らない土産品を何点か買って、早目に宿に引きこもった。暗夜に出歩いて不都合に巻き込まれては軽率だと皆に叱られてしまう。


「一つ聞きたいのですけど」


「なんだい?」


 改まってわざわざ前置きしてくるなどどうしたのか。部屋にある椅子に座って、ベッドに横になっている島に話し掛ける。


「何故兄を取り上げてくれたのでしょう?」


 アルゼンチン軍からの脱走兵だったことを知りつつも手元で養い、後見人も保証人も居ないのに副官にしたことを疑問に思ったらしい。


 ――俺も逆ならば心配でたまらんよ。どうしてそうしているのか、理由があるなら教えて欲しいと。


「ただ気分でそうした訳じゃないさ。真面目に働き、下士官でも実力を示し将校でも結果を出した。俺はそれを見てサルミエを信頼したんだ、背中を任せても良いとね」


 能力はあっても信用面で今一ならば近くには置かないし、信用出来ても力不足ならばやはり側近にはしない。そう在るべきところに配置しただけだと説明した。


「良かった、兄はちゃんと認められているんですね。あたしが余計なことをして変になったら困るから」


 そう言って自分のベッドに入った。関係を持とうとするのを控えたようだ。島も残念な気持ちよりは、互いを想う兄妹を見守りたい気持ちが大きかった。


 ――俺に兄弟は居ないが良いものだな。


 規則正しい寝息をたて、二人は夢の世界へとおちていった。


 南部の県都であり県自体の名前でもあるリバスに入る。国道沿いにある看板が市の範囲に来たことを告げる。


「どちらに?」タクシー運転手が行き先の詳細を尋ねる。


「プエブラ地区に釣り堀があるはずだ、そこへ」


「閉鎖しているはずですが?」


 パストラが番人をしていたのだから当然そうなる。しかしどこに居たとしてもすぐに会うことも出来ないだろう。


「近くに友人が住んでいるんだ、目印にね」


 そう言うことならば、と車を走らせる。


 誰も居ない釣り堀を見詰める、管理小屋に向かうも人影はない。不思議なものでどこからともなく警官がやってきて職務質問をする。


「何者だ、空き家で何をしているか!」


「ちょっと人探しを」


 通訳不要だと後ろに彼女を庇い自身がやり取りをする。


「誰を探している?」


「ここの責任者を知らないか?」


「知らん、怪しい奴め旅券を見せろ」


 二人組の警官が島を挟むように立っている。


「リバス警察は政府に忠誠を?」


 突然問い掛ける、無論だと即答してくる警官に追い討ちをかける。


「オルテガ政府にか?」


 返答次第で態度を決めようと位置を把握しておく。


「あれは不当な政府だ、正当なのはオヤングレン大統領の政府である」


 ――釣り堀にはやはり手駒を配備していたか。だが偽者で困るのは俺だ、もう一つ確認しておくとするか。


「日本人だ、日本大使館に連絡を要請する。ちゃんとどちらの政府かを添えてな」


 外交問題が絡むと途端に管轄が外れてしまうのが役人である。渋々ながら分室事務所ならばリバスにもあると同行を約してきた。


 ――大使館への連絡は出来ないか、ではオルテガ派ではないな。


「行先変更だ、パストラ首相閣下の臨時政庁に案内してくれないか」


「馬鹿な、一介の民間人が、出来るわけないだろう」


 パストラがリバスに政庁を置いたこと自体を否定しない、ほぼ間違いなくそちら側の支持者なことが明らかになる。


「貴官らの上官を通じて報告を上げろ。コマンダンテクァトロがやってきたとな」


「コマンダンテクァトロ?」


「ああ、コマンダンテゼロの戦友だ」


 警官は報告の要ありと判断し警部補へと連絡した。警部補も解らずに署長へ報告をすると、コマンダンテクァトロを聞き及んでおりパストラの側近へと注進された。

 待たされていた島だが、まず連れてこいとの回答を得られたことで陣営に接触することが出来たのであった。


 大きさだけはある建物の一階で面通しをするために、エンリケが現れた。パラグアイ武官オズワルト中佐の弟である。


「ガセかと思って来てみたら、何だ本物じゃありませんか!」


「ご挨拶だな。遠路遙々やってきたのに、がっかりされていたんじゃたまらんね」


 使者を騙っての偽者ならば、何らかの情報を引き出すような役目を与えられていたらしい。折角のやる気を霧散させてしまったようだ。


「まあ早い話がじぃさまに会わせりゃ良いわけだ」


「つまらん仕事を作って悪いな」


 どこかの大統領夫人あたりが聞いたら顔を真っ赤にしていきりたちそうな会話である。あちこちに武装警官が控えた臨時政庁の階段を登る。

 会議室にどことなく見たような顔が集まっていた。だがオヤングレンは居ない。


「申告します。コマンダンテクァトロがパストラ首相閣下に面会にやって参りました」


 会議室がざわつく。顔を知らない者があんな若僧が、と私語を発している。


「まさかお前さんが来るとは思わなかったよ。済まない、事前に注意を受けていたがまんまとしてやられた」


 クーデターを防げなかった不明を詫びる。関係が掴めない者も防げなかった事実は同じなので情けない顔をする。


「閣下が無事で安心致しました。大統領は?」


 居るべきはずが側近も姿がない。逃げ遅れたにしても少しくらい高官が居ても良いはずだ。


「さあな、行方不明だ。オルテガ中将は軟禁されている、ガタガタの状態じゃよ」


 辛うじて閣僚が二人だけ後に合流したらしいが、半数以上がどこで何をしているのか解らないそうだ。


「それでもパストラ閣下、貴方が残って居ります。自分はホンジュラスにクァトロを再召集致しました」


「また共に戦ってくれると言うのか?」


 最早ニカラグアに何の借りも無いと言うのに。


「閣下がそう、望まれるならば」


「――済まん。貴官の力を再度貸して貰う。政府の代表として臨時であるが儂が任じよう。イーリヤ准将の現役復帰を命じる、同時に北部軍管区司令官兼行政官に任命する」


 非常事態宣言を出す立場にない為、軍人が行政官を兼ねるよう肩書きを与えた。会議室の面々が驚きと不快の表情を見せる。だがパストラが向き直りピシャリと押さえる。


「もし希望者が居るならば代わりに任じてやる。但し儂が与えるのは肩書きのみで、何ら他にはない」


 身一つで何とかしてこれるならばやってこいと一人ずつ睨んで行く。当然誰しもが下を向いてしまい言葉を発しない。


「慎んで拝命致します。つきましてはもう一つ頂きたいものが、いや幾つか」


 他には与えないと言った直後に要求を出すのだから、島も図太くなったものである。


「何かね准将」


「新人学校への指揮権を。それとパラグアイ駐在武官を解任して、無任所にして頂けたら有り難いです」


 新人学校だのパラグアイだのと言われて鼻で笑う面々が居た。何の意味があるのかと。


「許可する」


「コンゴ民主共和国の北キヴ総領事のホンジュラス転任も」


「適材を適所に配するのは儂の仕事だからな」


 どのような協奏曲を奏でるつもりなのか、窮地に立たされているのに楽しみになってしまう。


「それと――」


「まだあるのか!」


「副官に書類を持ってくるよう言われてましてね、命令書を頂戴致したい」


 法的根拠が無くては困ると言われて、等と半笑いで署名入りを要求する。


「法的根拠が糞喰らえだ! こんな紙切れで良ければ手が動かなくなるまでサインしてやる」


「ま、形式は必要らしいですからね。では閣下、自分はホンジュラスへ戻ります」


 最後は真面目な顔で敬礼する。一つ間違えばこれが最後の別れになるかも知れないと。

 辺りが暗闇に包まれてしまっているが、委細構わずに出発した。武装警官に護衛されパトカーでコスタリカの国境にやってくる。夜中なので当然閉鎖されているが、駐車場にあるような簡単な車遮棒しかないのでそのまま突入する。


「無茶するわね!」


 同乗している彼女がスリル満点な状況を楽しむ。ギャラリーがいる方が役者も盛り上るものだ。


「君らはどうするんだい?」


 国境破りをした武装警官が戻るわけにも行かないだろうと尋ねる。


「数日たったら別の検問所から帰国しますよ。その頃には誰も覚えちゃいないでしょう」


 あっけらかんと答える二人に「そうかもな」と返して、考えを中米修正をすべきだと決めた。欧米のようにぎちぎちの規則は地域柄そぐわない、そのように頭に留めておく。

 ホテル前にまでパトカーで乗り付けて堂々と下車する。注目の的になるのは遠慮したかったが、どうせ誰も覚えて居ないと言われて任せることにした。真っ先に一つ体験をして感覚を養えたことに感謝することになった。


 騒ぎを聞き付けやってきたサルミエ中尉が驚く。何をやっているのかと。


「随分とお早いお帰りで」


 ついでに派手にコスタリカデビューしてどうするつもりかと小言を投げ掛けてくる。


「出遅れた分を挽回しようと思ってね」


 国境を踏み抜いてきたと肩を竦める。最早どうとでもなれと言わんばかりだ。


「明日朝一番の便で出国しましょう。ヴィオレッタ、お前もだ」


「はぁーい。短いけれど凄く興味深い旅だったわ、また誘ってね」


 兄そっちのけで島に笑顔でアピールする。


「あまり繰り返すと部下に叱られるからな。次はゆっくり出来る場所に招待するよ」


 手にしていた書類をサルミエに渡す。やけに分厚いので一先ず部屋で目を通すと解散した。が、すぐに島の部屋にやってくる。


「何ですかこれは!」


 書類を突き出して慌てている。


「それじゃ足りなかったか? 良く解らんから貰うだけ貰ってきたが」


 法務に通じているわけではない。軍隊の辞令や命令書ならば山ほど手にしてきたが、行政官関連は全くわからないと開き直った。


「解らずに大任を引き受けて来たんですか。北部地域、つまりはチナンデガ州と他幾つかの知事監察者を兼任ですよ!」


 ――まあ、そうなんだろうが実務をするわけじゃないさ。


「その地域を繋ぎ止めろとの話だ。名目だよ中尉」


 素人に何かを期待するほど政府も落ちぶれちゃいない、そう一刀両断する。


「兎に角、大変なことをやれと言われているのだけはご理解を」


 顔面蒼白で自身の部屋に引き返していった。


 ――そうやって脅されると心配になるな。パストラ首相なら何とかやれなどど言いそうな気がしてきたぞ!


 突然不安を掻き立てられてしまい、腕を組んでどうしたものかと考える。弾除けに行政補佐官が必要になるかも知れない。島が悩んで浮かべる顔は、何故かどれもこれも地方の役割には大きすぎる政府の官僚ばかりであった。


「帯に短し襷に長し、か。本職の採用基準を決めて預けるしかないぞこれは」


 元から無関係なのと、完全に独立した運用をさせるでは意味合いが違う。また何かの火種になりそうだと、大きな溜め息をつく島であった。




 テグシガルパへ戻るとコロラド先任上級曹長がやって来た。空港で張り付いていたらしい。


「おいどうした」


 彼には常に自由に活動できるような立場を与えてあった。工作資金も数万ドル単位で持たせている。


「ボス、リベンゲから連絡が」


 ――原理主義者の調査報告か。それにしたってわざわざここで待っている必要は無いな。


 コンゴ民主共和国で活動していた諜報工作員がようやく動き出したようだ。専属契約を発効させる前に旧契約を終わらせると、暫く時間を空けているのをすっかり忘れていた。


「聞かせてくれ」


「スーダンからソマリアへムジャヒディンが派遣されると」


「厄介なのを輸出するものだな。規模は」


 スーダンがイスラム過激派を匿っているのは公然の秘密である。何せ主権国家が自国内での出来事を隠すつもりならば、北朝鮮のような貧困国家でさえも可能なのだ。


「十人前後です」


 ――一つの作戦単位だろうな、ただの兵隊ではなさそうだ。


「シャティガドゥド委員長に注意を伝えておく」


 ラハンウェイン氏族のマルカ地域委員長、島のソマリアに於ける心強い友人である。


 それだけを言うためにコロラドが居たわけではないだろうと、仕草で次なる報告を促した。


「マケンガ大佐もポートスーダンで目撃されています」


 ――マケンガ大佐が? 行方不明だったのがどうしてそんな場所に。


 コンゴ民主共和国のゴマ周辺に勢力を持っていた、3月23日運動の司令官である。組織を放り出して失踪したと聞いてはいたが、遥か彼方に現れたからには楽しく旅行中というわけでもあるまい。


「リベンゲにどちらを追わせるか、か」


 対面してまで直接判断を乞うのだ、言いたいことがあるのだろう。


「お前はどうするべきだと考えているんだ」


 みそぼらしいホンジュラス人、それも五十歳に足を踏み入れた男に問い掛ける。二人を見たら物乞いをあしらっているように映るだろう。


「マケンガ大佐が何故組織を捨てたかはわかりゃしやせん。けど何かをするために動いているならば、あれだけの経験が事を大きくするはずでさぁ」


 ――見失えば次は無いだろう。リベンゲにしてもマケンガが相手ならば行動の先読みも出来るかもな。


「では決まりだ。お前からマケンガの追跡を命じておけ」


 進言を丸飲みして、思い出しサイフからカードを取り出すとコロラドに渡す。


「これは?」


「コロラドにアフリカへ行かれたらたまらん。誰かを使うんだ」


 手下に持たせるようにと世界中で使えるものを選ぶ。もちろん発行者はスイス銀行が背後に控えている企業である。


「へっへっ、ちょちょいとやっときまさぁ。チナンデガ周辺ですがオルテガに靡くわけにはいかないのか、中立みたいな空気が」


 十年前に政庁からオルテガ派を一掃したのが効いているようで、態度保留で頑張っているらしい。またオルテガも首都付近を固めるのが先決で、地方には強硬に迫るまではしていないようだ。


「チナンデガはクァトロが押さえるさ。ちょっと前に司令官兼行政官の辞令を貰っちまった」


 コロラドは喜びを浮かべる前に何か注意が無いかを考える。そして一つ大切なことを思い付いた。


「乗り込む前にある程度の選別をしちまわないと」


「と言うと?」


「職員らの考えを知っておけって話で」


 ――隠れてしまったり、転向を装われたら面倒だからな。かといってどうやってやりゃいいやら。


「そいつも任せて良いのか?」


 過剰になってしまうと失敗の懸念が出てくる。本人がやると言うならば任せようと、どうしたいかを尋ねる。


「へぇ。こんなのは朝飯前でさぁ。大体にして喋りたい奴に喋らせりゃすぐで」


 肩に軽く手を置いて、「では任せた」と空港を出て行く。サルミエ中尉があれで良かったのかと目で問い掛けるが、軽く口角を上げて終わりにした。


 ――アメリカ軍の基地にも顔を出さなきゃならんな。ジョンソン少将に連絡だ。


 ベンチに腰掛けて衛星携帯電話の番号を押した。今ごろソマリアの辺りは何時だったろうかと考えながら。二回コールすると繋がった。


「イーリヤです」

「おう、随分と連絡が遅かったじゃないか」

「頼まれもしないのに騒いじゃ悪いかと思いましてね」

「どうせ煩くするんだ、変な遠慮の必要などあるまい」


 ――結果そうだから何とも言えんね。順番があるなんてのは俺の主観でしかない。


「またそちらのお世話になれないかと連絡をしているわけですが」

「謙虚だな。出すものをさっさと出せと要求したらいい。どうせ奴等は垂れ流すんだ、有効利用をしてやれ」

「仲介をお願い出来ますか」

「それだが、哀れな俺はソマリア海上から遙々、次の任地に行けとの辞令を貰うためだけにワシントンだ」

「するとまさか?」

「人材難らしいなアメリカは。そちらへはリベラが入る」


 ジョンソンはコスタリカ、サン・ホセに駐屯することになったようだ。中米地区の司令官として赴任すると。


「パストラ閣下がリバスで参っています」


「物資の支援位はすぐに出来る。問題は山とあるがな」


 珍しく長々と話をしてしまった。内容は凄まじく濃い、行動の方針や信頼度が桁違いになるくらいに。かつて作戦した時の面々が立場を変えて参集するのだ、確かに人材難だと言われても仕方無い。経験を生かした人事とも言えるが、一人喪うと次は一から育成では話にならない。


 ――さて何から手をつけようか。今回も正体不明の首魁といきたいが、果たしてどこまで出来るやら。


 二度天井に頭をぶつけながらチョルテカの南部にあるエル=トリウンフォの基地へ戻った。寝泊まりが出来る位に整備が進んでいて、簡易な囲いまで造られていた。


「止まれ、身分証の提示を」


 歩哨が二人を差し止めてしまう。当然そんなものを持っているわけがない。サルミエ中尉が胸を張って進み出る。


「クァトロ司令官付副官サルミエ中尉だ。通せ」


「司令の副官はブッフバルト中尉だったはずですが?」


 疑いの眼差しでサルミエ中尉を睨み付ける。後ろにいる東洋人も怪しいと、小屋にいる仲間を呼んだ。


 ――職務をきっちりこなしているんだ、喜ばしいことだ。


「基地司令ではなく、クァトロ司令官の副官だ。良く顔を覚えておけ!」


 兵士にきつく当たってしまう。前からサルミエ中尉の悪い癖で、アルゼンチン軍の風習なのだ。通報を聞き付けビダ先任上級曹長が駆け付けてくる。


「閣下!」


「ご苦労。職務に忠実な歩哨だ、良くやってくれている」


 歩哨らは恐れ入るわけでもなく敬礼した。この辺りはパラグアイで感じたように、相手が大統領であっても気にならないらしい。


 後方基地の整備と部隊の訓練に更に数日費やす。大きな旅行鞄を引っさげてオズワルト中佐が姿を現した。彼は基地を目にして過去の想いが蘇るのを感じた。


「止まれ、身分証を提示しろ」


 前回司令官を差し止めて特に叱責も無かったせいか、誰であれ止め立てするのを良しとしたようで職務に励んでいる。


「元パラグアイ駐在武官のオズワルト中佐だ」


 元であっても身分証を政府に返納出来ていないので記載はそのまま、解任命令書を受け取りにやってきたと説明する。そもそもが命令書を見てから任地を離れなければならないのが当たり前なのだが、混乱のどさくさ紛れで書類往復の時間を短縮してしまった。

 兵営の責任者、つまりはビダ先任上級曹長に一報を入れる。すぐに通過を許可するようにと返答があった。


「おや、金庫番の登場ですか。お久しぶりです中佐」


 マリー大尉がにこやかに敬礼して再会を喜ぶ。基地の面々では異色、唯一のベルギー人ニカラグア国籍保有者である。


「前線では大尉程役立てんからな、金勘定で閣下の苦労を軽減させて貰いにきたよ」


 卑下されているわけではないと解っているので、軽く認めてそう切り返した。逆の任務を割り振られてしまえば、二人とも並以下の結果しか発揮できないのだから職種の違いでしかない。


「閣下が中佐の来訪を首を長くしてお待ちです。どうぞこちらへ」


 大尉が先導して司令官室へと進む。増設された部屋は基地司令室の反対側の置かれていた。それもとある男の強い要望で、半地下の対砲撃仕様で強度を備えて。

 開け放たれている扉を三度ノックする。島とオズワルトの間柄は親密と言って差し支えない。


「オズワルト中佐、出頭致しました」


 五十歳を目前にした彼は己の分をわきまえていた。何も言わずとも求められている事柄を悟っている。


「急遽引き抜いて悪い。どうしても中佐が必要でね」


 敬礼を返してから歩み寄る。抱擁を交わしてホンジュラスでの再会を喜んだ。


「こんな自分を必要だと仰ってくれるのは、十年前から閣下だけです。何なりとお申しつけ下さい」


 退役時には不要と関連会社への席が与えられず、ニカラグアからも逃げ出さざるをえなかった。その彼を信頼し全てを預けてくれた島に、今では上官としての忠誠以上の感情を抱いて居る。


「恐ろしい量の事務処理が湧いてくる予定だ、引き受けてくれるだろうか」


 どれだけ親密で立場の上下があっても、昔からその態度が変わることは無かった。相手に無理強いをしようとはしない、それでいて常に願いを押し通すのだから妻にタラシと評されてしまう。


「勿論です。閣下はそのような雑務をお気になさらずに」


 最低限やらねばならない署名や、絶対に目を通すべき書類の決裁以外をオズワルト中佐が処理することを決める。大幅な権限委譲で、これが過ぎると司令官の名目化が始まってしまうのだ。


「発表はもう少し先になるが、北部軍後方司令が役職になる」


 チナンデガを本部として、マドリス、ヒノテガ、エステリ、ヌエバ・セゴビア合計五つの州を管轄することになる。人口合計は百二十万前後だが、軍隊としては合計しても四千人程しか居ない。オルテガ政権時に七割が人員削減されたからだ。


「北部軍ですか、随分と景気が良い話ですね」


「それだけじゃない。パストラ閣下は俺に行政官の役職もくっつけてきた、どうだこいつは冗談じゃないぞ」


 そっちの事務もうまい事頼むぞと、後付で大層な荷物を暴露する。


「その心配は影響力を確保してからにしましょう。まずはオフィスに缶詰からということで」


 年齢が落ち着いた返答をさせる。形ばかりの辞令を発行して、無任所だった中佐が正式に北部軍に所属することになった。無論翌日から、机一杯に積みあがっていた書類が、指で摘める位に圧縮されたのは言うまでも無い。


 局地を守るだけでなければ、徒歩の歩兵が幾ら居たところで養う苦労だけで価値は低い。日用品や小火器の確保は出来たが、車両は数が多く金額がかさむので中々集めることが出来ずにロマノフスキーが苦労していた。


「船待ちでは一ヶ月以上掛かってしまいます」


 平行して今すぐ調達しておく必要があるも、車両自体が少ないので中々集まらないと相談を受ける。値段の問題ではなく、現実問題として品不足ではどうにもならない。


「そこは本職に聞いてみようじゃないか」


 十年前自動車販売をやっていたオズワルト中佐に電話一本解決をみる。お隣エルサルバドルは人口密集地で、大型車両、それもバスが豊富にあるそうだ。


「ついでに言えば米ドルが通貨らしいから、現地払いも簡単だそうだよ中佐」


 あっさりと答えが見つかり地元の利はやはりあるものだと納得する。地続きの異国が車で二時間や三時間走ればそこに有る、この事実が見えなかったのは残念なことだ。もっともエルサルバドルの交通事情を知るウズベク人など一人も居ないだろうが。


「持つべきものは頼れる大人ですな。ちょっとばかり日帰り出張してきます」


 島がそうであったように、基地の日常訓練などは大尉に任せてしまって問題ない。副官としてブッフバルト中尉を引き連れて、昼食の時間にはサン・サルバドルの大通りをうろついていた。


 ――はてさてエーンの役職は一体何にしたら良いんだ?


 副官はサルミエ中尉であり、護衛はアサド先任上級曹長が管轄していた。どちらの仕事もこなすわけだがどちらでもない。指揮権も持ち合わせており、いよいよ正体がわからなくなる。


 ――名目など何でも構わんが、組織として地位を与えなければ困るだろう。かといって固定の役は割り振りたくない。辞典でも開いてみるか。


 歩哨がまた見たことがない人物を差し止めていた。


「身分証の提示を」


「駐ホンジュラスニカラグア総領事コステロだ。イーリヤ准将に会いに来た」


 外交官が使う特別なしつらえの旅券を手にして中身を確かめる。エジプトの前にはコンゴ民主共和国、タンザニアとアフリカ地域のスタンプが捺してあった。やはり上官に報告するとビダ先任上級曹長が飛んできた。


「総領事殿、ようこそお出でくださいました」


「政府からの通告と聞いたときには解任されたと思ったよ。オルテガ派から睨まれているからね」


 その点は誰よりも長くだろう、等と自嘲した。外務大臣の命令ではなく、政府からというのが気にはなっていたが。

 司令官室に案内される。そこには見慣れた彼がやはり見慣れた笑顔で座っていた。


「お呼ばれしましてね、イーリヤ准将もご壮健で何より」


 席を立って抱擁で迎える、ごり押しした人事は各所の越権行為が甚だしい。


「国の一大事だとおっとり刀で駆け付けましたが、切り立った崖に立っている想いです」


 正直な気持ちをコステロに打ち明ける。


「どこまでお役に立てるか解りませんが、私にも後ろはありませんから。前に活路を見出だすだけです」


 黙っていてもこれより悪くならないと思っていたら、まさかのクーデターに驚きましたと溢す。


「北部司令官に任命されました。政府との連絡は途切れ途切れになるでしょう、外国との調整をお任せしたい」


「地方の司令官と総領事に、何を求めるかはわかりませんが、やるだけやってみましょう」


 准将を全力で支えます、そう明言する。同じ様に行政官も兼ねることを後付けした。


「チナンデガ政庁を奪取するまでは、ここに本拠を置きます」


 いつになったら実現するかは、全体の連絡会議を待って欲しいと結ぶ。


「赴任から数日は睡眠時間もないでしょう。急がずとも確実に」


 一つずつ確実にやっていきましょう、失敗は許されないと意志の統一を行う。最初が肝心なのだ、ここで衝撃を得られなければ勢いがつかなくなる。

 戦は機会を逃してはならない、ましてや活動を発信するのは政略段階の作戦に於いて、やり直しがきかない大切な一手であった。



 昔とは違い軍服姿で真っ正面からゲートに向かった。ピエロだと自らを語ったこともあるアメリカ軍基地の入口、今日は三人で堂々とやって来ている。


「ニカラグア軍サルミエ中尉だ。イーリヤ准将がやってきたと伝えてくれ」


「伺っております、どうぞこちらへ」


 ニカラグア軍なのにこの人種の組み合わせはなんだと思ったが、冗談で将軍の格好をしゲートを潜る奴は居ないと信じて事実を優先した。

 基地の司令官はアメリカ空軍准将で、そこの作戦参謀にリベラ中佐が赴任してきている。今回は空軍准将も同席してきた。


「ニカラグア軍イーリヤ陸軍准将です」


「アメリカ軍リンカーン空軍准将です。どうぞお掛けください」


 随員らもそれぞれ自己紹介して席につく。リンカーンが島の左胸につけられた各種の勲章に驚愕した。


「レジオン・オブ・メリット・レジオヌール勲章ですか!」


「ええ、五年程前に頂きました。その時はリベラ中佐と同じ任務中でした」


 六年だったかもと過去を振り返る。勲章をほっぽりだしてベトナムに帰ろうとしたのを、ジョンソンに止められたと笑えない笑い話を披露する。


「一時期は自分の上官でした。ジョンソン少将の次席で」


 事前に軽くは触れてあったがリンカーンは東洋人とは思っていなかったようだ。


「最高の面子で一気に決めにかかるわけですか。ワシントンからの指示は、最善を尽くせとのことです」


「今度は不意打ちとは行きませんからね。辛く苦しい戦いになるでしょう」


 じわじわと締め上げるのでは長く時間が掛かってしまう。そうなれば国が激しく衰退して、回復までにまた十年単位の時間が必要になるだろう。それだけに敗けたら最後であっても、いずれ決戦をしなければならないと感じていた。


「兵は出せませんが、空爆ならば何時でも言ってください」


「なるべく施設を破壊したくありませんが、要請する日がやってくるでしょう。よろしくご助力願います」


 アメリカ軍と対等に話し合いをする島の姿がエーンは嬉しかった。そして市民が犠牲にならないように、自身が苦難の道を選ぶのもだ。


「何かありましたら、リベラ中佐にお申し付けください」


「リンカーン准将、ありがとうございます」


 連絡先を交換して空軍基地を後にする。自分が何をしでかそうとしているか、徐々に肩の荷物が重くのし掛かるようになってくる。


「閣下、護衛だけでも人種の制限を解いてはいかがでしょうか?」


 軍事顧問団として護衛を集める案を提示してきた。ニカラグア人だけでは信頼度が低いと訴えて。


「戦争にも守らねばならないルールは存在する。俺もお前もギリギリセーフの存在だと覚えておけ」


 国籍はあっても実態は皆無なのだ、一目で異常だと解るのだから無茶を重ねる場所は選ばなければならない。


「承知致しました」


 ――とは言ってもまた何か考えているんだろうな。全て俺の為と。役職はアレに決まりだな。


 そろそろ一度面々を集めて会議をしなければならない。そう感じた時が適切な時期である。


「サルミエ中尉、明日合同連絡会議を行う」


「スィン、総領事以外に何方か招きましょうか?」


 部外者を入れるべきでは無いと知りつつも伺いを立てる。


「リベラ中佐を」


 成功したら相乗りさせるつもりで成果を与える為に指名する。あまりに細やかではあるが今出せるモノは他に何も無かった。


 基地の会議室を締め切って初回の会議が行われた。上席に島が座り、隣にリベラ中佐とコステロ総領事が着席した。他の将校らは序列に従い席次を得ている。


「皆も知っての通り、ニカラグアの一大事だ。これを助けるべく活動を始める」


 最終的な目標をそこに定め、全員の同意を得た。目指すところは立場が違っても変わらないと。


「ニカラグア北部軍管司令官兼北部行政官イーリヤ准将だ、まずは協力者を紹介する」


 リベラ中佐に視線を流す。頷いて起立した。


「アメリカ軍リベラ中佐。ホンジュラスアメリカ空軍基地の参謀だ」


「リベラ中佐です。アメリカ軍はニカラグア政府を支持し、サンディニスタ政権の復権を阻止することを望みます」


 着席すると次にコステロが紹介される。


「駐ホンジュラスニカラグア総領事コステロです。特務としてニカラグア北部軍の国際的立場を支持する役目を担わせて頂きます」


 本来任務である総領事の仕事もするにはするが、恐らくは凍結事項ばかりになるだろうとも語った。外務省が機能を停止しているのだから仕方無い。


「序列を定める。基地司令兼北部軍部隊司令ロマノフスキー中佐、同副官ブッフバルト中尉」


 呼ばれた二人が起立し敬礼する。内々の辞令だったのがこの場で正式に御披露目されたことにもなった。


「北部軍後方司令オズワルト中佐。クァトロ部隊長マリー大尉」


 クァトロを選抜で直下の部隊にすると宣言した。ロマノフスキー中佐もそれに対する指揮権を有するとも。マリー大尉も北部軍への指揮権を与えられた、北部軍の一般将校ではクァトロへの命令は出来ない。


「北部司令官副官サルミエ中尉、そして秘書官エーン大尉だ」


 副官が何かは解るが冠が無い秘書官が何かを問うような視線がある。別口での説明が要るだろことは想定済で続ける。


「副官は俺の役職に対する全般の補佐が役目だが、秘書官は俺自身の補佐が役目だ。公私を問わずにな」


 秘書ではなく官職として特別な地位と権限を付与することも告げた。即ち北部軍、クァトロ、護衛部隊、行政への助言と命令の根拠を。彼はいつものように無表情で「ダコール」と発した。期待を受けてより以上の結果を内心で約束する。


 島の視線がロマノフスキー中佐に注がれる。


「ではまず小官から報告を。現在鋭意部隊を訓練中、来月末には何とか形にしましょう。チナンデガの諜報結果ですが、政庁の一部反発者を排除出来れば中立から影響下に収まる見込みです」


 反政府の野党連合が送り込んで来ている上席者が協力をさせないように、会議で票を握っていると説明した。何かしらの変更は賛成多数が必要であるが、現状を維持するだけならば反対者が幾らかいるだけで遅延は可能なのだ。


「排除の方法は」


「襟首を摘まんで退場願うのも時には有効でしょう」


 武力により強硬排除を宣言した。捻りも何もあったものではない。


「話し合いの道を閉ざすなよ。だが譲歩の必要はない」


 ノーだと解っていて答えを聞くつもりなのだから、殊更歩み寄ることなどしない。ただ先方が意外とイエスを返すならば、初めて島の役割にとってかわる。


「自分は紳士的に生きるのをモットーにしております」


 わからない奴はガツンとやっちまいますが、矛盾する発言が笑いを誘った。既に力は振るわれているのだから、自分達だけ禁じ手にするつもりはない。


「そんなジェントルマンの部隊状況は?」


 今はまだニカラグア人だけでなく、ホンジュラス人なども徴募していた。後方任務があるからだ。ブッフバルト中尉に報告するように中佐が促した。


「ニカラグア人が二十人、ホンジュラス人が七十人、その他が三人、部隊の総勢がこちらです」


 基地の労務者は別口で存在していると資料にまとめてあった。それにしても数が少なかった。


「基軸となる兵が育てば、三ヶ月で五倍にはなるな」


「戦う態勢には程遠いですが、政庁を占拠するには多い位です」


 ロマノフスキーが初期の作戦自体はいつでも可能だと公言する。島も三割が教官になれるようならば順調だと受け止めた。リベラ中佐は意外そうな顔をしていたが、アメリカ軍で育ってきたのだからそうもなる。次いでコステロが口を開く。


「ホンジュラス政府はニカラグア軍に対し、無期限での在留を承認しました」


「自発的に出ていくまで待ってくれるわけか、ありがたいね」


 リミットがあれば無理が掛かるのだから、その承認は極めて有用な話である。


「武器の携帯も目を瞑ってくれるとありがたいが」


 そのあたりの言質もとって欲しいと要請する。当然素手で戦うわけではないから、コステロも承知していた。


「交換条件ではありませんが、チョルテカに経済効果をもたらして欲しいと言われております」


 ――現地で買い物をしてくれと言っているわけだな。それは飲める話だ。


「可能な品は商工会を通じて用意させよう。オズワルト中佐、そうしてくれ」


「はい、見知った顔があります。そちらはお任せ下さい」


 うむ、と頷いて一つの方針を決める。内容は中佐に一任しておけば満足行くだろうと踏み込まない。


「他にも雑用で構わないので地元に仕事を」


 今度はロマノフスキーが請け負う。これから先にまだまだ人が必要になるのは解っていた。

 上席で話がついたところでマリー大尉が挙手する。それを指して発言が許可された。


「クァトロ部隊ですが、将来的には総予備にしたいと考えております。ニカラグア在住の他国籍者の募兵を許可頂きたいです」


 永住者を指して外国人部隊をクァトロに置きたいと説明する。


 ――在ニカラグアか、確かに一般部隊に混ぜるよりは隔離した方がやり易かろう。だが意図はそこでは無さそうだ。


「許可する。面白い隠し玉を披露してくれよ大尉」


「いやぁ自分はユーモアの欠片もありませんので、過大なご期待には沿いかねます」


 付き合いで驚いてくれる方を募集中とお茶を濁す。何をするにしても不利なことはするまいと預けてしまう。


「他には何か無いか」


 全体を見回して確認する。するとエーンが手を挙げた。


「また医者を集めておくべきでは?」


「そうだな、それに関しては国籍は問わない。エーン大尉に任せて良いか」


「お任せ下さい。組織した後に返還致します」


 それだけ言うとまた黙ってしまう、護衛を蒸し返す素振りは無かった。


 ――顔合わせ程度だ、こんなものだろう。


「そんなわけだ、リベラ中佐も協力して欲しい」


 何をと言うわけではないが、そのようにお願いをしておく。会議の内容はジョンソン少将にきっちり届くはずだ。


「はい、閣下。このような任務に携われて嬉しく思います」


 アンダーソン少佐も参謀としてコスタリカに入っているのを聞かされる。


 ――今度は最初からだ、奴も満足だろう。


 では解散、その一言で各自会議室から出ていった。ロマノフスキーとエーン、サルミエが居残る。


「しかしあれですな、いつもの奴等を集めれば訓練は容易いでしょうに」


 中佐が生真面目すぎやしませんか、と小言をポロリ。


「事情があるのさ。それにお前なら今のままでもやれるだろ」


 プレトリアの件を皆まで言わずに受け流してしまう。エーンが何を考えているかは解らないが。


「いずれニカラグア軍の諸隊が傘下に名を列ねます」サルミエ中尉がそう言葉を加えた。


 ――軍司令部に人がいるわけだ。確かに不足は目に見えている。だからこそ今は呼ばない。


「先ず隗より始めよ」


「何ですかそれは?」


 サルミエだけでなく、皆が等しく不思議な顔をする。知るはずもないと意味を教えてやる。


「昔と隗という中国の凡人が居たんだ。優秀な人物を集めるためには彼のような者を優遇してやれってね」


 ざくっと述べはするが核心は敢えて外して語る。


「つまりだ、平凡な奴等を優遇してやれば、俺ならもっと出来るぞって奴等が手をあげるって寸法だ」


 何でも出来るのが居たら頼ったり遠慮したりするだろう、噛み砕いて教える。


「なるほど。その為に苦労を分かち合えとボスは仰有るわけですか、良いでしょうやりますとも」


 ロマノフスキーが代表して無理を引き受けた。真打ちは最後に登場させましょう、と。


「チナンデガを制圧したら、頭数は解消するでしょう」


 既存の役人と志願を見込めば充分な位に、エーン大尉が予測する。仕事を得るために取り敢えず志願するのも採用してしまえば、確かに数は解決するだろう。そして島の方針が当たれば質も抜擢である程度落ち着くはずだ。

 チナンデガを奪取し、制圧地域を傘下に組み込むまでが最初の山場になる。それまでは腕っぷしで話をつけることが多く、即断即決が金科玉条になりそうだ。


「そう言うわけだ。何せニカラグアにあるもの勝負だよ、これは内戦だ」


 泥沼の国際紛争にはさせないように注意するよう言い聞かせる。馬鹿らしくともそれがルールである。



 基地の外では真剣に訓練に励む者が大勢居た。ニカラグア人をかき集めて何とか六十人の部隊を編成した。


「半分は間に合わせです」


 十人は充分な兵士として合格点を与えられるとも評価した。一方で後方支援のホンジュラス人は百人を越えている。主な任務は輸送や整備であって、戦いとは無関係の役目を与えられていた。


「大尉ならどうやって政庁を制圧する?」


 当然投げ掛けられる質問であり、回答を持っているべき立場にある。隣ではロマノフスキー中佐が微笑を浮かべて後輩の言葉を期待している。


「基本はチナンデガ議会による歓迎を受け入城、これを目指します」


 二人の上官に向けて構想を語る。敵と戦うわけではないのだから、話し合いで解りあえればそれに越したことはない。


「そうだな俺もそうしたい」


 その為にどうしたら良いか、先を促す。


「接近を知らせて議題に上がるようにします」


「軍が近付けば通報もあるだろうし、宣伝しても必ず議会には知れ渡るな」


 手順はさておきそれは妥当な反応だと相手への伝播を認める。


「政府による任官を受けた司令官が居るぞ、それは絶対に知らせなければなりません。その為に閣下に文書を発給していただきたく思います」


「文面は何でも良さそうだな。行政はそのままにすると添えておけば」


 大切なのは前にサルミエ中尉が言っていたように、議会を頷かせる根拠とやらである。チナンデガがいつまでも中立で済むはずがないのだから、いずれどちらかに傾くのは必然なのだ。


「事前に頂いた虎の巻で、強硬な反対派には退場や欠席願います」


 コロラド先任上級曹長が調べてきている勢力図を有り難く掲げる仕草をした。ここにきて態度を不鮮明にしている議員がちらほらいる、それも全て反対派だと断定して計画する。


「時期が解ればあらゆる罠は有効に作用します。文書を公開で送り付ける直前に、不幸な議員には様々な事故にあってもらいます」


 同じ種類は一つとしてなく、出席を見合わせざるをえない何かを仕込むと腹案を明かした。


「では準備は整っているわけだな。良かろう文書を作成しよう」


 デスクにある電話でオズワルト中佐に注文を出す。


「では詳細は小官が聞きましょう。大尉、机上のテストだ」


 ロマノフスキー中佐が実行の責任者なので話を引き継ぐ。不足に気付くのが早ければ不利は解消が出来るかも知れない。


「お手柔らかに願います。部隊を二つに分けます五十人の本隊を24号国道を通り、ゆっくりとビージャ村まで進めます。指揮官は中佐殿が」


 地図を示してビージャ村の先に集落が二つ近くにあるのを指して、モコロン町あたりまで行く頃には通報されているはずと見通しを述べる。


「はずではいかん。自分で通報しとけ」


「おっと、それは頂きましょう。十人の部隊を鉄道を使いトナラ町に移します、指揮官は自分が」


 モコロンから西へ地図で線路が書き込まれているが、実際に利用可能かは調査済だと添えた。


「ならば可能だろう、ダメな時に車で迂回する道も調べておけ」


 一択の行動計画を許さずに必ずバイパスを通すように叱責を受ける。実施段階では一本で構わない部分もあるが、計画でそれでは通らない。


「実際に農道を走らせておきます」


 何度も考えてから纏めた筈なのにすぐに指摘されて、自らの見識の甘さを呪う。


「トナラ町に事前に車両を用意して待たせておきます。こちらはホンジュラス人の支援者が複数で実施します」


 既にニカラグアに入国しているので、入管で足止めは心配ない。車両も現地で確保してあるそうだ。作戦に使わなければ基地に持ち帰れば何にでも使えるため、不利益は見当たらない。


「良かろう。チナンデガで軍の接近を知り、恐らくは警察なりが阻止をはかるだろうな」


 政庁から十キロ北東に地点の国道にコインを一枚取り出して置いた。チナンデガまでは一本道なので、これを封鎖されると身動きが出来なくなる。


「注目をそちらで集めて頂きます。その間に自分が政庁に向かいます、こちらは道が幾らでもあるので、一時間もあれば余ります」


 郊外から二十キロの距離が目安なので、安全運転をしてもかなり余裕がある。


「そこまでは良しとする。で、最難関の問題をどうする?」


 議会の首班は当然政庁の長官である。それがうんと言えば良いが、拒否してしまえばもつれてしまう。


「まだ現場組だったから気付きましたがね、今の州長官は元局長です」


 噂話の響きで気付きました。そう言われても二人とも局長が誰かさっぱり解らなかった。


「誰なんだその局長とは」


 島が言葉を挟む。これが鍵ならば誤りがあれば全てが引っくり返ってしまう。


「当時のハラウィ大尉が政庁に入りましたが、高官のうちでたった一人の局長だけがクァトロを支持しました。その局長が現在の州長官でして」


 ――報告書で概要だけ触れられていたな、名前はなかったが。そうかそこで衝撃を与えれば効果的だな。


 島はロマノフスキーと目を合わせる。賭けるか、その意図を感じ取ったようで彼は笑みを浮かべた。


「よしいい子だ、よくぞ大切なことに気付いた。作戦を受理する」


「お褒めいただきありがとうございます。クァトロ軍旗の四番、貸して頂けると絵になりますが」


 二人が島に視線を投げ掛ける。相好を崩して部屋の壁に掛けてある軍旗を外した。


「クァトロの部隊長はお前だ、いずれは継承しろよ」


 今は貸してやるだけだと手渡す。


「片手で持てるはずの旗の重いこと。五年頂けたらきっと」


「そんなに俺を働かせるつもりか! 二年だけ待ってやる、お前なら出来るさ」


 期待の後輩に敬礼を返し、ついに作戦を実行に移すことにした。



 チョルテカの後方支援基地に司令部が置かれる。島のグループと基地の所属、そして編成されたばかりの救急車小隊が控えていた。衛生部隊であるが違いは簡単だ、救急車小隊には医者がいるが衛生兵部隊には居ない。

 島のデスク、左右にエーン大尉とサルミエ中尉が控えている。通信部隊も部屋に詰め込まれていた。


「どんなトラブルが飛び出すと思う?」


 余裕の笑みでエーンに問い掛ける。不謹慎な発言だけにフランス語だ。


「突如の交戦が始まっても不思議はありません。議会が解散されていたり、オルテガ軍が既に占拠している、政庁が引っ越した、幾らでもまさかはあるでしょう」


「出てみてびっくり、そうだったら何か手助けをせにゃならんな」


 軽く返しはしたが、どれか一つでも現実になれば話は振り出しに戻ってしまう。今頃政庁では島の文書を見て議論百出のはず。


「ビージャ村を通過しました」


 進行状況をサルミエ中尉が追って知らせる。聴取の練習にもなるので逐一そうさせていた。表現の癖や地域の不明言語が飛び出すことが何度もあった。


 その点でクァトロ生え抜きの面々は危なげ無い。二回目なので覚えるではなく、思い出すだけなのだ。


「別動隊が列車に乗りました」


 ――停車はされなかったか、チナンデガの対応が強硬ならば命令が出されているはずだ。


 デスクにある地図に現在地を示すマーカーを置いた。一枚が五人を表している。アメリカ軍のような最新機器はここには無い、昔ながらの視覚効果を採用していた。


「警官隊が出動した模様。数は五十以上、百未満」


 監視のためにホンジュラス人をあちこちに置いていた。電話を持っているのは僅かで、多くは合図の為に帽子を被ったりジャケットを脱いだりして知らせるに留めている。それならば職務質問されても何ら協力の事実が露見しない。


 ――五十年前の戦争みたいだな! ベトナムではこんな感じだったものなんだろうか。キューバやコンゴもだ。


 過去にあった争いも文明よりは人の知恵比べの部分が比重として大きかった。だからと過酷さは今も変わりはしない。戦い方が違うだけで、本質は同じである。


「市民兵らしき集団も国道に向かいました。数は百以上、二百未満」


 ――五倍や十倍位の集団ではびくともしないさ。問題は誤って発砲したりしないかだが、それこそ現場を信用するしかない。


「有線電話小隊敷設完了、開通します」


 無線では傍受が激しく心配なので、有線電話線を引っ張っていくことにした。十キロ未満ならば一時間で利用が可能だ。ジャミングがついた無線機が無いのでこれまた頻繁に登場するだろう。

 ちらりと時計を見る。昼飯までにはまだ時間があった、会議が紛糾するには充分な程に。


「コロラド先任上級曹長からです」


「俺に回せ」島が通信兵に命令する。


 司令官の席にあるのが何番台かで少し戸惑い、隣に聞いてからようやく回した。


「ボス、コロラドです」


「どうだ」


「州議員のうち三人が欠席、パストラ派がかなり優勢」


 十五議席のうち六人がオルテガ支持者との調べがついていた、その半数が戦う前に離脱を余儀なくされたようだ。


「試みに聞こうじゃないか、理由はなんだ」


 脅迫や拉致が多ければ禍根を残しかねない、不利になるようならば逮捕して監禁する位視野に収める必要があった。


「それがですね、一人は自宅で睡眠薬を使い寝坊の真最中。一人は女と居て事態に気付かず。最後のは便所で下痢と大奮闘でさぁ」


 ――こいつは一本とられたな、マリーのやつ中々やるじゃないか!


 九対三では拒否も覚束無い、精々反対を議事録に残せと主張するのが関の山だろう。各種の委員会で上席だったとしても、州長官が差し止めたら議会も追って認めるから実効力に欠ける。


「よし。八割の力でチナンデガの諜報を続けろ」


「へい。残りはレオンからのちょっかいで」


 首都圏とチナンデガを結ぶ都市であるレオン市。異変があればそこからの手が早い。専門家に余計な事は言わず、そうしてくれと電話を切る。


「国道で警官隊と接触、本隊の進軍が停止します」


 双方がニカラグア国旗を掲げて睨みあう。現場の警視は足止めだけを命じられているのか、何ら交渉の使者を出してこないようだ。


 ――マリーが市内に入った頃だろうな。もう暫く何も起きんでくれよ。


 コーヒーを注文してそれを傾けた。司令官が気楽にしているのを見て、兵は上手く行っているものだと解釈する。



 地元の人間を装ってマリーらは別々の道を通り、政庁に向かっていた。能力が高いと言われた十人から半分を引き抜き、三台に分乗している。


「見た感じ街に異状は感じられないな」


 後部座席から通りを眺めて口にする。作戦中ではなくドライブの最中と錯覚するくらいだ。


「大尉、着きます。裏に駐車場があるからそちらに入ります」


「ああ」


 一刻を争うわけではないので一般の手順にきっちりと従う。警備員が居るが車をただ一瞥しただけで何も関わろうとはしない。

 車を降りてグループごとに一階のロビーに入る。何かを聞かれたら引っ越しの手続きとでも答えるつもりだ。税金の納め方を知りたいとでも言えば追い返される心配もない。


「セニョリータ。州長官はどちらに? 面会の予定があるんだが」


 バラバラに皆がロビーに集まったのを確認してから、受付嬢にマリーが尋ねた。予定などあるわけがないが手違いを主張すれば確認位はするだろう。


「セニョール、お名前は?」


「マリーだ。どこに行けば?」


 前のめりな態度に受付嬢が動揺する。


「マリーさん、そのような予定はありませんが」


 何度か資料を見直すがどこにも記載されていない。哀れな彼女に詰め寄る。


「そんなはずはない。州長官に確認してくれ大切な用事なんだ、きっと待っているはずだよ」


 あまりにも考えているだろう理由とは違うが、何かしらのアクションを待っているのは疑いようもない。事務官に予定を確認するがやはり無いと突っ返される。長官に聞きたくとも会議の途中では難しい。


「ありませんね。日にちの間違いでは?」


 事務官が無いと言うならば無いと開き直る。案内は無理だと判断し意外や意外、素直に引き下がった。兵に開始を合図する、一人が本部へ知らせて残りはバラバラに席をたって階段を登る。


 ――して、会議室は四階か。


 壁に張ってある館内案内板を見て目的地を把握する。一応長官執務室も覚えておく。堂々と足を運ぶので誰も不審には思わないようで、たまに白人だからと視線を送る者が居たくらいだった。ベルギー人は確かにニカラグアでは珍しいが、隣のヒノテガ州ではコミュニティが幾つかあるので、チナンデガではさほど驚きはない。


 会議室前に一人の守衛が居た。内容を耳にしないように意識的に聞き流している。滅多に人が来ない階に足音が。


「誰?」


 片手を軽くあげて挨拶しながらマリーが守衛に近寄る。笑顔を絶やすことは無い。


「用事があって州長官に会いに来たんだが、まだ会議中?」


 それとなく所在を探る。守衛は怪しいと思いながらも手ぶらなので「ああ長くなるぞこいつは」用事が無理だと返すに留めた。


「間に合った。その会議に必要だったんだ、終わっていたらどうしようかと思ったよ」


 わざとらしくほっとした仕草をして、良かった良かったと繰り返す。守衛は首を傾げながらどうしたものかと考えてしまった。


「いまスタッフも来るから少し待ってくれ」


「いや、聞いてないが」


 いいからいいからと勢いで兵を招く。こちらも武装しているわけではない、かといって素手が凶器にならないとも言えない。


 ――議論の真最中、いいね感情が振れている方がやりやすい。


 兵に目線を流して守衛を拘束させる。数分通報をさせないだけで目的が果たされるはずだ。


 何の予兆も与えずに会議室の扉を開く。視線が乱入した男たちに注がれた。


「何だお前たちは、今は大事な会議中だ!」


 眉間にシワを寄せてそう怒声を飛ばしてくる。見たことがない議員だが、それを言うならば他も同じだ。


「会議を終わらせる為には自分が必要と考えましてね、推参致しました」


 いけしゃあしゃあと退場命令を無視してしまう。面々を見回して一番偉そうな態度をとる男――州長官にあたりをつける。


「サンチェス州長官ですね」


「そうだが君は誰かね」


 事態を飲み込めないままで冷静さを保つ。頂点が慌てては皆が乱れてしまう。


「おっと申し遅れました。自分はニカラグア軍北部軍管区司令官兼行政官の部下でマリー大尉です」


 ざわついていた議員が「なにっ!」声を上げる。そんな奴がどうしてこの場に居るのかと。


「書簡の主だが、我々としてはそのような官職は初耳だ。はいそうですかと従うわけにはいかない」


 真っ向正論でついつい同意したくなってしまう。だがマリーは自らの役目を果たすべく、大して得意とは言えない弁舌を振るう。


「知らないのも無理はありません、リバスの臨時政庁に確認頂けたらはっきりします」


 出来ないと知りつつ嫌がらせをしてしまう。答えがわかっていても辿り着けないことなど日常茶飯事に起こる。


「連絡は途絶している。中央がそんな状態である以上、州長官である私が責任を引き受けねばならない」


 その為に地方長官という職がある。何とも珍しい人となりのようで、ニカラグアの官憲とは思えない台詞を口にした。オヤングレンが海外の艦隊やホンジュラス、エルサルバドルの市民に政治の潔白をアピールするために任用した経緯があった。


「仰有る通りです。今ニカラグアは国が揺れております、オルテガがまた暗い時代を引き戻そうとマナグアで動いてます。チナンデガは決断しなければなりません、州長官であるあなたが。十年前に比べて今は生活が豊かではありませんか? 希望があるのではないですか?」


 革命が起きて後の社会がどうなったかを思い起こして欲しい、マリーがそう語る。テーブルの電話が鳴り急報がもたらされた、国道を封鎖している警官隊から眼前の部隊が一斉に四ツ星の軍旗を掲げたと。


「四ツ星の軍旗だと?」


 議員らには心当りがある者が混ざっていて、州長官もその一人だ。会議室の電話を元に戻し、その可能性を思案する。


「確かに昔に比べ生活は上向いている、市民に活力がある。それを保つためにオルテガを支持する道も無いだろうか」


 サンチェスはマリーに揺さぶりをかけてきた。そこは年の功で簡単には切り返せない、かといって沈黙は許されない。懐に手をやって封書を取り出した。


「オルテガは奪うことしかしない、だがオヤングレン大統領とパストラ首相の政府は違う。彼等は市民に与えてくれる、学ぶ機会を、生きる目標を、そして選ぶ権利を」


 平たい紙袋からさらっと布を取り出す。兵に左右に拡げるよう命じた。


「北部軍管区司令官のクァトロ四番旗です。司令官はイーリヤ准将」


「するとホンジュラスのクァトロは名前だけでなく?」


 ここにシリアルナンバーが入った軍旗があるのが答えであった。


「局長、いや州長官、一つクァトロを支持してみませんか」昔のようにね。そう笑みを向けた。


「ふっ、あの頃とは違う……か。良かろう、クァトロを支持してみよう」


 昔と変わらぬ台詞を口にする。長官の決断にオルテガ派が猛反対した。


「国家に対する裏切りだ! 長官は辞任して市民に決断を委ねるべきだ!」


 欠席者がいる中で決めるのは許されない、有権者への冒涜だと騒ぐ。


「オルテガ前大統領はルビコンを渡った、今は非常事態なのだ。だが君らにも選ぶ権利はある。ここから立ち去りオルテガに許しを乞うか、我々と政府を支えるかを!」


 オルテガ派が顔を曇らせた。あの人物が頑張っただけで結果を残せなかった地方議員を許すだろうか? とても温情に期待しようとは思えなかったようで口を閉ざす。


「越権ではありますが、小官がイーリヤ准将閣下にとり成しを申し入れることは可能です。閣下はウンベルト・オルテガ中将の友人でもありますので」


 三人はオルテガ兄弟を比べてみて、ウンベルトならば許しそうな目があると想像した。かといって従うのも癪に触る。


「議員を辞職します。ホンジュラスへ政治亡命を行う所存」


 すぐには戻らず隣国で争いが収まるのを待つことにしたらしい。


「辞職は受理しよう。再選されることがあれば、またチナンデガの為に力を尽くして欲しい」


 無難な口上で見送る。政治観がやはり少し他とは違うようで、配慮が見え隠れしていた。


「長官閣下、我等のボスと会っていただけますでしょうか」


 わざと大きくへりくだって構える、断る理由がないからだ。後ろに控える兵士と比べると、やけに表情が豊かな若者だと州長官も笑みを漏らす。


「行政官を兼ねているらしいからな、私の上官にもなりそうだ。こちらから出向こうか?」


 来いというならばホンジュラスにも行くぞ、等とやり返されてしまう。やはりマリーでは敵わない相手らしい。


「国道の封鎖を解いて頂ければ、ボスはここにやってくるでしょう」


 連絡などしなくてもね。賭けても良い、マリーがそこまで言ったが、サンチェスは賭博を禁じられているからと断った。


「長官命令だ、州警察を帰還させろ。これから国軍がチナンデガに入城する、混乱を起こさないよう警備を行え」


 警察委員長が命令を了解し、会議室の受話器を手に内容を繰り返すのだった。



 チナンデガ政庁にクァトロの軍旗が翻った。一階のホールに人が集められ、州長官が島を迎える。


「チナンデガ州長官サンチェスです」


 黒の将官服にニカラグア最高勲章をぶら下げ、部下を引き連れて進み出る。望んでいた通りの結果がもたらされて大満足した。


「ニカラグア軍北部軍管区司令官兼北部行政官イーリヤ准将です。サンチェス州長官、軍の支援が遅くなって申し訳ない」


 開口一番謝罪をし頭を垂れる。確かに政府軍が即座に現れれば、中立など選ばずに済んだかも知れない。だがその行為は皆の想像外であった。


「イ、イーリヤ准将、皆の眼前です」


 サンチェスは声を抑えて島を助け起こすべく寄り添う。滅多に動揺しない彼ですら何か気が急いてしまった。


「軍が不甲斐ないばかりに政治に苦労を掛けてしまいました。行政官と言えども名ばかりで、何の経験もない若輩者では右も左もわかりません。サンチェス州長官、今まで通りチナンデガを治め政府を支持していただけないでしょうか?」


 何故だろうか不思議とホール全体に過不足なく声が通った。


「イーリヤ准将、チナンデガはオヤングレン政府を支持し、行政官の指揮下に入ります」


 州長官の地位は准将より上であるが、行政官の地位は州長官を監察する立場にある。丁度古代中国の太守と刺史が似たような関係であった。


「サンチェス州長官に行政の全権をお任せします。州軍事は自分がお引き受け致します」


 行政官は軍を保持できないが、将軍であることを根拠に島はそれを可能とした。サンチェスは物資や人員の供給に責任を持つことになる。これまた漢の制度と非常に酷似していた。

 そのようなことをサンチェスが知るわけもないが、正直治安については何とかなっても防衛は重荷だったので内心助かったとの気持ちが強かった。


「よろしくお願いします。政庁も自由にお使い下さい」


 少なくとも行政官執務室はここに、と要請を行う。島もそれを受け入れ、軍司令部もこちらに移すと決める。


「騒がしくなりますがお許しください」


 島がすっと右手を差し出す。少し遅れてサンチェスがそれを握った。


 ――まずは大切な一歩を進めることが出来た、ここで統治にしくじると馬脚を現したと言われるな!



 政庁にオフィスを構えた島は、軍や警察の高級将校を召喚するところから始めた。警察に関しては人材の提供を求める意味合いで、治安関係への指揮の横取りではない。無論やる気になれば戒厳令を発令してしまえば、一元的に指揮権を集めることはできた。特に管区連隊長ラサロ大佐は多くを聞かずとも協力を承諾してくれた。


「管区司令官閣下、警察から要員を派遣することは可能です」


 完全に転籍するのは本人が拒否する場合も含めて、やや困難だとも語る。警察長官は警視長で歴年の為、島と同格であった。機関的な優位を以て上官対応をしている。


「一部を憲兵に、他を野戦警察部隊として運用したい」


 憲兵は北部軍への警察権限も持つ、つまりは精鋭を上にして多数を同列に扱うと、警察長官の面子を立てたのだ。ただ命令されるだけでは反発が予想されるから。


「しかし憲兵となれば大佐か中佐を部長に充てる必要があるのでは?」


 准将がそれを承認では根拠に乏しいと指摘する。尉官ならば指名任官させるだけの権限位は……と言葉を濁した。


 ――オルテガ中将が総司令官を辞任したとは聞かされていない、今ならば全く問題あるまい。


 肌身離さず持っておけとの厳命を受けていた書類が価千金の効果を発揮する。


「憲兵部長に中佐を充てる。警視正から推薦を、私が任命する」


 オルテガ中将署名で、総司令官印鑑がある委任状を提示してやる。


「こ、これは!」


「真正品だよ。以前こいつで大佐を任命したが、正式に現在も任官している」


 ちょっと失礼と手に取り確認する。正真正銘の委任状であった。今や政敵に軟禁されていて連絡を取ることすら困難な最高責任者のものだ。


「三日以内に推薦します」


 ――様々事情もあろう、急かすよりは待つか。


「軍への転属は大歓迎だ、憲兵になれなかった者が望むならば優遇しよう」


 即戦力が期待できる。特に戦う力というより命令系統を遵守する組織体質が。


「あまり一気に引き抜かれては治安維持が厳しくなりますが」


 ――指揮権への駆引きだな、別に俺は地域の有力者になりたいわけじゃない。


「市民から警察補助隊を募ってはどうかな。民間警察でも自警団でも治安の向上に役立つならば」


 形式は自由に選べと警察長官の反応を確かめる。


「警察がきっちりと手綱を握る必要があるでしょう。我々が指導する民間警察を組織しつつ、司法権を持たない補助人員を警官の下につけたいと思います」


 利権の腐敗臭がしたのだろう勢いが違う。それでも背に腹は代えられない、ここで地元警察の力を借りられねば更なる不都合が生まれてしまうのだから。


「市民の治安についてはサンチェス州長官の責任範囲だが、適切な考えだと支持する」


 交渉成立だと得意顔で敬礼する。より実益があるのが何かを知っているのだ。警察長官が退室した後に、消防長官とも同じ様な話をして消火能力を補強しておく。


 ――メディアへの露出は州長官が引き受けてくれた、軍事はロマノフスキーが強化している、俺がやるべきは何だ。隣接する州長官の取り込みとパストラ首相の援護か。


「サルミエ中尉」


 隣室に控えている副官を呼び出す。様々な契約書や上申書を整理している最中だったようだ。


「はい、ボス」


「北部の州長官、議会の反応を報告書にまとめておけ」


 特にヒノテガが重要だと指摘する。彼の地域は移民が多く外国人が多数居住しているからだ。


「コロラド先任上級曹長から報告書が上がってきております」


 既に用意はしてあると切り返され、資料が提出された。欲しい情報がそこにはきっちりと集められている。


 ――どうも最近は部下の躍進が激しい、俺の動きが鈍くなったのかも知れんな。


 十年も無茶する島に付き従っていれば、嫌でも経験が上積みされていった。それを遂行しているだけであったが、自発性を育成した結果でもある。


 ――ヒノテガは混乱しているか、無理もない内陸で情報も入りづらいだろうしな。しかし随分と色んな人種が根付いているな、イスラム教徒も千人少しがコミュニティを形成しているな。


 原理主義者やテロリストではなく、単にイスラムの教えを守っているだけの市民ならば保護を与えるのが筋である。仮にここで事件らしい何かがあれば、ヨーロッパや中東で政治的に不利な報道をされかねない。


 ――かといってチナンデガすら兵力不足だ、そんなところまで手が回らん。海軍の動向も全くわからないし、ここを厚くするのが先決だ。


「民間からの協力者募集はどうなっている?」


 やれることがあるならば何でも構わないので、何せ頭数を揃えるために公募をしていた。だが様子見なのか芳しい話を耳にしない。


「昨日までに二十数名がやってきました」


 ホンジュラスでの募集とは違い、しくじるとその土地で暮らして行けなくなる為に警戒されていた。北部軍とやらがどれだけの実力を持っているか、判然としていない不安が強い。


「それだけでは見張りにもならんな」


「もう一歩政治的な後押しを演出する必要があります」


 協力して当たり前、従って当たり前な雰囲気を作らなければと指摘する。


「どのように?」


「コマーシャル効果です」


 ――自然と見知って安心させろ、知名度を上げろと言うことだな。繰り返し名前を刷り込むのと、一発インパクトを与えるか。


「国内への発信はエーン大尉に担当させておけ」


 進言を採用すると早速仕事を割り振ってしまう。


「畏まりました。コスタリカへの連絡も準備致しますか?」


 ――まあそうなるよな。


「アンダーソン少佐に事前に耳打ちしておけ、海賊放送は好きかとな」


 後日ニカラグアの各地で度々電波ジャックが行われ、オヤングレン政府の番人コマンダンテゼロと、革命の英雄コマンダンテクァトロを民主主義国家が後押しすると繰り返される。それがアメリカの仕業なのは、いくら名を伏せていても誰にでも解った。島が大袈裟なんだよ、と呟いたところでエスカレートすることはあっても収まることはなかった。


 ――一つ何等かの軍事的成功が欲しくなってきたな。自作自演ではあまりに寂しいが、騒ぎを期待するのもどうだか。


 二律背反の気持ちでデスクに向かっていると、悪魔か天使かは知らないがサルミエ中尉が報告に現れた。


「ボス、ヒノテガ州で現地軍が略奪を始めました。オルテガ政府が教唆し、従わない市民に罰を与えろとヒノテガ市を指定しました」


「将校を召集しろ」


「スィン ドン・コマンダン」


 ――よりによってそこを指したか! 陽動なのは解っているが、放置は出来んぞ!


 少ない手駒をどのように活用するか、次への備えを思案する島であった。



 マナグアの官邸。オルテガ大統領は懸案事項が山積しているところで補佐官から報告を受けることになった。外遊の際に伴った時から今の今までずっと付き従っている腹心でもある。


「大統領閣下、緊急の報告です」


「ベルナド、この方定期で済むような報告など殆どなかった。今更もうあせりはせんよ」


 最悪の事態を回避し、うまい事返り咲いたので不測の事態が頻発しようとさほど機嫌を悪くはしない。昔からこうだったらもっと違った現在を迎えていたかも知れない。


「チナンデガ州で長官がリバスのパストラ首相支持を表明しました。反対した議員は辞職し姿を消した模様」


 流石に書類へのサインを中断し顔を上げる。無論補佐官が嘘や冗談をそのように述べているはずもなく、これが極めて最近起きた事件なことをあらわしている。


「サンチェス長官は罷免しようとしていたが、いささか後回しになってしまったか」


 オルテガのサンディニスタ政権に批判的との報告は昔から受けていたが、足元を固めるのを優先したいたために、チナンデガへの仕置きが遅れたのは致し方ないことであろう。


「北部軍を自称する軍が政庁に入城したようです」


 未だ政治的な宣伝を公にはしていないので、北部軍が何なのか噂程度しか聞き及んでいない。調査は指示してあるが、やはり優先度は低めで突っ込んだものではない。


「北部軍か。パストラ首相の別働隊?」


 無関係の第三勢力ではないのははっきりしている。自らの手の者ではない以上、大雑把に識別すると敵ということになった。リバスが窮地というのに北の外れに手勢を送ったというのも考え辛かったが、オヤングレン大統領の仕業ではないのは解っている。彼は国内のあらゆる実務的勢力の統制を失っているからだ。


「それが、クァトロを名乗る部隊が長官と共同宣言を出しております」


「ふんクァトロときたか。そいつはグリンゴの手先だ。いよいよなりふり構わず介入してきたか」


 外国人勢力が大手を振るって内戦に関わるのは、考えようによっては国際社会を味方につける機会でもある。昔弟と話した内容が思い起こされる。


 ――イーリヤ准将だったな。十年前に二十代の若者だったのだから、三十代の将軍なわけだ。ウンベルトの運用か。


「司令官がイーリヤ准将だとすると、ニカラグア国籍保持者です。内戦介入の線では難しいでしょう」


 ベルナド大統領補佐官が、昨日今日の取得ではなく十年もの長きに渡っている部分を認めざるを得ないと肩を落とす。彼らはオヤングレン政府は否定しても、ニカラグア国家自体を否定するわけにはいかないのだ。


「全てがそうとも限らんだろうが、下っ端などどうとでも切り捨てられる。いくつか手を打っておく必要があるな、ラミレス副大統領を呼んでくれ」


「畏まりました」


 やはり亡命していた頃からの副大統領を留任させていた。名ばかりではあるが連続性を訴えるために、そのまま人事を据え置いている。それはオルテガ中将然りで、全てが終わった後に引継ぎ解任にサインさせるつもりで拘束してある。それに弟を失うのは骨身に染みるとの人情もあった。


「あのやり手の若者が主役というわけか。手枷、足枷でどのような動きをするのか、けだし見ものではあるな」


 それで自身が敗れ去るようならば最早悔いはない。実力で劣るものが頂点に立つのは決して国の為にはならないと、オルテガ大統も承知していた。


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