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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第七十一章 プレトリア、第七十二章 グエン・ホアン

「相変わらず空港は賑わっているな」


 港よりも遥かに活気があった。それは物よりも人が良く動いているからだ。三人はタクシー乗り場で長椅子に腰を下ろす。島がアーメドに連絡を入れている。


「先ずは総司令部からに致しましょうか?」


「大統領警護隊のハラウィ少佐からにしよう。総司令部はその次にして、最後にプレトリアス郷に寄る」


 大臣の都合が悪ければ順番を変えられるように、前後に余裕を持たせる意味から行き先を決める。それだけにサルミエ中尉も総司令部に最初に電話した。


「シーマさん!」


 元気一杯の笑顔でアーメドが大型タクシーで乗り付けてくる。社長の風格より友人との再会を優先して。


「また会えたな! いつも突然で悪い」


「喜びは突然やってくるのが良いんですよ。さあ乗ってください」


 客待ちしているタクシーをクラクションで散らして、一番近くに横付けする。客が三人だけでは席が半分も埋まらない。


「どちらに向かいましょう?」


 島がサルミエに視線を流す、アーメドがフランス語なので理解できていないが、雰囲気を察する。


「大統領警護隊の指揮所、大統領府に」


 英語で政庁に行くように指示する。「ハラウィ少佐のオフィスなら、総司令部にありますが」どうするのかと反応を待った。


「では総司令部へ」


 滑らかに発進し大通りを進む。すぐに目的地へと到着する。


「悪いが待っていてくれるか?」

「わかりました。どうぞごゆっくり」


 通りの反対側に路駐してると軽く承知した。衛兵が三人を睨む。サルミエ中尉が歩みより「アポがある。イーリヤ閣下の副官、サルミエ中尉だ」視線を咎めるように目を合わせて。


「どうぞお入り下さい!」


 小銃を地面に置いて筒先を左手で支え階級に敬意を表する。


「向かいの車は閣下のものだ。警備しておけ」


 兵は了解と応えるしかなく、不動の体勢で三人が中に入るのを待つ。


 ――サルミエ中尉はそうやって育ったんだ、一方的に叱るわけにもいかんな。少しずつ注意してやろう。


 兵士とすれ違い様に「気を悪くするな、頼んだぞ一等兵」アラビア語で語りかける。何だ? 不思議な顔をした一等兵の肩にアサドが手を置いて「勤務ご苦労」笑顔を向けて小さく頷くのだった。


 大統領警護隊隊長執務室は、役目が役目だけに将軍らのオフィスがある下に置かれていた。フォン=ハウプトマン大佐と同じ階層だ。お馴染みの曹長に案内され、階段を登る。


「イーリヤだ、入るぞ」


 ノックをしながら開け放たれた扉から中を覗く。ワリーフもまた、島やハウプトマンと同じく扉を開けたまま執務をすることを選んだようだ。


「義兄さん! お元気そうで何よりです」


 金の刺繍が所々にある軍服が眩しい。指揮官と同時に特別なラインに在るのを表していた。つまりは緊急時に大統領警護隊は一般軍の機関的上位に位置するのだ。机の隣には見覚えがある下士官が居る。


「悪運だけはあってね。リュカ軍曹か」


「はい閣下、少佐付下士官を拝命しました」


 ――副官とは別口の雑用係兼護衛といったところか。父親の細やかな職権濫用だな。


 たかが少佐に付下士官などレバノンでは聞いたことが無かった。大統領警護隊付ならば話は違うが。


「そうか。警護隊の仕上がりは順調か、何せ守りは気が遠くなるような注意の繰り返しだ」


 JFK暗殺でもそうだったが、警備の隙を十秒だけ衝けば勝負が決してしまう。守る側は二十四時間、三百六十五日を常に警戒しなければならない、圧倒的に不利な役目と言える。


「これで良いと言うことはありませんが、打てる手は打ちました。唯一の慰めは大統領が代わっても、必ずキリスト教徒が任命される部分でしょうか」


 つまり宗教戦争の目的で大統領が狙われる確率は少ないのを意味している。最大の厄介者が狙って来ないのだから、負担は大分軽くなる。絶対ではないが暗殺する必要が殆どないのが今の情勢なのは間違いない。


「一年か長くて二年の勤務だろう、緊張感を維持する良い訓練だとしようじゃないか」


 即ち大統領の任期があとそれ位なのだ。トップが代われば警護も変わるだろうとの見通しである。大統領が襲撃されて負傷をしたなら、すぐにでも首がすげ変わる可能性もあるが。


「閣下は会議らしいが」


 軍のそれではなく、政府の側なのを意識して単語を使い分けた。


「シリアだけでなく、イスラム国とやらがありまして。長引くはずです」


 イスラム国、つい最近まではイラク・レバントのイスラムのような呼称だった。レバントとはレバノンあたりから更に周辺地域を含めた部分を指している。


「スンニ派武装集団らしいな。少ないながらも核を手にしたとか、最悪の事態は何とか避けたい」


 だからと島が何か出来るわけではない。注意だけ向けておくと伝える。


「ハウプトマン大佐もオブザーバーとして会議に出席しております」


 ――出直してくるか。エーンのところを見てこよう。


「わかった、邪魔したな。様子を見てまたやって来るよ」


「いつでも大歓迎です」


 帰りはリュカ軍曹が外までついてきてくれた。待たせていたアーメドが「随分とお早いですね」等と言う。


「そんな日もあるさ。プレトリアス郷までやってくれ、付近に警備会社がある」


 寂れた郊外ではあるが場所を把握していたようで、お任せくださいと即答した。きっと何を意味する場所かも彼は解っているだろう。

 黒人の比率がやたらと高いのは変わらないが、フェンスで囲われた場所は雑多な人種がいた。


 タクシーの窓を開けてサルミエが名乗る。話がきっちり通っていて、すんなりとゲートが開かれる。案内のバイクに従いタクシーがゆっくりと敷地内に入る。誰がやってきたのかと、無遠慮な視線が突き刺さった。


「どうだアサド」


「警備兵としてならば概ね。攻撃で使えるのは一割以下でしょう」


 訓練度を端的に表す。下士官がそう見たならば、まず大きく外れはしない。


「では足りないのは何だろうか」


「実戦です。たった一度の実戦が彼らを大きく成長させます」


 ――さもありん。実戦に勝るものはない。訓練だけでこうまで鍛えたのを称賛すべきだ。


「その機会は」警備会社だと言うのに「きっと訪れるだろう」


 余りに不吉な予言を披露する。外れたら最高だが島は当たる気がしてならなかった。

 建物の前に数人が並んでいる。言わずと知れたプレトリアスであるが、見たところドゥリーしかいない。


「閣下、ご来訪ありがとうございます!」


 左右の者もドゥリーに倣い敬礼で迎える。プレトリアス一族の者だろうか、似てはいないが統制が取れている。


「うむ。ドゥリー中尉、エーン大尉はどうした」


 いつもなら真っ先に現れるはずが、姿が見えないのを不審がる。居て当たり前だったのが改めて思い出された。


「詳しい話は中で、どうぞお入り下さい」


 アーメドにも入るように声をかけ、車を駐車場に入れるよう部下に命じた。通信兵だったころから見たら、すっかり立派なリーダーになったと感心してしまう。

 建物は頑丈で飾り気がない、実用性一点張りのものであった。エーンらしい選択につい顔が緩む。応接室のソファーに腰を掛けると、すぐにコーヒーが提供される。


「砦にでも居る気分だよ」


「お褒めの言葉だとして聞いておきましょう」


 如才ない受け答えをする、ますます成長が嬉しい。誰もかもが磨けば必ず光るわけではない、ある程度以上は時間と才能が関わってくる。


「実は族兄等はレバノンには居りません、南アフリカに出向いております」


 申し訳なさそうに説明する。南アフリカにプレトリアスが行ったなら、プレトリアにまず違いはない。


「プレトリアの一族のところへか?」


 人員募集などで行ったのを聞いていたので、また人材を探しに行ったのだろうかと問う。


「それが近隣部族と抗争で、増援依頼が有りました。要請に応じ一族の兵を率いてプレトリアに」


 ――求めたことがあるんだから、逆だって当然あるだろうさ。族長の代理だ、エーンが行かねば格好がつかん。ドゥリーを残したのは実弟だからだ、つまりかなりの危険を承知ということだろう。


 ドゥリーは皆まで言わない、口止めされているのは明らかである。地理不案内の外国人に如何様な手助けが出来るか。


「エーンは」少しだけ間を置き「俺を必要としているだろうか?」


 正直疑問であった。足を引っ張りかねないのだ、余計な心配を掛けてしまう。


「族兄は閣下の南アフリカ入りを望んでおりません。ですが……プレトリアス一族はジェネラルを欲しています」


「ドゥリー中尉、族長のところへ案内してくれるか」


 エーンが拒むのは南アフリカ入りだと、物事の一端だけを切り取り強引に都合良く解釈してしまう。不満や怨み言を言われようとも、世話になりっぱなしのプレトリアス一族を放ってはおけなかった。


「ヤ!」


「アーメド済まない、込み入った話になりそうだ。悪いがここで終わらせてくれないか」


 中まで連れてきておいて帰れとはつれないが、彼は全く気にする素振りはなかった。


「必要になったらまた呼んでください。ご武運を」


 ――武運か、話を聞いてみねばわからんが、俺は戦いに赴くわけにはいかんな。派手な後方支援になるだろう。


 ドゥリーが部下に車を用意させ、族長に連絡を入れる。島は準備が整うまで、腕組をして押し黙る。サルミエもアサドも、何をどうしたら島が好都合か黙って考えるのであった。


「閣下、車へどうぞ」


 軍用のジープが二台用意され、分乗して集落の中心部に向かう。心なしか青年男子が少ないように感じた。良く見ると負傷者なので、かなり無茶な動員をかけたのが解る。


 族長の邸宅には老人が詰めていた。会議の真っ最中だったところに割り込んだ形になる。


「族長、イーリヤ閣下をお連れ致しました」


 ドゥリーがプレトリアス族長に申告する。長老会議のメンバーらは、島を見て拝みそうになってしまう。


「遠路はるばるよくぞお出で頂きました。さしたるおもてなしも叶わず、不甲斐ない限りです」


 事前にわかっていたら歓迎祭をしたのに、と呟く。島は知らせなくて良かったと、小さく安堵していたのだが。


「お気遣いなく」社交辞令を省き、率直に「自分は常にプレトリアス一族に支えられてきました。エーン大尉の姿がなく集落から男が減りました、お話を聴かせていただけますでしょうか?」


 ふむ、と小さく息を吐いて目を瞑る。手にしている杖をこつんと床で打ち鳴らした。


「どうぞこちらにお掛け下さい」


 族長の隣の椅子を用意し、長老会議に加わることを許された。ドゥリーらは起立したまま脇に並ぶ。


「イーリヤ様は我らプレトリアス一族のルーツがプレトリアにあるのをご存じていらしたでしょうか」


「はい。南アフリカの三世だとエーンが言ってました。族長の代で移住をした計算でして」


 産まれたのから数えたならもう一つ上の世代になってしまう。だが族長は肯定した。


「左様です。私の従兄がプレトリアのツルケで根を張っております。当時は生きるのに精一杯で、生活の負担になる者を引き連れ我々はレバノンに移り住みました」


 ――黒人の差別政策にズール族の圧力か。アフリカーンス語を喋りズール語がわからないなら、別の民族だ。


 短く相槌を与えて先を語るように促す。


「レバノンでも風当たりは強かった。かといってツルケも楽なわけではなかった。何とか命を繋げ、土地を囲い一族を養ってきた従兄は昨今大地に還りました」


 勇敢で偉大な従兄だったと哀しみを顕にする。長老らも人となりを知っているようで、視線を地に向けてしまう。


「代替わりしたツルケにソトのアヌンバが略奪を仕掛けてきました。族長はアヌンバ族を何とか一度は撃退しましたが、コンゴやソマリアで青年層が命を落とし数が少なく苦戦を……」


 ――俺の責任だ。エーンに甘えていたから、だから煽りを受けたんだ。


「自分の責任です。プレトリアス族から青年層を奪ったのは、この自分です」


 だが族長は首を横に振った。


「我々は十二分の対価をいただいております。自ら望んで働き口を得ているのです、イーリヤ様になんら責は御座いません」


 ――何と言おうと明らかに原因は俺だ。だからエーンも口に出せなかったに違いない。


「ツルケの状況を教えてください」


 族長は答えなかった。自身が不利益を被るの慮ってなのがわかっているので、島も強くは言えない。だが引き下がることもなかった。


「エーンは自分の大切な友人です。危急を知り何ら助けることが出来ずに見ていろと仰有いますか」


「これは我々プレトリアス一族の問題です。イーリヤ様には関係御座いません」


 言わなければならない、それが族長の役目である。更に食い下がって話を続けた。


「エーンより先に死んだら、自分の骨は妻と一緒に埋めてほしい。その願いを彼は快諾してくれました。プレトリアス一族と関係が無いと言われようとも、エーンとは無関係ではありません。トゥヴェーも、フィルも、ドゥリーもです」


 族長が長老らの顔を見渡す、皆が皆渋い表情で動かない。巻き込むべきではない、そう考えているのだ。


「族長、私からもお願いします」


 ドゥリーが訴え掛ける。一人だけ安全な場所に残り、結果が出るのをただ待つのが堪えられないと。族長は杖をこつこつと鳴らし、天井を見詰めた。


「若い者の未来は、若い者が決めるのが良いか。今思えば、ツルケを離れたのも随分と無茶な話だった……」


 族長の呟きに長老らが過去を思い出す。若い頃は無茶を重ねてきたものだと。


「イーリヤ様、プレトリアス族長としてお願い申し上げます。一族の未来が拓けますよう、何卒若者らにご助力下さいませ」


 床に座り杖を脇に置いて額を擦り付ける。長老らもそれに倣い頭を下げて助力を乞う。


「お手をおあげ下さい。不肖の身ですが微力を尽くさせて頂きます」


 族長を助け起こし手を握る、力を籠めて意思を示した。


「その者が詳細を説明出来ます」ドゥリーを見て言う。


「彼を暫しお借りします。ドゥリー中尉、良いな」


「ダコール モン・ジェネラル!」


 警備会社に戻り社長室に場を設ける。資料が集められ地図が広げられる。突発的な行動にもサルミエ中尉らは落ち着いていた。


「ツルケはプレトリアがあるツワネ地方の南にあります」


 プレトリアとは南アフリカの行政首都である。黒人国家でありながら白人の居住が過半を占めていた。その首都圏から南に山がちな地域があり、分水嶺が州を隔てていた。そしてすぐ近くに内陸国のレソトが存在している。


「山岳の痩せた地で農耕はデンプンの原料芋が採れる程度、牧畜で生活を支えています。その家畜を狙ってアヌンバが侵入してきました」


「ソトのアヌンバと言っていたが、レソトの民族?」


 似ている単語で勘違いすると大事件なので、簡単な疑問があっても解決しながら進む。


「アヌンバは北ソトで、レソトは南ソトの別民族です。だから数が多くまとまっていたレソトを一つに見なして、イギリスが国にしました」


 ――なるほど歴史的な概容はさておき、同じ民族と見なしてまとめたとの説明には説得力がある。


「するとアヌンバはレソトと特段仲が良くはない?」


「アフリカでは他部族は全て敵と考えて問題ありません」


 過激な発言ではあるが、それが部族社会たる由縁である。アフリカの軍隊注意書きにも混ぜるな危険があったのを思い出す。


「先を」


「はい。ツルケプレトリアスは凡そ千人の部族で、アヌンバは五千人。より平坦地に集落を構えてえり、全てに於いて凌駕しております」


 だからこそ弱った隣から奪うことにした、と大筋を説明する。至って単純明快で強いから力で従わせる、アフリカでは常識なのだ。


 ――単に武力を与えるだけで解決するならば、きっと問題は少ない。エーンだってそうするだろう。俺が助力出来る部分が何かを考えるんだ。


「エーン達の戦略は?」

「集落の要塞化による防衛主体です」

「双方の装備は?」

「小火器に弓矢」

「周辺の反応は?」

「残った側の傷次第で」

「アヌンバは手を引くことを認める?」

「条件によっては」

「条件とは?」

「隷属するか、土地を離れるか」

「ツルケ側は?」

「先祖代々の地から離れはしません。無論隷属も拒否します」


 ――全くの平行線か。そこに一つの交わりを持たせるのが役目だとしよう。まずは要塞化を進めて力押しされないようにしなければ。


「ツルケの防備を強化させる。ドゥリー中尉、必要と考えられる装備のリストを作れ」


「ヤ」


「サルミエ中尉、レソトの状況を調べろ。拠点を構えるかも知れん」


「ヴァヤ。中佐にはお知らせ致しますか?」


 もし戦いをするならば実戦部隊を用意する意味から尋ねる。


「知らせろ、ただしロマノフスキーらは不要だ」


 後方から出ることはなく、前線に外国人を送るつもりもない。ただ知らせるだけはそうさせておく。


「アサド先任上級曹長。この格好じゃ調子が乗らない、悪いが軍服を用意してくれ」


「確かに。お引き受けします」


 ――略奪が困難になった奴等がどうやったら矛を収めるか。言い出したやつの面子もあるだろうから、単に押し切れないだけでは終わるまい。


 どうするにしても一朝一夕で解決にはならない。過去の実績を確認する必要がある、島はそう感じて現地の風俗に詳しい人物の助言を得ることにした。当然プレトリアス族長が最適なのは言うまでもない。


 ドゥリー中尉が装備品リストを提出してきた。彼なりにギリギリの数字に絞り込んだのがよく理解できる内容だ。

 軍服、それも戦闘服に着替えた島らは緊張感を持って社長室で準備を進める。プレトリアス族らしい若者がガチガチになって侍っていた。


「補給は一発だ、これで良いか中尉」


 変更があるならば今しかないと確認する。「はい」元は無かったはずの支援である、着いた分だけ全てが余剰なので不足はないと即答した。


「うむ」島は机にある電話でフランスにコールする。どこかに転送され、少し待つと聞き覚えがある声が応じた。


「ヒンデンブルグ商会ですが」


「ヒンデンブルグさんでしょうか? 以前フォン=ハウプトマン大佐に紹介頂いた、イーリヤです」


 シーマだったかもと少し考えたが、彼は覚えていたので問題なく通じた。


「イーリヤさん、お久し振りです。今度は如何様な品をご用意致しましょうか」


 努めて明るく振る舞い、連絡をしてきたのだから商用だろうと進める。信用と実績があるからこその切り口なのだろう。


「南アフリカのプレトリア付近現地渡しで、以下の品を」


 リストを淡々と読み上げる。ファックスを入れようかと尋ねたが、速記でメモしたからもう大丈夫だと返答される。当然録音もしているだろう、一瞬で破棄可能な仕組みで。


「五十万ユーロを目安にお願いします」


 ――二百人分ではそんなものだろうな。フィリピンの船もここから仕入れるか!


「少ないと悪いので、船も扱っている?」


 航空機を売っていたのだからあるだろうが、一応聞いてみる。


「まさか空母とは言いませんよね。まあ大抵の物ならばご用意できます」


 冗談を発して守備範囲なことを明らかにする。民間船なのだから当たり前だろうか。


「では外洋を航行可能な高速艇を二隻注文しよう。大小あると使い分け出来て良いな、片方は河を遡上する可能性もある」


 何を意味するかまでは理解しなかったが、数点の候補を提案すると別口処理でのお願いをされる。


「もし宜しければ伺いますが」


「ではそうしてくれるか。レバノンのプレトリアス郷、ドゥリーを訪ねてきて貰いたい」


 装備の手配を終えるまでに、警備会社の視察を行うことにした。別に島が経営しているわけではないが、エーン自身に投資をした経緯はあった。

 戦闘服に着替えていたので、警備員らの顔付きが変わる。軍に採用するためにスカウトマンがやってきたのだろうと。そして島が階級章を着けていたことで俄に現実味を帯びた。


 ――外国人が多いな。クァトロと似たような形を目指しているわけか。


 軍隊上がりの者があちこちに見受けられる。訓練の手を止めて敬礼をする奴等が多かった。


「ドゥリー、警備会社に物資輸送の仕事を依頼したいが可能か」


「きっと族兄ならば可能と答えるでしょう」


 アフリカ系の奴等を指名して広場の一角に纏めてしまう。ここから必要な数を抽出する。


 ――チラチラとこっちを見てるやつが居るが、あいつはなんだ?


「そこの、さっきから何をみている!」視線に気付いたサルミエ中尉が詰問する。


「いえ、知っている方にそっくりだったので」


 二十代後半の黒人がそう答えた。試みに誰に似ているのかを言わせてみる。


「どこの誰に似ているんだ」


 威圧的に回答を求めるが、彼は全く動じることもなくさらりとサルミエの態度をかわす。


「昔レジオンにいらした、シーマ軍曹に。確か日本人でした」


 ――レジオンのやつか! だが全く記憶に無いが。


 対応しようとする中尉を島が制した。少し考えを巡らせるがどうあっても思い出せなかった。


「名前は」

「ドラミニ退役伍長。フランス陸軍外人部隊出身です」

「どこで軍曹を」

「コートジボワールの任務で同じ隊に配属されました。補充として」


 ――すると大統領選挙の時に居た奴か。全く覚えてないが。


「何故軍曹のことを覚えている」

「それは糞少尉がネチネチと差別をしていたのが気に入らなかったからです」

「……もしかして代わりに抗議をしようとした?」

「はい。するとシーマ軍曹殿で?」


 ――アイツか! そんな奴が居たな。伍長ということは小部隊ならば指揮可能か。


「今はイーリヤ准将だ。ドラミニ伍長、出身は?」


「スワジランドです、モン・ジェネラル」


 英語からフランス語に切り替えて申告する。


「ドゥリー中尉、参考にしておけ」


「ヤ」


 確か取締役のはずだったプレトリアスが、完全に従属しているのを見てドラミニは偽装があるのだろうと悟る。大方の閲兵を終わらせてしまい、輸送の護衛ならば可能だろうと判断した。


 改めての場を作ってもらい、族長に協力依頼を行った。過去の風習をとつとつと語ってもらい、何かヒントがないかと耳を傾ける。


「アフリカンは英雄を好みます。部族は特に黒人の英雄を」


 ――英雄か。彼らにとってのそれは何が称賛されるだろう。力か名誉か実績を求めるのは常だが、そこが肝要だな。


「族長、ツルケとアヌンバで英雄の条件とは何でしょう」


 もう何十年も前の記憶だが、何百年前から変わらないだろうことを思い出す。アフリカで他人に誇ることが出来るのは何かを。


「より多くの者を従えることでしょう。束ねる部族の数が大きいほど、それは名誉であり力です」


 ――人間が条件か。だからといってエキストラではどうしよもあるまい。しかしヒントはあった、より巨大な力が仲裁してしまえば治まるわけだ。


「プレトリアス族の証はあるでしょうか?」


 家紋や一族の印など、何かそのような類いだと補足する。


「御座います。これがそうです」


 族長の杖と毛皮の外套、それこそがプレトリアス一族の証だと言う。


「ツルケのプレトリアスも同じでしょうか?」


 重要な部分であった。これが異なるとまた違う道を行かねばならない。


「寸分違わずとは申しませんが、同じで御座います。それこそが絆でして」


 ――これを旗にするんだ。装備を送る前にいち早く用意せねば。


「ドゥリー中尉、軍旗を作れ。プレトリアス族のものと、クァトロのものをだ」


「いかほど用意致しましょう」


「可能な限りを早急に、沢山必要になるぞ」


「ダコール」


 やりすぎはあるだろうが、足りないより良かろうとブレーキをかけることはしなかった。


「お願いがあります。エーン大尉に自分の協力を受け入れるよう、族長から説得していただけないでしょうか」


 プレトリアス族長はしわしわになった瞼を目一杯拡げ、孫が探しだした人物をしげしげと見詰める。


「あやつがホンジュラスに行くと聞いたときには考え直すよう言ったものですが、何の立派に育ちおった」しんみりと過去を振り返る。「必ず従わせましょう。お約束致します」


 長老の一人に連絡を取るようにと伝えさせる。時間が惜しいので伝令ではなく電話で。集落にも電話はあった、つい十年程前に開通したばかりではあったが。

 その後も暫く族長の語りを聞いて待つ。そのうちエーンからだと連絡が入った。


「族長、何か緊急事態でも御座いましたか?」


 見回りに出ていたらしく知るのに時間が掛かったのを謝罪した。


「戻ったか、よく聞くんじゃ。これから電話を代わるでその人の言葉に従え、わかったな」


「はい」


 脅された様子もないので素直に受け入れた。一族の誰かが急病にでもかかり、引き揚げを頼まれでもするのだろうかと声を待った。


「エーン、俺だ」


「か、閣下!」


 聞き間違えることがない慣れ親しんだ声が受話器越しに聞こえた。同時に自らの予測とは全く異なった言葉が発せられるのを悟る。そして己に拒否権が無いことも。

「エーン、俺はお前を助けたい、だから余計なことと知りつつ敢えて口出しする。そちらに装備を送る、受け取って貰いたい」


 島が事情を知ればそうするのは解っていた、だから何も告げずに迷惑を掛けないようしてきたのだから。


「はい」


「中に旗を入れておく、随所でそれを示せ」


 そうすれば事態が好転する何かを、用意しようとしてくれていると解釈した。


「はい」


「俺は南アフリカには踏み入らない、プレトリアス族の誇りを守り抜くんだ。それで、良いな」


 エーンは言葉に詰まった。一族の行く末だけでなく、己の望みまできっちり組み込んでくれていたことに。


「……はい、閣下」


「結構だ」


 受話器を返して通話を終える。圧力に耐えられるかはツルケの戦士次第だ。


「族長、ありがとう御座います」


「こちらが礼を述べるべきでしょう。あれはもう一族を束ねるだけの力を備えました、戻ったらその旨を伝えましょう」


 島もそれに同意した。あるべき場所に戻ったほうが幸せだと。


「さて、戻るとしようか諸君」


 翌日、ヒンデンブルグが会社にやってきた。今後もし搬入先がレバノンならばここになるのだろうと考えながら。

 社長室をそのまま利用して彼を迎え入れる。戦闘服にぎょっとしたが、そこにいたのが見覚えある人物だったのでほっとする。


「ようこそお出でくださいました」


「こいつは恐れ入りました、イーリヤ准将閣下ですか!」


 大佐が功績を立てても大佐止まりなのが世の常である。将になるのは極めて少数でしかない。


「無茶を通してきましてね。サルミエ中尉」


 机に紙幣の詰まった鞄を置く。中身を取り出し、代金先払いだと改めさせる。ヒンデンブルグは枚数を数えようともせずに受領した。


「信用しておりますので。現地渡しでとのことですが」


「はい、そうです。ドゥリー中尉」


「はっ。南アフリカで受領するまで、わが社から護衛部隊をつけさせていただきます」


 この警備会社からだと言う。徐々に霧が晴れるのを感じて、ヒンデンブルグが思考を巡らせる。


「空港とは行きませんから、港からでしょう。御代はFOBならば一部をお返ししますが」



 FOB――フリーオンボード、つまりは蔵出し価格と言うことで、船に載せるまでが責任範囲である。対してCIF――コストインシュランスフレイト、は到着までの保険込みだ。


「CIFでお願いします。何がなんでも到着しなければ困るので、こちらの持ち出しで護衛を提供させていただきます。大切な友人への支援でして」


「左様ですか――」事情が飲み込めた彼は「ではその分奮発して税関のお偉いさんを買収しましょう」


 魚心あれば水心、気持ちのよい商売をさせてもらえる相手にはサービスを広く提供する。


「実務はドゥリー中尉に。それと」いたずらっぽい笑みを浮かべ「領収書は不要です」冗談を発する。


「一般納税者に申し訳ありませんが、目を瞑ってもらいましょう」


 船のカタログを取り出しセールスをしようとする。徐に使途を明らかにした。


「ベトナムあたりの海賊をやっつけようと思いまして」


「それならばこちらの組み合わせが良いでしょう。乗組員は小柄で?」


 経験から最善の船を選択し、利用者についてを尋ねる。島もまた素直に応じた。


「ヨーロッパの海軍退役者が多いです、体格は私くらいのがごろごろと」


「では四十ミリ砲を二門サービスさせていただきましょう」


 あたりどころが良ければ戦車の装甲すら貫通するだろう、大口径の機関砲をセットにしてくれるそうだ。物騒この上ない話である。


「実は海には全く詳しくなくて。支払いは私がしますので、細かいことは現場で打ち合わせて頂きたい」冊子を片手に「サルミエ中尉、中佐に担当を派遣するように伝えろ」


「承知しました」


 ――わからないなりにロマノフスキーならば答えを出すさ。


 上長としての働きぶりが板についてきた島をみて、年月が人を成長させるのに感じ入る。ヒンデンブルグがつい呟く。


「これが奴の出した結果か」


「ヒンデンブルグさん、何か?」


「いえ何でも御座いません。あのモン・ジェネラル」


「イーリヤで構いませんよ」


 改まった呼び方は要らないと笑う。


「イーリヤさん、もしこの先に私が必要になればいつでもお呼びください。親友の成果に相乗りさせてもらいます」


 心情の変化を敏感に悟った島は、起立して頭を下げる。


「宜しくご協力お願いします」


 事後をドゥリー中尉に任せ、島が次なる場所へ足を踏み入れる。


「ボス、いかがいたしましょう」


 サルミエ中尉が航空券が必要だろうと行き先を尋ねる。ハラウィ中将らに接触しても、彼等に余計な負担を強いることになるだろうから、機会を改めるだろうつもりで。


「ンダガク要塞に向かう」

「ウィ」


 キンシャサで入国しゴマ空港へ乗り継ぐ。陸路は相変わらずなので、水上を経由することにした。

 湖上では漁民が手を振ってにこやかに挨拶してくる、子供たちも混ざっていた。


 ――何も変わっていないな、俺達がしたことは局地的なことでしかない。大惨事が抑制されたのだろうと解釈しておこうか。


 こっそり訪れた訳ではない、来ると宣告してやってきている。一部にしか漏らさないようにとの注意をしたが。

 船着き場に人だかりが出来ていた。数百人が居る、単に暇を持て余して野次馬でやってきているのが大半であった。

 民族衣装を羽織り、肩に旧式ライフルを引っ掛けた男達の最前列に、軍服に身を包んだ将校が立っていた。そいつは連絡船をじっと睨んで、乗客に目的の人物が在ったのを確認した。


「閣下、姿勢を低く」アサドがまかさに備えて耳打ちする。


 ライフル手らが銃を手にして一斉に胸に掲げる。将校が敬礼した。アサドが先に上陸する。


「イーリヤ将軍閣下、ようこそお出でくださいました!」


「トゥ・トゥ・ツァ・キヴ少尉、ご苦労だ。案内してもらえるかな」


「はっ。議長もお待ちしております」


 返礼を受けた少尉は胸を張って島の案内役を買って出た。キンシャサでは遠慮してスーツで入管を果たしたが、ゴマからは戦闘服に着替えている。階級も隠さずに堂々と、だ。

 ンダガク族の兵士とンダガク市警察に囲まれて、一行は要塞――市庁舎に入城する。居住区はごったがいしていたが、誰がやって来たかは伝わらなかったようだ。


 ――とんだ市庁舎だな。アフガニスタンにあったやつも呆れたが、自身もそちら側の人間だったわけだ。


 門を潜ると長老らが出迎える。そこにンダガク族長の姿もあった。


「キシワ将軍、よくぞお帰りになられました。我らンダガクの民は、すべからく閣下のご降臨に感激しております」


 ――なんだこのデジャヴュは! プレトリアス郷でもあったぞ。ご降臨はやめてくれ、教祖みたいだ。


「ンダガク議長、わざわざのお出迎え恐縮です。突然やって来て申し訳ありません」


 災いの種になるだろう自分を拒否することも可能で、ンクンダやポニョあたりは目の敵にしたいと思っているはずだ。


「ここはあなたの国でもあります。どうぞ、どうぞこちらへ」


 議長自らに手を引かんばかりに迎え入れる。概ね好意的な視線が向けられていた。教会は未だに同じ場所にあり、コルテス司祭も変わらず説教をしているらしい。

 旧司令官室に入る。議長は迷わず席を島に譲り、早々と別の場所に落ち着いてしまった。


「実はお願いがあってやって参りました」


「何なりとお申し付け下さいませ」


 議長の側近らもうんうんと頷いて異論が出そうにもなかった。


「自分の友人が南アフリカで苦戦しております」


 簡単な事情を説明する、戦ってくれと言われたら喜んで呼応しそうな勢いがあった。


「我々に手助けが出来るならば、お力になりましょう」


「友人の名はプレトリアス、彼等の一族が彼の地にて近隣部族に脅かされております。しかし自分は直接それを助けるわけにはいきません」


 プレトリアス。そう聞いて側近が医療キャンプで数多く働いてくれていた者達だと沸いた。それだけでなく最近までずっと真面目に街を支えてくれていたとまで声があがる。確かに青年層が自主的に居残っていた。


「戦士プレトリアスは我等とキシワ将軍とを橋渡しした者でもあります」


 少尉が本塞・北要塞防衛で指揮を執ったのもまたプレトリアスだったと告げる。


 ――確かにプレトリアス一族はンダガクに大きな足跡を残した。その点では俺よりも現実に程近い。


 議長が皆を見回す、それぞれが頷いて後押しをした。


「ンダガク族長として、一族が総力を上げて支援することを申し上げます。またンダガク議長として、議会で諮ることをお約束致します」


「ありがとうございます。自分の構想を説明させて頂きます――」


 地域の風習を語り、今現在どうなっているかを漏らさずに明らかにして行く。直接現地に乗り込まない理由も理解して貰えた。


「用意が整い次第、必ずや実現してご覧にいれましょう」


 ンダガク議長が確約した。絶対にそうさせると。


 トゥ・ツァ・キヴが自発的に協力を申し出てきた。


「自分はンダガク族の戦士として、戦士プレトリアスに受けた恩を返しに行きます。どうかお許しを」


 族長にそう申し入れる。それについては島がとやかく言える立場にない。


「若い者をつれて行くがよい。キシワ将軍、我が儘をお許しを下さいませ」


「動けない自分の代わりに、どうか彼らを助けてやって下さい。プレトリアまでの航空機を提供させて頂きます。中尉」


「お任せください」


 少尉を連れてサルミエが部屋を出る。実務はいつものように任せてしまう。


「こちらはお任せくださいませ。不逞の輩が現れては大変です、今夜はこちらにご宿泊の程を」


「一晩厄介になります」


「ご出立の際には軽飛行機で空港まで送らせて頂きます」


 用事をこなせばもう次に行かねばならないのを感じ、議長が手配する。


 ――俺は守られている、様々な人によって。


「お言葉に甘えさせて頂きます」


 細やかながら夜には酒宴が開かれた。この地に住む彼等の笑顔は、心底輝いていた。これから歴史を重ねる一つの節目を越えようと。


 キンシャサで飛行機の時間待ちをしている。ベンチに座っていると、後ろから声を掛けられた。


「まさかの顔だ、また何か画策しているのか」


 帽子を目深に被ったそいつは振り向いて話をせずに、視線は床にあった。二人は会話しているように見えない、アサドらも雑踏の音が大きく気付いていなかった。


「リベンゲか?」

「良くぞ覚えていたものだな」

「そりゃそうさ、探していたからな」

「なに?」


 意外な言葉だったのか声が大きくなる。アサドが振り返るが気のせいだったとまた前を向いた。


 ――案外打たれ強さがないのか?


「そう慌てるな、便までまだ時間はある。今も同じような仕事を?」

「雇い主があれだからな、もう一歩の依頼ばかりだ。何ならお前もどうだ」


 からかうつもりでリベンゲが口にする。


「じゃあ頼むとしようか、まさか引き下がりはしないよな」


「むっ……」


 ――コロラドとは反対か、対人交渉の能力よりは分析や計画に強そうな感じだな。目標や軸がはっきりしている時には結果を期待できそうだ。


「範囲はアフリカか」

「そうだ。都市部が動きやすいが」

「依頼に際して条件がある。集中してやって貰いたいからな、専属で契約を」

「専属だと、俺は安くはない――」

「二十万アメリカドル、年棒だ。経費は別に出そう」

「なっ! 本気か」


 完全に想定外の金額であった、現在の稼ぎを別にしてマケンガ全盛の時の数倍だ。


「真面目に生きてきたつもりだがね。その代わりきっちり結果は出してもらうよ」


 スポット依頼を積み重ねるよりもバックを一本にすべきかを秤にかける。相互の情報を売買出来なくなるが、収入が高くなるのでそこは問題なかった。


「今手掛けている仕事を放棄は出来ない。その先ならば」


「俺は構わんよ。コロラドに連絡をつけるんだ」


 そこならば窓口を見失っていても繋がるだろうと、以前からあるパイプを再利用する。


「ところでマケンガ大佐はその後どうしているんだ」


「さあな。郷にでも帰ったんだろ、かなり悩んでいたようだったから」


 ――正気を取り戻したのかも知れんな。まともな神経ではやってやられん。


「そうか」


「して、アフリカで俺に何をさせるつもりだ」


 時間が掛かることをするなら仕込みがあるからと、大枠でも良いから内容を求める。自発的にそう話題にしたのだ、働くつもりはあるようだ。


「モロッコ、アルジェリア、スーダンなどイスラム過激派の供給源について探るんだ。場所はお前が調べやすいヶ所で」


「宗教に喧嘩を売るわけか」


「アッラーの御元へ行く手助けをしてやるんだよ」


 仲良くあの世でやるならば文句はないが、一般人を巻き込むのは迷惑千万だと切り捨てる。


「雇い主になる前に死んだら俺も困るから一つ忠告しておく。アサシンがブラックリストの粛清を狙っている、精々長生きしてくれ」


「いよいよ俺も有名税の納め時だな」


 暗殺者が命を狙うのは今に始まったことでもないが、名簿順位が繰り上がった可能性を考慮して、保身に力を入れると応じる。


 ――戦闘で死ぬのは仕方ないが、毒殺や事故は注意次第で防げるからな。


 アナウンスが流れサルミエ中尉が声をかける。島が振り向くとリベンゲはもうそこから姿を消していた。


 ツルケ・プレトリアス集落。土に草や家畜の糞を混ぜて天日ぼしにする、煉瓦を重ねて住居の建材にするのがこの地域の昔ながらの手法だ。雨には弱いがそれは滅多に降らないので問題はない。放置すればまた大地に還るので歴史的に価値があるのは、その継承された文化のみだ。

 野生動物から身を守るために、住居を円形外側に作り広場を中心にした集落を形成している。外敵から仲間を守るのにも有効だった。


「これだけでは不利だ。前進基地を造るべきだ」


 レバノンからやってきたプレトリアス族の若者頭がツルケで口にした。

 ちょっとした小競り合いや獣を追い返すだけならば事足りた。だが現代の武器を手にした人間の集団が攻めてくるとなると、自ずから条件が違ってきた。


「塹壕を利用して二重、三重の防備をしましょう」


 兵営を任されていた族弟が手持ちが無くてもすぐに可能なことを進言する。穴を掘るのはあまりなかったが、難しいことではなかった。集落を取り囲むように、渦巻き状に掘り進むことで車両の乗り入れも可能な形にした。追加も自由に行える。


「弓矢は攻撃には使えるが、防御には不向きだ。古くても銃を集めねば」


 物々交換で第一次世界大戦当時の単発銃らしきものすらかき集めた。それでも全く足りずに頭を悩ませる。

 コンゴからの帰還組が何とか少数を持ち込んだにしても、最低限必要な分量には至らない。エーンがツルケの新族長――従兄弟に相談する。


「街で買いそろえねば守りきれん」


 遭遇戦や偵察程度は何とか排除したが、戦闘になればあっという間に制圧されてしまう。ツルケの戦士もコンゴでの体験を族長に伝え、事実を認識する。


「だがツルケにその資産は無い。精々十挺も買えるかどうかだ」


 現金など殆んど要らない生活をしているのだから当たり前である。暮らすだけならそれで充分なのだ。エーンが若者を勧誘するために度々訪れては支払いをした、それがアヌンバの略奪に繋がった一面もあった。


 ――俺の預金をはたいても全く足らないぞ! だが少しでも増やさねば戦えん。


「俺も協力する。出来るだけ今のうちに買うべきだ」


「そうだな。レバノンの、頼めるか」


 族長が助言を受け入れる。先代はまだしも当代は経験が足らず、エーンの言葉を重視していた。資質に関して口を挟む訳にはいかない、頂点とは何であろうと支えるものである。


 ――ツルケは俺を支えてくれた、俺もツルケを支える。


「トゥヴェーらを残していく、襲撃があっても任せて欲しい」


「レバノンの戦いかたを得たい、指揮をしてくれ」


 どちらが本家か間違いそうになってしまう。だがエーンらもレバノン軍にずっと居たら似たり寄ったりだっただろうと考え、それが普通だと受け止めた。


 ――戦争を幾つも体験したのだ、余程の異常は俺達だ。


 フィルが中心となって訓練が行われた。トゥヴェーはアヌンバの動静を窺うのが役目だ。エーンはツルケ族長に寄り添い、長のなん足るかを助言することに専念する。

 さほど猶予は無いと考え、接近を防ぐための罠をあちこちに仕掛け武器の不足を補う。


 ――軽機関銃が四挺あればかなり安心だが。


 無いものをねだっても仕方がない。連射可能な小銃が数挺あるだけで、あとは自らよりも年季が入ったものばかりである。


 数日の後、何とか誤魔化しながら防戦の最中「エーン大尉、輸送部隊が近くに来ています」トゥヴェーが耳打ちする。知らされていた補給が近付いている、頼るまいとしていた人物の好意が痛い。


「出迎えに部隊を出すぞ。留守を衝かれないよう総動員せねば」


 ――ただでさえ少ない手勢を割るんだ、慎重にやらねば!


「それが、護衛が同道するようで。警備会社の者です」


 どこのと明らかにせずともすぐに解った。そういうことならばとエーンも出迎えを案内役だけに改める。


「お前が出向け。無事に到着させるんだ」


「ヤ」


 この時点で何とか守りきることが出来そうだと確信を抱く。あとは負傷や疲労による戦力低下だが、こればかりは頭数が決まっているのでどうにもならない。


「護衛は引き揚げさせる、この戦いはプレトリアスのものだ」


 プライドがそうさせた。エーンだけでなくツルケ・プレトリアスの誇りでもあるので、勝手に招き入れるわけにはいかない。


「押されたら崩壊は早いでしょう」


「誇りは命よりも尊い、無関係な傭兵はこれが最初で最後にする」


 ――女子供を逃がすならば、フィルにやらせよう。俺は借りを返さねばならん、最後までここにいる。


 角笛が鳴り響いた。家畜の世話をしていた者も、昼寝をしていた者も武器を持って広場に集まる。弓矢ではなく自動小銃を持ってだ。


「整列しろ! 班ごとに固まれ!」


 アフリカーンス語で怒鳴る。兵をまとめるのはツルケの若者頭であるが、フィル上級曹長が隣で声を上げていた。

 渦巻きの端が一番の危険地帯であり、フィルがそこを受け持った。指揮所は広場の中心に置かれ、櫓が組まれていて日干し煉瓦を壁として三重で積んであった。それすらもロケットがあれば崩壊するが、部族抗争では使われていない。


「命令があるまで全自動で射撃をするな!」


 定期の補給は行われない。今ある弾薬を使いきったら終わりなのだ。効率を優先して圧倒するのを避ける。

 家屋や部隊の至るところに立てられた旗指物、特に毛皮と杖の物は部族の士気を向上させた。隣に並ぶ四ツ星も存在を誇示している。


「来るぞ、朽ち木を越えたら撃つんだ!」


 距離がありすぎては命中しないので、近すぎる位まで引き付けての反撃を画策する。押されたら渦巻きを一つ内側に下がれば、また抵抗線が出現する。


 あちこちで発砲する音が聞こえてくる。中心で様子を窺うエーンが内心渋る。


 ――攻撃が早かった。もう少し我慢したら被害は大きいはずだ。


 チラリと隣を見るがツルケ族長は防衛線が確りしているのを嬉しそうに眺めているだけであった。


「族長、負傷者を交代させて治療する用意をさせては」


 喪えば補充が効かないので手遅れになる前に対処をさせようと進言した。


「まだ戦えるのではないか?」


「そうですまだ戦えます。だからこそ今のうちに下げるので」


 将来の展開にまで頭がついていかず、決断するまでやや時間が掛かった。そのうち重傷者が増えていくと「交替させよう」ようやく命じる。


 ――五人は余計に負傷した。集中力を長く維持できない面々が居る、全て経験不足が原因だ。


 解ってはいても自身は増援でしかない。歯がゆい想いが募った。今までは自由に采配できた、全て事後承諾で許されたからだ。


 ――俺が指揮すれば守りきれるが、この調子では風向きが怪しいぞ!


 全体がぎこちない動きで連繋が無い。点が勝手に戦っている、そのような感覚を受けた。


 地続きのヶ所が唯一満足な戦いを展開していた。多勢で押し寄せてもそれを跳ね付ける、負傷者は多いが手当てをしたらすぐに復帰出来るような軽い傷で治療に当たっていた。


 ――損害の程度で継続戦闘能力が大きく違ってくる、毎日のように戦えばすぐに飽和してしまうぞ。


 風に靡くクァトロ軍旗に目をやる。プレトリアス旗は士気の向上に役立ったが、こちらが何を意味するかはエーンにはわからなかった。


「第三波が来ます」


 櫓で見張りをしている者が声を張り上げる。アヌンバの後続はまだまだ山のように居たが、指揮所付近には予備が少ない数しか残っていない。


 ――いよいよ厳しいぞ! 完全に任せるように説得するしかないか。だがそうしては族長の立場がなくなる、どうするエーン。


 弱い部分に小分けで補強を指示しながらアヌンバの攻撃が止むのを待った。手持ちが尽きかけた時、ようやく一旦退却の合図が聞こえる。


「凌いだか。案外意気地が無い奴等だ」


 族長が見当外れな感想を口にした。太陽が沈んでしまうと同士討ちが心配になるから、時間をみて中止したのに気づけなかったようだ。


 本部――族長宅に主要人物が集まった。昼間にあった戦いの反省会である。


「皆良く戦ってくれた、奴等も肝を冷やしたに違いない」


 上機嫌で乳を発酵させて作った酒をを飲む。濁り酒で度数が極めて高い、暫くはアルコールが抜けない。だがアフリカンが夜襲をするわけがないとたかを括って二度、三度口に運ぶ。


「実際のところ」雰囲気が軽くなりすぎたのも考慮し「今日はギリギリだった」


 エーンが声を抑えて本音を漏らす。数人が嫌そうな顔をした。


「レバノンの、お前にはそう映ったか」


「ああ、もう少し踏み込まれていたら大打撃を受けた」


 悲観的な意見に対してぽつぽつと抗議をされる、だが彼らが居なければ戦いにならないので面と向かった衝突は避けられた。


「どうしたら良いか」


「全体の指揮を執れるならば、守りきることは出来るだろう」


 明らかな反発が予想されるので族長も中々反応出来ずに、かなり渋ってから一言「検討しておこう」と曖昧な形でお茶を濁した。どちらになるにせよ、族長としては満足いかない結果でしかないからだ。


 コンゴに入った者達はエーンを推した、だがここはツルケである。結局は族長がエーンの助言を最大限に採り入れることで決着した。つまりは今までと何ら変わりがない。


 割り当てられた家に帰り翌日からの攻勢にどう対処するかを考えることにした。


「大尉、出来ることをするだけです」


 フィルがそれで全滅するならば運命だと半ば達観する。しかしエーンはそうなるわけにはいかない、やらねばならない役目があるのだ。


「俺はボスの身代わり以外で死ぬつもりはない。だが、ツルケを見棄てるつもりもない」


 与えられた条件で成功させることを考え、実行するのみだと断言する。


 ――俺ではなく祖父がきていたなら、ツルケのも従っただろう。つまるところ俺が及ばないのが悪いのだ。


 ツルケ族長からしても族祖父に当たるならば、下に入っても何ら反発はない。長老が代理できていたとしても、だ。


「族兄上、少し痛い目を見れば目を醒ますのでは?」


「そうかも知れんが、そのまま負けてしまってはもともこもない。それに俺はそのような不誠実な態度は好かん」


「申し訳ありません」


 諜報活動は騙しあいであり、トゥヴェーの考えがそのように傾いたのは批難しない。彼は彼の役目を果たしたのだと受け止め、決断は己が下せば良いのだと。


「フィル、ツルケが陥落するときには女子供を連れて落ち延びるんだ」


 ツルケへの義理とレバノンへの義務とを満たすためには、筆頭である自身の犠牲は必要だろうと言い付ける。


「それは命令でしょうか」


「そうだ、族長代理の命令だ。背くのは許さん」


「……そう致します」


 生きるのは死を選ぶよりも残酷で困難な道である。フィルは為すべきことが何かを理解しつつも、八方塞がりの現状を打開する何かを探してもがこうとした。


「クァトロ旗は」ふと思い出して「何故同梱されていたのでしょう?」


 島が意味のないことをするわけがないと、その理由を探す。エーンも答えを見付け出せていなかった。


「閣下はいつでも救援に乗り出してくれることを伝えたかったのだろうが、俺にはそんな要求は出来ない」


 二人が唸りながら部屋に収まる中で、トゥヴェーは別の答えを探そうと暫く星を見詰めるのであった。


 朝日が強く降り注ぐ。怒声と共に皮の盾を前面に押し出し槍を投擲してくる。半数は近寄る前に絶命し、残る半数は投擲の後に命を落とす。


「北側に給弾だ!」


 エーン大尉が族長の隣で声をあげる。恐慌状態になり全自動で弾をうち尽くしてしまったヶ所に補給を急がせた。


「凄まじい威力だな」


 文明の利器を睨んで結果を評価した。あまりにも一方的過ぎる戦果は感覚を狂わせる。


「こちらがやられるのもまた一瞬ということでもある」


 釘を刺す。楽観視されてはたまらない、何せ見通しが甘く鈍い。


「攻勢に出たらどうか」


 驚くべき言葉を口にした。守りで精一杯の状態で出血を強いてお引き取り願おうとしているのに、攻めて不利を拾おうとは。それが少数による暗夜の奇襲ならわからなくもないが、一気に打って出ると意気込む。


「恐らくは飲み込まれてしまう。それは薦められない」


「流れはこちらに来ている、やってみなければわからない」


「それは錯覚」


 慌てて側近が割って入る。押されているヶ所が出てきたから指揮を執って欲しいと。


「レバノンの、あの場所を」


 予備を率いて穴埋めを依頼し、その場が何とか収まった。


 一部の者にばかり負担が掛かっていたようで、エーンが救援に行った先の部隊を少し休ませる。直接指揮をする部隊は敵を全く寄せ付けなかった。


 ――長くは持たない、ならばツルケの言う攻勢も手なのかも知れんな。


 推移を見守りながら考えを改める。今夜攻勢について相談してみようと。離れたところでかなりの喚声が上がった。


「どうした」エーンが周りに確認する。


「族長とツルケの部隊が出撃しました!」


「何だと! この場を頼む!」


 休憩を中断させて予備と中央に戻る。残された見張りがエーンを見て言いづらそうに「族長が攻撃に出ました」告げた。


 ――指揮所を放棄するとは! フィルをここに置いて俺が連れ戻さねば。


「外郭にいるフィル上級曹長を指揮所に呼べ! トゥヴェー先任上級曹長、代わりに外郭の防衛に就け。手が空いている者を広場に集めろ、族長の救援に向かうぞ!」


 俄に騒然とする集落に不安が伝播する、高らかにプレトリアス旗を掲げ暗い空気を払拭させた。


「角笛を吹け、俺も出るぞ!」


 フィルに全体の指揮を任せ、足早にエーンが十人率いて壕を越えていった。


 灌木に身を隠しながら銃声を頼りに族長を探す。軍旗が打ち捨てられているのを見付ける、どうやら旗手も銃を手にして戦いに参加したようだ。


 ――バラバラに戦っていては全滅するぞ!


「俺に続け!」


 自ら先頭に立って戦場を駆ける、音もなく飛来する矢が肩を掠めた。すぐに射手に一連射返礼して先を急ぐ。

 うねった土地の中腹で数人が交戦している、弾丸が尽きたのか銃で槍と殴りあいをしていた。狙いを槍を持った黒人に合わせて中腹に駆け付ける。十人がそれに続いた。


「ツルケの、大丈夫か!」

「ああ……済まん、こんなことをして」

「無事なら構わん。すぐに戻るぞ」


 集落のある方角を確かめると黒人が点在し突破するのは困難に思えた。予備の弾丸を皆で分ける。


「残り少ないのだろう」


「全員で力を合わせるのを優先する。俺が指揮する、良いか」


 生き残りは多少嫌な顔をしたが、ツルケ族長がはっきりと「頼む、レバノンの」承知した。


 ――直進しては全滅する、迂回して弾が足りるだろうか? いや、無くなれば槍を使ってでも押し通る!


「走れ!」


 矢が多数飛来するが見えたので短く命じる。間一髪針ネズミになるのを避けた。


「落ちている槍を拾え、軍旗を掲げろ!」


 一人を旗手に任じて存在を明らかにさせる。


「これではアヌンバに見付かります」


 抗議を受けるがエーンはそれを却下した。指揮官には堪えねばならない時があると。


「族長の生存を示せ、我々はまだ敗けてはいない!」


 続々と寄ってくる奴等を銃で撃ち、槍で突いては来た道とは違う大地を進む。最短距離に待ち伏せていたアヌンバは横合いから攻撃を仕掛ける。旗手が矢傷を受けて膝を折る、隣に居た男が軍旗を引き継いだ。


 緩い囲みを幾度も破り、弾が無くなった銃を背負い槍を両手で持つ。石器時代にでも戻ったかのような戦いぶりであった。


「櫓が見えた! 集落でもこちらを見ているはずだ!」


 かといって増援の見込みはない。守るので精一杯なのは解りきっている。


 ――あと二つは敵を抜かなくてはならんか、きついな!


 皆を見るが満身創痍で、エーンも酷い格好になっていることに気付く。


「レバノンの、お前たちだけならば逃げられるはずだ。行け」


 弱気になったツルケ族長が置いていけと言う。だが取り合うことをしない。


「喋ってる余裕があるならまだまだだ、続け!」


 肩で息をしながら槍をしごく。諦めず、見棄てず、前へより前へ進む。族長が従兄弟を見て不明を詫びた。


「お前の言葉を最初から飲んでおけば良かったよ」


「いつも威高いお前は若いやつらの注目の的だ、しょぼくれるな」


 いよいよ囲いが厚くなり足が止まる。スタミナの終わりが命の終わりに直結する、だが恐怖はない。ツルケが素晴らしい槍さばきを見せた、技量が随一なのを知らしめる。あまりの鋭さにアヌンバ兵が後ずさった。


「一族は息子らに任せる、ここで果てよう」


「フィルに落ち延びるよう命じてある、血は残る心配はない」


 軍旗が地についたときには敗北と判断して集落を棄てる、フィルならば間違わずに行動できるだけの力があると信じていた。

 槍が折れる。向かってくる敵に切れ端を投げ付け拳で応戦する。穂先が足を掠め鋭い熱を感じた、委細構わずに突っ込むと鼻っ柱に叩き付ける。隣にいたアヌンバ兵がエーンに槍を繰り出した。


 ――むっ!


 突如アヌンバ兵が糸の切れた人形のように倒れた。槍を奪い体勢を整える。


「あちらに旗が!」


 集落とは違う方向、自分達が来た道でもないところに四ツ星の軍旗が翻っている。


 ――まさか閣下ではあるまいな!


 嫌な予感がした。その軍旗は徐々に近付き、ついには囲みを破り接触する。あまりに予想外の顔が現れて言葉がでない。


「ンダガク族の戦士トゥ・トゥツァ・キヴ推参。プレトリアス族に加勢する!」


 クァトロ軍旗を掲げていたのはトゥ・ツァ少尉であった。手下は皆ンダガク族の若者で、どこか見知った奴等だ。


「トゥ・ツァ少尉!」


 手にしていたのは同じ武器で、兵が弾薬を分配する。ツルケ族長は見たことがなかったが、コンゴの一族なのは知っていた。


「ンダガク族はプレトリアス族に受けた恩義に報いる為にやって来た。エーン大尉の指揮下に入る!」


 徒歩の一団はンダガク族と合流し四十を越えた。それもフレッシュな戦力を含んでだ。


「少尉、囲みを破り集落に抜ける。前衛を!」


「ダコール!」


「ツルケの、一気に駆け抜けるぞ!」


 力を振り絞って走った。一杯になった者には手を貸して何せ走らせる。ンダガク族の戦士が突破口を切り開き、集落近くにまでくると一斉射撃が行われた。フィルが撤退を援護してくれている。


「ツルケの、旗を」

「おう!」


 プレトリアス族旗をツルケが、クァトロ軍旗をエーンが掲げて帰還する。開口一番エーンが告げた。


「ツルケ族長がアヌンバ族に突撃し、無事に帰還した。勇気を称えよ!」


 集落に歓声が響いた。盛んにプレトリアス旗をはためかせる。ツルケがンダガク族について触れる。


「ンダガク族の戦士が加勢に来た。友に感謝を!」


 喜びの声に応えてトゥ・ツァ・キヴらが腕を振り上げる。そして彼も声を張る。


「プレトリアス族の団結に誇りを!」


 立場がら彼等は奮起を促す口上を得意とした。急逝がなければ若者頭が三人で同世代、意気投合しない方が不思議な位だ。指揮所に集まり水を飲みながら話をした。


「しかし少尉、何故ここのことを」


 半ばわかりきった答えを耳にするだろうが、どうしても尋ねておかねばならなかった。


「ンダガク市に将軍がいらっしゃいました。その際に知ったのです」


「閣下が行けと?」


「いえ自分が申し出ました。閣下は直接関われない、と」


 ――俺なんかの我が儘に真っ向付き合って下さっている。


「ンダガク族には感謝している。ツルケ族長としてンダガク族長に伝えてもらいたい」


「必ず伝えます。我々は既に多大な恩恵を受けている、気にしないで欲しい」


 それぞれが譲り合う、何と無くだが軍旗を送ってきた意味がわかりかけてきた。そして自分が何をしなければならないかも。


 ――閣下ならば戦って勝てとは言うまい、どうにかして収める方法があるはずだ。


 集落に唯一ある電話が短く鳴った。だが受信したわけではなく、通電して反応してしまっているだけらしい。隣でテレビをつけているからだと説明される。


「ぞ、族長!」


 女が慌ててテレビを見るようにと叫ぶ。落ち着け、そう口にしながら視線を向ける。ブラウン管のテレビ画面にはどこかの街の様子が映し出されていた。沢山の人間が丘に集まり何かを連呼している。


「これは?」


「ンダガク市だ」


 エーンが一目で場所を特定する、それが何故映っているのかは全くわからない。しかしところどころにある旗を見て全てを悟った。

 クァトロの四ツ星軍旗と一緒に、ンダガク市の旗、そしてプレトリアス旗が翻っていた。市民が連呼しているのも二つの部族の名前だった。


「どういうことだろうか」


 ツルケが理解できずに画面を食い入るように睨み付ける。繰り返し再生されているのではなく、長々と叫んでいるようだ。


「閣下だ。プレトリアス族にはこれだけの味方がいると後押ししてくれているんだ」


「閣下とは、モン・イーリヤ?」


 若者がそう呼んでいるのを聞いたことがあった。ツルケに少なからず富を与えてくれたのもその人物だと。


「クァトロのボスで、俺のボスだ。レバノン・プレトリアス族の救世主でもある」

「ンダガク族とコンゴ・キヴの神でもある」


 二人の異なる表現を聞き、そこにツルケも加えた。


「ではこれからはツルケ・プレトリアスの英雄でもあるな」


 二人に敬意を払い、彼らの信じる主を共に戴くことを認めた。


 翌日、放送を見たアヌンバ族は目の前にある集落に靡いている旗と、画面の数万の群衆が同じものを掲げていることを知った。また増援が現れ、やはりそれが同じ旗を掲げているのに大いに驚いた。

 ツルケ・プレトリアス族はアヌンバ族より遥かに巨大だったのだと、長老らが戦々恐々とする。知らずに手を出してしまい、報復で虐殺を受けるかもしれないと。会議の結果、和睦の使者を出すことに決めた。白旗を掲げた者が集落に近付く。ツルケ族長が押し出しそれを引見する。


「何の用か」

「アヌンバ族はプレトリアス族に和睦を申し入れる。族長自ら勇敢に戦う姿に感銘を受けた次第」

「条件は」


 どちらが譲歩するかは言い出した側が常である。アヌンバ族からは族長の娘を差し出してきた。


「アヌンバの血を引くものをツルケ・プレトリアスに嫁がせたい」


 それは一方的な勝利を意味していた。だが短いながらも戦の中で、ツルケも成長していた。


「我が息子に引き受けたい」一つ下に見た態度にアヌンバの使いは表情を固くした。が「我が娘を、アヌンバ族の若者頭に嫁がせたい。どうだろうか」


「それならば喜んでお受け致します」


 対等の条件だとわかり胸を撫で下ろす。決裂は使者の死を意味することもあるからだ。


「紹介する者が居る。レバノン・プレトリアスの若者頭プレトリアス・エーン。そしてコンゴ・ンダガクの若者頭トゥ・トゥツァ・キヴ・ンダガク」


 二人をそう紹介した。アフリカーンス語をフランス語に通訳すると少尉も改めて名乗った。


 ――ここに居ずして閣下は融和を導きだしたわけか。あの方はどこまで行かれるのだろう、俺はそれを見届けたい。


 アフリカンは勇気と一族を大切にする。強大な相手に立ち向かい、臆さずに戦い抜いた者を尊敬する。それは昔から変わらなかった。ズール戦争で小さな砦を囲まれたイギリスの将兵が諦めずに戦い抜いた時、多大な犠牲を出した部族が去り際に将兵の勇気を称えていった。そこには怨みは一切無く、在ったのはただ一つ戦士への称賛のみだ。


 婚儀が即時に行われた。それが和睦の証しでもあるから。プレトリアス族とアヌンバ族の間を取り持つ大役はンダガク族が引き受けることになり、一件もあってかすんなりと認められた。


 来たときと同様にンダガク族は忽然と姿を消した。何ヵ月も掛けてキヴまで歩いて帰るそうだ、それまた壮大な話である。


「お前たちは一族と共にレバノンへ帰れ」


 エーンはトゥヴェーに一方的に告げた。報奨が当たるわけではなく、ただ名誉が贈られるだけで難しい事後処理などはない。


「承知しました。郷はドゥリーを中心にし、我々が支えます」


「社はお前が仕切り、フィルに現場を任せるんだ。俺は行くところがある」


 何処にとは聞かない、解っているからだ。もしエーンが人事不省に陥っていたならば、トゥヴェーが代わりに行っていただろう。


「族長には自分からお伝えしておきます」


 包帯が見目に痛々しい。動きに全く翳りはなく、力強さすら感じさせる。長兄の背を見詰め一族の者達が黙って送る。彼等もまた帰路は船でスエズにまで行き、そこから陸路でレバノンを目指すことになる。


 南アフリカの首都圏でのみ繰り返し放送されたニュース映像、疑問がられたがすぐに忘れ去られた。一部の記憶にのみ残り、変わらぬ時が緩やかに流れる。



 アジアの海賊を密かに擁護しているとの噂があるベトナム。聞いたところで政府は当然否定する、だがしかし海賊船を追い掛けるといつもベトナムあたりで行方不明になってしまう。

 国際海洋機構も秩序維持に積極的に協力するように要請しているが、返事ばかりで行動が伴わない。


「ここまで同行させて悪いな」


 島はニムの墓参りに来ていた。実務を手配する前にどうしても訪れたかったのだが、随員はお気になさらずと少し離れて待機している。


 ――ほったらかして済まない。ニムも産まれた土地で眠りたいだろうからこうした、俺が死んだら一緒に眠ろう。暖かい島の高台にでもな。


 流石に墓前ではスラヤやレティアについては頭に浮かべない。ここでは唯一ニムだけに時を捧げた。


「お待たせ。義父のところにも寄らせてもらうよ」


「タクシーを待たせてあります」


 苦心して確保した車はメーターを倒しっぱなしなので、運転手もご機嫌である。ホテルにつくまで借りきるつもりでそうさせていた。英語を理解する運転手を探すのが大変だったのが一番の原因であった。


「義父さん、戻りました」


 先にニムに会ってきて欲しい。訪問を伝えた時に彼がそう応じたので、素直に受け入れた。妻子を喪った彼は余生をただ送ろうと決めたようだ。


「お帰り。家を訪ねてきてくれるのも、妹夫婦と君だけだよ」


 ――一気に老け込んでしまった。だが仕方あるまい、気持ちは痛いほど良くわかる。


「義父さんも何か趣味でも持てば、塞ぎこんでいたら皆が心配しますよ」


 慰めの言葉だけでも与えようとするが、本人に気力が戻らないのだからどうにもならない。


「良いんだ、俺はこのままでな」


 ――何か無いものか、このままではあまりに悲しい未来しかない。


 サルミエ中尉らは気をきかせて近くの喫茶店で時間を潰すと出掛けていった。その位ならばベトナム語がわからなくても不便はない。


「仕事の調子はいかがですか」


「政庁に変わり映えはないよ。政府の都合で様々押し付けられたりはするがね」


 行政区職員として暮らしているが、地区公務員などには何ら利権はないらしい。生活していけるだけ有りがたいことではあるが。


「今度海辺で仕事をすることになります。たまに旅行でもどうですか」


「海か……」


 思い出があったのだろう、珍しく反応する。チャンスかも知れないと話を拡げに掛かる。


「叔母さん夫婦も誘ってはどうでしょうか? 自分の招待で」


 費用はすべて持ち出すから遊びに行かないかと言われたら、あの叔母のことだからきっと乗ってくるに違いないと畳み掛ける。


「そうしてみるか。いつも迷惑をかけてるしな、姪が帰ってきているはずだ」


「姪?」


「妹の娘でニムの従妹だよ。リセに通っていてね、下宿なんだが長期休暇の時期だから」


 ――世間ではバカンスの時期だったか。


 呼びたい人物が居たら纏めて連れていくと請け負い、その場を後にした。タクシー運転手を誘って茶を飲むことにし、サルミエらが居るところへ向かう。


「待たせてばかりで悪いな」ベトナム語で話しかける。


「旦那のお陰で七日分の稼ぎでしてね、感謝してます」


 飯つきだとは敵いませんななどと浮かれていた。気持ち良く働いて貰えたなら島もそれで構わなかった。


「この国のリゾート地域といったらどこだろうか」


 米で出来た麺を吸い込みながら尋ねる。外国とは違った地域が人気かもしれないからとの調査だ。


「ニャチャンでしょう、カムラン空港から一時間位です」


 南東部のどこかだったかなとの朧気な記憶だけがあった。


「どんな場所?」


「高官御用達のビーチだったけど、政変があってからは金持ちが利用するように。夢の世界ですよ」


 それだけ官が力を持っていた時代があったと口にする。更に遡るとソ連軍、その前はアメリカ軍の保養地でもあったらしい。


「なるほどそいつは良いな。気が滅入っている親父殿にと思ってね」


「親孝行ですか、そいつは良いや。何なら地元のガイドを紹介しますよ、旅客業は横の繋がりがありましてね」


 胸ポケットからすっと紙幣を取り出し運転手に握らせる。受け渡しも随分スマートになったと自嘲した。


「融通がきくベテランでお願いするよ」


「研修で一緒だった、グエン・ホアン・スンを紹介します」


 何気無しに最高の手駒をだすが、意外な部分で応える。


「実は親父殿もグエン・ホアンだ」にこやかに歓迎の意を示した。


 カムラン国際空港から南に四十数キロにニャチャンリゾートはあった。運転手の説明通り軍が港として利用していたらしい面影が残る。

 到着時間に合わせてガイドが駅で待っていた、自身の名前をカードに書いて掲げるのだから笑い話である。


「グエン・ホアンさんですか?」


「ええ、よろしくお願いします」


「私もグエン・ホアンでして。スンとお呼びください」


 最高の話題を貰えているので滑らかに会話が進んだ。明らかに場違いなサルミエ中尉らには、ニャチャンでの休暇を言い渡してある。幸いにして英語やロシア語が比較的通じるようで安心した。


「俺がホストだ、ダオで呼んでくれるかなスンさん」


 大男が一人混ざっていて非常に目立つ。折角なのであのアオヤイで身を包んでいた。ベトナムにも稀に大男は居る、軍人でも将軍に巨漢が居たものだ。一方でメイファは小柄で百四十センチ程しかない、高校生というからもう少し伸びるかも知れない。叔母ははしゃいでしまって超がつくご機嫌ぶりで、しきりに島を褒め称えた。


 ――こうも言われたら逆に不気味に聞こえてくる。


 カムラン国際空港から南に四十数キロにニャチャンリゾートはあった。運転手の説明通り軍が港として利用していたらしい面影が残る。

 到着時間に合わせてガイドが駅で待っていた、自身の名前をカードに書いて掲げるのだから笑い話だ。


 軍の保養地だったのは過去のことではあるが、軍人が利用するのは今でも変わらなかった。子供時分に親に連れられてきていて、今は家族を連れてなどざらだ。ベトナム軍が警備にあたれば客は来なくなる、かといって問題が起きるのは日常茶飯事ときたらニャチャンとしても困る。


「特別区にして治安維持を外注してしまえば?」


 誰かがそう言った。自治権を渡すのではなく、警察官補助員として警備をさせるとの意味合いで。国家的に中国やアメリカ、ロシアは候補から真っ先に消えた。フランスもイギリスも一世紀前を考えると不安があったようだ。隣国はもっての他で考慮すらされない。

 結果、スイスやスゥェーデンなどの中立政策をとっている国から、警備会社を呼び込むことにしたらしい。特にスイスからの警備は、紛争地帯で負傷したりして最前線で勤務が出来なくなった、ドロップアウト組の受け皿として重宝しているそうだ。


 一部の客からの苦情があり、見た目で身体的欠損がある人物は場にそぐわないと拒否されたようだが。外国人が多数居るので警備も意外と目立たない、そんな印象がある。


 ニャチャンホテルに荷物を持ち込み、ドリンクを一杯手にする。ビーチはすぐ目の前で、ショップも近くにある最高の立地に満足した。


「スンさん、何かイベントがあったりしますか」


「ええあります。定期でショーを開催したり、匿名の有志によるスポットが」


「スポット? 具体的には」


 何があるのか興味を持った。良ければ自分もやってみようと。


「何からのコンテストであったり、フリードリンクサービスであったり、夜には花火なども」


 ――意中の人物が優勝するように仕組むわけか、匿名も使い途だ。花火は良いな俺も注文するか!


「花火ですが、どんな種類が?」


「基本的には開催には百発以上と準備に一日必要です。打上の種類は幅広い内容が」


 気になるならば専門に案内しますと言われ、そうしてもらうことにした。匿名の有志とやらに名を連ねてホテルに戻る。あちこち探したが皆が見当たらない。


 ――ビーチかな、折角だから見に行ってみるとするか!


 見付からなくとも夜には戻るだろうから、大して気にはしなかった。


 右も左も水着姿で一杯であった。アオヤイからゆったりしたシャツに着替え、サンダルに履き替えて歩き回る。サンダルとはいってもきっちり足に巻き付けるタイプを選んだ。


 ――どうしても緊急時のことを考えちまうな!


 職業病だと呟き目の保養を兼ねてうろつく。リゾート地などは誰しもが気持ちがおおらかになる、そうだとばかり思っていた。

 少し周りが距離を隔て騒ぎ立てる男をチラチラと盗み見る。対応しているスタッフの女性がしきにり頭を下げて宥めている。


「どうして私の船が入れないんだ!」


 肥満した中年男がスペイン語でがなりてている。どうやらその若い女性スタッフしか近くに理解者が居ないらしく、他の客の迷惑になるからと説明しても聞かないようだ。


「こちらは海水浴用のビーチなので、クルーザーは入れないんです」


 泣きそうになりながら繰り返すが、海は皆の物だから自分も使うと強気で文句を言う。


 ――まったくどこのどいつだ困った奴は。見た感じはアジア系中南米人か、単にスペイン語を喋る中国人かも知れないな。


「セニョール、何かお困りですか」


 見かねて間に割って入る。百歩譲ったとしてもスタッフに文句を言うつもりはなかった。


「おお、このビーチをクルーザーで楽しもうとグアテマラからやって来たのだが、他所でやれと」

「ビーチ区画の外れか、沖合でお願いしています」


 スタッフが危険だからとまた繰り返した。確かにこんなごった返した場所に船が来たら事件になる。


 ――グアテマラとはまた遠くからきたものだな。有閑階層の我が儘に付き合うのは大変だ。


「ビーチを貸し切ってクルーズですか、いやはや豪気なお方だ!」

「いや貸し切りではなく……」

「スケールが違いますな! そうだ花火が有志によって上げられるそうですが、そちらもあなたが?」

「あ、ああ花火か、そうだ打合せがあった。失礼するよ」


 わざとらしく驚いて見せる、どうせ貸し切るほどの金は出せないだろうと思っていたが、案の定逃げ出していった。


「駆除にも色んな方法があるものだよ」


 ビーチスタッフには酷だが、意地の悪い切り返しも時には必要と立ち去ろうとした。


「待って、ありがとうございます」


 回り込んで引き止め謝辞を述べる。やはりあの手の輩には女性は甘く見られてしまう、彼女だけの責任ではないのだが。


「折角の貸し切り候補に逃げられて悪いね」


 冗談で切り返すと二人で笑った。


「リタ・セラです」


「リタ=セラ?」


「いえ、セラがファミリーネーム」


「そうか、おれはイーリヤだ。人を探しているんだが――」


 説明しようとして無駄を悟る。該当する組み合わせがどれだけいるやら。


「どなたですか?」


「君のような魅力的な女性をね」


 考え直してそう受け答えする。歳を重ねて随分とこなれてきたものだと、自身の発した言葉に驚く。リタも満更でもないようで照れた笑顔を浮かべた。


 ――もし隣にレティアが居たら赤い雨が降りそうだ。


 怖い怖いと首をすぼめる。もうすぐ休憩だからと言われ、少し砂浜に転がり時間が過ぎるのを待つことにした。


「お待たせ」


 頭の側に立って顔を覗き込むものだから、目には逆さまに映る。


 ――上下逆にしても可愛いのは変わらないんだな。


 どうしよもない感想をさっぱり捨て去り体を起こす。砂漠の照り付けとは違い、しっとり汗ばむような柔らかな陽光である。


「待つのに比べたら、楽しい時間はあっという間だろうね」


「待つのが楽しければ最高ね」


「そうだな、そいつは良い」


 ショップに面白いものがあるから。ここでしか売られていない特別なモノと言われ、腕を引かれる。


 ――もし義父とじゃなければこのまま姿を消しちまいそうだ!


 積極的なリタにリードされて、小高い場所にある小屋に入る。小物雑貨が並んでいてガラス玉の細かいのが色とりどり置かれていた。


「まずは色を選ぶの、それをこの皿に載せて」


 明るめの色を選んでノート程度の器に平たく載せる。満遍なく敷き詰めるとフィルムを上に載せ店員に渡す。


「次はこっちよ!」


 小屋の奥に行くとテラスがあって椅子が置かれていた。その正面にはカメラを構えた男がいる。にこやかに笑えとの仕草をされて、何とか笑顔をみせる。その努力あってかましな写真が撮れたようだ。


 ――写真なんてやけに長いこと撮らなかったな!


 先程のガラス板を熱してシート状にし、半分カットずつを二人が写真立てに使うそうだ。店側の言い分では割ったのではなく包んだので、縁起が悪いわけではないらしい。


 ――中国の文化が流れ込んでいるわけだから、そんな心配を受け流すわけか。


 背景がビーチなので素晴らしい記念の品になる。仕上がるまで隣で待っていてと、併設されているカフェに追い出される。


「いつか撮ってみたかったのよ!」


「見ず知らずの俺なんかで済まないね」


「恋に焦がれる乙女はシチュエーションに弱いのよ!」


 ――そんなもんかね。悪い気分ではないが。


 出来上がった品を渡し、お礼よ、と軽くキスして去っていった。勢いが違えば台風娘と呼ばれそうな感じがした。


 ――一度ホテルに戻るとするか。


 夕食にはまだ早いがこれから何かをするにも中途半端な時間になっていた。少し休んでからゆっくりディナーを楽しみ、花火鑑賞をしようと歩き出す。駐車場近くで人が集まっているのが目に入り、何事だろうかと近寄る。


 ――交通事故か?


 一応交通事故の範疇にはなるのだろう。スポーツカーのミラーが折れてしまっているが、ぶつかった人間は無傷でピンピンしていた。


 ――叔父さんだ!


 周りを見ても家族は居ない。一人で出掛けた時にトラブルになったようだ。


「土人がふざけるなよ、俺の車を弁償しろ!」


 英語で怒鳴り付けているが叔父は理解しないようで、こちらも車にぶつけられたからと激昂している。


 ――知らんふりは出来ないが、警備が仲裁しないものなのか?


 制服――ライフセーバーのようなチョッキを身に付けた男がそこにいたが、動く気配はなかった。中立と何もしないのとは大きく違うのだが。


「事故ですか?」


 叔父には目で黙っているよう願う。意志が通じたわけではないようだが、騒ぎ疲れたのか一旦口を閉ざした。


「こいつが飛び出してきて車にぶつかってきたんだ、参ってるよ」


 隣には気が強そうな金髪の女が乗っている、デートの最中だったのだろうか。


「なるほど。ベトナム警察に訴え出ますか? 恐らくは凄まじい罰金が言い渡されますが、あなたの主張は通るでしょう」


 あの男性が怪我をしたと言えば投獄も視野に入る、等と脅す。


「シィット!」


 捨て台詞を吐いて車はのろのろと去っていった。割りに合わないと思ってくれたようで何よりだ。


「叔父さん、怪我はありませんか?」


「ん、ああ無い。旅行に来てるのに済まない」


「無事なら良かったです。戻りましょう」


 野次馬も解決してしまったのを見てか、あちこちに散ってしまう。


 ――譲り合うような精神はないものなんだろうか、小さなことですぐに爆発するのは良くないぞ。


 忍耐力は必要だと感じ入る。誰か一人が暴発したら最後、周りが皆迷惑をこうむるのだ。


「娘に飾りの一つも買ってやりたくてね、一人で出掛けようとしたのが悪かったよ」


 反省したのだろう、ぽつりとこぼす。


「まだ夕食まで時間があります、ショップに行きませんか? 自分も用事を思い出しました」


 いかにも思い付いたかのように振る舞う。だが叔父は優しい笑みを浮かべて「じゃあ行こうか」全てを含みで承知した。初めて通じあった瞬間だったかも知れない。


 テーブルを囲んでディナーを楽しむ。時機を見計らって叔父がメイファにアクセサリーをプレゼントした。


「お父さん、嬉しいわ、ありがとう!」


 はしゃぐ娘を見て相好を崩す、だがそこで思いがけない返しがあった。


「それはリュウノスケ君からだよ。私は一緒に行って好みを伝えただけだ」


 ――おっとそいつは予想外だ。否定するのも変な話だな。


「従兄さん、ありがとうございます」


「気に入って貰えたら俺も嬉しいよ。もう一つ、外を見てくれ」


 準備してあるので何時でも開始できると言われ、予定に相乗りして花火が上がる方向に注目させる。少し間があったが、待ち望んでいた最初の一発が花咲いた。


「わぁ、花火!」


「色んなサービスがあってね、これも楽しんでくれたら嬉しい」


 レストランの照明が落とされてキャンドルサービスが行われる。食事も楽しめるようにとの配慮だ。

 花火が割れる音が響く、隣にきたカンが「リュウノスケ君、本当にありがとう」お礼を述べた。島はグラスを掲げて微笑して返す。


 ――休暇はこれだけにしよう。俺が幸せに浸るのはまだ早い。


 翌朝、ホテルのビュッフェでフルーツを摘まんでいると、やけに顔付きが真面目なやつが多くいることに気付く。


 ――警戒している風ではないが、誰かを探している?


 犯人探しというよりは忘れ物を伝えるためのような感じが出ていた。


「お、早いねリュウノスケ君」


「叔父さん、お早うございます」


 体が朝になると覚醒する癖がついてしまっているので、休みだろうと早起きが常になっている。健康維持の為には歓迎すべきことなので、これを続けるつもりだ。


「私達には少し甘いな」


 特製フルーツは改良を加えて糖度が高くなっていた。世界的な高級品に共通するが、やりすぎな感は否めない。やはり日常口にするのより少し品質が良い位が好ましい。もっともここに来る者が普段食べているのはきっと高品質なのだろうが。


「自分は走りに行きます。体を動かしておかないと鈍りますから」


「一汗かいたらビールを一緒にどうかね」


「名案ですね、是非ともお付き合いをさせて頂きます」


 満足気な顔で島を送り出す、年齢でいけば親子よりは兄弟に近いが、やはり普段の鍛え方に難があったので同伴は諦めた。


 ――結構居るものだな!


 あちこちで走っている者とすれ違う、その度に笑顔で片手を上げて挨拶を交わした。外国の習慣がここには根付いているのだ。


「どうかしましたか?」


 路上に座り込んでいる老人を見付けたので声をかける。英語は通じないらしく、ベトナム語、フランス語と繰り返すが反応がない。


「足を痛めてしまって」


 老人が渋い表情でドイツ語を発したが、まず通じまいと足首をさすって示した。


「ご老人、家までお連れします。背負いますのでどうぞ」


「ドイツ語をお話になる! 助かります、ニャチャンホテルに」


 どうやら旅行客のようでホテルを希望してきた。


 ――やけに筋肉がしっかりした老人だな、マラソンランナーか?


「実はそのホテルに宿泊していまして、戻りましょう」


 遅いペースであっても背負ってひょいひょいと走る、汗はかいても呼吸は落ち着いていた。


 ――昔はブローニングを担いで走ったっけな、あの頃ならばもう少し速く進んでいた。


 決して遅いわけではない、比較の問題なのだ。それも自分自身のピーク時との。


 せっせと足を動かしてホテル裏にまで戻ってくる。木陰から不意に二人組の若者、それもどこか目付きが鋭いやつが現れて行く手を遮る。


「金を出せ、カードでも構わん」


 英語で強盗だと宣告してきた。手には小振りなナイフを持っている。外国人観光客狙いの不届き者だろう。


 ――じいさんを抱えては逃げ切れんぞ、たたきのめすか!


「少し座っていて下さい」


 ドイツ語で優しく語りかけて下に降ろす。ポケットに片手を突っ込み財布を取り出す振りをして、常に入れてある小銭を握る。一人の顔に向けて投げつけ怯んだうちに、残りに肉迫するとナイフをかわして腹を強か殴り付ける。


「シャイセ!」


 ――なにっ!


 怯んだ男が悪態をついて襲い掛かってくる。殺気は感じないがコンパクトな振りが鋭い、ただの強盗ではないことを直感する。


「そこまで!」


 ドイツ語が凛と響いた。強盗が気を付けをしてナイフをしまう。


 ――読めてきたぞ、俺は試すのは好きだが試されるのは好かん。


 ゆっくりと振り返りそこに立って胸を張っている老人に視線を送った。


「騙して済まなかった、君の実力を知りたくてね。レオンハルト・デュナンだ」


 先程の弱々しい老人ではなく、威厳漂う語り口になっていた。呆れてものも言えないが、名乗りを無視するのも礼儀知らずとなるので応じる。


「ルンオスキエ・イーリヤです。悪いですが家族旅行の最中でしてね、下らない冗談には付き合っていられません」


 珍しく不機嫌を顕にする、無理もないが。強盗役を演じていた二人を解散させた。


「やり口が汚かったのは本当に済まない、謝る。申し訳なかった」


 ――そうまで堂々と謝られては仕方ない、何か理由があったんだろう。


「わかりました、その件は終わりにしましょう。込み入った話ならばカフェでいかがでしょうか?」


 路上で立ち話もどうかと思いそう提案する。デュナンも異議はなくホテルに入ろうと歩き出した。


 ――あの歩き方は山のものだな、ドイツ語にデュナンときてベトナムのリゾート地か大分絞り込めたな。あの二人が部下なわけだから危険な相手ではなかろう、何より世間的には俺の方が余程物騒だ。


 コーヒーをオーダーして一息つく、間合いをはかるのには都合の良い飲み物である。


「改めて自己紹介させてもらう。クリスタルディフェンダーズ・アジア地区責任者のデュナンだ、スイスの警備会社だよ」


 ――ふむ、聞いたことがない名前だが、スイスの警備会社は戦争まで手掛ける位に幅があるからな。


「リゾート地域の警備担当なわけですか」


 中身がない言葉を発しておいて、頭の中はフル回転させる。何であれ理由があってこうして顔を突き合わせている、発端はあれだろうが。


「イーリヤさん、あなたの対応を見聞きさせてもらった。中々に適切なもので腕っぷしも申し分無い。どうだろうか、わが社に来ないかね、私直下の補佐として採用したい」


 ――スカウトか、R4の警備担当重役をしていなければ無職なわけだが、そういうわけにはいかんな。


「買って頂けるのは正直ありがたく思いますが、遠慮させていただきます」


「待遇についてではないようだが」


 詳細を聞かずに辞退したわけだから、別の部分で不都合があるのがはっきりしていた。


「詳しくは申し上げられませんが、こんな自分でも居なければ困る者が」


「惜しいな君ならばすぐに、二年もしないで地区責任者に出来るのに」


 人を見る目はあるつもりだと繰返し悔しがる。


 ――どうも俺は買い被りされる癖があるな、鵜呑みにしてはいかん。陽の当たる道を歩ませるならば、部員を紹介してやるか?


「自分は無理でも」そちらが良ければと前置きして「適切な人物を紹介出来るかも知れません」


 繋がりを切るよりも各級の社員を様子見で雇う方が賢いとデュナンが納得する。


「民間の警備なので荒事よりソフトな対応を出来る人物が。もし統率可能な人物ならば尚良い」


「人種の制限や必須の理解言語は?」


「誰であれ適当な役目はある、それは問題ない」


 ――真っ当な職でも暮らしていけるならば、その方があいつも幸せになるだろう。


「本人次第ですが、コンゴ難民でベルギー系ルワンダ人の若者が。国籍は申請中で見込みはありません」


「無国籍か……身元保証はイーリヤさんで?」


「そちらがそれで良ければ保証します」


 現地採用アルバイトや請負契約ならば可能だろうと判断した。デュナンが面接を希望し、島が連絡を約束する。


「ちょっと失礼します」


 席を外して電話を掛ける。フィリピンへの国際電話はすんなりと繋がった。レオポルドを呼び出し、かいつまんで説明するとあっさりと了承した。「それも面白そうですね」彼らしい。


「明日にはやってきます、海の先に居ましてね」


「その彼は無職?」


 言われてすぐ動けるあたりを疑問に感じたらしい。定職ありだとしてもまた問題ありだろうが。


「個人事業の従業員でして。今は丁度仕事が落ち着いた時期だったわけです」


 農業やイベント関係のようなものを想像させておく。今のことは知られない方がおよそプラスになるだろうから。騙すわけではなく勘違いを誘う、確かな能力はあるのだからそれくらいは勘弁して貰おうと、澄まし顔でさらりと述べた。


「明日の連絡先を」


 名刺を差し出される、引き受けるだけで島は提示すらしなかった。彼も始まりのばつが悪かっただけに踏み込まない、そのうちはっきりするだろうと。


 その日のうちに適当な勤務証明をでっち上げさせて、ホテルにファックスさせておく。印鑑よりも責任者のサインが有効な世界なので、それで形式的には問題なかった。

 グエン一家とそれなりに休暇を楽しみながら、もっぱら頭は別のことを考える、そんな時間が続いた。


「呼ばれてやってきました、最高の場所ですね」


「楽園だからな。概ね電話の通りだが、嫌ならフィリピンに戻って構わんよ」


 どっちでも構わない、お前の人生だと判断を預ける。無国籍の不利を承知で就労するのも良い。


「短い人生です、折角なので色々と体験しておきましょう」


 ――そいつはそうだ。一人が知り得る情報など極めて僅かだ、未知の物事は死ぬまで常に隣にあるからな!


 カフェではなくクリスタルディフェンダーズ社の事務所に向かう。格好をどうしようかと悩んだが、今はベトナムに暮らしている風を装うことにした。アオヤイ姿でジーンズにシャツのレオポルドをつれて行く。


 ――正装ではないから却下と言われたらそれまでだ。デュナンならば何が大切かをわかっているはずだ。


 アポがあるため通されたが、受付嬢は場違いな者に冷たい視線を送ってきた。レオポルドは全く気にせずに微笑すら浮かべている。


「お邪魔します」


 オフィスには見覚えがある女性が控えていた。


 ――まあそうだろうな、彼女に悪気があるわけじゃないさ。


「ようこそお待ちしておりました。ドイツ語を理解なさる?」


「英語かフランス語で」島が代わりに答えてやる。ルワンダ語にはなるまいと省く。


「レオンハルト・デュナンです、モン――」

「レオポルドです」


 ――やはり喋られるじゃないか、とんだ曲者だなこのじいさんは。


 還暦手前でじいさんと言われては抵抗があるだろうが、口に出すわけではないので許してもらうことにする。


「レオポルドさん、自己紹介を」


「コンゴ生まれの恐らくルワンダ人。現在は何でも屋の電話係りで責任者の手元をしています」


 いい得て妙な何でも屋、昔は島もそんな表現をしたことがあった。これと決まったことよりも、ファジーな雑用が遥かに多いのだから感覚的にはよく納得出来る。


「今の職場に不満は?」


「ありませんね。生活していけるだけで幸せな人生だったもので」


 難民だったのを耳にしていたので、正直なところなのだろうとデュナンも頷く。


「ではなぜ転職を?」


「そうした方がよいだろうと、イーリヤさんが考えて声を掛けてくれたから」


「では彼が戦争に行けと勧めたら?」意地悪く質問する。


「喜んで行きますよ」


 あっけらかんとして即答してしまう。これにはデュナンも驚いた。


「イーリヤさん、こんな忠実な彼を手放しても?」


 そこまで信頼を得ているならば、近くに置いておけば必ず何かの役にたつと解りきっている。


「レオポルドにはレオポルドの人生があります。確りとした会社で働けるならそれがより良い未来に繋がるでしょう」


「参ったな、いよいよ君が欲しくなった。私にチャンスをくれないだろうか?」


「チャンス?」


 はて一体なんだろうかとおうむ返ししてしまう。


「君が叶えて欲しい望みと交換で、一年だけ我社で働いてもらいたい。ずっととは言わないよ」


 契約社員のような扱いだと説明してきた。


 ――変に含みを持たせるのはいかんな、はっきりと断っておくとしよう。


「先約がありましてお望みには応じられません」

「先約?」

「はい、アメリカ軍が。そしてニカラグア軍と他にも」

「軍人だったわけか。しかしアメリカ人?」

「ニカラグア人。ですがアメリカ軍に招かれていまして」

「彼の軍は制約があったと記憶しているが」

「あちらの都合でどうとでもなるそうで。既に一度勤務しましたから」

「すると今現在は何をして?」

「あちこちでテロリストと戦っております」

「何軍?」

「私軍です」

「ばかな、個人がテロリストと! 一体なんの得があって」

「そうしたいからしているだけです。そういったことで貴方の希望には沿うことは出来ません」


 きっぱりと拒絶されたがデュナンは何故か気持ちが晴れやかだった。島に明確な志を見たからである。


「ならば仕方ない、君のことを雇うのは諦めよう。しかしそれならば本社連中が余計に気になるな。クリスタルディフェンダーズは紛争傭兵でもある」


 即ち政府や反対の立場の組織に雇われると、治安維持やその他の名目で直接戦闘を行ったりするのだ。


「因みにどのような実績が?」


 普通に暮らしていたら知り得ないだろう情報を求める。当然詳細は語らないだろうが。


「某国の首都警備の指導、大統領警護、国境の監視、まあ様々だよ。珍しいところでは軍服を与えられ、他国との合同演習で替え玉出席するような仕事も」


 トップの見栄だろうと笑う。だらしない兵士を撮影されたくなかったらしい。


 ――ガボンじゃあるまいな!


「テロリストの片棒を担ぐことがなければ、良き友人でいられるでしょう」


「無論そのような依頼は受けないよ。だがしかし、一度受けたら何としようとも遂行する、例え最後の一人になろうとも」


 スイス人傭兵の名にかけて、そう宣言する。同じ様に島も宣言した。


「それと知って悪事を働く輩を容赦はしない。努力を忘れた者を擁護もしない。道が交わる日があれば、その時には握手しましょう」


 レオポルドが一言「で、自分は採用で?」当然の疑問を発した。


「採用だ。私の補佐として働いてくれ」


「と、いうことだ。ビーチの平和を頼むよ」


「ダコール。雇い主はデュナンさんでも、自分のボスはイーリヤさんです」


「ま、それも良かろう」デュナンは気持ちよく認めてくれた。


 ニャチャンホテル。結局のところ遊びなれていない面々は三泊で胸一杯になり、帰宅を望んだため旅行を終わらせることにした。ホーチミンの駅につくとほっとした顔が並んだ。


「楽しかったわ、ありがとうございました、リュウノスケさん」


 メイファがいつからかそう呼ぶようになった、叔母の差し金なのは間違いない。


「いや、殆んど不在でたまに現れては迷惑を掛けるから。喜んで貰えたようで何より」


 自身もゆっくしたので礼には及ばない。自由業ほど自由がないとは良く言ったもので、中々自分の為には休まないものなのだ。


「リュウノスケ君、俺のことは気にせずに思うようにしてくれ」


「義父さん、ニムの墓を宜しくお願いします」


 それが日課だと頷いた。やるべきことがある限りは完全な無気力にもならないだろうから安心する。


「リュウノスケ君、いつでも戻ってらっしゃい。メイファも二年で卒業よ」


「卒業を楽しみにしています。叔母さんもお元気で」


 ――この人は長生きしそうな気がするぞ!


 別れを告げてそれぞれの向かう先に散っていく。暫くは来るまい、そう心に決めた島であった。

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